白い闇、見えざる敵

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/12/04 19:00
完成日
2017/12/12 00:34

みんなの思い出

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オープニング

 王国リベルタース地方に襲来する歪虚たちの策源地、イスルダ島──この島は、先日、王国軍の手によって奪還された。
 災厄の十三魔べリアルの根拠地たる黒羊神殿は消滅し、かの黒大公の軍勢も今は無い。上陸した王国騎士団や諸侯の軍も警戒の為の部隊や調査隊のみを残して、多くは本土へ引き揚げている。
 だが、それは島の完全なる平穏を確約したものではない。
 例えば『魔の森』と呼ばれる地域── 葉の一つも生えていない捻じ曲がった枝を奇妙に生やした木々が密生するこの場所は、奪還作戦中から今現在に至るまで、送り込んだ斥候や調査隊が誰一人戻って来ない帰らずの森として知られている。
 業を煮やした現地司令部は、Volcanius部隊による砲撃によって森を端から『物理的に削っていく』ことにした。これに先立ち、最後の歩兵部隊が森に送り込まれることとなった。
「……なんだってわざわざ俺たちを送り込むんです? さっさと吹き飛ばしてしまえばいいでしょうに」
「上層部は森にまだ生き残りがいる可能性を憂慮している」
 歩兵部隊の小隊長は、上官のその言葉にげんなりした顔をした。行方不明になった者たちの中には、奪還作戦の際に上陸した貴族軍主力の斥候隊も含まれている。
「なるほど。小官は上官殿らの『アリバイ作り』の為に部下たちを危険に晒さねばならぬのですね」
「宮仕えはこちらも同じだ。愚痴はいずれあの世で聞いてやる。……なに、とりあえず400mほど奥に入って来るだけでいい。無理はするな」
 かくして、彼の小隊は傭兵やハンターたちと共に『魔の森』へと分け入ることになった。
 ほんの一里ほど前進するだけのピクニック──自嘲気味にそう告げた小隊長の言葉を鵜呑みにしていた兵たちは、だがすぐに自分の認識の甘さを後悔することとなった。
「畜生。まるで童話の中に出て来るような悪夢の森だぜ。ここは……!」
 昼なお薄暗い森の中──まるで触手の様にうねりながら伸びて来る植物歪虚の枝や蔓を斬り飛ばしながら、強面の部下が泣き言を吐き捨てる。
「愚痴はあの世で聞いてやる。……全員無事か?」
 戦闘終了後、展開した部下たちの点呼を取る小隊長。誰一人欠けていないことを知って、一人ホッと息を吐く。
 ……戦闘は既に二度目だった。まだ100mと進んでいないのに。木々の枝には葉など無いのに森は夕闇に沈んだように暗い。頭上を覆う枝はまるで自分たちを決して逃がさぬという森の意志を表しているかのようだ。
「……前進を再開する」
 それでも前に進まなければいけないのが彼らの立場である。
 彼らは祈らずにはいられなかった。──何事も無く、などとは言わない。せめて一里に達するまでは、こちらで対処が出来ないような問題は起こってくれるなよ──

 奥に300mほど進んだ頃であろうか。周囲の光景が変わり始めた。それまで黒と闇とを基調としていた森の色調が、徐々に白と光を中心としたものへ変調していったのだ。
「なんだ、これは……?」
 小休止を兼ねて、小隊長はその白い木々を調べさせた。それは『黒い木』の様に動くことも襲い掛かって来ることもなかった。色が白いのは、化石化し、まるで石の様に結晶化している為だった。
「さながら『水晶の森』か。なんと美しい……」
 感動すら覚えた様子の兵たちを引き締め直し、前進を再開する。
 やがて、森は白一色の世界となった。地面にも砕けた結晶がまるで雪の様に敷き渡り、頭上に漏れた空の色と微かな木々の陰影のみが、どうにか自分たちが先程と同じ魔の森にいることを教えてくれる。
「隊長……」
 部下の一人が前方からふわふわと近づいて来る浮遊物体に気付いた。数は8──その白くて丸い浮遊物体は特にこちらに危害を加えてくることもなく、むしろ距離を取るように…… やがてそれらは離れた八方の空中に静止するとゆっくりと発光し始めて……遂には、直霜難しい程の光量で周囲を照らし出し始めた。
 その瞬間、周囲の光景から一切の色が消えた。白一色の純白の世界に天地の感覚が消失し、まるで呑み込まれるかのような恐怖が兵らを襲う。
「なんだ、これは……!? 歪虚の魔法か?! 幻覚か!?」
「落ち着け! 各自、足元の感覚に集中しろ! 地面はある! 互いの姿を確認して正しく空間を認識しろ!」
 風景は消え去ったが、互いの姿は見えている。小隊長は部下を落ち着かせるべく叫ぶと、周囲へ視線を振って部下たちの姿を確認し……幾人かの姿が見えないことに気付いて声を張り上げる。
「ヘンリー! イェール! どこにいる!?」
「ここにいます、小隊長殿!」
 存外に至近から返事が聞こえて、小隊長はホッと息を吐いた。姿が見えないのは幻覚か、あるいは見えない壁でもあるのか……
「そちらからこちらは見えるか?」
「見えません!」
「俺の声を頼りにこちらへ来い。防御隊形を取る。皆も集合しろ!」
 ヘンリーはそれに応じて声のする方に移動を始め…… 次の瞬間、ずぶり、と激痛を感じ、え? と自分の腹を見下ろした。
 いつの間にか、自分の腹にぽっかりと穴が開いていた。流れ出した赤い血が滴り伝い、何か透明な槍状の物が自分に刺さっているのに気が付いた。
 悲鳴。気づいたイェールがそちらを振り返り、次の瞬間、右上腕部を何かに切り裂かれた。慌てて跳び退いた彼の左肩甲骨に、今度は槍状物体が突き刺さる──
「なんだっ?! 敵か!?」
 慌てて背後に斬りつけたイェールは、次の瞬間、甲高い破壊的な金属音と共に両目を含む顔中に激痛を感じ、悲鳴と共に地面を転がり回った。
「どうした!? 全員、状況を報告せよ!」
 全周から聞こえてくる部下たちの悲鳴に顔を上げた小隊長は、見えざる何かと戦い、傷つき、倒れ行く部下たちを姿を目の当たりにした。強面の熟練兵も、何かを踏み抜いたように悲鳴を上げて倒れ込んだ直後、全身から血を噴き出して地面に血だまりを滴らせる。
 ギリと奥歯を噛み締め、援軍を呼ぶよう命じるべく通信兵を振り返った小隊長は、その通信兵自身が宙に縫い付けられたかのように死んでいることに気付き、舌を打ってそちらへ駆け寄った。そして、彼が流した血が伝い滴った『ソレ』の形に事の『からくり』を見出した瞬間、小隊長は背後から何者かによって刺突された。

 息絶える直前。小隊長は最後の力を振り絞って無線機で救助を要請した。
 5分後。援軍のCAMがその場に辿り着いて見たものは…… 血塗れで死んだ兵たちの姿と、唯一生き残った一人の新兵──彼は『戦闘』が始まった最初から最後まで、ずっと地面に蹲って恐怖に打ち震えていた。今も──だけだった。
 倒れた兵たちを見て、パイロットの一人が呟いた。
「お前たち……いったい何と戦っていたって言うんだよ……?」

リプレイ本文

 件の小隊が遭遇した異常事態と阿鼻叫喚── その状況を垂れ流しにしていた無線通信は、だが、唐突にぶつ切れた。
 何も判然としないまま、ハンターたちのいる隊もまた、間もなく同様の事象に襲われた。
 八方から照らされる光に視界が白一色に染まり──混乱した兵たちが、そこかしこで悲鳴を上げる。
「み、みなさん、落ち着いてください! 慌てたら敵の思う壺──フラグですよ、そう、フラグ!」
 自身もわたわたと慌ててずれた眼鏡を直しながら、穂積 智里(ka6819)は周囲の兵に声を掛けた。だが、突然の出来事にパニックになった兵たちの耳には入らない。
 眩暈にふらつきながらも防衛本能に従って集まろうとする兵隊たち…… そんな彼らの幾人かが突如、「切られた! 切られた!」と悲鳴を上げて、肩や背中を押さえながら周囲へ得物を振り回す。
「敵っ!? 見えない敵でやがりますか!?」
 咄嗟に守りの構えを取って周囲を警戒していたシレークス(ka0752)は、味方が襲われていると知った瞬間、『ガウスジェイル』を発動した。自身の周囲にマテリアルを漲らせ、その範囲内で振るわれた攻撃のベクトルを強制的に自身へ捻じ曲げる因果の結界──自身を犠牲に周囲を守るその守護の結界は、だが、なぜかその効果が発揮しなかった。
「ッ!? なんで……」
 変わらず傷を負い続ける兵たちの悲鳴を聞いて、シレークスは考えるより早くそちらへ走っていた。アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)もその後に続こうとしたが、眩暈にふらつき、果たせなかった。ならばせめて、とすぐさま戦神に祈りを捧げて『アンチボディ』の加護を祈願するアデリシア。走るシレークスの身をオーラの障壁が包み込む。
「大丈夫でやがりますか?!」
 戦神の加護の下、怪我をした兵と見えざる何かの間に割り込んだシレークスは、直後、胸元へ衝撃を感じた瞬間、その身を包んでいたオーラの加護が光と共に掻き消えた。
「攻撃!?」
 咄嗟にそちらの方向へ向かって反撃の棘付き鉄球を振るうシレークス。次の瞬間、硬質の破砕音と共に、彼女の全身に何か破片のようなものが浴びせかけられ…… 全身血塗れになりながら、しかし、兵を守って一歩も下がらない。
「シレークスさん……! けど、お陰で敵の位置は大まかに掴めました」
 たとえ見えなくとも範囲攻撃なら当たるはず……! サクラ・エルフリード(ka2598)は抜刀した『菊理媛』をその手に振り構えると、自身を中心にマテリアルを噴き上げ、全力で光の波動を周囲へ放った。『セイクリッドフラッシュ』──敵のみを選んで吹き飛ばす光の衝撃波がシレークスを透過して、高い金属質な音と共に見えざる何かを吹き飛ばす……
「……いったい何が起きている、これは…… 私までおかしくなりそうだ」
 片膝をついたまま頭を振るアデリシア。サクラも血塗れの兵とシレークスを一旦下がらせ、共に回復しながら困惑する。
「何らかの攻撃を受けていることだけは理解できます。……もっとも、状況は何一つ分かってはいませんが」
 アデリシアは改めて頭を振ると、自身に『サルヴェイション』を掛けた。戦歌を紡いで心の動揺を取り払い、そして、自身を含む周囲の味方へ浄化魔法を発動する。『ピュリフィケーション』──負のマテリアル汚染を浄化し、それによってもたらされる心身の異常をも取り除く回復スキルだ。この眩暈やふらつきが瘴気によるものならば、これで効果があるはずだ。が……
(……。回復しない……)
 このふらつきの原因は心的要因でもマテリアル汚染でもないのか? であれば、何か身体的な、生理的反応ということか……?
「魔法なのか、幻覚なのか…… 無線の向こうの連中はこれにやられたわけか」
 文月 弥勒(ka0300)もまた自身の感じるこの眩暈に、忌々し気に、吐き捨てるように呟いた。──奪還作戦時にこの森に逃げ込んだ歪虚騎士らがいるかも、とわざわざ歩兵任務に志願してみれば…… こんなことになるなら後ろで大人しときゃよかったぜ……
 智里も眼鏡の奥の瞳をぐるぐるうずまきに回しながら、落ち着いて現状を把握せんとする。
(敵はこちらの視覚を阻害した。それが幻覚等の魔法的要因(バステ)でないのであれば、それは純粋に物理的な視覚阻害──つまり、敵も条件は同じはず……)
 敵も視覚に頼れないとすれば、こちらの存在をどの様な手段で認識している? 嗅覚? 熱感知? それとも正のマテリアル?
「……一番怖いのは、何も分からず、何も突き止められず、味方に何の情報も残せぬまま終わることだ。任務を請け負った身としてはな」
「一人の傭兵として、ね。じゃあ、一人の人間としての最悪は?」
「……このまま生きて家に帰れないことだろうな。そういう意味ではこの森は最悪の部類だ。誰一人生きて返さず、あらゆるものを飲み込んで何も残さない──情報も、生命も」
 傍らの弥勒に淡々と返しながら、龍崎・カズマ(ka0178)はやはり淡々と何かのメロディを口ずさみ始めた。『アイデアル・ソング』──その響きはバラード、いや、子守歌のそれに近いか。穏やかで静かなその旋律を詠唱として、周囲の者たちのマテリアルを活性化し、平静を取り戻す手助けとする。
 アデリシアもまた、『サルヴェイション』で兵たちの精神的均衡を回復させ、周囲の混乱を収めていった。そして、皆にその場から動かぬよう指示を出す。
(攻撃が、止んだ……?)
 智里はハッと目を見開いた。落ち着きを取り戻した周囲の兵だけ、その身に傷を受けることがなくなったのだ。彼らから離れた遠くの場所にいる兵たちは、未だ見えざる何かと『交戦』し、怪我を負い続けているというのに……
「待ってやがるです。今から助けに向かいますからね!」
 回復を終え、再び兵を助けに走るシレークス。そんな彼女をフォローすべくサクラもその後を追い。アデリシアも兵らの混乱を鎮めにそちらへと移動する……
「小隊の皆さん。そのまましゃがんで動かないでください」
 声を潜めるようにしながら、周囲の兵たちに向かって智里はそう指示を出した。──動きを止めた者たちに対する攻撃が止んだということは、敵は臭いや熱やマテリアルでこちらを感知しているわけではない。
「ここの敵は、空気、もしくは地面の振動を感知してこちらを認識している可能性があります。根っこや地下茎でそれを感じて、足元から攻撃しているのかもしれません」
 そうか、とカズマは頷いた。──ここは『魔の森』。枝や蔦や蔓だって襲ってきたじゃねえか。根っこや地下茎、地面の真っ白な落ち葉が敵じゃないとどうして言える?
「地面の下からも攻撃があるかもしれん。盾でも何でもいい。身体の下に何か挟むんだ」
「私たちが10分で撤退か殲滅かの見極めを行います。その間、動かないでじっとしゃがみ込んでいてください」
 智里は兵たちにそう告げると、眼鏡をミラーグラスへ変えた。それだけで外見が一気にSFちっくになるが、何より遮光性が高く──つまり、眩しいものが直視し易くなる。
「とにかく、あのふわふわとした光の球を『破壊』するのが優先だろう」
 弥勒は蛇節槍にマテリアルを通して得物を槍状に固定すると、その場にしっかと立ち上がった。まずはこの浮遊感に慣れねぇと。靴底の下の地面をしっかり感じつつ、仲間たちを見て見えざる水平面を認識。平衡感覚の狂いを緩和しようとする。
「同感だ。視界は何をするにも大事だからな」
 カズマもまたアルケミストグラスを指で押し上げた。錬金術師の実験にも使われるもので、これもまた強い光を可視し易い光量に調節してくれる。


「ぎゃああぁぁ……!」
 全身に何かの破片を浴びて倒れ込んだ兵を飛び越えるようにして。その前面に飛び込んだシレークスが空中に棘付き鉄球の鎖を曳いた。
 その一撃に即座に弾ける金属音──恐らくはオートで放たれるそのカウンター攻撃を防具の表面に晒しながら、光の破片と己の血潮が舞う中で不敵に笑う。
 そのすぐ近くでは、その場から逃げ出さんとした兵が、走り出したその先で何かを踏み抜いたように足から血を噴き出して……思わずよろめいた先で更に背中に傷を負い、半狂乱になりながら武器を振る。
 その得物を掻い潜るように肉薄したサクラは、その襟首を掴んで地面へと引きずり倒した。そこへ駆けつけてきたアデリシアが兵の右腕を踏みつけながら兵の頭に手を当てて。『サルヴェイション』を施して正気を取り戻させる。
「落ち着きましたか? では、そのままこの場を動かないでください」
 そう告げるアデリシアの傍らで、先の兵とシレークス共々範囲回復を行うサクラ。「捕まえた……!」との叫びを聞いて2人が振り返ると、シレークスが見えざる何かを左手で引っ掴んだところだった。
「今、行きます。そのまま離さないでください!」
 絶火槍を手に取ってそちらへ走るサクラ。シレークスは得物を振り下ろし、掴んだ左手ごと敵を鎖で巻き付ける。
 その瞬間、背後で光の量が減り、視界に陰影が戻ってきた。槍を突き出すべく突撃していたサクラはその『敵』を見た瞬間、脱力したように足を止め。呆然と「これは……」と呟いた。

 その少し前── カズマはアルケミストグラス越しに浮かぶ光のわだかまりに向かって駆け出していた。
 明る過ぎる光は闇と変わらない──アデリシアの言う通り、この平衡感覚の失われた視界で何よりの敵は見えない地面の凹凸だった。それでもカズマは持ち前の身体能力でどうにか一度も転ばずにそちらへ辿り着いた。途中、腕と脚、二か所に切り傷を負ったが意にも介さない。
(『影渡』が使えれば、もう少し楽ができたのだがな……)
 カズマは地を蹴って光球へ肉薄すると、マテリアルの刃を灯した蒼機剣を斜め上方に向けて払った。空中、すれ違いざまに光刃の残像が宙を奔り……直後、見えざる連撃により光球が三つに断ち分かれる。
 一方、智里もまた護衛についてくれた弥勒にペコリと頭を下げながら、光球を破壊するべくそちらへ向き直っていた。カズマの向かった北のを除き、北西、西、南西の三つを目標に取り。ミラーグラス越しに映る眩しい光の円に意識を集中し、手にした杖を右下に払う。同時に前面に展開されるマテリアルのトライアングル──その3つの頂点に集束した力が漲る。
「行ってください……!」
 智里の声と共に放たれた光の槍は一瞬で距離を亘り、三目標を同時に貫いた。戦闘能力など端から無いのか、光球は回避運動すらしなかった。ボフッ、という軽い音とともに何かが飛散し、明滅するように光が消える……

 西側からの照射が消失し、視界に陰影が取り戻された。
 真っ白だった世界に影が戻り、失われていた遠近感や立体感が戻ってくる。
 その瞬間、ハンターたちはピタリとその動きを止めた。彼らが立っていた場所は……それまでと何ら変わらぬ『白き森』だった。水晶の如き半透明の白い木は、それまでと同じくそよとも動いていなかった。
 白一色の世界に複数方向から光を当てると、影が消えて遠近感や立体感が喪失する。陰影によって見えていた風景──『鋭く尖った枝を持つ低木や茂み』や『地面に生えたスパイクの如く鋭き草』等も周囲の白に埋没し、地面が傾いていれば平衡感覚もおかしくなる。
「それは……『見えていない』んじゃなくて、『見えている』はずのものを『脳が認識しなかった』ってことでやがりますか?」
「つまり、俺たちが勝手にダメージ地形に突っ込んで怪我を負っていたと?」
 敵なんか最初からいなかった。離れた者の姿が見えなくなったのも、単純に『見えない遮蔽物』の向こう側にいたからだ。
 では、ハンターたちは道化であったのか? その答えは否である。ハンターたちが兵たちを落ち着かせなければ、彼らの被害はより大きなものとなっていただろう。こちらから助けに行かなければ、離れた場所にいた兵たちは命を落としていたに違いない。──件の小隊と同じように。
「ともあれ、タネがばれてしまえば何ということもない」
「……ったく。だったらこれまでの犠牲者の遺体を回収してさっさとこんな森からはおさらばするか。あまりイイ気はしねえが、王国と貴族の間がゴタゴタすんのもなんだしな」
 言いながら、弥勒は光球が消えて再び薄暗くなった森に、明かりとして『リトルファイア』を灯した。
 新たな光源にまた白い地面に別方向の長い影が落ちる。──自分たちのすぐ近くでゆらゆらと揺れる影。
 他の木々の影は全く揺れていないのに。ただ一つその陰だけが。ゆらゆらと揺れている……
「──ッ!」
「きゃっ!?」
 弥勒は智里の襟首を掴んで咄嗟に自分の背にかばった。直後、その揺れている樹の枝が複数、ハンターたちに向かって槍の如く突き出された。
 ──それはこの『白き森』で唯一の動く敵。大地に染み込む血の量が少ない場合にのみ獲物を求めて動き出し、再び犠牲者たちを混乱の坩堝に落とし込む『白き樹人』。その感知方法は智里の推測通り、地下茎による振動感知──
 弥勒は自ら『ソウルトーチ』を炊くと、その攻撃の半数以上を一手に引き受けた。鎧の最も防御力の高い面でその一撃を受け止めて──しかし、樹人の『水晶の剣』は、最も分厚いボディアーマーを貫き、弥勒の顔が苦痛に歪む。
 しゅるり、とワイヤーウィップを解いて、空中に銀糸を煌かせながら腕を振るうアデリシア。樹人が振るう枝葉の一へそれを巻き付け、全体重を掛けてそれを引いて敵の防御を押し開く。
 その開いた空間へ、蒼機剣を抜き放ったカズマが飛び込んでいった。突き出される枝葉をものともせずに怯むことなく樹人の幹へと肉薄し──迷いなき一閃でもって横一文字に樹人を断ち割る。
「Gyaaaaa……!」
 断末魔の叫びを上げて、倒れ伏す白き樹人。
 回復の為に駆け寄るサクラを背に、カズマは敵を見下ろし、呟いた。
「……こんな大して強くもない敵のために、王国軍はここまでの被害を出したってのか……」


 足音高く皆から離れた場所へと進み出て…… その場でドンドンと足踏みをした智里が暫し待ち…… 何事もないのを確認して心底ホッと息を吐き、くるりと皆を振り返る。
「どうやら能動的に攻撃を仕掛けてくる敵は、もうこの辺りにはいないようですね」
 その言葉に、地面に腰を落とすシレークス。ぁ~、酒が飲みたい。あと、食いもん。特に肉。血が足りねぇ……

 弥勒はその後に行われた遺体の回収作業にも参加した。
 罠に嵌った後も暫くは生きていたのだろう。若い貴族と思しき斥候の残した遺品──「故郷に帰りたい。両親に会いたい」との遺書を手に取り、やるせない気持ちで頭を振る……

 全ての遺体を回収したのち、森の外縁部は砲兵隊によって満遍なく吹き飛ばされた。
 が、『魔の森』は未だその全貌を明らかにしてはいない……

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重体一覧

参加者一覧

  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 壁掛けの狐面
    文月 弥勒(ka0300
    人間(蒼)|16才|男性|闘狩人
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/12/02 12:28:28
アイコン 相談です・・・
サクラ・エルフリード(ka2598
人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2017/12/04 01:30:49