ゲスト
(ka0000)
もみと、ゆきと、はくちゅうむと
マスター:愁水

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~5人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 7日
- 締切
- 2017/12/25 22:00
- 完成日
- 2018/01/06 02:05
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
紅い金魚は夢を見た。
憧れの“あの人”が帰ってくる夢を。
黒い猫は夢を見た。
羨望する背中が赤い池に沈む夢を。
白い狼は夢を見た。
絶望する瞳が自分を覆っていく夢を。
所詮、夢は夢。
しかし、心を映すのも又――夢。
●
赤、白、緑――。
三つの色に彩られ始める、人馬宮。
人や街、全てが活気づき、楽しげに笑い、軽やかに歌い出す、X’masの季節。
テオドーラの路地を抜け、丘の上にあるのは、小さな教会と併設された孤児院。
「――じゃあ、よろしくお願いしますね。白亜さん」
「ええ、承りました」
きゃっきゃっとホールで遊び駆け回る子供達を穏やかな目許で眺めながら、天鵞絨サーカス団の団長である白亜(kz0237)は、隣で佇む院長へ了承を告げた。
ふと、賑やかな子供達から視線を外した白亜が、ホールを仰ぐ。そこには、ホールの中央で強い存在感を放つ“知恵の樹”――クリスマスツリーが位置していた。大きさは3メートル程。ツリーには木製のポットが付いており、枝の本数は多く、葉の密度は濃い。その美しいシルエットは、重厚感のある雰囲気を醸し出していた。
「はくあにーちゃん、なにしてんのー?」
「かたぐるましてー!」
「いっしょにあそんでー!」
「おかしちょーだい!」
無邪気な声にはたと視線を落とすと、白亜の周りには何時の間にかちっちゃな子供がわらわらわら。白亜の身長の半分もない子供達が、無垢な笑顔で白亜を見上げている。
白亜は、ズボンにしがみついている女の子をひょいと抱き上げると、肩車をしてやった。頭上で、「きゃー♪」と、嬉々とした声音が聞こえてくる。
「皆、元気だな。毎日楽しいか?」
「たのしいー!」
「きのうはみんなでおにごっこしたよー」
「ごほんもよんだよねー」
「うん。このまえ、くろあおにーちゃんがよんでくれたのー。にゃんにゃんのごほんもってきてくれたんだよー」
「くーちゃんとだんす、たのしかったねー」
「たのしかったー!」
屈託のない子供達の表情に、白亜の頬が緩む。
「はくあにーちゃんもあそぼー!」
「あしょぼー!」
「――あらあら。白亜さんはこれからお仕事があるのよ」
隣で穏やかに静観していた院長が、気を利かせてくれた。子供達が口を揃えて「えー」と不満を発するが、我儘を言う子は一人もいない。子供乍らに理解はしているが、“何時もの”ささやかな抵抗だった。
「いっちゃうのー?」
「つぎ、いつくるー?」
「そうだな……一週間後、イヴの日にまた来る。一緒に、このクリスマスツリーを綺麗に飾ろう」
「かざる?」
「ああ、オーナメントを沢山用意してくるから待っていてくれ」
「はーい!」
「いいこにしてるよー!」
「してるー!」
「いいこにしてたらクッキーくれるー?」
「はくあにーちゃんのクッキーたべたーい」
「たべたーい!」
飾り付けよりもクッキーコール。子供は正直。
白亜は微笑みを零しながら肩に座っていた子供を下ろすと、ズボンのポケットから数本の棒付きの星型キャンディを取り出した。
「よし、良い子にしていたらクッキーを焼いてこよう。今日はこれで我慢してくれ」
白亜はにこにこと笑顔を浮かべる子供達にキャンディを配ると、小さな頭をひと撫でして、「またな」と、孤児院を後にした。
・
・
・
サーカス関係の用事を済ませ、帰路に就く。
冬の風が、鮮やかな灯り溢れる夕暮れの街で白い牙を剥いた。
空には、硝子色の三日月。
――その月は、吐き気を催すほど透き通っていた。
白亜は首に巻いたマフラーの縁をそっと口許へ寄せると、歪みを隠す。しかし、吐いた息は温く、白く、夜の空気へ溶けていった。
「――ハク兄?」
ふと、背後からかけられた呼び声。聞き慣れたその声音に白亜が振り返ると、目の前には弟の黒亜(kz0238)が意外そうな表情で兄を見上げていた。買い出しの帰りであったのか、大きな紙袋を二つ胸に抱えている。
「ああ……今日の夕飯はクロが当番だったか」
「ん。なんかさぁ、クーが夢見よかったみたいで上機嫌なんだよね。手伝う気満々なんだけど」
「……」
「……安心してよ。断るから」
「出来るだけやんわりとな」
「努力はするけど限界はあるよ?」
その限界が何時も浅い。
「そっちは? 孤児院のおばさんに呼ばれたんでしょ?」
「ああ。モミの木にオーナメントを飾って欲しいと頼まれた。子供達と一緒にな」
「はあ? なんでまた……面倒くさいったらないんだけど。それぐらい自分達で出来ないの?」
「そう言うな。子供達がお前や紅亜に会えるのを楽しみにしていたぞ。付き合ってやれ」
「……いつ?」
「聖誕祭の前日だ」
「は? え……オレ、予定あるんだけど」
「何だ、デートか?」
「んなわけないじゃん。その日はセールやってるみたいだから、クーの服買いに行くの。あいつ三着も私服ダメにしてたんだよ? 放っておいたらその内、寝間着とかで表出そうなんだけど。そんなのが妹とかマジで気持ち悪い」
身嗜みに興味がない紅亜(kz0239)の服は、黒亜が仕方なく世話をしている。
「飾り付けは昼間の内に終わらせる。夕方からは自由に過ごすといい。夕飯はどうする? 作っておいた方がいいか?」
「……どうせその日は助っ人呼んだりするんでしょ? だったらいいよ。勝手に食べるから」
「わかった。聖誕祭の日はお前達の好物を作ろう。予定を空けておけよ?」
「……ん」
「買い出しは済んだのか?」
「あとナツメグ。キッシュに入れたいんだよね」
「よし、買いに行くぞ。紙袋は俺が持とう」
黒亜が答えるよりも先に、白亜は彼の胸元から紙袋を抱え上げた。そのまま、街の市場へと向かっていく。その白い背中に――
「ハク兄」
声をかけた。
「どうした?」
しかし、
「……いや、なんでもない」
――心には、かけられなかった。
白亜は瞬きをひとつしただけで気に留めた素振りもなく、再び歩み始めた。
その背中が、遠離ってゆく。
胸の底にありながら、口に出来ない懸念。
聖夜の前日――歓喜と安らぎなどいらない。唯、今年も“変わらなく”過ごせればいい。
紅い金魚は夢を見た。
憧れの“あの人”が帰ってくる夢を。
黒い猫は夢を見た。
羨望する背中が赤い池に沈む夢を。
白い狼は夢を見た。
絶望する瞳が自分を覆っていく夢を。
所詮、夢は夢。
しかし、心を映すのも又――夢。
●
赤、白、緑――。
三つの色に彩られ始める、人馬宮。
人や街、全てが活気づき、楽しげに笑い、軽やかに歌い出す、X’masの季節。
テオドーラの路地を抜け、丘の上にあるのは、小さな教会と併設された孤児院。
「――じゃあ、よろしくお願いしますね。白亜さん」
「ええ、承りました」
きゃっきゃっとホールで遊び駆け回る子供達を穏やかな目許で眺めながら、天鵞絨サーカス団の団長である白亜(kz0237)は、隣で佇む院長へ了承を告げた。
ふと、賑やかな子供達から視線を外した白亜が、ホールを仰ぐ。そこには、ホールの中央で強い存在感を放つ“知恵の樹”――クリスマスツリーが位置していた。大きさは3メートル程。ツリーには木製のポットが付いており、枝の本数は多く、葉の密度は濃い。その美しいシルエットは、重厚感のある雰囲気を醸し出していた。
「はくあにーちゃん、なにしてんのー?」
「かたぐるましてー!」
「いっしょにあそんでー!」
「おかしちょーだい!」
無邪気な声にはたと視線を落とすと、白亜の周りには何時の間にかちっちゃな子供がわらわらわら。白亜の身長の半分もない子供達が、無垢な笑顔で白亜を見上げている。
白亜は、ズボンにしがみついている女の子をひょいと抱き上げると、肩車をしてやった。頭上で、「きゃー♪」と、嬉々とした声音が聞こえてくる。
「皆、元気だな。毎日楽しいか?」
「たのしいー!」
「きのうはみんなでおにごっこしたよー」
「ごほんもよんだよねー」
「うん。このまえ、くろあおにーちゃんがよんでくれたのー。にゃんにゃんのごほんもってきてくれたんだよー」
「くーちゃんとだんす、たのしかったねー」
「たのしかったー!」
屈託のない子供達の表情に、白亜の頬が緩む。
「はくあにーちゃんもあそぼー!」
「あしょぼー!」
「――あらあら。白亜さんはこれからお仕事があるのよ」
隣で穏やかに静観していた院長が、気を利かせてくれた。子供達が口を揃えて「えー」と不満を発するが、我儘を言う子は一人もいない。子供乍らに理解はしているが、“何時もの”ささやかな抵抗だった。
「いっちゃうのー?」
「つぎ、いつくるー?」
「そうだな……一週間後、イヴの日にまた来る。一緒に、このクリスマスツリーを綺麗に飾ろう」
「かざる?」
「ああ、オーナメントを沢山用意してくるから待っていてくれ」
「はーい!」
「いいこにしてるよー!」
「してるー!」
「いいこにしてたらクッキーくれるー?」
「はくあにーちゃんのクッキーたべたーい」
「たべたーい!」
飾り付けよりもクッキーコール。子供は正直。
白亜は微笑みを零しながら肩に座っていた子供を下ろすと、ズボンのポケットから数本の棒付きの星型キャンディを取り出した。
「よし、良い子にしていたらクッキーを焼いてこよう。今日はこれで我慢してくれ」
白亜はにこにこと笑顔を浮かべる子供達にキャンディを配ると、小さな頭をひと撫でして、「またな」と、孤児院を後にした。
・
・
・
サーカス関係の用事を済ませ、帰路に就く。
冬の風が、鮮やかな灯り溢れる夕暮れの街で白い牙を剥いた。
空には、硝子色の三日月。
――その月は、吐き気を催すほど透き通っていた。
白亜は首に巻いたマフラーの縁をそっと口許へ寄せると、歪みを隠す。しかし、吐いた息は温く、白く、夜の空気へ溶けていった。
「――ハク兄?」
ふと、背後からかけられた呼び声。聞き慣れたその声音に白亜が振り返ると、目の前には弟の黒亜(kz0238)が意外そうな表情で兄を見上げていた。買い出しの帰りであったのか、大きな紙袋を二つ胸に抱えている。
「ああ……今日の夕飯はクロが当番だったか」
「ん。なんかさぁ、クーが夢見よかったみたいで上機嫌なんだよね。手伝う気満々なんだけど」
「……」
「……安心してよ。断るから」
「出来るだけやんわりとな」
「努力はするけど限界はあるよ?」
その限界が何時も浅い。
「そっちは? 孤児院のおばさんに呼ばれたんでしょ?」
「ああ。モミの木にオーナメントを飾って欲しいと頼まれた。子供達と一緒にな」
「はあ? なんでまた……面倒くさいったらないんだけど。それぐらい自分達で出来ないの?」
「そう言うな。子供達がお前や紅亜に会えるのを楽しみにしていたぞ。付き合ってやれ」
「……いつ?」
「聖誕祭の前日だ」
「は? え……オレ、予定あるんだけど」
「何だ、デートか?」
「んなわけないじゃん。その日はセールやってるみたいだから、クーの服買いに行くの。あいつ三着も私服ダメにしてたんだよ? 放っておいたらその内、寝間着とかで表出そうなんだけど。そんなのが妹とかマジで気持ち悪い」
身嗜みに興味がない紅亜(kz0239)の服は、黒亜が仕方なく世話をしている。
「飾り付けは昼間の内に終わらせる。夕方からは自由に過ごすといい。夕飯はどうする? 作っておいた方がいいか?」
「……どうせその日は助っ人呼んだりするんでしょ? だったらいいよ。勝手に食べるから」
「わかった。聖誕祭の日はお前達の好物を作ろう。予定を空けておけよ?」
「……ん」
「買い出しは済んだのか?」
「あとナツメグ。キッシュに入れたいんだよね」
「よし、買いに行くぞ。紙袋は俺が持とう」
黒亜が答えるよりも先に、白亜は彼の胸元から紙袋を抱え上げた。そのまま、街の市場へと向かっていく。その白い背中に――
「ハク兄」
声をかけた。
「どうした?」
しかし、
「……いや、なんでもない」
――心には、かけられなかった。
白亜は瞬きをひとつしただけで気に留めた素振りもなく、再び歩み始めた。
その背中が、遠離ってゆく。
胸の底にありながら、口に出来ない懸念。
聖夜の前日――歓喜と安らぎなどいらない。唯、今年も“変わらなく”過ごせればいい。
リプレイ本文
●
星の数ほどいる人の中で、出会った。
偶然でも。
必然でも。
この出会いは、嘘ではない。
だから、
淋しい朝も。
切ない夜も。
呼ぶ声が届く場所に、手を伸ばせば届く場所に、必ずいるから。
「俺も、“あんた”も、独りじゃない。毎日が月のように、きらきらとあたたかくなるよ。……だろう?」
指先に垂らしたシャンパンゴールドの三日月が、夜空を浮かべる瞳の彼――浅生 陸(ka7041)の心を柔らかく照らした。
**
――X’mas Eve。
陸は仕掛けのある三日月型のオーナメントをクリスマスツリーの枝に下げると、孤児院の窓から外を覗いた。冷たい風が、ひう、と、沢山の落ち葉を集めている。
「今夜は雪が降りそうだな」
薄青い寒空を仰ぎながら、陸は童心に返ったような声音を響かせた。そして、口角に微笑みを置く。顎を引いて首を動かすと、三日月に腰を掛ける少女の人形に目をやって、ちょん、と、その黒髪の頭を指で撫でた。
陸は脚立に乗って高い位置の飾りつけを手際よく行っていた。
真っ青なモミの木に、花が一輪咲く。
星が一つ増える。
手に提げていた飾りはあっという間になくなり、陸は脚立から降りようと、足許に視線を向けた。
「うおっ」
何時の間にか彼の眼下には、いくつもの小さな頭がわらわらと集まっていた。好奇心の塊達は目をきらきらとさせながら、一様に此方を見上げている。その目当てはすぐにわかった。
陸は掌を向けながら、優しい含み声で梯子に登りたがる子供達を制した。
「ハイ、順番順番。一人ずつな」
子供が怪我をしないように、陸は脚立の下から慎重にフォローをする。
順番待ちをしている子供達に気づいたのは、ミア(ka7035)だ。愛嬌のある八重歯を「ニャは♪」と覗かせながら、子供達に声をかける。
「ミアが相手するニャスよー! かかってこいちびっこ達ー!」
大げさでわかりやすいファイティングポーズをとるミアに、子供達の瞳がキラーンと菱形に輝いた。
わー!
わー!
わー!
歓喜の叫びと容赦のないタックルがミアに浴びせられる。
「ねこだー、ねこしゃんだー」
「かくごしろミアゴンー!」
「しっぽついてるー。かわいー」
「ミアゴンをくすぐってやっつけろー!」
「おー!」
「こしょこしょー」
勝手に怪獣にされているミアゴン、ちびっ子の山に埋もれていく。
「ぎニャああああああぁぁぁっっ!!!」
――さらば、ミアゴン。永遠に。
白亜(kz0237)が用意してきたダンボール箱の中には、極彩色を放つ様々なオーナメントが、ツリーを装飾する瞬間を今か今かと待ち侘びているようであった。
南瓜祭りで顔見知りになった子供達と挨拶を交わし終えたレナード=クーク(ka6613)は、ダンボール箱の中から一つ、銀のクーゲルを指先で摘まみ上げると、ツリーの枝にその役割を果たしてやる。
「ふふー、ついにクリスマスの前日が来たんやねぇ。街中も子供達もキラキラ楽しそうで、僕も温かい気持ちでいっぱいやんね!」
レナードは眩しそうに明眸を細めると、ゆっくりと辺りを見渡した。温かい空間。染み透る無邪気な音。屈託のない笑顔で溢れている子供達――。現にレナードの視界では、きゃっきゃきゃっきゃと、ミアゴンに群がるちびっ子レンジャーの姿が。
「ミアさんの身体の張り方は流石やで……。ふふふー、爛漫な猫さんは大人気やんね」
不意に、子供達と共に毛玉化しているミアの隣を、彼――黒亜(kz0238)が通り掛かる。無愛嬌な表情でミア毛玉を一瞥すると、「……手伝わないと転がすよ?」と言葉を置いて通り過ぎていった。
レナードは憂いを帯びた目許で黒亜の後ろ姿を見送りながら、ぽつりと言葉を漏らす。
「……変わらへん空気ではいる、ように見える……けど。今日のクロア君。何処か浮かない雰囲気しとった様な……そんな気がするなぁ」
そうして掌に添えたのは、この日の為に用意をしてきたオーナメント。神秘の力を宿していると言われている柊に――喜びと希望を鳴らす鈴。
「綺麗な飾りやけど、この葉っぱは魔除けの力があるんやって。大切なツリーを守ってくれます様にって、お願いも込めるで!」
レナードは二つの色を合わせて、淑やかにツリーを装った。
細い指の腹で鈴を弾く。
りぃん。
冴えた現が耳へ響いた。
「僕なりに、元気になるお手伝いが出来たらええんやけど……なんて」
それは、魔除けのおまじない。
鳴らした音で、
奏でた音で、
きみが、行くべき道に導けるように。
一人の男の子が、懸命にツリーを見上げていた。
夢中で眺めていた所為か、反らした身体が後ろへ倒れそうになる。
「――おっと、危ないのじゃよ?」
その小さな背中に掌を添えてやったのは、ネフィルト・ジェイダー(ka6838)だ。
「3メートルの木……おっきいのぅ」
ネフィルトはツリーを見上げて呟くと、ゆっくりと腰を落とした。白い頬と柔らかい赤茶毛を傾けて、男の子に視線を合わせる。
「君も一緒に飾りを付けてみぬか? 我が手伝うのじゃよ」
視線を逸らしながらもじもじとする男の子の手には、クリスマスカラーの靴下を握られていた。
「おや、奇遇じゃのぅ。我も紙で折った靴下のオーナメントを用意してきたのじゃ。これがないと、プレゼントは入れてもらえないじゃろう? どうじゃ、同じ靴下を持っている者同士、一緒にツリーへ掛けてみぬか?」
ネフィルトらしい穏和な声かけに、男の子は僅かにえくぼを浮かばせてこくりと頷く。ネフィルトは「よし」と頬を緩ませると、両手で男の子を持ち上げた。
「いつもより高いとしても、暴れたら危ないのじゃよ? 絶っ対に暴れるべからずじゃからな?」
華奢な肩にひょいと肩車させ、ツリーの方へ向き直る。
「我はこの辺りの枝に掛けようかのぅ。折角じゃ、君はもっと真ん中の方に飾るがよい。皆が君の飾った靴下を見て、にこりと微笑むじゃろう。勿論、サンタさんもの!」
ネフィルトが自分の飾りを掛けながらそう言うと、控えめだが、心を浮かすような声音で「……うん!」と、頭上から男の子が応えたのであった。
肩車から降ろした男の子が子供達の輪へ戻っていく姿を見送ると、ネフィルトは階段廊下の方へ足を向けた。其処に、“彼”がいたからだ。
「――黒亜君、ほんのちょっとだけ時間いいかの?」
灰白色の壁に凭れて苺牛乳を飲んでいた黒亜が、ちらりと視線を寄越してきた。
黒亜の口はストローを吸ったまま閉ざされていたが、問うような眼差しが返答を示していたので、ネフィルトはほっと息をつく。
「実はの……君に伝えたいことがあったのじゃ」
そうして、負い目を滲ませるような声音で前置きをしながら、ネフィルトは黒亜の傍へ寄った。
「先日……家族を他人と言ってしまったこと、謝りたくてな。黒亜君の言っていた通り、我は頭の中で、恐らく無意識に『家族が他人である』と決めつけてしまっていたのじゃ」
言葉で伝えなければわからないこともある。
それは、家族だから。
しかし、他人だから。
解釈は人それぞれ違う。
「すまんかった」
ネフィルトは黒亜へ向き直ると、恭しく頭を下げた。
交わした心加減か。
繋いだ心具合か。
家族との距離に正解などないのかもしれない。けれど、その距離が家族と見る“景色”を大きく変化させるのではないだろうか。
黒亜は目線を暫し空中へやっていたが、不意にストローから口を離すと――
「頭上げたら?」
抑揚のない声を置いた。
ネフィルトが憂苦に面を上げると、凛とした柘榴の双眸と意識がぶつかる。その色に曇りはなく、波紋ひとつ立っていない心の水面を表していた。
「別にいいよ」
表情にも言葉にも愛想のない一言であったというのに、何故だろう。ネフィルトは豁然として、深い安堵を覚えた。
「……オレはあんたじゃないんだし。あんただってオレじゃないでしょ。オレのことより、あんたは自分の家族を見たら?」
「家族……家族、か……」
ネフィルトは無意識にその単語を反復すると、やや目線を伏せた。その際に流れた前髪が、ネフィルトの瞳に影を差す。
「……もし、話してもらえるのなら。黒亜君にとって家族がどんな存在なのか、聞いてもいいかの?」
「は?」
「いや、迷惑なら無理にとは言わないのじゃ。只、少し気になったのでのぅ」
「……」
無言の返答。
肯定かも否定かもわからない沈黙に、ネフィルトが気遣わしげにそろりと気配を窺うと、黒亜は考えを纏めようとするかのような面差しでいた。
やがて、黒亜は物静かに独白した。
誰に伝えるわけでもなく、
自らに告げるわけでもなく、
唯、巡らせた考えを言葉にするならば――
「……本能を動かす存在、かもね」
それは、黒亜にとっての“是”。
その身に折り宿すは――
「意味は幸運を祈る……やっけかな」
巡り合わせの成。
一羽の折り鶴が、青い葉の海を泳ぐ。
折角の機会と縁。故に、白藤(ka3768)は意味の在る飾りを残したかった。幸運を祈り、想いを折り、その願いを白い折り鶴に託す。
「此処におる皆の幸運が運ばれるとえぇなって、想ってな?」
和みに満ちた面差しでツリーを見上げていた白藤であったが、ふと、物思いに耽るような色を翳す。
「(うきうきした紅亜、何処か不機嫌そうな黒亜、……虚ろ気な白亜……心配やなぁ)」
その時、落ち着いた声音が自分の名前を呼んだ。
白藤は、絹に落としたインクがじわりと滲んでいくような不安を漠然と堪えながら、肩越しに振り返る。平静を装った眼差しは、彼――何時もの微笑みを湛え、子供を肩車している白亜を映していた。
「君のオーナメントは飾れたか?」
穏やかな視線を白藤に置きながら、白亜が隣で歩みを止めた。白藤は心の中で弱くかぶりを振ると、「んー」と、何とはない返答をする。そして、僅かに取り繕うような素振りで「せや」と口にした。
「ここら辺の枝、もうちょい色が欲しいよって、うちが小さい子抱っこして飾らせてあげよかな」
「君が?」
聞き返してきた瞳とぶつかる。
「な、なんやその目ぇ。子供よりは身長あるで!?」
白藤が唇を尖らせて反論すると、彼は歯を見せずに微笑む。“父性”あるその様に、白藤は言いようのない“淵”を感じた。
――傍から見たら、その光景はどう映っているのだろうか。
「むむむぅニャス」
子供を肩車する白き背に、子供を胸に抱き上げる白き姫。
「……幸せな家族の一コマ、みたいニャス」
ニャんて。by 復活のミア
ちょっとここでブレイクタイム。
温かいココアの甘さに表情を蕩けさせながら、ミアはちびっ子に紛れて白亜手製のクッキーをむしゃむしゃ。ひとつふたつ――どころか、みっつよっついつつむっ(ry ――取り敢えず食べたいだけ頬張ると、持参してきたオーナメントを手に、たったかたーとツリーへ駆けてゆく。
「いふぁあほっへいあうぉわ」
飲み込んでから喋ろうね。
「――っくん! ミアが持ってきたのはこれニャス! 木彫りの林檎―!」
ミアの白い手には、温もりを感じさせる果実が掲げられていた。その歪さは、心を込めて彫った証。丁寧に磨いた後、真赤のラッカーで色を付けた。そして、
――BONHEUR。
赫の実に刻んだ白き綴り。
それはきっと、豊かで実りある幸福を願う――楽園の林檎。
一息のお供に、“小さなケーキ”で心をつく。
「へえ、色んな種類のクッキーがあるんだな。――ん、美味い。これはココナッツのクッキーか。団長は料理が上手なんだな」
陸が口許を綻ばせながら、白亜に話しかけた。
「俺にとって、料理は息抜きだからな。そう思える分、形になってくれるものがあるのかもしれん」
「謙遜すんなって。明日は家族水入らず?」
「予定が入らなければ、そうなるな」
「そうか。楽しめよな、ちゃんとあんたも」
陸はそう返すと、白亜の肩を親しげに叩いた。
「――うっし! 天辺の星飾るぞー、飾りたいやつ手を挙げろー。ジャンケンだからな、恨みっこなしだぞ」
陸の呼び掛けで、口の端にクッキーの欠片をつけた子供達が「わー♪」と、彼の周りに集まった。ツリーの傍らでは、ココアを飲み終えたレナードとネフィルトが、子供達を肩車してやったりおぶってやったりと、楽しそうに飾り付けをしている。
クリスマスツリーの飾り付けは順調に進んだ。
心躍り。
色温かく。
光軽やかに。
そうして最後の一つを飾り終えた時――パァンッ! と、何かが弾け、甘い香を放つパウダーが空間へ飛び散った。それはまるで、銀色の月が砕けた“粉雪”。
心が沸き立つような音を立てたのは、陸が遊び心を加えた三日月のオーナメントであった。
誰かが仕掛けのスイッチを担う少女の人形を持ち上げたのだろう、月は光を象徴する色へとその身を変え――
きらきら、はらはら。
中では銀。
外では――白。
灰空と雪とのぼんやりとした明暗に、冬の情景が浮かんでいた。
●
雪に映える、街。
空から舞う真白は、童話のような景観を悪戯に染めてゆく。
その中、孤児院を後にした“黒猫”と“桃猫”がにゃーにゃーにゃー。
「クロちゃん! 紅亜ちゃんのお洋服を見に行くんニャスってネ? ミアもお付き合いするニャスよ!」
「は? ……オレについてきても楽しいことなんてなにもないと思うけど」
「そんなことないニャス。楽しむことは考えちゃダメニャス……お鼻で感じるんニャスよ!」
「……鼻?」
「そっちのワゴンショップから美味しそうな匂いがするニャス……じゅるり」
「食べたきゃ食べれば? オレは行くよ」
「ニャあぁ、待つニャス! じゃあ、お買い物が終わったら一緒に食べようニャス♪」
「……物好きだね。まあ、別にいいけど」
「やったぁニャス! よーし、ミアのふぁっしょんせんすを爆発させてやるニャスよー! ――あ、ついでにミアのお洋服も見立ててほしいニャス」
「……」
――というわけで、ミアと黒亜のドタバタショッピングがすたーとなう!
世間はクリスマスシーズン。
なれば、
商店はクリスマスセール。
黒亜のお目当ての店舗は、入り組んだ路地の角にあった。
扉の先は何処か幻想的で、時間の針がゆったりと流れているような空間を醸し出している。服の系統は、アンティーク、フェミニン、ナチュラル、森ガールなど、多彩なデザインで溢れているようだ。
「おお、すごいニャス!」
仮の姿はにゃんこだが、ミアも乙女。布地が色咲く花畑に、ミアは興奮気味でぴょんこぴょんこと跳ねていた。その姿を横目に、黒亜は慣れた手つきで服を選り分けていく。
「――あ! このケーブル編みのニットワンピとかどうニャス? シンプルニャスけど、レースと合わせたらきっと可愛いニャス♪」
「……コーデはいいけど、却下。引っかけてすぐダメにする」
幼児か。
「それにしても、紅亜ちゃんのお洋服ってクロちゃんがお見立てしてたんニャスネ」
「そうだけど、なに?」
「センスいいニャスなぁって。女の子のお洋服ニャのに。女の子のお洋服ニャのに」
「……三毛の服、これでいいんじゃない? ウーパールーパーの着る毛布。ほら、フードも付いてるし。はい、決定」
「Σウ……!? イヤニャス! キモ可愛くないちゃんとしたお洋服がいいニャスー!」
リトルミア降臨。
地団駄を踏むミアは、周囲からがっつりと微笑ましげに笑われている。黒亜は鼻息のような吐息を漏らし、「クーよりも手がかかるとか、なに……」と、怒るでも呆れるでもなく、何処か達観した様子で呟いた。
宵に沈んだ街は、牡丹の白とネオンの洪水で溢れていた。
降り積もる雪は柔らかく、広場のツリーをまばゆく包んでいる。
買い物を終えたミアと黒亜は、広場のベンチに腰を掛けていた。チュロスを片手に、音楽と共にライトアップされたツリーを眺める。
「クロちゃんっておにいちゃんっこニャスよね」
ミアの唐突な発言に、黒亜は「――は?」と、素っ頓狂な声を上げた。
「いやぁ、なんていうか、白亜ちゃんがいるから今のクロちゃんがいる……みたいな、感じ……ニャス?」
どうやら、ミア自身もわかりかねているような雰囲気であった。だからこそ、言葉にしたのかもしれない。
「白亜ちゃんって、どんなおにいちゃんなんニャス?」
「……なんで」
「ミアは“おにいちゃん”って知らないニャスから。クロちゃん達見てると羨ましくなるニャス。兄妹って、家族っていいニャぁって思うんニャス」
それは、無垢な問いと羨望。
問われた現実と――紡いできた過去。
黒亜の気紛れが、その狭間で揺れ――
「……――て、だよ、オレの」
雪に消える。
「うニャ?」
「別に。――はい、チョロスも食べたからオレは帰るよ。じゃあね」
「ふニャ!? ちょっと待つニャスー!」
背中を向けてさっさと立ち去ろうとする黒亜を、ミアが慌てて呼び止める。
「ミアの為にお洋服選んでくれてありがとうニャス♪ 大切にするニャスから、また今度デートしようニャぁ♪ あ、これはお洋服のお礼ニャス」
黒亜に選んでもらった洋服――包装されたブルーのスカラップワンピースの包みを胸に寄せ、ミアは黒亜に黒のシルクリボンブレスレットを贈った。
「(本当はクリスマスプレゼントニャスけど……)」
青い薔薇のチャームが、巡り逢った縁が――どうか、散らぬように。
●
最近はどんな夢を見ただろう。
どんな空を仰いだだろう。
どんな雨の匂いを嗅いだだろう。
最近は――
「(……臆病な気持ちも育つ心も、白いブーケで染まればえぇ……)」
“ ”に、出逢った。
・
・
・
「料理の仕込みするんやってなぁ? うちらも手伝ってえぇ?」
熟さずとも、きっかけというのはふと訪れる。
「ネフィルトは美味しいもん好きやし、もしはらぺこやったらつまみ食いさせ――」
「うむ、つまみぐいは我に任せ……いやいや、味見をちょーっとさせてもらいたいだけなのじゃよ?」
「……たって?」
そう忍んで笑う白藤と、腹の虫をきゅるると鳴かせるネフィルトを連れて、白亜達は旧市街の一角にあるアパートへ来ていた。
急勾配のカラフルな屋根。
カントリー調の外観。
広々とした内装に、大きな窓――。
三兄妹の自宅だ。
「着替えを済ませたら茶を淹れるので、適当に寛いでいてくれ」
キャビネット上に飾られた写真に気を取られていた白藤が、はっとして意識のずれを彼に戻す。白亜の背中は既に、奥へと消えていた。
壁際の暖炉がぱちぱちと歌っている。
「(様子が気になるなぁ……)」
揺れているのは火か、自身の心か。
「(白亜は人に弱みを見せへんやろうけど――って、人のこと言えんな)」
それは、白藤も憶えのある“傷”なのかもしれない。だからこそ、心に掛かるのだろう。何処か“無傷”ではない――白亜に。
口当たりのいい紅茶で喉を潤した後、三人はキッチンへ。
料理に慣れた白藤はビーフシチューの下準備と、バケットに塗るソース作りを。ネフィルトは白亜と共に、サーモンのマリネを作っていた。
「前日に作っておいてしまっていいのかの?」
「ああ。マリネは冷蔵庫で一晩寝かせた方が、味がよく染み込むんだ」
「なるほどなのじゃ。それにしても、白亜君は自炊できるのじゃな。我もできるようになった方がいいんじゃろうかー……」
「俺の場合、せざるを得なかったからな。だが、料理にプレッシャーは必要ない。君も一度、自分の好きな料理を作ってみるといい。そして、誰かに食べてもらえ。自分の味が誰かの笑顔になる瞬間は、とても心嬉しいものだぞ」
白亜はそう告げると、マリネ液に浸したサーモンを一切れ、ネフィルトの口へ入れてやった。
「んぉ、美味しいのじゃ!」
湛えた笑顔に、ふと気づく。
何時か自分も、誰かに与えられるだろうか。心浮かばせるような、その瞬間を。
――信頼の“純白”を、胸に。
手を貸してくれた礼にと、キッチンでは白亜がホットケーキを作ってくれていた。白藤は、彼に無用な緊張をさせないように気を配りながら、声をかける。生地を混ぜる手を止めて振り返る白亜に、渡しそびれていたクリスマスプレゼント――
「俺に?」
「……ん。よければ、飾ってぇな?」
「ああ、ありがとう」
美しい花言葉を咲かせるブーケを贈った。
「……なぁ、白亜」
「何だ?」
「体調とか……平気なん? ちゃんと休んどる?」
白藤が、白亜の胸元に視線を置きながらひっそりと囁く。
突然どうした、と白亜は笑みを浮かべようとしたが、やるせない視線を上げた神妙な表情を目の前にして、口を噤んだ。
「うちが心配するんは、嫌やろうか」
人には、知られたくないことがある。
不都合な真実もある。
けれど。
「まだ出会ったばっかや、けど……うちなりに白亜を気に入っとるんよ?」
許されるのなら。
叶うのなら。
知り得てもいい境まで、歩ませてほしい。
「うちはお節介でうっとおしいやろうから、嫌やったり言いたない事やったら言うてな?」
困っている時は、手を伸ばしたい。心を沈ませている時には――傍にいたい。
「……ありがとう、白藤。そうだな……疲れていると、思案がどうしても滅入ることがある。俺が暗闇で暗然としていたら、その時は……君が蝋燭の火を灯してくれ」
白亜の柔らかい笑みが、白藤の心を繋いだ。
「(なんでこないに心配なんやろう、なんでこんな……気になるんやろう。人がおらんなる事に慣れとる傭兵が、笑ってまうなぁ)」
吐息が、鼓動が、揺れ動く。
「(あまり考えた無いな……歳とると、何でもかんでも臆病になってまうから)」
感情が、舞う。窓から見える雪と同じように、白く、儚く――しかし、確かに。
●
一方――雪空の下。
今宵、月季花と千振が奏でているのは歌ではなく、とりとめのない話であった。歌唱でなくとも互いの声は澄み、白い息が雪に躍る。
「えっへへー。クロア君とお話したいと思ってたから、嬉しいやんね。んあ、でも、帰る途中やったら悪いことしてもうたかな……へ、平気やった?」
「それ、声かける前に考えなよ」
「ご、ごめんなさいやんね」
「まあ、平気じゃなかったら今あんたの隣にいないし。――で?」
「?」
「クーの服に興味があったわけじゃないでしょ。オレになにか用?」
雑談に織り交ぜたレナードの“気懸かり”は、容易に覚られていた。黒亜の気配が素っ気なく問うてくる。
「んー……えっとなぁ、クロア君、なんか悩みでもあるんかなぁ……なんて」
「……は?」
口を半開きにしながら訝しげな表情を寄越してきた黒亜に、レナードは眉を下げて苦笑する。
「勿論、ないならそれが一番やけどね。只……ちょっと気になったから、僕でよければ相談に乗れたらなぁ……なんて」
「ふーん。物好きだね」
「そ、そやろうか?」
「そうだよ。三毛といい、あんたといい……ほんと、なにが楽しいんだか」
「ふふふー。僕はクロア君と出会えてほんまに良かったと思っとるで?」
「……」
「クロア君?」
「杞憂だよ」
黒亜の囁きは、雪の降る宵に少し寂しく響いた。話題が巻き戻ったのを察したのか、レナードが、「……ん」と目を細くする。
「なら、えぇやんね。でもなぁ、クロア君。もし、何か……せやなぁ、悪い夢とか見てしもたら……誰かにお話してみるとええんやって」
「……夢?」
「おん! そしたら、正夢にならずに済むらしい……ってご本に書いてあった事なんやけどね」
「正夢……」
殆ど声にならなかった黒亜の独白。レナードは静かに目を伏せて、聞こえないふりをした。
見えなくてもいい。
隠されてもいい。
只、彼が淡い夢に囚われ、虚ろになっているのなら――
「(俺が聞いて、少しでも不安を軽く出来たなら良いなぁ……なんて)」
棘のようなその心を、護りたい。
●
「――紅亜、良かったら歩かないか?」
紅い金魚が尾鰭の如くスカートの裾を揺らし、黒い犬が癖のない髪を夜風に梳かせる。
サーカス団のトップスターと、長身で彫りの深い顔立ちの美形が連れ合い、商店街を行く光景は、明瞭に人目を引いていた。
二人はジュエリーショップに足を運ぶ。
「プレゼントか」
「う……?」
「いや、ほら、自分のためにジュエリーを選んだりしないだろ? なんつーか、紅亜の場合は特に?」
「んー……当たりだけど……なんか、えーと……あー……あれだ……。ひしゃくにさわる言い方……してる……?」
「紅亜、柄杓は初詣の時に使え。――ほら、ジュエリー見ようぜ」
陸は紅亜(kz0239)のぽやんとした顔から視線を外すと、ディスプレイを見るよう勧めた。
「シンプルなものがいいかな……」
陸の表情と声音に、玩具を見る子供のような明るさが垣間見える。
時期と日にちの所為か、店はカップル客で混んでいた。特にこの店舗は女性からの支持の高さに定評があるようで、ハイクオリティな素材と上品なデザインが揃っている。気軽に楽しめるアイテムも満載だ。
甘い煌めきや、透き通るような美しさ、華やかな輝き。それらを丁寧に眺めながら、陸が隣の紅亜に声をかける。
「プレゼントは選ぶ時間も楽しいよな。交わした会話を思い出して、目で追ったその人を想って、倖せになる。だからゆっくり選べばいい」
「ん……? んー……そう、だね……今はそう思える……かな……。夢の中で……逢えた、から……」
「夢?」
「ううん……なんでもない……」
――そういえば、と、陸は胸の内で呟いて、僅かに表情を変えた。紅亜がジュエリーを贈ろうとしている相手は、女性なのだろうか。それとも――と思考して、決まり悪げにやめた。
唯、実直に置いていた心の内はきちんと伝えたくて、紅亜の横顔へ視線をやる。
「勘違いだったら笑ってくれ。……必ず渡せるよ。いつかの先でもきっと。だから大丈夫」
端正な指が、紅亜の頭を優しく撫でる。
「きっとそいつは、紅亜が自分を想ってくれたその時間を想って倖せになれるから」
紅亜の傾いた面が陸の顔を覗き込んだ。
曇りひとつない紅水晶の光が、陸の双眸へ潜る。暗き、黒き底に、何が映っているのだろう。陸がすっと息を呑んだ。
やがて、紅亜は微笑みを返す代わりに、目で頷いた。そして、徐に小さく口を開く。
「じゃあ……陸も渡せるね……」
「ん?」
「さっき……店員さんに包んでもらってたでしょ……? ラインストーンがついたヘアピン……」
「ああ、何だ。見られてたのか。ん、姪っ子が興味あるみたいなんだ」
「そっか……陸の姪っ子はしあわせものだね……陸が想いながら選んだヘアピン、受け取ったら……きっと……笑顔になるんだろうなぁ……」
――。
陸は意表を突かれた面持ちになった。だが、目の前の彼女の意識が紅霞のように温かく包んでいたので、陸は何処かほっとしたように柔らかく微笑んだのであった。
外へ出ると、雪は街の灯りを吸い、眩い白さを放っていた。
屋根に、地面に、葉に、肌に――雪が凍みる。その音はまるで、鈴の如き清らかさ。
二人は、大通りから脇道に逸れ、路地を歩いていた。
「贈り物のアクセ、いいのが見つかってよかったな」
「んむ……陸がアドバイスしてくれたおかげ……でも、カピバラチャームのイヤリングも捨てがたかった……」
「いやー、ほんと、ラストにしっくりくるもんが見つかってマジよかったわ。うん」
紅亜のチョイスセンスを目の当たりにした陸は、心の底からそう思った。
結局、彼女が最終的に選んだのは、一粒のストーンを三日月に留めたネックレス。上品なパープルを抱き込むようなデザインが、繊細な魅力を放っていた。
「陸も……月、好き……?」
「ん?」
「ピアス……三日月、でしょ……?」
「ああ、そうだな。三日月は好きだよ。紅亜のアンクレットのチャームも月だよな」
「ん……。でも、陸は……なんか……月よりも……」
「月よりも?」
「……森、みたいな……感じ……」
「森?」
「ん……黒い、森……。夜の蜃気楼……みたいだけど……月の光で……迷わずにいられる……」
淀みのない、囁きであった。
はらり、ほろり。
大粒の雪花を浴びながら、ふと、陸が歩みを止める。
「紅亜」
「んむ……?」
マフラーに埋もれている細い首を緩慢に動かして、紅亜が振り仰いだ。
「今日はありがとな。俺も選ぶの、楽しかったよ。これ、迷惑じゃなかったら受け取ってくれ」
感情のはっきりしない表情を浮かべている紅亜へ、陸は上着のポケットから抜いた物を差し出す。
それは、ホワイトゴールドのブレスレットであった。
仲睦まじげに並んでいるのは、瑠璃、柘榴石、紅水晶の三連色。
籠められた想いは、“家族仲良く倖せに”。そして、“これからも光がいつも傍に在りますように”――と。
「おー……きれい……。ハクとクロと……私もいる……えへへ……陸、ありがとー……」
陸は、紅亜の手首に飾られたブレスレットを温厚な面差しで見つめると、
「クレープでも食いながら帰るか」
雪の道を歩き出した。
「――のんびりゆっくり話しながら、歩いていこう」
仰いだ空を覆う“色”は、まだ見えない。だからこそ、繋ぐこの場を歩もう。白昼夢に舞う雪の華を、優しく溶かすように。
何時かの“未来”は、誰かの“夢”――。
星の数ほどいる人の中で、出会った。
偶然でも。
必然でも。
この出会いは、嘘ではない。
だから、
淋しい朝も。
切ない夜も。
呼ぶ声が届く場所に、手を伸ばせば届く場所に、必ずいるから。
「俺も、“あんた”も、独りじゃない。毎日が月のように、きらきらとあたたかくなるよ。……だろう?」
指先に垂らしたシャンパンゴールドの三日月が、夜空を浮かべる瞳の彼――浅生 陸(ka7041)の心を柔らかく照らした。
**
――X’mas Eve。
陸は仕掛けのある三日月型のオーナメントをクリスマスツリーの枝に下げると、孤児院の窓から外を覗いた。冷たい風が、ひう、と、沢山の落ち葉を集めている。
「今夜は雪が降りそうだな」
薄青い寒空を仰ぎながら、陸は童心に返ったような声音を響かせた。そして、口角に微笑みを置く。顎を引いて首を動かすと、三日月に腰を掛ける少女の人形に目をやって、ちょん、と、その黒髪の頭を指で撫でた。
陸は脚立に乗って高い位置の飾りつけを手際よく行っていた。
真っ青なモミの木に、花が一輪咲く。
星が一つ増える。
手に提げていた飾りはあっという間になくなり、陸は脚立から降りようと、足許に視線を向けた。
「うおっ」
何時の間にか彼の眼下には、いくつもの小さな頭がわらわらと集まっていた。好奇心の塊達は目をきらきらとさせながら、一様に此方を見上げている。その目当てはすぐにわかった。
陸は掌を向けながら、優しい含み声で梯子に登りたがる子供達を制した。
「ハイ、順番順番。一人ずつな」
子供が怪我をしないように、陸は脚立の下から慎重にフォローをする。
順番待ちをしている子供達に気づいたのは、ミア(ka7035)だ。愛嬌のある八重歯を「ニャは♪」と覗かせながら、子供達に声をかける。
「ミアが相手するニャスよー! かかってこいちびっこ達ー!」
大げさでわかりやすいファイティングポーズをとるミアに、子供達の瞳がキラーンと菱形に輝いた。
わー!
わー!
わー!
歓喜の叫びと容赦のないタックルがミアに浴びせられる。
「ねこだー、ねこしゃんだー」
「かくごしろミアゴンー!」
「しっぽついてるー。かわいー」
「ミアゴンをくすぐってやっつけろー!」
「おー!」
「こしょこしょー」
勝手に怪獣にされているミアゴン、ちびっ子の山に埋もれていく。
「ぎニャああああああぁぁぁっっ!!!」
――さらば、ミアゴン。永遠に。
白亜(kz0237)が用意してきたダンボール箱の中には、極彩色を放つ様々なオーナメントが、ツリーを装飾する瞬間を今か今かと待ち侘びているようであった。
南瓜祭りで顔見知りになった子供達と挨拶を交わし終えたレナード=クーク(ka6613)は、ダンボール箱の中から一つ、銀のクーゲルを指先で摘まみ上げると、ツリーの枝にその役割を果たしてやる。
「ふふー、ついにクリスマスの前日が来たんやねぇ。街中も子供達もキラキラ楽しそうで、僕も温かい気持ちでいっぱいやんね!」
レナードは眩しそうに明眸を細めると、ゆっくりと辺りを見渡した。温かい空間。染み透る無邪気な音。屈託のない笑顔で溢れている子供達――。現にレナードの視界では、きゃっきゃきゃっきゃと、ミアゴンに群がるちびっ子レンジャーの姿が。
「ミアさんの身体の張り方は流石やで……。ふふふー、爛漫な猫さんは大人気やんね」
不意に、子供達と共に毛玉化しているミアの隣を、彼――黒亜(kz0238)が通り掛かる。無愛嬌な表情でミア毛玉を一瞥すると、「……手伝わないと転がすよ?」と言葉を置いて通り過ぎていった。
レナードは憂いを帯びた目許で黒亜の後ろ姿を見送りながら、ぽつりと言葉を漏らす。
「……変わらへん空気ではいる、ように見える……けど。今日のクロア君。何処か浮かない雰囲気しとった様な……そんな気がするなぁ」
そうして掌に添えたのは、この日の為に用意をしてきたオーナメント。神秘の力を宿していると言われている柊に――喜びと希望を鳴らす鈴。
「綺麗な飾りやけど、この葉っぱは魔除けの力があるんやって。大切なツリーを守ってくれます様にって、お願いも込めるで!」
レナードは二つの色を合わせて、淑やかにツリーを装った。
細い指の腹で鈴を弾く。
りぃん。
冴えた現が耳へ響いた。
「僕なりに、元気になるお手伝いが出来たらええんやけど……なんて」
それは、魔除けのおまじない。
鳴らした音で、
奏でた音で、
きみが、行くべき道に導けるように。
一人の男の子が、懸命にツリーを見上げていた。
夢中で眺めていた所為か、反らした身体が後ろへ倒れそうになる。
「――おっと、危ないのじゃよ?」
その小さな背中に掌を添えてやったのは、ネフィルト・ジェイダー(ka6838)だ。
「3メートルの木……おっきいのぅ」
ネフィルトはツリーを見上げて呟くと、ゆっくりと腰を落とした。白い頬と柔らかい赤茶毛を傾けて、男の子に視線を合わせる。
「君も一緒に飾りを付けてみぬか? 我が手伝うのじゃよ」
視線を逸らしながらもじもじとする男の子の手には、クリスマスカラーの靴下を握られていた。
「おや、奇遇じゃのぅ。我も紙で折った靴下のオーナメントを用意してきたのじゃ。これがないと、プレゼントは入れてもらえないじゃろう? どうじゃ、同じ靴下を持っている者同士、一緒にツリーへ掛けてみぬか?」
ネフィルトらしい穏和な声かけに、男の子は僅かにえくぼを浮かばせてこくりと頷く。ネフィルトは「よし」と頬を緩ませると、両手で男の子を持ち上げた。
「いつもより高いとしても、暴れたら危ないのじゃよ? 絶っ対に暴れるべからずじゃからな?」
華奢な肩にひょいと肩車させ、ツリーの方へ向き直る。
「我はこの辺りの枝に掛けようかのぅ。折角じゃ、君はもっと真ん中の方に飾るがよい。皆が君の飾った靴下を見て、にこりと微笑むじゃろう。勿論、サンタさんもの!」
ネフィルトが自分の飾りを掛けながらそう言うと、控えめだが、心を浮かすような声音で「……うん!」と、頭上から男の子が応えたのであった。
肩車から降ろした男の子が子供達の輪へ戻っていく姿を見送ると、ネフィルトは階段廊下の方へ足を向けた。其処に、“彼”がいたからだ。
「――黒亜君、ほんのちょっとだけ時間いいかの?」
灰白色の壁に凭れて苺牛乳を飲んでいた黒亜が、ちらりと視線を寄越してきた。
黒亜の口はストローを吸ったまま閉ざされていたが、問うような眼差しが返答を示していたので、ネフィルトはほっと息をつく。
「実はの……君に伝えたいことがあったのじゃ」
そうして、負い目を滲ませるような声音で前置きをしながら、ネフィルトは黒亜の傍へ寄った。
「先日……家族を他人と言ってしまったこと、謝りたくてな。黒亜君の言っていた通り、我は頭の中で、恐らく無意識に『家族が他人である』と決めつけてしまっていたのじゃ」
言葉で伝えなければわからないこともある。
それは、家族だから。
しかし、他人だから。
解釈は人それぞれ違う。
「すまんかった」
ネフィルトは黒亜へ向き直ると、恭しく頭を下げた。
交わした心加減か。
繋いだ心具合か。
家族との距離に正解などないのかもしれない。けれど、その距離が家族と見る“景色”を大きく変化させるのではないだろうか。
黒亜は目線を暫し空中へやっていたが、不意にストローから口を離すと――
「頭上げたら?」
抑揚のない声を置いた。
ネフィルトが憂苦に面を上げると、凛とした柘榴の双眸と意識がぶつかる。その色に曇りはなく、波紋ひとつ立っていない心の水面を表していた。
「別にいいよ」
表情にも言葉にも愛想のない一言であったというのに、何故だろう。ネフィルトは豁然として、深い安堵を覚えた。
「……オレはあんたじゃないんだし。あんただってオレじゃないでしょ。オレのことより、あんたは自分の家族を見たら?」
「家族……家族、か……」
ネフィルトは無意識にその単語を反復すると、やや目線を伏せた。その際に流れた前髪が、ネフィルトの瞳に影を差す。
「……もし、話してもらえるのなら。黒亜君にとって家族がどんな存在なのか、聞いてもいいかの?」
「は?」
「いや、迷惑なら無理にとは言わないのじゃ。只、少し気になったのでのぅ」
「……」
無言の返答。
肯定かも否定かもわからない沈黙に、ネフィルトが気遣わしげにそろりと気配を窺うと、黒亜は考えを纏めようとするかのような面差しでいた。
やがて、黒亜は物静かに独白した。
誰に伝えるわけでもなく、
自らに告げるわけでもなく、
唯、巡らせた考えを言葉にするならば――
「……本能を動かす存在、かもね」
それは、黒亜にとっての“是”。
その身に折り宿すは――
「意味は幸運を祈る……やっけかな」
巡り合わせの成。
一羽の折り鶴が、青い葉の海を泳ぐ。
折角の機会と縁。故に、白藤(ka3768)は意味の在る飾りを残したかった。幸運を祈り、想いを折り、その願いを白い折り鶴に託す。
「此処におる皆の幸運が運ばれるとえぇなって、想ってな?」
和みに満ちた面差しでツリーを見上げていた白藤であったが、ふと、物思いに耽るような色を翳す。
「(うきうきした紅亜、何処か不機嫌そうな黒亜、……虚ろ気な白亜……心配やなぁ)」
その時、落ち着いた声音が自分の名前を呼んだ。
白藤は、絹に落としたインクがじわりと滲んでいくような不安を漠然と堪えながら、肩越しに振り返る。平静を装った眼差しは、彼――何時もの微笑みを湛え、子供を肩車している白亜を映していた。
「君のオーナメントは飾れたか?」
穏やかな視線を白藤に置きながら、白亜が隣で歩みを止めた。白藤は心の中で弱くかぶりを振ると、「んー」と、何とはない返答をする。そして、僅かに取り繕うような素振りで「せや」と口にした。
「ここら辺の枝、もうちょい色が欲しいよって、うちが小さい子抱っこして飾らせてあげよかな」
「君が?」
聞き返してきた瞳とぶつかる。
「な、なんやその目ぇ。子供よりは身長あるで!?」
白藤が唇を尖らせて反論すると、彼は歯を見せずに微笑む。“父性”あるその様に、白藤は言いようのない“淵”を感じた。
――傍から見たら、その光景はどう映っているのだろうか。
「むむむぅニャス」
子供を肩車する白き背に、子供を胸に抱き上げる白き姫。
「……幸せな家族の一コマ、みたいニャス」
ニャんて。by 復活のミア
ちょっとここでブレイクタイム。
温かいココアの甘さに表情を蕩けさせながら、ミアはちびっ子に紛れて白亜手製のクッキーをむしゃむしゃ。ひとつふたつ――どころか、みっつよっついつつむっ(ry ――取り敢えず食べたいだけ頬張ると、持参してきたオーナメントを手に、たったかたーとツリーへ駆けてゆく。
「いふぁあほっへいあうぉわ」
飲み込んでから喋ろうね。
「――っくん! ミアが持ってきたのはこれニャス! 木彫りの林檎―!」
ミアの白い手には、温もりを感じさせる果実が掲げられていた。その歪さは、心を込めて彫った証。丁寧に磨いた後、真赤のラッカーで色を付けた。そして、
――BONHEUR。
赫の実に刻んだ白き綴り。
それはきっと、豊かで実りある幸福を願う――楽園の林檎。
一息のお供に、“小さなケーキ”で心をつく。
「へえ、色んな種類のクッキーがあるんだな。――ん、美味い。これはココナッツのクッキーか。団長は料理が上手なんだな」
陸が口許を綻ばせながら、白亜に話しかけた。
「俺にとって、料理は息抜きだからな。そう思える分、形になってくれるものがあるのかもしれん」
「謙遜すんなって。明日は家族水入らず?」
「予定が入らなければ、そうなるな」
「そうか。楽しめよな、ちゃんとあんたも」
陸はそう返すと、白亜の肩を親しげに叩いた。
「――うっし! 天辺の星飾るぞー、飾りたいやつ手を挙げろー。ジャンケンだからな、恨みっこなしだぞ」
陸の呼び掛けで、口の端にクッキーの欠片をつけた子供達が「わー♪」と、彼の周りに集まった。ツリーの傍らでは、ココアを飲み終えたレナードとネフィルトが、子供達を肩車してやったりおぶってやったりと、楽しそうに飾り付けをしている。
クリスマスツリーの飾り付けは順調に進んだ。
心躍り。
色温かく。
光軽やかに。
そうして最後の一つを飾り終えた時――パァンッ! と、何かが弾け、甘い香を放つパウダーが空間へ飛び散った。それはまるで、銀色の月が砕けた“粉雪”。
心が沸き立つような音を立てたのは、陸が遊び心を加えた三日月のオーナメントであった。
誰かが仕掛けのスイッチを担う少女の人形を持ち上げたのだろう、月は光を象徴する色へとその身を変え――
きらきら、はらはら。
中では銀。
外では――白。
灰空と雪とのぼんやりとした明暗に、冬の情景が浮かんでいた。
●
雪に映える、街。
空から舞う真白は、童話のような景観を悪戯に染めてゆく。
その中、孤児院を後にした“黒猫”と“桃猫”がにゃーにゃーにゃー。
「クロちゃん! 紅亜ちゃんのお洋服を見に行くんニャスってネ? ミアもお付き合いするニャスよ!」
「は? ……オレについてきても楽しいことなんてなにもないと思うけど」
「そんなことないニャス。楽しむことは考えちゃダメニャス……お鼻で感じるんニャスよ!」
「……鼻?」
「そっちのワゴンショップから美味しそうな匂いがするニャス……じゅるり」
「食べたきゃ食べれば? オレは行くよ」
「ニャあぁ、待つニャス! じゃあ、お買い物が終わったら一緒に食べようニャス♪」
「……物好きだね。まあ、別にいいけど」
「やったぁニャス! よーし、ミアのふぁっしょんせんすを爆発させてやるニャスよー! ――あ、ついでにミアのお洋服も見立ててほしいニャス」
「……」
――というわけで、ミアと黒亜のドタバタショッピングがすたーとなう!
世間はクリスマスシーズン。
なれば、
商店はクリスマスセール。
黒亜のお目当ての店舗は、入り組んだ路地の角にあった。
扉の先は何処か幻想的で、時間の針がゆったりと流れているような空間を醸し出している。服の系統は、アンティーク、フェミニン、ナチュラル、森ガールなど、多彩なデザインで溢れているようだ。
「おお、すごいニャス!」
仮の姿はにゃんこだが、ミアも乙女。布地が色咲く花畑に、ミアは興奮気味でぴょんこぴょんこと跳ねていた。その姿を横目に、黒亜は慣れた手つきで服を選り分けていく。
「――あ! このケーブル編みのニットワンピとかどうニャス? シンプルニャスけど、レースと合わせたらきっと可愛いニャス♪」
「……コーデはいいけど、却下。引っかけてすぐダメにする」
幼児か。
「それにしても、紅亜ちゃんのお洋服ってクロちゃんがお見立てしてたんニャスネ」
「そうだけど、なに?」
「センスいいニャスなぁって。女の子のお洋服ニャのに。女の子のお洋服ニャのに」
「……三毛の服、これでいいんじゃない? ウーパールーパーの着る毛布。ほら、フードも付いてるし。はい、決定」
「Σウ……!? イヤニャス! キモ可愛くないちゃんとしたお洋服がいいニャスー!」
リトルミア降臨。
地団駄を踏むミアは、周囲からがっつりと微笑ましげに笑われている。黒亜は鼻息のような吐息を漏らし、「クーよりも手がかかるとか、なに……」と、怒るでも呆れるでもなく、何処か達観した様子で呟いた。
宵に沈んだ街は、牡丹の白とネオンの洪水で溢れていた。
降り積もる雪は柔らかく、広場のツリーをまばゆく包んでいる。
買い物を終えたミアと黒亜は、広場のベンチに腰を掛けていた。チュロスを片手に、音楽と共にライトアップされたツリーを眺める。
「クロちゃんっておにいちゃんっこニャスよね」
ミアの唐突な発言に、黒亜は「――は?」と、素っ頓狂な声を上げた。
「いやぁ、なんていうか、白亜ちゃんがいるから今のクロちゃんがいる……みたいな、感じ……ニャス?」
どうやら、ミア自身もわかりかねているような雰囲気であった。だからこそ、言葉にしたのかもしれない。
「白亜ちゃんって、どんなおにいちゃんなんニャス?」
「……なんで」
「ミアは“おにいちゃん”って知らないニャスから。クロちゃん達見てると羨ましくなるニャス。兄妹って、家族っていいニャぁって思うんニャス」
それは、無垢な問いと羨望。
問われた現実と――紡いできた過去。
黒亜の気紛れが、その狭間で揺れ――
「……――て、だよ、オレの」
雪に消える。
「うニャ?」
「別に。――はい、チョロスも食べたからオレは帰るよ。じゃあね」
「ふニャ!? ちょっと待つニャスー!」
背中を向けてさっさと立ち去ろうとする黒亜を、ミアが慌てて呼び止める。
「ミアの為にお洋服選んでくれてありがとうニャス♪ 大切にするニャスから、また今度デートしようニャぁ♪ あ、これはお洋服のお礼ニャス」
黒亜に選んでもらった洋服――包装されたブルーのスカラップワンピースの包みを胸に寄せ、ミアは黒亜に黒のシルクリボンブレスレットを贈った。
「(本当はクリスマスプレゼントニャスけど……)」
青い薔薇のチャームが、巡り逢った縁が――どうか、散らぬように。
●
最近はどんな夢を見ただろう。
どんな空を仰いだだろう。
どんな雨の匂いを嗅いだだろう。
最近は――
「(……臆病な気持ちも育つ心も、白いブーケで染まればえぇ……)」
“ ”に、出逢った。
・
・
・
「料理の仕込みするんやってなぁ? うちらも手伝ってえぇ?」
熟さずとも、きっかけというのはふと訪れる。
「ネフィルトは美味しいもん好きやし、もしはらぺこやったらつまみ食いさせ――」
「うむ、つまみぐいは我に任せ……いやいや、味見をちょーっとさせてもらいたいだけなのじゃよ?」
「……たって?」
そう忍んで笑う白藤と、腹の虫をきゅるると鳴かせるネフィルトを連れて、白亜達は旧市街の一角にあるアパートへ来ていた。
急勾配のカラフルな屋根。
カントリー調の外観。
広々とした内装に、大きな窓――。
三兄妹の自宅だ。
「着替えを済ませたら茶を淹れるので、適当に寛いでいてくれ」
キャビネット上に飾られた写真に気を取られていた白藤が、はっとして意識のずれを彼に戻す。白亜の背中は既に、奥へと消えていた。
壁際の暖炉がぱちぱちと歌っている。
「(様子が気になるなぁ……)」
揺れているのは火か、自身の心か。
「(白亜は人に弱みを見せへんやろうけど――って、人のこと言えんな)」
それは、白藤も憶えのある“傷”なのかもしれない。だからこそ、心に掛かるのだろう。何処か“無傷”ではない――白亜に。
口当たりのいい紅茶で喉を潤した後、三人はキッチンへ。
料理に慣れた白藤はビーフシチューの下準備と、バケットに塗るソース作りを。ネフィルトは白亜と共に、サーモンのマリネを作っていた。
「前日に作っておいてしまっていいのかの?」
「ああ。マリネは冷蔵庫で一晩寝かせた方が、味がよく染み込むんだ」
「なるほどなのじゃ。それにしても、白亜君は自炊できるのじゃな。我もできるようになった方がいいんじゃろうかー……」
「俺の場合、せざるを得なかったからな。だが、料理にプレッシャーは必要ない。君も一度、自分の好きな料理を作ってみるといい。そして、誰かに食べてもらえ。自分の味が誰かの笑顔になる瞬間は、とても心嬉しいものだぞ」
白亜はそう告げると、マリネ液に浸したサーモンを一切れ、ネフィルトの口へ入れてやった。
「んぉ、美味しいのじゃ!」
湛えた笑顔に、ふと気づく。
何時か自分も、誰かに与えられるだろうか。心浮かばせるような、その瞬間を。
――信頼の“純白”を、胸に。
手を貸してくれた礼にと、キッチンでは白亜がホットケーキを作ってくれていた。白藤は、彼に無用な緊張をさせないように気を配りながら、声をかける。生地を混ぜる手を止めて振り返る白亜に、渡しそびれていたクリスマスプレゼント――
「俺に?」
「……ん。よければ、飾ってぇな?」
「ああ、ありがとう」
美しい花言葉を咲かせるブーケを贈った。
「……なぁ、白亜」
「何だ?」
「体調とか……平気なん? ちゃんと休んどる?」
白藤が、白亜の胸元に視線を置きながらひっそりと囁く。
突然どうした、と白亜は笑みを浮かべようとしたが、やるせない視線を上げた神妙な表情を目の前にして、口を噤んだ。
「うちが心配するんは、嫌やろうか」
人には、知られたくないことがある。
不都合な真実もある。
けれど。
「まだ出会ったばっかや、けど……うちなりに白亜を気に入っとるんよ?」
許されるのなら。
叶うのなら。
知り得てもいい境まで、歩ませてほしい。
「うちはお節介でうっとおしいやろうから、嫌やったり言いたない事やったら言うてな?」
困っている時は、手を伸ばしたい。心を沈ませている時には――傍にいたい。
「……ありがとう、白藤。そうだな……疲れていると、思案がどうしても滅入ることがある。俺が暗闇で暗然としていたら、その時は……君が蝋燭の火を灯してくれ」
白亜の柔らかい笑みが、白藤の心を繋いだ。
「(なんでこないに心配なんやろう、なんでこんな……気になるんやろう。人がおらんなる事に慣れとる傭兵が、笑ってまうなぁ)」
吐息が、鼓動が、揺れ動く。
「(あまり考えた無いな……歳とると、何でもかんでも臆病になってまうから)」
感情が、舞う。窓から見える雪と同じように、白く、儚く――しかし、確かに。
●
一方――雪空の下。
今宵、月季花と千振が奏でているのは歌ではなく、とりとめのない話であった。歌唱でなくとも互いの声は澄み、白い息が雪に躍る。
「えっへへー。クロア君とお話したいと思ってたから、嬉しいやんね。んあ、でも、帰る途中やったら悪いことしてもうたかな……へ、平気やった?」
「それ、声かける前に考えなよ」
「ご、ごめんなさいやんね」
「まあ、平気じゃなかったら今あんたの隣にいないし。――で?」
「?」
「クーの服に興味があったわけじゃないでしょ。オレになにか用?」
雑談に織り交ぜたレナードの“気懸かり”は、容易に覚られていた。黒亜の気配が素っ気なく問うてくる。
「んー……えっとなぁ、クロア君、なんか悩みでもあるんかなぁ……なんて」
「……は?」
口を半開きにしながら訝しげな表情を寄越してきた黒亜に、レナードは眉を下げて苦笑する。
「勿論、ないならそれが一番やけどね。只……ちょっと気になったから、僕でよければ相談に乗れたらなぁ……なんて」
「ふーん。物好きだね」
「そ、そやろうか?」
「そうだよ。三毛といい、あんたといい……ほんと、なにが楽しいんだか」
「ふふふー。僕はクロア君と出会えてほんまに良かったと思っとるで?」
「……」
「クロア君?」
「杞憂だよ」
黒亜の囁きは、雪の降る宵に少し寂しく響いた。話題が巻き戻ったのを察したのか、レナードが、「……ん」と目を細くする。
「なら、えぇやんね。でもなぁ、クロア君。もし、何か……せやなぁ、悪い夢とか見てしもたら……誰かにお話してみるとええんやって」
「……夢?」
「おん! そしたら、正夢にならずに済むらしい……ってご本に書いてあった事なんやけどね」
「正夢……」
殆ど声にならなかった黒亜の独白。レナードは静かに目を伏せて、聞こえないふりをした。
見えなくてもいい。
隠されてもいい。
只、彼が淡い夢に囚われ、虚ろになっているのなら――
「(俺が聞いて、少しでも不安を軽く出来たなら良いなぁ……なんて)」
棘のようなその心を、護りたい。
●
「――紅亜、良かったら歩かないか?」
紅い金魚が尾鰭の如くスカートの裾を揺らし、黒い犬が癖のない髪を夜風に梳かせる。
サーカス団のトップスターと、長身で彫りの深い顔立ちの美形が連れ合い、商店街を行く光景は、明瞭に人目を引いていた。
二人はジュエリーショップに足を運ぶ。
「プレゼントか」
「う……?」
「いや、ほら、自分のためにジュエリーを選んだりしないだろ? なんつーか、紅亜の場合は特に?」
「んー……当たりだけど……なんか、えーと……あー……あれだ……。ひしゃくにさわる言い方……してる……?」
「紅亜、柄杓は初詣の時に使え。――ほら、ジュエリー見ようぜ」
陸は紅亜(kz0239)のぽやんとした顔から視線を外すと、ディスプレイを見るよう勧めた。
「シンプルなものがいいかな……」
陸の表情と声音に、玩具を見る子供のような明るさが垣間見える。
時期と日にちの所為か、店はカップル客で混んでいた。特にこの店舗は女性からの支持の高さに定評があるようで、ハイクオリティな素材と上品なデザインが揃っている。気軽に楽しめるアイテムも満載だ。
甘い煌めきや、透き通るような美しさ、華やかな輝き。それらを丁寧に眺めながら、陸が隣の紅亜に声をかける。
「プレゼントは選ぶ時間も楽しいよな。交わした会話を思い出して、目で追ったその人を想って、倖せになる。だからゆっくり選べばいい」
「ん……? んー……そう、だね……今はそう思える……かな……。夢の中で……逢えた、から……」
「夢?」
「ううん……なんでもない……」
――そういえば、と、陸は胸の内で呟いて、僅かに表情を変えた。紅亜がジュエリーを贈ろうとしている相手は、女性なのだろうか。それとも――と思考して、決まり悪げにやめた。
唯、実直に置いていた心の内はきちんと伝えたくて、紅亜の横顔へ視線をやる。
「勘違いだったら笑ってくれ。……必ず渡せるよ。いつかの先でもきっと。だから大丈夫」
端正な指が、紅亜の頭を優しく撫でる。
「きっとそいつは、紅亜が自分を想ってくれたその時間を想って倖せになれるから」
紅亜の傾いた面が陸の顔を覗き込んだ。
曇りひとつない紅水晶の光が、陸の双眸へ潜る。暗き、黒き底に、何が映っているのだろう。陸がすっと息を呑んだ。
やがて、紅亜は微笑みを返す代わりに、目で頷いた。そして、徐に小さく口を開く。
「じゃあ……陸も渡せるね……」
「ん?」
「さっき……店員さんに包んでもらってたでしょ……? ラインストーンがついたヘアピン……」
「ああ、何だ。見られてたのか。ん、姪っ子が興味あるみたいなんだ」
「そっか……陸の姪っ子はしあわせものだね……陸が想いながら選んだヘアピン、受け取ったら……きっと……笑顔になるんだろうなぁ……」
――。
陸は意表を突かれた面持ちになった。だが、目の前の彼女の意識が紅霞のように温かく包んでいたので、陸は何処かほっとしたように柔らかく微笑んだのであった。
外へ出ると、雪は街の灯りを吸い、眩い白さを放っていた。
屋根に、地面に、葉に、肌に――雪が凍みる。その音はまるで、鈴の如き清らかさ。
二人は、大通りから脇道に逸れ、路地を歩いていた。
「贈り物のアクセ、いいのが見つかってよかったな」
「んむ……陸がアドバイスしてくれたおかげ……でも、カピバラチャームのイヤリングも捨てがたかった……」
「いやー、ほんと、ラストにしっくりくるもんが見つかってマジよかったわ。うん」
紅亜のチョイスセンスを目の当たりにした陸は、心の底からそう思った。
結局、彼女が最終的に選んだのは、一粒のストーンを三日月に留めたネックレス。上品なパープルを抱き込むようなデザインが、繊細な魅力を放っていた。
「陸も……月、好き……?」
「ん?」
「ピアス……三日月、でしょ……?」
「ああ、そうだな。三日月は好きだよ。紅亜のアンクレットのチャームも月だよな」
「ん……。でも、陸は……なんか……月よりも……」
「月よりも?」
「……森、みたいな……感じ……」
「森?」
「ん……黒い、森……。夜の蜃気楼……みたいだけど……月の光で……迷わずにいられる……」
淀みのない、囁きであった。
はらり、ほろり。
大粒の雪花を浴びながら、ふと、陸が歩みを止める。
「紅亜」
「んむ……?」
マフラーに埋もれている細い首を緩慢に動かして、紅亜が振り仰いだ。
「今日はありがとな。俺も選ぶの、楽しかったよ。これ、迷惑じゃなかったら受け取ってくれ」
感情のはっきりしない表情を浮かべている紅亜へ、陸は上着のポケットから抜いた物を差し出す。
それは、ホワイトゴールドのブレスレットであった。
仲睦まじげに並んでいるのは、瑠璃、柘榴石、紅水晶の三連色。
籠められた想いは、“家族仲良く倖せに”。そして、“これからも光がいつも傍に在りますように”――と。
「おー……きれい……。ハクとクロと……私もいる……えへへ……陸、ありがとー……」
陸は、紅亜の手首に飾られたブレスレットを温厚な面差しで見つめると、
「クレープでも食いながら帰るか」
雪の道を歩き出した。
「――のんびりゆっくり話しながら、歩いていこう」
仰いだ空を覆う“色”は、まだ見えない。だからこそ、繋ぐこの場を歩もう。白昼夢に舞う雪の華を、優しく溶かすように。
何時かの“未来”は、誰かの“夢”――。
依頼結果
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☆X’mas Eve☆ 白藤(ka3768) 人間(リアルブルー)|28才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2017/12/25 21:26:49 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/12/19 14:10:25 |