• 転臨

【転臨】聖堂崩壊。犯人は…

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
6日
締切
2017/10/21 22:00
完成日
2017/10/28 20:58

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 数百年の祈りを見守ってきたステンドグラスも。
 歴代の信者が磨いてきた大理石の壁も。
 全てが30ミリ弾に砕かれた。

 元文化財の粉塵が祈りの場に満ちる。
 演台にいる聖職者は埃で上から下まで真っ白に。
 列席していた者達は左右に分かれておしくらまんじゅうだ。
 ただ1人、紫紺の仮面とスーツの男だけは一切影響を受けず悠然と立っている。

「無駄なことを」

 怒りは感じられない。
 心底理解しがたいものを見た、呆れと失望に近い感情が声に出ている。

「効いています。攻撃を続けてください!」

 さして豊かでも無い胸を張り少女司祭が大声を出す。
 一張羅も金髪も埃まみれ。飛んできた破片に当たりじんわり出血中。
 だが緑の瞳は爛爛と輝き、演壇から紫スーツを睨み付けている。

「ちょっ、待っ」

 攻撃開始までは最前列にいた爵位持ち貴族が悲鳴をあげる。
 彼は両脇から護衛に抱えられ、聖堂付の女性聖職者に誘導されて司祭と紫スーツから遠ざかる。

「打て!」

 聖堂の外から号令が響く。
 魔導トラックに搭載された30ミリ砲が火を噴き、今度は艶のある長椅子を粉砕しつつ紫スーツに迫る。
 重量と速度を兼ね備えた30ミリ弾が当たる。
 否、覚醒者の優れた視力でようやく追える速度で紫怪人が横へ動いて軽々と躱す。

「避けたということは当たれば効くということです。どんどん打っ」

 つまらない芸を見るかのように、口元だけが出た仮面が少女司祭を見る。
 粉塵の雲に切れ目が入る。
 指1本分の隙間は汚れてもなお白い首に到達し、艶のある肌を紙の如く裂いて骨まで露出させた。

 聖堂教会司祭イコニア・カーナボン。
 彼女が、この惨劇における初の犠牲者となる。


●世俗の教会

 血が流れる10分と数分前。
 一般人お断りの式典が聖堂で行われていた

「皆様のお力添えにより……」

 軍の維持にも使用にもとにかく金がかかる。
 それは聖堂戦士団も同様であり、財源の確保や寄付集めのため四苦八苦する部隊も多い。

「今後のイスルダ島再開発では……」

 桜色の舌が滑らかに動いている。
 プレゼンテーションに慣れた、一般人のイメージする聖職者とはかけ離れた声が響く。
 最前列の貴族は満足げにうなずいている。
 やや後ろにいる結構な規模の商人は難しい顔でメモを取っては随員に資料を出させている。
 彼等は金を出す。
 聖職者は名誉あるいは利権を提供する。
 そんな癒着とも談合ともいえる何かが、歴史のある聖堂の中で行われていた。

「なんだこの音?」

 最後列にいた新進気鋭の商人が瞬きをする。
 聞き慣れない音が猛烈な勢いで近づいて来る。
 己の感覚が正しいのなら、馬乗り入れ厳禁の場所まで入り込んでいるような。

 大理石にタイヤ跡を刻むが如き急ブレーキ。
 戦場から返ってきた直後にしか見えない戦士が荷台から飛び降り警備を突破して演台まで駆け寄る。
 少女司祭はプレゼン相手に落ち着くように伝えていたが、聖堂戦士からの言葉に表情を強ばらせた。

「報告、ありがとうございます。軽食と水と携帯食料を用意させます。次の聖堂に向かうまで休んでいてください」

 戦士は安堵混じりの息を吐き、追って来た警備に捕まりずるずる引きずられていく。
 司祭はこほんと咳払い。
 なるべく平然とした表情をつくって別のプレゼンを開始した。

「残念な報告が届きました。イスルダ島攻略戦で大きな被害が発生したようです」

 最前列の貴族が立ち上がる。
 抜け目ない目の商人達が小声で話し始める。

「司祭! 一体どうなっている!」
「はい、最悪の場合歪虚の逆襲が始まります。念のため島への増派を……」
「ふむふむ、ってなんだ貴様、は」

 いつの間にか。
 奇妙な仮面を被った男が、演台以外で最も目立つ場所に支配者の如く立っていた。
 それが口を開くよりコンマ2~3秒早く、司祭が緑目を鈍く輝かせ大声で言い切った。

「歪虚、圧倒的格上、被害を気にせず攻撃開始ぃっ!」

 護衛や聖堂教会関係者に、ほとんど蹴飛ばされるように聖堂隅へ連れて行かれる民間人達。
 戦場帰りの戦士達は大重量装備を身につける班ともう1班に別れ、もう1班は最低限の避難の済んだ聖堂内へ30ミリガトリングを向けた。
 そして数分後、呼吸も出来なくなった少女司祭を癒やしの光が覆う。

 ただのヒールである。
 一般人にとっては切り傷を治したり数度使って骨折の程度を軽くする程度のスキルでしかないが、高位の覚醒者が使うと治療というより再生だ。
 正マテリアルが肌色と肉色の何かとなって傷口に入り込み、失血死あるいは酸欠死する前に強引に健康体に戻す。

「人格有り、すっごく上から目線の推定傲慢!」

 魔導トラックの聖堂戦士が魔導短伝話で報告を送っている。
 司祭が演台を蹴り壊す。
 飛んで来る残骸を優雅な手の動きで弾くと、跳ね返った元演台が駆け寄って来た司祭の盾で受け止められていた。

「抵抗はこれで終わりですか?」
「外に出すと最悪千単位の死者が出るのでっ」

 さらなる報告が伝話越しに外部へ。
 骨が砕けて血と金髪十数本が宙に舞う。
 貴族が担がれて出口に向かい、ガトリングの咆哮が有象無象の声をかき消す。
 力を解放した余波だけで強く打ち付けられた司祭は、目に狂的とすらいえる光を灯し紫紺の歪虚を見上げていた。

「狂信に逃げますか」
「猫のように獲物をいたぶり得意顔。典型的歪虚ですね」

 今度は砕けた歯が10メートル離れた床に転がる。
 イコニアは、己を囮に1分1秒でも長く時間を稼ぐつもりでいた。


●メフィスト討伐依頼

「歪虚メフィストが現れました。直ちに現地に跳んで撃破または撃退をお願いします」

 説明するオフィス職員の顔は緊張で強ばっている。
 メフィストとは、巨大な人口とそれに比例した数の覚醒者を擁するグラズヘイム王国を翻弄する強力な歪虚である。
 10人未満、しかもユニット抜きで戦えというのは無理がありすぎる。

「現在、頑丈な建物内へ引きつけることに成功しています。戦闘の際は建物内の生存者を気にする必要はありません。あらゆる手を尽くして撃破または撃退をお願いいたします」

 深く頭を下げる。
 が、そのタイミングで入って来た報告に職員達が顔色をさらに悪くする。

「他の場所でもメフィストの目撃情報が? い、いえ、そちらは別の方が対処を行います。皆さんは聖堂内にいる敵に集中してください」

 オフィス内に、冷たく重い空気が立ちこめていた。

リプレイ本文

●ある司祭の死
「右に跳べぇ!」
 微風とすらいえない風の動きを感じた瞬間、久延毘 大二郎(ka1771)が苛烈な声をあげた。
 音を言葉と認識するより声に込められた危機感に気づく方が早い。
 足を、ハンドルを、無理矢理向きを変えて回避行動に移っても無色の風刃を避けきれない。
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)は大股で前に出ることで風刃の真正面へ移動。
 直後、強靱な鎧の胸から腰にかけて細く深い傷が刻まれる。
 痛みが数秒遅れて来る。血が装甲を赤く染めて足を伝って落ちていく。
「あんなちょっとの動きが予備動作かい。反則なやっちゃな」
 ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)が軽口を叩く。
 隙が全く見えない。間合いを計りながら攻撃のチャンスをうかがう。
『司祭も待ちくたびれたようだぞ』
 スーツ姿の何かが肩をすくめる。
 その向こう、辛うじて二本の足で立つ少女司祭は顎から上半身にかけて削られ見るも無惨な有様になっていた。
 壮絶な怒りの気配と歯ぎしりの音が生じる。
「ぎゃー!? イコちゃんに何してくれるのさこの腐れ外道ー!」
 それら全てを塗りつぶす怒声が聖堂に響き渡る。
 残像も認識できない加速で宵待 サクラ(ka5561)が突進。
 長距離移動直後とは思えない精度で紫紺の仮面の首元を狙う。
 黒々とした長大な刃は、わざと躱しも防ぎもしなかった紫スーツの胸元にあたって布地を切り裂くこともできずに跳ね返される。
 サクラの眉が急角度で吊り上がる。
 やることが小物っぽ過ぎるので高位歪虚に似せただけの並雑魔かと思ったが、相手の強さは異常なほどだ。
「生きているならもう一踏ん張りだ。やれるか司祭の嬢ちゃん?」
 レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が魔導バイクのアクセルを踏み込んだ。
 高級感ある布の切れ端と元ステンドグラスが風に煽られ左右に分かれる。でき上がった中央の舞台で斬魔刀を振り下ろす。
 歴史のある聖堂は天井が高く、成人男性の2倍はある刃でも天井に届かない。
 黒い切っ先が推定メフィストに迫る。
 今度は左の手が迎撃にまわり、見た目から想像できない重い音をたてて手の甲が斬魔刀がぶつかった。
「ふなぁっ」
 自前10割の血でまみれた司祭がメイスを振るう。
 血で染まった目では距離を測ることもできず、歪虚の形の良い口元に微かな嘲笑が滲んだ。
 その場から逃げられない一般人から怯えと諦観の視線が集中する。
 が、ハンターには恐怖も諦めもなく、ボルディアの場合は興味の感情すら浮かんでいない。
 避けづらく威力も高い風刃を致命傷を避けつつ受け、避難が進むにつれ距離を詰めて一定の距離に到達する。
 ボルディアの腕が熱を持つ。
 収まりきらなくなったマテリアルが燃える鎖の形で表へ出て、1本で止まらず10本近くになって動きを変える。
 獰猛な竜の如き貪欲な軌道で歪虚に迫る。
 躱され、弾かれ、打ち落とされようと鎖は半分以上残っている。
 歪虚の全身に絡みつく。
 見事な身体制御も膨大な負のマテリアルも意に介さず、鎖が無造作に引っ張りボルディアの至近に歪虚を運んだ。
『無粋な』
 気配に怒りが混じる。
 これまでの数倍の速度で歪虚が動き出し、しかし鎖は解けずその場に拘束され続ける。
 壊れた聖堂の中を風の刃が吹き荒れる。
 歪虚の牽制でハンター要用救助者に近づけない。
 半死半生の少女司祭を諦めるしかないように見えたのは、実際には歪虚の勘違いだった。
 軽い足音が天井から響く。
 たん、と蹴る音に続いて着地する音が司祭の近くでうまれ、振り返ろうとする歪虚をサクラ達の猛攻が釘付けにした。
「カーナボンさん、お待たせしました。大丈夫ですか?」
 語りかけるユウ(ka6891)を見て、血にまみれた緑の瞳の安堵の色が浮かぶ。
 酸素が足りずに酷い色の唇から半分も残っていない歯が見え、全く何の予兆も無く気配が消えた。
「っ」
 ユウが奥歯をかみしめる。
 生命の気配がない。
 瞳孔は開いて小さな口からはからは血が垂れて、四肢から力が抜けてその場に崩れていく。
「たった一人前線を支えるなんて……凄いと、思ってたんですよ」
 歪虚の口元が、嘲笑の形に歪んでいた。

●いつものように
 骨と神経を丹念に砕かれる最中の人間が出すような、まさしく地獄にふさわしい絶叫だった。
「えっ」
 バイクの上でレイオスが瞬きする。
 何も無い宙に神経が伸びて体液だか骨だか分からないものが掻き集められあるいはマテリアルから変じて元の形に戻っていく。
 控えめに言ってホラーである。
「ああ、うん。だいたいイコちゃん並の聖導士がいるからこうなるよね」
 絹の手袋に包まれた手刀をぎりぎりで回避しながらサクラが言い。
「イコニアさん生きてる?」
 障害物から顔半分と宝珠だけを出したフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)が平坦な声でたずねる。
 かほっ、と心臓が再起動した司祭が息を吐く。
「エレメンタルコール無しでも聞こえます! エステルさん一生恩に着まっ、きゃぁっ」
 再生が終わりいつもの調子に戻った声が、急にかわしらしい響きを帯びた。
 横抱きに抱え上げられ、見た目よりはある腕力で必死にユウにしがみつく。
「しっかり掴まっていてくださいね。揺れますよ」
 敬意の感じられる仕草と声は騎士めいていて、無茶な面はあっても王国的価値観を持つイコニアのハートにクリティカルヒットである。
 紫紺の仮面に始めて明確な殺意がともる。
 名の知られた名剣より鋭い拳が握り込まれ、ハンターに三倍する速度でユウとイコニアの頭を狙って打ち下ろされた。
「ひゃぁっ!?」
 少女司祭を抱えたままユウが駆ける。
 額の龍角は白いオーラが覆い、汚れた気配を切り裂き前へ進ませる。
 バランスを保ったまま加速する5体は歪虚の速度に追いつき、当たれば今度こそ即死の3連撃を見事躱して最も大きな瓦礫の陰に着地した。
 できれば窓から外に逃がしたかったがアレの攻撃を防ぎながらというのは難しい。逃がすためにも戦うしかなかった。
「イコちゃん、瓦礫の後ろに隠れて援護ヨロッ! 具体的にはこの劣化バカメフィストへの口撃希望だよっ!」
「えっと、バーカバーカついでにバーカ!」
「頭悪くなってるよイコちゃん!」
 数秒前までの絶望感は綺麗に消えている。
 それが酷く不愉快で、歪虚は鎖を解かない女に対して2度目の3連撃を繰り出した。
 漆黒の装甲が凹んでボルディアの口から鮮血が零れる。
 内臓複数が破れておかしくない感触があり、今度こそ歪虚が勝利を確信する。
 直後に癒やしの力がハンターを包む。
「この程度であれば私1人でも間に合います」
「1発で全快たぁ頼もしい。第2ラウンドといこうか、えぇっと、名前なんだっけか? まあどうでもいいや」
 予備動作無しでの大鎌旋回2連続。
 初撃は躱されるも続く一撃がスーツの胸元を切り裂き青白い肌を晒す。
「これが黒大公に代わる王国の新たな敵」
 蒼い瞳が冷たく歪虚を見据えている。
 侮りの無いエステル(ka5826)の瞳に、メフィストは何故か過去最大級の怒りを感じて感情をあらわにする。
「エクラの名の下にとはいいません」
 イスルダ島で見た嘆きと人の残骸を何度の夢に見た。
 決して許さない。
 必ず追い詰めて復活の余地無く滅ぼす。
「一人の人間として、あなたに宣戦布告をすることにいたしましょう」
 ボルディアが2連続で受け流したのを見て光の防御壁を発動。
 強靱な障壁が衝撃を吸収してボルディアへの打撃を軽微に止めた。

●射撃戦
「おおお女子供を先に逃がせ」
 足が震えていても虚勢は張るのだから、貴族というのも案外馬鹿にできないかもしれない。
 そう思いはしても大二郎は一切手加減せずに切り捨てた。
「該当者はカーナボン君しかいないな。本人に逃げる気がないようだから先に行きたまえ」
 術で作った壁が文字通り両断される。
 風刃は壁を壊した後も消えず、しかし誘導性能はないため貴族の鼻先20センチを通過し聖堂の壁に傷を残した。
「わわ分かった」
 ぎこちない足取りの貴族とその他大勢を新たな土壁で隠す。
 もちろん自分を含む後衛系ハンターもだ。
 異常な威力と極めて見え辛い性質を兼ね備えた刃に耐えられるとは思ってもいない。
「粉塵が収まって来たね」
 また壁が消える。風刃が二の腕を掠めて血が吹き出す。
「避難」
 フィーナが宝珠の半分と片目の半分を出して即土壁の裏に引っ込む。
「済んだ」
 大二郎は雷や炎を直線状に打ち出し紫スーツを狙うが、驚くほど俊敏な的にはなかなか当たらない。
「今」
「ああ」
 ラィルが一撃離脱で下がったタイミングで、人間の頭ほどもある火球と極寒の嵐が聖堂奥へ炸裂。
 爆風と冷気が広がりようやく紫スーツに命中する。
「残弾」
「難しい」
 双方思考速度が常人以上なため第3者が聞いても何を言っているのか分からない。
 全く同時に何かを期待する目をレイオスに向ける。
 サイドミラーで気づいてしまったレイオスは、困ったようななんとも表現しづらい表情で微かにうなずいた。
 魔導バイクが不自然に空転する。
 タイヤが床に近づき床の上の元文化財に運動エネルギーを与え、要するに盛大に粉塵を巻き上げて見えない風刃を浮き上がらせる。
 アースウォールを使い切って土壁を建てる。
 フィーナは意識とマテリアルを集中。
 作り上げた眠りの雲は会心のできだったが、全く手応えが感じられないことに気づいて軽く息を吐く。
「死者判定」
「よくあることではあるな」
 希に効く場合があるので非常にややこしいのだが、スリープクラウドは基本的に歪虚に通じない。
 回避能力が高い敵相手の、味方もいて範囲攻撃術が使いづらいこの状況で無ければフィーナは試しもしなかったはずだ。
「賭」
「一番ましな選択肢であるからな」
 風刃が来る。
 目視できるようになったとはいえ威力も精度も一切衰えず、前衛に比べると守りが薄いにも程があるフィーナに直撃してしまう。
 首筋などの当たれば致命傷の部位を避けるのが精一杯。
 イコニアが癒やしの術を使い即回復しようとして失敗。
 愕然とする少女司祭に、教師の口調でフィーナが説明した。
「重体。……重体だとスキルは使えない。多分再起不能手前。隠れるの推奨」
「後片付けは他の者に任せるべきだね」
 助かった命を投げ捨てるのはありとあらゆる意味で不義理である。
 諄諄と諭された司祭は素直にうなずき口を動かすのに専念した。

●メフィストの死
 鎖が消える。
 歪虚を睨み付けたままボルディアが意識を失う。
 内心の安堵を隠して歪虚が嘲笑を浮かべた瞬間、毒が塗りたくられた刃が骨と骨の間にするりと突き込まれた。
 ラィルの全身が躍動する。
 切っ先の状態を掌で感じとり、強靱な部位を避けてさらに奥へと刃を滑らせる。
 おぞましい手応えから敵の現状を探る。
 全身の筋骨を使っても致命傷には遠い。
 仮にメフィストでないとしても同格に近いく、これまでの戦いで消耗しているのも刃越しに感じられた。
「回避と固さに優れるって、反則なやっちゃな」
 引き抜く。
 血の代わりに濃厚な負のマテリアルが飛び散る。
 憎悪の視線と反撃の拳が追って来るのに気づき、一見飄々として見えるラィルの瞳に冷たい光が一瞬浮かんだ。
「ま、やれん相手じゃないわ」
 敵の力は凄まじい。
 最高の援護有りの高位前衛ハンターを白兵戦で打ち倒す高位の歪虚。
 であると同時にとんでもない戦下手だ
 存在する力がおそらく最大時の3割ほどにまで削られている。
 ボルディアさえ倒せば後はどうにでもなると思っていたのだろうが、それで本当にどうにかなる程度ならとっくの昔に人間など滅んでいる。
「頼むで」
 貴重なアクセルオーバーを惜しみなく使って前線を維持。
 推定メフィストの意識がラィルに固定された隙に、エステルがトランシーバーを取り出し手短に通信を行う。
「援護を再開して下さい。弾で入り口を塞ぐつもりでお願いします」
 ガトリングガン複数が唸りをあげた。
 ほとんど一繋がりにも見える30ミリ弾が入り口を少しずつ削りながら聖堂内を飛び歪虚を襲う。
 当たらない。
 運良く当たっても腕で弾かれスーツも破れない。
 だがそれで十分だ。この場にはハンターがいるのだから。
  聖盾「コギト」が火花を散らす。
 本気を出した歪虚の連撃を全て受けて耐えつつエステルが後退。
 サクラが仕掛けて吹き飛ばされ、絶妙の時間差で側面からレイオスが攻める。
 力ある魔術具である包帯から刃に力が注がれる。
 攻撃直後で隙ともいえない隙を晒した紫スーツに、レイオスの刃が垂直に近い角度で当たった。
 そこのユウの歌が届く。
 分厚い鎧よりもなお固かったスーツが柔くなり、斬魔刀に皮ごと着られて負の力が噴き出した。
 歪虚の優雅さの欠片もないキック。
 レイオスが縦回転で吹き飛び頸骨が折れる寸前でなんとか受け身を取る。
 受け身で腕の骨が砕けても足は動く。器用にアクセルを固定し、最後まで残していた元文化財に猛回転タイヤをぶつけた。
「まだネタバレした手品を続けるか?」
 粉塵で見え見えの風刃が飛ぶ。
 いくら速くても光速には遠すぎ、回避成功率9割越えが基本の熟練前衛にはまず当たらない。
 紫仮面の口元に焦りが浮かぶ。
 少なくとも当たりはするエステルに拳をぶつけ、逆に強烈な光の波で反撃される。
 ユウの歌も有り効果は絶大だ。
 形は保っていても存在する力が不足しマテリアルが零れていく。
「大体さー、本物がこの程度な訳ないじゃん? ただの偽物じゃん? 他の歪虚に思い込ませて変化させただけで、これが本物分裂したならただのプラナリア以下の単細胞じゃん、ぷーくすくす」
 サクラが揶揄しながら斬撃。
 巨大サーベルは外れるばかりだが構いはしない。
 敵の命は絶える寸前。戦略的大敗である抱え落ちに追い込む絶好のチャンスだ。
『まだ私の正体に』
「どうでもいいでしょそんなの」
 素に戻って鼻で笑う。ぶっ飛ばせば歪虚が滅んで負のマテリアルが減る。それで十分だ。
『っ』
 サクラの肩を殴り砕いて倒れさせ、ついに癒やしの力が尽きたエステルを攻めに攻めて後退させる。
 勝利を確信して歪みきった笑みが浮かぶ。
 そのタイミングで30ミリ弾が直撃。
 スーツと皮がほどよく砕けた所に太陽を思わせる閃光が爆発した。
「大変貴重な文化財の一つであるこの聖堂が、貴方がここに来た事によって破壊の憂き目に遭った……それだけで私が貴方に一発食らわせる十分な理由になるのだよ」
 大二郎は何の感慨もなく次の火球を投げる。
「貴方が最近王国の巷を騒がせているメフィスト氏なのか、その偽物なのか。そんな事は私にとっては至極どうでも良い事だ」
 人型が崩れて残ったマテリアルもエステルに祓われ、推定メフィストはあっさりこの世から消滅した。

依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 15
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • 飽くなき探求者
    久延毘 大二郎ka1771

重体一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    レイオス・アクアウォーカーka1990
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラka5561
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルムka6617

参加者一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 飽くなき探求者
    久延毘 大二郎(ka1771
    人間(蒼)|22才|男性|魔術師
  • システィーナのお兄さま
    ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929
    人間(紅)|24才|男性|疾影士
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    レイオス・アクアウォーカー(ka1990
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
久延毘 大二郎(ka1771
人間(リアルブルー)|22才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/10/21 20:49:57
アイコン イコニアに質問
ボルディア・コンフラムス(ka0796
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2017/10/18 21:10:23
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/10/16 19:21:01