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【幻視】嵐の後で・紅【界冥】

マスター:猫又ものと

シナリオ形態
イベント
難易度
やや易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/11/13 19:00
完成日
2017/11/27 06:28

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 その日、辺境の地は喜びに沸いていた。

 クリムゾンウェストからリアルブルーの鎌倉を襲撃した『錬金の到達者』コーリアスの撃破。
 イェルズ・オイマト(kz0143)を連れ去った『天命輪転』アレクサンドル・バーンズ(kz0112)の掃滅。
 そして、森山恭子(kz0216)率いるリアルブルーのメタ・シャングリラ隊の尽力で、エンドレスを討ち滅ぼす事ができた。
 そしてそれら全てには当然ながらハンター達が関わっており……いずれも辺境の地を長きに渡り苦しめてきた歪虚。それらが消えたという報せは、辺境の民を喜ばせるには十分すぎるものだった。

 族長補佐の無事の帰還に、オイマト族の喜びは殊更深く。これらの事件に関わり、尽力してきたハンター達にお礼がしたい、と酒宴の準備を始めるまで、そう時間はかからなかった。

「……族長? 一体何していらっしゃるんです?」
「……ベルカナか。いや……ハンター達が来るのだろう。料理でも振る舞おうかと思ってな……」
 ――辺境、パシュパティ砦。
 包帯だらけで歩いているバタルトゥ・オイマト(kz0023)を見つけて、出自がオイマト族であり、白竜の巫女でもあるベルカナが深いため息をつく。
「その怪我で、ですか? 今族長がなさるべきことは休養です。料理なら私達がしますから」
「いや、しかしな……」
「ダメです。ヴェルナーさんに言いつけますよ?」
 ベルカナにめっ! と叱られ、返す言葉を失うバタルトゥ。
 ――ノアーラ・クンタウの管理者であり、己の補佐役を買って出てくれているヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)は、重傷を負って動けぬ彼の代わりに、メタ・シャングリラの艦長である恭子に礼を言う為にリアルブルーまで出向いている。
 バタルトゥを休ませる為に忙しい思いをしているというのに、彼が休みもせずに動きまわっていたと知れば――それはそれは、ものすごい嫌味を言われるであろうことは想像に容易い。
「ちょっとでもヴェルナーさんに申し訳ないと思われるんでしたらしっかり休んでください。さあ、お部屋に戻って!」
 族長の背中をぐいぐいと押すベルカナ。
 バタルトゥに名を呼ばれて小首を傾げる。
「……どうなさいました? あ、部屋に戻ったからって筋トレとかもダメですからね」
「……いや、そうではなくてだな…………イェルズはどうしている?」
 その問いかけに目を伏せるベルカナ。
 少し考えてから口を開く。
「表面上は元気なフリをしていますが……自分の状況を受け入れているとはいい難いですね。戸惑ったり、焦ったりしているように見えます」
「………そうか」
 変わらぬ表情に憂いを滲ませるバタルトゥ。
 マティリアの心臓部にあったブロートコア。その爆発をまともに食らったイェルズは背中を火傷し、左半身が吹っ飛び――その影響で脇腹が抉れ、左腕と左目を失った。
 ……これだけの怪我を負って生きていただけでも幸運だった。
 それでも。素直で一生懸命な補佐役だからこそ考えることもあるのだろう――。
「……ハンター達と話せば少しは気が紛れるかもしれんな。……ベルカナ、ハンター達にそのように頼んで貰えるか……?」
「かしこまりました。……族長は、兄に会われないんですか?」
「……今はな。今のこの俺の姿を見ては、アレが泣いて平謝りしかねん……」
「それもそうですね……。というか! その自覚があるなら休んでください! もう!! 族長も兄さんもすぐ無理するんですから!! 部屋から出たらダメですからね!!!」
 ぷりぷりと怒って族長を追い立てるベルカナ。
 相変わらずのその様子。戻って来た日常を、オイマト族の者達は苦笑しつつ見守って――。

 ――オイマト族主催の慰労会の招待状を受け取ったハンター達がパシュパティ砦に到着したのは、それからまもなくのことだった。

リプレイ本文

 秋深まるパシュパティ砦の庭先に漂う肉の焼ける香ばしい香り。
 オイマト族の面々に和やかに迎え入れられたハンター達は、乾杯をした後に自由な時間を過ごしていた。
 その時間を料理や配膳の手伝いに使う者達もいる。セツナ・ウリヤノヴァ(ka5645)とカイン・シュミート(ka6967)だ。
 セツナの作った穀物粉の平焼きパンに羊肉の炙り焼きを挟んだバーガーやカインの作ったポテトチップスを衣に使った羊肉の揚げ物はハンター達だけでなく、オイマト族の者達の胃袋も掴んだようだった。
「カインさん、そろそろ休憩しましょうか。ずっと働き通しでしょう」
「それはセツナもだろう。しかし早いもの勝ちとは言ったがこんなに売れ行きがいいとは思わなかったな」
「カインさんの揚げ物美味しいですからね……。後でレシピをお伺いしても?」
「ああ。構わないよ」
「羊うまーい! 酒うまああい!」
「ほんまほんま! めっちゃうまーーーい!」
「2人共、そんなに慌てなくても肉は逃げないですよ」
 カインとセツナの声をかき消すようなグリムバルド・グリーンウッド(ka4409)とレナード=クーク(ka6613)の叫び。
 そんな2人に夜桜 奏音(ka5754)がくすくすと笑う。
「これで少しはひと段落つきましたし、こんな宴もたまには悪くないですね」
「そうだなー。万事解決という訳にはいかないけどな……」
「……イェルズさんですか?」
「んー。さっき顔を見て来たけど……補うことは出来ても、元通りって訳にはいかないだろうしさ」
 奏音に頷き返すグリムバルト。その言葉にセツナが目を伏せる。
 ――ベスタハの戦い以降、あまりに多くのものを背負い、強靭な心身で突き進む族長の心に、これ以上暗い影が落とされずには済んだのだろうか。
 アレクサンドルとの戦いは無事に終えることが出来たけれど――失ったものはある。
 イェルズが失った腕と目。その代償は彼の戦い方そのものを変えてしまうだろう。
 彼も一生懸命な人物だ。無理をしなければいいのだが――。
 思考に沈むセツナ。続いたカインの声でふと我に返る。
「すまん。ちょっと聞きたいんだが……辺境にはオイマト族以外にも部族がいるのか?」
「ああ、そうだよ。そんな質問が来るってことはお前さん駆け出しかな?」
「ああ、その通り。ここに来るのも初めてなんだが……知りたいと思ったんだよ」
 自分に関係ないことって、片付けるのは好きじゃなくてな……そう続けたカインにグリムバルトがうんうんと頷く。
「俺もこの地に関わる機会があまり無かったけど、いい場所だよ、ここは。オイマト族のコートもお守りも大事な思い出の品さ。今年も温かいぜ!」
「ええ。そうです。そうなのです。是非沢山知ってください! 辺境はとても良いところです!」
「あはは。折角だしセツナさん辺境の良さを教えてあげたらいかがです?」
「そうですね! そうしましょう!」
「お、おう」
 奏音の悪戯っぽい声に素直に頷くセツナ。勢いに押されたカインが頷き……そこにベルカナの鋭い声が聞こえて来た。
「族長、寝てないとダメじゃないですか!」
「……折角皆が来てくれた。……挨拶くらいさせてくれ……」
「大丈夫ですか? 良ければ捕まってください……!」
 顔を出しに来た早々に叱られているバタルトゥ。その腕を、そっと羊谷 めい(ka0669)が支える。
 世話になった者達がわざわざやって来ている。それを持て成す為の宴だ。だからこそバタルトゥが顔を出したいと思った気持ちも分かるし、恐らく自分も同じようにするだろうから……。
「帰れとは言えませんけど、無理はダメですよ?」
「……すまないな。娘のような年齢の子に気遣って貰うとは俺もまだ修行が足りん……」
「……そういう問題じゃないんじゃないのかな」
「娘……」
 ツッコむグリムバルトの横で笑いをかみ殺す奏音。
 確かに30代に足を踏み入れようという族長には、めいくらいの歳の頃の子供がいても不思議ではない……のか?
 オイマト族の者達から何だか微妙な雰囲気が漂っていて、めいは慌てて言葉を紡ぐ。
「えっとあの、確かにバタルトゥさん、お父さんみたいだなとは思ってましたけど……お若く見えますし! 大丈夫!」
 めいのフォローになってないフォロー。グリムバルトが取り繕うように咳払いをした。
「えっと……。まあその。お疲れさん。怒るのは当然だし良いと思うけど、怪我は駄目だと思うぞ」
「本当に……イェルズさんが戻ってこられてよかったのです」
 2人の言葉にうんうんと頷くハンター達。クラン・クィールス(ka6605)は料理をつまみながらその光景を眺めていた。
 ……ハンターになってから思えば色々なことをやってきた。
 生き銭稼ぎにと始めたが、前に比べて大分変わったように思う。
 そう。以前なら、まずこんな場に顔を出す事もなかっただろう。
 ――もう自分は変わらない。ずっとあのままだと思っていたが……人は自分の予想を超えて変わることが出来るらしい。
 こういう場に来て、友人や恋人の顔が思い浮かぶくらいには。
 勿論、変わらないものもある。この身に沁みついた黒く滲んだ穢れは、きっと消えはしないだろう。
 あの頃に戻れなくても。もう失わずに済めば――それで十分だ。
「クランさん。何でそんなところで飲んでるんです? こちらで飲みましょうよ」
「ああ、いや。俺は……」
「ご一緒しましょう! あのお肉とっても美味しいですよ!」
「そうそう。可哀想な俺の話を聞いてくれ……! 可愛い動物だと思ったら触手まみれでな……!」
 クランの腕を引く奏音とめい、グリムバルト。
 ――本当にお節介な連中ばかりだ。それも嫌いではないけれど。
「あんたがオイマトの族長か? ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「……何だ?」
「異なる文化のハンターは使命や目的を別としたら、どういう風に見えている?」
「そうだな……良き隣人であり、友人……という感じであろうか。我々辺境部族は昔ながらの生活を送っているが、互いの文化を尊重し合って成長して行くことを願っている……」
「そっか。ありがとな」
 族長の言葉に納得したように頷くカイン。
 ここの部族の者は随分と友好的であるらしい。彼の中に、また知識が一つ増えて行く。


「……ああ。旨い。五臓六腑に染み渡る……」
「ちょっと大袈裟じゃない?」
「大袈裟なものか。クィーロの飯は美味い」
「それは普段、誠一がロクなもの食べてないからそう感じるだけじゃないの?」
 クィーロ・ヴェリル(ka4122)の指摘に、相棒お手製の野菜たっぷりのスープを手にしたままうぐ、と言葉に詰まる神代 誠一(ka2086)。
 ここのところ戦闘三昧で、情報収集、作戦立案と寝る間も惜しんで走り回っていた為、食事もパンや携帯食料といった手軽に済ませられるものに頼りがちだったのは事実で……。
 目を泳がせている誠一に、クィーロは苦笑する。
「全く。少しは食生活を見直さないと将来困るよ?」
「返す言葉もございません……」
 ずり落ちた眼鏡を上げる誠一。その顔を覗き込んで、クィーロがまじまじと見つめる。
「ん? 何だ?」
「ううん。目の下にクマ作ってるなあと思ってさ。……あ」
「そんなに目立つか? 参ったな……って何だよ」
 徐々に上がっていくクィーロの目線。誠一が首を傾げたその時、彼が口を開いた。
「誠一…………白髪」
「……は? えっ!? どこに?! 嘘だろ!? 俺まだそんな歳じゃないぞ!?」
「今日は良い陽気だなぁ。ところでもっとスープ食うか?」
「ちょ、おまっ。質問に答えろよ! また俺の反応見て楽しんでるだけだろ!?」
「あ。この肉うまいよ誠一。食べてみなよ」
「え、マジ? おい、食ってねぇで教えろって!! ……あ。ホントだ美味いわこれ。じゃなくて!! クィーロさん俺の話聞いてます!!?」
「酒もあるけど飲む?」
「うん飲む! ってだからそうじゃねえよ!!!」
 面白いくらいに動揺する誠一を淡々とあしらうクィーロ。
 結局、クィーロはどんなに問い詰められても口を割らなかった為、誠一の白髪の真相は闇の中である。


 ――場違いだったな。
 オイマト族の族長や補佐役、そして今回の作戦に参加したハンター達の顔1人1人の顔を見て歩いた門垣 源一郎(ka6320)。
 己が心配するようなことはなかろう……そう判断したと同時に。この場が宴席であったことを思い出した訳で……。
 ……まあ、先日の怪我で失った血肉を補う為にも精々食べておくとするか。
 意を決した彼。羊肉を手にしたところで、こちらに向かってやってくる見慣れた姿に気付いた。
「あ! 源一郎さん! 今日はお一人ですか?」
「見れば分かるだろう」
「じゃあ遠慮なく隣にお邪魔できますね」
 濃い赤のゴシックドレスを揺らして腰掛けるメアリ・ロイド(ka6633)。
 彼女の片手には馬乳酒。酒に弱い彼女のことだ、既に酔い始めているのは明白で……。
 メアリの眼鏡越しに見える目が据わっているのが分かって、源一郎はため息をつく。
「久々に真面目~に働いたので、自分にご褒美あげてもいいかなと思いまして」
「ネネ=グリシュと言ったか。悪趣味な敵だったようだな」
「はい。倒せて良かったです」
 にへらと笑いながら寄りかかってきた彼女に、源一郎は頷く。
「それにしても……俺と話していてつまらなくはないのか」
「何でです? 生きて帰って、源一郎さんと他愛ないお話をするのが、私のささやかな幸せです」
「お前の趣味も良いとは言えんな……。メアリ?」
 返事のない彼女。ちらりと見ると、メアリは安らかな寝息を立てていて……。
 源一郎はもう一度ため息をつくと、己のコートを彼女にかける。
「全く。他を探せばよかろうにな」
 ――未だ『幸せ』や『希望』を見つける気になれず、闇に沈むようにして生きる自分に、前途ある彼女は不釣り合いだ。
 早くそれに気づいてくれればいいのだが……目が覚めるまで、枕代わりになるくらいはいいだろう。
 源一郎の残酷な優しさ。メアリの止まらぬ想いと交わる日は来るのだろうか。


「……これは一体。あやつは何をしておるのじゃ」
「ご挨拶に来たらこうだったですの」
 驚きで目を見張る蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)に答えるディーナ・フェルミ(ka5843)。
 族長は宴席に顔を出した後、寝室に戻ったと一族の者に聞いた。
 だから手土産を持って見舞いに来たのだが……当のバタルトゥはベッドの上で布を広げて裁縫をしており、蜜鈴の台詞へと繋がる。
「イェルズの服だ……。片腕でも脱ぎ着し易いものをと思ってな……」
「……皆さんそういう事を聞きたい訳ではないと思うのですが」
「補佐役思いなのはいいけど今は休む時だよ」
 苦笑する天央 観智(ka0896)。イスフェリア(ka2088)が布を取り上げる。
「まだ青い顔をしておるではないか。ほんに無茶をしよる」
 続いて裁縫道具を取り上げた蜜鈴の横で、ディーナがぺこりと頭を下げた。
「本日はお招きいただきありがとうございますなの。えっと、気は心と言うの。少しでも早く治癒するように回復スキル試させて貰ってもいいですかなの」
「……ああ。頼めるか」
「了解しましたなの!」
 頷く族長にビシッと敬礼を返したディーナ。早速スキルを使い始めた彼女を眺めながら、観智が手にした花を花瓶に活け始める。
「これ、お見舞いです。鉢植えにしようかと思ったんですが、お花屋さんにお話を聞いたら『根付く』は『寝付く』を連想させるそうでお見舞いには不向きだそうで……いやはや、まだ知らぬ知識が沢山ありますね」
 そう言いながらバタルトゥからよく見える位置に黄色のマリーゴールドを置く彼。
 この花には『健康』という花言葉があるらしい。
 じっとしていられないようだし早く元気になってくれるといい……。
「イェルズさんが無事に帰って来られて、本当に良かった。わたしもイェルズさんに助けられたから」
「そうじゃな。妾は力になれなんだが、おんし等が無事で良かった」
「そんなことはない……。誰か1人欠けてもイェルズ救出は成らなかっただろう。感謝している……」
 黄色の花を見つめて言うイスフェリア。バタルトゥから漏れる感謝の言葉に蜜鈴は目を伏せる。
 彼はオイマト族だけでなく、辺境部族全体を背負う立場。
 想いだけでは……理由と言う建前が無ければ動けない。
 それを理解できるからこそ強くは言えない。何かあれば助けになりたいと願う。
「おんしはほんに水臭いのう。困った時こそ頼ると良い。友とは然様なものであろう?」
「そう、だな……。そういう事態にならないのが一番なのだが……」
「完璧などありえぬのは良く知っておろう? 諦めることじゃな。さて。イェルズの顔を見て来よるよ。……何ぞあるかえ?」
 彼女の問いに無言を返すバタルトゥ。声はかけたいがどう声をかけたらいいか分からない……そんな様子が見て取れて、イスフェリアはため息を漏らす。
「あのね。イェルズさんはすごい一生懸命で、バタルトゥさんに憧れて、役に立ちたいっていう気持ちが強いから……怪我のせいで自分の居場所がない、って思ってしまうかも。だから、バタルトゥさんはいつも通りに接してあげて欲しいな」
「そうですね。こういう時は返って気を使われると心苦しいかもしれません」
 観智の言葉にこくりと頷くイスフェリア。
 変わらず頼りにしていること、焦らず、ゆっくり帝国で治療してくるように伝えられたら……きっとイェルズは喜ぶに違いない。
 この人の信頼が、何よりの励みになると思うから……。
「はい! 治療おしまいですの!」
 元気なディーナの声。オイマト族の子供達がひょっこり顔を覗かせたのはほぼ同時だった。
「お姉ちゃん、ご用事まだー?!」
「はーい! 今行く! それじゃちょっと失礼するね」
「わたしもごはん食べるですの!!」
 子供達に呼ばれて席を立つイスフェリア。それに続こうとしたディーナが、そうだ……と言いながら振り返る。
「貴方が貴方だからみんなついていくの。他人を心配させない他人を心配しない貴方なんて、バタルトゥ・オイマトの偽物なの。怒っていいし無茶していいの。その分これからも周りの人を大事にして下さいなの」
「そのようなことを言うとこやつ死ぬまで無茶しそうなんじゃがのう」
 笑顔でヒラヒラと手を振って立ち去るディーナにありがとう、と呟いたバタルトゥ。
 やれやれと蜜鈴が肩を竦めて……そこに入れ替わりで花を抱えたエステル・ソル(ka3983)がやってきた。
「バタルトゥさん! お話があります!」
「……どうした?」
 いつになく怖い顔のエステルに目線を送るバタルトゥ。見れば、手が白くなるほど強く握りしめている。
 ――あの事件があって。怒りに燃えたバタルトゥを初めて見て……本当に心配した。
 人を大事に思うが故の衝動だというのは理解出来たし。
 違う一面を見ることが出来たのは少しだけ嬉しかったけれど……。
 その『人を大事にする』の中に、自分は入っていないのだ。今回それを痛感した。
 そしておそらく、それをバタルトゥ自身は気付いていないのだろう。
 痛々しい程の責任感と自己犠牲。そんなことを続けていたらいつかこの人は……。
 ……悲しい別れは突然やって来る。
 だからこそ……今の気持ちをちゃんと伝えておかなくては。
「……わたくしはバタルトゥさんが好きです。バタルトゥさんにとってわたくしは小さな子供かもしれません。でも、この気持ちはわたくしの大切な、初めての特別な好きです」
「……エステル?」
「だからこれは――宣戦布告です! わたくしは素敵なレディになってバタルトゥさんを恋に落としてみせます!」
 ビシィ! と想い人の心臓を指差したエステル。次の瞬間、ボフッと耳まで赤くなると花を渡してそそくさと立ち去って行く。
 突然の事態に目を見開いて固まるバタルトゥ。その様子を見て、蜜鈴は盃を傾けてくつりと笑う。
「おお、若いのう……。して、先に言うておくがバタルトゥ。子供と思って甘く見るなかれじゃぞ。本気になった女は怖いぞえ……?」


「……そうか。手間をかけたな」
「ううん。我輩もイェルズちゃんの顔見たかったからいいのな。ところでお腹は空いてるのな? ミルク粥作って来たのな」
「ああ……。戴くとしよう」
 補佐役の様子を伝えつつ粥をよそう黒の夢(ka0187)。
 族長にスプーンを渡そうとして……そのまま彼の手を取り、大粒の涙を流す。
「……どうした? 何故泣いている……?」
「バターちゃんが生きてて良かった……」
 囁くように言う黒の夢。
 微かに感じる彼の暖かさが、確かな生を伝えてくる。
 ――昔に喪ったあの人は、遠い地に戦いに行ったきり帰ってこなかった。
 助けたくても助けられなかった。また喪うのかと思ったら、怖くて悲しくて……。
「……そんなに心配させたか。すまなかったな」
「ううん。我輩こそ急に……あ、ごめんなのな。こういうの嫌だもんね」
 慌てて手を離した彼女。鮮やかな色の手拭いで黒の夢の目をそっと拭ったバタルトゥは小さくため息をつく。
「手を握られるくらいは構わんが……女子との過度な接触は苦手というだけだ。……そういうことは……唯一人と決めた相手とすべきだと思うし……そうしたいと考えている……」
「……バターちゃん真面目なのな」
「お前が大らかすぎるだけだろう……」
 価値観の違いというやつだな……と続けた後に傷が痛むのか顔を顰めたバタルトゥ。
 そういえば、こういう話はきちんとしたことがなかったなと、黒の夢は思う。
 もう少し話したい気もするけれど。
 でも――今は休む時だ。
「今痛いって顔したのな。お休みするのな。今は休むのが仕事なのな」
「……お前は、誰を見ている?」
「うな……?」
「……いや、いい。気にするな……。さて、粥を戴くとしよう……」
 そう言い、お椀を受け取った彼。
 ――この人は、気づいているのだろうか。
 バタルトゥに重なる遠い面影。あの人とは違う。分かっているけれど――。
 目を伏せた黒の夢。胸に残る靄を吐き出すようにため息をついた。


「久しぶりやなぁ」
 イェルズの部屋を訪れたレナード。そこまで言って、言葉に詰まる。
 元気にしとったか……と言いかけた定番の言葉は、現状包帯だらけのイェルズには適切ではないと思ったのだ。
「えっと。これ大したもんやないけど……」
「ありがとうございます。男なのに花貰っちゃって何だか恐縮です」
「お見舞いの品やもん。男とか関係あらへんやろ」
 そうですね、と笑うイェルズに笑みを返すレナード。
 今回の作戦はお手伝いとして参加したが……こうして彼の救助に繋げる事が出来てとても安堵した。
「イェルズさんと会うのは雪だるまの作り方教えてもらった時以来やね」
「そんなことありましたっけ?」
「えっ。忘れてしもたん!!?」
「いや、レナードさんと雪遊びしたのは覚えてるんですけど……そんなこと教えたかなあって」
「ビックリしたわ。そない薄情なこと言われたらどないしようかと思たわ」
「あれ何年前でしたっけね」
 イェルズの言葉に遠い目をするレナード。
 あの時、補佐役がとても丁寧に一生懸命教えてくれたことを思い出す。
 お陰で初めての雪がとても楽しかった。
 だから、今度は――。
「あん時は僕が教えてもらう側やったけど、今度は僕が……これからも、イェルズさん達の助けになれたら嬉しいやんね」
「……ありがとうございます」
 残った片腕を差し出すイェルズ。レナードはその手をしっかりと握り返した。


「何だか皆さんに心配かけてしまったみたいで……」
「そりゃそうだよ。こんなことになって心配しない訳ないでしょ」
「ハイ。すみません」
 素直に謝罪するイェルズにジト目を向けるラミア・マクトゥーム(ka1720)。
 正直言いたいことは売る程あるし、全然大丈夫そうに見えないのにヘラヘラしててぶん殴ってしまいそうではあったのだけれど。
 もう既に周囲に散々叱られただろうし……これ以上追い打ちをかけるのもいかがなものかと思う。
「ま、いいよ。今回はこの一言で勘弁してあげる。その代わり大人しく看病されなさいよね」
「えっ。大丈夫ですよそんな……」
「寝返り打つ度脂汗かいて苦しんでる奴が文句言わない!!」
 ピシャリと言い返すラミアをまあまあと宥めるルシオ・セレステ(ka0673)。
 手にしたカップをそっとイェルズの近くに置いた。
「イェルズ、甘いものは好きかい?」
「はい」
「良かった。ホットチョコレートを淹れて来た。甘いものは心が落ち着く。飲んでみるといい」
「ありがとうございます。いい匂……」
「イェルズさん、良かったよーーー!」
 イェルズの言葉を遮るように開いたドア。
 シアーシャ(ka2507)が泣き笑いで走り寄って来た。
「シアーシャさんお久しぶりです……って、何で泣いてるんd」
「イェルズさんが生きてて良かったからに決まってるでしょ!?」
 被せ気味に言うシアーシャ。
 目や腕を失って一番ショックなのは彼だ。
 どう励ましの言葉をかけていいのか分からないけれど。
 生きていてくれて嬉しいというのは、偽らざる本心だから……。
「ほら! これ! イェルズさんに教えて貰った串焼き! 作ってみたから食べてみて!」
「1回教えただけなのにここまで出来るなんて、シアーシャさん筋がいいんですね」
「先生の教え方が良かったからだよ。レパートリーもっと増やしたいし……また、色々と教えてほしいな!」
「いいですよ。身体が治ったらまた教えますね」
 にっこり笑うイェルズに頷き返すシアーシャ。
 物知りなイェルズさんから色んな新しいことを教えてもらうのが楽しくて、嬉しい。
 次の約束が出来て、良かったと思う。
 そこに聞こえてきたノックの音。
 漂う花の甘い香り。そこには白いアネモネと紫のフリージアを抱えたリシャーナ(ka1655)が立っていた。
「突然お邪魔してごめんなさいね。初めまして、リシャーナと言うわ。怪我の具合はどう?」
「あ、ハイ。初めまして。怪我の具合はまあまあってところです」
「そう。玲のことで、お礼を言いたくて来たのよ」
 突然の美人の来訪に驚くイェルズに穏やかな笑みを向ける彼女。
 リシャーナが弟のように可愛がっている香藤 玲(kz0220)。
 彼は今回、目覚ましい成長を見せた。
 それは……この目の前にいる赤毛の青年がいたからだ。
 きっと玲にとってイェルズはヒーローであり目標なのだろう――。
「おっとりなあの子があんなに頑張ったのは貴方のお陰よ。ありがとう」
「……そんな、俺はまだ未熟で。誰かの背中を追う方で……」
「……だからどうだと言うの? 何があってもあなたはあなたよ。存在が希望になれるわ。どうか忘れないで。貴方に助けられた人間もいるということを」
 リシャーナの優しい声に言葉を失うイェルズ。
 そこに仙堂 紫苑(ka5953)と、珍しく真面目な顔をしたアルマ・A・エインズワース(ka4901)が歩み寄った。
「疲れてるとこ悪いな。俺は仙堂と言う。どうしてもこいつがお前と話したいっていうんでな」
「ご丁寧にありがとうございます。……アルマさん? どうしたんです? 怖い顔して」
「……申し訳ありませんでした」
「えっ!? 何で謝るんですか……!?」
「まあ、最後まで聞いてやってくれ。こいつのケジメみたいなもんだから」
 深く頭を下げるアルマ。慌てるイェルズを紫苑が宥めて――アルマは頭を下げたまま続ける。
「僕が『あの人』を、もう少し早く殺す決心がついていれば、こんな事にはなっていなかった筈です。僕のせい、だと思います。申し訳ありませんでした」
 そうだ。僕はあの人に生きていて欲しかった。
 殺したくなんてなかった。
 でも、この迷いが……イェルズを傷つけ、被害を広げる一端を担ったことには違いないと思うから。
「こうなったのはアルマさんのせいじゃないですよ。俺が未熟だったからです」
「いやいや。さすがにブロートコアと喧嘩して勝てる奴はいないと思うぞ……」
 淡々とツッコむ紫苑。イェルズはちょっと困った顔をしながら続ける。
「それはそうなんですけど。そうじゃなくて……アルマさんの大事な存在だったんでしょう?」
「……はい。そうです」
「俺、族長や一族の仲間が歪虚になったら……倒せる自信なんてないです。倒さなきゃって分かってはいますよ。でも、人の気持ちってそういう簡単なものじゃないでしょ」
「お前、そんなこと言ってこいつをあまり甘やかすなよ。気を付けないと……」
「……イェルズさんいいひとですううううう!! 僕感動しましたああああ!!」
「気に入られて突撃されんぞって言おうと思ったけど遅かったか……。おいアルマよ、怪我人にご無体すんな」
「……イェルズ、随分モテるんだね」
「こういうのはモテるって言わない気がしますけど!?」
 イェルズの右手を握りしめて感涙に咽ぶアルマ。紫苑が容赦なく飛びつくわんこを引っぺがす中、ラミアとイェルズの漫才が炸裂する。
 そこに瀬陰(ka5599)がくつくつと笑いながらやってきた。
「随分賑やかだね。お取込み中お邪魔するよ。やあ、お久しぶり。あの時は色々ありがとうね」
「瀬陰さん! お久しぶりです!」
 嬉しそうなイェルズにうん、と頷き返す瀬陰。赤い隻眼で彼を見つめると、そっと頬に手を伸ばす。
「片目……お揃いに、なってしまったね」
「そう、ですね。瀬陰さんとは反対の目ですけど……」
「そうだね。……もう一度、『君』に会えて本当に良かったよ。僕にできる事は、何かあるかい?」
「……瀬陰さん」
「何だい?」
「片目を失っても……戦えますか?」
 躊躇いがちに問うイェルズ。やはり不安はあるのだろう。同じ隻眼である彼にしか聞けなかったのかもしれない。
 瀬陰は少し考えると、強く頷く。
「……ああ。僕もこうしてハンターとして戦えている。慣れるまで時間はかかるかもしれないが、必ず慣れる。焦ってはいけないよ」
「片腕を失っても大丈夫ですよ! ホラ! 僕も義手ですし!!」
 そう言って己の腕を見せるアルマ。
 片目や片腕でもハンターとして活動している実績がある。
 それは、イェルズに安心を与えたようだったが……それまでずっと彼を見つめていた氷雨 柊羽(ka6767)が口を開いた。
「……イェルズさん、今何を考えてる?」
「え?」
「ずっと笑ってて平気なフリしてるけど、本心じゃないでしょそれ」
「うん。失礼だけど、無理をしているように見えるから……」
「いや、俺は別に……」
 ラミアと柊羽の言葉に言い淀むイェルズ。
 大怪我を負って、契約者になって、こちらへ戻ってきて。
 片目と片腕を失って平気でいられる筈がないのだ。
 苦しみ、悲しみ、動揺……そういったものを抱えている筈だから。
「ね、これからどうするの?」
「想いを形にするのも、心の重荷を軽くするのも、口にすれば多少はできるんじゃないかなって思うから……よかったら聞かせてほしいな」
「……俺は。早く身体を治して、それで、族長の役に立てるように……そういえばルシオさん、エンドレスは……?」
「ああ、皆で倒したよ。全員で帰って来た。これがその手の一つ」
 そう言って、イェルズの右手を握るルシオ。淡い青の目が彼を映す。
「イェルズの気持ちもそこにあったから。こんなになっても……強かった。頑張ったね、イェルズは」
「俺、シバ様の仇を討ちたかったんだ。それなのに……やだな。泣くつもりなんてなかったのに……」
「まだすべてが終わった訳じゃない。エンドレスは倒れたが……情報を継いだ者がいる。仇はこれからでも討てるさ」
「イェルズさん。我慢しなくていいんだよ」
「そうよ。迷惑をかけたっていいじゃない。支え合うってそう言う事よ」
「……君の右眼から希望の彩は失われていない。また立ち上がれるさ」
 ルシオと柊羽、リシャーナと瀬陰の言葉が胸に沁みる。泣きたくないのに涙が出てきて、イェルズは頭を振る。
「……強くなりたい。シバ様みたいに、大切な何かを守れるくらいに、強く」
「それがイェルズの望みだね。分かった。アタシはアンタの事好きだしさ。出来る限りの事はしてあげるよ。大丈夫だって」
「……早く、とは言わない。けれど……また、一緒に依頼に行こう。待ってるから」
 胸元の赤いペンダントを弄りながらサラリと言うラミア。残念ながらイェルズにそれに気づく余裕はなく。柊羽の言葉に何度も頷いて……。
 ――半身を、友を失って彷徨っていた私でも見守れる君達がいる。それがとても嬉しい。
 イェルズの赤い髪を母親のように撫でるルシオ。
「義手の先輩として色々教えてあげたいです……」
「妙なこと吹き込むなよお前……」
 そしてわんこの飼い主は必死にわんこを御していた。


 賑やかな宴席。子供達のはしゃぐ足音。響くリシャーナの優しい歌声。
 それぞれの和やかな時間が過ぎて行く。
 そしてハンター達の励ましは、確かに補佐役の胸に届き……再起へ向けて、動き出すことになる。

依頼結果

依頼成功度大成功
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重体一覧

参加者一覧

  • 黒竜との冥契
    黒の夢(ka0187
    エルフ|26才|女性|魔術師
  • Sanctuary
    羊谷 めい(ka0669
    人間(蒼)|15才|女性|聖導士
  • 杏とユニスの先生
    ルシオ・セレステ(ka0673
    エルフ|21才|女性|聖導士
  • 止まらぬ探求者
    天央 観智(ka0896
    人間(蒼)|25才|男性|魔術師
  • 慈眼の女神
    リシャーナ(ka1655
    エルフ|19才|女性|魔術師
  • ずっとあなたの隣で
    ラミア・マクトゥーム(ka1720
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士
  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一(ka2086
    人間(蒼)|32才|男性|疾影士
  • 導きの乙女
    イスフェリア(ka2088
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • 力の限り前向きに!
    シアーシャ(ka2507
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • 部族なき部族
    エステル・ソル(ka3983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • 差し出されし手を掴む風翼
    クィーロ・ヴェリル(ka4122
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッド(ka4409
    人間(蒼)|24才|男性|機導師
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 見霽かす赫き瞳
    瀬陰(ka5599
    鬼|40才|男性|舞刀士
  • 洗斬の閃き
    セツナ・ウリヤノヴァ(ka5645
    人間(紅)|24才|女性|舞刀士
  • 想いと記憶を護りし旅巫女
    夜桜 奏音(ka5754
    エルフ|19才|女性|符術師
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 大局を見据える者
    仙堂 紫苑(ka5953
    人間(紅)|23才|男性|機導師

  • 門垣 源一郎(ka6320
    人間(蒼)|30才|男性|疾影士
  • 望む未来の為に
    クラン・クィールス(ka6605
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • 夜空に奏でる銀星となりて
    レナード=クーク(ka6613
    エルフ|17才|男性|魔術師
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師
  • 白銀のスナイパー
    氷雨 柊羽(ka6767
    エルフ|17才|女性|猟撃士
  • 離苦を越え、連なりし環
    カイン・シュミート(ka6967
    ドラグーン|22才|男性|機導師

サポート一覧

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/11/13 16:10:56