ゲスト
(ka0000)
【CF】崑崙の雪
マスター:猫又ものと
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
●辺境の地で
クリムゾンウェストでは『聖輝節』という名で呼ばれている祭は、リアルブルーで『クリスマス』と呼ばれているらしい。
サンタクロースという聖人の伝説は、リアルブルーが発祥だというのも、蒼の世界に渡ってから初めて知った。
自分の育った紅の世界に、これだけ蒼の世界のものが浸透しているということは、もうずっと昔から『転移』というものはあったのかもしれない。
初めて触れた蒼の世界。そこに住む人々。
――そういう話を沢山知った。色々なものを見た。
直接行ってみなければ分からないことが沢山あった。
結果的に、左目と左腕は喪ったけれど……それでも。蒼の世界に渡って良かったとイェルズ・オイマト(kz0143)は思う。
隻眼で窓の外を見つめるイェルズ。
――メタ・シャングリラ……いや、今はラズモネ・シャングリラとなった、そこのクルー達はどうしているだろうか。
挨拶もしないままに紅の世界に戻って来てしまって、きっと心配しているに違いない。
何とか連絡を取れないものか……。
そういえば、今年の聖輝節はリアルブルーと合同で行われると聞いた。
ハンターや宙軍の慰労を兼ねているとも言っていたし、会場に行けばクルー達に会えるのではないか……?
名案に顔を上げたイェルズ。そこに茶色の髪を揺らしてベルカナが小走りでやってきた。
「兄さんごめんなさい。チューダ様が聖輝節のパーティーに参加されるとかで、準備を手伝わないといけないの。ちょっとの間留守にするけど……」
「あのさ、ベルカナ。俺もその会場に行きたいんだけど」
「……ハイ?」
●月面にて
月面基地『崑崙』。基地というだけあって、本来は季節は存在しない。
ただそこで暮らす人間は季節や天気に変化がないと生活環境に変化が無いことになり、体調に支障を来たす。
それ故に、崑崙のドーム内には人工的ではあるが季節も天気も設定されている。
普段であれば、冬であれば気温が下がり、少し雨や雪が降る……という程度のものであるが、今年は違っていた。
リアルブルーで有名な『ムーンリーフ財団』が崑崙でクリスマスパーティを開催すると宣言したからだ。
――ムーンリーフ財団とは、リアルブルーのイギリスはエディンバラに本拠地を構える財閥である。
月の資源開発を元に急成長させた先代総帥ジャン・ムーンリーフによって創設された。
現在は資源開発に留まらず、メディアや医療、民間軍事会社(PMC)など多角経営、莫大な資金力と豊富な人材を武器に統一地球連合軍や統一地球連合議会にも大きな影響力を持っているらしい。
資金提供の他、元々高度な国軍を持たなかった国に対しては、PMCとして教練などを行い、CAMパイロット養成などで支援している。
『――人々と安心と安寧を提供する』をモットーに、多くの市民の明日を護ると公言している。
現総帥であるトモネ・ムーンリーフは、先の戦いを労う意味を込めてハンター達を労いたいと動き出し、莫大な私財を投資して崑崙のスタジアムに巨大な『雪の国』を作り上げた。
人工雪を大量に用意し、スキー場やスケート場、かまくらを作ったり雪遊びが出来るイベント会場を完備。
更には雪と氷で作られたホテルと食事などが楽しめるフードコートを併設。
日中は雪がしんしんと降り、イルミネーションが輝く。
また、夜になるとドームの天井が開いて星が見られるそうで……まさに雪の中に現れた観光地といったそこに、今年は東方や北方など、多数の地方から人がやってくる事が予想され、崑崙はいまだかつてない大騒ぎとなっていた。
●崑崙の雪
「……という訳ですね。皆さん、崑崙に雪を見にいらっしゃいませんか」
そう切り出したレギ(kz0229)に目を瞬かせるハンター達。
無理もない。月面基地に雪だなんてちょっと想像が追い付かない。
「つかぬことを聞くけど、崑崙って雪降るの……?」
「ああ、今年は特別ですよ。リアルブルーとクリムゾンウェスト合同でクリスマスが行われることになったでしょう? ムーンリーフ財団のトモネ様が『我らの世界の為に尽力してくれたハンター達を持て成すのだから盛大にせねばいかん』と仰ったとかで、スタジアムが雪の世界になってるんですよ」
「へー。雪の世界かあ……」
「月の基地に雪だなんて、ちょっとロマンチックだわね」
「ハイ。普段の崑崙と全く違って、何だか絵本の世界のようになってるんですよ」
「ああ、その話ちょっと聞いたわ。今年の崑崙、そんじょそこらのリゾート施設が裸足で逃げ出すくらいの設備揃ってるらしいわよー」
レギとハンターの声に身を乗り出す仲間達。
スキー場やスケート場、雪と氷で出来たホテル……そんな冬の醍醐味を一度に楽しめるなんて、蒼の世界でも紅の世界でもなかなかない。
「月面から見る星はとても綺麗だそうですよ。イルミネーションも設置されてますし、皆さんも是非いらしてください。デートにも最適ですし……気になる人とか、恋人とかと一緒に行くといいことあるかもですよ! お一人の方は僕で宜しければエスコートしますよ」
バチンとウィンクをするレギに顔を見合わせるハンター達。
その言葉にちょっと考えて……頷き、出立の準備を始める。
そんな彼らの脳裏には、想い人の顔が浮かんでいた。
クリムゾンウェストでは『聖輝節』という名で呼ばれている祭は、リアルブルーで『クリスマス』と呼ばれているらしい。
サンタクロースという聖人の伝説は、リアルブルーが発祥だというのも、蒼の世界に渡ってから初めて知った。
自分の育った紅の世界に、これだけ蒼の世界のものが浸透しているということは、もうずっと昔から『転移』というものはあったのかもしれない。
初めて触れた蒼の世界。そこに住む人々。
――そういう話を沢山知った。色々なものを見た。
直接行ってみなければ分からないことが沢山あった。
結果的に、左目と左腕は喪ったけれど……それでも。蒼の世界に渡って良かったとイェルズ・オイマト(kz0143)は思う。
隻眼で窓の外を見つめるイェルズ。
――メタ・シャングリラ……いや、今はラズモネ・シャングリラとなった、そこのクルー達はどうしているだろうか。
挨拶もしないままに紅の世界に戻って来てしまって、きっと心配しているに違いない。
何とか連絡を取れないものか……。
そういえば、今年の聖輝節はリアルブルーと合同で行われると聞いた。
ハンターや宙軍の慰労を兼ねているとも言っていたし、会場に行けばクルー達に会えるのではないか……?
名案に顔を上げたイェルズ。そこに茶色の髪を揺らしてベルカナが小走りでやってきた。
「兄さんごめんなさい。チューダ様が聖輝節のパーティーに参加されるとかで、準備を手伝わないといけないの。ちょっとの間留守にするけど……」
「あのさ、ベルカナ。俺もその会場に行きたいんだけど」
「……ハイ?」
●月面にて
月面基地『崑崙』。基地というだけあって、本来は季節は存在しない。
ただそこで暮らす人間は季節や天気に変化がないと生活環境に変化が無いことになり、体調に支障を来たす。
それ故に、崑崙のドーム内には人工的ではあるが季節も天気も設定されている。
普段であれば、冬であれば気温が下がり、少し雨や雪が降る……という程度のものであるが、今年は違っていた。
リアルブルーで有名な『ムーンリーフ財団』が崑崙でクリスマスパーティを開催すると宣言したからだ。
――ムーンリーフ財団とは、リアルブルーのイギリスはエディンバラに本拠地を構える財閥である。
月の資源開発を元に急成長させた先代総帥ジャン・ムーンリーフによって創設された。
現在は資源開発に留まらず、メディアや医療、民間軍事会社(PMC)など多角経営、莫大な資金力と豊富な人材を武器に統一地球連合軍や統一地球連合議会にも大きな影響力を持っているらしい。
資金提供の他、元々高度な国軍を持たなかった国に対しては、PMCとして教練などを行い、CAMパイロット養成などで支援している。
『――人々と安心と安寧を提供する』をモットーに、多くの市民の明日を護ると公言している。
現総帥であるトモネ・ムーンリーフは、先の戦いを労う意味を込めてハンター達を労いたいと動き出し、莫大な私財を投資して崑崙のスタジアムに巨大な『雪の国』を作り上げた。
人工雪を大量に用意し、スキー場やスケート場、かまくらを作ったり雪遊びが出来るイベント会場を完備。
更には雪と氷で作られたホテルと食事などが楽しめるフードコートを併設。
日中は雪がしんしんと降り、イルミネーションが輝く。
また、夜になるとドームの天井が開いて星が見られるそうで……まさに雪の中に現れた観光地といったそこに、今年は東方や北方など、多数の地方から人がやってくる事が予想され、崑崙はいまだかつてない大騒ぎとなっていた。
●崑崙の雪
「……という訳ですね。皆さん、崑崙に雪を見にいらっしゃいませんか」
そう切り出したレギ(kz0229)に目を瞬かせるハンター達。
無理もない。月面基地に雪だなんてちょっと想像が追い付かない。
「つかぬことを聞くけど、崑崙って雪降るの……?」
「ああ、今年は特別ですよ。リアルブルーとクリムゾンウェスト合同でクリスマスが行われることになったでしょう? ムーンリーフ財団のトモネ様が『我らの世界の為に尽力してくれたハンター達を持て成すのだから盛大にせねばいかん』と仰ったとかで、スタジアムが雪の世界になってるんですよ」
「へー。雪の世界かあ……」
「月の基地に雪だなんて、ちょっとロマンチックだわね」
「ハイ。普段の崑崙と全く違って、何だか絵本の世界のようになってるんですよ」
「ああ、その話ちょっと聞いたわ。今年の崑崙、そんじょそこらのリゾート施設が裸足で逃げ出すくらいの設備揃ってるらしいわよー」
レギとハンターの声に身を乗り出す仲間達。
スキー場やスケート場、雪と氷で出来たホテル……そんな冬の醍醐味を一度に楽しめるなんて、蒼の世界でも紅の世界でもなかなかない。
「月面から見る星はとても綺麗だそうですよ。イルミネーションも設置されてますし、皆さんも是非いらしてください。デートにも最適ですし……気になる人とか、恋人とかと一緒に行くといいことあるかもですよ! お一人の方は僕で宜しければエスコートしますよ」
バチンとウィンクをするレギに顔を見合わせるハンター達。
その言葉にちょっと考えて……頷き、出立の準備を始める。
そんな彼らの脳裏には、想い人の顔が浮かんでいた。
リプレイ本文
雪遊びではしゃぎ過ぎた者達の為にあれこれ手配をしていた十 音子(ka0537)は、薄着で歩く人物を見つけて声をかける。
「スメラギさん。防寒具着て下さいね」
「うおっ!? 音子か。びっくりしたじゃねえか」
「この寒いのにその格好で歩いてる方がビックリですよ」
スメラギの肩に上着を被せる音子。ふと気になったことを口にする。
「ところで、スメラギさんのお母さんのお話聞きませんよね。今どうされてるんです?」
「俺が赤ん坊の頃に死んだよ」
「あら。変な事聞いてすみません」
「別に構わねえよ」
「そうですか? じゃあ……ご両親の馴れ初めとか聞いてます?」
「ものすげえ強い人だったらしいぜ。紫草と渡り合えるくらい。親父もそこが気に入ったとか何とか。……てか、何でそんなこと知りたがるんだよ」
「いえ、縁談のお役に立つかなあと思いまして」
「……あんま役に立たねえと思うな」
「いえいえ。こういうのは何が切欠になるかわかりませんし! そうだ。恋や家族を勉強したいのなら本を読むのも良いですよ」
「本なあ……。人間関係についてはあんま役に立たなくね?」
「……妙に実感篭ってますね」
「そりゃあ俺様、お柱やってる時は筋トレするか本読んでるかだったしなー」
肩を竦めるスメラギをじっと見つめる音子。
時間が有り余っていた彼。読む本は偏っていたに違いない。
恋愛小説を読んでいたらこうはなっていないはずだ……!
「スメラギさん、まずは軽い恋愛小説から始めましょう。蒼の世界にライトノベルというのが……そうだ。善は急げと言いますし早速見に行きましょうか」
「いやいやいいって!」
帝をずるずると引っ張っていく音子。彼女の世話焼きはまだまだ続く。
「ざくろ、寒くないのか……?」
「動き回ってたら暑くなってきちゃった! ……けど手だけは冷たいね」
「それはそうだろう。手袋だけはしていた方がいいぞ」
せっせと雪を集めてくる時音 ざくろ(ka1250)にくすくすと笑う白山 菊理(ka4305)。
夫は元々何事も一生懸命取り組む人であることは知っていたけれど、雪遊びも例外ではないのだな……。
大きな雪玉を作り上げて、嬉しそうにしているざくろを見ているだけで楽しい。
「菊理。頭の部分出来た?」
「……綺麗に丸くするというのはなかなか難しいのだな」
雪遊びが初体験だという菊理。形を整える為にあっちにこっちにと転がしているうちにどんどん大きくなっていき……気づけば、雪玉は胴体とあまり変わらぬ大きさまで成長していた。
「すまん。これでは大きすぎたな」
「ううん。頭の大きい雪だるまも可愛くていいんじゃないかな! よし、この頭を一緒に胴体に乗せよう!」
「分かった。ざくろはそちらを頼む」
「OK! じゃあ、行くよ! せーの……!!」
雪玉を抱え上げた2人。それは予想以上に重くて……バランスを崩した2人は雪玉を放り投げる形で雪の上に倒れ込む。
「うわあ雪冷たっ! ああ、ごめん菊理。大丈夫?」
「問題ないが……その。そこから手を退けてくれないか……」
「わああああ!? ご、ごめん!!!」
気づけば妻の臀部を掴む形になっていて慌てて身を起こそうとするざくろ。
菊理に手を引かれて、もう一度雪の上に倒れ込む。
「わぷっ。菊理、何……?」
「見ろ。綺麗な星空だ。……だが、夜空に月がないのは少々物足りないな」
「わあ、本当だ……。地上で見る星とまた違う感じだね……」
「……しかし雪の上に寝ていると流石に寒いな」
「そりゃそうだよ。あ、じゃあざくろが暖めてあげようか?」
「そう、だな……。ちゃんと戻ってからだぞ?」
菊理に指で唇を突かれて、頬を染めたざくろ。
夫婦の時間は、まだまだこれから――。
……それにしても、2人が飛ばした雪玉はどこに行ったんでしょうね?
「ねえ、ちょっとおかしいでしょ!?」
イルミネーションの為に照明を絞ったスタジアム。
ナイター照明に照らされた白銀にこだまするエリオ・アスコリ(ka5928)の悲鳴に近い声。
その声を聞きつけた鞍馬 真(ka5819)が駆け寄って来る。
「何だどうした!? 事件か!?」
「真さんアレ見て……! もう僕どこからどうツッコんでいいのか……!」
見たのはエリオの指差す先。白銀の上を華麗に滑ってやってきたそれに、真のアゴがかくりと落ちる。
「……何アレ」
「ウサギとしいたけ……?」
「何でそれが滑ってんの?」
「着ぐるみはふかふかで温かいし、転んだ時もバッチリガードできるデショ?」
「そうそう! そういう意味で着ぐるみは完璧だよな!!」
2人の疑問に答えるアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)と藤堂研司(ka0569)。雪を散らしながらやってきた茶色いウサギとしいたけの着ぐるみにエリオが頭を抱える。
「いやいや着ぐるみが暖かそうなのは認めるけどさ!? 何で藤堂さんは敢えてそれなの!? というか2人とも普通に滑れてるのおかしいでしょ!」
「ん? たけのこにも配慮しないと戦争が起きるだろ?」
――研司は何を言っているんだ。
死んだ魚のような目を向ける真とエリオ。
そう言われてみると、彼のしいたけの胸元に目つきの悪いたけのこが描かれている。
「ふむ。しいたけとたけのこには世界平和の意味があるのか。初めて知った」
「ちょっといたいけなオートマトンさんが勘違いしちゃうでしょおお!!?」
「大丈夫。いつものことだし師匠以外は気にしないんだよ」
居合わせたマリナ アルフェウス(ka6934)の呟きに青ざめるエリオ。ユリアン(ka1664)の声が聞こえて振り返って……。
「待って。ユリアンさんは何でバナナに乗ってるの!?」
「ん? たまにはこういうのもいいかなあって……」
「イヤアアア! ユリアンさんだけは常識人だと信じてたのに!!」
「何ていうか、大変だな……。えっと。お茶でも飲むか? 私のかまくらに来ればとっておきのお茶があるよ」
嘆くエリオを励ます真。その異変に気付いたのは、風を切ってバナナボートで滑っていたユリアンだった。
「……何か変な音しない?」
微かに聞こえる何かが雪にぶつかる音。それはどんどん大きくなって……突如としてゲレンデの傾斜の上から巨大な雪玉が出現した。
「……!? エリオさん、お茶はゲレンデにいる一般人を避難させてからでいいかい?」
「勿論!」
言うや否や駆け出す2人。ユリアンもバナナボートで器用に方向転換しながら注意喚起をして……すごい勢いで転がる雪玉。その進行方向に、2つの着ぐるみがあることに気が付いた。
「アルヴィンさん! 研司さん! 逃げてええええ!! ……って、もう遅かったかな……」
その頃、しいたけと茶色いウサギは巨大雪玉と追っかけっこをしていた。
「地元が積雪量渋すぎるから今日は堪能すっぞーと思ってたけどいきなりハードモードじゃない!!?」
「アハハハ! 転ぶのも滑るのも皆一緒だと楽しいネ! 雪玉君も一緒だなんて最高ダヨ!!」
「アルヴィンさん、俺知ってるよ! スキーの基本は転倒と8の字だ!」
「研司君詳しいネ! 8の字って雪だるまに似てると思わないカイ?」
「似てる! そうかだから雪玉なのか……ってあああああああ!!」
べしょっという音がして雪玉に轢かれた2人。
その前方には渾身の力で固めた雪玉を手にしたマリナが立ち塞がる。
「ほほう……。これが噂に聞く雪合戦、というやつだな。良かろう、相手になろう。ターゲットロック。撃墜する」
「マリナさん、一応手加減してあげてくれると嬉しいな」
「大丈夫だ。問題ない。雪合戦は真剣勝負と聞いた。苦しみは少なく確実に引導を渡してやる」
ユリアンのお願いにズレた返答をするマリナ。
全弾確実に雪玉に当てて、着実にダメージを与えて雪玉崩している辺り流石としか言いようがないが……その。これは、巻き込まれた着ぐるみ達にも直撃している筈で……。
「「……2人がどうか無事でありますように」」
「いつものことだし多分大丈夫だろうけど……一応薬用意しておこうかな」
聞こえるマリナの笑い声に思わず天に祈ったエリオと真。ユリアンは1人のほほんとしていた。
「白い。冷たい……。これが、雪」
噛みしめるように呟くトラウィス(ka7073)。
雪は知識として持ってはいたが、触れるのは初めてで……雪の感触も、雪で遊ぶ人々も見ているとバイタルが上昇する。
これが、楽しいという感覚なのだろうか――。
目線を移した彼。雪の中に何かが埋まっているのに気づいてそれに近づく。
「……大丈夫ですか?」
「いやあ、ゆきを踏んでみようしたら埋まってしまって……助かったよ」
雪にずっぽりと嵌ったまま笑う深守・H・大樹(ka7084)。トラウィスはそんな彼を掘り起こす。
「新雪は柔らかいですから、気を付けないとあっと言う間に埋まってしまいますよ」
「へー。あなたはゆきについて詳しいの?」
「私も見るのは初めてなのですが、知識はあります」
「じゃああの、丘の上で板つけてる人達は何をしてるんだろ」
「あれはスキーですね。元々は狩人の雪の山野を移動する手段を、スポーツにしたものですよ。専用の板に乗って雪の上を滑って遊びます」
「そうなのか! ちょっとやってみたいけど、オートマトンじゃ無理かな」
「私達も練習すれば出来ると思いますよ」
「おー! 後で試してみよう! あ、道具使わないで出来るゆきの遊びってないかな」
「ああ、それでしたら……」
近くの雪を拾い、手早く雪玉を作るトラウィス。小さな雪だるまを作って、大樹の手に乗せる。
「これは何?」
「雪だるまと呼ばれるオブジェですよ。2つの雪玉を重ねるだけで簡単に出来るので、良く作られているそうです」
「へえ……! 面白いな。僕も作ってみよう……!」
早速雪だるまを作る大樹。新雪を綺麗な丸にするのは難しかったけれど、可愛らしく出来たそれに顔を綻ばせる。
「持って帰りたいけど、これ溶けちゃうんだよね」
「そうですね。氷点下でなければ形の維持は難しいですね」
「じゃあカメラに収めておこう。えっとあなたは……トラウィスさんだっけ。一緒にすきーやってみない?」
「ええ、いいですよ」
提案に頷くトラウィス。雪は時として新たな出会いを連れて来る。
雪化粧をした木々。周囲を彩る鮮やかな光。
枝に咲く光の花。そして空に瞬く星々。
そんな景色を見つめながら、志鷹 都(ka1140)はあの人を想う。
色を喪った、凍えるような世界から彼を救いたいと願った。
時を経た今も見せる苦しげな顔。それを見る度に心が張り裂けそうになる。
――貴方が闇に彷徨うなら、先を照らす月の光に。
寒さに凍えているのなら、命を芽吹かせる春の風に。
……貴方の上に降った痛みも悲しみも全部、優しく融かす存在でありたい。
どれだけ願い、寄り添っても、彼の傷が消える事はないのかもしれない。
それでも、私は……。
花弁のように舞う雪。
あの頃の貴方もこんな風に、眩しい景色を眺めていたのだろうか。
光に満ちた世界はとても綺麗だけれど……本当は貴方の隣で見たかった。
都はペンダントにそっと手を沿えると、祈りを捧げるように手を重ねて――。
ただただ、あの人の幸せを願う。
「雪で遊ぶなんてよく考えるよねー」
「雪合戦もスキーも楽しいですよ。ラミアさんはやらないんですか?」
「あたし、寒いの苦手だし……イェルズ、スキーやるの?」
「ハイ。今日も療養中じゃなければやりたかったんですけどね」
隣を歩く赤毛の青年を見上げるラミア・マクトゥーム(ka1720)。
一面の雪景色で綺麗なはずなのだがあまり目に入らない。
前に比べたら顔色は良くなっているけれど。左目は眼帯だし、服の左腕の部分は結ばれていて……正直心配にもなるけれど、これがイェルズの『日常』になって行くのだと考えれば、過度な気遣いは彼の為にならない。だから……。
「少しは慣れた?」
「ええ。右手だけの生活が結構大変ですけど」
「義手作るんだよね。その時は手伝いに行くよ」
「そこまでして貰うのは悪……」
言いかけたイェルズ。片目で上手く距離感が掴めないのか、段差に足を取られて――ラミアが咄嗟に支える。
「大丈夫かい?」
「すみません……! カッコ悪いですね俺」
「そんなの気にしなくていいんだよ。無理な時はちゃんと言う。無茶はしない。わかった?」
「あまり納得はしたくないんですけど……」
「強がろうとするの悪い癖だよ!? 困った時は頼りな」
背中を叩いて来るラミアに笑うイェルズ。
……一族の者達は腫物に触るように自分に接するけれど。
彼女は以前と変わらなくて安心する。
「で、イェルズは用事あるの? あたしは買い物したいんだけど」
「俺、リアルブルーでお世話になった皆さんに挨拶に行きたいんですよ」
「了解。付き合うよ。あと、今後あたしに対して敬語はなし!」
「えっ!? 急にそんな事言われても……」
「いーからいーから。ホラ行くよ」
彼の右手に手を添えて歩き出すラミア。今日は楽しい1日になりそうだ。
宵闇に輝く色とりどりの光。そこに浮かぶ族長の顔は相変わらず無表情で、イスフェリア(ka2088)の穏やかな笑顔とは対照的だ。
「もう怪我は良くなった?」
「お陰様でもう何ともない……。休んでいる間ヴェルナーに仕事を押し付けてしまったゆえ……早く復帰せねばな……」
襲撃を受けた遺跡のことや歪虚への対策を話し合わねば……と続けたバタルトゥ。
相変わらずの様子に彼女は苦笑する。
「折角のお休みなんだから、ちょっと羽伸ばそうよ」
「……羽は伸ばしすぎるくらい伸ばしたが……」
「今までのは療養でしょ。焦っても何もならないし、オンとオフも、どっちも大切だよ」
――俺の身は、罪を贖う為にある。
去年の冬、不思議な夢を見た。
そこで、彼が言っていた台詞を思い出す。
一族の罪、何もかもを一人で背負おうとしている。
誰よりも辺境の未来を願いながら、自分の未来は見ていない。
そんなこと、誰も望んではいないのに。どうしてここまで自分を追い込むのだろう。
きっとここまで来るのに色々あり過ぎたからだとは思うから、すぐには無理だろうけれど。
少しづつでも、囚われた彼を開放出来たらいい――。
「はい、バタルトゥさん。これ……子供達に渡してあげて」
「……写真?」
「うん。今日の夜景を撮ったの。出来たらお土産話も聞かせてあげて欲しいな。バタルトゥさんが楽しんだ話を聞けたら、皆喜ぶと思うから」
「……いつも子供達に気を遣って貰ってすまないな。イスフェリアは次いつ来るのかと何度も聞かれるくらいには、子供達も喜んでいる……」
「あら。そうなの? じゃあまた今度遊びに行くって伝えておいて」
「ああ、また質問攻めに遭いそうだな……」
呟くバタルトゥ。子供達に囲まれる彼を想像して、イスフェリアは目を細めた。
――愛ではなく恋をしていた事に気付いたのは最近
夜空のようなドレスに素足を晒して竪琴を爪弾く黒の夢(ka0187)。
現れたその人に笑顔を向ける。
「バターちゃん……!」
「そういうことはするなと何度も言ったはずだ……」
不意に抱きついた彼女を硬い表情のまま押し戻すバタルトゥ。黒の夢は金色の瞳を揺らす。
そういえば、『そういうことは唯一人と決めた相手とすべきだと思うしそうしたい』と言っていた。
ついこの間も聞いたばかりだ。
今にして思えば、それが彼なりの主張だったのだろう。
それでも。だからこそ、伝えなくてはいけない言葉がある。
「あのね。バターちゃんは我輩の本当の意味での『初恋の人』だったのな。……心の恋人になら、なってくれる?」
愛しているわ、誰よりも……そう続けた彼女に、バタルトゥは静かに告げた。
「……お前の多夫を抱える主義は否定しない。お前の想いも否定はしない。が……それに応えることはできない」
目を伏せる黒の夢。
想いに嘘はなくても……生真面目な彼に多夫というのは受け入れがたいものだったのか。
――そもそもの願いは、彼らの生存だった。
己が『欲しいもの』を持っている貴方達の役に立てるようにと思った。
この人はいつも、自分の為には闘わないから。
それは独り善がりのものだと理解はしていたつもりだったのに……淡い期待を抱いてしまった。
脳裏に過る黒い龍。感覚のない指先。
もし私が先に死んだ時は忘れて……もし堕ちた時はどうか終わりを頂戴と願うのは勝手だろうか。
もういいの。きっと、もうすぐ――。
ねえ、貴方。来世は星を見つけてくれる……?
巡る星々。その先で――。
その後にやってきたスメラギ。同じように想いを告げると彼は悲しげにため息をついた。
「……お前、すぐ抱きついてくるからいっつもマトモに話できなくてさ。友達だと思ってたんだけどな」
そして渡された短冊。それにはこう書かれていた。
よるべなみ 風の騒がす 舟人も 思はぬかたに 磯づたひせず
「スメラギ様、お疲れ様でした!」
「おう、お前も頑張ったな」
「ハイ! なんだか、秘密基地みたいですね~」
「てか、狭くね……?」
「あははー。おしくらまんじゅうだと思えばいいんですよ!」
「俺様、かまくらの中ではまったりしたいわ」
寒いからイヤだというスメラギに発破をかけながらかまくらを作りあげたアシェ-ル(ka2983)。
ちょっと小さくなってしまったのは予想外だったけれど……ぶつぶつ言いながらも帝は良く働いたし、頑張っただけになかなかいい出来だと思う。
2人で並んで暖かいココアを啜りながら、ぽつりぽつりと口を開く。
「そういえば、東方は何か大変そうですね」
「んー。まぁな。紫草が何か隠し事してんのはいつものことなんだけどよ。最近歪虚がやたらと活発でな。やっぱり黒龍がいないとダメなのかね……と思う時はあるわ」
「でも、今まで黒龍がいなくても何とかやってきたじゃないですか」
「本当にギリギリだぜ。落ち着いたって言ったって憤怒の残党が消えた訳じゃねえのに、幕府と朝廷は睨み合ってるしよ。本当、何とかしてえんだけどなぁ」
ふう、とため息をつくスメラギ。アシェールは少し考えて彼を見る。
「私、政は全然分からないですけど……。時には強気にバーン! としても良いと思うのです」
「……そうだよな。やっぱりバーンと、勢いって大事だよな」
「ハイ! スメラギ様のやることならきっと間違いないです」
「おう、俺様ちょっとやってみんわ」
ニヤリと笑うスメラギに頷き返すアシェール。
色々大変そうな彼を元気づけられればいいと思ったけれど、上手く行ったのかな……?
あとはそのバーンが突拍子もない方向であることを願うばかりだが……彼の性格的に難しいかもしれない。
「かまくら! 立派なやつ作りましょう!」
「随分と細工が細かいが大丈夫なのか?」
「叔父上が一緒なら大丈夫です! 張り切って着工開始! です!」
勇ましく拳を振り上げるアリオーシュ・アルセイデス(ka3164)にくつりと笑うラディスラウス・ライツ(ka3084)。
大きくなったと思っていたが、まだまだ子供らしいところがあるのか。はしゃぐ甥を見られるなら、こういうのも悪くない――そんな風に考えていたラディスラウス。
雪を積み重ねていく作業は大変ではあったが、楽しくもあり……自分にも童心というものが残っていたらしい。
その事実に驚いて、集めた雪を見上げる。
「叔父上、お疲れではないですか?」
「いや、大丈夫だ。……それにしてもお前は器用だな」
「水をかけながら成型していくと頑丈に出来るんですよ」
「そうか。雪がもう少し必要だな」
そんな会話をしながら、時間を忘れて作り続けて……。
完成した小さな雪の城に、アリオ―シュは叔父の手を取って万歳する。
「やりました! 我らが居城の完成です!」
「初めてにしては良い出来だな」
「はい! 叔父上のお陰です!」
「いや、お前が頑張ったからだ。では入城しようか」
「そうですね。では国王様からお願いします!」
「国王? 俺が?」
「ええ。ここは小さな雪の国ですから。王様が必要です。その役目は是非叔父上に」
「それはお前の方が適任だと思うんだが」
「いいんです! 俺は王を守る騎士がいいです! ……ダメですか?」
アリオ―シュの深い青の瞳に見上げられて、言葉に詰まるラディスラウス。
自分は国王なんていう柄ではないのだが、この目で見られると弱い……!
彼が観念して頷くと、ぱあっと笑顔になるアリオ―シュ。どこに用意していたのかホットワインと焼きたてのソーセージを出して来る。
「さあ、築城祝いに乾杯しましょう!」
「おお、美味そうだ」
「……叔父上、次はもっと大きいのに挑戦しましょうね」
「ああ。そうだな」
小さな城の中で乾杯する2人。少年のような笑顔を見せる叔父に、アリオ―シュの心も温かくなる。
「バタルトゥさん、デートに行きましょう!」
特別に好きな人とお出かけしたら、それはデートだと胸を張るエステル・ソル(ka3983)に、無表情ながらも困惑した様子を見せるバタルトゥ。
彼に呼び寄せられて、エステルはとたとたと駆け寄る。
「ハイ! どうしたです?」
「……本当ならすぐに返事をするべきだったのだが。遅くなってすまない……。……先日貰った言葉の返事だ。……俺はお前を子供のような目線で見ていて……1人の女性としては見られない。申し訳ないが……」
「何だ。そんなことです? 分かってるです!」
「……!?」
「わたくしはレディ見習いです。でも、きっと素敵なレディになります。だからちょっと待っててくださいです」
「……いや、だからな。そうではなくて……エステルは若い。この先もっと他にいい人が現れるから……」
「バタルトゥさんが一番です」
めげないエステルにため息をつくバタルトゥ。
これは、納得して貰うのに時間がかかりそうで……。
「あっ。そうです! 一緒に写真撮って下さい! 宝物にするです。あと、バタルトゥさんの誕生日はいつですか? えっ。10月!? もう過ぎちゃってるですー!」
良く響くエステルの声。2人のやり取りを、クリスマスツリーの影から雲雀(ka6084)がじっくりがっつりと見つめていた。
――エステルが某族長に告白したとの報せを受けて、主人より相手の調査をしてくるように申し付かったのだ。
少女の告白に対し、きちんと返事をするあたり根は真面目なようだけれど。
今日だけでも彼女以外の女性2人と同行していた。
そこそこモテるようですね。エステル、なかなか厳しいのでは……。
また話声が聞こえて注視する雲雀。エステルが仏頂面の男に何やら渡している。プレゼントだろうか。
――族長を見上げるエステルの顔が何だかいつもと違っている。とっても嬉しそうで、キラキラしている。
あれが『好き』の効果だろうか。
――私だって主もエステルも好きだ。主もエステルも私のことが好きだと思う。
でも、ああいう顔はしない……。
一体どういうことなんでしょかね?
そういうのも見ていれば知る事ができるのでしょうか……?
混乱する雲雀。『好き』を良く知る為に、彼女は観察を続ける。
「真美さん、寒いですしお召しものを……!」
雪に向かって駆けていく真美を慌てて追いかける金鹿(ka5959)。
急に立ち止まった彼女を、龍堂 神火(ka5693)が覗き込む。
「金鹿さん、どうしたの?」
「無邪気に雪遊びをなさっている真美さんが愛らしくて……!」
「えっ?」
来て良かった……と感動に震える金鹿。神火はデッカイ冷や汗を流す。
「金鹿さん! 神火さん! 一緒に雪だるまを作りましょう!」
「ええ、喜んで!! ああ、そうですわ真美さん、私からご褒美があるんですのよ」
――暫く会わないでいるうちに友人は妙な方向へ変わったらしい。
大きな雪だるまを仲良く作り上げた3人。真美の汗を拭う金鹿に、神火が声をかける。
「沢山遊んだしちょっと休憩しようか」
「はい!」
「では私、飲み物を取って参りますわ」
近くの椅子を勧めながら、神火に目配せをする金鹿。彼女の気遣いを感じて頷き返す。
話さなければいけないことがあったけれど。いざ面と向かうと照れてしまって……神火は咳払いをすると真美の隣に腰掛ける。
「あのさ。求婚の事、なんだけど」
「……はい。私も、ずっとそのお話をしないといけないと思っていました」
続く真美の言葉。詩天のこと、東方全体のこと。そして、見合いのこと……。
耳を傾けながら、神火はうんうんと頷く。
「そっか。そんなことになってたんだね」
「はい。何しろ事が事ですので。神火さんに何も話さずに進める訳にはいかないと思って」
「うん。分かった。……ただ、護りたいんでしょ?」
頷く真美。スメラギもそう。2人は国と民を守りたいのだ。
2人の気持ちはとても大切だと思う。
でも、紫草とてこの状況を黙って見ている筈がない。武徳も手を打って来るだろう。
「だから、ボクの案も撤回しない」
手札が決まっていても、何を場に出すかは――本人が決めることだ。
どうせなら手札は多い方が良いに決まっている。
「でも、神火さんの婚期が遠のきますよ……!?」
「そんなの気にしないでいいってば。ボクは、真美さんを護る手札になりたい。……キミが、頷いてくれるならだけど」
真剣な表情の神火に耳まで赤くなる真美。
暫くの沈黙の後に、こくりと頷き……そこにひょい、と金鹿が顔を覗かせた。
「お話は纏まりましたかしら?」
「うん。ありがとう、金鹿さん」
「いいえ。これも真美さんの為ですから。さあ、温かい蜂蜜ミルクをお持ちしましたよ。どうぞ召し上がれ」
2人にコップを渡し、にこにこと見守る金鹿。
――お話が纏まったということは、監視すべき人物が増えましたわね……。
鉄壁お姉ちゃんは心配性も発症したようだった。
「……折角なのに、怪我しちゃってごめんね」
「ん? いいんだよ。気にしないで」
しょんぼりとする羊谷 めい(ka0669)に笑顔を返すノノトト(ka0553)。
彼女は先日の依頼で深い傷を負ってしまい、服の下は包帯だらけだ。
今日着ている幾重にも重なるレースの外套は、お洒落の意味もあったけれど……怪我をしているところを見せて気を遣わせたくなかったから。
ノノトトの方はそれを意に介さず、せっせとめいの世話を焼き、疲れた時の為にと車椅子やブランケットを手配してくれていた。
その暖かな気遣いが心に沁みて嬉しい。でもデートなんだから、万全な状態で来たかったな……。
「めいちゃん、痛む?」
「ううん。大丈夫。イルミネーション綺麗だね」
「そうだねー!」
眼下に広がる鮮やかなイルミネーション。雪がそれを反射して、色とりどりの光が踊る。
続く沈黙を破るように、ノノトトが口を開く。
「……ごめんね。めいちゃん」
「何が?」
「ぼくが傍にいたら、めいちゃんが大怪我することもなかったかも……」
いつも傍にいるなんて不可能なのは分かってるけど……としょんぼりするノノトトに、今度はめいが笑みを返す。
「怪我をしたのは、わたしの我儘の為だから……。わたしの一番はノノくんだけど、皆の毎日も守りたいから。ちょっと頑張りすぎちゃった」
「そっか。うん。皆嬉しいのがいいよね。ぼくもそう思う……って、ごめん。湿っぽい話して」
「ううん。ノノくんの話は楽しいよ」
にこにこするめいにドキリとするノノトト。
矢張り彼女は自分には勿体ないくらい素敵な人だ。
そんなめいにカッコよく愛を囁きたいけど、いい言葉が思いつかない。
蒼の世界の昔の人は『月が綺麗ですね』と言ったらしいが。ここは月だし。
君が綺麗ですね。……いや、そのまま過ぎるよね。
リアルブルーが綺麗ですね? これじゃ意味が分からないよね……。
「ノノくん? どうかした?」
「ううん。……『手が暖かいね』」
「うん。ノノくんの手も暖かい」
お互いの手を取って寄り添う2人。……そう。お互いがいるから寒くない。
2人は時を忘れて、イルミネーションの輝きをいつまでも見つめていた。
「そうだよね。そこから説明しないとだよね」
レギに彼の兄であるセトのことを伝えに来たリューリ・ハルマ(ka0502)は、その前段階の時点で躓いていた。
彼は強化人間であって、ハンターではない。
紅の世界に来たこともないレギは、彼女にとって当たり前の……世界のありとあらゆる情報を蓄えた神霊樹や、それを基幹としてリアルタイムで情報を同期しているライブラリ、その世話役であるパルムについて一切知らなかったのだ。
リューリが何故、セトのことを知るに至ったのか。
それを説明するのに、神霊樹の話は不可欠で……彼女は1つ1つ、噛み砕くように説明をして、レギもそれに何度も質問を重ねる。
その必死な様子に、リューリは首を傾げる。
「……レギ君、紅の世界のことすごく知りたがるんだね」
「ハイ。一度行ってみたいなって思ってて。兄もそちらに渡ったようですし」
「そうそう。そうなの。セトさんは転移っていうのに巻き込まれて……って、わー! もうこんな時間!」
「ああ、レディを遅くまで引き止めてすみません。お送りします」
「でもセトさんのこと全然話せてないよ」
「いいんです。何の手がかりもなかった兄のことを知っている人に会えただけでも幸運ですから……それに、これを口実にすれば、リューリさんにまた会えるでしょ?」
「……レギくん、そういうとこセトさんそっくりだね。今度はその時に一緒にいた友達と一緒に来るね!」
「はい。お待ちしていますね」
にこにこと笑い合うリューリとセト。
残念ながら、セトのことはあまり話せなかったけれど。紅の世界を知って貰えてよかったと思う。
次こそはきちんと話さなくちゃ……。
そう決意して、彼女は崑崙を後にした。
「スメラギさん。防寒具着て下さいね」
「うおっ!? 音子か。びっくりしたじゃねえか」
「この寒いのにその格好で歩いてる方がビックリですよ」
スメラギの肩に上着を被せる音子。ふと気になったことを口にする。
「ところで、スメラギさんのお母さんのお話聞きませんよね。今どうされてるんです?」
「俺が赤ん坊の頃に死んだよ」
「あら。変な事聞いてすみません」
「別に構わねえよ」
「そうですか? じゃあ……ご両親の馴れ初めとか聞いてます?」
「ものすげえ強い人だったらしいぜ。紫草と渡り合えるくらい。親父もそこが気に入ったとか何とか。……てか、何でそんなこと知りたがるんだよ」
「いえ、縁談のお役に立つかなあと思いまして」
「……あんま役に立たねえと思うな」
「いえいえ。こういうのは何が切欠になるかわかりませんし! そうだ。恋や家族を勉強したいのなら本を読むのも良いですよ」
「本なあ……。人間関係についてはあんま役に立たなくね?」
「……妙に実感篭ってますね」
「そりゃあ俺様、お柱やってる時は筋トレするか本読んでるかだったしなー」
肩を竦めるスメラギをじっと見つめる音子。
時間が有り余っていた彼。読む本は偏っていたに違いない。
恋愛小説を読んでいたらこうはなっていないはずだ……!
「スメラギさん、まずは軽い恋愛小説から始めましょう。蒼の世界にライトノベルというのが……そうだ。善は急げと言いますし早速見に行きましょうか」
「いやいやいいって!」
帝をずるずると引っ張っていく音子。彼女の世話焼きはまだまだ続く。
「ざくろ、寒くないのか……?」
「動き回ってたら暑くなってきちゃった! ……けど手だけは冷たいね」
「それはそうだろう。手袋だけはしていた方がいいぞ」
せっせと雪を集めてくる時音 ざくろ(ka1250)にくすくすと笑う白山 菊理(ka4305)。
夫は元々何事も一生懸命取り組む人であることは知っていたけれど、雪遊びも例外ではないのだな……。
大きな雪玉を作り上げて、嬉しそうにしているざくろを見ているだけで楽しい。
「菊理。頭の部分出来た?」
「……綺麗に丸くするというのはなかなか難しいのだな」
雪遊びが初体験だという菊理。形を整える為にあっちにこっちにと転がしているうちにどんどん大きくなっていき……気づけば、雪玉は胴体とあまり変わらぬ大きさまで成長していた。
「すまん。これでは大きすぎたな」
「ううん。頭の大きい雪だるまも可愛くていいんじゃないかな! よし、この頭を一緒に胴体に乗せよう!」
「分かった。ざくろはそちらを頼む」
「OK! じゃあ、行くよ! せーの……!!」
雪玉を抱え上げた2人。それは予想以上に重くて……バランスを崩した2人は雪玉を放り投げる形で雪の上に倒れ込む。
「うわあ雪冷たっ! ああ、ごめん菊理。大丈夫?」
「問題ないが……その。そこから手を退けてくれないか……」
「わああああ!? ご、ごめん!!!」
気づけば妻の臀部を掴む形になっていて慌てて身を起こそうとするざくろ。
菊理に手を引かれて、もう一度雪の上に倒れ込む。
「わぷっ。菊理、何……?」
「見ろ。綺麗な星空だ。……だが、夜空に月がないのは少々物足りないな」
「わあ、本当だ……。地上で見る星とまた違う感じだね……」
「……しかし雪の上に寝ていると流石に寒いな」
「そりゃそうだよ。あ、じゃあざくろが暖めてあげようか?」
「そう、だな……。ちゃんと戻ってからだぞ?」
菊理に指で唇を突かれて、頬を染めたざくろ。
夫婦の時間は、まだまだこれから――。
……それにしても、2人が飛ばした雪玉はどこに行ったんでしょうね?
「ねえ、ちょっとおかしいでしょ!?」
イルミネーションの為に照明を絞ったスタジアム。
ナイター照明に照らされた白銀にこだまするエリオ・アスコリ(ka5928)の悲鳴に近い声。
その声を聞きつけた鞍馬 真(ka5819)が駆け寄って来る。
「何だどうした!? 事件か!?」
「真さんアレ見て……! もう僕どこからどうツッコんでいいのか……!」
見たのはエリオの指差す先。白銀の上を華麗に滑ってやってきたそれに、真のアゴがかくりと落ちる。
「……何アレ」
「ウサギとしいたけ……?」
「何でそれが滑ってんの?」
「着ぐるみはふかふかで温かいし、転んだ時もバッチリガードできるデショ?」
「そうそう! そういう意味で着ぐるみは完璧だよな!!」
2人の疑問に答えるアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)と藤堂研司(ka0569)。雪を散らしながらやってきた茶色いウサギとしいたけの着ぐるみにエリオが頭を抱える。
「いやいや着ぐるみが暖かそうなのは認めるけどさ!? 何で藤堂さんは敢えてそれなの!? というか2人とも普通に滑れてるのおかしいでしょ!」
「ん? たけのこにも配慮しないと戦争が起きるだろ?」
――研司は何を言っているんだ。
死んだ魚のような目を向ける真とエリオ。
そう言われてみると、彼のしいたけの胸元に目つきの悪いたけのこが描かれている。
「ふむ。しいたけとたけのこには世界平和の意味があるのか。初めて知った」
「ちょっといたいけなオートマトンさんが勘違いしちゃうでしょおお!!?」
「大丈夫。いつものことだし師匠以外は気にしないんだよ」
居合わせたマリナ アルフェウス(ka6934)の呟きに青ざめるエリオ。ユリアン(ka1664)の声が聞こえて振り返って……。
「待って。ユリアンさんは何でバナナに乗ってるの!?」
「ん? たまにはこういうのもいいかなあって……」
「イヤアアア! ユリアンさんだけは常識人だと信じてたのに!!」
「何ていうか、大変だな……。えっと。お茶でも飲むか? 私のかまくらに来ればとっておきのお茶があるよ」
嘆くエリオを励ます真。その異変に気付いたのは、風を切ってバナナボートで滑っていたユリアンだった。
「……何か変な音しない?」
微かに聞こえる何かが雪にぶつかる音。それはどんどん大きくなって……突如としてゲレンデの傾斜の上から巨大な雪玉が出現した。
「……!? エリオさん、お茶はゲレンデにいる一般人を避難させてからでいいかい?」
「勿論!」
言うや否や駆け出す2人。ユリアンもバナナボートで器用に方向転換しながら注意喚起をして……すごい勢いで転がる雪玉。その進行方向に、2つの着ぐるみがあることに気が付いた。
「アルヴィンさん! 研司さん! 逃げてええええ!! ……って、もう遅かったかな……」
その頃、しいたけと茶色いウサギは巨大雪玉と追っかけっこをしていた。
「地元が積雪量渋すぎるから今日は堪能すっぞーと思ってたけどいきなりハードモードじゃない!!?」
「アハハハ! 転ぶのも滑るのも皆一緒だと楽しいネ! 雪玉君も一緒だなんて最高ダヨ!!」
「アルヴィンさん、俺知ってるよ! スキーの基本は転倒と8の字だ!」
「研司君詳しいネ! 8の字って雪だるまに似てると思わないカイ?」
「似てる! そうかだから雪玉なのか……ってあああああああ!!」
べしょっという音がして雪玉に轢かれた2人。
その前方には渾身の力で固めた雪玉を手にしたマリナが立ち塞がる。
「ほほう……。これが噂に聞く雪合戦、というやつだな。良かろう、相手になろう。ターゲットロック。撃墜する」
「マリナさん、一応手加減してあげてくれると嬉しいな」
「大丈夫だ。問題ない。雪合戦は真剣勝負と聞いた。苦しみは少なく確実に引導を渡してやる」
ユリアンのお願いにズレた返答をするマリナ。
全弾確実に雪玉に当てて、着実にダメージを与えて雪玉崩している辺り流石としか言いようがないが……その。これは、巻き込まれた着ぐるみ達にも直撃している筈で……。
「「……2人がどうか無事でありますように」」
「いつものことだし多分大丈夫だろうけど……一応薬用意しておこうかな」
聞こえるマリナの笑い声に思わず天に祈ったエリオと真。ユリアンは1人のほほんとしていた。
「白い。冷たい……。これが、雪」
噛みしめるように呟くトラウィス(ka7073)。
雪は知識として持ってはいたが、触れるのは初めてで……雪の感触も、雪で遊ぶ人々も見ているとバイタルが上昇する。
これが、楽しいという感覚なのだろうか――。
目線を移した彼。雪の中に何かが埋まっているのに気づいてそれに近づく。
「……大丈夫ですか?」
「いやあ、ゆきを踏んでみようしたら埋まってしまって……助かったよ」
雪にずっぽりと嵌ったまま笑う深守・H・大樹(ka7084)。トラウィスはそんな彼を掘り起こす。
「新雪は柔らかいですから、気を付けないとあっと言う間に埋まってしまいますよ」
「へー。あなたはゆきについて詳しいの?」
「私も見るのは初めてなのですが、知識はあります」
「じゃああの、丘の上で板つけてる人達は何をしてるんだろ」
「あれはスキーですね。元々は狩人の雪の山野を移動する手段を、スポーツにしたものですよ。専用の板に乗って雪の上を滑って遊びます」
「そうなのか! ちょっとやってみたいけど、オートマトンじゃ無理かな」
「私達も練習すれば出来ると思いますよ」
「おー! 後で試してみよう! あ、道具使わないで出来るゆきの遊びってないかな」
「ああ、それでしたら……」
近くの雪を拾い、手早く雪玉を作るトラウィス。小さな雪だるまを作って、大樹の手に乗せる。
「これは何?」
「雪だるまと呼ばれるオブジェですよ。2つの雪玉を重ねるだけで簡単に出来るので、良く作られているそうです」
「へえ……! 面白いな。僕も作ってみよう……!」
早速雪だるまを作る大樹。新雪を綺麗な丸にするのは難しかったけれど、可愛らしく出来たそれに顔を綻ばせる。
「持って帰りたいけど、これ溶けちゃうんだよね」
「そうですね。氷点下でなければ形の維持は難しいですね」
「じゃあカメラに収めておこう。えっとあなたは……トラウィスさんだっけ。一緒にすきーやってみない?」
「ええ、いいですよ」
提案に頷くトラウィス。雪は時として新たな出会いを連れて来る。
雪化粧をした木々。周囲を彩る鮮やかな光。
枝に咲く光の花。そして空に瞬く星々。
そんな景色を見つめながら、志鷹 都(ka1140)はあの人を想う。
色を喪った、凍えるような世界から彼を救いたいと願った。
時を経た今も見せる苦しげな顔。それを見る度に心が張り裂けそうになる。
――貴方が闇に彷徨うなら、先を照らす月の光に。
寒さに凍えているのなら、命を芽吹かせる春の風に。
……貴方の上に降った痛みも悲しみも全部、優しく融かす存在でありたい。
どれだけ願い、寄り添っても、彼の傷が消える事はないのかもしれない。
それでも、私は……。
花弁のように舞う雪。
あの頃の貴方もこんな風に、眩しい景色を眺めていたのだろうか。
光に満ちた世界はとても綺麗だけれど……本当は貴方の隣で見たかった。
都はペンダントにそっと手を沿えると、祈りを捧げるように手を重ねて――。
ただただ、あの人の幸せを願う。
「雪で遊ぶなんてよく考えるよねー」
「雪合戦もスキーも楽しいですよ。ラミアさんはやらないんですか?」
「あたし、寒いの苦手だし……イェルズ、スキーやるの?」
「ハイ。今日も療養中じゃなければやりたかったんですけどね」
隣を歩く赤毛の青年を見上げるラミア・マクトゥーム(ka1720)。
一面の雪景色で綺麗なはずなのだがあまり目に入らない。
前に比べたら顔色は良くなっているけれど。左目は眼帯だし、服の左腕の部分は結ばれていて……正直心配にもなるけれど、これがイェルズの『日常』になって行くのだと考えれば、過度な気遣いは彼の為にならない。だから……。
「少しは慣れた?」
「ええ。右手だけの生活が結構大変ですけど」
「義手作るんだよね。その時は手伝いに行くよ」
「そこまでして貰うのは悪……」
言いかけたイェルズ。片目で上手く距離感が掴めないのか、段差に足を取られて――ラミアが咄嗟に支える。
「大丈夫かい?」
「すみません……! カッコ悪いですね俺」
「そんなの気にしなくていいんだよ。無理な時はちゃんと言う。無茶はしない。わかった?」
「あまり納得はしたくないんですけど……」
「強がろうとするの悪い癖だよ!? 困った時は頼りな」
背中を叩いて来るラミアに笑うイェルズ。
……一族の者達は腫物に触るように自分に接するけれど。
彼女は以前と変わらなくて安心する。
「で、イェルズは用事あるの? あたしは買い物したいんだけど」
「俺、リアルブルーでお世話になった皆さんに挨拶に行きたいんですよ」
「了解。付き合うよ。あと、今後あたしに対して敬語はなし!」
「えっ!? 急にそんな事言われても……」
「いーからいーから。ホラ行くよ」
彼の右手に手を添えて歩き出すラミア。今日は楽しい1日になりそうだ。
宵闇に輝く色とりどりの光。そこに浮かぶ族長の顔は相変わらず無表情で、イスフェリア(ka2088)の穏やかな笑顔とは対照的だ。
「もう怪我は良くなった?」
「お陰様でもう何ともない……。休んでいる間ヴェルナーに仕事を押し付けてしまったゆえ……早く復帰せねばな……」
襲撃を受けた遺跡のことや歪虚への対策を話し合わねば……と続けたバタルトゥ。
相変わらずの様子に彼女は苦笑する。
「折角のお休みなんだから、ちょっと羽伸ばそうよ」
「……羽は伸ばしすぎるくらい伸ばしたが……」
「今までのは療養でしょ。焦っても何もならないし、オンとオフも、どっちも大切だよ」
――俺の身は、罪を贖う為にある。
去年の冬、不思議な夢を見た。
そこで、彼が言っていた台詞を思い出す。
一族の罪、何もかもを一人で背負おうとしている。
誰よりも辺境の未来を願いながら、自分の未来は見ていない。
そんなこと、誰も望んではいないのに。どうしてここまで自分を追い込むのだろう。
きっとここまで来るのに色々あり過ぎたからだとは思うから、すぐには無理だろうけれど。
少しづつでも、囚われた彼を開放出来たらいい――。
「はい、バタルトゥさん。これ……子供達に渡してあげて」
「……写真?」
「うん。今日の夜景を撮ったの。出来たらお土産話も聞かせてあげて欲しいな。バタルトゥさんが楽しんだ話を聞けたら、皆喜ぶと思うから」
「……いつも子供達に気を遣って貰ってすまないな。イスフェリアは次いつ来るのかと何度も聞かれるくらいには、子供達も喜んでいる……」
「あら。そうなの? じゃあまた今度遊びに行くって伝えておいて」
「ああ、また質問攻めに遭いそうだな……」
呟くバタルトゥ。子供達に囲まれる彼を想像して、イスフェリアは目を細めた。
――愛ではなく恋をしていた事に気付いたのは最近
夜空のようなドレスに素足を晒して竪琴を爪弾く黒の夢(ka0187)。
現れたその人に笑顔を向ける。
「バターちゃん……!」
「そういうことはするなと何度も言ったはずだ……」
不意に抱きついた彼女を硬い表情のまま押し戻すバタルトゥ。黒の夢は金色の瞳を揺らす。
そういえば、『そういうことは唯一人と決めた相手とすべきだと思うしそうしたい』と言っていた。
ついこの間も聞いたばかりだ。
今にして思えば、それが彼なりの主張だったのだろう。
それでも。だからこそ、伝えなくてはいけない言葉がある。
「あのね。バターちゃんは我輩の本当の意味での『初恋の人』だったのな。……心の恋人になら、なってくれる?」
愛しているわ、誰よりも……そう続けた彼女に、バタルトゥは静かに告げた。
「……お前の多夫を抱える主義は否定しない。お前の想いも否定はしない。が……それに応えることはできない」
目を伏せる黒の夢。
想いに嘘はなくても……生真面目な彼に多夫というのは受け入れがたいものだったのか。
――そもそもの願いは、彼らの生存だった。
己が『欲しいもの』を持っている貴方達の役に立てるようにと思った。
この人はいつも、自分の為には闘わないから。
それは独り善がりのものだと理解はしていたつもりだったのに……淡い期待を抱いてしまった。
脳裏に過る黒い龍。感覚のない指先。
もし私が先に死んだ時は忘れて……もし堕ちた時はどうか終わりを頂戴と願うのは勝手だろうか。
もういいの。きっと、もうすぐ――。
ねえ、貴方。来世は星を見つけてくれる……?
巡る星々。その先で――。
その後にやってきたスメラギ。同じように想いを告げると彼は悲しげにため息をついた。
「……お前、すぐ抱きついてくるからいっつもマトモに話できなくてさ。友達だと思ってたんだけどな」
そして渡された短冊。それにはこう書かれていた。
よるべなみ 風の騒がす 舟人も 思はぬかたに 磯づたひせず
「スメラギ様、お疲れ様でした!」
「おう、お前も頑張ったな」
「ハイ! なんだか、秘密基地みたいですね~」
「てか、狭くね……?」
「あははー。おしくらまんじゅうだと思えばいいんですよ!」
「俺様、かまくらの中ではまったりしたいわ」
寒いからイヤだというスメラギに発破をかけながらかまくらを作りあげたアシェ-ル(ka2983)。
ちょっと小さくなってしまったのは予想外だったけれど……ぶつぶつ言いながらも帝は良く働いたし、頑張っただけになかなかいい出来だと思う。
2人で並んで暖かいココアを啜りながら、ぽつりぽつりと口を開く。
「そういえば、東方は何か大変そうですね」
「んー。まぁな。紫草が何か隠し事してんのはいつものことなんだけどよ。最近歪虚がやたらと活発でな。やっぱり黒龍がいないとダメなのかね……と思う時はあるわ」
「でも、今まで黒龍がいなくても何とかやってきたじゃないですか」
「本当にギリギリだぜ。落ち着いたって言ったって憤怒の残党が消えた訳じゃねえのに、幕府と朝廷は睨み合ってるしよ。本当、何とかしてえんだけどなぁ」
ふう、とため息をつくスメラギ。アシェールは少し考えて彼を見る。
「私、政は全然分からないですけど……。時には強気にバーン! としても良いと思うのです」
「……そうだよな。やっぱりバーンと、勢いって大事だよな」
「ハイ! スメラギ様のやることならきっと間違いないです」
「おう、俺様ちょっとやってみんわ」
ニヤリと笑うスメラギに頷き返すアシェール。
色々大変そうな彼を元気づけられればいいと思ったけれど、上手く行ったのかな……?
あとはそのバーンが突拍子もない方向であることを願うばかりだが……彼の性格的に難しいかもしれない。
「かまくら! 立派なやつ作りましょう!」
「随分と細工が細かいが大丈夫なのか?」
「叔父上が一緒なら大丈夫です! 張り切って着工開始! です!」
勇ましく拳を振り上げるアリオーシュ・アルセイデス(ka3164)にくつりと笑うラディスラウス・ライツ(ka3084)。
大きくなったと思っていたが、まだまだ子供らしいところがあるのか。はしゃぐ甥を見られるなら、こういうのも悪くない――そんな風に考えていたラディスラウス。
雪を積み重ねていく作業は大変ではあったが、楽しくもあり……自分にも童心というものが残っていたらしい。
その事実に驚いて、集めた雪を見上げる。
「叔父上、お疲れではないですか?」
「いや、大丈夫だ。……それにしてもお前は器用だな」
「水をかけながら成型していくと頑丈に出来るんですよ」
「そうか。雪がもう少し必要だな」
そんな会話をしながら、時間を忘れて作り続けて……。
完成した小さな雪の城に、アリオ―シュは叔父の手を取って万歳する。
「やりました! 我らが居城の完成です!」
「初めてにしては良い出来だな」
「はい! 叔父上のお陰です!」
「いや、お前が頑張ったからだ。では入城しようか」
「そうですね。では国王様からお願いします!」
「国王? 俺が?」
「ええ。ここは小さな雪の国ですから。王様が必要です。その役目は是非叔父上に」
「それはお前の方が適任だと思うんだが」
「いいんです! 俺は王を守る騎士がいいです! ……ダメですか?」
アリオ―シュの深い青の瞳に見上げられて、言葉に詰まるラディスラウス。
自分は国王なんていう柄ではないのだが、この目で見られると弱い……!
彼が観念して頷くと、ぱあっと笑顔になるアリオ―シュ。どこに用意していたのかホットワインと焼きたてのソーセージを出して来る。
「さあ、築城祝いに乾杯しましょう!」
「おお、美味そうだ」
「……叔父上、次はもっと大きいのに挑戦しましょうね」
「ああ。そうだな」
小さな城の中で乾杯する2人。少年のような笑顔を見せる叔父に、アリオ―シュの心も温かくなる。
「バタルトゥさん、デートに行きましょう!」
特別に好きな人とお出かけしたら、それはデートだと胸を張るエステル・ソル(ka3983)に、無表情ながらも困惑した様子を見せるバタルトゥ。
彼に呼び寄せられて、エステルはとたとたと駆け寄る。
「ハイ! どうしたです?」
「……本当ならすぐに返事をするべきだったのだが。遅くなってすまない……。……先日貰った言葉の返事だ。……俺はお前を子供のような目線で見ていて……1人の女性としては見られない。申し訳ないが……」
「何だ。そんなことです? 分かってるです!」
「……!?」
「わたくしはレディ見習いです。でも、きっと素敵なレディになります。だからちょっと待っててくださいです」
「……いや、だからな。そうではなくて……エステルは若い。この先もっと他にいい人が現れるから……」
「バタルトゥさんが一番です」
めげないエステルにため息をつくバタルトゥ。
これは、納得して貰うのに時間がかかりそうで……。
「あっ。そうです! 一緒に写真撮って下さい! 宝物にするです。あと、バタルトゥさんの誕生日はいつですか? えっ。10月!? もう過ぎちゃってるですー!」
良く響くエステルの声。2人のやり取りを、クリスマスツリーの影から雲雀(ka6084)がじっくりがっつりと見つめていた。
――エステルが某族長に告白したとの報せを受けて、主人より相手の調査をしてくるように申し付かったのだ。
少女の告白に対し、きちんと返事をするあたり根は真面目なようだけれど。
今日だけでも彼女以外の女性2人と同行していた。
そこそこモテるようですね。エステル、なかなか厳しいのでは……。
また話声が聞こえて注視する雲雀。エステルが仏頂面の男に何やら渡している。プレゼントだろうか。
――族長を見上げるエステルの顔が何だかいつもと違っている。とっても嬉しそうで、キラキラしている。
あれが『好き』の効果だろうか。
――私だって主もエステルも好きだ。主もエステルも私のことが好きだと思う。
でも、ああいう顔はしない……。
一体どういうことなんでしょかね?
そういうのも見ていれば知る事ができるのでしょうか……?
混乱する雲雀。『好き』を良く知る為に、彼女は観察を続ける。
「真美さん、寒いですしお召しものを……!」
雪に向かって駆けていく真美を慌てて追いかける金鹿(ka5959)。
急に立ち止まった彼女を、龍堂 神火(ka5693)が覗き込む。
「金鹿さん、どうしたの?」
「無邪気に雪遊びをなさっている真美さんが愛らしくて……!」
「えっ?」
来て良かった……と感動に震える金鹿。神火はデッカイ冷や汗を流す。
「金鹿さん! 神火さん! 一緒に雪だるまを作りましょう!」
「ええ、喜んで!! ああ、そうですわ真美さん、私からご褒美があるんですのよ」
――暫く会わないでいるうちに友人は妙な方向へ変わったらしい。
大きな雪だるまを仲良く作り上げた3人。真美の汗を拭う金鹿に、神火が声をかける。
「沢山遊んだしちょっと休憩しようか」
「はい!」
「では私、飲み物を取って参りますわ」
近くの椅子を勧めながら、神火に目配せをする金鹿。彼女の気遣いを感じて頷き返す。
話さなければいけないことがあったけれど。いざ面と向かうと照れてしまって……神火は咳払いをすると真美の隣に腰掛ける。
「あのさ。求婚の事、なんだけど」
「……はい。私も、ずっとそのお話をしないといけないと思っていました」
続く真美の言葉。詩天のこと、東方全体のこと。そして、見合いのこと……。
耳を傾けながら、神火はうんうんと頷く。
「そっか。そんなことになってたんだね」
「はい。何しろ事が事ですので。神火さんに何も話さずに進める訳にはいかないと思って」
「うん。分かった。……ただ、護りたいんでしょ?」
頷く真美。スメラギもそう。2人は国と民を守りたいのだ。
2人の気持ちはとても大切だと思う。
でも、紫草とてこの状況を黙って見ている筈がない。武徳も手を打って来るだろう。
「だから、ボクの案も撤回しない」
手札が決まっていても、何を場に出すかは――本人が決めることだ。
どうせなら手札は多い方が良いに決まっている。
「でも、神火さんの婚期が遠のきますよ……!?」
「そんなの気にしないでいいってば。ボクは、真美さんを護る手札になりたい。……キミが、頷いてくれるならだけど」
真剣な表情の神火に耳まで赤くなる真美。
暫くの沈黙の後に、こくりと頷き……そこにひょい、と金鹿が顔を覗かせた。
「お話は纏まりましたかしら?」
「うん。ありがとう、金鹿さん」
「いいえ。これも真美さんの為ですから。さあ、温かい蜂蜜ミルクをお持ちしましたよ。どうぞ召し上がれ」
2人にコップを渡し、にこにこと見守る金鹿。
――お話が纏まったということは、監視すべき人物が増えましたわね……。
鉄壁お姉ちゃんは心配性も発症したようだった。
「……折角なのに、怪我しちゃってごめんね」
「ん? いいんだよ。気にしないで」
しょんぼりとする羊谷 めい(ka0669)に笑顔を返すノノトト(ka0553)。
彼女は先日の依頼で深い傷を負ってしまい、服の下は包帯だらけだ。
今日着ている幾重にも重なるレースの外套は、お洒落の意味もあったけれど……怪我をしているところを見せて気を遣わせたくなかったから。
ノノトトの方はそれを意に介さず、せっせとめいの世話を焼き、疲れた時の為にと車椅子やブランケットを手配してくれていた。
その暖かな気遣いが心に沁みて嬉しい。でもデートなんだから、万全な状態で来たかったな……。
「めいちゃん、痛む?」
「ううん。大丈夫。イルミネーション綺麗だね」
「そうだねー!」
眼下に広がる鮮やかなイルミネーション。雪がそれを反射して、色とりどりの光が踊る。
続く沈黙を破るように、ノノトトが口を開く。
「……ごめんね。めいちゃん」
「何が?」
「ぼくが傍にいたら、めいちゃんが大怪我することもなかったかも……」
いつも傍にいるなんて不可能なのは分かってるけど……としょんぼりするノノトトに、今度はめいが笑みを返す。
「怪我をしたのは、わたしの我儘の為だから……。わたしの一番はノノくんだけど、皆の毎日も守りたいから。ちょっと頑張りすぎちゃった」
「そっか。うん。皆嬉しいのがいいよね。ぼくもそう思う……って、ごめん。湿っぽい話して」
「ううん。ノノくんの話は楽しいよ」
にこにこするめいにドキリとするノノトト。
矢張り彼女は自分には勿体ないくらい素敵な人だ。
そんなめいにカッコよく愛を囁きたいけど、いい言葉が思いつかない。
蒼の世界の昔の人は『月が綺麗ですね』と言ったらしいが。ここは月だし。
君が綺麗ですね。……いや、そのまま過ぎるよね。
リアルブルーが綺麗ですね? これじゃ意味が分からないよね……。
「ノノくん? どうかした?」
「ううん。……『手が暖かいね』」
「うん。ノノくんの手も暖かい」
お互いの手を取って寄り添う2人。……そう。お互いがいるから寒くない。
2人は時を忘れて、イルミネーションの輝きをいつまでも見つめていた。
「そうだよね。そこから説明しないとだよね」
レギに彼の兄であるセトのことを伝えに来たリューリ・ハルマ(ka0502)は、その前段階の時点で躓いていた。
彼は強化人間であって、ハンターではない。
紅の世界に来たこともないレギは、彼女にとって当たり前の……世界のありとあらゆる情報を蓄えた神霊樹や、それを基幹としてリアルタイムで情報を同期しているライブラリ、その世話役であるパルムについて一切知らなかったのだ。
リューリが何故、セトのことを知るに至ったのか。
それを説明するのに、神霊樹の話は不可欠で……彼女は1つ1つ、噛み砕くように説明をして、レギもそれに何度も質問を重ねる。
その必死な様子に、リューリは首を傾げる。
「……レギ君、紅の世界のことすごく知りたがるんだね」
「ハイ。一度行ってみたいなって思ってて。兄もそちらに渡ったようですし」
「そうそう。そうなの。セトさんは転移っていうのに巻き込まれて……って、わー! もうこんな時間!」
「ああ、レディを遅くまで引き止めてすみません。お送りします」
「でもセトさんのこと全然話せてないよ」
「いいんです。何の手がかりもなかった兄のことを知っている人に会えただけでも幸運ですから……それに、これを口実にすれば、リューリさんにまた会えるでしょ?」
「……レギくん、そういうとこセトさんそっくりだね。今度はその時に一緒にいた友達と一緒に来るね!」
「はい。お待ちしていますね」
にこにこと笑い合うリューリとセト。
残念ながら、セトのことはあまり話せなかったけれど。紅の世界を知って貰えてよかったと思う。
次こそはきちんと話さなくちゃ……。
そう決意して、彼女は崑崙を後にした。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/12/12 22:13:59 |
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雪遊び相談☆ アルヴィン = オールドリッチ(ka2378) エルフ|26才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2017/12/13 18:41:49 |