• 天誓
  • 初心

【天誓】救いを拒む清水の娘【初心】

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
LV1~LV20
参加人数
3~5人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/10/25 12:00
完成日
2017/11/08 00:00

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 只埜 良人はどこにでもいるような極々平凡なハンターである。
 リアルブルーの田舎町で警察官の職務に勤しんでいたところ、農道で側溝に自転車を嵌らせた小学生と出会い。親切心から自転車を引っ張りあげた際に足を滑らせ、溝に顔から突っ込んだと思いきや――いきなり異世界クリムゾンウェストにいて(しかしご丁寧なことにしっかりと全身泥まみれになっていた、あれは理不尽だった、と本人は今もなお苦い表情で語る)。
 初めこそ元の世界に戻ろうと東西を駆けずり回ったが、そのうちにこの世界には自分と同じような境遇の人間がたくさんいることを知り。現在はリアルブルーへ一時的といえど戻る手段があることも知り。向こうに残してきた弟妹たちのことが気にかかるが、それでも全員なんとか独立するまで育てたのだから大丈夫だろうと信じて(でもやっぱり心配してくれたらちょっと嬉しい、とホームシック気味な本人は今もなお切ない顔で語る)。
 ――それで今は帝国領内の小さなアパートメントの一室を借りて、のんびりとハンターとして生活している。
 そんな彼が帝都内のハンターオフィスから帝国軍のある施設へ書類運びの手伝いを請負ったことから今回の物語は始まる――。

「ここでいいんだよな? コロッセオって」
 良人は紙束がぎっしりと詰まった箱を抱え、目の前の巨大な施設を見上げた。
 コロッセオ・シングスピラ。
 そこは闘技場として建てられた巨大構造物だが、現在は帝国領内から集められた精霊たちの生活の場となっている。
 エントランス前に控えた警備の軍人が良人に気づくとつかつかと歩み寄り身分証明と施設に立ち入る目的を尋ねてきたが、件の箱の中身を確認すると速やかに「どうぞ」と慇懃な所作で道を開ける。その真面目な仕事振りに彼は思わず敬礼を返してしまう。
(リアルブルーにいた頃を思い出すな……)
 体に馴染んだ癖がどことなく気恥ずかしく、良人は丸い頭をこっそりと掻いた。

 ほどなく良人は闘技場の責任者に会い、書類を渡した。
 もしかしたら精霊のひとりにでも会えるかもしれないとかすかに期待していた良人だが、彼らの中は今でも人間と距離をとっている者が少なくないらしい。精霊自身が認めた者以外はすぐには会えない、ということだ。
「せっかく資料をお届けいただいたのに申し訳ありませんが、大事な時期ですので。ご理解いただけましたら幸いです」
「ああ、いや。こちらの身勝手な願いですので。それでは、また」
 愛想笑いを浮かべ、オフィスに戻るべくそそくさと立ち上がる。その時のことだった。
 硝子の嵌ったドアの向こうで、黒い何かがぴょんぴょんと跳ねている。まるでこちらを覗こうとしているように。
「……?」
 軍人に不自然に思われない程度に足音を潜め、さっとドアを開いた。すると黒い影が「キャア」と小さく悲鳴をあげた。
 悲鳴の主は身長1m程度の雌のコボルド。黒い毛で覆われたキツネ系のポメラニアン顔がくりっとした目をぱちくりさせて良人を見ている。
「コボルド? なんでここに……」
 不審そうに見る良人にコボルドは慌てて人差し指を立てた。
「シッ! アナタ、ハンターデショ? 私ハ花ノ精霊フィー・フローレ。頼ミタイコトガアッテ部屋カラ出テキタノ!」
「は? 君が精霊? どう見たって……あ!」
 コボルド少女の小さな体から立ち上る鮮やかなマテリアルの流れ、そして体を飾る生花の数々。それらは彼女が花の精霊であることを如実にあらわしている。
「……言ワレテヤット気ヅイタノ? アナタ、ハンタートシテハマダマダミタイネ。マア、イイワ。コッチニ来テ!」
 精霊フィーは軍人たちの部屋から死角となっている柱の陰に良人を引っ張り込むと、にこっと笑い彼にくしゃくしゃの紙を手渡した。
「コレヲ、サンデルマン様ニ渡シテホシイノ!」
「……?」
「私ノ大切ナ友達ガイル……カモシレナイ場所ノ地図ヲ書イタノ。私、コノ前マデズット自分ノ意思デ眠ッテタ。デモイキナリ起コサレテ、歪虚ニ襲ワレテ……優しいハンターノ子達ガ助ケテクレタカラ此処ニイルケド、ソウジャナカッタラ消滅サセラレテタ。ダカラネ、モシ友達ガ起キテイタラ保護シテアゲテホシイノ。私ヨリモズット強イ子ダケド、心配ナノヨ」
 『友達』のことを話し出した途端、先ほどまでの態度はどこへやら。黒い瞳が真剣な色を宿し、良人の目をじっと見つめる。
「ソノ子ノ名ハ清水ノ精霊。洞窟ノ中デ冷タクテ綺麗デ美味シイオ水ヲ作ッテルノ」
「わかったよ、必ず渡す。でも、何で俺に? ここならあなたの世話をしてくれる人がたくさんいるだろうに」
「私、今デモ帝国の軍人ガ大嫌イナノ。人間ハ色ンナ人ガイルッテワカッタカラ少シ平気ダケド……軍人ダケハ私ノ友達ヲ沢山奪ッタカラ。ダカラ外ノ人間ノ匂イガシタ時、嬉シカッタワ」
 僅かだがフィーの顔が暗くなった。良人はしまった、と思った。先ほどの軍人が案じていたのはこういうことだったのだろう。
「すまなかった。約束は必ず守る。いい知らせができるように力を尽くすから待っていてくれ」
「……ウン。ア、アノネ! 友達ハスゴク警戒心ガ強イノ。強スギルハンターガ迎エニ行ッタラビックリシテ姿ヲ隠スカモシレナイ……」
「わかった、サンデルマンにはそのことも伝えておく」
 良人は肉球のついたふわふわの手を一生懸命振るフィーに手を振り返した。

 それから1時間後、大精霊サンデルマンの口からフィーの示したとおりの場所で、清水の精霊が顕現したと告知された。
 清水の精霊救出作戦に参加するハンター達の中に良人の姿があったのはいわずもがな、である。
 ハンターオフィスの受付嬢は言った。
「今回は花の精霊の言葉を受け、経験の比較的浅いハンターに仕事を依頼します。しかし万が一のためにベテランのハンターを後詰で送りますので心配することなく、存分にお働きください」と。

リプレイ本文

 青く澄み渡る秋空の下、6人のハンターが小さな丘の花畑に到着した。
「ここがフィーの、花畑」
 隊の先頭をゆく濡羽 香墨(ka6760)が振り返り、静かに呟く。自分達が守り抜いた丘を再確認し彼女は安心したのだろう、少し声が弾んでいた。
 バイクを押し香墨と同じく前方を進むレキ・アシュフィール(ka7008)は地図を広げると、眼前にそびえる山を指差した。
「集落跡地とここの位置関係を考えると、あの山が件の精霊の居場所と考えて間違いなさそうね」
 レキの確信に満ちた声に、屈強な体躯の馬に乗るセイ(ka6982)が嬉しそうに声をあげた。
「いよいよ清水の精霊さまにご対面か。そういや良人さん、精霊さまの好きなものって聞いてないか?」
 セイの後ろで歩む只埜 良人(kz0235)は彼に生真面目そうな目を向ける。
「好きなもの?」
「いや、女性に貢ぐのは男の義務だろ?」
 精悍な風貌にそぐわぬ色男然とした言葉を真顔で返してきたセイに良人はぽかんとしたものの、やがて大きく頷いた。
「ああ、それはそうだな。……花の精霊は自分の花畑の花を贈っては喜ばれていたそうだ。洞窟の中では花が育たないからな」
「へえ、それじゃここから少し頂戴していこう」
 すると香墨がセイに向かい一歩踏み出した。
「……ここはフィーの大切な家」
「ああ、わかってるよ。花の精霊さまは精霊さまの大事なお友達だ。悲しませることはしない。外側の花を少し分けてもらうだけさ」
 セイが顔を引き締め、まっすぐな視線で香墨に応じた。彼の真剣な表情に香墨は兜の奥で小さく息を吐き、花畑に視線を戻す。
「それなら、いい」
 香墨が安堵の籠った声を漏らす。その時、レキのバイクのエンジン音が周囲に響き渡った。
 坂上 瑞希(ka6540)が不思議そうに小首を傾げた。レキが毅然とした表情でアクセルを吹かし、バイクに跨る。彼女は地図を「覚えたから」と瑞希に渡し、仲間たちにこう言い放った。
「歪虚は精霊を狙っているのよね? 時間的に猶予はないと思うの。先行するわ」
「え……大丈夫かよ、危ないって」
 ダリア(ka7016)が戸惑いを露わにしたが、レキは落ち着き払っている。
「このバイクは一人乗りなの。あと、私のことは心配無用よ。やることはやる」
 淡々とした宣言を掻き消すように、エンジン音が高く響く。そしてレキは早々に山の緑へ姿を消した。
「アタシらも急がなきゃいけねーな」
 ダリアがもらした声に一行は大きく頷いた。

 レキは地図どおりの場所に洞窟を見つけると、早速愛車のライトを点灯して侵入した。洞窟内では速度を若干落としたものの、それでも振り返らず走り続ける。
(地面に漂う臭気……悪い予感がする)
 そこで彼女は感覚を研ぎ澄ませて周囲を観察したところ、奇妙な存在に遭遇した。力任せに壁を打つ巨躯と、天井からぶら下がる痩身の影。前方で滝のように降り注ぐ水が辛うじて彼らの侵攻を食い止めている。だが水脈が潰れた瞬間にその壁は消えてしまうだろう。
 レキはライトを点灯したまま降車し、日本刀を抜き放つ。その時、彼女の瞳がにわかに紅く色づき、口元が吊りあがった。――これから始まる孤独な戦に全身の血が騒ぐ。その昂ぶりが彼女の声を軽やかな音色として紡がせた。
「……貴方達、私と遊んでくれる?」

 レキが歪虚と交戦を開始した頃、他の5人も洞窟に到着した。
 そこで良人のロッドが光を宿せば、濡れた地面にバイクの轍が照らし出される。
「ここからは地図がなくてもいいわね。精霊を襲っているのは暴食、要は動く死体でしょ? さっさと終わらせなくちゃ」
 瑞希は大人びた笑みを浮かべると銃を小脇に抱えて走り出した。
「レキさんが戻ってきてないってことは、ここで何かが起きているのは間違いない。急ぐぞ、デストリア!」
 セイが気力に満ちた顔で愛馬の鬣をくしゃと撫でる。その様にダリアが鼻をならした。
「すげーやる気じゃん」
「やっと俺のデストリアと旅立てたんだ。嬉しいに決まってるだろ!」
 セイは快活に笑うと強く手綱を引き、光の届く限界まで馬を先へ先へと走らせた。
 無言のまま駆け出したのは香墨だ。
(ここにいる精霊はフィーのともだち。なら、やることはやる)
 先日出会った花の精霊は香墨と同じく、人の手で大きな不幸を齎された存在だった。香墨は同じ痛みを持つ者を放っておくことができない。
 ダリアはロッドを掲げて走る良人の後方についた。その際、無毛の頭が目につき何度もある言葉を素直に吐露するべきか考えを巡らせたが――状況が状況だ。ごく端的に言う事にした。
「あのさあ、良人……だっけ? なんかさあ、ヤバイよな。ツルッツルじゃん! というか、ツルッツルすぎて気になって……」
「そうだな、この辺りは苔と泥で滑りやすい。ダリアさん、転ばないように気をつけて」
 良人がちら、と振り返る。ダリアはきまりの悪さを感じ、それを振り切るように首を小さく横に振った。
「なんだよ、子供扱いすんなよなっ。……まあ、いいや。アタシ避けるの苦手だし、どっちかっつーと打たれ弱いからさ。サポート頼りにしてるぜ」
「ああ、その代わり歪虚はしっかり仕留めてくれよ」
 ダリアは可憐な顔に男勝りの笑みを浮かべると「任せとけ」と右手の親指をぐっと立てた。

「……っ!」
 2体の歪虚とひとりで対峙するレキは歪虚のゾンビ戦士が振り回す斧を辛うじてかわし、水の壁側に体を滑り込ませた。
(たとえ誰も来なくたって……!)
 レキは戦士歪虚を俊敏な動きで翻弄しては洞窟への被害をギリギリで抑え続けている。しかし道化師の姿をした痩躯のゾンビが放つナイフには対応しきれず、既に手足と脇腹に5つの傷を受けていた。
「……くっ!!」
 牽制を兼ねて振ったレキの刃が道化師の腕を掠めたが、2体を同時に相手にする状況では今ひとつ決定打に欠けるのが事実だ。
 腕から血を流した道化師が奇妙な声を放ち、ナイフを振り上げる。このままでは――。
 レキが体を硬直させた瞬間、凄まじい発砲音が響いた。彼女が音の方向へ視線を向けると、硝煙の向こうで大型の魔導銃を構えた瑞希の姿が見えた。瑞希が余裕たっぷりに言う。
「間に合ってよかったわ。さてと、相手はゾンビかー。触られたくないし早く片付けよー」
 道化師が怯んだ隙に前に出たのは良人だった。彼がレキに祈りの言葉を紡ぐと、たちまち彼女の傷が消えていく。
「あなたのおかげで精霊は無事とみえる、感謝する」
 良人は水の壁を見て精霊が力を保っていることを認識したのだろう、小さく頷いた。
「今はまだそういう時じゃない。この状況を打破しなければね!」
 レキは良人へぶっきらぼうに言葉を返すと、星の形をした金属を指に挟み道化師に向けて勢いよく投擲した。
「グヒェッ!?」
 肩に星の鋭角な角が突き刺さり、道化師が奇妙な悲鳴をあげる。そして天井で身悶えすると、そのまま地面へ落下した。戦士は仲間の異変に驚いたのか、斧を構えたまま足を止める。
 そこで颯爽と前に躍り出たのが人馬一体の勇壮な闘狩人セイだ。
「来た来た来たぁ! 俺とデストリアの時代が来ましたワー!!」
 実は大柄なデストリアとセイの長身が相俟って、彼は道中で洞窟の天井や壁に何度も衝突し無数の生傷を負っていた。つまり彼の顔は交戦前にして壮絶な戦を潜り抜けた勇士のごとく真っ赤に染まったのだが……むしろ青春の輝きに満ちた笑みを浮かべている。
「今までの鍛錬がようやく報われる……デストリア!  おまえと俺で必殺のチャージといこう!!」
 セイは愛馬を自分の足のように巧みに操り、巨大な鎚を突くような挙動で戦士の胸へ叩きつけた。あまりにも凶暴な力が死者の不気味な生命を易々と奪っていく。
「グボァッ!?」
 戦士の甲冑がボロボロと崩れ、汚らしい腐肉が地面に撒き散らされていく。
 そんな醜悪な光景に兜の奥の顔を顰めた香墨は、歪虚2体へ歩みながら歌を贈る。その声は死者の魂を慰めるものではなく、歪虚への憎しみに満ちていた。
(死ねばいいのに。もう死んでるけど。消えちゃえ)
 ――香墨の純粋な悪意が戦士の肉体を蝕んでいった。
 こうして戦士がハンターの猛攻を受けるさなか、ダリアは道化師のもとへ走った。
「レキ! ここは一発、連携といこーぜ」
 道化師に対峙するレキが小さく頷くのを確認すると、ダリアはハンマーを構えた。道化師が壁に手をかけ、今にも空中へ居場所を移そうとしている。
「逃がすわけねーだろ! 覚悟しな!!」
 ダリアの突撃に特化した構えから繰り出される螺旋突。道化師は両手で高所の突起を掴み身軽に飛び上がることで、重厚な一撃を両膝から下を肉塊にされる程度のダメージに抑えたのだが。
「壁を移動できるのは貴方だけではないの。残念だったわね」
 腕だけで立ち上がった彼の隣にいるのは、先ほどまで地を駆けていたはずのレキ。彼女は壁歩きを発動させて道化師を追い詰めたのだ。
「貴方は精霊に会えないの。ここでおしまい」
 レキの髪が炎のように赤く揺れる。そして灼熱の刃が腐肉を突いた。すると道化師は両眉を吊り上げて笑いながら灰の柱と化し――やがて地面へ崩れ落ちた。
 一方、内臓を撒き散らしながらも斧を振りまわす戦士に瑞希は距離をとりつつ、辟易した様子で銃口を向けた。
「きったないわねえ……臭いのよ、あんた。寝てなさい……いや、あの世まで吹き飛びなさい!」
 ただでさえ凶悪な威力の弾丸に瑞希のマテリアルが注ぎこまれ、必殺の一撃となったそれは手薄になった胸に大きな風穴を空けた。しかし戦士は動きを止めず斧を振り回し、力強く前進する。
「……! 触るな、汚い!!」
 急いで後方へ下がろうとする瑞希だが、間に合いそうにない。だがそこに割り込む者があった。――香墨だ。
「……気持ち悪い」
 香墨は憎憎しげに言うと盾で戦士を強く押し返す。戦士の足が滑り、転倒する。そこで香墨は速やかに立ち上がると金属で覆われた踵で戦士の横腹を思いっきり踏みつけた。肉を潰す感覚に顔を歪め、彼女はまるで呪いのように呟く。
「……私がおまえの敵。おまえは私を狙えばいい。……瑞希、今のうち」
「ありがと!」
 瑞希は銃を持ち直すと再び射撃できるように体勢を整えた。それを確認すると香墨は盾を構え直す。戦士は低く呻くとゆらりと立ち上がった。
 だがそこに立ちはだかる者がいた。巨大な鎚を自在に操るセイが血まみれになりながらも再度のアタックに挑もうとしている。
「おまえ、結構頑丈だな。だったら何度でも俺達のチャージを受けてくれるよな!? 頑張ってくれよ!」
 満面の笑顔が戦士の澱んだ瞳いっぱいに輝く。そして……戦士はセイの情熱あふれる猛撃と潔癖な瑞希による拒絶の銃弾を受け、香墨の呪詛を聞きながら白い灰となった。

 それから数分後、傷の治療を終えた一行は水の壁の前へ向かった。水の勢いは全ての存在を拒むように激しい。
「試してみよう」
 良人が水の壁へ手を伸ばす。そこで壁は彼の手を強く弾き、浅い傷をつくった。
『汝らは何者ぞ!? 妾に近寄るでないわ!』
 どこからか雅やかな響きを持つ女の声が響く。だが香墨は水流に恐れることなく接近し、兜を脱ぎ、姿の見えない声の主を静かに見据えた。
「私、鬼の香墨。花の精霊フィー・フローレのおねがいで、ここに、来た」
『花の、精霊?』
 にわかに水の勢いが和らぐ。香墨は迷うことなく水の壁へ足を踏み入れた。激流に体が揺らぐが彼女は対話を続ける。
「そう。この近くの丘で、コボルドたちと暮らしてた子。貴方の、ともだち」
『花が何故人間と繋がりを……』
 女が戸惑いを露わにし、水流がより弱くなる。香墨は意を決して今までの事の顛末を簡潔に女に伝えた。
『そうか、花は酷く辛い思いをして姿を消していたのじゃな。妾はそれを知らなかったといえど……友と称しながらまこと情けなきことよ。しかも妾のために命をかけた汝らを拒むなど……すまなかった』
「ううん、それは仕方ないこと。そしてこれからどうするかは貴方……葵の自由。だけど……」
 香墨は精霊に葵という呼び名を与えたが、精霊の意志の尊重とフィーの願いを叶えたいという想いの間で言葉がつまり、声が出せなくなった。
 瑞希がこの流れを止めるべきではないと判断し、前に出る。
「このままだとまた歪虚が来るよ。あんたが消えたらフィーが悲しむ。せめて大精霊の加護ってやつだけは受けてほしい」
 セイは花畑から摘んできた花を両手で包み込むように持ち、水の壁を越えた。
「なあ、メイシュイさまって呼んでいいか? これは花の精霊さまの花畑から。綺麗だろ? 今はこんな秋の花がいっぱいで。そんな風景を見たら思わず笑顔になるぞ。うちのじいちゃんは女性に笑顔でいてもらうのが家庭円満のコツって言ってて、俺もそう思ってるんだ。なあ、メイシュイさま。よかったらサンデルマンさんと花の精霊さまのところに行かないか」
 そこに頬をかきながらダリアがはにかみ、声を上げる。
「花の精霊が言ってたんだよ。おまえの水すごく美味いんだって。あの花畑を眺めながら美味い水、飲みてーな。花の精霊が一緒ならもっと楽しいだろうな」
 最後にそれまで黙っていたレキが揺れる心をおさえるように胸に手をあて、こう言った。
「私は誓いとかどうでもいい。要は仲良くしたいのかしたくないのか……それを貴方が決めるまで何も押し付けないし、言うつもりもないわ。種族間の誓約と言えなくもないし……共存だ共闘だと重いでしょう」
『……』
 レキの声に女は沈黙を守る。しかしハンター達の言葉を聞くごとに水の勢いは衰えており、レキの言葉が紡がれた頃には踝を冷やす程度の勢いとなっていた。今ここで抱き始めた感情をレキが澱みのない言葉で伝える。
「でも……でも、私はお前と仲良くしたい……」
 姿の見えぬ精霊から顔を背け、レキが精一杯の勇気を振り絞った言葉。次の瞬間、水の壁が完全に消失し、代わりに水が宙に集まり若い女性の姿を形成した。しかしどこか超然とした雰囲気を纏っており、近づきがたい異質さを備えている。だが、レキと香墨は恐れることなく、透き通るような白い手をとる。精霊が微笑んだ。
『人間たちよ、汝らに感謝しよう。汝らは花と妾を救ってくれた。妾にできなかったことを叶えてくれた。そして妾に新しい道を示してくれた。……妾は汝らの可能性を信じよう』
 その時、香墨の手にあった紙片から無数の光の粒が舞い、精霊に降り注いだ。旅立ちの支度が整ったのだろう。精霊はセイから花を受け取ると、そのうちのいくつかを髪に挿した。
『花が人から名を受けたことに倣い、妾も名を頂戴しよう。水は如何様にも変容する無限の存在。葵、メイシュイ……汝らが想う名で妾を呼ぶがよい』
 冷たい美貌の中に灯火のように宿った温かな笑み。ハンター達は頷くと、光輝く外の世界へと清水の精霊を導いていった。

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MVP一覧

  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨ka6760
  • 言の葉は清風が如く
    レキ・アシュフィールka7008

重体一覧

参加者一覧

  • ドント・ルック・バック
    坂上 瑞希(ka6540
    人間(蒼)|17才|女性|猟撃士
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨(ka6760
    鬼|16才|女性|聖導士
  • 死を砕く双魂
    セイ(ka6982
    ドラグーン|27才|男性|闘狩人
  • 言の葉は清風が如く
    レキ・アシュフィール(ka7008
    人間(紅)|17才|女性|疾影士

  • ダリア(ka7016
    ドラグーン|14才|女性|格闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
坂上 瑞希(ka6540
人間(リアルブルー)|17才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2017/10/25 04:16:28
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/10/25 01:03:47