ゲスト
(ka0000)
【東幕】蠢動の発芽
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/12/06 22:00
- 完成日
- 2017/12/26 06:50
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●呉越同舟
「街道の警備を強化したとか?」
足柄天晴(あしがら てんせい)から朝議の結果を受け取った立花院 紫草(kz0126)は「えぇ」と静かに頷いた。
実のところ、恵土城の防御強化に対する嘆願書も仮城主である大平正頼(おおたいら まさより)から幕府へと持ち込まれているが、これに関しては紫草は待ったをかけている状態だった。
それというのも『恵土城下の件に関しては陰陽寮に任せる』と紫草が非公式とはいえ回答してしまったからに他ならない。
「恵土城そのものの強化に関しての素案はそちらに」
「では、拝見致しましょう」
蛇腹に折られた書に目を通す。
暫しの沈黙が大広間に下りる。
「……分かりました。恵土城にはこちらかも文を飛ばしておきます。……しかし、いいのですか?」
提案として書かれていたのは、陰陽寮から結界術に長けた符術師を20人派遣し、恵土城地下の結界を強化し、龍脈を活性化させようという物だった。
「恵土城は守りの要。あそこを失えばまた歪虚の北上を許すこととなりましょう。それだけは、ならぬ」
朝廷と幕府。スメラギ(kz0158)を挟んで立場の違う二人だが、互いにこのエトファリカという広大な国土を守ろうとする思いは変わりない。
長期に渡る歪虚との戦いの中にあっても、私利私欲に走る者が消えなかった政治の世界で、高潔なままその立場を守り続けてきたのがこの二人だったと言っても過言ではない。
ゆえに、ある意味において紫草は天晴を認めていたし、恐れてもいた。
(……そう、貴方ならこういう手を打ってくるだろうことは分かっていましたよ)
そして、自分がそれを了承することも天晴には分かっているのだろう。
「では、お願いします」
「あぁ、あと、1つだけ」
話しは終わったと頭を下げかけた紫草は天晴の動きを察して顔を上げた。
「はい?」
「陰陽寮の精鋭を向かわせますゆえ、暫しの間、天ノ都の守りはあなた方武家に頼らざるを得ない形になりましょう。くれぐれも頼みますぞ」
「……えぇ」
微笑む紫草を無表情のまま瞬時見つめた天晴は、深く頭を垂れ、ゆっくりと姿勢を起こすと退室していった。
(……つまり、牽制、ということですね……)
天晴を見送った紫草は小さく息を吐いた。
エトファリカ・ボードの探索に関して、幕府としてまだ公式に朝廷側に連絡を入れていない。
当然、天晴のように独自のルートから情報を得ている者もいるだろうが、基本的には表向きにしてせず“知っていることすら悟らせない”公家がいくつもいることも知っている。
そして、知っている天晴はそれを隠さず、直接紫草にそれをぶつけてきた。
恐らく嘉義城に向かう予定でいることがばれている、ということだ。
かといって完全に仁々木 正秋(kz0241)やハンターだけに任せる訳にもいかない。
天晴は左大臣という立場上天ノ都を離れられない。精鋭が出向いたところで陰陽寮、ひいては天ノ都内でのその影響力は変わらないだろう。いざとなれば彼が前に立ち指揮を執れる。
……つまり牽制では無いのだとしたら。
(……激励、ですか……相変わらず、分かりづらい)
独り晴れやかに笑うと紫草は出立に向けて動き始めた。
●暗雲の狼煙
【急募】
エトファリカ南方の恵土城にてその防衛強化に努めることとなった。
陰陽寮より派遣する20名の術師を護衛し、現地での指示に従い結界形成に助力せよ。
また、現地では歪虚の活性化の報告があり、その急襲に備えよ。
陰陽寮 足柄天晴
恵土城城下町は混乱の極みにあった。
「さあ、火を放ちなさい、人を食べなさい、罪人を許し、善人を殺しなさい」
キャラキャラと耳障りな甲高い声で嗤う歪虚が、他の歪虚達をけしかけていた。
ガリリ、と音を立てて黒い飴玉のような物を食べると、再び恍惚の笑みを浮かべ、赤い番傘を翻す。
その、歪虚の前に、独りの小さな老侍が刀一つで立ち向かっている。
「……あらぁ? どうしたのぉ? おじーちゃん」
「…………」
老侍は何も語らず、低く腰を落とす。
鋭い眼光は歪虚をひたと見つめ、そして――
-※-※-※-
■解説
【注意・補足】
・ユニット可ですが、依頼の都合上生物系ユニット推奨とさせて頂きます。
CAMやゴーレムなどは木造建築物ばかりの市街戦となりますので、動き方によっては判定の結果、デメリットが強く出る可能性があります。
ただし、あなた達が当初受けた依頼としては『防衛強化の為』が主目的であったため、RPのひとつとして禁止することはしません。
・OP●呉越同舟はPL情報となります。
恵土城城下町の様子やキメラ・餓鬼などの描写に関しては、過去の依頼を参照して下さい。
凶兆の産声 http://www.wtrpg10.com/scenario/detail/8658
【東幕】鳴動の予兆 http://www.wtrpg10.com/scenario/detail/8718
・同行NPC不在の為、質問にはお答え出来ません。
・戦場詳細については、【東幕】連動ページ(http://www.wtrpg10.com/event/cp040/opening)より特設ページをご覧下さい。
-※-※-※-
「街道の警備を強化したとか?」
足柄天晴(あしがら てんせい)から朝議の結果を受け取った立花院 紫草(kz0126)は「えぇ」と静かに頷いた。
実のところ、恵土城の防御強化に対する嘆願書も仮城主である大平正頼(おおたいら まさより)から幕府へと持ち込まれているが、これに関しては紫草は待ったをかけている状態だった。
それというのも『恵土城下の件に関しては陰陽寮に任せる』と紫草が非公式とはいえ回答してしまったからに他ならない。
「恵土城そのものの強化に関しての素案はそちらに」
「では、拝見致しましょう」
蛇腹に折られた書に目を通す。
暫しの沈黙が大広間に下りる。
「……分かりました。恵土城にはこちらかも文を飛ばしておきます。……しかし、いいのですか?」
提案として書かれていたのは、陰陽寮から結界術に長けた符術師を20人派遣し、恵土城地下の結界を強化し、龍脈を活性化させようという物だった。
「恵土城は守りの要。あそこを失えばまた歪虚の北上を許すこととなりましょう。それだけは、ならぬ」
朝廷と幕府。スメラギ(kz0158)を挟んで立場の違う二人だが、互いにこのエトファリカという広大な国土を守ろうとする思いは変わりない。
長期に渡る歪虚との戦いの中にあっても、私利私欲に走る者が消えなかった政治の世界で、高潔なままその立場を守り続けてきたのがこの二人だったと言っても過言ではない。
ゆえに、ある意味において紫草は天晴を認めていたし、恐れてもいた。
(……そう、貴方ならこういう手を打ってくるだろうことは分かっていましたよ)
そして、自分がそれを了承することも天晴には分かっているのだろう。
「では、お願いします」
「あぁ、あと、1つだけ」
話しは終わったと頭を下げかけた紫草は天晴の動きを察して顔を上げた。
「はい?」
「陰陽寮の精鋭を向かわせますゆえ、暫しの間、天ノ都の守りはあなた方武家に頼らざるを得ない形になりましょう。くれぐれも頼みますぞ」
「……えぇ」
微笑む紫草を無表情のまま瞬時見つめた天晴は、深く頭を垂れ、ゆっくりと姿勢を起こすと退室していった。
(……つまり、牽制、ということですね……)
天晴を見送った紫草は小さく息を吐いた。
エトファリカ・ボードの探索に関して、幕府としてまだ公式に朝廷側に連絡を入れていない。
当然、天晴のように独自のルートから情報を得ている者もいるだろうが、基本的には表向きにしてせず“知っていることすら悟らせない”公家がいくつもいることも知っている。
そして、知っている天晴はそれを隠さず、直接紫草にそれをぶつけてきた。
恐らく嘉義城に向かう予定でいることがばれている、ということだ。
かといって完全に仁々木 正秋(kz0241)やハンターだけに任せる訳にもいかない。
天晴は左大臣という立場上天ノ都を離れられない。精鋭が出向いたところで陰陽寮、ひいては天ノ都内でのその影響力は変わらないだろう。いざとなれば彼が前に立ち指揮を執れる。
……つまり牽制では無いのだとしたら。
(……激励、ですか……相変わらず、分かりづらい)
独り晴れやかに笑うと紫草は出立に向けて動き始めた。
●暗雲の狼煙
【急募】
エトファリカ南方の恵土城にてその防衛強化に努めることとなった。
陰陽寮より派遣する20名の術師を護衛し、現地での指示に従い結界形成に助力せよ。
また、現地では歪虚の活性化の報告があり、その急襲に備えよ。
陰陽寮 足柄天晴
恵土城城下町は混乱の極みにあった。
「さあ、火を放ちなさい、人を食べなさい、罪人を許し、善人を殺しなさい」
キャラキャラと耳障りな甲高い声で嗤う歪虚が、他の歪虚達をけしかけていた。
ガリリ、と音を立てて黒い飴玉のような物を食べると、再び恍惚の笑みを浮かべ、赤い番傘を翻す。
その、歪虚の前に、独りの小さな老侍が刀一つで立ち向かっている。
「……あらぁ? どうしたのぉ? おじーちゃん」
「…………」
老侍は何も語らず、低く腰を落とす。
鋭い眼光は歪虚をひたと見つめ、そして――
-※-※-※-
■解説
【注意・補足】
・ユニット可ですが、依頼の都合上生物系ユニット推奨とさせて頂きます。
CAMやゴーレムなどは木造建築物ばかりの市街戦となりますので、動き方によっては判定の結果、デメリットが強く出る可能性があります。
ただし、あなた達が当初受けた依頼としては『防衛強化の為』が主目的であったため、RPのひとつとして禁止することはしません。
・OP●呉越同舟はPL情報となります。
恵土城城下町の様子やキメラ・餓鬼などの描写に関しては、過去の依頼を参照して下さい。
凶兆の産声 http://www.wtrpg10.com/scenario/detail/8658
【東幕】鳴動の予兆 http://www.wtrpg10.com/scenario/detail/8718
・同行NPC不在の為、質問にはお答え出来ません。
・戦場詳細については、【東幕】連動ページ(http://www.wtrpg10.com/event/cp040/opening)より特設ページをご覧下さい。
-※-※-※-
リプレイ本文
●
燃える町が見える。
赤々と炎が揺れる。
黒々と煙が立ち上る。
その上空にキメラ達の姿。
「……またか……っ!」
エヴァンス・カルヴィ(ka0639)が憎々しげに顔を歪めた。
あれは二ヶ月ほど前か。
小さな寒村だった。
子どもが、老人が、女も男も、ヒトも鬼も殺されたのを見た。
「エヴァンスさん……!」
同じくその場にいた羊谷 めい(ka0669)がその大きな瞳を向けた。
「“アイツ”がいるはずだ……今度こそ絶対に見つけてやる!!」
それが“赤い番傘の歪虚”を指しているのだと察しためいは大きく頷き、ワイバーンのエボルグと共に飛び出したエヴァンスの後を追うようにイェジドのネーヴェを町へと向かわせた。
「使い方わかる?」
5日も共に旅をしてくれば、誰がリーダー格かなど問わなくもわかるようになる。
岩井崎 旭(ka0234)は陰陽寮の符術師の1人に魔導短伝話を手渡した。
「これが通話ボタン。基本的に繋ぎっぱなしにしておけば情報だけは流れてくるから。何かあったらこれで会話出来るから。あ、会話ボタン押しっぱなしにすると情報入ってこなくなっちゃうから、通話終わったらボタンもう一回押してくれな。ここ触ると電源落ちちゃうから、触るの禁止」
「えぇと……はい、お借りします」
流れるような説明になってしまったが、どうやら理解は得られたらしい。
「俺が空から状況を確認する」
言うが早いか旭もまたワイバーンのロジャックと共に空へと浮かび上がる。
「アストラ!」
グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)もまたグリフォンに急行するように呼びかけ、央崎 遥華(ka5644)がワイバーンのブリードと、ユウ(ka6891)もまたワイバーンのクウと共に町を目指す。
「源一郎」
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)がグリフォンのオーデムの上からイェジドに騎乗している門垣 源一郎(ka6320)へ声を掛ける。
2人はエヴァンスも含め前回の調査でこの町に来ていた。地の利は他のメンバーよりある自負があった。
「俺は前回関わった人々を探して協力を仰いでみる」
「ならば我は、空から見てこよう」
「ヴィルマさん」
鹿東 悠(ka0725)の呼び止める声にヴィルマはオーデムにホバリングをさせ「なんじゃ?」と顔を向けた。
「符術師の方から地図をお借り出来ました。こちらで情報を収集したいと思いますのでご協力頂けますか?」
「了解じゃ」
悠は同じように旭やグリムバルドとも既に連携の算段を付けていた。
「俺も協力させてくれ」
ヴィルマが飛び立った後、南護 炎(ka6651)が悠に声を掛ける。
「もちろんです」
悠は温厚な笑みを浮かべ、炎からの申し出を快く受け入れた。
●
幾筋もの黒煙が立ち上る町の向こうに本丸が見える。
火は南側が激しく、徐々に北へと勢力を広げているようにヴィルマには見えた。
(餓鬼とキメラ……聞いていた手口と似ておる。やはり、南から攻めてきたのじゃろうか……?)
カンカンと鳴り響く半鐘の音。
街道には難民と思われる人々が続々と走り出てきた。
彼らには守るべき家が無い。財産も手持ちの物しか無い。己の身体、命しか無い。ゆえに、逃げる事に躊躇が無い。
一方で難民に冷たかった町人達は違う。
ここに家があり、財産があり、思い出があり、しがらみがあり、守るべき家族や家畜がいる。
ゆえに、逃げる事に躊躇している間に餓鬼やキメラに襲われ、炎に巻かれていく。
炊き出しで言葉を交わした人達は無事だろうか。
ヴィルマは火消しの一行を見つけると加勢するためにオーデムを向かわせた。
そんなオーデムの影を前方に捕らえながら源一郎は町へと入った。
女が子どもの手を引きながら走っていた。
男が年老いた母を庇いながら逃げていた。
傷を負った者、既に動かない者、悲鳴が、慟哭が、風と煙と共に逆巻いている。
「町の者同士協力しながら北へ!」
声を張り上げながら奥へと進む。
変わらず、イェジドを見て悲鳴を上げる人もいるが、源一郎の姿を見てハンターだと気付く者もいた。
「走れ! 固まって行動しろ! 老人子どもの手を離すなよ!」
空を見る。キメラが数体黒煙の筋の周囲を楽しげに舞い踊っているのが見えた。
「……降りてこい……その時はお前達が獲物になるんだ」
ルーンソードの柄を握り締め、レッドストライプに地上の索敵を命じた。
「私の名前は、紅媛=アルザード。ハンターだ! 救援に来た!!」
紅媛=アルザード(ka6122)が高らかに名乗りながらイェジドの白夜と共に町の中を走る。
外へと向かう人々の間をすり抜け、見つけたキメラへと白夜が咆吼を上げる。
「逃がすか!」
音も無く大太刀を一息で抜刀。刃を煌めかせ斬り付けた直後に血糊を振り払い納刀する。
斬り付けられたキメラはしかし、倒れる事なく白夜と紅姫を睨み付ける。
「なるほど。前評に偽りなしか」
道中、エヴァンス程の実力者であっても討ち取るのに苦労したという話しを聞いていた紅姫は騎乗したまま慎重に構えた。
「相手に不足無し……来い」
その言葉が聞こえたか、キメラが空中で低く構えたのを見て、紅媛は鯉口を切り抜刀、空に向かって刀を振るった。
再び刃を鞘へと収めた時には、キメラは斬撃により羽根を傷付けられ地上へと墜落した。
それでも再び立ち上がるとブレスを吐く。
そのブレスを白夜が横に大きく飛んで躱す、が。その脇道から餓鬼が現れ、白夜ごと紅媛を焼いた。
「っ!」
しかし、餓鬼一体の攻撃はさほど脅威では無い。
「白夜!」
紅媛は白夜に餓鬼の方へと向かわせる。
白夜が咆吼を上げると紅媛は刀を閃かせ、地面を擦り上げるように餓鬼へと斬り付けた。
その一撃は餓鬼を仕留めるまでは行かず、痛みに驚いた餓鬼はたいまつを放り投げて走り逃げた。
「逃げ足の速い奴だ……」
紅媛はその背を負うこともせずすぐにキメラへと視線を戻す。
キメラもまたおどろおどろしい咆吼を上げるが、それに屈するような白夜と紅媛ではない。
「絶対に仕留める」
走り向かってくるキメラへと白夜を向かわせつつ、紅媛は三度鯉口を切った。
葛音 水月(ka1895)はイェジドであるスコルに葛音 ミカ(ka6318)を無理矢理同乗させて町へと入った。
本当はミカのイェジドも連れてくる予定だったのだが、直前になって不幸なトラブルに遭い、同行を見送らざるを得なくなったのだ。
逃げる人々の間を縫うように奥へ奥へと進むと、すぐに向かってくる人の数はまばらになる。
「ゆっくり訓練がてらと思ったけど……ミカ、いける?」
過保護気味な水月の問いに、ミカは自信あり気に頷いて見せる。
そんなミカを頼もしくも微笑ましく見守りながら「じゃあ行こうか」と水月はミカを降ろし、自身もスコルから降りた。
スコルが鼻を鳴らす。
周囲には煙の臭いが南側からもうもうと流れ込んでおり、嗅覚に優れているイェジドには少々酷な環境だがそれでも歪虚の臭いを見失うような事が無いのは流石は幻獣か。
スコルの導く先へと2人は走り出した。
「ミカ、いたよ。いけるかい?」
スコルが低く唸った視線の先では、まだこちらに気付いていないのか、戸に火を点けようとたいまつをかざしている餓鬼の姿があった。
小さく頷いたミカは走り出した。
まだハンターとしての経験が乏しいミカはその走り1つ取っても水月からすれば無駄が多い。
自分も転移して最初の頃はこんなだったのだろうかと思わず目を細めた。
「スコル」
水月はスコルに命じて先回りして反対側へ行くよう指示を出す。
そうしながら水月自身も走り、ミカを追う。
ミカの接近に気付いた餓鬼が迎え撃ってやろうと言わんばかりに口を開いた。
「ミカ! 止まって!!」
「!!」
水月の声にミカが足を止めると、その足元を炎が舐めた。
「ちゃんと敵を見て。闇雲に突っ込んだら怪我しちゃうよ?」
背後からの声に頷きで応えて、ミカは再び走る。
だがミカの移動力より餓鬼の移動力の方が高くすばしっこいため中々餓鬼を捕らえられない。
(疾風剣を使えば……!)
水月がそう声を掛けようとした時、ミカもまたそれに思い至ったらしい。
半身の姿勢となると、一気に間合いを詰めて餓鬼を貫き斬った。
その一撃はミカの細腕からは信じられないほど重たい。
良く鍛え上げられた聖罰刃他、装備がしっかりと整えられているゆえの一撃だった。
『新米ハンターであっても装備を調えれば戦える』。水月のそのアドバイスが体現した瞬間だった。
たいまつが地面に転がる。餓鬼は無言のまま塵へと還っていく。ミカが少し誇らしげに水月を見る。
その赤い瞳に水月はサムズアップしてみせ、直後「前!」と声を掛ける。
スコルが吼える。どうやら反対側へと行く道中で餓鬼を見つけたらしい。
「水月!」
ミカの視線の先。上空には二体のキメラがいた。
「ちょっと面倒なのがきたかな? ……分が悪い、一旦引くよ!」
一体だけならまだ対応も出来るだろうが2体は危険だと冷静に判断した水月はスコルにミカを乗せ、走らせた。
「水月は!?」
「僕は大丈夫だから」
大通りに出ればそこで戦っている仲間がいる筈だった。水月はキメラを誘導しつつ全速力で地を蹴った。
「これ以上、好き勝手にはさせません。急ぎますよ、ガルム」
エルバッハ・リオン(ka2434)の声に呼応するようにイェジドは大きく跳躍すると町の中へと入っていった。
1つ脇道へと入り進むと、たいまつを手に楽しそうに放火している2体の餓鬼を発見したエルバッハは、直ぐ様ファイアアローを撃ち放った。
突然の攻撃に一体は何が起こったのか判らないまま塵へと還り、驚いたもう一体の餓鬼はたいまつを手放すと奥へと走り逃げ出す。
その背を追う前に、エルバッハは転がった2本のたいまつを手に取り周囲を見回した。
「やはり、このくらいの規模の町ならありましたか」
傍に合った水桶にたいまつを突っ込み消火すると、ガルムに命じて餓鬼を追う。
「……しかし、思ったより餓鬼が脆いですね」
もう少し苦戦するかと思っていたが、ファイアアロー一発で消し炭になってくれるとは嬉しい誤算だ。
「……もしや、集めるなどせずとも発見次第討ち取っていった方が効率的だったのでしょうか……?」
そんな思いに駆られながらも、エルバッハはガルムと共に逃げた餓鬼を追う。
その後ろ姿にファイアアローを撃ち込んだ直後、影に覆われた。
「ガルム!!」
頭上から降ってきた炎をガルムが一際大きく飛ぶことで避け、エルバッハは稲光を杭のようにキメラへと放った。
稲光に全身を貫かれたキメラはガルムの行き先を塞ぐように前に降りたった。
「……素直に通しては……貰えなさそうですね……」
陰陽符を構え、エルバッハは油断なくキメラと対峙した。
巻き上がる火の粉から目元を庇いつつ、悠は鋭く町を睨む。
(後手になりましたか……ま、考え方によってはいい機会です。この機会に敵の戦力を削がせて貰いましょう)
覚醒すると魔導二輪で細い路地へと入り込み、ひょっこりと現れた餓鬼の右腕をその勢いを利用してバルディッシュで斬り刎ねた。右肩から下がたいまつと共に地面に転がる。
それを見て悠は唇の端を歪ませる。
覚醒により黒かった瞳が血に濡れたような深紅へと変わった悠は、普段とは別人の様に人格が変わる。
大騒ぎしながらさらに路地へと逃げ込んでいく餓鬼を追おうとしたところで伝話が入った。
『めちゃめちゃ餓鬼がいて、放火してまわってる! まずこいつらを止めないと町そのものが燃え落ちるぞ!』
旭からの情報に悠は眉間のしわを深めた。
この辺りは天ノ都に比べれば温かい気候だ。聞いた話しでは殆ど雪も降らないし、この時期でも薄手の長袖が一枚あれば日中の活動には苦が無いという。
とはいえ、天露を凌げる家が無くては、いくら天候が穏やかであっても辛かろう。
「判った。まず餓鬼の排除から取りかかろう。手に持っているたいまつが発火源と見て間違いないんだよな?」
『あぁ。口から火を吐いてるのも見たが、アレは家を燃やさない』
「なら、最初はたいまつを狙え。軒先に水桶が置いてあるのを見かけた。あとは井戸の水でもいい。たいまつを奪って消火するんだ。奴らはあまり頭が良くないと聞いた。追い立てて一箇所にまとめて一斉排除を目指そう。上空から作戦に適した場所を探してくれ」
『了解』
『えーと、こちら、グリムバルド』
「どうした?」
『なんか、侍が町中で餓鬼相手に戦ってる。フォローした方が良さそうだ』
「……地元の侍なのかも知れないな。位置情報を」
グリムバルドからの情報を悠が地図へと書き込み、伝話越しに叫ぶ。
「優先討伐対象を餓鬼に定める。また、侍らしき者が戦っているという情報も入った。通信器を持たない者へのフォローを行いつつ、連携して事に当たるんだ」
イェジドと共に突入した花厳 刹那(ka3984)は複数の餓鬼を見つけ次第斬り付けた。
油断していたところを突然攻撃された餓鬼は何事か叫びながら逃げていく。
「行きました!」
応、という返答と共に炎が飛び出て聖罰刃を素早く振り上げると餓鬼の首を撥ね飛ばした。
素早く切っ先を振って血糊を飛ばすが、その全てはすぐに塵へと変わっていく。
餓鬼達は驚き怯えながら刹那と炎に追い立てられながら脱兎の如く逃げていく。
「行くぞ!」
炎と刹那は共に餓鬼を求め、南へと向かう。
火の勢いは南側が強い。
そして餓鬼達は火と風と共に徐々に北側へ侵食してきているようだった。
「先に偵察に行ってきますね」
イェジドの機動力を活かして刹那が細い路地へと入るが、しかし。
「多分これ以上南に餓鬼がいるような気配はありませんね……」
燃える家々の間を駆け抜け、周囲を伺う。
イェジドの嗅覚でも餓鬼の姿を捕らえられず、食い散らかされた肉片がそこかしこに転がっている。
それを目に捉え、刹那が柳眉を寄せるとイェジドが低く唸り始める。
「……キメラ。南護さん!」
「おぅ! 任せろ!!」
後を追ってきていた炎の聖罰刃が鞘走る。
口の周りを血に濡らしたキメラは、新しい獲物が来たと言わんばかりに炎と刹那を見る。
「火の勢いが……なるべく北へ戻りながら戦いましょう」
炎と煙に巻かれれば、いくらハンターといえど無事では済まない。
「あぁ……死にフラグは折るためにある!」
「はい?」
一瞬、炎が何を言っているのか理解出来なかった刹那は、ぽかんとキメラへと斬り掛かっていく炎の背を見送った。
大きく息を吸い込んだ炎は、身を沈めるような構えからキメラへと真っ直ぐに飛び込み、縦横無尽に斬り付けた。
しかしその動きを察したのかキメラがその翼を使って後ろへと下がって避ける。
「っち!」
勢いを殺せずたたらを踏んだ炎にキメラの鋭い爪が襲いかかる。
「南護さん!!」
岩を殴るような重い音が刹那の耳に飛び込んで来て思わず声を上げたが、炎は何事も無かったようにそこに立っていた。
「危ない危ない。全身鎧が無かったら今ごろミンチだったぜ……!」
強靱な鎧に守られている炎は殆どダメージなど感じていないように不敵に笑って見せた。
イェジドが大気を揺るがすような咆吼を上げ、地を蹴ると一気にキメラへと肉薄し、刹那はその鞍から飛び降りると禍炎剣でその翼を斬り付けた。
しかし、切り落とすまでのダメージは与えられず、そのまま慣性に従って地面を滑る様に着地すると直ぐ様キメラへと向かい合う。
手負いとなったキメラは低く唸りながら、眼前の炎と背後の刹那を見て、その蛇の尾を苛立たしげに振ると、再び炎に向かってその爪を振り下ろしたのだった。
「行くのリーリー、敵を集めるの」
ディーナ・フェルミ(ka5843)がリーリーで町中を駆け巡る。
「リーリー、キックなの!」
逃げたもののあっさりとリーリーに追いつかれた餓鬼はリーリーの脚力に蹴り飛ばされ地面へと転がる。
そうすることでディーナは逆方向へ逃げようとしていた餓鬼を予定通りの方向へと誘導することに成功する。
「さて、どんどん頑張るの」
ディーナの声に呼応するようにリーリーは高らかに鳴き声を上げると、軽やかな足取りで餓鬼を探しに向かった。
「助けてくれぇ!!」
悲鳴が聞こえ、ディーナはリーリーの脚を止めさせた。
「今助けに行くの!! どこなの!?」
「助けて……ギャァッ!!」
風に煽られ流れてきた煙のせいで視界が悪い。
ディーナは咳き込みながらも口元を羽織の袖口で覆いながら声の主を探す。
そうしてディーナの双眸が捕らえたのは細い路地の先で楽しそうに跳ねる餓鬼の姿。
「いた! リーリー急いで!!」
ディーナの頼みを受けて、リーリーは文字通り一足飛びに声の主の元へと駆けた。
「その人から、離れなさーい! なのっ!!」
ディーナの叫び声と同時にホーリーメイスから衝撃波が生まれ、餓鬼達を打った。
光りの衝撃波をまともに受けた餓鬼達は塵となって消えていく。
「あとちょっとだけ、頑張って欲しいの。今、癒やすの」
火傷を負い、さらに腹部を餓鬼に食まれていた男は息も絶え絶えだったが、ディーナの祈りの力が強くも温かい光りとなり男を包むと、男は恐る恐る目を開け、自分の傷口が塞がっていることを見て驚いた。
そしてディーナを見ると、目に涙を浮かべてお礼を告げる。
そんな男を見ながらディーナは『やっぱり私は人を癒やせる“ヒーラー”でありたいな』と実感したのだった。
「来て早々阿鼻叫喚の地獄絵図かい? どうやら戦場があたしを呼んでいるようだねぇ」
龍宮 アキノ(ka6831)は嬉しそうに口角を上げた。
徒歩で来たため乗り込んだのは一番最後になってしまったが、そのお陰で中央通りにはハンター達が追い立てた餓鬼達がひょこひょこと飛び跳ねているのが見える。
「これほど激しい戦場に立つのは連合軍軍医の頃以来かねぇ? 何にせよこれなら得られるデータも多かろう」
“モルモット”が沢山いる状況にアキノは嬉々として走り寄ると、ヒドゥンハンドを媒体に機導砲を放った。
「……計画は順調に進んでいるようだ」
中央通りに集まってきた餓鬼達を見て悠が口角を上げた。
地図は一枚しか無く、魔導スマートフォンを持っている者も殆どおらず、せめて魔導カメラがあれば地図を写して配ることも出来たかも知れないが、ないものを嘆いていても始まらない。
袋小路に追い詰めることも考えたが、そこを背後から襲われたらその方が危ないと気付き、とにかく中央へと餓鬼を集めるよう指示を出した。
それが功を奏した。
薙ぎ払いは命中率が格段に下がるため悠1人ではみすみす餓鬼にすら避けられることも多かった。
「助けがいるかい?」
アキノが放つデルタレイにここに来るまでに既に手負いとなっていた餓鬼達は塵へと還っていく。
そういったときに【連】で繋がっている者、またその者から繋がった者は敵を追い込む作業をしていて捕まらない。
しかし、通信器を持たずに来た者であっても中央通りに敵が居ればとりあえず無視はしない為、全員の助力を得やすいのだ。
「……あぁ、助かったぜ」
礼を告げ、悠は路地から飛び出してきた餓鬼へと直ぐ様ハンドルを向けた。
移動範囲は確かに広がるが、その分、無差別型の範囲攻撃も行いやすい。
何より視界が通るため、キメラなどが来ても対応がしやすく、逃げ遅れた人を誘導するにも死角から襲われるということは殆ど無い。
悠とアキノが基本的に中央通りに陣取り、やってくる餓鬼に目を光らせ、追い込み作業で中央まで帰ってきた者がその都度餓鬼討伐に当たることで討ち漏らしが出ないよう立ち回ったのだった。
●
キメラからの攻撃を避け、ブレスで応酬し、すれ違い様に蹴爪で蹴られつつも尾で叩く。
キメラとの激しい攻防いユウは必死にクウにしがみつきながら敵の動きを、そして地上を見る。
「お侍さんです。クウ!」
餓鬼に襲われている人を庇いつつ、3体の餓鬼と切り結んでいる侍の姿を見つけたユウはクウに優しく話しかけた。
「私は地上から助けに回るからクウは上空から逃げる人たちを助けてあげて……宜しくね」
そしてクウの高度が下がった所で自身も屋根へと飛び移ると、そのまま地面へと――餓鬼へと飛び降り、その息の根を止めた。
「……何者……!?」
「ハンターです。えーと、朝廷から依頼を受けて来ました」
「何と、西方の覚醒者か! 助太刀感謝致す。それがしは恵土城城主はオオタイラ・ヨリマサ様にお仕えするコマツ・タダツミと申す」
「えと、ユウです」
2人は会話を交わしながらも餓鬼への攻撃の手は緩めない。
(凄く強いけど……覚醒者じゃない)
ユウが2撃与えると朽ちるのに対し、コマツの攻撃はいくつも当たっているのに致命傷に至っていない。
(これが……普通の人と私たちの違い……)
何とか3体共塵へと還すと、コマツは噛まれた腕に手ぬぐいを巻き、きつく縛って止血をする。
「いや、お恥ずかしい。それがしはまだ修行が足りぬゆえ、助かりました」
その器用かつ手慣れた様子に感心しつつ、思わず凝視していたことに気付いたユウは、顔を真っ赤にしながら「私も、まだ、全然で!」と首を振った。
「朝廷から、とおっしゃいましたかな? そうすると、結界術を行うための陰陽寮の一行も?」
「はい、皆さんは避難誘導をして下さっています」
陰陽寮の符術師達はそもそも結界術を行うために編成されていたので戦う術を持っていなかった。
そのため避難誘導役を買って出てくれたことを手早く説明する。
カンカンと半鐘が響き続けている。
近くで家の倒壊する音、大きく火が爆ぜる音が振動と共に伝わる。
「火消しももう間に合いますまい。此処より南は危険です」
「コマツさんは一度西側へ逸れてから北の街道を目指して下さい。この道ならまだ……」
その時頭上から咆吼が聞こえた。
「クウ!?」
「危ない!!」
突き飛ばされ、聞こえた呻き声に慌てて振り向けばそこには左脚に大きな火傷を負ったコマツの姿があった。
クウと戦っていたキメラが地上にいる2人を見つけ、ブレスで薙ぎ払ったのだ。
「っ!」
ユウは駐めてある荷車に飛び乗ると踏み台にして屋根へと大きく飛び移った。
「クウ!!」
相棒へ合図を送る。クウはユウの意図を理解したように旋回すると、キメラを追い立てユウの方へと近づけた。
眼前のユウに気付いたキメラがその牙でユウの喉元を狙う。
しかし、その牙を紙一重で交わすと、霊氷剣で連続して斬り付けた。
堪らず隣の屋根に激突したキメラの首元へクウが噛みつき引きちぎったことでようやくキメラは絶命し、塵へと還っていく。
ユウは直ぐ様コマツの元へと駆け戻り、その傷を見る。人肉の焦げた厭な臭いが鼻につく。
「クウ、この人を皆のところまで……!」
グリムバルドもまた一人の侍の元へと加勢に入っていた。
「アンタじゃ無理だ!」
最初は餓鬼だった。一体の餓鬼を相手にするのにも苦戦していたというのに、この侍――サノと名乗った――はキメラを相手に槍を構える。
サノに向かって宙を駆けるキメラの背後へとアストラに頼んで回り込んで貰うと、その翼に向けて機導剣で斬り付けた。
バランスを崩しながらもキメラは炎を吐きサノを襲う。が、サノはそれを壊れた戸の陰に隠れてやり過ごす。
「ナイスだ!」
ホッと胸を撫で下ろし、グリムバルドはサノを庇う様にキメラとの間に割って入る。
「今のうちに北へ!」
「い、いや! わしも戦う!!」
その構えは堂に入ったものではあるが、いかんせん、敵は歪虚であり、残念ながらサノは覚醒者では無かった。
「……あー、わかった、じゃぁフォロー頼むぜ」
押し問答している時間は無い。逃げろといって逃げない者をまさか見殺しにも出来ないグリムバルドはアストラと共にキメラへと一気に加速しその眼前へと躍り出たのだった。
燃える家の傍らで3体のキメラ達が“食事”をしている。
「うぉおおおおおお!!!」
その光景を見た旭はロジャックから飛び降り、着地と同時に地震を起こす。
キメラ達がその揺れに動けなくなっているところをロジャックが光線で撃ち抜き、再び空へと舞い上がっていく。
「……味方、か……?」
魔斧を構え飛び掛かろうとしたところに声を掛けられ、旭は一体のキメラの片脚を斬り飛ばしたところでようやく声の主を見た。
侍らしきその男は、木製の壁にもたれるようにして倒れていた。
その周囲には血溜まりが出来ており、その出血量に思わず旭は絶望を感じざるを得ない。
「今、助けるからな!」
絶望を振り払うようにロジャックと共にまず一体を仕留め、残る二体に視線を向ける。
「……マサヨリ様を……どうか……」
かそけき声が途絶えたのを感じ、旭はぎちりと奥歯を鳴らした。
「これ以上好きにはさせねぇ!」
キメラ達の間へと飛び込むと周囲の火の粉を巻き上げ、轟然とした竜巻の如き連続回転でキメラ達を叩き斬っていった。
「マサヨリサマ? それはもしかしてここの仮城主のことかのぅ?」
町人の火消し達と協力しながら消火活動に当たっていたヴィルマは、餓鬼と対峙していた若侍を助けたところ、その細腕に縋られてた。
「そうです! 城の南側に現れた鬼の歪虚を足止めするとおっしゃって、単身向かわれてしまったのです」
「城の南側……もしやその鬼の歪虚とは赤い番傘を持っておったりはせなんだか?」
「……! そうです!! だからこそ、正頼様は『アレを止めねばならない』とおっしゃって……」
ヴィルマは詳細を聞き出すと、【連】へと連絡を入れた。
「城の南側に“赤い番傘の歪虚”が出たらしい。ここの仮城主がそれと応戦中とのことじゃ! 応援に向かってやってくれ!!」
城の中は橋を上げ、門を閉じている為かキメラや餓鬼の攻撃対象にはなっていないようだった。
(……いや、敢えて襲いやすい城下町だけを襲っているのか……?)
エヴァンスは二の丸の様子を上空から見る。
弓を番えた人々が自分の方を見ているのが見え、手を振って敵ではない事を伝える。
冷静に敵を観察し、射る号令が出せる者がいるのならば、自分の姿を見て敵と判断することはまず無いだろうと思いつつも、用心するに越したことは無い。
弓を降ろし、自分を指差す者、手を振り返す者が出てきたのを見て伝わったことを知る。
(救援が来たことが伝われば、希望になる)
エヴァンスはそのまま本丸を越え、裏手になる南側に出る。
この先は広く畑になっていたハズだ。
畦道は雑草のお陰で緑が多く見えるが、畑は土を掘り返した後なのだろうか、一面が焦げ茶色になっている。
その、一画。
赤い花が見える。
――違う。
「見つけたぜ、“番傘の歪虚”……!!」
めいは地上からエヴァンスを追っていたが、エヴァンスが掘を越え二の丸の方へ入っていってしまうと、大きく迂回しなければならなくなった。
「火が……」
しかし、城を挟んで東西には家が少ないとはいえ、その通りに沿いある家はほぼ全てが燃えている中をネーヴェに突っ切らせるのは無理があった。
見ればエヴァンスは本丸を抜けた南側へ出たようだ。そして、エボルグが降りていく姿も見えた。
「ネーヴェ、お願い!」
めいの言葉にネーヴェは素早く脇の道へと入ると、なるべく炎が酷くない道を選びつつ南下していく。
途中何体かのキメラとすれ違ったが、彼らは彼らの“食事”に忙しかったらしく、駆け去って行くめいをわざわざ相手にしようとはしなかった。
ぐっと下唇を噛み、半鐘の音も悲鳴も意識の外へと追いやり、ただ、エヴァンスを追った。
●
『歪虚の親玉らしい“番傘の歪虚”が南側にいるらしい』
この情報は通信器を持っている者には直接、ないものには道中すれ違ったハンターや陰陽寮の符術師達から口伝えに広がった。
「わかったよ、すぐ向かうね!」
遥華がブリードに命じて空へと旅立つ。
「ほぅ、“鬼”だと? そんなら俺がいかねェ訳にはいかねェだろォ! 大五郎ッ! しっかり付いてこいよ!!」
万歳丸(ka5665)は自分の相棒であるユグディラにそう声を掛けると、電動ママチャリのペダルを力強く踏み込んだ。
「え!? ちょ、待って下さい万歳丸さん!!」
慌てたのは一緒に戦っていたアシェ-ル(ka2983)と紅薔薇(ka4766)だ。
物凄いスピードであっという間に見えなくなっていく万歳丸。
「鬼らしき歪虚……万歳丸は話しがしたいのじゃろうなぁ」
万歳丸の気持ちを察してしみじみと紅薔薇が呟く。
「……だが、憤怒は駄目じゃ。殺そう。の、ニャー子!」
ユグディラにそう呼びかけて、紅薔薇は走り始める。
「わっ、紅薔薇さんまで、置いて行かないで下さ~い!」
アシェールは相棒のユグディラ、カジディラをサイドカーに乗せ、紅薔薇の後を追って走り始めた。
通信器があり、情報交換の手筈を整えていた者は、東西に伸びる掘りの横をキメラが彷徨いており、その1本外側の道は炎に挟まれ、一番外側の道が最も進みやすい、という意見交換が即時で行えていたが、通信器を持たず、または連絡先を合わせなかった者達はその情報がまわるまでにタイムラグが発生していた。
万歳丸の後を追う紅薔薇とアシェールの前には三体のキメラが立ち塞がっていた。
「その口に咥えておるものを降ろして、大人しく退けば、一息に斬ってやろう。そのまま向かってくるのなら、粉みじんになるまで切り刻んでやろう」
完全に目が据わっている紅薔薇と、そんな紅薔薇を見て「落ち着いて下さい?!」と紅薔薇の二の腕を握り留めるアシェール。
三体のキメラは何れも口の周り、その脚や胸元も血で汚れている。さらに一体は人の足と思われる肉片を加えたままだ。
「とりあえず早く此処を抜けて後を追わないと……未来の大英雄のお手伝いに間に合わなかったら困りますからね」
「あぁ……ニャー子、大五郎と共にいるのじゃぞ。っ、行くぞっ!」
紅薔薇が体重を感じさせない動きで肉片を加えたままのキメラへと肉薄する。
「お前ら如き、妾の力のみで斬り伏せて見せるわ」
無造作にも見える一閃が一体のキメラの脇腹を切り裂いた。
「えー、じゃあ私も殴っていきましょうかね」
魔導ガントレットを構え、魔導トライクでキメラの一体へと向かう。
その羽根の骨を折るべく殴りかかる。
キメラ達はその一撃の重さに距離を取るとブレスを放つ。
それを紅薔薇は華麗に躱してみせ、アシェールはガントレットと武者甲冑で見事受け流した。
「さぁ死ね、今すぐ死ね、さっさと死ね」
紅薔薇の鬼気迫る迫力に気圧されたのか、三体のキメラはじりっと一度後ろに下がったが、そんな己が許せなかったのか、大きく咆吼を上げると大地を掻き蹴って2人へと襲いかかっていった。
「西側は火の勢いが強いですが……行けないことはなさそうです」
夜桜 奏音(ka5754)が魔導伝話とトランシーバーの両方から連絡を入れると、横に並んだ仙堂 紫苑(ka5953)がシャツの袖口で口元を煙から守りつつ前を睨む。
「甲高い声……嫉妬の歪虚を思い出すな……面白そうな敵じゃねえか」
「その歪虚がハンターを語っていろんな所を襲っている元凶だというのなら……赦すことはできませんね」
紫苑の言葉に頷きつつ奏音も前を見る。
一刻も早く南側へ辿り着きたいが、道中にはキメラ達が彷徨いている。
ある程度の戦いは避けられないだろうと二人は顔を見合わせ、頷いた。
「ハハハハッ、腕が鳴るぞっ。これを覇道の魁にしてくれるわっ」
2人の後ろから高らかな笑い声と近付いて来る蹄の音。
ルベーノ・バルバライン(ka6752)が勇ましくゴースロンを駆けさせ、キメラが徘徊する道中へと飛び込んで行く。その背にはユグディラが必死の形相でしがみついているのも見えた。
「えぇっ!?」
目を丸くした奏音の横で、紫苑もまた魔導バイクのエンジンを吹かせた。
「あの勢いについていきましょう。1人より3人の方がキメラを相手にするにも苦労が無いはずです」
「……それもそうですね」
イェジドのゼフィールに前をいく紫苑を追うよう伝え、奏音もまた南側へと急いだ。
しかし、ものの50mも行かない地点で奏音と紫苑はルベーノに追いついた。
そこではルベーノが楽しそうにキメラ達と爪で殴り合いをしていた。
「おぉ? お前達も混ざるか? 楽しいぞ!」
先を急ぎたい気持ちは山々だが、明らかに多勢に無勢な中にルベーノを置いていくのも気が引けて、奏音と紫苑は再び顔を見合わせ、頷いた。
「何、軽いウォーミングアップだと思えば問題なかろう! 存分に体を温めてから首魁と戦えばいいのだ!」
そう言うと、背に張り付いていたユグディラを引っぺがして地面に降ろすと演奏するよう告げる。
ユグディラは「ぴゃっ!」と鳴いてキメラから距離を取ると練習曲を奏で始めた。
「仕方ない」
どのみちここを切り抜けなければ南側へは行けないし、ヘタに無視した結果キメラ達がついてきて戦闘の邪魔になっても困る。
紫苑はギアブレイドを銃へと変えると引き金を引いた。
「……的が大きい分助かる」
元凶と思われる歪虚がこの先にいるのなら、なるべくスキルは温存しておきたいというのは魔法系スキル使いならば自然な思考だろう。
奏音はゼフィールに爪と尾の鞭で攻撃するよう指示を出すと叫んだ。
「行きますよ、ゼフィール!」
「っち、ついてねぇな!」
キメラが少ないという情報だった外側の道でキメラと遭遇してしまったリュー・グランフェスト(ka2419)は思わず毒吐いてから剛刀を構え、冷静にキメラと対峙する。
「助力は必要か?」
同じ道を選択したメンカル(ka5338)がリューの背後から声を掛けるが、リューはそれに不敵に笑って返した。
「手負いに負けるほど間抜けじゃねぇよ」
恐らく先に通ったハンター達から逃亡した個体なのだろう。
片方の翼が折られ、空へ逃げることが出来なかったようだ。
「押し通らせて貰うぜ!」
リューは飛ぶように地を駆けると真っ直ぐにキメラへその切っ先を沈め、貫き割いた。
リューの言葉通り、手負いだったキメラは塵へと変わっていく。
だが、その横、燃え盛る家の中からキメラが飛び出してきた。
「な!?」
完全な不意打ちにリューは押し倒され、その獰猛な牙がリューの眼前に迫った。
その深淵のようにぽっかりと空いた口腔内に1匹のコウモリが飛び込んだ。
――否。正しくはメンカルの狙い澄まして投げた武器だ。
内部から喉を突き破られる衝撃にキメラが悲鳴を上げて仰け反る。
その隙にリューは素早く身を起こすとキメラとの距離を取り、そしてメンカルを見た。
弧を描く唇に投具をぺちぺちと当てながらメンカルはリューに訊ねる。
「もう一度聞くが、助力は必要か?」
「……あぁ、頼む」
そう言って、キメラへと対峙したリューに「違うだろう」とメンカルが呆れたように指摘する。
「人に頼むときは頼み方があるだろう?」
「……お願いします!」
キメラへの視線は逸らさず、叫ぶように告げたリューの耳に「まぁいいか」という声が届いた。
「今は緊急事態だからな。良しとしよう」
生真面目そうなメンカルの口調に、リューは思わず呆れ半分諦め半分のため息を吐いた。
「来るぞ」
メンカルの口調が真剣味を帯び、同時にリューは構えた剛刀で横薙ぎに襲ってきた爪を受け止めた。
その重さに吹き飛ばされそうになるのをリューは堪え、弾き返すとさらに踏み込んで翼の根元へと剛刀を突き立てた。
キメラが吼え、大きく躯を振った。
弾き飛ばされないよう両手で柄を握り締め、体重移動を利用してそのままさらに深く突き刺す。
一方メンカルは暴れるキメラの背部へとまわるとその尾を切り落とした。
堪らずキメラが大きく跳ね、その衝撃を利用してついにリューは片翼をもぎ落とした。
「これで、もう空へは逃げられないぜ」
ニヤリと口角を上げたリューに、ブレスが襲いかかるがこれうをリューは難なく躱してみせた。
「空に逃げる、ブレスを吐く、爪で引っ掻く、牙で噛みつく。これ以外にもう何もないのか、お前?」
すれ違い様に斬り付けていくメンカルの口から純粋に疑問に思っただけなのか煽りなのか判らない言葉が零れ、リューは思わず笑ってしまう。
「……? 何がおかしい?」
「いや、ちょっと他より体力があって好戦的なだけだよな!」
キメラ如き、強敵でもなんでもない。こんなところで立ち止まっていられないのだ。
「とっとと片付けて南側へ急ごうぜ!」
「……あぁ」
空気を震わす咆吼を上げキメラが突っ込んでくるのを、リューとメンカルは冷静に見て、避けた。
そして両サイドから同時に刃を胴体へと突き刺し、腹部を切り裂いた。
断末魔の咆吼を上げ、痛みによってかでたらめに両の前脚が宙を掻いて、そして倒れた。
「よし!」
その足先が塵へと変わっていくのを見て、2人は左手でハイタッチをすると南へ向けて走り出した。
「頑張るわねぇ、おじーちゃん」
雨が降っているわけでも無いのに広げられた番傘は、老侍の一撃を阻む。
そこへ龍の如き咆吼を上げたエヴァンスが飛び込み、胴を真横に凪いだ。
硬い金属がぶつかり合う音と共に、エヴァンスの一撃は折りたたんだ番傘に遮られ、お互いに後方に飛ぶと距離を取った。
「直接姿を見たわけじゃねぇが、この間お前が襲わせた村では随分世話になったな……"番傘野郎"!」
エヴァンスを不審そうに見て首を傾げ……顔色の悪い歪虚は唯一紅を引いたように真っ赤な薄い唇を釣り上げた。
「ごめぇんなさいねぇ? 心当たりがありすぎてどれのことだかわからないわぁ」
キンキンと耳に障る声。痩けた頬に骨と皮だけのような手を頬に当て歪虚は嗤う。
「てめぇ……!」
「フガフガフガ!(挑発に乗ってはならん)」
「……は?」
背に庇った老侍の言葉(?)に思わずエヴァンスは問い返す。
「フガフガフガ! フガフガフガ!(人の心にさざ波を立てるのがこやつの目的じゃ)」
どうやらこの老侍、歯がないらしい。
ゆえに、フガフガ言っているようにしか聞こえないが、それは神霊樹の翻訳機能が仕事をしてくれているらしく、意味は通じる。
「お、おぅ」
うっかり毒気を抜かれそうになって慌てて歪虚を睨み付け、戦意を維持する。
「俺はエヴァンスだ。爺さんは……」
「大平正頼と申す。フガフガフガ、フガフガー(この身朽ち果てようともここで歪虚を止めて見せますぞ)」
名前だけはハッキリと聞こえた。
(なるほど……ここの仮城主様か)
「あー、わかったぁ!」
唐突に奇声を発すると、歪虚がキャンキャンと高音で吼えるようにはしゃぐ。
「あなた、西方のハンター! でしょ? でしょ!? やっだー! ホンモノ初めて見たぁ!!」
アイドルでも見たかのようにぎょろ目を輝かせ、躯をくねらせる。
……よく見たところ顔色の悪さはどうやら白粉らしい。しゃべり方も仕草も妙に女っぽいが、体つきはどう見ても成人男性だ。
エヴァンスは妙に苛立つ内心を鎮める為に大きく息を吐き出し、吸った。
「え? 何? あなた一人ぃ? そんなわけ無いわよねぇ? え? こんな片田舎まで出張って貰っちゃうくらいアタシっては有名人になったとかぁ!?」
「煩い黙れ」
エヴァンスの言葉に歪虚はピタリと動きを止めた。
「やっだぁ、こわぁ~い」
その時、無数の光りが歪虚に向かって降り注いだ。土埃が舞い、周囲を隠す。
最大射程距離からのエボルグのレイン・オブ・ライトだ。
「やぁん、いったぁい!」
土埃が晴れると、そこには番傘を広げ、殆どダメージなど負っていなさそうな歪虚が立っていた。
「エヴァンスさん!!」
追いついためいがセイクリッドフラッシュで歪虚を撃つ。
それも番傘をガードするように広げ、両肩を竦めて見せる。
「んもぅ、何するのぉ? 玉のお肌に傷がついちゃったら大変じゃな……あらやだ」
着物についた土埃を払うような仕草をしながらめいを見た歪虚は、ぴたりとその動きを止めた。
「何あなた、凄い可愛い!!」
「……は、へ?」
めいは一瞬何を言われたかわからずキョトンと歪虚を見る。
「あなたお名前は? お歳はいくつ? カレピはいるのぉ?」
「!?!?」
唐突かつ予想外な質問攻めにめいは言いたい事が山ほどあったハズなのに、上手く言葉が纏まらない。
「煩ぇって言ってんだろ!」
生存剣に魔刃を解放し鋭く突く。
その一撃を番傘で撥ね除け、ステップを踏むように歪虚は後退する。
「え? 何? 嫉妬ぉ? ダメよぉ、良い男は悠然泰然と構えなくっちゃ……あ。それとも貴方がこの子のカレピとか!?」
「違います!!」
即答全力で否定するめい。
「……振られちゃったの?」
「違うわ!!」
思わず怒鳴り返してエヴァンスはギリリと柄を硬く握り直す。
その腕を軽く触れるように叩かれ、エヴァンスはハッと老侍を見る。
上空から稲光が走る。遥華のライトニングボルトに貫かれた歪虚はたたらを踏みつつも空を見上げ、広く周囲を見回した。
「あらん、まだ来る?」
歪虚の視線の先には畦道をチャリで爆走する万歳丸の姿。
キキーッという甲高いブレーキ音を立ててチャリを止めると、万歳丸はゆっくりとチャリから降りた。
「好き勝手ヤッてくれンじゃねェか……チビ妖怪……や、鬼か、てめェ?」
確かに額には2つのツノが見える。だが、拭えない違和感がある。
「……違うな……“混ざりモン”か」
両目を眇め、睨め付けると、歪虚は「うふふ」と嗤った。
「ご明察。“鬼”も混じっているわよん」
薄い唇から赤い舌がチロリと覗く。それはまるで蛇のように。
「――呵呵ッ、なるほどてめェが悪鬼なら俺は善鬼よォ! 未来の大英雄――万歳丸。推して参らァ!」
言うが早いか、万歳丸は力強く地を蹴ると瞬天足で敵の懐へと入り込む。
歪虚の正面にはエヴァンスとめいと老侍。上空背後にはエボルグと遥華を乗せたブリードがいる。
対して敵は1体。囲む様に布陣し、退路を断つのが常套手段だ。
目にも留まらぬ速さの連撃が番傘の歪虚を襲う。
その反対側からはエヴァンスが切り込んでいく。
歪虚は閉ざされた番傘でその連撃を受け止めながら、ほぼ同時に繰り出されたエヴァンスの刃は番傘の柄で軌道を逸らす。
その正面から老侍の電光石火の一撃も傘でいなして、万歳丸の最後の一撃も受け止めきった。
遥華のライトニングボルトが歪虚を貫くが、歪虚は意に介した様子も無く番傘を広げるとエボルグの放つ光線をその傘で受け止める。
「呵々ッ。全部避けずに受け止めやがった! さすがキメラとは違うな」
「あの傘が厄介だな」
楽しそうに笑う万歳丸に対し、エヴァンスは忌々しげに額から流れる汗を拭う。
めいのアンチボディがエヴァンスを柔らかく包む。
「お終いかしら?」
うっそりと歪虚は笑む。
「じゃぁ、今度はアタシからいくわよ」
懐から何やら2cm大の黒い玉を取り出すとそれを口に含んでガリリと噛み砕いた。
歪虚の足元から負のマテリアルが吹き荒れる。
「あぁ……か、い、か、ん……♪」
恍惚の表情を浮かべた歪虚の一挙一動を見逃すまいと、5人は固唾を呑んで見つめた。
「いくわよ~ん」
番傘がくるりと回り、宙に浮いた。その刹那、歪虚の姿が残像となって溶けた。
「!?」
エヴァンスが咄嗟に反応出来たのは今までの経験が活きたからだとしか言いようが無かった。
上体を捻り、鎧の胴部分で強烈な一撃を受け止め、反射的に剣を振り下ろした。
激しく刃がぶつかり、エヴァンスと歪虚は同時に距離を置き、まるでそこに吸い込まれるように番傘は歪虚の手の中へと収まった。
(……何だ、今、何で攻撃を受けた……?)
エヴァンスは番傘が閉じられること無く、空にあったのを見ていた。
しかし、腹部に感じた衝撃はただの拳よりも重い一撃。
「暗器か」
呵々ッ、と笑いながら万歳丸が仕掛け、それに合わせてエヴァンスもまた斬り掛かるがやはりその全てを番傘で受け止め、防ぐ。
(あの、何か食べたように見えた、あれは何だったんだろう)
遥華は歪虚の背後にいた為、何を食べたのかまでは見えなかった。
だが、明らかにアレを食べてから負のマテリアルの濃度が上がった気がした。
そして、遥華は視線の端、東西の道からそれぞれに走り寄るハンターの姿を捕らえた。
●
「置いていくとか酷いです!」
「後でどう詫びを入れさせようかのぅ!」
西側からはアシェールと紅薔薇、そして大五郎が。
「おお、ずいぶん面白そうなことになってるな。是非俺も混ぜてもらおうか」
「全くだ。楽しそうじゃねえか、俺も混ぜろよ」
(逃亡だけはさせない……)
東側からはルベーノ、紫苑、そしてすぐにでも地縛符を撃てるよう準備している奏音の姿が。
「あらやだぁ、いっぱい来ちゃった」
「おぅ、観念し時じゃねェか!?」
エヴァンス、老侍、そして万歳丸からの包囲網を、歪虚は攻撃を躱すついでに高く飛んで抜けた。
すかさず遥華とエボルグがライトニングボルトとファイアブレスで襲うが、番傘を広げて受け流す。
「んー……本当は色々やりたかったけど……」
再び懐に手を入れ黒い玉を取り出すとそれを口に含んでガリリと噛み砕き、同時に取り出した黒い箱の蓋を開いた。
「アタシ、勝てない戦はしない主義なの。それじゃぁ、ごきげんよう」
「テメッ」
「待て!」
「エヴァンスさん、万歳丸さん!!」
めいの制止の声も聞かず、飛び出した2人の目の前で黒い箱はひっくり返された。
それと同時に歪虚を中心として巨大な爆発が起きた。
「煙幕……!?」
遥華が逃亡さすまいと周囲に素早く視線を向ける。
地上ではどろりとした濃縮された負のマテリアルが地面に落ち、それは瞬く間に周囲を汚染し広がっていく。
「な、何だ!?」
「地面が!?」
汚泥のようになった地面に脚を取られ、タイヤが飲まれ、ルベーノと紫苑が転倒して地面に落ちた。
奏音はゼフィールにしがみつくことで転倒は間逃れたが、負の汚泥に脚を飲まれたゼフィールは上手く動けずにその場に立ち往生してしまう。
「ニャー!?」
「ニャー!!」
「ミギャー!!」
「ちょ、やめ! まっ!!」
「暴れるでない、危ないのじゃ!!」
アシェールのサイドカーに乗っているカジディラがパニックで暴れ、大五郎とニャー子にしがみつかれた紅薔薇も足を取られ、徐々に沈んでいく。
「クソッ」
「コイツはやられたなァ」
足は40cm程沈んだところで止まった。この時、歪虚を中心に直径100m範囲が高濃度の負のマテリアルで出来た汚泥に飲まれていた。
そして煙幕が晴れたときには既に歪虚の姿形は何処にも見当たらなかった。
「な、何が起こったんだ……?」
「大丈夫か!?」
遅れてやってきたメンカルとリューが汚泥に沈んだ一同を見て、驚きに目を見張ったのだった。
●
ようやく鎮火が完了し、最終的に25名のハンターと20名の巫女に大きな怪我人はいなかった。
人的な被害としては町民200名以上と町民の避難誘導に当たっていたこの城の侍が13名、亡くなった。
「フガ、フガフガ(助太刀、誠に感謝致す)」
それでも仮城主である大平正頼はハンター達を本丸へと招き入れると深々と頭を下げた。
「いえ。こちらの力及ばず……」
悠が頭を下げ、炎もまた沈痛な面持ちで目線を下げた。
「フガ、フガフガ(いや、そなたらが来てくれなければもっと被害は甚大だった。どうか頭を上げておくれ)」
「……凄い、本当にフガフガ言ってるようにしか聞こえんのぅ……」
「………………」
ヴィルマの耳打ちに源一郎は無言を返すが、神霊樹の翻訳機能にこれほど助かったと思った事は久しぶりかもしれない。
「そうです。あなた達が術士達を連れてきてくれた、それだけでも有り難いのに。我々からもお礼を言わせて下さい」
壮年の侍が頭を下げると、他6人の侍達も頭を下げた。
侍達もハンターが持ちよった薬や治癒術によって殆ど傷口は塞がっている。
「で、あの歪虚は一体何なんだ?」
エヴァンスが本題に斬り込むと、正頼は1つ頷いて口を開いた。
(以後、翻訳された内容のみを記載)
「名は叡身と言うようですな。恐らく長江の南から我々を襲ってきていた元凶の歪虚でしょう」
「えいしん」
それが、敵の名前。ユウが呟き、忘れぬよう心に刻む。
「……アレは難民を殺さずに此処に押し込めたように見えた」
万歳丸が鋭く正頼を見つめ、告げる。
「……本命は、コッチじゃなかったンじゃねェか?」
「彼奴めの狙いは、ここの龍脈にあったようでしたな」
「龍脈? 今回活性化させようとしていた?」
奏音が問えば、正頼は「左様」と頷いた。
「そのわりにゃ、本丸は無事だな」
万歳丸の言葉に「それがしに歪虚の考えなどわかりもしませんが」と前置いて正頼が侍の1人を見る。
「僭越ながら……わたしが得た情報に寄りますと、叡身と名乗ったあの歪虚はまず餓鬼とキメラをけしかけ、村を焼き、人を喰らいますが深追いはしません」
「……あぁ、俺達が長江の北の村で遭遇したときもそんな感じだったな」
エヴァンスが頷く。
だが、憤怒の歪虚は基本的に慈悲をかけないという特徴があるはずだった。
「……憤怒の眷属らしくないな」
メンカルが顎に手を当て思案する。
「……らしくないが……その怒りを“溜めておける”程の高位の歪虚という可能性はある、か」
もっとも一番“憤怒らしくない”歪虚が今の憤怒王、蓬生だったりするのだが、あれは例外中の例外ということで除外する。
「えぇ、一見鬼のように見えましたが、“混ざり物”……“キメラ”だと本人は言ってました」
憤怒も他の眷属に違えず“共食い”が出来る。他歪虚やヒトを吸収する事で、合成生物的意味で能力を増やすことが出来る眷属だ。
『“鬼”も混じっている』そう、あの歪虚は言った。つまり、他にも色々吸収した種族があるということだろう。めいはふるりと小さく体を震わせた。
「赤い番傘の歪虚……叡身は、何をしようというのでしょうか」
どんな理由があったとしても納得が出来るわけでは無いが、それにしても不可解だ。
「それこそ正頼様がおっしゃった通り『歪虚の考えなどわからん』ですかねえ?」
紫苑の言葉に紅薔薇が頷く。
「そうじゃ。どんなに高尚な理由があったとして、憤怒だというだけで赦されぬ」
呪詛を吐くように紅薔薇が低く告げる。
東方の剣として産まれた紅薔薇にとって、叡身と切り結ぶことすら出来なかったのは業腹だ。
「……あの。南側の汚染された場所はどうしますか?」
おずおずと手を上げて遥華が問うと、今まで黙っていた術師の代表が請け負った。
「私どもが浄化させて頂きます。……あれが、龍穴に落ちなくて本当に良かった」
一度は枯渇した恵土城地下の龍脈だが、正常な四季の巡りと人々の健康的な生活が産む陽の気のお陰でようやく回復の兆しが見えてきているところだった。
恵土城はこの龍脈の気が噴き出す『龍穴』に当たる部分に本丸が建立されている。
先の獄炎との決戦前、要石を置いたのはまさにそこだ。
「……もし、アレが龍穴に落ちていたら、どうなったと思う?」
旭の問いに、術師は暫し思案した後、ハッキリとした口調で告げる。
「恐らく、ですが。あの汚染濃度なら、再び龍脈は枯れ、恵土城周囲の農作物は全滅だったと思います」
「ふむ……それが目的だったのだとしたら、まぁ、ある程度辻褄が合うんじゃ無いか?」
腕組みをした紅媛が人差し指を立てた。
「これ以上龍脈に活性化されては困るからキメラ達の“食事”も兼ねてまず町を襲った」
紅媛の言葉を聞いて、「そうか!」と炎が顔を上げた。
「城には精鋭の侍達がいるだろうと予測して、まずは弱い者から襲って、キメラ達の糧にしやがったのか!」
「あくまで可能性の話しで、推測の域は出ないがな」
「壁と掘りの向こうでは炎と煙に巻かれ食い殺される者がいる、というのは、籠城している者にとってかなりクるだろうしねぇ。まぁ、連中がそこまで考えていたかはしらないけどねぇ」
アキノが両肩を竦めて見せた。
「酷い話しなの。まるで大好きなデザートを一番最後まで取っておくみたいな話しなの。許せないの」
両眉を撥ね上げたディーナの言葉にエルバッハが頷いた。
「ですが、そうやって“堪える”ことを知っている……堪えることが出来る、というのは脅威と言って差し支えないかと思いますね」
堪え、ため込んだ怒りを憤怒は忘れることはない。いつかそれを火山のように爆発して周囲にばらまく。それが憤怒という眷属だ。
「……でも今回、歪虚が連れてきた手勢全部を打つ事が出来ました。暫くは大きな動きも出来ないと見ていいんじゃないでしょうか?」
水月がミカの灰の髪を結わえてやりながら告げると、アシェールが術師を見た。
「龍脈の活性化にはどのくらいの時間がかかるんですか?」
「活性化させ、結界を堅固なものとするにはおおよそ半月から1ヶ月かかる想定でした。ですが……まずあの南側の浄化を行う必要がありますので……さらに時間はかかるかと」
ハンター達はオフィスを通るなど適切な手順を踏まなければ消費したスキルの回復が出来ないが、陰陽寮の術師達はその回復手段がまた異なる。
彼らは彼らで長期滞在で対処する計画を持っているということらしい。
「謙遜で無く、本当に何のもてなしも出来ませぬが、部屋だけはありますのでゆるりと休んでいってくだされ」
正頼がそう告げたことにより場は解散となった。
残ったハンター達は互いに顔を見合わせ……銘々散って行った。
「まさかあれほどまで逃げ足が速いとは思わなかったぜ」
リューが忌々しげに掌に拳を打ち付ける。
「リューさんが駆けつけたときには、もう……?」
刹那が問えばリューは渋面のまま頷いた。
「それも“憤怒らしくない”?」
グリムバルドの疑問に、リューは視線を彷徨わせた後頷いた。
「……らしいな。あんまり気にしたことなかったけど、言われてみればそんな気はする」
「折角強敵と戦えると思ったのに、がっかりだ」
ルベーノがガシガシと前頭部を掻きながらぼやく。
「強者の胸を借りるつもりだったのだが、まさか多勢に無勢と読んで逃げられるとはな。倒れるまで殴り合う矜持も持たぬとは、なんと器の小さい歪虚だ」
ルベールの言葉に刹那とグリムバルドは顔を見合わせた。
「……だからこそ、気味が悪いな」
ぼそりと旭が零す。
重い沈黙が場に降りた。
●
恵土城周辺は元々肥沃な土地と、年間を通して温暖な気候から農作物が良く育つ地域だったという。
憤怒本陣が南に現れ、北上するように攻め入られた結果、恵土城以南は早々に不毛の地となったが、それでもこの地域で取れる『カカオ豆』が負のマテリアルに強く枯れずに残っており、東方では滋養強壮の“豆”として古来から重宝されていた。
それが西方ではチョコレートの材料になるということで今や東方の経済を支える要の1つにまで台頭したと言って良い。
ゆえに幕府はカカオ豆の生殖地である長江地域の奪還と保守を進めていた。
直接恵土城を支援するのではなく、その先にある長江へハンターを向かわせた。
『恵土城からの報告は聞いています。しかし、救援要請無しに、幕府軍を動かす事はできません』
そう、立花院 紫草(kz0126)が言ったという噂は多くのハンターが耳にした話だ。
しかし、南の防衛の要と言われる恵土城が奪われる事は多重の意味で幕府へダメージを与える。
今回はたまたま朝廷が主導となり符術師達、そしてそれを護衛しろというハンター達が現場に居合わせたために難を逃れた。
前回の調査で町人達、特に商人達との繋がりを得ていた源一郎が聞き込みをした限り、町は幕府への不満でいっぱいだった。
一方で町人の間で大平正頼という人物評価は悪くは無い。
何でも前城主だった千代家とは遠縁にあたるらしく、獄炎討伐後に幕府からの勅命で仮城主として収まったらしい。
直属の家来は決して数多く無いが、正頼を信頼し良く仕えている。
そのためいたずらに民を虐げるようなこともしない。
税の取り立ても無体を強いるような額では無く、その内訳もきちんと公表しているため、追加徴収をかけるときでさえ不満が少ないのだという。
ただ、ここ半年で一気に増えた難民への扱いには手をこまねいていた印象があったが、それでも少し離れたところに村を作り、定住を希望する者にはそちらへ移るよう誘導を始めていたところだという。
一方で幕府が取ったのは街道の警備強化。
「まるで難民に移動を強要するようじゃないか?」
それは、荷や難民を守る為だったのかもしれないが、その場に住まう人達にはそうは映らなかったらしい。
「一体幕府はどうしたっていうんだろうか。ここが無くなったらまた獄炎みたいなのが都を襲う可能性に気付いていないんだろうか」
「カカオ豆さえ取れればいいんだろうさ。今回はこうやってハンターさん達が助けてくれたけど、次はそうもいかないだろうねぇ。やだねぇ」
「カカオ豆を独占して、私腹を肥やそうとする……オエライ様の考えそうなこったね」
ヴィルマが水くみを手伝っていると聞くとも無しにそんな町民達の声が入って来る。
「正頼様は何度も幕府に文を出していたっていうじゃないか……」
「そういえば、前回西方のハンター達が来てくれたのも朝廷主導だったって噂じゃ無いか」
ヴィルマはいつしか瓶に水を移す手を止め耳を澄ませていた。
「帝は何をされているんだろうか。またかつてのように俺達は見捨てられるんかね……」
恵土城と天ノ都はあまりに遠い。
陸路しか無く、徒歩ならば歩き通しても7日以上かかるし、馬を使っても5日かかる。
それ以外の交通手段が無い中、情報の伝搬も当然に遅れる。
危機が迫ったとき、すぐに手を差し伸べることが出来ないもどかしさをヴィルマは痛感していた。
「……今はまだ正頼様がいて下さるから……でも、もし幕府が正頼様をこの町から奪うようなことがあったら……」
「その時はその時さ。それよりも今日の飯をどうするかだよ。家が焼けちまった人には城の備蓄を出してくれるって言う話しだけど、これは暫くコメの値段が上がるよ。自分の畑を荒らされないように何かしないとねぇ」
町人達の話しは自分達の今後の生活に関する物へと移っていった。
それは絶望に沈むだけでは無い、今日を明日をどう生きるかという力強さに満ちた会話だった。
ヴィルマは止めていた手を再び動かし、瓶へと水を注ぎ入れた。
町の復興には時間を要するだろう。
それでもこの町は必ずまた元の賑わいを見せてくれるだろう。
なぜなら守り、生き残った人々がいるからだ。
彼らの瞳は絶望に閉ざされていない。
どれほど歪虚に虐げられ翻弄されても、決して諦めない人々の強さをヴィルマは少し眩しそうに目を細めて見つめた。
だが、その希望の一助にはハンターの活躍があったからだ。
この時を生き延びた恵土城の人々はハンターへの感謝を生涯忘れなかったという。
燃える町が見える。
赤々と炎が揺れる。
黒々と煙が立ち上る。
その上空にキメラ達の姿。
「……またか……っ!」
エヴァンス・カルヴィ(ka0639)が憎々しげに顔を歪めた。
あれは二ヶ月ほど前か。
小さな寒村だった。
子どもが、老人が、女も男も、ヒトも鬼も殺されたのを見た。
「エヴァンスさん……!」
同じくその場にいた羊谷 めい(ka0669)がその大きな瞳を向けた。
「“アイツ”がいるはずだ……今度こそ絶対に見つけてやる!!」
それが“赤い番傘の歪虚”を指しているのだと察しためいは大きく頷き、ワイバーンのエボルグと共に飛び出したエヴァンスの後を追うようにイェジドのネーヴェを町へと向かわせた。
「使い方わかる?」
5日も共に旅をしてくれば、誰がリーダー格かなど問わなくもわかるようになる。
岩井崎 旭(ka0234)は陰陽寮の符術師の1人に魔導短伝話を手渡した。
「これが通話ボタン。基本的に繋ぎっぱなしにしておけば情報だけは流れてくるから。何かあったらこれで会話出来るから。あ、会話ボタン押しっぱなしにすると情報入ってこなくなっちゃうから、通話終わったらボタンもう一回押してくれな。ここ触ると電源落ちちゃうから、触るの禁止」
「えぇと……はい、お借りします」
流れるような説明になってしまったが、どうやら理解は得られたらしい。
「俺が空から状況を確認する」
言うが早いか旭もまたワイバーンのロジャックと共に空へと浮かび上がる。
「アストラ!」
グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)もまたグリフォンに急行するように呼びかけ、央崎 遥華(ka5644)がワイバーンのブリードと、ユウ(ka6891)もまたワイバーンのクウと共に町を目指す。
「源一郎」
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)がグリフォンのオーデムの上からイェジドに騎乗している門垣 源一郎(ka6320)へ声を掛ける。
2人はエヴァンスも含め前回の調査でこの町に来ていた。地の利は他のメンバーよりある自負があった。
「俺は前回関わった人々を探して協力を仰いでみる」
「ならば我は、空から見てこよう」
「ヴィルマさん」
鹿東 悠(ka0725)の呼び止める声にヴィルマはオーデムにホバリングをさせ「なんじゃ?」と顔を向けた。
「符術師の方から地図をお借り出来ました。こちらで情報を収集したいと思いますのでご協力頂けますか?」
「了解じゃ」
悠は同じように旭やグリムバルドとも既に連携の算段を付けていた。
「俺も協力させてくれ」
ヴィルマが飛び立った後、南護 炎(ka6651)が悠に声を掛ける。
「もちろんです」
悠は温厚な笑みを浮かべ、炎からの申し出を快く受け入れた。
●
幾筋もの黒煙が立ち上る町の向こうに本丸が見える。
火は南側が激しく、徐々に北へと勢力を広げているようにヴィルマには見えた。
(餓鬼とキメラ……聞いていた手口と似ておる。やはり、南から攻めてきたのじゃろうか……?)
カンカンと鳴り響く半鐘の音。
街道には難民と思われる人々が続々と走り出てきた。
彼らには守るべき家が無い。財産も手持ちの物しか無い。己の身体、命しか無い。ゆえに、逃げる事に躊躇が無い。
一方で難民に冷たかった町人達は違う。
ここに家があり、財産があり、思い出があり、しがらみがあり、守るべき家族や家畜がいる。
ゆえに、逃げる事に躊躇している間に餓鬼やキメラに襲われ、炎に巻かれていく。
炊き出しで言葉を交わした人達は無事だろうか。
ヴィルマは火消しの一行を見つけると加勢するためにオーデムを向かわせた。
そんなオーデムの影を前方に捕らえながら源一郎は町へと入った。
女が子どもの手を引きながら走っていた。
男が年老いた母を庇いながら逃げていた。
傷を負った者、既に動かない者、悲鳴が、慟哭が、風と煙と共に逆巻いている。
「町の者同士協力しながら北へ!」
声を張り上げながら奥へと進む。
変わらず、イェジドを見て悲鳴を上げる人もいるが、源一郎の姿を見てハンターだと気付く者もいた。
「走れ! 固まって行動しろ! 老人子どもの手を離すなよ!」
空を見る。キメラが数体黒煙の筋の周囲を楽しげに舞い踊っているのが見えた。
「……降りてこい……その時はお前達が獲物になるんだ」
ルーンソードの柄を握り締め、レッドストライプに地上の索敵を命じた。
「私の名前は、紅媛=アルザード。ハンターだ! 救援に来た!!」
紅媛=アルザード(ka6122)が高らかに名乗りながらイェジドの白夜と共に町の中を走る。
外へと向かう人々の間をすり抜け、見つけたキメラへと白夜が咆吼を上げる。
「逃がすか!」
音も無く大太刀を一息で抜刀。刃を煌めかせ斬り付けた直後に血糊を振り払い納刀する。
斬り付けられたキメラはしかし、倒れる事なく白夜と紅姫を睨み付ける。
「なるほど。前評に偽りなしか」
道中、エヴァンス程の実力者であっても討ち取るのに苦労したという話しを聞いていた紅姫は騎乗したまま慎重に構えた。
「相手に不足無し……来い」
その言葉が聞こえたか、キメラが空中で低く構えたのを見て、紅媛は鯉口を切り抜刀、空に向かって刀を振るった。
再び刃を鞘へと収めた時には、キメラは斬撃により羽根を傷付けられ地上へと墜落した。
それでも再び立ち上がるとブレスを吐く。
そのブレスを白夜が横に大きく飛んで躱す、が。その脇道から餓鬼が現れ、白夜ごと紅媛を焼いた。
「っ!」
しかし、餓鬼一体の攻撃はさほど脅威では無い。
「白夜!」
紅媛は白夜に餓鬼の方へと向かわせる。
白夜が咆吼を上げると紅媛は刀を閃かせ、地面を擦り上げるように餓鬼へと斬り付けた。
その一撃は餓鬼を仕留めるまでは行かず、痛みに驚いた餓鬼はたいまつを放り投げて走り逃げた。
「逃げ足の速い奴だ……」
紅媛はその背を負うこともせずすぐにキメラへと視線を戻す。
キメラもまたおどろおどろしい咆吼を上げるが、それに屈するような白夜と紅媛ではない。
「絶対に仕留める」
走り向かってくるキメラへと白夜を向かわせつつ、紅媛は三度鯉口を切った。
葛音 水月(ka1895)はイェジドであるスコルに葛音 ミカ(ka6318)を無理矢理同乗させて町へと入った。
本当はミカのイェジドも連れてくる予定だったのだが、直前になって不幸なトラブルに遭い、同行を見送らざるを得なくなったのだ。
逃げる人々の間を縫うように奥へ奥へと進むと、すぐに向かってくる人の数はまばらになる。
「ゆっくり訓練がてらと思ったけど……ミカ、いける?」
過保護気味な水月の問いに、ミカは自信あり気に頷いて見せる。
そんなミカを頼もしくも微笑ましく見守りながら「じゃあ行こうか」と水月はミカを降ろし、自身もスコルから降りた。
スコルが鼻を鳴らす。
周囲には煙の臭いが南側からもうもうと流れ込んでおり、嗅覚に優れているイェジドには少々酷な環境だがそれでも歪虚の臭いを見失うような事が無いのは流石は幻獣か。
スコルの導く先へと2人は走り出した。
「ミカ、いたよ。いけるかい?」
スコルが低く唸った視線の先では、まだこちらに気付いていないのか、戸に火を点けようとたいまつをかざしている餓鬼の姿があった。
小さく頷いたミカは走り出した。
まだハンターとしての経験が乏しいミカはその走り1つ取っても水月からすれば無駄が多い。
自分も転移して最初の頃はこんなだったのだろうかと思わず目を細めた。
「スコル」
水月はスコルに命じて先回りして反対側へ行くよう指示を出す。
そうしながら水月自身も走り、ミカを追う。
ミカの接近に気付いた餓鬼が迎え撃ってやろうと言わんばかりに口を開いた。
「ミカ! 止まって!!」
「!!」
水月の声にミカが足を止めると、その足元を炎が舐めた。
「ちゃんと敵を見て。闇雲に突っ込んだら怪我しちゃうよ?」
背後からの声に頷きで応えて、ミカは再び走る。
だがミカの移動力より餓鬼の移動力の方が高くすばしっこいため中々餓鬼を捕らえられない。
(疾風剣を使えば……!)
水月がそう声を掛けようとした時、ミカもまたそれに思い至ったらしい。
半身の姿勢となると、一気に間合いを詰めて餓鬼を貫き斬った。
その一撃はミカの細腕からは信じられないほど重たい。
良く鍛え上げられた聖罰刃他、装備がしっかりと整えられているゆえの一撃だった。
『新米ハンターであっても装備を調えれば戦える』。水月のそのアドバイスが体現した瞬間だった。
たいまつが地面に転がる。餓鬼は無言のまま塵へと還っていく。ミカが少し誇らしげに水月を見る。
その赤い瞳に水月はサムズアップしてみせ、直後「前!」と声を掛ける。
スコルが吼える。どうやら反対側へと行く道中で餓鬼を見つけたらしい。
「水月!」
ミカの視線の先。上空には二体のキメラがいた。
「ちょっと面倒なのがきたかな? ……分が悪い、一旦引くよ!」
一体だけならまだ対応も出来るだろうが2体は危険だと冷静に判断した水月はスコルにミカを乗せ、走らせた。
「水月は!?」
「僕は大丈夫だから」
大通りに出ればそこで戦っている仲間がいる筈だった。水月はキメラを誘導しつつ全速力で地を蹴った。
「これ以上、好き勝手にはさせません。急ぎますよ、ガルム」
エルバッハ・リオン(ka2434)の声に呼応するようにイェジドは大きく跳躍すると町の中へと入っていった。
1つ脇道へと入り進むと、たいまつを手に楽しそうに放火している2体の餓鬼を発見したエルバッハは、直ぐ様ファイアアローを撃ち放った。
突然の攻撃に一体は何が起こったのか判らないまま塵へと還り、驚いたもう一体の餓鬼はたいまつを手放すと奥へと走り逃げ出す。
その背を追う前に、エルバッハは転がった2本のたいまつを手に取り周囲を見回した。
「やはり、このくらいの規模の町ならありましたか」
傍に合った水桶にたいまつを突っ込み消火すると、ガルムに命じて餓鬼を追う。
「……しかし、思ったより餓鬼が脆いですね」
もう少し苦戦するかと思っていたが、ファイアアロー一発で消し炭になってくれるとは嬉しい誤算だ。
「……もしや、集めるなどせずとも発見次第討ち取っていった方が効率的だったのでしょうか……?」
そんな思いに駆られながらも、エルバッハはガルムと共に逃げた餓鬼を追う。
その後ろ姿にファイアアローを撃ち込んだ直後、影に覆われた。
「ガルム!!」
頭上から降ってきた炎をガルムが一際大きく飛ぶことで避け、エルバッハは稲光を杭のようにキメラへと放った。
稲光に全身を貫かれたキメラはガルムの行き先を塞ぐように前に降りたった。
「……素直に通しては……貰えなさそうですね……」
陰陽符を構え、エルバッハは油断なくキメラと対峙した。
巻き上がる火の粉から目元を庇いつつ、悠は鋭く町を睨む。
(後手になりましたか……ま、考え方によってはいい機会です。この機会に敵の戦力を削がせて貰いましょう)
覚醒すると魔導二輪で細い路地へと入り込み、ひょっこりと現れた餓鬼の右腕をその勢いを利用してバルディッシュで斬り刎ねた。右肩から下がたいまつと共に地面に転がる。
それを見て悠は唇の端を歪ませる。
覚醒により黒かった瞳が血に濡れたような深紅へと変わった悠は、普段とは別人の様に人格が変わる。
大騒ぎしながらさらに路地へと逃げ込んでいく餓鬼を追おうとしたところで伝話が入った。
『めちゃめちゃ餓鬼がいて、放火してまわってる! まずこいつらを止めないと町そのものが燃え落ちるぞ!』
旭からの情報に悠は眉間のしわを深めた。
この辺りは天ノ都に比べれば温かい気候だ。聞いた話しでは殆ど雪も降らないし、この時期でも薄手の長袖が一枚あれば日中の活動には苦が無いという。
とはいえ、天露を凌げる家が無くては、いくら天候が穏やかであっても辛かろう。
「判った。まず餓鬼の排除から取りかかろう。手に持っているたいまつが発火源と見て間違いないんだよな?」
『あぁ。口から火を吐いてるのも見たが、アレは家を燃やさない』
「なら、最初はたいまつを狙え。軒先に水桶が置いてあるのを見かけた。あとは井戸の水でもいい。たいまつを奪って消火するんだ。奴らはあまり頭が良くないと聞いた。追い立てて一箇所にまとめて一斉排除を目指そう。上空から作戦に適した場所を探してくれ」
『了解』
『えーと、こちら、グリムバルド』
「どうした?」
『なんか、侍が町中で餓鬼相手に戦ってる。フォローした方が良さそうだ』
「……地元の侍なのかも知れないな。位置情報を」
グリムバルドからの情報を悠が地図へと書き込み、伝話越しに叫ぶ。
「優先討伐対象を餓鬼に定める。また、侍らしき者が戦っているという情報も入った。通信器を持たない者へのフォローを行いつつ、連携して事に当たるんだ」
イェジドと共に突入した花厳 刹那(ka3984)は複数の餓鬼を見つけ次第斬り付けた。
油断していたところを突然攻撃された餓鬼は何事か叫びながら逃げていく。
「行きました!」
応、という返答と共に炎が飛び出て聖罰刃を素早く振り上げると餓鬼の首を撥ね飛ばした。
素早く切っ先を振って血糊を飛ばすが、その全てはすぐに塵へと変わっていく。
餓鬼達は驚き怯えながら刹那と炎に追い立てられながら脱兎の如く逃げていく。
「行くぞ!」
炎と刹那は共に餓鬼を求め、南へと向かう。
火の勢いは南側が強い。
そして餓鬼達は火と風と共に徐々に北側へ侵食してきているようだった。
「先に偵察に行ってきますね」
イェジドの機動力を活かして刹那が細い路地へと入るが、しかし。
「多分これ以上南に餓鬼がいるような気配はありませんね……」
燃える家々の間を駆け抜け、周囲を伺う。
イェジドの嗅覚でも餓鬼の姿を捕らえられず、食い散らかされた肉片がそこかしこに転がっている。
それを目に捉え、刹那が柳眉を寄せるとイェジドが低く唸り始める。
「……キメラ。南護さん!」
「おぅ! 任せろ!!」
後を追ってきていた炎の聖罰刃が鞘走る。
口の周りを血に濡らしたキメラは、新しい獲物が来たと言わんばかりに炎と刹那を見る。
「火の勢いが……なるべく北へ戻りながら戦いましょう」
炎と煙に巻かれれば、いくらハンターといえど無事では済まない。
「あぁ……死にフラグは折るためにある!」
「はい?」
一瞬、炎が何を言っているのか理解出来なかった刹那は、ぽかんとキメラへと斬り掛かっていく炎の背を見送った。
大きく息を吸い込んだ炎は、身を沈めるような構えからキメラへと真っ直ぐに飛び込み、縦横無尽に斬り付けた。
しかしその動きを察したのかキメラがその翼を使って後ろへと下がって避ける。
「っち!」
勢いを殺せずたたらを踏んだ炎にキメラの鋭い爪が襲いかかる。
「南護さん!!」
岩を殴るような重い音が刹那の耳に飛び込んで来て思わず声を上げたが、炎は何事も無かったようにそこに立っていた。
「危ない危ない。全身鎧が無かったら今ごろミンチだったぜ……!」
強靱な鎧に守られている炎は殆どダメージなど感じていないように不敵に笑って見せた。
イェジドが大気を揺るがすような咆吼を上げ、地を蹴ると一気にキメラへと肉薄し、刹那はその鞍から飛び降りると禍炎剣でその翼を斬り付けた。
しかし、切り落とすまでのダメージは与えられず、そのまま慣性に従って地面を滑る様に着地すると直ぐ様キメラへと向かい合う。
手負いとなったキメラは低く唸りながら、眼前の炎と背後の刹那を見て、その蛇の尾を苛立たしげに振ると、再び炎に向かってその爪を振り下ろしたのだった。
「行くのリーリー、敵を集めるの」
ディーナ・フェルミ(ka5843)がリーリーで町中を駆け巡る。
「リーリー、キックなの!」
逃げたもののあっさりとリーリーに追いつかれた餓鬼はリーリーの脚力に蹴り飛ばされ地面へと転がる。
そうすることでディーナは逆方向へ逃げようとしていた餓鬼を予定通りの方向へと誘導することに成功する。
「さて、どんどん頑張るの」
ディーナの声に呼応するようにリーリーは高らかに鳴き声を上げると、軽やかな足取りで餓鬼を探しに向かった。
「助けてくれぇ!!」
悲鳴が聞こえ、ディーナはリーリーの脚を止めさせた。
「今助けに行くの!! どこなの!?」
「助けて……ギャァッ!!」
風に煽られ流れてきた煙のせいで視界が悪い。
ディーナは咳き込みながらも口元を羽織の袖口で覆いながら声の主を探す。
そうしてディーナの双眸が捕らえたのは細い路地の先で楽しそうに跳ねる餓鬼の姿。
「いた! リーリー急いで!!」
ディーナの頼みを受けて、リーリーは文字通り一足飛びに声の主の元へと駆けた。
「その人から、離れなさーい! なのっ!!」
ディーナの叫び声と同時にホーリーメイスから衝撃波が生まれ、餓鬼達を打った。
光りの衝撃波をまともに受けた餓鬼達は塵となって消えていく。
「あとちょっとだけ、頑張って欲しいの。今、癒やすの」
火傷を負い、さらに腹部を餓鬼に食まれていた男は息も絶え絶えだったが、ディーナの祈りの力が強くも温かい光りとなり男を包むと、男は恐る恐る目を開け、自分の傷口が塞がっていることを見て驚いた。
そしてディーナを見ると、目に涙を浮かべてお礼を告げる。
そんな男を見ながらディーナは『やっぱり私は人を癒やせる“ヒーラー”でありたいな』と実感したのだった。
「来て早々阿鼻叫喚の地獄絵図かい? どうやら戦場があたしを呼んでいるようだねぇ」
龍宮 アキノ(ka6831)は嬉しそうに口角を上げた。
徒歩で来たため乗り込んだのは一番最後になってしまったが、そのお陰で中央通りにはハンター達が追い立てた餓鬼達がひょこひょこと飛び跳ねているのが見える。
「これほど激しい戦場に立つのは連合軍軍医の頃以来かねぇ? 何にせよこれなら得られるデータも多かろう」
“モルモット”が沢山いる状況にアキノは嬉々として走り寄ると、ヒドゥンハンドを媒体に機導砲を放った。
「……計画は順調に進んでいるようだ」
中央通りに集まってきた餓鬼達を見て悠が口角を上げた。
地図は一枚しか無く、魔導スマートフォンを持っている者も殆どおらず、せめて魔導カメラがあれば地図を写して配ることも出来たかも知れないが、ないものを嘆いていても始まらない。
袋小路に追い詰めることも考えたが、そこを背後から襲われたらその方が危ないと気付き、とにかく中央へと餓鬼を集めるよう指示を出した。
それが功を奏した。
薙ぎ払いは命中率が格段に下がるため悠1人ではみすみす餓鬼にすら避けられることも多かった。
「助けがいるかい?」
アキノが放つデルタレイにここに来るまでに既に手負いとなっていた餓鬼達は塵へと還っていく。
そういったときに【連】で繋がっている者、またその者から繋がった者は敵を追い込む作業をしていて捕まらない。
しかし、通信器を持たずに来た者であっても中央通りに敵が居ればとりあえず無視はしない為、全員の助力を得やすいのだ。
「……あぁ、助かったぜ」
礼を告げ、悠は路地から飛び出してきた餓鬼へと直ぐ様ハンドルを向けた。
移動範囲は確かに広がるが、その分、無差別型の範囲攻撃も行いやすい。
何より視界が通るため、キメラなどが来ても対応がしやすく、逃げ遅れた人を誘導するにも死角から襲われるということは殆ど無い。
悠とアキノが基本的に中央通りに陣取り、やってくる餓鬼に目を光らせ、追い込み作業で中央まで帰ってきた者がその都度餓鬼討伐に当たることで討ち漏らしが出ないよう立ち回ったのだった。
●
キメラからの攻撃を避け、ブレスで応酬し、すれ違い様に蹴爪で蹴られつつも尾で叩く。
キメラとの激しい攻防いユウは必死にクウにしがみつきながら敵の動きを、そして地上を見る。
「お侍さんです。クウ!」
餓鬼に襲われている人を庇いつつ、3体の餓鬼と切り結んでいる侍の姿を見つけたユウはクウに優しく話しかけた。
「私は地上から助けに回るからクウは上空から逃げる人たちを助けてあげて……宜しくね」
そしてクウの高度が下がった所で自身も屋根へと飛び移ると、そのまま地面へと――餓鬼へと飛び降り、その息の根を止めた。
「……何者……!?」
「ハンターです。えーと、朝廷から依頼を受けて来ました」
「何と、西方の覚醒者か! 助太刀感謝致す。それがしは恵土城城主はオオタイラ・ヨリマサ様にお仕えするコマツ・タダツミと申す」
「えと、ユウです」
2人は会話を交わしながらも餓鬼への攻撃の手は緩めない。
(凄く強いけど……覚醒者じゃない)
ユウが2撃与えると朽ちるのに対し、コマツの攻撃はいくつも当たっているのに致命傷に至っていない。
(これが……普通の人と私たちの違い……)
何とか3体共塵へと還すと、コマツは噛まれた腕に手ぬぐいを巻き、きつく縛って止血をする。
「いや、お恥ずかしい。それがしはまだ修行が足りぬゆえ、助かりました」
その器用かつ手慣れた様子に感心しつつ、思わず凝視していたことに気付いたユウは、顔を真っ赤にしながら「私も、まだ、全然で!」と首を振った。
「朝廷から、とおっしゃいましたかな? そうすると、結界術を行うための陰陽寮の一行も?」
「はい、皆さんは避難誘導をして下さっています」
陰陽寮の符術師達はそもそも結界術を行うために編成されていたので戦う術を持っていなかった。
そのため避難誘導役を買って出てくれたことを手早く説明する。
カンカンと半鐘が響き続けている。
近くで家の倒壊する音、大きく火が爆ぜる音が振動と共に伝わる。
「火消しももう間に合いますまい。此処より南は危険です」
「コマツさんは一度西側へ逸れてから北の街道を目指して下さい。この道ならまだ……」
その時頭上から咆吼が聞こえた。
「クウ!?」
「危ない!!」
突き飛ばされ、聞こえた呻き声に慌てて振り向けばそこには左脚に大きな火傷を負ったコマツの姿があった。
クウと戦っていたキメラが地上にいる2人を見つけ、ブレスで薙ぎ払ったのだ。
「っ!」
ユウは駐めてある荷車に飛び乗ると踏み台にして屋根へと大きく飛び移った。
「クウ!!」
相棒へ合図を送る。クウはユウの意図を理解したように旋回すると、キメラを追い立てユウの方へと近づけた。
眼前のユウに気付いたキメラがその牙でユウの喉元を狙う。
しかし、その牙を紙一重で交わすと、霊氷剣で連続して斬り付けた。
堪らず隣の屋根に激突したキメラの首元へクウが噛みつき引きちぎったことでようやくキメラは絶命し、塵へと還っていく。
ユウは直ぐ様コマツの元へと駆け戻り、その傷を見る。人肉の焦げた厭な臭いが鼻につく。
「クウ、この人を皆のところまで……!」
グリムバルドもまた一人の侍の元へと加勢に入っていた。
「アンタじゃ無理だ!」
最初は餓鬼だった。一体の餓鬼を相手にするのにも苦戦していたというのに、この侍――サノと名乗った――はキメラを相手に槍を構える。
サノに向かって宙を駆けるキメラの背後へとアストラに頼んで回り込んで貰うと、その翼に向けて機導剣で斬り付けた。
バランスを崩しながらもキメラは炎を吐きサノを襲う。が、サノはそれを壊れた戸の陰に隠れてやり過ごす。
「ナイスだ!」
ホッと胸を撫で下ろし、グリムバルドはサノを庇う様にキメラとの間に割って入る。
「今のうちに北へ!」
「い、いや! わしも戦う!!」
その構えは堂に入ったものではあるが、いかんせん、敵は歪虚であり、残念ながらサノは覚醒者では無かった。
「……あー、わかった、じゃぁフォロー頼むぜ」
押し問答している時間は無い。逃げろといって逃げない者をまさか見殺しにも出来ないグリムバルドはアストラと共にキメラへと一気に加速しその眼前へと躍り出たのだった。
燃える家の傍らで3体のキメラ達が“食事”をしている。
「うぉおおおおおお!!!」
その光景を見た旭はロジャックから飛び降り、着地と同時に地震を起こす。
キメラ達がその揺れに動けなくなっているところをロジャックが光線で撃ち抜き、再び空へと舞い上がっていく。
「……味方、か……?」
魔斧を構え飛び掛かろうとしたところに声を掛けられ、旭は一体のキメラの片脚を斬り飛ばしたところでようやく声の主を見た。
侍らしきその男は、木製の壁にもたれるようにして倒れていた。
その周囲には血溜まりが出来ており、その出血量に思わず旭は絶望を感じざるを得ない。
「今、助けるからな!」
絶望を振り払うようにロジャックと共にまず一体を仕留め、残る二体に視線を向ける。
「……マサヨリ様を……どうか……」
かそけき声が途絶えたのを感じ、旭はぎちりと奥歯を鳴らした。
「これ以上好きにはさせねぇ!」
キメラ達の間へと飛び込むと周囲の火の粉を巻き上げ、轟然とした竜巻の如き連続回転でキメラ達を叩き斬っていった。
「マサヨリサマ? それはもしかしてここの仮城主のことかのぅ?」
町人の火消し達と協力しながら消火活動に当たっていたヴィルマは、餓鬼と対峙していた若侍を助けたところ、その細腕に縋られてた。
「そうです! 城の南側に現れた鬼の歪虚を足止めするとおっしゃって、単身向かわれてしまったのです」
「城の南側……もしやその鬼の歪虚とは赤い番傘を持っておったりはせなんだか?」
「……! そうです!! だからこそ、正頼様は『アレを止めねばならない』とおっしゃって……」
ヴィルマは詳細を聞き出すと、【連】へと連絡を入れた。
「城の南側に“赤い番傘の歪虚”が出たらしい。ここの仮城主がそれと応戦中とのことじゃ! 応援に向かってやってくれ!!」
城の中は橋を上げ、門を閉じている為かキメラや餓鬼の攻撃対象にはなっていないようだった。
(……いや、敢えて襲いやすい城下町だけを襲っているのか……?)
エヴァンスは二の丸の様子を上空から見る。
弓を番えた人々が自分の方を見ているのが見え、手を振って敵ではない事を伝える。
冷静に敵を観察し、射る号令が出せる者がいるのならば、自分の姿を見て敵と判断することはまず無いだろうと思いつつも、用心するに越したことは無い。
弓を降ろし、自分を指差す者、手を振り返す者が出てきたのを見て伝わったことを知る。
(救援が来たことが伝われば、希望になる)
エヴァンスはそのまま本丸を越え、裏手になる南側に出る。
この先は広く畑になっていたハズだ。
畦道は雑草のお陰で緑が多く見えるが、畑は土を掘り返した後なのだろうか、一面が焦げ茶色になっている。
その、一画。
赤い花が見える。
――違う。
「見つけたぜ、“番傘の歪虚”……!!」
めいは地上からエヴァンスを追っていたが、エヴァンスが掘を越え二の丸の方へ入っていってしまうと、大きく迂回しなければならなくなった。
「火が……」
しかし、城を挟んで東西には家が少ないとはいえ、その通りに沿いある家はほぼ全てが燃えている中をネーヴェに突っ切らせるのは無理があった。
見ればエヴァンスは本丸を抜けた南側へ出たようだ。そして、エボルグが降りていく姿も見えた。
「ネーヴェ、お願い!」
めいの言葉にネーヴェは素早く脇の道へと入ると、なるべく炎が酷くない道を選びつつ南下していく。
途中何体かのキメラとすれ違ったが、彼らは彼らの“食事”に忙しかったらしく、駆け去って行くめいをわざわざ相手にしようとはしなかった。
ぐっと下唇を噛み、半鐘の音も悲鳴も意識の外へと追いやり、ただ、エヴァンスを追った。
●
『歪虚の親玉らしい“番傘の歪虚”が南側にいるらしい』
この情報は通信器を持っている者には直接、ないものには道中すれ違ったハンターや陰陽寮の符術師達から口伝えに広がった。
「わかったよ、すぐ向かうね!」
遥華がブリードに命じて空へと旅立つ。
「ほぅ、“鬼”だと? そんなら俺がいかねェ訳にはいかねェだろォ! 大五郎ッ! しっかり付いてこいよ!!」
万歳丸(ka5665)は自分の相棒であるユグディラにそう声を掛けると、電動ママチャリのペダルを力強く踏み込んだ。
「え!? ちょ、待って下さい万歳丸さん!!」
慌てたのは一緒に戦っていたアシェ-ル(ka2983)と紅薔薇(ka4766)だ。
物凄いスピードであっという間に見えなくなっていく万歳丸。
「鬼らしき歪虚……万歳丸は話しがしたいのじゃろうなぁ」
万歳丸の気持ちを察してしみじみと紅薔薇が呟く。
「……だが、憤怒は駄目じゃ。殺そう。の、ニャー子!」
ユグディラにそう呼びかけて、紅薔薇は走り始める。
「わっ、紅薔薇さんまで、置いて行かないで下さ~い!」
アシェールは相棒のユグディラ、カジディラをサイドカーに乗せ、紅薔薇の後を追って走り始めた。
通信器があり、情報交換の手筈を整えていた者は、東西に伸びる掘りの横をキメラが彷徨いており、その1本外側の道は炎に挟まれ、一番外側の道が最も進みやすい、という意見交換が即時で行えていたが、通信器を持たず、または連絡先を合わせなかった者達はその情報がまわるまでにタイムラグが発生していた。
万歳丸の後を追う紅薔薇とアシェールの前には三体のキメラが立ち塞がっていた。
「その口に咥えておるものを降ろして、大人しく退けば、一息に斬ってやろう。そのまま向かってくるのなら、粉みじんになるまで切り刻んでやろう」
完全に目が据わっている紅薔薇と、そんな紅薔薇を見て「落ち着いて下さい?!」と紅薔薇の二の腕を握り留めるアシェール。
三体のキメラは何れも口の周り、その脚や胸元も血で汚れている。さらに一体は人の足と思われる肉片を加えたままだ。
「とりあえず早く此処を抜けて後を追わないと……未来の大英雄のお手伝いに間に合わなかったら困りますからね」
「あぁ……ニャー子、大五郎と共にいるのじゃぞ。っ、行くぞっ!」
紅薔薇が体重を感じさせない動きで肉片を加えたままのキメラへと肉薄する。
「お前ら如き、妾の力のみで斬り伏せて見せるわ」
無造作にも見える一閃が一体のキメラの脇腹を切り裂いた。
「えー、じゃあ私も殴っていきましょうかね」
魔導ガントレットを構え、魔導トライクでキメラの一体へと向かう。
その羽根の骨を折るべく殴りかかる。
キメラ達はその一撃の重さに距離を取るとブレスを放つ。
それを紅薔薇は華麗に躱してみせ、アシェールはガントレットと武者甲冑で見事受け流した。
「さぁ死ね、今すぐ死ね、さっさと死ね」
紅薔薇の鬼気迫る迫力に気圧されたのか、三体のキメラはじりっと一度後ろに下がったが、そんな己が許せなかったのか、大きく咆吼を上げると大地を掻き蹴って2人へと襲いかかっていった。
「西側は火の勢いが強いですが……行けないことはなさそうです」
夜桜 奏音(ka5754)が魔導伝話とトランシーバーの両方から連絡を入れると、横に並んだ仙堂 紫苑(ka5953)がシャツの袖口で口元を煙から守りつつ前を睨む。
「甲高い声……嫉妬の歪虚を思い出すな……面白そうな敵じゃねえか」
「その歪虚がハンターを語っていろんな所を襲っている元凶だというのなら……赦すことはできませんね」
紫苑の言葉に頷きつつ奏音も前を見る。
一刻も早く南側へ辿り着きたいが、道中にはキメラ達が彷徨いている。
ある程度の戦いは避けられないだろうと二人は顔を見合わせ、頷いた。
「ハハハハッ、腕が鳴るぞっ。これを覇道の魁にしてくれるわっ」
2人の後ろから高らかな笑い声と近付いて来る蹄の音。
ルベーノ・バルバライン(ka6752)が勇ましくゴースロンを駆けさせ、キメラが徘徊する道中へと飛び込んで行く。その背にはユグディラが必死の形相でしがみついているのも見えた。
「えぇっ!?」
目を丸くした奏音の横で、紫苑もまた魔導バイクのエンジンを吹かせた。
「あの勢いについていきましょう。1人より3人の方がキメラを相手にするにも苦労が無いはずです」
「……それもそうですね」
イェジドのゼフィールに前をいく紫苑を追うよう伝え、奏音もまた南側へと急いだ。
しかし、ものの50mも行かない地点で奏音と紫苑はルベーノに追いついた。
そこではルベーノが楽しそうにキメラ達と爪で殴り合いをしていた。
「おぉ? お前達も混ざるか? 楽しいぞ!」
先を急ぎたい気持ちは山々だが、明らかに多勢に無勢な中にルベーノを置いていくのも気が引けて、奏音と紫苑は再び顔を見合わせ、頷いた。
「何、軽いウォーミングアップだと思えば問題なかろう! 存分に体を温めてから首魁と戦えばいいのだ!」
そう言うと、背に張り付いていたユグディラを引っぺがして地面に降ろすと演奏するよう告げる。
ユグディラは「ぴゃっ!」と鳴いてキメラから距離を取ると練習曲を奏で始めた。
「仕方ない」
どのみちここを切り抜けなければ南側へは行けないし、ヘタに無視した結果キメラ達がついてきて戦闘の邪魔になっても困る。
紫苑はギアブレイドを銃へと変えると引き金を引いた。
「……的が大きい分助かる」
元凶と思われる歪虚がこの先にいるのなら、なるべくスキルは温存しておきたいというのは魔法系スキル使いならば自然な思考だろう。
奏音はゼフィールに爪と尾の鞭で攻撃するよう指示を出すと叫んだ。
「行きますよ、ゼフィール!」
「っち、ついてねぇな!」
キメラが少ないという情報だった外側の道でキメラと遭遇してしまったリュー・グランフェスト(ka2419)は思わず毒吐いてから剛刀を構え、冷静にキメラと対峙する。
「助力は必要か?」
同じ道を選択したメンカル(ka5338)がリューの背後から声を掛けるが、リューはそれに不敵に笑って返した。
「手負いに負けるほど間抜けじゃねぇよ」
恐らく先に通ったハンター達から逃亡した個体なのだろう。
片方の翼が折られ、空へ逃げることが出来なかったようだ。
「押し通らせて貰うぜ!」
リューは飛ぶように地を駆けると真っ直ぐにキメラへその切っ先を沈め、貫き割いた。
リューの言葉通り、手負いだったキメラは塵へと変わっていく。
だが、その横、燃え盛る家の中からキメラが飛び出してきた。
「な!?」
完全な不意打ちにリューは押し倒され、その獰猛な牙がリューの眼前に迫った。
その深淵のようにぽっかりと空いた口腔内に1匹のコウモリが飛び込んだ。
――否。正しくはメンカルの狙い澄まして投げた武器だ。
内部から喉を突き破られる衝撃にキメラが悲鳴を上げて仰け反る。
その隙にリューは素早く身を起こすとキメラとの距離を取り、そしてメンカルを見た。
弧を描く唇に投具をぺちぺちと当てながらメンカルはリューに訊ねる。
「もう一度聞くが、助力は必要か?」
「……あぁ、頼む」
そう言って、キメラへと対峙したリューに「違うだろう」とメンカルが呆れたように指摘する。
「人に頼むときは頼み方があるだろう?」
「……お願いします!」
キメラへの視線は逸らさず、叫ぶように告げたリューの耳に「まぁいいか」という声が届いた。
「今は緊急事態だからな。良しとしよう」
生真面目そうなメンカルの口調に、リューは思わず呆れ半分諦め半分のため息を吐いた。
「来るぞ」
メンカルの口調が真剣味を帯び、同時にリューは構えた剛刀で横薙ぎに襲ってきた爪を受け止めた。
その重さに吹き飛ばされそうになるのをリューは堪え、弾き返すとさらに踏み込んで翼の根元へと剛刀を突き立てた。
キメラが吼え、大きく躯を振った。
弾き飛ばされないよう両手で柄を握り締め、体重移動を利用してそのままさらに深く突き刺す。
一方メンカルは暴れるキメラの背部へとまわるとその尾を切り落とした。
堪らずキメラが大きく跳ね、その衝撃を利用してついにリューは片翼をもぎ落とした。
「これで、もう空へは逃げられないぜ」
ニヤリと口角を上げたリューに、ブレスが襲いかかるがこれうをリューは難なく躱してみせた。
「空に逃げる、ブレスを吐く、爪で引っ掻く、牙で噛みつく。これ以外にもう何もないのか、お前?」
すれ違い様に斬り付けていくメンカルの口から純粋に疑問に思っただけなのか煽りなのか判らない言葉が零れ、リューは思わず笑ってしまう。
「……? 何がおかしい?」
「いや、ちょっと他より体力があって好戦的なだけだよな!」
キメラ如き、強敵でもなんでもない。こんなところで立ち止まっていられないのだ。
「とっとと片付けて南側へ急ごうぜ!」
「……あぁ」
空気を震わす咆吼を上げキメラが突っ込んでくるのを、リューとメンカルは冷静に見て、避けた。
そして両サイドから同時に刃を胴体へと突き刺し、腹部を切り裂いた。
断末魔の咆吼を上げ、痛みによってかでたらめに両の前脚が宙を掻いて、そして倒れた。
「よし!」
その足先が塵へと変わっていくのを見て、2人は左手でハイタッチをすると南へ向けて走り出した。
「頑張るわねぇ、おじーちゃん」
雨が降っているわけでも無いのに広げられた番傘は、老侍の一撃を阻む。
そこへ龍の如き咆吼を上げたエヴァンスが飛び込み、胴を真横に凪いだ。
硬い金属がぶつかり合う音と共に、エヴァンスの一撃は折りたたんだ番傘に遮られ、お互いに後方に飛ぶと距離を取った。
「直接姿を見たわけじゃねぇが、この間お前が襲わせた村では随分世話になったな……"番傘野郎"!」
エヴァンスを不審そうに見て首を傾げ……顔色の悪い歪虚は唯一紅を引いたように真っ赤な薄い唇を釣り上げた。
「ごめぇんなさいねぇ? 心当たりがありすぎてどれのことだかわからないわぁ」
キンキンと耳に障る声。痩けた頬に骨と皮だけのような手を頬に当て歪虚は嗤う。
「てめぇ……!」
「フガフガフガ!(挑発に乗ってはならん)」
「……は?」
背に庇った老侍の言葉(?)に思わずエヴァンスは問い返す。
「フガフガフガ! フガフガフガ!(人の心にさざ波を立てるのがこやつの目的じゃ)」
どうやらこの老侍、歯がないらしい。
ゆえに、フガフガ言っているようにしか聞こえないが、それは神霊樹の翻訳機能が仕事をしてくれているらしく、意味は通じる。
「お、おぅ」
うっかり毒気を抜かれそうになって慌てて歪虚を睨み付け、戦意を維持する。
「俺はエヴァンスだ。爺さんは……」
「大平正頼と申す。フガフガフガ、フガフガー(この身朽ち果てようともここで歪虚を止めて見せますぞ)」
名前だけはハッキリと聞こえた。
(なるほど……ここの仮城主様か)
「あー、わかったぁ!」
唐突に奇声を発すると、歪虚がキャンキャンと高音で吼えるようにはしゃぐ。
「あなた、西方のハンター! でしょ? でしょ!? やっだー! ホンモノ初めて見たぁ!!」
アイドルでも見たかのようにぎょろ目を輝かせ、躯をくねらせる。
……よく見たところ顔色の悪さはどうやら白粉らしい。しゃべり方も仕草も妙に女っぽいが、体つきはどう見ても成人男性だ。
エヴァンスは妙に苛立つ内心を鎮める為に大きく息を吐き出し、吸った。
「え? 何? あなた一人ぃ? そんなわけ無いわよねぇ? え? こんな片田舎まで出張って貰っちゃうくらいアタシっては有名人になったとかぁ!?」
「煩い黙れ」
エヴァンスの言葉に歪虚はピタリと動きを止めた。
「やっだぁ、こわぁ~い」
その時、無数の光りが歪虚に向かって降り注いだ。土埃が舞い、周囲を隠す。
最大射程距離からのエボルグのレイン・オブ・ライトだ。
「やぁん、いったぁい!」
土埃が晴れると、そこには番傘を広げ、殆どダメージなど負っていなさそうな歪虚が立っていた。
「エヴァンスさん!!」
追いついためいがセイクリッドフラッシュで歪虚を撃つ。
それも番傘をガードするように広げ、両肩を竦めて見せる。
「んもぅ、何するのぉ? 玉のお肌に傷がついちゃったら大変じゃな……あらやだ」
着物についた土埃を払うような仕草をしながらめいを見た歪虚は、ぴたりとその動きを止めた。
「何あなた、凄い可愛い!!」
「……は、へ?」
めいは一瞬何を言われたかわからずキョトンと歪虚を見る。
「あなたお名前は? お歳はいくつ? カレピはいるのぉ?」
「!?!?」
唐突かつ予想外な質問攻めにめいは言いたい事が山ほどあったハズなのに、上手く言葉が纏まらない。
「煩ぇって言ってんだろ!」
生存剣に魔刃を解放し鋭く突く。
その一撃を番傘で撥ね除け、ステップを踏むように歪虚は後退する。
「え? 何? 嫉妬ぉ? ダメよぉ、良い男は悠然泰然と構えなくっちゃ……あ。それとも貴方がこの子のカレピとか!?」
「違います!!」
即答全力で否定するめい。
「……振られちゃったの?」
「違うわ!!」
思わず怒鳴り返してエヴァンスはギリリと柄を硬く握り直す。
その腕を軽く触れるように叩かれ、エヴァンスはハッと老侍を見る。
上空から稲光が走る。遥華のライトニングボルトに貫かれた歪虚はたたらを踏みつつも空を見上げ、広く周囲を見回した。
「あらん、まだ来る?」
歪虚の視線の先には畦道をチャリで爆走する万歳丸の姿。
キキーッという甲高いブレーキ音を立ててチャリを止めると、万歳丸はゆっくりとチャリから降りた。
「好き勝手ヤッてくれンじゃねェか……チビ妖怪……や、鬼か、てめェ?」
確かに額には2つのツノが見える。だが、拭えない違和感がある。
「……違うな……“混ざりモン”か」
両目を眇め、睨め付けると、歪虚は「うふふ」と嗤った。
「ご明察。“鬼”も混じっているわよん」
薄い唇から赤い舌がチロリと覗く。それはまるで蛇のように。
「――呵呵ッ、なるほどてめェが悪鬼なら俺は善鬼よォ! 未来の大英雄――万歳丸。推して参らァ!」
言うが早いか、万歳丸は力強く地を蹴ると瞬天足で敵の懐へと入り込む。
歪虚の正面にはエヴァンスとめいと老侍。上空背後にはエボルグと遥華を乗せたブリードがいる。
対して敵は1体。囲む様に布陣し、退路を断つのが常套手段だ。
目にも留まらぬ速さの連撃が番傘の歪虚を襲う。
その反対側からはエヴァンスが切り込んでいく。
歪虚は閉ざされた番傘でその連撃を受け止めながら、ほぼ同時に繰り出されたエヴァンスの刃は番傘の柄で軌道を逸らす。
その正面から老侍の電光石火の一撃も傘でいなして、万歳丸の最後の一撃も受け止めきった。
遥華のライトニングボルトが歪虚を貫くが、歪虚は意に介した様子も無く番傘を広げるとエボルグの放つ光線をその傘で受け止める。
「呵々ッ。全部避けずに受け止めやがった! さすがキメラとは違うな」
「あの傘が厄介だな」
楽しそうに笑う万歳丸に対し、エヴァンスは忌々しげに額から流れる汗を拭う。
めいのアンチボディがエヴァンスを柔らかく包む。
「お終いかしら?」
うっそりと歪虚は笑む。
「じゃぁ、今度はアタシからいくわよ」
懐から何やら2cm大の黒い玉を取り出すとそれを口に含んでガリリと噛み砕いた。
歪虚の足元から負のマテリアルが吹き荒れる。
「あぁ……か、い、か、ん……♪」
恍惚の表情を浮かべた歪虚の一挙一動を見逃すまいと、5人は固唾を呑んで見つめた。
「いくわよ~ん」
番傘がくるりと回り、宙に浮いた。その刹那、歪虚の姿が残像となって溶けた。
「!?」
エヴァンスが咄嗟に反応出来たのは今までの経験が活きたからだとしか言いようが無かった。
上体を捻り、鎧の胴部分で強烈な一撃を受け止め、反射的に剣を振り下ろした。
激しく刃がぶつかり、エヴァンスと歪虚は同時に距離を置き、まるでそこに吸い込まれるように番傘は歪虚の手の中へと収まった。
(……何だ、今、何で攻撃を受けた……?)
エヴァンスは番傘が閉じられること無く、空にあったのを見ていた。
しかし、腹部に感じた衝撃はただの拳よりも重い一撃。
「暗器か」
呵々ッ、と笑いながら万歳丸が仕掛け、それに合わせてエヴァンスもまた斬り掛かるがやはりその全てを番傘で受け止め、防ぐ。
(あの、何か食べたように見えた、あれは何だったんだろう)
遥華は歪虚の背後にいた為、何を食べたのかまでは見えなかった。
だが、明らかにアレを食べてから負のマテリアルの濃度が上がった気がした。
そして、遥華は視線の端、東西の道からそれぞれに走り寄るハンターの姿を捕らえた。
●
「置いていくとか酷いです!」
「後でどう詫びを入れさせようかのぅ!」
西側からはアシェールと紅薔薇、そして大五郎が。
「おお、ずいぶん面白そうなことになってるな。是非俺も混ぜてもらおうか」
「全くだ。楽しそうじゃねえか、俺も混ぜろよ」
(逃亡だけはさせない……)
東側からはルベーノ、紫苑、そしてすぐにでも地縛符を撃てるよう準備している奏音の姿が。
「あらやだぁ、いっぱい来ちゃった」
「おぅ、観念し時じゃねェか!?」
エヴァンス、老侍、そして万歳丸からの包囲網を、歪虚は攻撃を躱すついでに高く飛んで抜けた。
すかさず遥華とエボルグがライトニングボルトとファイアブレスで襲うが、番傘を広げて受け流す。
「んー……本当は色々やりたかったけど……」
再び懐に手を入れ黒い玉を取り出すとそれを口に含んでガリリと噛み砕き、同時に取り出した黒い箱の蓋を開いた。
「アタシ、勝てない戦はしない主義なの。それじゃぁ、ごきげんよう」
「テメッ」
「待て!」
「エヴァンスさん、万歳丸さん!!」
めいの制止の声も聞かず、飛び出した2人の目の前で黒い箱はひっくり返された。
それと同時に歪虚を中心として巨大な爆発が起きた。
「煙幕……!?」
遥華が逃亡さすまいと周囲に素早く視線を向ける。
地上ではどろりとした濃縮された負のマテリアルが地面に落ち、それは瞬く間に周囲を汚染し広がっていく。
「な、何だ!?」
「地面が!?」
汚泥のようになった地面に脚を取られ、タイヤが飲まれ、ルベーノと紫苑が転倒して地面に落ちた。
奏音はゼフィールにしがみつくことで転倒は間逃れたが、負の汚泥に脚を飲まれたゼフィールは上手く動けずにその場に立ち往生してしまう。
「ニャー!?」
「ニャー!!」
「ミギャー!!」
「ちょ、やめ! まっ!!」
「暴れるでない、危ないのじゃ!!」
アシェールのサイドカーに乗っているカジディラがパニックで暴れ、大五郎とニャー子にしがみつかれた紅薔薇も足を取られ、徐々に沈んでいく。
「クソッ」
「コイツはやられたなァ」
足は40cm程沈んだところで止まった。この時、歪虚を中心に直径100m範囲が高濃度の負のマテリアルで出来た汚泥に飲まれていた。
そして煙幕が晴れたときには既に歪虚の姿形は何処にも見当たらなかった。
「な、何が起こったんだ……?」
「大丈夫か!?」
遅れてやってきたメンカルとリューが汚泥に沈んだ一同を見て、驚きに目を見張ったのだった。
●
ようやく鎮火が完了し、最終的に25名のハンターと20名の巫女に大きな怪我人はいなかった。
人的な被害としては町民200名以上と町民の避難誘導に当たっていたこの城の侍が13名、亡くなった。
「フガ、フガフガ(助太刀、誠に感謝致す)」
それでも仮城主である大平正頼はハンター達を本丸へと招き入れると深々と頭を下げた。
「いえ。こちらの力及ばず……」
悠が頭を下げ、炎もまた沈痛な面持ちで目線を下げた。
「フガ、フガフガ(いや、そなたらが来てくれなければもっと被害は甚大だった。どうか頭を上げておくれ)」
「……凄い、本当にフガフガ言ってるようにしか聞こえんのぅ……」
「………………」
ヴィルマの耳打ちに源一郎は無言を返すが、神霊樹の翻訳機能にこれほど助かったと思った事は久しぶりかもしれない。
「そうです。あなた達が術士達を連れてきてくれた、それだけでも有り難いのに。我々からもお礼を言わせて下さい」
壮年の侍が頭を下げると、他6人の侍達も頭を下げた。
侍達もハンターが持ちよった薬や治癒術によって殆ど傷口は塞がっている。
「で、あの歪虚は一体何なんだ?」
エヴァンスが本題に斬り込むと、正頼は1つ頷いて口を開いた。
(以後、翻訳された内容のみを記載)
「名は叡身と言うようですな。恐らく長江の南から我々を襲ってきていた元凶の歪虚でしょう」
「えいしん」
それが、敵の名前。ユウが呟き、忘れぬよう心に刻む。
「……アレは難民を殺さずに此処に押し込めたように見えた」
万歳丸が鋭く正頼を見つめ、告げる。
「……本命は、コッチじゃなかったンじゃねェか?」
「彼奴めの狙いは、ここの龍脈にあったようでしたな」
「龍脈? 今回活性化させようとしていた?」
奏音が問えば、正頼は「左様」と頷いた。
「そのわりにゃ、本丸は無事だな」
万歳丸の言葉に「それがしに歪虚の考えなどわかりもしませんが」と前置いて正頼が侍の1人を見る。
「僭越ながら……わたしが得た情報に寄りますと、叡身と名乗ったあの歪虚はまず餓鬼とキメラをけしかけ、村を焼き、人を喰らいますが深追いはしません」
「……あぁ、俺達が長江の北の村で遭遇したときもそんな感じだったな」
エヴァンスが頷く。
だが、憤怒の歪虚は基本的に慈悲をかけないという特徴があるはずだった。
「……憤怒の眷属らしくないな」
メンカルが顎に手を当て思案する。
「……らしくないが……その怒りを“溜めておける”程の高位の歪虚という可能性はある、か」
もっとも一番“憤怒らしくない”歪虚が今の憤怒王、蓬生だったりするのだが、あれは例外中の例外ということで除外する。
「えぇ、一見鬼のように見えましたが、“混ざり物”……“キメラ”だと本人は言ってました」
憤怒も他の眷属に違えず“共食い”が出来る。他歪虚やヒトを吸収する事で、合成生物的意味で能力を増やすことが出来る眷属だ。
『“鬼”も混じっている』そう、あの歪虚は言った。つまり、他にも色々吸収した種族があるということだろう。めいはふるりと小さく体を震わせた。
「赤い番傘の歪虚……叡身は、何をしようというのでしょうか」
どんな理由があったとしても納得が出来るわけでは無いが、それにしても不可解だ。
「それこそ正頼様がおっしゃった通り『歪虚の考えなどわからん』ですかねえ?」
紫苑の言葉に紅薔薇が頷く。
「そうじゃ。どんなに高尚な理由があったとして、憤怒だというだけで赦されぬ」
呪詛を吐くように紅薔薇が低く告げる。
東方の剣として産まれた紅薔薇にとって、叡身と切り結ぶことすら出来なかったのは業腹だ。
「……あの。南側の汚染された場所はどうしますか?」
おずおずと手を上げて遥華が問うと、今まで黙っていた術師の代表が請け負った。
「私どもが浄化させて頂きます。……あれが、龍穴に落ちなくて本当に良かった」
一度は枯渇した恵土城地下の龍脈だが、正常な四季の巡りと人々の健康的な生活が産む陽の気のお陰でようやく回復の兆しが見えてきているところだった。
恵土城はこの龍脈の気が噴き出す『龍穴』に当たる部分に本丸が建立されている。
先の獄炎との決戦前、要石を置いたのはまさにそこだ。
「……もし、アレが龍穴に落ちていたら、どうなったと思う?」
旭の問いに、術師は暫し思案した後、ハッキリとした口調で告げる。
「恐らく、ですが。あの汚染濃度なら、再び龍脈は枯れ、恵土城周囲の農作物は全滅だったと思います」
「ふむ……それが目的だったのだとしたら、まぁ、ある程度辻褄が合うんじゃ無いか?」
腕組みをした紅媛が人差し指を立てた。
「これ以上龍脈に活性化されては困るからキメラ達の“食事”も兼ねてまず町を襲った」
紅媛の言葉を聞いて、「そうか!」と炎が顔を上げた。
「城には精鋭の侍達がいるだろうと予測して、まずは弱い者から襲って、キメラ達の糧にしやがったのか!」
「あくまで可能性の話しで、推測の域は出ないがな」
「壁と掘りの向こうでは炎と煙に巻かれ食い殺される者がいる、というのは、籠城している者にとってかなりクるだろうしねぇ。まぁ、連中がそこまで考えていたかはしらないけどねぇ」
アキノが両肩を竦めて見せた。
「酷い話しなの。まるで大好きなデザートを一番最後まで取っておくみたいな話しなの。許せないの」
両眉を撥ね上げたディーナの言葉にエルバッハが頷いた。
「ですが、そうやって“堪える”ことを知っている……堪えることが出来る、というのは脅威と言って差し支えないかと思いますね」
堪え、ため込んだ怒りを憤怒は忘れることはない。いつかそれを火山のように爆発して周囲にばらまく。それが憤怒という眷属だ。
「……でも今回、歪虚が連れてきた手勢全部を打つ事が出来ました。暫くは大きな動きも出来ないと見ていいんじゃないでしょうか?」
水月がミカの灰の髪を結わえてやりながら告げると、アシェールが術師を見た。
「龍脈の活性化にはどのくらいの時間がかかるんですか?」
「活性化させ、結界を堅固なものとするにはおおよそ半月から1ヶ月かかる想定でした。ですが……まずあの南側の浄化を行う必要がありますので……さらに時間はかかるかと」
ハンター達はオフィスを通るなど適切な手順を踏まなければ消費したスキルの回復が出来ないが、陰陽寮の術師達はその回復手段がまた異なる。
彼らは彼らで長期滞在で対処する計画を持っているということらしい。
「謙遜で無く、本当に何のもてなしも出来ませぬが、部屋だけはありますのでゆるりと休んでいってくだされ」
正頼がそう告げたことにより場は解散となった。
残ったハンター達は互いに顔を見合わせ……銘々散って行った。
「まさかあれほどまで逃げ足が速いとは思わなかったぜ」
リューが忌々しげに掌に拳を打ち付ける。
「リューさんが駆けつけたときには、もう……?」
刹那が問えばリューは渋面のまま頷いた。
「それも“憤怒らしくない”?」
グリムバルドの疑問に、リューは視線を彷徨わせた後頷いた。
「……らしいな。あんまり気にしたことなかったけど、言われてみればそんな気はする」
「折角強敵と戦えると思ったのに、がっかりだ」
ルベーノがガシガシと前頭部を掻きながらぼやく。
「強者の胸を借りるつもりだったのだが、まさか多勢に無勢と読んで逃げられるとはな。倒れるまで殴り合う矜持も持たぬとは、なんと器の小さい歪虚だ」
ルベールの言葉に刹那とグリムバルドは顔を見合わせた。
「……だからこそ、気味が悪いな」
ぼそりと旭が零す。
重い沈黙が場に降りた。
●
恵土城周辺は元々肥沃な土地と、年間を通して温暖な気候から農作物が良く育つ地域だったという。
憤怒本陣が南に現れ、北上するように攻め入られた結果、恵土城以南は早々に不毛の地となったが、それでもこの地域で取れる『カカオ豆』が負のマテリアルに強く枯れずに残っており、東方では滋養強壮の“豆”として古来から重宝されていた。
それが西方ではチョコレートの材料になるということで今や東方の経済を支える要の1つにまで台頭したと言って良い。
ゆえに幕府はカカオ豆の生殖地である長江地域の奪還と保守を進めていた。
直接恵土城を支援するのではなく、その先にある長江へハンターを向かわせた。
『恵土城からの報告は聞いています。しかし、救援要請無しに、幕府軍を動かす事はできません』
そう、立花院 紫草(kz0126)が言ったという噂は多くのハンターが耳にした話だ。
しかし、南の防衛の要と言われる恵土城が奪われる事は多重の意味で幕府へダメージを与える。
今回はたまたま朝廷が主導となり符術師達、そしてそれを護衛しろというハンター達が現場に居合わせたために難を逃れた。
前回の調査で町人達、特に商人達との繋がりを得ていた源一郎が聞き込みをした限り、町は幕府への不満でいっぱいだった。
一方で町人の間で大平正頼という人物評価は悪くは無い。
何でも前城主だった千代家とは遠縁にあたるらしく、獄炎討伐後に幕府からの勅命で仮城主として収まったらしい。
直属の家来は決して数多く無いが、正頼を信頼し良く仕えている。
そのためいたずらに民を虐げるようなこともしない。
税の取り立ても無体を強いるような額では無く、その内訳もきちんと公表しているため、追加徴収をかけるときでさえ不満が少ないのだという。
ただ、ここ半年で一気に増えた難民への扱いには手をこまねいていた印象があったが、それでも少し離れたところに村を作り、定住を希望する者にはそちらへ移るよう誘導を始めていたところだという。
一方で幕府が取ったのは街道の警備強化。
「まるで難民に移動を強要するようじゃないか?」
それは、荷や難民を守る為だったのかもしれないが、その場に住まう人達にはそうは映らなかったらしい。
「一体幕府はどうしたっていうんだろうか。ここが無くなったらまた獄炎みたいなのが都を襲う可能性に気付いていないんだろうか」
「カカオ豆さえ取れればいいんだろうさ。今回はこうやってハンターさん達が助けてくれたけど、次はそうもいかないだろうねぇ。やだねぇ」
「カカオ豆を独占して、私腹を肥やそうとする……オエライ様の考えそうなこったね」
ヴィルマが水くみを手伝っていると聞くとも無しにそんな町民達の声が入って来る。
「正頼様は何度も幕府に文を出していたっていうじゃないか……」
「そういえば、前回西方のハンター達が来てくれたのも朝廷主導だったって噂じゃ無いか」
ヴィルマはいつしか瓶に水を移す手を止め耳を澄ませていた。
「帝は何をされているんだろうか。またかつてのように俺達は見捨てられるんかね……」
恵土城と天ノ都はあまりに遠い。
陸路しか無く、徒歩ならば歩き通しても7日以上かかるし、馬を使っても5日かかる。
それ以外の交通手段が無い中、情報の伝搬も当然に遅れる。
危機が迫ったとき、すぐに手を差し伸べることが出来ないもどかしさをヴィルマは痛感していた。
「……今はまだ正頼様がいて下さるから……でも、もし幕府が正頼様をこの町から奪うようなことがあったら……」
「その時はその時さ。それよりも今日の飯をどうするかだよ。家が焼けちまった人には城の備蓄を出してくれるって言う話しだけど、これは暫くコメの値段が上がるよ。自分の畑を荒らされないように何かしないとねぇ」
町人達の話しは自分達の今後の生活に関する物へと移っていった。
それは絶望に沈むだけでは無い、今日を明日をどう生きるかという力強さに満ちた会話だった。
ヴィルマは止めていた手を再び動かし、瓶へと水を注ぎ入れた。
町の復興には時間を要するだろう。
それでもこの町は必ずまた元の賑わいを見せてくれるだろう。
なぜなら守り、生き残った人々がいるからだ。
彼らの瞳は絶望に閉ざされていない。
どれほど歪虚に虐げられ翻弄されても、決して諦めない人々の強さをヴィルマは少し眩しそうに目を細めて見つめた。
だが、その希望の一助にはハンターの活躍があったからだ。
この時を生き延びた恵土城の人々はハンターへの感謝を生涯忘れなかったという。
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相談所 エヴァンス・カルヴィ(ka0639) 人間(クリムゾンウェスト)|29才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/12/06 11:30:59 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/12/05 04:51:14 |