ゲスト
(ka0000)
演想──獣道を踏む
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~5人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/01/12 07:30
- 完成日
- 2018/01/20 09:40
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「……。悪くなかったと、思うよ」
何かを言いかけてから、言い直した。そんな間があった。
「悪くなかった、ですか」
「よかったよ、って言おうと思ったんだ。でも君が満足しきっていないようだったから」
「……。納得は、してるんですけどね。やると決めたからには、全力は尽くしてきた……つもりです」
「うん。僕から見てもちゃんと納得させられるものだと思ったよ。この状況と環境でよくやったもんだなあと思うよホント」
それが。
本番前の最後の通し稽古を終えての、二人の役者の感想だった。
状況と環境。一人がそう告げたとき、もう一人──伊佐美 透(kz0243)──は少し肩を落としながら苦笑した。
異世界に転移し、力を得てハンターとして戦ってきたという特異な経験を経た者たち。あるいは、異世界それ自体の住人。さらには人とは異なる知的生命体。これらの存在をリアルブルーにおいて発信していきたい、という想いによってこの企画は立案された。
だが現在。クリムゾンウェストにその存在を根ざしていると言っていいハンターがリアルブルーで、計画的な活動を行うのは難しい。現状においては個人の都合に過ぎないわけで、理由もなく転移門がつかえるわけもない。
本番前の最後の稽古、といったが、本公演において、透を含めた通し稽古は実質これ一回きり。……それまでは、リアルブルー側における稽古は、目の前の役者が代役となって行っていた。
実質、ぶっつけ本番みたいなもので、まあ、かなりの無茶である。透が、そして、企画主である中橋源二が進もうとする先はまだ誰も踏み分けたことがない場所だ。
「『おかえり』、って、言うのはまだ早いのかなあ」
相手の言葉に、透は目を細めた。おかえり。その言葉は、確かに胸に染みた。舞台。客席。楽屋。それから、いつかまた共演出来たらいいねとかつて笑いあった存在。ああそうだ。帰りたいと望み続けてきたのは、ここだ。そして、だからこそ痛烈に感じている。足りない、と。
「……ちゃんと、戻ってきたいです。いつか必ず。……なるべく早く」
だからこそ、道なき道を行く決意をしたのだ。力づくでも進めば獣道ができるかもしれないと願って。
●
ところで、今回の企画においてハンターをこちらに呼ぶ──転移門を使用するためには、やはりそれなりに方便は必要だった。彼一人を移動させるためだけにというのはやはり、理由として苦しいものがあるからだ。だから今回。神奈川県内のとある小劇場で行われるこの劇において、ハンターオフィスには正式に依頼が出されていた。
鎌倉クラスタの影響をかんがみて、万が一のための警備要員として、ハンターの派遣をお願いしたい、と。
……それが通るということはつまり、実際、それがありえるという程度に鎌倉クラスタの脅威はまだリアルブルー側にとって消えきっていない、ということでも、ある。
「──……え」
幕が上がった劇のさなか。台詞の途中で透が発した声は。見せた動きは、明らかにイレギュラーなものだった。
公演中は消されているはずの非常灯、そして客席に明かりがともされたことで、観客たちにもはっきりと異常が周知される。
……やがて、劇の中断がアナウンスされる。県内にVOIDの出現が確認された。現在、ここは避難地域とはされていないが、状況の推移を確認し判断が必要になるかもしれないので一度公演をとめる、と。
客席からは、さまざまな想いがざわめきとなって漏れた。戸惑い。不満。不安。そのほとんどが……自分へと向かっていることを、透は意識した。
気圧されそうになりながら、踏みとどまる。演目は中断された。だが、まだ、幕は下りていない。自分は舞台の上にいる。この空気の中で、彼の意識はまだ、役者だった。リテイクが利かない生の舞台上、アドリブが求めれるアクシデントなんていつだって起こりえる。観客の視線を受けながら、咄嗟に、何をすべきなのか考えていた。彼らが透に期待を向けるのは、彼らが認識しうる唯一のハンターだからこそ、なのだろう。危機を打破しうる、希望の存在。それが分かって……自分は今、何を演じるのか。不安を取り除き、落ち着かせるために、何を言えばいい。たとえば堂々たる英雄を見せれば、彼らは安心するだろうか。だが。
もうひとつ、浮かび上がる想いがある。何を演じるべきかではなく、何を演じたいのか。なんになるために、自分はここに来た。ここまで、来た。その道のり。
「皆さん……──」
客席に向き直り、透は静かに歩み出た。
「これまでの、マナーのある観劇に感謝いたします。……そして、どうかそのまま、私たちに力を貸してください。
まもなく、我々の仲間が討伐に向かうことでしょう。どうか、彼らを信じてください。
他人にゆだねて、ただ待っているというのがどれほど恐ろしいことかは分かっています。だからこそ、任せろ、とは言いません。どうか、信じる、という形で、共に闘ってほしい。それがきっと、私たちの力になる。
これはあくまで渡し個人の想いですが。私は、全てを護り、導くことができるとは思っていません。この世界の一員として。共に歩むために、ここにいます──だからどうか、今、力を貸してください。静かに、信じて、待っていてほしい」
英雄になるのではなく。ヒーローとしてではなく、自分を見せたい。元の住人として、受け入れてほしい。それが自分が見せたいもので目指したいゴールだから、胸を張るのではなく、頭を下げて、望む。……それがこの場で正しいのかは、分からないと自覚しながら。
●
「ふぅーん……」
客席の中でもいわゆる関係者が集められる一角で声を上げたのは、40代ほどに見える女性だった。
「まあ、リスキーな企画ではあるのよね。公演日数や時間がろくに幅を持たせられないんだから。今は中断ってなってるけど、このまま中止になったら、また企画が立ち上がるもんかしら」
淡々とした口調は、どうでもよさそうに見せようとしている、そんなわざとらしさがあった。
「ここで。異世界の住人の話をリアルブルーの役者に聞かせて演じさせるだけじゃなくて。そいつにしか表現し得ないものを持ってると見せてやれなきゃ、たぶん次はない。正直、あたしはあんまり期待してなかったんだけどねー……一応、最後まで見てみたくはなった、かな」
だから頼むわね、と、同じく関係者席に集められていたハンターたちを見送って、女性はつぶやく。
「……もし無事再開できて、ブランク置いてもまだましな演技見せるようならまあ、後で楽屋にどんな面下げてくるか見に行っては、やるか」
何かを言いかけてから、言い直した。そんな間があった。
「悪くなかった、ですか」
「よかったよ、って言おうと思ったんだ。でも君が満足しきっていないようだったから」
「……。納得は、してるんですけどね。やると決めたからには、全力は尽くしてきた……つもりです」
「うん。僕から見てもちゃんと納得させられるものだと思ったよ。この状況と環境でよくやったもんだなあと思うよホント」
それが。
本番前の最後の通し稽古を終えての、二人の役者の感想だった。
状況と環境。一人がそう告げたとき、もう一人──伊佐美 透(kz0243)──は少し肩を落としながら苦笑した。
異世界に転移し、力を得てハンターとして戦ってきたという特異な経験を経た者たち。あるいは、異世界それ自体の住人。さらには人とは異なる知的生命体。これらの存在をリアルブルーにおいて発信していきたい、という想いによってこの企画は立案された。
だが現在。クリムゾンウェストにその存在を根ざしていると言っていいハンターがリアルブルーで、計画的な活動を行うのは難しい。現状においては個人の都合に過ぎないわけで、理由もなく転移門がつかえるわけもない。
本番前の最後の稽古、といったが、本公演において、透を含めた通し稽古は実質これ一回きり。……それまでは、リアルブルー側における稽古は、目の前の役者が代役となって行っていた。
実質、ぶっつけ本番みたいなもので、まあ、かなりの無茶である。透が、そして、企画主である中橋源二が進もうとする先はまだ誰も踏み分けたことがない場所だ。
「『おかえり』、って、言うのはまだ早いのかなあ」
相手の言葉に、透は目を細めた。おかえり。その言葉は、確かに胸に染みた。舞台。客席。楽屋。それから、いつかまた共演出来たらいいねとかつて笑いあった存在。ああそうだ。帰りたいと望み続けてきたのは、ここだ。そして、だからこそ痛烈に感じている。足りない、と。
「……ちゃんと、戻ってきたいです。いつか必ず。……なるべく早く」
だからこそ、道なき道を行く決意をしたのだ。力づくでも進めば獣道ができるかもしれないと願って。
●
ところで、今回の企画においてハンターをこちらに呼ぶ──転移門を使用するためには、やはりそれなりに方便は必要だった。彼一人を移動させるためだけにというのはやはり、理由として苦しいものがあるからだ。だから今回。神奈川県内のとある小劇場で行われるこの劇において、ハンターオフィスには正式に依頼が出されていた。
鎌倉クラスタの影響をかんがみて、万が一のための警備要員として、ハンターの派遣をお願いしたい、と。
……それが通るということはつまり、実際、それがありえるという程度に鎌倉クラスタの脅威はまだリアルブルー側にとって消えきっていない、ということでも、ある。
「──……え」
幕が上がった劇のさなか。台詞の途中で透が発した声は。見せた動きは、明らかにイレギュラーなものだった。
公演中は消されているはずの非常灯、そして客席に明かりがともされたことで、観客たちにもはっきりと異常が周知される。
……やがて、劇の中断がアナウンスされる。県内にVOIDの出現が確認された。現在、ここは避難地域とはされていないが、状況の推移を確認し判断が必要になるかもしれないので一度公演をとめる、と。
客席からは、さまざまな想いがざわめきとなって漏れた。戸惑い。不満。不安。そのほとんどが……自分へと向かっていることを、透は意識した。
気圧されそうになりながら、踏みとどまる。演目は中断された。だが、まだ、幕は下りていない。自分は舞台の上にいる。この空気の中で、彼の意識はまだ、役者だった。リテイクが利かない生の舞台上、アドリブが求めれるアクシデントなんていつだって起こりえる。観客の視線を受けながら、咄嗟に、何をすべきなのか考えていた。彼らが透に期待を向けるのは、彼らが認識しうる唯一のハンターだからこそ、なのだろう。危機を打破しうる、希望の存在。それが分かって……自分は今、何を演じるのか。不安を取り除き、落ち着かせるために、何を言えばいい。たとえば堂々たる英雄を見せれば、彼らは安心するだろうか。だが。
もうひとつ、浮かび上がる想いがある。何を演じるべきかではなく、何を演じたいのか。なんになるために、自分はここに来た。ここまで、来た。その道のり。
「皆さん……──」
客席に向き直り、透は静かに歩み出た。
「これまでの、マナーのある観劇に感謝いたします。……そして、どうかそのまま、私たちに力を貸してください。
まもなく、我々の仲間が討伐に向かうことでしょう。どうか、彼らを信じてください。
他人にゆだねて、ただ待っているというのがどれほど恐ろしいことかは分かっています。だからこそ、任せろ、とは言いません。どうか、信じる、という形で、共に闘ってほしい。それがきっと、私たちの力になる。
これはあくまで渡し個人の想いですが。私は、全てを護り、導くことができるとは思っていません。この世界の一員として。共に歩むために、ここにいます──だからどうか、今、力を貸してください。静かに、信じて、待っていてほしい」
英雄になるのではなく。ヒーローとしてではなく、自分を見せたい。元の住人として、受け入れてほしい。それが自分が見せたいもので目指したいゴールだから、胸を張るのではなく、頭を下げて、望む。……それがこの場で正しいのかは、分からないと自覚しながら。
●
「ふぅーん……」
客席の中でもいわゆる関係者が集められる一角で声を上げたのは、40代ほどに見える女性だった。
「まあ、リスキーな企画ではあるのよね。公演日数や時間がろくに幅を持たせられないんだから。今は中断ってなってるけど、このまま中止になったら、また企画が立ち上がるもんかしら」
淡々とした口調は、どうでもよさそうに見せようとしている、そんなわざとらしさがあった。
「ここで。異世界の住人の話をリアルブルーの役者に聞かせて演じさせるだけじゃなくて。そいつにしか表現し得ないものを持ってると見せてやれなきゃ、たぶん次はない。正直、あたしはあんまり期待してなかったんだけどねー……一応、最後まで見てみたくはなった、かな」
だから頼むわね、と、同じく関係者席に集められていたハンターたちを見送って、女性はつぶやく。
「……もし無事再開できて、ブランク置いてもまだましな演技見せるようならまあ、後で楽屋にどんな面下げてくるか見に行っては、やるか」
リプレイ本文
●開演前
稽古の最終合わせを終えて戻ってくると、透は改めて大道具の手伝いを申し出てくれたルベーノ・バルバライン(ka6752)へと礼を述べた。
制作などは事前に殆ど済まされていたが、設置を手伝ってくれたのは有難かった。通常の人間より剛力のハンターが加わったことで、予定より早く進めることが出来たのだ。おかげて一部見直し稽古も出来た。単に戦闘ではない覚醒者の姿を、蒼の世界の住人が目にする機会が出来たというのも意義のある事だろう。
「……で、これは何なんだろうか」
そうして、透は今度は、一段階低くした声で星野 ハナ(ka5852)へと話しかける。
「これぞ備えあれば婦女子が嬉しい、ですぅ。いざという時の無茶振りまで想定しておくとぉ、落ち着いて演技できると思いますよぅ?」
言いながら彼女が掲げたのは、
『中座の際は再開まで伊佐美透の黒歴史大公開! お気楽にご鑑賞ください』
と物凄く綺麗に描かれた幟だった。
「本歌取りな小ネタは受けると思いますしぃ、不安な時ほど笑いですぅ。私達ハンターは依頼人の幸せを追究するお仕事ですからぁ、お客様の不安はバッチリ除去しないとぉ」
まあ、いいかと透は己を納得させた。どうせ現時点では念のための備え、ただの心構えの話だ。あとは彼女なりに、緊張を解そうとしてくれているのかもしれない。
変に騒ぐのも逆に思う壺かと思って、透はこの場は苦笑して受け流す。
それだけの、筈だった。
●そして、中断
「やれやれ。どこにでも無粋な敵はいるものだな」
一報に、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が立ち上がる。
「……うわぁ、ナントカの法則ですぅ。透さん片付けヨロですぅ……透さんなら無茶振り踏み越えられると信じてますよぅ」
いったん舞台袖に退いた透へ、最初にかけられたのはハナのそんな言葉だった。
「一緒に敵を倒すか、ここに残って観客を安心させるかは透さんに任せるよ。きみ自身の『想い』に素直に従うと良い」
透の迷いを見透かすように静かに声をかけたのは、鞍馬 真(ka5819)だった。
「戦場の違いじゃないですぅ? 私は依頼人の幸せ追求のためにハンターしてますぅ。歪虚ブッコロはそのついでですぅ。透さんは2つの世界を渡って俳優するための手段としてハンターしてるんじゃないですぅ? だったら演じるついでにお客様の不安軽減、で良いと思いますぅ」
ハナもまた。後押しをするかのように追加でそう告げてくる。
……それらのやり取りから。
大伴 鈴太郎(ka6016)は、分かりやすく距離を取っていた。わざとらしくどこかに連絡したり、そうして手に入れた地図に目を落したり、真から、あからさまに視線を逸らしている。
依頼後に感情的になったまま「透を見損なった」とまで言い放っているため、特に真に対して気まずさが残っていた。
「大伴さん」
「お、おう!?」
アルトが声をかけると、鈴は分かりやすく肩を跳ねさせて反応した。
「地図の手配、感謝するよ。仲間内での連絡のためにも、見知らずの場所での場所共有は必須だよね」
「! あ、ああ。だろ!」
そうして。『そういう話』ではないと分かると、これまた分かりやすく安堵を見せる。
「地図の中で特徴的な建物や道などが目星をつけておこう。一緒に見てくれるかい」
アルトは少し考えて、試すように作戦や地点について話しかける。やがて鈴は真剣な顔で引き込まれ始めた。
……これなら、大丈夫か。仕事や戦闘にまで集中が散漫になるほどではあるまい。ならごたごたは目先のことを片付けてからの方がいい。そこについては、自分の出る幕ではなかろうが。
唯一透と初対面のアルトは冷静に、傭兵として、事態に臨む。
そこで。
「生ぬるいわっ!」
ルベーノの一喝が、舞台袖に響いた。
「本音と建前をきちんと使い分けて何が悪い? お前はどうも何か勘違いしているようだからわざわざ言葉にするが。俺たちはな、お前の演じるという夢がどこに辿り着くのか見てみたいのだ。だからこそ、万が一のための警備要員派遣という依頼に参加しているのだ。ならばお前は、この舞台の上でやるべきことがあるだろう? 信じる? 待つ? お前の夢に、野望に、観客全てを惹きこむのがお前の仕事だろうが! 歪虚退治は我らに任せ、一期一会のこの場所で、伊佐美透を魅せて来い!」
……ルベーノの言葉に、透は本当に、心から衝撃を受けた様子で目を見開いた。
「俺の……目指す先を、貴方が……?」
ハンターとしては、身勝手な夢だと思っていた。勿論、応援してくれる存在は認識していたが、あくまで『友人』という関係あっての思いやりの範囲だと。
──自分が往く先、そこに、本気で目を向けている人が、ハンターの中に居るとは、本気で思っていなかったのだ。
視線は、声は、真剣なものと分かる。だから透も真っ直ぐに彼を見返した。
「……それでいいというのなら。勿論俺だって、皆のことは信じてる」
静かに、落ち着いた声。それでも、この場の全員に聞こえる発声で、透は答えた。ルベーノが頷くのを確認して、そして、それぞれは歩き出す。それぞれの戦場へ──透だけ一人、逆の方向へ。
『折角なので待機の間、フリートークでもしましょうか』
マイクを通した声でそう聞こえてくると、ハナが式神を出現させ透の傍を件の幟を持たせて練り歩かせた。
客席の何カ所からは、肩の力が抜けたような忍び笑いが洩れて。
「皆さんは、私たちに任せて大船に乗ったつもりで構えていてください」
それでも不安が消えない人々に、駆け抜けていく真の、安心させるよう、やや大袈裟に言った声が響いていった。
●討伐戦
初めに敵が発見されたという地点に到達すると、一行は思い思いに索敵を始めた。何名かが、スキルを駆使し身軽に建物の上へと乗り上げ、双眼鏡などを用いて周囲を確認する。分かったことは、敵は完全にばらけて……しかし、目指す方向は大体同じという事だった。
ばらけて捕捉されないようにしながら、町を目指し少しでも被害を与えるつもりだろうか。
……ハンターと交戦する、と言うのとは違う目的を感じた。そこに含まれる悪意を探る暇はなく、一行は散開して対処に当たる。
駆け抜けるアルトが飛びのくと同時に、衝撃波が眼前を薙いだ。砕けたアスファルトの筋を逆にたどると、長剣を構えた人形の姿がある。
周囲の気配を探る。複数の敵が近くに居るなら仲間への連絡が最優先……だがその様子はない。
次の瞬間、彼女が居た場所で、炎が弾け、彼女は人形のすぐそばに移動していた。人形の頭部から、ジィ……と小さな音がする。まるでカメラの焦点を合わせようかとするような。
(近づいて斬るしか能がないのを共有されても困る)
速攻で片づけるのを狙おう。踏み込んだ勢いに乗せて斬撃を叩きつける。刃は敵の胴体に傷を入れながら相手をよろめかせた。後方によろめきながら距離を取り直そうとする相手を、死を結ぶ紅い糸が牽制する。再び詰まる距離。そのままアルトに優位な間合いで二度、三度と互いの武器が交差する。
さして機動力のある手合いではない。向こうも次第にそれを学習したのだろう、下がることをあきらめ、全力で打ち込んでくる。避けきれず受けた一撃は軽くはなく、幾筋か彼女の肌に傷を刻むことを許した。
それでも、懐に入った彼女の方が手数も多ければ一撃も深い。切り付けた傷はやがて亀裂となり、敵の装甲を剥がしていく。迷うことなく、彼女はそのまま攻め続けた。
出来れば拳銃から始末したい、と述べたルベーノがアルトから指示された地点へと向かうと成程銃撃が出迎えてくれた。距離を詰める間放たれる銃弾に対し、鉄爪で急所を庇うようにして進む。ある程度距離が詰まったところでマテリアルを練り上げた。
直線で放たれた衝撃波が敵に直撃する。そのまま、距離を詰めた。
「こちらもあれだけの大口を叩いてきたのだ、見つけられませんでしたとなどとしっぽを巻いて逃げかえる訳にはいかん。こうなったら建物の内部も確認せねばな」
呟く。そのためには、眼前の敵を可能な限り早く倒す必要があるのだが。振り上げた爪にマテリアルを込め、威力を貫通させる。
敵も近接距離から上手く肘を締めてルベーノに反撃してくる。だが、蓄積させているダメージは明らかにルベーノに分がある。
やがて人形はやや強引に飛びのいて距離をとった。片手で拳銃を持ち片手を上部に添える奇妙な構えを見せる。
仕掛けてくる気配を感じ、ルベーノは身構えた。次の瞬間、複数の銃弾が纏めて彼に襲い掛かる──!
……これが逆に、敵にとっての致命打の呼び水となった。鉛玉が全身のあちこちを打つ痛みに耐えながら、衝撃を体内を巡る気功へと転化する。練気を乗せた爪が、敵の胴体を斜めに切り裂いていく。
標的を見定めると、真は両手の武器にマテリアルを纏わせつつ屋根から飛び降りた眼前には小剣を持った一体。身構えるのを待たずに、一刀で掬い上げるように敵の剣を跳ね上げ、もう一刀で斬りかかる。首尾よく狙った相手と対峙できた。妹的存在の鈴が苦手とする存在。それを見つけたからこそ、彼は他に見つけた敵は無線で連絡してこちらへと向かったのだ。
相手は身軽に身体を翻し体勢を立て直すと反撃を放ってくる。軽く横薙ぎにする振りの小さい攻撃。牽制しつつ距離を置こうというのだろう──だからこそ、真は、繰り出したままの刃が身体に触れそうになるのも厭わず踏み込んでいく。交差し、腕を浅く斬らせながら一撃を敵の胸へと突き込んでいった。
二刀の手数によって、このまま主導権を握ろうとする。逃げようとすれば、また踏込で距離を詰める。
聞くほど苦戦する手合いとも思えなかった。実際、ヒットアンドアウェイと言うのは仲間との連携あっての戦法だ。専任して張り付かれたら余程移動力が無い限り引き離せないか、手出しの出来ないただの追いかけっこになるだけだ。
やがて敵も腰を据えての打ち合いに転じてきた。剣閃は、中々に速い。幾度か、二刀の隙間を縫って切り付けてくる斬撃があった。だが、それを意に介さない真から、敵が主導権を奪い返すことは無かった。
鈴もまた、発見した敵に向かって駆け抜けていく。敵は既に彼女の方を向いていた。身体の向きとともに、銃口も。
発砲音が響く。肩の高さで構えられたそれを鈴は姿勢を低くして掻い潜って、距離を詰める。一撃を切り抜ければ拳銃の射程距離を縮めるには十分だった。意識を研ぎ澄まし、一撃に込める。その挙動に、誰かの面影が重なる。拳は相手の身体ど真ん中に叩き込まれ、浸透し、衝撃は銃のトリガーにかけていた指先までを硬直させた。
既に逆側の腕は二撃目を繰り出している。動けぬ体をそのまま吹き飛ばす。無機質な肢体が地に倒れ、跳ねる。鈴は手加減なく未だ衝撃から立ち直らぬ敵に襲い掛かる。狙うのは前回も見た、通信と記録を行っていたと思しき側頭部の機械部分。
だが、破壊しきるよりも先にまた火薬の音が響いた。腕を畳み無理矢理零距離から射撃を放ってきたのだ。
ろっ骨を叩かれた。呼気に痛みを感じて、それを自覚する。打撲で済んでいればいいが。骨にまでダメージが浸透していれば後にかなりの痛みとなるだろう。
己が受けた痛みがどれほどのものなのか、確かめるように彼女は再び拳を振るう。
──勝てない、とは思っていなかった。ただ、この後劇場に戻って。公演の間誤魔化せるだろうかと、それが少し気がかりだった。
それもすべて、こいつらを倒してから。彼女は再び拳を振り上げ、下ろす。
ハナの戦闘は……まあ、わりと身もふたもない。
「発見ですぅ、このまま吶喊しますよぅ」
バイクの音に誘われて現れた長剣使いに対し、五色光符陣が襲い掛かる。目をくらませている隙に符を補充し、再度五色光符陣。
一対一で距離のある内から先手が取れた状態ならば、目くらましがきいている間は所謂『ハマリ』の状態においておけるわけである。
無論相手も時折抵抗し、距離のある状態からも負のマテリアルを込めた斬撃を飛ばしては来るのだが……やはり、単純に動けるタイミングに差がつく以上、情勢は覆らなかった。
光に灼かれ動けない中。人形には表情は無く、その心境はうかがえない。全身を光に包まれながら。ただ、その頭部から覗く機械は、はっきりと彼女へと向けられ、壊れるその瞬間まで光を明滅させていたが。
「こちらも発見し、撃破した。残りはあと何体だ?」
ルベーノの無線の呼びかけに対し、各々が返答する。
それぞれが各個撃破し救援の必要はなく、残る一体の小剣はアルトが発見した。
「これ以上進ませませんよぅ」
最初に追いついたのはバイクで移動するハナだ。やがて他のハンターたちも集結し……そこから先の戦闘については、まあ、記すほどでもない。
●閉幕
ハンターたちの報告が齎されると、再度の確認が取られたのちに公演の再開は許可された。──計ったように、彼らが劇場へと戻ったタイミングで。
盛大な拍手に包まれて、残りの幕は無事に降りる。
上演後、一般客が全て退場した後、許可を得て、楽屋へと向かう者たちも居た。透の元へは先客がいるようで、話声がする。
「……来ていただけて、本当に、ありがとうございます。──社長」
話している相手は、彼がかつて連絡を取りたいと言っていた……かつての所属事務所の社長だった。中橋からの連絡に、観てから考える、と答えた女性社長は、暫く彼が失踪した後の苦労話でネチっと彼をいじり倒して満足してから、言った。
「簡単な話じゃないわよ。あんたを見限ったか待ち続けた人間は、その分を余計に求めてくる。あたしもね──そこを踏まえて、悪くなかった」
告げられた感想に。「ありがとうございます」と答える声は、掠れていた。
じゃああたしあのプロデューサーと話があるから、と去っていく女性と、真が入れ替わりになった。また新たな一歩が刻まれる予感に、真は喜びを覚えた。
「お疲れ様。変なところで中断になったのに、気にならないくらいいい舞台だった」
笑ったし、泣いた。素直な感想を真は伝える。再開後の方がいい演技に感じたかもしれない、と言うと、応えないわけにいかないからな、と透も笑い返す。やがて真の話も終わると……もう一人、そこに待っている人がいた。
「仲直りはできそうかな?」
軽い口調で言いながら、真は脇に避けて道を譲る。
意を決した顔の鈴が、そこに立っていた。観客へ向けた言葉を聞いたときすでに、改めて透を認める気持ちを確かめている。
「おめでとう」
ただ一言、それだけでも、彼女には勇気がいた。
「……ありがとう。やっぱり、君にそう言ってもらえるのは嬉しいよ」
透も、ただそれだけを答えた。互いに、前にあったことには触れずに、それだけを。
稽古の最終合わせを終えて戻ってくると、透は改めて大道具の手伝いを申し出てくれたルベーノ・バルバライン(ka6752)へと礼を述べた。
制作などは事前に殆ど済まされていたが、設置を手伝ってくれたのは有難かった。通常の人間より剛力のハンターが加わったことで、予定より早く進めることが出来たのだ。おかげて一部見直し稽古も出来た。単に戦闘ではない覚醒者の姿を、蒼の世界の住人が目にする機会が出来たというのも意義のある事だろう。
「……で、これは何なんだろうか」
そうして、透は今度は、一段階低くした声で星野 ハナ(ka5852)へと話しかける。
「これぞ備えあれば婦女子が嬉しい、ですぅ。いざという時の無茶振りまで想定しておくとぉ、落ち着いて演技できると思いますよぅ?」
言いながら彼女が掲げたのは、
『中座の際は再開まで伊佐美透の黒歴史大公開! お気楽にご鑑賞ください』
と物凄く綺麗に描かれた幟だった。
「本歌取りな小ネタは受けると思いますしぃ、不安な時ほど笑いですぅ。私達ハンターは依頼人の幸せを追究するお仕事ですからぁ、お客様の不安はバッチリ除去しないとぉ」
まあ、いいかと透は己を納得させた。どうせ現時点では念のための備え、ただの心構えの話だ。あとは彼女なりに、緊張を解そうとしてくれているのかもしれない。
変に騒ぐのも逆に思う壺かと思って、透はこの場は苦笑して受け流す。
それだけの、筈だった。
●そして、中断
「やれやれ。どこにでも無粋な敵はいるものだな」
一報に、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が立ち上がる。
「……うわぁ、ナントカの法則ですぅ。透さん片付けヨロですぅ……透さんなら無茶振り踏み越えられると信じてますよぅ」
いったん舞台袖に退いた透へ、最初にかけられたのはハナのそんな言葉だった。
「一緒に敵を倒すか、ここに残って観客を安心させるかは透さんに任せるよ。きみ自身の『想い』に素直に従うと良い」
透の迷いを見透かすように静かに声をかけたのは、鞍馬 真(ka5819)だった。
「戦場の違いじゃないですぅ? 私は依頼人の幸せ追求のためにハンターしてますぅ。歪虚ブッコロはそのついでですぅ。透さんは2つの世界を渡って俳優するための手段としてハンターしてるんじゃないですぅ? だったら演じるついでにお客様の不安軽減、で良いと思いますぅ」
ハナもまた。後押しをするかのように追加でそう告げてくる。
……それらのやり取りから。
大伴 鈴太郎(ka6016)は、分かりやすく距離を取っていた。わざとらしくどこかに連絡したり、そうして手に入れた地図に目を落したり、真から、あからさまに視線を逸らしている。
依頼後に感情的になったまま「透を見損なった」とまで言い放っているため、特に真に対して気まずさが残っていた。
「大伴さん」
「お、おう!?」
アルトが声をかけると、鈴は分かりやすく肩を跳ねさせて反応した。
「地図の手配、感謝するよ。仲間内での連絡のためにも、見知らずの場所での場所共有は必須だよね」
「! あ、ああ。だろ!」
そうして。『そういう話』ではないと分かると、これまた分かりやすく安堵を見せる。
「地図の中で特徴的な建物や道などが目星をつけておこう。一緒に見てくれるかい」
アルトは少し考えて、試すように作戦や地点について話しかける。やがて鈴は真剣な顔で引き込まれ始めた。
……これなら、大丈夫か。仕事や戦闘にまで集中が散漫になるほどではあるまい。ならごたごたは目先のことを片付けてからの方がいい。そこについては、自分の出る幕ではなかろうが。
唯一透と初対面のアルトは冷静に、傭兵として、事態に臨む。
そこで。
「生ぬるいわっ!」
ルベーノの一喝が、舞台袖に響いた。
「本音と建前をきちんと使い分けて何が悪い? お前はどうも何か勘違いしているようだからわざわざ言葉にするが。俺たちはな、お前の演じるという夢がどこに辿り着くのか見てみたいのだ。だからこそ、万が一のための警備要員派遣という依頼に参加しているのだ。ならばお前は、この舞台の上でやるべきことがあるだろう? 信じる? 待つ? お前の夢に、野望に、観客全てを惹きこむのがお前の仕事だろうが! 歪虚退治は我らに任せ、一期一会のこの場所で、伊佐美透を魅せて来い!」
……ルベーノの言葉に、透は本当に、心から衝撃を受けた様子で目を見開いた。
「俺の……目指す先を、貴方が……?」
ハンターとしては、身勝手な夢だと思っていた。勿論、応援してくれる存在は認識していたが、あくまで『友人』という関係あっての思いやりの範囲だと。
──自分が往く先、そこに、本気で目を向けている人が、ハンターの中に居るとは、本気で思っていなかったのだ。
視線は、声は、真剣なものと分かる。だから透も真っ直ぐに彼を見返した。
「……それでいいというのなら。勿論俺だって、皆のことは信じてる」
静かに、落ち着いた声。それでも、この場の全員に聞こえる発声で、透は答えた。ルベーノが頷くのを確認して、そして、それぞれは歩き出す。それぞれの戦場へ──透だけ一人、逆の方向へ。
『折角なので待機の間、フリートークでもしましょうか』
マイクを通した声でそう聞こえてくると、ハナが式神を出現させ透の傍を件の幟を持たせて練り歩かせた。
客席の何カ所からは、肩の力が抜けたような忍び笑いが洩れて。
「皆さんは、私たちに任せて大船に乗ったつもりで構えていてください」
それでも不安が消えない人々に、駆け抜けていく真の、安心させるよう、やや大袈裟に言った声が響いていった。
●討伐戦
初めに敵が発見されたという地点に到達すると、一行は思い思いに索敵を始めた。何名かが、スキルを駆使し身軽に建物の上へと乗り上げ、双眼鏡などを用いて周囲を確認する。分かったことは、敵は完全にばらけて……しかし、目指す方向は大体同じという事だった。
ばらけて捕捉されないようにしながら、町を目指し少しでも被害を与えるつもりだろうか。
……ハンターと交戦する、と言うのとは違う目的を感じた。そこに含まれる悪意を探る暇はなく、一行は散開して対処に当たる。
駆け抜けるアルトが飛びのくと同時に、衝撃波が眼前を薙いだ。砕けたアスファルトの筋を逆にたどると、長剣を構えた人形の姿がある。
周囲の気配を探る。複数の敵が近くに居るなら仲間への連絡が最優先……だがその様子はない。
次の瞬間、彼女が居た場所で、炎が弾け、彼女は人形のすぐそばに移動していた。人形の頭部から、ジィ……と小さな音がする。まるでカメラの焦点を合わせようかとするような。
(近づいて斬るしか能がないのを共有されても困る)
速攻で片づけるのを狙おう。踏み込んだ勢いに乗せて斬撃を叩きつける。刃は敵の胴体に傷を入れながら相手をよろめかせた。後方によろめきながら距離を取り直そうとする相手を、死を結ぶ紅い糸が牽制する。再び詰まる距離。そのままアルトに優位な間合いで二度、三度と互いの武器が交差する。
さして機動力のある手合いではない。向こうも次第にそれを学習したのだろう、下がることをあきらめ、全力で打ち込んでくる。避けきれず受けた一撃は軽くはなく、幾筋か彼女の肌に傷を刻むことを許した。
それでも、懐に入った彼女の方が手数も多ければ一撃も深い。切り付けた傷はやがて亀裂となり、敵の装甲を剥がしていく。迷うことなく、彼女はそのまま攻め続けた。
出来れば拳銃から始末したい、と述べたルベーノがアルトから指示された地点へと向かうと成程銃撃が出迎えてくれた。距離を詰める間放たれる銃弾に対し、鉄爪で急所を庇うようにして進む。ある程度距離が詰まったところでマテリアルを練り上げた。
直線で放たれた衝撃波が敵に直撃する。そのまま、距離を詰めた。
「こちらもあれだけの大口を叩いてきたのだ、見つけられませんでしたとなどとしっぽを巻いて逃げかえる訳にはいかん。こうなったら建物の内部も確認せねばな」
呟く。そのためには、眼前の敵を可能な限り早く倒す必要があるのだが。振り上げた爪にマテリアルを込め、威力を貫通させる。
敵も近接距離から上手く肘を締めてルベーノに反撃してくる。だが、蓄積させているダメージは明らかにルベーノに分がある。
やがて人形はやや強引に飛びのいて距離をとった。片手で拳銃を持ち片手を上部に添える奇妙な構えを見せる。
仕掛けてくる気配を感じ、ルベーノは身構えた。次の瞬間、複数の銃弾が纏めて彼に襲い掛かる──!
……これが逆に、敵にとっての致命打の呼び水となった。鉛玉が全身のあちこちを打つ痛みに耐えながら、衝撃を体内を巡る気功へと転化する。練気を乗せた爪が、敵の胴体を斜めに切り裂いていく。
標的を見定めると、真は両手の武器にマテリアルを纏わせつつ屋根から飛び降りた眼前には小剣を持った一体。身構えるのを待たずに、一刀で掬い上げるように敵の剣を跳ね上げ、もう一刀で斬りかかる。首尾よく狙った相手と対峙できた。妹的存在の鈴が苦手とする存在。それを見つけたからこそ、彼は他に見つけた敵は無線で連絡してこちらへと向かったのだ。
相手は身軽に身体を翻し体勢を立て直すと反撃を放ってくる。軽く横薙ぎにする振りの小さい攻撃。牽制しつつ距離を置こうというのだろう──だからこそ、真は、繰り出したままの刃が身体に触れそうになるのも厭わず踏み込んでいく。交差し、腕を浅く斬らせながら一撃を敵の胸へと突き込んでいった。
二刀の手数によって、このまま主導権を握ろうとする。逃げようとすれば、また踏込で距離を詰める。
聞くほど苦戦する手合いとも思えなかった。実際、ヒットアンドアウェイと言うのは仲間との連携あっての戦法だ。専任して張り付かれたら余程移動力が無い限り引き離せないか、手出しの出来ないただの追いかけっこになるだけだ。
やがて敵も腰を据えての打ち合いに転じてきた。剣閃は、中々に速い。幾度か、二刀の隙間を縫って切り付けてくる斬撃があった。だが、それを意に介さない真から、敵が主導権を奪い返すことは無かった。
鈴もまた、発見した敵に向かって駆け抜けていく。敵は既に彼女の方を向いていた。身体の向きとともに、銃口も。
発砲音が響く。肩の高さで構えられたそれを鈴は姿勢を低くして掻い潜って、距離を詰める。一撃を切り抜ければ拳銃の射程距離を縮めるには十分だった。意識を研ぎ澄まし、一撃に込める。その挙動に、誰かの面影が重なる。拳は相手の身体ど真ん中に叩き込まれ、浸透し、衝撃は銃のトリガーにかけていた指先までを硬直させた。
既に逆側の腕は二撃目を繰り出している。動けぬ体をそのまま吹き飛ばす。無機質な肢体が地に倒れ、跳ねる。鈴は手加減なく未だ衝撃から立ち直らぬ敵に襲い掛かる。狙うのは前回も見た、通信と記録を行っていたと思しき側頭部の機械部分。
だが、破壊しきるよりも先にまた火薬の音が響いた。腕を畳み無理矢理零距離から射撃を放ってきたのだ。
ろっ骨を叩かれた。呼気に痛みを感じて、それを自覚する。打撲で済んでいればいいが。骨にまでダメージが浸透していれば後にかなりの痛みとなるだろう。
己が受けた痛みがどれほどのものなのか、確かめるように彼女は再び拳を振るう。
──勝てない、とは思っていなかった。ただ、この後劇場に戻って。公演の間誤魔化せるだろうかと、それが少し気がかりだった。
それもすべて、こいつらを倒してから。彼女は再び拳を振り上げ、下ろす。
ハナの戦闘は……まあ、わりと身もふたもない。
「発見ですぅ、このまま吶喊しますよぅ」
バイクの音に誘われて現れた長剣使いに対し、五色光符陣が襲い掛かる。目をくらませている隙に符を補充し、再度五色光符陣。
一対一で距離のある内から先手が取れた状態ならば、目くらましがきいている間は所謂『ハマリ』の状態においておけるわけである。
無論相手も時折抵抗し、距離のある状態からも負のマテリアルを込めた斬撃を飛ばしては来るのだが……やはり、単純に動けるタイミングに差がつく以上、情勢は覆らなかった。
光に灼かれ動けない中。人形には表情は無く、その心境はうかがえない。全身を光に包まれながら。ただ、その頭部から覗く機械は、はっきりと彼女へと向けられ、壊れるその瞬間まで光を明滅させていたが。
「こちらも発見し、撃破した。残りはあと何体だ?」
ルベーノの無線の呼びかけに対し、各々が返答する。
それぞれが各個撃破し救援の必要はなく、残る一体の小剣はアルトが発見した。
「これ以上進ませませんよぅ」
最初に追いついたのはバイクで移動するハナだ。やがて他のハンターたちも集結し……そこから先の戦闘については、まあ、記すほどでもない。
●閉幕
ハンターたちの報告が齎されると、再度の確認が取られたのちに公演の再開は許可された。──計ったように、彼らが劇場へと戻ったタイミングで。
盛大な拍手に包まれて、残りの幕は無事に降りる。
上演後、一般客が全て退場した後、許可を得て、楽屋へと向かう者たちも居た。透の元へは先客がいるようで、話声がする。
「……来ていただけて、本当に、ありがとうございます。──社長」
話している相手は、彼がかつて連絡を取りたいと言っていた……かつての所属事務所の社長だった。中橋からの連絡に、観てから考える、と答えた女性社長は、暫く彼が失踪した後の苦労話でネチっと彼をいじり倒して満足してから、言った。
「簡単な話じゃないわよ。あんたを見限ったか待ち続けた人間は、その分を余計に求めてくる。あたしもね──そこを踏まえて、悪くなかった」
告げられた感想に。「ありがとうございます」と答える声は、掠れていた。
じゃああたしあのプロデューサーと話があるから、と去っていく女性と、真が入れ替わりになった。また新たな一歩が刻まれる予感に、真は喜びを覚えた。
「お疲れ様。変なところで中断になったのに、気にならないくらいいい舞台だった」
笑ったし、泣いた。素直な感想を真は伝える。再開後の方がいい演技に感じたかもしれない、と言うと、応えないわけにいかないからな、と透も笑い返す。やがて真の話も終わると……もう一人、そこに待っている人がいた。
「仲直りはできそうかな?」
軽い口調で言いながら、真は脇に避けて道を譲る。
意を決した顔の鈴が、そこに立っていた。観客へ向けた言葉を聞いたときすでに、改めて透を認める気持ちを確かめている。
「おめでとう」
ただ一言、それだけでも、彼女には勇気がいた。
「……ありがとう。やっぱり、君にそう言ってもらえるのは嬉しいよ」
透も、ただそれだけを答えた。互いに、前にあったことには触れずに、それだけを。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/01/08 14:52:19 |
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相談卓 大伴 鈴太郎(ka6016) 人間(リアルブルー)|22才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2018/01/11 16:07:42 |
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質問卓 大伴 鈴太郎(ka6016) 人間(リアルブルー)|22才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2018/01/11 16:51:43 |