鬼火の機体と錬魔の異端

マスター:火乃寺

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/12/06 15:00
完成日
2018/05/15 11:18

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 先だっての帝国皇帝の宣言から、混迷を深める帝国の民。
 しかしそれに構う事無く、暴食王ハヴァマールと、配下の歪虚軍勢は迫り来る。士官候補養成機関であるイルリヒト機関でも、錬魔院の下部組織として様々な下準備に借り出されていた。普段は余り仲がよろしくなくとも、帝国の存亡を賭けた一戦となれば私情を捨て公の為に協力し合う事に否を唱える者などいない。彼らは、国を想い、或いは家族を想い、護る為に機関の門を叩いたのだから。

 そんな慌しい雰囲気の中で、教官室の一つを訪ねる候補生の姿がある。
「入りたまえ」
 ノックに応じて扉越しに声をかけたブラワー教導官は、礼を持って入室する教え子の姿を確認すると、立ち上がって応接セットの方へ歩む。その足元で、義足の輾む音が小さく鳴り響く。
「クワンナイン・オヒム候補生、お呼びと伺い、参りました」
「うむ、まずは掛けたまえ。忙しい中、呼びたててすまんな」
「いえ、構いませんわ。忙しいとは言っても、私たち候補生は正規の軍属では在りませんから」
 『卒業』すれば即座に何れかの師団に士官として配属されるとはいえ、現状は正規兵未満の半端者というのが公的な立場である。例え実力で並みの師団兵を上回る者がいるとしても、軍隊、組織としては彼らに重要な任務を任せる様な真似はしない。それが軍規というものである。
「そうだな。だが、実験部隊は戦闘力を持った集団。此度の決戦に置いても、敵歪虚に対する配置がされている」
「正規軍の、露払いとしてですから……そこまで心配頂く事はありませんわ」
「いや、確かにそうなのだが……いかんな、教え子たちがいざ戦場に出ると思うと、老婆心がつい、な」
「ふふ……、教官の教えを実践する機会だと、皆張り切っておりますわよ?」
「そ、そうか、……ごほん。本題に入ろう。現在、暴食王の軍勢侵攻が確認されているが、それに刺激されてか各地で雑魔や下級歪虚の活動が活発化しだしているのは知っているか?」
「ソサエティに出入りしている中で、多少は耳に」
 王が動くとなれば、何らかの影響があるのだろう。普段よりも雑魔討伐の依頼が確かにソサエティでは増えていた。
「その中でも、緊急性が高く、割とデカブツがな。地図で言うと……ここだ」
 あらかじめ、互いの間に合った卓子に広げてあった地図の一転を指差し、ブラワーが子細を語る。
「目撃されたのは、この町に近接する針葉樹林の中だ。狩人たちから警備兵に齎された証言から、相手は大蛇型が数体……と、恐らくは多頭が一体」
「はっきりとはしませんでしたのね?」
「流石に、魔導アーマーも配備されておらん小さな町の兵に、直接確認せよとは命じられんよ。その後、軍の斥候兵が派遣されて大体の事は掴めたが、全てとは行かなかったらしい」
「なる程……。軍は帝都の守りを固める為、戦力が割きがたい。ならば私達半端者を、という所ですかしら?」
「そうだ。しかし、問題は別にあってな……」
 若干、怒気を含んで顔を歪めた教官の様子に、色々と可能性を考えた上で、一つの可能性を訪ねる」
「はらぐ……いえ、錬魔院辺りが何かを?」
「……ふぅ、緊急性が高いと言うのに、実戦があるのなら試作技術のテストをとねじ込んできおった」
「またですの……」
 候補生はハンターの身分を持つ者が多く、『卒業』の為にその方面で実績を積むのが手っ取り早い手段の一つでもあった。それゆえか、実戦に出る彼らの情報を何処からか嗅ぎ付け、こうやって上から押し付ける案件が少なくない。だから嫌われるのである。
「依頼者は錬魔院でも『異端』と呼ばれる……まあ、要はあそこですら変わり者扱いの博士、シュワッザー・ザイヴァイ氏。試作技術の資料は、これだ」
「拝見致しますわ」
 暫らくの間、資料に目を通すオヒム候補生。やがてその一部に目を止め、その周辺を幾度と読み返す。彼女が何処に目を止めたのか自身でもよく分かる為、急かしたりはせず、喉を潤す為の紅茶を淹れようとブラワーは席を離れるのだった。

「教官、資料として纏められている以上は疑惑う訳ではありませんが……本当に、これは『安全』な技術ですの?」
「少なくとも『彼は』そう言っているな。パイロットに悪影響は無い、何度も実験し、実証したそうだ」
「……ですが、破損率が」
「対象にした兵装は、全て例外なく破損してしまう、だな。正直、継戦能力を考えれば役に立つかは微妙な技術だろう」
「それに、一時的にですが、その他の出力も」
 互いに眉を蹙めて、問題の資料を見下ろす。下部組織としては、候補生に明確な『危険』が無いのなら、この依頼を拒絶するのは難しいと両者も理解していた。明確ではなくとも、少々『危険かもしれない』の範囲であれば、将来の士官として臆するなどあってはならない。それでは養成機関としての存在意義が疑惑われる。

「戦力として、部隊その物を向わせたくはあるが、知っているように各所への協力に人員を派遣している為、難しい」
「依頼として、ハンターを募るという訳ですわね」
「そう云う事だ。試作技術の搭載に関しては、貴官の機体にまず一基、予備に二基ある。雇った者の中に協力してくれる機体があれば、君の権限で搭載の判断を許可する。最低、君の機体での試験運用結果だけでも構わん」
 資料の要綱はレベルは低いが一応軍機扱いの為、余り広く知られるのも望ましくない。技術情報の開示は禁止とするという一文もあった。
 その上無理矢理ねじ込まれた案件である。多少なりとデータを取ったという体裁が繕えればいいと、教官は考えているようだった。
「了解致しました。……しかし、この名称は他にも機能がある、ということかしらね?」

 試作システム『トレス・ヴォタ』――「三つの願い」という意味を持つその名を見つめ、オヒムは小さく呟いた。

リプレイ本文

●針葉樹の危機
 雪に耐え風を遮り、いつかは建材としても役立つはずの針葉樹。
 そんな貴重な木々がみしみしと不吉な音をたてていた。
「音はすれども姿は見えず」
 美しい塗装と装飾を施されたエクスシアが、平然とした足取りで森の中に踏み込んだ。
 近くの街の人間が定期的に手入れしていたようで、全高8メートルのCAMが通れる空間はある。
 HMDで隠れたディヤー・A・バトロス(ka5743)の額に、じわりと嫌な感じの汗が浮かんだ。
「センサに反応なしで殺気は複数。まずいのー」
 マイクを切って愚痴をこぼす。
 蛇は天然サーモグラフィを持つ森のハンターだ。
 それが全長10メートルになるとほとんど怪獣である。
「また囮をすることになるとはな」
 弱き者が餌となり強き者が生き残る。
 過酷な環境ゆえに成立した故郷の掟を思い返し、一瞬にも満たない間遠い目をする。
 ディヤーの思考をエクスシアが把握する。
 CAM基準でハンドガンサイズの銃が静かに持ち上げられ、一切の予兆無く火を噴いた。
 何もないはずの空間が揺れる。
 HMDに映る映像が更新され、少量のペンキにまみれた巨大蛇の姿が浮き上がった。
「さあ、祭りの始まりじゃー!」
 大蛇型歪虚が奇襲から強襲に切り替える。
 全身の筋を使って頭を前へ。
 重さと頑丈さを兼ね備えた高速頭突きがディヤーのジャウハラを狙う。
「よっ、はっ」
 白いエクスシアが優雅に踊る。
 当たれば戦車も危険な頭突きは全て躱され木の幹だけがダメージを負う。
「全ては人の笑顔のため」
 年相応の子どもらしい振舞いを戦場でも貫く。
 確かな技術と強靱な心に裏打ちされた動きには華があり、歪虚対ハンターの命をかけた戦いが派手な演劇のようにも見える。
「まったく、我が師がいなければどうなっていたことか」
 予め茂みを排除して作った空間へ移動し振り向きざまに発砲。
 斑色の表皮に蛍光色ペンキが広がり、エクシアが2体目の大蛇型歪虚を認識した。
「死体にスリープクラウドは効かんからなぁ」
 自機をぎりぎり巻き込まない距離でファイアーボールを発動させる。
 岩を溶かせるような圧倒的攻撃力はないのだが、広い効果範囲の術は大蛇型の巨体に非常によく効く。
 歪虚の動きがゆっくりと確実に弱っていき、最後には尻に帆を掛けて逃げ出した。
 二足歩行のCAMよりは森での活動に向いているので、ジャウハラの足では追い切れない。
「任せたぞー」
 大蛇型2つが視界から完全に消えると同時に銃声が2つ。
 森の外へ追い出された蛇が、待ち伏せしていたハンターに討たれた音であった。

●大蛇
 最新の機体と比較すれば性能は控えめとはいえ十分に頑丈かつ強力なはずの魔導型デュミナスが、半死半生の大蛇型歪虚に巻き付かれていた。
「チッ、ドジこいたか!」
 コクピット周辺の装甲が悲鳴をあげている状況で、藤堂研司(ka0569)は不敵に笑ってボタンを押し込んだ。
 紐付きの錨が極太幹に撃ち込まれる。
 リールが巻き上げられると同時に、機体の大型ブースターが全力で稼働する。
「そんじょそこらの巻付きで俺のパリスのフルブーストに対抗できると思うなよ!」
 大蛇型と魔導型デュミナスの力が拮抗する。
 歪虚は既に全力を出している。
 対する研司の愛機は、研司が手間をかけて整備した分まだ余裕がある。
「PBW全開! 振り切れ、パリスゥゥゥッ!!」
 蛇の巨体がみちりときしむ。
 力が緩み、大蛇と余り変わらない大きさの機体がすっぽ抜けた。
「やっぱりいたなぁ!」
 ブースターで速度を落として着地の後発砲。
 かなり無理矢理に装填されたペイント弾が吐き出され、保護色を活かした不意打ちを試みた個体を真っ黄色に染め上げる。
「う、うーむ」
 VRHMDに警告が表示される。
「使い過ぎると研司砲が壊れちまうな」
 ペイント弾使用時ダメージが大きい。
 この場での攻撃は諦め逃走へ変更。CAMとしては速いが枝の下を通れる蛇の方がわずかに速い。
「ちっ、追いつかれる」
 演技による焦った声を聞き、追って来る2頭の大蛇型が嫌らしく笑った。
 そして、笑ったままの首から上が切り離されて地面に落ちる。
 黒い機体が全長8メートルの刃を振りきっている。
 うちに秘められた巨大な力を示すように、機体の各所に青緑色の光が浮かんでいた。
「キヅカさん、もう使っちまったのか?」
 キヅカ・リク(ka0038)のインスレーター・セイバーフォームには試作システム搭載が搭載されている。
 数十秒にわたりCAMの力を弱める代わりに凶悪な一撃を可能にする、メリットともデメリットも凄まじいシステムだ。
「いや」
 央崎 枢(ka5153)の機体が銃撃する様を横目で見ながら一旦後退。
 剥き出しの刃をちらりと見る。
「多用は避けるべきだと思う」
 少し触ってみただけでも嫌というほどわかる。
 これは、使用の際に生じる隙が多すぎる。
「破損が気になるなら俺のブレードを使ってくれ。パリスの接近戦を支える俺の至高の一振り! インスレーターに十分見合うはずだ!」
 研司からの信頼が非常に心地よい。
 が、キヅカのハンターとしての本能もゲーマーとしての知識も、危機感に限りなく近い警告を発していた。

●釣り
「おかわりじゃ」
 白いエクスシアが木々の間から顔を出した。
「2体、確かに受け取った」
 待ち構えていたエクスシアが槍を手に仕掛ける。
 回転式の穂先が勢いよく回り、補助スラスターが対崎 紋次郎(ka1892)のストライトの速度を一段階上げさせる。
 ドリルが鱗を砕いて肉まで刺さる。
 傷口からこぼれた体液が大蛇型歪虚を伝うが、大きさに比例した能力を持つ大蛇型にとってはかすり傷に近かった。
 大蛇型2体が狙いをストライトへ変更。
 確実に壊して中の紋次郎を食らおうと、足止めにもなる巻き付き攻撃を積極的にしかけていく。
「引っかかったな」
 常時展開中のイニシャライズフィールドが、大蛇型から噴き出すマテリアルを中和している。
 その結果巻きつきの圧力が減り、ストライトの手足1本を巻き込むこともできない。
 大重量の胴とストライトの装甲が触れ合うこともあるが、接触面に展開された光障壁が自壊することで機体へのダメージを軽減している。
「受け取れ」
 ハンドグレネードを投擲、
 プラズマが弾け、大型歪虚の全身から妙に食欲をそそる香りが溢れた。
「おー、来た来た。じゃ、狩りの時間だ」
 紅い機体が脇に抱えた大型砲から、砲身と口径から予想される威力の数割増しの砲弾が放たれる。
 2発が2匹の蛇に同時に着弾。
 強烈な衝撃が巨体を駆け抜け神経と筋を大きく傷つける。
 大蛇はまだ生きている。
 2体とも全身を巧みに使って速度を上げて森を目指す。
「いい仕事だ。助かるよ」
 だが紋次郎が十分引きつけていたので一息に森には入れない。
 歪虚を状態異常に陥らせたり、歪虚を貫通するような特殊な攻撃はしかけない。
 2つの砲弾を2つの対象を浴びせる技を使って強力な打撃を送り込むだけだ。
 わずかに小さい大蛇が痙攣して動きを止める。
 もう1体も紋次郎によるプラズマが覆に覆われ傷口から中まで焼き焦がされる。
 町に入り込めば1体でも3桁の被害が出たはず歪虚が、何もなせずに薄れて消えていった。
「問題はここからなんだよな。動体センサーと……サーモは蛇じゃ意味ねぇな」
 落ち着いた赤色のオファニムが大型砲に再装填する。
 歪虚が現れたら即座に反応できる体勢なのだが、その歪虚が全く見当たらない。
 時折木が不自然に揺れるのでいるのは確かだ。
 アニス・テスタロッサ(ka0141)と射撃術とレラージュ・ベナンディの組み合わせても、歪虚が見えない状況では当たる気がしない。
「そーいや、多頭型がいるとか何とか言ってたな。こういう流れの時にゃ、ボスキャラがいるって相場が決まってんだよなぁ」
 殺気を消して森へ銃口を向ける。
 すると、木の揺れが急に消えて物音がしなくなった。
 アニスがため息をつく。
 どうやら、怯えられてしまったらしい。
「視野を広く持って、被害を出さぬように……だな」
 紋次郎が防衛戦の基本を改めて意識する。
 今回集まったハンターなら、強力な個体がいても短時間なら持ち堪えられる。
「町を守れば後はどうにでもなる」
 機体の設定を変更して魔導演算装置「マディア」を酷使する。
 躱すときと当てるときほどには役立たない。それでも敵の位置を予想する助けにはなる。
「歪虚がいる可能性が高いのは5箇所。町に入り込む可能性があるのはこことここか」
「情報くれ。俺が勢子をやる」
 紋次郎は素早く情報伝達を終え、木が疎らな箇所を選んで町へと進んでいく。
「引きずり出せりゃめっけモンだ。ハズレならそれはそれで」
 渡された情報をもとに、アニスは勘と経験に基づき当てるつもりの1発を送り込む。
 砲弾に触れた葉と枝が揺れ、微かに生じた地響きをオファニムが捉える。
 歪虚は沈黙したままだ。
 弾数には余裕があるとはいえ、アニスの予備弾倉が次々に消費される。
「我慢強いな」
 動かないならそれでも構わない。狩人が追い詰め討ち果たすだけだ。
 町の壁まで到達した紋次郎が、森の中心部に比べると密度の薄い林から蛇の移動跡を見つけ出す。
 素早く移動して隠密移動中の蛇に近づき、プラズマグレネードを取り出しそっと押すように投げる。
 隠れているつもりの大蛇型の口にするり入り、かなり奥で起爆する。
 内側を焼き尽くしても残ったプラズマが、竜のブレスの如く口から噴き出した。
「1体排除。射撃可能距離に2体目を確認」
 大蛇が木々の間を滑るようにして近づいて来る。
 牙からしたたる毒液が、太い木の根を溶かして煙を発生させる。
 そこへ非実体の弾が着弾。
 牙にひびが入り、蛇の頭に2発当たって微妙に変形させる。
 大蛇がふらつきながら町の方向へ突き進む。
 紋次郎は槍を両手で逆手に持たせ、絶妙のタイミングで真下へ突き出す。
 蛇の上あごと下あごが、まとめて地面に縫い付けられる。
 処理完了まで10秒もかからなかった。

●新システムの脅威
 クキュー、クキューと怯えた声が響く。
 リーリー莉邏は主の陰に隠れようと主を探し、背中から頭を撫でられて主の居場所に気づく。
「ゆるりと参ろう」
 主である蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)の要求は過酷であった。
 普通に駆ければだいたいのものを置き去りにすることができるのに、莉邏は成人男性の早歩き程度の速度で森の中を散策することを強いられる。
「鬼遊びとは懐かしいのう……此度の鬼は大蛇であるか」
 莉邏の足取りが少しだけ乱れた。
 時折振り返りたそうにするのは、今すぐ逃げたいという意思表示だ。
 毒液が1滴頭上から落ち、莉邏の周囲を舞う風に吹き飛ばされた。
「上1、11時方向に2」
 リーリーが全力を出す。
 強烈な踏み込みで草が砕かれ湿った破片が宙に舞う。
「鬼様此方……とな……ほれ、莉邏。駆けるぞ」
 強ばった顔の莉邏とは対照的に、悠然と振り返り大蛇型歪虚を観察する。
 この敵は生命力が強く装甲は薄い。
 回避はリーリーに任せて歪虚に雷霆を浴びせれば確実に勝てる。
 しかし敵はこれが最後とは限らない。
「後はリューに任せるとしよう。春嵐の舞、翔る乙女は一片の花弁。其の身は風に、軽やかに舞え」
 艶のある声で謡い扇を翻し、莉邏を守る風を継続させる。
 毒汁が緩い弧を描いて上からリーリーに迫る。
 今度は風では防げないほど多く、しかし莉邏は素晴らしい反応で左に跳んで空振りさせるだけでなく次に右へ跳んで最短のルートを継続した。
「もう少しじゃぞ」
 精神的には追い詰められていた莉邏が表情を引き締め、僅かにあいた空間をすり抜けるように森の外へ出た。
「トレス・ヴォタ、か。ま、使ってみるさ」
 リュー・グランフェスト(ka2419)が静かに宣言した。
 紅のエクスシアが不気味な光に照らされている。
 光の源は高性能兵器であるマテリアルライフル「イースクラW」。
 許容範囲をはるかに超えるエネルギーを注がれたのに安定していて爆発もしない。
「リュー・グランフェスト。紅龍、出る!」
 リーリーが紅のエクスシアの頭上高くを跳び越える。
 追撃する3体の蛇が、押し合い圧し合いしながら10秒以上後れて森の中から抜け出した。
 機紅龍のスキルトレースシステムが熱を持つ。
 優れた闘狩人であるリューの動き再現するのは高性能機であっても厳しい。
「これ、正気か?」
 機体越しに伝わってくる気配が異常だ。
 驚きはしてもリューの心身に乱れはない。
 ライフルの銃口から紫色の光を地面と水平に解放する。
 しゅっ、と音が聞こえた。
 手応えも何もなく、3匹いたはずの大蛇型歪虚が1体に減っていた。
「ユニット専用武器であの威力が出るのか」
 威力のみなら、少数のハンターが持っている武器の方が強い。
 だがCAM基準の長射程武器でこれを上回るのは、サルバトーレ・ロッソのマテリアル粒子砲くらいかもしれない。
「情報通りの故障を確認。……これ大丈夫なんだろうな?」
 HMDに表示された武器の状態が非常にまずい。
 多分直してくれるとは思う。少しは覚悟していた方がいいかもしれない。
 恐怖で逆上した大蛇型は突撃してくる。
 先程までとは違いエネルギーチャージの必要はない。
 紅龍は十分なエネルギーを使って易々と躱し、躱すついでに斬機刀で一刺し、よろめいた大蛇を一切りしてもまだまだ生きているのに気づく。
「隙じゃと思うたか?」
 リーリーの蹴りの衝撃が大蛇の方向をずらす。
 鋭さだけなら魔剣じみた牙が無意味な場所を空振りする。
「残念じゃのう、手出しはさせぬよ」
 左に再度ジャンプ。
 横に首を振ることで振りまかれた毒が、リーリーがいなくなった場所と大蛇型歪虚自身を腐食させる。
「折角の愛機、それに玉の肌に然様な傷は負いとう無いのう」
 からかうように蜜鈴が言うと、マイクとスピーカー越しにリューの苦笑が聞こえた。
「運が良かっただけだ。どんな相手でも紛れ当たりはあるよ」
 リューの機体には、傷一つなかった。

●3つ首の蛇
 眷属達はろくな抵抗も出来ずに滅ぼされた。
 それをなしたのはたったの8人。
 かつて竜扱いされたこともあるその歪虚は、8人が全員合流する前に最も近くの3人を食らおうと身を起こした。
「んなっ? キヅカさん!」
 パリスが強引に振り向き発砲。
 大口径魔導砲の反動で上半身を大きく揺らす。
 マテリアルで加速された大型弾が、茂みに隠された穴から身を起こした直後の三頭大蛇に背後から突き刺さる。
 揺れさえしない。
 鱗が肉が凹み体液が流れ出すが歪虚の巨体と比べると被害は非常に小さい。
 真っ当な蛇と比べると異様なほどに禍々しい形の頭が、3つ同時にキヅカ機を襲う。
 高性能CAMでも躱しきれない同時攻撃だ。
 だからキヅカは、浮遊盾と斬艦刀で頭3つを受け流して被害を最低限に止めた。
「さすが!」
 研司ははしゃいでいる。キヅカは少し渋い顔だ。
 予想より強い。
 これではトレス・ヴォタのリスクも上昇修正が必要だ。
 堤防が爆破されるのに似た音が生じる。
 その音は、央崎機がCAMブレードを突き立てた蛇の腹から聞こえた。
「日本に八岐大蛇伝説ってのがあるけど、それと比べりゃ首の数は少ないね」
 至近にある1本が邪魔で残り2本が攻撃に参加できない。
 腐食毒まみれの蛇牙がウォルフ・ライエに迫り、スラスターを吹かされ完全に回避される。
「リク」
「ああ」
 町への進路を塞ぐ形で2機のCAMが位置を変えた。
 三頭大蛇の目には強い食欲と狡猾な光がある。
 足止めを優先しないと、歪虚蛇とっての餌が大量にある町が襲われる可能性があった。
「任せろ」
「頼む」
 ウォルフ・ライエが攻勢を仕掛け、インスレーター・SFが援護を重視した消極的な攻めをする。
 戦いに寄与はしているが腰が退けていて、狙い易い央崎機に攻撃が集中することになる。
 他の大蛇型より倍は重い頭が急接近。
 スラスターを吹かせて回避はするが、続いて飛んできた毒と尻尾が装甲を掠める。
 十分な装甲が施された箇所への被弾だったのでまだ戦えはする。だがこのままでは持ちこたえることはできない。
 中央の蛇が、勝利を確信した嘲弄を浮かべた。
「お前が本体か」
 央崎は見逃さない。
 素晴らしい速さで決断を下し、危険なほど近づきながらこの戦いで初めて触れるボタンを意識する。
 パイルバンカーに央崎のマテリアルが注がれる。
 炎と獅子のペイントが艶やかに輝き、ひたすら頑丈な杭がマテリアルによる炎を纏う。
「釣りは要らない」
 先程以上の爆発音。
 ほぼ密着状態から突き出された杭が、中央の頭に80センチほどめり込んでいた。
 大蛇の3つの口から泡が噴き出した。
 頭も尻尾も滅茶苦茶に暴れ出す。
 狙いが雑になっているので防ぎやすくはあるがウォルフ・ライエの被害は深刻だ。
 つまり、全高15メートルの特大歪虚が周辺への警戒を怠ったということだ。
「この時限強化は一瞬」
 まだチャージが完了していないのにCAMブレードから異音が聞こえる。
 戦闘中に壊しても納得はしてくれるだろうが、試験目的で高価な品を危険にさらすのは心臓によろしくない。
「その最大効率を引き出すためには」
 チャージ中エネルギーを奪われる機体も酷い状態だ。
 普段は歪虚の大群を相手取ることもできるのに、今はほんの少しだけ戦術を使える歪虚の群れにも負けそうだ。
 紛れ当たり以外を全て躱す足捌きも、超威力のブレスすら受け流す盾捌きも全く不可能になっていた。
「最初の一刀に全てを賭ける!」
 インスレーター・SFに、キヅカの力が直接上乗せされた。
 極限まで極めた者の極限の集中が、予知に限りなく近い先読みでもって数秒先の全てを見通す。
 キヅカの額に汗が浮かぶ。
 攻撃力以外の性能が落ちた機体を精密に操るのは凄まじい負担だ。
 その上で、マテリアルが集まりすぎて禍々しく輝くブレードを一瞬だけ拡大させることに成功。
 全長15メートルの三頭大蛇より大きな刃を真っ直ぐに振り下ろした。
 肉と鱗が弾けた。
 千切れた首が1本宙を舞い、深く刻まれた切り傷から大量の体液が噴き出す。
 ぴしりと、竜のブレスにも耐えるはずの刀身にひびが入った。
「やったぜキヅカさん! ってちょい待ち、まだ生きてんの? これボスかよ!」
 陽気にはしゃぐ研司の中で優先順位が切り替わる。
 頭が2つになった巨大歪虚が、体を時折痙攣させながら凶悪な目で周囲を見渡す。
 瘴気の如く漂う腐敗毒が荒れ地を回復不能な土地へ変えていった。
「おのれっ」
 クワンナイン・オヒム(kz0244)のヘイムダルが計測機器を放り出して駆け出そうとしてジャウハラに止められる。
「オヒム殿ステイ! 今突っ込んでも邪魔じゃからな。というかそれ無茶苦茶高いんじゃないかの!? 修理費大丈夫かの?」
 土壌を汚され激怒するのは分かるが時と場合を考えて欲しい。
 そんなことを考えつつ、ディヤーはジャウハラに乗ったまま火球を連発して蛇歪虚の傷口を焼く。
「帝国テンプレの改造衣装と濃そうなキャラでも、この人はまともそうと思っていた時期が僕にもありました」
 生暖かい笑みを浮かべてキヅカがボタンを押し込む。
 町への進路を塞ぐ場所に立ったままのインスレーター・SFが弾幕を張って2頭大蛇を少しずつ削る。
「よーし間に合った」
 200メートル近く離れた場所で、レラージュ・ベナンディが近中距離戦用にも見える砲を脇に構えた。
 1発ずつ弾を放つと、そのたびに巨大蛇の輪郭の一部が欠け血臭が広がる。
 巨大蛇がどう移動しても、アニスの攻撃範囲からは逃げられない。
「こりゃずいぶんと頑丈だな。もう1回、確かトレス・ヴォタ? 使ってもいいじゃないか?」
「使い捨ての武器とは相性がいいのかもしれんな」
 町の近くで警戒中の紋次郎から、気を抜かないままの軽口が通信で届く。
「おー、そっちはそのまま頼む。見逃した歪虚が町に入り込んだら洒落にならないんでな」
 冗談めかしてはいてもアニスは真剣だ。
 実際の所、この時点で生き残っている歪虚は1体だけだ。
 しかしもう1体がいないか確かめる術はなく、新手が現れても対応できる体勢が必要だった。
「使うのは一度だけだ。武器2本を壊すのはきついぜ」
 紅龍を駆るリューが苦笑を浮かべた。
 巨大二頭蛇はまだまだ健在だ。
 3本目があった場所から汚い色の毒液を放出し、反応しづらい上方向からの毒液攻撃をしかけてくる。
 中央の頭が息を吸い、口をすぼめて毒液を唾のように吹き出した。
 銀色の浮遊シールドが上からの毒液を受けて防ぐ。
 進行方向からの毒液は走る速度を上げることですり抜ける。
「行くぞ蛇野郎!」
 自己の感覚を紅龍とその武器にまで広げる。
 膨大な情報が脳と神経を苛むが、リューはそれに耐えた上で愛機を手足として扱って見せる。
「もう1本いっとけ!」
 斬機刀を槍として扱い巨大蛇の首を狙う。
 気づいた歪虚が必死に首をひねる。
 中央の首が5センチ削ったリューの刃が、まだ機能している喉元へ突き立った。
 なんとか1人は食らって回復しようと、2本の首と強靱な体がそれぞれ噛みつきと巻付きを狙う。
 しかし森の方向から飛んできた雷に射貫かれ、頭も体も激しく波打たせる。
「姦しい口は閉じるが良かろうよ」
 扇で優雅に口元を隠す蜜鈴の下で、リーリー莉邏が必死の形相で駆ける。
 小山の如き巨体が這いずる。
 全長15メートルの巨体相応の速度はあり、数秒前まで蜜鈴達がいた地面が大重量で押し砕かれた。
「おお、活きが良いのう。倒せば消えるのが残念じゃ」
 リーリーは速い。
 リーリーは機敏に躱す。
 主の蜜鈴は大火力を担当する。
 傷つき頭に血が上った元三頭大蛇では翻弄されるばかりだ。
「ああクソ、めんどくせぇ! どんだけしぶといんだ」
 プラズマキャノンの砲撃じみた銃撃が蛇の肉を削る。
 背中の中程など骨まで砕けて中身が見えている。
 敵はまだ粘りそうだ。
 時間がかかればかかるほど、単なる不運で被弾する確率がじわじわと上がる。
「甘いんだよ!」
 魔導型デュミナスが火を噴いた。
 実際はブースターが稼働しているだけなのだが、翼状のブースターがとにかくよく目立つ。
「パッチワーク・ブースター・ウイングを全開にしたパリスの装甲と速さを破れると思うなよ!」
 速い。
 そして分厚い。
 装甲を兼ねた増加パーツは厚みの分重く、それを本体ごと加速させるブースターは極めて協力だ。
「凍み矢弾を食らえ!」
 弾丸に冷気と行動阻害の要素を仕込んで研司砲をぶっ放す。
「俺を無視すれば手痛い一撃を直撃で受ける! 無視しなければ俺を倒すまで付き合うしかねぇ!」
 巨大蛇が胴で受ける。
 背中を見せると装甲のない箇所で受けるしかないので向きを変えられない。
「さあ、高速のタンクは伊達じゃねぇ! 絶対逃しはしねぇぞ! 俺が死ぬかてめぇがくたばるまで、付き合え!」
 完全に本気で確実に殺す気だ。
 そして同時に、フェイントでもあった。
「奴の急所は中央の首です。っとに、当たりませんわ」
 クワンナインがまた銃撃を外す。
 一応蛇の胴には当たっているのだが、狙った首には1発も当たらない。
「CAMの扱いは難しいな」
 央崎が操縦桿を握り直す。
 生身なら使える高度な技術は、今のウォルフ・ライエの設定では使えない。
 使えるのはたった1つ、疾影士の基本的なスキルだけだ。
 CAM用の拳銃を構えさせる。
 威力は控えめで、新システムによる攻撃にも耐えた大型に聞くとは思えない。
「これで十分だ」
 狙って、撃つ。
 中央の蛇の額に穴が開き、内部に集中していた神経を激しく傷つけた。
「特にこういう敵にはね」
 たまに外れるし狙い易い胸部にずれて当たってしまうこともある。
 しかし狙った箇所への命中率は他のハンターよりはるかに高い。
 これが部位狙いスキルの効果である。
「最後」
 銃から刃に持ち替え、悲鳴もあげられず震える蛇へ踏み込む。
 CAMブレードが中央の頭を両断しても止まらず、胴の奥にある心臓部を破壊し止めを刺した。

 データを比較し高笑いするオヒムに、護衛中の央崎が生ぬるい視線を向けていた。
 有能な帝国人は変わり者ばかりだなという本音を隠す程度の思いやりはある。
「オヒム、レポートは心を強く持って読めよ」
 戦闘中よりも真剣な顔で、リューが報告書を渡す。
 オヒムは疑問を完爾はしたが素直に受け取り、あまり覚悟はせずに読み進めた結果うつろな目に変化する。
 今回新システムは活躍した。
 しかし他の戦場、特に強力な兵器の使い捨てが許容されるだろう対高位歪虚戦に使うなら、現状では正直足りていない。
 オヒムが精神的再建を果たすまで、しばらく時間が必要だった。

(代筆:馬車猪)

依頼結果

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MVP一覧

  • 龍盟の戦士
    藤堂研司ka0569
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュka4009
  • 鉄壁の機兵操者
    ディヤー・A・バトロスka5743

重体一覧

参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ファイナルフォーム
    インスレーター・FF(ka0038unit001
    ユニット|CAM
  • 赤黒の雷鳴
    アニス・テスタロッサ(ka0141
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    オファニム
    レラージュ・アキュレイト(ka0141unit003
    ユニット|CAM
  • 龍盟の戦士
    藤堂研司(ka0569
    人間(蒼)|26才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    パリス
    パリス(ka0569unit002
    ユニット|CAM
  • 光凛一矢
    対崎 紋次郎(ka1892
    人間(蒼)|24才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ストライト
    ストライト(ka1892unit001
    ユニット|CAM
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ロート
    紅龍(ka2419unit003
    ユニット|CAM
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    リラ
    莉邏(ka4009unit001
    ユニット|幻獣
  • 祓魔執行
    央崎 枢(ka5153
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ウォルフ・ライエ
    ウォルフ・ライエ(ka5153unit002
    ユニット|CAM
  • 鉄壁の機兵操者
    ディヤー・A・バトロス(ka5743
    人間(紅)|11才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ジャウハラ
    ジャウハラ(ka5743unit001
    ユニット|CAM

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
鬼塚 陸(ka0038
人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2017/12/06 13:42:16
アイコン 質問卓
鬼塚 陸(ka0038
人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2017/12/03 00:36:33
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/12/02 15:30:52