ゲスト
(ka0000)
独占欲の色
マスター:音無奏
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
空を見るたびに、君の瞳を思い浮かべる。
君の色を傍に置けたらどんなにいいかと思うし、君の身にも自分の色を飾って欲しいと思う。
唇には情熱な紅を、腕には願わくば俺の―――。
「うるさい、勤務中に女を口説くな」
いかにも通行人的な女性を見つめて流麗な言葉を紡ぐ男を、気難しい顔をした少年が殴り飛ばした。
………………。
杖をついた少年はシャルル、殴り飛ばされた男はリィスと名乗った。
二人とも良く見ればかしこまった衛兵のような制服を身にしており、リィスは街の巡回任務中、シャルルはたまたま通りがかってリィスの狼藉を目撃したらしい。
「いやうん、ちゃんと仕事はしてたよ? ついでにちょっとこう、趣味と実益的な?」
「何が実益だ女たらしが」
「知り合いの店を宣伝するバイトをしてただけだって~~~」
兼業か減給だな、とシャルルが呟けば、リィスはあぁんと言いながらも通りすがりのハンター達に店を紹介してくれる。
その店はシャリール地方の街、人目を避けるように少し外れた通りにあった。
黒いカーテンで内部を遮り、表を銀の鎖で飾った店で、いかにも怪しい感じだがメインに扱うのは化粧品だ。
美容品は一切置いていない、扱うのは紅―――アイシャドウ、マニキュアと身を飾る色だけを置いている。
「色の品揃えも多くてね……ある一点だけに特化してるんだよ、想いの色を選ぶ店ってね」
ふふ、とリィスが笑って解説を進めてくれる。
人の感情が絡めば装飾品一つだって様々な思惑が絡む。
想い人の色を選んで自らつけるならば、それは隠れた思慕の印。
自らの色を選んで想い人につけてもらうなら、それは所有と独占の印になるだろう。
誰かに要求されて、その人の色を身につけるならば中々に想いを試される。
その先にあるのは感情の駆け引き、恭順してるのか、隷属させてるのか、その意味を示すのに、振る舞いですら重要になって来る。
だから、人目を避けるようにその店は存在している。とは言え、それだと立ち行かないのでこっそり口コミで宣伝などはしているのだが。
「君たちに身につけたい想いの色はあるかな?」
誰かに送りつけたい色でもいいよ? とリィスは端麗な顔で妖しく微笑む。
心当たりがあるなら店に出向いて見るのもいいだろう。
手にした色をどう扱うかも、君に委ねられている。
君の色を傍に置けたらどんなにいいかと思うし、君の身にも自分の色を飾って欲しいと思う。
唇には情熱な紅を、腕には願わくば俺の―――。
「うるさい、勤務中に女を口説くな」
いかにも通行人的な女性を見つめて流麗な言葉を紡ぐ男を、気難しい顔をした少年が殴り飛ばした。
………………。
杖をついた少年はシャルル、殴り飛ばされた男はリィスと名乗った。
二人とも良く見ればかしこまった衛兵のような制服を身にしており、リィスは街の巡回任務中、シャルルはたまたま通りがかってリィスの狼藉を目撃したらしい。
「いやうん、ちゃんと仕事はしてたよ? ついでにちょっとこう、趣味と実益的な?」
「何が実益だ女たらしが」
「知り合いの店を宣伝するバイトをしてただけだって~~~」
兼業か減給だな、とシャルルが呟けば、リィスはあぁんと言いながらも通りすがりのハンター達に店を紹介してくれる。
その店はシャリール地方の街、人目を避けるように少し外れた通りにあった。
黒いカーテンで内部を遮り、表を銀の鎖で飾った店で、いかにも怪しい感じだがメインに扱うのは化粧品だ。
美容品は一切置いていない、扱うのは紅―――アイシャドウ、マニキュアと身を飾る色だけを置いている。
「色の品揃えも多くてね……ある一点だけに特化してるんだよ、想いの色を選ぶ店ってね」
ふふ、とリィスが笑って解説を進めてくれる。
人の感情が絡めば装飾品一つだって様々な思惑が絡む。
想い人の色を選んで自らつけるならば、それは隠れた思慕の印。
自らの色を選んで想い人につけてもらうなら、それは所有と独占の印になるだろう。
誰かに要求されて、その人の色を身につけるならば中々に想いを試される。
その先にあるのは感情の駆け引き、恭順してるのか、隷属させてるのか、その意味を示すのに、振る舞いですら重要になって来る。
だから、人目を避けるようにその店は存在している。とは言え、それだと立ち行かないのでこっそり口コミで宣伝などはしているのだが。
「君たちに身につけたい想いの色はあるかな?」
誰かに送りつけたい色でもいいよ? とリィスは端麗な顔で妖しく微笑む。
心当たりがあるなら店に出向いて見るのもいいだろう。
手にした色をどう扱うかも、君に委ねられている。
リプレイ本文
化粧品を見に行こう。
カフカ・ブラックウェル(ka0794)が言った言葉に、妹のアルカは詳しい話を聞きもせずに喜んだ。
無邪気な姿はやはり年頃の女の子のようで、ホント!? と乗り出してくる妹に、カフカはああ、と頷いて苦笑する。
二人で出かけよう、そう言って頷きが返る事に感慨を覚える。
二人で過ごす事に対する懐かしさであり、片割れが傍にいる安堵でもある。
大人げない自覚はあった。
妹は嫁いだ身だ、そんな事はわかっている。相手の事が嫌いな訳でもないし、親友で、信用出来ると心から思っている。
……だから、本当に自分が大人気ないだけ。子供のように、少しアルカの気を引きたくなったのだ。
ここは想いを色と贈り物で示す店、だからこそ、アルカと共に来たかった。
「アルカ専用のものを買ってあげるよ」
その言葉に、独占欲がないとは言い切れない。
でも、大人だから、ちゃんと弁えてるから、化粧箱は旦那に用意してもらえと一線を引くのも忘れていなかった。
…………。
カフカはかっこいい、アルカは心の底からそう思っていた。
憧れのように恋をして、でも兄妹では結ばれないと知って、意固地になるかのように彼の傍をついてまわった。
そうじゃなくなる日が来るなんて思ってもいなかった、傍にいることを久しいと感じる事自体、不思議な感じがしてしまう。
「えっとね……」
買ってあげるという兄の言葉に甘えて、声を弾ませながら色合いを選んでいく。
薄い青や紫のもの、少しつけてみて、どう? と笑顔を見せれば、カフカは面を食らったようにして黙り込む。
「似合わない?」
「いや……似合う」
良かった、と笑顔を取り戻す、大人びた色合いにカフカが感慨と葛藤を抱いている事なんて知る由もない。
嫁いでもカフカが自分の対である事には変わらなくて、彼の言葉は、いつもアルカの支えになってくれていた。
「ねぇ、カフカ。口紅の色……選んで?」
彼はどんな色をボクに相応しいと思ってくれるだろう、示し合わせてはいないけれど、これを二人の証にしようと、そう思った。
「……これ」
濃すぎず、薄すぎないローズピンク。顔を上げるように示されて、その通りにすると、カフカが自前のリップクリームの後に、貰ったテスターでアルカの唇を彩った。
「……ほら、綺麗だ」
自覚もなく発された優しい声色。これはやばいですよお兄ちゃん! とアルカは内心で叫ぶ。
「うん、有難う……嬉しい」
カフカが、このド天然を他の人にやらなければいいんだけれど、と少し思っていた。
+
(想いの色――)
耳に挟んだ宣伝が尾を引く。
そのまま立ち去るには余りにも惜しくて、ルナ・レンフィールド(ka1565)は、買い物に付き合ってくれていたユリアンの了承を取って店へと立ち寄る。
遠慮しないで、と彼は言う。
同じ宣伝は彼も聞いていたはずだけど、それを彼がどう思っているのかはわからない。
(……聞く事もできなくて)
あからさますぎる事に対する恥じらいがあり、一方的に押し付けてないかという心配がある。
もしかしたら、を夢見る一方で、気づいて欲しいのかそうじゃないのか、自分ですら迷う気持ちに満ちている。
どんな色を選ぶべきだろう。
打算と憧れと、夢見る心に挟まれて思考がぐるぐるする。
変わらない表情でショーケースを見つめる彼を見てずるい、と思う。
私は貴方を想って、こんなにも戸惑うのに。
…………。
ユリアン(ka1664)は物思いにふける。
買い物の途中、妹が化粧品に気を惹かれる事は多々あった。
その時も妹は落ち着きがなくて、まだ早いんじゃないかとそわそわして。
ルナの様子もそれに似てはいるけど、それは、…………。
それを口にしてどうするというのだろう。
気づかない振り、無傷で済ませるのはもう無理だと言われたけど、それ以上の事がせき止められたように考えられなくなっている。
だって、彼女は。
心の強さがあり、他人を思いやる優しさがあり、歩みは心地の良いリズムのようで、臆する事なく前に進んでいく。
その強さを素敵だと思うけど。
……卑屈さは見せたくない、壁を作れば柔らかく接する事が出来る。
手を伸ばして触れずとも、彼女は変わらず綺麗なままでいてくれるに違いないのだ。
「どの色が似合うと思います?」
気がつけば、落ち着きを取り戻したルナは、少しいたずらっぽく笑ってそんな事を問いかけて来ていた。
色か。視線を彼女に向けて、じっと見つめれば落ち着いたはずがまたわたわたし始める。
見つめられるのを恥じらってうつむく癖に、ちらっと視線を覗かせて来たりもする。
くるくる変わる表情が可愛いと思ったら、怒られるだろうか。
「……珊瑚色とかどうだろう」
肌に溶けるような、少しだけ色づいた柔らかい紅色。
春のように暖かな彼女に良く似合うと思う。
ユリアンが選んだ色に頷いたルナは、近い色合いから口紅を選んで、後はもう少し別のものを見てみたいようだった。
彩度を抑えた紫のアイシャドウをつければ、優しい雰囲気が少し引かれて、神秘的で厳かな色合いになる。
どうですか? と尋ねられたが、高貴さを表す色合いは、途端に手が届かなくなったかのような錯覚がして、ユリアンは「……うん」とだけ呟いた。
視線をそらした先にはマニキュアの瓶、突き動かされるままに一つを手に取ると、「これを」と彼女に渡す。
淡く透き通った桜色のマニキュア、いつか見た桜と同じ色で、主張しないけど、指先を確かに染める。
「楽器を演奏する人は余り塗らないそうだけれど――」
飾るだけでもいいし、爪を護ったり、気分転換に使ってくれてもいいと、そう言って負担の少ない落とし液も一緒に頼む。
「なんとなくそうしたくなって……良かったら」
ルナは渡されたマニキュアを見つめて、有難うございます、と笑みをこぼして受け取った。
瓶を握る手は思いの外力が入っている、逸る心のままに、まだ欲しいものがあって、緑のマニキュアの方へと向かうと、にらめっこして一つを選ぶ。
若草のような、風が駆け抜けるだろう草原の色。
夏にサンダルと合わせば良く似合うだろうし、自分が想う彼の色はこれだった。
紫のアイシャドウは似合わなかっただろうか、意識してもらいたくて、普段より大人びた色を選んで見たけれど、手応えがわからない。
自分だけおたおたしてる気がして、思い切って、オプションで扱ってるアクセサリーの方に行かせてもらった。
今度は失敗しない、マント留めの中から、ちゃんと優しい紫のビーズが使われたものを選ぶ。
「……紫は、精神的な癒やし効果があるって聞いた、ので」
顔を上げて、今度は自分から彼の目を見つめた。
ルナの瞳の色も紫、願わくばちょっとした瞬間に自分を思い出して欲しい。
勇気も踏ん張りも多く必要としたけれど、彼も自分と同じように暫し見つめて、有難う、と言って受け取ってくれた。
色合いの意味は誰にも聞けない。
そこに踏み込むには、もう少し時間が必要だった。
+
恋人の事を語り始めたエアルドフリス(ka1856)は、完璧に周囲が見えなくなっていた。
本人は大真面目かつ客観的のつもりで、成長を褒め、雰囲気と容姿を褒め、性格の話をし始めるあたりになれば、店員すら生ぬるい視線を向けるようになっていた。
「恋人様が大好きなのは大変よくわかりましたが」
いやいやいや、と弁解しようとするエアを流しつつ、貴方が向けたい想いの話が抜けてますよ、と店員が指摘する。
わかったのはエアが甘やかし体質で心配性、喜んで欲しいだけなら似合う色を選ぶだけで済むが、この店の贈り物はそんなに生易しくない。
「お見立てとの事なので」
店員が幾つかの瓶を並べる、相手が生まれ持った色を引き立てるなら紫やピンク、花のような色がいいだろう。
だが――自分を表す想いを、独占欲を贈ろうと思うなら。
店員は暫し考え込む、置いたのは深い水の色合い、言ってしまえば水底のような、彩度を抑えた青色だった。
若い子には少しアンバランスで、だからこそ指先につければ妖艶に映る。
貴方はどの色をつけて欲しいと思うでしょうか、そう問いかける店員の言葉は、悪魔の囁きのようだった。
…………。
リゼリオに戻り、エアは閉店直後であろうジュードの所までやってきていた。
お土産持参だ、胸を張って入ってもいいはずだが、妙な事を吹き込まれたせいで逡巡してる内に、勘のいいジュードに先に見つかってしまう。
「エアさん?」
おかえりなさい、そう言いながらも疑問の眼差しが伴う。
ただいま、とエアも応えて、問いかける顔に少し気まずそうにした挙句、綺麗にラッピングされた、深水のマニキュアを渡した。
「これは……」
普通の贈り物じゃないのは見ればわかる。
でもそれはちゃんと意味を教えてもらって成立するものだから、ジュードはエアを見つめて言葉を待った。
「いや、その……」
「ちゃんと言って?」
選択肢を提示されて、その色を選んだのはエア自身だ。
自身が向ける感情である以上、純粋な色合いであるとは思えない。でも飾るだけの色じゃ満足出来なくて、綺麗なだけじゃない深い色に惹かれていた。
だからこその水底の色、この色合いこそが想いを示すにふさわしい。
「……嬉しい」
逡巡していた理由もわかった、だが深い想いの何を厭う事があるだろう。
この身、この姿、全て彼のために磨きあげたもの、彼の目を奪うためにしているのだから、彼の想いの色を拒むはずもない。
「俺に触れて」
今夜はこの色をつけよう、貴方が想ってくれた色に染まろう。
重くても構わない、涙が溢れるほどに嬉しい。
貴方だけのものにして欲しい、それが俺の望みなのだから。
+
買い物中、お店の噂を聞いて、浅黄 小夜(ka3062)は同行者の袖を引いた。
見たい、という気持ちがあり、でもませてると思われないだろうかという心配もあって。
顔色を伺うようにしてみれば、研司は大丈夫だよと笑って頷いてくれる。
ほんの少しの安堵。今年で16歳になり、年相応に化粧への興味も抱いていたのだけれど、何かときっかけがなく、想いの色という言葉に惹かれて店内へと足を向ける。
細かく色分けされたアイテムが立ち並び、店内は華やかなグラデーションになっている。好きな色である青もバリエーションがあり、小夜は思わず見入ってしまっていた。
試してみたいが、何をどうすればいいのか。研司に視線を向けるが、苦笑しながらお手上げだと示され、小夜は思い切って、初心者でレクチャーをお願いしたいと店員に助けを求める。
「そうね、ここは想いの色を選ぶ、がコンセプトなんだけれど――」
想う色はあるのかどうかと問われる。
「想う色、ですか……」
好きな色はあるけど、多分、想う色でも、似合う色とも違う。
想う色ってなんだろう、そう研司に尋ねて見れば、真面目に考え込んだ後、自分が目指したいと思う色の事じゃないだろうかと答えた。
それは恋かもしれないし、個人的な目標かもしれない。
誰かを想う赤かもしれないし、安穏を求める青かも知れない。
「お兄はん、も……ご自分の色、お持ちですか……?」
「そうだなぁ、俺は緑かな?」
大自然の緑、それが研司の想う色だ。
小夜はそれを聞いて暫く考え込んだ後、自分に緑を試す事は可能かどうか、店員に尋ねていた。
(マジかー)
嫌な訳ではない、ただこそばゆいだけだ。
小夜の「想う」は多分恋色抜きの純粋な想いで、感謝や尊敬、それに自分が選ばれたのだろう。
店員に手伝ってもらい、ラメ入りのオリーブが小夜のまぶたを縁取る。閉じた目を開いて、どうですか? と微笑めば、いつもとは違う小夜の姿に、研司がおおうと慄いた。
「似合っている」
率直に言えば大人びた印象に驚いている。
甘かった顔立ちがメイクによって引き締められ、これが妹分の成長か……と感慨を思わざるを得ない。
初心者ならば、後は無難にアースカラー。
血色は良い方だからチークはいらないだろうが、反面顔色がわかりやすく、調子が悪い時の隠し方も教えてもらっていた。
(おいおい……)
それは必要な技術だろうか、使い道は割りとあるかもしれないが、なんとも悩ましい。
「気づきさえすれば、逆に無理してるサインですから」
……一理ある、今はそう納得するしかないだろう。
+
夫であるヨルガの手を引いて、ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)は店を訪れる。
元々、噂を聞いていつかは来ようと思っていた。
想いと色で心を駆け引きする、まじないのような戯れ――魔女として、恋を知る乙女として、手にしない理由がなかった。
ヨルガは、ヴィルマの瞳の事を好いている。
ヴィルマ自身も別に嫌いではないだろうが、瞳は格別だ。
ヨルガが拘るのはそれだけで、他の事に関しては無頓着、無関心と言って良かった。
「緑と茶系のアイシャドウを見せてくれ」
こいつの目の色じゃ、とヨルガを指せば、かしこまりましたと言い残して、店員は奥に引っ込む。
「……ヴィルマ?」
「なんじゃ、不満かのぅ?」
「ううん」
ヨルガの思考はわりかし単純だ。
目元を綺麗にするのはいい事だと思う、ヴィルマが自分を想って彩ろうとしてくれたのもわかるから、そこも嬉しい、だが。
「色が……」
途中まで言いかけて、ヨルガは口を噤んだ。ヴィルマの好きにしていいとは先に言っていたのだ、しかしヴィルマも彼が何を言いたいのかわかっているのか、くすくすと頬を突っつくと、ヨルガは少しふてくされたかのように頬をふくらませる。
「そなたの色を、我が身につけたくてのぅ」
ヨルガが好きだと語るのは、ヴィルマの瞳の色だけだ。自分の色にはさほど興味を示さず、ヨルガが好きなヴィルマは、それを惜しいと思う。
だから、アイシャドウにはヨルガの色を指定した。ミルクティーのような肌の茶色に、光を透かした葉のような緑の瞳。戻ってきた店員が指定通りのパレットを置いて、ヴィルマは満足そうに頷く。
貴方は嫌かもしれない。でも、貴方が好いてくれた青の色の傍にこそ、私が愛した色を置かせて欲しいと思った。
「ヨルガ、これを」
ヴィルマの手には青いペディキュア、我の色を身につけて欲しい、と直球で語れば、ヨルガは少しだけ考えて、頷きを返す。
……この店で身につけるのは想う人の色、誰かに囚われてると、そう示す色。
「そなたの色は我が塗ろう、足の爪ならば、見られる事もないだろう」
貴方が想う青は、常に私の色であって欲しい。その色で貴方を囚えて、私から離れないで欲しい。
「大丈夫だよ、ヴィルマ。俺はもう――」
その色に捕らわれている。
ヴィルマは笑う、だとしても、貴方には私の色をつけたい。
これは私達を繋ぐ鎖、そうでないと、ヴィルマが安心出来ないのだから――。
カフカ・ブラックウェル(ka0794)が言った言葉に、妹のアルカは詳しい話を聞きもせずに喜んだ。
無邪気な姿はやはり年頃の女の子のようで、ホント!? と乗り出してくる妹に、カフカはああ、と頷いて苦笑する。
二人で出かけよう、そう言って頷きが返る事に感慨を覚える。
二人で過ごす事に対する懐かしさであり、片割れが傍にいる安堵でもある。
大人げない自覚はあった。
妹は嫁いだ身だ、そんな事はわかっている。相手の事が嫌いな訳でもないし、親友で、信用出来ると心から思っている。
……だから、本当に自分が大人気ないだけ。子供のように、少しアルカの気を引きたくなったのだ。
ここは想いを色と贈り物で示す店、だからこそ、アルカと共に来たかった。
「アルカ専用のものを買ってあげるよ」
その言葉に、独占欲がないとは言い切れない。
でも、大人だから、ちゃんと弁えてるから、化粧箱は旦那に用意してもらえと一線を引くのも忘れていなかった。
…………。
カフカはかっこいい、アルカは心の底からそう思っていた。
憧れのように恋をして、でも兄妹では結ばれないと知って、意固地になるかのように彼の傍をついてまわった。
そうじゃなくなる日が来るなんて思ってもいなかった、傍にいることを久しいと感じる事自体、不思議な感じがしてしまう。
「えっとね……」
買ってあげるという兄の言葉に甘えて、声を弾ませながら色合いを選んでいく。
薄い青や紫のもの、少しつけてみて、どう? と笑顔を見せれば、カフカは面を食らったようにして黙り込む。
「似合わない?」
「いや……似合う」
良かった、と笑顔を取り戻す、大人びた色合いにカフカが感慨と葛藤を抱いている事なんて知る由もない。
嫁いでもカフカが自分の対である事には変わらなくて、彼の言葉は、いつもアルカの支えになってくれていた。
「ねぇ、カフカ。口紅の色……選んで?」
彼はどんな色をボクに相応しいと思ってくれるだろう、示し合わせてはいないけれど、これを二人の証にしようと、そう思った。
「……これ」
濃すぎず、薄すぎないローズピンク。顔を上げるように示されて、その通りにすると、カフカが自前のリップクリームの後に、貰ったテスターでアルカの唇を彩った。
「……ほら、綺麗だ」
自覚もなく発された優しい声色。これはやばいですよお兄ちゃん! とアルカは内心で叫ぶ。
「うん、有難う……嬉しい」
カフカが、このド天然を他の人にやらなければいいんだけれど、と少し思っていた。
+
(想いの色――)
耳に挟んだ宣伝が尾を引く。
そのまま立ち去るには余りにも惜しくて、ルナ・レンフィールド(ka1565)は、買い物に付き合ってくれていたユリアンの了承を取って店へと立ち寄る。
遠慮しないで、と彼は言う。
同じ宣伝は彼も聞いていたはずだけど、それを彼がどう思っているのかはわからない。
(……聞く事もできなくて)
あからさますぎる事に対する恥じらいがあり、一方的に押し付けてないかという心配がある。
もしかしたら、を夢見る一方で、気づいて欲しいのかそうじゃないのか、自分ですら迷う気持ちに満ちている。
どんな色を選ぶべきだろう。
打算と憧れと、夢見る心に挟まれて思考がぐるぐるする。
変わらない表情でショーケースを見つめる彼を見てずるい、と思う。
私は貴方を想って、こんなにも戸惑うのに。
…………。
ユリアン(ka1664)は物思いにふける。
買い物の途中、妹が化粧品に気を惹かれる事は多々あった。
その時も妹は落ち着きがなくて、まだ早いんじゃないかとそわそわして。
ルナの様子もそれに似てはいるけど、それは、…………。
それを口にしてどうするというのだろう。
気づかない振り、無傷で済ませるのはもう無理だと言われたけど、それ以上の事がせき止められたように考えられなくなっている。
だって、彼女は。
心の強さがあり、他人を思いやる優しさがあり、歩みは心地の良いリズムのようで、臆する事なく前に進んでいく。
その強さを素敵だと思うけど。
……卑屈さは見せたくない、壁を作れば柔らかく接する事が出来る。
手を伸ばして触れずとも、彼女は変わらず綺麗なままでいてくれるに違いないのだ。
「どの色が似合うと思います?」
気がつけば、落ち着きを取り戻したルナは、少しいたずらっぽく笑ってそんな事を問いかけて来ていた。
色か。視線を彼女に向けて、じっと見つめれば落ち着いたはずがまたわたわたし始める。
見つめられるのを恥じらってうつむく癖に、ちらっと視線を覗かせて来たりもする。
くるくる変わる表情が可愛いと思ったら、怒られるだろうか。
「……珊瑚色とかどうだろう」
肌に溶けるような、少しだけ色づいた柔らかい紅色。
春のように暖かな彼女に良く似合うと思う。
ユリアンが選んだ色に頷いたルナは、近い色合いから口紅を選んで、後はもう少し別のものを見てみたいようだった。
彩度を抑えた紫のアイシャドウをつければ、優しい雰囲気が少し引かれて、神秘的で厳かな色合いになる。
どうですか? と尋ねられたが、高貴さを表す色合いは、途端に手が届かなくなったかのような錯覚がして、ユリアンは「……うん」とだけ呟いた。
視線をそらした先にはマニキュアの瓶、突き動かされるままに一つを手に取ると、「これを」と彼女に渡す。
淡く透き通った桜色のマニキュア、いつか見た桜と同じ色で、主張しないけど、指先を確かに染める。
「楽器を演奏する人は余り塗らないそうだけれど――」
飾るだけでもいいし、爪を護ったり、気分転換に使ってくれてもいいと、そう言って負担の少ない落とし液も一緒に頼む。
「なんとなくそうしたくなって……良かったら」
ルナは渡されたマニキュアを見つめて、有難うございます、と笑みをこぼして受け取った。
瓶を握る手は思いの外力が入っている、逸る心のままに、まだ欲しいものがあって、緑のマニキュアの方へと向かうと、にらめっこして一つを選ぶ。
若草のような、風が駆け抜けるだろう草原の色。
夏にサンダルと合わせば良く似合うだろうし、自分が想う彼の色はこれだった。
紫のアイシャドウは似合わなかっただろうか、意識してもらいたくて、普段より大人びた色を選んで見たけれど、手応えがわからない。
自分だけおたおたしてる気がして、思い切って、オプションで扱ってるアクセサリーの方に行かせてもらった。
今度は失敗しない、マント留めの中から、ちゃんと優しい紫のビーズが使われたものを選ぶ。
「……紫は、精神的な癒やし効果があるって聞いた、ので」
顔を上げて、今度は自分から彼の目を見つめた。
ルナの瞳の色も紫、願わくばちょっとした瞬間に自分を思い出して欲しい。
勇気も踏ん張りも多く必要としたけれど、彼も自分と同じように暫し見つめて、有難う、と言って受け取ってくれた。
色合いの意味は誰にも聞けない。
そこに踏み込むには、もう少し時間が必要だった。
+
恋人の事を語り始めたエアルドフリス(ka1856)は、完璧に周囲が見えなくなっていた。
本人は大真面目かつ客観的のつもりで、成長を褒め、雰囲気と容姿を褒め、性格の話をし始めるあたりになれば、店員すら生ぬるい視線を向けるようになっていた。
「恋人様が大好きなのは大変よくわかりましたが」
いやいやいや、と弁解しようとするエアを流しつつ、貴方が向けたい想いの話が抜けてますよ、と店員が指摘する。
わかったのはエアが甘やかし体質で心配性、喜んで欲しいだけなら似合う色を選ぶだけで済むが、この店の贈り物はそんなに生易しくない。
「お見立てとの事なので」
店員が幾つかの瓶を並べる、相手が生まれ持った色を引き立てるなら紫やピンク、花のような色がいいだろう。
だが――自分を表す想いを、独占欲を贈ろうと思うなら。
店員は暫し考え込む、置いたのは深い水の色合い、言ってしまえば水底のような、彩度を抑えた青色だった。
若い子には少しアンバランスで、だからこそ指先につければ妖艶に映る。
貴方はどの色をつけて欲しいと思うでしょうか、そう問いかける店員の言葉は、悪魔の囁きのようだった。
…………。
リゼリオに戻り、エアは閉店直後であろうジュードの所までやってきていた。
お土産持参だ、胸を張って入ってもいいはずだが、妙な事を吹き込まれたせいで逡巡してる内に、勘のいいジュードに先に見つかってしまう。
「エアさん?」
おかえりなさい、そう言いながらも疑問の眼差しが伴う。
ただいま、とエアも応えて、問いかける顔に少し気まずそうにした挙句、綺麗にラッピングされた、深水のマニキュアを渡した。
「これは……」
普通の贈り物じゃないのは見ればわかる。
でもそれはちゃんと意味を教えてもらって成立するものだから、ジュードはエアを見つめて言葉を待った。
「いや、その……」
「ちゃんと言って?」
選択肢を提示されて、その色を選んだのはエア自身だ。
自身が向ける感情である以上、純粋な色合いであるとは思えない。でも飾るだけの色じゃ満足出来なくて、綺麗なだけじゃない深い色に惹かれていた。
だからこその水底の色、この色合いこそが想いを示すにふさわしい。
「……嬉しい」
逡巡していた理由もわかった、だが深い想いの何を厭う事があるだろう。
この身、この姿、全て彼のために磨きあげたもの、彼の目を奪うためにしているのだから、彼の想いの色を拒むはずもない。
「俺に触れて」
今夜はこの色をつけよう、貴方が想ってくれた色に染まろう。
重くても構わない、涙が溢れるほどに嬉しい。
貴方だけのものにして欲しい、それが俺の望みなのだから。
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買い物中、お店の噂を聞いて、浅黄 小夜(ka3062)は同行者の袖を引いた。
見たい、という気持ちがあり、でもませてると思われないだろうかという心配もあって。
顔色を伺うようにしてみれば、研司は大丈夫だよと笑って頷いてくれる。
ほんの少しの安堵。今年で16歳になり、年相応に化粧への興味も抱いていたのだけれど、何かときっかけがなく、想いの色という言葉に惹かれて店内へと足を向ける。
細かく色分けされたアイテムが立ち並び、店内は華やかなグラデーションになっている。好きな色である青もバリエーションがあり、小夜は思わず見入ってしまっていた。
試してみたいが、何をどうすればいいのか。研司に視線を向けるが、苦笑しながらお手上げだと示され、小夜は思い切って、初心者でレクチャーをお願いしたいと店員に助けを求める。
「そうね、ここは想いの色を選ぶ、がコンセプトなんだけれど――」
想う色はあるのかどうかと問われる。
「想う色、ですか……」
好きな色はあるけど、多分、想う色でも、似合う色とも違う。
想う色ってなんだろう、そう研司に尋ねて見れば、真面目に考え込んだ後、自分が目指したいと思う色の事じゃないだろうかと答えた。
それは恋かもしれないし、個人的な目標かもしれない。
誰かを想う赤かもしれないし、安穏を求める青かも知れない。
「お兄はん、も……ご自分の色、お持ちですか……?」
「そうだなぁ、俺は緑かな?」
大自然の緑、それが研司の想う色だ。
小夜はそれを聞いて暫く考え込んだ後、自分に緑を試す事は可能かどうか、店員に尋ねていた。
(マジかー)
嫌な訳ではない、ただこそばゆいだけだ。
小夜の「想う」は多分恋色抜きの純粋な想いで、感謝や尊敬、それに自分が選ばれたのだろう。
店員に手伝ってもらい、ラメ入りのオリーブが小夜のまぶたを縁取る。閉じた目を開いて、どうですか? と微笑めば、いつもとは違う小夜の姿に、研司がおおうと慄いた。
「似合っている」
率直に言えば大人びた印象に驚いている。
甘かった顔立ちがメイクによって引き締められ、これが妹分の成長か……と感慨を思わざるを得ない。
初心者ならば、後は無難にアースカラー。
血色は良い方だからチークはいらないだろうが、反面顔色がわかりやすく、調子が悪い時の隠し方も教えてもらっていた。
(おいおい……)
それは必要な技術だろうか、使い道は割りとあるかもしれないが、なんとも悩ましい。
「気づきさえすれば、逆に無理してるサインですから」
……一理ある、今はそう納得するしかないだろう。
+
夫であるヨルガの手を引いて、ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)は店を訪れる。
元々、噂を聞いていつかは来ようと思っていた。
想いと色で心を駆け引きする、まじないのような戯れ――魔女として、恋を知る乙女として、手にしない理由がなかった。
ヨルガは、ヴィルマの瞳の事を好いている。
ヴィルマ自身も別に嫌いではないだろうが、瞳は格別だ。
ヨルガが拘るのはそれだけで、他の事に関しては無頓着、無関心と言って良かった。
「緑と茶系のアイシャドウを見せてくれ」
こいつの目の色じゃ、とヨルガを指せば、かしこまりましたと言い残して、店員は奥に引っ込む。
「……ヴィルマ?」
「なんじゃ、不満かのぅ?」
「ううん」
ヨルガの思考はわりかし単純だ。
目元を綺麗にするのはいい事だと思う、ヴィルマが自分を想って彩ろうとしてくれたのもわかるから、そこも嬉しい、だが。
「色が……」
途中まで言いかけて、ヨルガは口を噤んだ。ヴィルマの好きにしていいとは先に言っていたのだ、しかしヴィルマも彼が何を言いたいのかわかっているのか、くすくすと頬を突っつくと、ヨルガは少しふてくされたかのように頬をふくらませる。
「そなたの色を、我が身につけたくてのぅ」
ヨルガが好きだと語るのは、ヴィルマの瞳の色だけだ。自分の色にはさほど興味を示さず、ヨルガが好きなヴィルマは、それを惜しいと思う。
だから、アイシャドウにはヨルガの色を指定した。ミルクティーのような肌の茶色に、光を透かした葉のような緑の瞳。戻ってきた店員が指定通りのパレットを置いて、ヴィルマは満足そうに頷く。
貴方は嫌かもしれない。でも、貴方が好いてくれた青の色の傍にこそ、私が愛した色を置かせて欲しいと思った。
「ヨルガ、これを」
ヴィルマの手には青いペディキュア、我の色を身につけて欲しい、と直球で語れば、ヨルガは少しだけ考えて、頷きを返す。
……この店で身につけるのは想う人の色、誰かに囚われてると、そう示す色。
「そなたの色は我が塗ろう、足の爪ならば、見られる事もないだろう」
貴方が想う青は、常に私の色であって欲しい。その色で貴方を囚えて、私から離れないで欲しい。
「大丈夫だよ、ヴィルマ。俺はもう――」
その色に捕らわれている。
ヴィルマは笑う、だとしても、貴方には私の色をつけたい。
これは私達を繋ぐ鎖、そうでないと、ヴィルマが安心出来ないのだから――。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/12/01 00:32:07 |