収穫祭をもう一度

マスター:紺堂 カヤ

シナリオ形態
イベント
難易度
やや易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
寸志
相談期間
5日
締切
2017/11/24 09:00
完成日
2017/12/04 02:14

このシナリオは3日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 木枯らしが、枝を揺らしていた。
 季節が巡るとはそういうことであるとはいえ、秋が去りゆこうとするころというのは、妙に物悲しい。
 ことに、レンダックの領地においては、その悲しさがよりいっそう、深いものになっているように思われた。
 ヒューゴ・レンダック。
 この地は、メフィストによって領主を奪われた。
 彼は自分の命を顧みず、領地と領民を救ったのである。
 彼と、駆けつけてくれた「空の研究所」のおかげで、レンダック領の被害は、最小限に食い止められた。しかし、それを手放しで喜べるほど、この地の領民は無神経ではない。
 葬儀がしめやかに執り行われ、少しずつ日常が戻ってきた。
 畑を耕すとき、思い出す。慣れない手つきで、鍬を振るっていた真面目な彼のことを。
 パンを焼くとき、思い出す。匂いにつられてやってきた、大らかな彼のことを。
 頼りないようには見えていても、ヒューゴこそがこの地を支える大黒柱だったのだと、思い知らされる。
 だからこそ。
 領民たちは痛ましく思うのだ。

「アーニャさまのお悲しみは、どれほどであろうか」

 と、そのように。
 アーニャ・レンダックは、ヒューゴの妹だった。両親を失っている彼女にとって、ヒューゴは唯一の肉親。アーニャはヒューゴを頼りにしていたし、ヒューゴもまた、アーニャを頼りにしていた。ふたり力を合わせ、この地をなんとか盛り立てようと努力してきたのだ。
「これから、というときだったのに」
 領民たちはため息をつく。そう、まさしく、これから、だった。荒れ果てた領地をいくつも畑としてよみがえらせ、ささやかながらも収穫祭が開けるまでになっていたのに。
「いつまでも沈んでばかりはいられませんわ」
 ため息をつく領民たちに、アーニャは気丈に言う。誰よりも、ここの誰よりも、傷ついているはずなのに。
「わたくしでは頼りないかもしれませんけれど、わたくしとてレンダック家の人間です。決して、決して、あなたたちを路頭に迷わせるようなことはいたしません」
 領民に心配をかけまいと、笑みさえ浮かべてそう言うアーニャは立派であった。こうあってもさらに領民が彼女を心配していると知れば、そのことの方が、アーニャを傷つけるだろう。
 だから。
「頼りないだなんてとんでもねえ」
「そうそう。アーニャさまはしっかりしておられるから」
「ヒューゴさまをよく叱っておられたしなあ」
「そうそう! でもアーニャさま、俺たちも頼ってくださいよ。なんだって手伝いますからね」
「大丈夫。皆、あんたについていくよ」
 領民は皆、口々にそう言った。少し前までは、領主に対して愛着も期待もなかった。けれど、今は違う。アーニャと、そしてヒューゴの努力を、彼らは知っている。それを無駄にしないためにも、今まで以上に自分たちも、努力しなければならない。
 と、そう、思っている。
 思っているし、わかっているのだが。
「寂しいよなあ……」
 心の隙間に、木枯らしが吹く。
「なあ、思い出を作らねえか」
 ふと、誰かが呟いた。
「思い出?」
「そう。こうやって、頑張ろう、頑張ろう、って必死に、無理に笑顔つくっても、悲しいことばかり思い出しちまうだろ? だからさ、いっちょ楽しい思い出を作ってさ。で、あの日は楽しかったよな、ああいうことがまたできるように頑張ろう、ってさ、無理にじゃない笑顔をつくるんだ」
 とつとつと呟かれたその言葉が、領民の胸にしみた。なるほど、と方々から頷く声がした。すると、別の誰かがはっきりとそれに賛同する言葉を口に出す。
「それはいい。じゃ、収穫祭をやりなおすってのはどうだ?」
「! それだ!!」
 収穫祭。
 それは、ヒューゴがやろうとしていたことだった。まさに収穫祭の当日、彼は命を落としたのだ。
「アーニャさまも、無理をしておられる。だから、アーニャさまにも、楽しい思い出をつくっていただこう。俺たちと、同じ思い出を」
「そうだな。泣いたり、笑ったり、素直な感情を出せる、そんな収穫祭にしよう」
 領民たちの、心が固まった。
 ヒューゴがやろうとしていたのはレンダック家主催の収穫祭だが、今回は領民たちが計画し、アーニャを招くことにした。葬儀が終わった後も、アーニャは相続がどうの、資産がどうの、と連日忙しそうにしている。余計な面倒をかけたくはない。
「だが、どれだけ人が集まるか……」
 被害が少なかったとはいえ、ゼロではない。片付けや立て直しにかかりきりの者も少なくない。だが、やるとなれば盛大にやりたい。もともとヒューゴが計画していたような、会場をいくつもつくる大規模なものはできないにしても、せめて建物ひとつ貸し切るくらいのことは。
「ハンターの皆さんに来てもらうのはどうだろう。世話になった人もいるし」
「……俺たちが出せる報酬なんて、たかがしれているからな、どれだけ来てもらえるかわからないけどな……」
 領民たちは、有志に募ってなんとか乏しい懐から依頼金をひねり出し、ハンターオフィスへと向かった。

「収穫祭をやりなおしたいんだ。どうか、来てもらえないだろうか」

リプレイ本文

 重い悲しみに包まれていたレンダックの領地に、久しぶりの活気ある声が響いていた。その活気の中心にあるのは、公民館だった。
 公民館の一階にある厨房では、朝からひっきりなしに煮炊きが行われ、もうもうとあたたかい湯気が立ち上っていた。
「冷めてもいいものから先に作るんだよ、あつあつを食べる料理は最後だよ、いいね!?」
 農家の女性たちが中心になって、山ほどの食材が次々と調理されてゆく。その食材は、ほとんどが領地内から集められた収穫物だが、ハンターたちが持ち寄ったものも加えられていた。
「本日はお招きありがとうございます」
 志鷹 都 ( ka1140 )がゆったりとお辞儀をして挨拶し、厨房に入ってきた。食事の準備を手伝うべく、テキパキと慣れた様子で食材や庖丁を扱う。
「身も心も温めてくれるようなお食事を一緒に作りましょう」
 招待客に準備をさせるなんて、と恐縮した様子だった領民は、都にそう微笑まれ、嬉しそうに頷いて協力を頼んだ。
「メニューは収穫した食材を生かせそうなリゾットやポトフは如何でしょう。体が温まり、肉や大豆、野菜が免疫力を高め風邪予防にもなります」
「いいねえ。ポトフにぴったりな野菜があるんだよ」
 あっという間に領民と打ち解け、領地の食材を確かめながら調理にあたる都の後ろから、星野 ハナ ( ka5852 )と鳳城 錬介 ( ka6053 )も顔をのぞかせた。
「鉄鍋でみなさんの野菜をポトフにするの、私もいいと思いますぅ。それと、来る途中で捌いたばかりの鶏を買ってきましたぁ。こっちの鶏は野菜を詰めてダッチオーブンで1時間半焼いてローストチキンにしちゃいましょぉ」
「レンダック領の郷土料理には俺も興味があります。手伝わせてください。あ、この肉は差し入れです。遠慮なく使ってくださいね」
 次々と届く食材と手伝いの申し出に、領民たちは感激しきりだった。錬介が食堂の女将に手ほどきされながら肉をさばき、ハナはローストチキンを仕込む。
 仕込み終えてから、ハナは厨房を出て会場の飾りつけに向かった。テーブルを並べる領民たちに交じって、エステル・クレティエ ( ka3783 )がテーブルクロスをリボンで結んだりと可愛らしい演出をしている。エラ・“dJehuty”・ベル ( ka3142 )は領民たちと天候や作柄について語り合いながら食器を整えている。
「あ、ハナさん。壁の飾りつけからお願いできますか。そちらに手が足りてないようなんです」
「はーい、任されましたぁ」
 エラが会場全体の作業の進み具合を見て、的確に人を動かしていく。もともと飾り付けの準備をしてきていたハナは、にこにこ頷いた。色紙を輪にして鎖状に繋げたものを部屋中にぐるりと飾り、テーブルに小さな花瓶を用意したりとくるくる働いた。
「すまないねえ、お客さんだっていうのに手伝わせて」
 恐縮する領民たちに、エステル・クレティエもハナも、にこにこ首を振る。
「収穫祭は私の地元でも とても賑やかで大事なお祭りですから。ヒューゴさんが空から遊びに来てくれる様に願って。お手伝い、させて下さいね」
「私はその方……ヒューゴさん? を直接知りませんけどぉ、みんながもう一度収穫祭をやり直そうとするほどの方だったならぁ、その方もやり直そうとしたみなさんも絶対楽しめるものにしなくちゃって思いますぅ」
「ありがとう……」
 ふたりの温かい言葉に、領民たちは少し、涙ぐんだ。エラは、その様子を静かな笑顔で見守る。
「春に雪溶ける如く、悲しみは時間経過で収まるとは思います。が、今は団欒という暖炉が必要ですか。太陽次第で冬が長いかもしれませんから」
 そう呟いて、暖炉に火を入れる手伝いをしようと、エラは気を配った。



 収穫祭の開始時間が近付くにつれて、公民館に集まってくるハンターたちの姿も増えて行った。準備を手伝ってくれる者も多く、料理も会場設営もはかどって、あとは出席者が揃うのを待つだけ、という雰囲気になってきた。
 その頃に、ミア ( ka7035 )がローストチキンとザッハトルテなどを差し入れに持ってやってきた。
「お酒飲む子にはチーズニャスかな? みんなで美味しく食べようニャス♪」
 持ってきた差し入れをテーブルに並べ、そのまま、フォークやスプーンを用意するのを手伝いながら、ミアは周囲をきょろきょろと見回す。皆、笑顔で立ち働いているけれど、ときおりその表情に暗い影が差すのを、見逃すことはできなかった。誰もが、傷を抱えているように思えた。
「ふニャ……きっと、色んなことがあったんニャスよネ」
 そっと呟いて、ミアはこくこくと頷いた。
「みんなが自然な微笑みを浮かべられるように、少しでも力にニャりたいニャス」
 ミアと同じ考えのハンターたちばかりだった。その考えを形にしようと、出し物を考えている面々は、会場内に簡易のステージを作ったり、隅の方で練習や打ち合わせをしたり、と余念がない。鞍馬 真 ( ka5819 )もそのひとりだった。彼はあらかじめ領民たちから情報を収集し、この地方の民謡などの楽譜を入手していた。
「皆が素直に喜びや悲しみを表現できるような場にしたいね」
 そう呟くが、真の内心は領民にも負けず劣らず、さざめいていた。守れなかった後悔や、敵を討った安堵が胸の中でないまぜになって、整理がつかない。その気持ちを整理させるためにも、この場に招かれたことはよい機会だったと思う。
 そろそろ祭りの開始時間、という頃になって、領主ヒューゴ・レンダックの妹であるアーニャ・レンダックが姿を現した。妹、という立場ではない。いまや、彼女がこのレンダック領の領主だ。
「アーニャ様!」
「ようこそおいでくださいました」
 領民たちが頭を下げるのに微笑んで、アーニャは会場を見回し、ハンターたち全員の姿を視界に入れてから、深々とお辞儀をした。
 それが、祭り開始の合図ともなった。
「皆様、本日は我がレンダック領の収穫祭においでくださり、誠にありがとうございます。このたびの祭りは、領民たちが心を砕いて準備をしてくれました。招待を受け、わたくしもとても驚き、そして嬉しく思っています。きっと……、きっと、兄・ヒューゴも喜んでいることでしょう」
 アーニャはここで、喉を詰まらせた。会場の誰もが、彼女の気持ちを思ってぐっと胸をつかまれる。
 ジャック・J・グリーヴ ( ka1305 )もやるせない思いでいながら、内心でヒューゴへの言葉を紡いでいた。
(ハッ、ヒューゴのクソッタレめ。平民助けて自分がくたばっちまうなんざ人としてバカのする事だぜ? てめぇの事も守れねぇ奴がどうして他人を守ってやる事が出来るんだよ。マジで大バカ野郎だ、笑っちまうぜ……けどよ、貴族としちゃ大正解だぜクソッタレ。お前はノブレス・オブリージュを貫いたんだな。俺はそんなお前に、貴族としてのお前に、敬意を抱くぜ)
「この心優しき領民たちが誇りと思えるような、そんな領主になって参ります。まだまだ精進が必要でございますけれど、どうぞよろしくお願い致します。また、皆様からは差し入れや義捐金を頂戴しているとのこと。領主として、こころより御礼申し上げます。今日は、どうぞ楽しんで行ってくださいませ」
 最後の方は少し涙ぐみながら、アーニャはそう挨拶をした。割れんばかりの拍手が、彼女に贈られる。
「折角の祭りだ、乾杯といこう」
アーニャの挨拶への拍手のあと、そう声をかけたのはルベーノ・バルバライン ( ka6752 ) だった。
「鎮魂を兼ねた収穫祭。……今の挨拶でもわかったが、亡くなった領主は随分と慕われていたのだな。ならば酒のひとつやふたつ、持って行かねば、と思って持参した。存分に飲んで楽しもう。乾杯!」
「乾杯!!」
 ルベーノの音頭で乾杯が交わされ、わあっと場が盛り上がった。真が、早速BGMに、と演奏を開始する。アツアツの料理がどんどん運び込まれ、美味しそうな匂いが会場に広がる。皆、皿を持ってそれらに舌鼓を打つべく動き出した。
 そんな中、ジャックはこそこそとアーニャに近付いた。
「ジャック・J・グリーヴはいつだってレンダック家を助けてやる。こりゃ貴族として、漢としての誓いだ」
 目も合わさぬままそれだけを言うと、そそくさと料理のテーブルへと去っていく。アーニャは一瞬ぽかんとしてそれを見送り、礼も言えぬうちに立ち去ってしまった金色の背中に、微笑んでお辞儀をした。
 ジャックが立ち去ったのと入れ替わりに、マチルダ・スカルラッティ ( ka4172 )が花束を持ってアーニャの前にやってきた。毛並みを整え、花飾りをつけたフィオレッティも一緒だ。
「お招きありがとう、アーニャさん」
「こちらこそ、ありがとうございます。美しいお花ですわ」
「このたびのことは、心からお悔やみ申し上げるよ……。もし可能ならば、ヒューゴさんのお墓参りがしたんだけど」
 マチルダがそう申し出ると、同じ思いでいた者は何人もいたらしく、アーニャの周りに集まってきた。アーニャは彼らの顔を見まわして礼を言う。
「では、もしよろしければ、お祭りのあとにでも立ち寄ってくださいませ。公民館からまっすぐ北へ行ったところにございますから」
「うん、じゃあ、寄らせてもらうね。そうそう、お祭りだし、報酬はいいよ。その分、いっぱい食べさせてもらうから」
 マチルダがそう言い添えると、アーニャはきっぱり首を横に振った。
「報酬は、受け取ってください。あれは領民たちの心そのもの。ハンターの皆様方からの差し入れや義捐金も、そうした心そのものとして受け取らせていただきました。ですから、どうぞ受け取ってくださいませ。……もし、それでも気になるというのであれば是非、領地内で使って行ってくださいませ」
 アーニャの真摯な言葉に、マチルダは納得した。すぐそばでそれを聞いていた、羊谷 めい ( ka0669 )とアーク・フォーサイス(ka6568)も顔を見合わせて頷いた。ふたりも、報酬は断ろうと思っていたのである。
「領主さまがそう言ってることだし、報酬を使って帰りに何か特産品でも買って帰ろうか」
「そうですね」
 そう決めたのならば、あとは収穫祭を楽しむだけだ。が、しかし。
「何をすると良いのか……楽しめばいい、ということだけど……会話はあまり得意じゃないんだよね」
 すでにわいわいと盛り上がりを見せている会場を見回して、アークは少し困ったように眉を下げる。めいが、くすりと笑った。
「アークさんがお話しが苦手なのは知っています。では……、一緒に踊りますか?」
「ダンス? 剣舞ならできるけど社交ダンスとかは知らなくて……」
「わたしもダンスの作法はわからないので真似、みたいなものですけど。楽しければいいと思うのです」
「そうだね。楽しむことが重要、だよね」
めいは、ドレスの裾をつまんで優雅にカーテシーをしてみせ、アークもお辞儀をした。ダンスが始まったことを目ざとく察した真が、ダンスミュージックを演奏し、都がゆったりしたボーカルで歌うと、会場は小さなダンスホールになった。子どもたちが、ふたりを真似てひょこひょこ踊る。
「素敵~! 皆、王子様やお姫様みたいです! 音楽もとっても上手!」
 夢路 まよい ( ka1328 )がぱちぱちと拍手をして歓声を贈った。美味しい料理に楽しい出し物、周囲の笑顔。まよいは、それらを存分に楽しんでいた。
「お祭りは、やっぱり楽しまないと!」
 ポトフもポテトグラタンもローストチキンもとても美味しい、と口にすると、厨房から料理を運んできた女性がそれはそれは嬉しそうにしてくれた。そんな、満足しきって満面の笑顔のまよいなのであった。



「オムレツはいかがですかー!」
 いつの間にか会場に、紅媛=アルザード ( ka6122 )、雲雀 ( ka6084 )、エステル・ソル ( ka3983 )の三名によるオムレツ屋さんが出現した。準備の段階から厨房で用意していたようだが、それを会場で振舞おうというつもりらしい。
「エステルさんには負けませんよ~!」
「むむむ、オムレツは強敵です、ひばりちゃん!」
 エステル・ソルに抱きつきながら雲雀が宣言している。ふたりの間で、紅媛が苦笑していた。
「教えるとは約束してたけど、まさかこんな日に……」
 ふたりに「オムレツ」の課題を出してはいたが、と思いつつ、ふう、と息をつく。
「上手に作るコツを聞いて練習してきました!……お父様の食事が連日犠牲になったわけですが……」
 エステル・ソルは、入念に手順を暗唱し、練習通りにオムレツを作ったようだった。練習の甲斐あってか、オムレツは整った見た目で、皿の上でほかほかと湯気をたてている。そればかりか。ケチャップででかでかと「HAPPY」と書かれていた。
「幸せになーれ♪ みんなにも食べて貰うのです♪」
 雲雀の方はというと、オムレツづくりには特に苦手を感じていないようであった。しかし、それとは別に。
「紅媛に教わる時点でどーかと思うのですが。お嬢様の癖に家事全般をメイドの雲雀を差し置き率先してやっちゃうとか! 料理が趣味とか! 紅媛が反則過ぎるのですっ! あとは胸とか! 胸とか! ムキーっ!」
 だいぶ方向性の違う私情が入りまくっているようである。
「大丈夫です。私情がオムレツに支障をきたすわけではありません! メイドの雲雀には簡単ですよー。料理はスピードが命! なのですー!」
 その言葉通り、パパッと作ったオムレツは、いかにも絶妙な柔らかさに見える。どちらもとてもおいしそうだ。勝負の結果はもちろん、紅媛に委ねられる。紅媛はふたりのオムレツをどちらもひとくちずつ食べた。
 ふたりは、わくわくしながらコメントを待つ。果たして。
「うん、ふたりとも合格。同点だな」
「ええっ! 引き分けですかー?」
「エステルさんに勝ったと思ったのにー!」
 紅媛に褒められて嬉しくもありつつ、引き分けの結果に少し不満そうにふたりに苦笑して、紅媛は周囲で見物していた人々に声をかけた。
「と、いうわけで、どちらが作ったオムレツも文句なしに美味しいですよ! いかがですか? 売り上げはもちろん、レンダック領に寄付します」
 ほしいほしい、といくつも手が上がり、黄色い、幸せ色のオムレツが、いくつも人々の手に渡った。



 クウ ( ka3730 )とカイ(ka3770)の姉弟は、収穫祭を楽しみつつ、ぽつぽつと近況報告のようなことをしていた。もっとも、クウは祭りが始まってすぐ肉料理に夢中で、カイは子どもたちに菓子を配っていたため、ふたりが顔を合わせたのは祭りの場がすっかりあたたまってからだ。
「収・穫・祭! と来たらおいしい料理! たっぷり食べ尽しましょう!」
「姉貴は相変わらず肉ばっかり食ってんな」
「そ、そんなことないよ、野菜だって食べてるもん! それより……、カイは元気だった?」
「まあ、な。実家の皆はどうだ?」
「相変わらず皆元気だよ。カイに会えないのを、残念がってた」
 ふたりは食事をしながら、ぽつぽつと話をした。クウが結婚など、この先のことを思い悩んでいることに触れると、カイは少し面映ゆそうに目を伏せる。何せ、姉の彼氏はカイの悪友なのだ。
「家のことは気にするなってカイを送り出したけど、責任取りきれなくてごめん」
「謝ること、ないと思うけど。諸々、姉貴の好きにすればいいんじゃないか?姉貴が幸せならそれでい……い」
 カイはそこまでいって、しまった、というように口を押え、慌てて付け足した。
「って、弟妹達も言うと思うぞ」
 実にわかりやすい弟の照れ方に、クウは思わずくすくすと笑ってしまう。そこへ。
「仲が良くていらっしゃるのね」
 ハンターたちに順番にあいさつ回りをしていたアーニャが、やってきた。自分たち兄妹のことを思い出したのだろうか、ふっと一瞬表情を陰らせたが、すぐ笑顔になる。
「お邪魔をしてごめんなさいね。このたびは、大変にご寄附をいただいたと伺ったので、お礼をと思いまして」
「いえいえ、そんな」
 クウがぱたぱたと手を振る。クウは飾り付け用の花をたっぷりと買って持参し、カイは食料や防寒服など、冬越えに必要なものを仕入れてきていた。
「ありがとうございます。今日はどうぞ、楽しんで行ってくださいませね」
 アーニャの嬉しそうな礼を聞いて、ふたりは心を砕いて準備してきて本当に良かった、と思うのだった。



 クウとカイのところを離れたアーニャは次に、錬介と挨拶を交わしていた。
「豊かな土地、美味しい料理、心優しい人々……此処は良いところですね。もっと早く来たかった。そうすればヒューゴ様ともお話出来たでしょう……残念ですね。本当に、残念です。……俺も一緒に畑の世話をしてみたかったな」
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいですわ。また是非、遊びにいらしてください」
「はい。……これからも色々な事があると思いますが、また力になれる事があればお手伝いしますね」
 そう微笑み、アーニャが立ち去るのを見送った錬介の背中に、何かがぶつかってきた。
「おっと」
「あっ、ごめんなさい、ぶつかっちゃったわ」
 それは、ウサギの着ぐるみに身を包んだカーミン・S・フィールズ ( ka1559 )だった。兎巾着に入れたお菓子を子どもに配っていたのだが、悪乗りしすぎて追いかけられるハメになってしまったようだ。
「大丈夫ですよ。可愛いウサギさんですね」
「ありがと! あっ、まだ諦めてない!」
 カーミンは追ってくる子どもらから逃れるべく、会場の隅の方へと足を向けた。
「くっ、ガキの攻撃力が侮れないっ……」
 元気そうに走り回っているが、実は彼女、重体の身である。明らかにへろへろのカーミンが気の毒になったためか、子どもたちはピンクの猫の着ぐるみを着ているミアの方に標準を変えて去って行った。ホッとしつつ、カーミンはまさしくへろへろだった。
「助けて、ボルディア! 私の生命力はもう1よ!」
 泣きついた先は、鉄壁と名高いボルディア・コンフラムス ( ka0796 )だ。しかし、彼女もまた、重体の身の上である。回復するにはとにかく食べるのだ、と意気込んでいるところだった。
「ああ? はしゃぎすぎてさらに重傷負ったらどうするんだよ……。カーミンも食え。傷を治すにはまず栄養だ。とにかく肉だ、タンパク質だ。後は酒だ!」
「うん、そうするわ……。でももう料理を取りに行く元気もないのよね」
 そしてカーミンとボルディアは、ひとり元気そうにしている男にじとっと眼差しを向けた。
「なんだよ」
 ふたり分の視線を受けたミカ・コバライネン ( ka0340 )が苦笑する。
「若い娘がふたりも重体なんだぞ?」
「そーよ、そーよ、ちょっとは労わってあげようとか思わないの、ミカさん」
「肉が食いたいなあ」
「あたしミートドリアがいいわ。サラダも!」
 つまりは料理を取ってこい、というわけだ。ミカは肩をすくめた。
「はいはい仰せのままに。……若い娘、ねえ。二十メートル級竜種と長時間激闘した若い娘、ってか」
 ふたりには聞こえない位置に来てから、ミカはこっそりくくく、と笑った。
「楽しそうね、コバライネンさん」
 そう声をかけてきたのはラウィーヤ・マクトゥーム ( ka0457 )だ。隣には、妹のラミア・マクトゥーム ( ka1720 )がいる。
「うん、まあな。ラウィーヤさんとラミアさんも楽しんでるか?」
「ええ。お料理、とても美味しいわ。ボルディアさんたちに運んであげてね。今、お見舞いを言ってきたところよ」
 ラウィーヤにもそう言われて、ミカは肩をすくめ、料理の盛られた皿を持って、ボルディアとカーミンのもとへ向かった。こんなに食べられないわよ、というカーミンの声が聞こえてくるのに笑いつつ、ラウィーヤはアーニャの様子を気にしていた。笑顔ではいるけれど、それはやはり、まだどこか痛々しい。
「ラミア……えっと、相談なんだけど……」
 ラウィーヤはラミアと相談し、BGM伴奏を続けている真に交代の旨を申し出て、しばし、皆の注目を集めた。
「本日はお招き、ありがとうございます」
簡易ステージの上で、ラウィーヤが挨拶をする。
「少しだけ、お話を……。わたしたちが、両親を亡くした時、ある人が言ったんです。『今は何も気にせず一杯泣いて、悲しむ時だよ』と。その言葉に、随分助けられました。だから、えっと、お返しに……少しでも皆さんの心、安らいだら幸い、です」
 そして深々とお辞儀をする。
「じゃ、姉さん。演奏お願いするね!」
 ラミアが、元気に飛び出してゆき、ラウィーヤは丁寧な手つきで音楽を奏で始めた。エステル・クレティエがふたりの演奏と舞いにあたたかい手拍子をくれている。
(お母さんが亡くなった日。アタシは泣く事しかできなかった。姉さんにすがって泣く事しか。以来、アタシはずっと変わらない気がする。ずっと、姉さんにすがっているんじゃないかとそんな風に思う。これからは縋るだけじゃ、ダメ。アタシにも支えたい相手ができた。姉さん以外にも。だから)
 まだ今は口には出せない思いを胸に、ラミアは踊った。踊っている視界の端で、アーニャが泣いているのが見えた。マチルダや都が寄り添って支えている。
(そう、私も支えられるように)
 思いは、願いだった。



 ミカは、踊りに沸く会場をひとり抜け出して、公民館の一階に下りていた。煙草が吸いたくなったのだ。事務室の窓を開け、一服やりながら、北をまっすぐに見る。あちらの方に、ヒューゴの墓があるという。
 窓から身を乗り出し、そっと勲章を出して呟く。
「一つ、後悔があるんだ」
 それは、彼を救えなかったこと。けれど、それを今更口にしても仕方がない。代わりに、残されたものを支えてゆこう。ミカは、言葉のかわりに煙を吐き出した。窓の外から、自分が表に止めたママチャリが見えた。これを置いて行こう、と決める。
「これならすぐ人に会える」
 公民館から墓へ行くのだって楽になるだろう。そう思って煙草を消し、窓をしめようと手をかけたとき、何か黒い影が、こちらへ近付いてくるのが見えた気がした。



 かしゃん、と音がして、アシェ-ル ( ka2983 )の足元で皿が割れた。
「あっ、やってしまいました、すみません!」
 ラミアの舞いを見ながら皿の片づけを手伝おうとしたら、落としてしまったのである。
「大丈夫か」
 妖精のルルフェと共にケーキやパフェなどの甘いものを楽しんでいた、雨を告げる鳥 ( ka6258 )が片付けに手を貸してくれた。
「ありがとうございます」
 アシェールは丁重に礼を言って、汚れてしまった鳥の指を、浄化の魔法で綺麗にした。
「凄い魔術師と噂のアメリアさんと魔術の話で盛り上がりたかったですが……そんな空気じゃないですよね……。アメリアさん、いらっしゃるかわからないということですし」
 そう言って肩を落とすアシェールに、鳥は首を横に振って見せた。
「アメリア・マティーナは遅れて来るそうだ。私はレンダック領に向かう前に空の研究所に立ち寄ったのだ」
「そうなんですか!」
 鳥のその言葉に、アシェールがパッと顔を輝かせた、そのとき。
「遅れてしまって申し訳ありませんねーえ」
 その特徴的な口調で、空の魔術師アメリア・マティーナ(kz0179)が姿を現した。後ろには、案内をしてきたらしいミカが立っている。窓から見えた黒い影は、アメリアの姿だったのである。会場から、自然に拍手が起こった。アメリアは、黒いローブのフードをすっぽりかぶったままで挨拶をした。
「ああ、どうぞ皆さん、私にお構いなく、楽しんでくださいねーえ」
「まずは一杯どうだい、魔術師さんよ」
 ほどよく酒の入った状態のルベーノが、陽気に酒をすすめ、アメリアは有難くグラスを受け取った。
「悲しいことが、あったけど、さ。それでも良い収穫祭だった、故人も喜んでいたに違いない、そう思える収穫祭にしなければな。それが招かれた我らの最低限の礼儀だ、そう思わないか」
「ええ。まったく、その通りだと思いますねーえ」
 グラスを打ち鳴らしながら、ルベーノがそっと言う。アメリアは、しっとりと頷いた。
「アメリアさん! お聞きしたいことがたくさんあるんです!」
 待ち構えていたように身を乗り出すアシェールや、アーニャの手を引いてタンバリンを鳴らしつつ、アメリアに目配せを送るマチルダ、親しく声をかけてくれる鳥などに、アメリアは順番に返事をする。
「アメリアさんにとって魔術って、なんですか?」
 アシェールの質問が、ふとアメリアの胸を突いた。それに対しての答えは、容易ではないのだけれど。だが、今は。この、収穫祭の場で、その答えを述べるのならば。
「……魔術、とは……魔術を使えぬ者を助けるためのものであると、今はそうお答えしておきましょうかねーえ。……そういう意味では、ヒューゴさんも、立派に魔術を使いましたよねーえ」
 それを聞いた、すべての人が、アメリアを見た。そして、ヒューゴを、思った。



 大盛況に終わった収穫祭の数日後、アーニャのもとには一通の封書が届いていた。それは、エラからの資料だった。祭りの間中、領民たちに話を聞いて回り、今後の農業の改善に役立ててもらおうとまとめあげたものであった。
「なんてこと……」
 その素晴らしい資料の出来栄えに驚くだけでなく、ここまでのことをしてくれる心遣いに、アーニャの胸はいっぱいになった。

「冬を終えるのは太陽次第。とは言え、太陽は沈み昇るの繰り返しで春を迎える」

 この一言が、アーニャを大きく勇気づけた。
「わたくしが、お兄様のかわりにこの地の太陽となって、春を迎えさせてみせますわ」
 レンダック家の、再出発が今、始まったのである。

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重体一覧

参加者一覧


  • ミカ・コバライネン(ka0340
    人間(蒼)|31才|男性|機導師
  • ともしびは共に
    ラウィーヤ・マクトゥーム(ka0457
    人間(紅)|23才|女性|闘狩人
  • Sanctuary
    羊谷 めい(ka0669
    人間(蒼)|15才|女性|聖導士
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 母のように
    都(ka1140
    人間(紅)|24才|女性|聖導士
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよい(ka1328
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズ(ka1559
    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • ずっとあなたの隣で
    ラミア・マクトゥーム(ka1720
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士
  • 東方帝の正室
    アシェ-ル(ka2983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 世界は子供そのもの
    エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142
    人間(蒼)|30才|女性|機導師
  • 疾く強きケモノ
    クウ(ka3730
    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • 情報屋兼便利屋
    カイ(ka3770
    人間(紅)|20才|男性|疾影士
  • 星の音を奏でる者
    エステル・クレティエ(ka3783
    人間(紅)|17才|女性|魔術師
  • 部族なき部族
    エステル・ソル(ka3983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 黎明の星明かり
    マチルダ・スカルラッティ(ka4172
    人間(紅)|16才|女性|魔術師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士
  • 笑顔を守る小鳥
    雲雀(ka6084
    エルフ|10才|女性|霊闘士
  • パティシエ
    紅媛=アルザード(ka6122
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士
  • 雨呼の蒼花
    雨を告げる鳥(ka6258
    エルフ|14才|女性|魔術師
  • 決意は刃と共に
    アーク・フォーサイス(ka6568
    人間(紅)|17才|男性|舞刀士
  • 我が辞書に躊躇の文字なし
    ルベーノ・バルバライン(ka6752
    人間(紅)|26才|男性|格闘士
  • 天鵞絨ノ風船唐綿
    ミア(ka7035
    鬼|22才|女性|格闘士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/11/23 23:32:49
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カイ(ka3770
人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2017/11/24 04:32:40