ゲスト
(ka0000)
【天誓】精霊たちに安らぎの地を
マスター:ことね桃

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/10/27 15:00
- 完成日
- 2017/11/10 21:31
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ゾンネンシュトラール帝国の帝都にそびえ立つ闘技場「コロッセオ・シングスピラ」。
かつて屈強な軍人や戦士たちが自らの武勇を示すために無数の戦いを繰り広げたこの施設には数え切れないほどの血と汗と涙がしみついている。
しかし大精霊サンデルマンの導きによりこの厳めしいコロッセオが精霊たちの仮住まいとして生まれ変わり、新たな局面を迎えていた。
このコロッセオ・シングスピラの外観は偉大にして優雅。しかしその内面は質実剛健を体現した合理性に満ち溢れる建造物である。
その威容に先日この闘技場に住まうことになった砂の精霊は『なんと勇壮な』と息を呑み、声を弾ませたという。
しかしこの機能美に満ちた構造物に慢性的な不満を持つ精霊がこのほど現れたのだ。
「此処ハトッテモ息苦シイノダワ!」
黒い毛並みと子犬の顔を持つ花の精霊フィー・フローレはその可愛らしい鼻を忌々しげにならした。
石造りの廊下は障害物となるであろう一切の飾りが取り払われ、綺麗に掃き清められている。
どこにいってもそうだ。無駄がなく、眩しいまでに清潔。
土にまみれながらも自然とともに生きてきた彼女にとって、それはとても不自由で窮屈なもののように思えて仕方がない。
そこで人間に文句のひとつでも言ってやろうかと思うものの、ここはあくまでも帝国軍管轄の施設。相手が帝国軍で相応の立場にある者と考えれば、会おうと考えるだけで身震いしてしまう。
「……ウゥ、ムシャクシャスル……」
フィーは肩をいからせながらも背を丸め、とぼとぼと与えられた自室に戻っていく。彼女の体を飾る白い花々も肩を落とすかのようにしょんぼりしぼんでいた。
そんな精霊の様子を柱の陰から静かに見つめる者がいた。コロッセオの美化を任されている若い帝国兵士アダムである。
「うーん、やっぱり自然精霊とここは相性が悪いのかなあ……」
精霊への敬意を示すため、精霊たちが寝静まっている間に徹底的な掃除を行っている彼。気持ちよく過ごしてもらえたらと思い、街で評判の絵や版画を飾ったり娯楽品を置いたりしているものの、精霊たちの反応は今ひとつだ。
「帝国軍人である俺が、ハンター以外の人間と精霊が交流を持つきっかけを作りたいと思うこと自体が傲慢なのかな……」
アダムは中庭に出ると、片隅に置いてある鉄の椅子に座りため息をついた。
中庭はかつて軍人たちの訓練に活用されていた場所で、中央に大きな木が植えられている以外は植物がなく、平らに均された砂地である。そこに砂がぞろりと集まると、たちまち大きな人の形を成した。
『どうした、若いの』
地を這うような低い声。この中庭に住み着いた砂の精霊グラン・ヴェルが現れたのだ。
「ああ、どうも。グランさん」
初めてこの精霊と会った際はその恐ろしげな巨体に驚いたものだが、何度か会ううちに意外なほどの気さくさに気づき、今では挨拶をかわすほどの仲になっている。
そんな精霊グランにアダムは今考えている不安を素直に口に出した。するとグランは顎を指先で撫でた後、迷いなく答える。
『ふむ。それは行き違いが起こっているのだろうな』
「行き違い?」
『ああ。我は元来闘争を好み、砂地に棲む者。だから戦士の血が染みた砂が満ちるこの地に住まうことはさほど苦ではない。しかし自然の中で長閑に過ごしていた者にとっては窮屈に感ずるのだろうよ。風にそよぐ草の香り、涼やかな水の音、土のぬくもり、その上に広がる無数の生命の営み……それらがこの地には欠けているのだからな』
「自然……ですか」
『お前は精霊に文化という名の喜びと娯楽を与えようとしたが、苛立った精霊はそれらをすぐに受け入れることができない。いや、この帝国の文化そのものがありのままの自然を拒み、都合良く変えるものであったな。我はお前の志を善なるものと信じるが……』
「……耳の痛い話です」
グランの声には抑揚がなく、その奥に秘められた感情を読み取ることができない。しかしアダムは胸を締め付けられるような思いに囚われ、俯いた。
『なあに、我々は全ての歪虚を討つまで耐えれば良いのだ。数百年を生きてきた我らにとって年月の流れなど一瞬の輝きに過ぎぬ。今はたしかに不快であれど、慣れれば苦にはならなくなるだろう』
「でも……俺はそれでもどうにかしたいと思うんですよ。帝国に住む精霊の皆さんは人間に含むものがありながら、それでも俺達と一緒に戦ってくれると決めてくださったんじゃないですか。だったらそれに少しでも応えたいって思うんですよ……」
アダムは悔しそうに呻く。そしてグランに小さく会釈すると再び通路に戻っていった。
『……頑張れよ、若いの』
グランは彫りの深い茶色の顔に僅かな笑みを浮かべると地面へと沈んでいった。
それから数日後のことである。
コロッセオの奥にある古い訓練所が建物の老朽化のために解体されることになった。
そこで解体後の土地の使い方を決めるべく、上官とともに現場を視察したアダムは思わず拳を握った。
(ここだ!)
土こそ肥沃ではないが使い道のない広い土地、若干傷んではいるが現役の水路、壁に囲まれ人の目から離れた立地。精霊が自由に羽を伸ばせる場所を作るとしたらここしかない。
彼は早速上官に精霊のための自然公園設営を提案した。とはいえ精霊が棲みやすさをしっかりと感じるようになるまでは数年どころか数十年の時が必要になるだろう。
もちろん上官は公園案の進言に難色を示したが、アダムの嘆願に根負けし、結果的に案のひとつとして帝国軍上層部へ送ることとなった。
……そして数日後自然公園案が驚くべき結末を迎えることとなった。なんと「やれるものならやってみたまえ」とサインされた皇帝陛下の書面が送られてきたのだから!
そこでアダムは有志を募り現場に向かう道すがら、ハンターオフィスに立ち寄る。
「もしかしたらハンターの中にも協力してくれる人がいるかもしれない。……どうか、精霊たちにとって良い縁があるように」
アダムは受付嬢に書面を手渡すと、足早に訓練所跡地へ向かうのだった。
かつて屈強な軍人や戦士たちが自らの武勇を示すために無数の戦いを繰り広げたこの施設には数え切れないほどの血と汗と涙がしみついている。
しかし大精霊サンデルマンの導きによりこの厳めしいコロッセオが精霊たちの仮住まいとして生まれ変わり、新たな局面を迎えていた。
このコロッセオ・シングスピラの外観は偉大にして優雅。しかしその内面は質実剛健を体現した合理性に満ち溢れる建造物である。
その威容に先日この闘技場に住まうことになった砂の精霊は『なんと勇壮な』と息を呑み、声を弾ませたという。
しかしこの機能美に満ちた構造物に慢性的な不満を持つ精霊がこのほど現れたのだ。
「此処ハトッテモ息苦シイノダワ!」
黒い毛並みと子犬の顔を持つ花の精霊フィー・フローレはその可愛らしい鼻を忌々しげにならした。
石造りの廊下は障害物となるであろう一切の飾りが取り払われ、綺麗に掃き清められている。
どこにいってもそうだ。無駄がなく、眩しいまでに清潔。
土にまみれながらも自然とともに生きてきた彼女にとって、それはとても不自由で窮屈なもののように思えて仕方がない。
そこで人間に文句のひとつでも言ってやろうかと思うものの、ここはあくまでも帝国軍管轄の施設。相手が帝国軍で相応の立場にある者と考えれば、会おうと考えるだけで身震いしてしまう。
「……ウゥ、ムシャクシャスル……」
フィーは肩をいからせながらも背を丸め、とぼとぼと与えられた自室に戻っていく。彼女の体を飾る白い花々も肩を落とすかのようにしょんぼりしぼんでいた。
そんな精霊の様子を柱の陰から静かに見つめる者がいた。コロッセオの美化を任されている若い帝国兵士アダムである。
「うーん、やっぱり自然精霊とここは相性が悪いのかなあ……」
精霊への敬意を示すため、精霊たちが寝静まっている間に徹底的な掃除を行っている彼。気持ちよく過ごしてもらえたらと思い、街で評判の絵や版画を飾ったり娯楽品を置いたりしているものの、精霊たちの反応は今ひとつだ。
「帝国軍人である俺が、ハンター以外の人間と精霊が交流を持つきっかけを作りたいと思うこと自体が傲慢なのかな……」
アダムは中庭に出ると、片隅に置いてある鉄の椅子に座りため息をついた。
中庭はかつて軍人たちの訓練に活用されていた場所で、中央に大きな木が植えられている以外は植物がなく、平らに均された砂地である。そこに砂がぞろりと集まると、たちまち大きな人の形を成した。
『どうした、若いの』
地を這うような低い声。この中庭に住み着いた砂の精霊グラン・ヴェルが現れたのだ。
「ああ、どうも。グランさん」
初めてこの精霊と会った際はその恐ろしげな巨体に驚いたものだが、何度か会ううちに意外なほどの気さくさに気づき、今では挨拶をかわすほどの仲になっている。
そんな精霊グランにアダムは今考えている不安を素直に口に出した。するとグランは顎を指先で撫でた後、迷いなく答える。
『ふむ。それは行き違いが起こっているのだろうな』
「行き違い?」
『ああ。我は元来闘争を好み、砂地に棲む者。だから戦士の血が染みた砂が満ちるこの地に住まうことはさほど苦ではない。しかし自然の中で長閑に過ごしていた者にとっては窮屈に感ずるのだろうよ。風にそよぐ草の香り、涼やかな水の音、土のぬくもり、その上に広がる無数の生命の営み……それらがこの地には欠けているのだからな』
「自然……ですか」
『お前は精霊に文化という名の喜びと娯楽を与えようとしたが、苛立った精霊はそれらをすぐに受け入れることができない。いや、この帝国の文化そのものがありのままの自然を拒み、都合良く変えるものであったな。我はお前の志を善なるものと信じるが……』
「……耳の痛い話です」
グランの声には抑揚がなく、その奥に秘められた感情を読み取ることができない。しかしアダムは胸を締め付けられるような思いに囚われ、俯いた。
『なあに、我々は全ての歪虚を討つまで耐えれば良いのだ。数百年を生きてきた我らにとって年月の流れなど一瞬の輝きに過ぎぬ。今はたしかに不快であれど、慣れれば苦にはならなくなるだろう』
「でも……俺はそれでもどうにかしたいと思うんですよ。帝国に住む精霊の皆さんは人間に含むものがありながら、それでも俺達と一緒に戦ってくれると決めてくださったんじゃないですか。だったらそれに少しでも応えたいって思うんですよ……」
アダムは悔しそうに呻く。そしてグランに小さく会釈すると再び通路に戻っていった。
『……頑張れよ、若いの』
グランは彫りの深い茶色の顔に僅かな笑みを浮かべると地面へと沈んでいった。
それから数日後のことである。
コロッセオの奥にある古い訓練所が建物の老朽化のために解体されることになった。
そこで解体後の土地の使い方を決めるべく、上官とともに現場を視察したアダムは思わず拳を握った。
(ここだ!)
土こそ肥沃ではないが使い道のない広い土地、若干傷んではいるが現役の水路、壁に囲まれ人の目から離れた立地。精霊が自由に羽を伸ばせる場所を作るとしたらここしかない。
彼は早速上官に精霊のための自然公園設営を提案した。とはいえ精霊が棲みやすさをしっかりと感じるようになるまでは数年どころか数十年の時が必要になるだろう。
もちろん上官は公園案の進言に難色を示したが、アダムの嘆願に根負けし、結果的に案のひとつとして帝国軍上層部へ送ることとなった。
……そして数日後自然公園案が驚くべき結末を迎えることとなった。なんと「やれるものならやってみたまえ」とサインされた皇帝陛下の書面が送られてきたのだから!
そこでアダムは有志を募り現場に向かう道すがら、ハンターオフィスに立ち寄る。
「もしかしたらハンターの中にも協力してくれる人がいるかもしれない。……どうか、精霊たちにとって良い縁があるように」
アダムは受付嬢に書面を手渡すと、足早に訓練所跡地へ向かうのだった。
リプレイ本文
「このたびはハンターの皆様のご協力に深く感謝いたします。何卒よろしくお願いします!」
コロッセオ・シングスピラの若き軍人アダムは自然公園計画に協力を申し出たハンターの前に出ると、部下とともに軍隊式の礼で彼らに敬意を表した。
アダムの前に横一列に並ぶハンターはリアリュール(ka2003)、エステル・クレティエ(ka3783)、澪(ka6002)、ジェスター・ルース=レイス(ka7050)の4名。それぞれが挨拶をするたびに、周囲で見守る精霊達の雰囲気が和らいでいく。
『ハンターだって。私を助けてくれた子はいないみたいだけど、皆、優しいマテリアルが流れてるよ』
ハンターに保護された精霊たちにとって、自分たちに敵意も過度の畏怖も持たぬハンターは親しみを抱きやすい存在なのかもしれない。精霊たちのささやきに4人は胸を撫で下ろした。
顔合わせが終わると早速敷地を囲む壁と水路の修復作業に移る軍人たち。
アダムは部下に指示を出すと、足早にリアリュールへ計画の資料を届けにきた。
「計画書と保護された精霊様の名簿ですね。ありがとうございます」
「いえ、これぐらいは当然です。皆様のお力がなければこの計画は成功しないのですから」
寂しげに微笑むアダム。リアリュールはそれが気にかかったが、互いに忙しい身だ。話を切り替えることにした。
「あの、こちらの土地は一般の方に開放される予定はあるのでしょうか?」
「現状では、まだ。でも精霊たちの心が開く可能性が少しでもあるのなら、それに賭けたいと思っています」
「そうですか……。精霊様が一日も早くお心を癒されますように、私も力を尽くしましょう」
アダムはリアリュールの穏やかな声に救われる思いだった。
「ええ、今できることがたくさんあるのですから、精一杯やってみます。リアリュールさん、ありがとうございます!」
背筋を伸ばして自分の持ち場へ向かっていくアダム。その様子をリアリュールは微笑ましく見送った。
ジェスターは早々に敷地の下見を開始した。そこで気がついた点やアイデアを次々と紙に書き出していく。
(ここ、元は訓練所だっけ。草が生えにくいよう処理された区域があるし、土の質もそれほど良いとは言えない。水はけは悪くないようだが……自然環境を再現するなら一部の土壌の改善が必須だな)
根が真面目なジェスターだ。先ほどまで遊んでいた精霊たちが彼の真剣な眼差しに関心をもったのか、次々と集まってくる。
『君、ハンターなんでしょ? 軍人と雰囲気違うからわかる!』
『遊ぼ! 遊ぼ!』
ジェスターは幼い精霊の声に少しだけ逡巡すると笑った。
「いいぜ。でも俺にはやんなきゃなんないことがあってさー。おたくらが手伝ってくれたら早く終わる。そしたらたっぷり遊ぶ時間ができるんだが、どうだ?」
『お手伝い? 面白いの?』
「どうだろ。でもなー、ここがおたくらの最高の居場所になるようにするには必要なワケ」
『居場所? ここ僕らの家になるの?』
「そ。家っていったらほしいもんがあるじゃん? 寝るとことか、遊ぶとことか、色々。そういう自分のほしいもん、全部言うんだ。そしたらきっと一番いいところになる」
『ほんと!? 聞いて、聞いて!』
精霊たちがジェスターの顔の周りを飛び回る。無数の光が彼の目をチカチカと刺激した。
「おー、協力ありがとなー。でもおたくらちょっと落ち着け! この辺りを確認しながら聞くからなー」
ジェスターは苦笑いを浮かべつつ手を振り、精霊たちを連れて敷地の調査という名の散歩にくり出すのだった。
エステルと澪は日当たりのよい草地に向かうと精霊たちの熱烈な歓迎を受けた。
『ハンターのお姉さん、いい匂い!』
エステルが持つバスケットに精霊たちが顔を寄せてくる。すると遠くからよく響く低い声が聞こえてきた。
『お前たち、ハンターらはここに仕事で来ているのだぞ。邪魔をするな』
すると賑やかな精霊たちが次月と口元に人差し指をあててた。
澪が声のした方を見ると砂色の巨人がゆっくりと近づいてくる。
「……砂の精霊?」
澪がぽつりと呟いた。巨人が頷く。
『そうだ。我はグラン・ヴェル。旧い名だ、グランと呼べばいい』
澪は自分の名を告げるとぺこ、と小さく頭を下げた。
「はじめまして、グランさま。エステルと申します」
恐ろしげな姿の精霊の意外なほど温和な声にエステルは安心したようだ。皆にバスケットの中身を見せる。
「これはお菓子です。精霊さんとたくさんお話をしたくて、それならお茶会がいいかなって。皆さんと楽しい時間を過ごせたら嬉しいです」
『お菓子?』
精霊たちは菓子に馴染みがないのか不思議そうにエステルを見た。
そんな中、澪は精霊の群れに見知った顔がないか探したが見つからない。彼女は目の前の精霊に尋ねた。
「グラン。フィーを知らない?」
『む、花の精霊か。それなら……おい、そろそろ姿を見せたらどうだ。命の恩人なのだろう?』
グランが首を真後ろにぐるりと回す。すると彼の後ろから黒い子犬の顔がひょっこり出てきた。
「……コノ前ハアリガト」
恥らうように少し俯く彼女の名は花の精霊フィー・フローレ。臆病な彼女は恩人に会いたいと願いながらも、なかなか顔を出すタイミングを見つけられなかったらしい。小さい体をさらに小さくすくめている。
「フィーさま、またお会いできて嬉しいです。お茶会の準備をしますから、少しだけお待ちくださいね」
エステルは彼女の無事に安堵すると、早速茶会の支度を始めた。
澪はフィーの表情が気になり声をかける。
「こんにちは。……久しぶり」
「ウン」
フィーはグランから離れ、澪の傍に恐る恐る近寄った。
(そういえばあの子も最初はこんな感じだった。ううん、初対面なのに「鬼は嫌い」なんて言われたりしたっけ)
澪はここにいない親友との過去を思い出し、ほんの少し懐かしく思う。
フィーがぎこちなく笑った。
「皆、元気ソウデ嬉シイ」
「ありがと。ほんとはあの子も来られたら良かったけど、ちょっとお出かけしてて」
「会エタラオ礼言イタカッタナ。守ッテクレテアリガトッテ」
「ん、あの子に伝えとく。……あと、少し時間ある? お話ししたいの」
澪はフィーを人気のない木の陰に連れてきた。その腕には軍人から借りたスケッチブックと色鉛筆が抱えられている。
「ここでお話ししよ」
「ウン」
フィーが大人しく木の根に腰を下ろした。澪はその隣に座り、スケッチブックに小さな丘を描く。
「ソレ、私ノ?」
「そう。フィーがなんか元気ないから。何かあったのかなって」
「……澪ニハワカルノネ」
フィーがため息をついた。
「皆ニ助ケテモラッタケド、此処ハナンダカ窮屈デ。時々元気ナフリモシタケド……」
フィーが澪に話した悩みは切実なものだったが、澪にはその状況を与えた人間の気持ちがわかる気がした。
「その人間も悪気があったんじゃない……と、思う。精霊のこと、まだよく知らないのかも。知らないなりに、自分のできる範囲で皆の住みやすい場所を作ろうとしていたんだと思う」
「エ?」
「多くの人間は清潔で安全な場所が好き。だからコロッセオを綺麗にすれば喜ばれると考えたのかもしれない」
「……」
「誰かを知るのって難しい。わからないことって、自分の常識だけで推し量ってしまいがち。だからうまくいかないこともあるよ。でも……その人間が何かをしようと頑張ったことは認めたい」
澪は親友と出会ったころの自分とアダムのことを無意識に重ねていることに気づき、僅かに頬を染めた。
「ソッカ。人間ハマダ、精霊ノコトを知ラナインダ。ウウン、私ダッテ人間ノコト、ワカッテナカッタ。人間ノコト、全部嫌イダッテ知ロウトシナクテ……」
澪は絵を描く手を止めるとフィーの告白を静かに見守った。
アダムの用意したテーブルに並んだのはリアリュールが持参した紅茶とナッツと、エステルが持参したたくさんのお菓子。澪とフィーが戻り、軍人を除いた全員が集まったことが確認されると小さなお茶会がスタートした。
まずは獣の精霊たちが目を輝かせて菓子に齧りついた。物を食べるという概念を持たない精霊たちも紅茶の香りに興味津々。
エステルは灯火の精霊に声をかけた。彼女は火の精霊がどう過ごしているか案じていたのだ。すると彼らは普段コロッセオの調理場や暖炉やランタンの中といった場所で過ごし、中には処分が決定した書類の山相手に大活躍した猛者もいるとか。エステルはその返事に安心し、何度も頷いた。
リアリュールもまた澪と同様にフィーのことを案じていた。茶会のさなか、早々にフィーのもとへ近寄ると「こちらではいかがお過ごしですか?」と心配そうに問う。
しかし先ほどの澪との対話のおかげか、フィーはリアリュールに明るく微笑んだ。
「心配シテクレテアリガトウ、皆ガ守ッテクレタカラ、私ハ元気ダヨ」と。
ジェスターは先ほどの散策で知り合った精霊たちと冗談をかわしながら、なおも彼らの要望を尋ねては記録していった。
――そして、宴もたけなわ。あっという間に菓子が底をつき、温かい紅茶を飲む静かな時間が訪れる。
リアリュールは精霊たちが落ち着いた頃合をみて、大きな紙をテーブルに広げた。
「拙いものだけど見てくれると嬉しいわ」
リアリュールは敷地を歩き回って丁寧にマッピングを行っていたのだ。地図には彼女が出会った精霊たちの要望も細やかに記録されている。
ジェスターは先ほど精霊たちとともに敷地内を歩いて気づいた点や精霊たちの要望をまとめた紙を地図の横に並べた。
「俺はヒトの入っていい地域と、そうではない区域を分けるべきだと思う。精霊が安心して寛げるとこがないと駄目じゃん? 結構シャレになんない問題だぜ」
彼の提案に多くの精霊が頷いた。
「コロッセオ側は人が入れる交流スペース。奥は精霊だけの空間。区域の分け方は小川だと魚を放したりしできるし自然でいいと思うけど、無理なら植生。棘のある植物を混ぜて壁代わりにすれば、無闇にヒトが入らないようにできるんじゃねーかな。で、交流スペースには子供やお年寄りが安心して遊べる場所を作るんだ。小山の滑り台とか、砂場とか、花畑とか。果樹を植えてもいいな。下草をたっぷり植えときゃ、例え落ちても怪我は軽く済むだろ」
現実的な案を次々と出していくジェスター。その気配りにリアリュールは嬉しそうに頷いた。
「私も精霊様たちからお話を伺って思ったの。川がほしいって。木々の間を半分草が覆うような小川が蛇行して、所々大きさの違う石が小さな滝を作って、木漏れ日がきらきらと……縁に草花をたくさん植えてね。精霊様が隠れられるように、土を高く盛って丘を作って、洞窟を作っても面白いかも。駆け回れる原っぱもあれば色々活用できるでしょうね」
エステルは地図の丁度公園の出入り口になる部分を指でさした。
「管理小屋を公園の出入り口に配置するのはどうかしら。竈があれば火を使いますから、火の精霊さんもこちらで休めると思うの。それに管理人さんがいれば、いつかここが一般に開放された時に説明できると思うんです」
エステルがちら、と視線をおくるその先にはアダムがいた。
そこでグランが大きな背を丸め、地図を覗き込む。
『土壌の改善や地形の調整などは我々でもできそうだな。だがここは小さな水路しかない。小川を成すほどの水はどうやって調達する』
するとエステルが器用にメモ紙で風車を作り、息を吹きかける。風車がテーブルの上で軽快に回った。
「……私は風車で地下水を汲み上げて水量を保てればと考えています。風の精霊さんに遊んでいただければ綺麗な水の循環に繋がるのではと。帝国はかつて魔導の力の多用で公害を発生しました。それなら今度は人間と精霊が一緒に回す環境を一部でも作れたらどうかなって」
『精霊と人間が共存する道を試す、ということか。皆、どう思う』
エステルの案とグランの問いに精霊たちが顔を見合わせた。中には渋い顔の精霊もいる。
しかし。
「私ハ、賛成」
人間嫌いで有名なフィーが手を挙げた。一部の精霊が彼女に批判的な声をあげるが、その意思は変わらない。
「昔ノ帝国ノ人間ト今ノ人間ハ違ウ。皆ヲ助ケテクレタハンターハ人間、此処ヲ開放シタノモ人間。イツカワカリアエルト思ウ。力ヲ合ワセルコトデ、オ互イニ敵ジャナイ、怖クナインダッテ……」
フィーの声は最後は消え入るようだったが、精霊たちには感じるものがあったらしい。
『まぁ、試しにやるのもいいか。人間に何もかもやってもらうなんて癪だしな!』
憎まれ口をたたく精霊たち。しかしその顔には大きな活力が漲っていた。
茶会終了後、ジェスターとエステルは精霊たちを引きつれて敷地を歩き、地面に棒で線を引いていった。
「ここまでがヒトとの交流スペース。あっちは精霊の……って感じ。あとさ、精霊の庭の奥に泉とか作るのはどうよ。大切な人にだけ見せる『ぷらいべーと』な場所ってやつだ」
ジェスターが奥に向かい、棒で大きく円を描く。水の精霊たちが嬉しそうに声をあげた。
エステルは交流スペースに線でたくさんの四角や丸を描いていく。まるで幼い頃に興じたままごとのような光景だ。
「ここにはお花畑、ここにはハーブ園なんてどうかしら。小川にはこう、可愛らしい橋をおいて」
『あ、それならここにエステルの言ってた風車を立ててよ。風が吹けばこのあたりにハーブのいい香りがするようにさ』
「ああ、素敵ですね! ぜひアダムさんに相談しましょう」
エステルは精霊の発案に笑顔で応じた。
リアリュールはアダムへ要望入りの地図を渡した後、早々に精霊たちと作業に着手していた。
火の精霊は作業で出た廃材を手早く処分し、土の精霊は新しい土を運ぶと次々と旧い土と入れ替えていく。風の精霊は草花の種を蒔きながら空を駆け、水の精霊は土を優しく湿らせた。
「人間なら時間のかかる作業を僅かな時間で……私も頑張らなくちゃ」
そこで持ち前の器用さを活かし、リアリュールは公園の看板を作る。精霊達が自分たちのための場所だと思ってもらえるようにと。
看板に花や精霊をモチーフにした飾りをつけると、たちまち作業中の精霊達が寄ってくる。
『それ、どうやって作ったの?』
『おもしろーい、本物そっくり!』
彼女は精霊たちに「それではよくご覧くださいね」と微笑み、快く精霊たちに細工づくりの腕を披露するのだった。
そして澪とフィーはというと、軍人たちが作業する水路に足を運んでいた。
「きっと大丈夫、頑張って」
澪が優しく声をかけると、フィーは作業中のアダムに向かい勇気を振り絞って口を開いた。
「アノネ、アダム。私、オ花ガ大好キナノ。花畑ヲ造リタイカラ秋蒔キノオ花ノ種、探シタインダケド……」
アダムがフィーの初めての「対話」に泥だらけの顔をくしゃくしゃにして喜んだのは言うまでもない。
コロッセオ・シングスピラの若き軍人アダムは自然公園計画に協力を申し出たハンターの前に出ると、部下とともに軍隊式の礼で彼らに敬意を表した。
アダムの前に横一列に並ぶハンターはリアリュール(ka2003)、エステル・クレティエ(ka3783)、澪(ka6002)、ジェスター・ルース=レイス(ka7050)の4名。それぞれが挨拶をするたびに、周囲で見守る精霊達の雰囲気が和らいでいく。
『ハンターだって。私を助けてくれた子はいないみたいだけど、皆、優しいマテリアルが流れてるよ』
ハンターに保護された精霊たちにとって、自分たちに敵意も過度の畏怖も持たぬハンターは親しみを抱きやすい存在なのかもしれない。精霊たちのささやきに4人は胸を撫で下ろした。
顔合わせが終わると早速敷地を囲む壁と水路の修復作業に移る軍人たち。
アダムは部下に指示を出すと、足早にリアリュールへ計画の資料を届けにきた。
「計画書と保護された精霊様の名簿ですね。ありがとうございます」
「いえ、これぐらいは当然です。皆様のお力がなければこの計画は成功しないのですから」
寂しげに微笑むアダム。リアリュールはそれが気にかかったが、互いに忙しい身だ。話を切り替えることにした。
「あの、こちらの土地は一般の方に開放される予定はあるのでしょうか?」
「現状では、まだ。でも精霊たちの心が開く可能性が少しでもあるのなら、それに賭けたいと思っています」
「そうですか……。精霊様が一日も早くお心を癒されますように、私も力を尽くしましょう」
アダムはリアリュールの穏やかな声に救われる思いだった。
「ええ、今できることがたくさんあるのですから、精一杯やってみます。リアリュールさん、ありがとうございます!」
背筋を伸ばして自分の持ち場へ向かっていくアダム。その様子をリアリュールは微笑ましく見送った。
ジェスターは早々に敷地の下見を開始した。そこで気がついた点やアイデアを次々と紙に書き出していく。
(ここ、元は訓練所だっけ。草が生えにくいよう処理された区域があるし、土の質もそれほど良いとは言えない。水はけは悪くないようだが……自然環境を再現するなら一部の土壌の改善が必須だな)
根が真面目なジェスターだ。先ほどまで遊んでいた精霊たちが彼の真剣な眼差しに関心をもったのか、次々と集まってくる。
『君、ハンターなんでしょ? 軍人と雰囲気違うからわかる!』
『遊ぼ! 遊ぼ!』
ジェスターは幼い精霊の声に少しだけ逡巡すると笑った。
「いいぜ。でも俺にはやんなきゃなんないことがあってさー。おたくらが手伝ってくれたら早く終わる。そしたらたっぷり遊ぶ時間ができるんだが、どうだ?」
『お手伝い? 面白いの?』
「どうだろ。でもなー、ここがおたくらの最高の居場所になるようにするには必要なワケ」
『居場所? ここ僕らの家になるの?』
「そ。家っていったらほしいもんがあるじゃん? 寝るとことか、遊ぶとことか、色々。そういう自分のほしいもん、全部言うんだ。そしたらきっと一番いいところになる」
『ほんと!? 聞いて、聞いて!』
精霊たちがジェスターの顔の周りを飛び回る。無数の光が彼の目をチカチカと刺激した。
「おー、協力ありがとなー。でもおたくらちょっと落ち着け! この辺りを確認しながら聞くからなー」
ジェスターは苦笑いを浮かべつつ手を振り、精霊たちを連れて敷地の調査という名の散歩にくり出すのだった。
エステルと澪は日当たりのよい草地に向かうと精霊たちの熱烈な歓迎を受けた。
『ハンターのお姉さん、いい匂い!』
エステルが持つバスケットに精霊たちが顔を寄せてくる。すると遠くからよく響く低い声が聞こえてきた。
『お前たち、ハンターらはここに仕事で来ているのだぞ。邪魔をするな』
すると賑やかな精霊たちが次月と口元に人差し指をあててた。
澪が声のした方を見ると砂色の巨人がゆっくりと近づいてくる。
「……砂の精霊?」
澪がぽつりと呟いた。巨人が頷く。
『そうだ。我はグラン・ヴェル。旧い名だ、グランと呼べばいい』
澪は自分の名を告げるとぺこ、と小さく頭を下げた。
「はじめまして、グランさま。エステルと申します」
恐ろしげな姿の精霊の意外なほど温和な声にエステルは安心したようだ。皆にバスケットの中身を見せる。
「これはお菓子です。精霊さんとたくさんお話をしたくて、それならお茶会がいいかなって。皆さんと楽しい時間を過ごせたら嬉しいです」
『お菓子?』
精霊たちは菓子に馴染みがないのか不思議そうにエステルを見た。
そんな中、澪は精霊の群れに見知った顔がないか探したが見つからない。彼女は目の前の精霊に尋ねた。
「グラン。フィーを知らない?」
『む、花の精霊か。それなら……おい、そろそろ姿を見せたらどうだ。命の恩人なのだろう?』
グランが首を真後ろにぐるりと回す。すると彼の後ろから黒い子犬の顔がひょっこり出てきた。
「……コノ前ハアリガト」
恥らうように少し俯く彼女の名は花の精霊フィー・フローレ。臆病な彼女は恩人に会いたいと願いながらも、なかなか顔を出すタイミングを見つけられなかったらしい。小さい体をさらに小さくすくめている。
「フィーさま、またお会いできて嬉しいです。お茶会の準備をしますから、少しだけお待ちくださいね」
エステルは彼女の無事に安堵すると、早速茶会の支度を始めた。
澪はフィーの表情が気になり声をかける。
「こんにちは。……久しぶり」
「ウン」
フィーはグランから離れ、澪の傍に恐る恐る近寄った。
(そういえばあの子も最初はこんな感じだった。ううん、初対面なのに「鬼は嫌い」なんて言われたりしたっけ)
澪はここにいない親友との過去を思い出し、ほんの少し懐かしく思う。
フィーがぎこちなく笑った。
「皆、元気ソウデ嬉シイ」
「ありがと。ほんとはあの子も来られたら良かったけど、ちょっとお出かけしてて」
「会エタラオ礼言イタカッタナ。守ッテクレテアリガトッテ」
「ん、あの子に伝えとく。……あと、少し時間ある? お話ししたいの」
澪はフィーを人気のない木の陰に連れてきた。その腕には軍人から借りたスケッチブックと色鉛筆が抱えられている。
「ここでお話ししよ」
「ウン」
フィーが大人しく木の根に腰を下ろした。澪はその隣に座り、スケッチブックに小さな丘を描く。
「ソレ、私ノ?」
「そう。フィーがなんか元気ないから。何かあったのかなって」
「……澪ニハワカルノネ」
フィーがため息をついた。
「皆ニ助ケテモラッタケド、此処ハナンダカ窮屈デ。時々元気ナフリモシタケド……」
フィーが澪に話した悩みは切実なものだったが、澪にはその状況を与えた人間の気持ちがわかる気がした。
「その人間も悪気があったんじゃない……と、思う。精霊のこと、まだよく知らないのかも。知らないなりに、自分のできる範囲で皆の住みやすい場所を作ろうとしていたんだと思う」
「エ?」
「多くの人間は清潔で安全な場所が好き。だからコロッセオを綺麗にすれば喜ばれると考えたのかもしれない」
「……」
「誰かを知るのって難しい。わからないことって、自分の常識だけで推し量ってしまいがち。だからうまくいかないこともあるよ。でも……その人間が何かをしようと頑張ったことは認めたい」
澪は親友と出会ったころの自分とアダムのことを無意識に重ねていることに気づき、僅かに頬を染めた。
「ソッカ。人間ハマダ、精霊ノコトを知ラナインダ。ウウン、私ダッテ人間ノコト、ワカッテナカッタ。人間ノコト、全部嫌イダッテ知ロウトシナクテ……」
澪は絵を描く手を止めるとフィーの告白を静かに見守った。
アダムの用意したテーブルに並んだのはリアリュールが持参した紅茶とナッツと、エステルが持参したたくさんのお菓子。澪とフィーが戻り、軍人を除いた全員が集まったことが確認されると小さなお茶会がスタートした。
まずは獣の精霊たちが目を輝かせて菓子に齧りついた。物を食べるという概念を持たない精霊たちも紅茶の香りに興味津々。
エステルは灯火の精霊に声をかけた。彼女は火の精霊がどう過ごしているか案じていたのだ。すると彼らは普段コロッセオの調理場や暖炉やランタンの中といった場所で過ごし、中には処分が決定した書類の山相手に大活躍した猛者もいるとか。エステルはその返事に安心し、何度も頷いた。
リアリュールもまた澪と同様にフィーのことを案じていた。茶会のさなか、早々にフィーのもとへ近寄ると「こちらではいかがお過ごしですか?」と心配そうに問う。
しかし先ほどの澪との対話のおかげか、フィーはリアリュールに明るく微笑んだ。
「心配シテクレテアリガトウ、皆ガ守ッテクレタカラ、私ハ元気ダヨ」と。
ジェスターは先ほどの散策で知り合った精霊たちと冗談をかわしながら、なおも彼らの要望を尋ねては記録していった。
――そして、宴もたけなわ。あっという間に菓子が底をつき、温かい紅茶を飲む静かな時間が訪れる。
リアリュールは精霊たちが落ち着いた頃合をみて、大きな紙をテーブルに広げた。
「拙いものだけど見てくれると嬉しいわ」
リアリュールは敷地を歩き回って丁寧にマッピングを行っていたのだ。地図には彼女が出会った精霊たちの要望も細やかに記録されている。
ジェスターは先ほど精霊たちとともに敷地内を歩いて気づいた点や精霊たちの要望をまとめた紙を地図の横に並べた。
「俺はヒトの入っていい地域と、そうではない区域を分けるべきだと思う。精霊が安心して寛げるとこがないと駄目じゃん? 結構シャレになんない問題だぜ」
彼の提案に多くの精霊が頷いた。
「コロッセオ側は人が入れる交流スペース。奥は精霊だけの空間。区域の分け方は小川だと魚を放したりしできるし自然でいいと思うけど、無理なら植生。棘のある植物を混ぜて壁代わりにすれば、無闇にヒトが入らないようにできるんじゃねーかな。で、交流スペースには子供やお年寄りが安心して遊べる場所を作るんだ。小山の滑り台とか、砂場とか、花畑とか。果樹を植えてもいいな。下草をたっぷり植えときゃ、例え落ちても怪我は軽く済むだろ」
現実的な案を次々と出していくジェスター。その気配りにリアリュールは嬉しそうに頷いた。
「私も精霊様たちからお話を伺って思ったの。川がほしいって。木々の間を半分草が覆うような小川が蛇行して、所々大きさの違う石が小さな滝を作って、木漏れ日がきらきらと……縁に草花をたくさん植えてね。精霊様が隠れられるように、土を高く盛って丘を作って、洞窟を作っても面白いかも。駆け回れる原っぱもあれば色々活用できるでしょうね」
エステルは地図の丁度公園の出入り口になる部分を指でさした。
「管理小屋を公園の出入り口に配置するのはどうかしら。竈があれば火を使いますから、火の精霊さんもこちらで休めると思うの。それに管理人さんがいれば、いつかここが一般に開放された時に説明できると思うんです」
エステルがちら、と視線をおくるその先にはアダムがいた。
そこでグランが大きな背を丸め、地図を覗き込む。
『土壌の改善や地形の調整などは我々でもできそうだな。だがここは小さな水路しかない。小川を成すほどの水はどうやって調達する』
するとエステルが器用にメモ紙で風車を作り、息を吹きかける。風車がテーブルの上で軽快に回った。
「……私は風車で地下水を汲み上げて水量を保てればと考えています。風の精霊さんに遊んでいただければ綺麗な水の循環に繋がるのではと。帝国はかつて魔導の力の多用で公害を発生しました。それなら今度は人間と精霊が一緒に回す環境を一部でも作れたらどうかなって」
『精霊と人間が共存する道を試す、ということか。皆、どう思う』
エステルの案とグランの問いに精霊たちが顔を見合わせた。中には渋い顔の精霊もいる。
しかし。
「私ハ、賛成」
人間嫌いで有名なフィーが手を挙げた。一部の精霊が彼女に批判的な声をあげるが、その意思は変わらない。
「昔ノ帝国ノ人間ト今ノ人間ハ違ウ。皆ヲ助ケテクレタハンターハ人間、此処ヲ開放シタノモ人間。イツカワカリアエルト思ウ。力ヲ合ワセルコトデ、オ互イニ敵ジャナイ、怖クナインダッテ……」
フィーの声は最後は消え入るようだったが、精霊たちには感じるものがあったらしい。
『まぁ、試しにやるのもいいか。人間に何もかもやってもらうなんて癪だしな!』
憎まれ口をたたく精霊たち。しかしその顔には大きな活力が漲っていた。
茶会終了後、ジェスターとエステルは精霊たちを引きつれて敷地を歩き、地面に棒で線を引いていった。
「ここまでがヒトとの交流スペース。あっちは精霊の……って感じ。あとさ、精霊の庭の奥に泉とか作るのはどうよ。大切な人にだけ見せる『ぷらいべーと』な場所ってやつだ」
ジェスターが奥に向かい、棒で大きく円を描く。水の精霊たちが嬉しそうに声をあげた。
エステルは交流スペースに線でたくさんの四角や丸を描いていく。まるで幼い頃に興じたままごとのような光景だ。
「ここにはお花畑、ここにはハーブ園なんてどうかしら。小川にはこう、可愛らしい橋をおいて」
『あ、それならここにエステルの言ってた風車を立ててよ。風が吹けばこのあたりにハーブのいい香りがするようにさ』
「ああ、素敵ですね! ぜひアダムさんに相談しましょう」
エステルは精霊の発案に笑顔で応じた。
リアリュールはアダムへ要望入りの地図を渡した後、早々に精霊たちと作業に着手していた。
火の精霊は作業で出た廃材を手早く処分し、土の精霊は新しい土を運ぶと次々と旧い土と入れ替えていく。風の精霊は草花の種を蒔きながら空を駆け、水の精霊は土を優しく湿らせた。
「人間なら時間のかかる作業を僅かな時間で……私も頑張らなくちゃ」
そこで持ち前の器用さを活かし、リアリュールは公園の看板を作る。精霊達が自分たちのための場所だと思ってもらえるようにと。
看板に花や精霊をモチーフにした飾りをつけると、たちまち作業中の精霊達が寄ってくる。
『それ、どうやって作ったの?』
『おもしろーい、本物そっくり!』
彼女は精霊たちに「それではよくご覧くださいね」と微笑み、快く精霊たちに細工づくりの腕を披露するのだった。
そして澪とフィーはというと、軍人たちが作業する水路に足を運んでいた。
「きっと大丈夫、頑張って」
澪が優しく声をかけると、フィーは作業中のアダムに向かい勇気を振り絞って口を開いた。
「アノネ、アダム。私、オ花ガ大好キナノ。花畑ヲ造リタイカラ秋蒔キノオ花ノ種、探シタインダケド……」
アダムがフィーの初めての「対話」に泥だらけの顔をくしゃくしゃにして喜んだのは言うまでもない。
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新しい精霊の棲家のご相談 エステル・クレティエ(ka3783) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/10/26 21:30:46 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/10/25 01:45:01 |