ゲスト
(ka0000)
あの朝焼けをもう一度
マスター:瀬川綱彦

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~2人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/11/26 07:30
- 完成日
- 2014/11/29 21:37
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●あの墓標をもう一度
「空が赤いな」
相棒がそういうものだから、傍らの騎士――マイルズは苦笑してしまった。いや、苦笑してやることが彼への弔いだと思ったのだ。
そんなことをいった相棒である騎士の目には、割れた額から流れ出した血液が流れ込んでいた。立ち上がる力もなく、海岸側のしめった土の上に横たわる姿は誰が見ても先が長くないことを悟らせる。
歪虚による一撃が原因であった。
ふたりの男は王国南西部に位置する砦に勤務する若手の騎士である。歪虚の出現の一報を受けて共に駆り出され、前線で剣を振るっていたのだ。
しかし功を焦りすぎたのか。相棒は突出し、差し違える形で歪虚の凶刃に倒れた。
そして瀕死となった彼をマイルズが引き摺り、この海岸まで落ち延びたのである。
夜を徹しての戦であったからか、水平線が青白む時間になっていた。
マイルズは明るさではっきり見えるようになった自分の腕の様子を確かめる。彼もまた左腕から出血しており、力なくぶら下がっていた。死に至る傷ではないが骨が折れている、体力から考えても、これ以上は人を運ぶことはできない。
王立学校騎士科の頃からの学友であったふたりはいつだって同じものを見て成長していたが、もう同じものを見ることはかなわないのだろう。マイルズには相棒の見る紅い空は見えていなかったからだ。
「なあ、空は、赤いよな」
だから、笑いながら世間話のように語りかけてくる相棒の言葉に応えることができなかった。
それでも見上げればそこに何かある気がして、マイルズは空を仰ぐ。
「ああ、赤いよ」
頭上には、夜明けを告げる朝焼けが広がっていた。
最後の最後まで、同じものを見ることができたらしい。
朝焼けが目にしみて頬を涙が伝い、相棒の声はもう聞こえない。
●現代
――それも、既に四十年は前の話である。
ハンターズソサエティのオフィスにて、老紳士マイルズがその場に集まったハンターたちに目を向けていた。
「当時、私は彼の遺体を連れ帰ることができなかった。海岸側の森に埋め、剣を墓標とすることが精一杯だった。……近年、その周辺で騎士型の雑魔が見かけられているそうなのだ」
老紳士は沈痛な面持ちで自らの左腕をさすりながら、皺が深く刻まれたまぶたの合間から双眸を覗かせ、ハンターたちを見た。
「あの日の彼かもしれない。君たちには、彼が苦しまぬよう、この世から解き放ってもらいたい」
そして、彼の墓前に花を手向けたいとのことだそうである。
「ありがとうございます、それではあとはこちらが引き継ぎます」
眼鏡をかけた受付嬢が老紳士の言葉にこう続けた。
「あなた方への依頼は、彼の護衛、および騎士型雑魔の撃退です。周辺状況につきましては資料に添付しましたので、そちらをご確認ください」
受付嬢はハンターたちに資料を手渡すと、慇懃に頭を下げた。
「それでは、よろしくお願いいたします」
「空が赤いな」
相棒がそういうものだから、傍らの騎士――マイルズは苦笑してしまった。いや、苦笑してやることが彼への弔いだと思ったのだ。
そんなことをいった相棒である騎士の目には、割れた額から流れ出した血液が流れ込んでいた。立ち上がる力もなく、海岸側のしめった土の上に横たわる姿は誰が見ても先が長くないことを悟らせる。
歪虚による一撃が原因であった。
ふたりの男は王国南西部に位置する砦に勤務する若手の騎士である。歪虚の出現の一報を受けて共に駆り出され、前線で剣を振るっていたのだ。
しかし功を焦りすぎたのか。相棒は突出し、差し違える形で歪虚の凶刃に倒れた。
そして瀕死となった彼をマイルズが引き摺り、この海岸まで落ち延びたのである。
夜を徹しての戦であったからか、水平線が青白む時間になっていた。
マイルズは明るさではっきり見えるようになった自分の腕の様子を確かめる。彼もまた左腕から出血しており、力なくぶら下がっていた。死に至る傷ではないが骨が折れている、体力から考えても、これ以上は人を運ぶことはできない。
王立学校騎士科の頃からの学友であったふたりはいつだって同じものを見て成長していたが、もう同じものを見ることはかなわないのだろう。マイルズには相棒の見る紅い空は見えていなかったからだ。
「なあ、空は、赤いよな」
だから、笑いながら世間話のように語りかけてくる相棒の言葉に応えることができなかった。
それでも見上げればそこに何かある気がして、マイルズは空を仰ぐ。
「ああ、赤いよ」
頭上には、夜明けを告げる朝焼けが広がっていた。
最後の最後まで、同じものを見ることができたらしい。
朝焼けが目にしみて頬を涙が伝い、相棒の声はもう聞こえない。
●現代
――それも、既に四十年は前の話である。
ハンターズソサエティのオフィスにて、老紳士マイルズがその場に集まったハンターたちに目を向けていた。
「当時、私は彼の遺体を連れ帰ることができなかった。海岸側の森に埋め、剣を墓標とすることが精一杯だった。……近年、その周辺で騎士型の雑魔が見かけられているそうなのだ」
老紳士は沈痛な面持ちで自らの左腕をさすりながら、皺が深く刻まれたまぶたの合間から双眸を覗かせ、ハンターたちを見た。
「あの日の彼かもしれない。君たちには、彼が苦しまぬよう、この世から解き放ってもらいたい」
そして、彼の墓前に花を手向けたいとのことだそうである。
「ありがとうございます、それではあとはこちらが引き継ぎます」
眼鏡をかけた受付嬢が老紳士の言葉にこう続けた。
「あなた方への依頼は、彼の護衛、および騎士型雑魔の撃退です。周辺状況につきましては資料に添付しましたので、そちらをご確認ください」
受付嬢はハンターたちに資料を手渡すと、慇懃に頭を下げた。
「それでは、よろしくお願いいたします」
リプレイ本文
――おおおん。
鈍くくすんだ銀色が、亡霊の声に震えた。
潮の芳香が届く森林で、木に背中を預けていたかつて騎士だった物が頭をあげた。
それは死人だ。
雑魔となり、動く死体となった騎士の亡骸は歩を進めだす。
かつん、かつんと街道の石畳を叩き、それは住処より離れていく。遠くより近づく人の群れに心惹かれるように。
●晴天の下を行く
「はじめまして! おじーさんの護衛をすることになりました! よろしくお願いしますっ」
柏木 千春(ka3061)が老紳士マイルズに頭を下げたのは、ハンターオフィス内でのことであった。
ハンターたちは年下であったが、老紳士は礼を失することもなく頭を下げていた。彼らを尊重している、角のない老人であった。
「海辺とは、因果なもんだ」
海から香る潮風に、アゼル=B=スティングレイ(ka3150)がつぶやく。その声は風にかき消されるほど小さく、自分にしか聞こえない。
いま、ハンターたちは目的地に向けて海沿いの街道を行っていた。
マイルズ老人を護衛しての道中である。
「ええと、おじいさん、目的地はあとどのくらいでしょうか?」
確認のために、榎本 かなえ(ka3567)が傍らのマイルズに訊ねた。
「もうそう遠くはないはずだ。老人の墓参りの付き添いを頼んでしまって申し訳ない」
「いえ、そんな。他人ごとじゃありませんから……」
かなえはLH044でのことについて思い出していた。あの宙域でたくさん死んでいった人を思うと、自分も他人ごととは思えない。離ればなれになった家族の消息を考えてしまうと、死した友の墓参りをしようとする老人の行動を無下にはできない。
「……そいつぁさぞかし、お辛かったでござんしょう。本当に」
同じくリアルブルーの出身者である伊出 陸雄(ka0249)もまた、LH044でのことを思い出していた。彼もまた歪虚との戦いで戦友を亡くしているだけあり、マイルズの心境を察するにあまりあった。
「本当に、お辛い……」
「まあ迷い出ちまった相棒は、こっちが迷わず送り返してやるよ。聖職者らしくな」
アゼルは眼帯をつけた顔で老人の方を一瞥した。およそ聖職者らしいとは言えぬ顔立ちであったが、それでも彼女の瞳には真摯な力が垣間見え、けして冗談で言っているわけでもないのは充分に伝わるだけの説得力があった。
「思うところはあるかもしれないですけど、ここは私達に任せておいてください」
「ありがとう。もう悲しみもすり切れてしまったが、救われるよ」
かなえとハンターたちの言葉に、マイルズはほほえみを返した。
ハンターも老人の経験に思うところがあるものは何人もいた。墓に赴く傍ら、彼らは時間の大小こそあれ、脳裏にかつての苦い経験をよぎらせる。
「えっと……おじーさんの昔話、聞いても?」
そんな空気のなか、護衛のために老人の側にいた千春が皺の刻まれた顔を見上げた。その老人の顔に、千春は自分を育ててくれた老人の姿を重ねていた。
「昔話か。当時は若輩者であったから、恥ずかしい話ばかりだが――」
苦笑した老人の顔に緊張の色が走る。
迫る歪虚の気配を、ハンターたちも既に感じ取っていた。
重い鉄が石畳を叩き、鎧が擦れる音は風に乗って耳に届いていた。ろくに手入れもされていない装備だからか、特に耳についた。
街道の先に三つの影が現れていた。
●接敵
どれが目的の騎士であったかは人目で判断がついた。中央の雑魔のみ鎧を身につけ、その手には長剣が握られている。ヘルムは額の辺りが陥没していた。
その両脇にたつ二体の雑魔は手に剣をもってはいたが、それでも中央の騎士より御しやすいのは一目瞭然である。
「あの、鎧は」
老人が熱に魘されたようにつぶやき、自身の左腕を握りしめた。左腕が、時を超えて痛みを発したかのように。
敵の前に盾を構えて悠然と歩み出たのはイーディス・ノースハイド(ka2106)だ。
「相手のお出ましのようだね。では作戦通り、私とレオ君で騎士の相手をします」
「はい。イーディスさん、守りは任せましたよ! こちらは攻めに攻めます!」
言葉に応えたのはレオフォルド・バンディケッド(ka2431)である。
「自分と伊出は右側のゾンビだ。もう一匹とマイルズの護衛は任せたよ」
「それじゃ、南條さんとレイオスさんは左側だね」
南條 真水(ka2377)がナイフを手にレイオス・アクアウォーカー(ka1990)と並び立った。
「もう迷い出て来ないようにあいつらまとめてオレの剣でキッチリあの世に送ってやるぜ」
武器を手に、肩を回してレイオスも敵を見据えて笑みを浮かべる。彼の手にはユナイテッド・ドライブ・ソードが握られており、気合は充分といったところだ。
「レイオスさんもやる気満々というところで。それじゃ、夢から覚めてしまった人を、もう一度夢の舞台に案内するとしましょうか」
真水が武器を構えた。
「それがボクらの役目だから」
●亡者饗宴
躍りかかったレイオスの剣による打ち下ろしがゾンビの剣とぶつかりあい、甲高い音と火花が散る。
敵と剣をあわせたレイオスは、ゾンビが剣の扱いが不慣れであると看破できた。いや、剣術の記憶など残っていないというのが正しいか。
「この腕なら相手をするには造作もねえな!」
「在るべき場所に帰んな」
アゼルが両腕で振るったアックスブレードの一撃がゾンビの躯を深々と切り裂く。ゾンビの剣ではその重い一撃を受けることはかなわない。
だがゾンビは斬撃を意に介さぬように剣をアゼルに振り降ろす。凶刃を斧剣の柄が受け止めた。
「痛みはないってか。つくづく生物への冒涜だな」
「アゼルさんから離れろ」
陸雄が上半身をひねって振りかぶったバトルアックスをゾンビの横っ腹に叩き込んだ。
衝撃がゾンビの躯を貫き、腐った死体は街道を転げた。
ゾンビは脇腹から内容物を見え隠れさせながらも身を起こしてくる。陸雄は舌を打った。
「死体が動くなよ」
脳裏に浮かぶのは、かつての戦いで死んでいった戦友たちの姿だ。戦場は凄惨で、ゾンビの姿はその有様を思い起こさせる。死体が動く姿は冒涜的であり癪に障った。
「歪んだ摂理、断ち切らねえとな」
斧剣を肩に担いだアゼルは陸雄と並び立ち、ゾンビへと立ち向かった。
ゾンビとの戦いは優勢、少なくとも負けはないだろうと推移していた。
一体を除いては。
「おじいさん、下がって!」
かなえがマイルズを庇って前に出ると、機導師としての力を使って老いた躯の防御能力を向上させる。少しでも危機を減らせればとの行動だった。
「おじーさんのことは、私たちが守りますから……!」
盾を構えた千春もかなえに続いて一歩前にでていた。
三人の前では、元・騎士とふたりの闘狩人がしのぎを削っていた。
刃をイーディスは盾で受け止めた。距離を取らんと牽制がてら剣で頭を突き返す。
騎士は頭を傾げて突きを躱せばヘルムに凶器が擦れるのもお構いなしに、己の剣を盾の表面に滑らせ足を切った。
「させない!」
レオフォルドの踏み込みに反応して騎士が飛び退く。刃は騎士の腕を籠手ごと切り裂くが、浅い。
「イーディスさん、大丈夫ですか?」
「この程度ならね。けど、この剣筋は」
数合ほど剣を交えたふたりはうすうす勘づいていた。
騎士のゾンビ、その剣の技は王国騎士団の技を思わせる。所々に垣間見える程度であって、それが戦力として加算されるほど上等な技ではないが。
「あの動きは……」
「おじいさん?」
千春がマイルズを見上げれば、彼の目は騎士の動きに釘付けになっていた。
「執念、ということでしょうか」
騎士にレオフォルドも油断なく対峙する。見習い騎士の身にも、あのゾンビの剣には既視感があった。
長剣の切っ先をハンターたちに向けた騎士は生命の力を感じさせない、正真正銘の腐乱死体である。だからこそ、王国騎士の剣を使うのが異様であった。脳は既に腐り果てている。それでありながら剣を操れるとすれば、それは技が躯にこびりついているのか。
「あなたもかつては、王国に剣を捧げた身。ならばこそ、そのような姿になってもなお彷徨わねばならないのは見過ごせません」
「騎士もこうなったら哀れですね。せめて早く成仏させてやります、よ!」
レオフォルドが一気呵成に繰り出す刃は迫り来る騎士の鎧を断ち、肩に深々と食い込んでいく。確かな手応えが柄を握る手に伝わる。だが騎士は止まらない。
躯に食い込んでいく刃を諸ともせず躯ごと強引に剣を叩き込まれて、レオフォルドはたまらずたたら踏んで後退する。
「レオフォルドさん!」
後衛でマイルズを護衛していた千春が手を伸ばし、すかさず光弾のアシストが飛んだ。
まばゆい聖なる光が騎士に着弾、躯がよろめきレオフォルドへの追撃が遅れた。
「ありがとう、助かりました! 痛みも感じない騎士……これでは本当、哀れに過ぎます」
騎士の姿をしていても、やはり死体は死体。その躯は既に魂なき動くだけの肉塊である。
故に。
「負けられませんね、レオ君」
「はい! 騎士になるためにも、こんな奴には」
敵の剣を盾で受け止めてくれたイーディスの背後で自身の傷を癒やし、レオフォルドは剣を握る手に力を込めた。
金属の砕け散る、耳に突き刺さる音が響いた。
レイオスの渾身の振り下ろしが、ゾンビの剣を打ち砕いたのだ。
「死んでまで武器を持ってるなんざ辛いだろ。あんた達の戦い、終わらせてやるよ」
武器の破壊を狙っていたレイオスの力を込めた執拗な斬撃に、ゾンビの持つ剣が耐えられようはずもない。
「――飛び道具でお相手するのはちょっと失礼かなー、なんて思ったり思わなかったりするんだけど」
その声はゾンビの懐――眼下より発せられていた。
武器を失ったゾンビに肉迫するのは、機導剣を発動した真水。
「剣って使ったことないんだ。だからこれで許してくれるかな」
光の軌跡を描いて刃がゾンビの胸に吸い込まれた。
マテリアルエネルギーの刃に両断されても、ゾンビは言葉を発しない。何を想っていたかもわからない。だが、今度こそ眠りについたのだけは確かだった。
ふたりに続いて、アゼルと陸雄の斧もまたゾンビの躯を捉えていた。
「ここは死人がいていい場所じゃない。今度こそ天に召されて、自分の居場所に還んな」
アゼルの斧剣が、ゾンビの剣の上から叩き込まれる。刃はゾンビを肩から脇腹にかけて袈裟に両断した。
痛覚がないとはいえ、肉を断たれればゾンビといえど動けない。それでもまだ辛うじて動く腕で、ゾンビは乱暴に剣を振り回す。そこに陸雄の躯が割り込んだ。
「ぬおおお!」
剣に構わず、力を込めた斧をゾンビの頭に叩き込んだ。
陸雄の腕を剣が裂く。そこまでで、頭を潰されたゾンビは今度こそ本当に天に還っていた。
防御を考えずひたすらに敵を殴っていた陸雄は生傷だらけの腕で額の汗を拭って、残された戦いの場へと振り返った。
人を死してなお突き動かせるとすれば、それはどんな感情か。
この騎士においては、きっと後悔なのだろう。
騎士のゾンビは倒れない。無傷ではなく、致命傷はひとつやふたつではきかないというのに。
レオフォルドに斬りかかろうとした騎士の肩をマテリアルの光が撃つ。魔導銃の銃口を向けて、かなえは味方に当てないよう慎重に狙いをつけていた。
――初めての実戦、だけれど。
マイルズの護衛を務めながらも、かなえは内心で緊張を必死に押しとどめる。こうして依頼にでるのは初めての経験である。けれど、それを口にしては依頼人を不安にしてしまうかもしれない。
――死んだ人に花を手向けさせる、絶対に……!
LH044、あの地で死んでいった人にも、花を手向けてみたい。だから、老人の墓参りを絶対に上手くいかせてあげたかった。
かなえは震える手でトリガーを引く。
アゼルや千春のホーリーライトも騎士の躯を撃ち、躯は何度もよろけた。如何にゾンビといえどその肉体は限界に達していた。
それでもレオフォルドを狙った剣をイーディスが弾く。
「レオ君を意識している……?」
年若い見習い騎士に、かつての片割れを彷彿とでもさせているのか。
その様にレオフォルドが眉根を寄せる。
「四十年、それだけ取り残されたら、自分の親友の顔も判らなくなってしまうかもしれませんが」
あなたの相棒はあのご老人であろうに――。
四十年前の情景に囚われた騎士に、真水が機導剣を打ち込む。レオフォルドに気を取られていた騎士は辛うじて鉄の刃で光の刃を受け止め、光が瞬く。その攻撃を止められたのは、真水があえて完全な不意打ちとして仕掛けなかったからだ。
「あなたの戦いはね、本当はもうとっくの昔に終わってるんだ」
騎士は答えない。
剣で打ち払い、騎士はおぼつかない足取りで剣を握り直そうとし、その隙にレオフォルドが大きく踏み込んだ。
「うおおおお!」
最後の一太刀が騎士の躯を切り裂く。
深々と致命傷を受けた騎士に、真水が言った。
「ここはロスタイムみたいなもので、それももう終わりだ。だからもう、ゆっくりとお眠り」
執念に突き動かされた死体は力を失い、その手に握りしめていた剣はするりとすべって地に落ちた。
●決別
ハンターたちはこの世に遺された傷だらけの騎士の鎧を、海岸近くの木の根元に埋めた。
墓標代わりに、今はそこに剣が突き立っている。
「まあここなら、海が見渡せて気分も良いと思うよ」
墓標となった剣に花を供えるマイルズを見ながら真水が口にする。墓前にはハンターたちが備えた酒瓶もあった。
「……イーディスさん、もし自分もあのようになったら容赦なく倒してくださいね!」
「そう言うと思ったよ。そうはならないのが一番だけど」
「もちろんです! っと、そうだ。マイルズさん! せっかくなので親友さんとの武勇伝とか聞かせてもらえませんか。自分、見習い騎士なので!」
戦闘前に話そうとしていたことを思い出し、今まで静かに墓前に黙祷を捧げていたマイルズは相好を崩して立ち上がった。
「そういえば、君も言っていたね」
祈りを捧げていた千春は顔をあげて、老人にうなずいた。
「あ、はい。その、どんな風に一緒に過ごしてたのか、気になったので……!」
「老人の昔話は、長いぞ」
その話は、帰り道で聞くことになるだろう。
空は茜色に染まりつつある。今度は朝焼けではなく夕焼けだ。やがて夜になり、そして朝がくるだろう。
「新しい朝が来る。マイルズにも、逝ったあんたにもな」
アゼルが最後に墓標へと声をかける。断り、最後に祈りを捧げる。それは聖職者然とした祈りだ。
アゼルの祈りの言葉が海風にのり、海岸線に消えていく。
そうしてアゼルも踵を返して歩み去る。
どんなに辛くとも、夜は来て、朝が訪れる。四十年前の亡霊に別れをつげて、人々は歩き始めた。
あとには、花と酒瓶が備えられた墓標だけが残った。
鈍くくすんだ銀色が、亡霊の声に震えた。
潮の芳香が届く森林で、木に背中を預けていたかつて騎士だった物が頭をあげた。
それは死人だ。
雑魔となり、動く死体となった騎士の亡骸は歩を進めだす。
かつん、かつんと街道の石畳を叩き、それは住処より離れていく。遠くより近づく人の群れに心惹かれるように。
●晴天の下を行く
「はじめまして! おじーさんの護衛をすることになりました! よろしくお願いしますっ」
柏木 千春(ka3061)が老紳士マイルズに頭を下げたのは、ハンターオフィス内でのことであった。
ハンターたちは年下であったが、老紳士は礼を失することもなく頭を下げていた。彼らを尊重している、角のない老人であった。
「海辺とは、因果なもんだ」
海から香る潮風に、アゼル=B=スティングレイ(ka3150)がつぶやく。その声は風にかき消されるほど小さく、自分にしか聞こえない。
いま、ハンターたちは目的地に向けて海沿いの街道を行っていた。
マイルズ老人を護衛しての道中である。
「ええと、おじいさん、目的地はあとどのくらいでしょうか?」
確認のために、榎本 かなえ(ka3567)が傍らのマイルズに訊ねた。
「もうそう遠くはないはずだ。老人の墓参りの付き添いを頼んでしまって申し訳ない」
「いえ、そんな。他人ごとじゃありませんから……」
かなえはLH044でのことについて思い出していた。あの宙域でたくさん死んでいった人を思うと、自分も他人ごととは思えない。離ればなれになった家族の消息を考えてしまうと、死した友の墓参りをしようとする老人の行動を無下にはできない。
「……そいつぁさぞかし、お辛かったでござんしょう。本当に」
同じくリアルブルーの出身者である伊出 陸雄(ka0249)もまた、LH044でのことを思い出していた。彼もまた歪虚との戦いで戦友を亡くしているだけあり、マイルズの心境を察するにあまりあった。
「本当に、お辛い……」
「まあ迷い出ちまった相棒は、こっちが迷わず送り返してやるよ。聖職者らしくな」
アゼルは眼帯をつけた顔で老人の方を一瞥した。およそ聖職者らしいとは言えぬ顔立ちであったが、それでも彼女の瞳には真摯な力が垣間見え、けして冗談で言っているわけでもないのは充分に伝わるだけの説得力があった。
「思うところはあるかもしれないですけど、ここは私達に任せておいてください」
「ありがとう。もう悲しみもすり切れてしまったが、救われるよ」
かなえとハンターたちの言葉に、マイルズはほほえみを返した。
ハンターも老人の経験に思うところがあるものは何人もいた。墓に赴く傍ら、彼らは時間の大小こそあれ、脳裏にかつての苦い経験をよぎらせる。
「えっと……おじーさんの昔話、聞いても?」
そんな空気のなか、護衛のために老人の側にいた千春が皺の刻まれた顔を見上げた。その老人の顔に、千春は自分を育ててくれた老人の姿を重ねていた。
「昔話か。当時は若輩者であったから、恥ずかしい話ばかりだが――」
苦笑した老人の顔に緊張の色が走る。
迫る歪虚の気配を、ハンターたちも既に感じ取っていた。
重い鉄が石畳を叩き、鎧が擦れる音は風に乗って耳に届いていた。ろくに手入れもされていない装備だからか、特に耳についた。
街道の先に三つの影が現れていた。
●接敵
どれが目的の騎士であったかは人目で判断がついた。中央の雑魔のみ鎧を身につけ、その手には長剣が握られている。ヘルムは額の辺りが陥没していた。
その両脇にたつ二体の雑魔は手に剣をもってはいたが、それでも中央の騎士より御しやすいのは一目瞭然である。
「あの、鎧は」
老人が熱に魘されたようにつぶやき、自身の左腕を握りしめた。左腕が、時を超えて痛みを発したかのように。
敵の前に盾を構えて悠然と歩み出たのはイーディス・ノースハイド(ka2106)だ。
「相手のお出ましのようだね。では作戦通り、私とレオ君で騎士の相手をします」
「はい。イーディスさん、守りは任せましたよ! こちらは攻めに攻めます!」
言葉に応えたのはレオフォルド・バンディケッド(ka2431)である。
「自分と伊出は右側のゾンビだ。もう一匹とマイルズの護衛は任せたよ」
「それじゃ、南條さんとレイオスさんは左側だね」
南條 真水(ka2377)がナイフを手にレイオス・アクアウォーカー(ka1990)と並び立った。
「もう迷い出て来ないようにあいつらまとめてオレの剣でキッチリあの世に送ってやるぜ」
武器を手に、肩を回してレイオスも敵を見据えて笑みを浮かべる。彼の手にはユナイテッド・ドライブ・ソードが握られており、気合は充分といったところだ。
「レイオスさんもやる気満々というところで。それじゃ、夢から覚めてしまった人を、もう一度夢の舞台に案内するとしましょうか」
真水が武器を構えた。
「それがボクらの役目だから」
●亡者饗宴
躍りかかったレイオスの剣による打ち下ろしがゾンビの剣とぶつかりあい、甲高い音と火花が散る。
敵と剣をあわせたレイオスは、ゾンビが剣の扱いが不慣れであると看破できた。いや、剣術の記憶など残っていないというのが正しいか。
「この腕なら相手をするには造作もねえな!」
「在るべき場所に帰んな」
アゼルが両腕で振るったアックスブレードの一撃がゾンビの躯を深々と切り裂く。ゾンビの剣ではその重い一撃を受けることはかなわない。
だがゾンビは斬撃を意に介さぬように剣をアゼルに振り降ろす。凶刃を斧剣の柄が受け止めた。
「痛みはないってか。つくづく生物への冒涜だな」
「アゼルさんから離れろ」
陸雄が上半身をひねって振りかぶったバトルアックスをゾンビの横っ腹に叩き込んだ。
衝撃がゾンビの躯を貫き、腐った死体は街道を転げた。
ゾンビは脇腹から内容物を見え隠れさせながらも身を起こしてくる。陸雄は舌を打った。
「死体が動くなよ」
脳裏に浮かぶのは、かつての戦いで死んでいった戦友たちの姿だ。戦場は凄惨で、ゾンビの姿はその有様を思い起こさせる。死体が動く姿は冒涜的であり癪に障った。
「歪んだ摂理、断ち切らねえとな」
斧剣を肩に担いだアゼルは陸雄と並び立ち、ゾンビへと立ち向かった。
ゾンビとの戦いは優勢、少なくとも負けはないだろうと推移していた。
一体を除いては。
「おじいさん、下がって!」
かなえがマイルズを庇って前に出ると、機導師としての力を使って老いた躯の防御能力を向上させる。少しでも危機を減らせればとの行動だった。
「おじーさんのことは、私たちが守りますから……!」
盾を構えた千春もかなえに続いて一歩前にでていた。
三人の前では、元・騎士とふたりの闘狩人がしのぎを削っていた。
刃をイーディスは盾で受け止めた。距離を取らんと牽制がてら剣で頭を突き返す。
騎士は頭を傾げて突きを躱せばヘルムに凶器が擦れるのもお構いなしに、己の剣を盾の表面に滑らせ足を切った。
「させない!」
レオフォルドの踏み込みに反応して騎士が飛び退く。刃は騎士の腕を籠手ごと切り裂くが、浅い。
「イーディスさん、大丈夫ですか?」
「この程度ならね。けど、この剣筋は」
数合ほど剣を交えたふたりはうすうす勘づいていた。
騎士のゾンビ、その剣の技は王国騎士団の技を思わせる。所々に垣間見える程度であって、それが戦力として加算されるほど上等な技ではないが。
「あの動きは……」
「おじいさん?」
千春がマイルズを見上げれば、彼の目は騎士の動きに釘付けになっていた。
「執念、ということでしょうか」
騎士にレオフォルドも油断なく対峙する。見習い騎士の身にも、あのゾンビの剣には既視感があった。
長剣の切っ先をハンターたちに向けた騎士は生命の力を感じさせない、正真正銘の腐乱死体である。だからこそ、王国騎士の剣を使うのが異様であった。脳は既に腐り果てている。それでありながら剣を操れるとすれば、それは技が躯にこびりついているのか。
「あなたもかつては、王国に剣を捧げた身。ならばこそ、そのような姿になってもなお彷徨わねばならないのは見過ごせません」
「騎士もこうなったら哀れですね。せめて早く成仏させてやります、よ!」
レオフォルドが一気呵成に繰り出す刃は迫り来る騎士の鎧を断ち、肩に深々と食い込んでいく。確かな手応えが柄を握る手に伝わる。だが騎士は止まらない。
躯に食い込んでいく刃を諸ともせず躯ごと強引に剣を叩き込まれて、レオフォルドはたまらずたたら踏んで後退する。
「レオフォルドさん!」
後衛でマイルズを護衛していた千春が手を伸ばし、すかさず光弾のアシストが飛んだ。
まばゆい聖なる光が騎士に着弾、躯がよろめきレオフォルドへの追撃が遅れた。
「ありがとう、助かりました! 痛みも感じない騎士……これでは本当、哀れに過ぎます」
騎士の姿をしていても、やはり死体は死体。その躯は既に魂なき動くだけの肉塊である。
故に。
「負けられませんね、レオ君」
「はい! 騎士になるためにも、こんな奴には」
敵の剣を盾で受け止めてくれたイーディスの背後で自身の傷を癒やし、レオフォルドは剣を握る手に力を込めた。
金属の砕け散る、耳に突き刺さる音が響いた。
レイオスの渾身の振り下ろしが、ゾンビの剣を打ち砕いたのだ。
「死んでまで武器を持ってるなんざ辛いだろ。あんた達の戦い、終わらせてやるよ」
武器の破壊を狙っていたレイオスの力を込めた執拗な斬撃に、ゾンビの持つ剣が耐えられようはずもない。
「――飛び道具でお相手するのはちょっと失礼かなー、なんて思ったり思わなかったりするんだけど」
その声はゾンビの懐――眼下より発せられていた。
武器を失ったゾンビに肉迫するのは、機導剣を発動した真水。
「剣って使ったことないんだ。だからこれで許してくれるかな」
光の軌跡を描いて刃がゾンビの胸に吸い込まれた。
マテリアルエネルギーの刃に両断されても、ゾンビは言葉を発しない。何を想っていたかもわからない。だが、今度こそ眠りについたのだけは確かだった。
ふたりに続いて、アゼルと陸雄の斧もまたゾンビの躯を捉えていた。
「ここは死人がいていい場所じゃない。今度こそ天に召されて、自分の居場所に還んな」
アゼルの斧剣が、ゾンビの剣の上から叩き込まれる。刃はゾンビを肩から脇腹にかけて袈裟に両断した。
痛覚がないとはいえ、肉を断たれればゾンビといえど動けない。それでもまだ辛うじて動く腕で、ゾンビは乱暴に剣を振り回す。そこに陸雄の躯が割り込んだ。
「ぬおおお!」
剣に構わず、力を込めた斧をゾンビの頭に叩き込んだ。
陸雄の腕を剣が裂く。そこまでで、頭を潰されたゾンビは今度こそ本当に天に還っていた。
防御を考えずひたすらに敵を殴っていた陸雄は生傷だらけの腕で額の汗を拭って、残された戦いの場へと振り返った。
人を死してなお突き動かせるとすれば、それはどんな感情か。
この騎士においては、きっと後悔なのだろう。
騎士のゾンビは倒れない。無傷ではなく、致命傷はひとつやふたつではきかないというのに。
レオフォルドに斬りかかろうとした騎士の肩をマテリアルの光が撃つ。魔導銃の銃口を向けて、かなえは味方に当てないよう慎重に狙いをつけていた。
――初めての実戦、だけれど。
マイルズの護衛を務めながらも、かなえは内心で緊張を必死に押しとどめる。こうして依頼にでるのは初めての経験である。けれど、それを口にしては依頼人を不安にしてしまうかもしれない。
――死んだ人に花を手向けさせる、絶対に……!
LH044、あの地で死んでいった人にも、花を手向けてみたい。だから、老人の墓参りを絶対に上手くいかせてあげたかった。
かなえは震える手でトリガーを引く。
アゼルや千春のホーリーライトも騎士の躯を撃ち、躯は何度もよろけた。如何にゾンビといえどその肉体は限界に達していた。
それでもレオフォルドを狙った剣をイーディスが弾く。
「レオ君を意識している……?」
年若い見習い騎士に、かつての片割れを彷彿とでもさせているのか。
その様にレオフォルドが眉根を寄せる。
「四十年、それだけ取り残されたら、自分の親友の顔も判らなくなってしまうかもしれませんが」
あなたの相棒はあのご老人であろうに――。
四十年前の情景に囚われた騎士に、真水が機導剣を打ち込む。レオフォルドに気を取られていた騎士は辛うじて鉄の刃で光の刃を受け止め、光が瞬く。その攻撃を止められたのは、真水があえて完全な不意打ちとして仕掛けなかったからだ。
「あなたの戦いはね、本当はもうとっくの昔に終わってるんだ」
騎士は答えない。
剣で打ち払い、騎士はおぼつかない足取りで剣を握り直そうとし、その隙にレオフォルドが大きく踏み込んだ。
「うおおおお!」
最後の一太刀が騎士の躯を切り裂く。
深々と致命傷を受けた騎士に、真水が言った。
「ここはロスタイムみたいなもので、それももう終わりだ。だからもう、ゆっくりとお眠り」
執念に突き動かされた死体は力を失い、その手に握りしめていた剣はするりとすべって地に落ちた。
●決別
ハンターたちはこの世に遺された傷だらけの騎士の鎧を、海岸近くの木の根元に埋めた。
墓標代わりに、今はそこに剣が突き立っている。
「まあここなら、海が見渡せて気分も良いと思うよ」
墓標となった剣に花を供えるマイルズを見ながら真水が口にする。墓前にはハンターたちが備えた酒瓶もあった。
「……イーディスさん、もし自分もあのようになったら容赦なく倒してくださいね!」
「そう言うと思ったよ。そうはならないのが一番だけど」
「もちろんです! っと、そうだ。マイルズさん! せっかくなので親友さんとの武勇伝とか聞かせてもらえませんか。自分、見習い騎士なので!」
戦闘前に話そうとしていたことを思い出し、今まで静かに墓前に黙祷を捧げていたマイルズは相好を崩して立ち上がった。
「そういえば、君も言っていたね」
祈りを捧げていた千春は顔をあげて、老人にうなずいた。
「あ、はい。その、どんな風に一緒に過ごしてたのか、気になったので……!」
「老人の昔話は、長いぞ」
その話は、帰り道で聞くことになるだろう。
空は茜色に染まりつつある。今度は朝焼けではなく夕焼けだ。やがて夜になり、そして朝がくるだろう。
「新しい朝が来る。マイルズにも、逝ったあんたにもな」
アゼルが最後に墓標へと声をかける。断り、最後に祈りを捧げる。それは聖職者然とした祈りだ。
アゼルの祈りの言葉が海風にのり、海岸線に消えていく。
そうしてアゼルも踵を返して歩み去る。
どんなに辛くとも、夜は来て、朝が訪れる。四十年前の亡霊に別れをつげて、人々は歩き始めた。
あとには、花と酒瓶が備えられた墓標だけが残った。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/11/22 15:35:51 |
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相談卓 柏木 千春(ka3061) 人間(リアルブルー)|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2014/11/26 02:09:07 |