胸騒ぎに似たアルペジオ

マスター:紺堂 カヤ

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/11/10 09:00
完成日
2017/11/16 20:01

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●これは夢
 小さな女の子が、母親に刺繍を教わっていた。
 いとけない、やわらかな指で針を持ち、黄色の糸で小鳥の図案を丁寧に縫っている。
 ハンカチだろうか。
 部屋にはあたたかそうな光が満ちていて、母子はときどき何が面白いものか、額をくっつけるようにしてくすくすと笑い合っていた。笑うたび、女の子の栗色の巻き毛がふわふわと揺れる。
 その光景はいつまでも見ていられそうな、絵本のような可愛らしさだった。



●これは現実――喫茶店にて
 「夢追い人」と呼ばれる青年は、白いクロスのかかった喫茶店のテーブルの上に、ノートを広げて難しい顔をしていた。ノートには、青年がこれまでにみてきた夢が、絵と文で詳細に記録されている。青年のみる夢は、現在・過去にかかわらず必ず現実のものとなる。青年は自分がみた夢がいつ、どこで現実のものとなったのかを、確かめる旅をしているのだ。
(確認できていない夢は、まだまだたくさんある、が……。それよりも)
 青年は、ポケットから緑色の宝石をふたつ、取り出した。どちらもビー玉ほどの大きさで、きらきらと澄んだ光を反射させている。
 ひとつは、ある女性から譲り受けたものだ。絵のモデルをしていたことにより殺されかけ、逆に相手を殺してしまった、可哀想なひと。
 もうひとつは、青年の幼いころの友人(とはいえ青年は彼のことを覚えていないのだが)、ピートが持っていたもの。
 絵のモデルの女性も、ピートも、この石を「玉虫色の瞳の男」からもらった、と言っていた。夢で聞いたことではないから、忘れてしまわないようにしっかりノートに記してある。青年は夢のこと以外はすぐ忘れてしまうのだ。
(とても偶然とは、思えない……)
 どちらも青年の夢に出てきて、事件の解決にかかわった。
(引き寄せられている……? いや、というよりは……)
 青年は眉を寄せた。はあ、とひとつ、ため息をついて、コーヒーを飲む。と、視界の端に何か白いものがひらり、と落ちるのが見えた。ハンカチだ。落とし主であると思われる女性は、気が付かずに店の出口へむかってゆく。
「あの、落としましたよ」
 青年はハンカチを拾い上げて、そのひとの背中に声をかけた。
(ん……? このハンカチ……)
 ハンカチには、黄色い小鳥の刺繍があった。
「あら、ありがとうございます」
 女性は振り返って、青年にお礼を言った。彼女の髪は、ふわふわした栗色の巻き毛。間違いない、と青年は確信した。三日前にみた夢は、彼女の幼少期のものに違いない。
「すみませんが、少し、お話する時間をいただけませんか」
 青年は、ナンパに間違えられる危険性を自覚しつつ、女性にそう声をかけた。



 ハンカチを落とした女性は、不審そうにしつつも、青年の話を聞いてくれた。
 必ず現実となる夢を見る体質であること、夢を確かめる旅をしていること……。実直な態度が女性に伝わったのか、彼女は次第に警戒を解いて行った。そして、話が「玉虫色の瞳の男を探している」というところへ及ぶと。
「その方、私、会ったことあるわ。一週間くらい前に。道を尋ねられて、教えて差し上げたら、お礼に、と言ってその石と同じものをもらいました」
「! 本当ですか」
「ええ。ほら」
 女性が差し出したのは、青年が持っているふたつとまったく同じ石だった。
「持っていると、いいことがあるよ、なんて言って。胡散臭いな、とは思ったんですけど、捨ててしまうのも怖かったので……。御入用でしたら差し上げます」
「ありがとうございます。それで、その男は他に何か言っていませんでしたか」
「何か? いいえ。コンサートホールへの道を尋ねられて、それだけですわ。今度そこで開催される、コンサートへ行くために道を確認したいんだ、と言って」
「コンサート?」
「ええ。そのコンサートホールの、オープン記念コンサートです。ああ、ちょうど、明日じゃないかしら」
 青年は息を飲んだ。これは、チャンスか。それとも、罠か。
 いずれにしても、行くしかない、と思った。



●これは現実――コンサートホールにて
 そのコンサートのチケットを、なんとか入手し、青年はホールの前に立った。ホール入り口では、制服を着たスタッフが来客に対応し、制服ではないがスタッフ証をつけた男女が警備に立っていた。
「あのう、随分強そうな人たちが警備をしているみたいですけど、何かあったんですか?」
 客に一人が、スタッフに尋ねている。
「いえいえ。何もないんですよ。警備は形式上のものです。ただ、スタッフの数が足らなくて、急遽、オーナーがハンターオフィスに依頼をしたんです。だから、あんなに強そうな人たちが揃っちゃって」
「そういうことですか」
 客は安心したようにくすくす笑った。ハンターがいるのか、と青年はその話を漏れ聞いて、タイミングがいいかもしれない、と思った。
(できたら、あとで、彼らにも話を訊こう)
 ホールは本日オープンの新施設。一階席のみだが、最大収容人数は一六〇名となかなかの規模だ。
 プログラムには、五曲の案内が載り、出演者数は二十名だという。
(この中から、たった一人を探すのか……)
 青年は、溜息のかわりに深呼吸をした。

リプレイ本文

●入口
 本日オープンのコンサートホールは、どこもかしこも真新しい匂いがした。ことに、ホール玄関の扉のガラスは、水垢ひとつ、曇りひとつなく、太陽の光をきらきらとはね返していた。
 夢追い人 ( kz0232 )、と呼ばれる青年は、コンサートのチケットを手元に携えつつ、まだ中には入らず、三か所あるホール入り口を順番に見て回った。老若男女、さまざまな客が、めかしこんだ姿でホールへ吸い込まれてゆく。純粋に、今日のコンサートを楽しみにやってきた人々だ。青年は少しだけ目を伏せたが、気を取り直して周囲を注意深く観察した。
(ひとつの入り口に警備員がふたりずつ、か……。妙に厳重だな)
 チケットのもぎりをしていたスタッフは「警備は形式上のもの」と言ってはいたが、もしかして何かあるのではないかと思ってしまう。そう感じていたのは、青年ばかりではなかった。
「ただの祭りにしては随分と人が多い……」
 西入口の警備にあたっていたルベーノ・バルバライン ( ka6752 )は、来客に威圧感を与えないためにも、表面上はにこにこと笑顔で挨拶をしつつ立っていたが、内心では油断なく思考を働かせていた。念のためルベーノは、本日の演目やホールの由来、演奏者について、スタッフに確認をした。ホールは、音楽好きのオーナーが五年も前から建設を計画していたものであるという。演奏者はスター、とまではいかないものの、そこそこ名の知れたプロが集まっているとのことだった。要するに、ごく普通のコンサートだ。だからこそ不自然さは際立つわけだが。普通のコンサートの警備にしては、あまりにハンターの雇い上げ率が高い。
「劣化メフィストに狙われそうな王国関係者も来ていないと思うのだが……、一体なんなのだ」
 ルベーノはますます考え込む。と、同じく西入口を警備しているボルディア・コンフラムス ( ka0796 )が、ふわあ、とあくびをした。
「くぁ……あ~……寝みぃ」
「余裕だな」
 ルベーノが苦笑する。こうも平和な警備では、そうなりもするだろう。
「まあなあ。いっそのこと歪虚でも出てくりゃあ目も冴えンだけどな。ああいや、さすがに冗談だぜ?」
 カラリと笑って、ボルディアは周囲を見回す。任務をサボっているわけでは決してないのだ。ルベーノも笑って頷いた。不信感が拭われたわけではないが、それこそ、歪虚が出たときには自分たちが観客を守ればいいのだ、と思いを固めたのである。
 東口を警備している青霧 ノゾミ ( ka4377 )も、ルベーノと同じくホールについて、プログラムについて、をスタッフに確認していた。もっとも、ノゾミは不信感からではなく、客に不明点を尋ねられてもすぐに答えられるように、という考えからだ。アーク・フォーサイス ( ka6568 ) にもそれを伝え、ふたりとも愛想よく観客に挨拶をし、案内をして、警備だけでなくスタッフの手伝いもしていた。困っている人はいないか、という点を気にしながら周囲を見ていると、自然と目に入る姿がある。すらりと長身で、しかもちょっと簡単にはお目にかかれないレベルの整った顔立ちをした青年だ。ノゾミとアークは顔を見合わせ、頷き合う。持ち場を離れるとは言えない距離だったが、一応、ノゾミが入口に留まり、アークが青年に近付いて行って声をかけた。
「お客さま、何かお困りですか」
「ああ、いえ」
 青年は驚いたように目を見開いてから、少しだけ考えるように小首を傾げた。
「実は人を探しているんです。玉虫色の瞳をした男性を、見かけなかっただろうか」
「玉虫色の瞳をした男性? いえ、気が付きませんでしたが」
 アークは眉を下げた。もしかしたらすでに通り過ぎたのかもしれないが、記憶にない。ひとりひとりの瞳の色などそうしげしげと確認するものでもないし、不審な行動をしていなければ見咎めることもないのだ。
「その方は、お連れ様ですか?」
「いえ、そういうわけでは。見かけなかったのならいいんだ、ありがとう」
 青年は丁寧に頭を下げてお礼を言うと、中央の入口の方へ歩いて行った。アークはそれを見送りながら、玉虫色の瞳の男性がいないかどうか、今からでも気にしておこう、と決めた。
 中央入口では、星野 ハナ ( ka5852 )がにこやかな笑顔で客に挨拶している。しかし、その笑顔の裏では彼女もルベーノと同種の危惧をしていた。手元でタロットカードをシャッフルしつつ、思考を動かす。
(なーんか変ですぅ。ハンターを雇うより劇団の研修生とか立たせておく方が安いのにぃ。見せ筋肉と本物の違いなんて分かる人にしか分からない筈ですぅ)
 そういうふうであるから、三箇所の入口を順に見て回る青年の姿は自然と目に入り、警戒の気持ちを起こさせた。チケットを手にしているのに、ホールの前にいるのにいつまでも中に入ろうとしないのは、どう見てもおかしい。ハナが気付かれないように気を付けつつしばらく観察していると、隣に立つAnbar ( ka4037 )が、あれ、と声を上げた。
「あの兄さん……」
「お知り合いですかぁ?」
 ハナが尋ねると、Anbarは頷いて、少し苦笑した。
「まあ、俺が一方的に知っている、という形にはなってしまうんだろうがな。きっとあの兄さんは俺のことを忘れているだろうから」
「はぁ」
「まあ、警戒する必要のある人物じゃないことは確かだ。ちょっと声をかけてくるよ」
 不思議そうに小首をかしげるハナに言い置いて、Anbarは青年に近づいた。
「……兄さん、久しぶりだな」
「え……」
 案の定、青年は戸惑った表情でAnbarの顔をうかがうように見た。
「どこかで会ったことが?」
「ああ、何度かな」
「すまない、覚えていないんだ」
 眉を下げる青年に、Anbarはからりと笑う。少しも気にしていないふうに首を横に振った。
「また厄介事にでも巻き込まれたのか? 力になれるか分からないが、話すだけ話してくれよ」
 青年は、先ほどアークにしたのと同じ質問をAnbarにもした。Anbarは、玉虫色の瞳の男のことを他の任務内でも聞いたことがあったため、青年が「探している」という話にも違和感を抱くことなく、すんなりと事情をくみ取った。
「なるほど、わかった。こっちの仕事が優先にはなるが、できる限りで探しておこう。他の警備の奴にも伝えて、協力してもらうよ」
 Anbarはトランシーバーを出して見せた。
「間違いなく情報が伝わるように、合言葉を決めておこう。そうだな、その男を見つけたら『夢から覚めた』、とそう言うことにしようか。兄さん、席はどこだい」
 青年は、持っていたチケットをAnbarに見せ、席番号を教えた。内心でひどくホッとしていることに気がついた。青年は、夢以外のことをすぐに忘れてしまう。夢を追うことが最優先であるため、覚えておこうという努力も特にしない。そのため、「知り合い」と呼べる者は皆無に等しかった。そんな中で、何度忘れられても自分に声をかけてくれる者がいるというのは、こんなにも安心できるものかと、そう、思ったのである。
「よし、じゃあこの席に伝えに行くよう、皆に言っておくからな」
「そろそろホールに入った方がいいですよぉー!」
 ハナがAnbarの後ろから手を振って呼んでいる。青年はAnbarに目礼をして入口へ向かった。スタッフにチケットを差し出しながら、青年は、少しはコンサートそのものも楽しめるのではないか、という気になっていた。



●楽屋
 客がホールに入り始めるよりもずっと前から、楽屋では出演者たちの準備が進められていた。男性用の楽屋の警備と、出演者の準備手伝いを担当しているのは、シェイス ( ka5065 )とステラ・レッドキャップ ( ka5434 )、フィーナ・マギ・フィルム ( ka6617 )だ。
 男性の出演者はゲスト出演者を除いて八名。いずれもタキシードに身を包んでおり、奇抜な服装の者はいなかった。
「ま、こんなもんかな」
 ステラが、出演者の一人であるプロ・バイオリニストにステージ用のメイクを施していた。
「ありがとう、助かったよ」
 バイオリニストが嬉しそうに息をつく。と、すぐにトランペット奏者から声がかかった。
「こっちも頼むよ。髪が上手くまとめられないんだ」
「いいぜ、任せてくれ」
「そっち終わったら、俺も頼むよ」
「はいはい、順番にな」
 ステラはワックスを手に取り、トランペット奏者の髪をオールバックにまとめにかかる。出演者たちは皆プロだが、ステージ慣れはしていても身支度は苦手な者が多いようだった。
(結構大変だぜ、これは。警備してる暇なんかねえ)
 ステラはそれでも、楽屋入口の方をちらちらと気にしながら作業を進めた。もっとも、その付近にはシェイスとフィーナが控えていたので、本格的な警備はそちらに任せることができた。
「……はー、暇だなぁ」
 楽屋の中で忙しく立ち働いているステラには聞こえないように、シェイスがつぶやいた。警備とは言っても、そもそも楽屋は通行証で出入りを制限されている区画だ。そうそう不審者が侵入することもない。
「……暇だ、警備だけってのは酷く暇だ……。なんか起きねぇかな、起きねぇよなぁ」
 何か起きないようにするのが警備の意義なのだが、シェイスはあまりの暇さにそんなことを考えてしまった。と、しばらくして、トランシーバーに通信が入った。Anbarからだ。「玉虫色の瞳をした男」を見つけたら連絡してほしい、との旨が伝えられ、了承を告げる。
(ふーん。玉虫色の瞳の男、ねえ。暇つぶしに探してみるか)
 シェイスは手始めに楽屋の中へ入った。出演者の中にその男がいないかを確認するためである。あまりじろじろ覗き込んでしまわないように気を付けながら、ひとりずつ、顔を窺う。シェイスの様子に気がついたステラが、苦笑しながら近づいてきた。
「さっきの、トランシーバーに入った連絡のことか? この中に該当の男はいないと思うぜ。俺は全員の顔を見たからな」
「そうか。……ちょっと、そのへんを探してこようかと思うんだが……」
「ああ、いいぜ。もうそろそろ俺も手が空くから警備に専念できるし」
 ステラはそう言いつつ、入口付近にいるフィーナを見た。魔導書を読んでいるらしいフィーナは、顔を上げると、シェイスに向かって頷いた。
「私もこのまま、ここにいることにしましょう。どうぞ、行ってきてください」
「おう、じゃあ頼む」
 開演まではまだ少し時間がある。シェイスは男性楽屋を出て、玉虫色の瞳の男を探しに出かけた。



 一方、女性用の楽屋では、央崎 遥華 ( ka5644 )とフィロ ( ka6966 )、ミア ( ka7035 )が男性用楽屋以上に忙しく働いていた。女性出演者は十二名。その全員が、色とりどりのドレスに身を包み、入念に化粧をするのだ。基本的には、自分の身支度を自分で進められる方々ばかりだったが、それでも手伝うことの多さは男性の比ではない。
「すみません、後ろのリボン、結んでいただけますか?」
「はい、かしこまりました」
 フィロが丁寧に礼をしてソプラノ歌手の天鵞絨のリボンを結ぶ。その隣では遥華がピアニストの豊かな飴色の髪をアップにしている。任務が開始される直前まで、
「夢見わるかったニャス。ミアのおむすびに羽が生えて飛んでっちゃったニャス……」
 などとふにゃふにゃ言っていたミアも、今は大きな目をくるくると動かして身支度を手伝っている。襟元にブローチを上手くつけられずに困っていたチェリストに、自ら手を貸していた。
「ミアがやってあげるニャス」
「ありがとう、助かるわ」
 そうしつつも、楽屋の入口は常に意識をしていた。着替えが行われている楽屋であるから、ノックをせずに扉を開けられることはないし、そうされればすぐにわかる。そのため、見張る、というよりは、無断でドアが開けられたときにすぐ対応できるように気を張っていた、というところだ。
 誰か探してる、というような連絡は、こちらの楽屋にも入ったが、正直、探しに行けるような余力はなく、三人はひたすら、出演者のサポートにかかりきりだった。全員の身支度がおおかた済んだところで、遥華がふう、と息をついた。
「ハーブの紅茶でも淹れましょうか。リラックスできるだろうし」
「お手伝いいたします」
 フィロがすかさず申し出て、ふたりで十五人分のお茶を淹れた。
「ありがとう、緊張をほぐすコツを心得てるのね」
 飴色の髪をばっちりアップに仕上げ終わったピアニストが、遥華からカップを受け取って微笑んだ。
「あ、はい……。依頼でアイドル活動をしたり、ライブも何度かやったことがあるので」
「そうなの。じゃあ、いつか一緒にステージに立つこともあるかもしれないわね」
「おかわりもございますし、お菓子もどうぞ」
 皆が一息ついている間も、フィロは何かとこまごましたことを片付け、出演者にも気を配り、完璧なサポートぶりだった。そのフィロから、ミアは自分もお茶をもらっていいらしい、とカップを受け取り、ひとくち飲んで。
「熱いニャス!」
 猫舌をぺろりと出して弱った顔をしたのだった。



●ロビー
 入口を入った先にあるロビーの巡回をしているのは、氷雨 柊 ( ka6302 )と坂上瑞希(ka6540)だ。
「……警備って初めてかも……。……がんばろう……」
「はい、一緒に頑張りましょう、坂上さん」
 客が入り切ってしまわないうちに、と、まず客席から見回る。
「何か仕掛けてないか、注意して見ないとですねぇ」
 柊が、座席の下も丁寧に覗き込んだ。何かちらりと動いた、と思ったら反対側から同じように座席下を覗き込んでいる瑞希の姿で、姿勢を戻してからふたりで笑いあってしまったりもした。
 はじめはただ「危険を防ぐため」に見回っていたふたりだが、途中、「玉虫色の瞳の男を探している」という連絡が入ってからは、困っている人がいないか窺うふりをして、客ひとりひとりの様子を細かく見ていくようにした。手分けしてロビーを巡回し、ときどきばったり行き会っては確認をする。
「坂上さん、何か見つけましたー?」
「……特に、何も」
 小首をかしげて尋ねる柊に、ふるふると首を横に振る瑞希。他の場所を担当している仲間たちともこまめに連絡を取るようにしていたが、どこからも目ぼしい情報は入ってこなかった。もし見つけられたときのために、開演間際、ふたりはもう一度客席を眺め、Anbarから知らされていた席を確認した。そこには、端正な顔の青年が姿勢よく座っている。
「あの人くらい綺麗な人ならすぐ見つかるでしょうけど、瞳の色だけが手がかりっていうのは、なかなか難しいですよねぇ」
「……そうだね……」
 柊の言葉に、瑞希がゆっくり頷いて同意した。
 開演時間になり、客席とロビーを隔てる扉が閉ざされると、あんなに人であふれていたロビーは急にがらんとして感じられた。なんとなく、ホール出入口の方へ近づくと、入口のドアのガラス越しに、ハナが手招きをしているのが見えた。それに応じて外へ出ると、ハナは入口の警備を少しの間代わってほしい、と言う。
「おふたりが見回ってくれていたので、何もないのはわかってるんですけどぉ、私も自分でロビーを見ておきたいんですぅ」
「わかりました、交代しましょう」
「じゃ、ちょっと見てきますぅ」
 ハナは扉を開けてロビーへ入ると、ぐるりと巡回したあとで、タロットカードを取り出した。事件が起きる可能性がある場所を、占いで特定しておこうというのだ。
「うーん、やっぱり事件の可能性があるみたいですけどぉ、ここって、さっきのお兄さんの席ですよねぇ。あの人が事件の中心になる、ってことですかねぇ。でもぉ、危険度はすごく低いですぅ。無視しちゃってもいいレベルですぅ」
 占いの結果に、ハナが眉をひそめる。中途半端だ。ものすごく、中途半端。むう、と唸って、ふと視線を動かすと、ルベーノがロビーの中央に立ち、上下左右を見回していた。
「中央にふたり交代が来たからって、Anbarが交代してくれたんでな、見に来たんだ。ホール内で反響音や進行状況をさぐりたかったんだが……」
 そこまで言って、ルベーノは苦笑する。コンサート開演中はロビーまでしか立ち入りができないのを忘れていたらしい。ロビーには、トランペットの音が漏れ聞こえてきているが、それだけでは特に成果はないだろう。
「でも、罠の心配はなさそうだな、皆の調べを突き合わせてみても」
 柊と瑞希、それに楽屋を出てあらゆるところを調べて回ったというシェイスの報告を聞いても、特に危険性は感じられなかった。ハナは占いの結果をルベーノに伝える。
「そうなると、あと気を付ける必要があるのは、だ」
「コンサートが終わったあとですぅ」



●ステージ
 コンサートは、つつがなく進行していた。弦楽四重奏からスタートし、アカペラ合唱、トランペットとサックスを中心としたジャズと進み、その多彩なジャンルと演奏の巧みさに、客からも常に割れんばかりの拍手が起こっていた。
 ゲスト出演者としてやってきたソレル・ユークレース ( ka1693 ) とリュンルース・アウイン(ka1694)は、ステージ袖でその演奏を聴きながら、自分たちの出番を待っていた。
「ふふっ、こうして人前で合わせるのは久しぶりじゃない?」
 リュンルースが目を細めて小声で言うと、ソレルも笑って頷いた。
「そうだなあ、久しぶりだよな。楽しんでいこうぜ?」
「では、次、ステージの方へお願いします」
 スタッフから声がかかり、ふたりは頷き合ってステージへと出た。あたたかい拍手を受けながら、まずは一礼。それから、ソレルはリュート「イスペルダーニ」を構えた。ゆったりとしたリズムで滑らかに演奏を始める。リュンルースの声が、映えるように、と。
(ソルのリードになら安心して任せられるよ。だってずっと一緒にいるのだもの)
 リュンルースは内心でも、実際の表情でも、穏やかに微笑んで、歌いだす。タイミングは、「いつもの通り」に。
 息のぴったりと合ったふたりの演奏に、客席は魅せられていた。しん、と静まり返り、ホールにはふたりの音楽だけが響く。

 夢を追いかけて 捕まえるまで
 引き寄せられるように 瞳に映して
 私の思うままを あなたに見せましょう

 心を込めて音楽を奏でながら、ふたりはゆっくりと、客席全体にくまなく視線を走らせた。誰の心にもこの曲が届くように、と思いつつ、同時に、探している姿はないか、と。
 素晴らしい演奏を終えて拍手喝采を浴び、ステージ袖へ下がってきたふたりは、まずはお互いの演奏をたたえ合い、笑いあった。そして。
「ルース、例の人物見かけたか?」
「いや、気が付かなかったよ。注意して見ていたんだけどね」
「だよな。青年、の方はいたのがわかったけどな」
「そうだね。後ろの方に座っていたね、思っていたよりずっと綺麗な顔の青年で驚いたよ」
 Anbarの知り合いの青年が「玉虫色の瞳の男」を探している、ということは、ふたりの耳にも入っていたのである。演奏中、客席をできる限り見ていたが、それらしい人物は見つけられなかった。ふたりは、楽屋へ戻ると、そこで待機していたステラ、シェイス、フィーナにそのことを伝えた。
「結局いないのかよ。ホール中を歩き回って探したのによ」
 シェイスが口をとがらせ、フィーナは首を傾げた。
「何かの、間違いだったのかもしれません」
「そうかもなあ。とりあえず、コンサートは無事に終了しそうだぜ」
 ステラがそう言ったまさにそのとき、ホールからは本日一番の歓声と拍手が聞こえ、フィナーレを担当した出演者たちの演奏が終わったことを示していた。



●ふたたび、入口
 長く続いていた拍手がようやくおさまったと思ったら、がらん、としていたロビーに人が満ち、たちまち三か所の出入口から溢れ出した。
 東入口をずっと警備しているノゾミとアークは、帰っていく客ににこやかにお礼の挨拶を述べつつ、なおも油断なく人々の様子をうかがっていた。ノゾミは開演中も、東入口を中心に巡回して調べていたが、特に異状はなかった。しかし、玉虫色の瞳の男はまだ見つかっていない。危険人物とは限らないものの、用心しておくにこしたことはなかった。アークは過ぎゆく人の瞳だけでなく、ポケットなどにも気を付けて観察の目を凝らす。何か仕掛けてくる可能性も否定できないからだ。と。
「アーク、あの人」
 ノゾミが目線で知らせた先には、恰幅の良い、身なりのきちんとした中年の紳士がいた。客らに挨拶をしながら、客の流れと逆行し、こちらへ向かってくる。ふたりは自然と、身構えた。しかし、良く見ると、その紳士は首にスタッフ証をさげている。瞳の色も、深い栗色だ。
「やあ、ハンターの皆さん、本日はありがとうございました。私がオーナーの、クォーツ・モンドです」
 紳士はそう言って、ノゾミとアークに頭を下げた。なんと、彼こそがこのホールのオーナーであった。依頼は、彼の秘書からなされていたため、ハンターたちは顔を知らなかったのだ。
「記念すべきこのダイヤモンド・ホールのオープン日に何事もなくてよかったです。少し、心配しすぎたんでしょうかね。いや、皆さんのおかげですが」
 オーナーはふくよかな頬を掻いた。なんでも、オープン前の数日間、何度もホールの周りを調べるようなそぶりをしてうろつく男がいたのだという。不気味に思い、何か嫌がらせでもしてくるつもりなのでは、と警戒してハンターを雇った、とのことだった。ただ、脅迫などは受けていないため、大げさにしたくはなかったため、ハンターにも事情を伏せていたという。
「そういうことでしたか」
 アークは呟き、頷いた。ハナやルベーノが気にしていた違和感は、これだったのだ。
「おそらく、その男、青年が探している男と同一人物だな」
「何者なんだろう」
 ふたりは顔を引き締めた。



 コンサートを終え、青年はどうしたものか、と考え込んでいた。開演中も、周囲の客をこっそり窺ったり、出演者の瞳に注目するなどして例の男を探したが、成果はゼロ。協力してくれていたハンターからも、特に報告はなく、つまりそちらでも見つかっていないのだろうと推測できた。
(コンサートそのものに何かあったわけではないようだから、それはよかったんだが)
 考えながら席を立つと、青年は人の波に流されるようにしてロビーに出た。そのまま押し流され、入ってきた中央入口ではなく、東入口の方へと出る。ようやく自由に歩けるようになってホッと息をついたところへ、誰かの肩がぶつかった。
「すみません」
「失礼しました」
 どちらも、ほぼ同時に謝る。ぶつかってきたのは、妙ににこやかな笑顔の男性だった。黒い瞳。青年は今日一日ですっかり、他人の瞳の色を確認する癖がついてしまった。謝ってすぐ、青年は体の向きを変えたのだが、男は立ち去ろうとせず、そのまま青年と同じ方向へ歩いた。
「? 何か?」
 青年が怪訝な顔で男を再び見ると、男はおもむろに指を自分の目へともってゆき、そして、なにか黒いフィルムのようなものを外した。その下から、現れたのは。
「!」
 玉虫色の、瞳。
「あんたは」
 青年が驚きに喉を引きつらせると、男はにこやかな笑顔のまま、ひとことだけこう言った。
「コンサートは楽しかったですか、セブンス・ユングくん」
「っ!?」
 そして、あっという間に身を翻し、人ごみの中に紛れて行った。
 青年は、追うことが、できなかった。
 立ち尽くしている青年に気がついたボルディアが駆け寄ってくる。
「今去った男が探してたやつなのか!? 追うか!?」
「……いや、いい」
 青年は、首を横に振った。今ならまだ、追いつけるだろう。しかし、この人ごみを掻き分けていくとなれば、間違いなく人々には迷惑がかかるし、あの男がどんな行動に出るかもわからない。そうか、と引き下がったボルディアは、しかし、蒼白になった青年の端正な顔を気遣ってしばらく傍で様子を見てくれていた。青年は、その配慮に感謝をしつつも、まだ、動くことができなかった。
 セブンス・ユング。
 あの男は、確かに青年をそう呼んだ。
 それは、青年の、名前だった。
 忘れてしまいたくて、でも忘れることのできなかった、名前だった。
 どうして、あの男がこの名前を知っているのか。
 そもそも、あの男は一体何者なのか。何がしたいのか。
 疑問はいくつも湧きあがる。しかし、ひとつ、青年にとって確信できたことがあった。何の証拠もない。しかし、間違いないだろうという思いがあった。
(あの男は、先生の死に関わっている)
「夢から、覚めた……」
 コンサート中は使われることのなかった合言葉を、青年は口にした。本当は、覚めてなどいない。今夜もまた夢を見て、ここで出会ったハンターたちのことは忘れてしまうのだろう。でも、夢の中であっても、一歩、前へ出ることができた。
 青年……、セブンスは、深呼吸をした。心を落ち着けるためにコンサートで聴いていた、素晴らしい音楽を少しでも思い出そうとしたが、すでに、それは消えかかっていた。

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MVP一覧

  • 願いに応える一閃
    Anbarka4037
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナka5852
  • 我が辞書に躊躇の文字なし
    ルベーノ・バルバラインka6752

重体一覧

参加者一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • White Wolf
    ソレル・ユークレース(ka1693
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • 道行きに、幸あれ
    リュンルース・アウイン(ka1694
    エルフ|21才|男性|魔術師
  • 願いに応える一閃
    Anbar(ka4037
    人間(紅)|19才|男性|霊闘士

  • 青霧 ノゾミ(ka4377
    人間(蒼)|26才|男性|魔術師

  • シェイス(ka5065
    人間(蒼)|22才|男性|疾影士
  • Rot Jaeger
    ステラ・レッドキャップ(ka5434
    人間(紅)|14才|男性|猟撃士
  • 雷影の術士
    央崎 遥華(ka5644
    人間(蒼)|21才|女性|魔術師
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 一握の未来へ
    氷雨 柊(ka6302
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • ドント・ルック・バック
    坂上 瑞希(ka6540
    人間(蒼)|17才|女性|猟撃士
  • 決意は刃と共に
    アーク・フォーサイス(ka6568
    人間(紅)|17才|男性|舞刀士
  • 丘精霊の絆
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
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