ゲスト
(ka0000)
容疑者X氏の風聞集
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/12/23 22:00
- 完成日
- 2018/01/09 07:46
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
この号外を愛する賢明なる読者諸君に、まずは心よりお詫び申し上げたい。
先だって執り行われたエリオット・ヴァレンタイン(kz0025)氏に対する異端審問についてのことである。
我々は王国に根ざす報道機関としてこれまでに数多の吉報――時には茶化した風刺もあったことは認めよう――を届けてきたが、それらを揺るがしたのが本件であり、同時に、読者諸君らの心の安寧もまた揺るがされたであろうと我々は考えている。
それが損なわれた要因の一つに、我々の記事も寄与していたことだろう。その点を、“報せる立場”としてお詫びしたい。
――しかし、我々は現時点で確定された事実のみを号外として報せた自負がある。
各社の報じた内容を見る限り“若干"のばらつきが見受けられるが、本件において確定された事実は以下の通りである。
・エリオット・ヴァレンタイン氏が異端審問にかけられたこと。
・それが異例の“公開”審問であったこと。
・ヴァレンタイン氏は歪虚から情報を得た事実を認めたが、途中で現れたヴァレンタイン氏の知己であるヘクス・シャルシェレット卿が直接ベリアルと接触していたと証言したこと。
・シャルシェレット卿の情報源は、黒大公ベリアルであったかどうかは明らかにはなっていない。
・ただ、その名を名乗ったものとして蛇の歪虚をシャルシェレット卿が示してみせたこと。
・そして、審議中のヘクス氏の昏睡により、混乱のうちに審議が中断となったこと。
これらの真実全てが明らかになるには時間が掛かることだろう。
肝心の審問会も、真実重要な“第二幕”は未だ執り行われてすらいないのだから、我々は本件において語るべき言葉を持ち得ない。
――だからこそ、我々は、彼について記したい。
自ら、教会の定める異端行為を自供したヘクス・シャルシェレット卿。
彼の為人について。それは、歴史の幕間ともいうべき今だからこそ可能なことだ。
賢明なるの読者諸君。どうか、しばし、お付き合い頂きたい。
言葉には力がある。そして、知ることは力となり、数もまた、力である。
この記事がいつか、我々に何かが問われた時――その一助になれば、幸いだ。
●
「我々は、伝えることを恐れてはいけない」
ハンターたちの前に立った、黒髪眼鏡の男の言葉である。丁寧に撫で付けられた髪に、スリーピースのスーツ。細長い眼裂に小さな瞳が、彼の人相の悪さを装飾している。室内は暖炉からの温かな熱で満たされているが、その恩恵はかの人物にはどうやら届かないらしく、底冷えする視線がハンターたちを巡っていく。
「しかし、我々はそれを悪用してはならない。我々は扇動者ではない。扇動者に与することも、厳しく戒めるべきだ。もちろん、世が乱れることを回避せよというわけではなく、それは正しく"真実"によってなされるべきものだと私は思う。
だが、あの件について、未だ真実は明らかではない。しかし、風説は口端を渡り歩き、有象無象に形を変えながら巡っている。そこには、何らかの力学が働いていることは明白だ。各紙は刷っただけ捌けていく。我々もそれに追従するべきだろうか?」
男は、ヘルメス通信局の人間だった。只者ならぬ雰囲気からは相応の役職についていると思われるのだがそれは明かされなかった。だだ、言葉が続いていく。
「否だ。ゴシップも扱う我々ではあるが、“見えざる手”に国民共々踊らされるなど愚の骨頂。……以上が私の考え、だが」
そこで、男は初めて表情を緩めた。尤も、険しい目つきが僅かに細められたぐらいで、全体の印象は大きくは変わらなかったのだが。
「それを諸君らに聞いてもらったのは、“これからの仕事”に関わるからだ。これからの動勢次第では、この国は大きく変わる。ばかりか、歴史上――尤もそれは続きさえすれば、だが――の転換点につきものの、対岸からの評価が下されることになる。シャルシェレット卿は文字通りの人類の裏切り者として名を残し、本件の決着のしようによっては王国の腐敗へと続き得る」
誤解をしないでくれ、と男は小さく言うと、視線を後方の扉へと移す。
「王政が崩壊しようが、それはそれで構わない。それもまた歴史のあり方だ。……だが、私としては情報が変質する前にその記録を残しておきたい。情報は――とくにゴシップの類は時勢と世論の影響を強くうけるものだからな。だからこそ、諸君らにはシャルシェレット卿についての意見を語って欲しい。我々はそれを記事にする。もちろん、個人の特定はされることのないように配慮しよう。君らが語ることが眉唾もののフィクションであったとしても構いはしない。そういう風説もあったのだ、ということになろう。ああ、そうだ。この企画は、君たちに限らず多種多様な人物に行っているものでね」
では、と男は言うと、後方の扉へと向かっていく。開かれた扉は厚く、重たげだ。暗にその部屋の静音性を示したのだろうか、男は僅かな間をおくと、こう結んだのだった。
「準備が出来た者から中へどうぞ。順番に取材をさせていただこう。――ああ。水気があったほうが舌が動くことだろう。簡単な飲食物はこちらで手配をしておくよ」
言葉を最後に、扉が締められた。残ったのは、重たい沈黙。
――この静けさの中で、ハンターたちはそれぞれに語るべき言葉を考えてもいいし、頼みたい食事に思いを馳せるのもよいだろう。
静けさの中で、時が過ぎていく……。
この号外を愛する賢明なる読者諸君に、まずは心よりお詫び申し上げたい。
先だって執り行われたエリオット・ヴァレンタイン(kz0025)氏に対する異端審問についてのことである。
我々は王国に根ざす報道機関としてこれまでに数多の吉報――時には茶化した風刺もあったことは認めよう――を届けてきたが、それらを揺るがしたのが本件であり、同時に、読者諸君らの心の安寧もまた揺るがされたであろうと我々は考えている。
それが損なわれた要因の一つに、我々の記事も寄与していたことだろう。その点を、“報せる立場”としてお詫びしたい。
――しかし、我々は現時点で確定された事実のみを号外として報せた自負がある。
各社の報じた内容を見る限り“若干"のばらつきが見受けられるが、本件において確定された事実は以下の通りである。
・エリオット・ヴァレンタイン氏が異端審問にかけられたこと。
・それが異例の“公開”審問であったこと。
・ヴァレンタイン氏は歪虚から情報を得た事実を認めたが、途中で現れたヴァレンタイン氏の知己であるヘクス・シャルシェレット卿が直接ベリアルと接触していたと証言したこと。
・シャルシェレット卿の情報源は、黒大公ベリアルであったかどうかは明らかにはなっていない。
・ただ、その名を名乗ったものとして蛇の歪虚をシャルシェレット卿が示してみせたこと。
・そして、審議中のヘクス氏の昏睡により、混乱のうちに審議が中断となったこと。
これらの真実全てが明らかになるには時間が掛かることだろう。
肝心の審問会も、真実重要な“第二幕”は未だ執り行われてすらいないのだから、我々は本件において語るべき言葉を持ち得ない。
――だからこそ、我々は、彼について記したい。
自ら、教会の定める異端行為を自供したヘクス・シャルシェレット卿。
彼の為人について。それは、歴史の幕間ともいうべき今だからこそ可能なことだ。
賢明なるの読者諸君。どうか、しばし、お付き合い頂きたい。
言葉には力がある。そして、知ることは力となり、数もまた、力である。
この記事がいつか、我々に何かが問われた時――その一助になれば、幸いだ。
●
「我々は、伝えることを恐れてはいけない」
ハンターたちの前に立った、黒髪眼鏡の男の言葉である。丁寧に撫で付けられた髪に、スリーピースのスーツ。細長い眼裂に小さな瞳が、彼の人相の悪さを装飾している。室内は暖炉からの温かな熱で満たされているが、その恩恵はかの人物にはどうやら届かないらしく、底冷えする視線がハンターたちを巡っていく。
「しかし、我々はそれを悪用してはならない。我々は扇動者ではない。扇動者に与することも、厳しく戒めるべきだ。もちろん、世が乱れることを回避せよというわけではなく、それは正しく"真実"によってなされるべきものだと私は思う。
だが、あの件について、未だ真実は明らかではない。しかし、風説は口端を渡り歩き、有象無象に形を変えながら巡っている。そこには、何らかの力学が働いていることは明白だ。各紙は刷っただけ捌けていく。我々もそれに追従するべきだろうか?」
男は、ヘルメス通信局の人間だった。只者ならぬ雰囲気からは相応の役職についていると思われるのだがそれは明かされなかった。だだ、言葉が続いていく。
「否だ。ゴシップも扱う我々ではあるが、“見えざる手”に国民共々踊らされるなど愚の骨頂。……以上が私の考え、だが」
そこで、男は初めて表情を緩めた。尤も、険しい目つきが僅かに細められたぐらいで、全体の印象は大きくは変わらなかったのだが。
「それを諸君らに聞いてもらったのは、“これからの仕事”に関わるからだ。これからの動勢次第では、この国は大きく変わる。ばかりか、歴史上――尤もそれは続きさえすれば、だが――の転換点につきものの、対岸からの評価が下されることになる。シャルシェレット卿は文字通りの人類の裏切り者として名を残し、本件の決着のしようによっては王国の腐敗へと続き得る」
誤解をしないでくれ、と男は小さく言うと、視線を後方の扉へと移す。
「王政が崩壊しようが、それはそれで構わない。それもまた歴史のあり方だ。……だが、私としては情報が変質する前にその記録を残しておきたい。情報は――とくにゴシップの類は時勢と世論の影響を強くうけるものだからな。だからこそ、諸君らにはシャルシェレット卿についての意見を語って欲しい。我々はそれを記事にする。もちろん、個人の特定はされることのないように配慮しよう。君らが語ることが眉唾もののフィクションであったとしても構いはしない。そういう風説もあったのだ、ということになろう。ああ、そうだ。この企画は、君たちに限らず多種多様な人物に行っているものでね」
では、と男は言うと、後方の扉へと向かっていく。開かれた扉は厚く、重たげだ。暗にその部屋の静音性を示したのだろうか、男は僅かな間をおくと、こう結んだのだった。
「準備が出来た者から中へどうぞ。順番に取材をさせていただこう。――ああ。水気があったほうが舌が動くことだろう。簡単な飲食物はこちらで手配をしておくよ」
言葉を最後に、扉が締められた。残ったのは、重たい沈黙。
――この静けさの中で、ハンターたちはそれぞれに語るべき言葉を考えてもいいし、頼みたい食事に思いを馳せるのもよいだろう。
静けさの中で、時が過ぎていく……。
リプレイ本文
●クオン・サガラ(ka0018)の場合
大凡ゴシップの類が好きそうな人物には見えなかった。どちらかといえば研究者然としている青年は、かの御仁――シャルシェレット卿とは卿が世話役として立つ冒険都市リゼリオに在る『揺籃館(アム・シェリタ)』に縁があるハンターだという。
彼は「トーキョーアストロノート」と名乗った。いわゆる通名、筆名ともいうべき仮名を、この記事では用いらせて頂く。なに、本人の許可もある。匿名性には――若干の懸念はなくもないが――問題ないだろう。なにせ、当の本人が気にかけていないのだから。
少し変わった記述にはなるが、なに、これについては当人の希望である。それはそれで価値あるものだと筆者は思うため、最低限の校正のみで掲載することとする。
――とはいえ、やはり付記だけはさせていただくとしよう。
賢明なる読者諸君。件の人物だと思い当たった場合でもそれを質すことは控えていただきたい。「トーキョーアストロノート」は通名ではあるが、それを本人以外が用いた可能性もあることを踏まえた上で、この記事をご一読頂きたい。
―・―
アム・シェリタの明日はどっちだ 投稿主:「トーキョーノアストロノート」 投稿日:1017/12/XX 14:00:03
今、1,650人以上が所属している大所帯、「揺籃館(アム・シェリタ)」ですが――そろそろ、限界がきているように感じるのは気のせいでしょうか。
ヘクス・シャルシェレット卿がこうなったのもこれが原因かもしれません(編者注:シャルシェレット卿が運営者として介入していたかは議論が別れるところだが、実態としては殆ど労務にはついていなかったというのが通説である)――ので、そろそろアム・シェリタにも「リアルブルー担当」位は欲しいところですね。
さて。シャルシェレット卿についての記事ということで、改めて書き込みをさせていただきましょう。
聞きかじったこと、噂話、まさにゴシップといった内容になりますが、まあ、こういうのも役に立つかもしれませんし。
1.執務室に医師を呼び出している
アム・シェリタにはシャルシェレット卿の執務室があります。尤も、殆どそこにいることはなかったようですが、国内(この場合はおそらく、王国を指すと思われる)とサルバトーレ・ロッソから医師を呼び出していたことがありました。
体調不良――という様子はありませんでしたが、何かしら懸念があったのでしょうか?
ひょっとすれば、現在の騒動にも関係があるかもしれませんが――さて。
単に、相当疲労がたまっていたのかもしれませんがね。
―・―
「――この下り、体調不良の予兆はあったのかね?」
「いえ?」
「……」
男の怜悧な視線に貫かれながらも、クオンは薄く笑った。
「――でも、全くの嘘というわけでもないですよ」
「私にはやや悪質にも見えるがね。まあ、いい」
対する男は眼鏡の位置を正す。小言はこぼしはするが、特に気にした様子もなかった。平坦な姿勢は、クオンとしては好ましい。
「それでは、続きをよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
―・―
2.リアルブルーの聖人の書籍を取り寄せた
クリムゾンウェストにも多くの聖人の記録が残っていたことと思いますが、シャルシェレット卿もリアルブルーの聖人に興味を抱いたらしく、聖人関係の書籍を取り寄せていたようですよ。
此方でも名が知られていたりもするのでしょうか? 「聖バレンチノ」と「聖ニコラス」についでです。
前者は子供らの守護の聖人として知られますが、後に異性との交流をもたらす習慣の由来になった方で、後者は各種の施しや救いのエピソードから、サンタクロースの伝承の元になっていますね。
卿は書籍を取り寄せた翌日、げっそりとした表情で執務をしていたということで――余程ショックだったみたいですね。何にショックを受けたのかは、わかりませんが……。
―・―
「これは――」
「まあ、そういうことですね」
「……だろうな。シャルシェレット卿が執務をしていた点からして疑念が入る」
「疑念があっても、このまま載せるんですか?」
「その通りだ」
手元のメモを眺めながら、呟く。
「資料的価値はある」
―・―
さて。私の書き込みもいよいよ最後ですが――。
3.リアルブルーに来て欲しくない人ナンバーワン
リアルブルーの某掲示板で彼のことを「リアルブルーに来て欲しくない人ナンバーワン」と書かれていましたよ。
勿論、こちらの情報すべてに通じているわけではないでしょうが、そういう風評が"あちら"に流れていることは――興味深いですよね?
事件のことは知らない筈の人達『も』そう感じている、というのは……。
さて、「トーキョーアストロノート」としての書き込みは以上になります。
何かしらの参考になれば、幸いですね。それでは、また機会がありましたら。
●ジャック・J・グリーヴ(ka1305)の場合
続いて取材したのは、ある意味でハンターらしい、偉丈夫とも言うべき男性である。
しかし、男の表情には些かの疲れが見えた。
取材にあたり順番のために別室で待機してもらっていたことが問題だったのだろうか。聞けば、彼は王国貴族であるという。高き生まれであれば無理もない――という筆者の納得に、しかし、筆者の非礼を気にしたようすもなくソファに身を預けると、一つ、息をついた。
さて。彼からは、一体どんな話が聞けるのだろうか。
彼は開口一番、こう告げた。
「あのクソ貴族について話せってか」
―・―
アイツはな――クソ野郎だ。
あのヘラヘラ笑い、見たことあっか? 俺様は浴びるほど見たぜ。
アイツの全部がムカつく。クソムカつく。
――俺様にとっちゃそういう男だよ。
―・―
「あー……やっぱオッサンだとイイな。気楽だ」
「……そうかね」
安酒で口を湿らせたジャックは、どこか嬉しげだった。眼鏡の男は微妙に表情を歪めたが、ジャックは特に気にした様子もない。
鉄火場が多い彼にとって、ただ喋るだけで銭が入るこの依頼はボロい仕事に違いなかったが、残念ながら控室の居心地は頂けなかった。
そこから解放された事実が、とにかく善い。自然と、言葉が弾む。
―・―
けどま、ムカつきはするが、信用は……してるぜ。
一辺、アイツと飲んだ時に「守りてぇモンあっか?」って聞いたんだがよ。
そしたらアイツ。
「――君」(彼の家名である。匿名性保持のため伏せさせて頂く)
って答えやがった……い、いい言っとくがホモの話じゃねぇぞ!?
……いやま、俺も最初はホモかと思ったんだがよ。や、アイツがホモじゃねぇかは知らねぇけどよ。
とにかく。
けど、よく考えたら違うと思ったんだ。
―・―
……アイツはいつも、俺様を名前で呼んでた。それがあん時だけは違った。
その意味を考えるとよ、アイツは質問にちゃんと答えていたんなら……。
アイツはうちの家族、ひいては家族のいる王国を守りてぇと思ったんじゃねぇか、って。
そう思ったわけだ。
なら、俺様はアイツを信用するぜ。
――や、俺様がそう思いてぇってだけだけどよ。からかわれてる可能性も……まぁ、なくはねぇしな……。
―・―
「――結構。良いネタだ。感謝する」
「そいつぁ良かった」
短い間だったが随分と酒が進んだようで、ジャックは鷹揚にワインの空き瓶を床に置くと、"別な瓶"へと手をのばした。
その仕草に、眼鏡男は目を細めると、椅子に深く座り直す。そして、片手でコルクを抜きとったジャックはグラスに赤い雫を注ぎながら、
「オッサンは公開審問についてはどう思う」
と、問うた。
「……ふむ」
質問の意図を図るようにジャックを見つめる。呷るようにしてワインをひと呑みしたジャックは。
「"アンタら"も行ったんだろう。耳目になるやつらが現場にいたんなら、平民共にも伝わる。そうなりゃ、騎士団の不審、王家への不審は避けられねぇ。得するのは――」
言いつつ、くすんだアカイロを覗き込むジャックと同じものを眺めながら、眼鏡の男は息を吐いた。
「お気づきの通り貴族諸氏だろう。より正確には、"大公派"の貴族となる――が、それも有耶無耶になったね」
「……気に入らねえ。多少矢面に立っただけで正義面かよ」
粗野な舌打ちが、室内へと溶け込んでいく。勿論、ジャックのものだ。
「そういうものだろう。彼らには彼らの正義がある。いくらかの戦局を乗り越えても、王家とは掲げる旗が違うのは変わらなかっただけだな。とはいえ、此処まで大げさに動くのは確かに珍しい。まさか、教会にまで介入するとはね」
確かにあれは、首刈りの大鉈というに足るものだった。ジャックは政争には明るくないが、物事の潮目を見ることについては自負がある。某かの道化けた一手は、最悪の事態を避ける唯一の行動だった。
しかし、だからこそ。
「……じゃあ、爺のこの先は、どうなると思う?」
「さて。私見があれば聞かせてほしいところだ。なにせ、私は記者だ。だが――」
小さく、呟く。
「正義の話には大義名分が必要だが、血を流すにはまだ"世論"が定まっていない。風向きが決まってないうちは直接的な手段は行使できないだろうが、卿への審問が進んだとしてもそれが決定的な手掛かりになるとは考えにくい。なら」
ワイン瓶へと手をのばす。赤い雫を自らのグラスに注ぎながら、
「できるのは、本命である王家への絡め手だろうか」
「……そうかよ」
「何かスキャンダルの種があるのなら、高く買うよ?」
「けっ」
吐き捨てつつ、ジャックは椅子を蹴るようにして立ち上がった。まだ中身が残ってるワイン瓶を掴むと。
「そいや、最後にも一個。いつもの嬢ちゃんはどうした。ハンターに効くならあっちのほうが慣れてんじゃねえか」
「そうもいかない。彼女はいま、別件で雪国へと出張していてね」
「……そうかい。お陰で気楽だったぜ」
けらけらと笑うと、ジャックはそのまま部屋を後にした。
心奥では苛立ちが凝ってはいたが――それでも笑えるくらいには得るものもあった。
たとえば――存外、旨い酒だった、とか。
●誠堂 匠(ka2876)の場合
物静かな男性だった。ハンター業に身を投じて刃を振るうよりは、読書をしているほうが遥かに"らしい"青年だ。身だしなみも、傭兵のそれとは大きく異なる。
彼はクリムゾンウェストからの転移者である。しかし、王国の累々たる戦場に関わってきた古強者――とも言ってよいほどに近年の王国の激戦に身を投じ続け、生き抜いてきた。
彼の語り出しは――やはり、静かなものだった。
「……正直に言えば、語れるほどに彼のことを知っているわけではないんです」
―・―
依頼ではお会いしたことはありますが……あの通り、掴みどころがない御仁ですから。
ただ、僕自身はイスルダ島と、先のメフィストとの決戦に参加していました。
もし、彼の自供が真実ならば、恩がある――かもしれない。
だから、語るべきを、語りたい。
―・―
「――先のイスルダ島での決戦のことは、王国の方々はご存知なんですか?」
「正確なところは、十分とはいえないだろう。それ故に民は暗中にあるところもある……尤も、全てが詳らかになっていないことにも、"事情"はあるだろうがね」
「……」
思いつめるような匠の表情を眺めながら、記者は言葉を待った。
「……それを、話したとして」
果たして、匠は思索のすえ、そう続けた。
「"正しく"、記事にはしていただけるのですか?」
「勿論」
決意の篭った匠の言葉と瞳に、記者は万年筆を掲げて応じ、こう結んだ。
「語り部にとっての事実を尊重するとも」
青年は、記者の言葉をどのように受け止めたか――しばしの後、口を開いた。
「……イスルダ島での決戦で、連合軍は十分な……、……」
「――どうしたのかね」
匠が言い始めた矢先。青年の手に力が入り、言葉を呑んだ様を確かに記者は目にしていた。それが、自罰的な行為であることも了解したうえで、続きを促す。何某かの影を描くように目を閉じた匠は、
「……失礼しました」
そうして、続きを語る。
―・―
連合軍は十分な成果を得ましたが、一方で歪虚の罠に嵌りました。
歪虚――メフィストが決戦場に仕掛けた罠は悪辣極まるものでしたが……けれど、被害は抑えられた。
その要因の一つが、"何故か"齎された脱出路――隠し通路の情報です。
審問で挙げられていた"情報"がそれだというのなら……我々は救われたことになります。
ハンターだけでなく、"生き残った"騎士、聖堂戦士団、貴族たちの手勢まで、全て。
行為の是非だけに目を向けて、その結果に目を瞑ることは……正しいのでしょうか?
――そも。
ヘクスさんの自供の通り、歪虚と接触していたとしたら“何の為に”なんでしょう。
私欲の為だとしたら……現状は、どうでしょう。
彼の領地は襲撃され、彼自身も今は昏睡状態に至るほどに汚染を帯びて。
メフィストとの決戦でも、彼は敵の攻撃が届き得る場所にいました。
それら全てが彼自身の私欲の為なら……お粗末に過ぎる。
歪虚に与したものの末路というにも、なお。
仮に、ヘクスさんが自身の得にならない事の為に危険に身を晒し、秘かに動いていたのだとすれば。
……それは、私欲の為ではなく。けど誰かがやらなければいけない事で……それが決して今の王国では認められない事だと分かっていたから、ではないでしょうか。
―・―
「皮肉なことだ」
「……何が、ですか?」
「なに」
言葉は冷たい。しかし、記者の含んだ微かな笑みは、その心奥を語るに足るものであった。
「今やシャルシェレット卿自身が渦中となったこの騒ぎの由来は、彼の行動の全容が不鮮明極まり、それ故に線引が出来ないから――だけではない」
記者の思わせぶりな言葉に対して、匠は何も言わなかった。これを機会だと思いこそすれ、彼自身に信を置いているわけではない以上、一線を超えるつもりはない。
「突き詰めればこれは、勝者の驕りだ。狂奔も共謀もみな、今この時に安寧が横たわってからこそ。そういう意味ではまさに"傲慢"の所業とも言えるだろうな。勝利の美酒を取り合う様は優美には遠い」
果たして、ヘクスの行いはなんの為であったか。それを揶揄する言葉に、匠はこの日初めて、薄く笑った。
「……だとしても。その行いは、敬意に値するものです」
――少し、良く解釈しすぎかもしれませんが。
添えられた冗句に、記者もまた、小さい笑い声をこぼしたのだった。
●柏木 千春(ka3061)の場合
先の男性もハンターらしからぬと述べたが、こちらの女性もそうだった。ただし、線の細さに反して、瞳の灯る意志の強さが印象的であった。参考までにと尋ねた、彼女自身が歩んできた戦場と戦歴もそれを裏付けている。
彼女とシャルシェレット卿の縁も、やはり戦場に在った。ばかりか、かの決戦にも参加し、生命に関わる重症を負うたという。
――そんな彼女は、シャルシェレット卿が存命であることに深く安堵していた。我がことのように。
それだけの戦場であったのだ。かのメフィストとの決戦は。
「ヘクスさんのこと、ですね。ええと、本当に噂程度のことしか知らないんですが」
彼女は、そう語りだした。
―・―
ヘクスさんが王国のことを想って、この国を大切にしていることは……本当じゃないかなって思うんです。
メフィストと対峙したときの、ヘクスさんの姿を目にしました。
自然と、護ろうと思えた。それは、あの戦場でヘクスさんが欠けたらいけないから……とかじゃなくて。
勘みたいなものですけど。王国を護ろうとしているから……理由には、それで十分でした。
もし、あの場ヘクスさんがいらっしゃらなかったら……メフィストの討伐は絶望的だったと思います。
メフィストを倒すための舞台を整える、その一点だけをみても。
あの場だけでも白の隊所属の騎士にも、黒の隊所属の騎士にもたくさんの犠牲はでてしまったけれど。
それでも得られたものは、とても大きいはずです。
―・―
「……ヘクスさんの具合については、何かご存知ではないですか?」
「ふむ」
取材の途中、小休止の折に千春はそう尋ねた。
ヘクスを護ると決めて、あの場に立った。だからこそ、千春自身が深手を負ったこと、そのものに対して思うところはない。
ただ、事態が――あるいはヘクス自身の容態が――ここまで転がるとは思っていなかった。
友人に聞いたところでは、戦場で瀕死の傷を負っていた彼女を預かっていたのはヘクスだという。そのヘクスの現状は、安楽とは遠いものだった。彼女自身が危地からヘクスを護ったということを顧みることなく、ただ、そのことに心を痛めている。
そんな胸中を察してか、記者はまっすぐに千春を見据えた。
「私が知るかぎりでは、シャルシェレット卿は重度の負のマテリアル汚染によって全身に大小の障害がでている。通常の汚染であるならばそうなるまえに治療にあたることができると聞くが、"何かが引き金になって"病態が進行した可能性が高い。何れにしても、最高峰の浄化系法術の使い手が挙って治療にあたっているようだよ。全身の臓器障害ということならば、通常一週間も待たずに死を迎えることを踏まえれば、訃報が無い現状はすくなくとも、自然の経過からは上向いていると言えるだろう」
「……そう、ですか」
比較する対象が悪すぎて、朗報とはとても受け取れない内容。
しかし、千春の胸の内の妙な信頼感が現状を肯定的に捉えさせることが出来た。
だって、そうだろう。ヘクスは『最高峰の治療』を受けることができる状況にいる。
きっと、織り込み済なのだ。
だから。
「……ありがとうございます。それじゃあ、続きを」
千春は微かな笑みと共に、口を開く。
―・―
ヘクスさんが臨んだあの決戦が――メフィストの討滅が、私たちの目を欺くための罠だとは、思いたくありません。
だって、得られたものがあまりに少ない。あれが、歪虚に取り入っていたという事実を隠蔽するためのものだったとするなら、ヘクスの手元には何も残っていません。
そもそも。
たとえ歪虚に取り入っていたとして、それが王国を護るためであるならば……私は、それが悪いこととはどうしても思えないんです。
王国は、メフィストに勝ちました。それにヘクスさんが力を尽くしたのなら、それは善行とはいえないのでしょうか。
……だから、今は審議が無事に終わることを祈るばかりです。
―・―
「君は、エクラ教徒かね」
「……? はい、そうです」
言葉と共に示したエクラ教式の祈りの仕草に、だろう。取材の終わりの問いに、千春は小首を傾げつつ応じた。
「ならば、卿が歪虚と通じていたことは、異端にあたることだとは思わなかったのかね」
「いいえ」
それは、千春には即答できる問いだった。
「……その理由が正しいものなら、その行いそのものが過ちだとは思いません。私にとっては、エクラの教えはそういうものです」
「成る程。すまない、余談だったな」
「いえ」
そうして、千春は席を立った。
身支度を整えながら、つと、思う。
――あの人は、自分のために王国を護る私とは、違うから。
飲み込んできた後悔が疼く中、千春は帰路についたのだった。
●ハンス・ラインフェルト(ka6750)の場合
次の人物は二人連れであった。いやはや、よもやこのような取材に恋人と連れ立って現れるとは筆者も想定外である。
そこでつと、思い立った。控室から居心地悪そうに出てきたかの人物は、まさか、と。
さておき、こちらの御仁についてである。大柄だが、飄々とした佇まい。穏当な口ぶりであるが、戦場という意味ではこの日取材したどのハンターたちよりも"らしい"人物である。
ただし、控室での居住まいは想像しようもない、理知的な人物であったことは添えておきたい。
彼もまた、「揺籃館(アム・シェリタ)」に所属するハンターであるそうだ。ユニオンマスターであるシャルシェレット卿と揺籃館で会ったことは一度も無いそうだが――それは一つには、彼がハンターになって一年も経っていないことも影響しているかもしれない。
「ただ、一度だけ、お会いしたことが有ります。気にかかることがあったので、不躾ながらお願いに上がったのですよ」
―・―
視点が違う、と感じました。
私も依頼を受ける際は多少の情報を集めますし、依頼された方のご期待に沿えるよう、また希望のある結末になるよう筋道を考え行動します。
刃を振るうだけでは、果たすべきも果たせないこともありますからね。
とはいえ、私は凡人ですので、チェスでも数手先を読むのが精いっぱい。
後は対戦した方の性格等を加味して、打ち道を立てていきます。
……あの方は、違いますね。
チェスならば、既に対戦者と向き合った時には、相手が好む道筋打ち方その対処方法、全てが済んでしまっているタイプの手合だ。
だからこそ、あの方が負けることなど考えられない。
そう、相手に思わせる方なのですよ……実際のチェスの腕は存じ上げませんが、ね。
―・―
「そう言えば、貴方はチェスを嗜まれますか? あれは面白いですよ。私は下手の横好きですが」
「……いや。生憎、勝負事は嫌いでね」
「残念。良かったら、対局でもとおもったのですが……」
「恋人を待たせているのだろう? 厄介事は避けたい。手早くしよう」
「お気遣いなく。控室の書物に興味津々でしたから」
「……」
マイペースなハンスに記者は大きく慨嘆すると、くるりと万年筆を回した。
「今回の一件も、シャルシェレット卿が打ち手側だと思っている、ということかな」
「そうでしょうね。私は存じ上げませんが、それ以前から何かしらの手を打ち続けているのではないでしょうか?」
――私には伺い知ることもできませんがね。
「だとすれば、現状もシャルシェレット卿の想定内ということになる」
―・―
――ええ。今回もそうですね。
もともと、あの方の中で、到るべき道筋はもう定まっている。
あとはそのために運命を剪定していけばいい。その結果がイスルダ島での勝利であり、メフィストへの勝利であり――次の到達点への道程が現状なのでしょう。
そういう意味では、異端審問会はお誂え向きの舞台だったのではないですか?
危機的状況には違いなかったでしょうが……介入しやすい舞台でもあったのだから。
なにせ……あのお方。王女さまとご友人の真の意味での不利になることはなさらないでしょうしね。
―・―
「結構。良い話が聞けた」
取材も終わると、記者はそう言って卓上の資料を整理し始めた。仕事終わりのようなその光景に、ハンスは眉を潜めた。
「どうされました?」
「なに、君も恋人との時間があるのだろう? 依頼は終わりだ。あとは私的な時間を楽しんでくれたまえ」
折り目正しく後片付けをする記者に、ハンスは今度こそ、理解が追いついた。
「ああ、なるほど。どうやら誤解しておられるらしい」
確かに、控室に残っていたのは自分たち二人だけだった。
「もし」
「どうした」
「依頼は、私の恋人も受けているのですよ」
「…………そうか」
ぴたり、と動きを止めていた記者だったが、諦念と共に椅子に座ると「さっさと終わらせよう。冬の一日を奪うのは申し訳ない」と言う。存外、そういうところは潔癖らしいと見えて、ハンスは愉快な気持ちになってきた。
「ところで、対局はいかがしましょう?」
「結構だ。それでは、君の恋人に入ってもらえるかな」
つい滑った口をあっさりといなされて、ハンスは肩をすくめたのだった。
●穂積 智里(ka6819)の場合
さて。ハンターの恋人は同じくハンターであることが多いと聞いていたが、彼女もそうであった。
転移者である彼女は、もとより王国の事情に明るくはない。リアルブルーからの転移も日が浅い彼女であるが、知識欲は強い為人であるらしい。一件についてもよく理解しているようであった。
筆者の、デートの邪魔をしすぎぬようという配慮は、全くの杞憂であったらしい。語るべきを持っているのならば、立派な取材対象である。
興味深げに取材部屋を眺めていた彼女は、ゆっくりと椅子に座ると、語りだした。
―・―
私はユニオンも違うし会ったこともない方なので……明るいわけでは、ないんですが。
ただ私も、"彼"の話を聞いていると、ヴォータンとローゲを足して二で割った方かなって思います。
リアルブルーの神話で、ヴォータンは戦争と死を司る魔術と神々の王。ローゲは神話中の最大のトリックスターなんです。
戦争と死を司るとは言いませんけど、全てを見通す知恵者で王国一のトリックスター……シャルシェット卿にピッタリだと思いませんか?
―・―
「……ん?」
「どうかしました?」
「いや、少し、気になるところが……ローゲ某は、私も同意するところだが卿がヴォータン某と重なるところは……」
「……全てを見通す……?」
「…………」
小首を傾げながらの智里の言葉に、記者も沈黙を飲み込む他なかった。成る程、ヴォータン某はその隻眼で世界を見渡していたという。そのあたりの傾向はひっくるめたら二で割るといっても過言ではなくもない……。
「いや、理解した。すまない。続きをどうぞ」
「そうですか……良かったです」
気を使わせたかな? と思いつつも、記者の表情は――主に眉間の皺が――終始変わらないままであったため、置いておく。
そうでなくとも、ハンスのことで微妙に気を使われているような気もするので、言葉どおりに受け取り、続きを話すこととする。
―・―
"彼"からの話ばかりで知らない方過ぎるので、あの方が目指している先は私にはよく分からないです。
でも、例えば、ですよ。
例えば、王女さまの本質的な幸せを考えた時、ゆるぎなく賢王の素質を持った王配と巡り合うのが幸せなのか、共和制に移行して象徴となるのが幸せなのかすら、私は知らないんです。
そこが分からないと、シャルシェット卿の目指す先は分からないじゃないでしょうか。
だって――どこをどうひっくり返しても王女派ですよね、シャルシェット卿?
……ただ、"だからこそ"、この王国にどれだけ激震が走る事態が起きようが、王国の民に大過はないと思います。
シャルシェット卿が何を見定めて謀ろうとも、それは王女さまの望みではないと思いますから。
―・―
「そういえば、記者さんが、ヴァレンタイン団長よりシャルシェット卿を題材に選んだことは興味があります」
「……ふむ」
いいのかね、という記者の視線に智里は頷きを返す。ハンスを待たせていることを気遣われていると解ったが、そのぐらいの器はあるという信頼がある。何よりも、興味の方が勝ったのだ。それだけで理由には十分だった。
「簡単だ。先にも述べたが、シャルシェレット卿は評価の振れ幅が大きい。真偽も定かでないような情報を含めても、多種多様なバイアスがかかりやすい人物だ。対して、ヴァレンタイン卿は――彼はもはや団長ではないが――実直に過ぎる人間だ。出て来る情報の偏りは小さい。今回の趣旨は、疑惑の真相に迫る類のものではなく、あくまでも現時点での個別の風評を得るためのものだ。それ故に、シャルシェレット卿の方が適任だった」
「……なるほど」
「例えば」
言いながら記者は、片付けの手を止めることはしなかった。あくまでも早く智里を解放しようとする意向は変わらないらしい。
「先程、君はシャルシェレット卿は王女の望みではないことはしない……と言ったが、私の意見は違う」
さらさらと紙がすれる音が響く中、言葉は続く。
「私が知るかぎり、彼は王女に選択を――あるいは試練を強い続けている。それは王女の素養に配慮してのことかもしれないが、中でも、これから来るであろう局面に卿の不在は大きな試練となる。それを見越していて何もしていないのであれば――必ずしも、王女の"騎士"として動いているわけではない」
そういう意味では、"彼"と同意見かな、と呟いた記者の言葉に、智里は暫く考え込んでいた、が。
「つまり、飴と鞭ってことですね?」
「……まあ、そうなるか」
苦々しい言葉に智里はくすり、と笑うと、満足したように椅子から立ち上がる。
「おかげでスッキリしました! ありがとうございました」
「こちらこそ」
室内を後にする智里を見送ると、記者は小さく、息を吐いた。
――存外骨の折れる取材だった。
しかし、まあ。良いネタになっただろう。自ら骨を折った甲斐もあろうというものだ。
訪れた静寂に身を預けることにする。
――これから暫く、忙しくなるのだから。
大凡ゴシップの類が好きそうな人物には見えなかった。どちらかといえば研究者然としている青年は、かの御仁――シャルシェレット卿とは卿が世話役として立つ冒険都市リゼリオに在る『揺籃館(アム・シェリタ)』に縁があるハンターだという。
彼は「トーキョーアストロノート」と名乗った。いわゆる通名、筆名ともいうべき仮名を、この記事では用いらせて頂く。なに、本人の許可もある。匿名性には――若干の懸念はなくもないが――問題ないだろう。なにせ、当の本人が気にかけていないのだから。
少し変わった記述にはなるが、なに、これについては当人の希望である。それはそれで価値あるものだと筆者は思うため、最低限の校正のみで掲載することとする。
――とはいえ、やはり付記だけはさせていただくとしよう。
賢明なる読者諸君。件の人物だと思い当たった場合でもそれを質すことは控えていただきたい。「トーキョーアストロノート」は通名ではあるが、それを本人以外が用いた可能性もあることを踏まえた上で、この記事をご一読頂きたい。
―・―
アム・シェリタの明日はどっちだ 投稿主:「トーキョーノアストロノート」 投稿日:1017/12/XX 14:00:03
今、1,650人以上が所属している大所帯、「揺籃館(アム・シェリタ)」ですが――そろそろ、限界がきているように感じるのは気のせいでしょうか。
ヘクス・シャルシェレット卿がこうなったのもこれが原因かもしれません(編者注:シャルシェレット卿が運営者として介入していたかは議論が別れるところだが、実態としては殆ど労務にはついていなかったというのが通説である)――ので、そろそろアム・シェリタにも「リアルブルー担当」位は欲しいところですね。
さて。シャルシェレット卿についての記事ということで、改めて書き込みをさせていただきましょう。
聞きかじったこと、噂話、まさにゴシップといった内容になりますが、まあ、こういうのも役に立つかもしれませんし。
1.執務室に医師を呼び出している
アム・シェリタにはシャルシェレット卿の執務室があります。尤も、殆どそこにいることはなかったようですが、国内(この場合はおそらく、王国を指すと思われる)とサルバトーレ・ロッソから医師を呼び出していたことがありました。
体調不良――という様子はありませんでしたが、何かしら懸念があったのでしょうか?
ひょっとすれば、現在の騒動にも関係があるかもしれませんが――さて。
単に、相当疲労がたまっていたのかもしれませんがね。
―・―
「――この下り、体調不良の予兆はあったのかね?」
「いえ?」
「……」
男の怜悧な視線に貫かれながらも、クオンは薄く笑った。
「――でも、全くの嘘というわけでもないですよ」
「私にはやや悪質にも見えるがね。まあ、いい」
対する男は眼鏡の位置を正す。小言はこぼしはするが、特に気にした様子もなかった。平坦な姿勢は、クオンとしては好ましい。
「それでは、続きをよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
―・―
2.リアルブルーの聖人の書籍を取り寄せた
クリムゾンウェストにも多くの聖人の記録が残っていたことと思いますが、シャルシェレット卿もリアルブルーの聖人に興味を抱いたらしく、聖人関係の書籍を取り寄せていたようですよ。
此方でも名が知られていたりもするのでしょうか? 「聖バレンチノ」と「聖ニコラス」についでです。
前者は子供らの守護の聖人として知られますが、後に異性との交流をもたらす習慣の由来になった方で、後者は各種の施しや救いのエピソードから、サンタクロースの伝承の元になっていますね。
卿は書籍を取り寄せた翌日、げっそりとした表情で執務をしていたということで――余程ショックだったみたいですね。何にショックを受けたのかは、わかりませんが……。
―・―
「これは――」
「まあ、そういうことですね」
「……だろうな。シャルシェレット卿が執務をしていた点からして疑念が入る」
「疑念があっても、このまま載せるんですか?」
「その通りだ」
手元のメモを眺めながら、呟く。
「資料的価値はある」
―・―
さて。私の書き込みもいよいよ最後ですが――。
3.リアルブルーに来て欲しくない人ナンバーワン
リアルブルーの某掲示板で彼のことを「リアルブルーに来て欲しくない人ナンバーワン」と書かれていましたよ。
勿論、こちらの情報すべてに通じているわけではないでしょうが、そういう風評が"あちら"に流れていることは――興味深いですよね?
事件のことは知らない筈の人達『も』そう感じている、というのは……。
さて、「トーキョーアストロノート」としての書き込みは以上になります。
何かしらの参考になれば、幸いですね。それでは、また機会がありましたら。
●ジャック・J・グリーヴ(ka1305)の場合
続いて取材したのは、ある意味でハンターらしい、偉丈夫とも言うべき男性である。
しかし、男の表情には些かの疲れが見えた。
取材にあたり順番のために別室で待機してもらっていたことが問題だったのだろうか。聞けば、彼は王国貴族であるという。高き生まれであれば無理もない――という筆者の納得に、しかし、筆者の非礼を気にしたようすもなくソファに身を預けると、一つ、息をついた。
さて。彼からは、一体どんな話が聞けるのだろうか。
彼は開口一番、こう告げた。
「あのクソ貴族について話せってか」
―・―
アイツはな――クソ野郎だ。
あのヘラヘラ笑い、見たことあっか? 俺様は浴びるほど見たぜ。
アイツの全部がムカつく。クソムカつく。
――俺様にとっちゃそういう男だよ。
―・―
「あー……やっぱオッサンだとイイな。気楽だ」
「……そうかね」
安酒で口を湿らせたジャックは、どこか嬉しげだった。眼鏡の男は微妙に表情を歪めたが、ジャックは特に気にした様子もない。
鉄火場が多い彼にとって、ただ喋るだけで銭が入るこの依頼はボロい仕事に違いなかったが、残念ながら控室の居心地は頂けなかった。
そこから解放された事実が、とにかく善い。自然と、言葉が弾む。
―・―
けどま、ムカつきはするが、信用は……してるぜ。
一辺、アイツと飲んだ時に「守りてぇモンあっか?」って聞いたんだがよ。
そしたらアイツ。
「――君」(彼の家名である。匿名性保持のため伏せさせて頂く)
って答えやがった……い、いい言っとくがホモの話じゃねぇぞ!?
……いやま、俺も最初はホモかと思ったんだがよ。や、アイツがホモじゃねぇかは知らねぇけどよ。
とにかく。
けど、よく考えたら違うと思ったんだ。
―・―
……アイツはいつも、俺様を名前で呼んでた。それがあん時だけは違った。
その意味を考えるとよ、アイツは質問にちゃんと答えていたんなら……。
アイツはうちの家族、ひいては家族のいる王国を守りてぇと思ったんじゃねぇか、って。
そう思ったわけだ。
なら、俺様はアイツを信用するぜ。
――や、俺様がそう思いてぇってだけだけどよ。からかわれてる可能性も……まぁ、なくはねぇしな……。
―・―
「――結構。良いネタだ。感謝する」
「そいつぁ良かった」
短い間だったが随分と酒が進んだようで、ジャックは鷹揚にワインの空き瓶を床に置くと、"別な瓶"へと手をのばした。
その仕草に、眼鏡男は目を細めると、椅子に深く座り直す。そして、片手でコルクを抜きとったジャックはグラスに赤い雫を注ぎながら、
「オッサンは公開審問についてはどう思う」
と、問うた。
「……ふむ」
質問の意図を図るようにジャックを見つめる。呷るようにしてワインをひと呑みしたジャックは。
「"アンタら"も行ったんだろう。耳目になるやつらが現場にいたんなら、平民共にも伝わる。そうなりゃ、騎士団の不審、王家への不審は避けられねぇ。得するのは――」
言いつつ、くすんだアカイロを覗き込むジャックと同じものを眺めながら、眼鏡の男は息を吐いた。
「お気づきの通り貴族諸氏だろう。より正確には、"大公派"の貴族となる――が、それも有耶無耶になったね」
「……気に入らねえ。多少矢面に立っただけで正義面かよ」
粗野な舌打ちが、室内へと溶け込んでいく。勿論、ジャックのものだ。
「そういうものだろう。彼らには彼らの正義がある。いくらかの戦局を乗り越えても、王家とは掲げる旗が違うのは変わらなかっただけだな。とはいえ、此処まで大げさに動くのは確かに珍しい。まさか、教会にまで介入するとはね」
確かにあれは、首刈りの大鉈というに足るものだった。ジャックは政争には明るくないが、物事の潮目を見ることについては自負がある。某かの道化けた一手は、最悪の事態を避ける唯一の行動だった。
しかし、だからこそ。
「……じゃあ、爺のこの先は、どうなると思う?」
「さて。私見があれば聞かせてほしいところだ。なにせ、私は記者だ。だが――」
小さく、呟く。
「正義の話には大義名分が必要だが、血を流すにはまだ"世論"が定まっていない。風向きが決まってないうちは直接的な手段は行使できないだろうが、卿への審問が進んだとしてもそれが決定的な手掛かりになるとは考えにくい。なら」
ワイン瓶へと手をのばす。赤い雫を自らのグラスに注ぎながら、
「できるのは、本命である王家への絡め手だろうか」
「……そうかよ」
「何かスキャンダルの種があるのなら、高く買うよ?」
「けっ」
吐き捨てつつ、ジャックは椅子を蹴るようにして立ち上がった。まだ中身が残ってるワイン瓶を掴むと。
「そいや、最後にも一個。いつもの嬢ちゃんはどうした。ハンターに効くならあっちのほうが慣れてんじゃねえか」
「そうもいかない。彼女はいま、別件で雪国へと出張していてね」
「……そうかい。お陰で気楽だったぜ」
けらけらと笑うと、ジャックはそのまま部屋を後にした。
心奥では苛立ちが凝ってはいたが――それでも笑えるくらいには得るものもあった。
たとえば――存外、旨い酒だった、とか。
●誠堂 匠(ka2876)の場合
物静かな男性だった。ハンター業に身を投じて刃を振るうよりは、読書をしているほうが遥かに"らしい"青年だ。身だしなみも、傭兵のそれとは大きく異なる。
彼はクリムゾンウェストからの転移者である。しかし、王国の累々たる戦場に関わってきた古強者――とも言ってよいほどに近年の王国の激戦に身を投じ続け、生き抜いてきた。
彼の語り出しは――やはり、静かなものだった。
「……正直に言えば、語れるほどに彼のことを知っているわけではないんです」
―・―
依頼ではお会いしたことはありますが……あの通り、掴みどころがない御仁ですから。
ただ、僕自身はイスルダ島と、先のメフィストとの決戦に参加していました。
もし、彼の自供が真実ならば、恩がある――かもしれない。
だから、語るべきを、語りたい。
―・―
「――先のイスルダ島での決戦のことは、王国の方々はご存知なんですか?」
「正確なところは、十分とはいえないだろう。それ故に民は暗中にあるところもある……尤も、全てが詳らかになっていないことにも、"事情"はあるだろうがね」
「……」
思いつめるような匠の表情を眺めながら、記者は言葉を待った。
「……それを、話したとして」
果たして、匠は思索のすえ、そう続けた。
「"正しく"、記事にはしていただけるのですか?」
「勿論」
決意の篭った匠の言葉と瞳に、記者は万年筆を掲げて応じ、こう結んだ。
「語り部にとっての事実を尊重するとも」
青年は、記者の言葉をどのように受け止めたか――しばしの後、口を開いた。
「……イスルダ島での決戦で、連合軍は十分な……、……」
「――どうしたのかね」
匠が言い始めた矢先。青年の手に力が入り、言葉を呑んだ様を確かに記者は目にしていた。それが、自罰的な行為であることも了解したうえで、続きを促す。何某かの影を描くように目を閉じた匠は、
「……失礼しました」
そうして、続きを語る。
―・―
連合軍は十分な成果を得ましたが、一方で歪虚の罠に嵌りました。
歪虚――メフィストが決戦場に仕掛けた罠は悪辣極まるものでしたが……けれど、被害は抑えられた。
その要因の一つが、"何故か"齎された脱出路――隠し通路の情報です。
審問で挙げられていた"情報"がそれだというのなら……我々は救われたことになります。
ハンターだけでなく、"生き残った"騎士、聖堂戦士団、貴族たちの手勢まで、全て。
行為の是非だけに目を向けて、その結果に目を瞑ることは……正しいのでしょうか?
――そも。
ヘクスさんの自供の通り、歪虚と接触していたとしたら“何の為に”なんでしょう。
私欲の為だとしたら……現状は、どうでしょう。
彼の領地は襲撃され、彼自身も今は昏睡状態に至るほどに汚染を帯びて。
メフィストとの決戦でも、彼は敵の攻撃が届き得る場所にいました。
それら全てが彼自身の私欲の為なら……お粗末に過ぎる。
歪虚に与したものの末路というにも、なお。
仮に、ヘクスさんが自身の得にならない事の為に危険に身を晒し、秘かに動いていたのだとすれば。
……それは、私欲の為ではなく。けど誰かがやらなければいけない事で……それが決して今の王国では認められない事だと分かっていたから、ではないでしょうか。
―・―
「皮肉なことだ」
「……何が、ですか?」
「なに」
言葉は冷たい。しかし、記者の含んだ微かな笑みは、その心奥を語るに足るものであった。
「今やシャルシェレット卿自身が渦中となったこの騒ぎの由来は、彼の行動の全容が不鮮明極まり、それ故に線引が出来ないから――だけではない」
記者の思わせぶりな言葉に対して、匠は何も言わなかった。これを機会だと思いこそすれ、彼自身に信を置いているわけではない以上、一線を超えるつもりはない。
「突き詰めればこれは、勝者の驕りだ。狂奔も共謀もみな、今この時に安寧が横たわってからこそ。そういう意味ではまさに"傲慢"の所業とも言えるだろうな。勝利の美酒を取り合う様は優美には遠い」
果たして、ヘクスの行いはなんの為であったか。それを揶揄する言葉に、匠はこの日初めて、薄く笑った。
「……だとしても。その行いは、敬意に値するものです」
――少し、良く解釈しすぎかもしれませんが。
添えられた冗句に、記者もまた、小さい笑い声をこぼしたのだった。
●柏木 千春(ka3061)の場合
先の男性もハンターらしからぬと述べたが、こちらの女性もそうだった。ただし、線の細さに反して、瞳の灯る意志の強さが印象的であった。参考までにと尋ねた、彼女自身が歩んできた戦場と戦歴もそれを裏付けている。
彼女とシャルシェレット卿の縁も、やはり戦場に在った。ばかりか、かの決戦にも参加し、生命に関わる重症を負うたという。
――そんな彼女は、シャルシェレット卿が存命であることに深く安堵していた。我がことのように。
それだけの戦場であったのだ。かのメフィストとの決戦は。
「ヘクスさんのこと、ですね。ええと、本当に噂程度のことしか知らないんですが」
彼女は、そう語りだした。
―・―
ヘクスさんが王国のことを想って、この国を大切にしていることは……本当じゃないかなって思うんです。
メフィストと対峙したときの、ヘクスさんの姿を目にしました。
自然と、護ろうと思えた。それは、あの戦場でヘクスさんが欠けたらいけないから……とかじゃなくて。
勘みたいなものですけど。王国を護ろうとしているから……理由には、それで十分でした。
もし、あの場ヘクスさんがいらっしゃらなかったら……メフィストの討伐は絶望的だったと思います。
メフィストを倒すための舞台を整える、その一点だけをみても。
あの場だけでも白の隊所属の騎士にも、黒の隊所属の騎士にもたくさんの犠牲はでてしまったけれど。
それでも得られたものは、とても大きいはずです。
―・―
「……ヘクスさんの具合については、何かご存知ではないですか?」
「ふむ」
取材の途中、小休止の折に千春はそう尋ねた。
ヘクスを護ると決めて、あの場に立った。だからこそ、千春自身が深手を負ったこと、そのものに対して思うところはない。
ただ、事態が――あるいはヘクス自身の容態が――ここまで転がるとは思っていなかった。
友人に聞いたところでは、戦場で瀕死の傷を負っていた彼女を預かっていたのはヘクスだという。そのヘクスの現状は、安楽とは遠いものだった。彼女自身が危地からヘクスを護ったということを顧みることなく、ただ、そのことに心を痛めている。
そんな胸中を察してか、記者はまっすぐに千春を見据えた。
「私が知るかぎりでは、シャルシェレット卿は重度の負のマテリアル汚染によって全身に大小の障害がでている。通常の汚染であるならばそうなるまえに治療にあたることができると聞くが、"何かが引き金になって"病態が進行した可能性が高い。何れにしても、最高峰の浄化系法術の使い手が挙って治療にあたっているようだよ。全身の臓器障害ということならば、通常一週間も待たずに死を迎えることを踏まえれば、訃報が無い現状はすくなくとも、自然の経過からは上向いていると言えるだろう」
「……そう、ですか」
比較する対象が悪すぎて、朗報とはとても受け取れない内容。
しかし、千春の胸の内の妙な信頼感が現状を肯定的に捉えさせることが出来た。
だって、そうだろう。ヘクスは『最高峰の治療』を受けることができる状況にいる。
きっと、織り込み済なのだ。
だから。
「……ありがとうございます。それじゃあ、続きを」
千春は微かな笑みと共に、口を開く。
―・―
ヘクスさんが臨んだあの決戦が――メフィストの討滅が、私たちの目を欺くための罠だとは、思いたくありません。
だって、得られたものがあまりに少ない。あれが、歪虚に取り入っていたという事実を隠蔽するためのものだったとするなら、ヘクスの手元には何も残っていません。
そもそも。
たとえ歪虚に取り入っていたとして、それが王国を護るためであるならば……私は、それが悪いこととはどうしても思えないんです。
王国は、メフィストに勝ちました。それにヘクスさんが力を尽くしたのなら、それは善行とはいえないのでしょうか。
……だから、今は審議が無事に終わることを祈るばかりです。
―・―
「君は、エクラ教徒かね」
「……? はい、そうです」
言葉と共に示したエクラ教式の祈りの仕草に、だろう。取材の終わりの問いに、千春は小首を傾げつつ応じた。
「ならば、卿が歪虚と通じていたことは、異端にあたることだとは思わなかったのかね」
「いいえ」
それは、千春には即答できる問いだった。
「……その理由が正しいものなら、その行いそのものが過ちだとは思いません。私にとっては、エクラの教えはそういうものです」
「成る程。すまない、余談だったな」
「いえ」
そうして、千春は席を立った。
身支度を整えながら、つと、思う。
――あの人は、自分のために王国を護る私とは、違うから。
飲み込んできた後悔が疼く中、千春は帰路についたのだった。
●ハンス・ラインフェルト(ka6750)の場合
次の人物は二人連れであった。いやはや、よもやこのような取材に恋人と連れ立って現れるとは筆者も想定外である。
そこでつと、思い立った。控室から居心地悪そうに出てきたかの人物は、まさか、と。
さておき、こちらの御仁についてである。大柄だが、飄々とした佇まい。穏当な口ぶりであるが、戦場という意味ではこの日取材したどのハンターたちよりも"らしい"人物である。
ただし、控室での居住まいは想像しようもない、理知的な人物であったことは添えておきたい。
彼もまた、「揺籃館(アム・シェリタ)」に所属するハンターであるそうだ。ユニオンマスターであるシャルシェレット卿と揺籃館で会ったことは一度も無いそうだが――それは一つには、彼がハンターになって一年も経っていないことも影響しているかもしれない。
「ただ、一度だけ、お会いしたことが有ります。気にかかることがあったので、不躾ながらお願いに上がったのですよ」
―・―
視点が違う、と感じました。
私も依頼を受ける際は多少の情報を集めますし、依頼された方のご期待に沿えるよう、また希望のある結末になるよう筋道を考え行動します。
刃を振るうだけでは、果たすべきも果たせないこともありますからね。
とはいえ、私は凡人ですので、チェスでも数手先を読むのが精いっぱい。
後は対戦した方の性格等を加味して、打ち道を立てていきます。
……あの方は、違いますね。
チェスならば、既に対戦者と向き合った時には、相手が好む道筋打ち方その対処方法、全てが済んでしまっているタイプの手合だ。
だからこそ、あの方が負けることなど考えられない。
そう、相手に思わせる方なのですよ……実際のチェスの腕は存じ上げませんが、ね。
―・―
「そう言えば、貴方はチェスを嗜まれますか? あれは面白いですよ。私は下手の横好きですが」
「……いや。生憎、勝負事は嫌いでね」
「残念。良かったら、対局でもとおもったのですが……」
「恋人を待たせているのだろう? 厄介事は避けたい。手早くしよう」
「お気遣いなく。控室の書物に興味津々でしたから」
「……」
マイペースなハンスに記者は大きく慨嘆すると、くるりと万年筆を回した。
「今回の一件も、シャルシェレット卿が打ち手側だと思っている、ということかな」
「そうでしょうね。私は存じ上げませんが、それ以前から何かしらの手を打ち続けているのではないでしょうか?」
――私には伺い知ることもできませんがね。
「だとすれば、現状もシャルシェレット卿の想定内ということになる」
―・―
――ええ。今回もそうですね。
もともと、あの方の中で、到るべき道筋はもう定まっている。
あとはそのために運命を剪定していけばいい。その結果がイスルダ島での勝利であり、メフィストへの勝利であり――次の到達点への道程が現状なのでしょう。
そういう意味では、異端審問会はお誂え向きの舞台だったのではないですか?
危機的状況には違いなかったでしょうが……介入しやすい舞台でもあったのだから。
なにせ……あのお方。王女さまとご友人の真の意味での不利になることはなさらないでしょうしね。
―・―
「結構。良い話が聞けた」
取材も終わると、記者はそう言って卓上の資料を整理し始めた。仕事終わりのようなその光景に、ハンスは眉を潜めた。
「どうされました?」
「なに、君も恋人との時間があるのだろう? 依頼は終わりだ。あとは私的な時間を楽しんでくれたまえ」
折り目正しく後片付けをする記者に、ハンスは今度こそ、理解が追いついた。
「ああ、なるほど。どうやら誤解しておられるらしい」
確かに、控室に残っていたのは自分たち二人だけだった。
「もし」
「どうした」
「依頼は、私の恋人も受けているのですよ」
「…………そうか」
ぴたり、と動きを止めていた記者だったが、諦念と共に椅子に座ると「さっさと終わらせよう。冬の一日を奪うのは申し訳ない」と言う。存外、そういうところは潔癖らしいと見えて、ハンスは愉快な気持ちになってきた。
「ところで、対局はいかがしましょう?」
「結構だ。それでは、君の恋人に入ってもらえるかな」
つい滑った口をあっさりといなされて、ハンスは肩をすくめたのだった。
●穂積 智里(ka6819)の場合
さて。ハンターの恋人は同じくハンターであることが多いと聞いていたが、彼女もそうであった。
転移者である彼女は、もとより王国の事情に明るくはない。リアルブルーからの転移も日が浅い彼女であるが、知識欲は強い為人であるらしい。一件についてもよく理解しているようであった。
筆者の、デートの邪魔をしすぎぬようという配慮は、全くの杞憂であったらしい。語るべきを持っているのならば、立派な取材対象である。
興味深げに取材部屋を眺めていた彼女は、ゆっくりと椅子に座ると、語りだした。
―・―
私はユニオンも違うし会ったこともない方なので……明るいわけでは、ないんですが。
ただ私も、"彼"の話を聞いていると、ヴォータンとローゲを足して二で割った方かなって思います。
リアルブルーの神話で、ヴォータンは戦争と死を司る魔術と神々の王。ローゲは神話中の最大のトリックスターなんです。
戦争と死を司るとは言いませんけど、全てを見通す知恵者で王国一のトリックスター……シャルシェット卿にピッタリだと思いませんか?
―・―
「……ん?」
「どうかしました?」
「いや、少し、気になるところが……ローゲ某は、私も同意するところだが卿がヴォータン某と重なるところは……」
「……全てを見通す……?」
「…………」
小首を傾げながらの智里の言葉に、記者も沈黙を飲み込む他なかった。成る程、ヴォータン某はその隻眼で世界を見渡していたという。そのあたりの傾向はひっくるめたら二で割るといっても過言ではなくもない……。
「いや、理解した。すまない。続きをどうぞ」
「そうですか……良かったです」
気を使わせたかな? と思いつつも、記者の表情は――主に眉間の皺が――終始変わらないままであったため、置いておく。
そうでなくとも、ハンスのことで微妙に気を使われているような気もするので、言葉どおりに受け取り、続きを話すこととする。
―・―
"彼"からの話ばかりで知らない方過ぎるので、あの方が目指している先は私にはよく分からないです。
でも、例えば、ですよ。
例えば、王女さまの本質的な幸せを考えた時、ゆるぎなく賢王の素質を持った王配と巡り合うのが幸せなのか、共和制に移行して象徴となるのが幸せなのかすら、私は知らないんです。
そこが分からないと、シャルシェット卿の目指す先は分からないじゃないでしょうか。
だって――どこをどうひっくり返しても王女派ですよね、シャルシェット卿?
……ただ、"だからこそ"、この王国にどれだけ激震が走る事態が起きようが、王国の民に大過はないと思います。
シャルシェット卿が何を見定めて謀ろうとも、それは王女さまの望みではないと思いますから。
―・―
「そういえば、記者さんが、ヴァレンタイン団長よりシャルシェット卿を題材に選んだことは興味があります」
「……ふむ」
いいのかね、という記者の視線に智里は頷きを返す。ハンスを待たせていることを気遣われていると解ったが、そのぐらいの器はあるという信頼がある。何よりも、興味の方が勝ったのだ。それだけで理由には十分だった。
「簡単だ。先にも述べたが、シャルシェレット卿は評価の振れ幅が大きい。真偽も定かでないような情報を含めても、多種多様なバイアスがかかりやすい人物だ。対して、ヴァレンタイン卿は――彼はもはや団長ではないが――実直に過ぎる人間だ。出て来る情報の偏りは小さい。今回の趣旨は、疑惑の真相に迫る類のものではなく、あくまでも現時点での個別の風評を得るためのものだ。それ故に、シャルシェレット卿の方が適任だった」
「……なるほど」
「例えば」
言いながら記者は、片付けの手を止めることはしなかった。あくまでも早く智里を解放しようとする意向は変わらないらしい。
「先程、君はシャルシェレット卿は王女の望みではないことはしない……と言ったが、私の意見は違う」
さらさらと紙がすれる音が響く中、言葉は続く。
「私が知るかぎり、彼は王女に選択を――あるいは試練を強い続けている。それは王女の素養に配慮してのことかもしれないが、中でも、これから来るであろう局面に卿の不在は大きな試練となる。それを見越していて何もしていないのであれば――必ずしも、王女の"騎士"として動いているわけではない」
そういう意味では、"彼"と同意見かな、と呟いた記者の言葉に、智里は暫く考え込んでいた、が。
「つまり、飴と鞭ってことですね?」
「……まあ、そうなるか」
苦々しい言葉に智里はくすり、と笑うと、満足したように椅子から立ち上がる。
「おかげでスッキリしました! ありがとうございました」
「こちらこそ」
室内を後にする智里を見送ると、記者は小さく、息を吐いた。
――存外骨の折れる取材だった。
しかし、まあ。良いネタになっただろう。自ら骨を折った甲斐もあろうというものだ。
訪れた静寂に身を預けることにする。
――これから暫く、忙しくなるのだから。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/12/19 22:14:40 |