ゲスト
(ka0000)
【陶曲】リズベリオ マリオネッタ
マスター:のどか

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/12/07 12:00
- 完成日
- 2017/12/14 17:48
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
オフィスの応接室で、2人の男女が向かい合って座っていた。
うち1人の女性は、浮かない顔で眉間に皺を寄せるルミ・ヘヴンズドア(kz0060)。
そしてもう1人の男性は――そんな彼女の姿を目の当りにしながらも、どこか不敵に笑みを絶やさぬ青年であった。
「さて……お話は理解していただけたと思いますが?」
上品ながらもどこか不躾な彼の言葉に、ルミは大きくため息で応える。
「ええ、仰りたいことは理解しましたよ。ただ、この内容でハンターさん達がお手伝いしてくださるとは……」
「それをどうにかするのが、斡旋役のあなたのお仕事では?」
一向に引けを取らないその言葉に、ルミは思わず苦い顔を覆う。
彼女が相談を受けていたのは1本の依頼だった。
内容は、目の前の青年をヴァリオスからポルトワールへ移動する間の警護を行うこと――すなわち『要人護衛』の依頼だ。
ただ、それに対して彼が突きつけて来た条件は2つ。
1つは、『要人』の正体を明かさないこと。
そしてもう1つは、可能な限り人目につかないこと。
「1つめはまだしも、2つ目は難しいんじゃないですか? ヴァリオスからポルトワールへの街道を通れば、どうしてもリゼリオを通過することになります。大勢のハンターさん達が住むこの街で、全く人目につかないというのは不可能だと思いますケド」
ルミの小言に、青年は小さく声を上げて笑う。
「なら、リゼリオを通らなければいい。今でこそ同盟4都市を結ぶ街道は流通の要として利用されていますが、王国時代に使われていた小さな旧道は無数に存在します。とりわけ商業的にも意義のあるリゼリオ経由ルートが確立されている今、多少難のある山道などは実に適していると考えていますが?」
下調べもバッチリの彼の提案に、ルミも思わず押し黙る。
だが、やがて彼女は青年の瞳を真っすぐに見据えた。
「分かりました。ただし、ひとつだけお伺いしたいことがあります」
「……なんでしょう?」
「今のあなたは、本当にあなた自身ですか……?」
その言葉に、彼は寂しい笑顔を浮かべながら、静かに首を横に振った。
「それは、信用してもらう他ありません。だからこそ私は、身の内を明かすことができない――」
それから時を置かずに、オフィスに1つの依頼が掲示された。
『要人護衛』と銘打たれたその依頼状には、出立地と目的地、依頼人の希望するルート、そして破格の報酬以外には何も記されていない。
依頼人すら分からない内容にハンター達は渋い表情で首をかしげるも、斡旋担当のルミが困った笑顔を浮かべながら彼らに声を掛けた。
「その方の身元は私が保証しますっ。だから……お願いできませんか?」
●
馬車を取り囲む一行は、ヴァリオス~ポルトワール間にそびえる山道へと足を踏み入れていた。
山と言ってもそれはゴツゴツした岩山のことではなく、なだらかな傾斜の連続する一見森のようなものである。
昔は当たり前に使われていたという話のとおり、今でこそ整備はされていないものの比較的歩きやすい。
ただ1つ難点があるとすれば、行く手を阻む濃い霧であった。
時期がら仕方の無いこととはいえ、ちょっと先の様子すらまともに見えない世界の中で、依頼を受けたハンター達も自然と陣を狭めて辺りの様子に気を張り巡らせる。
ふと、先頭を歩いていたハンターが手をひろげて歩みを止める。
何事かと尋ねる他のハンター達の言葉に、その者は自分達の行く手を静かに指差した。
地面の上に、何かが横たわっている影が見える。
野生動物だろうか?
このままでは馬車が通ることもできず、不信感を抱きながらも静かに影へと近づくハンター達。
張り詰めた緊張のせいか、念のため携行した獲物に手が触れる。
5m……4m……3m……そこまで近づいてようやくそれがなんであるのかが分かり、同時に竦んだように歩みもまた止まった。
――人だ。
道の上に人がうつ伏せに倒れている。
表情は伺えないが、胴に五体が生えた、確かに人の姿。
こんな場所に、どうして?
黒いワンピースに身を包んだその姿は特徴的だった。
そう、まるでお屋敷に努めるメイドのような――
「――あらあらあら、どうしてこんなところを人が通っているのかしら?」
――路上に人影に意識を取られていた時、不意に響いた若い女の声に、ハンター達は咄嗟に獲物を抜き放つ。
「ただの人じゃないのね……そう、姫様も運が悪いものだわ。ねぇ、ルチア」
霧に囲まれた雑木の中から、ぼんやりと歩いて来る人影が見えた。
徐々に距離を詰めてくるそれが紺色のメイド服を着た少女であることに気付いて、ハンター達はさらに警戒を強める。
その時、カラカラと乾いた音を立てながら、前方に倒れていた人影がムクリとその身体を起こす。
いや、人影に見えたそれは木製の人形。
黒いメイド服を着こんだそれは、カラカラと身を揺らして立ち上がると、ヒラヒラしたスカートの中から両手にナイフをつかみ取る。
それだけじゃない。
彼女が起き上がるのを見計らったかのように、カラカラ、カラカラ、カラカラと、四方八方から響く音。
霧に隠れて音だけ響くそれらが全て木偶人形であることを理解したとき、ハンターは自分達が既に包囲されていることを知る。
「本当に運が悪いわ。でも、しかたがないもの。それが私“たち”のおしごとだから」
なおも近づいて来る紺色メイドは、水色の髪のポニーテールを揺らしながら、青と赤、左右で色の違う靴のうち赤い方を履いている足を高々と掲げあげた。
「さぁさぁ、ルチア――お掃除をはじめましょ?」
オフィスの応接室で、2人の男女が向かい合って座っていた。
うち1人の女性は、浮かない顔で眉間に皺を寄せるルミ・ヘヴンズドア(kz0060)。
そしてもう1人の男性は――そんな彼女の姿を目の当りにしながらも、どこか不敵に笑みを絶やさぬ青年であった。
「さて……お話は理解していただけたと思いますが?」
上品ながらもどこか不躾な彼の言葉に、ルミは大きくため息で応える。
「ええ、仰りたいことは理解しましたよ。ただ、この内容でハンターさん達がお手伝いしてくださるとは……」
「それをどうにかするのが、斡旋役のあなたのお仕事では?」
一向に引けを取らないその言葉に、ルミは思わず苦い顔を覆う。
彼女が相談を受けていたのは1本の依頼だった。
内容は、目の前の青年をヴァリオスからポルトワールへ移動する間の警護を行うこと――すなわち『要人護衛』の依頼だ。
ただ、それに対して彼が突きつけて来た条件は2つ。
1つは、『要人』の正体を明かさないこと。
そしてもう1つは、可能な限り人目につかないこと。
「1つめはまだしも、2つ目は難しいんじゃないですか? ヴァリオスからポルトワールへの街道を通れば、どうしてもリゼリオを通過することになります。大勢のハンターさん達が住むこの街で、全く人目につかないというのは不可能だと思いますケド」
ルミの小言に、青年は小さく声を上げて笑う。
「なら、リゼリオを通らなければいい。今でこそ同盟4都市を結ぶ街道は流通の要として利用されていますが、王国時代に使われていた小さな旧道は無数に存在します。とりわけ商業的にも意義のあるリゼリオ経由ルートが確立されている今、多少難のある山道などは実に適していると考えていますが?」
下調べもバッチリの彼の提案に、ルミも思わず押し黙る。
だが、やがて彼女は青年の瞳を真っすぐに見据えた。
「分かりました。ただし、ひとつだけお伺いしたいことがあります」
「……なんでしょう?」
「今のあなたは、本当にあなた自身ですか……?」
その言葉に、彼は寂しい笑顔を浮かべながら、静かに首を横に振った。
「それは、信用してもらう他ありません。だからこそ私は、身の内を明かすことができない――」
それから時を置かずに、オフィスに1つの依頼が掲示された。
『要人護衛』と銘打たれたその依頼状には、出立地と目的地、依頼人の希望するルート、そして破格の報酬以外には何も記されていない。
依頼人すら分からない内容にハンター達は渋い表情で首をかしげるも、斡旋担当のルミが困った笑顔を浮かべながら彼らに声を掛けた。
「その方の身元は私が保証しますっ。だから……お願いできませんか?」
●
馬車を取り囲む一行は、ヴァリオス~ポルトワール間にそびえる山道へと足を踏み入れていた。
山と言ってもそれはゴツゴツした岩山のことではなく、なだらかな傾斜の連続する一見森のようなものである。
昔は当たり前に使われていたという話のとおり、今でこそ整備はされていないものの比較的歩きやすい。
ただ1つ難点があるとすれば、行く手を阻む濃い霧であった。
時期がら仕方の無いこととはいえ、ちょっと先の様子すらまともに見えない世界の中で、依頼を受けたハンター達も自然と陣を狭めて辺りの様子に気を張り巡らせる。
ふと、先頭を歩いていたハンターが手をひろげて歩みを止める。
何事かと尋ねる他のハンター達の言葉に、その者は自分達の行く手を静かに指差した。
地面の上に、何かが横たわっている影が見える。
野生動物だろうか?
このままでは馬車が通ることもできず、不信感を抱きながらも静かに影へと近づくハンター達。
張り詰めた緊張のせいか、念のため携行した獲物に手が触れる。
5m……4m……3m……そこまで近づいてようやくそれがなんであるのかが分かり、同時に竦んだように歩みもまた止まった。
――人だ。
道の上に人がうつ伏せに倒れている。
表情は伺えないが、胴に五体が生えた、確かに人の姿。
こんな場所に、どうして?
黒いワンピースに身を包んだその姿は特徴的だった。
そう、まるでお屋敷に努めるメイドのような――
「――あらあらあら、どうしてこんなところを人が通っているのかしら?」
――路上に人影に意識を取られていた時、不意に響いた若い女の声に、ハンター達は咄嗟に獲物を抜き放つ。
「ただの人じゃないのね……そう、姫様も運が悪いものだわ。ねぇ、ルチア」
霧に囲まれた雑木の中から、ぼんやりと歩いて来る人影が見えた。
徐々に距離を詰めてくるそれが紺色のメイド服を着た少女であることに気付いて、ハンター達はさらに警戒を強める。
その時、カラカラと乾いた音を立てながら、前方に倒れていた人影がムクリとその身体を起こす。
いや、人影に見えたそれは木製の人形。
黒いメイド服を着こんだそれは、カラカラと身を揺らして立ち上がると、ヒラヒラしたスカートの中から両手にナイフをつかみ取る。
それだけじゃない。
彼女が起き上がるのを見計らったかのように、カラカラ、カラカラ、カラカラと、四方八方から響く音。
霧に隠れて音だけ響くそれらが全て木偶人形であることを理解したとき、ハンターは自分達が既に包囲されていることを知る。
「本当に運が悪いわ。でも、しかたがないもの。それが私“たち”のおしごとだから」
なおも近づいて来る紺色メイドは、水色の髪のポニーテールを揺らしながら、青と赤、左右で色の違う靴のうち赤い方を履いている足を高々と掲げあげた。
「さぁさぁ、ルチア――お掃除をはじめましょ?」
リプレイ本文
前後不覚の霧の中で、カラカラと迫りくる音だけが敵の接近を判断する唯一の材料だった。
袖の内から符の束を取り出した夜桜 奏音(ka5754)は、柔らかな手つきでそれらを宙に投げつける。
彼女の手から離れた符たちは円状に馬車を取り囲むと、その内側を澄んだマテリアルの輝きで包み込んだ。
「これで、しばらく持つはずです。守りを固めておくに越したことはないですからね」
「それなら私も。結界は二重三重に重ねるものですぅ」
御者を務める星野 ハナ(ka5852)も、手早く2枚の符を取り出すと奏音の結界のさらに外へと陣を敷く。
ハナの結界による警戒ラインと、奏音の結界による防衛ラインが直ちに形成されていた。
「どこの誰だか知らねぇが、俺様の金蔓に手ぇ出したんだ。タダで帰れると思わねぇこったなァ!」
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)がその怒りを露にするかのように、身に帯びたマテリアルを熱く激しく滾らせる。
そのまま身の丈ほどもある超大型の魔導銃をこれ見よがしに振り回しながら、馬車の後方へと危なげなく歩みを進めた。
「あらあら、威勢が良いのね。その銃と私の魔砲とじゃ、どちらが強いのかしら?」
「げぇ、女……!?」
霧の中からゆらりと姿を現した紺色のメイド姿の歪虚を見て――素っ頓狂な声を上げて眼を見開き、また逸らすジャック。
それをあざ笑うようにケタケタと笑った紺色メイドは、スキップのように軽やかに地面を蹴ってふわりと天高く飛び上がった。
「夢幻城のメイド!? いや、それどころじゃねえ!」
咄嗟に銃を抜き放ったジャック・エルギン(ka1522)は、迫りくる敵目がけて銃を乱射する。
メイドは身を翻してそれを躱すと、落下の勢いを乗せながら彼のド頭狙って踵を振り下ろした。
が、その一撃は、間に滑り込んだレイピアの切っ先に弾かれる。
「その声。その出で立ち。忘れるわけがないよっ――ああ、まさかもう一度君と巡り合えるとはね。フランカ君!」
華のある笑顔を湛えながら、イルム=ローレ・エーレ(ka5113)は弾いた切っ先をそのまま紺色メイド――フランカの胸の中心へ狙って突き出した。
フランカは身を捻って刃を避けると着地して、ちょこんとお辞儀をして見せる。
「あらあらあら、こんな偶然あるかしら? ねぇルチア、あなたをこうした張本人にまた会えるだなんて」
言いながら赤い靴を履いた左足を印象付けるように一歩前へと踏み出した彼女を前に、イルムは背中越しにキョドる男へ視線を投げる。
「ここは任せて、スーパーなジャック君はアッチを頼むよ。そちらのジャック君もだ」
「おう……あの木偶の棒なら、まだ直視できそうだぜ」
わらわらと輪郭を浮き上がらせる木偶メイド達へと銃口を掲げるスーパーなジャックは、バックステップと共に大型魔導銃の引き金を絞った。
轟音と共に砕け散った木偶人形の木くずが降り注ぐ中、フランカの足が再び地面を蹴っていた。
「とーせんぼはメッ! じゃもん!」
馬車の前方では、道を塞ぐように起き上がった木偶メイドへ泉(ka3737)のアックスが叩きこまれていた。
巻き割りのように正中線を半分に叩き割られた人形は、乾いた音を立てて足元に転がる。
すぐさま別のメイドが包丁片手に飛び掛かるが、彼女は厚い刃でそれを受け止めると、そのまま敵の懐に顔を突っ込んでくんくんと鼻を鳴らした。
「なるほど、においはしっかりおぼえたんじゃもん!」
やがて勢いよく身を離すと、そのまま小柄な全身で体当たって無理やり歪虚を弾き飛ばす。
「くんくん……くんくん……わぁ、ほんとにいっぱいいるんじゃもん」
辺りを見渡しながら同じように鼻を慣らし、むすっとした表情で眉を潜める泉。
そんな彼女を追い抜いて、倒れた木偶人形へとジャックの赤いバスタードソードが叩きこまれた。
「状況が悪すぎる! おい、お客さん、少し荒っぽくなるぜ!」
残骸から剣を引き抜きながら、後方の馬車へ向かって声を荒げる。
「――ああ、やってくれ」
「わっかりましたぁ!」
同時に馬が甲高くわなないて、停車していた馬車は再び山道を滑り出していた。
(この感じ……とりあえず歪虚ではなさそうですけどぉ)
小首をかしげるハナが意識を向けていたのは、馬車の中の要人だった。
少なくとも、先ほど掛けた生命感知の結界にはしっかりとその存在が感じ取れている。
「あ、それ生きてないです。多分歪虚ですぅ!」
「おう、了解だぜ!」
霧の中、ぼんやりと浮かぶ敵影にジャックの銃弾が雨あられに叩きこまれた。
「しろいジャックは、てっぽうもうまいんじゃもん? すごいんじゃもん!」
手際のよい射撃に目を輝かせて、泉は「じぶんも」と意気揚々と山道の先へと走り出す。
道を塞ぐメイド達が立ちふさがるが、諸手で大きく薙いだ斧が次々とその脚を掬うように振り抜かれていく。
「じゃまじゃ…ワシのみちをふさぐな……って、じいちゃがいってたんじゃもん!」
下半身を砕かれて動けなくなった木偶人形は、無慈悲にも後から来た馬車に轢かれて吹き飛んだ。
そんな時、一筋の光の束が霧の中を切って走り抜けた。
不意に迫った熱源に、咄嗟にスーパーなジャックが真正面に躍り出て身構えた。
灼熱の熱線が轟音と共に彼の構える盾にぶつかり、四方へと飛び散る。
「何なんだよ、いったい!」
光の花びらが周囲に散り、熱線は細くたなびくように霧の先へと消えていく。
その堅牢な守りにダメージこそなかったが、赤熱する金色の盾は寒空の下に白い煙をなびかせる。
「おおー、くろいジャックもやるんじゃもん!」
立ち尽くしたまま後方の霧の中へ消えていく彼の姿を見やりつつ、泉の感心の瞳は再びトキメキを発してた。
「こんがりウェルダンだったのだけれど」
「残念だけど、熱いのは抱擁とキスだけにしてほしいね」
山道のはるか後方、ハート型に組んだ指を崩しながらフランカは至極残念そうに首を捻っていた。
身体を逸らせて彼女の魔砲を躱したイルムは、身を起こす反動でレイピアを次々と突き出し応戦する。
フランカは1つ1つを丁寧に躱してみせると、大きく一歩、バックステップで距離を取った。
「軽業はルチア君の専売特許と思っていたけれど、どうやらそうでもないのかな?」
「いいえ。ルチアの専売特許だからこそ、今は私の専売特許。2人を1つにしてくれたあなたには、とってもとっても感謝してるのよ。ねぇ、ルチア?」
そう言って持ち上げた左足にそっと口づけをしたフランカは、さらに大きく後退する。
彼女の影が白い世界に溶け込んで行って、イルムは矢継ぎ早にその姿を追う。
しかし距離を詰めたはずのその先に、彼女の姿は見当たらなかった。
「――霧の中での生活は、私の方が慣れているのよ」
どこからともなく響く鈴のような声に、イルムは慌ててその姿を探す。
「振られるのは今に始まったことではないけれど……傷つかないと言えば、嘘になるね」
どこか感傷的に眉の端を下げながら口惜しそうに奥歯をぐっと噛み締めていた。
ドシンと車体が縦に大きく揺れて、御者台の2人は咄嗟に頭上を振り返った。
そして屋根の上に立ったフランカの視線と合うと、彼女は楽し気に口の端を歪めてみせる。
「そんなっ、どこから!?」
「無賃乗車は許されないんですよぉ!」
ハナの振るった符が馬車を取り囲み、その中に光の柱を打ち立てる。
範囲内の敵を焼き尽くす五色光の陣だったが、フランカは光の中から脱するように馬車を飛び降りながら両の指でハートを模った。
「させるかよぉぉぉおおお!!」
ジャックが飛び掛かるようにして、敵の細い身体へとぶちあたる。
直後に発せられた熱線は、狙いの馬車から大きく射線を外しながらも天井の一部を貫いて遥か空へと消えていく。
「うわっ、何なんですか!? 私を差し置いて可愛いポーズで攻撃とか、そんなの絶対許されないですぅ!」
「怒るとこそこですか!? でも、最後のは同感です――」
驚いたような呆れたような微妙な表情の奏音だったが、一変して凛とした瞳を後方へ向けると、軽業師のようにぴょんぴょんと体勢を立て直して追いすがるフランカの姿を捉える。
「――二度撃たせることは許せません」
念じてマテリアルを込めた符は、風になびくようにばらばらと宙を舞うと、そのままフランカの手足に張り付いた。
「黒曜封印っ!」
呆気に取られるフランカの前で、張り付いた符から放出されたマテリアルが彼女の身体を蝕んでいく。
「あらあら、ニンゲンも面白い術を覚えたのね? とってもとっても楽しいわ!」
馬車が全速力を出せない中とはいえ、あっという間に霧を抜けて追いついてきた彼女は、深く身を沈めてから大きく大きく飛び上がった。
そのまま馬車を飛び越して、遥か前方の進路へ立ちふさがるように着地する。
「うわっ、なんかきたんじゃもん!?」
突然目の前に空から現れたメイドに飛び上がって驚いた泉は、それでも立ち止まることはできずに斧を握り締めて、獲物に飛び掛かる寅の双爪のごとく、分厚い刃を振り回す。
斬圧が紺色のメイド服を切り裂いて、その切れ端が宙を舞う――が、それは敵がスレスレのラインで斬撃を回避したからであり、泉の手には薪を叩き割ったかのような確かな手ごたえは感じられなかった。
一方のフランカは、泉の小さな懐を流れるように掻い潜って馬車の真正面へと踊り出る。
「だったら、このまま轢いてやるですぅ……!」
ハナが馬に鞭を打って、馬車は彼女目がけて速度を上げる。
流石にこの重量の体当たりではひとたまりも無いだろう――そう思った矢先に、敵の姿が唐突にふっと視界から消えていた。
「えっ?」
慌てて周囲に視線を巡らせるがそれらしい姿は見えない。
かと言って轢いたような衝撃もなければ、乗り移った形跡もない。
「どこに……」
「――くすくす、かくれんぼはルチアや姫様とよくやったのよ?」
不意に響いた不穏な声に、ハナと奏音は下を向いてギョッとする。
馬車の車体、その底から覗くフランカの薄ら笑みがそこにはあった。
女性のものとは思えない握力で車体沿いに這い出すと、御者台へ飛び乗って、術の行使中で身動きの取れない奏音へ微笑みかけた。
「この術、今度は私にも教えてくれるかしら?」
「だから無賃乗車は……!」
再び放たれたハナの光陣に、フランカはトンボ返りで御者台から飛び降りる。
そのまま空中で奏音目がけて突き出した左足が、ぱっくりと真ん中から左右に割れて開いた。
陶器でできた脚の内側には、アイアンメイデンを彷彿とさせる、ところ狭しと並んだ針が閃く。
その光景に息を飲むよりも早く、奏音目がけて放たれた鉄針の雨が降り注いでいた。
「おい、今なんかヤベー音が聞こえた気がするが大丈夫か!?」
彼目がけて押し寄せてくる大勢のメイド達に、小回りの利くリボルバーで応戦しながら、スーパーなくろいジャックは通信機のイヤリングへ向かって声を荒げた。
「くそっ! 次から次にわらわらと……“ぎゃるげえ”なら泣いて喜ぶシチュエーションなんだがな!」
その悪態は相手が歪虚だからか、それとも三次元だからか。
『だ、大丈夫ですぅ! 奏音さんが怪我をしたけど、命に別状は!』
「そうかよ、なら良かった――」
返事をしようとしたところで、空から降って来た青い塊がすぐ真横を転がって言葉を飲み込む。
「あら……お札は消えたみたい?」
「げぇ、紺色メイドっ!」
「今度はあなたが遊んでくれるの?」
スーパーなくろいジャックに、フランカはニッコリとほほ笑み掛ける。
彼女の四肢に張り付いた符が、霧の中へ霧散していくのが見えた。
「残念だけど、そのお相手はぜひボクに務めさせて貰いたいな!」
それを横から掻っ攫うように突き込まれたイルムのレイピアを、彼女は赤い靴の先から生やした短刃で受け止めてから切っ先を弾く。
「2人同時でも構わないのよ。こちらも2人掛かりなのだもの」
「彼は女の子と遊ぶのが苦手なようでね、勘弁してあげてくれないかな」
「そんな、純情男子みたいな紹介をするんじゃ――」
イルムの物言いにスーパーなくろいジャックは慌てて取り繕うも、その言葉はトランシーバーから聞こえたしろいジャックの言葉でかき消されていた。
『こっちはもう、メイドの姿がほとんど見えねぇ! おそらく、間もなく抜けるぜ!』
「おう、そうかよ……ッ!」
その声を聞くや否や、彼は懐から取り出した何かを力いっぱい、後続のメイド達目がけて投げつけた。
弧を描いて飛んだそれは、馬車の駆ける慌ただしい音を響かせながら深い霧の中へと消えていく。
同時に後ろに追従していた木偶メイドたちがわらわらと音のする方へと寄せ集まり、それを確認した2人は馬車の後を追って駆け出した。
「待って、遊んでくれるんでしょう?」
「追ってくるのは嬉しいけれど、君にはお姫様が待っているんじゃないかな?」
振り返りながらキスを投げたイルムに彼女はピクリと眉を動かすと、短い溜めから弾丸のような速さでイルム達の背中へと迫った。
その脹脛から長剣が飛び出したのが見えて、咄嗟に身構える2人。
だが鋭く振るわれた刃の一閃はその身体に掠ることすらなく、代わりにすぐ足元の地面を横一文字にえぐっていた。
「ここまでがお仕事を任された範囲なの。帰るなら、また遊びにいらっしゃい。ねぇ、ルチアも一緒に待ってるわ」
足を止めずに駆け抜ける中、立ち止まったフランカの姿は次第に霧の中の影となって消えていく。
それを遠目に見送って、こちらも完全に『撒いた』旨を先行の馬車隊へと通信機ごしに伝えていた。
「了解ですぅ。こっちも、もうメイドの姿はないので安心してくださぁい。依頼人さんも、安心してくださいね」
「いや、流石と言うべきか。見事な手際でしたよ」
ほっと一息ついてゆったり手綱を握るハナへ、馬車の中の声はその苦労を労った。
彼女の隣では、肩から腕にかけて真っ赤に血に濡れた奏音が慣れた手つきで止血作業に専念する。
「しかし、あのメイドがいるってことは……考えたくねぇが、藪蛇突いちまった気がしてならねぇな」
警戒のため先導についたしろいジャックは、難しい顔で後方の白い虚空を見つめていた。
推測が正しければ――災厄の1つがこの同盟に潜んでいることになるのだ。
そんな彼の胸のざわつきなどつゆしらず、ぐ~っと大きな音でお腹を鳴らした泉。
「にゃぁ……いっぱいがんばっておなかすいたんじゃもんんんん」
「そうですね。ポルトワールは美味しいお店が沢山あるそうですし、そこでゆっくり疲れを癒しましょう」
次第に晴れてくる霧の中で、奏音がニコリと微笑み返す。
やがて曇天から差し込む光の下で、山道から見下ろすポルトワールの街並みがハンター達の目の前に広がっていた。
袖の内から符の束を取り出した夜桜 奏音(ka5754)は、柔らかな手つきでそれらを宙に投げつける。
彼女の手から離れた符たちは円状に馬車を取り囲むと、その内側を澄んだマテリアルの輝きで包み込んだ。
「これで、しばらく持つはずです。守りを固めておくに越したことはないですからね」
「それなら私も。結界は二重三重に重ねるものですぅ」
御者を務める星野 ハナ(ka5852)も、手早く2枚の符を取り出すと奏音の結界のさらに外へと陣を敷く。
ハナの結界による警戒ラインと、奏音の結界による防衛ラインが直ちに形成されていた。
「どこの誰だか知らねぇが、俺様の金蔓に手ぇ出したんだ。タダで帰れると思わねぇこったなァ!」
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)がその怒りを露にするかのように、身に帯びたマテリアルを熱く激しく滾らせる。
そのまま身の丈ほどもある超大型の魔導銃をこれ見よがしに振り回しながら、馬車の後方へと危なげなく歩みを進めた。
「あらあら、威勢が良いのね。その銃と私の魔砲とじゃ、どちらが強いのかしら?」
「げぇ、女……!?」
霧の中からゆらりと姿を現した紺色のメイド姿の歪虚を見て――素っ頓狂な声を上げて眼を見開き、また逸らすジャック。
それをあざ笑うようにケタケタと笑った紺色メイドは、スキップのように軽やかに地面を蹴ってふわりと天高く飛び上がった。
「夢幻城のメイド!? いや、それどころじゃねえ!」
咄嗟に銃を抜き放ったジャック・エルギン(ka1522)は、迫りくる敵目がけて銃を乱射する。
メイドは身を翻してそれを躱すと、落下の勢いを乗せながら彼のド頭狙って踵を振り下ろした。
が、その一撃は、間に滑り込んだレイピアの切っ先に弾かれる。
「その声。その出で立ち。忘れるわけがないよっ――ああ、まさかもう一度君と巡り合えるとはね。フランカ君!」
華のある笑顔を湛えながら、イルム=ローレ・エーレ(ka5113)は弾いた切っ先をそのまま紺色メイド――フランカの胸の中心へ狙って突き出した。
フランカは身を捻って刃を避けると着地して、ちょこんとお辞儀をして見せる。
「あらあらあら、こんな偶然あるかしら? ねぇルチア、あなたをこうした張本人にまた会えるだなんて」
言いながら赤い靴を履いた左足を印象付けるように一歩前へと踏み出した彼女を前に、イルムは背中越しにキョドる男へ視線を投げる。
「ここは任せて、スーパーなジャック君はアッチを頼むよ。そちらのジャック君もだ」
「おう……あの木偶の棒なら、まだ直視できそうだぜ」
わらわらと輪郭を浮き上がらせる木偶メイド達へと銃口を掲げるスーパーなジャックは、バックステップと共に大型魔導銃の引き金を絞った。
轟音と共に砕け散った木偶人形の木くずが降り注ぐ中、フランカの足が再び地面を蹴っていた。
「とーせんぼはメッ! じゃもん!」
馬車の前方では、道を塞ぐように起き上がった木偶メイドへ泉(ka3737)のアックスが叩きこまれていた。
巻き割りのように正中線を半分に叩き割られた人形は、乾いた音を立てて足元に転がる。
すぐさま別のメイドが包丁片手に飛び掛かるが、彼女は厚い刃でそれを受け止めると、そのまま敵の懐に顔を突っ込んでくんくんと鼻を鳴らした。
「なるほど、においはしっかりおぼえたんじゃもん!」
やがて勢いよく身を離すと、そのまま小柄な全身で体当たって無理やり歪虚を弾き飛ばす。
「くんくん……くんくん……わぁ、ほんとにいっぱいいるんじゃもん」
辺りを見渡しながら同じように鼻を慣らし、むすっとした表情で眉を潜める泉。
そんな彼女を追い抜いて、倒れた木偶人形へとジャックの赤いバスタードソードが叩きこまれた。
「状況が悪すぎる! おい、お客さん、少し荒っぽくなるぜ!」
残骸から剣を引き抜きながら、後方の馬車へ向かって声を荒げる。
「――ああ、やってくれ」
「わっかりましたぁ!」
同時に馬が甲高くわなないて、停車していた馬車は再び山道を滑り出していた。
(この感じ……とりあえず歪虚ではなさそうですけどぉ)
小首をかしげるハナが意識を向けていたのは、馬車の中の要人だった。
少なくとも、先ほど掛けた生命感知の結界にはしっかりとその存在が感じ取れている。
「あ、それ生きてないです。多分歪虚ですぅ!」
「おう、了解だぜ!」
霧の中、ぼんやりと浮かぶ敵影にジャックの銃弾が雨あられに叩きこまれた。
「しろいジャックは、てっぽうもうまいんじゃもん? すごいんじゃもん!」
手際のよい射撃に目を輝かせて、泉は「じぶんも」と意気揚々と山道の先へと走り出す。
道を塞ぐメイド達が立ちふさがるが、諸手で大きく薙いだ斧が次々とその脚を掬うように振り抜かれていく。
「じゃまじゃ…ワシのみちをふさぐな……って、じいちゃがいってたんじゃもん!」
下半身を砕かれて動けなくなった木偶人形は、無慈悲にも後から来た馬車に轢かれて吹き飛んだ。
そんな時、一筋の光の束が霧の中を切って走り抜けた。
不意に迫った熱源に、咄嗟にスーパーなジャックが真正面に躍り出て身構えた。
灼熱の熱線が轟音と共に彼の構える盾にぶつかり、四方へと飛び散る。
「何なんだよ、いったい!」
光の花びらが周囲に散り、熱線は細くたなびくように霧の先へと消えていく。
その堅牢な守りにダメージこそなかったが、赤熱する金色の盾は寒空の下に白い煙をなびかせる。
「おおー、くろいジャックもやるんじゃもん!」
立ち尽くしたまま後方の霧の中へ消えていく彼の姿を見やりつつ、泉の感心の瞳は再びトキメキを発してた。
「こんがりウェルダンだったのだけれど」
「残念だけど、熱いのは抱擁とキスだけにしてほしいね」
山道のはるか後方、ハート型に組んだ指を崩しながらフランカは至極残念そうに首を捻っていた。
身体を逸らせて彼女の魔砲を躱したイルムは、身を起こす反動でレイピアを次々と突き出し応戦する。
フランカは1つ1つを丁寧に躱してみせると、大きく一歩、バックステップで距離を取った。
「軽業はルチア君の専売特許と思っていたけれど、どうやらそうでもないのかな?」
「いいえ。ルチアの専売特許だからこそ、今は私の専売特許。2人を1つにしてくれたあなたには、とってもとっても感謝してるのよ。ねぇ、ルチア?」
そう言って持ち上げた左足にそっと口づけをしたフランカは、さらに大きく後退する。
彼女の影が白い世界に溶け込んで行って、イルムは矢継ぎ早にその姿を追う。
しかし距離を詰めたはずのその先に、彼女の姿は見当たらなかった。
「――霧の中での生活は、私の方が慣れているのよ」
どこからともなく響く鈴のような声に、イルムは慌ててその姿を探す。
「振られるのは今に始まったことではないけれど……傷つかないと言えば、嘘になるね」
どこか感傷的に眉の端を下げながら口惜しそうに奥歯をぐっと噛み締めていた。
ドシンと車体が縦に大きく揺れて、御者台の2人は咄嗟に頭上を振り返った。
そして屋根の上に立ったフランカの視線と合うと、彼女は楽し気に口の端を歪めてみせる。
「そんなっ、どこから!?」
「無賃乗車は許されないんですよぉ!」
ハナの振るった符が馬車を取り囲み、その中に光の柱を打ち立てる。
範囲内の敵を焼き尽くす五色光の陣だったが、フランカは光の中から脱するように馬車を飛び降りながら両の指でハートを模った。
「させるかよぉぉぉおおお!!」
ジャックが飛び掛かるようにして、敵の細い身体へとぶちあたる。
直後に発せられた熱線は、狙いの馬車から大きく射線を外しながらも天井の一部を貫いて遥か空へと消えていく。
「うわっ、何なんですか!? 私を差し置いて可愛いポーズで攻撃とか、そんなの絶対許されないですぅ!」
「怒るとこそこですか!? でも、最後のは同感です――」
驚いたような呆れたような微妙な表情の奏音だったが、一変して凛とした瞳を後方へ向けると、軽業師のようにぴょんぴょんと体勢を立て直して追いすがるフランカの姿を捉える。
「――二度撃たせることは許せません」
念じてマテリアルを込めた符は、風になびくようにばらばらと宙を舞うと、そのままフランカの手足に張り付いた。
「黒曜封印っ!」
呆気に取られるフランカの前で、張り付いた符から放出されたマテリアルが彼女の身体を蝕んでいく。
「あらあら、ニンゲンも面白い術を覚えたのね? とってもとっても楽しいわ!」
馬車が全速力を出せない中とはいえ、あっという間に霧を抜けて追いついてきた彼女は、深く身を沈めてから大きく大きく飛び上がった。
そのまま馬車を飛び越して、遥か前方の進路へ立ちふさがるように着地する。
「うわっ、なんかきたんじゃもん!?」
突然目の前に空から現れたメイドに飛び上がって驚いた泉は、それでも立ち止まることはできずに斧を握り締めて、獲物に飛び掛かる寅の双爪のごとく、分厚い刃を振り回す。
斬圧が紺色のメイド服を切り裂いて、その切れ端が宙を舞う――が、それは敵がスレスレのラインで斬撃を回避したからであり、泉の手には薪を叩き割ったかのような確かな手ごたえは感じられなかった。
一方のフランカは、泉の小さな懐を流れるように掻い潜って馬車の真正面へと踊り出る。
「だったら、このまま轢いてやるですぅ……!」
ハナが馬に鞭を打って、馬車は彼女目がけて速度を上げる。
流石にこの重量の体当たりではひとたまりも無いだろう――そう思った矢先に、敵の姿が唐突にふっと視界から消えていた。
「えっ?」
慌てて周囲に視線を巡らせるがそれらしい姿は見えない。
かと言って轢いたような衝撃もなければ、乗り移った形跡もない。
「どこに……」
「――くすくす、かくれんぼはルチアや姫様とよくやったのよ?」
不意に響いた不穏な声に、ハナと奏音は下を向いてギョッとする。
馬車の車体、その底から覗くフランカの薄ら笑みがそこにはあった。
女性のものとは思えない握力で車体沿いに這い出すと、御者台へ飛び乗って、術の行使中で身動きの取れない奏音へ微笑みかけた。
「この術、今度は私にも教えてくれるかしら?」
「だから無賃乗車は……!」
再び放たれたハナの光陣に、フランカはトンボ返りで御者台から飛び降りる。
そのまま空中で奏音目がけて突き出した左足が、ぱっくりと真ん中から左右に割れて開いた。
陶器でできた脚の内側には、アイアンメイデンを彷彿とさせる、ところ狭しと並んだ針が閃く。
その光景に息を飲むよりも早く、奏音目がけて放たれた鉄針の雨が降り注いでいた。
「おい、今なんかヤベー音が聞こえた気がするが大丈夫か!?」
彼目がけて押し寄せてくる大勢のメイド達に、小回りの利くリボルバーで応戦しながら、スーパーなくろいジャックは通信機のイヤリングへ向かって声を荒げた。
「くそっ! 次から次にわらわらと……“ぎゃるげえ”なら泣いて喜ぶシチュエーションなんだがな!」
その悪態は相手が歪虚だからか、それとも三次元だからか。
『だ、大丈夫ですぅ! 奏音さんが怪我をしたけど、命に別状は!』
「そうかよ、なら良かった――」
返事をしようとしたところで、空から降って来た青い塊がすぐ真横を転がって言葉を飲み込む。
「あら……お札は消えたみたい?」
「げぇ、紺色メイドっ!」
「今度はあなたが遊んでくれるの?」
スーパーなくろいジャックに、フランカはニッコリとほほ笑み掛ける。
彼女の四肢に張り付いた符が、霧の中へ霧散していくのが見えた。
「残念だけど、そのお相手はぜひボクに務めさせて貰いたいな!」
それを横から掻っ攫うように突き込まれたイルムのレイピアを、彼女は赤い靴の先から生やした短刃で受け止めてから切っ先を弾く。
「2人同時でも構わないのよ。こちらも2人掛かりなのだもの」
「彼は女の子と遊ぶのが苦手なようでね、勘弁してあげてくれないかな」
「そんな、純情男子みたいな紹介をするんじゃ――」
イルムの物言いにスーパーなくろいジャックは慌てて取り繕うも、その言葉はトランシーバーから聞こえたしろいジャックの言葉でかき消されていた。
『こっちはもう、メイドの姿がほとんど見えねぇ! おそらく、間もなく抜けるぜ!』
「おう、そうかよ……ッ!」
その声を聞くや否や、彼は懐から取り出した何かを力いっぱい、後続のメイド達目がけて投げつけた。
弧を描いて飛んだそれは、馬車の駆ける慌ただしい音を響かせながら深い霧の中へと消えていく。
同時に後ろに追従していた木偶メイドたちがわらわらと音のする方へと寄せ集まり、それを確認した2人は馬車の後を追って駆け出した。
「待って、遊んでくれるんでしょう?」
「追ってくるのは嬉しいけれど、君にはお姫様が待っているんじゃないかな?」
振り返りながらキスを投げたイルムに彼女はピクリと眉を動かすと、短い溜めから弾丸のような速さでイルム達の背中へと迫った。
その脹脛から長剣が飛び出したのが見えて、咄嗟に身構える2人。
だが鋭く振るわれた刃の一閃はその身体に掠ることすらなく、代わりにすぐ足元の地面を横一文字にえぐっていた。
「ここまでがお仕事を任された範囲なの。帰るなら、また遊びにいらっしゃい。ねぇ、ルチアも一緒に待ってるわ」
足を止めずに駆け抜ける中、立ち止まったフランカの姿は次第に霧の中の影となって消えていく。
それを遠目に見送って、こちらも完全に『撒いた』旨を先行の馬車隊へと通信機ごしに伝えていた。
「了解ですぅ。こっちも、もうメイドの姿はないので安心してくださぁい。依頼人さんも、安心してくださいね」
「いや、流石と言うべきか。見事な手際でしたよ」
ほっと一息ついてゆったり手綱を握るハナへ、馬車の中の声はその苦労を労った。
彼女の隣では、肩から腕にかけて真っ赤に血に濡れた奏音が慣れた手つきで止血作業に専念する。
「しかし、あのメイドがいるってことは……考えたくねぇが、藪蛇突いちまった気がしてならねぇな」
警戒のため先導についたしろいジャックは、難しい顔で後方の白い虚空を見つめていた。
推測が正しければ――災厄の1つがこの同盟に潜んでいることになるのだ。
そんな彼の胸のざわつきなどつゆしらず、ぐ~っと大きな音でお腹を鳴らした泉。
「にゃぁ……いっぱいがんばっておなかすいたんじゃもんんんん」
「そうですね。ポルトワールは美味しいお店が沢山あるそうですし、そこでゆっくり疲れを癒しましょう」
次第に晴れてくる霧の中で、奏音がニコリと微笑み返す。
やがて曇天から差し込む光の下で、山道から見下ろすポルトワールの街並みがハンター達の目の前に広がっていた。
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相談用スレッド ジャック・エルギン(ka1522) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/12/07 00:15:37 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/12/05 23:09:30 |