ゲスト
(ka0000)
黒銀の花婿
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/11/25 09:00
- 完成日
- 2014/12/01 10:31
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
予定時間近くになっても司祭はなかなか現れなかった。
重々しい石造りの礼拝堂には窓が少なく、おまけに曇天で、午前中だというのにいやに暗い。
祭壇前で待ちぼうけを食らわされた新郎のカミルは気が気でない。飛んできた使いの小僧に、
「師は急な腹痛で厠に籠っておられますが、もうじきこちらへいらっしゃるそうです」
と教えられると多少心配も晴れたが、爪を噛むいつもの癖は止められない。
後で花嫁と指輪を交換するとき、短くぎざぎざになった親指の爪を咎められそうだ。
でもしょうがないじゃないか。緊張してるんだ。
爪なんかどうでも良いさ、だって結婚式だぜ? 一生に一度のことだ。爪なんて。
それにしてもゼルマめ、昨日は女友達の家に泊まるとか言って、どんだけ飲み食いしてきたんだろう。
遅刻しやしないだろうな? まさかドレスが入らなくなっちまったりしてないか?
式の後の宴会はお酌ばっかりで、自分が食べてる暇がないから、って言って。
あんたも食べて肉つけときなさいよ、痩せっぽちの新郎は見栄えしないわよ、なんて。
礼拝堂のベンチに居並ぶ、30名ほどの参列者へ目をやる。
最前列ではカミルの父親が、むっつりとして腕を組んでいる。
母も手にハンカチを握りしめ、そわそわしている。
カミルは不意にこちらへ向く父の視線をかわし、
傍らの祭壇に掲げられた、聖光をかたどる大きなエクラ十字を見上げた。
祭壇の後ろにあるステンドグラスは、ここからだと十字に隠れて何の柄かも分からない。
何の柄だったかな? 人物画じゃなかったよな、この聖光と同じ模様だったっけか……。
頼むよゼルマ、ただでさえ歳の離れた姉さん女房ってんで、親父もお袋も変に心配してんだから。
無事結婚式をやりおおせて、周りを安心させてやらなきゃ。
●
新婦のゼルマはふくよかな身体をどうにかドレスへ押し込むと、
裾を両手で摘み、慌ただしく教会の庭の渡り廊下を駆けていった。
こんな姿、両親が生きていたら何と思うだろう。あるいは彼らがここにいなくて良かったのかも知れない。
それでも、介添え人が赤の他人なのは少し寂しかった。
両親を相次いで亡くし、兵隊に行った恋人も帰らず、そうしてひときりで暮らしてきたゼルマを、
これまでも何かと助けてくれた大恩ある老村長が介添え人ではあるのだが……。
ゼルマは走りながら、ひとりでにかぶりを振る。
いや、これからはひとりじゃない。カミルがいる。
線の細い、一見頼りなさげな青年だが、本当は芯の強い男だと信じていた。
何より、彼女を心の底から愛してくれている。
フォルカーよりも? ――ああ駄目だ、よりによってこんな日にあいつを思い出すなんて。
必ず帰るよと言っておきながら、便りのひとつもなく、そのまま行方知れずになった昔の恋人のことなんて。
そう、あいつなんかより、カミルのほうがずっと真っ当な男なんだ。
今日この場で昔の男なんか金輪際忘れて、私は幸せになるんだ。
村長は表で待っている、と言っていたが、ゼルマが着いたときには礼拝堂の周りに誰もなかった。
晩秋の冷たい外気を防ぐ為か、正面の大扉は閉ざされている。参列者は皆、中で待っているのだろう。
遅刻してしまったろうか? でも、まだそんなにひどい遅刻じゃない筈。
ひとりで入っていったら変な顔をされそうだから、扉の前でもう少し村長を待とう。
●
すると突然、ぼろぼろの外套を羽織った男が、建物の角を曲がって現れた。
身長からして、そしてあまりにも汚くみすぼらしい服装からして、彼は村長ではあり得ない。
参列者でもない。結婚式にこんな恰好で駆けつける奴がいるものか。
すり切れた黒い三角帽(トリコルヌ)をかぶり、軍用コートらしき外套は継ぎはぎだらけ。
男は無言でゼルマへ近づくと、その腕を取った。
「何すんのよ!?」
男の手を振りほどこうとするゼルマ。だが、自分の腕を掴んだ男の左手に思わず息を呑む。
左手の薬指に、黒ずんだ銀の指輪。忘れもしない、自分を故郷に置き去りにしたかつての恋人。
「……フォルカー、あんたなの」
尋ねるまでもなく、男が顔をぐっとゼルマに近づけて、その身元を明らかにする。
だいぶくたびれ、汚れてはいるが、彼はフォルカーその人に間違いなかった。
「10年振りだな、ゼルマ」
懐かしい声。だが、ゼルマは男から目を逸らす。
「離してくれる? 見ての通り私は今日結婚式だし、そこへ急にあんたを招くこともできないのよ、分かる?」
「ああ分かってる。急な話で本当に済まないが――」
フォルカーが素早く体術を使って、ゼルマの両腕を無理やり後ろ手に組ませた。
悲鳴を上げる彼女の後頭部に、冷たい金属の先端――銃口が押し当てられる。
「あんた一体、何考えてるの!?」
「ひどいなりで悪いな。けど、コートの下は一応正装してるんだぜ?
さっき、そこで爺さんと会ってな。借りた。サイズが合わなくてちょっと窮屈だけど」
「村長さんに何したの!?」
「殺しちゃいないよ。めでたい席だからな、できれば血は見たくない」
●
悲鳴に気づいた参列者のひとり、中年の農夫が、内側から大扉を開けた。
すかさず、フォルカーがゼルマをそちらへ突き飛ばす。
農夫が思わずゼルマを受け止めると、フォルカーは2丁の拳銃をそれぞれの手に握り、
「皆々様、どうかそのまま席にお着きでいらして下さい! 新郎新婦の入場です! ……あんた」
フォルカーが、ゼルマを抱き留めた農夫へ首を振る。
「介添え人を頼むよ。花嫁を歩かせてやってくれ」
参列者たちは、フォルカーが新婦と農夫に拳銃を突きつけて前を歩かせるのを、ただ黙って見守るしかなかった。
祭壇で待っていたカミルも、思いもよらぬ事態に成す術もなく立ちすくんでいる。
「司祭はどうした!?」
フォルカーが怒鳴る。カミルはごくり、と唾を飲み込み、ゼルマと農夫の頭越しに彼へ答えた。
「司祭さまは急用で出かけていて、遅れるそうだ。ここにはいない」
カミルはできる限り心を落ち着け、声を静めた。
視界の端では、司祭の執務室へ続くドアの僅かに開いた隙間から、小僧が覗いている。
そちらへはっきりと目が向いてしまわぬよう、フォルカーとゼルマを交互に見つめた。
真っ白になったゼルマの顔を見ると、カミルは胃がきゅっと縮むような心地がした。
何者か知らないが、やっつけてやる――拳銃相手に? 俺の腕っぷしじゃ、ただ死ぬだけだ。
それに乱射でもされたら、ゼルマや家族、参列者に当たるかも知れない。
そして相手は、そういう無茶をしそうな手合いだ。完全に目つきがおかしい。狂人のそれだ。
祭壇の前まで来ると、フォルカーが農夫を押し退け、ゼルマの肩を抱いた。
「良くもまぁ、俺たちの為にこんなに人を集めてくれたな。ご苦労だった」
フォルカーが笑う。カミルは下ろした拳を握りしめ、ぐっと怒りや恐怖を抑え込んだ。
予定時間近くになっても司祭はなかなか現れなかった。
重々しい石造りの礼拝堂には窓が少なく、おまけに曇天で、午前中だというのにいやに暗い。
祭壇前で待ちぼうけを食らわされた新郎のカミルは気が気でない。飛んできた使いの小僧に、
「師は急な腹痛で厠に籠っておられますが、もうじきこちらへいらっしゃるそうです」
と教えられると多少心配も晴れたが、爪を噛むいつもの癖は止められない。
後で花嫁と指輪を交換するとき、短くぎざぎざになった親指の爪を咎められそうだ。
でもしょうがないじゃないか。緊張してるんだ。
爪なんかどうでも良いさ、だって結婚式だぜ? 一生に一度のことだ。爪なんて。
それにしてもゼルマめ、昨日は女友達の家に泊まるとか言って、どんだけ飲み食いしてきたんだろう。
遅刻しやしないだろうな? まさかドレスが入らなくなっちまったりしてないか?
式の後の宴会はお酌ばっかりで、自分が食べてる暇がないから、って言って。
あんたも食べて肉つけときなさいよ、痩せっぽちの新郎は見栄えしないわよ、なんて。
礼拝堂のベンチに居並ぶ、30名ほどの参列者へ目をやる。
最前列ではカミルの父親が、むっつりとして腕を組んでいる。
母も手にハンカチを握りしめ、そわそわしている。
カミルは不意にこちらへ向く父の視線をかわし、
傍らの祭壇に掲げられた、聖光をかたどる大きなエクラ十字を見上げた。
祭壇の後ろにあるステンドグラスは、ここからだと十字に隠れて何の柄かも分からない。
何の柄だったかな? 人物画じゃなかったよな、この聖光と同じ模様だったっけか……。
頼むよゼルマ、ただでさえ歳の離れた姉さん女房ってんで、親父もお袋も変に心配してんだから。
無事結婚式をやりおおせて、周りを安心させてやらなきゃ。
●
新婦のゼルマはふくよかな身体をどうにかドレスへ押し込むと、
裾を両手で摘み、慌ただしく教会の庭の渡り廊下を駆けていった。
こんな姿、両親が生きていたら何と思うだろう。あるいは彼らがここにいなくて良かったのかも知れない。
それでも、介添え人が赤の他人なのは少し寂しかった。
両親を相次いで亡くし、兵隊に行った恋人も帰らず、そうしてひときりで暮らしてきたゼルマを、
これまでも何かと助けてくれた大恩ある老村長が介添え人ではあるのだが……。
ゼルマは走りながら、ひとりでにかぶりを振る。
いや、これからはひとりじゃない。カミルがいる。
線の細い、一見頼りなさげな青年だが、本当は芯の強い男だと信じていた。
何より、彼女を心の底から愛してくれている。
フォルカーよりも? ――ああ駄目だ、よりによってこんな日にあいつを思い出すなんて。
必ず帰るよと言っておきながら、便りのひとつもなく、そのまま行方知れずになった昔の恋人のことなんて。
そう、あいつなんかより、カミルのほうがずっと真っ当な男なんだ。
今日この場で昔の男なんか金輪際忘れて、私は幸せになるんだ。
村長は表で待っている、と言っていたが、ゼルマが着いたときには礼拝堂の周りに誰もなかった。
晩秋の冷たい外気を防ぐ為か、正面の大扉は閉ざされている。参列者は皆、中で待っているのだろう。
遅刻してしまったろうか? でも、まだそんなにひどい遅刻じゃない筈。
ひとりで入っていったら変な顔をされそうだから、扉の前でもう少し村長を待とう。
●
すると突然、ぼろぼろの外套を羽織った男が、建物の角を曲がって現れた。
身長からして、そしてあまりにも汚くみすぼらしい服装からして、彼は村長ではあり得ない。
参列者でもない。結婚式にこんな恰好で駆けつける奴がいるものか。
すり切れた黒い三角帽(トリコルヌ)をかぶり、軍用コートらしき外套は継ぎはぎだらけ。
男は無言でゼルマへ近づくと、その腕を取った。
「何すんのよ!?」
男の手を振りほどこうとするゼルマ。だが、自分の腕を掴んだ男の左手に思わず息を呑む。
左手の薬指に、黒ずんだ銀の指輪。忘れもしない、自分を故郷に置き去りにしたかつての恋人。
「……フォルカー、あんたなの」
尋ねるまでもなく、男が顔をぐっとゼルマに近づけて、その身元を明らかにする。
だいぶくたびれ、汚れてはいるが、彼はフォルカーその人に間違いなかった。
「10年振りだな、ゼルマ」
懐かしい声。だが、ゼルマは男から目を逸らす。
「離してくれる? 見ての通り私は今日結婚式だし、そこへ急にあんたを招くこともできないのよ、分かる?」
「ああ分かってる。急な話で本当に済まないが――」
フォルカーが素早く体術を使って、ゼルマの両腕を無理やり後ろ手に組ませた。
悲鳴を上げる彼女の後頭部に、冷たい金属の先端――銃口が押し当てられる。
「あんた一体、何考えてるの!?」
「ひどいなりで悪いな。けど、コートの下は一応正装してるんだぜ?
さっき、そこで爺さんと会ってな。借りた。サイズが合わなくてちょっと窮屈だけど」
「村長さんに何したの!?」
「殺しちゃいないよ。めでたい席だからな、できれば血は見たくない」
●
悲鳴に気づいた参列者のひとり、中年の農夫が、内側から大扉を開けた。
すかさず、フォルカーがゼルマをそちらへ突き飛ばす。
農夫が思わずゼルマを受け止めると、フォルカーは2丁の拳銃をそれぞれの手に握り、
「皆々様、どうかそのまま席にお着きでいらして下さい! 新郎新婦の入場です! ……あんた」
フォルカーが、ゼルマを抱き留めた農夫へ首を振る。
「介添え人を頼むよ。花嫁を歩かせてやってくれ」
参列者たちは、フォルカーが新婦と農夫に拳銃を突きつけて前を歩かせるのを、ただ黙って見守るしかなかった。
祭壇で待っていたカミルも、思いもよらぬ事態に成す術もなく立ちすくんでいる。
「司祭はどうした!?」
フォルカーが怒鳴る。カミルはごくり、と唾を飲み込み、ゼルマと農夫の頭越しに彼へ答えた。
「司祭さまは急用で出かけていて、遅れるそうだ。ここにはいない」
カミルはできる限り心を落ち着け、声を静めた。
視界の端では、司祭の執務室へ続くドアの僅かに開いた隙間から、小僧が覗いている。
そちらへはっきりと目が向いてしまわぬよう、フォルカーとゼルマを交互に見つめた。
真っ白になったゼルマの顔を見ると、カミルは胃がきゅっと縮むような心地がした。
何者か知らないが、やっつけてやる――拳銃相手に? 俺の腕っぷしじゃ、ただ死ぬだけだ。
それに乱射でもされたら、ゼルマや家族、参列者に当たるかも知れない。
そして相手は、そういう無茶をしそうな手合いだ。完全に目つきがおかしい。狂人のそれだ。
祭壇の前まで来ると、フォルカーが農夫を押し退け、ゼルマの肩を抱いた。
「良くもまぁ、俺たちの為にこんなに人を集めてくれたな。ご苦労だった」
フォルカーが笑う。カミルは下ろした拳を握りしめ、ぐっと怒りや恐怖を抑え込んだ。
リプレイ本文
●
「真田 天斗(ka0014)と申します。貴方と話がしたい」
正面大扉を僅かに開いた隙間から、天斗が呼びかける。
薄暗い礼拝堂の奥、祭壇の前には、年配の男女が硬い面持ちで立ちつくしている。
男女の左手に青年、右手に白いドレスの女性。彼らが新郎新婦なのだろう。
肝心の犯人・フォルカーは男女の間から顔を覗かせるだけで、手にしている筈の銃は天斗から見えなかった。
「さっきも言ったが――」
静まり返った礼拝堂に、フォルカーの大声が響く。
「それ以上その扉を開いたら、ここにいる4人は死ぬ」
「人で盾を作るなんて……」
扉の前、向かい合わせで腰をかがめたエリー・ローウェル(ka2576)が顔をしかめるも、天斗は至極冷静に、
「仕方ありません、その為の人質なのですから。ですが」
ここからどうやって相手に『盾』を外させるか。天斗が呼びかける。
「教会つきの司祭様は急病でおられません。代わりにお話を聞きしましょう。
要求は、この場での挙式と馬車の用意……そうでしたね?」
予め用意しておいた馬車は、礼拝堂から見えない位置に待機させてある。
車内ではCharlotte・V・K(ka0468)とミオレスカ(ka3496)が、緊急事態に備えて武装していた。
「犯人含め、怪我人を出さずに済めば良いのですが……」
ミオレスカの呟きに、魔導銃を磨いていたCharlotteが応える。
「奴が兵隊暮らしでどの程度痛めつけられてきたか、それによるな。交渉に応じる理性の持ち主かどうか。
戦場で死ぬ思いをし、病気除隊でやっと故郷に帰ってきたらこのザマ、というのであれば同情はするが。
生きて罪を償う余地がありそうなら、そのときはハンターにでも誘ってみるかな」
ミオレスカが顔を上げると、Charlotteはにやりと笑い、
「軍隊ほどお硬くない。成功すれば金と名声と、美女を思いのままにできる。長年の恋煩いも醒めるさ」
フォルカーが怒鳴った。
「あんた名前からして転移者だろ!? ハンターか。俺を殺して片つけようって腹か? 冗談じゃないね――」
「それは! 貴方の出方次第だ、我々は殺し屋ではない。
あくまで、そこにいる皆さんの身の安全が気がかりなのです。
周囲に危険の及ばない限り、貴方を害する理由もない」
応答なし。天斗は注意深く相手の挙動に目を凝らした。
しばしの沈黙の後、フォルカーがようやく答える。
「で、あんたら一体どうするつもりなんだ?」
天斗は最善手を打つべく、犯人の行動原理を分析する。
犯行は感情的かつ短絡的。その分、感情の動きに合わせてアプローチしてやれば状況をコントロールできる。
要求の内容からも、芝居がかった真似を好むと見える。まずは彼の妄想に乗ってやろう。
「望み通り、結婚式をこの場で執り行いましょう! 馬車も引き渡す」
「へぇ。俺は花嫁を攫っていくことになるけど、それも見逃してくれるのかい?」
考えろ。何もかも言いなりになるのは嘘臭い。花嫁自身やその他の人質も動揺させてしまう。
犯人をひとまず納得させ、かつ人質に過剰な不安を抱かせない返答は――
「貴方が花嫁の身の安全を保証してくれるのであれば、あるいは」
「ゼルマさんを愛してるんでしょう!?」
エリーが出し抜けに言い放つ。天斗は彼女を制止しようとするが、
「愛して、結婚までした人を、後になって捨てたり傷つけたりはしないでしょう?」
咄嗟に判断を変え、エリーにその場を任せることにした。
犯人にとっても、作戦上においても新郎新婦の存在は大きい。上手く使えば、事態は大きく動く。
「貴方がゼルマさんを大切に扱ってくれると言うのであれば、私たちはそれを信じます!」
これは言い過ぎだろうか? 一瞬の間を置いてフォルカーが爆笑し、天斗は思わず腰を浮かせる。
「……はは、良いだろう! 約束する、当然のことだ! 婚姻が済めば彼女には悪いようにしない。
そっちはどうかな、本当に俺の言うことを信じてくれるのかな?」
●
「馬車を見せろ。前庭につけて、扉をゆっくり開けるんだ。馬と車以外の物が見えたら、誰か殺す」
天斗は要求通りに馬車を寄越させ、エリーとふたりで扉を開く。
礼拝堂に光が差し込むが、扉の後ろに隠れた天斗とエリーからは中の様子はうかがえない。
「御者は……ここにいる中で誰か、見つくろうとしよう。次は司祭だ。本当にいるんだろうな?」
「それについてなのですが」
天斗が言う。司祭は高齢で身体の弱っている為、世話人を同行させたい。
また、式の厳粛な進行の為にも、騒ぎ出しそうな子供や、疲労で倒れかねない女性や老人は解放して欲しい、と。
「司祭と世話役を入れる代わり、女子供と年寄りを出せ、と。そういうことだな?」
フォルカーはしばし勘案した後、盾にしていた新郎の母親は残す、という条件で提案を呑んだ。
「安心してください。必ずみんな無事で、式を挙げられますから」
解放された人質を、ミオレスカが声をかけつつ安全な場所へ誘導していくと、
「さて、ようやく我々の出番ということだね」
司祭と衣装を交換したジェールトヴァ(ka3098)が、
こちらも従者に扮したリリティア・オルベール(ka3054)を伴って現れる。
「私はいざというとき、犯人の周囲の方々を守れるよう動くつもりです。きっかけは、お任せしても」
「ああ、仕掛けるタイミングはこちらで図ろう」
仲間たちの準備完了を確認した天斗が、
「司祭様がお着きになりました!」
「入れろ!」
「最後にもうひとつお願いが。私も参列させて頂いて宜しいでしょうか?
ことここに至って今更貴方を疑う訳ではないが、司祭様の身柄についても私が責任を負っていますので……」
「……良いよ、3人だな。あんたは一番最後に入って扉を閉めるんだ」
言われた通りにした。
わざと腰を屈め、杖をついて歩くジェールトヴァにリリティアが手を添える。腰痛持ちの司祭を演出する為。
最後に天斗が入り、後ろ手に扉を閉める。
「悪いが、あんたは端のほうに立っててくれるかい――ようこそ、司祭さん」
鷹揚な身振りで出迎えるフォルカー。しかしジェールトヴァが祭壇に近づくと、
「あんたエルフじゃないか」
表情を曇らせるフォルカーを見返し、ジェールトヴァが咳払いした。
「近くで手の空いている司祭が私くらいだったのでね。
仰る通り亜人の身なれど、エクラの聖光の下では万人平等。そう思って我慢しては頂けまいか」
「……ま、俺も軍にいたときは、エルフの戦友がいないでもなかった。
失礼した。改めて、貴方に式の執行をお願いする」
「ありがとう」
フォルカーが盾にしていた新郎の両親を席に戻らせ、ジェールトヴァとリリティアへ道を空ける。
祭壇に祭具を並べ始めたジェールトヴァの右後ろ、新婦の傍らにリリティアが立った。
犯人は銃を持って両腕を大きく広げ、向かいに立つ新婦と背後の新郎をぞんざいに狙っている。
事件発生からどれくらいになるだろうか? 2丁拳銃を構え続けて、犯人も疲れている筈だ。
しかしフォルカーはリリティアと新婦を見て、薄汚れた顔に笑みなど浮かべてみせる。
リリティアは相手との間合いを目で測った。僅かに遠い――荒事になったら、まずは新婦を庇うべきだろう。
犯人の視線が偽司祭の背中へ移った隙に、リリティアはそれとなく手を腰の後ろで組む。
ジェールトヴァは支度を終えて向き直り、新郎新婦の表情をちらとうかがった。
どちらも血の気のない、半分死にかかったような顔をしている。無理もない。
ふと、新郎と目が合った――フォルカーにそれと見えぬよう、一瞬の笑みを見せる。
そしてすぐしかめっ面を作り、
「各々がた、準備は宜しいか」
「問題ないよ。指輪もちゃんと用意してある」
「では早速」
●
「こうしてじっと待つしかないと、辛いですね」
閉じられた正面扉の外で、エリーが呟く。
Charlotteとミオレスカもいつでも突入できるよう、扉の傍に立っていた。
ふたりが手にした銃を見て、エリーは腹の底に沈むような重たい不安を感じる。
彼女たちがあれを使わざるを得ない事態になれば、少なからず血を見ることになるだろう。
好きだった人に会いに来た挙句が、取り返しもつかないほどに自分や他人を傷つけることになったら。
彼の想いは、一体誰が救ってやれるんだろう?
エリーは壁に背を預けて座り、膝を抱く。
ジェールトヴァは、僅かな時間に習い覚えた限りの手順で、祭儀を執り進めた。
女子供と老人を解放し半数ほどに減った参列者は皆、緊張に身を強張らせて式の進行を見守っている。
司祭役のジェールトヴァを除けば礼拝堂には動く者とてなく、
フォルカーも右手の銃を腰だめに、向かいに立つ新婦へ突きつけたまま微動だにしない。
新郎のカミルがフォルカーの無防備な背後に立つ格好になっているのが、リリティアには気がかりだった。
青白い顔でほとんど表情を押し殺した新郎からは、感情の動きが読み取れない。
冷静さを保とうとしているのであれば良いが、今、彼が無茶をしでかすとゼルマが危ない。
「……では、指輪の交換を」
ジェールトヴァの言葉に、後ろで組んでいたリリティアの手がぴくりと動く。
指輪の交換をするとき、犯人は手にした銃をどこにやるのか?
フォルカーは左手の銃を外套の大きなポケットに突っ込んだ。左手が空いた。
ジェールトヴァが促すと、フォルカーは右手の銃を構えてゼルマに一歩近づく。ゼルマがかすれた声で、
「ホントに指輪なんか、持ってるの」
「あるさ」
フォルカーが銃を持ったままの右手を左手にかけ、薬指の黒銀の指輪を外そうとする。
おもむろに杖を掲げるジェールトヴァ。だが銃は少し狙いをずらしただけで、依然花嫁へ向いたままだ。
これでは仕掛けられない――突然、カミルが吐き捨てるように、
「汚ぇ指輪だ。そんなもん女に贈って恥ずかしくないのかね」
フォルカーの動きが止まる。ゼルマが、リリティアが、参列者一同が目を見開く。
フォルカーは右手を左の手の甲に置いたまま、短く笑い声を上げると肩をすぼめ――
素早い動きで、左脇に右手を差し入れる。
鳴り響く銃声。ミオレスカが礼拝堂の扉を開き、Charlotteとエリーが続く。
●
弾は逸れた。銃がカミルへ向く寸前、ジェールトヴァの杖がフォルカーを打ちすえていた。
リリティアが、悲鳴を上げるゼルマに半ば体当たりを仕掛けるようにして、身廊を駆けてきた天斗へ押しやる。
フォルカーと揉み合いになったジェールトヴァが、腿を撃たれて祭壇へ倒れかかった。
「出て、左右に逃げて! 扉や窓から見えないところに!」
ミオレスカが叫ぶと、既に立ち上がっていた参列者たちが扉へ殺到する。
「フォルカーさん、もう止めて!」
参列者たちを掻き分けて、エリーが祭壇を目指す。
天斗に促されたゼルマと、いつの間にか婚約者の隣についていたカミルが、入れ替わりに出口へ駆けていく。
「武器を捨ててッ!」
祭壇の裏に逃げ込むフォルカーへ、リリティアが隠し持っていたナイフを抜いて躍りかかる。
突き出された右手を咄嗟に斬りつけ、指ごと銃を落とさせた。
更に回り込んだ天斗のパンチが、肩口を殴りつける。
「貴方に勝ち目はない、もう……!」
フォルカーは後ずさりすると、残り1丁を左手でポケットから抜いて撃った。被弾し前のめりに倒れる天斗。
代わってリリティアが追うも一歩間に合わず、相手はそのまま祭壇裏手のドアへ到達する。
「降参して下さい!」
そう言って自動拳銃を構えたミオレスカの射撃が、左腕をかすめるのもお構いなしだった。
Charlotteは逃げていく参列者の盾になるよう、身廊の半ばに立った。
ドアの向こうへ隠れようとする犯人を魔導銃で狙うと、機導術・エレクトリックショックを発動させる。
触媒となった魔導銃の銃口から、犯人の脚まで一瞬の電光が宙を走る。
フォルカーの身体が跳ね上がり、開いたドアの向こう側へ倒れ込む。
すかさずリリティアとエリーが取り押さえにかかるが、
フォルカーは司祭の執務室へ通じる狭く短い廊下に仰向けに倒れたまま、左手で3発を乱射した。
思わず怯むふたりを前に、
「俺の負けだ。ゼルマに謝っといてくれ」
がたがたと震えるフォルカーの手が、銃口を自身のこめかみに当てる。
「止めてッ! ……」
飛び込んだエリーの目は、放たれた最後の1発の閃光に眩んだ。
●
「怪我はないかね」
本来の介添え人だった村長と共に渡り廊下に立ちつくす新郎新婦へ、ジェールトヴァが声をかけた。
礼拝堂前の庭では、他に救い出された参列者たちが互いの無事を確かめ合っている。
「ええ。済みませんでした……僕が余計なことをしたせいで、貴方は」
「大丈夫。司祭としては偽物だったが、これでも聖導士でね。あのくらいの傷は」
ジェールトヴァが撃たれた脚を見せる。
ズボンは血に染まっているが、法術で傷は塞がっているようだ。脚が不自由そうな様子もない。
「しかし、借り物の祭服を汚してしまったね」
「そんなこたええんです。私らから、司祭様に弁償させてもらいますよ」
村長が答える。カミルはうなだれたままのゼルマの肩を抱き、
「申し訳ない。少し、『妻』を」
「ああ、私たちのことなぞは良い。ふたりとも、今はゆっくり休みなさい」
「幸せになって、下さいね」
見送りに来たミオレスカが言うと、カミルは弱々しく微笑み、頭を下げた。
ゼルマを伴い去っていく彼を見送りつつ、ジェールトヴァが、
「彼も、指輪交換の瞬間がチャンスだと前もって気づいていたんだろうね。
結果無茶はしたが、ぎりぎりまでじっと粘ってはいた訳だ。気骨ある男ではあったよ」
「花嫁は辛かろうが、あの旦那ならまぁ、大丈夫かな。
……私たちハンターには、悔いの残る結果となってしまったが」
Charlotteが立ち寄ってそう言うと皆、しばし所在なく曇天を仰いだ。
どうすれば彼の命を救えただろうか。エリーは思いを巡らすが、答えは出ない。
天斗、リリティア、そしてエリーは、フォルカーの遺体に布をかけ、そっと運び出す。
3人ともひどく落ち込んではいたが、後始末をせず帰る気にもなれなかった。
ジェールトヴァの法術で回復した天斗が遺体の足を、
リリティアとエリーが頭の側を持ち上げて慎重に運んでいくと、老司祭が庭の片隅で待っていた。
「ありがとう。祈りの場、婚礼の場で血が流れたのは悲しむべきことでしたが、貴方がたは良くやってくれた。
気に病んではいけませんよ。今はただ、彼の冥福を祈りましょう」
遺体を丁寧に地面へ置くと、3人は司祭と共に手を組み、首を垂れるが、
心中に、相応しい祈りの言葉はなかなか見つからなかった。
閉じた目には、死人の手にあった黒銀の指輪の鈍い煌めきが、ただ焼きついているばかりで――
「真田 天斗(ka0014)と申します。貴方と話がしたい」
正面大扉を僅かに開いた隙間から、天斗が呼びかける。
薄暗い礼拝堂の奥、祭壇の前には、年配の男女が硬い面持ちで立ちつくしている。
男女の左手に青年、右手に白いドレスの女性。彼らが新郎新婦なのだろう。
肝心の犯人・フォルカーは男女の間から顔を覗かせるだけで、手にしている筈の銃は天斗から見えなかった。
「さっきも言ったが――」
静まり返った礼拝堂に、フォルカーの大声が響く。
「それ以上その扉を開いたら、ここにいる4人は死ぬ」
「人で盾を作るなんて……」
扉の前、向かい合わせで腰をかがめたエリー・ローウェル(ka2576)が顔をしかめるも、天斗は至極冷静に、
「仕方ありません、その為の人質なのですから。ですが」
ここからどうやって相手に『盾』を外させるか。天斗が呼びかける。
「教会つきの司祭様は急病でおられません。代わりにお話を聞きしましょう。
要求は、この場での挙式と馬車の用意……そうでしたね?」
予め用意しておいた馬車は、礼拝堂から見えない位置に待機させてある。
車内ではCharlotte・V・K(ka0468)とミオレスカ(ka3496)が、緊急事態に備えて武装していた。
「犯人含め、怪我人を出さずに済めば良いのですが……」
ミオレスカの呟きに、魔導銃を磨いていたCharlotteが応える。
「奴が兵隊暮らしでどの程度痛めつけられてきたか、それによるな。交渉に応じる理性の持ち主かどうか。
戦場で死ぬ思いをし、病気除隊でやっと故郷に帰ってきたらこのザマ、というのであれば同情はするが。
生きて罪を償う余地がありそうなら、そのときはハンターにでも誘ってみるかな」
ミオレスカが顔を上げると、Charlotteはにやりと笑い、
「軍隊ほどお硬くない。成功すれば金と名声と、美女を思いのままにできる。長年の恋煩いも醒めるさ」
フォルカーが怒鳴った。
「あんた名前からして転移者だろ!? ハンターか。俺を殺して片つけようって腹か? 冗談じゃないね――」
「それは! 貴方の出方次第だ、我々は殺し屋ではない。
あくまで、そこにいる皆さんの身の安全が気がかりなのです。
周囲に危険の及ばない限り、貴方を害する理由もない」
応答なし。天斗は注意深く相手の挙動に目を凝らした。
しばしの沈黙の後、フォルカーがようやく答える。
「で、あんたら一体どうするつもりなんだ?」
天斗は最善手を打つべく、犯人の行動原理を分析する。
犯行は感情的かつ短絡的。その分、感情の動きに合わせてアプローチしてやれば状況をコントロールできる。
要求の内容からも、芝居がかった真似を好むと見える。まずは彼の妄想に乗ってやろう。
「望み通り、結婚式をこの場で執り行いましょう! 馬車も引き渡す」
「へぇ。俺は花嫁を攫っていくことになるけど、それも見逃してくれるのかい?」
考えろ。何もかも言いなりになるのは嘘臭い。花嫁自身やその他の人質も動揺させてしまう。
犯人をひとまず納得させ、かつ人質に過剰な不安を抱かせない返答は――
「貴方が花嫁の身の安全を保証してくれるのであれば、あるいは」
「ゼルマさんを愛してるんでしょう!?」
エリーが出し抜けに言い放つ。天斗は彼女を制止しようとするが、
「愛して、結婚までした人を、後になって捨てたり傷つけたりはしないでしょう?」
咄嗟に判断を変え、エリーにその場を任せることにした。
犯人にとっても、作戦上においても新郎新婦の存在は大きい。上手く使えば、事態は大きく動く。
「貴方がゼルマさんを大切に扱ってくれると言うのであれば、私たちはそれを信じます!」
これは言い過ぎだろうか? 一瞬の間を置いてフォルカーが爆笑し、天斗は思わず腰を浮かせる。
「……はは、良いだろう! 約束する、当然のことだ! 婚姻が済めば彼女には悪いようにしない。
そっちはどうかな、本当に俺の言うことを信じてくれるのかな?」
●
「馬車を見せろ。前庭につけて、扉をゆっくり開けるんだ。馬と車以外の物が見えたら、誰か殺す」
天斗は要求通りに馬車を寄越させ、エリーとふたりで扉を開く。
礼拝堂に光が差し込むが、扉の後ろに隠れた天斗とエリーからは中の様子はうかがえない。
「御者は……ここにいる中で誰か、見つくろうとしよう。次は司祭だ。本当にいるんだろうな?」
「それについてなのですが」
天斗が言う。司祭は高齢で身体の弱っている為、世話人を同行させたい。
また、式の厳粛な進行の為にも、騒ぎ出しそうな子供や、疲労で倒れかねない女性や老人は解放して欲しい、と。
「司祭と世話役を入れる代わり、女子供と年寄りを出せ、と。そういうことだな?」
フォルカーはしばし勘案した後、盾にしていた新郎の母親は残す、という条件で提案を呑んだ。
「安心してください。必ずみんな無事で、式を挙げられますから」
解放された人質を、ミオレスカが声をかけつつ安全な場所へ誘導していくと、
「さて、ようやく我々の出番ということだね」
司祭と衣装を交換したジェールトヴァ(ka3098)が、
こちらも従者に扮したリリティア・オルベール(ka3054)を伴って現れる。
「私はいざというとき、犯人の周囲の方々を守れるよう動くつもりです。きっかけは、お任せしても」
「ああ、仕掛けるタイミングはこちらで図ろう」
仲間たちの準備完了を確認した天斗が、
「司祭様がお着きになりました!」
「入れろ!」
「最後にもうひとつお願いが。私も参列させて頂いて宜しいでしょうか?
ことここに至って今更貴方を疑う訳ではないが、司祭様の身柄についても私が責任を負っていますので……」
「……良いよ、3人だな。あんたは一番最後に入って扉を閉めるんだ」
言われた通りにした。
わざと腰を屈め、杖をついて歩くジェールトヴァにリリティアが手を添える。腰痛持ちの司祭を演出する為。
最後に天斗が入り、後ろ手に扉を閉める。
「悪いが、あんたは端のほうに立っててくれるかい――ようこそ、司祭さん」
鷹揚な身振りで出迎えるフォルカー。しかしジェールトヴァが祭壇に近づくと、
「あんたエルフじゃないか」
表情を曇らせるフォルカーを見返し、ジェールトヴァが咳払いした。
「近くで手の空いている司祭が私くらいだったのでね。
仰る通り亜人の身なれど、エクラの聖光の下では万人平等。そう思って我慢しては頂けまいか」
「……ま、俺も軍にいたときは、エルフの戦友がいないでもなかった。
失礼した。改めて、貴方に式の執行をお願いする」
「ありがとう」
フォルカーが盾にしていた新郎の両親を席に戻らせ、ジェールトヴァとリリティアへ道を空ける。
祭壇に祭具を並べ始めたジェールトヴァの右後ろ、新婦の傍らにリリティアが立った。
犯人は銃を持って両腕を大きく広げ、向かいに立つ新婦と背後の新郎をぞんざいに狙っている。
事件発生からどれくらいになるだろうか? 2丁拳銃を構え続けて、犯人も疲れている筈だ。
しかしフォルカーはリリティアと新婦を見て、薄汚れた顔に笑みなど浮かべてみせる。
リリティアは相手との間合いを目で測った。僅かに遠い――荒事になったら、まずは新婦を庇うべきだろう。
犯人の視線が偽司祭の背中へ移った隙に、リリティアはそれとなく手を腰の後ろで組む。
ジェールトヴァは支度を終えて向き直り、新郎新婦の表情をちらとうかがった。
どちらも血の気のない、半分死にかかったような顔をしている。無理もない。
ふと、新郎と目が合った――フォルカーにそれと見えぬよう、一瞬の笑みを見せる。
そしてすぐしかめっ面を作り、
「各々がた、準備は宜しいか」
「問題ないよ。指輪もちゃんと用意してある」
「では早速」
●
「こうしてじっと待つしかないと、辛いですね」
閉じられた正面扉の外で、エリーが呟く。
Charlotteとミオレスカもいつでも突入できるよう、扉の傍に立っていた。
ふたりが手にした銃を見て、エリーは腹の底に沈むような重たい不安を感じる。
彼女たちがあれを使わざるを得ない事態になれば、少なからず血を見ることになるだろう。
好きだった人に会いに来た挙句が、取り返しもつかないほどに自分や他人を傷つけることになったら。
彼の想いは、一体誰が救ってやれるんだろう?
エリーは壁に背を預けて座り、膝を抱く。
ジェールトヴァは、僅かな時間に習い覚えた限りの手順で、祭儀を執り進めた。
女子供と老人を解放し半数ほどに減った参列者は皆、緊張に身を強張らせて式の進行を見守っている。
司祭役のジェールトヴァを除けば礼拝堂には動く者とてなく、
フォルカーも右手の銃を腰だめに、向かいに立つ新婦へ突きつけたまま微動だにしない。
新郎のカミルがフォルカーの無防備な背後に立つ格好になっているのが、リリティアには気がかりだった。
青白い顔でほとんど表情を押し殺した新郎からは、感情の動きが読み取れない。
冷静さを保とうとしているのであれば良いが、今、彼が無茶をしでかすとゼルマが危ない。
「……では、指輪の交換を」
ジェールトヴァの言葉に、後ろで組んでいたリリティアの手がぴくりと動く。
指輪の交換をするとき、犯人は手にした銃をどこにやるのか?
フォルカーは左手の銃を外套の大きなポケットに突っ込んだ。左手が空いた。
ジェールトヴァが促すと、フォルカーは右手の銃を構えてゼルマに一歩近づく。ゼルマがかすれた声で、
「ホントに指輪なんか、持ってるの」
「あるさ」
フォルカーが銃を持ったままの右手を左手にかけ、薬指の黒銀の指輪を外そうとする。
おもむろに杖を掲げるジェールトヴァ。だが銃は少し狙いをずらしただけで、依然花嫁へ向いたままだ。
これでは仕掛けられない――突然、カミルが吐き捨てるように、
「汚ぇ指輪だ。そんなもん女に贈って恥ずかしくないのかね」
フォルカーの動きが止まる。ゼルマが、リリティアが、参列者一同が目を見開く。
フォルカーは右手を左の手の甲に置いたまま、短く笑い声を上げると肩をすぼめ――
素早い動きで、左脇に右手を差し入れる。
鳴り響く銃声。ミオレスカが礼拝堂の扉を開き、Charlotteとエリーが続く。
●
弾は逸れた。銃がカミルへ向く寸前、ジェールトヴァの杖がフォルカーを打ちすえていた。
リリティアが、悲鳴を上げるゼルマに半ば体当たりを仕掛けるようにして、身廊を駆けてきた天斗へ押しやる。
フォルカーと揉み合いになったジェールトヴァが、腿を撃たれて祭壇へ倒れかかった。
「出て、左右に逃げて! 扉や窓から見えないところに!」
ミオレスカが叫ぶと、既に立ち上がっていた参列者たちが扉へ殺到する。
「フォルカーさん、もう止めて!」
参列者たちを掻き分けて、エリーが祭壇を目指す。
天斗に促されたゼルマと、いつの間にか婚約者の隣についていたカミルが、入れ替わりに出口へ駆けていく。
「武器を捨ててッ!」
祭壇の裏に逃げ込むフォルカーへ、リリティアが隠し持っていたナイフを抜いて躍りかかる。
突き出された右手を咄嗟に斬りつけ、指ごと銃を落とさせた。
更に回り込んだ天斗のパンチが、肩口を殴りつける。
「貴方に勝ち目はない、もう……!」
フォルカーは後ずさりすると、残り1丁を左手でポケットから抜いて撃った。被弾し前のめりに倒れる天斗。
代わってリリティアが追うも一歩間に合わず、相手はそのまま祭壇裏手のドアへ到達する。
「降参して下さい!」
そう言って自動拳銃を構えたミオレスカの射撃が、左腕をかすめるのもお構いなしだった。
Charlotteは逃げていく参列者の盾になるよう、身廊の半ばに立った。
ドアの向こうへ隠れようとする犯人を魔導銃で狙うと、機導術・エレクトリックショックを発動させる。
触媒となった魔導銃の銃口から、犯人の脚まで一瞬の電光が宙を走る。
フォルカーの身体が跳ね上がり、開いたドアの向こう側へ倒れ込む。
すかさずリリティアとエリーが取り押さえにかかるが、
フォルカーは司祭の執務室へ通じる狭く短い廊下に仰向けに倒れたまま、左手で3発を乱射した。
思わず怯むふたりを前に、
「俺の負けだ。ゼルマに謝っといてくれ」
がたがたと震えるフォルカーの手が、銃口を自身のこめかみに当てる。
「止めてッ! ……」
飛び込んだエリーの目は、放たれた最後の1発の閃光に眩んだ。
●
「怪我はないかね」
本来の介添え人だった村長と共に渡り廊下に立ちつくす新郎新婦へ、ジェールトヴァが声をかけた。
礼拝堂前の庭では、他に救い出された参列者たちが互いの無事を確かめ合っている。
「ええ。済みませんでした……僕が余計なことをしたせいで、貴方は」
「大丈夫。司祭としては偽物だったが、これでも聖導士でね。あのくらいの傷は」
ジェールトヴァが撃たれた脚を見せる。
ズボンは血に染まっているが、法術で傷は塞がっているようだ。脚が不自由そうな様子もない。
「しかし、借り物の祭服を汚してしまったね」
「そんなこたええんです。私らから、司祭様に弁償させてもらいますよ」
村長が答える。カミルはうなだれたままのゼルマの肩を抱き、
「申し訳ない。少し、『妻』を」
「ああ、私たちのことなぞは良い。ふたりとも、今はゆっくり休みなさい」
「幸せになって、下さいね」
見送りに来たミオレスカが言うと、カミルは弱々しく微笑み、頭を下げた。
ゼルマを伴い去っていく彼を見送りつつ、ジェールトヴァが、
「彼も、指輪交換の瞬間がチャンスだと前もって気づいていたんだろうね。
結果無茶はしたが、ぎりぎりまでじっと粘ってはいた訳だ。気骨ある男ではあったよ」
「花嫁は辛かろうが、あの旦那ならまぁ、大丈夫かな。
……私たちハンターには、悔いの残る結果となってしまったが」
Charlotteが立ち寄ってそう言うと皆、しばし所在なく曇天を仰いだ。
どうすれば彼の命を救えただろうか。エリーは思いを巡らすが、答えは出ない。
天斗、リリティア、そしてエリーは、フォルカーの遺体に布をかけ、そっと運び出す。
3人ともひどく落ち込んではいたが、後始末をせず帰る気にもなれなかった。
ジェールトヴァの法術で回復した天斗が遺体の足を、
リリティアとエリーが頭の側を持ち上げて慎重に運んでいくと、老司祭が庭の片隅で待っていた。
「ありがとう。祈りの場、婚礼の場で血が流れたのは悲しむべきことでしたが、貴方がたは良くやってくれた。
気に病んではいけませんよ。今はただ、彼の冥福を祈りましょう」
遺体を丁寧に地面へ置くと、3人は司祭と共に手を組み、首を垂れるが、
心中に、相応しい祈りの言葉はなかなか見つからなかった。
閉じた目には、死人の手にあった黒銀の指輪の鈍い煌めきが、ただ焼きついているばかりで――
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【相談卓】花婿さんのために ミオレスカ(ka3496) エルフ|18才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2014/11/24 23:02:23 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/11/20 13:14:43 |