ゲスト
(ka0000)
【虚動】踏みゆく先を公孫樹に閉ざし。
マスター:蓮華・水無月

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~6人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/12/03 07:30
- 完成日
- 2014/12/21 04:49
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
5年前に起こった王国を襲う災厄、その再来たるイスルダ島の歪虚の襲来は、クリムゾンウェストの世界を駆け巡り、震撼させた。
異界より到来したラッツィオ島での戦い、そして帝国に再び姿を現した剣機の歪虚。
世界を覆ういくつもの邪悪の影は、各国、各地域の首脳陣をリゼリオへと呼び集める。
人類の明日を、如何に守るべきか。
異世界リアルブルーの人々も交えた会合により、人類の希望は二つの兵器に託される。
一つは、蒼き世界の機械の巨人、サルヴァトーレ・ロッソに眠る戦闘装甲機「CAM」。
だがそれは、必要な燃料の入手に苦慮し、動くことはあたわなかった。
一つは、帝国の練魔院にて研究されてきた魔導アーマー。
長年の研究の結果、稼働実験にまで漕ぎ着けた、新たなる力。
そして世界は、二つの力を合わせることを選択する。
魔導アーマーの動力をCAMに搭載する実験が提唱され、世界はそれに向けて動き出した。
仮に実験が成功すれば、人類は歪虚に対抗する大きな手段を得るだろう。
だが……。
●
ゾンネンシュトラール帝国の帝都バルトアンデルスには、錬魔院と呼ばれる場所がある。ワルプルギス錬魔院――国軍直下の研究機関らしいが、一介のハンターに過ぎないフリーダには今の所は縁もなく、正直な所は興味もない場所だ。
なのになぜ、彼女が今その錬魔院に所属する研究者と話しているのか、考えてみれば興味深い話だった。
(――いえ、やっぱりムカつくだけだわ)
己の数秒前の思考をあっさりと切り捨てて、フリーダは我ながら冷たい眼差しを目の前に居る2人に向ける。言っては悪いがどちらも、世間なんてものは知らなさそうな顔だ。
おまけに、片方は知らない相手ではない。錬魔院に所属する若手の研究員、アルノー。友人でもある彼が、見た目から受ける印象通り世間知らずであることを、不幸にしてフリーダは知っている。
「――で? アルノー、もう1回、あたしにも解るように言ってくれる?」
「うん、良いよ。つまり、僕らは辺境で行われるというCAM起動実験を見に行きたいんだ」
実の所、フリーダがこの説明を求めるのはすでに3回目だったのだが、アルノーは快く頷いてそう言った。その傍らに居る錬魔院の同僚研究員だという青年も、一緒にうんうん大きく頷いている。
同類の研究馬鹿かしら、とかなりひどい推察をするフリーダには気付かないまま、アルノーは実に3回目の説明を繰り返した。
近々、辺境地域では色々なお偉方を招いて内密に、CAMというリアルブルーのとても強力な兵器――機導人形みたいなものだとアルノーは言った――をクリムゾンウェストでも使えるかどうか、という実験をするのだという。何でもこちらではその機導人形を動かすのに十分な燃料――マテリアルのことだろうか――がないのだけれども、錬魔院の院長がそれを解決する装置を作ったのだとかなんとか。
専門用語が多すぎてフリーダにはやはり何のことだか分らなかったのだが、簡単にまとめるとそういうことらしかった。そしてこのアルノーは、その実験とやらを見に行きたいので自分達を辺境まで連れて行って欲しい、のだという。
そこまでを理解して、フリーダは冷たくこう言った。
「嫌よ、めんどくさい。自分で行けば良いじゃない」
「それが出来るなら、わざわざフリーダに頼まないよ。お金取られるし」
その言葉に、アルノーはまるで少年のように唇を尖らせて主張する。一応フリーダもハンターで食べているのだから報酬は支払ってもらわなければ困るのだが、このバカの頭の中にはそういう理論はないらしい。
何でもCAMという機導人形(フリーダの中ではもうこうなった)については錬魔院の中でも賛否両論があるらしく、おいそれと若手のアルノー達が『見に行ってみたいでーす♪』なんて言えない雰囲気なのだという。なので出来れば目に付きたくはないし、そもそもアルノー達は生まれも育ちも帝都で旅行すら行った事が殆どなく、辺境にどうやって行けば良いのかも全く判らない。
「でも面白そうだから見に行ってみたいし。だから、フリーダに頼めば出来るかな、って思ったんだ」
「あんた達2人だけなの? それなら馬車を借りて、あたし1人で行けなくも……」
「いえ、せっかくだから大型観測機も持っていきたいんです。絶対、二度とこんなチャンスないって思って! あ、僕はボリスと言います、よろしくお願いします」
「――フリーダよ」
やっぱこいつも絶対アルノーと同類の馬鹿だ、と確信しながらフリーダはにこにこ笑って手を差し出してくるボリスと握手した。大型観測装置、と胸の中で繰り返す。
そんなものを持っていくのなら、確実に自分だけでは手が足りない。仲間を集めない事には絶対に人手が足りない。
この2人に馬車を操るような技術はなさそうだし。幾つか目につかないルートは彼女も知っているけれど、馬車を連ねて進める様な道は限られてくるし、それでも人目に付かないような道には大抵、雑魔や追い剥ぎが出てくるものなのだ。
そんなことも、このバカどもの頭の中には絶対に入っていないのだろう。
「あと5人……いえ、せめて6人は呼ばせてもらうわよ。もちろん、費用はあんたが持ちなさいね」
「え~~~~~ッ!?」
ゆえにフリーダがそう宣言した瞬間、盛大に不満の声を上げたアルノーを、今度こそ彼女は容赦なく殴りつけた。
●
出立当日。
実に馬車5台分になった大荷物を見て、フリーダが怒り心頭になり、「こんなに大きかったっけ?」「さあ? 増えた気もするけど――行って荷ほどきして組み立ててみれば分かるんじゃないか?」「そうだね」「うん」ととぼけた会話をしているアルノーとボリスを殴りつけたのは、また別のお話である。
異界より到来したラッツィオ島での戦い、そして帝国に再び姿を現した剣機の歪虚。
世界を覆ういくつもの邪悪の影は、各国、各地域の首脳陣をリゼリオへと呼び集める。
人類の明日を、如何に守るべきか。
異世界リアルブルーの人々も交えた会合により、人類の希望は二つの兵器に託される。
一つは、蒼き世界の機械の巨人、サルヴァトーレ・ロッソに眠る戦闘装甲機「CAM」。
だがそれは、必要な燃料の入手に苦慮し、動くことはあたわなかった。
一つは、帝国の練魔院にて研究されてきた魔導アーマー。
長年の研究の結果、稼働実験にまで漕ぎ着けた、新たなる力。
そして世界は、二つの力を合わせることを選択する。
魔導アーマーの動力をCAMに搭載する実験が提唱され、世界はそれに向けて動き出した。
仮に実験が成功すれば、人類は歪虚に対抗する大きな手段を得るだろう。
だが……。
●
ゾンネンシュトラール帝国の帝都バルトアンデルスには、錬魔院と呼ばれる場所がある。ワルプルギス錬魔院――国軍直下の研究機関らしいが、一介のハンターに過ぎないフリーダには今の所は縁もなく、正直な所は興味もない場所だ。
なのになぜ、彼女が今その錬魔院に所属する研究者と話しているのか、考えてみれば興味深い話だった。
(――いえ、やっぱりムカつくだけだわ)
己の数秒前の思考をあっさりと切り捨てて、フリーダは我ながら冷たい眼差しを目の前に居る2人に向ける。言っては悪いがどちらも、世間なんてものは知らなさそうな顔だ。
おまけに、片方は知らない相手ではない。錬魔院に所属する若手の研究員、アルノー。友人でもある彼が、見た目から受ける印象通り世間知らずであることを、不幸にしてフリーダは知っている。
「――で? アルノー、もう1回、あたしにも解るように言ってくれる?」
「うん、良いよ。つまり、僕らは辺境で行われるというCAM起動実験を見に行きたいんだ」
実の所、フリーダがこの説明を求めるのはすでに3回目だったのだが、アルノーは快く頷いてそう言った。その傍らに居る錬魔院の同僚研究員だという青年も、一緒にうんうん大きく頷いている。
同類の研究馬鹿かしら、とかなりひどい推察をするフリーダには気付かないまま、アルノーは実に3回目の説明を繰り返した。
近々、辺境地域では色々なお偉方を招いて内密に、CAMというリアルブルーのとても強力な兵器――機導人形みたいなものだとアルノーは言った――をクリムゾンウェストでも使えるかどうか、という実験をするのだという。何でもこちらではその機導人形を動かすのに十分な燃料――マテリアルのことだろうか――がないのだけれども、錬魔院の院長がそれを解決する装置を作ったのだとかなんとか。
専門用語が多すぎてフリーダにはやはり何のことだか分らなかったのだが、簡単にまとめるとそういうことらしかった。そしてこのアルノーは、その実験とやらを見に行きたいので自分達を辺境まで連れて行って欲しい、のだという。
そこまでを理解して、フリーダは冷たくこう言った。
「嫌よ、めんどくさい。自分で行けば良いじゃない」
「それが出来るなら、わざわざフリーダに頼まないよ。お金取られるし」
その言葉に、アルノーはまるで少年のように唇を尖らせて主張する。一応フリーダもハンターで食べているのだから報酬は支払ってもらわなければ困るのだが、このバカの頭の中にはそういう理論はないらしい。
何でもCAMという機導人形(フリーダの中ではもうこうなった)については錬魔院の中でも賛否両論があるらしく、おいそれと若手のアルノー達が『見に行ってみたいでーす♪』なんて言えない雰囲気なのだという。なので出来れば目に付きたくはないし、そもそもアルノー達は生まれも育ちも帝都で旅行すら行った事が殆どなく、辺境にどうやって行けば良いのかも全く判らない。
「でも面白そうだから見に行ってみたいし。だから、フリーダに頼めば出来るかな、って思ったんだ」
「あんた達2人だけなの? それなら馬車を借りて、あたし1人で行けなくも……」
「いえ、せっかくだから大型観測機も持っていきたいんです。絶対、二度とこんなチャンスないって思って! あ、僕はボリスと言います、よろしくお願いします」
「――フリーダよ」
やっぱこいつも絶対アルノーと同類の馬鹿だ、と確信しながらフリーダはにこにこ笑って手を差し出してくるボリスと握手した。大型観測装置、と胸の中で繰り返す。
そんなものを持っていくのなら、確実に自分だけでは手が足りない。仲間を集めない事には絶対に人手が足りない。
この2人に馬車を操るような技術はなさそうだし。幾つか目につかないルートは彼女も知っているけれど、馬車を連ねて進める様な道は限られてくるし、それでも人目に付かないような道には大抵、雑魔や追い剥ぎが出てくるものなのだ。
そんなことも、このバカどもの頭の中には絶対に入っていないのだろう。
「あと5人……いえ、せめて6人は呼ばせてもらうわよ。もちろん、費用はあんたが持ちなさいね」
「え~~~~~ッ!?」
ゆえにフリーダがそう宣言した瞬間、盛大に不満の声を上げたアルノーを、今度こそ彼女は容赦なく殴りつけた。
●
出立当日。
実に馬車5台分になった大荷物を見て、フリーダが怒り心頭になり、「こんなに大きかったっけ?」「さあ? 増えた気もするけど――行って荷ほどきして組み立ててみれば分かるんじゃないか?」「そうだね」「うん」ととぼけた会話をしているアルノーとボリスを殴りつけたのは、また別のお話である。
リプレイ本文
街道の外れで、うわぁ、と驚嘆の声が上がった。この大きな荷物があのCAMという奴なのだろうかと、リィン・ファナル(ka0225)はしげしげ見つめる。
「すごいよねぇ、あの大きなのを動かしちゃうんだもん」
「そうなんですよ!」
そんなリィンに、大きく頷きながら依頼人達が身振り手振りで語り出した。何でもこの荷物はCAMではなく、動きを計測したり、色んな数値を確かめるもの、らしい。
もっとも、彼らはCAMを見た事はない。ついでに錬魔院の器具は持ち出せないので、この観測機もせっせと自作したから動作の保証も、ない。
そんな事を少年のように目を輝かせながら語る、2人にリィンはにこにこ頷く。その様子にウィルフォード・リュウェリン(ka1931)は、CAMにのめり込む研究員か、と胸の内で呟いた。
(目的を果たすための実行力を備えていない点に於いて僕に劣るな)
考えなしに飛び出さないだけ良いが、そも自力でどうにも出来ない時点で探求者としては未熟。そう頷いてウィルフォードは、大型観測装置だという大荷物に目を向けた。
彼自身もCAMには興味があるから、現地に着いたら彼らの話を聞いても良い。大型観測装置も見てやっても良い。
ただし。
「移動中は黙れ、煩い、気が散る。分かったな?」
「機動実験を見る前に襲われてあの世行きじゃ、つまらないだろ?」
きっぱり言ったウィルフォードの横から、パープル(ka1067)も笑って言った。だから大人しくしてて貰うぞ、と付け加えると、2人は素直にこくこく頷いて。
よほど機動実験が見たいらしい、と苦笑する。だが、当たり前なのかも知れない。
パープル自身はCAMを見た事がなく、それゆえにどんな物か拝んでみる、今回は良い機会だと思った。それが使えるようになればもう少し、歪虚との戦いも有利になるのかも知れない。
あまり知らないパープルですらそう思い、興味を持っているのだから、2人の興味は推して知るべしなのだろう。
「ま、これだけハンターが集まったんだ。俺らも身体張ってお前らを実験場まで送り届けるからよ。大船に乗ったつもりで、安心して馬車で休んでてくれ」
「な、な、その大型観測機……だったっけ? でCAMのことが分かるのか? 着いたら見れる? 邪魔しないようにするし手伝えることあるなら手伝うから、俺も見たい! ……駄目かな?」
ゆえに胸を叩いて力強く請け負ったパープルの傍らで、ダイン(ka2873)がそわそわと言った。ダインもまた戦場でCAMの姿を見てはいるが、見ただけだ。
だから。あの、リアルブルーのかっこいい奴を見てみたいのだと最後は少し気弱に付け加えたダインに、「同志よ!」とまたテンションが上がる依頼人2人。
それにしても、とアティ(ka2729)は大量の荷物に呆れた息を吐いた。そりゃ彼女だってCAMに興味はあるが。
「……これはどうなのかしら」
「バカなのよ」
思わず呟くアティに、フリーダが言い捨てた。それに相槌を打ちながら、高そうだし傷つけないようにしなきゃね、と思う。
そんな2人のそばに、ジェールトヴァ(ka3098)がやって来て声をかけた。
「フリーダさん、ルートを地図で確認しておきたいんだけど。人目につきやすい場所だとか、追い剥ぎに襲われやすそうな場所だとか」
「これまでのゴブリン出現地区、ゴブリンが潜みやすい遮蔽となる場所も調べてあるのだろうな」
「ええ」
ジェールトヴァの言葉に、気づいたウィルフォードが念を押すと、フリーダは頷き手書きの地図を広げた。所々に印があるのが、ゴブリンが現れた場所らしい。
それを念入りに確認している間も、まだ見ぬCAMへと思いを馳せる声は賑やかに響いていたのだった。
●
何かと周りに興味を示し、身を乗り出そうとする2人を宥めながらの道中は順調に、そして賑やかに進んだ。
人目を忍ぶ意志はあれど解っては居ない2人は今は、ジェールトヴァが商人風の服とターバンを着せているので、錬魔院の研究者には見えない。パープルや皆で馬車にも偽装を施し、『パープル商会』と書いた布で幌を覆っているので、一見すれば商隊とその護衛、にも見える。
とはいえ目立っては困るので、何度かアティも、他の仲間も静かにしているように注意した。だから余計に退屈かもと、思ってアティは幾度目かの休憩で尋ねてみる。
「これはなんに使うものなの?」
概要は聞いたけれども、やたら大きな機導装置は一体、具体的に何を目的としているのか。尋ねたアティに応じたのはボリスだ。
仕組みが判れば最良だが、まず興味があるのはどんな風に動いているのか。それが判れば魔導アーマーの研究や、もしかしたらまったく違う発想の対歪虚兵器の足掛かりにもなるかも知れない。
そんな事を語るボリスは果たして、錬魔院では異端なのか、それとも。見知らぬ様々に興味を示す態度はどこか、彼女が知る孤児院の子供を思わせる。
そろそろ行くか、とウィルフォードが乗用馬の鞍を確かめながら言った。彼は一行の殿として、背後を突かれないよう警戒している。
馬車は荷物の分もあって車体が大きく、後ろはほぼ見えない。御者が警戒出来るのは、前方と車体に邪魔されない範囲の両側面だけだ。
ゆえにウィルフォードとジェールトヴァが馬で、見えない部分をカバーしていて。またよろしくね、と言ったリィンが自分の担当する馬車に乗り込む前に、依頼人達に何度目かの注意をした。
「この先は特に危ない噂もありますし……また次の休憩までちょっとだけ、静かにね」
1番最初は流石に不安げで、「私達がついてるから大丈夫だよ」と安心させたものだが、そろそろ慣れたらしい2人は大人しく頷いてパープルの馬車に乗り込む。それを見ながらダインも、自分の馬車の馬の首筋を撫で、また宜しくな、と声をかけた。
この先は特にゴブリンの被害が多いらしいが、彼らの仕事は荷物と依頼人の護衛。撃破出来ればなお良いのだろうが、まずは被害なく追い払うことを念頭に。
ふと、ダインは先頭を務めるジェールトヴァを振り返った。
「パーツ載せてる馬車は道幅が十分なとこでは二列になるのはどうかな。なるべく固まってた方が守りやすいかなって思うんだけど」
「どうかな、見てみよう」
己の馬に跨って、ジェールトヴァは預かった地図を広げる。ここまでも、車輪が嵌まって動けなくなったり、荷物に被害が出ては大変だと地図や、時には少し先行して自らの目で道を確かめていた。
さらには、銀杏の林に隠れていることが多いというゴブリンの足跡や、得物が要項を反射する光が見えないか。警戒しているのはジェールトヴァだけではない。
自分の担当の馬車の上から、ゆっくり動き始めた隊列に従い手綱を握って、アティが辺りに油断なく気を配る。同じくパープルもジェールトヴァのすぐ後ろを行きながら、左右に特に注意を払い。
ガタゴト進む馬車の最後尾で、側面や背後に気を配りながら進んでいたウィルフォードの魔導短伝話が、不意に着信を知らせた。先頭を行くジェールトヴァからだ。
『どうかな』
「変わらんな」
開口一番そう尋ねた、ジェールトヴァに短く言い返すと、向こうで相手が笑った気配がした。それから『こちらも特に』と紡がれかけた言葉は、それきり途切れて沈黙が落ちる。
どうした、と尋ねたウィルフォードに、同じ会話グループの設定をしているから会話を聞いていたパープルの声が、重なる。それにほんの少しの間を置いて、ジェールトヴァはどこか観念したような響きで『そちら』を見据えながら、言った。
「現れたみたいだ。今ならフリーダさんに馬車の護衛を頼んで、皆で逆にゴブリンに奇襲を――いや駄目だね、間に合わない」
短伝話に話す間にも、ゴブリンの凶暴な気配は近くなる。しかけた提案を、故に自ら握り潰したジェールトヴァにウィルフォードが、応援に向かう、と短く言った。
●
ゴブリンは、右前方から現れた。それにリィンが気付けたのは、風もなく響いた葉ざやのおかげだ。
一瞬の不信感は、たちまち警戒へと取って代わられた。素早く辺りを見回して、眼差しを凝らせば黄色く染まるイチョウ林の中、隠れるように動くゴブリンの姿に反射的に手綱を引く。
「来たッ! 注意してくださいッ!」
元より慎重に、ゆっくり進んでいた馬車はすぐに、軋みを上げて止まった。すかさず弓に手を伸ばしたリィンの馬車の横を、アティが大声でゴブリンの襲撃を知らせながら駆け抜ける。
向かうのは先頭、現れたゴブリンを食い止めてくれているジェールトヴァの応援。ちらりと彼女の姿を見てリィンが、馬車は任せてくださいと後方にちらり、眼差しを向ける。
さきほど見たゴブリンもまた、隊列の先に向かっているようだった。取り囲んだり、挟撃をしかけるつもりはないようだ。
だが万一の事が在るから、警戒は怠らないリィンにお願いと言い置いて、先頭へと走ったアティはけれども思わず、馬車の中から何事かと顔を覗かせようとする研究者達に大声をあげた。
「こらッ! 出てきちゃダメでしょ!?」
「……ッ!?」
「絶対出ないでね、すぐに終わらせるから。言っておくけど、ゴブリンや雑魔は言葉が通じないし、殴られたらとっても痛いわよ?」
「そうだな。そこにいるのが一番安全だろうから、あんま離れんなよー?」
「大丈夫だ、俺がちゃんと見てるから」
ついつい、孤児院でお世話してる子どもに言い含める様な口調になるアティと、すぐ後ろの馬車から声をかけたダインに、俄な殺気に怯える馬を宥めながらパープルが力強く言う。大人しくしててくれるよな、と念をおせば、2人はそれこそ子供のように、こくこく頷いて引っ込んだ。
よし、と頷く。片手に握った手綱の先、まだ怯える馬に「大丈夫だ」と繰り返し声をかけながら、逆の手に握ったチャクラムに力を込めた。
彼等が依頼人である以上、徹底して身体を張って守るのがハンターたる自分の役目だと心得る。そんなパープルにも気負いすぎるなよと声をかけてダインは、自身が乗ってきた馬車の前で不安そうに首を振る馬の首筋を撫でた。
「ちょっと騒がしくなるけど、我慢してくれよ……!」
ぶるる、と応えるように鳴く馬をもう一度撫で、さて、と先を振り返る。ゴブリン達は見たところ、連携の取れた動きというよりはただ集団で、まっすぐに向かって来ているようだ。
情報に寄れば、敵わない相手と見るとすぐに逃げてしまうらしい。それはそれで助かるが、あちらには弓を持っているものも居るらしいのが厄介だ。
「遠距離から仕掛けてくる奴は、悪いけど宜しく!」
「任せてください」
弓をきりりと引き絞り、周囲へとゆっくり巡らせながらリィンが振り返らないまま、頷く。頼むな、と朗らかに笑ったダインも、彼女を振り返らない。
こちらも頼むと己の馬をリィンの乗る馬車に結び、ウィルフォードが走り出した。後方から襲って来る敵の気配はない、ならば戦闘に不慣れな馬は預け置いて、己が身一つで駆けた方がいい。
(依頼人は心配なさそうだしな)
ちらりとそちらを見れば、まさにゴブリンに向かってチャクラムを投げるパープルの姿があった。馬は、まだ少し怯えているか。
ならば。
(荷台に近い個体から葬ってやろう)
口の中で呟いて、ウィルフォードは瞬時に最適な魔法はどれか思い浮かべる。ウォーターシュート、ファイアアロー、ウィンドスラッシュ。今、視界に入っているゴブリンの位置から、推し量れる実力から、どれが一番効率が良い?
ゴブリン達は一行を、まだ自分達よりは非力な相手と誤認しているようだった。ならば今のうちに叩くが良策と、馬車に取りつこうとした1体をダインの、踏み込みに強打を載せた手加減なしの一撃が叩き切る。
ざわり、空気がどよめいた。だがまだ、彼らは今の一撃がまぐれなのか、実力なのかを測りかねている。
(出来ればこのまま、気付かれないようにやっちゃいたい、けど……!)
難しそうかなと思いながら、アティが放ったホーリーライトは過たず、槍を構えていたゴブリンへと命中した。人数差はまだ歴然として存在しているし、威嚇もかねて出来るだけ派手に。
怯える馬から下りたジェールトヴァも、冷静に魔法を練り上げてゴブリンへと放った。その後ろからパープルも、何とか落ち着いた馬の手綱をひとまず御者台に結び、弓を引き絞って矢を放つ。
それに、ゴブリン達が動いた。すなわち、とても叶わぬ相手だと判断して逃げ出した。
そんなゴブリン達の背中へと、リィンはまだ油断なく鏃を向ける。イチョウ林の中に逃げ込んだゴブリンが、わずかでもこちらを振り返れば容赦なく矢羽を放し、命中力をあげた鋭い一撃をお見舞いする。
「――こっちには、来ないでくださいね」
告げる彼女の言葉が、聞こえていたものか。すくみ上がるゴブリン目掛けて、ウィルフォードのファイアアローが追い撃ちをかけ。
――すべてのゴブリンがハンター達の視界から消えるまで、そう長い時間はかからなかった。
●
逃げ出したゴブリン達が、すっかり辺りから気配すら感じられなくなったのを確かめて、ほぅとパープルは肩で大きく息を吐いた。あれだけ必死に逃げ出したのなら、恐らく、当分は戻って来ないだろう。
やれやれ、と安堵しながら得物を置く。馬車に被害が出ていないか確かめに行ったダインは、ついでに荷物の隙間から中身を何とか覗けないかと顔を近づけていて、リィンに苦笑されていた。
そうして、これからの行程を軽く話し合おうと集まったハンター達に、「あの」とおずおず声がかけられる。
「もう出ても良いですか……?」
それは、戦闘の間中は言われた通り大人しくしていた、2人の依頼人。怯えた様子が全くない2人に、誰からともなく顔を見合わせ、苦笑する。
大丈夫だと声をかけると、さっそく2人は目を輝かせて飛び出してきた。これじゃ本当に子供だと、思いながらもアティは軽く頭を下げる。
「さっきは悪かったわ」
依頼人を完全に子供扱いして怒鳴り付けたのは、さすがに失礼だった自覚は在る。なんとなくあの方が効果がありそうだと思ったからだし、実際そうだたけれども。
そんなアティに2人は、気にしてないと首を振った。それよりも、と荷物の無事を気にする2人にダインが問題はなかったと教えてやると、ほっとした表情になる。
そんな2人に、リィンは笑いかけた。
「今度、動いてるところも是非見せてくださいね? 楽しみにしています」
「ええ、ぜひ! 凄いんですよ、この装置は実は」
「――さっさと行くぞ。道中は黙れと言っただろう」
長くなりそうな話をウィルフォードがさっさと遮り、己の馬にひらりと跨がった。それが合図のように、誰もが自身の担当する馬車へと戻っていく。
――そうして無事、彼らが件の実験場に辿り着いたのは、数日後の事だった。
「すごいよねぇ、あの大きなのを動かしちゃうんだもん」
「そうなんですよ!」
そんなリィンに、大きく頷きながら依頼人達が身振り手振りで語り出した。何でもこの荷物はCAMではなく、動きを計測したり、色んな数値を確かめるもの、らしい。
もっとも、彼らはCAMを見た事はない。ついでに錬魔院の器具は持ち出せないので、この観測機もせっせと自作したから動作の保証も、ない。
そんな事を少年のように目を輝かせながら語る、2人にリィンはにこにこ頷く。その様子にウィルフォード・リュウェリン(ka1931)は、CAMにのめり込む研究員か、と胸の内で呟いた。
(目的を果たすための実行力を備えていない点に於いて僕に劣るな)
考えなしに飛び出さないだけ良いが、そも自力でどうにも出来ない時点で探求者としては未熟。そう頷いてウィルフォードは、大型観測装置だという大荷物に目を向けた。
彼自身もCAMには興味があるから、現地に着いたら彼らの話を聞いても良い。大型観測装置も見てやっても良い。
ただし。
「移動中は黙れ、煩い、気が散る。分かったな?」
「機動実験を見る前に襲われてあの世行きじゃ、つまらないだろ?」
きっぱり言ったウィルフォードの横から、パープル(ka1067)も笑って言った。だから大人しくしてて貰うぞ、と付け加えると、2人は素直にこくこく頷いて。
よほど機動実験が見たいらしい、と苦笑する。だが、当たり前なのかも知れない。
パープル自身はCAMを見た事がなく、それゆえにどんな物か拝んでみる、今回は良い機会だと思った。それが使えるようになればもう少し、歪虚との戦いも有利になるのかも知れない。
あまり知らないパープルですらそう思い、興味を持っているのだから、2人の興味は推して知るべしなのだろう。
「ま、これだけハンターが集まったんだ。俺らも身体張ってお前らを実験場まで送り届けるからよ。大船に乗ったつもりで、安心して馬車で休んでてくれ」
「な、な、その大型観測機……だったっけ? でCAMのことが分かるのか? 着いたら見れる? 邪魔しないようにするし手伝えることあるなら手伝うから、俺も見たい! ……駄目かな?」
ゆえに胸を叩いて力強く請け負ったパープルの傍らで、ダイン(ka2873)がそわそわと言った。ダインもまた戦場でCAMの姿を見てはいるが、見ただけだ。
だから。あの、リアルブルーのかっこいい奴を見てみたいのだと最後は少し気弱に付け加えたダインに、「同志よ!」とまたテンションが上がる依頼人2人。
それにしても、とアティ(ka2729)は大量の荷物に呆れた息を吐いた。そりゃ彼女だってCAMに興味はあるが。
「……これはどうなのかしら」
「バカなのよ」
思わず呟くアティに、フリーダが言い捨てた。それに相槌を打ちながら、高そうだし傷つけないようにしなきゃね、と思う。
そんな2人のそばに、ジェールトヴァ(ka3098)がやって来て声をかけた。
「フリーダさん、ルートを地図で確認しておきたいんだけど。人目につきやすい場所だとか、追い剥ぎに襲われやすそうな場所だとか」
「これまでのゴブリン出現地区、ゴブリンが潜みやすい遮蔽となる場所も調べてあるのだろうな」
「ええ」
ジェールトヴァの言葉に、気づいたウィルフォードが念を押すと、フリーダは頷き手書きの地図を広げた。所々に印があるのが、ゴブリンが現れた場所らしい。
それを念入りに確認している間も、まだ見ぬCAMへと思いを馳せる声は賑やかに響いていたのだった。
●
何かと周りに興味を示し、身を乗り出そうとする2人を宥めながらの道中は順調に、そして賑やかに進んだ。
人目を忍ぶ意志はあれど解っては居ない2人は今は、ジェールトヴァが商人風の服とターバンを着せているので、錬魔院の研究者には見えない。パープルや皆で馬車にも偽装を施し、『パープル商会』と書いた布で幌を覆っているので、一見すれば商隊とその護衛、にも見える。
とはいえ目立っては困るので、何度かアティも、他の仲間も静かにしているように注意した。だから余計に退屈かもと、思ってアティは幾度目かの休憩で尋ねてみる。
「これはなんに使うものなの?」
概要は聞いたけれども、やたら大きな機導装置は一体、具体的に何を目的としているのか。尋ねたアティに応じたのはボリスだ。
仕組みが判れば最良だが、まず興味があるのはどんな風に動いているのか。それが判れば魔導アーマーの研究や、もしかしたらまったく違う発想の対歪虚兵器の足掛かりにもなるかも知れない。
そんな事を語るボリスは果たして、錬魔院では異端なのか、それとも。見知らぬ様々に興味を示す態度はどこか、彼女が知る孤児院の子供を思わせる。
そろそろ行くか、とウィルフォードが乗用馬の鞍を確かめながら言った。彼は一行の殿として、背後を突かれないよう警戒している。
馬車は荷物の分もあって車体が大きく、後ろはほぼ見えない。御者が警戒出来るのは、前方と車体に邪魔されない範囲の両側面だけだ。
ゆえにウィルフォードとジェールトヴァが馬で、見えない部分をカバーしていて。またよろしくね、と言ったリィンが自分の担当する馬車に乗り込む前に、依頼人達に何度目かの注意をした。
「この先は特に危ない噂もありますし……また次の休憩までちょっとだけ、静かにね」
1番最初は流石に不安げで、「私達がついてるから大丈夫だよ」と安心させたものだが、そろそろ慣れたらしい2人は大人しく頷いてパープルの馬車に乗り込む。それを見ながらダインも、自分の馬車の馬の首筋を撫で、また宜しくな、と声をかけた。
この先は特にゴブリンの被害が多いらしいが、彼らの仕事は荷物と依頼人の護衛。撃破出来ればなお良いのだろうが、まずは被害なく追い払うことを念頭に。
ふと、ダインは先頭を務めるジェールトヴァを振り返った。
「パーツ載せてる馬車は道幅が十分なとこでは二列になるのはどうかな。なるべく固まってた方が守りやすいかなって思うんだけど」
「どうかな、見てみよう」
己の馬に跨って、ジェールトヴァは預かった地図を広げる。ここまでも、車輪が嵌まって動けなくなったり、荷物に被害が出ては大変だと地図や、時には少し先行して自らの目で道を確かめていた。
さらには、銀杏の林に隠れていることが多いというゴブリンの足跡や、得物が要項を反射する光が見えないか。警戒しているのはジェールトヴァだけではない。
自分の担当の馬車の上から、ゆっくり動き始めた隊列に従い手綱を握って、アティが辺りに油断なく気を配る。同じくパープルもジェールトヴァのすぐ後ろを行きながら、左右に特に注意を払い。
ガタゴト進む馬車の最後尾で、側面や背後に気を配りながら進んでいたウィルフォードの魔導短伝話が、不意に着信を知らせた。先頭を行くジェールトヴァからだ。
『どうかな』
「変わらんな」
開口一番そう尋ねた、ジェールトヴァに短く言い返すと、向こうで相手が笑った気配がした。それから『こちらも特に』と紡がれかけた言葉は、それきり途切れて沈黙が落ちる。
どうした、と尋ねたウィルフォードに、同じ会話グループの設定をしているから会話を聞いていたパープルの声が、重なる。それにほんの少しの間を置いて、ジェールトヴァはどこか観念したような響きで『そちら』を見据えながら、言った。
「現れたみたいだ。今ならフリーダさんに馬車の護衛を頼んで、皆で逆にゴブリンに奇襲を――いや駄目だね、間に合わない」
短伝話に話す間にも、ゴブリンの凶暴な気配は近くなる。しかけた提案を、故に自ら握り潰したジェールトヴァにウィルフォードが、応援に向かう、と短く言った。
●
ゴブリンは、右前方から現れた。それにリィンが気付けたのは、風もなく響いた葉ざやのおかげだ。
一瞬の不信感は、たちまち警戒へと取って代わられた。素早く辺りを見回して、眼差しを凝らせば黄色く染まるイチョウ林の中、隠れるように動くゴブリンの姿に反射的に手綱を引く。
「来たッ! 注意してくださいッ!」
元より慎重に、ゆっくり進んでいた馬車はすぐに、軋みを上げて止まった。すかさず弓に手を伸ばしたリィンの馬車の横を、アティが大声でゴブリンの襲撃を知らせながら駆け抜ける。
向かうのは先頭、現れたゴブリンを食い止めてくれているジェールトヴァの応援。ちらりと彼女の姿を見てリィンが、馬車は任せてくださいと後方にちらり、眼差しを向ける。
さきほど見たゴブリンもまた、隊列の先に向かっているようだった。取り囲んだり、挟撃をしかけるつもりはないようだ。
だが万一の事が在るから、警戒は怠らないリィンにお願いと言い置いて、先頭へと走ったアティはけれども思わず、馬車の中から何事かと顔を覗かせようとする研究者達に大声をあげた。
「こらッ! 出てきちゃダメでしょ!?」
「……ッ!?」
「絶対出ないでね、すぐに終わらせるから。言っておくけど、ゴブリンや雑魔は言葉が通じないし、殴られたらとっても痛いわよ?」
「そうだな。そこにいるのが一番安全だろうから、あんま離れんなよー?」
「大丈夫だ、俺がちゃんと見てるから」
ついつい、孤児院でお世話してる子どもに言い含める様な口調になるアティと、すぐ後ろの馬車から声をかけたダインに、俄な殺気に怯える馬を宥めながらパープルが力強く言う。大人しくしててくれるよな、と念をおせば、2人はそれこそ子供のように、こくこく頷いて引っ込んだ。
よし、と頷く。片手に握った手綱の先、まだ怯える馬に「大丈夫だ」と繰り返し声をかけながら、逆の手に握ったチャクラムに力を込めた。
彼等が依頼人である以上、徹底して身体を張って守るのがハンターたる自分の役目だと心得る。そんなパープルにも気負いすぎるなよと声をかけてダインは、自身が乗ってきた馬車の前で不安そうに首を振る馬の首筋を撫でた。
「ちょっと騒がしくなるけど、我慢してくれよ……!」
ぶるる、と応えるように鳴く馬をもう一度撫で、さて、と先を振り返る。ゴブリン達は見たところ、連携の取れた動きというよりはただ集団で、まっすぐに向かって来ているようだ。
情報に寄れば、敵わない相手と見るとすぐに逃げてしまうらしい。それはそれで助かるが、あちらには弓を持っているものも居るらしいのが厄介だ。
「遠距離から仕掛けてくる奴は、悪いけど宜しく!」
「任せてください」
弓をきりりと引き絞り、周囲へとゆっくり巡らせながらリィンが振り返らないまま、頷く。頼むな、と朗らかに笑ったダインも、彼女を振り返らない。
こちらも頼むと己の馬をリィンの乗る馬車に結び、ウィルフォードが走り出した。後方から襲って来る敵の気配はない、ならば戦闘に不慣れな馬は預け置いて、己が身一つで駆けた方がいい。
(依頼人は心配なさそうだしな)
ちらりとそちらを見れば、まさにゴブリンに向かってチャクラムを投げるパープルの姿があった。馬は、まだ少し怯えているか。
ならば。
(荷台に近い個体から葬ってやろう)
口の中で呟いて、ウィルフォードは瞬時に最適な魔法はどれか思い浮かべる。ウォーターシュート、ファイアアロー、ウィンドスラッシュ。今、視界に入っているゴブリンの位置から、推し量れる実力から、どれが一番効率が良い?
ゴブリン達は一行を、まだ自分達よりは非力な相手と誤認しているようだった。ならば今のうちに叩くが良策と、馬車に取りつこうとした1体をダインの、踏み込みに強打を載せた手加減なしの一撃が叩き切る。
ざわり、空気がどよめいた。だがまだ、彼らは今の一撃がまぐれなのか、実力なのかを測りかねている。
(出来ればこのまま、気付かれないようにやっちゃいたい、けど……!)
難しそうかなと思いながら、アティが放ったホーリーライトは過たず、槍を構えていたゴブリンへと命中した。人数差はまだ歴然として存在しているし、威嚇もかねて出来るだけ派手に。
怯える馬から下りたジェールトヴァも、冷静に魔法を練り上げてゴブリンへと放った。その後ろからパープルも、何とか落ち着いた馬の手綱をひとまず御者台に結び、弓を引き絞って矢を放つ。
それに、ゴブリン達が動いた。すなわち、とても叶わぬ相手だと判断して逃げ出した。
そんなゴブリン達の背中へと、リィンはまだ油断なく鏃を向ける。イチョウ林の中に逃げ込んだゴブリンが、わずかでもこちらを振り返れば容赦なく矢羽を放し、命中力をあげた鋭い一撃をお見舞いする。
「――こっちには、来ないでくださいね」
告げる彼女の言葉が、聞こえていたものか。すくみ上がるゴブリン目掛けて、ウィルフォードのファイアアローが追い撃ちをかけ。
――すべてのゴブリンがハンター達の視界から消えるまで、そう長い時間はかからなかった。
●
逃げ出したゴブリン達が、すっかり辺りから気配すら感じられなくなったのを確かめて、ほぅとパープルは肩で大きく息を吐いた。あれだけ必死に逃げ出したのなら、恐らく、当分は戻って来ないだろう。
やれやれ、と安堵しながら得物を置く。馬車に被害が出ていないか確かめに行ったダインは、ついでに荷物の隙間から中身を何とか覗けないかと顔を近づけていて、リィンに苦笑されていた。
そうして、これからの行程を軽く話し合おうと集まったハンター達に、「あの」とおずおず声がかけられる。
「もう出ても良いですか……?」
それは、戦闘の間中は言われた通り大人しくしていた、2人の依頼人。怯えた様子が全くない2人に、誰からともなく顔を見合わせ、苦笑する。
大丈夫だと声をかけると、さっそく2人は目を輝かせて飛び出してきた。これじゃ本当に子供だと、思いながらもアティは軽く頭を下げる。
「さっきは悪かったわ」
依頼人を完全に子供扱いして怒鳴り付けたのは、さすがに失礼だった自覚は在る。なんとなくあの方が効果がありそうだと思ったからだし、実際そうだたけれども。
そんなアティに2人は、気にしてないと首を振った。それよりも、と荷物の無事を気にする2人にダインが問題はなかったと教えてやると、ほっとした表情になる。
そんな2人に、リィンは笑いかけた。
「今度、動いてるところも是非見せてくださいね? 楽しみにしています」
「ええ、ぜひ! 凄いんですよ、この装置は実は」
「――さっさと行くぞ。道中は黙れと言っただろう」
長くなりそうな話をウィルフォードがさっさと遮り、己の馬にひらりと跨がった。それが合図のように、誰もが自身の担当する馬車へと戻っていく。
――そうして無事、彼らが件の実験場に辿り着いたのは、数日後の事だった。
依頼結果
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相談卓 ダイン(ka2873) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2014/12/03 00:04:50 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/12/01 08:22:17 |