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【CF】龍園より愛をこめて~本番編~

マスター:鮎川 渓

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2017/12/31 19:00
完成日
2018/01/14 14:09

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●クリスマスが今年はやって来る
 リグ・サンガマ北部に位置する、龍園ヴリトラルカ。
 この龍の園で、初めてのクリスマスが行われようとしていた。

「やっぱり素敵だなぁ……」
 龍騎士隊隊長・シャンカラ(kz0226)は、広場に聳える高さ10m程のもみの木を見上げていた。
 濃緑の葉が茂る立派な樹形のもみの木は、ウッドビーズを彩色して作られたオブジェや、色とりどりの輪飾りなどで飾られている。そして天辺には金色の星。そう、龍園初のクリスマスツリーだ。
 シャンカラが龍園でクリスマスをしようと決めたのは――楽しそうだからというのも勿論あるが――日頃お世話になっているハンター達に喜んでもらいたいという思いからだった。けれどこのもみの木も、ひとつひとつ手作りされた飾りの数々も、自分達だけではとても用意できなかった。何せ龍園の民はクリスマスも聖輝節も知らずにいたのだから。ハンター達が協力してくれたお陰で、今こうしてここにある。
 結局また頼ってしまったけれど、ハンター達と龍園の民とが協力し作ったものだからこそ、シャンカラにはこの素朴で温かみのあるツリーが一層愛おしく感じられるのだった。
 折紙でできた飛龍の飾りを指でつつき、ひとり頬を緩めていると、
「……随分デカい子供がいるなと思えば、お前か」
 背中から呆れたような声がかかる。龍園ハンターオフィス代表・サヴィトゥール(kz0228)だ。
「もうじきハンター達が来る時間だ、そっちの準備は終わったのか?」
「えっ、もうそんな時間!?」
 気付けば、空には冬の星々が掛かり始めていた。
「いけない、ダルマさんに任せっきりだ、怒られる……! ごめんサヴィ君、広場の支度はお願いするよ! 僕は氷原の方を見てくるから!」
 碧い外套を翻し、慌てて駆け去る幼馴染に、サヴィトゥールは深々と息を吐く。
「クリスマスの挨拶くらい覚えておけば良いものを……まあ、奴にそこまで求めるのは酷か」
 そうして小さくなった背中へ、"メリークリスマス”と唇の内で呟いた。


●氷原にて
 飛龍に乗り、大急ぎで龍園を飛び出したシャンカラは、郊外の氷原地帯を目指していた。
 弾む息が白く烟り、冷たい夜気に溶ける。それを目で追いつつ頭上を仰ぐと、星空の天蓋に淡い光の靄が現れ始めていた。シャンカラはほっと胸を撫で下ろす。
「良かった、今夜は綺麗に出てくれそうだね」
 今はまだ朧げな靄だが、ハンター達が氷原を訪れる頃には美しい極光――オーロラが、氷原の上いっぱいに広がっていることだろう。
 冬、北方王国では場所によってオーロラを見ることができる。天候の影響を強く受けるので、今夜出てくれるか心配だったが、この分なら大丈夫そうだ。

 更に飛龍を急かして行くと、氷原の一角が仄明るくなっていた。照らしているのは、氷細工のカバーを被せられた無数の蝋燭。一帯には切り出した氷を積み上げて作られたアイスドームが立ち並び、半透明の壁は揺らめく炎の光を映し煌めいている。
 飛龍を降り進んでいくと、ふわりと鼻先をくすぐる甘酸っぱい匂い。大小のアイスドームの中心にはテントが設営されており、中では新米龍騎士達が、龍園特製のコケモモ酒やコケモモジュースを温めていた。冷やして飲むのも美味しいが、温めると酸味が飛び、まろやかな甘さが味わえる。思わずシャンカラの喉が鳴った。
 ――と、
「隊長殿ぉ、テメェこの野郎っ! こんな時間までどこほっつき歩いてやがった!?」
 傍らのアイスドームから、年長龍騎士・ダルマがすっ飛んできた。厚い革の手袋をはめた手には、今の今まで作業していたのだろう、氷を切り出す用の長刃鋸が握られている。
「ご、ごめんねダルマさん、任せっきりにしちゃって」
「おうおう、隊長殿からその台詞聞くの早何度目だこの野郎ッ」
 握り込んだ拳にハーッと息を吐きかけるダルマの傍らを、黄色い歓声をあげながら龍園の子供達が駆けていった。少し遅れて、親と思しき夫婦が歩いてくる。
「氷のおうち! 氷のおうち!」
「ほら、そんなに走ると危ないよ」
 地元民である龍園の民も、初めてのクリスマスに興味を示し、雰囲気を味わおうとそぞろ歩いているのだった。
 子供の声ですっかり毒気を抜かれたダルマは、拳を下ろし夜空を見上げた。
「まぁ折角のクリスマスだ、勘弁してやらァ。……お、出始めたぜ」
 釣られて見れば、先程の光の靄が今では緑光を放つドレープとなり、星空にたなびいている。
「あぁ、本当に良かった」
 広大な氷の原に、氷で拵えたアイスドーム。そして、夜空を彩るオーロラ。これが、シャンカラなりに考えたハンター達へのもてなしだった。
 蒼界、あるいは西方の聖輝節に寄せて飾った龍園内の広場と、極寒の北方でしか見ることのできない幻想的な氷原の風景。
 訪れたハンター達に、龍園での時間を思い思いに楽しんでもらえたら――そう願い、ふたつの場を準備したのだ。
 刻一刻と姿を変える光のドレープを仰ぎ、シャンカラは目を細める。

「――どうか訪れる皆さんにとって、素敵な一夜になりますように」

リプレイ本文

●もろびとこぞりて
 聖夜。
 シャンカラ(kz0226)の発案で突如広場にお目見えした巨大ツリーを、龍園の民は物珍しそうに眺める。その顔はどれも笑顔で、初めての行事を満喫していた。


 そんな中、カフカ・ブラックウェル(ka0794)がツリーの傍に佇んでいた。金のリボンで作られたトップスターを見上げ、その手業に赤髪の青年の面影を重ねる。
「綺麗に作ったものだね」
 独りごち、手近な飾りに触れた。色紙の飛龍や彩色したビーズなど、ツリーを彩る飾りは全て、準備を手伝ってくれたハンターと龍園の民とが手作りしたもの。素朴で温かみのある飾りに、彼の笑みが深まった。

「大きなツリーですねぇ」
 小柄な氷雨 柊(ka6302)はよく見ようと爪先立つ。傍らのクラン・クィールス(ka6605)、このもみの木を伐採しに行った時の事を思い返し、ぽつり。
「……最初の木のチョイスを見た時は、前途多難に思ったものだったがな」
 そう。ツリーとなったもみの木も、ハンター達の手を借り調達された物。多くのハンターの協力で、無事聖夜を迎える事ができたのだ。
 そこへ、
「クランさんやー」
 レナード=クーク(ka6613)がやって来た。
「僕も飾り作り頑張ったんよ!」
「それは……大変だったろう、な」
 巨大ツリーには満遍なく飾りが下げられており、その膨大な数たるや作り手達の苦労が忍ばれた。その努力の結晶達を、共に吊るされた龍鉱石が照らしている。
 手短に話を切り上げたレナード、枝を潜り幹に近づく。周りでは龍園の子らが、飾りに触ろうと飛び跳ねていた。
「こっちに秘密の飾りがあるんよ。気付いた子はおるー?」
「なぁにー?」
 子らがやってくると、彼は頭上を指した。途端にあがる歓声。幹の上で、金色のラッキースターが密かに煌めいていたのだ。根本に来なければ見られない星は、彼とサヴィトゥール(kz0228)が仕掛けたもの。秘密の星に喜ぶ子らに、レナードの双眸が三日月のような弧を描いた。
「氷原に行きたいんやけど、飛龍便乗り場はどこやろー?」
 あっちと指差す子らに礼を言い、歩き出す。聞こえてきた聖輝節の歌を口遊みながら。

 歌声の主はリシャーナ(ka1655)だ。彼女の周りには親子連れが集まって、彼女が振る舞うケーキやチキンを分け合いながら、聖輝節の歌を楽しんでいた。
(ここは強い生のエネルギーで満ちてる――子供達の笑顔はまるで小さな太陽だわ)
 彼女の歌声は一層優しく龍の園に流れた。

 広場の入口では、ニーロートパラ(ka6990)が流れ来る歌に耳を傾けつつ、去年とはまるで違う故郷の光景を眺めていた。光と笑顔に溢れた故郷。それを見守る天河石の双眸は、どこか翳りを帯びている。
 その時、龍騎士の声が響いた。
「氷原行きの飛龍便が出ます、お乗りの方はお急ぎくださーい!」
 彼は一瞬身を強張らせたが、知らない声だった事に吐息を零すと、足早に乗り場へ向かった。

 案内を聞いたリシャーナも暇を告げようとしたが、すっかりなついた子らが離れない。
「まだお歌ききたいよぅ」
 あらあらとリシャーナが頬に手を当てた時、巨大な飛龍が飛び立っていった。ひとりの親が慌てて言う。
「すみません、飛龍便は沢山出ますから」
「気になさらないで」
 微笑んで応じる彼女だったが、子供達を振り切って行くのは……と思案していると、後ろからリュートの音が響いた。
「では、今度は私達の演奏はいかがです?」
「クリスマスの歌、沢山用意してきましたよっ」
 そこにいたのは、リュートを抱えた金糸髪の少女と、青い瞳を溌剌と輝かせた少女の2人組。
「こないだお歌うたってたお姉ちゃん達だ!」
「覚えていてくれたんですね」
「彼女はブリジット(ka4843)、私はリラ(ka5679)です。宜しくお願いしますね」
 ふたりはリシャーナへこっそり目配せ。リシャーナは目礼し、今度こそ暇を告げるとその場を後にした。

 聞き覚えのあるリュートの音を聞きつけ、以前彼女達と共に演奏した神官達が寄ってきた。
「良ければお手伝いします」
「本当ですか? ありがとうございますっ」
 音楽好きな神官達は、ふたりの音楽へのひたむきさにすっかり魅せられていたのだ。
 元々皆で演奏できればと思っていたふたりは、今日も手製の楽譜を用意していた。神官達が読み込んでいる間、ふたりは一足先に、前の宴で使った特設舞台へ。舞台に煌々と灯りが点ると、人々が集まってきた。
 開演の刻を告げるよう、リラはブーツの踵をコンコンッと鳴らす。
「今宵は聖夜。皆で素敵な夜を過ごしましょう」
 歌で世界を繋げる、それがリラの夢。今夜は、今までクリスマスも聖輝節もなかった龍園へ、沢山のクリスマスソングを届けに来た。ブリジットの準備が整うのを待って、リラはゆったりと歌を紡ぎ出す。

 ――聖なる星の御許に 産まるる御子へ祝福を
   鈴を鳴らして皆に知らせよ 新たな光の誕生を

 リラの独唱に合わせ、ブリジットはたわやかに腕を広げ、光の中を泳ぎだす。眩い照明を浴び、金の髪は光の輪を戴き、さながら天使が舞っているよう。観衆は感嘆の吐息を洩らした。
 先の宴では演奏をメインにした彼女だが、舞こそ彼女の真骨頂。『白の舞手』を名乗る彼女は、その二つ名に違わぬ見事な舞を披露した。
 厳かな賛美歌から入ったリラは、次いで子供達に親しみやすいプレゼントの数え歌へ繋ぐ。所謂手遊び歌で、ブリジットが振りを教えると、子供達は楽しげに手を動かす。そうしている内に神官達も登壇してきた。
「ではセッションといきましょう」
 新たな旋律をハミングしだすリラ。ブリジットは小刻みなターンを繋げ舞台端へ着くと、流れるようにそのままリュートを手に取った。爪弾く弦の音に寄り添うよう、北方の楽の音が重なっていく。アカペラで舞台上をリードしてきたリラ、伴奏を得てより活き活きと歌い出す。
 見知らぬ国の華やかな音楽に、龍園の民は心から酔いしれた。そうして全ての演奏が終わった時、誰からともなく「メリークリスマス!」と声を上げ、舞台上のふたりもとびきりの笑顔で応えた。
「メリークリスマス!」
「皆さん、良い夜を」
 そうして舞台を下りていくと、白髪の青年がふたりを拍手で迎えた。彼の姿に驚いたのは神官達だ。
「隊長さん、氷原にいたのでは?」
「お酒の追加を取りに来ました、演奏に立ち会えて良かったです。とても素敵でしたよ」
 ブリジットとリラは品よくお辞儀し、
「ありがとうございます」
「今日は、いえ、今日もですね。お世話になっております」
「この後も楽しんでいってくださいね」
 そう言うと彼は建物へ入っていく。ふたりも親しくなった神官達に誘われ、温かな飲み物で暖をとる事にした。


●龍のシャトル便
 ニーロ達を乗せた飛龍が出立してすぐ、別の飛龍がやってきた。
 頭上に現れた巨大な――ソサエティから貸与されるワイバーンより一回りも大きい――飛龍が降りると、両翼が巻き起こす風で無数の雪片が舞い上がる。
「立派なワイバーン様ですね!」
 ファリン(ka6844)が飛龍を仰いで言う。飛龍には数人乗りのカーゴが取り付けられており、その前方には御者席とも言うべき騎乗者の鞍がある。鞍の上にいたのはダルマだった。
「ダルマ様、ご無沙汰しております」
 声をかけると、降りてきた彼は首を捻った。忘れられてしまったかと残念に思いながら、
「ファリンです。以前、お茶会の途中で竜達が……」
 そこまで言うとダルマは破顔した。
「走竜と戦った嬢ちゃんか!」
「はいっ」
 彼が気付かなかったのも無理はない。ファリンは前に会った時とは違い、可憐なドレス姿だったのだから。光沢のある白いドレスは、彼女の健康的な肌に良く映えた。ダルマは髭を擦り無遠慮に見つめる。
「豪快に槍ぶん回してた嬢ちゃんだったとはなァ、見違えたぜ。良く似合ってんじゃねェか」
「そうですか?」
 はにかむ彼女へ、ダルマは芝居がかった仕草で手を伸べる。
「ふふ、ありがとうございます」
 踊り子でもあるファリン、手を借りると軽快にステップを蹴り、ひらりとカーゴへ。
「さて次は、」
 振り向いたダルマ、言葉を失う。夜空色のドレスを着こなしたリシャーナがいた。
「……前から思っちゃいたが、ハンターには別嬪さんしかいねェのか?」
「はい?」
「いや別に」
 それから数人龍園の民が続き、最後にカフカがやってきた。
「おっ、来たな吟遊詩人」
「メリークリスマス。氷原までよろしく」
 身近に蒼界人がいるカフカ、自然にクリスマスの挨拶を告げてカーゴへ。
 定員に達すると、飛龍はゆっくりと離陸した。安全を考慮し、低空飛行で氷原を目指す。

 程なく、カフカが身を乗り出した。
「ダルマ、話しかけても大丈夫かい?」
「おうよ」
「伯父から伝言を預かってきたんだ」
 カフカが伯父の名を告げると、ダルマは目を瞠った。
「伯父って、あの猟撃士の兄さんかよ! 世間は狭ェな!」
 『兄さん』の言葉に首を捻りたくなったカフカだが、外見年齢的にはカフカとダルマより、伯父とダルマの方が近い。そういうものかと納得した。
「ダルマに会いたがっていたよ」
「おう、今度ゆっくり遊びに来て欲しいモンだ」
「伝えておくよ」
 話していると、行く手の空が明るく見えてきた。冬の星座を隠して揺れる光のドレープ――目当てのオーロラだ。飛龍は白い地表へ降下していった。


●氷と極光の狭間で
 幾年もの間溶けずに積み重なった雪は、やがて氷となって地面を覆う。そうしてできた氷の原はうっすら青みを帯びている。そこに半球型のアイスドームが並んでおり、間に間に設置されたキャンドルが控えめに足許を照らしていた。

 カーゴから降りると、皆思い思いの場所へ向かう。ダルマが飛龍を労っていると、コケモモ酒のカップを手にリシャーナが戻って来た。
「独りで飲むのは寂しいわ。お付き合いして下さらない?」
 大人びた彼女の事だ、寂しいというのはこちらを休ませるための口実だろうとダルマは察した。既に四往復していた彼は有難く受け、飛龍便担当者の詰所であるドームへ案内する。
 並んで腰を下ろすと、彼女は外ではしゃぐ子らを眺めた。見上げれば、氷の天井越しにオーロラの緑光が踊る。
「……綺麗。生きてるって素晴らしいわね」
 呟く横顔には、何故か哀愁に似た色が浮かんでいて。酒樽を抱えたシャンカラが戻って来たが、声かけを躊躇いダルマと顔を見合わす。龍騎士として幾多の同輩を送ってきたふたりは、その憂いの色に覚えがあった。彼女の辛い経験を慮り、黙って杯を掲げ、干した。
 気付いた彼女は一瞬ハッとなってから、
「恋人達のために、愛の歌を歌って来るわね」
 ごちそうさま、と微笑み立ち上がる。
「また遊びに来てくださいね」
「別嬪さんはいつだって歓迎するぜェ」
 外の闇へ溶けてしまいそうに儚げな背へ、ふたりは声をかけずにおれなかった。彼女は肩越しの微笑を残し、夜空の許へ踏み出した。


 時を遡ること少し。
 カップをふたつ、慎重に運ぶ少女の姿があった。
 中からの灯りで仄白く光るドームの前で、銀髪の青年が手を振る。
「こっちだ」
 彼女は嬉しそうに彼の許へ。彼はカップをふたつとも引き受けると、馴染みのない紅玉色の酒に怪訝な顔をした。
「随分甘い匂いだな」
 彼女はスケッチブックを取り出し、ペンを走らせる。
『コケモモで作ったお酒だそう、です』
 声を持たない彼女にとって、このスケッチブックは言葉そのもの。彼はピンクプラチナの髪をくしゃりと撫でると、ドームの中へ促した。
 イブリス・アリア(ka3359)と、ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)だ。
 ふたりは始発の飛龍便でいち早く訪れていたため、この時まだ空にオーロラはなかった。オーロラが出るのをのんびり待つつもりなのだ。
 ドームの中には小さな円卓と椅子ふたつ。卓を挟んで座ると、彼はカップを掲げた。ティアも同じように掲げ、カツンと合わせる。ティアにとっては初めてのお酒。ちょっぴり緊張しながら、紅い水面に唇をつけた。
『甘酸っぱくて、美味しいです、ね?』
「温めてるから酒精度は強かないな。初心者のお嬢ちゃんには丁度良いんじゃないか?」
 けれどティアは頬がじんわり火照るのを感じていた。初めての飲酒のせいか、それとも――。
 彼の顔をちらりと盗み見る。彼は気付いているだろうか。普段シスター服を愛用しているティアだが、今夜は極光鑑賞に合わせ、オーロラ色のスパンコールをあしらったドレスを選んだ。肩には新雪を思わすケープ。精一杯着飾っている事に――彼とのおでかけだからと着飾った想いに――気付いてくれるだろうか。
 けれど彼の切れ長の双眸は、氷の天井越しの夜空へ向けられていた。
「オーロラってのは、この寒さを我慢するのに値するものなのかね」
 するとティア、くしゅんとくしゃみ。その可愛らしいくしゃみに吹き出すと、イブリスは椅子を彼女の横に移動させ、
「しょうがねぇな」
 ドームを借りた時に一緒に借りた毛布を、彼女の膝へ掛けた。
『これだとイブリスさんが寒い、です』
 ティアが毛布を広げふたりの膝を一緒に包むと、どちらからともなく顔を見合わせ微笑んだ。
 ティアには彼に知って欲しい事、話したい事が沢山あった。オーロラを待ちながら、この1年の思い出を語る。迷子になって、偶然お世話になっていた孤児院に着き周りを驚かせてしまった事や、冬支度中に埃だらけになった事――彼女の音のない言葉達を、彼は酒を舐めつつ頷きながら聴いてくれる。
『イブリスさんはどんな1年、でした?』
 イブリス、酒の甘さに焼けた胸を擦りつつ考えた。
「去年と比べても大して変わり映えはしなかったが……敢えて言うなら、」
 そこで一旦言葉を切り、ティアを見下ろす。
「一番の変化はお嬢ちゃん、かね」
「!」
 たちまちティアの頬が上気する。赤い頬を隠そうと、俯いてみたり反対を向いてみたり。そして上を見た時、天井が緑に染まっている事に気付いて慌てて指した。
「やっと出たか」
 いつの間にか見事なオーロラがかかり、真冬の星座とともに夜空を彩っていた。
「曙を告げる極光、か。お嬢ちゃん、感想は?」
「…………」
 あまりの美しさに、ティアは息さえ詰めて見入る。イブリスは表情を和らげると、彼女が上を見すぎて椅子から転げないよう、背に手を添えた。けれどほろ酔いでオーロラに夢中なティア、今はまだ気付かない。普段より近い距離に気付いた時、彼女がどんな顔をするのか――それは彼だけが知る事になる。


 点在するドームの中央にある広場では、新米龍騎士達が温めた酒やジュースを振舞っていた。少女達が鍋番をしている間、少年達はカップを配って歩く。
「コケモモジュースいかがっすかぁ」
 ローティーンの新米達は、身体が早熟なドラグーンなので見た目は12から20歳程まで様々だ。そんな彼ら、特に今配り歩いている少年達を、物陰から熱っぽく見つめる者がいた。
「ヤバいですぅ、ここ観賞用筋肉が盛りだくさん過ぎてトキメキと動悸がぁ……」
 思わず口の端から垂れた涎をくいっと拭う。だいぶ不審者感溢れているが、高く結った髪が爽やかな女性だった。
 星野 ハナ(ka5852)。彼女にとって筋肉とは愛でる物。大好物の細マッチョ鑑賞に勤しんでいると、
「持ってきましたよ」
 大きな酒樽を軽々と運ぶ青年が現れた。外見年齢は大体ハナと同じ位。ハナの鋭敏なMUSCLEレーダーは、厚い鎧越しでも絞り込まれた筋肉を察知した。
「これはぁ……!」
 彼女の中で、何かが弾けた。遠くから眺めるだけのいじらしさ(?)を捨て、声をかける決心をしたのだ。
 青いブーツの踵を鳴らし、人懐こい笑みで歩み寄る。
「こんばんはぁ、冷えますねぇ」
 警戒されぬよう、無難な話題から入るハナ。先程までの不審者感は一切ない。諸々吹っ切れても強かさは健在だった。自己紹介すると、彼は折り目正しく一礼する。
「隊長のシャンカラと申します」
(隊長キターー!! ですぅ!)
 ハナ、心の中でガッツポーズ。彼が差し出した熱い飲み物で喉を湿し、鍛えた女子力全開のトークで自分のペースに持ち込む。
「この辺でみんなが好きな料理って何ですぅ? 私こう見えてお料理得意なんですよぉ」
「そうですねぇ、龍騎士は大体肉料理が好きです」
「細マッ……筋肉の維持にお肉の摂取は大切ですぅ。味付けは濃い目ですぅ?」
 ハナ、ぐいぐい切り込んでいく。ついでにぐいぐい距離も詰めるが、異性との付き合いに疎い彼は気付かない。
「鱗が凄く綺麗ですけど、触らせてほしいって言ったら失礼になりますぅ?」
「大丈夫ですよ」
 シャンカラ、触れやすいよう軽く屈んだ。頬の碧い鱗をそっと撫でるハナ。
「硬くて大きいですぅ♪」
 手つきは徐々に大胆になり、頬から顎、そして首へと、鱗を辿り下がっていく。彼はようやく違和感に気付いた。
「えっと、もう良いですか?」
「綺麗な碧ですぅ」
「ハナさん、」
「あぁん、さっきのお酒で酔っちゃいましたぁ」
「あれはジュースですよ?!」


 女性の扱いがなっていない元上司を見つけ、トリエステ・ウェスタ(ka6908)は溜息をついた。
「折角恋愛ゲーム渡したのに、全然学んでないわね」
 そのまま観察していると、どうにか彼女の腕から逃れたシャンカラが、ふらふらとやって来た。
「シャンカラさん、相変わらずね?」
「トリエステさん、おかえりなさい」
 おかえりの一言に、彼女は苦い顔をする。
「結局またまた来ちゃったわ龍園……まあ良いじゃない、祝い事で細かいことを気にするのは野暮ってものよ」
 シャンカラは首を傾げた。
「勿論良いに決まってます。僕は嬉しいですよ、あなたの元気そうな顔が見られて」
「……女性慣れしてないのに、そう言う事はさらっと言うのね。ところで、渡したゲームの進捗はどう?」
 シャンカラの目が泳いだ。
「起動の仕方は分かりました、よ」
「そこ?」
「ほら、ボタンとか小さいでしょう? 壊してしまいそうで、触れないんです……」
「は?」
 進捗も何もなかった。
「だって折角いただいたのに、壊したら悲しいじゃないですか」
「そんな後生大事に保管するような物でも……」
 贈った物を大切にしてくれるのは嬉しいけれど、とボヤいていると、
「お姉様ー!」
 彼女に気付いたリブ始め少女達が、テントの中から手を振った。見回りに行く彼と別れテントに行くと、クリスマスプレゼントとして持ってきたゲーム機を手渡す。
「はい。皆で仲良く遊ぶのよ?」
「ありがとうございますっ!」
「皆で譲り合って使う、これも愛! お姉様の愛の教えですねっ」
「え? えーと……」
 龍騎士という連中は、どうしてこうも思い込みが激しいのか。頭を抱えたくなったトリエステだった。

「賑やかなのなー」
 黒の夢(ka0187)、テント周辺の様子に金眼を細める。寄り添い歩くメンカル(ka5338)は、彼女を幾分翳りのある眼差しで見つめていた。
 最近どうも彼女の様子がおかしい。彼女がいつも通り無邪気に振舞うので口にはしないが、それでも注意深く彼女を見守る。
「あっ、雪溜まりなのなー!」
 言うが早いか、彼女はこんもり積もった雪の小山へ突進。そして、
「とあーっ!」
 そのまま元気よくダイブ! 彼女の肢体を受け止めた雪溜まりは、ぼふんっと大量の雪を舞い上げた。
「おいっ」
 さらさらの粉雪に埋もってしまった彼女を、メンカルは大慌てで救出する。ぷはっと顔を突き出した黒の夢、赤くなった鼻先をこすりこすり。
「……えへへ、ちべたいねー」
 そりゃそうだろう。メンカルは言葉にせず、丁寧に雪をほろってやる。
「お前なぁ、だからもう少し暖かい格好をしろと……」
「このセーター、結構あったかいのなー」
 ニットセーターをむいっと摘んで見せる黒の夢。
「雪に飛び込むんじゃ、何を着ていても同じか。ほら」
 厚手の上着の懐へ彼女を招き、包み込む。こんな事もあろうかとたっぷりと厚着してきたのだ。彼女は素直に甘え、頬を擦り寄せる。
「あったかぁい、ねー」
 蕩けそうな声はふわふわと実感に乏しく、そのまま本当に蕩けていってしまいそうで。メンカルは彼女の肩を強く抱き寄せ、
「ほら、あっちにおいしいものがあるぞ」
 冷えた身体を温めるべくテントへ急いだ。鍋の湯気で曇った眼鏡を拭いている少女へ、
「温かい飲み物を頼む、酒じゃないものを」
「はーい、コケモモジュースです!」
 少女は紅玉色の液体が入ったカップを手渡す。黒の夢は立ち上る湯気に顎をくすぐらせた。
「良い匂いなのなー♪」
 そして口をつけた次の瞬間、眼鏡をかけ直した少女があっと叫んだ。
「それコケモモ酒でしたっ! すみません、私眼鏡がないと全然見えなくて!」
「!?」
 メンカル、色々とツッコみたい衝動をぐっと堪え、
「待て。それはダメだ。それだけはダメだッ」
「うな?」
 彼女からカップを取り上げる――が。酒はもう半分になっていた。
 極端に酒に弱い黒の夢、目許を赤く染めふらふらり。
「何だか暑ぅい……春が来たのなー?」
 セーターの裾に手をかけ大胆に脱ごうとする。メンカルは急いで上着で包み直す。
「こら、止せ」
「照れちゃって可愛いのなーっ♪」
 黒の夢は彼の首に腕を回すと、唇を何度も彼の頬に押し当てる。脱ぎ上戸にキス上戸。オカン気質との噂のメンカル、嬉しさよりも胃痛が勝った。こんなにほやほやして色っぽい彼女を、これ以上人目に触れさせるわけにはいかない。
「空いているアイスドームはあるか?」
「灯りが点いていないものならどこでもっ」
 少女は何度も頭を下げ、毛布とランタンを差し出す。メンカルは彼女を抱え、手近なドームへ引っ込んだ。
   *
 黒の夢は、彼がランタンに火を入れるのをぼんやりと眺めていた。
「メンカルちゃん、」
 呼べば、彼はすぐに隣へ来てくれる。隙間なく身体を寄せて、指を絡めて手を繋ぐ。
「こうしてると、あったかいのな……」
 弱りきった彼女はうまく恋人の体温を感じる事ができなかった。けれど肌を触れ合わせ、思いを寄り添わせていれば、胸がじんわりあったかくなる。
 酔いに任せ、彼の耳朶に噛みついたり、額を擦りつけたりしていたが、やがて彼の膝に頭を預けて目を閉じた。心地よい酩酊感が眠りを誘う。
 間もなく寝息が零れだした。メンカルが上着をかけ直すと、今度はむにゃむにゃと寝言が漏れる。
「しあわせをよぶまものに……なりたいの、な……」
 彼は翡翠の瞳を見開くと、彼女の髪を労るように撫でた。
「おやすみ。今だけでも、ゆっくりと」


「あっ、兄貴ぃ!」
 テントへ近づいた所、双子の少年に突然そう叫ばれたものだから、クランは思わず顔を顰めた。
「ん……お前達は、ツリーを運んだ時の」
 キツネ顔の双子を見、ツリー調達の際にいた新米龍騎士だと気付く。デートに割り込まれた形になったが、柊は笑顔で目をぱちくり。
「確か、この前のお祭りにもいた双子さんですよねぇ。広場にあったツリーの木、クィールスさんや皆さんで持って来たんでしたっけー?」
「そうっす。そん時の兄貴がカッコよくって!」
「クールでバシッてなカンジで!」
 双子の話は要領を得ないが、柊はにこにこ聴いている。彼の活躍ぶりを知れて嬉しいのだろう。
「俺達は、選別の手伝いと騒がしい鳥を黙らせただけだ。運んだのはこいつらだよ。……まぁ、それはそれとして……広場のツリーも見てきたが、良い出来だった」
 兄貴分と定めたクランに褒められ、双子は誇らしげに胸を張った。
「コケモモ酒は如何っす?」
 是非、と頷きかけた柊に、クランが頭を振る。
「酒は……やめておけ。どうせまたすぐに酔うだろう」
「にゃっ……ダ、ダメですかー? どうしてもー?」
 上目遣いでねだる柊だが、クランの意志は固かった。どうも飲酒絡みで嬉し恥ずかし、他人に詳しく語れない類の経験をしたようで。
「うぅ……ジュースで我慢しますよぅ」
 結局柊の方が折れた。
 ふたり一緒にコケモモジュースを味わうと、柊の頬がほわっと緩む。
「良い甘さですねぇ……あっ」
 柊は手荷物を探ると、リボンがかけられた包みをふたつ取り出し、双子へ差し出した。
「メリークリスマス! プレゼントですよぅ」
「え、良いんすか!?」
 双子は人生初のクリスマスプレゼントに大興奮。中身はクッキーだ。柊は双子から視線を外し、クランをちらり。彼は普段と変わらぬポーカーフェイスで、小躍りする双子を静かに眺めていた。
 その後テントを離れ、ふたりきりオーロラの下を歩く。じっと見ていると、揺れ動く光の波で酔ってしまいそうだ。
 けれど柊は彼ばかり仰いでいた。気付いたクランが首を捻る。柊はしばらくもじもじと躊躇っていたが、悪戯を白状する子供のような声で言った。
「クィールスさん、クィールスさん」
「何だ?」
 それから双子に渡した物よりも一段と綺麗なリボンをかけた包みを渡し、
「……さっき、嫉妬してくれたらいいなーなんて。ちょこっとだけ思っちゃいましたー」
 苦笑するその顔は、少し淋しげで。何せ彼より先に双子へ贈り物をしても、彼は何の反応も示さなかったのだから。
 呆れられるかしらと落ち込む柊に、
「試したのか、俺を……」
 クランは淡々と告げ、リボンを解いた。現れたのは見るからに甘いチョコレート。クランはひとつ摘んで自分の口へ放り込み、もうひとつ摘むと柊の口へ強引に押し込んだ。
「にゃっ?!」
 弾みで指を咥えてしまい、柊は真っ赤になってわたわた。クランはそんな柊の様子にうっすら目を細めると、指についたチョコをぺろりと舐めて言う。
「……甘い、な」
「!」
 何を指して甘いと言ったのかは彼のみぞ知る所だが、柊の頭を沸騰させるには充分な威力を発揮した。そこへ、折よくどこからか流れ来る愛の歌。へなりと足の力が抜け、柊は思わずクランの腕に掴まる。そして――
「好き、ですよぅ?」
 チョコよりも甘く囁いた。


 オーロラが輝きを増す頃、飛龍便乗り場にまた便が到着した。
 最初に降りたのは、毛皮のマントに身を包んだトリプルJ(ka6653)。白い息を吐き、頭上にたなびく緑色のオーロラを仰ぐ。
「赤くないオーロラが頻繁に見られるってことは、高緯度地域だよなぁ」
 蒼き世界で見たオーロラを、目の前のオーロラへ重ね見る。感慨に耽る反面、新鮮な感動をひとしきり味わうと、さてと辺りを見回した。そして詰所である氷のドームへ入っていくダルマを見つけ、後を追った。

 次に降りたのは、温かそうな暖色のハンドウォーマーに、渡り鳥の羽毛を使ったケープと、現地民かと見紛うほど完全な防寒対策をした青年・鞍馬 真(ka5819)。身軽にカーゴから飛び降りると飛龍の前に回り込み、
「大きい」
 思わず声を漏らす。真の所にも空色のワイバーンがいるが、相棒よりも断然大きい。撫でて労いたいが、背伸びしても首や頭に届かない。なので口に手を添え大声で言う。
「連れてきてくれてありがとう!」
 飛龍、真に気付いた。紺碧の瞳で彼を見下ろす。その目つきは高飛車な印象を与えるが、龍好きな真はめげない。
「まだしばらく頑張るのかな、気をつけて!」
 懐こい笑みで言うと、飛龍はフンッと息を吐き――おもむろに首を曲げ、真の前に鼻先を突き出した。
「えっ……撫でても、良いの、かな?」
 すると飛龍、早くしろと言いたげに鼻を鳴らす。真はそうっと鼻の頭をくすぐってみた。飛龍の目が気持ちよさそうに細くなる。
「……っ♪」
 真、満面の笑みを浮かべると、両手を使いわしゃわしゃと撫でに撫でた。しまいには長い鼻先に抱きつくようにしてすりすりと。居合わせた誰もが、真の周りに乱舞するハートを幻視した。

 大きな籠を抱えているのはマリィア・バルデス(ka5848)だ。
「あら、結構綺麗じゃない」
 オーロラを仰いで呟き、空いているドームで鑑賞しようと歩きだす。彼女が歩くと、籠の中から生姜を使った焼き菓子の芳しい香りが、尾を引くように漂った。美味しそうな匂いに釣られ、近くにいた龍園の子らが、ひとりまたひとりと彼女の後をついて行く。
「ん? ……ん!?」
 マリィアが振り返った時には、ちょっとした列になっていた。
 予定変更。彼女は行き先をテントに変え、子供達に案内を頼んだ。

 行先をテントと定めているのはマリィアだけではない。
「とーちゃーっく!」
「レム、飛び降りたら危ないよ」
 幼馴染コンビ、レム・フィバート(ka6552)とアーク・フォーサイス(ka6568)。
「マリナがボクに会わせたい人ってどんな人なんだろー?」
「会えば分かる」
 互いに相棒と認め合うイリエスカ(ka6885)と、マリナ アルフェウス(ka6934)。
 そして、カーゴから魔導トライクを降ろしているユリウス・ベルク(ka6832)もだ。
 それぞれに氷のドームの間を抜け、テントを目指した。


 一方で、静かにゆっくりと過ごす事を選んだ者もいた。
「ポチ、ルタ、そんなに慌てないで?」
 跳ねるように駆けていく柴犬・ポチと、好奇心いっぱいな様子で飛び回る桜型妖精・ルタを追うのは、ドラグーンの木綿花(ka6927)だ。彼女達が向かう先は氷原の奥。地上の明かりに邪魔されず、オーロラの輝きを堪能できる静かな場所だ。テント周辺の明かりは随分後ろへ遠ざかっていた。
 夜風が冷たいが、出発前、テントで温かいジュースをたんとお腹に入れた彼女達はへっちゃらだった。その時に新米達と交わした会話を思い出す。
『皆も今宵を楽しんでね』
『はいっ、先輩も素敵な夜を!』
 先輩。嬉しいけれど面映いような、そんな気持ちにさせる言葉だ。ひとりでに緩んでいた頬を引き締め、
「この辺りにしましょう」
 ポチとルタを手招く。行き過ぎていた1頭と1体は、戻ってくると落ち着きなく彼女の周りを回った。日頃和装が多い木綿花の、コートにムートンブーツという出で立ちにそわそわしているらしい。
「ふふ、たまには良いでしょう?」
 木綿花、くるりとターンして見せる。真白な花が開くよう、コートの裾がふわりと広がった。
 足許には仄青い氷の大地。
 頭上には冬の星々とオーロラ。
 その間には彼女達だけ、他には何もない。
 オーロラのたなびく音が聴こえてきそうな静寂の中、満ち足りた気持ちで極光の煌めきに酔いしれる。
 そうしている内に、彼女の唇から懐かしい歌が溢れ出し、足は自然と踏み慣れたステップを刻み始めた。子供の頃によく歌った歌、昔家族で踊った夜光のダンスを。
 形を変え続けるオーロラに誘われ揺らす身体を、温かな思い出達が包んでいた。ポチは氷に映るオーロラを追いかけ、ルタも楽しげに歌い踊って。
 1人と1頭と1体の密やかな舞踏会は、夜が更けるまで続いた。


「メリークリスマス、ちっと良いか?」
 Jが詰所である氷のドームを訪ねた時、中にはダルマひとりだった。
「色男がこんな日に独りかァ?」
 ダルマは軽口を叩いて招く。Jは大袈裟に肩を竦めて椅子に腰を落ち着けると、簡単に名乗り合った。それから煙草の箱を取り出して勧め、1本ずつ抜き取り着火の指輪で火をつけると、紫煙が丸い天井内に漂った。
「忙しそうなアンタに聞く事じゃないかもしれんが。ここよりも北の、極点まで行った奴が居るかどうか知らないか」
「何だァいきなり」
「世界が違っても、似た物を見かけると答えを知りたくなってな」
 Jは蒼界出身だと明かし、
「俺達の世界では極点に到達した人間は英雄だった……挑んだ人間もな。子供はみんなその英雄譚を読んで冒険心を掻きたてられたんだ」
「お前さんもそのひとりだったわけか」
「そりゃそうさ」
 熱っぽく語るJの横顔は、おそらく当時のまま、少年のように輝っていた。極点を目指した者がいたのなら、龍園を通ったのではないか。そう考えたのだが。
「少なくとも、俺はそういう話聞いた事ねェな。俺ら龍人は、世代を越えた情報伝達ってのが苦手でよ」
「どういう事だ?」
 ダルマは、龍人が他の種に比べ短命である事と、龍園では紙が貴重で、物事を記すのは専ら石版である事を挙げた。石版は重く嵩張る上、下手すれば割れる。紙と比べ、保管するにも読み書きするにも手間がかかるのだ。
「……成程な」
「ンな顔すんなよ。それよか、俺はそっちの世界の英雄譚が気になるな。次の便までまだ少しある、聞かせちゃくれないか」
「勿論だぜ」
 ふたりは2本目の煙草に火をつけると、話に夢中でろくに吸わないままのそれが燃え尽きてしまうまで、熱心に話し込んだ。


 ハーメルンの笛吹きよろしく、子らを引き連れたマリィアがテントを訪れると、新米達は目を丸くした。
「何の行列っすか?」
「これよ」
 マリィアは籠にかぶせていた白布を取り払う。お目見えした籠いっぱいのクッキーに、子供達ばかりか新米達の目もきらきら。それをひとつ摘み、
「クリスマスだもの、こちらも相応の振る舞いをしないと。これはペッパーカーカ。私がいた国ではクリスマスに食べられるクッキーで、この時期大人も子供も大量に食べるわね」
 軽く説明してから、待ちわびていた子供達に配りだす。
「どうぞ。メリークリスマス」
「ありがとー!」
 子供達は、初めて食べる生姜の香るクッキーを夢中になって頬張る。マリィアは傍にいた双子にクッキー配りの続きを頼むと、
「火を借りられるかしら? もう一つ用意してきたものがあるの」
 赤ワインのボトルを手に片目を瞑って見せた。
「わぁ、何です?」
 彼女の周りにリブ始め少女達が集まって、興味津々で手許を覗き込む。マリィアはワインを鍋に注ぎ、シナモンやクローブなどを手際よく入れていく。
「これはグロッグ。国によって呼び方が違うけど、赤ワインに香辛料を入れたクリスマスの飲み物よ」
「いい匂い♪」
 初めて嗅ぐ香りにうっとりする子や、レシピを覚えようと材料を尋ねる子など、少女達の反応は様々で。見た目は大人っぽくても、実年齢相応の幼さを残した彼女達に、マリィアは柔らかな笑みで応じた。じきに鍋から甘くスパイシーな香りが漂い始めると、火から下ろしカップへ注ぐ。
「さあ出来たわ」
「いただきます! ……不思議な香り。何だかぽかぽかしてきますねっ」
「香辛料の効果なの。こんな日までお勤めご苦労様ね。これで少しは身体が温まると良いんだけど」
 火を囲んで賑やかにする彼女達は、まるでクリスマス支度を楽しむ姉妹のようだった。


 双子のカマラとカルマが、大きな酒樽を抱えて鍋へ移していると。
「いえーいっ、やってまいりました!」
 すぐ傍で元気いっぱいの声が響いた。驚いて樽を落としそうになり、慌てて抱え直す。誰かと見やれば、
「準備に続き、本番もやってきたレムさんですぞっ☆」
「びっくりしたぁ」
「キャスケット姐さんかぁ」
「んん?」
 知らぬ間に付けられていたあだ名に首を捻るレム。頭には、今日もトレードマークの「風のキャスケット」が。
 その横からアークが顔を覗かせた。
「お疲れ様。……これに、飲み物を入れてもらえるかな?」
 取り出したのは水筒。シャンカラに差し入れるのに酒とジュースどちらが良いか尋ねると、身体が温まるからと双子はコケモモ酒を詰めた。レム、アークへぶんぶん手を振る。
「いってらっしゃーい!」
「うん。レム、飲み過ぎちゃだめだよ?」
 言い置き、アークは巡回中のシャンカラを探しに出かけた。その背を見送ると、レムは双子に向き直る。
「じゃーコケモモ酒いっちょー!」
「良いんスか?」
「飲み過ぎなきゃーいいのですっ。ねっ?」
 レム、鍋を洗っていたリブへ話を振る。リブ、話は聞こえていなかったが、キャスケット姐さんの言う事ならと頷いた。
「龍園には何度か来たけど、このお酒初めて飲むのだーっ」
 やっとありつけたコケモモ酒に、わくわくしながら口をつけるレム。
「おー、甘いけど後味すっきり! ワイバーンといい、ここに来ると初めてが多いなーっ♪」
「私達も、ハンターさん達と出会って初めて尽くしですよー」
「皆もいつか街の方に来る機会があるといーねっ! その時はレムさんかんげーするし、何よりたのしーと思うからさっ☆」
 新米達は何度も頷く。
「行ってみたいです、夢なんですよぉ♪」
「夢かぁ」
 夢という言葉がレムの胸へコトリと落ちたが、それを振り払いにぱっと笑う。
「そーだ、皆様はシャンカラさんをどう思ってる感じ? ししょーとか先生、的な?」
 亡き師匠を慕うレム、気になって聞いてみた。
「先生はダルマさんでしょうか。隊長は憧れと言うか」
「隊長がアメで、ダルマさんがムチっす」
「ほほぅ、何だか楽しそうですなっ♪」
 賑やかなお喋りは、途切れる事なく続いた。


 レムが酔い覚ましに散歩へ出ていくと、ややあってエンジン音が聞こえてきた。以前魔導バイクに見惚れていた少年達の目が輝く。安定感のある三輪魔導トライクで、氷上を駆け現れたのは、
「ユリウスさん!」
「やあ。今回は本は持ってこれなかったが、いくつかお菓子や料理を見繕ってきてみたんだ」
 招かれたテントの内で、ユリウスは傾けぬように運んできた荷を解く。
「うわぁ♪」
 卓に並んだのは、魚介類が散りばめられたトルタサラータに、イカスミを使ったパスタとパエリア。 林檎フリッターにクレープ、おやさいクッキーという、バラエティに富んだ品々。
「こちらではあまり海の幸を使った料理はないのではないだろうかと思ったのだが……そうでもなかっただろうか?」
「鯨肉とかは食うんスけど、こういうのは初めてっす。嬉しいなぁ、腹減ってたンすよぉ」
 なかなか休憩に入れずにいた彼らは、
「いただきまーすっ」
 早速シェアして食べ始めた。何コレおいしい、何コレやばい……あまりの美味に、新米達語彙喪失。ユリウスも取り皿を渡されたが、頬張る彼らの顔を微笑ましく眺めるばかりだった。
「どれも美味しいです♪」
「何年か前にあった料理コンテストに出品された品々だ。少々手をまわして手に入れてきてみたんだが、口に合って良かった」
「!!?」
 ユリウスが何気なく放った一言で、新米達が凍りついた。そして小声で言い交わす。
「手をまわしてって……コンテストの料理って、そんな簡単に手に入るもの?」
「ユリウスさんって何者?」
「身なりもきちんとしてるし……まさかどこかの王子?」
「それだっ」
 ユリウスの、高度な教育を受けた者ならではの洗練された立ち振舞いが、勘違いに拍車をかけた。
「そんな訳ないだろう?」
「謙遜はダメです王子っ」
 新米達、聞く耳持たず。彼らの中で、ユリウスはお忍びの王子認定された。西方の世情に疎い彼らならではの勘違いだった。


 水筒片手のアークは、ドームが並ぶ一帯の外にいた。オーロラを眺めつつ進んでいくと、遠くで手を振る人影を見つける。
「アークさんじゃないですか、こんな所でどうしたんです?」
「シャンカラ!」
 駆け寄ったアークは、彼の肩にぷらんと下がった物を見て遠い目になった。それは縄で足を括られた、大きな灰色狼で。
「……それは?」
「退治しました」
「……独りで?」
「はい。良い毛皮が取れそうです」
 子供のような顔で笑うシャンカラに、アークは思わず息をつく。
「怪我がなくて良かったよ……独りで巡回しているとは思わなかった」
「すみません。他の皆には、クリスマスの雰囲気を味わって欲しくて」
「……それで、賑やかな場所から離れた場所を、君独りで?」
「はい。でも、」
 彼は首に掛けていた紐を手繰り、お守りを取り出した。アークが贈った物だ。
「僕にはこれがあるから大丈夫です。ね?」
 そう言って無邪気に微笑まれては、アークは何も言えなくなってしまう。お守りを着けていてくれる事も、嬉しいけれどちょっとくすぐったいような。
「ん……だけど、それじゃあ君は?」
「え?」
 それだけ言うと、アークは彼の手を引き歩きだす。
「アークさん?」
「…………」
 手頃な氷塊を見つけると、よじ登って腰掛けた。
「座って」
「は、はい」
 有無を言わさぬ圧を感じたシャンカラ、おずおずと並んで腰を下ろす。そうして顔をあげた時、地上で宝石のように煌めくものが見えた。テントやアイスドームの灯だ。一夜限りの夜景に目を奪われていると、鼻先に湯気の立ち上るカップが差し出される。
「はい。テントで貰って来たんだ」
「ありがとうございます」
 受け取ると、まだ熱いコケモモ酒を嬉しそうに啜る。アークはその横顔に微笑みかけた。
「君だって、少しは楽しまないと、ね」
 ここにツリーはないけれど、友人と共に美しい眺めれば、それだけで満ち足りた気持ちを分かち合える。
「……あれ? アークさんの分のお酒は?」
 アークは頭を振った。生憎小さな水筒しか持って来られなかったのだ。するとシャンカラ、飲みかけのカップを差し出す。
「じゃあ、半分コしましょう」
 男が多い龍騎士隊に身を置く彼は、回し飲みなど気にしないらしい。アークはちょっぴり苦笑いで受け取ると、少しぬるまった甘露を呷った。 


 リブが鍋番をしていると、表にマリナとイリエスカが現れた。
「マリナさんいらっしゃい! お友達ですか?」
 ぺこりとお辞儀するリブへ、イリエスカは気さくに手を挙げて応じる。間に立ってマリナ、
「彼女がリブである。……こちらはイリエスカ。互いによろしく頼む」
「マリナがお世話になってるみたいだねー。これからも仲良くしてくれると嬉しいなっ」
「こちらこそですっ」
 一通り挨拶すると、ふたりは振舞われたコケモモジュースを口にした。
「これがコケモモジュース! 味のイメージが湧かなかったけど、これはすごく興味深いね。天然の甘みと酸味のバランスがいいカンジ。あったまるねー」
 食に強い関心のあるイリエスカ、楽しげなコメントは完全に食レポだ。彼女と過ごす内に食に興味を持ったマリナも、
「前回は噂だけだったので。ようやくである」
 紅い雫を味わいながら嚥下する。と、
「……リブ。これを」
 おもむろにリブへ包みを差し出した。早速開けてみると……
「わわっ、わっ!?」
 出てきたのは、細かな装飾が美しい真っ白なドレスだった。ふたりに縁のある地で作られたものだという。
「準備の時にプレゼントを渡したが、本番に渡さないのも、とな」
「私頂いてばかりで、何もお返しが……!」
「構わない。しかし気にするのであれば、是非着て見せてもらいたい」
 リブは深々頭を下げると、ドレスを大事に抱え、テントの奥へすっ飛んでいった。
 ふたりになると、どちらからともなく空を仰いだ。瑠璃と紫水晶の瞳に、スペアミントの輝きが踊る。
 マリナ、改まってイリエスカに向き直った。
「……少し、いいだろうか」
 振り向いた紫水晶の瞳に、今度はマリナの青が映り込む。
「イリエスカには感謝している。お陰で、私もいくらかこの世界に馴染んできたように思う」
「なに、改まってー」
 イリエスカはからかったが、マリナは真剣な顔で告げる。
「私にとって唯一無二の大事な相棒である。だが……叶うなら。これからは、この先の時を共に歩むパートナーになれたらと思う」
 その言葉を一寸頭の中で噛み砕いてから、
「それって……ボクのコト好きってことー!?」
 イリエスカは驚くあまり叫んだ。テント内の新米達だけでなく、広場にいた人々も一斉に振り返る。口をぱくぱくしていたイリエスカだが、やがてにっこり笑ってマリナの手を取った。
「……うんっ! ボクもマリナのこと大好きだから、すごく嬉しいよ!」
 嬉しい返答に、マリナの口許が綻ぶが早いか。
「おめでとー!」
「おめでとうございまーす!!」
 周囲で喝采が巻き起こった。ここは人が行き交うテント前。周りにはオーロラを楽しんでいた人々が沢山居たのだ。気付いて赤くなってももう遅い。
「カップルたんじょー☆」
「聖夜におめでたいじゃない」
 拍手するレムに、クッキー片手のマリィアが頷く。丁度オーロラ鑑賞から戻ってきたファリン、あらまぁと手を叩いた。
「ではお祝いしませんと! 私、踊りましょうか。お二人や皆様の、素敵な夜を彩る一つになれたら嬉しいです」
「それなら吟遊詩人の演奏も如何かな?」
「演奏? じゃあ私、歌っちゃおうかしら」
「素敵、ちょっとした演奏会ね」
 フルートを手にしたカフカ、ディーヴァのためのドレスとも言うべき「セレスチャル・ホワイト」を纏ったトリエステ、酒場の歌姫であるリシャーナも集まってきた。
 ……と。
「随分盛り上がってるねー」
 真の声が、何故か斜め上から降ってきた。見れば、いつの間にか大きな飛龍が広場の隅に陣取っており、その背に真が座っていた。
「飛龍便の龍さんですぅ!」
 驚くハナに、
「うん、何だか懐いてくれてねぇ。今は休憩中だから、一緒にオーロラを見ていたんだよ。綺麗だよねぇ……コケモモ酒は美味しいし。こういう、皆が幸せそうにしている空間って良いよねえ」
 ほろ酔いの真、ふわふわ答えてころころ笑う。そして新たな恋人達を祝い演奏する事になったと聞くと、乗り気で頷いた。
 当事者のマリナとイリエスカ、あれよあれよと決まった演奏会に顔を見合わす。
「……凄いな」
「ねー。びっくりしたけど、なんか嬉しいねー」
 そこへ着替えたリブが出てきて、この騒ぎに目をぱちくり。
「一体何が始まるんです?」
「リブ、よく似合っている」
「演奏会だよー」
「ありが……えっ?」
 ともあれ。オーロラの許、演奏会が開かれる事と相成った。

 舞台は巨大飛龍の背の上。
 まずはトリエステが、この地を統べる青龍への讃歌を歌い出す。気ままに口遊む事が多い彼女だが、今ばかりは凛として。艶のある歌声が呼び水となり、付近でオーロラを楽しんでいた人々が続々と集まってきた。
「さあ、お次は僕だ」
 カフカは先の宴で妹が披露した曲を奏でる。全ての命を讃える生命賛歌だ。すると真が反応した。
「この曲は」
 真はカフカの妹と共演し、この曲を演奏していたのだ。今宵はカフカのフルートに歌を乗せる。勇壮な旋律が、夜の大気を震わせた。
「今度は、聖輝節の曲と参りましょう」
 ファリンが歌い、舞い踊る。西方で広く知られた曲は、一緒に歌える者もいた。
「この歌僕も分かるでー」
 コケモモ酒片手のレナード、柔らかなハミングを重ね盛り立てる。ファリンは鳥の視界を借りて堪能したオーロラをイメージし、たおやかに肢体をくねらせ観客を魅了した。
「私は希望の歌を。龍族の幸せを願って――」
 最後はリシャーナ。まだ見ぬ未来に希望あれと、祈りを込め歌い上げる。
 突発で開かれた演奏会は、大盛況の内に幕を下ろした。


●家路へ
 夜明け前特有の冷え込みが氷原を包む頃、飛龍便乗り場には長蛇の列ができた。
 列の最後から2番目にいたレナードは、長い事待っていた。何気なく振り向くと、最後尾にいたニーロと目が合い、どちらからともなく会釈し合う。もう皆発ってしまって、乗り場に残ったのはふたりだけだった。
「おっ、これで終いかァ!」
 そこへ、飛龍の起こす風と共に低い声が降ってくる。
「ダルマさんやー!」
 ぴょんぴょん跳ねて手を振るレナードとは対象的に、ニーロは目を伏せた。降りてきたダルマは、
「レナード、来てたのかァ」
 レナードの髪をわしゃわしゃ撫でて乱す。そんな彼の胸には、カカオを象った紅玉の首飾りが。
「お守りつけてくれてるんやー」
「おう、お陰でこき使われてもピンシャンしてるぜ」
「へへー嬉しいでー」
「いつもよりふわついてると思ったら酔ってんのか。ほら乗れ、途中で落ちンなよ?」
 そない酔ってへんよー、と言いつつ足取りふわっふわなレナードを、ダルマはカーゴの奥へ押し込んだ。
「そら、お前さんも」
 そしてニーロにも手を伸ばす。ニーロは目を合わさず、小さく頭を下げた。
「ご無沙汰、しています」
「何だァ、シケた顔して。彼女にフラれでもしたか?」
「そんなんじゃ、」
「まあ良い。乗った乗った!」
 ダルマはニーロの腕を取ると強引にカーゴへ乗せた。3人を乗せた飛龍は軽々と舞い上がる。来た時は低空飛行だったのに、そのまま高度を上げていった。
「どないしたんー?」
 レナードが尋ねると、
「これが最後の便だからよォ。首飾りの礼に、ちょっと寄り道だ」
 飛龍は瞬く間に夜空の高みへ。朝が近づき解け始めたオーロラが、手を伸ばせば触れられそうに思えるほど迫る。
「空で見るオーロラも、夢みたいに綺麗やねぇ……久しぶりのお酒も美味しかったし、素敵な日になったで!」
 感動するレナードだったが、はしゃいで酔いが回ったか、うとうとと本当の夢の中に誘われていった。
 レナードが眠ってしまうと、
「どうだ、お前さんの気分もちったぁ晴れたか?」
 ダルマはニーロへ声をかける。ニーロは目を瞬き、
「……嫌われてしまったかと思っていました」
 その言葉にダルマも目を瞬く。
「何で俺が」
「何で、って」
 ニーロはあの日以来ずっと、胸の底に凝っていた思いを吐露した。自分が覚醒して得た力は、人を傷つける事もできる力だと思い知った時の衝撃。そんな力を手にした自分だから、今日の帰郷を少し怖ろしく思っていた事――
「……でもここに居るのは、やっぱり故郷が恋しかったから、です」
 もう子供じゃないのにとはにかむニーロ。だがダルマは大真面目に頷いた。
「育った地が恋しいのは当たり前だ。それに、」
 振り返り、ニーロの目を真っ直ぐに見て言う。
「手前の力がどういう物かを知り『畏れる』のは、大事な事だと俺ァ思う。だが『怖れる』な。肝心なのは、お前さんがその力を何のために、どう使うかだ」
「何のために……」
 考え込んでしまった若きドラグーンへ、ダルマは温かな眼差しを注ぐ。
「お前何で龍騎士隊に来なかった、俺がビシバシしごいてやったのによォ」
「う。それは」
 たじろぐニーロに、呵々と笑うダルマ。
「良い戦い手になれよ、ニーロ」
「……はい」
 頷いたニーロの口許に、今宵初めての笑みが点った。


●夜明けの訪問者
 龍園に戻ったハンター達が転移門へ向かう中。流れに逆らい走る赤いマフラーの少女がいた。
「シャンカラさんとダルマさんにお久し振りに会えるというのに、遅刻してしまったです……!」
 やっとたどり着いた広場では、既に後片付けが始まっていて。半ベソになりながら、とぼとぼとツリーへ歩いていく。
「綺麗ですね……それがし、初めて見たですよ!」
 けれど輝くツリーに元気を貰って、自然と声も大きくなって……
「お? 神子の嬢ちゃんじゃねェか」
 飛龍からカーゴを外していたダルマが、その声に気付いた。
「ダルマさん! お元気にしてましたか?」
「おうよ、今帰りか?」
 少女がしょんぼりと今来たと話すと、
「バッカ早く言え! カーゴはもう外しちまった、2人乗りで勘弁な」
「えっ?」
 ダルマは少女の身体を鞍へ押し上げると、自分も跨り龍首を巡らせた。
「オーロラ、消えちまったかなァ……ちっとでも見せてやれると良いんだが」
「はわっ、申し訳ないです!」
「向こうの片付けもあるし、ついでだついで!」
 全速で飛龍を飛ばして行くと、オーロラの最後の一筋が今まさに消えた。
「遅かったかァ」
「でも最後の瞬間が見られたですよっ!」
 猛スピードで滑り込んできた飛龍を、片付け中の龍騎士達がぎょっとして振り返る。たちまちシャンカラがすっ飛んできた。
「ダルマさん危ないですよ! ……あれ? あなたは、」
「お久し振りなのですっ!」
 少女はぴょんと飛び降り、ダルマにお辞儀してからシャンカラの許へ。
「遅れてしまったのです、ごめんなさい」
「いえ、久しぶりにお会いできて僕達も嬉しいです」
 シャンカラとダルマは笑って頷きあう。すると少女は意を決したように、
「あのっ、それがし、お歌の練習をずっとしてきたですよ! ……聴いて、くれるです?」
「本当ですかっ?」
「嬉しいねェ!」
 前に過酷な戦いの中で少女の歌を聞いたふたりは、戦場の外で聴ける事を大いに喜んだ。
「精一杯歌うです!」
 ふわふわのコートを翻し、少女はすっと息を吸う。そして――東の地平が明るみ始めた氷の原に、伸びやかな声が響いた。独特の柔らかさを持つ少女の歌は、薄れ行く星々におやすみを言うように、新たに昇り来る陽を抱きしめるように、ふんわりと紡がれていく。
 レネット=ミスト(ka6758)の歌声は、徹夜の龍騎士達を優しく癒やしたのだった。


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  • 黒竜との冥契
    黒の夢(ka0187
    エルフ|26才|女性|魔術師
  • 月氷のトルバドゥール
    カフカ・ブラックウェル(ka0794
    人間(紅)|17才|男性|魔術師
  • 慈眼の女神
    リシャーナ(ka1655
    エルフ|19才|女性|魔術師
  • いつか、が来るなら
    イブリス・アリア(ka3359
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • いつか、その隣へと
    ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394
    人間(紅)|22才|女性|聖導士
  • 咲き初めし白花
    ブリジット(ka4843
    人間(紅)|16才|女性|舞刀士
  • 胃痛領主
    メンカル(ka5338
    人間(紅)|26才|男性|疾影士
  • 想いの奏で手
    リラ(ka5679
    人間(紅)|16才|女性|格闘士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 一握の未来へ
    氷雨 柊(ka6302
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • キャスケット姐さん
    レム・フィバート(ka6552
    人間(紅)|17才|女性|格闘士
  • 決意は刃と共に
    アーク・フォーサイス(ka6568
    人間(紅)|17才|男性|舞刀士
  • 望む未来の為に
    クラン・クィールス(ka6605
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • 夜空に奏でる銀星となりて
    レナード=クーク(ka6613
    エルフ|17才|男性|魔術師
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • 紡ぎしは歌、そして生命
    レネット=ミスト(ka6758
    ドワーフ|17才|女性|聖導士

  • ユリウス・ベルク(ka6832
    人間(紅)|26才|男性|魔術師
  • 淡雪の舞姫
    ファリン(ka6844
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士
  • 食事は別腹
    イリエスカ(ka6885
    オートマトン|16才|女性|猟撃士
  • 龍園降臨★ミニスカサンタ
    トリエステ・ウェスタ(ka6908
    ドラグーン|21才|女性|魔術師
  • 虹彩の奏者
    木綿花(ka6927
    ドラグーン|21才|女性|機導師
  • 青き翼
    マリナ アルフェウス(ka6934
    オートマトン|17才|女性|猟撃士
  • 碧蓮の狙撃手
    ニーロートパラ(ka6990
    ドラグーン|19才|男性|猟撃士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/12/31 07:37:12