ゲスト
(ka0000)
【初夢】戦乙女は、舞い降りた
マスター:近藤豊
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/01/03 12:00
- 完成日
- 2018/01/04 20:56
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
最大の原因は、歪虚に組織構造の弱点を見抜かれた事だ。
地球侵攻を本格化した歪虚側が最初に行ったのは、大国間の戦力分散だった。
黙視騎士ウォーレンは、戦いの中で知っていたのだ。
地球統一連合軍が完全な一枚岩でない事を。
戦力を集中させない為、ウォーレンは歪虚の部隊を複数に分けて大国周辺地域へ降下させた。物量と兵力に自信が無ければとても行えない戦略だ。
しかし、この多方面電撃作戦は地球統一連合軍側に多大なるダメージを与えた。
初動で各国の連携に失敗した地球統一連合軍は、戦術面で後手に回る。
防戦一方となる軍は徐々に追い詰められていく。
さらに地球統一連合議会では、各国代表間での責任追及が繰り返されていた。
貴重な時間は失われ、多くの命が奪われていく。
欧州戦線は、パリが陥落。ドイツ、イギリスが必死の抵抗を続けているが、歪虚の手は着実に近付いている。
アジアは中国が反抗作戦を開始するも、周辺諸国との軋轢が災いして劣勢を強いられている。
南北アメリカもアメリカが大規模な部隊展開を見せているが、ブラジル北部で一進一退の攻防を続けている。
無駄な抵抗。
そう感じる者が出てもおかしくはない。
未来に希望を見出せず、先行きの暗い戦いが続く中でも軍は最前線で戦い続けている。
そして。
諦めない者がいるからこそ、希望は生まれる。
禁忌に手を染めてでも手にした希望は、オーストラリアの大地から始まろうとしていた。
●
「敵は防衛網を突破! 間もなくそちらへ……う、うわぁぁぁ!」
最前線で戦う軍人の悲鳴が、無線を通して響き渡る。
ポートオーガスタの北東に位置する地球統一連合軍CAM研究所は、警報を知らせるサイレンと人々の悲鳴が木霊する。
オーストラリア北西部へ落下した歪虚は南東のメルボルンへ目指して侵攻開始。撤退を続ける地球統一連合軍は、歪虚の前に為す術なし。
気付けばオーストラリアの半分以上が歪虚へ奪われていた。
そして、歪虚の手はこの研究所へ――。
「みんな、聞いて。既にこの研究所は敵に包囲されているわ。増援も打診したけど、たぶん間に合わない……。
敵の狙いはおそらくあなた達。あなた達と新型CAMは、絶対に奪われる訳にはいかないの」
モニターへ映し出されたのはマドゥラ・フォレスト博士。この研究所で新型CAMと新しいシステムを開発していた。
新システム――『DAS』と呼ばれるそれは、正式名称を『Deadry Alliance System』という。詳しい構造や原理は極秘とされているが、システムを搭載したCAMはパイロットの思考を読み取り、性能を飛躍的に向上させる。反応速度もテスト上の数値は段違いだ。
しかし、システムには適合が存在し、適合しなければシステムを起動させる事もできない。さらに適合したCAM同士でもCAMを乗り替わりしても起動できないなどの制約もある。
謂わば、新型CAMのパイロットは――選ばれたパイロットなのだ。
「時間がないの。
味方の新型艦がアデレードまできている。海岸まで出て南下すればアデレードに到着するわ。そこにある専用ドックであなた達の到着を待っているの。飛行形態へ変形すればすぐに……ダメだわ、既に空にも敵が集まってる。
とにかくお願い、あなた達自身で新型CAMと一緒にアデレードへ向かって!」
マドゥラに寄れば、アデレードまで行けば脱出艦が待っているらしい。
歪虚の狙いが新型CAMであるならば、決して渡して良いはずがない。新型CAMに乗り始めてまだ数週間。普通のCAMと異なる反応を見せる愛機に、パイロットは愛着を持ち始めていた。
「それから気を付けて。
『DAS』は完成していないの。私でもまだ分からない多いシステムだから、状況によって何が起こるか分からない。DASはパイロットの思考、特に『特定の感情』に強い反応を示していたわ。
暴走、なんて考えたくはないけど……」
そこでマドゥラは、口籠もった。
本当ならばこの研究所で新型CAMの性能テストを続けたかったのだろう。だが、そこにいれば歪虚が奪いに来る。新型CAMを奪われるぐらいなら、ここで逃がすしかない。
苦悩するマドゥラ。
その背後で大きな爆発。
煙が立ち上り、マドゥラの体も大きく揺れる。
「もうここまで……でも、あの子達には絶対触らせない!
行って! そして、新型CAMを……私達のヴァルキリーを守って!」
そこでモニターは切れた。
最期に映っていたのは、アサルトライフルを手に走るマドゥラの背中だった。
地球侵攻を本格化した歪虚側が最初に行ったのは、大国間の戦力分散だった。
黙視騎士ウォーレンは、戦いの中で知っていたのだ。
地球統一連合軍が完全な一枚岩でない事を。
戦力を集中させない為、ウォーレンは歪虚の部隊を複数に分けて大国周辺地域へ降下させた。物量と兵力に自信が無ければとても行えない戦略だ。
しかし、この多方面電撃作戦は地球統一連合軍側に多大なるダメージを与えた。
初動で各国の連携に失敗した地球統一連合軍は、戦術面で後手に回る。
防戦一方となる軍は徐々に追い詰められていく。
さらに地球統一連合議会では、各国代表間での責任追及が繰り返されていた。
貴重な時間は失われ、多くの命が奪われていく。
欧州戦線は、パリが陥落。ドイツ、イギリスが必死の抵抗を続けているが、歪虚の手は着実に近付いている。
アジアは中国が反抗作戦を開始するも、周辺諸国との軋轢が災いして劣勢を強いられている。
南北アメリカもアメリカが大規模な部隊展開を見せているが、ブラジル北部で一進一退の攻防を続けている。
無駄な抵抗。
そう感じる者が出てもおかしくはない。
未来に希望を見出せず、先行きの暗い戦いが続く中でも軍は最前線で戦い続けている。
そして。
諦めない者がいるからこそ、希望は生まれる。
禁忌に手を染めてでも手にした希望は、オーストラリアの大地から始まろうとしていた。
●
「敵は防衛網を突破! 間もなくそちらへ……う、うわぁぁぁ!」
最前線で戦う軍人の悲鳴が、無線を通して響き渡る。
ポートオーガスタの北東に位置する地球統一連合軍CAM研究所は、警報を知らせるサイレンと人々の悲鳴が木霊する。
オーストラリア北西部へ落下した歪虚は南東のメルボルンへ目指して侵攻開始。撤退を続ける地球統一連合軍は、歪虚の前に為す術なし。
気付けばオーストラリアの半分以上が歪虚へ奪われていた。
そして、歪虚の手はこの研究所へ――。
「みんな、聞いて。既にこの研究所は敵に包囲されているわ。増援も打診したけど、たぶん間に合わない……。
敵の狙いはおそらくあなた達。あなた達と新型CAMは、絶対に奪われる訳にはいかないの」
モニターへ映し出されたのはマドゥラ・フォレスト博士。この研究所で新型CAMと新しいシステムを開発していた。
新システム――『DAS』と呼ばれるそれは、正式名称を『Deadry Alliance System』という。詳しい構造や原理は極秘とされているが、システムを搭載したCAMはパイロットの思考を読み取り、性能を飛躍的に向上させる。反応速度もテスト上の数値は段違いだ。
しかし、システムには適合が存在し、適合しなければシステムを起動させる事もできない。さらに適合したCAM同士でもCAMを乗り替わりしても起動できないなどの制約もある。
謂わば、新型CAMのパイロットは――選ばれたパイロットなのだ。
「時間がないの。
味方の新型艦がアデレードまできている。海岸まで出て南下すればアデレードに到着するわ。そこにある専用ドックであなた達の到着を待っているの。飛行形態へ変形すればすぐに……ダメだわ、既に空にも敵が集まってる。
とにかくお願い、あなた達自身で新型CAMと一緒にアデレードへ向かって!」
マドゥラに寄れば、アデレードまで行けば脱出艦が待っているらしい。
歪虚の狙いが新型CAMであるならば、決して渡して良いはずがない。新型CAMに乗り始めてまだ数週間。普通のCAMと異なる反応を見せる愛機に、パイロットは愛着を持ち始めていた。
「それから気を付けて。
『DAS』は完成していないの。私でもまだ分からない多いシステムだから、状況によって何が起こるか分からない。DASはパイロットの思考、特に『特定の感情』に強い反応を示していたわ。
暴走、なんて考えたくはないけど……」
そこでマドゥラは、口籠もった。
本当ならばこの研究所で新型CAMの性能テストを続けたかったのだろう。だが、そこにいれば歪虚が奪いに来る。新型CAMを奪われるぐらいなら、ここで逃がすしかない。
苦悩するマドゥラ。
その背後で大きな爆発。
煙が立ち上り、マドゥラの体も大きく揺れる。
「もうここまで……でも、あの子達には絶対触らせない!
行って! そして、新型CAMを……私達のヴァルキリーを守って!」
そこでモニターは切れた。
最期に映っていたのは、アサルトライフルを手に走るマドゥラの背中だった。
リプレイ本文
宵闇の路地に薫るトルコ葉の香り。
葉巻から立ち上る煙が、路地の奥へと消えていく。
「……いいだろう。やってみよう」
「おおっ! そう言っていただけますか!」
葉巻を口から外したその人物に対して、男は驚嘆と感謝を現した。
軍事機密破壊を連合宙軍外のテロリストに打診する事は、まさに異常事態。
だが、それでも打診する他無かった。
今の地球統一連合宙軍は歪虚に戦力を分断されて、戦線の維持すら怪しい。
そんな中で、新型CAM開発中の研究所が歪虚に襲撃された。
敵に『あの技術』だけは渡してはならない。
渡すぐらいならば、完全に破壊しなければ――。
「報酬は……後日指定する」
世界的スナイパー『ネコマ13』は、動き出す。
新しいシステム『DAS』――正式名称『Deadry Alliance System』を歪虚へ奪われないように。
●
「時間をかけりゃジリ貧だな。同じ手間かけるなら、最短距離を突っ走る方がマシか」
アニス・テスタロッサ(ka0141)は、専用ヴァルキリー『フォラス』のレーザーユニットを稼働チェックを始める。
レーダー、照準、出力――異常なし。
研究所の襲撃を許したものの、施設内にあったヴァルキリーは無事だ。アデレードの軍専用ドックまで到達できれば窮地を脱出する事はできるだろう。
「……この『ヴァルキリー』が我らにとっての最後の希望になるかもしれないからな。何としても届けなくてはなるまい。俺も全力を尽くさせてもらおう」
榊 兵庫(ka0010)は、ヴァルキリー『ロスヴァイゼ』の操縦席へ滑り込むと早々に各計器のチェックを開始する。
歪虚の存在を感知するレーダーは、赤点で埋め尽くされている。これがすべて歪虚だと思うと目眩を覚える。
それでも、榊は生き残らなければならない。
新婚早々、戦いによって生き別れた妻――菜摘の為に。
「他のパイロットはDASを使った訓練を受けているようですが、わたしは最初からの本番稼働。さて、わたしにうまく扱う事ができるのか」
アルターA――クオン・サガラ(ka0018)は、ヴァルキリー『オリオン』の操縦席で静かに大きく息を吐いた。
数ヶ月前、試験中にCAM『アルテミス』の誤射で機体中枢を損なう事故が発生。破損したオリオンはこの研究所にて改修される事になったが、その際、DASのオリオン搭載が決定された。
改修完了の報告を受けて研究所を訪れたアルターAは、操縦テスト前に研究所の襲撃を知る事になる。テストなしの本番稼働。調整は十分と聞いているが、初めて触れるシステムに困惑を隠せない。
「DAS……詳しい事は分からぬが、パイロットの思考を読み取って操縦系を補佐する事で性能を各段に向上させるそうだ。もっとも、俺も数度システムに触れた程度だ。お前とそれ程、経験は変わらん」
初めてシステムへ触れるアルターAに対して榊は簡単にDASについて説明する。
稼働させればパイロットの思考を読み取る事で、パイロットが求める行動を先行で補佐する役割があるとされる。
しかし、開発した研究者マドゥラ・フォレスト博士によれば、システムは未だ未完成のシステムであるという。予期しない行動を見せる恐れもあり、暴走する可能性も十分に考えられる。制御不能の新システム――これこそが、人類の切り札とも言える代物なのだ。
「得体の知れないもんに乗せられるのは癪だが、何としても包囲を突破してアデレードまで脱出しなきゃならねぇ。どんな手を使ってでも生き残らねぇとな」
計器のチェックを終えたアニスは、二人の通信に割り込んだ。
生きて、ヴァルキリーをアデレードまで届ける。
それが彼らの任務であり、研究者達から託された想いでもあった。
●
「お前とも、お別れだな……」
爆発で揺れる研究所のドックで、グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)はそっと愛機を見上げていた。
愛機と言っても、ヴァルキリーではない。
グリムバルドは元々整備班だったが、ヴァルキリーのパイロット適性があるとされてそのままパイロットへ転属となった。
それまで愛機として利用していた作業アーマー『ヴェルガンド』。
グリムバルドにとっての愛機とは、この作業アーマーの事だ。
本当であれば、ヴェルガンドもアデレードまで連れて行きたい。
それが叶わぬならば、狂気にヴェルガンドが悪用される前に爆破してしまいたい。
だが、いずれもそれを実行できない事は分かっている。
時間も無い上、愛機を爆破する事などできるはずもなかった。
「……あばよ相棒」
グリムバルドは、ヴェルガンドのフレームにそっと手を添える。
相棒と共に整備に明け暮れた日々。
グリムバルドの脳裏には、愛機と共に宇宙で帰らぬ者となった女性パイロットの面影も浮かんでくる。
あまりにも、多すぎる思い出の数々。
名残惜しくもあるが、別れの時間は近づいている。
「戦場で会わない事を祈ってるぜ」
グリムバルドの手がフレームから離れる。
踵を返したグリムバルドの視界には、名前を与えられていない新たなる愛機の姿があった。
●
「クラン、ルートの方は大丈夫だよね?」
アーク・フォーサイス(ka6568)は、ヴァルキリー『サングリーズ』の操縦席からクラン・クィールス(ka6605)へ声を掛ける。
既に各ヴァルキリーは発進準備がほぼ完了。
後はどのようなルートでアデレードを目指すべきか。
榊やアニスは前面突破で包囲を打ち崩し、そのまま駆け抜ける形でアデレードへ目指す方法を提案していた。研究所から真っ直ぐ南下し、海外線へ出た後はそのまま海岸線に沿って南へ下ればアデレードへ到着できる。
「榊達の案に従って行くべきだ。変形して空を飛べたとしても、空を強行突破するには危険過ぎる。機体損傷のリスクを下げた方がいい」
クランは、ヴァルキリー『ランドグリーズ』の操縦席にあるモニターに視線を落としていた。
映し出されているのは、オーストラリア南部――研究所とアデレード付近の地図である。
包囲を突破した後、どの方向へ進むべきか。
研究所上空も歪虚に押さえられている以上、地上の包囲を突破した方が無難。
クランも榊達と同意見のようだ。
「やっぱり強行突破しかないか」
アークは、息を飲んだ。
サングリーズを含むヴァルキリーには加速装置『リープテイル』が搭載されていた。
機体側面に搭載されたブースターが機体の急加速を実現。これによって回避や攻撃と様々な場面で多用する事ができる。だが、同時に機体加速による負担はパイロットにも大きくかかる。多用し過ぎる事でパイロットの生命にも危険が及ぶ事をアークも訓練を通して知っていた。
「リープテイルを駆使しながら、一団となって突破する他無い。一団となっていれば、突破力は向上するはずだから。
絶対に……ここで終われない」
クランは、強く主張する。
このランドグリーズをアデレードまで無事に届ける事が任務であるが、それ以上にクランは生き残る事に固執していた。
この機体も、クラン自身も、ここで終わる訳にはいかない。
共に歩む事を選んでくれ、ある任務から未だ戻らない恋人を待つ為にも――。
「……そうだな。ここで終わらせてはくれないよな」
アークは、首から提げたペンダントを握りしめる。
幼馴染みで同じCAMパイロットだった彼女。
明るく一直線な性格だった彼女が、この研究所で人生を終わると聞いたらどんな顔をするだろう。
アークとクランは、意を決してドックのハッチへと向かう。
ここが開けば、もう止まる事は許されない。
――生死を賭けたレースが、今始まろうとしている。
●
ゆっくりと開き始めるハッチ。
既に、ハッチの向こうには中型狂気の下半身が見え始めている。
「開ききる前から、叩き込むぞ」
アニスはフォラスの背面に搭載されたレーザーユニットの発射態勢に入る。
ハッチのシャッターを含めて付近の中型狂気を一気に吹き飛ばすつもりだ。
「穴開けっから会わせて切り込め。射線上に立つんじゃねぇぞ!」
中型狂気の胸辺りまで見え始めた所で、アニスはトリガーに力を込める。
発射態勢は準備万端。
後は前面の敵を吹き飛ばすだけ――のはずだった。
「俺は、俺の好きなように行かせて貰う」
アニスの傍らから冷泉 緋百合(ka6936)のヴァルキリーが一気に抜き去った。
正面から中型狂気へ向かって突貫。序盤からリープテイルによる加速でスティンガーを叩き込む。
「おいっ、あんた! どういうつもりだ!」
緋百合の操縦席には、アニスからの通信が入る。
声だけでも怒り交じりなのは明白だ。
レーザーユニットが発射できていれば、多少なりとも入り口付近にいた狂気にダメージを与える事ができたはずだ。
だが、緋百合が前に出た事でそれも難しい。
発射すれば緋百合も巻き添えになるからだ。
「言ったはずだ。俺の好きなように行かせて貰う、と」
「腹を括るしかあるまい。こうなれば、ここから包囲網に穴を穿つ。アリの一穴かもしれぬがな」
榊はロスヴァイゼのマシンガン「ラディーレン」で緋百合を後方から支援射撃を放つ。
今は研究所へ入ろうとする歪虚を排除、進軍路の形成を優先するようだ。
「やれやれ。別れに名残惜しさもなし、か。ま、その方が相棒も喜ぶか」
グリムバルドのヴァルキリーは、ランスカノンを構えた。
緋百合が単身戦い続ける歪虚の群れへ突撃する為に。
●
「どけと言っている」
緋百合は、中型狂気の顔面へ右腕のスティンガーを叩き込んだ。
そしてリープテイルで後進。体に回転を加えた後、今度は左腕のスティンガーで歪虚CAMへ襲い掛かる。
まるで餌へ喰らいつく狼のような動き方に、恐怖を感じる者すらいた。
「あの暴れ方、大丈夫なのでしょうか?」
緋百合の戦い方にアルターAは、心配を隠せない。
明らかにリープテイルを多用している。
しかも、緋百合のヴァルキリーは兵装がスティンガーのみ。軽量化する事でリープテイルの加速を引き上げているのだろう。
「大丈夫じゃないだろうな。元々ヴァルキリー自体も反応は悪くない機体なんだ」
「そうなのですか?」
アークの言葉に、アルターAは思わず聞き返した。
言われてみれば以前触れたオリオンよりも反応が早い。中型狂気が右から接近した際も、数秒は早く60mm速射砲で応戦する事ができた。
整備員からはオリオンは重装甲である事や、以前のオリオンの装甲を生かしている関係からこれでも反応は遅いと言われていたのだが……。
「これにリープテイルやDASも搭載されているんだ。機体性能としては世界でもトップクラスのはずだ。だけど……」
「パイロットの生命を度外視している。整備員や研究者からは、そう説明されています」
言葉を濁したアークに対して、アルターAははっきりと言葉を付け加えた。
パイロットに負担をかけるリープテイルや暴走の可能性があるDAS。
いずれもパイロットの生命よりも敵の撃破を重視した兵装だ。
このままこの機体を遣い続けても良いのか。正直、アルターAに不安が無いと言えば嘘になる。
「分かってるなら、話は早い。今は身を守りながらアデレードへ……」
「アーク、話している場合じゃない。レーダーが高エネルギー反応を検知。上空から高速で移動する機体がいる」
アークとアルターAの会話に割って入るクラン。
ランドグリーズのレーダーが研究所に向かう飛行物体を発見していた。
メインモニターで上空を映し出せば、ヴァルキリーと同様に漆黒に包まれた一機の歪虚CAMが接近してくる。
飛来する歪虚CAMが近づくにつれ、アルターAにはある記憶が蘇る。
「……サブ-1 Type-R。あの時の機体か」
衛星軌道上で歪虚側による地球降下作戦を阻止する任務において、人類を裏切り歪虚側についた裏切り者。
悪い意味で世界有数の有名人。メディア中継されていた事から世界中に衝撃を与えた存在が、この研究所襲撃に加わっていたようだ。
「あの『軌道上のサロメ』か。こんな時に遭遇するとは思わなかったな」
最悪な出会い。
アークは、この状況に現れる裏切り者の俗称を苦々しげに呟いた。
●
「あたしはバケモノだからさ、最初からこっち側だったんだよ」
ウーナ(ka1439)は、歪虚CAMと一体となった半人半機の存在だ。
歪虚と戦っている最中から、ウーナは手足を失いサブ-1そのものが体となっていた。この為、文字通り機体を手足のように動かす事が可能だ。
だが、この姿は果たして――人なのだろうか。
最早、人でもCAMでもないバケモノと呼ぶべきではないだろうか。
ならば、始めからウーナは歪虚側につくべき存在と考えてもおかしくはない。
「みんなだって、すぐそうなるよ。人間から嫌われて……誰にも相手されなくなって……イッちゃえば、楽だよ?」
ウーナは、研究所のスレスレを飛行。
対歪虚用に搭載された『ガトリングブラスター』で研究所への攻撃を開始する。
穿たれた研究所の壁。
そして、そこから生まれる爆発。
瞬く間に火の手が上がる。
「あっはははは! 吹き飛んだっ! 研究員が隠れていた部屋ごと吹き飛ばしてやった!
体もバラバラでなーーーんにもっ、残ってないぞぉ!」
狂気交じりの笑い声が、サブ-1の操縦席に木霊する。
脱出するヴァルキリー達を尻目に、研究所を徹底的に破壊する。
この殺戮ショーを尻目に、ヴァルキリーは撤退する。
屈辱的な撤退劇を彼らに刻み込む為に。
「あははは……んっ?」
ウーナは地表から対空射撃を検知。
サブ-1の機体をロールさせて回避。放たれた弾丸を簡単に避けて見せた。
「だっれっかなー? あたしと遊びたいって奴は?」
ウーナは、機体を旋回させた。
射撃を仕掛けたヴァルキリーに向けて。
●
「……まったく、極端な機体設定をしやがって。ロスヴァイゼも俺も近接を得意としているというのに、な」
ロスヴァイゼの榊は、マシンガン「ラディーレン」でサブ-1への攻撃を試みていた。
避けられるであろう事も予想はできていた。
飛行する中型狂気相手ならばある程度動きを予測する事もできた。
だが、相手はそれよりも一段上。契約者であるならば、遠方からの射撃で撃墜する事は困難だ。
それでも、榊はサブ-1を攻撃せずにはいられなかった。
生き残る可能性のある研究員を見殺しにはできなかったのだ。
上手い具合に榊の挑発でサブ-1はこちらへと向かって来る。
「榊、何をしているんだ。さっさと進むぞ」
アニスはフォラスの大型ガトリングガンで迫る中型狂気を蜂の巣へと変えた。
こうして牽制している状況だが、敵の数は圧倒的だ。
ここで足を止めていてはジリ貧になる事は間違いない。
「あのサブ-1を放置すれば追いつかれる。ここは任せろ。森に入って海を目指せ」
「何を言って……」
「今は一機でも多くアデレードへ辿り着く事が優先だ。行け、間もなくサブ-1が来る」 ラディーレンを構え、ロスヴァイゼはサブ-1の飛来に備える。
榊の指摘通り、サブ-1が研究所を叩きつぶした後はヴァルキリーを追跡してくるだろう。そうなれば、あっという間に追いつかれる。被害はかなり大きい者となるだろう。
ここで榊が足止めする間に、他のヴァルキリーが距離を稼げばサブ-1からは逃げられるかもしれない。
「榊、死ぬなよ」
「お互いにな」
フォラスがリープテイルを発動。
側面のブースターが唸りを上げて機体を移動させる。
今から前衛を追いかければ、間に合うはずだ。
一機残されるロスヴァイゼ。
漆黒の機体は、間もなく上空へと到着する。
「ここで果てる気はない。
が、敵が地上にいないのは残念だ。仲間を生き残らせる為とはいえ、ストレスが溜まる」
●
「海だ。あとは海岸線に沿って南下すればいい」
ブースターで機体を前進させながら、旋回。
後方から追いかけてくる中型狂気の一段へミサイルランチャーを叩き込むグリムバルド。
移動し続けたヴァルキリー達は、敵の一団を迂回しながらポートビリーまで到達した。眼前に広がるスペンサー湾を前に、道中の中間地点である事を感じさせる。
しかし、それでも未だ敵の包囲は収まる気配がない。
「道を塞ぐなって言っているんだ!」
グリムバルドは、ランスカノンを携えて歪虚CAMへ突貫。
リープテイルによる加速がランスの攻撃力を引き上げる。
衝突。
深く貫かれた歪虚CAMは、胸に風穴を開けられる。
力を失って地面へ崩れるまでにそれ程の時間はかからなかった。
「クラン、まだ行けるか?」
アークのサングリーズが、中型狂気へショットアンカー。
撃ち込まれてバランスを崩す中型狂気。引き寄せられると同時にブースター付ブレードの刃が喉元を貫いた。
ブレードを引き抜くと同時に、漏れ出す緑の体液。
そのまま後方へ倒れる様を見ながら、アークは肩で息をしている。
「……何とか、な」
ランドグリーズのバトルライフルで周囲の敵を牽制するクラン。
アークが交戦する最中、横から敵が邪魔しないようにバトルライフルの牽制で援護していたのだ。
確実にヴァルキリーは前方へ進んでいる。
だが、それはパイロットの疲弊も相当なものだ。
常に緊張状態が強いられる上、リープテイルによる高速移動。
過酷な状況は、確実にパイロット達を蝕んでいた。
「このままじゃ、全滅ですよ。アデレードまでもう少しなのに」
アクティブシールドで歪虚CAMのアサルトライフルを防いだアルターAのオリオン。
弾切れになった瞬間を狙ってリープテイルで加速。歪虚CAMがCAM用ナイフへ持ち替える頃には、超振動アックス「オリオン」が歪虚CAMへ振り下ろされていた。
顔面から大質量の一撃が叩き込まれ、歪虚CAMの上半身は真っ二つに分かれていた。
「DASで確かに反応速度は各段に上がっていると思うのですが、これでは……」
アルターAは再度計器を確認する。
確実に、DASは稼働している。他のCAMと比べても反応速度は段違いだ。考えるだけで機体がバランス調整を終えて次の動作へと繋いでくれる。更に集まってくる敵の存在を知らせてくれる為、判断材料も多い。
だが、それがパイロットの負担をさらに増大させる。
「情報量が多すぎるんだ。システムは向上しても、パイロットがそれを処理しきれねぇんだ。くそっ!」
アニスが、悪態をついた。
研究員によれば、DASは稼働や補佐がメインだ。
それはかなり優れている。ヴァルキリーでなければここまで動けない。
しかし、それはパイロットの思考を読むからだ。パイロットの反応限界を考慮していないのだ。
「そろそろ、アイツもやべぇんじゃねぇか」
アニスの視線の先には、一人最前線で戦い続ける緋百合の姿があった。
●
ただで死ぬのは癪だ。
一体でも多く倒して、あの人へ会いに行く。
数年前、最愛の人が行方不明になった。
あの火星宙域での激戦だ。生きていると思う方が難しい。
周囲からは死んだと言われているし、自分でもそう思っている。
あの人が消えた世界。
あの人がいない世界。
色も香りも消えた世界。
未練はない。
世界が滅ぶなら滅べば良い。
でも、せめて歪虚を一体でも多く倒したい。
幸い、ヴァルキリーへの適性が見つかったのは幸いだった。
これで、奴らを多く葬る事ができる。
――だが、それも限界だった。
「……ま、まだ、やれる」
緋百合自身も、ヴァルキリーも限界だった。
度重なるリープテイルにより、緋百合の限界は当に超えている。
その証拠に操縦席は緋百合が吐血した血で足下は満たされている。
ヴァルキリーも胴体部と脚部に大きなダメージを負っている。辛うじて稼働は可能だが、スティンガーのみの兵装。突撃を繰り返す戦法は、確実に寿命を縮めている。
だが、そんな事は緋百合も分かっている。
「一体でも多く、敵を……」
最早、足を引き摺るヴァルキリー。
それでも、歪虚の群れは容赦なく周囲へ集まってくる。
事態に気付いた後方のヴァルキリーもこちらへ向かっているが、おそらく間に合わないだろう。
未だ立っているのは、緋百合の気力のみだ。
しかし、その気力も尽きようとしていた。
「もう、無理か……ここで終わる……」
絶望。
緋百合の心がその感情に包まれていく。
だが、その感情とは裏腹に――現実は未だ希望が残されていた。
突然、緋百合の眼前が光輝く。
各計器が息を吹き返し、エネルギーが満ちあふれる。
見れば、ヴァルキリーの機体から光輝く粒子が流れ出す。
「こ、これは……?」
訳の分からない緋百合。
だが、操縦席にいるだけで体が軽い。
先程まで限界を迎えていた体も、機体も。
――まだ、やれる。
「行くぜ、相棒」
緋百合は再びリープテイルを始動させる。
傍らで、最愛の人が見守ってくれている気がする。
もう、緋百合の心に絶望の色はなかった。
●
「……くっ、抜かったか」
榊のロスヴァイゼが、片膝をついた。
無理もない。
相手は飛行をメインとするサブ-1。
それも飛行形態を維持してロスヴァイゼに上空から襲ってくる。
ロスヴァイゼの方は地上、それも接近戦がメインの機体だ。
ラディーレンによる射撃はサブ-1にすべて回避されてしまう。
火力、命中共に精度は高性能のロスヴァイゼだ。
それでも回避されるという事は、ただの歪虚CAMでは無い。
一方、サブ-1の銃撃はロスヴァイゼの機体を容赦なく襲ってくる。
「リープテイルを使って回避しても……奴め、回避行動後に撃ち込んできおる」
既にロスヴァイゼはかなりの攻撃を受けていた。
防御性能が他の機体よりも低かったのも問題だった。駆動系への損傷が発生した段階で、サブ-1から見れば的も同然。榊もリープテイルで回避を続けていたが、リープテイルの負担は確実に榊の命を削っていた。
サブ-1が上空から大きく旋回。
ロスヴァイゼの正面に向かってくる。
トドメの一撃――榊は、そう直感した。
「すまぬ、菜摘。その笑顔を再び目にする事は、できなかったか……」
そう言い掛けた榊。
だが、次の言葉が出る前に操縦席の計器が突然息を吹き返す。
駆動系が損傷したはずのロスヴァイゼが再び起動。
それもロスヴァイゼの体から放たれる光の粒子。このような機能がシステムに搭載されていたとはまったく聞いていない。
だが、機体反応が先程までと段違いだ。
――これなら、やれる。
ロスヴァイゼは、サブ-1の飛来に合わせて斬機刀「建御雷」を握り締める。
●
「なになに!? 光っちゃって、何か始めようっていうの?
……そうはさせないんだから」
ウーナは、的となっていたヴァルキリーとの距離を詰める。
敵が何かを仕掛けてくる事は予想できる。
なら、仕掛ける前に叩けばいい。
今度は確実に操縦席を狙ってガトリングブラスターの弾丸を叩き込む。
着弾すれば、操縦者はバラバラになる。
「季節外れのトマト祭りだーーー! いっけーーー!」
ウーナはガトリングブラスターの照準を合わせる。
後は、ヴェルキリーを蜂の巣にすれば良いだけ。
簡単な作業。
そう思っていた――。
「……!? 何?」
研究所の近くから爆発。
距離的に遠くて人の耳には聞こえないが、ウーナは違う。
反射的に機体を右へ傾ける。
次の瞬間、大口径の弾丸がサブ-1の居た場所を通過する。
「狙撃手? そんなの聞いてない……」
そう言い掛けたウーナ。
だが、ここで予想外の事が起こる。
サブ-1の眼前に、先程まで地ベタを這っていたはずのヴァルキリーがいたのだ。
ブースターによる短時間の跳躍?
いや、だとしても飛躍までが早すぎる。
「うそっ!」
サブ-1のすれ違い様に、ヴァルキリーは手にしていた刀を横に薙いだ。
機体直撃を避ける事はできたが、エンジン部への損傷を受けてしまう。
「第二エンジン損傷……なんなのよ、まったく!」
ウーナは、悪態をつきながら機体を旋回。
ヴァルキリーを置いてその場からの撤退を開始する。
訳の分からない事態続きで、ウーナは困惑を隠せなかった。
●
「軽い。なんだ、この力は……」
状況から考えればDASの未知なる機能としか考えられない。
何故発動したのかは分からない。
ただ、反応速度向上など生やさしい物ではない。
人機一体のような感覚だ。
「これなら、今から向かっても皆の元へ間に合うな。行くぞ、ロスヴァイゼ」
榊は、仲間達を追って動き出す。
覚醒したロスヴァイゼなら、必ずアデレードまで到着するはずだ。
●
対歪虚用大口径スナイパーライフル「アーマーブレイクSカスタム」。
それがネコマ13と呼ばれる狙撃手が愛用する銃器だ。
スナイパーライフルと称しているが、小型レールガンと称する方が正しい。
電磁力で弾丸を高速に放つ。通常の歪虚CAMであれば胸部でも貫通する。
「…………」
ネコマ13は飛び去るサブ-1を見つめていた。
依頼では、ヴァルキリーが敵に奪われる状況を阻止して欲しいというものだった。
だが、あの状況はサブ-1をヴァルキリーが破壊しようとしていた。
ネコマ13が動く場面ではなかった。
では、何故――。
「…………」
トルコ葉の葉巻を投げ捨てたネコマ13は、踵を返してバイクへと歩き出した。
●
「なんだ、ありゃ!?」
グリムバルドの眼前で行われているのは、緋百合による一方的な殺戮だ。
中型狂気の顔面をスティンガーで潰したかと思えば、瞬く間にリープテイルで後退。
そして、再び再加速して歪虚CAMの胸部へスティンガーを浴びせかける。
一度は動きが止まったと思っていた緋百合のヴァルキリーだったが、ここに来て再起動。しかも、光輝く粒子が機体から漏れ出ている。
整備員だったグリムバルドにも理解できない状況だ。
「あれが、DASの力なのでしょうか?」
「分からない。暴走かどうかも、な」
アルターAの問いに、アークも答えられない。
何故、あそこまでダメージを負った機体が稼働できたのか。
DASの暴走とも考えられたが、明らかに緋百合は歪虚のみを倒している。
それもリープテイルを用いなくても信じられないスピードで敵を撃破している。
未来予測でもしているかのような早さだ。
「せっかく突破口が切り拓かれているのだ。早々に進軍を継続すべきだ」
クランは、進軍を提案した。
緋百合が切り拓いた突破口だ。
このまま緋百合を支援しながら、アデレードへ向かうのがベストだ。
DASの詳細は後でもいい。
今は少しでも生き残る可能性を高めなければ――。
「フォラス! 何様だテメェ!」
ここでアニスが、突然怒鳴りだした。
通信機を通して各機の操縦席にも鳴り響く。
思わずアルターAがアニスへ問いかける。
「アニスさん?」
アルターAにも分かっていた。
アニスは自分自身に怒りを向けている事に。
榊や緋百合は、その身を削って敵の攻撃から仲間を守っている。
だが、アニスはどうだ。
このまま守られて終わりで良いのか。
歪虚相手に逃げ果せるだけで良いのか。
双子の妹――アシュリィが、この様を見たらどう思うのか。
入り交じった感情は怒気として、言葉に乗せられる。
「俺が! お前を! 使うんだ!
分かったら……お前の力、使ってやるから全部寄越せっ!」
その言葉に答えたのだろうか。
突如フォラスの計器が激しく稼働し始める。
特にDAS関連の計器は激しく動き始め、気付けばフォラスの機体からも光輝く粒子が発生し始める。
「……できた」
アニスは、何が起こっているのか分からなかった。
だが、先程よりも機体が軽い。
何より、操縦席が暖かい。
これなら、恥じない戦いができる。
「各機、進軍だ。デッカい花火を打ち上げてやるからよ!」
リープテイルで移動したアニスは、背面からのレーザーユニット展開。
両肩を支持架として照準を合わせる。
照準調整が圧倒的に早い。DASが発動前と比べて反応が段違いだ。
「これが……俺達の本気だっ!」
放たれるレーザーユニット。
直線上にいた中型狂気を巻き込んだレーザー砲は、瞬く間に狂気を焼き尽くす。
だが、これに終わらない。
レーザーユニットを早々に収納したフォラスは、リープテイルで接近。
生き残った中型歪虚に照準をロックする。
動けない相手に向けられるのは、ロケットランチャー。
着弾地点の歪虚を完全殲滅する為に放たれた弾丸は、地面に大きなクレーターを形成した。
「こんな力が、ヴァルキリーに……」
グリムバルドは、秘められたヴァルキリーの力を前に恐怖を感じ始めていた。
●
周囲に転がる歪虚CAMの残骸。
中型狂気は既に消え失せ、緋百合とヴァルキリーは潮風に包まれていた。
戦った。
戦い抜いた。
これならば、他のヴァルキリーもアデレードへ辿り着けるだろう。
「もう、いい。相棒……」
緋百合は、そう呟くと静かに瞳を閉じる。
きっと、最愛の人も許してくれる。
絶望した世界の中で――誰かを、救うことができたのだから。
●
「アデレードだ、クラン」
「ああ、無事到着だ。このまま専用ドックまで急ぐぞ」
アークとクランは、アデレードの到着を素直に喜んだ。
各機、破損は認められるものの、補修は十分可能なダメージだ。
後を追う形で榊のロスヴァイゼも合流。
各機は無事にアデレードへ到着していた。
「無事、全機到着しましたね」
「…………」
アルターAの言葉に、グリムバルドは答えなかった。
否、答えられなかった。
全機が無事にアデレードへ到着した訳ではなかったからだ。
「……まさか」
「冷泉のヴァルキリーは、アデレードの手前で完全に動かなくなった。爆発も無く、周囲の歪虚を片付けた後で立ったまま機能を停止してた。
さっき、運搬用トレーラーでアデレードまで運んできたが、冷泉は……」
そこでグリムバルドは、口を止めた。
とっくに限界を迎えていた。
それでも最前線で戦い続ける事を選んだ緋百合。
事情を知らぬ物は無謀な戦いと見るだろう。
だが、ここまで仲間を連れてきた功績を誰も否定する事はできない。
「血の海となった操縦席で、満足そうな笑顔だったらしい」
「大暴れの末、ですか」
グリムバルドとアルターAは、黙って専用ドックへと向かう。
仲間の屍を踏み越えて守り切った命だ。
決して無駄にしてはならない。
●
「ハロー! シチズン。私はエンドレスです」
新型艦「ヴァルハラ」のブリッジへ上がったパイロット達。
そこには人の姿は一つも無い。
ブリッジ中央にある芸術品のようなAIが語りかけてきた。
「無人艦ですか。人手不足も深刻ですね」
アルターAの呟きに、エンドレスは素早く反応する。
「人手不足が理由ではありません。ヴァルハラは私、エンドレスによる完全制御が実現した艦です。こうして話している間にも、出発準備は進められています」
「なるほど。で、これからどうするんだ? このまま安全な場所へ連れて行ってくれるんだろうな?」
エンドレスへ疑問を投げかけるアーク。
無理もない。今まで戦い通しだったのだ。
少しは体を休めたいと思うのが人情だろう。
だが、現実は甘くない。
「これより本艦は、統一地球連合宙軍が進行中の『太陽会戦』へ参加予定です。この為、本艦はホーチミンに向けて出発します」
「はぁ!? このまま次の作戦へ俺達を放り込もうっていうのか?」
「既に決定事項です。発進します」
揺れるヴァルハラ。
パイロット達のクレームを無視するように、ホーチミンへ向けて発進する。
既に軍内部の決定なのだろうが、あまりにも過酷な転戦だ。
だが、事情を察した榊の表情は変わらない。
「それだけ余裕が無いのだろうな。無理もなかろう」
「機体は移動中に改修……警告、ヴァルハラへ接近する飛行体があります。信号は……サブ-1」
「奴め、まだ諦めていなかったのか。エンドレス、迎撃は可能か?」
榊の脳裏に先程まで戦っていた相手が思い浮かぶ。
損傷して撤退したと思っていたが、未だ諦めずに食らい付いてきたようだ。
「不可能です。既に艦は加速を開始しています。移動時間を短縮する為、宇宙打ち上げ用のブースターを改修して利用しています。加速が開始した段階で迎撃システムは停止しています」
統一地球連合宙軍――おそらく中国を含むアジア方面は、余程戦力が不足しているらしい。
移動時間を無理矢理短縮する為、宇宙へ打ち上げる際に利用するロケットを改修してヴァルハラで搭載。大型ブースターとして利用しているのだ。
ここで迎撃すれば着地地点から大きくずれる。
もし、中東方面へ逸れる事があれば歪虚の真っ直中にヴァルハラが着地する事になる。
「加速で振り切れ。本格的にブーストすれば、サブ-1の出力では追いつけない」
クランがエンドレスへ命じる。
サブ-1のブーストを上回れば、振り切る事ができる。
「命令受諾。予定を前倒し。5分後に第一ブーストを点火します」
――5分。
これが運命の分かれ道となる。
●
「あはははは! 逃がすと思っていたんだ!」
ウーナは、敵の新型艦を追撃する。
あの抵抗した機体もこの艦にいるはず。
だったら、ここで攻撃を仕掛けて新型艦と一緒に沈めてしまえばいい。
新型艦を作ったようだが、ここで沈めれば多くの期待を失望に変えられる。
「このまま海の藻屑に……ん? またっ!」
ウーナは反射的に左へ機体を傾ける。
再び海岸線から狙撃される予感を察知したウーナは、いち早く回避行動に入った。
一度ならず二度までも邪魔をした狙撃手。
許す訳にはいかない。
「そんな弾、当たらないっての!
でも、ムカついたらからあの艦を沈めたら、今度はあの狙撃手を……」
だが、ウーナはその言葉の後を続けられなかった。
ウーナの眼前には新型艦のブースターがあったからだ。
「あの狙撃手、外したんじゃない。この位置へ誘導する為にわざとっ!」
狙撃手の狙いに気付いたウーナだったが、既に遅い。
ブースターの噴出口が熱を帯び、更に大きな火柱を上げる直前だった。
そこへ狙撃手の第二射。今度はサブ-1の操縦席を覆うキャノピーに命中。大きな穴を築いた。
「ま、まずい! ここでブースターを受ければ、火がコックピットの中に……」
回避行動を取ろうとするウーナ。
しかし、いくらウーナのサブ-1でも回避は間に合わない。
大きな推進力を得る為にヴァルハラはブースト。噴出口の炎は、キャノピーの穴を通して操縦席へ流れ込む。
同時にウーナの体は炎によって焼かれていく。
「熱い熱い熱いあついあついあついーーーーーっ!」
肉の焼ける香り。
黒焦げになっていく体。
気付けばサブ-1の高度は下がり続け、海面へ強く叩き付けられる。
かなりの速度だ。機体がバラバラになるには十分だろう。
●
「…………」
ネコマ13は、破壊されたターゲットを確認した後にスコープから顔を外した。
依頼外の『処理』であったが、あのまま新型艦が撃破されて情報を奪われては意味が無い。
これはあくまで、サービスだ。
ネコマ13は、バイクに跨がると次の依頼主へ会うためにエンジンをかけた。
オーストラリアを離れるヴァルキリー達。
過酷な戦いを経験したにも関わらず、統一地球連合軍が次なる戦いへ彼らを誘う。
彼らに休む暇は――無い。
東アジアの大国を包囲する歪虚。
彼らへの反抗作戦『太陽会戦』の舞台へと向かってヴァルハラは飛び続けていた。
葉巻から立ち上る煙が、路地の奥へと消えていく。
「……いいだろう。やってみよう」
「おおっ! そう言っていただけますか!」
葉巻を口から外したその人物に対して、男は驚嘆と感謝を現した。
軍事機密破壊を連合宙軍外のテロリストに打診する事は、まさに異常事態。
だが、それでも打診する他無かった。
今の地球統一連合宙軍は歪虚に戦力を分断されて、戦線の維持すら怪しい。
そんな中で、新型CAM開発中の研究所が歪虚に襲撃された。
敵に『あの技術』だけは渡してはならない。
渡すぐらいならば、完全に破壊しなければ――。
「報酬は……後日指定する」
世界的スナイパー『ネコマ13』は、動き出す。
新しいシステム『DAS』――正式名称『Deadry Alliance System』を歪虚へ奪われないように。
●
「時間をかけりゃジリ貧だな。同じ手間かけるなら、最短距離を突っ走る方がマシか」
アニス・テスタロッサ(ka0141)は、専用ヴァルキリー『フォラス』のレーザーユニットを稼働チェックを始める。
レーダー、照準、出力――異常なし。
研究所の襲撃を許したものの、施設内にあったヴァルキリーは無事だ。アデレードの軍専用ドックまで到達できれば窮地を脱出する事はできるだろう。
「……この『ヴァルキリー』が我らにとっての最後の希望になるかもしれないからな。何としても届けなくてはなるまい。俺も全力を尽くさせてもらおう」
榊 兵庫(ka0010)は、ヴァルキリー『ロスヴァイゼ』の操縦席へ滑り込むと早々に各計器のチェックを開始する。
歪虚の存在を感知するレーダーは、赤点で埋め尽くされている。これがすべて歪虚だと思うと目眩を覚える。
それでも、榊は生き残らなければならない。
新婚早々、戦いによって生き別れた妻――菜摘の為に。
「他のパイロットはDASを使った訓練を受けているようですが、わたしは最初からの本番稼働。さて、わたしにうまく扱う事ができるのか」
アルターA――クオン・サガラ(ka0018)は、ヴァルキリー『オリオン』の操縦席で静かに大きく息を吐いた。
数ヶ月前、試験中にCAM『アルテミス』の誤射で機体中枢を損なう事故が発生。破損したオリオンはこの研究所にて改修される事になったが、その際、DASのオリオン搭載が決定された。
改修完了の報告を受けて研究所を訪れたアルターAは、操縦テスト前に研究所の襲撃を知る事になる。テストなしの本番稼働。調整は十分と聞いているが、初めて触れるシステムに困惑を隠せない。
「DAS……詳しい事は分からぬが、パイロットの思考を読み取って操縦系を補佐する事で性能を各段に向上させるそうだ。もっとも、俺も数度システムに触れた程度だ。お前とそれ程、経験は変わらん」
初めてシステムへ触れるアルターAに対して榊は簡単にDASについて説明する。
稼働させればパイロットの思考を読み取る事で、パイロットが求める行動を先行で補佐する役割があるとされる。
しかし、開発した研究者マドゥラ・フォレスト博士によれば、システムは未だ未完成のシステムであるという。予期しない行動を見せる恐れもあり、暴走する可能性も十分に考えられる。制御不能の新システム――これこそが、人類の切り札とも言える代物なのだ。
「得体の知れないもんに乗せられるのは癪だが、何としても包囲を突破してアデレードまで脱出しなきゃならねぇ。どんな手を使ってでも生き残らねぇとな」
計器のチェックを終えたアニスは、二人の通信に割り込んだ。
生きて、ヴァルキリーをアデレードまで届ける。
それが彼らの任務であり、研究者達から託された想いでもあった。
●
「お前とも、お別れだな……」
爆発で揺れる研究所のドックで、グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)はそっと愛機を見上げていた。
愛機と言っても、ヴァルキリーではない。
グリムバルドは元々整備班だったが、ヴァルキリーのパイロット適性があるとされてそのままパイロットへ転属となった。
それまで愛機として利用していた作業アーマー『ヴェルガンド』。
グリムバルドにとっての愛機とは、この作業アーマーの事だ。
本当であれば、ヴェルガンドもアデレードまで連れて行きたい。
それが叶わぬならば、狂気にヴェルガンドが悪用される前に爆破してしまいたい。
だが、いずれもそれを実行できない事は分かっている。
時間も無い上、愛機を爆破する事などできるはずもなかった。
「……あばよ相棒」
グリムバルドは、ヴェルガンドのフレームにそっと手を添える。
相棒と共に整備に明け暮れた日々。
グリムバルドの脳裏には、愛機と共に宇宙で帰らぬ者となった女性パイロットの面影も浮かんでくる。
あまりにも、多すぎる思い出の数々。
名残惜しくもあるが、別れの時間は近づいている。
「戦場で会わない事を祈ってるぜ」
グリムバルドの手がフレームから離れる。
踵を返したグリムバルドの視界には、名前を与えられていない新たなる愛機の姿があった。
●
「クラン、ルートの方は大丈夫だよね?」
アーク・フォーサイス(ka6568)は、ヴァルキリー『サングリーズ』の操縦席からクラン・クィールス(ka6605)へ声を掛ける。
既に各ヴァルキリーは発進準備がほぼ完了。
後はどのようなルートでアデレードを目指すべきか。
榊やアニスは前面突破で包囲を打ち崩し、そのまま駆け抜ける形でアデレードへ目指す方法を提案していた。研究所から真っ直ぐ南下し、海外線へ出た後はそのまま海岸線に沿って南へ下ればアデレードへ到着できる。
「榊達の案に従って行くべきだ。変形して空を飛べたとしても、空を強行突破するには危険過ぎる。機体損傷のリスクを下げた方がいい」
クランは、ヴァルキリー『ランドグリーズ』の操縦席にあるモニターに視線を落としていた。
映し出されているのは、オーストラリア南部――研究所とアデレード付近の地図である。
包囲を突破した後、どの方向へ進むべきか。
研究所上空も歪虚に押さえられている以上、地上の包囲を突破した方が無難。
クランも榊達と同意見のようだ。
「やっぱり強行突破しかないか」
アークは、息を飲んだ。
サングリーズを含むヴァルキリーには加速装置『リープテイル』が搭載されていた。
機体側面に搭載されたブースターが機体の急加速を実現。これによって回避や攻撃と様々な場面で多用する事ができる。だが、同時に機体加速による負担はパイロットにも大きくかかる。多用し過ぎる事でパイロットの生命にも危険が及ぶ事をアークも訓練を通して知っていた。
「リープテイルを駆使しながら、一団となって突破する他無い。一団となっていれば、突破力は向上するはずだから。
絶対に……ここで終われない」
クランは、強く主張する。
このランドグリーズをアデレードまで無事に届ける事が任務であるが、それ以上にクランは生き残る事に固執していた。
この機体も、クラン自身も、ここで終わる訳にはいかない。
共に歩む事を選んでくれ、ある任務から未だ戻らない恋人を待つ為にも――。
「……そうだな。ここで終わらせてはくれないよな」
アークは、首から提げたペンダントを握りしめる。
幼馴染みで同じCAMパイロットだった彼女。
明るく一直線な性格だった彼女が、この研究所で人生を終わると聞いたらどんな顔をするだろう。
アークとクランは、意を決してドックのハッチへと向かう。
ここが開けば、もう止まる事は許されない。
――生死を賭けたレースが、今始まろうとしている。
●
ゆっくりと開き始めるハッチ。
既に、ハッチの向こうには中型狂気の下半身が見え始めている。
「開ききる前から、叩き込むぞ」
アニスはフォラスの背面に搭載されたレーザーユニットの発射態勢に入る。
ハッチのシャッターを含めて付近の中型狂気を一気に吹き飛ばすつもりだ。
「穴開けっから会わせて切り込め。射線上に立つんじゃねぇぞ!」
中型狂気の胸辺りまで見え始めた所で、アニスはトリガーに力を込める。
発射態勢は準備万端。
後は前面の敵を吹き飛ばすだけ――のはずだった。
「俺は、俺の好きなように行かせて貰う」
アニスの傍らから冷泉 緋百合(ka6936)のヴァルキリーが一気に抜き去った。
正面から中型狂気へ向かって突貫。序盤からリープテイルによる加速でスティンガーを叩き込む。
「おいっ、あんた! どういうつもりだ!」
緋百合の操縦席には、アニスからの通信が入る。
声だけでも怒り交じりなのは明白だ。
レーザーユニットが発射できていれば、多少なりとも入り口付近にいた狂気にダメージを与える事ができたはずだ。
だが、緋百合が前に出た事でそれも難しい。
発射すれば緋百合も巻き添えになるからだ。
「言ったはずだ。俺の好きなように行かせて貰う、と」
「腹を括るしかあるまい。こうなれば、ここから包囲網に穴を穿つ。アリの一穴かもしれぬがな」
榊はロスヴァイゼのマシンガン「ラディーレン」で緋百合を後方から支援射撃を放つ。
今は研究所へ入ろうとする歪虚を排除、進軍路の形成を優先するようだ。
「やれやれ。別れに名残惜しさもなし、か。ま、その方が相棒も喜ぶか」
グリムバルドのヴァルキリーは、ランスカノンを構えた。
緋百合が単身戦い続ける歪虚の群れへ突撃する為に。
●
「どけと言っている」
緋百合は、中型狂気の顔面へ右腕のスティンガーを叩き込んだ。
そしてリープテイルで後進。体に回転を加えた後、今度は左腕のスティンガーで歪虚CAMへ襲い掛かる。
まるで餌へ喰らいつく狼のような動き方に、恐怖を感じる者すらいた。
「あの暴れ方、大丈夫なのでしょうか?」
緋百合の戦い方にアルターAは、心配を隠せない。
明らかにリープテイルを多用している。
しかも、緋百合のヴァルキリーは兵装がスティンガーのみ。軽量化する事でリープテイルの加速を引き上げているのだろう。
「大丈夫じゃないだろうな。元々ヴァルキリー自体も反応は悪くない機体なんだ」
「そうなのですか?」
アークの言葉に、アルターAは思わず聞き返した。
言われてみれば以前触れたオリオンよりも反応が早い。中型狂気が右から接近した際も、数秒は早く60mm速射砲で応戦する事ができた。
整備員からはオリオンは重装甲である事や、以前のオリオンの装甲を生かしている関係からこれでも反応は遅いと言われていたのだが……。
「これにリープテイルやDASも搭載されているんだ。機体性能としては世界でもトップクラスのはずだ。だけど……」
「パイロットの生命を度外視している。整備員や研究者からは、そう説明されています」
言葉を濁したアークに対して、アルターAははっきりと言葉を付け加えた。
パイロットに負担をかけるリープテイルや暴走の可能性があるDAS。
いずれもパイロットの生命よりも敵の撃破を重視した兵装だ。
このままこの機体を遣い続けても良いのか。正直、アルターAに不安が無いと言えば嘘になる。
「分かってるなら、話は早い。今は身を守りながらアデレードへ……」
「アーク、話している場合じゃない。レーダーが高エネルギー反応を検知。上空から高速で移動する機体がいる」
アークとアルターAの会話に割って入るクラン。
ランドグリーズのレーダーが研究所に向かう飛行物体を発見していた。
メインモニターで上空を映し出せば、ヴァルキリーと同様に漆黒に包まれた一機の歪虚CAMが接近してくる。
飛来する歪虚CAMが近づくにつれ、アルターAにはある記憶が蘇る。
「……サブ-1 Type-R。あの時の機体か」
衛星軌道上で歪虚側による地球降下作戦を阻止する任務において、人類を裏切り歪虚側についた裏切り者。
悪い意味で世界有数の有名人。メディア中継されていた事から世界中に衝撃を与えた存在が、この研究所襲撃に加わっていたようだ。
「あの『軌道上のサロメ』か。こんな時に遭遇するとは思わなかったな」
最悪な出会い。
アークは、この状況に現れる裏切り者の俗称を苦々しげに呟いた。
●
「あたしはバケモノだからさ、最初からこっち側だったんだよ」
ウーナ(ka1439)は、歪虚CAMと一体となった半人半機の存在だ。
歪虚と戦っている最中から、ウーナは手足を失いサブ-1そのものが体となっていた。この為、文字通り機体を手足のように動かす事が可能だ。
だが、この姿は果たして――人なのだろうか。
最早、人でもCAMでもないバケモノと呼ぶべきではないだろうか。
ならば、始めからウーナは歪虚側につくべき存在と考えてもおかしくはない。
「みんなだって、すぐそうなるよ。人間から嫌われて……誰にも相手されなくなって……イッちゃえば、楽だよ?」
ウーナは、研究所のスレスレを飛行。
対歪虚用に搭載された『ガトリングブラスター』で研究所への攻撃を開始する。
穿たれた研究所の壁。
そして、そこから生まれる爆発。
瞬く間に火の手が上がる。
「あっはははは! 吹き飛んだっ! 研究員が隠れていた部屋ごと吹き飛ばしてやった!
体もバラバラでなーーーんにもっ、残ってないぞぉ!」
狂気交じりの笑い声が、サブ-1の操縦席に木霊する。
脱出するヴァルキリー達を尻目に、研究所を徹底的に破壊する。
この殺戮ショーを尻目に、ヴァルキリーは撤退する。
屈辱的な撤退劇を彼らに刻み込む為に。
「あははは……んっ?」
ウーナは地表から対空射撃を検知。
サブ-1の機体をロールさせて回避。放たれた弾丸を簡単に避けて見せた。
「だっれっかなー? あたしと遊びたいって奴は?」
ウーナは、機体を旋回させた。
射撃を仕掛けたヴァルキリーに向けて。
●
「……まったく、極端な機体設定をしやがって。ロスヴァイゼも俺も近接を得意としているというのに、な」
ロスヴァイゼの榊は、マシンガン「ラディーレン」でサブ-1への攻撃を試みていた。
避けられるであろう事も予想はできていた。
飛行する中型狂気相手ならばある程度動きを予測する事もできた。
だが、相手はそれよりも一段上。契約者であるならば、遠方からの射撃で撃墜する事は困難だ。
それでも、榊はサブ-1を攻撃せずにはいられなかった。
生き残る可能性のある研究員を見殺しにはできなかったのだ。
上手い具合に榊の挑発でサブ-1はこちらへと向かって来る。
「榊、何をしているんだ。さっさと進むぞ」
アニスはフォラスの大型ガトリングガンで迫る中型狂気を蜂の巣へと変えた。
こうして牽制している状況だが、敵の数は圧倒的だ。
ここで足を止めていてはジリ貧になる事は間違いない。
「あのサブ-1を放置すれば追いつかれる。ここは任せろ。森に入って海を目指せ」
「何を言って……」
「今は一機でも多くアデレードへ辿り着く事が優先だ。行け、間もなくサブ-1が来る」 ラディーレンを構え、ロスヴァイゼはサブ-1の飛来に備える。
榊の指摘通り、サブ-1が研究所を叩きつぶした後はヴァルキリーを追跡してくるだろう。そうなれば、あっという間に追いつかれる。被害はかなり大きい者となるだろう。
ここで榊が足止めする間に、他のヴァルキリーが距離を稼げばサブ-1からは逃げられるかもしれない。
「榊、死ぬなよ」
「お互いにな」
フォラスがリープテイルを発動。
側面のブースターが唸りを上げて機体を移動させる。
今から前衛を追いかければ、間に合うはずだ。
一機残されるロスヴァイゼ。
漆黒の機体は、間もなく上空へと到着する。
「ここで果てる気はない。
が、敵が地上にいないのは残念だ。仲間を生き残らせる為とはいえ、ストレスが溜まる」
●
「海だ。あとは海岸線に沿って南下すればいい」
ブースターで機体を前進させながら、旋回。
後方から追いかけてくる中型狂気の一段へミサイルランチャーを叩き込むグリムバルド。
移動し続けたヴァルキリー達は、敵の一団を迂回しながらポートビリーまで到達した。眼前に広がるスペンサー湾を前に、道中の中間地点である事を感じさせる。
しかし、それでも未だ敵の包囲は収まる気配がない。
「道を塞ぐなって言っているんだ!」
グリムバルドは、ランスカノンを携えて歪虚CAMへ突貫。
リープテイルによる加速がランスの攻撃力を引き上げる。
衝突。
深く貫かれた歪虚CAMは、胸に風穴を開けられる。
力を失って地面へ崩れるまでにそれ程の時間はかからなかった。
「クラン、まだ行けるか?」
アークのサングリーズが、中型狂気へショットアンカー。
撃ち込まれてバランスを崩す中型狂気。引き寄せられると同時にブースター付ブレードの刃が喉元を貫いた。
ブレードを引き抜くと同時に、漏れ出す緑の体液。
そのまま後方へ倒れる様を見ながら、アークは肩で息をしている。
「……何とか、な」
ランドグリーズのバトルライフルで周囲の敵を牽制するクラン。
アークが交戦する最中、横から敵が邪魔しないようにバトルライフルの牽制で援護していたのだ。
確実にヴァルキリーは前方へ進んでいる。
だが、それはパイロットの疲弊も相当なものだ。
常に緊張状態が強いられる上、リープテイルによる高速移動。
過酷な状況は、確実にパイロット達を蝕んでいた。
「このままじゃ、全滅ですよ。アデレードまでもう少しなのに」
アクティブシールドで歪虚CAMのアサルトライフルを防いだアルターAのオリオン。
弾切れになった瞬間を狙ってリープテイルで加速。歪虚CAMがCAM用ナイフへ持ち替える頃には、超振動アックス「オリオン」が歪虚CAMへ振り下ろされていた。
顔面から大質量の一撃が叩き込まれ、歪虚CAMの上半身は真っ二つに分かれていた。
「DASで確かに反応速度は各段に上がっていると思うのですが、これでは……」
アルターAは再度計器を確認する。
確実に、DASは稼働している。他のCAMと比べても反応速度は段違いだ。考えるだけで機体がバランス調整を終えて次の動作へと繋いでくれる。更に集まってくる敵の存在を知らせてくれる為、判断材料も多い。
だが、それがパイロットの負担をさらに増大させる。
「情報量が多すぎるんだ。システムは向上しても、パイロットがそれを処理しきれねぇんだ。くそっ!」
アニスが、悪態をついた。
研究員によれば、DASは稼働や補佐がメインだ。
それはかなり優れている。ヴァルキリーでなければここまで動けない。
しかし、それはパイロットの思考を読むからだ。パイロットの反応限界を考慮していないのだ。
「そろそろ、アイツもやべぇんじゃねぇか」
アニスの視線の先には、一人最前線で戦い続ける緋百合の姿があった。
●
ただで死ぬのは癪だ。
一体でも多く倒して、あの人へ会いに行く。
数年前、最愛の人が行方不明になった。
あの火星宙域での激戦だ。生きていると思う方が難しい。
周囲からは死んだと言われているし、自分でもそう思っている。
あの人が消えた世界。
あの人がいない世界。
色も香りも消えた世界。
未練はない。
世界が滅ぶなら滅べば良い。
でも、せめて歪虚を一体でも多く倒したい。
幸い、ヴァルキリーへの適性が見つかったのは幸いだった。
これで、奴らを多く葬る事ができる。
――だが、それも限界だった。
「……ま、まだ、やれる」
緋百合自身も、ヴァルキリーも限界だった。
度重なるリープテイルにより、緋百合の限界は当に超えている。
その証拠に操縦席は緋百合が吐血した血で足下は満たされている。
ヴァルキリーも胴体部と脚部に大きなダメージを負っている。辛うじて稼働は可能だが、スティンガーのみの兵装。突撃を繰り返す戦法は、確実に寿命を縮めている。
だが、そんな事は緋百合も分かっている。
「一体でも多く、敵を……」
最早、足を引き摺るヴァルキリー。
それでも、歪虚の群れは容赦なく周囲へ集まってくる。
事態に気付いた後方のヴァルキリーもこちらへ向かっているが、おそらく間に合わないだろう。
未だ立っているのは、緋百合の気力のみだ。
しかし、その気力も尽きようとしていた。
「もう、無理か……ここで終わる……」
絶望。
緋百合の心がその感情に包まれていく。
だが、その感情とは裏腹に――現実は未だ希望が残されていた。
突然、緋百合の眼前が光輝く。
各計器が息を吹き返し、エネルギーが満ちあふれる。
見れば、ヴァルキリーの機体から光輝く粒子が流れ出す。
「こ、これは……?」
訳の分からない緋百合。
だが、操縦席にいるだけで体が軽い。
先程まで限界を迎えていた体も、機体も。
――まだ、やれる。
「行くぜ、相棒」
緋百合は再びリープテイルを始動させる。
傍らで、最愛の人が見守ってくれている気がする。
もう、緋百合の心に絶望の色はなかった。
●
「……くっ、抜かったか」
榊のロスヴァイゼが、片膝をついた。
無理もない。
相手は飛行をメインとするサブ-1。
それも飛行形態を維持してロスヴァイゼに上空から襲ってくる。
ロスヴァイゼの方は地上、それも接近戦がメインの機体だ。
ラディーレンによる射撃はサブ-1にすべて回避されてしまう。
火力、命中共に精度は高性能のロスヴァイゼだ。
それでも回避されるという事は、ただの歪虚CAMでは無い。
一方、サブ-1の銃撃はロスヴァイゼの機体を容赦なく襲ってくる。
「リープテイルを使って回避しても……奴め、回避行動後に撃ち込んできおる」
既にロスヴァイゼはかなりの攻撃を受けていた。
防御性能が他の機体よりも低かったのも問題だった。駆動系への損傷が発生した段階で、サブ-1から見れば的も同然。榊もリープテイルで回避を続けていたが、リープテイルの負担は確実に榊の命を削っていた。
サブ-1が上空から大きく旋回。
ロスヴァイゼの正面に向かってくる。
トドメの一撃――榊は、そう直感した。
「すまぬ、菜摘。その笑顔を再び目にする事は、できなかったか……」
そう言い掛けた榊。
だが、次の言葉が出る前に操縦席の計器が突然息を吹き返す。
駆動系が損傷したはずのロスヴァイゼが再び起動。
それもロスヴァイゼの体から放たれる光の粒子。このような機能がシステムに搭載されていたとはまったく聞いていない。
だが、機体反応が先程までと段違いだ。
――これなら、やれる。
ロスヴァイゼは、サブ-1の飛来に合わせて斬機刀「建御雷」を握り締める。
●
「なになに!? 光っちゃって、何か始めようっていうの?
……そうはさせないんだから」
ウーナは、的となっていたヴァルキリーとの距離を詰める。
敵が何かを仕掛けてくる事は予想できる。
なら、仕掛ける前に叩けばいい。
今度は確実に操縦席を狙ってガトリングブラスターの弾丸を叩き込む。
着弾すれば、操縦者はバラバラになる。
「季節外れのトマト祭りだーーー! いっけーーー!」
ウーナはガトリングブラスターの照準を合わせる。
後は、ヴェルキリーを蜂の巣にすれば良いだけ。
簡単な作業。
そう思っていた――。
「……!? 何?」
研究所の近くから爆発。
距離的に遠くて人の耳には聞こえないが、ウーナは違う。
反射的に機体を右へ傾ける。
次の瞬間、大口径の弾丸がサブ-1の居た場所を通過する。
「狙撃手? そんなの聞いてない……」
そう言い掛けたウーナ。
だが、ここで予想外の事が起こる。
サブ-1の眼前に、先程まで地ベタを這っていたはずのヴァルキリーがいたのだ。
ブースターによる短時間の跳躍?
いや、だとしても飛躍までが早すぎる。
「うそっ!」
サブ-1のすれ違い様に、ヴァルキリーは手にしていた刀を横に薙いだ。
機体直撃を避ける事はできたが、エンジン部への損傷を受けてしまう。
「第二エンジン損傷……なんなのよ、まったく!」
ウーナは、悪態をつきながら機体を旋回。
ヴァルキリーを置いてその場からの撤退を開始する。
訳の分からない事態続きで、ウーナは困惑を隠せなかった。
●
「軽い。なんだ、この力は……」
状況から考えればDASの未知なる機能としか考えられない。
何故発動したのかは分からない。
ただ、反応速度向上など生やさしい物ではない。
人機一体のような感覚だ。
「これなら、今から向かっても皆の元へ間に合うな。行くぞ、ロスヴァイゼ」
榊は、仲間達を追って動き出す。
覚醒したロスヴァイゼなら、必ずアデレードまで到着するはずだ。
●
対歪虚用大口径スナイパーライフル「アーマーブレイクSカスタム」。
それがネコマ13と呼ばれる狙撃手が愛用する銃器だ。
スナイパーライフルと称しているが、小型レールガンと称する方が正しい。
電磁力で弾丸を高速に放つ。通常の歪虚CAMであれば胸部でも貫通する。
「…………」
ネコマ13は飛び去るサブ-1を見つめていた。
依頼では、ヴァルキリーが敵に奪われる状況を阻止して欲しいというものだった。
だが、あの状況はサブ-1をヴァルキリーが破壊しようとしていた。
ネコマ13が動く場面ではなかった。
では、何故――。
「…………」
トルコ葉の葉巻を投げ捨てたネコマ13は、踵を返してバイクへと歩き出した。
●
「なんだ、ありゃ!?」
グリムバルドの眼前で行われているのは、緋百合による一方的な殺戮だ。
中型狂気の顔面をスティンガーで潰したかと思えば、瞬く間にリープテイルで後退。
そして、再び再加速して歪虚CAMの胸部へスティンガーを浴びせかける。
一度は動きが止まったと思っていた緋百合のヴァルキリーだったが、ここに来て再起動。しかも、光輝く粒子が機体から漏れ出ている。
整備員だったグリムバルドにも理解できない状況だ。
「あれが、DASの力なのでしょうか?」
「分からない。暴走かどうかも、な」
アルターAの問いに、アークも答えられない。
何故、あそこまでダメージを負った機体が稼働できたのか。
DASの暴走とも考えられたが、明らかに緋百合は歪虚のみを倒している。
それもリープテイルを用いなくても信じられないスピードで敵を撃破している。
未来予測でもしているかのような早さだ。
「せっかく突破口が切り拓かれているのだ。早々に進軍を継続すべきだ」
クランは、進軍を提案した。
緋百合が切り拓いた突破口だ。
このまま緋百合を支援しながら、アデレードへ向かうのがベストだ。
DASの詳細は後でもいい。
今は少しでも生き残る可能性を高めなければ――。
「フォラス! 何様だテメェ!」
ここでアニスが、突然怒鳴りだした。
通信機を通して各機の操縦席にも鳴り響く。
思わずアルターAがアニスへ問いかける。
「アニスさん?」
アルターAにも分かっていた。
アニスは自分自身に怒りを向けている事に。
榊や緋百合は、その身を削って敵の攻撃から仲間を守っている。
だが、アニスはどうだ。
このまま守られて終わりで良いのか。
歪虚相手に逃げ果せるだけで良いのか。
双子の妹――アシュリィが、この様を見たらどう思うのか。
入り交じった感情は怒気として、言葉に乗せられる。
「俺が! お前を! 使うんだ!
分かったら……お前の力、使ってやるから全部寄越せっ!」
その言葉に答えたのだろうか。
突如フォラスの計器が激しく稼働し始める。
特にDAS関連の計器は激しく動き始め、気付けばフォラスの機体からも光輝く粒子が発生し始める。
「……できた」
アニスは、何が起こっているのか分からなかった。
だが、先程よりも機体が軽い。
何より、操縦席が暖かい。
これなら、恥じない戦いができる。
「各機、進軍だ。デッカい花火を打ち上げてやるからよ!」
リープテイルで移動したアニスは、背面からのレーザーユニット展開。
両肩を支持架として照準を合わせる。
照準調整が圧倒的に早い。DASが発動前と比べて反応が段違いだ。
「これが……俺達の本気だっ!」
放たれるレーザーユニット。
直線上にいた中型狂気を巻き込んだレーザー砲は、瞬く間に狂気を焼き尽くす。
だが、これに終わらない。
レーザーユニットを早々に収納したフォラスは、リープテイルで接近。
生き残った中型歪虚に照準をロックする。
動けない相手に向けられるのは、ロケットランチャー。
着弾地点の歪虚を完全殲滅する為に放たれた弾丸は、地面に大きなクレーターを形成した。
「こんな力が、ヴァルキリーに……」
グリムバルドは、秘められたヴァルキリーの力を前に恐怖を感じ始めていた。
●
周囲に転がる歪虚CAMの残骸。
中型狂気は既に消え失せ、緋百合とヴァルキリーは潮風に包まれていた。
戦った。
戦い抜いた。
これならば、他のヴァルキリーもアデレードへ辿り着けるだろう。
「もう、いい。相棒……」
緋百合は、そう呟くと静かに瞳を閉じる。
きっと、最愛の人も許してくれる。
絶望した世界の中で――誰かを、救うことができたのだから。
●
「アデレードだ、クラン」
「ああ、無事到着だ。このまま専用ドックまで急ぐぞ」
アークとクランは、アデレードの到着を素直に喜んだ。
各機、破損は認められるものの、補修は十分可能なダメージだ。
後を追う形で榊のロスヴァイゼも合流。
各機は無事にアデレードへ到着していた。
「無事、全機到着しましたね」
「…………」
アルターAの言葉に、グリムバルドは答えなかった。
否、答えられなかった。
全機が無事にアデレードへ到着した訳ではなかったからだ。
「……まさか」
「冷泉のヴァルキリーは、アデレードの手前で完全に動かなくなった。爆発も無く、周囲の歪虚を片付けた後で立ったまま機能を停止してた。
さっき、運搬用トレーラーでアデレードまで運んできたが、冷泉は……」
そこでグリムバルドは、口を止めた。
とっくに限界を迎えていた。
それでも最前線で戦い続ける事を選んだ緋百合。
事情を知らぬ物は無謀な戦いと見るだろう。
だが、ここまで仲間を連れてきた功績を誰も否定する事はできない。
「血の海となった操縦席で、満足そうな笑顔だったらしい」
「大暴れの末、ですか」
グリムバルドとアルターAは、黙って専用ドックへと向かう。
仲間の屍を踏み越えて守り切った命だ。
決して無駄にしてはならない。
●
「ハロー! シチズン。私はエンドレスです」
新型艦「ヴァルハラ」のブリッジへ上がったパイロット達。
そこには人の姿は一つも無い。
ブリッジ中央にある芸術品のようなAIが語りかけてきた。
「無人艦ですか。人手不足も深刻ですね」
アルターAの呟きに、エンドレスは素早く反応する。
「人手不足が理由ではありません。ヴァルハラは私、エンドレスによる完全制御が実現した艦です。こうして話している間にも、出発準備は進められています」
「なるほど。で、これからどうするんだ? このまま安全な場所へ連れて行ってくれるんだろうな?」
エンドレスへ疑問を投げかけるアーク。
無理もない。今まで戦い通しだったのだ。
少しは体を休めたいと思うのが人情だろう。
だが、現実は甘くない。
「これより本艦は、統一地球連合宙軍が進行中の『太陽会戦』へ参加予定です。この為、本艦はホーチミンに向けて出発します」
「はぁ!? このまま次の作戦へ俺達を放り込もうっていうのか?」
「既に決定事項です。発進します」
揺れるヴァルハラ。
パイロット達のクレームを無視するように、ホーチミンへ向けて発進する。
既に軍内部の決定なのだろうが、あまりにも過酷な転戦だ。
だが、事情を察した榊の表情は変わらない。
「それだけ余裕が無いのだろうな。無理もなかろう」
「機体は移動中に改修……警告、ヴァルハラへ接近する飛行体があります。信号は……サブ-1」
「奴め、まだ諦めていなかったのか。エンドレス、迎撃は可能か?」
榊の脳裏に先程まで戦っていた相手が思い浮かぶ。
損傷して撤退したと思っていたが、未だ諦めずに食らい付いてきたようだ。
「不可能です。既に艦は加速を開始しています。移動時間を短縮する為、宇宙打ち上げ用のブースターを改修して利用しています。加速が開始した段階で迎撃システムは停止しています」
統一地球連合宙軍――おそらく中国を含むアジア方面は、余程戦力が不足しているらしい。
移動時間を無理矢理短縮する為、宇宙へ打ち上げる際に利用するロケットを改修してヴァルハラで搭載。大型ブースターとして利用しているのだ。
ここで迎撃すれば着地地点から大きくずれる。
もし、中東方面へ逸れる事があれば歪虚の真っ直中にヴァルハラが着地する事になる。
「加速で振り切れ。本格的にブーストすれば、サブ-1の出力では追いつけない」
クランがエンドレスへ命じる。
サブ-1のブーストを上回れば、振り切る事ができる。
「命令受諾。予定を前倒し。5分後に第一ブーストを点火します」
――5分。
これが運命の分かれ道となる。
●
「あはははは! 逃がすと思っていたんだ!」
ウーナは、敵の新型艦を追撃する。
あの抵抗した機体もこの艦にいるはず。
だったら、ここで攻撃を仕掛けて新型艦と一緒に沈めてしまえばいい。
新型艦を作ったようだが、ここで沈めれば多くの期待を失望に変えられる。
「このまま海の藻屑に……ん? またっ!」
ウーナは反射的に左へ機体を傾ける。
再び海岸線から狙撃される予感を察知したウーナは、いち早く回避行動に入った。
一度ならず二度までも邪魔をした狙撃手。
許す訳にはいかない。
「そんな弾、当たらないっての!
でも、ムカついたらからあの艦を沈めたら、今度はあの狙撃手を……」
だが、ウーナはその言葉の後を続けられなかった。
ウーナの眼前には新型艦のブースターがあったからだ。
「あの狙撃手、外したんじゃない。この位置へ誘導する為にわざとっ!」
狙撃手の狙いに気付いたウーナだったが、既に遅い。
ブースターの噴出口が熱を帯び、更に大きな火柱を上げる直前だった。
そこへ狙撃手の第二射。今度はサブ-1の操縦席を覆うキャノピーに命中。大きな穴を築いた。
「ま、まずい! ここでブースターを受ければ、火がコックピットの中に……」
回避行動を取ろうとするウーナ。
しかし、いくらウーナのサブ-1でも回避は間に合わない。
大きな推進力を得る為にヴァルハラはブースト。噴出口の炎は、キャノピーの穴を通して操縦席へ流れ込む。
同時にウーナの体は炎によって焼かれていく。
「熱い熱い熱いあついあついあついーーーーーっ!」
肉の焼ける香り。
黒焦げになっていく体。
気付けばサブ-1の高度は下がり続け、海面へ強く叩き付けられる。
かなりの速度だ。機体がバラバラになるには十分だろう。
●
「…………」
ネコマ13は、破壊されたターゲットを確認した後にスコープから顔を外した。
依頼外の『処理』であったが、あのまま新型艦が撃破されて情報を奪われては意味が無い。
これはあくまで、サービスだ。
ネコマ13は、バイクに跨がると次の依頼主へ会うためにエンジンをかけた。
オーストラリアを離れるヴァルキリー達。
過酷な戦いを経験したにも関わらず、統一地球連合軍が次なる戦いへ彼らを誘う。
彼らに休む暇は――無い。
東アジアの大国を包囲する歪虚。
彼らへの反抗作戦『太陽会戦』の舞台へと向かってヴァルハラは飛び続けていた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
相談卓 アニス・テスタロッサ(ka0141) 人間(リアルブルー)|18才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2018/01/03 01:07:32 |
||
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/12/31 15:23:36 |