聖導士学校――精霊の名付け親

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~8人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/11/25 19:00
完成日
2017/11/30 20:05

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●なまえがほしー
 丘精霊とは、弱い歪虚汚染を祓うのが精一杯の地域密着型精霊である。
 地元の聖導士養成校の生徒と遊び、猫と一緒に植物園で遊び、農業ゴーレムをアスレチックにして遊びと、毎日とても忙しく過ごしている。
「本日も異常無し」
 校長でもある司教が、古傷の目立つ手で日誌を書き終えた。
 宿舎の方向からは食欲をそそる香りが漂ってきている。
「失礼するでちゅよ」
 開けっ放しのドアをノックしてハンターが入室する。
 臨時教師や対歪虚戦闘員、丘精霊のお世話係としてハンターを雇うことが多いのでこれも見慣れた光景だった。
 話を聞く前は、いつもの優れた提案と思っていた。
 即座に実行してもらいたい提案か、数ヶ月後あるいは数年後に是非実行したい提案だと思っていた。
「提案に感謝する。だが……」
 精霊への命名。
 丘精霊本人に名前案リストから選んでいるもらうという提案だった。
 名前を付けないままでは、うっかり大精霊と混同してしまいそう。
 至極もっともな提案内容ではあった。
「しかしだな。名乗られた訳でもないのに勝手に名付けるのは僭越だろう」
 司教が冷や汗を流しながら断ろうとする。
 ハンターはそれに気づいてはいたが、有益な助言や提案をすることも依頼内容に入っているのでより詳しく説明する。
 名前があれば認知度も上がる。
 自然と信仰も集まりやすくなり精霊も力を増すのではないか。
 非常にに説得力がある内容で、司教も個人としては同意し協力したかった。
「すまない」
 司教が本音を話す。
 精霊を政争の具にされるかもしれない。
 いや、それだけならマシだ。流入した他国の術が悪用される危険がある。
 精霊バッテリーや名で縛られた使役精霊に加工でもされたら、己の命と魂を差し出しても償いにならない。
 返事を聞いたハンターは、残念そうな顔で納得した。
 人類は優勢とはいえない。
 CAMの数を増やし、精霊や他世界とに結びつきを強め、力を増してようやく歪虚に対抗出来ているのが現状だ。
 直接戦闘力に欠ける弱小精霊が食い物にされるのは十分にあり得る展開だ。
 ここで話が終われば平和だったのだろうが、幸か不幸か問題の精霊は活発過ぎた。
 はっと気づいて振り返る。
 校長室の間取り丘精霊がはりつき、すっごくきらきらした目で校長を凝視している。
 なまえほしー!
 どんななまえ?
 というイメージが脳味噌に進入してきて言語能力が変質しそうなほどだった。
「あの、精霊様?」
 自分自身の汗が鬱陶しい。
 空に近い胃が妙な動きをして、いきなり痛みが発生して脳天まで突き抜けた。
 ストレスの限界である。
「校長!」
 せんせー?
 複数のことが同時に起きる。
 倒れかけた司教をハンターが支え、実体化していたことを忘れていた精霊が窓にぶつかり跳ね返される。
 地面で目を回す、カソック姿の丘精霊。
 漏れた祝福が司教では無く窓に当たって神々しい光を放つ。
 事態の収拾に、2日ほどかかったらしい。

●聖導士達
「その程度で済めば御の字ですね」
 ヴェールの少女司祭が事務室の中でため息をついた。
 彼女はこの学校のお目付役兼監査であり、政治的能力に欠ける司教の補佐でもある。
「この地は権威の空白地帯です。今までは曖昧にして先送りしてきましたが、精霊様の名前が決まれば皆その名前を使おうとするでしょう」
 ○○聖導士養成校、○○農業法人などに改名され、精霊の権威の下で実質的に1つの集団となる。
「拙いか?」
「いえ、曖昧にしたままでは5年後10年後に近隣諸領と血を流すのが確実でした。丘精霊様が名を望まれているなら問題ありません。ハンターの手を借りることの出来るうちに済ませましょう」
「そうか」
 校長が安堵の息を吐く。
 少女司祭はにこりともせず、本来は校長が書くべき礼状を校長の筆致で何枚も書き上げていく。
「しかし、参った」
「中央にはこういうのが好きな人が多そうですね」
 同時にため息。
 歪虚を叩いて滅ぼせば満足なこの2人にとって、政治工作など面倒なだけで旨味がない。必要だから関わっているだけだ。
「ハンターの皆さんには名前の案を持ち寄ってもらいましょう。由来を添えて精霊様に選んで頂き、この地で既成事実を作ってから王宮に報告を送るという方針で」
「その方針で頼む。……現場に残れば、歪虚退治と後進指導に専念出来ると思ったんだがな」
 性別も年齢も異なる2人が、辛気臭い顔で書類仕事を片付けていた。

●現地地図(1文字縦横2km
 abcdefgh
あ□□平平平川□□ □=未探索地域
い□□平学薬川川川 平=平地。低木や放棄された畑や小屋があります。かなり安全。演習場扱い
う□平畑畑畑開□□ 学=平地。学校が建っています。緑豊か。北に向かって街道あり
え□□平平平平□□ 川=平地。川があります。水量は並
お□□荒荒果果□□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
か□□荒荒荒丘□□ 開=平地。開拓中
き□□草荒湿湿荒□ 薬=平地。小規模植物園あり。拡張中。猫が食事と引換に鳥狩中
く□□□荒荒荒荒□ 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
け□□□□□□□□ 果=緩い丘陵。果樹園跡有り。柑橘系。休憩所あり。開拓民が手入中
こ□□□□□□□□ 丘=平地。丘有り。精霊在住
さ□□□□□□□□ 湿=湿った盆地。比較的安全。負のマテリアル濃度が上昇中
          草=芝?

●虚ろな沼
 精霊が留守がちの丘周辺では負の気配が増え、より低い湿地へ流れ込む。
 未だ歪虚は生まれていない。
 凶悪な存在が出てくるまで、まだ時間が残されている。

●目無しの烏
 飛行能力以外に特殊な能力は持たず、強さは少し強いスケルトン程度。
 しかし数が多く本拠地がどこかもどうして生まれるのかも分からない。
 目撃情報は南部に集中している。
 これを全滅させないと、開拓事業はそう遠くない時期に行き詰まるかもしれない。

●悪意の芝
 色が悪いだけの芝生に見える。
 野球やサッカー好きなら道具とメンバーを集めて試合を始めたがるだろう。
 だがハンターなら異常に気づく。
 芝の一部が負の気配を纏い、目に見える速度で成長して近くの芝と結びつく。
 今ならただの炎で燃やせもするだろうが、これ以上育つと加速度的に成長速度を増し人類の領域に向かいかねない。
 ぽとりと、迷い込んだ小鳥が不時着する。
 乾いた芝が集まり人間すら飲み込める顎を形成。悲鳴をあげることすら許さず小さな命を消滅させた。

リプレイ本文

●精霊の夢
 小さな命を胸に抱く。
 守るも育てるも心身をすり減らす重労働。
 それでも、北谷王子 朝騎(ka5818)は慈愛の表情を浮かべて語りかけた。
「北谷王子朝日でちゅ。お日様の様な笑顔で周りの人々を明るくするような娘に育って欲しいでちゅ」
 幼子が眩しい。
 本当に、物理的にも眩しくて目が痛い。
「目が、目がぁ……ふぇちゅ!?」
 体全体が揺れて目が覚める。
 北谷王子が咥えているのはぱんつ、くらいに柔らかな銀色。丘妖精の髪だ。
「ローマ神話の花と春と豊穣を司る女神からお借りして、フローラは如何でしょう。遠い親戚程度ですが王国とも繋がりが……」
 エルバッハ・リオン(ka2434)やボルディア・コンフラムス(ka0796)達が熱心に議論をしている。
「もっと直接的な名前でもいいじゃないか? これからもこの地で、生徒やここに住む人々を見守り、共に在って欲しい。そんな願いを込めてウィズでどうだ」
 精霊は百面相中だ。
 喜び、違和感、困惑、その他色々。
「ミライさん、では? この地に生きる方々と歩み、未来を目指す為の導になります様に」
 初参加のイツキ・ウィオラス(ka6512)が熱心に説明している。
 廊下にいる教職員複数が何度もうなずいて控えめに賛意を示している。
「リーヴェ。綴りは……」
 フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)は淡々と、しかしここが戦場であるかのような真剣さで案を出す。
「姓は無しで」
 人間社会の汚さを知るフィーナは、出来れば命名自体を避けたいと考えている。
 精霊がもう少し賢く冷静なら良かったのだろうが、小さな精霊はすっかり浮かれてしまってフィーナの懸念に気づけない。
「カバン語でニコルって言うのを考えたんだけどどうかな? カバン語ってね、1つの言葉にいろんな意味を込めるってヤツ」
 宵待 サクラ(ka5561)が慣れた手つきで黒板へ名前案を書き込む。
「精霊さまにはいつもニコニコしててほしいなぁとか名前繋がりで少しでも仲良くなってくれるといいなぁとか」
 暖房器具の温度設定を調節し、空気を入れ換えるため薄く窓を開けた。
「あと、似た名前でニケって勝利の女神さまが居てね。全てに勝つ必要なんてないけど、困難を乗り越えることで人って笑顔になるじゃん? この丘に集まる人の笑顔の中心にいる幸せな精霊さまでいてくれるといいなぁって思った」
 胸を張って発表を終え、次の発表者に白墨を渡し教壇を降りた。
「ええと」
 王国の貴族子女であり、イコニアより真っ当な聖導士であり、ハンターではなく聖堂戦士団入りしていれば既に司祭になっていたはずのエステル(ka5826)が凄まじく緊張している。
「豊かな恵みを与えてくださるのと、かつてのこの地の人々の祈り・願い・夢を託されていたかもという意味で、ユメ様という名は?」
 精霊の名付けに緊張しているのもあるが、己のネーミングセンスに自信が無い故の緊張である。
 もっとも精霊本人は強く興味を示し、エステルの挙げた名前と別の名前を交互に指さし悩んでいる。
「我ながら安易です。かといって、他文化の神々の名なども、それに縛られそうですし」
「いつも一緒のここの方々が考えた方が良い気もしますけど」
 ソナ(ka1352)がぽつりとつぶやくと、エステルは安堵した表情で場所を譲ろうとした。
「はい、ご尤もですがこの土地で案を集めると丘精霊一強ですので」
 イコニアが発言した瞬間、小さな精霊がびくりと震えて朝騎にしがみついた。
「ちょっと待つでちゅ。朝騎も案を出したいでちゅ」
 細い手をあげぶんぶん振る。
 資料山積み机で寝落ちするほど力を入れて案を練っていたのだ。出しゃばる気は無いが退く気も無い。
「ゆいまーる、でちゅ」
 朝騎の故郷の言葉で人との結びつきや助け合い、相互補助の意味を持つ言葉だ。
 由来だけで無く響きにもこだわった渾身の案である。
 なお、ゆいの時点で精霊が小首を傾げ、まーるの時点で混乱している。
 長い名前を覚えられないレベルで鈍っているというか遊びすぎているのかもしれない。
「朝日という案だったのでは」
「おい」
 イコニアをボルディアが止めるが遅すぎた。
 丘精霊が背筋を伸ばす。
 1日の最初の太陽を思わせる光を纏い、精霊としての格が数段飛ばしで跳ね上が……らない。
 途中で力尽きて光量が激減。
 物理的な体を保つことも難しくなり半透明の省エネモードになる。
 クラスアップにはちょとどころでなくマテリアルが足らないようだ。
「Lur、王国風に発音してルルはどうでしょう」
 ソナは落ち込んだ丘精霊を元気付けるつもりで口にした。
 精霊が振り返る。
 その姿が緩やかに明滅する。
 薄れたタイミングで、ここ数ヶ月の暖かな記憶まで薄れた。
 あまりにも古い楽器の音が聞こえる。
 消え入るような、滅びそのものの旋律がソナの心へ流れ込む。
 血の臭い。
 感情がすり切れた嘆き。
 見慣れた力を、エルフに向かって振り下ろすエクラ教徒が確かに見えた。
「過去、の」
 他のハンターもイコニアも動いていない。
 情報の流れが速すぎ時間の感覚が狂っている。
 骨まで燃やし尽くす炎を感じた直後、過去の痕跡は全て消え去り平和な教室に戻った。
「案は全部出たな。試しに生徒に呼ばせてみたらどうだ。名前ってのは確かに誰かから与えられるモンだが、呼んでいく内に自然と馴染むこともあるだろ?」
「そうでちゅね」
「生徒に伝達しておきます」
 皆立ち上がり次の仕事にとりかかる。
 精霊は、のんきな顔でソナを見上げている。
「ソナさん?」
 イコニアが近づいて来る。
 気心の知れた相手のはずなのに、惨劇の記憶が薄れるまで嫌悪しか感じられなかった。

●悪意の芝
「さぁ、今日の授業を始めましょう」
 いつも通りの態度で宣言するフィーナの前で、フィーナよりも体格のよい生徒達が引き攣った笑みを浮かべた。
「あの、ちょっと無理があるのでは」
 爆発が荒野を耕している。
 爆風が収まっても炎は残り、雑魔や雑魔未満の芝型歪虚が炎に炙られ苦痛を動きで表現する。
 それ以上に衝撃的なのはエステルだ。
 配下のヴォルカヌスがもたらす破壊を眉すら動かさずに観察し、淡々とメモをとって状況の推移を記録している。
 この地獄の光景が日常であると、本人が意図しないままハンター生活の過酷さを伝えていた。
「装備は持って来ましたか」
 フィーナの態度は変わらない。
 冷たさを感じるほど冷静に、悪意も好意も無くただ要求をつきつける。
「は、はいっ。危険な土地での護衛ですので、護衛対象を逃がすためのトラックを持ち込みました」
「理由」
「はいっ、負傷者対策です。馬だと負担が大きいです。護衛対象が馬も乗れない場合や非協力的な場合もこの建前で押し通します!」
 フィーナを前に緊張し、時折舌がもつれそうになっても必死に口を動かし回答をしている。
「戦闘は」
「1日分の糧食と、その……」
 生徒の視線が思わずという動きでフィーナから外れる。
 広大な面積に破壊を振りまく42ポンドゴーレム砲に惹きつけられて目が離れない。
 敵の奇襲に備えて鼻に意識を集中しているイェジドに目が向かないのは、まだまだ知識も経験も足りないためだ。
「判断が遅い。悩むくらいなら動く」
「はひっ、フィーナ先生を護衛対象として戦闘をっ」
 フィーナが一瞥する。
 体格の良い年下生徒が冷や汗を流す。
「死にたくなかったら、前に出ない」
 волхвの耳が動いた。
 鼻を芝に近づけ、幼児が歩くより遅い速度でじりじり移動。
 十数メートルで足を止め何もない場所を凝視した。
 フィーナの五感には何も引っかからない。
 だがフィーナはволхвを信用している。
 魔力を収束する術を行使した上で、волхвが示した場所目がけて複数の火球を打ち込んだ。
 60メートル以上先で3つの火球が炸裂。
 広範囲の芝が燃え上がり、数秒して肉の燃える臭気が漂ってきた。
 生徒が動揺し構えた盾が揺れる。
 エステルがゴーレムに指示して狙いを修正する。相変わらず攻撃範囲が広く、芝歪虚に与えたダメージはユニットの中で飛び抜けている。
 そして、燃える芝が1つの生き物の如く蠢き集まり、神話の狼を思わせる口となりこちらに向かってきた。
 現実感がなくなるほど巨大過ぎる。
 足が震えはしても1人も逃げなかった生徒達を褒めてやりたくはある。
「護衛対象を運んで逃げないのは減点。……運ばれる前に片付ける」
 フィーナが再度メテオスウォームを使う。
 馬鹿馬鹿しいほど大きな口が強烈な破壊力を吸収し、奇妙なほど軽い音をたてぱちんと弾けた。
 生徒達から遠く離れた場所で、エルバッハのエクスシアが淡々と処理を行っていた。
 負の気配が濃い場所にファイアーボールを打ち込み、雑魔未満の歪虚に近づかれても気にせず動いて数が貯まった後魔導ドリルで片付ける。
 頑丈さと俊敏な身のこなしを兼ね備えた巨体の、見事な有効活用だ。
「雰囲気が変わりましたね」
 負の気配自体は減っている。
 ただ、先程の大きな口が倒された後、肌だが泡立つような敵意がどこからともなく押し寄せてくる。南の、空だろうか。
「残弾が」
 機体を介して使っていたファイアーボールが残り少ない。
 残弾の問題を抱えているのはエステルもフィーナも同じだ。
 刻令ゴーレムは背部砲弾用ラックが空になり、フィーナも帰路を考えて術を節約しだしている。
 彼女達が弱いわけではない。敵の潜む場所が広すぎ数も多すぎるのだ。
 残弾豊富な30ミリ弾を撃ちながら北西へ移動する。
 ゴースロン種の馬ほどではないがかなりの速度が出ており、多少強かろうと芝でしかない歪虚には追いつけない。
 銃撃し、移動し、銃撃し、移動し、移動に専念して距離が縮まってきた歪虚に対して術を使う。
 別スキルの上乗せもないファイアーボールでも威力は十分だ。
 範囲内の歪虚が綺麗に消えた。
「大型の歪虚2つを視認。速度はゴーレムと同程度です」
『連絡ありがとうございます。先に逃がします』
 刻令ゴーレムが北に向かって走り始めた。
 移動に専念しているので速度は案外早い。
 【ウィザード】が軽く右に跳ぶ。
 威力はあっても雑な噛みつきが空振りし、10メートル近く茨の顎が行き過ぎる。
 エルバッハは追撃しない。
 北側を銃撃して壁状芝歪虚を撃破、そのまま安全確保済みのエリアに入るが既に新手が現れていた。
 地面すれすれから目無しの烏が急角度で上昇。
 特に軽い芝歪虚が移動に専念することで退路を塞ぎ、エルバッハと【ウィザード】を包囲の中へ取り込んだ。
「ここまでですか」
 エルバッハの声は悔しさに満ちている。
 目無し烏の目に悪意が滲み、次の瞬間転がり出るほど大きく見開かれた。
 CAMが飛んでいる。
 どうあっても芝歪虚の手が届かない距離まで上昇。その後は目無し歪虚を無視して北に向かって加速する。
 目無し烏が追い攻撃を加えてもほとんど意味が無い。
 3桁を超えているならともかく、多く見ても10と少ししかいない目無し烏では【ウィザード】の装甲に擦り傷を作る程度しかできない。
 エルバッハが残念がったのは討伐と調査が途中で終わってしまったからで、追い詰められたからでは全く無い。
 飛行歪虚を押し退け先行するハンターを追うと、武器をトラックに載せ必死に走る生徒と、その最後尾を守るエステルが見えた。
「この土地は本当に……」
 目無し烏が数を増す。
 芝歪虚も低速かつ着実にエステルに迫る。
「人が生活を捨てたままなのも頷けます。まったく、と思うほどに色々出てきますね」
 【ウィザード】がエステルの脇に着陸。
 烏の向きが変わり、強大な巨人では無くただの可憐な少女に見えるエステル1人殺到。
 向かって来る速度と重さは相当なものなのに、エステルは穏やかに微笑み軽く杖を振るった。
 白い光の膜が通り過ぎる。
 歪虚が密集していたはずの空間が、最初から何もなかったかのように通常の空間に戻る。
 後は簡単だった。
 寄ってきた目無し烏はエステルが消し去り、エルバッハが射程と豊富な弾薬を活かして低速芝歪虚を削る。
 10分もたたずに歪虚の追撃は終わる。
 戦闘前より、わずかではあるが負の気配が減っていた。
 南東に目を向ける。
 別集団の歪虚烏とワイバーンが、凄まじい空中戦を繰り広げているのが微かに見えた。

●距離と高さの壁
 黒い羽が無残に宙へ散る。
 骨ごと砕かれた肉が零れ、地面との距離が半分になる前に薄れて消える。
「相変わらず出てきやがるな。俺の体は誘蛾灯か」
 ワイバーンの鞍に文字通り括り付けられたボルディアが、双眼鏡を目に当てたまま盛大にぼやいた。
 斜め上方へ加速が始まる。
 直りきっていない肉と骨が痛むが、ボルディアは髪の毛1本分すら表情を動かさない。
「あー…ったく、これで何回目だ」
 ワイバーン【シャルラッハ】による簡易インメルマンターン。
 目無し烏の群れがボルディア主従を見失い、ワイバーンの下に密集した状態で取り残される。
「いい加減俺も学習しろっつーの。必要な戦いだけだったけどよー」
 大物歪虚との正面対決は戦士の檜舞台だ。
 目無し烏相手にちまちま当てる戦いをするよりずっと楽しい。
 そんなことを考えている間にブラスに似た光の雨が発生。4体の烏が撃ち抜かれた消滅する。
「ちっ。仕事だ仕事。ほんっとーに何もないな南側。ありゃあ隣領の砦か何かか? 寂れてるなー」
 普段ならもう少し情報を得られたはずだが、重傷時の体調では五感も鈍って得られる情報も減る。
 今度は下への加速が始まった。
 内臓が浮き上がる感覚はこの体調では厳しい。
 奥歯を噛んで苦痛に耐え、その間も双眼鏡で可能な限り情報収集を続けていた。
「バーニャ、杖を使って。リィルはいつでも丘へ向かえるよう……に」
 ゴースロン種の馬の背で、ソナが目眩に襲われ上体を揺らした。
 ユキウサギ【バーニャ】が背中をさすってくれるが返事もできない。
 力を振り絞って息を吐き、震える手で金色の弓を手にとる。
 祓奏。微風がうまれ、旋風となって積み重なった穢れを祓い清める。
 心身を蝕む負の気配が薄れたことで、ソナの体調が戦闘可能な程度にまで回復する。
「あの、場所は……」
 記憶が混乱している。
 エルフが過去住んでいた土地と、何もないこの場所と結びつけることが出来ず思考がまとまらない。
 それでも手は動く。
 ボルディア主従の進路上の歪虚を射止め、【バーニャ】は歪虚を拒絶する強力な結界を張り、その安全地帯へボルディア主従が滑り込んだ。
「すまん、しばらく頼む」
 元の体力が飛び抜けているため重傷時ですら無理が利くが、ワイバーンに乗って歪虚出現地帯に飛び込むのは無理を通り越して無茶苦茶だ。
 目無し鴉の数が3桁序盤から中盤へ近づき、激しい火花をあげだした結界に拒絶される。
「んがっ」
 包帯を締め直され無意識に悲鳴をあげ、【シャルラッハ】が手当をしたイツキに頭を下げた。
「気にしないで。……行ってきます」
 家族同然に育ったイェジドに乗り結界の外へ。
 紅い光を通り抜ける瞬間、痛みに耐え親指を立てるボルディアが一瞬だけ見えた。
「ここも、王国」
 本当に何も無い荒野が地平線まで続いている。
 振り返れば緑豊かな大地が見えるのが、益々現実感を失わせる。
 宙には無数の目無し鴉。
 大地には濃厚な負のマテリアル。
 問答無用で第一級の危険地帯である。
「行こう、エイル!」
 イェジドが駆けだした。
 加速も回避のきれも素晴らしく、美しい銀の毛並みに歪虚が触れることはできない。
 イツキ本人が持つのは槍1本。
 身に纏うのは薄手の革鎧と組み合わせたドレスのみ。
 相棒を信じる彼女は己の防御を考えずに槍を構え、目無し鴉を突破した時点で思い切り突き刺した。
 白い破片が宙に舞う。
 てのひらと呼ぶにはあまりに巨大過ぎる骨が、硬く乾いた地面から突きだしその一部が破壊されている。
「硬く……ない!」
 地面がひび割れる。
 全長8メートル近い巨大スケルトンが無理矢理己を引っ張り出す。
 土煙に巨体が隠れても、【エイル】の鼻は一瞬も見逃さない。
「悪夢を断つ為の一撃を!」
 琥珀色の瞳が輝く。
 龍の力の結晶でもある龍鉱石が鈍く光り、イェジドの逞しい前脚で振るわれ巨大な腰骨に叩き込まれる。
 攻撃は終わらない。
 【エイル】と同じく速度を腕に伝え、思い切り良く斜め上に全身で突き出す。
 巨大スケルトンの視界は煙で遮られてろくな回避が出来ず、人騎一体の刺突は当然のように背骨に当たって半ばまで砕く。
 こきりと巨体が傾き、受け身も出来ず地面に叩きつけられ全身にひび割れた。
「よし!」
 戦える。
 その確信を得たイツキとイェジドは一瞬たりとも足を止めない。
 鴉の群れが死角から来る。
 【エイル】が足を踏み出すたびに数メートル進んで数十度曲がり、不用意な突撃をしてきた目無し鴉を地面に激突させまたは槍で討ち取る。
 ユキウサギの結界が消えボルディア主従が再び戦場へ。
 大量のマテリアルを含んでいる割に弱々しいボルディアに対し、特大スケルトンを除く全ての歪虚が食欲を露わにして殺到した。
 が、判断も行動もボルディアに比べれば遅い。
「出し惜しみするな。やれ!」
 怒声同然の大声が響いた直後、光の大雨が真横に向かってなだれ落ちた。
「この程度でごまかされる相手に攻めきれないってか。怪我って奴は本当に……」
 ボルディアの狙いは攻撃では無く回避。
 3匹潰して作った空間を通り抜け、ワイバーンの圧倒的な回避能力と速度を活かして距離をとる。
 彼女に気を取られて警戒が薄くなった歪虚の背面から、新手のハンターとイェジドが倍は多い歪虚を連れて突撃してきた。
「ごめん失敗したMPK!」
 特殊な単語ではあっても何を指しているかは明白だ。
 サクラは果敢に南方探索へ挑み、運悪くあるいは必然の結果として目無し鴉の大群に遭遇しここまで追われて来たのだ。
 イツキは危なげ無く回避しつつ鴉を突き刺し、ボルディアはワイバーンに高速で振り回されてはいるが新たな負傷はない。
「二十四郎、反撃だよ!」
 その言葉はフェイントだ。
 四肢に力を溜めたイェジド相手に歪虚が警戒したタイミングで、【二十四郎】は牙型武装も投擲武器も使わずただ咆哮する。
 大気が揺れた。
 酷く脆いところのある歪虚が巻き込まれ、ただでさえ優れているとはいえない攻撃精度も回避性能も激減している。
 ふう、と一見わざとらしく額の汗を拭うサクラは、実際にはいつでも状態異常を追加できるようタイミングを計っていた。
「供養とは違うけど」
 淀んだ大気を清冽な気配が切り裂く。
 ソナがもたらした光が汚れた鳥を蹂躙し、その数を瞬く間に減らしていく。
「人を恨みながら炎に滅した我が同胞が闇にのまれているのなら」
 浄化術を使うことで、歪虚ではなく負のマテリアルに対して攻撃。
 10メートル四方のハンターと幻獣が息をつける空間を作り上げる。
「淵から救いたいし、嘗ての様に緑豊かな森をまた」
 光が戦場を覆う。
 黒い羽がほろほろと崩れて負の気配がほんの少し薄れる。
「これで!」
 光で薄くなったスケルトンに対し、イツキがとどめの一撃を突き刺した。

●遠い光
「その後全力で逃げて来たんだよねー」
「厩をお借りしています」
 暖かな光が差す丘で、サクラとソナが心から寛いでいる。
 つい2時間前まで撤退戦だった気配は全く無い。
「無事で良かった」
 安堵の表情を浮かべるイコニアは、時折明後日の方向を覗き見ていた。
 とても失礼な行動だ。
 だが、見ているのが精霊なので文句も言いづらい。
「調査が進みましたね」
 取って付けたように言うイコニアに、温度の低い視線が向けられた。
「ねーイコちゃん、何で聖職者になって、何で戦場最前線で戦おうと思ったのかな。そこの1番最初の根っこの所。飾らず躊躇わず整理して言語化できるなら、まだ精霊さまとも話せるのかなって思うんだけど」
「根っ子……切っ掛けですか」
 まだ痛む体を曲げて、目立たない形で設置された休憩用の岩に腰掛ける。
「私は実家が実家ですから、子供の頃でも損得勘定を重視していました。だからそれ以前、2歳くらい。覚えて、ないですよ」
 病弱な幼子だった頃、女性聖導士が看護師代わりに働いてくれた言う話を聞いたことはある。
 記憶もないし記録も残っていない、伝聞だけだ。
「そこをなんとかしないと距離詰められないよ?」
「距離を詰められないのはサクラさんだって同じじゃないですか! 美味しそうなプリン持ち逃げされましたよね!」
「たまたまだよたまたま! お菓子で釣るの限定で邪心判定されただけだから。っていうかイコちゃんパルムにいつもやってるよね!」
「あれは慣習なんです!」
「その慣習で利益を得ているでしょーがっ」
 緑の瞳と瞳が物理的な圧力を伴う視線をぶつけ合う。
 喧嘩が出来るほどに仲が良い2人の後ろで、ソナが真剣な表情を考えている。
 歓喜、最愛の、大切な、という意味を持つ名を選んだはずなのに、別の意図と由来が混じってしまった気がする。
 今生きている人の悪意では無く、遠い過去の、正当な嘆きと怒りに影響されてしまったような。
 全てがお互いに喜びや幸せを齎すような理想が、今は酷く遠くに感じられた。
 沼の水面が大きく揺れた。
 銀と白と泥の色が混じった何かが勢いよく飛び出してくる。
「精霊様! 脱げて、脱げてますっ」
「バスタオルをっ」
「お召し物を」
 丘精霊お世話係な生徒達が右往左往している。
 いつもは人なつっこい精霊が、何故か機嫌を損ねてそっぽを向いた。
 相手の意図を察せないようでは人間社会は生き抜けない。
 幼いとはいえ貴族社会で鍛えられてきた貴族の3男坊または3女以下の生徒達が、頭を必死に回転させて正解にたどり着く。
「ルル様!」
 にこりと笑って振り返り、勢いがつきすぎて足を滑らせ沼の中に倒れた。
 エステルがくすりと笑って精霊の腕を掴み、力を込めて引っ張り上げる。
 見た目は子供でも実質はマテリアルの塊だ。
 多少乱暴に扱っても傷もつかないし、ただいるだけで汚れを浄化してしまう。
「まだお仕事が残っているのですよね。見張りは私達がしておきますから、遊ぶのはお仕事を済ませてからにしてくださいね」
 笑顔は浮かべ、周囲への警戒は怠らず感じさせず、エステルは要人の警護として完璧な仕事を行っていた。
 丘精霊ルルが両手を広げる。
 浄化の強さはエステルに劣る。しかし範囲だけは1桁以上違い、軽度以下の歪虚汚染領域を効率よくまともな土地へ戻していく。
 もっとも、丘精霊が連日遊びほうけていなかったら、そもそもこの沼は浄化済みの状態で保たれていたはずだ。
 事情を知ったフィーナなど比喩でなく頭痛を感じ、仕事が終わるまで図書室漫画コーナーへの立ち入りを禁じていた。
 浄化の終わりを感じとり、エステルが軽く息を吐く。
 生徒達の手際は良く安心して任せることが出来た。戦闘が苦手な生徒が多く心配していたが、これならなんとかやっていけるだろう。
 綺麗になった沼の前で、バスタオルを巻いただけの精霊がない胸を大きく張ってよろめき柔らかなものに支えられた。
「気を付けてください。歪虚の発生地帯が近くに……あの、精霊様?」
 周辺警戒中だったイツキが、困惑の表情でイェジドから降りた。
 【エイル】はじっとしている。
 艶のある毛に潜り込むようにして、精霊がもふもふを楽しんでいる。本当に楽しんでいる。
 全然終わらないのでイツカが仕事を続けられない。
 【エイル】の尻尾が勢いよく振るわれ、小さな精霊がもふもふから追い出された。
「そろそろできるでちゅよー」
 フライパンとお玉を打ち合わせる音が聞こえた。
 甘い香りが精霊と子供達に届き、可愛らしい腹の音が複数発生する。
 ホットケーキである。
「野外だからちょい手抜きでちゅけどね」
 フライパンから小さな紙皿に移して配る。
 可愛らしい口を突き出してきた精霊にはあーんと1切れ咥えさせ、それ以上は甘やかさずに片付けも進めていく。
 つんつんと慣れた感触をふくらはぎに感じる。
 フライパンを置いて振り向く。
 るるのおうちと大書された看板と、妙に気合いに入った賽銭箱の仕上げが完了している。
 北谷王子と【雪兔】による力作であった。
「浄化作業に手をとられたけどなんとか間に合ったでちゅ。精霊といえば神社、神社といえばお賽銭。これで食卓に一品増えまちゅよー!」
 盛り上がる北谷王子主従。
 目をきらきらさせる丘妖精ルル。
 翌日気づいた校長に撤去されるまでに、賽銭箱には2年分のお菓子代を賄える額が集まったらしい。
 なお、精霊と北谷王子と【雪兔】とついでに式神が、翌日罰掃除のノリで丘周辺の安全確保と浄化を行っていたそうである。

依頼結果

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MVP一覧

  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎ka5818
  • 聖堂教会司祭
    エステルka5826

重体一覧

参加者一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ワイバーン
    シャルラッハ(ka0796unit005
    ユニット|幻獣
  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユキウサギ
    バーニャ(ka1352unit001
    ユニット|幻獣
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ウィザード
    ウィザード(ka2434unit003
    ユニット|CAM
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ハタシロウ
    二十四郎(ka5561unit002
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    ユキピョン
    雪兎(ka5818unit009
    ユニット|幻獣
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka5826unit004
    ユニット|ゴーレム
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    エイル
    エイル(ka6512unit001
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ヴォルフ
    волхв(ka6617unit001
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
エルバッハ・リオン(ka2434
エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/11/25 17:11:15
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/11/22 00:19:36
アイコン 質問卓
ソナ(ka1352
エルフ|19才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2017/11/24 21:05:08