ゲスト
(ka0000)
【幻視】魂の灯火
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/10/13 07:30
- 完成日
- 2017/10/21 21:32
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
受付に案内されて、指定された場所へと向かう。依頼者は、ちゃんとそこにいた。
「やあ……今回はよろしく。……やっぱりなんだか変な気分だな。『こっち側』として挨拶するのは」
そう言って、今回の依頼人──伊佐美透は、困ったように笑った。
「大した報酬も出せずにすまない。要は身の上相談に乗ってほしいわけだが、本来、他人の手を借りて解決するようなものでも無いっていうのも分かってるんだ。気負わず、雑談会だと思って好き勝手に意見してくれないか。……ああうん、テーブルの上のものは、適当に食べ始めててくれていい。それで、ええと……どこから話そうかな」
やってきた人たちに着席を促しながら、未だ調子がつかめない様子で透は話し始める。
「でも、そうだな。やっぱり初めから聞いてもらおうか。ちょっと長い、面白くもない自己語りになってしまうが……まあ、依頼主だしな。そう思って暫く我慢して聞いてくれ」
慣れない感じではあったが、それでも役者である彼の声は、聞き取りやすく、感情をよりはっきり伝えてくる緩急があった。
まるで朗読劇のモノローグのように、彼は語り始める。
……透がクリムゾンウェストへと転移してきたのは、サルバトーレ・ロッソが転移してくるより少し前だ。時期にして、そのおよそ二か月ほど前だったろうか。一人で転移したがゆえに訳が分からなくて、これが夢でないと信じるまでに随分とかかった。
その時、23歳。若手の役者として、それでも、確実に手ごたえを感じ始めた頃だった。オーディションが通ることも増えてきた。そうするうちに演出家に気に入られて、直接話を貰う事も出来るようになる。毎月のように役を貰って舞台を踏めることが日常になってきた。そのうちに、『当たり役』ともいえるものが出来て、話題になって……単独のファンイベントなんかも、事務所が企画してくれるようになった! ……そんな矢先。
「異世界に転移したなんて信じられなかった。長い夢を見てるんだと。いつか目が覚めて、迎えるはずだった、転移した日、その翌朝になってるんだと。だって……」
サルバトーレ・ロッソの転移。大量のリアルブルー人との邂逅。その中に、再会もあった。……紛れもなくこれが現実で、そして、自分がこうして異世界にいる間も、リアルブルーでの時は過ぎているのだと、意識し、理解せざるを得なかった。
「……じゃああの時受けたオーディションの結果はどうなるんだ!? その前に受けた雑誌のインタビューは、ちゃんと掲載できたのか!? ファンになってくれた人たちは!? ……俺の誕生日の、企画に。決して安くはない参加費を払ってくれて。一人一人と握手して、ありがとう、と伝えたのだって、それほど前じゃなかったんだぞ……?」
──そんな感じで。
「一度は、絶望しかけたんだ。訳も分からず、積み上げてきたものが、一気に……壊された気がして」
一区切りつけるための台詞は、どこか言葉を選んでいるようでもあった。自分だけが、自分が一番不幸などと言えるわけがないのも、分かっている。……縁あって、鎌倉クラスタ戦には何度か関わるようになった、その後とくればなおさら。
一度、ゆっくりと息を吐く。
「……ここまでが、相談の前提その一、だ」
その一。間の取り方を分かっているように、絶妙な呼吸を置いてから、続きが期待される「その二」を彼は口にする。
「……コーリアスからの手紙について、ここの皆は把握しているだろうか」
ゆっくり、見まわして、反応を待つ。
コーリアスのアジトを探索したという手紙は、ハンターたちによって発見され、それゆえ中身については既に周知のものとなっている。
──ハンターの未来を憂い、呪う手紙。
「俺は」
ぐ、と力をこめて、特にはっきりと聞こえる声でそう言って。そこで一度、言葉を止める。そして。
「それでも、演じることは、諦めたくない。叶うなら、リアルブルーの世界で、前と同じように。未来を否定されて──否定されたからこそ、未だ強くそう思ってると、気付いたんだ」
叫ぶような言葉ではなく、口調は静かに。だが良く通る声で、きっぱりと彼は言った。
「相談したいことは二つ。……前提も二つでわざとらしいな。偶々なんだが」
笑いながら、彼はピッと一つ指を立てた。
「ソウルトーチってスキルがあるよな。闘狩人の奴には説明の必要はないと思うが。……あれを俺は今、取得してないんだ。──気持ち悪いと思ってしまって。自分でいい演技ができたと思っていないのに、注目を集められることが」
覚えてしまったら、意識せずにいられるだろうか。自分がいったい今どうして見つめられているのか、疑わずにいられるだろうか。
何かを振り払うように、ゆっくりと首を振る。
「──思う反面、その力が実際役に立って、何かを守る場面もよく見てきた。鎌倉クラスタ戦では、特にな。……力は、力だ。使い方次第だ。つまらない拘りで選択肢を狭めて、結果守れるものも守れないのは、それは、それこそ、逃げじゃないのか? 敗北じゃないのか?」
言いながら、じっと、彼は開いた掌を見つめていた。微かに震えている。理屈で言い聞かせても、感情は割り切れるものではない。迷っているうちに、重大な喪失を味わうかもしれない。でも、変わってしまえば、確実に、もう知らなかったころには戻れない。だから、理屈を、言い訳を、重ねるだけでは決断は出来ない。
「どう思う? 俺はどうすればいい? ──意見を、聞かせて欲しい」
掌を、握る。そして、指を二本立てる。
「二つ目だ。これは、相談というよりは、まあ、背中を押してほしいというか。リアルブルーに行けるようにもなったことだし──かつて居た事務所に連絡してみようと思うんだ」
後半の言葉を告げるとき。彼が吐いた息には、隠しきれない緊張があった。
「不可抗力とはいえ、同時の状況からすれば何も告げずに失踪したことになるんだろうな、俺は。……滅茶苦茶迷惑かけたんだろうなあ。今更連絡とられても困惑させるだけかもしれないが……それでも、出来るだけ『前と同じように』と思うなら、ここから……確かめて、おきたい」
きっとそれは、『何を失ったのか』を確かめる行為になるのだろう。
知らないと突き放されても文句は言えないだろう。戻ることが許されるとして、覚醒者となった自分を「普通の役者」として扱ってくれるだろうか。……ファンの子たちは、まあ確実に、『別の推し』を見つけてるだろう。
分かってる。それでも、確かめなければいけない。新しく始めるなら、まず、現状を。
「分かってるんだが──やっぱり怖い」
どこか子供っぽい声でそう言って、彼は天井を仰いだ。
「別に励ましてくれとかじゃないんだ。緊張が解れるように、適当になんか話してくれれば。……長くなって本当にすまない。まあ、そんな感じだ」
「やあ……今回はよろしく。……やっぱりなんだか変な気分だな。『こっち側』として挨拶するのは」
そう言って、今回の依頼人──伊佐美透は、困ったように笑った。
「大した報酬も出せずにすまない。要は身の上相談に乗ってほしいわけだが、本来、他人の手を借りて解決するようなものでも無いっていうのも分かってるんだ。気負わず、雑談会だと思って好き勝手に意見してくれないか。……ああうん、テーブルの上のものは、適当に食べ始めててくれていい。それで、ええと……どこから話そうかな」
やってきた人たちに着席を促しながら、未だ調子がつかめない様子で透は話し始める。
「でも、そうだな。やっぱり初めから聞いてもらおうか。ちょっと長い、面白くもない自己語りになってしまうが……まあ、依頼主だしな。そう思って暫く我慢して聞いてくれ」
慣れない感じではあったが、それでも役者である彼の声は、聞き取りやすく、感情をよりはっきり伝えてくる緩急があった。
まるで朗読劇のモノローグのように、彼は語り始める。
……透がクリムゾンウェストへと転移してきたのは、サルバトーレ・ロッソが転移してくるより少し前だ。時期にして、そのおよそ二か月ほど前だったろうか。一人で転移したがゆえに訳が分からなくて、これが夢でないと信じるまでに随分とかかった。
その時、23歳。若手の役者として、それでも、確実に手ごたえを感じ始めた頃だった。オーディションが通ることも増えてきた。そうするうちに演出家に気に入られて、直接話を貰う事も出来るようになる。毎月のように役を貰って舞台を踏めることが日常になってきた。そのうちに、『当たり役』ともいえるものが出来て、話題になって……単独のファンイベントなんかも、事務所が企画してくれるようになった! ……そんな矢先。
「異世界に転移したなんて信じられなかった。長い夢を見てるんだと。いつか目が覚めて、迎えるはずだった、転移した日、その翌朝になってるんだと。だって……」
サルバトーレ・ロッソの転移。大量のリアルブルー人との邂逅。その中に、再会もあった。……紛れもなくこれが現実で、そして、自分がこうして異世界にいる間も、リアルブルーでの時は過ぎているのだと、意識し、理解せざるを得なかった。
「……じゃああの時受けたオーディションの結果はどうなるんだ!? その前に受けた雑誌のインタビューは、ちゃんと掲載できたのか!? ファンになってくれた人たちは!? ……俺の誕生日の、企画に。決して安くはない参加費を払ってくれて。一人一人と握手して、ありがとう、と伝えたのだって、それほど前じゃなかったんだぞ……?」
──そんな感じで。
「一度は、絶望しかけたんだ。訳も分からず、積み上げてきたものが、一気に……壊された気がして」
一区切りつけるための台詞は、どこか言葉を選んでいるようでもあった。自分だけが、自分が一番不幸などと言えるわけがないのも、分かっている。……縁あって、鎌倉クラスタ戦には何度か関わるようになった、その後とくればなおさら。
一度、ゆっくりと息を吐く。
「……ここまでが、相談の前提その一、だ」
その一。間の取り方を分かっているように、絶妙な呼吸を置いてから、続きが期待される「その二」を彼は口にする。
「……コーリアスからの手紙について、ここの皆は把握しているだろうか」
ゆっくり、見まわして、反応を待つ。
コーリアスのアジトを探索したという手紙は、ハンターたちによって発見され、それゆえ中身については既に周知のものとなっている。
──ハンターの未来を憂い、呪う手紙。
「俺は」
ぐ、と力をこめて、特にはっきりと聞こえる声でそう言って。そこで一度、言葉を止める。そして。
「それでも、演じることは、諦めたくない。叶うなら、リアルブルーの世界で、前と同じように。未来を否定されて──否定されたからこそ、未だ強くそう思ってると、気付いたんだ」
叫ぶような言葉ではなく、口調は静かに。だが良く通る声で、きっぱりと彼は言った。
「相談したいことは二つ。……前提も二つでわざとらしいな。偶々なんだが」
笑いながら、彼はピッと一つ指を立てた。
「ソウルトーチってスキルがあるよな。闘狩人の奴には説明の必要はないと思うが。……あれを俺は今、取得してないんだ。──気持ち悪いと思ってしまって。自分でいい演技ができたと思っていないのに、注目を集められることが」
覚えてしまったら、意識せずにいられるだろうか。自分がいったい今どうして見つめられているのか、疑わずにいられるだろうか。
何かを振り払うように、ゆっくりと首を振る。
「──思う反面、その力が実際役に立って、何かを守る場面もよく見てきた。鎌倉クラスタ戦では、特にな。……力は、力だ。使い方次第だ。つまらない拘りで選択肢を狭めて、結果守れるものも守れないのは、それは、それこそ、逃げじゃないのか? 敗北じゃないのか?」
言いながら、じっと、彼は開いた掌を見つめていた。微かに震えている。理屈で言い聞かせても、感情は割り切れるものではない。迷っているうちに、重大な喪失を味わうかもしれない。でも、変わってしまえば、確実に、もう知らなかったころには戻れない。だから、理屈を、言い訳を、重ねるだけでは決断は出来ない。
「どう思う? 俺はどうすればいい? ──意見を、聞かせて欲しい」
掌を、握る。そして、指を二本立てる。
「二つ目だ。これは、相談というよりは、まあ、背中を押してほしいというか。リアルブルーに行けるようにもなったことだし──かつて居た事務所に連絡してみようと思うんだ」
後半の言葉を告げるとき。彼が吐いた息には、隠しきれない緊張があった。
「不可抗力とはいえ、同時の状況からすれば何も告げずに失踪したことになるんだろうな、俺は。……滅茶苦茶迷惑かけたんだろうなあ。今更連絡とられても困惑させるだけかもしれないが……それでも、出来るだけ『前と同じように』と思うなら、ここから……確かめて、おきたい」
きっとそれは、『何を失ったのか』を確かめる行為になるのだろう。
知らないと突き放されても文句は言えないだろう。戻ることが許されるとして、覚醒者となった自分を「普通の役者」として扱ってくれるだろうか。……ファンの子たちは、まあ確実に、『別の推し』を見つけてるだろう。
分かってる。それでも、確かめなければいけない。新しく始めるなら、まず、現状を。
「分かってるんだが──やっぱり怖い」
どこか子供っぽい声でそう言って、彼は天井を仰いだ。
「別に励ましてくれとかじゃないんだ。緊張が解れるように、適当になんか話してくれれば。……長くなって本当にすまない。まあ、そんな感じだ」
リプレイ本文
「タダ飯ってのは良い、最高だ」
「おお、誘いに感謝するぞ。おおいに喰らって飲むとしよう……他人の驕りでな」
……とは、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)とルベーノ・バルバライン(ka6752)は笑う。
「料理の追加注文はできるのかしら? 飲み物とデザートは?」
八原 篝(ka3104)に至っては、そこまで遠慮なく言った。一瞬返答に迷う透に、横手から別の声がかかる。
「食事会って考えると、何にも持たずに参加するのも躊躇われまして。お招き、ありがとうございます」
「あ、これも良かったら一緒に振る舞って下さいぃ、頑張って作ってきたのでぇ」
穂積 智里(ka6819)と星野 ハナ(ka5852)である。智里は買い込んできたらしい菓子と飲み物を、ハナは手作りの菓子を大量に、それぞれ差し出してくる。
「……とりあえず、飲み物とデザートは解決したな」
救いの手である。篝はオーケー察してあげましょうと、出来る女性の余裕を見せながらひらひらと手を振って己の席へと向かった。
そうこうしていると気付けばそれぞれのテーブルである程度談笑の輪が出来上がっていた。
透は飲み物のグラスを手に各テーブルを回り始める。
「ジャックが二人いるのか」
で、最初にたどり着いたテーブルの、それが第一声になった。透の言葉に、顔を合わせて笑うのは先ほどのジャック・J・グリーヴとジャック・エルギン(ka1522)である。偶然を驚くほど珍しい名でもないが、とりあえず会話の掴みにはなる。
「んで一つ目がソウルトーチを取るか否かだったか」
軽い挨拶の後、切り出してきたのはグリーヴの方である。
「んなモン取りゃあ良いじゃねぇか、何悩む必要がある。……覚醒者ってのは誰もがなれるワケじゃねぇ。その覚醒者にアンタはなれたんだ、そりゃ一つの才能ってモンだろ」
「才能……な」
対し、透の返答はいまいちしっくり来ていない感じだった。
「闘狩人から言わせてもらうなら、取得したらどうだ?」
もう一人のジャックが、ここで口を開く。
「俺は役者じゃねえが、大事なのは注目されるのがスキルのせいだとしても、そこでアンタが何を見せるか、何を伝えられるか、じゃねーかな」
「……」
やはり、はっきりと「そうだな」とは答えあぐねた。透には別の考えがある。だが。
「少なくとも、足踏みしてる今よりは夢に向かって汗流してる方が面白いぜ。男なら、夢見て走らねえとな!」
その言葉には、反論はない。笑い返して、応じる。決意を込めて。
「……俺も、習得していいんじゃないかな、と思うけど。あれは魂の輝きだ。ぴかぴか光ってれば注目されるのは当たり前だろ?」
グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)がここで会話に参加した。もりもりと食らいついていた肉をとりあえず一度ちょうどよく飲み込んだタイミングらしい。
「魂の、輝きか」
特に強調されたわけでもない、それでも会話の中で自然と印象付いた文節を呟き返す。
考え始めた透の横で、はっはっはと快活な笑い声が上がる。ルベーノのものだった。
「俺はソウルトーチならぬマッスルトーチを使うが。歪虚に適切に注目されたことはほとんどなくてな、はっはっは。79にしろ蜥蜴にしろ海魔にしろ、役に立ったことがない。伊佐美、あれは貴様が思うほど貴様自身を注目させるものじゃない、ただの戦闘用の技術に過ぎん。そうであれば、後は自身の戦術の中に組み込むか否かは当人の好き好きだ。自分の戦闘スタイルに合わせて好きにすれば良かろうよ」
「うん。俺もああは言ったけど、そういう拘り嫌いじゃないぜ。まぁ頑張りなよ」
グリムバルドがそう言って、ルベーノの横で頷いた。
「で、過去に関してはめちゃくちゃ怒られるのに一票。結果は今度教えてくれ」
場が温まり、皆の舌が滑らかに動くようになってきたところで、グリムバルドがからかうように言った。
「事務所に連絡な。しろよ、出来るんだったらしとけ」
言葉を接いだのはグリーヴだ。
「ハンターなんてのはいつ死ぬかもしれねぇクソッタレな職だ。だから常に思い残す事がない様にしとくべきだと思うぜ。それと手紙に関しても別にどうって事ねぇよ。未来がどうなろうとそん時はそん時の俺様がどうにかする。人間一本信念がありゃどうとでも出来るモンだろ……俺にはノブレス・オブリージュがあるしな」
最後の言葉。それが、これまでの彼の言葉の全て。なんてことないように言ってのけるその口調の、奥にあるものだろう。彼を支える、その芯。
「あぁ、コーネリアスの手紙か? あれはリアルブルーからの転移者限定の話だろう? 元々こういう冒険者の輩がいた所に上乗せで力が乗っただけのここでは、何も変わらん」
続くルベーノにとっては、この話題はそれだけのことらしい。
「俺も特別思う事は無ぇな。俺はここで生きる理由と場所を見つけた。だからリアルブルーには帰らないし、守護者も続ける。人々が追い出すって話も、あの場所はそもそも『人間』は数える位しかいないからなぁ……。純朴なあいつらが俺を拒絶する所は想像出来ないが、それならそれでも良いよ」
それを受けて、つらつらとグリムバルドは語った。
「コーリアスの手紙は、俺は忠告として受け取ったな」
そういうのはエルギンだ。
「上から目線なのは腹立つが、要は「何のために」、それを忘れるなってことだと思うぜ。力を振るうのが楽しいのを俺は否定できねーけど、それで大事なモンを失ったりすんのはゴメンだ。だから自分への戒めにしとく」
戒め、か。……戒めることが、出来るのか。透にはまだ確信できない。
……とりあえず、ここはこのくらいだろうか。
「んじゃ締めに、俺らの夢と未来に、乾杯でもいっとくか?」
ちょうどよく、エルギンが声をかけてきた。応じて、グラスを掲げる。同席した皆でグラスを合わせた。
「わふ? スキルはスキル、演技は演技です。好き嫌いで選んでいいです、僕も近接は全然使ってないですー」
「ハッハッハッ! 面白い心配してるんですね。あれで熱い視線を送ってくれるのは、虚歪や雑魔だけですからね、一般人からすれば派手な演出に見える程度でしょう」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)と仙堂 紫苑(ka5953)は、ソウルトーチについてはルベーノと似たような意見のようだ。特に心配するほどのものでも無い。だからこそ好きにしろと。
「スキルと演技の注目は全然違うですよ?」
聞けばアルマは元大道芸人であるという。ほう、と思ってその経歴に話を向けて、軽く盛り上がった。
「コーリアスは面白い奴だったな」
会話のうちに、紫苑が零す。意外な意見に、しかしアルマも頷いている。関わる内に嫌いではなくなった、と。
「虚歪が居なくなったら、いつも通りの整備士に戻るだけだ、稼ぎは減るけどな」
苦笑交じりに、紫苑は言う。だがそ、そこに稼ぎが減るという以外の自虐や嘆きは、感じられない。
「俺は変わらない、ブレない。今は黙示騎士を倒す。手紙の事はその後に考えるさ」
しれっと告げられた言葉。彼自身の道行きに迷いはなさそうだった。
「皆仲良し、は共通の敵がいるからです。とっても強くて怖い、歪虚さんが」
アルマが、ぽつりと語りだす。なんだろう、不意に変わった話題に、無意識に身構える。
「いなくなったら、次に強くて怖いのは誰ですー?」
彼は。
笑顔だった。無邪気な声だった。無垢な様子で。
「わふ……僕、そうなったら『魔王』になります」
彼は、そう言った。
「え?」
聞き返す声は反射的に出た。意味が分からない……と言うか、認めるのをためらっている。
「僕、人がすきですー。皆一つだと、幸せです」
そう言われて。ああやはり、それはそういう事でいいのかと透は静かに確信した。
人類に共通の敵が必要になるならそれは自分でいいと。魔王の卵になる──彼はそういう心算だ。
横目に、紫苑を確認する。彼の、アルマを見つめる眼にもまた、何かの決意が浮かんでいた。
「アルマ、俺は付いて行くぞ……」
微かな呟き。
外から眺める二人はただ、仲が良い仲間、だった。くっついて喋る姿は、なんだか大型犬とその飼い主を思わせて。けど。
(アルマがまたなんか考えてるみたいだが……決定的に踏み外すようなら俺が止めるだけだ)
その、悲壮なまでの熱意と決意は、知らぬ者には秘められたままだ。
「その葛藤は、わたしにはよく分らないわ」
篝は、まずはっきりそう告げてきた。
「だけど、あなたの演技は「人」に見せるものでしょう? 仲間を鼓舞し、守るべき人々を勇気付ける事はスキルには務まらないわよ」
彼女の答えは、これまでに何度か聞いてきたものだ。その上で、進もうとしている道を鼓舞してくれたようにも感じる。
「生きるために必須ではない、戦闘用の技術にしか過ぎない事なら。気持ち悪いと感じるものを使う方が、思考を硬直させて逆に戦術を狭くするんじゃないでしょうか」
そう言ってきたのは智里だ。
「全員がトーチを使えるわけでも使うわけでもないんですから、気に障るものを無理に使う必要も覚える必要もないと思ういます。命のやり取りをする場所で、無駄な心労を抱えるのは得策じゃないです」
「……成程」
彼女の発言には、純粋に、感心した。これまでも別に取らなくてもいいという意見はあったが、彼女の意見はより踏み込んできて具体的だ。
「……それで、事務所に連絡だっけ? こうやって皆に話すのなら後には引けないわね。がんばって。応援するわ」
続いて、茶々入れのように篝が言った。そこにも智里が警告を挟む。
「私はハンターには許可が出ていないからって言われて、月で家族に連絡を取るのを邪魔されました。目立つ接触の方法じゃ、軍に邪魔されると思います」
これには、流石に目を見開かざるを得なかった。そんなことになっているのか、今。それは結構、重大な躓きを与える情報だ。
「……別人を装って調査に行くという方法もある」
静かに口を挟んできたのは門垣 源一郎(ka6320)だ。
「いつ死ぬともわからない覚醒者なら、死人のままで居るのも混乱が無くていい」
「……いつ死ぬともしれない、か。さっきも言われたが、勧める方向は逆だったな」
思わず呟く。本当に、色々な考え方があるものだ。
「貴方のファンの中には、死んでしまったと思って落ち込んでいるファンもきっと居たでしょう。生きていると分かったら安心するのでは?」
メアリ・ロイド(ka6633)は、源一郎を見ながらいう。
死して後腐れのないようにと語る彼と、誰かの生きていてほしいと言う望みについて語る彼女。無表情の彼女が何を望むのか、初対面の透にはわからない。
会話がいったん途切れ、メアリの意識は、再び源一郎の方へと傾けられる。
「──ソウルトーチについてだが」
源一郎が再び口を開いたのは、彼女の気配を受けてのものだろうかそれとも逸らしてのことだろうか。単に偶々かもしれない。話題を転換するタイミングとしては不自然ではない。
「習得を推奨する。『出来ない』より『使わない』の方が良い」
「……」
それも、成程と思う。その時ではない時に、こんなものに頼らない、と胸を張れるのは、確かにそちらの方が説得力がありそうだと。
「それで手紙についてはだが。予測の精度はともかく戯言である。未来を選ぶよりも先に、未来に至る手段として覚醒者は必要だった。どんなに暗い未来でも歪虚に奪われて失うよりは良い。
……自覚の有無の話だけだな。未来を予測出来たとしても選択は変わらないだろう……ロッソ落着で増えた覚醒者を抜きにして、これまでの戦争を勝利出来たかどうか」
例え未来が暗くても歪虚が口を挟む話ではない。そう結ぶ源一郎の言は、至極もっともではあるのだろう。
「歪虚活性化以前から何百年人間同士で争ってきた。火種一つ増えたくらいで何も変わらないのでは?」
そこから、未来へと話を向けるのは、エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)だ。
乱世の奸雄は治世に於いては煙たがれるもの。故に覚醒者の中から数名、統治機構に入り込む必要があるのでは、とは考えている、と。
ただ楽観論を述べるのではなく、冷静に、歴史から現状を把握し、取るべき手段を既に講じる。彼女からは、そんな意志が感じられた。
「『弱者こそ政治をする。強者は一人で出来るから』との政治学の格言がある。覚醒者としての能力を喪った場合にこそ、そういう保険が必要では、とは」
そんなエラの言葉を聞きながら。
(力を持っている事で歪虚が居なくなった後迫害されることになっても、私は別に構わねー)
メアリはそのようにも考えているが。
彼女にとっては、大事な友人達を守っていけるのならばこの力も悪くない。
(特に死にそうな、源一郎さんの傍らに居続けるためには無くては困るしまだ足りねーしな)
その想いを彼女は表には出さない。食事をしつつ、エラや源一郎の言葉に絡む傍らで、思考するのみだ。分からない人間には当然伝わりようもないし──たとえ伝わった者が居たとしても、無反応は不自然では、無い。
このテーブルは表向き、エラを中心にして未来への具体論が語られる場となった。その片隅で。
「──学校で勉強していた記憶は過去の思い出になって、いつからか武器を手に戦う生活が日常になったわ」
密かに、篝が、囁くように零していた。
「以前は元の世界での生活に執着するみたいに、いつも学校の制服を着ていたけど、今は箪笥の奥にしまってある。
──ヴォイドがいなくなっても、わたしは元の生活には……戻らないと思う」
そういう決意も……あるだろう。選べる未来と選べない未来、どちらに備えるにしても。
ふと、人の集まりが出来ている一角を発見する。賑やかな話声と共に、一層の香ばしい香りがそこから漂ってきた。
「どうぞお召し上がりください」
中心から聞こえてくるのはミオレスカ(ka3496)のものだ。透に差し出されたのはハンバーガーだった。並べた食材を、さらに美味しくし、と。
「ソウルトーチで、注目を集めてからが、本当の勝負と思います。演技力は、その時に問われるでしょう、スタートラインに立つと思って、覚えてみてはいかがですか?」
透がハンバーガーにかぶりついたところで、ミオレスカは語りかけてきた。
先ほども似たような事を言われたが、果たしてスタートラインはそこだろうか、と透は思う。一人ではないのだ。だとすればやはり、目立とうとするところからがスタートラインじゃないのか。
ミオレスカは、少し目を閉じて考え、それから口を開く。
「この先、力がなくなったら、また、求めると、思います。子孫、後継者に、その想いは、託されるでしょう」
そうして、彼女は正直に、そう、告げた。それから、小さく、首を振る。
「また、力がなくても、出会いで得た、幸せな思いは残ります」
言いながら、ミオレスカは透の手の、食いさしのハンバーガーへと目をやった。
「照り焼きバーガー、だよな?」
主に醤油と味醂だろうタレを絡めて、マヨネーズが後から足されている。日本人である彼には、馴染みの味だ。だからつい、ごく普通に、そう答えて。
「はい。私はそれで出会いのもたらした幸せをかみ締めることができます」
……ああ。そうか。確かに、そうだ。彼女にとってこれらは本来、馴染みのない、異物であったはずだ。
成程。理解する。じっくりと、それを飲み込んで。
「御馳走様。本当においしかった」
礼を言って、その場を離れた。
「自身の過去と未来……不安を抱えるが故の葛藤……ふふ、ほんに人間らしゅうて良いではないか」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)の言葉に、透は肩を竦めた。
「その言い方は、どうなんだろうなあ」
「不満かえ?」
「それじゃ、迷わない者は人間じゃないみたいだ」
「……そうは言うておらぬよ」
「いや、うん。今のは多分に拗ねた奴の言い草だ。……ここまで、皆、結構割り切ってるんだな、って」
未来を信じ進む決意が出来ているか。悲観を受け入れて犠牲となるも覚悟するか。有ったのはその違いくらいで、皆、結論はしていたように見えた。自分だけが、ひどく弱い人間にも思える。
「ソウルトーチか。戦場のみを見るなれば有れば便利であろうの? なれど透は戦士になりたいのか?」
ゆらり。蜜鈴の影が揺れる。ゆったりした動作で、手にした煙管をもたげるところだった。様になった動作を、透の目が追う。
紫煙を纏わせながら、彼女は慈しむ様に言葉を紡いだ。
「文にも在ったが『あの力さえあれば』。以前の様な名声を得られなんだ折にそう思うじゃろう。
仮に元と同様の名声を得られたとしても『失った力だと思って居るだけで本当は力は残っていたのではないか?』という疑心暗鬼にも取り憑かれるじゃろう。
……先の見えた未来なぞ面白うない。見えぬからこそ人は手を伸ばすのであろ? ……案外おんしを待って居ったと言う者も居るやもしれぬ。『居ないかもしれない』ではなく『居るかもしれない』を大切にする事じゃ」
「……ああ。そうかもしれない」
答える透の声はどこか生返事だった。それをむしろ、面白そうに蜜鈴は笑う。
「珍しいかえ」
言って、煙管をちょい、と持ち上げる。
「ああ。うん……こっちでは……実際に吸ってる人はもうほとんど見ないものだから」
「それでか。くく、それも答えではないかの?」
指摘の内容を認めて、湧き上がるこの気持ちは何なのだろう。羞恥と……それから、安堵なのか。
煙管を吸う蜜鈴の挙動を追う透の視線は。所作を写し取ろうとする役者の性のそれだった。
「英雄の末路といってもそうならなかった者もいる。人は幾度も繰り返していますよ」
次に話を聞くことになったのは、初月 賢四郎(ka1046)だ。
「人は馬鹿で愚かで、世界は理不尽で不条理まみれ。それは歴史が証明しているし未来もそうでしょう」
同席し、軽く乾杯をした後。とうとうと語りだす彼の言葉を、透はひとまず、黙って聞いていた。
「だから我々は学ぶんですよ。学ばないといけないんですよ。先人の知恵を歴史を。そうして間違いを正しながら、何度も忘れ、間違い、学び直す。
どれだけかかろうといつかは間違いを正し辿り着く。自分は信じています。人間はその程度のものだと思いますよ。
──百回悪いことがあっても百一回良いことがあればいい。その1回の為に人は生きてるんじゃないかと思うんですよ」
演説は、そこで終わりのようだった。知識のない透にはあやふやにしか飲み込めないそれを、輪郭だけ、未来を信じる、力強い励ましとして受け取っても良かった。のだが。
「……申し訳ないが、俺はあまり学がないので、貴方の言葉を正しくは受け取れていないと思う」
あえて一歩、踏み込に行く。自分より大きな器を、それでも自分なりに理解し、咀嚼する方法は……無くはない。
「どうなんだろう。貴方は……恐れずとも未来はあると強く信じている一方で、ただ衝動のままに、楽観に頼り思考を放棄して突撃してもうまくいかない、と言われた気がした」
思考を切り替える。彼そのものをそのまますべて飲み込もうとするのではない。仮に。彼という役を演じるならば、自分はその役をどう考え、どんな形にするのか。そう考える。
「それでも。足掻いて。間違えたらその時はこう思えばいいんだろうか。『まだ百一回目を取り返せる』と」
賢四郎は、緩く微笑んだ。
「貴方の思う様にでいいと思いますよ。この世の全ては正しくも間違ってもいる。なら貴方が何を正解と信じるかが重要ですよ」
言葉に、思い出す。ここまでで語られた、様々な言葉、想い。
「全ては正しくもあり……間違ってもいる、か」
かみしめるように、口にした。
スファギ(ka6888)は、分けられたいくつかのテーブル。その一つを陣取る様に、黙々と並べられた料理を平らげていた。この場において明らかに異質の存在ではあるが、彼の孤立を、周囲も彼自身も咎める様子はない。
それでも挨拶くらいはと、透は彼に近づいていく。
「……上手い事を考える」
透の接近に気がつくと、依頼であることは意識していたのだろう。義理を果たすかのように彼は一言、それだけ発した。
「コーリアスの手紙のこと、だろうか」
確認に、声での返答はない。ただ、否定の動きもない。それを勝手に、答えとした。
スファギは、あの手紙について、称賛の思いとともにこう解釈している。
個々の命に宿るが見えぬ『心』を乱し、漠然とした不安や疑心暗鬼等を齎す種子を植付け「そちらの方」へ向かう様に仕向けた夢(未来)への呪詛、だと。
殊に装備で能力を上げそれを誇り驕る者、僅かでも善の心が在る者には痛い話。心技体……完璧な者は存在しないが釣り合いが取れぬ者程この種子は芽吹くだろう。
「俺は……思惑通り、上手く乗せられて踊らされてるってだけなのかな」
透のつぶやきに、スファギはやはり黙するのみだ。答えないが、鬱陶しさも示さない。最初の一言以外、言葉はないため、彼の思考を透が正確に理解できよう筈もないが、それでも、何かを感じる。それだけの交わり。
そして透の呟きに、スファギもまた思考を続ける。
踊らされただけなのか、と言えば──我らは覚醒者として産まれ堕ちた時点でその道に立っているのは事実。
そして彼にとっては。迫害や孤独はそう恐ろしいものでは無いが、己が己で在る事を見失う事は恐ろしい。
(奴の言葉そのまま「同じ」になるなら)
スファギの目に、冷たく、重いものが宿る。
(己は自害しよう。己である全てを奪われ叶わずとも)
──己は己を、必ず殺しに行く、と。
彼の瞳に浮かぶ揺らぎが、やがて消えて。
透はこれ以上は邪魔でしかないだろうと、一礼してこの場を去った。
「今日はチィさんと一緒じゃないですぅ? 目と腐の保養を兼ねて来たのにぃ」
やってきた透を出迎えた、ハナの第一声に。
「チィか。あいつはな……一応この前に少し話はしたが、まあ何となくどう反応するかは予想できたし、予想の通りだった」
一部は意識的に無視して、透はそう答えた。
「コーネリアスの手紙は知ってますけどぉ、随分ロマンチストで自分に絶望してハンターに希望を持ってた変わり種歪虚だと思いましたぁ。僕は人類の進化に貢献した的なぁ。生前そういう偉人になりたかった方なんじゃないでしょぉかぁ。超巨大なお世話ですぅ」
そして、そもそもの話題については、彼女は一息の元にそう言って切って捨てた。
「人は徹頭徹尾自分の世話しか見れませんよぅ。人と言う種の中で私達は異端の一滴にしかすぎなくてぇ、どういう形であれ平均化されることは定まっているんですからぁ。だから透さんも自分の1番したいことをどうぞぉ?」
気軽に言ってのける彼女の言葉。その中の、『私異端の一滴』という言葉が、透にはしかし、引っかかった。
ふと気づいたことがある。
それは、答えに至る光明、と言うよりは。
半ばくだらない悩みなんだろうな、と分かっていたことが、ああやっぱりくだらないんだな、と気付くためのどうしようもないオチ、と言うべきものであったが。
「……例え一滴に過ぎなくても。異端が異端として、有るがままふるまえるというのは違うんじゃないか?」
と言うわけで、申し訳ない。敢えてスルーしたあれを、やっぱり俎上に上げなおさせていただこう。
「星野さん。俺はな。自分をコンテンツとして売ってたという自覚はあるから個人でどう楽しんでもらっても構わないんだが。俺自身にそれを見せるのは、やっぱり迂闊じゃないか?」
数秒、彼女は沈黙する。
「興覚めなら、すまない。ただ、俺くらいの年代になるとなー。割と知ってる者も、増えてる。場所とタイミング、言い方は選んでくれてるとは思う。どちらかと言えば今ので触りに行った俺がアウトな方だろうが」
だが実際、彼は芸能関係に復帰しようとしている訳だから。彼女の言動は扱いを間違えれば炎上する火種ではあるのだ。そこに、あえて踏み込んだのは。
「これ……もしかして一つの『成功例』なんじゃないだろうか」
「はい?」
彼女の趣味は今の世においてはまごう事なき異端であり。彼はそれを白か黒か答えろと言われれば黒と言わねばならない立場だ。……それでも今、隣り合っている。そうできる知恵が、確かに人類には、有る。
「……まあ、少なくとも滅ぶことは無い気がしてきたな。俺ら」
「そうかもですねぇ。しぶとさは保証しますぅ」
そう言って、笑い合うことが、出来る。
最後に、透がたどり着いた先は。
「……やあ。今日はわざわざありがとう」
「とりあえず、鎌倉戦お疲れ様。無事で何よりだよ」
鞍馬 真(ka5819)とは、そう言葉を交わして挨拶をする。
「何の話だったんだ? さっきの」
大伴 鈴太郎(ka6016)は、そう言ってハナの方へと視線を向けながら首をかしげていた。……食事に夢中に見えて、割としっかり彼の言動には耳を傾けていてくれたらしい。
「分からないなら分からないままで問題のない世界の話だ。置いといてくれ」
「そっか」
とりあえず、その話題はこれで終わらせる。
「ソウルトーチ……選択肢が増えるのは良いことだし、実際便利なスキルだと思うけど……気持ちが付いていかないなら無理に習得する必要は無いんじゃないかな。必要な時は得意な人に任せれば良いと思うよ」
微妙な空気を慰撫するように、真がのんびりとした口調で切り出した。
「過去へのアクセスについては……怖くても、何を失ったか確かめられるのは少し羨ましいと感じる。……私は、何を失ったかなんて、忘れてしまってわからないから」
口調は……のんびりとしたままだった。憐れみを向けることを彼は望まないのだろう。透は、真の瞳を覗き込む。
(私は誰かを守れるなら、恐れられ、憎まれ、孤独に死ぬことになっても構わないよ)
そこまでの心情を、覗き込めるほどの関りでは無い。だけど。ここまでに見てきたもので、分かるものもある。ああ、彼は『覚悟をした側』か、と。だから。
「まあ、もう一度演じたいって思いを一番に動いたら良いと思う」
……そう、言うのならば。
そうか、じゃあ、演じよう。素直な想いのままに。
「正直、ソウルトーチの取得に不安を覚えるのは、鞍馬さん、君のせいでもあるんだが」
不意に思い切り砕けた口調に変えて、透は言った。
「え?」
「だって割と無茶な戦い方するだろう。あれ、違うよな? 危ないのが癖になったりするのか?」
「違う違う。それは濡れ衣!? あれは……」
「そーかそーか。つまりあれは君本来の性質か。じゃあ」
そこで。
「俺は、あまりそういうのを見るのは嫌だな。進んで自らを傷つけてるみたいな。……それくらいの義理は、もう君に感じてる」
かつて培った技術を全霊で用いて。声の温度を、急速に下げた。台詞の印象を深めるために。
──伝われ。突き刺され。これは、そのための技術だ。
知己に、自分自身の想いすら伝わらないなら、どうして他人のそれが出来る。
「まあ、俺の勝手な想いだってのは分かってるさ。言っておきたかっただけだ」
ふっと口調を平静に戻した。実際、許されるのはこのくらいまでだろう。
「……やるじゃん。なんだ、結局、分かってんじゃねーの?」
一瞬の舞台。その、唯一の観客で合った鈴が、ここで口を開く。
「手紙ってアレか? 全部くだンねぇ憶測の話だろ。江ノ島を思い出せよ、トール。やる前からビビって諦めちまったら、何も出来ねぇよ。やらずに後悔すンなら、全力でやり切って後悔すンぜ、オレは」
鈴は、ぐい、と一度飲み物を煽って口を湿らすと、一気にしゃべりだす。
「オレはハンターである前に大伴 鈴だからよ。ダチ助ける為だったり、故郷を取り戻す為だったりしたけどさ、これからもやりてぇコトはテメェで決めるし、ゼッテーやって見せる。
今はいつか看護師ンなって故郷の復興を手伝いてぇンだ。魂に一本芯が通ってりゃ、外野がナニ囀ろうと関係ねぇよ」
そこまで言って。次の言葉はどこか躊躇いがちに、緊張気味に、告げられる。
「自分に出来ねぇコトは仲間頼りゃイイじゃん。チィとか……オ、オレとか」
彼女の言葉は、ここで止まる。
だから今度は、透がそれに応える番だろう。
「……今日さんざん言われたことはな。取るにせよ取らないにせよ、心を惹きつけるのは、スキルには不可能だってことだった」
「えっと? オレはスキルのことは……」
「俺はもともと帰還が目的で、それほど危険な任務を受けるつもりはなかったんだ。だから、偵察依頼。それだけだったのに……その後も、鎌倉攻略にかかわったのは……つまり、大伴さん、君の魂の輝きによってなんだろう」
だから。
最後に重要なのは、スキルじゃない。
それは、とてもよく、分かる──分かった。
「一方的に寄りかかる関係は、好ましくないと思う。君のさっきの申し出は、俺も君にとって同程度に頼られる存在になりうるという理解で良いだろうか?」
もしそうなら、有難く協力関係を築いていきたいが。ただ。
「一つ不安としては、君の真っ直ぐさと比べて、今日一日で俺はもう少し小賢しくなりそうなんだよな」
最後にそう言って、透は立ち上がった。
結論を言うと。ここまで煽り煽られといてなんだが、事務所への連絡は一度保留することにした。世界の、軍の動向がはっきりしない段階で闇雲に行動を起こしても、逆に問題を大袈裟化して拗れさせる危険性に気付かされたからだ。
やるならば、情勢を見極めて。高い精度で、望みを実現できる算段を付けて。それもまた、『本気で望む』在り方だろうと。
それを皆に告げてから、解散し……それから透は、その足で訓練場へと向かった。
「おお、誘いに感謝するぞ。おおいに喰らって飲むとしよう……他人の驕りでな」
……とは、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)とルベーノ・バルバライン(ka6752)は笑う。
「料理の追加注文はできるのかしら? 飲み物とデザートは?」
八原 篝(ka3104)に至っては、そこまで遠慮なく言った。一瞬返答に迷う透に、横手から別の声がかかる。
「食事会って考えると、何にも持たずに参加するのも躊躇われまして。お招き、ありがとうございます」
「あ、これも良かったら一緒に振る舞って下さいぃ、頑張って作ってきたのでぇ」
穂積 智里(ka6819)と星野 ハナ(ka5852)である。智里は買い込んできたらしい菓子と飲み物を、ハナは手作りの菓子を大量に、それぞれ差し出してくる。
「……とりあえず、飲み物とデザートは解決したな」
救いの手である。篝はオーケー察してあげましょうと、出来る女性の余裕を見せながらひらひらと手を振って己の席へと向かった。
そうこうしていると気付けばそれぞれのテーブルである程度談笑の輪が出来上がっていた。
透は飲み物のグラスを手に各テーブルを回り始める。
「ジャックが二人いるのか」
で、最初にたどり着いたテーブルの、それが第一声になった。透の言葉に、顔を合わせて笑うのは先ほどのジャック・J・グリーヴとジャック・エルギン(ka1522)である。偶然を驚くほど珍しい名でもないが、とりあえず会話の掴みにはなる。
「んで一つ目がソウルトーチを取るか否かだったか」
軽い挨拶の後、切り出してきたのはグリーヴの方である。
「んなモン取りゃあ良いじゃねぇか、何悩む必要がある。……覚醒者ってのは誰もがなれるワケじゃねぇ。その覚醒者にアンタはなれたんだ、そりゃ一つの才能ってモンだろ」
「才能……な」
対し、透の返答はいまいちしっくり来ていない感じだった。
「闘狩人から言わせてもらうなら、取得したらどうだ?」
もう一人のジャックが、ここで口を開く。
「俺は役者じゃねえが、大事なのは注目されるのがスキルのせいだとしても、そこでアンタが何を見せるか、何を伝えられるか、じゃねーかな」
「……」
やはり、はっきりと「そうだな」とは答えあぐねた。透には別の考えがある。だが。
「少なくとも、足踏みしてる今よりは夢に向かって汗流してる方が面白いぜ。男なら、夢見て走らねえとな!」
その言葉には、反論はない。笑い返して、応じる。決意を込めて。
「……俺も、習得していいんじゃないかな、と思うけど。あれは魂の輝きだ。ぴかぴか光ってれば注目されるのは当たり前だろ?」
グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)がここで会話に参加した。もりもりと食らいついていた肉をとりあえず一度ちょうどよく飲み込んだタイミングらしい。
「魂の、輝きか」
特に強調されたわけでもない、それでも会話の中で自然と印象付いた文節を呟き返す。
考え始めた透の横で、はっはっはと快活な笑い声が上がる。ルベーノのものだった。
「俺はソウルトーチならぬマッスルトーチを使うが。歪虚に適切に注目されたことはほとんどなくてな、はっはっは。79にしろ蜥蜴にしろ海魔にしろ、役に立ったことがない。伊佐美、あれは貴様が思うほど貴様自身を注目させるものじゃない、ただの戦闘用の技術に過ぎん。そうであれば、後は自身の戦術の中に組み込むか否かは当人の好き好きだ。自分の戦闘スタイルに合わせて好きにすれば良かろうよ」
「うん。俺もああは言ったけど、そういう拘り嫌いじゃないぜ。まぁ頑張りなよ」
グリムバルドがそう言って、ルベーノの横で頷いた。
「で、過去に関してはめちゃくちゃ怒られるのに一票。結果は今度教えてくれ」
場が温まり、皆の舌が滑らかに動くようになってきたところで、グリムバルドがからかうように言った。
「事務所に連絡な。しろよ、出来るんだったらしとけ」
言葉を接いだのはグリーヴだ。
「ハンターなんてのはいつ死ぬかもしれねぇクソッタレな職だ。だから常に思い残す事がない様にしとくべきだと思うぜ。それと手紙に関しても別にどうって事ねぇよ。未来がどうなろうとそん時はそん時の俺様がどうにかする。人間一本信念がありゃどうとでも出来るモンだろ……俺にはノブレス・オブリージュがあるしな」
最後の言葉。それが、これまでの彼の言葉の全て。なんてことないように言ってのけるその口調の、奥にあるものだろう。彼を支える、その芯。
「あぁ、コーネリアスの手紙か? あれはリアルブルーからの転移者限定の話だろう? 元々こういう冒険者の輩がいた所に上乗せで力が乗っただけのここでは、何も変わらん」
続くルベーノにとっては、この話題はそれだけのことらしい。
「俺も特別思う事は無ぇな。俺はここで生きる理由と場所を見つけた。だからリアルブルーには帰らないし、守護者も続ける。人々が追い出すって話も、あの場所はそもそも『人間』は数える位しかいないからなぁ……。純朴なあいつらが俺を拒絶する所は想像出来ないが、それならそれでも良いよ」
それを受けて、つらつらとグリムバルドは語った。
「コーリアスの手紙は、俺は忠告として受け取ったな」
そういうのはエルギンだ。
「上から目線なのは腹立つが、要は「何のために」、それを忘れるなってことだと思うぜ。力を振るうのが楽しいのを俺は否定できねーけど、それで大事なモンを失ったりすんのはゴメンだ。だから自分への戒めにしとく」
戒め、か。……戒めることが、出来るのか。透にはまだ確信できない。
……とりあえず、ここはこのくらいだろうか。
「んじゃ締めに、俺らの夢と未来に、乾杯でもいっとくか?」
ちょうどよく、エルギンが声をかけてきた。応じて、グラスを掲げる。同席した皆でグラスを合わせた。
「わふ? スキルはスキル、演技は演技です。好き嫌いで選んでいいです、僕も近接は全然使ってないですー」
「ハッハッハッ! 面白い心配してるんですね。あれで熱い視線を送ってくれるのは、虚歪や雑魔だけですからね、一般人からすれば派手な演出に見える程度でしょう」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)と仙堂 紫苑(ka5953)は、ソウルトーチについてはルベーノと似たような意見のようだ。特に心配するほどのものでも無い。だからこそ好きにしろと。
「スキルと演技の注目は全然違うですよ?」
聞けばアルマは元大道芸人であるという。ほう、と思ってその経歴に話を向けて、軽く盛り上がった。
「コーリアスは面白い奴だったな」
会話のうちに、紫苑が零す。意外な意見に、しかしアルマも頷いている。関わる内に嫌いではなくなった、と。
「虚歪が居なくなったら、いつも通りの整備士に戻るだけだ、稼ぎは減るけどな」
苦笑交じりに、紫苑は言う。だがそ、そこに稼ぎが減るという以外の自虐や嘆きは、感じられない。
「俺は変わらない、ブレない。今は黙示騎士を倒す。手紙の事はその後に考えるさ」
しれっと告げられた言葉。彼自身の道行きに迷いはなさそうだった。
「皆仲良し、は共通の敵がいるからです。とっても強くて怖い、歪虚さんが」
アルマが、ぽつりと語りだす。なんだろう、不意に変わった話題に、無意識に身構える。
「いなくなったら、次に強くて怖いのは誰ですー?」
彼は。
笑顔だった。無邪気な声だった。無垢な様子で。
「わふ……僕、そうなったら『魔王』になります」
彼は、そう言った。
「え?」
聞き返す声は反射的に出た。意味が分からない……と言うか、認めるのをためらっている。
「僕、人がすきですー。皆一つだと、幸せです」
そう言われて。ああやはり、それはそういう事でいいのかと透は静かに確信した。
人類に共通の敵が必要になるならそれは自分でいいと。魔王の卵になる──彼はそういう心算だ。
横目に、紫苑を確認する。彼の、アルマを見つめる眼にもまた、何かの決意が浮かんでいた。
「アルマ、俺は付いて行くぞ……」
微かな呟き。
外から眺める二人はただ、仲が良い仲間、だった。くっついて喋る姿は、なんだか大型犬とその飼い主を思わせて。けど。
(アルマがまたなんか考えてるみたいだが……決定的に踏み外すようなら俺が止めるだけだ)
その、悲壮なまでの熱意と決意は、知らぬ者には秘められたままだ。
「その葛藤は、わたしにはよく分らないわ」
篝は、まずはっきりそう告げてきた。
「だけど、あなたの演技は「人」に見せるものでしょう? 仲間を鼓舞し、守るべき人々を勇気付ける事はスキルには務まらないわよ」
彼女の答えは、これまでに何度か聞いてきたものだ。その上で、進もうとしている道を鼓舞してくれたようにも感じる。
「生きるために必須ではない、戦闘用の技術にしか過ぎない事なら。気持ち悪いと感じるものを使う方が、思考を硬直させて逆に戦術を狭くするんじゃないでしょうか」
そう言ってきたのは智里だ。
「全員がトーチを使えるわけでも使うわけでもないんですから、気に障るものを無理に使う必要も覚える必要もないと思ういます。命のやり取りをする場所で、無駄な心労を抱えるのは得策じゃないです」
「……成程」
彼女の発言には、純粋に、感心した。これまでも別に取らなくてもいいという意見はあったが、彼女の意見はより踏み込んできて具体的だ。
「……それで、事務所に連絡だっけ? こうやって皆に話すのなら後には引けないわね。がんばって。応援するわ」
続いて、茶々入れのように篝が言った。そこにも智里が警告を挟む。
「私はハンターには許可が出ていないからって言われて、月で家族に連絡を取るのを邪魔されました。目立つ接触の方法じゃ、軍に邪魔されると思います」
これには、流石に目を見開かざるを得なかった。そんなことになっているのか、今。それは結構、重大な躓きを与える情報だ。
「……別人を装って調査に行くという方法もある」
静かに口を挟んできたのは門垣 源一郎(ka6320)だ。
「いつ死ぬともわからない覚醒者なら、死人のままで居るのも混乱が無くていい」
「……いつ死ぬともしれない、か。さっきも言われたが、勧める方向は逆だったな」
思わず呟く。本当に、色々な考え方があるものだ。
「貴方のファンの中には、死んでしまったと思って落ち込んでいるファンもきっと居たでしょう。生きていると分かったら安心するのでは?」
メアリ・ロイド(ka6633)は、源一郎を見ながらいう。
死して後腐れのないようにと語る彼と、誰かの生きていてほしいと言う望みについて語る彼女。無表情の彼女が何を望むのか、初対面の透にはわからない。
会話がいったん途切れ、メアリの意識は、再び源一郎の方へと傾けられる。
「──ソウルトーチについてだが」
源一郎が再び口を開いたのは、彼女の気配を受けてのものだろうかそれとも逸らしてのことだろうか。単に偶々かもしれない。話題を転換するタイミングとしては不自然ではない。
「習得を推奨する。『出来ない』より『使わない』の方が良い」
「……」
それも、成程と思う。その時ではない時に、こんなものに頼らない、と胸を張れるのは、確かにそちらの方が説得力がありそうだと。
「それで手紙についてはだが。予測の精度はともかく戯言である。未来を選ぶよりも先に、未来に至る手段として覚醒者は必要だった。どんなに暗い未来でも歪虚に奪われて失うよりは良い。
……自覚の有無の話だけだな。未来を予測出来たとしても選択は変わらないだろう……ロッソ落着で増えた覚醒者を抜きにして、これまでの戦争を勝利出来たかどうか」
例え未来が暗くても歪虚が口を挟む話ではない。そう結ぶ源一郎の言は、至極もっともではあるのだろう。
「歪虚活性化以前から何百年人間同士で争ってきた。火種一つ増えたくらいで何も変わらないのでは?」
そこから、未来へと話を向けるのは、エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)だ。
乱世の奸雄は治世に於いては煙たがれるもの。故に覚醒者の中から数名、統治機構に入り込む必要があるのでは、とは考えている、と。
ただ楽観論を述べるのではなく、冷静に、歴史から現状を把握し、取るべき手段を既に講じる。彼女からは、そんな意志が感じられた。
「『弱者こそ政治をする。強者は一人で出来るから』との政治学の格言がある。覚醒者としての能力を喪った場合にこそ、そういう保険が必要では、とは」
そんなエラの言葉を聞きながら。
(力を持っている事で歪虚が居なくなった後迫害されることになっても、私は別に構わねー)
メアリはそのようにも考えているが。
彼女にとっては、大事な友人達を守っていけるのならばこの力も悪くない。
(特に死にそうな、源一郎さんの傍らに居続けるためには無くては困るしまだ足りねーしな)
その想いを彼女は表には出さない。食事をしつつ、エラや源一郎の言葉に絡む傍らで、思考するのみだ。分からない人間には当然伝わりようもないし──たとえ伝わった者が居たとしても、無反応は不自然では、無い。
このテーブルは表向き、エラを中心にして未来への具体論が語られる場となった。その片隅で。
「──学校で勉強していた記憶は過去の思い出になって、いつからか武器を手に戦う生活が日常になったわ」
密かに、篝が、囁くように零していた。
「以前は元の世界での生活に執着するみたいに、いつも学校の制服を着ていたけど、今は箪笥の奥にしまってある。
──ヴォイドがいなくなっても、わたしは元の生活には……戻らないと思う」
そういう決意も……あるだろう。選べる未来と選べない未来、どちらに備えるにしても。
ふと、人の集まりが出来ている一角を発見する。賑やかな話声と共に、一層の香ばしい香りがそこから漂ってきた。
「どうぞお召し上がりください」
中心から聞こえてくるのはミオレスカ(ka3496)のものだ。透に差し出されたのはハンバーガーだった。並べた食材を、さらに美味しくし、と。
「ソウルトーチで、注目を集めてからが、本当の勝負と思います。演技力は、その時に問われるでしょう、スタートラインに立つと思って、覚えてみてはいかがですか?」
透がハンバーガーにかぶりついたところで、ミオレスカは語りかけてきた。
先ほども似たような事を言われたが、果たしてスタートラインはそこだろうか、と透は思う。一人ではないのだ。だとすればやはり、目立とうとするところからがスタートラインじゃないのか。
ミオレスカは、少し目を閉じて考え、それから口を開く。
「この先、力がなくなったら、また、求めると、思います。子孫、後継者に、その想いは、託されるでしょう」
そうして、彼女は正直に、そう、告げた。それから、小さく、首を振る。
「また、力がなくても、出会いで得た、幸せな思いは残ります」
言いながら、ミオレスカは透の手の、食いさしのハンバーガーへと目をやった。
「照り焼きバーガー、だよな?」
主に醤油と味醂だろうタレを絡めて、マヨネーズが後から足されている。日本人である彼には、馴染みの味だ。だからつい、ごく普通に、そう答えて。
「はい。私はそれで出会いのもたらした幸せをかみ締めることができます」
……ああ。そうか。確かに、そうだ。彼女にとってこれらは本来、馴染みのない、異物であったはずだ。
成程。理解する。じっくりと、それを飲み込んで。
「御馳走様。本当においしかった」
礼を言って、その場を離れた。
「自身の過去と未来……不安を抱えるが故の葛藤……ふふ、ほんに人間らしゅうて良いではないか」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)の言葉に、透は肩を竦めた。
「その言い方は、どうなんだろうなあ」
「不満かえ?」
「それじゃ、迷わない者は人間じゃないみたいだ」
「……そうは言うておらぬよ」
「いや、うん。今のは多分に拗ねた奴の言い草だ。……ここまで、皆、結構割り切ってるんだな、って」
未来を信じ進む決意が出来ているか。悲観を受け入れて犠牲となるも覚悟するか。有ったのはその違いくらいで、皆、結論はしていたように見えた。自分だけが、ひどく弱い人間にも思える。
「ソウルトーチか。戦場のみを見るなれば有れば便利であろうの? なれど透は戦士になりたいのか?」
ゆらり。蜜鈴の影が揺れる。ゆったりした動作で、手にした煙管をもたげるところだった。様になった動作を、透の目が追う。
紫煙を纏わせながら、彼女は慈しむ様に言葉を紡いだ。
「文にも在ったが『あの力さえあれば』。以前の様な名声を得られなんだ折にそう思うじゃろう。
仮に元と同様の名声を得られたとしても『失った力だと思って居るだけで本当は力は残っていたのではないか?』という疑心暗鬼にも取り憑かれるじゃろう。
……先の見えた未来なぞ面白うない。見えぬからこそ人は手を伸ばすのであろ? ……案外おんしを待って居ったと言う者も居るやもしれぬ。『居ないかもしれない』ではなく『居るかもしれない』を大切にする事じゃ」
「……ああ。そうかもしれない」
答える透の声はどこか生返事だった。それをむしろ、面白そうに蜜鈴は笑う。
「珍しいかえ」
言って、煙管をちょい、と持ち上げる。
「ああ。うん……こっちでは……実際に吸ってる人はもうほとんど見ないものだから」
「それでか。くく、それも答えではないかの?」
指摘の内容を認めて、湧き上がるこの気持ちは何なのだろう。羞恥と……それから、安堵なのか。
煙管を吸う蜜鈴の挙動を追う透の視線は。所作を写し取ろうとする役者の性のそれだった。
「英雄の末路といってもそうならなかった者もいる。人は幾度も繰り返していますよ」
次に話を聞くことになったのは、初月 賢四郎(ka1046)だ。
「人は馬鹿で愚かで、世界は理不尽で不条理まみれ。それは歴史が証明しているし未来もそうでしょう」
同席し、軽く乾杯をした後。とうとうと語りだす彼の言葉を、透はひとまず、黙って聞いていた。
「だから我々は学ぶんですよ。学ばないといけないんですよ。先人の知恵を歴史を。そうして間違いを正しながら、何度も忘れ、間違い、学び直す。
どれだけかかろうといつかは間違いを正し辿り着く。自分は信じています。人間はその程度のものだと思いますよ。
──百回悪いことがあっても百一回良いことがあればいい。その1回の為に人は生きてるんじゃないかと思うんですよ」
演説は、そこで終わりのようだった。知識のない透にはあやふやにしか飲み込めないそれを、輪郭だけ、未来を信じる、力強い励ましとして受け取っても良かった。のだが。
「……申し訳ないが、俺はあまり学がないので、貴方の言葉を正しくは受け取れていないと思う」
あえて一歩、踏み込に行く。自分より大きな器を、それでも自分なりに理解し、咀嚼する方法は……無くはない。
「どうなんだろう。貴方は……恐れずとも未来はあると強く信じている一方で、ただ衝動のままに、楽観に頼り思考を放棄して突撃してもうまくいかない、と言われた気がした」
思考を切り替える。彼そのものをそのまますべて飲み込もうとするのではない。仮に。彼という役を演じるならば、自分はその役をどう考え、どんな形にするのか。そう考える。
「それでも。足掻いて。間違えたらその時はこう思えばいいんだろうか。『まだ百一回目を取り返せる』と」
賢四郎は、緩く微笑んだ。
「貴方の思う様にでいいと思いますよ。この世の全ては正しくも間違ってもいる。なら貴方が何を正解と信じるかが重要ですよ」
言葉に、思い出す。ここまでで語られた、様々な言葉、想い。
「全ては正しくもあり……間違ってもいる、か」
かみしめるように、口にした。
スファギ(ka6888)は、分けられたいくつかのテーブル。その一つを陣取る様に、黙々と並べられた料理を平らげていた。この場において明らかに異質の存在ではあるが、彼の孤立を、周囲も彼自身も咎める様子はない。
それでも挨拶くらいはと、透は彼に近づいていく。
「……上手い事を考える」
透の接近に気がつくと、依頼であることは意識していたのだろう。義理を果たすかのように彼は一言、それだけ発した。
「コーリアスの手紙のこと、だろうか」
確認に、声での返答はない。ただ、否定の動きもない。それを勝手に、答えとした。
スファギは、あの手紙について、称賛の思いとともにこう解釈している。
個々の命に宿るが見えぬ『心』を乱し、漠然とした不安や疑心暗鬼等を齎す種子を植付け「そちらの方」へ向かう様に仕向けた夢(未来)への呪詛、だと。
殊に装備で能力を上げそれを誇り驕る者、僅かでも善の心が在る者には痛い話。心技体……完璧な者は存在しないが釣り合いが取れぬ者程この種子は芽吹くだろう。
「俺は……思惑通り、上手く乗せられて踊らされてるってだけなのかな」
透のつぶやきに、スファギはやはり黙するのみだ。答えないが、鬱陶しさも示さない。最初の一言以外、言葉はないため、彼の思考を透が正確に理解できよう筈もないが、それでも、何かを感じる。それだけの交わり。
そして透の呟きに、スファギもまた思考を続ける。
踊らされただけなのか、と言えば──我らは覚醒者として産まれ堕ちた時点でその道に立っているのは事実。
そして彼にとっては。迫害や孤独はそう恐ろしいものでは無いが、己が己で在る事を見失う事は恐ろしい。
(奴の言葉そのまま「同じ」になるなら)
スファギの目に、冷たく、重いものが宿る。
(己は自害しよう。己である全てを奪われ叶わずとも)
──己は己を、必ず殺しに行く、と。
彼の瞳に浮かぶ揺らぎが、やがて消えて。
透はこれ以上は邪魔でしかないだろうと、一礼してこの場を去った。
「今日はチィさんと一緒じゃないですぅ? 目と腐の保養を兼ねて来たのにぃ」
やってきた透を出迎えた、ハナの第一声に。
「チィか。あいつはな……一応この前に少し話はしたが、まあ何となくどう反応するかは予想できたし、予想の通りだった」
一部は意識的に無視して、透はそう答えた。
「コーネリアスの手紙は知ってますけどぉ、随分ロマンチストで自分に絶望してハンターに希望を持ってた変わり種歪虚だと思いましたぁ。僕は人類の進化に貢献した的なぁ。生前そういう偉人になりたかった方なんじゃないでしょぉかぁ。超巨大なお世話ですぅ」
そして、そもそもの話題については、彼女は一息の元にそう言って切って捨てた。
「人は徹頭徹尾自分の世話しか見れませんよぅ。人と言う種の中で私達は異端の一滴にしかすぎなくてぇ、どういう形であれ平均化されることは定まっているんですからぁ。だから透さんも自分の1番したいことをどうぞぉ?」
気軽に言ってのける彼女の言葉。その中の、『私異端の一滴』という言葉が、透にはしかし、引っかかった。
ふと気づいたことがある。
それは、答えに至る光明、と言うよりは。
半ばくだらない悩みなんだろうな、と分かっていたことが、ああやっぱりくだらないんだな、と気付くためのどうしようもないオチ、と言うべきものであったが。
「……例え一滴に過ぎなくても。異端が異端として、有るがままふるまえるというのは違うんじゃないか?」
と言うわけで、申し訳ない。敢えてスルーしたあれを、やっぱり俎上に上げなおさせていただこう。
「星野さん。俺はな。自分をコンテンツとして売ってたという自覚はあるから個人でどう楽しんでもらっても構わないんだが。俺自身にそれを見せるのは、やっぱり迂闊じゃないか?」
数秒、彼女は沈黙する。
「興覚めなら、すまない。ただ、俺くらいの年代になるとなー。割と知ってる者も、増えてる。場所とタイミング、言い方は選んでくれてるとは思う。どちらかと言えば今ので触りに行った俺がアウトな方だろうが」
だが実際、彼は芸能関係に復帰しようとしている訳だから。彼女の言動は扱いを間違えれば炎上する火種ではあるのだ。そこに、あえて踏み込んだのは。
「これ……もしかして一つの『成功例』なんじゃないだろうか」
「はい?」
彼女の趣味は今の世においてはまごう事なき異端であり。彼はそれを白か黒か答えろと言われれば黒と言わねばならない立場だ。……それでも今、隣り合っている。そうできる知恵が、確かに人類には、有る。
「……まあ、少なくとも滅ぶことは無い気がしてきたな。俺ら」
「そうかもですねぇ。しぶとさは保証しますぅ」
そう言って、笑い合うことが、出来る。
最後に、透がたどり着いた先は。
「……やあ。今日はわざわざありがとう」
「とりあえず、鎌倉戦お疲れ様。無事で何よりだよ」
鞍馬 真(ka5819)とは、そう言葉を交わして挨拶をする。
「何の話だったんだ? さっきの」
大伴 鈴太郎(ka6016)は、そう言ってハナの方へと視線を向けながら首をかしげていた。……食事に夢中に見えて、割としっかり彼の言動には耳を傾けていてくれたらしい。
「分からないなら分からないままで問題のない世界の話だ。置いといてくれ」
「そっか」
とりあえず、その話題はこれで終わらせる。
「ソウルトーチ……選択肢が増えるのは良いことだし、実際便利なスキルだと思うけど……気持ちが付いていかないなら無理に習得する必要は無いんじゃないかな。必要な時は得意な人に任せれば良いと思うよ」
微妙な空気を慰撫するように、真がのんびりとした口調で切り出した。
「過去へのアクセスについては……怖くても、何を失ったか確かめられるのは少し羨ましいと感じる。……私は、何を失ったかなんて、忘れてしまってわからないから」
口調は……のんびりとしたままだった。憐れみを向けることを彼は望まないのだろう。透は、真の瞳を覗き込む。
(私は誰かを守れるなら、恐れられ、憎まれ、孤独に死ぬことになっても構わないよ)
そこまでの心情を、覗き込めるほどの関りでは無い。だけど。ここまでに見てきたもので、分かるものもある。ああ、彼は『覚悟をした側』か、と。だから。
「まあ、もう一度演じたいって思いを一番に動いたら良いと思う」
……そう、言うのならば。
そうか、じゃあ、演じよう。素直な想いのままに。
「正直、ソウルトーチの取得に不安を覚えるのは、鞍馬さん、君のせいでもあるんだが」
不意に思い切り砕けた口調に変えて、透は言った。
「え?」
「だって割と無茶な戦い方するだろう。あれ、違うよな? 危ないのが癖になったりするのか?」
「違う違う。それは濡れ衣!? あれは……」
「そーかそーか。つまりあれは君本来の性質か。じゃあ」
そこで。
「俺は、あまりそういうのを見るのは嫌だな。進んで自らを傷つけてるみたいな。……それくらいの義理は、もう君に感じてる」
かつて培った技術を全霊で用いて。声の温度を、急速に下げた。台詞の印象を深めるために。
──伝われ。突き刺され。これは、そのための技術だ。
知己に、自分自身の想いすら伝わらないなら、どうして他人のそれが出来る。
「まあ、俺の勝手な想いだってのは分かってるさ。言っておきたかっただけだ」
ふっと口調を平静に戻した。実際、許されるのはこのくらいまでだろう。
「……やるじゃん。なんだ、結局、分かってんじゃねーの?」
一瞬の舞台。その、唯一の観客で合った鈴が、ここで口を開く。
「手紙ってアレか? 全部くだンねぇ憶測の話だろ。江ノ島を思い出せよ、トール。やる前からビビって諦めちまったら、何も出来ねぇよ。やらずに後悔すンなら、全力でやり切って後悔すンぜ、オレは」
鈴は、ぐい、と一度飲み物を煽って口を湿らすと、一気にしゃべりだす。
「オレはハンターである前に大伴 鈴だからよ。ダチ助ける為だったり、故郷を取り戻す為だったりしたけどさ、これからもやりてぇコトはテメェで決めるし、ゼッテーやって見せる。
今はいつか看護師ンなって故郷の復興を手伝いてぇンだ。魂に一本芯が通ってりゃ、外野がナニ囀ろうと関係ねぇよ」
そこまで言って。次の言葉はどこか躊躇いがちに、緊張気味に、告げられる。
「自分に出来ねぇコトは仲間頼りゃイイじゃん。チィとか……オ、オレとか」
彼女の言葉は、ここで止まる。
だから今度は、透がそれに応える番だろう。
「……今日さんざん言われたことはな。取るにせよ取らないにせよ、心を惹きつけるのは、スキルには不可能だってことだった」
「えっと? オレはスキルのことは……」
「俺はもともと帰還が目的で、それほど危険な任務を受けるつもりはなかったんだ。だから、偵察依頼。それだけだったのに……その後も、鎌倉攻略にかかわったのは……つまり、大伴さん、君の魂の輝きによってなんだろう」
だから。
最後に重要なのは、スキルじゃない。
それは、とてもよく、分かる──分かった。
「一方的に寄りかかる関係は、好ましくないと思う。君のさっきの申し出は、俺も君にとって同程度に頼られる存在になりうるという理解で良いだろうか?」
もしそうなら、有難く協力関係を築いていきたいが。ただ。
「一つ不安としては、君の真っ直ぐさと比べて、今日一日で俺はもう少し小賢しくなりそうなんだよな」
最後にそう言って、透は立ち上がった。
結論を言うと。ここまで煽り煽られといてなんだが、事務所への連絡は一度保留することにした。世界の、軍の動向がはっきりしない段階で闇雲に行動を起こしても、逆に問題を大袈裟化して拗れさせる危険性に気付かされたからだ。
やるならば、情勢を見極めて。高い精度で、望みを実現できる算段を付けて。それもまた、『本気で望む』在り方だろうと。
それを皆に告げてから、解散し……それから透は、その足で訓練場へと向かった。
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相談&雑談卓 ジャック・エルギン(ka1522) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/10/11 20:42:01 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/10/11 09:20:07 |