ゲスト
(ka0000)
【転臨】聖導士学校――炎上する麦
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/10/25 09:00
- 完成日
- 2017/11/01 21:07
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●収穫祭
胃が食欲を訴え、鼻はひとつの匂いに溺れている。
それが焼き上がるパンの香りだと気づいたときには、石窯から目が離せなくなっていた。
「腹が減ったな」
「弁当ならにあるだろ」
「この匂いの中で食えって?」
「食わなきゃ午後が保たないだろうが」
技術者らしい男達が暗い顔で囁きあっている。
飛ぶ鳥を落とす勢いな第六商会の所属であり、身につけた作業着も装備もかなり質が良い。
当然のように支給された弁当も美味ではあるのだが、この暴力的な香りの前には美味という表現は使い辛かった。
「ローストビーフのサンドイッチか。奮発したな」
「パンが味気ねぇ。貧乏学生時代を思い出すぜ」
価格的にお高いサンドイッチを、砂か粘土を噛むような顔つきでもそもそと咀嚼する。
口の中にある豊富な唾液は弁当ではなく石窯の中にあるパンの香りによるもの。
肉を挟んだ白いパンは、質自体は良いはずなのに不当な扱いを受けていた。
「精霊の祝福を受けた麦か。誇張9割の宣伝と思ってたんだがな」
ここはホロウレイドに端を発する混乱で放棄された土地であり、つい最近再開発が始まったばかりの開拓地だ。
最近の流行にのって刻令ゴーレムが導入されたとはいえ、まともに収穫できるまでに数年あるいは10年かかっても不思議ではないはずだった。
だが1柱の精霊が祝福を与えたことで、近隣諸領だけでなく遠方からも客が集まる収穫祭が行われることになった。
「それなんだがよ、精霊様ってどこにいるんだ?」
「宗教なら聖堂教会にでも聞けよ。近くに聖導士の養成校があるだろ?」
「あー、そこにもいるなぁ」
カソック姿の子供が1人、目をきらきらしながら石窯をみつめている。
さらさらの髪から形の良いエルフ耳が飛び出しているので他国からの留学生かもしれない。
余りに近すぎて前髪が縮れて来ているのに気づいていないようで、形のよい鼻でふんふん可愛らしく息を吸っている。
「げっ」
目立って太い老人達がやって来る。
金糸や極上の絹を使ったカソックは酷く俗に感じられ、先程の子供とは別世界の存在に見えた。
「相変わらず儲かってやがるな。こっちにも少しは金回せって」
「なあ」
「なんだよ」
「子供がいきなり消えたんだけど。俺、目がおかしくなった?」
食べかけのサンドイッチを手にしたまま、引き攣った顔で何度も首を傾げる。
妻子を養うことを考えると心身の不調は凄まじい恐怖だ。
「見落としだろ。子供は素早いしな」
同じく食べかけだったサンドイッチを自分の口に押し込み茶で流し込む。
ヘルメットを被ると意識が切り替わり、農業用装備から大口径砲まで扱える技術者らしい顔になる。
「地域全体に売り込む滅多にない機会だ。万全の上にも万全を期すぞ」
「んぐっ、了解だ。収穫祭に負けないくらい見本市も成功させてやろう」
技術者が見本市スペース……大規模建築が複数建てられる巨大スペースに向かう。
精霊を探して騒ぐ聖職者の近くに、不自然なまでに気配のない紫紺の男がちらりと見えた。
●小精霊
重く厚い鉄の扉が開くと、これまでに数倍する香りと熱が一気に押し寄せた。
覚醒者の男が眉を動かす。
かつての戦場とは異なり命の危険は無い。
だが、己の資産と人生を賭けたこのパンに、平然と対するのは非常に難しい。
大ぶりのパンを引き出し見た目を確認。
裏返してさらに確認した上でお盆並のサイズの皿にパンをそっと載せる。
元同業者、現開拓民の同僚と視線を交わす。
「試食を」
始めると言い終える前に、パンの至近距離へいきなり子供が現れた。
本当にいきなりだ。瞬間移動してきたようにしか見えない。
「あー、その、精霊様」
無意識に頭をかこうとするが髪に触れてしまう前に手を戻す。
近くの聖導士養成校経由でリアルブルーの知識に触れているので衛生感覚が磨かれていた。
「式典で一番おいしいのを奉納することになってるんで」
だめなの?
潤んだ瞳の上目遣いが元歴戦の戦士達を襲う。
立場的にも格的にも断ることは出来ず、清潔な手袋で包まれた手で大きなパンを2つに割った。
艶々している。
所々飛び出している胡桃も素晴らしいアクセントだ。
もう半分に割って手渡すと、丘精霊とも呼ばれる小さな精霊は満面の笑みを浮かべて感謝のイメージを送ってきた。
「ははっ、農作業に打ち込んだ甲斐がありましたな」
穏やかな気持ちで目を細める。
今この場では子供にしか見えない精霊が背一杯口を開けてからパンにかぶりつき、しかしパンとは異なる理由で表情を固まらせた。
紫紺のスーツの男がいる。
何かを探しているかのように視線を動かし、悪意ですら無い見下す視線を全てに向けている。
絶対に勝てない。
生徒からの信仰で少し力を増したとはいえ元は小さな土地を守護するだけの小精霊だ。
戦うことになれば1分も経たずに砕かれ消化されてしまう。
「精霊様ー」
「飲み物持って来たよ-、じゃなくて来ましたー」
生徒の声と足音が近づいて来る。
紫紺の視線が丘精霊を捉え、鼻で笑うかのような気配を残して生徒達に向こうとした。
「まぶしっ」
覚悟を決めた精霊が力を解放する。
人体に毒にならない薄さの負マテリアルまで全て祓うことで、負しかない存在の異様さを際立たせる。
紫紺のスーツの男が、清められた世界の中異様なまでにその存在を誇示していた。
●開戦
「4番機換装完了!」
「7番機に向かえ。4番機は即前線にっ」
空気が揺れた。
一瞬遅れて音と衝撃が追いつき、覚醒者ではない技術者達を数メートル吹き飛ばす。
「なっ」
砕けた大口径砲とゴーレムのパーツが散乱している。
鼻と喉の奥をひりつかせるこれは、一体なんだろうか。
機銃の音、警備のアルバイトの生徒が避難誘導する声、悲鳴とも鳴き声ともつかない音が混ざり合って戦場の音楽が形成されている。
「歪虚1匹に勝てないのか」
「1匹じゃない! 地面からわいて来て、ひぃっ」
踏み固められた地面が砕けて巨大な指が現れる。
表面が風化しかかった、巨大な人骨とも蝙蝠ともつかない何かの上半身が現れ地面から抜け出そうとしている。
「畜生、何がどうなっている」
「泣き言の前に手を動かせ。動かないなら通信機を使え。もうすぐハンターが」
成人男性の4倍はある腕が振り回され、男達の姿も声も粉塵の中に消えた。
胃が食欲を訴え、鼻はひとつの匂いに溺れている。
それが焼き上がるパンの香りだと気づいたときには、石窯から目が離せなくなっていた。
「腹が減ったな」
「弁当ならにあるだろ」
「この匂いの中で食えって?」
「食わなきゃ午後が保たないだろうが」
技術者らしい男達が暗い顔で囁きあっている。
飛ぶ鳥を落とす勢いな第六商会の所属であり、身につけた作業着も装備もかなり質が良い。
当然のように支給された弁当も美味ではあるのだが、この暴力的な香りの前には美味という表現は使い辛かった。
「ローストビーフのサンドイッチか。奮発したな」
「パンが味気ねぇ。貧乏学生時代を思い出すぜ」
価格的にお高いサンドイッチを、砂か粘土を噛むような顔つきでもそもそと咀嚼する。
口の中にある豊富な唾液は弁当ではなく石窯の中にあるパンの香りによるもの。
肉を挟んだ白いパンは、質自体は良いはずなのに不当な扱いを受けていた。
「精霊の祝福を受けた麦か。誇張9割の宣伝と思ってたんだがな」
ここはホロウレイドに端を発する混乱で放棄された土地であり、つい最近再開発が始まったばかりの開拓地だ。
最近の流行にのって刻令ゴーレムが導入されたとはいえ、まともに収穫できるまでに数年あるいは10年かかっても不思議ではないはずだった。
だが1柱の精霊が祝福を与えたことで、近隣諸領だけでなく遠方からも客が集まる収穫祭が行われることになった。
「それなんだがよ、精霊様ってどこにいるんだ?」
「宗教なら聖堂教会にでも聞けよ。近くに聖導士の養成校があるだろ?」
「あー、そこにもいるなぁ」
カソック姿の子供が1人、目をきらきらしながら石窯をみつめている。
さらさらの髪から形の良いエルフ耳が飛び出しているので他国からの留学生かもしれない。
余りに近すぎて前髪が縮れて来ているのに気づいていないようで、形のよい鼻でふんふん可愛らしく息を吸っている。
「げっ」
目立って太い老人達がやって来る。
金糸や極上の絹を使ったカソックは酷く俗に感じられ、先程の子供とは別世界の存在に見えた。
「相変わらず儲かってやがるな。こっちにも少しは金回せって」
「なあ」
「なんだよ」
「子供がいきなり消えたんだけど。俺、目がおかしくなった?」
食べかけのサンドイッチを手にしたまま、引き攣った顔で何度も首を傾げる。
妻子を養うことを考えると心身の不調は凄まじい恐怖だ。
「見落としだろ。子供は素早いしな」
同じく食べかけだったサンドイッチを自分の口に押し込み茶で流し込む。
ヘルメットを被ると意識が切り替わり、農業用装備から大口径砲まで扱える技術者らしい顔になる。
「地域全体に売り込む滅多にない機会だ。万全の上にも万全を期すぞ」
「んぐっ、了解だ。収穫祭に負けないくらい見本市も成功させてやろう」
技術者が見本市スペース……大規模建築が複数建てられる巨大スペースに向かう。
精霊を探して騒ぐ聖職者の近くに、不自然なまでに気配のない紫紺の男がちらりと見えた。
●小精霊
重く厚い鉄の扉が開くと、これまでに数倍する香りと熱が一気に押し寄せた。
覚醒者の男が眉を動かす。
かつての戦場とは異なり命の危険は無い。
だが、己の資産と人生を賭けたこのパンに、平然と対するのは非常に難しい。
大ぶりのパンを引き出し見た目を確認。
裏返してさらに確認した上でお盆並のサイズの皿にパンをそっと載せる。
元同業者、現開拓民の同僚と視線を交わす。
「試食を」
始めると言い終える前に、パンの至近距離へいきなり子供が現れた。
本当にいきなりだ。瞬間移動してきたようにしか見えない。
「あー、その、精霊様」
無意識に頭をかこうとするが髪に触れてしまう前に手を戻す。
近くの聖導士養成校経由でリアルブルーの知識に触れているので衛生感覚が磨かれていた。
「式典で一番おいしいのを奉納することになってるんで」
だめなの?
潤んだ瞳の上目遣いが元歴戦の戦士達を襲う。
立場的にも格的にも断ることは出来ず、清潔な手袋で包まれた手で大きなパンを2つに割った。
艶々している。
所々飛び出している胡桃も素晴らしいアクセントだ。
もう半分に割って手渡すと、丘精霊とも呼ばれる小さな精霊は満面の笑みを浮かべて感謝のイメージを送ってきた。
「ははっ、農作業に打ち込んだ甲斐がありましたな」
穏やかな気持ちで目を細める。
今この場では子供にしか見えない精霊が背一杯口を開けてからパンにかぶりつき、しかしパンとは異なる理由で表情を固まらせた。
紫紺のスーツの男がいる。
何かを探しているかのように視線を動かし、悪意ですら無い見下す視線を全てに向けている。
絶対に勝てない。
生徒からの信仰で少し力を増したとはいえ元は小さな土地を守護するだけの小精霊だ。
戦うことになれば1分も経たずに砕かれ消化されてしまう。
「精霊様ー」
「飲み物持って来たよ-、じゃなくて来ましたー」
生徒の声と足音が近づいて来る。
紫紺の視線が丘精霊を捉え、鼻で笑うかのような気配を残して生徒達に向こうとした。
「まぶしっ」
覚悟を決めた精霊が力を解放する。
人体に毒にならない薄さの負マテリアルまで全て祓うことで、負しかない存在の異様さを際立たせる。
紫紺のスーツの男が、清められた世界の中異様なまでにその存在を誇示していた。
●開戦
「4番機換装完了!」
「7番機に向かえ。4番機は即前線にっ」
空気が揺れた。
一瞬遅れて音と衝撃が追いつき、覚醒者ではない技術者達を数メートル吹き飛ばす。
「なっ」
砕けた大口径砲とゴーレムのパーツが散乱している。
鼻と喉の奥をひりつかせるこれは、一体なんだろうか。
機銃の音、警備のアルバイトの生徒が避難誘導する声、悲鳴とも鳴き声ともつかない音が混ざり合って戦場の音楽が形成されている。
「歪虚1匹に勝てないのか」
「1匹じゃない! 地面からわいて来て、ひぃっ」
踏み固められた地面が砕けて巨大な指が現れる。
表面が風化しかかった、巨大な人骨とも蝙蝠ともつかない何かの上半身が現れ地面から抜け出そうとしている。
「畜生、何がどうなっている」
「泣き言の前に手を動かせ。動かないなら通信機を使え。もうすぐハンターが」
成人男性の4倍はある腕が振り回され、男達の姿も声も粉塵の中に消えた。
リプレイ本文
●高位歪虚の暴虐
巨大な手足が砕けて宙に舞う。
長期運用を目指し頑丈に造られたゴーレムが、たった1度の爆発で完全に破壊されていた。
アニス・テスタロッサ(ka0141)が舌打ちする。
指に力を込めたときには次の展開が分かってしまう。
銃が弾を吐く前に回避行動に移る。
乗機の手前数メートルの空気が揺れ、爆発敵に温度が上がり凄まじい爆風が押し寄せた。
全関節を異なる速度とタイミングで稼働。
動力だけでなく各パーツの位置エネルギーまで速度に変えて、爆風に乗って受け流して数十センチ後ろに着地した。
紫紺のスーツの男が驚き動きを止めた。
遠くから子供達の歓声が聞こえ、しかしアニスは厳しい表情のままだ。
着弾する。
波の雑魔なら数体まとめて動けなくなるはずの1連射は、紫紺の仮面男に一切影響を与えられず土煙を発生させた。
「ガキどもは……キッチリ動けてんな」
センサで拾った情報を小さなウィンドウに反映させ軽く息を吐く。
かつてアニスが教鞭をとった生徒達は、実質敗走中の状況でも連携を崩さず一般人を気遣う余裕がある。
ただ、オファニムを見てはしゃぐのは頂けない。
今度褒めるついでに拳骨を落としてやるべきだろう。
「よお、少し付き合えよ。遊んでくれんだろ?」
機体の指を振って挑発する。
高位歪虚相手に無傷なのは凄いが歪虚も無傷だ。挑発も効果はほとんどない。
アニスはもう一度舌打ちをして、高速で再装填を終えスキルを使わず攻撃を再開した。
「随分と手荒い見物客だ。こういう手合いには、ご退場願わねばなるまい」
ロニ・カルディス(ka0551)は猛らず激さず、謹厳実直そのものの口調で宣言する。
厳かな響きは負の生命力の働きを抑え、しかし豊富すぎる負の力を抑えきれずにスキルの効果が消え去った。
「退と言ったか」
慇懃無礼に挑発してくる紫仮面を平然と無視。
精霊への視線を遮る位置へ愛馬を走り込ませ、ロニは胸を張って推定メフィストを見下ろした。
温度が急変化する。
咄嗟に位置をずらして直撃は避けても、高速で広がる爆風は躱しきれない。
パリィグローブから展開した障壁で防ぎはしたが、指から肩まで満遍なく骨折してしまい痛みで気絶してしまいそうだ。
「説明しないと分からないのかね」
痛みは顔に出さず心底不思議そうにロニがたずねる。
それはただの本音だ。だからこそ歪虚の神経を逆撫でにして殺意をかき立てた。
再度の爆風。
今度は馬が軽く跳んでぎりぎりで躱す。
歪虚がまき散らす殺意が濃さを増す。
次は無理だぞという気配が愛馬から届くと同時に、記憶にある別の気配が濃さを増すのに気づいた。
「お借りしよう」
セイクリッドフラッシュ。
目に見える範囲で丘精霊が応援してくれているようで、普段よりマテリアルの集まりがよく精度が上がっている。
紫スーツに瞬く間に達し、避けづらい光の波がその表面を僅かに削った。
仮面の下から悪意がしみ出す。
予備動作無しの爆発、おそらくファイアーボールに近い術がロニを襲う。
盾で受けるだけでは防ぎきれない。
光の防御壁を急速展開して被害を軽減、その後フルリカバリーで回復して戦闘能力を維持する、
ドワーフと歪虚の視線がぶつかり乾いた空気が軋みをあげた。
●対骨空中戦
炎の息が地上に向かって吐き出された。
巨大な、身長はCAMと同程度で横幅は3倍はある骨製ガーゴイルが気づいて振り返るが間に合わない。
人骨が重なりあう表面にぶつかると同時に炸裂。
ガーゴイルはその巨体故に衝撃を効率よく受け取ってしまい、大量の骨にひび割れを生じさせた。
ソナ(ka1352)がうーんと唸る。
速度差はないが回避性能はワイバーンの方がはるかに上で、時間をかければ援護無しでも骨ガーゴイルに打ち勝てる。
が、ロニがそれまでもちそうにない。
均衡が保たれているように見えるのは強力な防御と回復のスキルがあるからで、スキルが切れれば短時間で劣勢に追い込まれてしまう。
「ルーハン」
ソナの耐えるような声を聞き、若きワイバーンは任せろと胸を張る。
巨体にも関わらず己と同じ速度で上昇してくる骨ガーゴイルを迎え撃つだけでなく、主であるソナが他のことに専念できるよう揺れを減らして防戦を始めた。
「ありがとう。後、お願いね」
弓と矢筒だけを手に宙へ身を躍らせる。
驚き慌てたのは骨ガーゴイルだけで、ワイバーンは地上への進路を塞ぐ位置へ移動しながら蹴りをかます。ソナは危なげ無く着地しゆるやかに体を起こす。
足がちょっとだけ痺れているが被害はその程度。
身の丈ほどもあるロングボウに矢をつがえ、紫スーツの背中に向けて矢を放った。
まるで後ろに目があるかのように躱される。
その回避の動きでロニへの攻撃が取りやめになり、ロニが無事な時間が少しだけ延びる。
頭上では銃声と骨と骨がこすれる音が連続している。
落ちてくるのは骨の欠片だけなので有利ではあるのだろうが、すぐに決着がつくとは全く思えなかった。
何かが地面に突き刺さった音。
ちらりと見ると、ガーゴイルの爪であった肋骨が半分ほど突き刺さっているのが見える。
一瞬だけ見上げて確認すると、ガーゴイルを挟んだ上空側で、深紅の毛並みのグリフォンが猛烈な勢いで蹴り突き引っかきを鉄爪で繰り出していた。
「よし」
はるか南でヴァイス(ka0364)がうなずく。
重傷で視力が落ちていても相棒の動きならば分かる。
追撃戦闘なら速度差で手こずっただろうが、ソナのワイバーンが足止めしてくれているなら得意の空中白兵戦で圧倒的有利に戦える。
『治療、終わりました』
「声が硬い。護衛の弱気は護衛対象に伝染する。ここから先の避難誘導はお前たちに任せるぞ。お前たちならできる、自信を持って行動しろ」
『はいっ』
トランシーバー越しの通信を終える。
無意識に槍を手にしようとした腕を意識して下げ、魔導拡声機を手に持ちグリフォン【ホムラ】に向けた。
「右!」
ホムラとローハンが同じタイミングで左右に分かれる。
その直後見慣れぬ爆風が宙に生まれ、骨ワイバーンの片翼が砕けて本体が落下を始める。
ホムラはブレスで追撃するローハンに続こうとする。
「一時撤退、次はあの2体」
ホムラは即命令には従わず、鋭い目で戦場全体を見る。
己の至近以外は極めて危険だ。
ロニはもう限界だし、南西のワイバーン2体も高位歪虚に合流しかねない勢いだ。
ローハンを一瞥してこの場を任せ、深紅のグリフォンは傷を感じさせない動きでヴァイスへ向かって加速した。
わん、と立ち耳の柴犬が心配そうに鳴く。
自発的に後方の警戒をしていたはずだが、ヴァイスが心配で戻って来たらしい。
「心配をかけてしまったな」
武器を手にせず手を伸ばす。
大人しく撫でられる柴犬の背中で、パルムが自分も撫でられたそうに頭を差し出していた。
「南に避難中の御婦人方の護衛を頼む。お前はあまり遊ぶなよ」
柴犬から手を離しパルムの傘を優しくチョップしてから振り返ると、ちょうどホムラが降下を始めるところだった。
今は労う時間ではない。
リペアキットを複数取り出し注射針を伸ばし、ホムラが着地したタイミングでぶすりと皮下注射。
ホムラは少しばかり痛そうな雰囲気で何か言いたそうだが特に動きはない。
これが治療薬だと分かっているし、今は戦闘優先だということも理解しているからだ。
「頼む」
ただ一言、万感の思いが込もった声をかける。
ホムラは無言で翼を広げ、今度は2体の骨ガーゴイル目がけて猛然と飛び立つのだった。
●2連骨ガーゴイル
巨体はそれだけで強い。
全高7メートル越え歪虚など接触しただけで即死しかねない。
そんな人骨製ワイバーン体が2つ、肋骨の爪と脊椎尻尾を振り回してSerge・Dior(ka3569)に襲いかかった。
巨大な盾と爪がぶつかり火花が生じる。
Sergeの兜が一瞬浮かび上がり、死角から体重をのせた尻尾が振り下ろされる。
「構わない」
一声かけて乗騎であるワイバーンのためらいを消す。
鞍とSergeをのせたワイバーンは躱すことを諦め、主を思い切り振り回してほとんど盾にしてみせた。
龍壁「ガータル・ゾア」を構えたまま全身に力を込める。
人骨尻尾と巨大な盾が危険な角度でぶつかり合い、砕けた骨が飛散しSergeとワイバーンが後ろに押される。
「飛行に専念しろ」
掬い上げるような一閃。
指の骨が組み合わされた腹を漆黒の剣で切り裂くが、浅い。
傷ついた骨ワイバーンが怒り狂ってSergeを狙い、もう1体が背後に回り込んで急所を狙う。
だが攻撃を繰り出す前に、遠路はるばる飛んできた非実体弾に貫かれて骨と骨を繋げる力を減らした。
「感謝し……」
高速飛行中のSergeの視界に一瞬入って来たのは、ハロウィン風南瓜塗装のエクスシアであった。
『北東のゴーレムはなんとかなったでちゅよ』
止めがファイアブレスか北谷王子 朝騎(ka5818)の銃撃だったかは、後で調べて見ないと分からない。
『残念なお知らせがありまちゅ。メフィストっぽい歪虚が強すぎて戦力が足り無いでちゅ』
「問題ありません。この2体は私が引き受けます」
2体がのしかかるように接近。
背後の1体をワイバーンと共に体を捻って回避、しかし残る1体はどうやっても当たる直撃コース。
Sergeは鎧の延長のように巨大盾を組み合わせ、超重量を受け止めるだけでなくワイバーンに衝撃を伝えない離れ業を披露してみせた。
彼の活躍はそれだけでは終わらない。
のしかかりを躱され前のめりになった1体に対し、人騎呼吸をあわせた突撃から刃を振り下ろす。
大きいため当たり易い腹部にめり込み、どうやら本物の人骨らしい黄ばんだ骨指が大量にひび割れた。
『無理はしなくていいでちゅよ?』
「無理など」
トランシーバーを介した声に苦笑を返す。
Sergeから離れようとした骨歪虚の前に回り込んで移動を潰す。
「民を守るのは騎士の誉れ。この場を任せて頂き感謝しております」
骨が来る。
王国の民の残滓を使った卑劣な一撃を受け、耐え、確実に反撃。
威力は北谷王子機より低い。
だが歪虚が目障りに思う意識の中央に居座るのはSergeだ。
がんばれー、と子供の声が南北から聞こえ、息の乱れたSergeに新たな活力を与える。
「メフィストの姿と力を持つ、使い捨てとしか思えない歪虚。どんな思惑があるのかは知りませんが」
ぎりぎりで躱してもう一撃を盾で。
Sergeだけでなくワイバーンも消耗が激しく、しかし両者とも闘志に衰えはない。
「王国を害する企みはここで行き止まりです」
骨ワイバーン2体落ちるまで、Sergeはどれだけ傷を負ってもその場を守り続けた。
●精霊といっしょ
歪虚が立ち止まる。
不自然に清らかな気配の源を探り、東のゴーレムも北のCAMもいないかのように西へ向いた。
「テメェの相手はこっちだろうが。行ってもいいが、背中から風穴開けっぞ」
残り少ない高速演算を使った上での制圧射撃。
弾幕が紫スーツに当たってその動きを止めるが、アニスは喜びも安堵も感じない。
「限界だ。精霊は逃がせ」
遠くから飛んできた矢が肌に当たって跳ね返される。
斜め上からのソナの1矢は、スーツに浅く刺さって自重に負けて地面に落ちる。
そして10秒もたたずスキルの効果が失われ歪虚が西へと駆けだした。
歪虚が目指す先、避難が済んだ場所に精霊1柱とエルフ1人が向き合っている。
「乗って下さい」
エルバッハ・リオン(ka2434)が我慢強く4度目の乗車を促すと、小柄な子供にも見える精霊がようやく実体化して地面に足をつけた。
有無を言わさず抱え上げる。
きょとんとしたままの精霊を装甲魔導トラックの助手席に投げ込み、エルバッハ自身も飛び込むような勢いで運転席に座りアクセルを踏む。
めがまわるー、というイメージが立体映像と微量の甘えと一緒に送りつけられる。
「強引なやり方ですみませんが、あなたの身の安全のためなのでご容赦ください」
急ハンドル。
シールベルト無しの精霊が窓硝子に押しつけられ柔らかな頬が変形し、次の瞬間激しい振動が車体を襲った。
「前方の生徒、そのまま丘に向かってください。丘精霊様は我々が」
バックミラーを見て逆に急ハンドル。
ぽーん、と丘精霊が吹っ飛びエルバッハの膝で目を回す。
「速い。退き撃ちは無理ですか」
車載マシンガンは使わず煙幕を張った上でアクセルを踏み続ける。
攻撃術を使った紫スーツが、急速に小さくなっていく。
「どんどん撃て、Volcanius! あれを倒さねば精霊さまの所に行けぬ!」
刻令ゴーレムが一所懸命に7インチの魔導砲を使う。
Sergeが足止め誘導した骨ガーゴイルに霰玉が降り注ぎ、炸裂弾の攻撃力を最大限に活かす。
各部位の骨にひび割れが出来、飛行歪虚の負傷具合がSergeと同程度になる。
「頑丈な」
歯噛みするユーレン(ka6859)ではあるが、これでも本来そうだったろう結果よりもずいぶんマシだ。
装備力に余裕があるのに火器が足り無いことに気づいた整備員に押しつけられ、なんとかゴーレム砲らしい攻撃力を発揮できている。
「すまぬ」
ゴーレムにつけた荷台から飛び降りる。
より安定した足場から空中のガーゴイルではなく推定メフィストに狙いをつけ、ゴーレムにも地上の敵を優先するよう命じる。
「今から30秒後に撃つ、避けてくだされ」
通信機を通した伝えたがエルバッハは運転に忙殺され返事が出来ない。
代わりに、ユーレンに気づいた丘精霊が笑顔で手を振ろうとして、再度の急ハンドルに耐えきれずにフロントガラスに顔を押しつけてしまう。
「車の中にいないと危険です。透過しないでくだされ」
推定メフィストを撃つ。
命中率は半分を切り敵の回避能力も考慮に入れると効果は無いに等しい。
だが0ではない。
決して諦めず牽制効果を狙って攻撃を続け、装甲魔導トラックの進路を見て声を張り上げる。
「進めVolcanius、精霊さまの盾になれ」
発砲する。
少し間が開いて地上で爆発。
紫スーツが巻き込まれて避けきれず、矢では皆無だったダメージを受ける。
「こんなところまで偽メフィストか」
聖堂教会や王国の防衛体制がどうなっているのか問い詰めたい。
だがそんなことより精霊の身の安全が重要だ。
「良くやった!」
紫スーツに触れることすらできず、広範囲高威力とはいえ爆発1回でゴーレムが倒れる。
つまり1手無駄にさせたということだ。
ユーレンも自身の生存の優先順位を下げ、魔導トラックが通り過ぎるタイミングで広範囲治癒術を使い精霊の傷をわずかだが癒やした。
●詰めの作業
敵が軽傷で味方はぼろぼろ。
そんな状況であるのに、北谷王子は決して小さくない胸をなで下ろしていた。
「こっちの準備はOKでちゅ」
『ンじゃ合図が有り次第始めますんで骨は拾って下さい』
『糞歪虚野郎、首洗って待ってやがれ』
怨霊染みた返信は第六商会スタッフと開拓民のもの。
北東にセンサを向けると、農業用ゴーレムに試作砲を無理矢理取り付けた半壊ゴーレムが砲口を同じ方向に向けている。
敵の数は1まで減りこちらの数は10以上。こらなら使える策が無数にある。
大きく息を吸って吐く。
赤い瞳に気合いが灯り、R7エクスシアが高位歪虚を上回る速度で駆けだした。
話は変わるが現行CAMはサイズ3。
二足歩行する巨人であり、広範囲攻撃駆使するハンターや歪虚にとっては大きな的ともいえる。
この推定メフィストも同じように考えて、本人は賢いつもりで大熱量の爆発を北谷王子機にぶつけた。
銀色のシールドで庇われたマニピュレータが熟練符術師の手つきで重ねられて光を帯びる。
大きなカードが弾丸の如く水平に飛ぶ。
ただの火炎符に似ているのは外見だけで、推定メフィストの鼻先数センチで弾けて膨大な火の粉の代わり紫を包み込む。
実は幻影だ。
なかなか抵抗できないレベルの気合いとマテリアルを込めた幻であり、推定メフィストの動きが乱れて回避の程度も落ちる。
『死ね』
『治療費払えバカヤロー!』
魂の絶叫が北東から聞こえ、10近い炸裂弾が放物線を描いてメフィストへ迫る。
「学校付のトラック持ってこい。安全な場所から一方的にやるチャンスだ。在学中に名声を稼ぐチャンスだぞガキども」
オファニム【レラージュ・ベナンディ】がプラズマライフルを構え、宣言通り一方的に破壊の力を叩き込む。
文字通りの百発百中だ。
威力だけなら生身のハンターでも不可能な威力では無い。
しかし射程は数倍であるので推定メフィストの反撃は届かない。
「この範囲の足止めお願いしまちゅ」
「了解。巻き込まれないようにね」
アニス機が速度と火力を活かして常に打撃を与え。
北谷王子機はCAMらしいしぶとさで耐えつつ炎の幻影を切らさない。
そこへ多数の炸裂弾が到達。
紫スーツは屈辱に震えながら両腕で急所を守る。
深紅の爪がスーツの腕を掴み、羽ばたく音が大きくなって無理矢理腕を引き上げる。
『獣がっ』
ホムラが見下す瞳で一瞥。
紫仮面が異様な気配を出して過去最大の爆発が起こる。
ワイバーンほどの空中戦能力を持たないグリフォンでは避けきれない。
体の大きさ故により大きなダメージを受け、しかし途中で完全回復していたため飛行能力も戦力は維持できている。
「東に2つ」
拡声器を使っても苦しそうなヴァイスの指示。
ホムラは真剣な目つきでくるりと横へ2回転。
幻影に冒され狙いの甘い爆風を今度は完璧に躱してみせた。
「南へは逃がさないで下さい。北であれば平地が続きますので削り殺せると思います」
物騒なことを言いつつソナが矢を放つ。
歪虚の炎の届かぬ高度から矢が飛来。
スーツと皮を抜いて骨に当たって止まる。
「ソナさんなんか朝騎にキツくないでちゅか?」
「ご自分の胸に聞いて下さい。次、来ますよ」
「精霊さんのぱんつ確かめるまで死ねないでちゅっ」
地上で爆発。
擱座したR7から北谷王子が飛び出、捕まえようと伸ばされたスーツの腕に矢が当たって狙いを外させる。
「足は無くてもやりようはあるのでな」
いざというとき逃げられないと判断したユーレンが、残った武器である射程を最も効率よく活かしていた。
今度は生身で炎幕符を。
抵抗した瞬間新たなBSを食らったことに気づき、歪虚が凄まじい気配で睨み付けるが朝騎は堂々と胸を張る。
「こ」
挑発を言い始めたところで別種の爆音が全てを塗りつぶす。
全力疾走直後でほんのり色づいたエルバッハが、ぽんぽんと無造作に火球を投げて推定メフィストを爆発を浴びせ続ける。
範囲攻撃はとにかく避けにくい。
BSが切れたタイミングでも歪虚はほとんど避けきれず、存在する力が直線的に低下しもとより酷い顔色がさらに悪くなる。
「詰みだね。相打ち成功されてドヤ顔させんじゃないよ。特に北谷王子」
「なんで朝騎ばっかり狙われるでちゅか!」
北谷王子が北へ走る。
怒り心頭の推定メフィストが彼女を追おうとし、無防備な側面から狙い澄ませる狙い澄ませた銃撃がスーツに当たって大きな凹みをつくる。
既にもう、人型をしていない。
「挑発の見本だね。ここまでするのは俺でもなかなか」
再装填の後全力移動で歪虚を追い越し、射程を活かして再度側面から射撃。
時折臨時ゴーレム隊からの砲撃が行われ、最初はメフィストに見えていたものは奇っ怪な仮面と蜘蛛じみた骨と肉片が残るばかりだ。
上空でソナが瞬きする。
鏃を覚えのある気配が包み、そっと手を離すと数割増しの速度で飛んで歪虚の仮面を貫通する。
遠くの装甲魔導トラックの中で、丘精霊が両手を振るって応援しているのが見えた。
「酷い被害です」
エルバッハが大きな息を吐く。
精霊が降臨した祭りに歪虚が乱入という時点で大問題だ。
高位歪虚1体滅ぼしても主催のである聖堂教会の面子は丸つぶれ。
特にここの教会はハンターの手柄を奪う質ではないので、今後面倒なことになるだろう。
『貴様』
既にただのスコアとして見られていることに気づき、推定メフィストが空間が歪みかねない瘴気を放ち始めた。
「ぽいでちゅ」
火炎符が仮面を削る。
エルバッハの射程延長ファイアーボールが反撃を受けない場所から投げ込まれる。
未だに攻撃力を維持し、1対3までならこの場の誰にも勝てる戦力があっても、人質候補が近くにおらず逃げ隠れする先もない場所で包囲されてはどうしようもない。
「よーし来た来た。流れ弾にだけは気をつけろよ。っと、勘弁してくれ……殴り合いのケンカは弱いんだ」
飛びかかってきた歪虚を悠然と避ける。
口元を楽しそうに歪めたまま、見知った顔が乗る魔導トラックに合図を送って銃撃を開始させる。
「歪虚がどいつもこの程度なら楽なんだがね」
空からの矢が仮面を地面に縫い止める。
丘精霊の後押しを受けたエルバッハが詠唱を終え、清らかな風の刃が積もった罪ごと歪虚を両断する。
残骸は陽光を浴び、あっさりとこの世から消滅した。
●丘の精霊
「うし、残りの掃除しちまおうや」
勝利の余韻に浸る余裕は無い。
アニスは徐々に勢いを増す炎に向かい、プラズマグレネードで可燃物を吹き飛ばすことで素早く消火していく。
「物は壊れても直せるが、人や精霊さまはそうもいかぬ。無事でようございました。……精霊さま?」
戦闘中より真剣な表情で、子供にしか見えない精霊がユーレンの鎧をよじ登る。
肩装甲に腰を下ろしてやり遂げた顔になると、ユーレンが慈愛の笑みを浮かべていたずら小僧の頭を強めに撫でた。
「点呼終わりました。全員います!」
生徒達が元気よく報告に来る。
「丘精霊さんこんにちは~、朝騎でちゅよ。今日はお近づきの印にパルムケーキ……は機体の中でした。なんか元気そうでちゅね」
しれっと生徒の一団に加わり北谷王子が話しかけると、銀髪の精霊がぱあっと明るくなって北谷王子に飛びついた。
「絹の大人パンツでちゅね」
腕に当たった感触を思わずに口に出してしまっていた。
えらいひとのしじをまもれたー、みんなぶじでうれしー、という素直な感情と一緒に報告書が辞書1冊書けそうな情報が北谷王子の頭に流れ込む。
ふと気づいたときには、警察官っぽい気配の聖職者に両腕をつかまれ説教部屋っぽい部屋へ運ばれていくところだった。
「気に入られたようですね」
いってらっしゃいと手を振る精霊にソナが近づく。
既に消火は終わり、重傷者もソナ達の尽力で全治1週間程度まで回復している。
最も貴重である人材の被害は0で済んだが、今後を考えると頭が痛い。
そして元も頭が痛いのが……。
「残ったのはこれだけでした」
焦げたパンを軽く振る。
土埃にまみれていたようで、食欲をそそらない欠片がぱらりと舞った。
精霊が薄れていく。
ハンターが丘近くの歪虚を滅ぼし、祭りを通して住民が祈りを捧げていたからこの場に留まれていたのだ。
祭りが終われば自然と元の場所に戻る。
そのはずだったのに、質量のある小さな手が伸ばされ汚れたパンを恭しく受け取り、じゅるりと涎の音が響く。
素晴らしい笑顔でパンにかぶりついている。
時折けほりと咳き込みはするが美味でとろんと目が潤み、見た目年齢不相応に色っぽい。
おそらく、祈りや感謝の念を物理的に味わっているのだろう。
「精霊様ですものね」
手を引いて丘を目指す。
夕日が2人を照らし、2つの影が長く伸びていた。
巨大な手足が砕けて宙に舞う。
長期運用を目指し頑丈に造られたゴーレムが、たった1度の爆発で完全に破壊されていた。
アニス・テスタロッサ(ka0141)が舌打ちする。
指に力を込めたときには次の展開が分かってしまう。
銃が弾を吐く前に回避行動に移る。
乗機の手前数メートルの空気が揺れ、爆発敵に温度が上がり凄まじい爆風が押し寄せた。
全関節を異なる速度とタイミングで稼働。
動力だけでなく各パーツの位置エネルギーまで速度に変えて、爆風に乗って受け流して数十センチ後ろに着地した。
紫紺のスーツの男が驚き動きを止めた。
遠くから子供達の歓声が聞こえ、しかしアニスは厳しい表情のままだ。
着弾する。
波の雑魔なら数体まとめて動けなくなるはずの1連射は、紫紺の仮面男に一切影響を与えられず土煙を発生させた。
「ガキどもは……キッチリ動けてんな」
センサで拾った情報を小さなウィンドウに反映させ軽く息を吐く。
かつてアニスが教鞭をとった生徒達は、実質敗走中の状況でも連携を崩さず一般人を気遣う余裕がある。
ただ、オファニムを見てはしゃぐのは頂けない。
今度褒めるついでに拳骨を落としてやるべきだろう。
「よお、少し付き合えよ。遊んでくれんだろ?」
機体の指を振って挑発する。
高位歪虚相手に無傷なのは凄いが歪虚も無傷だ。挑発も効果はほとんどない。
アニスはもう一度舌打ちをして、高速で再装填を終えスキルを使わず攻撃を再開した。
「随分と手荒い見物客だ。こういう手合いには、ご退場願わねばなるまい」
ロニ・カルディス(ka0551)は猛らず激さず、謹厳実直そのものの口調で宣言する。
厳かな響きは負の生命力の働きを抑え、しかし豊富すぎる負の力を抑えきれずにスキルの効果が消え去った。
「退と言ったか」
慇懃無礼に挑発してくる紫仮面を平然と無視。
精霊への視線を遮る位置へ愛馬を走り込ませ、ロニは胸を張って推定メフィストを見下ろした。
温度が急変化する。
咄嗟に位置をずらして直撃は避けても、高速で広がる爆風は躱しきれない。
パリィグローブから展開した障壁で防ぎはしたが、指から肩まで満遍なく骨折してしまい痛みで気絶してしまいそうだ。
「説明しないと分からないのかね」
痛みは顔に出さず心底不思議そうにロニがたずねる。
それはただの本音だ。だからこそ歪虚の神経を逆撫でにして殺意をかき立てた。
再度の爆風。
今度は馬が軽く跳んでぎりぎりで躱す。
歪虚がまき散らす殺意が濃さを増す。
次は無理だぞという気配が愛馬から届くと同時に、記憶にある別の気配が濃さを増すのに気づいた。
「お借りしよう」
セイクリッドフラッシュ。
目に見える範囲で丘精霊が応援してくれているようで、普段よりマテリアルの集まりがよく精度が上がっている。
紫スーツに瞬く間に達し、避けづらい光の波がその表面を僅かに削った。
仮面の下から悪意がしみ出す。
予備動作無しの爆発、おそらくファイアーボールに近い術がロニを襲う。
盾で受けるだけでは防ぎきれない。
光の防御壁を急速展開して被害を軽減、その後フルリカバリーで回復して戦闘能力を維持する、
ドワーフと歪虚の視線がぶつかり乾いた空気が軋みをあげた。
●対骨空中戦
炎の息が地上に向かって吐き出された。
巨大な、身長はCAMと同程度で横幅は3倍はある骨製ガーゴイルが気づいて振り返るが間に合わない。
人骨が重なりあう表面にぶつかると同時に炸裂。
ガーゴイルはその巨体故に衝撃を効率よく受け取ってしまい、大量の骨にひび割れを生じさせた。
ソナ(ka1352)がうーんと唸る。
速度差はないが回避性能はワイバーンの方がはるかに上で、時間をかければ援護無しでも骨ガーゴイルに打ち勝てる。
が、ロニがそれまでもちそうにない。
均衡が保たれているように見えるのは強力な防御と回復のスキルがあるからで、スキルが切れれば短時間で劣勢に追い込まれてしまう。
「ルーハン」
ソナの耐えるような声を聞き、若きワイバーンは任せろと胸を張る。
巨体にも関わらず己と同じ速度で上昇してくる骨ガーゴイルを迎え撃つだけでなく、主であるソナが他のことに専念できるよう揺れを減らして防戦を始めた。
「ありがとう。後、お願いね」
弓と矢筒だけを手に宙へ身を躍らせる。
驚き慌てたのは骨ガーゴイルだけで、ワイバーンは地上への進路を塞ぐ位置へ移動しながら蹴りをかます。ソナは危なげ無く着地しゆるやかに体を起こす。
足がちょっとだけ痺れているが被害はその程度。
身の丈ほどもあるロングボウに矢をつがえ、紫スーツの背中に向けて矢を放った。
まるで後ろに目があるかのように躱される。
その回避の動きでロニへの攻撃が取りやめになり、ロニが無事な時間が少しだけ延びる。
頭上では銃声と骨と骨がこすれる音が連続している。
落ちてくるのは骨の欠片だけなので有利ではあるのだろうが、すぐに決着がつくとは全く思えなかった。
何かが地面に突き刺さった音。
ちらりと見ると、ガーゴイルの爪であった肋骨が半分ほど突き刺さっているのが見える。
一瞬だけ見上げて確認すると、ガーゴイルを挟んだ上空側で、深紅の毛並みのグリフォンが猛烈な勢いで蹴り突き引っかきを鉄爪で繰り出していた。
「よし」
はるか南でヴァイス(ka0364)がうなずく。
重傷で視力が落ちていても相棒の動きならば分かる。
追撃戦闘なら速度差で手こずっただろうが、ソナのワイバーンが足止めしてくれているなら得意の空中白兵戦で圧倒的有利に戦える。
『治療、終わりました』
「声が硬い。護衛の弱気は護衛対象に伝染する。ここから先の避難誘導はお前たちに任せるぞ。お前たちならできる、自信を持って行動しろ」
『はいっ』
トランシーバー越しの通信を終える。
無意識に槍を手にしようとした腕を意識して下げ、魔導拡声機を手に持ちグリフォン【ホムラ】に向けた。
「右!」
ホムラとローハンが同じタイミングで左右に分かれる。
その直後見慣れぬ爆風が宙に生まれ、骨ワイバーンの片翼が砕けて本体が落下を始める。
ホムラはブレスで追撃するローハンに続こうとする。
「一時撤退、次はあの2体」
ホムラは即命令には従わず、鋭い目で戦場全体を見る。
己の至近以外は極めて危険だ。
ロニはもう限界だし、南西のワイバーン2体も高位歪虚に合流しかねない勢いだ。
ローハンを一瞥してこの場を任せ、深紅のグリフォンは傷を感じさせない動きでヴァイスへ向かって加速した。
わん、と立ち耳の柴犬が心配そうに鳴く。
自発的に後方の警戒をしていたはずだが、ヴァイスが心配で戻って来たらしい。
「心配をかけてしまったな」
武器を手にせず手を伸ばす。
大人しく撫でられる柴犬の背中で、パルムが自分も撫でられたそうに頭を差し出していた。
「南に避難中の御婦人方の護衛を頼む。お前はあまり遊ぶなよ」
柴犬から手を離しパルムの傘を優しくチョップしてから振り返ると、ちょうどホムラが降下を始めるところだった。
今は労う時間ではない。
リペアキットを複数取り出し注射針を伸ばし、ホムラが着地したタイミングでぶすりと皮下注射。
ホムラは少しばかり痛そうな雰囲気で何か言いたそうだが特に動きはない。
これが治療薬だと分かっているし、今は戦闘優先だということも理解しているからだ。
「頼む」
ただ一言、万感の思いが込もった声をかける。
ホムラは無言で翼を広げ、今度は2体の骨ガーゴイル目がけて猛然と飛び立つのだった。
●2連骨ガーゴイル
巨体はそれだけで強い。
全高7メートル越え歪虚など接触しただけで即死しかねない。
そんな人骨製ワイバーン体が2つ、肋骨の爪と脊椎尻尾を振り回してSerge・Dior(ka3569)に襲いかかった。
巨大な盾と爪がぶつかり火花が生じる。
Sergeの兜が一瞬浮かび上がり、死角から体重をのせた尻尾が振り下ろされる。
「構わない」
一声かけて乗騎であるワイバーンのためらいを消す。
鞍とSergeをのせたワイバーンは躱すことを諦め、主を思い切り振り回してほとんど盾にしてみせた。
龍壁「ガータル・ゾア」を構えたまま全身に力を込める。
人骨尻尾と巨大な盾が危険な角度でぶつかり合い、砕けた骨が飛散しSergeとワイバーンが後ろに押される。
「飛行に専念しろ」
掬い上げるような一閃。
指の骨が組み合わされた腹を漆黒の剣で切り裂くが、浅い。
傷ついた骨ワイバーンが怒り狂ってSergeを狙い、もう1体が背後に回り込んで急所を狙う。
だが攻撃を繰り出す前に、遠路はるばる飛んできた非実体弾に貫かれて骨と骨を繋げる力を減らした。
「感謝し……」
高速飛行中のSergeの視界に一瞬入って来たのは、ハロウィン風南瓜塗装のエクスシアであった。
『北東のゴーレムはなんとかなったでちゅよ』
止めがファイアブレスか北谷王子 朝騎(ka5818)の銃撃だったかは、後で調べて見ないと分からない。
『残念なお知らせがありまちゅ。メフィストっぽい歪虚が強すぎて戦力が足り無いでちゅ』
「問題ありません。この2体は私が引き受けます」
2体がのしかかるように接近。
背後の1体をワイバーンと共に体を捻って回避、しかし残る1体はどうやっても当たる直撃コース。
Sergeは鎧の延長のように巨大盾を組み合わせ、超重量を受け止めるだけでなくワイバーンに衝撃を伝えない離れ業を披露してみせた。
彼の活躍はそれだけでは終わらない。
のしかかりを躱され前のめりになった1体に対し、人騎呼吸をあわせた突撃から刃を振り下ろす。
大きいため当たり易い腹部にめり込み、どうやら本物の人骨らしい黄ばんだ骨指が大量にひび割れた。
『無理はしなくていいでちゅよ?』
「無理など」
トランシーバーを介した声に苦笑を返す。
Sergeから離れようとした骨歪虚の前に回り込んで移動を潰す。
「民を守るのは騎士の誉れ。この場を任せて頂き感謝しております」
骨が来る。
王国の民の残滓を使った卑劣な一撃を受け、耐え、確実に反撃。
威力は北谷王子機より低い。
だが歪虚が目障りに思う意識の中央に居座るのはSergeだ。
がんばれー、と子供の声が南北から聞こえ、息の乱れたSergeに新たな活力を与える。
「メフィストの姿と力を持つ、使い捨てとしか思えない歪虚。どんな思惑があるのかは知りませんが」
ぎりぎりで躱してもう一撃を盾で。
Sergeだけでなくワイバーンも消耗が激しく、しかし両者とも闘志に衰えはない。
「王国を害する企みはここで行き止まりです」
骨ワイバーン2体落ちるまで、Sergeはどれだけ傷を負ってもその場を守り続けた。
●精霊といっしょ
歪虚が立ち止まる。
不自然に清らかな気配の源を探り、東のゴーレムも北のCAMもいないかのように西へ向いた。
「テメェの相手はこっちだろうが。行ってもいいが、背中から風穴開けっぞ」
残り少ない高速演算を使った上での制圧射撃。
弾幕が紫スーツに当たってその動きを止めるが、アニスは喜びも安堵も感じない。
「限界だ。精霊は逃がせ」
遠くから飛んできた矢が肌に当たって跳ね返される。
斜め上からのソナの1矢は、スーツに浅く刺さって自重に負けて地面に落ちる。
そして10秒もたたずスキルの効果が失われ歪虚が西へと駆けだした。
歪虚が目指す先、避難が済んだ場所に精霊1柱とエルフ1人が向き合っている。
「乗って下さい」
エルバッハ・リオン(ka2434)が我慢強く4度目の乗車を促すと、小柄な子供にも見える精霊がようやく実体化して地面に足をつけた。
有無を言わさず抱え上げる。
きょとんとしたままの精霊を装甲魔導トラックの助手席に投げ込み、エルバッハ自身も飛び込むような勢いで運転席に座りアクセルを踏む。
めがまわるー、というイメージが立体映像と微量の甘えと一緒に送りつけられる。
「強引なやり方ですみませんが、あなたの身の安全のためなのでご容赦ください」
急ハンドル。
シールベルト無しの精霊が窓硝子に押しつけられ柔らかな頬が変形し、次の瞬間激しい振動が車体を襲った。
「前方の生徒、そのまま丘に向かってください。丘精霊様は我々が」
バックミラーを見て逆に急ハンドル。
ぽーん、と丘精霊が吹っ飛びエルバッハの膝で目を回す。
「速い。退き撃ちは無理ですか」
車載マシンガンは使わず煙幕を張った上でアクセルを踏み続ける。
攻撃術を使った紫スーツが、急速に小さくなっていく。
「どんどん撃て、Volcanius! あれを倒さねば精霊さまの所に行けぬ!」
刻令ゴーレムが一所懸命に7インチの魔導砲を使う。
Sergeが足止め誘導した骨ガーゴイルに霰玉が降り注ぎ、炸裂弾の攻撃力を最大限に活かす。
各部位の骨にひび割れが出来、飛行歪虚の負傷具合がSergeと同程度になる。
「頑丈な」
歯噛みするユーレン(ka6859)ではあるが、これでも本来そうだったろう結果よりもずいぶんマシだ。
装備力に余裕があるのに火器が足り無いことに気づいた整備員に押しつけられ、なんとかゴーレム砲らしい攻撃力を発揮できている。
「すまぬ」
ゴーレムにつけた荷台から飛び降りる。
より安定した足場から空中のガーゴイルではなく推定メフィストに狙いをつけ、ゴーレムにも地上の敵を優先するよう命じる。
「今から30秒後に撃つ、避けてくだされ」
通信機を通した伝えたがエルバッハは運転に忙殺され返事が出来ない。
代わりに、ユーレンに気づいた丘精霊が笑顔で手を振ろうとして、再度の急ハンドルに耐えきれずにフロントガラスに顔を押しつけてしまう。
「車の中にいないと危険です。透過しないでくだされ」
推定メフィストを撃つ。
命中率は半分を切り敵の回避能力も考慮に入れると効果は無いに等しい。
だが0ではない。
決して諦めず牽制効果を狙って攻撃を続け、装甲魔導トラックの進路を見て声を張り上げる。
「進めVolcanius、精霊さまの盾になれ」
発砲する。
少し間が開いて地上で爆発。
紫スーツが巻き込まれて避けきれず、矢では皆無だったダメージを受ける。
「こんなところまで偽メフィストか」
聖堂教会や王国の防衛体制がどうなっているのか問い詰めたい。
だがそんなことより精霊の身の安全が重要だ。
「良くやった!」
紫スーツに触れることすらできず、広範囲高威力とはいえ爆発1回でゴーレムが倒れる。
つまり1手無駄にさせたということだ。
ユーレンも自身の生存の優先順位を下げ、魔導トラックが通り過ぎるタイミングで広範囲治癒術を使い精霊の傷をわずかだが癒やした。
●詰めの作業
敵が軽傷で味方はぼろぼろ。
そんな状況であるのに、北谷王子は決して小さくない胸をなで下ろしていた。
「こっちの準備はOKでちゅ」
『ンじゃ合図が有り次第始めますんで骨は拾って下さい』
『糞歪虚野郎、首洗って待ってやがれ』
怨霊染みた返信は第六商会スタッフと開拓民のもの。
北東にセンサを向けると、農業用ゴーレムに試作砲を無理矢理取り付けた半壊ゴーレムが砲口を同じ方向に向けている。
敵の数は1まで減りこちらの数は10以上。こらなら使える策が無数にある。
大きく息を吸って吐く。
赤い瞳に気合いが灯り、R7エクスシアが高位歪虚を上回る速度で駆けだした。
話は変わるが現行CAMはサイズ3。
二足歩行する巨人であり、広範囲攻撃駆使するハンターや歪虚にとっては大きな的ともいえる。
この推定メフィストも同じように考えて、本人は賢いつもりで大熱量の爆発を北谷王子機にぶつけた。
銀色のシールドで庇われたマニピュレータが熟練符術師の手つきで重ねられて光を帯びる。
大きなカードが弾丸の如く水平に飛ぶ。
ただの火炎符に似ているのは外見だけで、推定メフィストの鼻先数センチで弾けて膨大な火の粉の代わり紫を包み込む。
実は幻影だ。
なかなか抵抗できないレベルの気合いとマテリアルを込めた幻であり、推定メフィストの動きが乱れて回避の程度も落ちる。
『死ね』
『治療費払えバカヤロー!』
魂の絶叫が北東から聞こえ、10近い炸裂弾が放物線を描いてメフィストへ迫る。
「学校付のトラック持ってこい。安全な場所から一方的にやるチャンスだ。在学中に名声を稼ぐチャンスだぞガキども」
オファニム【レラージュ・ベナンディ】がプラズマライフルを構え、宣言通り一方的に破壊の力を叩き込む。
文字通りの百発百中だ。
威力だけなら生身のハンターでも不可能な威力では無い。
しかし射程は数倍であるので推定メフィストの反撃は届かない。
「この範囲の足止めお願いしまちゅ」
「了解。巻き込まれないようにね」
アニス機が速度と火力を活かして常に打撃を与え。
北谷王子機はCAMらしいしぶとさで耐えつつ炎の幻影を切らさない。
そこへ多数の炸裂弾が到達。
紫スーツは屈辱に震えながら両腕で急所を守る。
深紅の爪がスーツの腕を掴み、羽ばたく音が大きくなって無理矢理腕を引き上げる。
『獣がっ』
ホムラが見下す瞳で一瞥。
紫仮面が異様な気配を出して過去最大の爆発が起こる。
ワイバーンほどの空中戦能力を持たないグリフォンでは避けきれない。
体の大きさ故により大きなダメージを受け、しかし途中で完全回復していたため飛行能力も戦力は維持できている。
「東に2つ」
拡声器を使っても苦しそうなヴァイスの指示。
ホムラは真剣な目つきでくるりと横へ2回転。
幻影に冒され狙いの甘い爆風を今度は完璧に躱してみせた。
「南へは逃がさないで下さい。北であれば平地が続きますので削り殺せると思います」
物騒なことを言いつつソナが矢を放つ。
歪虚の炎の届かぬ高度から矢が飛来。
スーツと皮を抜いて骨に当たって止まる。
「ソナさんなんか朝騎にキツくないでちゅか?」
「ご自分の胸に聞いて下さい。次、来ますよ」
「精霊さんのぱんつ確かめるまで死ねないでちゅっ」
地上で爆発。
擱座したR7から北谷王子が飛び出、捕まえようと伸ばされたスーツの腕に矢が当たって狙いを外させる。
「足は無くてもやりようはあるのでな」
いざというとき逃げられないと判断したユーレンが、残った武器である射程を最も効率よく活かしていた。
今度は生身で炎幕符を。
抵抗した瞬間新たなBSを食らったことに気づき、歪虚が凄まじい気配で睨み付けるが朝騎は堂々と胸を張る。
「こ」
挑発を言い始めたところで別種の爆音が全てを塗りつぶす。
全力疾走直後でほんのり色づいたエルバッハが、ぽんぽんと無造作に火球を投げて推定メフィストを爆発を浴びせ続ける。
範囲攻撃はとにかく避けにくい。
BSが切れたタイミングでも歪虚はほとんど避けきれず、存在する力が直線的に低下しもとより酷い顔色がさらに悪くなる。
「詰みだね。相打ち成功されてドヤ顔させんじゃないよ。特に北谷王子」
「なんで朝騎ばっかり狙われるでちゅか!」
北谷王子が北へ走る。
怒り心頭の推定メフィストが彼女を追おうとし、無防備な側面から狙い澄ませる狙い澄ませた銃撃がスーツに当たって大きな凹みをつくる。
既にもう、人型をしていない。
「挑発の見本だね。ここまでするのは俺でもなかなか」
再装填の後全力移動で歪虚を追い越し、射程を活かして再度側面から射撃。
時折臨時ゴーレム隊からの砲撃が行われ、最初はメフィストに見えていたものは奇っ怪な仮面と蜘蛛じみた骨と肉片が残るばかりだ。
上空でソナが瞬きする。
鏃を覚えのある気配が包み、そっと手を離すと数割増しの速度で飛んで歪虚の仮面を貫通する。
遠くの装甲魔導トラックの中で、丘精霊が両手を振るって応援しているのが見えた。
「酷い被害です」
エルバッハが大きな息を吐く。
精霊が降臨した祭りに歪虚が乱入という時点で大問題だ。
高位歪虚1体滅ぼしても主催のである聖堂教会の面子は丸つぶれ。
特にここの教会はハンターの手柄を奪う質ではないので、今後面倒なことになるだろう。
『貴様』
既にただのスコアとして見られていることに気づき、推定メフィストが空間が歪みかねない瘴気を放ち始めた。
「ぽいでちゅ」
火炎符が仮面を削る。
エルバッハの射程延長ファイアーボールが反撃を受けない場所から投げ込まれる。
未だに攻撃力を維持し、1対3までならこの場の誰にも勝てる戦力があっても、人質候補が近くにおらず逃げ隠れする先もない場所で包囲されてはどうしようもない。
「よーし来た来た。流れ弾にだけは気をつけろよ。っと、勘弁してくれ……殴り合いのケンカは弱いんだ」
飛びかかってきた歪虚を悠然と避ける。
口元を楽しそうに歪めたまま、見知った顔が乗る魔導トラックに合図を送って銃撃を開始させる。
「歪虚がどいつもこの程度なら楽なんだがね」
空からの矢が仮面を地面に縫い止める。
丘精霊の後押しを受けたエルバッハが詠唱を終え、清らかな風の刃が積もった罪ごと歪虚を両断する。
残骸は陽光を浴び、あっさりとこの世から消滅した。
●丘の精霊
「うし、残りの掃除しちまおうや」
勝利の余韻に浸る余裕は無い。
アニスは徐々に勢いを増す炎に向かい、プラズマグレネードで可燃物を吹き飛ばすことで素早く消火していく。
「物は壊れても直せるが、人や精霊さまはそうもいかぬ。無事でようございました。……精霊さま?」
戦闘中より真剣な表情で、子供にしか見えない精霊がユーレンの鎧をよじ登る。
肩装甲に腰を下ろしてやり遂げた顔になると、ユーレンが慈愛の笑みを浮かべていたずら小僧の頭を強めに撫でた。
「点呼終わりました。全員います!」
生徒達が元気よく報告に来る。
「丘精霊さんこんにちは~、朝騎でちゅよ。今日はお近づきの印にパルムケーキ……は機体の中でした。なんか元気そうでちゅね」
しれっと生徒の一団に加わり北谷王子が話しかけると、銀髪の精霊がぱあっと明るくなって北谷王子に飛びついた。
「絹の大人パンツでちゅね」
腕に当たった感触を思わずに口に出してしまっていた。
えらいひとのしじをまもれたー、みんなぶじでうれしー、という素直な感情と一緒に報告書が辞書1冊書けそうな情報が北谷王子の頭に流れ込む。
ふと気づいたときには、警察官っぽい気配の聖職者に両腕をつかまれ説教部屋っぽい部屋へ運ばれていくところだった。
「気に入られたようですね」
いってらっしゃいと手を振る精霊にソナが近づく。
既に消火は終わり、重傷者もソナ達の尽力で全治1週間程度まで回復している。
最も貴重である人材の被害は0で済んだが、今後を考えると頭が痛い。
そして元も頭が痛いのが……。
「残ったのはこれだけでした」
焦げたパンを軽く振る。
土埃にまみれていたようで、食欲をそそらない欠片がぱらりと舞った。
精霊が薄れていく。
ハンターが丘近くの歪虚を滅ぼし、祭りを通して住民が祈りを捧げていたからこの場に留まれていたのだ。
祭りが終われば自然と元の場所に戻る。
そのはずだったのに、質量のある小さな手が伸ばされ汚れたパンを恭しく受け取り、じゅるりと涎の音が響く。
素晴らしい笑顔でパンにかぶりついている。
時折けほりと咳き込みはするが美味でとろんと目が潤み、見た目年齢不相応に色っぽい。
おそらく、祈りや感謝の念を物理的に味わっているのだろう。
「精霊様ですものね」
手を引いて丘を目指す。
夕日が2人を照らし、2つの影が長く伸びていた。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 エルバッハ・リオン(ka2434) エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/10/25 07:47:37 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/10/22 18:58:48 |
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質問卓 北谷王子 朝騎(ka5818) 人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2017/10/22 00:40:51 |