ゲスト
(ka0000)
水斬り
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/11/21 22:00
- 完成日
- 2014/11/26 22:34
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
久々の休暇を与えられた、帝国軍兵士のエドガルとシュヴァルツヴェルト。
しかし遠出をするには休みは短すぎ、駐屯地の近場の街で遊ぶにしても、お目当ての店は夜まで開かない。
だからといって、昼間を丸々寝て潰すのはもったいないと、男ふたりで川釣りになど出かけてみる。
広くゆったりと流れる川の岸辺に朝の10時から腰を下ろし、
水に糸を垂らし始めて、ほんの1時間ほど経ったころ。
エドガルが、一向に魚のかからない竿を見つめてぼやきいた。
「……たまの休みにさぁ。若い、健康な男ふたりが並んで座って、川辺でぼーっとしてるのってさぁ。
どう思うよ、健康的たぁ言い難いね。もう止めにしねぇか」
「もう飽きたのか? まだ1時間ちょっとだぞ、それでほいほい魚の釣れる訳がないだろ」
「本当に釣れんのか、この川は……死んでんじゃねぇのか。街のすぐそばだし、工場もあるしよ」
シュヴァルツヴェルトが、向こう岸近くに浮かぶボートのひとつを黙って指さした。
そこでは老人が、ちょうど貧相な川魚1尾を針から外し、魚籠へ放り込んでいるところだった。
エドガルが顔をしかめる。
「あんなショボイ魚の為に、日暮れまでここで頑張れってことか? え、からかってんのかおい」
シュヴァルツヴェルトは飄々として、紙巻の煙草をくわえて火をつけた。頭を抱えるエドガル。
「ああ、こんな爺くせぇ野郎と付き合わねぇで、兵舎に残ってサイコロ転がしてるほうがマシだった」
「借金は返したのか? ヤンの奴、耳揃えてきっかり返すまでお前を賭場に入れない、って言ってたぞ」
「……」
●
魚はかからない。やがて正午の日差しが、きらきらと川面を輝かせる。
小春日和といったところで、あちこちを大きな平底・屋根つきの遊覧船が、
今年最後の川遊びをしようとはしゃぐ客を乗せて流している。
そばを通りがかった船から、暖かい茶の香りが漂ってくると、
「くそっ、金持ちどもが」
エドガルが悪態をついて、優雅に船遊びを楽しむ紳士淑女方々をねめつける。
「俺ぁいつまでもヒラの兵隊なんざしてねぇぜ。
元手ができたらよ、事業家になるんだ。ブルジョワんなってやる。
で、ここらにぼーんとデカい工場作って排水流して、あの金満家どもみーんな追っ払った上で儲けてやるのさ」
「だったら博打で金をスるより、貯金に励んだほうが良いな」
「……煙草寄越せよ」
煙草を回し呑みしながら、ふたりは竿を握ってただ待った。
当たりの予感は全くない。さりとて他に行く場所もなく、金もなく、
エドガルは広々とした川を足下に置いてなお、見えない何かに自分が閉じ込められていくような心地がした。
いっそ荒事のひとつでも起きてくれたら、退屈しのぎになるのに。
釣り人同士がボートをぶつけて喧嘩になるとか、
あの屋形船のお上品なご婦人たちが男でも取り合って戦って、
高いドレスをびりびりに破き合ったり、川に落ちたりとか……。
そんなエドガルの望みが叶ったせいかは知らないが、兎に角トラブルは起こってくれた。
●
向こう岸の林をかき分けて、薄緑色の物体が川縁へ現れた。
エドガルとシュヴァルツヴェルトがその正体を見極めるより早く、
金属的な、甲高い鳴き声を伴って物体が飛翔する。
物体は1番手近にあった老人のボートへ着地すると、何かの武器を振るって老人を打ち落とした。
「おい、何だよアレ」
「――カマキリだ」
シュヴァルツヴェルトの言う通り、物体の正体は、人間よりも大きなカマキリの化け物だった。
林から同じ姿かたちの化け物が更に4匹現れて、一斉に耳障りな鳴き声を上げる。
近くを行き交う他の船でも、乗客たちが異変に気づいて騒ぎ出した。
老人のボートに乗った1匹が翅を広げ、もう1艘別のボートへ乗り移る。
そちらの船頭が巨大な鎌で斬り殺され、血飛沫を上げると、ほうぼうの船でパニックが始まった。
エドガルとシュヴァルツヴェルトも、自分でも気づかぬ内に竿を置いて立ち上がり、
200メートルほど川向こうで起こった惨劇に身構えていた。
「やべぇんじゃねぇのか。おい、ありゃ雑魔だろ」
次々と船を捨て、水中に飛び込む川遊びの客たち。
それぞれの船頭たちは必死に櫂を漕ぐが、カマキリ型雑魔たちの金切り声に怯えて手がおぼつかない。
挙句、川の中央を進んでいた幌つきの遊覧ボートからは、船頭が真っ先に飛び降りてしまった。
「野郎、手前の船を捨てやがって!」
「まずいぞ。子供が乗ってる」
シュヴァルツヴェルトの言う通り、そのボートの幌の下では5~8歳くらいの子供が3人、
辺りをきょろきょろと見回して、成す術もなくしている。
●
エドガルはやおら軍用コートとその下の衣服を脱ぎ、靴を放って、ズボンのみの姿になった。
「溺れてる奴らは助けようにも手が足りねぇ、まずはあのガキどもんとこまで行く。後は出たとこ勝負だ」
「任せた、俺は泳ぎは駄目だから。とりあえず他に人手と……、
土手の向こう側に商工会議所があったな? そこで分樹を借りて、ハンターを呼ぶよ」
「ハンター? ……ああ転移門があっからな、ウチの隊のボンクラ連中よりかは早く来るかね」
早速川へ飛び込もうとするエドガルを、シュヴァルツヴェルトが制止する。
彼は自分の荷物を漁ると、訝る相棒へ1丁の猟銃を手渡した。
エドガルは銃のレバーを操作し、弾丸を薬室へ送り込むと、
「12番径か。弾は?」
「5号」
「鳥撃ちじゃねぇか」
「鴨でもいるかと思って」
「あのサイズが相手じゃ、石ころ投げんのと大差ないぜ……ま、あるもので我慢するしかねぇ」
弾薬を濡らさぬよう、脱いだコートで銃を包んで持つと、エドガルは水に入っていった。
遊覧ボートでは子供たちが泣き出している。周囲の水面でも、泳ぎの得意でない大人たちが溺れかかっている。
幸い、雑魔はあまり長い距離を飛べないようで、途中のボートで立ち往生しているが――
いつまでも待ってくれているとは思えない。
久々の休暇を与えられた、帝国軍兵士のエドガルとシュヴァルツヴェルト。
しかし遠出をするには休みは短すぎ、駐屯地の近場の街で遊ぶにしても、お目当ての店は夜まで開かない。
だからといって、昼間を丸々寝て潰すのはもったいないと、男ふたりで川釣りになど出かけてみる。
広くゆったりと流れる川の岸辺に朝の10時から腰を下ろし、
水に糸を垂らし始めて、ほんの1時間ほど経ったころ。
エドガルが、一向に魚のかからない竿を見つめてぼやきいた。
「……たまの休みにさぁ。若い、健康な男ふたりが並んで座って、川辺でぼーっとしてるのってさぁ。
どう思うよ、健康的たぁ言い難いね。もう止めにしねぇか」
「もう飽きたのか? まだ1時間ちょっとだぞ、それでほいほい魚の釣れる訳がないだろ」
「本当に釣れんのか、この川は……死んでんじゃねぇのか。街のすぐそばだし、工場もあるしよ」
シュヴァルツヴェルトが、向こう岸近くに浮かぶボートのひとつを黙って指さした。
そこでは老人が、ちょうど貧相な川魚1尾を針から外し、魚籠へ放り込んでいるところだった。
エドガルが顔をしかめる。
「あんなショボイ魚の為に、日暮れまでここで頑張れってことか? え、からかってんのかおい」
シュヴァルツヴェルトは飄々として、紙巻の煙草をくわえて火をつけた。頭を抱えるエドガル。
「ああ、こんな爺くせぇ野郎と付き合わねぇで、兵舎に残ってサイコロ転がしてるほうがマシだった」
「借金は返したのか? ヤンの奴、耳揃えてきっかり返すまでお前を賭場に入れない、って言ってたぞ」
「……」
●
魚はかからない。やがて正午の日差しが、きらきらと川面を輝かせる。
小春日和といったところで、あちこちを大きな平底・屋根つきの遊覧船が、
今年最後の川遊びをしようとはしゃぐ客を乗せて流している。
そばを通りがかった船から、暖かい茶の香りが漂ってくると、
「くそっ、金持ちどもが」
エドガルが悪態をついて、優雅に船遊びを楽しむ紳士淑女方々をねめつける。
「俺ぁいつまでもヒラの兵隊なんざしてねぇぜ。
元手ができたらよ、事業家になるんだ。ブルジョワんなってやる。
で、ここらにぼーんとデカい工場作って排水流して、あの金満家どもみーんな追っ払った上で儲けてやるのさ」
「だったら博打で金をスるより、貯金に励んだほうが良いな」
「……煙草寄越せよ」
煙草を回し呑みしながら、ふたりは竿を握ってただ待った。
当たりの予感は全くない。さりとて他に行く場所もなく、金もなく、
エドガルは広々とした川を足下に置いてなお、見えない何かに自分が閉じ込められていくような心地がした。
いっそ荒事のひとつでも起きてくれたら、退屈しのぎになるのに。
釣り人同士がボートをぶつけて喧嘩になるとか、
あの屋形船のお上品なご婦人たちが男でも取り合って戦って、
高いドレスをびりびりに破き合ったり、川に落ちたりとか……。
そんなエドガルの望みが叶ったせいかは知らないが、兎に角トラブルは起こってくれた。
●
向こう岸の林をかき分けて、薄緑色の物体が川縁へ現れた。
エドガルとシュヴァルツヴェルトがその正体を見極めるより早く、
金属的な、甲高い鳴き声を伴って物体が飛翔する。
物体は1番手近にあった老人のボートへ着地すると、何かの武器を振るって老人を打ち落とした。
「おい、何だよアレ」
「――カマキリだ」
シュヴァルツヴェルトの言う通り、物体の正体は、人間よりも大きなカマキリの化け物だった。
林から同じ姿かたちの化け物が更に4匹現れて、一斉に耳障りな鳴き声を上げる。
近くを行き交う他の船でも、乗客たちが異変に気づいて騒ぎ出した。
老人のボートに乗った1匹が翅を広げ、もう1艘別のボートへ乗り移る。
そちらの船頭が巨大な鎌で斬り殺され、血飛沫を上げると、ほうぼうの船でパニックが始まった。
エドガルとシュヴァルツヴェルトも、自分でも気づかぬ内に竿を置いて立ち上がり、
200メートルほど川向こうで起こった惨劇に身構えていた。
「やべぇんじゃねぇのか。おい、ありゃ雑魔だろ」
次々と船を捨て、水中に飛び込む川遊びの客たち。
それぞれの船頭たちは必死に櫂を漕ぐが、カマキリ型雑魔たちの金切り声に怯えて手がおぼつかない。
挙句、川の中央を進んでいた幌つきの遊覧ボートからは、船頭が真っ先に飛び降りてしまった。
「野郎、手前の船を捨てやがって!」
「まずいぞ。子供が乗ってる」
シュヴァルツヴェルトの言う通り、そのボートの幌の下では5~8歳くらいの子供が3人、
辺りをきょろきょろと見回して、成す術もなくしている。
●
エドガルはやおら軍用コートとその下の衣服を脱ぎ、靴を放って、ズボンのみの姿になった。
「溺れてる奴らは助けようにも手が足りねぇ、まずはあのガキどもんとこまで行く。後は出たとこ勝負だ」
「任せた、俺は泳ぎは駄目だから。とりあえず他に人手と……、
土手の向こう側に商工会議所があったな? そこで分樹を借りて、ハンターを呼ぶよ」
「ハンター? ……ああ転移門があっからな、ウチの隊のボンクラ連中よりかは早く来るかね」
早速川へ飛び込もうとするエドガルを、シュヴァルツヴェルトが制止する。
彼は自分の荷物を漁ると、訝る相棒へ1丁の猟銃を手渡した。
エドガルは銃のレバーを操作し、弾丸を薬室へ送り込むと、
「12番径か。弾は?」
「5号」
「鳥撃ちじゃねぇか」
「鴨でもいるかと思って」
「あのサイズが相手じゃ、石ころ投げんのと大差ないぜ……ま、あるもので我慢するしかねぇ」
弾薬を濡らさぬよう、脱いだコートで銃を包んで持つと、エドガルは水に入っていった。
遊覧ボートでは子供たちが泣き出している。周囲の水面でも、泳ぎの得意でない大人たちが溺れかかっている。
幸い、雑魔はあまり長い距離を飛べないようで、途中のボートで立ち往生しているが――
いつまでも待ってくれているとは思えない。
リプレイ本文
●
エドガルは遊覧ボートの船端に猟銃を乗せ、接近の機会をうかがう大カマキリに照準を合わせた。
3人の子供は幌の下に隠れている。今にも泣き出さんばかりの子供たちをなだめるのに手がかかって、
その間にもカマキリ型雑魔たちは漕ぎ手を失ったボートを順々に足場とし、こちらへ近づいてきてしまった。
周囲の水面では他に4人が、助けも得られずもがいていた。
泳いで救出するのは不可能だ。覚醒者でもないエドガルに、水中で雑魔と格闘する能力はない。
子供たちを見捨てて川に飛び込むことも、彼らを乗せたままボートを敵に接近させることもできない。
(人手がなけりゃこのままどうにもならねぇぞ……っと)
じっと猟銃を構えるエドガルを、後方の川岸から誰かが呼ばわった。
「そのまま、近づく敵を狙っていて下さい! 今からそちらへ向かいます!」
竜潜 神楽(ka1498)は持ち込んだ毛布をシュヴァルツヴェルトに預けると、着の身着のまま水へ入っていった。
月架 尊(ka0114)、ネグロ・ノーチェ(ka0237)、堂島 龍哉(ka3390)も彼女に続いて飛び込んでいく。
「全員、泳いでいく気か?」
「中々切迫した事態のようだから――こいつを頼む。大事なものなんだ」
半裸になったエアルドフリス(ka1856)が畳んだ服にパイプとペンダントを乗せ、シュヴァルツヴェルトへ手渡す。
「あんた丸腰じゃないか」
「俺に武器は要らん。指輪ひとつありゃあ充分だ」
「みんな寒そうだネ~お気の毒サマ☆ アタシはお船でボチボチ行かせてもらいまァす」
リオン(ka1757)が2人乗りの手漕ぎボートを押して現れる。
「ヤバくなったらコッチも飛び込むけどね……エアちゃんたちだけで片づけてくれちゃっても良いんだヨ?」
「どうかな。まぁ成り行き次第で」
リオンは浮かべたばかりのボートに飛び乗ると、櫂をへし折らんばかりの勢いで漕ぎ出していく。
エアルドフリスは水にゆっくりと身体を浸す。川の冷たさと、緩やかな流れを肌に感じた。
(巡り流れよ)
彼の周りの水面に、雨粒の落ちたような波紋がいくつも広がる。
それを見て思わず空を仰ぐシュヴァルツヴェルトだったが、相変わらずの秋晴れのままだ。
して、あれは本物の雨でなく――覚醒者によるマテリアルの放出現象。
(雨の如く)
エアルドフリスが、川底を蹴って泳ぎ出した。
川の流れに上手く乗り、先行した仲間たちへ見る見る内に追いすがる。
●
「掴まれ。死にたくなきゃな」
ネグロが泳ぎながら、近くで溺れかかっていた貴婦人へロープを放る。
ロープのもう一方の先端は、リオンのボートへ投げ入れた。
「そっちで引き揚げろ。俺は先に行く」
「アイサー☆」
貴婦人が掴んだロープを、リオンが手繰り寄せる。
ネグロの前方でも尊とエアルドフリスが、
別の要救助者、乗馬服の紳士を乗り捨てられたボートへ押し上げているところだ。神楽が言う。
「あの方もリオンさんの船に移してもらって、私たちはあそこから射撃をしましょう」
「泳ぎながらでは、弓も使えんからな」
龍哉がそう言って、紳士と同じボートへ這い上がった。
「すぐ迎えが来る。身を伏せて待っていてくれ」
息も絶え絶えの紳士を横目に、龍哉と、次いで乗り込んだ神楽とネグロが背負っていた大弓を下ろす。
尊とエアルドフリスは先を急いだが、残りふたりの要救助者まではまだ距離がある。
エドガルの船から一番近い彼岸側のボートへ、カマキリが飛び移った。エドガルが発砲するも、
「外した!」
カマキリはもう一度、エドガルに向かって飛ぼうとするが、続く射撃で今度こそ撃ち落とされた。
落下したカマキリから15、6メートル前方の水面では、ひとりの青年が溺れている。
「まずいな」
龍哉は呻きつつ、ロングボウ『エウリュトス』に矢をつがえ、弦を引き絞るが、
「待て」
ネグロが弓を引く龍哉の肩に手を置き、制止する。
彼が顎で指した先、別のボートの近くでちょうど、別の要救助者を襲わんとカマキリが自ら飛び込んだ。
「あっちを殺れ。泳いでる連中は間に合いそうにないし、俺の弓じゃ射程外だ。手前の奴は俺が引き受ける」
「もう少し、船を近づけさせます!」
神楽が櫂を握り、龍哉とネグロは改めて弓を構える。
龍哉は一番遠い要救助者に襲いかかる敵の、水面から突き出した逆三角形の頭部へ狙いを絞った。
(救助か……性に合わない仕事を受けてしまったが)
揺れるボートの上から、泳ぐ敵の上下する頭部を狙う。深く息を吐き、水泳で乱れた呼吸を落ち着かせる。
(化け物に目の前で殺しをされるのは、なお性に合わん。1匹たりとも――)
龍哉の矢が、赤い電光の尾を曳いて水面をかすめ飛ぶ。
矢はカマキリの硬い甲殻を貫き、ドレス姿の少女の肩に食らいつく小さな頭へ突き立った。
(生かして帰しはせん)
敵が少女を離したところへ、第2射が飛ぶ。甲殻のない柔らかい首元に命中し、仕留めた。
水中に没するカマキリ。だが、少女のほうも襲われたショックで気絶したか、水を飲んでしまったか、
共に水の中へ姿を消してしまう。
(間に合わなかっただと……!?)
●
尊はエドガルの遊覧ボートに上がると、
「後の人はボクらが助けます! あなたは子供たちと一緒に、逃げて!」
船を漕いで避難するよう指示をしてから、息を整えた。
おもむろに船端を踏みつけると、マテリアルに強化された脚力で勢いをつけ、再び水へ飛び込む。
ネグロの矢が敵を遠ざけている間、エアルドフリスが溺れていた青年の元へ駆けつける。
「もう大丈夫だ、任せてくれ。力を抜いて」
パニックに陥った青年をどうにかなだめすかし、力を抜いて仰向けに浮かぶよう言いつけた。
ここから一番近いボートまで、目測約20メートル。途中の水面でカマキリがのたうっている。
更に先では少女がひとり、沈んでいってしまっている。時間がない。
尊は剣を握ったまま水を掻き、青年を連れて迂回しようとするエアルドフリスに代わって敵を引き受けた。
「お前の相手は、ボクです!」
「アタシもいるよ~ん!」
リオンは自分のボートの櫂を、神楽たちの船から乗り移ってきた紳士に任せた。
「じゃ、このおば……お姉サマと一緒に逃げてちょ☆」
そう言ってリオンが飛び降りてしまうと、紳士は戸惑いつつもボートを動かした。
エドガルも、子供たちを乗せた遊覧ボートの大きな櫂を力いっぱい漕ぎ、紳士と貴婦人に続く。
これで無事、エドガルと5人の船遊びの客を助け出すことには成功したが――
「済まん!」
龍哉の矢が外れた。新たなカマキリが、エアルドフリスの目指していたボートに着地する。
エアルドフリスに向かって再び飛び立ったところを、すかさず神楽が弓を取って撃ち落とすが、
「あれでは、先鋒の手が足りないかも知れん」
ネグロは尊と戦っていたカマキリに牽制の1射を加えると、
水中戦対応のロングボウ『シーホース』に得物を持ち替え、ボートを降りて泳ぎ出す。
●
振り下ろされるカマキリの前腕を、尊がショートソードで受け止めた。
(鎌の動きが速い、防御も固い。この間合いじゃ倒せない!)
立ち泳ぎをしながらでは、剣を振るうこと自体にも難儀した。
覚醒者の発達した身体能力のお蔭で、溺れずに済んではいるが――
(懐に飛び込まなきゃ!)
尊は敵から一旦離れ、口で剣をくわえて両手を空けた上で、強く水を掻いて潜った。
一気に深く潜ると、剣を握り直し、相手の下側から襲いかかる。
(胸と腹のつなぎ目の、細い部分――普通ならここが弱点ですが、雑魔にも通用するかどうか……っ!)
水中で4本の肢に蹴りつけられながらも、剣の切っ先を敵の胴体へぶつり、と突き刺した。
刃で体節の間をこじると、毒々しい黄緑色の体液が溢れ出し、周囲の水を濁らせる。
鎌が背中を引っ掻くが、尊の着込んだ防護ベストを切り裂くような力はない。
(このまま、仕留める――!)
力任せに傷口をこじっていた剣が、不意に振り抜かれる。敵の肢もぴたりと動かなくなった。
尊が黄緑の靄を掻き分けて浮上すると、カマキリの上体と腹部が泣き別れになって、辺りの水面に浮かんでいた。
エアルドフリスは行く手を阻むカマキリに拳を突き出し、ウィンドスラッシュの魔法を放った。
かまいたちが水飛沫を上げ、敵を怯ませる。
「エアルドフリスさん!」
尊とリオンも追いついて、青年を連れたエアルドフリスを守るように位置を取る。
「先に行って、あの女の人を!」
尊の叫びにエアルドフリスは頷くと、既に間近に迫っていたボートへ向かう。
ところが辿り着く寸前でもう1匹、カマキリが飛んできてそこへ着地してしまった。
「させません!」
神楽、そして龍哉が矢を射って気を逸らす。その隙に、エアルドフリスが敵の足元から魔法を撃つ。
カマキリは手足をばらばらに切断され、ボートから転落した。
空いたばかりの船上へ青年を這い上がらせてから、
「もうひとり、拾ってくる」
エアルドフリスは大きく息を吸い込み、頭から水に浸かった。
(見つけた)
陽差しを受けて薄緑色に染まる水中を潜行し、
着衣の重みで川底近くまで沈んでしまった少女の元へと泳いでいった。
慌てることなく、まずは彼女の両脇に後ろから腕を差し入れ、抱き寄せると、まっすぐ水面を目指す。
●
「手伝ってくれ」
エアルドフリスは浮上するなり、先にボートに乗せた青年へ呼びかける。
手を借りつつ、意識のない少女の身体を船へ押し上げた。
かなり水を飲んでいるに違いない。一刻も早い処置が必要だ。
「エアルドフリスさん、後ろ!」
尊の声に振り返る。雑魔の最後の1匹が、すぐ近くに飛び込んだところだった。
身構えるエアルドフリスだったが、敵は大きな水柱を上げたきり、浮かんでこない。
「……誰か、すぐに手当てできるか」
その問いかけに尊が応えようとするも、彼とリオンが足止めしているカマキリにはまだ始末がついていない。
「尊ちゃん行って! ……テメェこの、大人しくしやがれ!」
リオンが敵に後ろから組みついてフルネルソンを仕掛けると、
尊は意を決して彼女にその場を任せ、少女が寝かせられたボートへと急ぐ。
(あと1匹。どこにいる……)
エアルドフリスが姿の見えない1匹を探す為、再度潜水しようとしたときだった。
突然、足に鋭い痛みが走ったかと思うと、強い力で水中に引きずり込まれた。
(足下に潜られたか)
カマキリの前腕がエアルドフリスの足をがっちりと挟んで、水底へ沈めようとしている。
エアルドフリスは指輪を嵌めた拳を握り絞め、大きく振りかぶった。
拳は届かない。が、指輪が閃いたかと思うと、
小さな気泡の列が水中に吹き出し、カマキリの眼前で弧を描く。
ウィンドスラッシュ。敵の触覚2本を切り落とした。
もう1撃を加えると、カマキリはエアルドフリスの足を掴んだまま激しくもがき出す。
攻撃しようにも狙いが定まらず、もみ合う内に裸の胸を鎌の先端で突かれた。
苦し紛れの攻撃は致命傷にはならなかったものの、はずみで肺に溜めた空気が粗方吐き出されてしまう。
傷ついたカマキリから吹き上がる体液の靄に巻かれ、視界もなくなった。
●
尊は少女の呼吸がないと見るや、口の中の水だけを吐かせ、心肺蘇生法に取りかかる。
周囲で戦う仲間たちが気がかりだったが、
(ぎりぎりで拾い上げた命、ここで助けなくちゃ、何の為にボクらが来たのか分からない!)
リアルブルーの軍学校で習い覚えた処置を、必死で試みる。
「リオンさん、そのまま動かないで!」
「無茶言うなよォ!」
神楽が、水面でカマキリと格闘するリオンへボートを近づけた。
一方、龍哉は船上で膝をつき、構えた弓の狙いを慎重に定める。
(今度は……外すものかよ)
神楽が絶好の位置でボートを停めた。龍哉は心を静めて弓を引く。
やがて、リオンを外して敵だけを射る最良のタイミングが来る――
ほとんどひとりでに、頬づけした右手から矢が飛び出したような感触だった。
矢はカマキリの胸部、甲殻の僅かな隙間を縫って突き刺さる。
エアルドフリスを追って潜水していたネグロ。
靄の中に敵の姿を見定め、『シーホース』の矢を放った。
マテリアルの被膜に包まれた矢は、抵抗をものともせず水中を突き進み、暴れるカマキリの首を射抜く。
そうして最後の1匹を倒すと、ネグロはエアルドフリスの腕を取り、共に水面まで戻った。
「殺ったぞ」
ネグロと並んで、水上に顔を出したエアルドフリスが、
「彼女……どうなった……」
訊くが早いか、少女が息を吹き返す。尊は咳き込む彼女の背中をさすってやりながら、
「神楽さん、この人をそっちのボートに!」
「ええ……ふたりも、こちらに。岸へ戻りましょう」
●
水の中から救助された人々には岸へ戻ってすぐ、神楽の用意した毛布が配られた。
同時に医者やその他手伝いの人手、それに野次馬までもが、賑々しく土手から降りてくる。
「流石はハンター、仕事が早ぇな」
毛布に包まったエドガルに、ネグロが、
「ガキどもはどうした?」
「騒ぎを聞きつけた親が待ってたから、引き渡しちまったよ。怪我もなかったし……何かまずかったか?」
「……いや。それなら良い」
ネグロは素っ気なく返すとそっぽを向き、濡れた服を脱ぎ始める。
「火、貸してくれないか」
エアルドフリスが、シュヴァルツヴェルトに預けておいた荷物からパイプを取って言う。
濡れたままの恰好で悠然とパイプに葉を詰めつつ、
シュヴァルツヴェルトが1本のマッチを擦って差し出すのを、受け取った。
その後ろから、リオンが毛布をかぶせようとする。
「お疲れちゃん。裸のまんまじゃ寒いっしょ?」
抵抗もせず、慣れた仕草でパイプをくゆらせたまま、エアルドフリスは小さく肩をすぼめた。
意識は戻ったがまだ茫然自失としている少女の肩の傷を、神楽が手当てする。
龍哉と尊も、怪我はないものの疲れきって動けない被害者を先に馬車へ積み終え、土手から戻ってきた。
「もう、全身びしょびしょのべたべたで……人命救助ができたから良いですけど」
少女の無事を目で確かめると、尊は、お先に戻らせてもらいます、と言ってその場を立ち去った。
「冷えてきたな。私も着替えに行かせてもらおうか」
「私も……はい、終わりました。また後で、お医者さんにも診てもらって下さいね」
応急手当てを終えると、神楽が少女の手をそっと引いて立たせる。
待ちかねていた身内に引き渡される直前、少女が神楽に何かを耳打ちした。
「彼女、何だって?」
龍哉が尋ねると、神楽は少し困ったような笑顔で、
「それが……応急処置をしてくれた、あの角の生えた『女の子』にも、代わりにお礼を言っておいて欲しい、と」
龍哉は土手に上がっていく尊の背中をちらと見て、
「……礼を言っていた、というところだけ、後で伝えてやろう」
エドガルは遊覧ボートの船端に猟銃を乗せ、接近の機会をうかがう大カマキリに照準を合わせた。
3人の子供は幌の下に隠れている。今にも泣き出さんばかりの子供たちをなだめるのに手がかかって、
その間にもカマキリ型雑魔たちは漕ぎ手を失ったボートを順々に足場とし、こちらへ近づいてきてしまった。
周囲の水面では他に4人が、助けも得られずもがいていた。
泳いで救出するのは不可能だ。覚醒者でもないエドガルに、水中で雑魔と格闘する能力はない。
子供たちを見捨てて川に飛び込むことも、彼らを乗せたままボートを敵に接近させることもできない。
(人手がなけりゃこのままどうにもならねぇぞ……っと)
じっと猟銃を構えるエドガルを、後方の川岸から誰かが呼ばわった。
「そのまま、近づく敵を狙っていて下さい! 今からそちらへ向かいます!」
竜潜 神楽(ka1498)は持ち込んだ毛布をシュヴァルツヴェルトに預けると、着の身着のまま水へ入っていった。
月架 尊(ka0114)、ネグロ・ノーチェ(ka0237)、堂島 龍哉(ka3390)も彼女に続いて飛び込んでいく。
「全員、泳いでいく気か?」
「中々切迫した事態のようだから――こいつを頼む。大事なものなんだ」
半裸になったエアルドフリス(ka1856)が畳んだ服にパイプとペンダントを乗せ、シュヴァルツヴェルトへ手渡す。
「あんた丸腰じゃないか」
「俺に武器は要らん。指輪ひとつありゃあ充分だ」
「みんな寒そうだネ~お気の毒サマ☆ アタシはお船でボチボチ行かせてもらいまァす」
リオン(ka1757)が2人乗りの手漕ぎボートを押して現れる。
「ヤバくなったらコッチも飛び込むけどね……エアちゃんたちだけで片づけてくれちゃっても良いんだヨ?」
「どうかな。まぁ成り行き次第で」
リオンは浮かべたばかりのボートに飛び乗ると、櫂をへし折らんばかりの勢いで漕ぎ出していく。
エアルドフリスは水にゆっくりと身体を浸す。川の冷たさと、緩やかな流れを肌に感じた。
(巡り流れよ)
彼の周りの水面に、雨粒の落ちたような波紋がいくつも広がる。
それを見て思わず空を仰ぐシュヴァルツヴェルトだったが、相変わらずの秋晴れのままだ。
して、あれは本物の雨でなく――覚醒者によるマテリアルの放出現象。
(雨の如く)
エアルドフリスが、川底を蹴って泳ぎ出した。
川の流れに上手く乗り、先行した仲間たちへ見る見る内に追いすがる。
●
「掴まれ。死にたくなきゃな」
ネグロが泳ぎながら、近くで溺れかかっていた貴婦人へロープを放る。
ロープのもう一方の先端は、リオンのボートへ投げ入れた。
「そっちで引き揚げろ。俺は先に行く」
「アイサー☆」
貴婦人が掴んだロープを、リオンが手繰り寄せる。
ネグロの前方でも尊とエアルドフリスが、
別の要救助者、乗馬服の紳士を乗り捨てられたボートへ押し上げているところだ。神楽が言う。
「あの方もリオンさんの船に移してもらって、私たちはあそこから射撃をしましょう」
「泳ぎながらでは、弓も使えんからな」
龍哉がそう言って、紳士と同じボートへ這い上がった。
「すぐ迎えが来る。身を伏せて待っていてくれ」
息も絶え絶えの紳士を横目に、龍哉と、次いで乗り込んだ神楽とネグロが背負っていた大弓を下ろす。
尊とエアルドフリスは先を急いだが、残りふたりの要救助者まではまだ距離がある。
エドガルの船から一番近い彼岸側のボートへ、カマキリが飛び移った。エドガルが発砲するも、
「外した!」
カマキリはもう一度、エドガルに向かって飛ぼうとするが、続く射撃で今度こそ撃ち落とされた。
落下したカマキリから15、6メートル前方の水面では、ひとりの青年が溺れている。
「まずいな」
龍哉は呻きつつ、ロングボウ『エウリュトス』に矢をつがえ、弦を引き絞るが、
「待て」
ネグロが弓を引く龍哉の肩に手を置き、制止する。
彼が顎で指した先、別のボートの近くでちょうど、別の要救助者を襲わんとカマキリが自ら飛び込んだ。
「あっちを殺れ。泳いでる連中は間に合いそうにないし、俺の弓じゃ射程外だ。手前の奴は俺が引き受ける」
「もう少し、船を近づけさせます!」
神楽が櫂を握り、龍哉とネグロは改めて弓を構える。
龍哉は一番遠い要救助者に襲いかかる敵の、水面から突き出した逆三角形の頭部へ狙いを絞った。
(救助か……性に合わない仕事を受けてしまったが)
揺れるボートの上から、泳ぐ敵の上下する頭部を狙う。深く息を吐き、水泳で乱れた呼吸を落ち着かせる。
(化け物に目の前で殺しをされるのは、なお性に合わん。1匹たりとも――)
龍哉の矢が、赤い電光の尾を曳いて水面をかすめ飛ぶ。
矢はカマキリの硬い甲殻を貫き、ドレス姿の少女の肩に食らいつく小さな頭へ突き立った。
(生かして帰しはせん)
敵が少女を離したところへ、第2射が飛ぶ。甲殻のない柔らかい首元に命中し、仕留めた。
水中に没するカマキリ。だが、少女のほうも襲われたショックで気絶したか、水を飲んでしまったか、
共に水の中へ姿を消してしまう。
(間に合わなかっただと……!?)
●
尊はエドガルの遊覧ボートに上がると、
「後の人はボクらが助けます! あなたは子供たちと一緒に、逃げて!」
船を漕いで避難するよう指示をしてから、息を整えた。
おもむろに船端を踏みつけると、マテリアルに強化された脚力で勢いをつけ、再び水へ飛び込む。
ネグロの矢が敵を遠ざけている間、エアルドフリスが溺れていた青年の元へ駆けつける。
「もう大丈夫だ、任せてくれ。力を抜いて」
パニックに陥った青年をどうにかなだめすかし、力を抜いて仰向けに浮かぶよう言いつけた。
ここから一番近いボートまで、目測約20メートル。途中の水面でカマキリがのたうっている。
更に先では少女がひとり、沈んでいってしまっている。時間がない。
尊は剣を握ったまま水を掻き、青年を連れて迂回しようとするエアルドフリスに代わって敵を引き受けた。
「お前の相手は、ボクです!」
「アタシもいるよ~ん!」
リオンは自分のボートの櫂を、神楽たちの船から乗り移ってきた紳士に任せた。
「じゃ、このおば……お姉サマと一緒に逃げてちょ☆」
そう言ってリオンが飛び降りてしまうと、紳士は戸惑いつつもボートを動かした。
エドガルも、子供たちを乗せた遊覧ボートの大きな櫂を力いっぱい漕ぎ、紳士と貴婦人に続く。
これで無事、エドガルと5人の船遊びの客を助け出すことには成功したが――
「済まん!」
龍哉の矢が外れた。新たなカマキリが、エアルドフリスの目指していたボートに着地する。
エアルドフリスに向かって再び飛び立ったところを、すかさず神楽が弓を取って撃ち落とすが、
「あれでは、先鋒の手が足りないかも知れん」
ネグロは尊と戦っていたカマキリに牽制の1射を加えると、
水中戦対応のロングボウ『シーホース』に得物を持ち替え、ボートを降りて泳ぎ出す。
●
振り下ろされるカマキリの前腕を、尊がショートソードで受け止めた。
(鎌の動きが速い、防御も固い。この間合いじゃ倒せない!)
立ち泳ぎをしながらでは、剣を振るうこと自体にも難儀した。
覚醒者の発達した身体能力のお蔭で、溺れずに済んではいるが――
(懐に飛び込まなきゃ!)
尊は敵から一旦離れ、口で剣をくわえて両手を空けた上で、強く水を掻いて潜った。
一気に深く潜ると、剣を握り直し、相手の下側から襲いかかる。
(胸と腹のつなぎ目の、細い部分――普通ならここが弱点ですが、雑魔にも通用するかどうか……っ!)
水中で4本の肢に蹴りつけられながらも、剣の切っ先を敵の胴体へぶつり、と突き刺した。
刃で体節の間をこじると、毒々しい黄緑色の体液が溢れ出し、周囲の水を濁らせる。
鎌が背中を引っ掻くが、尊の着込んだ防護ベストを切り裂くような力はない。
(このまま、仕留める――!)
力任せに傷口をこじっていた剣が、不意に振り抜かれる。敵の肢もぴたりと動かなくなった。
尊が黄緑の靄を掻き分けて浮上すると、カマキリの上体と腹部が泣き別れになって、辺りの水面に浮かんでいた。
エアルドフリスは行く手を阻むカマキリに拳を突き出し、ウィンドスラッシュの魔法を放った。
かまいたちが水飛沫を上げ、敵を怯ませる。
「エアルドフリスさん!」
尊とリオンも追いついて、青年を連れたエアルドフリスを守るように位置を取る。
「先に行って、あの女の人を!」
尊の叫びにエアルドフリスは頷くと、既に間近に迫っていたボートへ向かう。
ところが辿り着く寸前でもう1匹、カマキリが飛んできてそこへ着地してしまった。
「させません!」
神楽、そして龍哉が矢を射って気を逸らす。その隙に、エアルドフリスが敵の足元から魔法を撃つ。
カマキリは手足をばらばらに切断され、ボートから転落した。
空いたばかりの船上へ青年を這い上がらせてから、
「もうひとり、拾ってくる」
エアルドフリスは大きく息を吸い込み、頭から水に浸かった。
(見つけた)
陽差しを受けて薄緑色に染まる水中を潜行し、
着衣の重みで川底近くまで沈んでしまった少女の元へと泳いでいった。
慌てることなく、まずは彼女の両脇に後ろから腕を差し入れ、抱き寄せると、まっすぐ水面を目指す。
●
「手伝ってくれ」
エアルドフリスは浮上するなり、先にボートに乗せた青年へ呼びかける。
手を借りつつ、意識のない少女の身体を船へ押し上げた。
かなり水を飲んでいるに違いない。一刻も早い処置が必要だ。
「エアルドフリスさん、後ろ!」
尊の声に振り返る。雑魔の最後の1匹が、すぐ近くに飛び込んだところだった。
身構えるエアルドフリスだったが、敵は大きな水柱を上げたきり、浮かんでこない。
「……誰か、すぐに手当てできるか」
その問いかけに尊が応えようとするも、彼とリオンが足止めしているカマキリにはまだ始末がついていない。
「尊ちゃん行って! ……テメェこの、大人しくしやがれ!」
リオンが敵に後ろから組みついてフルネルソンを仕掛けると、
尊は意を決して彼女にその場を任せ、少女が寝かせられたボートへと急ぐ。
(あと1匹。どこにいる……)
エアルドフリスが姿の見えない1匹を探す為、再度潜水しようとしたときだった。
突然、足に鋭い痛みが走ったかと思うと、強い力で水中に引きずり込まれた。
(足下に潜られたか)
カマキリの前腕がエアルドフリスの足をがっちりと挟んで、水底へ沈めようとしている。
エアルドフリスは指輪を嵌めた拳を握り絞め、大きく振りかぶった。
拳は届かない。が、指輪が閃いたかと思うと、
小さな気泡の列が水中に吹き出し、カマキリの眼前で弧を描く。
ウィンドスラッシュ。敵の触覚2本を切り落とした。
もう1撃を加えると、カマキリはエアルドフリスの足を掴んだまま激しくもがき出す。
攻撃しようにも狙いが定まらず、もみ合う内に裸の胸を鎌の先端で突かれた。
苦し紛れの攻撃は致命傷にはならなかったものの、はずみで肺に溜めた空気が粗方吐き出されてしまう。
傷ついたカマキリから吹き上がる体液の靄に巻かれ、視界もなくなった。
●
尊は少女の呼吸がないと見るや、口の中の水だけを吐かせ、心肺蘇生法に取りかかる。
周囲で戦う仲間たちが気がかりだったが、
(ぎりぎりで拾い上げた命、ここで助けなくちゃ、何の為にボクらが来たのか分からない!)
リアルブルーの軍学校で習い覚えた処置を、必死で試みる。
「リオンさん、そのまま動かないで!」
「無茶言うなよォ!」
神楽が、水面でカマキリと格闘するリオンへボートを近づけた。
一方、龍哉は船上で膝をつき、構えた弓の狙いを慎重に定める。
(今度は……外すものかよ)
神楽が絶好の位置でボートを停めた。龍哉は心を静めて弓を引く。
やがて、リオンを外して敵だけを射る最良のタイミングが来る――
ほとんどひとりでに、頬づけした右手から矢が飛び出したような感触だった。
矢はカマキリの胸部、甲殻の僅かな隙間を縫って突き刺さる。
エアルドフリスを追って潜水していたネグロ。
靄の中に敵の姿を見定め、『シーホース』の矢を放った。
マテリアルの被膜に包まれた矢は、抵抗をものともせず水中を突き進み、暴れるカマキリの首を射抜く。
そうして最後の1匹を倒すと、ネグロはエアルドフリスの腕を取り、共に水面まで戻った。
「殺ったぞ」
ネグロと並んで、水上に顔を出したエアルドフリスが、
「彼女……どうなった……」
訊くが早いか、少女が息を吹き返す。尊は咳き込む彼女の背中をさすってやりながら、
「神楽さん、この人をそっちのボートに!」
「ええ……ふたりも、こちらに。岸へ戻りましょう」
●
水の中から救助された人々には岸へ戻ってすぐ、神楽の用意した毛布が配られた。
同時に医者やその他手伝いの人手、それに野次馬までもが、賑々しく土手から降りてくる。
「流石はハンター、仕事が早ぇな」
毛布に包まったエドガルに、ネグロが、
「ガキどもはどうした?」
「騒ぎを聞きつけた親が待ってたから、引き渡しちまったよ。怪我もなかったし……何かまずかったか?」
「……いや。それなら良い」
ネグロは素っ気なく返すとそっぽを向き、濡れた服を脱ぎ始める。
「火、貸してくれないか」
エアルドフリスが、シュヴァルツヴェルトに預けておいた荷物からパイプを取って言う。
濡れたままの恰好で悠然とパイプに葉を詰めつつ、
シュヴァルツヴェルトが1本のマッチを擦って差し出すのを、受け取った。
その後ろから、リオンが毛布をかぶせようとする。
「お疲れちゃん。裸のまんまじゃ寒いっしょ?」
抵抗もせず、慣れた仕草でパイプをくゆらせたまま、エアルドフリスは小さく肩をすぼめた。
意識は戻ったがまだ茫然自失としている少女の肩の傷を、神楽が手当てする。
龍哉と尊も、怪我はないものの疲れきって動けない被害者を先に馬車へ積み終え、土手から戻ってきた。
「もう、全身びしょびしょのべたべたで……人命救助ができたから良いですけど」
少女の無事を目で確かめると、尊は、お先に戻らせてもらいます、と言ってその場を立ち去った。
「冷えてきたな。私も着替えに行かせてもらおうか」
「私も……はい、終わりました。また後で、お医者さんにも診てもらって下さいね」
応急手当てを終えると、神楽が少女の手をそっと引いて立たせる。
待ちかねていた身内に引き渡される直前、少女が神楽に何かを耳打ちした。
「彼女、何だって?」
龍哉が尋ねると、神楽は少し困ったような笑顔で、
「それが……応急処置をしてくれた、あの角の生えた『女の子』にも、代わりにお礼を言っておいて欲しい、と」
龍哉は土手に上がっていく尊の背中をちらと見て、
「……礼を言っていた、というところだけ、後で伝えてやろう」
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
---|
面白かった! | 10人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
- 赤き大地の放浪者
エアルドフリス(ka1856)
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/11/16 21:06:20 |
|
![]() |
作戦相談卓 月架 尊(ka0114) 人間(リアルブルー)|16才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2014/11/21 21:03:18 |