ゲスト
(ka0000)
聖導士学校――聖職者と精霊の微妙な関係
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/11/15 12:00
- 完成日
- 2017/11/17 18:05
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
えい、と黒い刃を振り下ろす。
何度も何度も繰り返し、柄を捻って止めを刺す。
過呼吸が収まらず腰から力が抜けて尻から床に倒れてしまう。
やった。
これでももう恐怖の存在はいない。
小さな顔に引き攣った笑みが浮かんだ瞬間。
滅んだはずの恐怖がカッと目を見開いた。
●水性ペンのヒゲ
「えーと」
どうしよう。
しょぼしょぼする目で瞬きしながら、無傷のイコニア・カーナボンが寝台の上で小首を傾げた。
何がどうなっているのかさっぱり分からない。
「イコニア司祭、何かあったのです」
驚く部下の1メートル先で、銀髪エルフ幼女に見える何かがが気絶していた。
ベッドから降りて助け起こそうとしても、そう考えるだけで激しく痙攣し始めるので動くに動けない。
同性で年下の部下は何度もイコニアと精霊を見比べ、数十秒近く迷った末に口を開く。
「精霊様との間に何が?」
「何がって……」
そう聞かれても困る。
近所に棲む丘精霊に苦手意識を持たれているのを知っているが、別に敵対している訳では無い。
「これを見て下さい」
携帯用の手鏡を向けられる。
ヒゲが見えた。
療養中で血の気の引いた自分の頬に、片方3本ずつのヒゲが黒のペンで描き込まれていた。
●聖職者と精霊の微妙な関係
「笑い事ではありませんよ」
数日ぶりにカソックに腕を通したイコニアが、校長室でため息をついていた。
司教でもある校長は何度か咳払いして表情を取り繕い、イコニアを真正面から見てまた噴き出す。
あれから1日経っているのに猫ヒゲはくっきり鮮やかな色のままだ。
「丘精霊様に好かれているじゃないか」
イコニアの視線が冷たくなる。
打倒歪虚と司祭業に青春を捧げているとはいえ性別を忘れたつもりはない。
悪戯にしては度が過ぎるのでないだろうか。
「何度通っても会うことも出来なかった連中と比べればな」
「文句凄かったですよね」
大精霊と比べれば弱体な丘精霊を御しやすいと考えたのか、中央の司教複数がこの学校を訪れた。
丘精霊は彼等を完全に無視し、言葉を交わすどころか姿を見せることすらなかった。
「そのヒゲ、おそらく浄化と祝福の陣だ」
金貨を積み上げても得られない祝福であり名誉でもある。
もちろん、人間であるイコニアに浄化の効果は無い。
丘精霊は嫌がらせをする質ではないので、それだけイコニアを怖がっているのだろう。おっちょこちょいであるともいう。
「私、精霊様にそこまで嫌われているのですか」
聖導士が使う法術は信仰心が基本だ。
イコニアは信仰心も強いがそれはエクラ教準拠の信仰心。
反エクラではないが非エクラではあった丘精霊とは相性が悪い。
「君が離れても解決にはならないよ。丘精霊様は君から大きな影響を受けている。その影響が完全に無になることはない」
ハンターやハンターに影響を受けた生徒の近くにいるため、丘精霊は精霊としてはかなりの速度で変化し続けている。
それでも最初に影響を与えたのはイコニアであることは変わらない。
「はは、悩め若人よ」
「悩んでいる時間があればいんですけど」
倒れるようにソファーへ腰を下ろす。
高位歪虚相手に負った傷は深く、体力気力が長く続かないしスキルも使えない。
「私の役職を引き継げる人がいるなら全部まとめて引き継いでもらって十分悩めるのですけどね」
今度は司教が言葉に詰まる。
ホロウレイド以前なら、イコニア程度の信仰心と頭の持ち主には役職など与えられず王立学校神学科の受験勉強に励んでいたはずだ。
卒業出来たら司教位が与えられ、様々な役職を数十年かけて歴任し、政治的にも生き残っていれば大司教就任レースへ参加という将来があった。
だが現実は厳しい。
聖堂教会を支える人材の多くがホロウレイドで失われた結果、1つの派閥の幹部として動くしかなくなった。
当然のように知識と経験が足りず創意工夫で補っても恨まれることが多く消耗も激しく出世も遠ざかる。
「とりあえず、私が寝ていた間の状況を教えて下さい。私が出来ることは私がやっておきますので」
「無理はしないように」
「はい。……はい?」
校長から渡された報告書を読み進めれば読み進めるほど、少女司祭の顔から血の気が引いていく。
予想以上に事務処理が滞っている。
最低3徹確定であった。
●緊急依頼
「臨時教師募集中でーす。給料は滅茶苦茶いいですよー」
胡散臭い笑顔のオフィス職員を見て回れ右したハンターが多数。
残る少数もできる限りこのオフィス職員から離れようとして、しかし新たに現れた立体ディスプレイに行く手を遮られる。
「CAM持ち込みOK、ちょっと歪虚を倒せば精霊に会える特典付きですよー」
詳細な地形の上にこれまで確認された歪虚の情報が記入されていく。
学校の近くに全高4メートルの人骨ガーゴイルが出現し、十数キロ離れると個々は弱くても集団で襲ってくる飛行歪虚までいる。
控えめに表現して危険地帯である。
「近くの開拓地では冬小麦の植え付けが始まっています」
地図が拡大して現地の映像に。
恐怖の体験を忘却した丘精霊が、農業用ゴーレムの頭上に立ち楽しそうに麦植えの光景を眺めている。
その間近で地面が盛り上がる。
黄ばんだ白の手が、翼が、上半身が出て人骨製ガーゴイルが姿を現す。
農機具を手に整然と避難を始めるゴーレム達。
倉庫から急行して銃撃を加える魔導トラック。
勝てはするだろう。
だが第2、第3の襲撃に耐えられるとは全く思えなかった。
●現地地図(1文字縦横2km
abcdefgh
あ□□平平平川□□ □=未探索地域
い□□平学薬川川川 平=平地。低木や放棄された畑や小屋があります。やや安全。演習場扱い
う□平畑畑畑開□□ 学=平地。学校が建っています。緑豊か。屋外は危険。北に向かって街道あり
え□□平平平平□□ 川=平地。川があります。水量は並
お□□□荒果果□□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります。4割の畑は何も植えられていません
か□□□荒荒丘□□ 開=平地。開拓停滞中
き□□□荒湿湿荒□ 薬=平地。小規模植物園あり。拡張中。猫が食事と引換に鳥狩中
く□□□荒荒荒荒□ 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
け□□□□□□□□ 果=緩い丘陵。果樹園跡有り。柑橘系。休憩所あり。開拓民が手入開始
こ□□□□□□□□ 丘=平地。丘有り。精霊在住
さ□□□□□□□□ 湿=湿った盆地。比較的安全。負のマテリアル濃度が僅かに上昇中
●
「お菓子で釣る?」
徹夜明けの虚ろな目で、日課の餌やりもとい野良精霊へのお菓子の奉納を行うイコニア。
今日はいつもよりパルムの集まりが良い。
「言葉巧みに近づいて洗……意図的にそれをやったら聖導士廃業よね」
幼少時から厳しく鍛えられた分能力は高いが抜けも多い。
特に、精神年齢的年下相手に仲良くなる能力が欠けている。
「どうしよう」
1人でいくら考えても、答えは見つからなかった。
何度も何度も繰り返し、柄を捻って止めを刺す。
過呼吸が収まらず腰から力が抜けて尻から床に倒れてしまう。
やった。
これでももう恐怖の存在はいない。
小さな顔に引き攣った笑みが浮かんだ瞬間。
滅んだはずの恐怖がカッと目を見開いた。
●水性ペンのヒゲ
「えーと」
どうしよう。
しょぼしょぼする目で瞬きしながら、無傷のイコニア・カーナボンが寝台の上で小首を傾げた。
何がどうなっているのかさっぱり分からない。
「イコニア司祭、何かあったのです」
驚く部下の1メートル先で、銀髪エルフ幼女に見える何かがが気絶していた。
ベッドから降りて助け起こそうとしても、そう考えるだけで激しく痙攣し始めるので動くに動けない。
同性で年下の部下は何度もイコニアと精霊を見比べ、数十秒近く迷った末に口を開く。
「精霊様との間に何が?」
「何がって……」
そう聞かれても困る。
近所に棲む丘精霊に苦手意識を持たれているのを知っているが、別に敵対している訳では無い。
「これを見て下さい」
携帯用の手鏡を向けられる。
ヒゲが見えた。
療養中で血の気の引いた自分の頬に、片方3本ずつのヒゲが黒のペンで描き込まれていた。
●聖職者と精霊の微妙な関係
「笑い事ではありませんよ」
数日ぶりにカソックに腕を通したイコニアが、校長室でため息をついていた。
司教でもある校長は何度か咳払いして表情を取り繕い、イコニアを真正面から見てまた噴き出す。
あれから1日経っているのに猫ヒゲはくっきり鮮やかな色のままだ。
「丘精霊様に好かれているじゃないか」
イコニアの視線が冷たくなる。
打倒歪虚と司祭業に青春を捧げているとはいえ性別を忘れたつもりはない。
悪戯にしては度が過ぎるのでないだろうか。
「何度通っても会うことも出来なかった連中と比べればな」
「文句凄かったですよね」
大精霊と比べれば弱体な丘精霊を御しやすいと考えたのか、中央の司教複数がこの学校を訪れた。
丘精霊は彼等を完全に無視し、言葉を交わすどころか姿を見せることすらなかった。
「そのヒゲ、おそらく浄化と祝福の陣だ」
金貨を積み上げても得られない祝福であり名誉でもある。
もちろん、人間であるイコニアに浄化の効果は無い。
丘精霊は嫌がらせをする質ではないので、それだけイコニアを怖がっているのだろう。おっちょこちょいであるともいう。
「私、精霊様にそこまで嫌われているのですか」
聖導士が使う法術は信仰心が基本だ。
イコニアは信仰心も強いがそれはエクラ教準拠の信仰心。
反エクラではないが非エクラではあった丘精霊とは相性が悪い。
「君が離れても解決にはならないよ。丘精霊様は君から大きな影響を受けている。その影響が完全に無になることはない」
ハンターやハンターに影響を受けた生徒の近くにいるため、丘精霊は精霊としてはかなりの速度で変化し続けている。
それでも最初に影響を与えたのはイコニアであることは変わらない。
「はは、悩め若人よ」
「悩んでいる時間があればいんですけど」
倒れるようにソファーへ腰を下ろす。
高位歪虚相手に負った傷は深く、体力気力が長く続かないしスキルも使えない。
「私の役職を引き継げる人がいるなら全部まとめて引き継いでもらって十分悩めるのですけどね」
今度は司教が言葉に詰まる。
ホロウレイド以前なら、イコニア程度の信仰心と頭の持ち主には役職など与えられず王立学校神学科の受験勉強に励んでいたはずだ。
卒業出来たら司教位が与えられ、様々な役職を数十年かけて歴任し、政治的にも生き残っていれば大司教就任レースへ参加という将来があった。
だが現実は厳しい。
聖堂教会を支える人材の多くがホロウレイドで失われた結果、1つの派閥の幹部として動くしかなくなった。
当然のように知識と経験が足りず創意工夫で補っても恨まれることが多く消耗も激しく出世も遠ざかる。
「とりあえず、私が寝ていた間の状況を教えて下さい。私が出来ることは私がやっておきますので」
「無理はしないように」
「はい。……はい?」
校長から渡された報告書を読み進めれば読み進めるほど、少女司祭の顔から血の気が引いていく。
予想以上に事務処理が滞っている。
最低3徹確定であった。
●緊急依頼
「臨時教師募集中でーす。給料は滅茶苦茶いいですよー」
胡散臭い笑顔のオフィス職員を見て回れ右したハンターが多数。
残る少数もできる限りこのオフィス職員から離れようとして、しかし新たに現れた立体ディスプレイに行く手を遮られる。
「CAM持ち込みOK、ちょっと歪虚を倒せば精霊に会える特典付きですよー」
詳細な地形の上にこれまで確認された歪虚の情報が記入されていく。
学校の近くに全高4メートルの人骨ガーゴイルが出現し、十数キロ離れると個々は弱くても集団で襲ってくる飛行歪虚までいる。
控えめに表現して危険地帯である。
「近くの開拓地では冬小麦の植え付けが始まっています」
地図が拡大して現地の映像に。
恐怖の体験を忘却した丘精霊が、農業用ゴーレムの頭上に立ち楽しそうに麦植えの光景を眺めている。
その間近で地面が盛り上がる。
黄ばんだ白の手が、翼が、上半身が出て人骨製ガーゴイルが姿を現す。
農機具を手に整然と避難を始めるゴーレム達。
倉庫から急行して銃撃を加える魔導トラック。
勝てはするだろう。
だが第2、第3の襲撃に耐えられるとは全く思えなかった。
●現地地図(1文字縦横2km
abcdefgh
あ□□平平平川□□ □=未探索地域
い□□平学薬川川川 平=平地。低木や放棄された畑や小屋があります。やや安全。演習場扱い
う□平畑畑畑開□□ 学=平地。学校が建っています。緑豊か。屋外は危険。北に向かって街道あり
え□□平平平平□□ 川=平地。川があります。水量は並
お□□□荒果果□□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります。4割の畑は何も植えられていません
か□□□荒荒丘□□ 開=平地。開拓停滞中
き□□□荒湿湿荒□ 薬=平地。小規模植物園あり。拡張中。猫が食事と引換に鳥狩中
く□□□荒荒荒荒□ 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
け□□□□□□□□ 果=緩い丘陵。果樹園跡有り。柑橘系。休憩所あり。開拓民が手入開始
こ□□□□□□□□ 丘=平地。丘有り。精霊在住
さ□□□□□□□□ 湿=湿った盆地。比較的安全。負のマテリアル濃度が僅かに上昇中
●
「お菓子で釣る?」
徹夜明けの虚ろな目で、日課の餌やりもとい野良精霊へのお菓子の奉納を行うイコニア。
今日はいつもよりパルムの集まりが良い。
「言葉巧みに近づいて洗……意図的にそれをやったら聖導士廃業よね」
幼少時から厳しく鍛えられた分能力は高いが抜けも多い。
特に、精神年齢的年下相手に仲良くなる能力が欠けている。
「どうしよう」
1人でいくら考えても、答えは見つからなかった。
リプレイ本文
●療養中
「お邪魔します」
静かにドアを開いた瞬間、ユウ(ka6891)の視線が一点に引きつけられそこから離せなくなる。
水性ペンで描かれた猫ヒゲ。
子供の悪戯でももう少し上手だろうという下手さではあるのだが、龍園でも珍しいレベルのマテリアル(但し地域密着型)が塗り込められている。
「その猫さんヒゲはどうしたのですか?」
ベッドから上半身を起こしたイコニアが説明を始めた。
説明が進むほどにユウの表情が明るくなり、対照的にイコニアの目が曇っていく。
「なるほど。思ったよりお元気そうなのも猫さんヒゲのお陰なのですね」
きらきらした目で猫ヒゲを見る。
イコニアが精神的ダメージを負い上体がふらふらし始める。
なお、ベッドを挟んだユウの反対側では、護衛兼不寝番のイェジド【二十四郎】が欠伸をしていた。
「私も精霊様の祝福を賜れるよう頑張ってきます。行ってきます!」
一礼して立ち去るユウを見送り、イコニアは羊皮紙を取り落としベッドに倒れかけた。
「悪意無しで本気で言ってるからきっついよねー。まだ生きてるイコちゃん?」
「精神的には死にかけかもです」
震える指を頬に伸ばしててこすっても、全く消えないし薄れもしない。
これを描いたのは丘精霊。
4大精霊を比べるとは比較にならない格しか持たなくても、覚醒者が打ち勝つのは非状に難しい。
「はいはいとっとと休む。手紙はどう?」
「ごめんなさい手紙は私が後から、ええっと、回復してから書きますので財務のチェックを、うぅ」
自分の目を隠して大きなため息。
イコニアは聖堂教会所属聖導士であり崇めているのは大精霊エクラ。
しかし他の精霊にもしっかりと敬意を捧げているわけで、丘精霊に疎まれる現状は正直精神的に厳しすぎる。
「意地悪する気は欠片もないんだけど」
見本である恐ろしく達筆な書きかけ報告書を片付け、宵待 サクラ(ka5561)がイコニアの横に腰掛けた。
「今のイコちゃんじゃ、精霊さまと仲良くなるのは、多分無理だと思う」
「そこをなんとか。えっとほら、リアルブルーの詭弁……弁論術とか使えませんか」
すがるような緑の瞳をじっと見て、そこに悪意がないのを確かめサクラがほっとする。
「借り物の言葉で悪いけど。他人を変えるより自分を変えた方が事態が早く動いて楽なのは本当でさ。イコちゃんが精霊さまと仲良くなりたいなら、私はイコちゃんの自分探しをお勧めするかな」
「じぶんさがし?」
精霊による翻訳は有効に働いている。
イコニアに縁が無い言葉なので戸惑っているだけだ。
「精霊さまは、見た目はイコちゃんと同じで可愛いけど。見た目に騙されたら、いつまで経っても仲良くなれないと思うよ? だって精霊さまは、焦げたパンを美味しそうに食べたって聞いた。精霊さまは外側なんて見ていない。私達の内面で仲良くするかどうかを決めてるんだ」
沈黙が訪れる。
二十四郎がドアの近くで腰を下ろしてまた欠伸をする。
「それって私じゃ無理って……」
安易な答えを選びかけた少女の腕を、サクラの手がしっかりと掴む。
「イコちゃんがマトモで真面目な聖職者だから、それでも精霊さまは現れるしイコちゃんを本質的に嫌いになれないし精霊さまのペースで構ってくれるけど」
じっと緑の目を見る。
「精霊さまは幼児じゃない。イコちゃんが今抱えてると想像できる、人に言えない痛い記憶を昇華出来ない限り……近づくことで痛みを感じさせるイコちゃんに、近づけないんだと思う」
「えっ」
緑の目が瞬きする。
サクラの緑の目がじっと見ている。
「えぇっ!?」
ようやく気づいたイコニアが声をあげた。
「わ、私にとっては普通というか平凡なことなんですけど!」
イコニア・カーナボンは、聖堂教会の若手司祭としては多少熱心な程度の信仰心の持ち主である。リアルブルーの某国基準では強烈な狂信者に相当する。
「違うからね。普通で平凡な子は神経ぐちゃぐちゃにされながら戦えないから」
サクラなら出来る気もするがわざわざ試す気は無い。本気で痛いのだ。
イコニアは混乱する。予想外のことを言われても真心からの発言であることは分かる。
サクラの手をはね除けようとはせず、少女司祭が痛みによらない汗を大量に流し出す。
「その水準の自省をしないと、無理?」
沈黙が、これ以上無い明白な回答だった。
●目無鴉
刃の如き冷気が柔らかな頬を撫でる。
ソナ(ka1352)は痛みを感じない。
より正確に表現すると、痛みを痛みとして感じる余裕が無く風の流れとして認識している。
太股に軽く力を込める。
ワイバーン【Laochan】が失速寸前の軌道で進路を変え、寸前までソナの頭があった場所を目無しの烏が通過した。
1匹2匹ではない。
主従がまとめて肉塊にされかねない数と速度で目無し烏が飛んでいた。
息継ぎのタイミングでワイバーンがファイアブレス。
飛行歪虚集団の先頭が大きく抉れるが、耐えた烏もいるし無傷の烏もいた。
「不安定な土地ですね」
高位歪虚一体で校舎周辺が危険地帯に変わり、精霊の住処近くの湿地も怪しい。鴉については言うまでもない。
安全重視の偵察をするだけでこの有様だ。
「ルーハン」
空中戦の膨大な情報を処理して一言だけ口にする。
ワイバーンが口を閉じて第2撃を中止。
殺到してくる烏を躱すだけ躱して、少しとはいえ確実に上回る速度を活かしてじりじり距離を取り始めた。
烏が追って来る。
柑橘類の木々を超え、既に植え終わった麦畑を越え、子供がちらほらと見える学校近くまで到達してしまう。
これはさすがにまずいのではと考えるワイバーン。
ソナよりずっと弱い相手を見つけて進路を変えようとする目無し烏達。
その真横から、青空のように鮮やかなワイバーンが速度を落とさず突っ込んだ。
「クウ!」
氷の刃で烏の嘴を弾く。
剣の軌道とユウの声が1つの歌となって現実に影響を及ぼす。
汚れた鳥を構成する羽が脆くなり、それが元の強靱さを取り戻す前に前方から炎が襲う。
クウが翼をすぼめる。
Laochanが作った空間を通って包囲を逃れ、逃げようとする歪虚群の行く先にブレスを見舞う。
地上で2種類の発砲音。
魔導トラックの車載機銃が猛烈な弾幕を張り、逃げ惑う目無し鴉を次々に撃破……というほどには当たらない。
ソナが矢を放ちクウが獣機銃で1羽ずつ潰す。
空対空と地対空の攻撃によって、目無し鴉は10分もかからず撃破された。
●王国
土は黒々として、五感以外でも何か力強いものが感じられる。
「これがグラズヘイム」
アリア・セリウス(ka6424)は掌の土を見て複雑な感情に襲われる。
数年放置された土地とは思えないほど肥えている。
開拓民が肥料を撒いたわけでも丘精霊が祝福を与えた訳でもない。
農地としての潜在能力が高すぎるのだ。
「畑は最小限で良いでしょう。できる限り小麦の作付け面積を増やすべきです」
「小麦かー」
「小麦……」
太い首を傾げる開拓民達は、自分がどれだけ恵まれた立場にいるか分かっていない。
帝国の開拓地なら初期には芋すら難しいときがあるのも知らないのだろう。
「北東、小型歪虚2。避難の必要はありません」
アリアが弓を構える。
銀のイェジドがアリアの背後にまわり、敵の奇襲に備えて意識を研ぎ澄まさせる。
敵と風の動きを読み。
心身が整うタイミングで矢を放つ。
ぱきり、ぱきりと骨に見える歪虚が砕け、存在を保つことが出来ずに雑魔2体がこの世から消滅した。
歓声をあげる開拓民。
アリアとイェジドは彼等を無視し、生徒全員が屋内で授業中のはずの学校に向かう。
道路並に踏み固められた地面が割れ、馬鹿馬鹿しいほどに大きな腕の骨が地の底から這い上がる。
「雪や冷たい風が降りしきる中、困る事がないように、せめて、現れた歪虚だけでも倒しましょう
龍鉱石から削り出された刃を鞘から抜く。
強力な歪虚の存在に反応しているのか、三日月の形の刀身が艶やかに光る。
「さあ、幻月を携えるように」
黄ばんだガーゴイルがアリアに気づく。
爪の先から尻尾の先まで全て人骨製。
力を注いだ歪虚の歪みっぷりが一目で分かる大型歪虚だ。
「刃と身を廻しましょう」
刃が空気を裂く音に紛れて新たな刃が生じる音。
2種の水晶の煌めきが0に近い時間差で人骨ガーゴイルを襲う。
見えているのに避けきれない。
右膝を構成する人骨が砕け、大きなガーゴイルが地面に転びかけて慌て翼を上下に振るう。
「歌で月光の剣舞としましょう」
舞の如き剣が、祝福に似た歌が、負の力を弱めて人骨の守りを薄くする。
気づいたガーゴイルが必死に翼を動かすが判断も動きも遅い。
イェジドが前脚を叩きつけて飛行中の歪虚の体勢を大きく崩した。
「生憎、剣と歌の届く範囲でないと、私も相手するのは苦手でね?」
ガーゴイルが片足で着地しくるぶしが破損。。
再度空へ行く前にアリアが間合いを0にする。
冷たい空気を刃が切り裂く。
ガーゴイルの胸から腰までが斜めに割れ、何も無い中を見せてほろほろと崩れて地面へ落ちていった。
●丘精霊
その精霊は神出鬼没だ。
麦畑にいたと思えば図書室の漫画コーナーに現れ、飯時になると校長の膝に座って大きく口を開けていたりもする。
それでも、そこに行けば会える場所が1つだけ存在した。
「無事でよかった」
小さな手がもっと小さな精霊を抱く。
フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)の言葉には安堵だけでなく、慈愛に限りなく近い感情が籠もっていた。
精霊は珍しく大人しくしている。
フィーナの小さな腕から外に出ないよう、外見年齢を3歳ほど自発的に下げてもいた。
「すみません。驚かせて」
そっと手を緩める。
感情を抑えきれず行動してしまったことに気づいて、普段は白い顔がほんのり色づく。
気にしないで、と仕草とイメージで伝えてくる丘精霊だが視線が泳いでいる。動揺しているのだ。
その言動が非仕事時のイコニアに似ているのが分かってしまい、フィーナは複雑な感情を顔に少しだけ出してしまった。
どーん、と妙に迫力がある音が響く。
あっけにとられる丘精霊を己の背に庇い、発動直前まで詠唱を終えた時点で相手の正体に気づく。
丘精霊がぎゅっと背中にしがみつく。
見上げるほどの巨体を持つ異形が、一回り以上小さい異形を引き連れこちらに向かってきていた。
これって何……ぴぃっ!?
異形がいきなり消える。大型の盾と鞭が石畳に落ちてけたたましい音をたてる。
「ごめんでちゅ。驚かせたようでちゅね」
小さい方の異形が頭を引っこ抜く、ように見えたのは目の錯覚だった。
光をホラーな方向で反射していた兜を脇に抱え、北谷王子 朝騎(ka5818)が困った顔で精霊を見る。
精霊は、白目を剥いて気絶していた。
「浄化?」
「効率がちょっとでちゅね」
2人して精霊をイェジド【волхв】の背に乗せる。
なお、2人の話題はスキルによる土地浄化についてだ。
軽汚染を広範囲で除去出来るスキルがないことと、それが出来る精霊の凄さについて語っているのだが文章を略しすぎてほとんどの人間には通じない。
「そういえばでちゅね」
情報交換が必要な事柄は膨大だ。
丘の間近には弱いスケルトンくらいしか現れなかったこと、南に意識を向けると気配がいくつもあったこと、それに何より丘精霊のこと。
「なるほどなるほど。ちょっと話通して来るでちゅ」
にんまり笑った北谷王子は、目覚めた丘精霊を肩車して後者の中に入っていった。
フィーナは振っていた手を下ろす。
精霊に向けていた穏やかな気配は消え、волхвが緊張するほど冷たい気配をまとって別の部屋へ向かう。
「どうぞー」
だらしなくうつぶせに寝そべるイコニアを見てため息をひとつ。
フィーナはつかつかと歩み寄り、書類を取り上げてからイコニアの体をひっくり返した。
「貴方、死にかけなんだから……仕事は任せて、ねてなさい」
「でも」
「王宮からの返答待ちの案件、今する必要ある?」
毛布をかけて言葉で刺す。
深い傷を負った彼女は戦闘能力だけでなく基本的な能力まで下がっている。
休憩から戻って来たサクラにイコニアを任せながら書類をより分ける。
イコニアの手が必要なものは意外なほど少ない。
事務能力と信用の両方が必要水準に届いている者が少ないだけなのかもしれない。
「精霊様のことを考えてる」
「え、えぇ。さ、最近は同じ建物の中なら逃げられたりしないですよ?」
フィーナにじっとり冷たい目を向けられ、イコニアがすごすごと毛布に潜る。
「精霊様は鏡のような存在。純粋な好意には純粋な好意を返す。打算には打算」
「えーと、その」
毛布から目だけを出すイコニア。
「私が返されているのは?」
「分かるまで考える。時間は十分ある。そうでしょう?」
書類の分類を終えて大きく息を吐く。
「二度と……あんな危険なことはしないで。本当に、怖かったんだから」
絞り出すように言うと、イコニアはしゅんとしてして頭を下げるのだった。
●聖導士
エステル(ka5826)が本気を出すと授業にならない。
この程度の相手なら、戦術や道具を使うより鍛えた能力で力押しした方が速くて強いからだ。
5秒遅れで反応したペリヴァロンを軽く撫で、エステルがヴァイザースタッフを鋭く振り下ろす。
基本に忠実な、ただし威力は熟練の魔術師に匹敵する威力のセイクリッドフラッシュが発動する。
徹底的に踏み固められたはずの地面が激しく揺れる。
土が爆ぜる。
出現した巨大な人骨ガーゴイルは、体の1割以上を失い全身を震わせていた。
「しばらくは私が抑えます。迷っている余裕はありませんよ」
30メートルほど離れた生徒達に声をかけ、恐るべき速度で振り下ろされる拳をコギトで受ける。
骨が痛むがこの程度なら耐えられる。
5、6度受けるごとに治癒術を使えば十数分単身で支えることも可能だろう。
「駆除は、急務です」
直接的な戦闘能力に欠ける精霊に近づけたくはない。
近隣の麦畑に近づけるのも悪影響が怖い。
だから手を抜く。
重傷を受けない程度に攻撃と防御を甘くして、セイクリッドフラッシュに怯えていた骨ガーゴイルを調子に乗らせることで己の注意を引きつける。
エステル不在時に戦えるよう、生徒を鍛えるために。
「トラックはそっちに向かって!」
「助けなくていいの?」
「白兵じゃ僕らじゃ邪魔っ」
「ゴーレムさん、曲射と直射どっち?」
生徒達の動きは悪くない。
覚醒者としての能力はあるし危険地帯で暮らしているので肝も据わっている。
「これ以上を目指すとなると」
限られたリソースをどう使うかという、士官教育あるいは貴族としての教養の分野の話になる。
今の学校の規模では少々どころでなく厳しいが、エステルに諦めるつもりは一切無い。
一瞬だけ本気を出して骨ガーゴイルを押し返す。
ゴーレムに目で合図を送り、42ポンド砲による炸裂弾を大型歪虚に直撃させた。
「タイミング揃えて、行くよっ」
銃弾が骨を削る。
重装備の生徒が隊列を組んで骨ガーゴイルの退路を断つ。
再度手を抜く。
骨ガーゴイルが恐怖に駆られてエステルの盾を打ち、状況の激変に気づいた生徒が危険を冒してエステルの援護に向かう。
敵味方の全てが、エステルの掌の上だった。
「いいなぁ」
窓越しに見たイコニアが切ない息を吐いた。
歪虚を殴り滅ぼしたい。
すかっとするし、人類存続と生存域拡大という名誉と実益に繋がる最高な行動だと主張したい。
「手が止まっていますよ」
ソナの声。
指揮棒が机の上の地図を叩く音。
松葉杖付少女司祭が肩を落とし、器用に杖を使って数十年前の地図に向き直った。
「詳細な地誌が残っていれば良かったのですが」
「前の領主様はちょっと残念でしたから。あ、こっちもいけそうです」
「念のため精霊様の許可を得てからの方が良いのでは?」
精霊の丘以南を示す地図に、大規模な発掘計画案複数が書き込まれている。
「聖堂教会と貴族関連の許可は私がとっておきます。精霊様の許可は……」
「イコニアさん」
諫める口調で少女司祭を抑える。
イコニアはそっと目を逸らそうとして失敗。
ソナは苦笑して地図の片付けを始めた。
「そういえばかわいらしいおひげですね。顔全体に猫ちゃんメイクしてあげましょうか?」
「勘弁してください。恥ずかしいです」
穏やかな空気にノックが響く。
いつの間にか外の戦闘は終わり、点呼を済ませた生徒達が地面の修理を始めていた。
「イコニア様、出かけましょう」
エステルの穏やかな微笑みに過去最大級の危険を感じるイコニア。
ソナに助けを求めようとするが、外出の準備を初めているようで助けになってくれない。
「先日のお言葉覚えていますか? 一生恩にきるといってくださいましたよね」
退路が消える音が、確かに聞こえた気がした。
●日常
全高3メートル強。
これまで襲撃してきた骨ガーゴイルより小さいものの、生徒が戦うなら10人は必要な相手にカイン・マッコール(ka5336)が単独で立ち向かう。
全てを躱しきる超絶の足捌きもなく、全ての攻撃に耐えきる超重装甲もない。
常識的の枠内にある受け技術と過酷な戦場で培った鎧による防御を組み合わせ、剣と盾だけを使って危なげない戦い方を披露する。
鋭く息を吐く。
骨ガーゴイルが一歩下がるタイミングで大きく踏み込んで、借り物の大剣でカインの3倍はある腹を薙ぐ。
本来の得物に比べると数割落ちる威力でも腕力は十分に伝わり、腹から胸にかけて無数の罅が入った。
歪虚の反撃に重ねる形で斬り返す。
カウンターが肩に決まり、汚れた骨の片翼が回転しながら吹き飛んでいった。
「後はお任せします」
隙を見せずに慎重に距離をとる。
このサイズでも飛べない相手であれば、生徒のみで対処可能であった。
「学校か」
カインはこの土地との縁が薄い。
普通に考えて神学校とか新兵の訓練所と思うのだがどれとも違っている気がする。
「素質以外何を持たない子供のための学校だ。妥協の産物ではあるがね」
歳を重ねた司教が1人、静かな足音で現れる。
挨拶しようとするカインを押し止め、横に並んで生徒による戦闘を眺める。
「イコニア君も苦労が多い子だ。出来れば仲良くしてやって欲しい」
「いや、しかし」
予想外の言葉に混乱するカイン。
校長でもある司教は聖職者らしくない、けれど決して下品ではない笑みを浮かべる。
「頑張りたまえ。フォローは儂がしてやる」
とてつもなく下品な仕草を目にしてしまい、カインは兜の下で汗が流れるのを感じた。
そこから300メートルほど東。
植物園というには物騒な薬効の草木が植えられた土地で、電子音のシャッター音が連続して響いていた。
「いいでちゅよー」
強烈な毒草兼薬草の間を、カメラを構えて北谷王子が駆ける。
丘精霊が猫と競い合うように芋虫を回収し、時折近づいて来る小鳥を牽制して薬の原料に近づかせない。
その動きはとても激しくて、カソックはすっかり汚れて白い足が太股近くまで見えてしまっていた。
「んー」
片手で符を取り出して雷として打つ。
新しく発生したスケルトンが撃ち抜かれ倒れることも出来ずに消える。
「何が原因でこんなに骸骨が来るでちゅかね? 大昔にこの辺りで何か大事故や戦争とかがあって人が沢山死んじゃったりとかしたでちゅか?」
精霊が振り返りかけて身体制御に失敗。
猫と絡まり合い草と草の間に寝転がる。
北谷王子にも影響を受けたらしく、銀の髪が猫耳っぽい形をとっていた。
「ふむふむ。平均的に犠牲が多い感じでちゅか。負マテが貯まりそうな……貯まったのに人間は対処せず? うわぁ」
送られてきたイメージを元に調べるのが、今から正直怖かった。
「獲りました!」
ユウが両手を大きく伸ばす。
握りしめられた掌には1羽ずつの鳥がいて、一瞬の苦痛のみで見事に息の根を止めていた。
すごい! という視線が猫と丘精霊から向けられる(丘精霊としては無用な殺生でないならOK)。
ユウは思わず赤面してしまう。
心配そうな目を向けてきたワイバーンに向かい、照れ隠し込みで勢いよく野鳥2羽を投げ渡した。
「エステルさんからです」
極太のペンを手渡しする。
生徒が丘精霊に向ける、親しさの中にも不可侵なものへの敬意が混じった態度とは少し違う。
脅威と精霊がここ以上に身近に存在する、龍園の戦士らしい親しみと敬意の籠もった態度だった。
がんばるでちゅ。
あからさまに影響を受けたイメージが来たので言葉遣いを訂正した上でじっと見る。
「丘精霊様、もし宜しければ私にも祝福を賜れないでしょうか?」
あれ祝福違うでち……違うよ。外で影響ないし。
「祝福ですよ。大きな精霊様に言われたりしません?」
龍園とは雰囲気が違うなと考えながら、空を飛ぶクウが1羽分の命を有り難く頂いている。
「あの……」
よたよたと。
本人としては精一杯威圧感を抑えたイコニアがやって来た。
ユウはくすりと笑い、楽しげに己の頬を示して横を通り過ぎる。
「カーナボンさんと同じ祝福を賜りました。ふふ、お揃いで嬉しいです。頑張って下さいね」
「え?」
振り返るイコニアの背後から丘精霊が迫り、ぷるぷる恐怖に震える手で黒い刃(特性水性ペン)を振るう。
黒々とした高密度な祝福が2つ、イコニアの頬に新たに付け加えられた。
「イコニアさ……」
「見ないで下さい!」
近づく少年に涙すら浮かべて拒絶する少女。
愁嘆場か青春劇の一場面かと思う場面にも見えるが、実際はただの喜劇である。
もちろん当人達は真剣だ。
貴族や聖職者としてはともかく1人の人間としての経験が浅いイコニアも、過酷な出自と人生を送ってきたカインも、こういう場面でのコミュ力に優れた人物ではない。
「初めてお会いしたときに、酷いことをいってしまってそれを謝りたくて、ごめんなさい」
緑の瞳に滲む涙も、美しい肌が色づき微かに薫る様も、全てがカインの心をかき乱す。
「他にも色々、お話したいことがたくさんあったのですが、顔を見たら総て吹っ飛んでしまって、何を話せばいいいのか……とりあえず暫く側に居てもよろしいでしょうか?」
少女がおずおずとうなずく。
その間もペンは振るわれ続け、丘精霊の苦手意識改善が進んだらしい。
「お邪魔します」
静かにドアを開いた瞬間、ユウ(ka6891)の視線が一点に引きつけられそこから離せなくなる。
水性ペンで描かれた猫ヒゲ。
子供の悪戯でももう少し上手だろうという下手さではあるのだが、龍園でも珍しいレベルのマテリアル(但し地域密着型)が塗り込められている。
「その猫さんヒゲはどうしたのですか?」
ベッドから上半身を起こしたイコニアが説明を始めた。
説明が進むほどにユウの表情が明るくなり、対照的にイコニアの目が曇っていく。
「なるほど。思ったよりお元気そうなのも猫さんヒゲのお陰なのですね」
きらきらした目で猫ヒゲを見る。
イコニアが精神的ダメージを負い上体がふらふらし始める。
なお、ベッドを挟んだユウの反対側では、護衛兼不寝番のイェジド【二十四郎】が欠伸をしていた。
「私も精霊様の祝福を賜れるよう頑張ってきます。行ってきます!」
一礼して立ち去るユウを見送り、イコニアは羊皮紙を取り落としベッドに倒れかけた。
「悪意無しで本気で言ってるからきっついよねー。まだ生きてるイコちゃん?」
「精神的には死にかけかもです」
震える指を頬に伸ばしててこすっても、全く消えないし薄れもしない。
これを描いたのは丘精霊。
4大精霊を比べるとは比較にならない格しか持たなくても、覚醒者が打ち勝つのは非状に難しい。
「はいはいとっとと休む。手紙はどう?」
「ごめんなさい手紙は私が後から、ええっと、回復してから書きますので財務のチェックを、うぅ」
自分の目を隠して大きなため息。
イコニアは聖堂教会所属聖導士であり崇めているのは大精霊エクラ。
しかし他の精霊にもしっかりと敬意を捧げているわけで、丘精霊に疎まれる現状は正直精神的に厳しすぎる。
「意地悪する気は欠片もないんだけど」
見本である恐ろしく達筆な書きかけ報告書を片付け、宵待 サクラ(ka5561)がイコニアの横に腰掛けた。
「今のイコちゃんじゃ、精霊さまと仲良くなるのは、多分無理だと思う」
「そこをなんとか。えっとほら、リアルブルーの詭弁……弁論術とか使えませんか」
すがるような緑の瞳をじっと見て、そこに悪意がないのを確かめサクラがほっとする。
「借り物の言葉で悪いけど。他人を変えるより自分を変えた方が事態が早く動いて楽なのは本当でさ。イコちゃんが精霊さまと仲良くなりたいなら、私はイコちゃんの自分探しをお勧めするかな」
「じぶんさがし?」
精霊による翻訳は有効に働いている。
イコニアに縁が無い言葉なので戸惑っているだけだ。
「精霊さまは、見た目はイコちゃんと同じで可愛いけど。見た目に騙されたら、いつまで経っても仲良くなれないと思うよ? だって精霊さまは、焦げたパンを美味しそうに食べたって聞いた。精霊さまは外側なんて見ていない。私達の内面で仲良くするかどうかを決めてるんだ」
沈黙が訪れる。
二十四郎がドアの近くで腰を下ろしてまた欠伸をする。
「それって私じゃ無理って……」
安易な答えを選びかけた少女の腕を、サクラの手がしっかりと掴む。
「イコちゃんがマトモで真面目な聖職者だから、それでも精霊さまは現れるしイコちゃんを本質的に嫌いになれないし精霊さまのペースで構ってくれるけど」
じっと緑の目を見る。
「精霊さまは幼児じゃない。イコちゃんが今抱えてると想像できる、人に言えない痛い記憶を昇華出来ない限り……近づくことで痛みを感じさせるイコちゃんに、近づけないんだと思う」
「えっ」
緑の目が瞬きする。
サクラの緑の目がじっと見ている。
「えぇっ!?」
ようやく気づいたイコニアが声をあげた。
「わ、私にとっては普通というか平凡なことなんですけど!」
イコニア・カーナボンは、聖堂教会の若手司祭としては多少熱心な程度の信仰心の持ち主である。リアルブルーの某国基準では強烈な狂信者に相当する。
「違うからね。普通で平凡な子は神経ぐちゃぐちゃにされながら戦えないから」
サクラなら出来る気もするがわざわざ試す気は無い。本気で痛いのだ。
イコニアは混乱する。予想外のことを言われても真心からの発言であることは分かる。
サクラの手をはね除けようとはせず、少女司祭が痛みによらない汗を大量に流し出す。
「その水準の自省をしないと、無理?」
沈黙が、これ以上無い明白な回答だった。
●目無鴉
刃の如き冷気が柔らかな頬を撫でる。
ソナ(ka1352)は痛みを感じない。
より正確に表現すると、痛みを痛みとして感じる余裕が無く風の流れとして認識している。
太股に軽く力を込める。
ワイバーン【Laochan】が失速寸前の軌道で進路を変え、寸前までソナの頭があった場所を目無しの烏が通過した。
1匹2匹ではない。
主従がまとめて肉塊にされかねない数と速度で目無し烏が飛んでいた。
息継ぎのタイミングでワイバーンがファイアブレス。
飛行歪虚集団の先頭が大きく抉れるが、耐えた烏もいるし無傷の烏もいた。
「不安定な土地ですね」
高位歪虚一体で校舎周辺が危険地帯に変わり、精霊の住処近くの湿地も怪しい。鴉については言うまでもない。
安全重視の偵察をするだけでこの有様だ。
「ルーハン」
空中戦の膨大な情報を処理して一言だけ口にする。
ワイバーンが口を閉じて第2撃を中止。
殺到してくる烏を躱すだけ躱して、少しとはいえ確実に上回る速度を活かしてじりじり距離を取り始めた。
烏が追って来る。
柑橘類の木々を超え、既に植え終わった麦畑を越え、子供がちらほらと見える学校近くまで到達してしまう。
これはさすがにまずいのではと考えるワイバーン。
ソナよりずっと弱い相手を見つけて進路を変えようとする目無し烏達。
その真横から、青空のように鮮やかなワイバーンが速度を落とさず突っ込んだ。
「クウ!」
氷の刃で烏の嘴を弾く。
剣の軌道とユウの声が1つの歌となって現実に影響を及ぼす。
汚れた鳥を構成する羽が脆くなり、それが元の強靱さを取り戻す前に前方から炎が襲う。
クウが翼をすぼめる。
Laochanが作った空間を通って包囲を逃れ、逃げようとする歪虚群の行く先にブレスを見舞う。
地上で2種類の発砲音。
魔導トラックの車載機銃が猛烈な弾幕を張り、逃げ惑う目無し鴉を次々に撃破……というほどには当たらない。
ソナが矢を放ちクウが獣機銃で1羽ずつ潰す。
空対空と地対空の攻撃によって、目無し鴉は10分もかからず撃破された。
●王国
土は黒々として、五感以外でも何か力強いものが感じられる。
「これがグラズヘイム」
アリア・セリウス(ka6424)は掌の土を見て複雑な感情に襲われる。
数年放置された土地とは思えないほど肥えている。
開拓民が肥料を撒いたわけでも丘精霊が祝福を与えた訳でもない。
農地としての潜在能力が高すぎるのだ。
「畑は最小限で良いでしょう。できる限り小麦の作付け面積を増やすべきです」
「小麦かー」
「小麦……」
太い首を傾げる開拓民達は、自分がどれだけ恵まれた立場にいるか分かっていない。
帝国の開拓地なら初期には芋すら難しいときがあるのも知らないのだろう。
「北東、小型歪虚2。避難の必要はありません」
アリアが弓を構える。
銀のイェジドがアリアの背後にまわり、敵の奇襲に備えて意識を研ぎ澄まさせる。
敵と風の動きを読み。
心身が整うタイミングで矢を放つ。
ぱきり、ぱきりと骨に見える歪虚が砕け、存在を保つことが出来ずに雑魔2体がこの世から消滅した。
歓声をあげる開拓民。
アリアとイェジドは彼等を無視し、生徒全員が屋内で授業中のはずの学校に向かう。
道路並に踏み固められた地面が割れ、馬鹿馬鹿しいほどに大きな腕の骨が地の底から這い上がる。
「雪や冷たい風が降りしきる中、困る事がないように、せめて、現れた歪虚だけでも倒しましょう
龍鉱石から削り出された刃を鞘から抜く。
強力な歪虚の存在に反応しているのか、三日月の形の刀身が艶やかに光る。
「さあ、幻月を携えるように」
黄ばんだガーゴイルがアリアに気づく。
爪の先から尻尾の先まで全て人骨製。
力を注いだ歪虚の歪みっぷりが一目で分かる大型歪虚だ。
「刃と身を廻しましょう」
刃が空気を裂く音に紛れて新たな刃が生じる音。
2種の水晶の煌めきが0に近い時間差で人骨ガーゴイルを襲う。
見えているのに避けきれない。
右膝を構成する人骨が砕け、大きなガーゴイルが地面に転びかけて慌て翼を上下に振るう。
「歌で月光の剣舞としましょう」
舞の如き剣が、祝福に似た歌が、負の力を弱めて人骨の守りを薄くする。
気づいたガーゴイルが必死に翼を動かすが判断も動きも遅い。
イェジドが前脚を叩きつけて飛行中の歪虚の体勢を大きく崩した。
「生憎、剣と歌の届く範囲でないと、私も相手するのは苦手でね?」
ガーゴイルが片足で着地しくるぶしが破損。。
再度空へ行く前にアリアが間合いを0にする。
冷たい空気を刃が切り裂く。
ガーゴイルの胸から腰までが斜めに割れ、何も無い中を見せてほろほろと崩れて地面へ落ちていった。
●丘精霊
その精霊は神出鬼没だ。
麦畑にいたと思えば図書室の漫画コーナーに現れ、飯時になると校長の膝に座って大きく口を開けていたりもする。
それでも、そこに行けば会える場所が1つだけ存在した。
「無事でよかった」
小さな手がもっと小さな精霊を抱く。
フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)の言葉には安堵だけでなく、慈愛に限りなく近い感情が籠もっていた。
精霊は珍しく大人しくしている。
フィーナの小さな腕から外に出ないよう、外見年齢を3歳ほど自発的に下げてもいた。
「すみません。驚かせて」
そっと手を緩める。
感情を抑えきれず行動してしまったことに気づいて、普段は白い顔がほんのり色づく。
気にしないで、と仕草とイメージで伝えてくる丘精霊だが視線が泳いでいる。動揺しているのだ。
その言動が非仕事時のイコニアに似ているのが分かってしまい、フィーナは複雑な感情を顔に少しだけ出してしまった。
どーん、と妙に迫力がある音が響く。
あっけにとられる丘精霊を己の背に庇い、発動直前まで詠唱を終えた時点で相手の正体に気づく。
丘精霊がぎゅっと背中にしがみつく。
見上げるほどの巨体を持つ異形が、一回り以上小さい異形を引き連れこちらに向かってきていた。
これって何……ぴぃっ!?
異形がいきなり消える。大型の盾と鞭が石畳に落ちてけたたましい音をたてる。
「ごめんでちゅ。驚かせたようでちゅね」
小さい方の異形が頭を引っこ抜く、ように見えたのは目の錯覚だった。
光をホラーな方向で反射していた兜を脇に抱え、北谷王子 朝騎(ka5818)が困った顔で精霊を見る。
精霊は、白目を剥いて気絶していた。
「浄化?」
「効率がちょっとでちゅね」
2人して精霊をイェジド【волхв】の背に乗せる。
なお、2人の話題はスキルによる土地浄化についてだ。
軽汚染を広範囲で除去出来るスキルがないことと、それが出来る精霊の凄さについて語っているのだが文章を略しすぎてほとんどの人間には通じない。
「そういえばでちゅね」
情報交換が必要な事柄は膨大だ。
丘の間近には弱いスケルトンくらいしか現れなかったこと、南に意識を向けると気配がいくつもあったこと、それに何より丘精霊のこと。
「なるほどなるほど。ちょっと話通して来るでちゅ」
にんまり笑った北谷王子は、目覚めた丘精霊を肩車して後者の中に入っていった。
フィーナは振っていた手を下ろす。
精霊に向けていた穏やかな気配は消え、волхвが緊張するほど冷たい気配をまとって別の部屋へ向かう。
「どうぞー」
だらしなくうつぶせに寝そべるイコニアを見てため息をひとつ。
フィーナはつかつかと歩み寄り、書類を取り上げてからイコニアの体をひっくり返した。
「貴方、死にかけなんだから……仕事は任せて、ねてなさい」
「でも」
「王宮からの返答待ちの案件、今する必要ある?」
毛布をかけて言葉で刺す。
深い傷を負った彼女は戦闘能力だけでなく基本的な能力まで下がっている。
休憩から戻って来たサクラにイコニアを任せながら書類をより分ける。
イコニアの手が必要なものは意外なほど少ない。
事務能力と信用の両方が必要水準に届いている者が少ないだけなのかもしれない。
「精霊様のことを考えてる」
「え、えぇ。さ、最近は同じ建物の中なら逃げられたりしないですよ?」
フィーナにじっとり冷たい目を向けられ、イコニアがすごすごと毛布に潜る。
「精霊様は鏡のような存在。純粋な好意には純粋な好意を返す。打算には打算」
「えーと、その」
毛布から目だけを出すイコニア。
「私が返されているのは?」
「分かるまで考える。時間は十分ある。そうでしょう?」
書類の分類を終えて大きく息を吐く。
「二度と……あんな危険なことはしないで。本当に、怖かったんだから」
絞り出すように言うと、イコニアはしゅんとしてして頭を下げるのだった。
●聖導士
エステル(ka5826)が本気を出すと授業にならない。
この程度の相手なら、戦術や道具を使うより鍛えた能力で力押しした方が速くて強いからだ。
5秒遅れで反応したペリヴァロンを軽く撫で、エステルがヴァイザースタッフを鋭く振り下ろす。
基本に忠実な、ただし威力は熟練の魔術師に匹敵する威力のセイクリッドフラッシュが発動する。
徹底的に踏み固められたはずの地面が激しく揺れる。
土が爆ぜる。
出現した巨大な人骨ガーゴイルは、体の1割以上を失い全身を震わせていた。
「しばらくは私が抑えます。迷っている余裕はありませんよ」
30メートルほど離れた生徒達に声をかけ、恐るべき速度で振り下ろされる拳をコギトで受ける。
骨が痛むがこの程度なら耐えられる。
5、6度受けるごとに治癒術を使えば十数分単身で支えることも可能だろう。
「駆除は、急務です」
直接的な戦闘能力に欠ける精霊に近づけたくはない。
近隣の麦畑に近づけるのも悪影響が怖い。
だから手を抜く。
重傷を受けない程度に攻撃と防御を甘くして、セイクリッドフラッシュに怯えていた骨ガーゴイルを調子に乗らせることで己の注意を引きつける。
エステル不在時に戦えるよう、生徒を鍛えるために。
「トラックはそっちに向かって!」
「助けなくていいの?」
「白兵じゃ僕らじゃ邪魔っ」
「ゴーレムさん、曲射と直射どっち?」
生徒達の動きは悪くない。
覚醒者としての能力はあるし危険地帯で暮らしているので肝も据わっている。
「これ以上を目指すとなると」
限られたリソースをどう使うかという、士官教育あるいは貴族としての教養の分野の話になる。
今の学校の規模では少々どころでなく厳しいが、エステルに諦めるつもりは一切無い。
一瞬だけ本気を出して骨ガーゴイルを押し返す。
ゴーレムに目で合図を送り、42ポンド砲による炸裂弾を大型歪虚に直撃させた。
「タイミング揃えて、行くよっ」
銃弾が骨を削る。
重装備の生徒が隊列を組んで骨ガーゴイルの退路を断つ。
再度手を抜く。
骨ガーゴイルが恐怖に駆られてエステルの盾を打ち、状況の激変に気づいた生徒が危険を冒してエステルの援護に向かう。
敵味方の全てが、エステルの掌の上だった。
「いいなぁ」
窓越しに見たイコニアが切ない息を吐いた。
歪虚を殴り滅ぼしたい。
すかっとするし、人類存続と生存域拡大という名誉と実益に繋がる最高な行動だと主張したい。
「手が止まっていますよ」
ソナの声。
指揮棒が机の上の地図を叩く音。
松葉杖付少女司祭が肩を落とし、器用に杖を使って数十年前の地図に向き直った。
「詳細な地誌が残っていれば良かったのですが」
「前の領主様はちょっと残念でしたから。あ、こっちもいけそうです」
「念のため精霊様の許可を得てからの方が良いのでは?」
精霊の丘以南を示す地図に、大規模な発掘計画案複数が書き込まれている。
「聖堂教会と貴族関連の許可は私がとっておきます。精霊様の許可は……」
「イコニアさん」
諫める口調で少女司祭を抑える。
イコニアはそっと目を逸らそうとして失敗。
ソナは苦笑して地図の片付けを始めた。
「そういえばかわいらしいおひげですね。顔全体に猫ちゃんメイクしてあげましょうか?」
「勘弁してください。恥ずかしいです」
穏やかな空気にノックが響く。
いつの間にか外の戦闘は終わり、点呼を済ませた生徒達が地面の修理を始めていた。
「イコニア様、出かけましょう」
エステルの穏やかな微笑みに過去最大級の危険を感じるイコニア。
ソナに助けを求めようとするが、外出の準備を初めているようで助けになってくれない。
「先日のお言葉覚えていますか? 一生恩にきるといってくださいましたよね」
退路が消える音が、確かに聞こえた気がした。
●日常
全高3メートル強。
これまで襲撃してきた骨ガーゴイルより小さいものの、生徒が戦うなら10人は必要な相手にカイン・マッコール(ka5336)が単独で立ち向かう。
全てを躱しきる超絶の足捌きもなく、全ての攻撃に耐えきる超重装甲もない。
常識的の枠内にある受け技術と過酷な戦場で培った鎧による防御を組み合わせ、剣と盾だけを使って危なげない戦い方を披露する。
鋭く息を吐く。
骨ガーゴイルが一歩下がるタイミングで大きく踏み込んで、借り物の大剣でカインの3倍はある腹を薙ぐ。
本来の得物に比べると数割落ちる威力でも腕力は十分に伝わり、腹から胸にかけて無数の罅が入った。
歪虚の反撃に重ねる形で斬り返す。
カウンターが肩に決まり、汚れた骨の片翼が回転しながら吹き飛んでいった。
「後はお任せします」
隙を見せずに慎重に距離をとる。
このサイズでも飛べない相手であれば、生徒のみで対処可能であった。
「学校か」
カインはこの土地との縁が薄い。
普通に考えて神学校とか新兵の訓練所と思うのだがどれとも違っている気がする。
「素質以外何を持たない子供のための学校だ。妥協の産物ではあるがね」
歳を重ねた司教が1人、静かな足音で現れる。
挨拶しようとするカインを押し止め、横に並んで生徒による戦闘を眺める。
「イコニア君も苦労が多い子だ。出来れば仲良くしてやって欲しい」
「いや、しかし」
予想外の言葉に混乱するカイン。
校長でもある司教は聖職者らしくない、けれど決して下品ではない笑みを浮かべる。
「頑張りたまえ。フォローは儂がしてやる」
とてつもなく下品な仕草を目にしてしまい、カインは兜の下で汗が流れるのを感じた。
そこから300メートルほど東。
植物園というには物騒な薬効の草木が植えられた土地で、電子音のシャッター音が連続して響いていた。
「いいでちゅよー」
強烈な毒草兼薬草の間を、カメラを構えて北谷王子が駆ける。
丘精霊が猫と競い合うように芋虫を回収し、時折近づいて来る小鳥を牽制して薬の原料に近づかせない。
その動きはとても激しくて、カソックはすっかり汚れて白い足が太股近くまで見えてしまっていた。
「んー」
片手で符を取り出して雷として打つ。
新しく発生したスケルトンが撃ち抜かれ倒れることも出来ずに消える。
「何が原因でこんなに骸骨が来るでちゅかね? 大昔にこの辺りで何か大事故や戦争とかがあって人が沢山死んじゃったりとかしたでちゅか?」
精霊が振り返りかけて身体制御に失敗。
猫と絡まり合い草と草の間に寝転がる。
北谷王子にも影響を受けたらしく、銀の髪が猫耳っぽい形をとっていた。
「ふむふむ。平均的に犠牲が多い感じでちゅか。負マテが貯まりそうな……貯まったのに人間は対処せず? うわぁ」
送られてきたイメージを元に調べるのが、今から正直怖かった。
「獲りました!」
ユウが両手を大きく伸ばす。
握りしめられた掌には1羽ずつの鳥がいて、一瞬の苦痛のみで見事に息の根を止めていた。
すごい! という視線が猫と丘精霊から向けられる(丘精霊としては無用な殺生でないならOK)。
ユウは思わず赤面してしまう。
心配そうな目を向けてきたワイバーンに向かい、照れ隠し込みで勢いよく野鳥2羽を投げ渡した。
「エステルさんからです」
極太のペンを手渡しする。
生徒が丘精霊に向ける、親しさの中にも不可侵なものへの敬意が混じった態度とは少し違う。
脅威と精霊がここ以上に身近に存在する、龍園の戦士らしい親しみと敬意の籠もった態度だった。
がんばるでちゅ。
あからさまに影響を受けたイメージが来たので言葉遣いを訂正した上でじっと見る。
「丘精霊様、もし宜しければ私にも祝福を賜れないでしょうか?」
あれ祝福違うでち……違うよ。外で影響ないし。
「祝福ですよ。大きな精霊様に言われたりしません?」
龍園とは雰囲気が違うなと考えながら、空を飛ぶクウが1羽分の命を有り難く頂いている。
「あの……」
よたよたと。
本人としては精一杯威圧感を抑えたイコニアがやって来た。
ユウはくすりと笑い、楽しげに己の頬を示して横を通り過ぎる。
「カーナボンさんと同じ祝福を賜りました。ふふ、お揃いで嬉しいです。頑張って下さいね」
「え?」
振り返るイコニアの背後から丘精霊が迫り、ぷるぷる恐怖に震える手で黒い刃(特性水性ペン)を振るう。
黒々とした高密度な祝福が2つ、イコニアの頬に新たに付け加えられた。
「イコニアさ……」
「見ないで下さい!」
近づく少年に涙すら浮かべて拒絶する少女。
愁嘆場か青春劇の一場面かと思う場面にも見えるが、実際はただの喜劇である。
もちろん当人達は真剣だ。
貴族や聖職者としてはともかく1人の人間としての経験が浅いイコニアも、過酷な出自と人生を送ってきたカインも、こういう場面でのコミュ力に優れた人物ではない。
「初めてお会いしたときに、酷いことをいってしまってそれを謝りたくて、ごめんなさい」
緑の瞳に滲む涙も、美しい肌が色づき微かに薫る様も、全てがカインの心をかき乱す。
「他にも色々、お話したいことがたくさんあったのですが、顔を見たら総て吹っ飛んでしまって、何を話せばいいいのか……とりあえず暫く側に居てもよろしいでしょうか?」
少女がおずおずとうなずく。
その間もペンは振るわれ続け、丘精霊の苦手意識改善が進んだらしい。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/11/13 19:21:21 |
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相談卓 ユウ(ka6891) ドラグーン|21才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2017/11/12 15:53:47 |