• 幻視
  • 界冥

【幻視】絶対防衛~正面入口~【界冥】

マスター:鮎川 渓

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~5人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/10/21 12:00
完成日
2017/11/02 21:34

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

※要注意※
 同時攻略シナリオとなりますので、猫又ものとSSD『【幻視】Black Storm【界冥】』との同時参加はシステム上可能ではありますが、同時参加なさいませんようお願いします。
 万が一同時参加となった場合は当シナリオが優先となり、イベシナには参加出来なかったという描写になります。


 辺境の雄たるオイマト族。その若き補佐役・イェルズ誘拐の一報は、辺境のオフィスを大きく揺るがした。さしもの職員達も動揺を隠しきれぬまま、救出作戦へ向け慌ただしく動き回る。
 そんな中、椅子に座ったままじっと動かぬ少年がひとり。
 日本出身の聖導士・香藤 玲(kz0220)だ。
 オフィスの『お手伝い』の名目で席を貰っているにもかかわらず、硬い表情で俯いたきり。
(まさかあのお兄さんが――)
 机の上で組んだ手を、指が白む程握りしめる。

 イェルズは玲の事など知らないだろうが、玲は彼の事を知っていた。
 会った事はなくとも、彼は本隊として、玲は本隊の露払いとして、函館・鎌倉のクラスタ攻略に参加してきた。辺境を拠点としている事も同じで、歳もそう離れていない。
 だがふたりの出自や、戦場へ出向いた理由はまるで正反対だった。
 紅界人のイェルズは、己を鍛えるべく自らの意思で蒼界へ赴いた。そして常に最も危険な戦場に身を置き、所縁のない日本を救う大きな力となった。
 片や蒼界人、それも日本出身の玲は。故郷に未練のなかった玲は、日本の危機を知っても特に気にかけもしなかった。それでも参戦してきたのは、単に菓子で釣られたからだ。その上、大半の戦場では駆け出しハンター達のサポートに徹し、戦場自体も比較的安全とされた場所ばかり。
 鍛錬のためだとか故郷を救いたいだとか、崇高な志は欠片も持ち合わせていなかったのだ。

 だからこそ、彼の存在を意識せずにはおれなかった。

「ちょっと、アンタも手伝いなさいよ!」
 そんな玲を見咎め、職員のモリスが金切り声をあげる。玲はゆっくりモリスを仰いだ。
「救出作戦さ、人手、要るんだよね?」
 モリスは質問の意図が分からず一瞬首を捻ったが、
「要るけど……ああでも今回はだめ、危険過ぎる。回復手のアンタをサポートにつけたって、駆け出しハンターさん達の無事を保証できるような戦場じゃないの」
 玲が以前のように新人育成プログラムの使用を提案をすると思ったのだろう、先回りして却下した。だが玲もまた首を横に振る。
「分かってる。でも蒼界の戦場なら相手は狂気、浄化役はいくら居たって良いよね。――ちょっと行って来るよ」
「そう、いってら……って、は!? アンタ熱でもあんの!?」
 額に手を伸ばしてきたモリスを躱し、席を立つ。
「装備整えるからさ、あとはヨロシクね」
 それだけ言うと、ふらりとオフィスを後にした。浮ついた足取りとは裏腹に、瞳に強い意思を秘めて。




 アレクサンドルが潜伏しているという廃病院の内部地図は手に入れられなかったが、航空写真は手に入った。
 見る限り、周囲は深い森に覆われており、県道から見て手前に前庭、病院、駐車場と分かれ、駐車場となっている裏手には救急搬入口があったらしい。
 この救急搬入口と正面玄関以外の窓には防犯用に柵が嵌め殺してあり、二階以上の窓にも全て転落防止の柵が取り付けられていた。
 まるで荒れ果てた大きな牢獄のような病院だが、これがかつてはサナトリウムとして近隣では有名な病院であったというのだから、時の流れとは無情である。

「初めまして、香藤 玲です。よろしくお願いします!」
 普段は砕けた口調の玲も、今日ばかりは真面目に挨拶をする。
「ドロシーよ。こちらこそよろしくね?」
 笑顔で握手に応じてくれた相手を、玲は思わず二度見した。二次元から飛び出して来たかのような、魔法少女めく美少女強化人間・ドロシー(kz0230)。巨大な猫のぬいぐるみを小脇に抱え、手には可愛らしいステッキが輝いている。
「レギです。今回は宜しくお願いします」
 レギ(kz0229)もまた気さくに手を握り返してくれた後、後ろに控える大柄な男性へと身体を向ける。
「こちらは、オイマトの族長、バタルトゥ・オイマトさんです」
「……今回は宜しく頼む」
 この中で最も怒りと不安、焦燥と冷静を内包しているにも関わらず、それを強靱な精神力でもって押し殺しているバタルトゥ・オイマト(kz0023)が3人へと頭を下げた。静かながらも巨躯から醸される圧に知らず喉が鳴った。
「今回は来てくれて有り難う」
 レギの視線を受けて、少し頬を染めながら首を振って笑い返すドロシー。
「レギ君のお友達なら、それってもう私のお友達も同然だわ! 絶対、イェルズ君を助け出しましょう!」
 その言葉に玲もしっかり頷いた。
 そして、地図を前に攻略計画が練られることになったのだった。



 建物裏へ向かうドロシー達を見送り、これから踏み込む前庭を見やる。
 当時は患者の心を慰めたのだろう大きな池があり、橋が架かっていた。池は淀みきり、朱色をしていたと思しき橋の欄干は木肌が露出している。
 正面口は橋を渡った先だ。左手では朽ちかけた藤棚で、藤の蔓が野放図に地へ垂れていた。
「……行こう」
 バタルトゥの低い声を機に、一同は前庭になだれ込んだ。途端、耳障りなサイレンが辺りに鳴り響く。
「何!?」
 同時に、今まさに渡りかけていた池が激しく泡立ち、弾けた気泡から淀んだ空気が漏れ出る。
「これは……毒?」
 慌てて橋から退がると、今度は背後から押し寄せる無数の気配を察知した。振り向けば、周囲の森から次々と野生動物達が飛び出し、こちらへ殺到してくるのが見える。ただの動物ではない――狂気歪虚に寄生され狂暴化した動物達だ!
 トランシーバーからドロシーの緊迫した声が響く。あちらも同様の襲撃を受けているらしい。
「僕達で出入口を守らなきゃ!」
 叫ぶように言うと、玲は単身汚染された橋へ踏み込む。そして橋の上を浄化しながら前進、本隊の進路を拓いていく。事前の打ち合わせで、緊急の際はドロシー・玲の隊が殿を務め、本隊であるバタルトゥ・レギの本隊を敵本陣へ進ませる事が決まっていた。玲が浄化しながら橋を渡り終え、対岸に着くのを確認した同隊のハンター達は、
「さあ行ってください」
「動物達は俺らが引き受ける!」
 バタルトゥ達に橋を渡らせ、彼らが建物へ突入するのを見届ける。そしていざ動物達を迎撃しようとした時だ。
「――っ!」
 対岸から玲のくぐもった声が響く。見れば、藤棚の藤が意思を持ったように蔓を伸ばし、玲の四肢に巻きついている。ハンター達の目には、四肢から蔓へマテリアルが流れていく様が見て取れた。
「吸収してやがるのかっ」
「厄介だね」
 前面には動物達。背後には蠢く藤蔓。ハンター達はきつく奥歯を噛みしめた。


リプレイ本文


 蔓に囚われた四肢から急速に力が失せていく。
(やっぱり僕じゃ、あのお兄さんみたいには――)
 だが次の瞬間、そんな玲の視界に飛び込んで来たのは眩い金の髪。
「玲くんっ!」
 蒼界の戦場を共にしてきたシエル・ユークレース(ka6648)だった。技を駆使し、半身に現した狼の如き疾さで駆けつけたシエル、蒼機鎌で蔓を刈らんとする。藤は玲を盾にしようとしたが、急な接近に対応しきれなかった。四肢を拘束する4本の内、左腕の蔓を断つ!
「今助けるよっ」
 言いながらシエルは更にもう1本を切断しにかかる。
「ありが……っ! シエルおねえさん危ない!」
 藤は激昂したように別の蔓をシエルへ繰り出す! だが蔓は突然現れた土壁に弾かれた。落ち着き払った声音が告げる。
「救出にかかれば、直後に攻撃ないし拘束を試みると予想できていたわ」
 壁の後ろから覗いたのは、ビスクめく白肌の女性だった。今回が初共闘となる彼女の冷静さに感心するあまり、玲の口がぽかんと開く。そんな玲とシエルを、彼女――サフィーア(ka6909)は交互に見やり、
(損得を抜きとした、誰かを助けたいという『気持ち』は理解不能だわ……)
 それから対岸へ目を向ける。
「急ぎましょう」
 彼女の視線の先を追い、玲は息を飲んだ。

 橋の前に陣取る3人はすでに動物達と交戦中だった。その背中越しに見えたのは、迫り来る30を超すアライグマ達。更にその後ろに、狂気歪虚と融合した1頭の大猪が。絶望的とも思える数の差。3人を玲はよく覚えていた。だからこそ思わず叫ばずにはいられなかった。
「3人だけじゃ危ないよ!」
 皆シエル同様、蒼界で共に戦った事のある3人だ。そしてその戦いの中にはつい先日、玲が新人育成プログラムのサポーターとして同行したものもあったのだ。
 だが。
 茨の幻影を纏ったリシャーナ(ka1655)の魔杖が妖しく煌めいたかと思うと、荒れ果てた庭園の宙に巨大な火球が出現した。そのまま奥の猪へ放る。火球は猪の背で蠢く狂気歪虚へ激突し、激しく散らせた火花で周囲のアライグマ達を灼き払った!
 怒り狂った猪の一声で、アライグマ達は橋へと押し寄せる。アレクサンドルに『呼ばれて』来た動物達は、一歩でも早く駆けつける事だけを目標としており、大きな池を回り込もうなどとは思いもよらないようだった。橋を塞ぐように並び立つのは、2つの彩を持つ聖剣を手にしたヴィリー・シュトラウス(ka6706)と、幾つもの戦場を共に越えて来た撃槍「阿」を構えたファリン(ka6844)。
 ヴィリーの双眸が先頭のアライグマを見据えた。猪とは違い見た目は普通の動物だ。円らな瞳が愛らしく、心根の優しいヴィリーは一瞬奥歯を噛む。瞳を見ぬよう意識し、
「悪い、ここを通すわけにはいかないんだ」
 聖導士である彼が腕輪を媒体に放ったのは、魔力を帯びた雷撃――機導師の術だった。これには玲も目を瞠る。ヴィリーは新たな力を得、以前会った時より一段と成長していたのだ。
 雷撃を浴びた先頭の1頭の足が止まると、後続のアライグマが追突し足並みが乱れた。すかさずファリンが飛び込む!
「貴方達も急いでいるようですが、この先へは通しませんよ」
 桃色の髪から兎耳を覗かせた彼女は、槍の穂先を低く構え、踏み出した足を軸にくるりとターンした。月の天女の名を持つ衣が艶やかに翻り、さながら円舞の如し。しかし槍はしっかりと周囲の敵を薙ぎ払っていた。
 その穂先から逃れた個体を、ヴィリーの聖剣が両断していく。アライグマの爪がファリンの腕を裂いたが、ファリン自身の強い抵抗力が毒を阻み、リシャーナのヒールで完治した。
 以前より力をつけ、連携も完璧な3人に瞠目するばかりの玲を、リシャーナが振り向く。
(皆とあなたを信じてる。必ず戻ってきて――)
 彼女の紫紺の眼差しはしっかりとその胸中を表していた。
「リシャーナおねえさん、」
 呟く玲に、シエルは片目を瞑る。
「期待には応えないとねっ♪」
「……うん!」
 焔矢を操るサフィーアの支援を受け、玲は最後の蔓を振り払った。



 4体の藤から吸収を受けていた玲だったが、白銀のスナイパーの祈りによってダメージは軽減されていた。とは言え軽傷とは言えず、サフィーアが新たに拵えた土壁の後ろへ一時避難する。
「はい、ポーションっ」
「足りなかったらこれも」
 ふたりから渡されたそれを、玲は素直に飲んだ。今回、回復術は使用回数の少ないフルリカバリーしか持ち合わせておらず、温存しておきたかったのだ。
「ありがと、」
 その時対岸で焔が咲いた。響く猪の呻き。リシャーナの術で脚を焼かれたのだ。ヴィリーとファリンも範囲攻撃を駆使し、橋への侵入を防ぎ続けている。それを確認すると、
「あちらは任せて問題ないわね。先に藤を殲滅しましょう」
 サフィーアはシエルの蒼機鎌に焔の力を付与した。
「蔓の拘束と吸収は厄介だよ、僕も援護する」
 3人が頷き合った途端、土壁が砕かれた! 同時に低い姿勢で走り出すシエル。途端、蔓がシエルへ殺到! しかしその時、調子っ外れな歌声が辺りに響く。サフィーアは横目で声の主を見た。
「……、」
 あまりの音痴さに蔓が一斉に静止する。否、玲によるレイクイエムだった。シエル、思わず苦笑い。
「えーっと、うん。効いてるよ!」
「そうね、効果は抜群ね」
「ごめん」
 謝る玲に手を振り、シエルは動きを止めた蔓を斬り落としていく。この場から動けぬ藤だ、長い蔓を刈ってしまえば無力化できる。ただ、蔓延る蔓があまりに多く、刈り尽すのは手間だった。
 サフィーアは火焔の矢を生み出すと、藤の根元へ撃ち込んでいく。
「植物なのだから根元を切断すれば……」
 その予想は正しかった。藤は根元に当てられるのを嫌がり、庇うように蔓の束でガードを試みる。だがシエルに数を減らされた蔓では防ぎきれず、4本中2本の藤が消滅した。
 そこで残った藤は、サフィーアへ同時に蔓を繰り出す!
「!」
 絡めとられるサフィーア。その身体から力が吸い取られていく。
「しつこいっ」
 シエルが数度の斬撃で蔓を断ったが、彼女の消耗は激しかった。玲が盾で追撃を防ぎながら回復術をかけている隙に、シエルが残りの蔓を払っていく。各自多少の傷はあるが、何とか藤を無力化するに至った。
「よしっ、皆の加勢に行こっ!」
「ええ」
 そうして、サフィーアは此岸の橋の袂へ、シエルと玲は橋の中程へと走った。



 一方、橋向こう。
 射程・範囲・回復術に阻害術――互いを補い合い、3人は上手く立ち回っていた。まだ距離がある敵にはリシャーナの繰る火焔が飛び、それを抜けて来たものどもをファリンの全周攻撃が襲う。更にまだ息のあるものはヴィリーが剣で確実に屠っていった。
 最初に現れた大猪の突進も、足に狙いをつけたリシャーナの焔の矢で威力と勢いを削いだ上で、ヴィリーが剣と鎧で受け止め、野生の力を解放したファリンが連撃で急所を抉り……誰も大きな怪我をすることなく討伐できた。
 だが、アライグマ達は倒せど払えど次々に湧きだしてくる。攻撃力は低いが、数受けていれば急所に喰らう事もある。それが酷く煩わしい。リシャーナがヒールをかけている隙に、新たに現れた猪が池へ飛び込んだ!
「猪がそちらにっ……いや、まだ間に合うか!?」
 対岸の仲間に呼びかけたヴィリーだったが、少し後退すれば橋の上から狙えそうだと踏んだ。リシャーナも同様に考え、橋へ駆け込み炎の矢を放つ。次いでヴィリーの電撃を浴び、猪は池の中程で足を止めた。
「今のうちに!」
 遠距離攻撃手段を持つふたりは、猪に止めを刺すべく橋の上から術を揮った。単身橋の袂で踏ん張っていたファリンだったが、倒せど尽きず続々現れる敵に押され、
「くっ」
 穂先から逃れたもの達にとうとう突破を許してしまう。否、独りで良く堪えていたと言うべきだろう。
 追おうと踵を返すファリン――だが。流星の如く飛び来た投擲武器が、橋を渡ろうとしていた1頭の両目を裂いた! 飛来した先を見、ファリンの顔に笑みが広がる。
「皆様ご無事で!」
 投擲武器を回収し、まだ息のあるそいつを池へ蹴落としたのはシエルだった。その手前にはシエルを庇うよう盾を構えた玲が。更に対岸からサフィーアの焔矢が飛び猪に被弾。リシャーナとヴィリーも安堵の息を零した。
「良かった」
「3人のお陰で、邪魔されずに玲くん奪還できたよっ♪」
「ヴィリーおにいさん、ファリンおねえさん、回復しようか?」
「この程度なら大丈夫だよ」
「まだポーションで粘れますっ」
 玲の言葉に答え、ファリンは瓶を封切った。ぐびりと呷りつつ、鋭い穂先で後続の敵を牽制しながら、じりじりと橋の上へ後退する。逞しいの一言だった。



 橋上から彼岸へ、橋の袂から正面口前へと、6人は場所を変えながらぎりぎりの所で敵の突破を許さず、戦線を維持し続ける。だが時間の経過とともに厳しさは増すばかりだった。
 動物達はアレクサンドルが生きている限り押し寄せてくる。この時点で戦闘開始から10分近くが経過しており、6人の頭上、病院の上階からは激しい銃撃音が聞こえだしていた。
「あちらも始まったようですね」
 ファリンが心配そうに上階を仰ぐ。
 庭園内には無数のアライグマ達の骸が転がり、下生えは赤い斑染めになっていた。
 だがそれだけの数を討伐してきたという事は、それだけ術を行使して来たという事。そして相応の傷もまた負ってきていた。
 最初に玲の術が尽き、リシャーナの術が尽きた。苛烈な範囲攻撃による攻め、そして回復手として活躍した彼女は、それだけに術の消費が激しかったのだ。
「傷を癒すよ」
 そう声をかけたヴィリーに、リシャーナは首を横に振る。
「戦う術もなくて盾にもなれない私には必要ないわ」
 スキルが尽きても、武器による攻撃力で一定の力を発揮し続けられる接近職3人と違い、魔術師である彼女やサフィーア、そして玲は、スキルを打ち尽くしてしまえば敵を下す術がないのだ。
「盾ならあるじゃないっ」
 玲はリシャーナが持つ女神が彫り込まれた盾を指す。そして自らも盾を構え、飛びかかってきたアライグマの横っ面を盾で張り飛ばした。
「玲、」
 いつにない強かさを発揮する玲に目を瞬くリシャーナ。ヴィリーは深く頷きかける。
「まだ回復手段があるのに、医学者を目指す僕の前で倒れさせたりはしないよ」
 範囲回復術だから安心して受けて。そう言い加えた彼に、リシャーナは小さく微笑んだ。

「新手ね」
 呟くようにサフィーアが警戒を促す。見れば、門の向こうから新たに2頭の猪が。1頭は橋を、もう1頭は毒の池を突っ切って向かって来る。
「ヒーリングスフィアの残りはあと3回か」
 ヴィリーはぐっと剣を構え直す。各々ポーションも尽き、これが一同に残されている回復手段の全てだった。各自の攻撃術の残回数も僅かだ。持久戦というより耐久戦。全員が倒れるのが先か、あの大猪達が倒れるのが先か。あるいは本隊の勝鬨が上がるのか――
 ファリン、もう一度建物を仰いだ。
「ですが退くわけにもいきません。向こうではもっと厳しい戦いをしている方達がいるのですもの」
 サフィーアは正面口前に最後の土壁を形成する。
「本隊が歪虚を討ち、救出すべき者を救出するまで……ここは通さない」
「あとちょっとだよっ!」
 シエルも大ぶりの鎌を構え直す。リシャーナは視線を上げ頷いた。
「そうね。少しでもできる事を」
「うん!」
 リシャーナと玲は盾を掲げ、仲間達への攻撃を少しでも防ぐべく地を踏みしめた。

 しかし、術を使えぬ戦いは困難を極めた。何とか猪1頭は倒したものの、前に立つ者達から蹄に蹴散らされ、覚醒状態を維持できぬ程の怪我を負う。残されたリシャーナとサフィーアは、倒れた仲間を避難させるので精一杯だった。最早抗う術はない。ただ、先を急ぐ敵に止めをくれる気配がないのが救いか。

 できる事は全てした。
 だからこそここまで持った。

 6人は正面口へ雪崩れ込む動物達の背を見送るより他なかった。
 だが次の瞬間、建物の上階から轟音が響き、窓から青い閃光が溢れる。
「何!?」
 途端、動物達からふっと殺気が消える。アライグマ達は何故ここにいるのかといった顔で辺りを眺め、同族の骸を目にすると一目散に森へ逃げていく。猪もまた目的を失ったように彼らの後を追った。
「どうなってるの?」
「きっと本隊がやり遂げたんだわ」
 それを証明するように、銃撃の音も剣戟の音も聞こえなくなっていた。
 柔らかな芝生の上に横たわったファリン、桃色から銀へ戻った髪を揺らし息をつく。
「良かった……何とか防ぎきれたのですね」
「そうだね。深手は負わされたけれど、成すべき事は成せた、かな」
 途切れがちに答えるヴィリーの胸には大きな傷が。前衛の二人は背にした仲間を護るため、猪の突進を身をもって阻んだのだ。兄と友人の加護で何とか意識を失わず踏みとどまったシエルは、傍らの玲を見やる。指一本動かすのも億劫な状態の4人だったが、それでも、皆、生きていた。
 リシャーナは玲の傍らにしゃがみ、胸へ抱きしめる。
「!?」
 おたおたする玲を慈しみの籠った眼差しで見つめた。
「心配したわよ。無事で本当に良かった…… 」
「み、皆が助けてくれたからっ。皆がいてくれなかったら僕は、」
 今までの多くの戦場に、サポートする側として参加して来た玲。けれど今回は自分の方が皆に助けてもらい、思う所があったようで。殊勝な玲に、リシャーナは目を細めた。
「今日のあなたは頼もしくてとても素敵だったわ。大人に近づいたのね」
「そ、そう?」
 まるで姉と弟のようなふたりを、サフィーアはじっと眺めていた。
(やはり理解不能だわ)
 と、玲の袖を、なにやらすまなさそうな顔のシエルが引く。
「あの、ね? 言わなきゃと思ってたんだけど……ボク、『おねえさん』じゃないんだよね」
「ん?」
 意味が分からず首を傾げる玲に、シエルはもじもじと告げる。
「ボク、『おにいさん』なの。シエルって呼んでくれたら嬉しいなー」
 突然の告白に時が止まる。
 玲同様、シエルを『彼女』だと認識していたサフィーア、表情こそ動かなかったがゆっくりと2度瞬いた。それを見たファリンがにこり。
「サフィーア様も驚かれてます?」
「『驚く』? 私が?」
 サフィーアは無意識に胸のあたりを手で押さえた。
 仰向けになったヴィリーは静かになった建物を仰ぐ。
「討伐は成ったようだけど……もう一つの目的も、上手く遂げられていたら良いね」
「そうですわね」
 今はまだ結果は分からないが、本隊の皆が無事ならば直に出てくるだろう。
 一先ず無事やり遂げた達成感を胸に、6人は蒼界の風に吹かれていた。



 後日、各々深手を負った5人の許へ、玲からささやかなお見舞いが届いた。チョコの小箱には「ありがと」と一言綴られていた。



依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 9
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

  • なにごとも楽しく♪
    シエル・ユークレースka6648
  • BravePaladin
    ヴィリー・シュトラウスka6706
  • 淡雪の舞姫
    ファリンka6844

参加者一覧

  • 慈眼の女神
    リシャーナ(ka1655
    エルフ|19才|女性|魔術師
  • なにごとも楽しく♪
    シエル・ユークレース(ka6648
    人間(紅)|15才|男性|疾影士
  • BravePaladin
    ヴィリー・シュトラウス(ka6706
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 淡雪の舞姫
    ファリン(ka6844
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士
  • その歩みは、ココロと共に
    サフィーア(ka6909
    オートマトン|21才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/10/20 20:47:16
アイコン 相談卓
シエル・ユークレース(ka6648
人間(クリムゾンウェスト)|15才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2017/10/21 04:05:44