ゲスト
(ka0000)
【女神】船を食む歪虚
マスター:奈華里

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2018/01/31 12:00
- 完成日
- 2018/02/10 22:51
このシナリオは2日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
『イズ…イズ…』
遠くで声が聞こえる。辺りは真っ暗で、でもその声には確かに聞き覚えがある。
『父さん、父さんなの?』
もう現実では聞く事が出来なくなった声――…夢だと判っていても尋ねずにはいられない。
『イズ…助けてくれ。父さんの魂が、今蝕まれて』
姿なき声が彼女にそう囁きかける。
『助けてってどういう事? わからない、判らないよ父さんっ!』
彼女はそう叫び呼びかける。しかし、やはり辺りは真っ暗で姿を捕らえる事は出来ない。
『いや、いやよ、行かないで…もっと、話を聞かせてっ!』
彼女が必死に呼びかける。
「船長っ、何事ですか! ねぇ、船長!」
だが、そこで自分を揺さぶる仲間に起こされて、彼女は自分が喚いてしまっていた事を悟る。
「こ、ここは…」
必死に呼吸を整えながらイズが尋ねる。
「覚えてないんですかい? 仕事途中に立ち寄った小さな港町の宿ですよ。明日も早いからって少し早く床について、暫くしたら船長の声が聞こえてきてそれで」
心配そうにいう仲間であるが、彼女自身も今そちらに気を配る程の余裕はない。
(何だったの、さっきの夢は? 魂が蝕まれるって…どういう)
そこで彼女はハッとした。父は海の男だった。
とは言っても職種は海運業であり、海からのリスクはつきものであったが死因は仕事絡みではない。
とある港で溺れていた子供を助けて怪我をし、その傷を理由で引退する事となりその後は悠々自適。イズが生まれたのが遅かったから二十歳を過ぎる頃にはもういい年であり、天寿を全うしての旅立ちとなった。
だから歪虚となっている事は考えられないが、それでも胸騒ぎが止まらずベッドを下りる。
「ちょっ、船長。どこへ」
そうして寝間着のまま駆け出したイズを慌てて、仲間が追う。
その向かった先…それは勿論『海』だ。
(父さんの魂って、もしかして…)
夜風が濡れた服を更に冷たくし、彼女の身体を凍らせる。
吐く息も白くこのままではいては風邪を引いてしまうに違いない。
しかし、今は逸早く確認したくて、彼女は受け継いだ船の元へと向かう。
そうして、駆け付けた先にあったのは衝撃的な光景……。
徐々に沈んでいく船は確かに彼女の、彼女が父から受け継いだ大事な船だ。
「うそ…でしょ…」
バリバリと音を立てて、それはまるで何かが船を食べているかのよう。止めてあったはずの場所からは既に遠く離れているが、沈みゆくマストに見覚えのある傷がある。それは彼女が子供の頃に父に身長を計って貰っていたその印に他ならない。
「せん…ってこりゃあ、なんてこった」
遅れて到着した仲間もその不気味な光景に言葉を失う。
「ッ…いやよ。その船は渡さないわっ!」
そこでイズが突如声を上げて、言うが早いか海に飛び込む態勢。慌てて止めにかかる仲間。
「船長、もうダメでさぁ! くやしいけど、あれはもう」
「嫌よっ、そんなっ! 父さんとの思い出が、みんな、あれに詰まってるのに…っ、ちょっとっ、放してよ!
こら、放しなさいよぉ~…」
イズが再び取り乱す。
それを必死に抑えて、その頃には他の船員達も異変を聞きつけて彼女の元へと集まってくる。
船の全てが見えなくなるまでそう時間はかからなかった。崩れ落ちたイズと共に、船員達はそれぞれの想いを胸にそれを見続けるしかなく、朝日が昇る頃になっても皆その場を動けない。
「とうさん…とう、さん…」
イズの嗚咽交じりの言葉が聞こえる。
そんな彼女の元に波に乗って戻ってきたのは僅かな船の破片と奇跡的に呑まれずにいた舵だけだった。
一夜明けて、この事は迅速にオフィスにも連絡が回る。
船一つがのまれたとなれば事は一大事だ。だが、実際には他の船も何隻かやられていたらしかった。朝起きて船の元に来てみれば影も形もなく、訳が判らないとの声が上がり騒ぎとなったのだ。であるから、狙われたのはイズの船だったからという線は薄い。ともかく残念ながら姿は見えなかったが、小さ目の船とは言え一般の運搬船を壊し沈めてしまうとなれば生物の可能性は極めて低く、考えられるのは暗黒海域から来た歪虚の可能性。海の事故は昔から数知れず、そこで命を失くしている者も多い。となれば、その幾つかが雑魔や歪虚になって人のいる海域に侵入してきていると考えてもおかしくない。
「船長、大丈夫ですか?」
彼女の補佐役であるセルクが沈んだ顔の彼女に声をかける。
「ええ、大丈夫よ。ちゃんと報告はできるから」
そういうイズであるが、やはりまだ少し表情は硬い。
それでも残った舵を手にハンターオフィスの係員の元へと向かう。
(絶対に許さない…私と父さんの船を、あんなにした報いは必ず)
彼女の中にこれまでになかった火が灯る。
それが例え善くない感情であっても、今消し去る事は出来ない。
幸いにして、彼女の船には以前の事を教訓に何か事件や事故があった時の為に現在地がわかる発信機のようなものを搭載していた。従って、今敵がどこの辺りにいるかは筒抜けである。
(待ってなさい。私にはまだ船があるんだからっ)
諦める訳にはいかない。相手が何であろうと、負けたくない彼女であった。
遠くで声が聞こえる。辺りは真っ暗で、でもその声には確かに聞き覚えがある。
『父さん、父さんなの?』
もう現実では聞く事が出来なくなった声――…夢だと判っていても尋ねずにはいられない。
『イズ…助けてくれ。父さんの魂が、今蝕まれて』
姿なき声が彼女にそう囁きかける。
『助けてってどういう事? わからない、判らないよ父さんっ!』
彼女はそう叫び呼びかける。しかし、やはり辺りは真っ暗で姿を捕らえる事は出来ない。
『いや、いやよ、行かないで…もっと、話を聞かせてっ!』
彼女が必死に呼びかける。
「船長っ、何事ですか! ねぇ、船長!」
だが、そこで自分を揺さぶる仲間に起こされて、彼女は自分が喚いてしまっていた事を悟る。
「こ、ここは…」
必死に呼吸を整えながらイズが尋ねる。
「覚えてないんですかい? 仕事途中に立ち寄った小さな港町の宿ですよ。明日も早いからって少し早く床について、暫くしたら船長の声が聞こえてきてそれで」
心配そうにいう仲間であるが、彼女自身も今そちらに気を配る程の余裕はない。
(何だったの、さっきの夢は? 魂が蝕まれるって…どういう)
そこで彼女はハッとした。父は海の男だった。
とは言っても職種は海運業であり、海からのリスクはつきものであったが死因は仕事絡みではない。
とある港で溺れていた子供を助けて怪我をし、その傷を理由で引退する事となりその後は悠々自適。イズが生まれたのが遅かったから二十歳を過ぎる頃にはもういい年であり、天寿を全うしての旅立ちとなった。
だから歪虚となっている事は考えられないが、それでも胸騒ぎが止まらずベッドを下りる。
「ちょっ、船長。どこへ」
そうして寝間着のまま駆け出したイズを慌てて、仲間が追う。
その向かった先…それは勿論『海』だ。
(父さんの魂って、もしかして…)
夜風が濡れた服を更に冷たくし、彼女の身体を凍らせる。
吐く息も白くこのままではいては風邪を引いてしまうに違いない。
しかし、今は逸早く確認したくて、彼女は受け継いだ船の元へと向かう。
そうして、駆け付けた先にあったのは衝撃的な光景……。
徐々に沈んでいく船は確かに彼女の、彼女が父から受け継いだ大事な船だ。
「うそ…でしょ…」
バリバリと音を立てて、それはまるで何かが船を食べているかのよう。止めてあったはずの場所からは既に遠く離れているが、沈みゆくマストに見覚えのある傷がある。それは彼女が子供の頃に父に身長を計って貰っていたその印に他ならない。
「せん…ってこりゃあ、なんてこった」
遅れて到着した仲間もその不気味な光景に言葉を失う。
「ッ…いやよ。その船は渡さないわっ!」
そこでイズが突如声を上げて、言うが早いか海に飛び込む態勢。慌てて止めにかかる仲間。
「船長、もうダメでさぁ! くやしいけど、あれはもう」
「嫌よっ、そんなっ! 父さんとの思い出が、みんな、あれに詰まってるのに…っ、ちょっとっ、放してよ!
こら、放しなさいよぉ~…」
イズが再び取り乱す。
それを必死に抑えて、その頃には他の船員達も異変を聞きつけて彼女の元へと集まってくる。
船の全てが見えなくなるまでそう時間はかからなかった。崩れ落ちたイズと共に、船員達はそれぞれの想いを胸にそれを見続けるしかなく、朝日が昇る頃になっても皆その場を動けない。
「とうさん…とう、さん…」
イズの嗚咽交じりの言葉が聞こえる。
そんな彼女の元に波に乗って戻ってきたのは僅かな船の破片と奇跡的に呑まれずにいた舵だけだった。
一夜明けて、この事は迅速にオフィスにも連絡が回る。
船一つがのまれたとなれば事は一大事だ。だが、実際には他の船も何隻かやられていたらしかった。朝起きて船の元に来てみれば影も形もなく、訳が判らないとの声が上がり騒ぎとなったのだ。であるから、狙われたのはイズの船だったからという線は薄い。ともかく残念ながら姿は見えなかったが、小さ目の船とは言え一般の運搬船を壊し沈めてしまうとなれば生物の可能性は極めて低く、考えられるのは暗黒海域から来た歪虚の可能性。海の事故は昔から数知れず、そこで命を失くしている者も多い。となれば、その幾つかが雑魔や歪虚になって人のいる海域に侵入してきていると考えてもおかしくない。
「船長、大丈夫ですか?」
彼女の補佐役であるセルクが沈んだ顔の彼女に声をかける。
「ええ、大丈夫よ。ちゃんと報告はできるから」
そういうイズであるが、やはりまだ少し表情は硬い。
それでも残った舵を手にハンターオフィスの係員の元へと向かう。
(絶対に許さない…私と父さんの船を、あんなにした報いは必ず)
彼女の中にこれまでになかった火が灯る。
それが例え善くない感情であっても、今消し去る事は出来ない。
幸いにして、彼女の船には以前の事を教訓に何か事件や事故があった時の為に現在地がわかる発信機のようなものを搭載していた。従って、今敵がどこの辺りにいるかは筒抜けである。
(待ってなさい。私にはまだ船があるんだからっ)
諦める訳にはいかない。相手が何であろうと、負けたくない彼女であった。
リプレイ本文
●朧
イズの船を呑み込んだ歪虚は一体どんな姿をしているのか?
依頼を請け負ったハンター達は限られた時間の中で情報を集めるも実態解明には至らない。
なぜなら、事件は深夜から未明にかけての事であり、被害者の大半が就寝していた事。そして、何より一夜にして行われた事であるから、気を付ける暇さえなかったのだからしようがない。だが、それでも簡単に納得できる筈がない。どの船だとて持ち主にはそれぞれの思いがあり歪虚の仕業だから諦めてと言われて、はいそうですかと諦められる訳がない。そんな船乗り達の無念を乗せて、イズの新しい船は急ぎ足で出港する。その船に同乗するハンターの中には顔見知りがちらほら。以前のイズを知る者は今のイズに危うさを感じる。
(お披露目の時はあんなに晴やかな顔をしていたのに…)
パーティーの日のイズをまだ鮮明に覚えている。
希望と自信に輝いていたイズ、それが今はどうだ?
(…イズ姉様の大切な船を壊した歪虚、絶対に許さないの)
舵を取るそんな横顔を見取りファリス(ka2853)が決意する。
今日の海はイズの心と同調する様に暗く、波も些か荒れていた。
けれど、マーカーの具合も気になって無理を承知で出てきた彼女等である。
「この波だとウォーターウォークは難しいかもしれないの」
船にいる他の仲間にその事を伝える。
ちなみにこのスキルを使えば、その名の通り水面を歩く事が可能になるのだが、それは穏やかな水面での事。荒れた海では成功率はかなり低く、相手の姿が判らないという今の状況で使うのは危険だ。
「いいよ。マーカー付近に近付いたらあたしが潜ってみるから」
レベッカ・アマデーオ(ka1963)があっさりと言う。彼女の家系は海賊らしく、泳ぎは得意らしい。ロープを命綱にしてその時を待つ。が何たって冬の海だ。いくら暖かい気候の地域だとはいえそこそこの水温であるし、暗黒海域に近付いていけば同じだとは限らない。
「まあ、せいぜい気を付けてゆくがいい。最悪私がどうにかしてやろう」
トランシーバーから不動シオン(ka5395)の声。スイッチをオンにしていたから聞こえていたのだろう。
ちなみに彼女は先行してグリフォン(ka5395unit002)に乗り、船に同行する形で空から周囲を警戒している。
「そろそろマーカーのバショだっテ。何か見えないカナ?」
そこへパティことパトリシア=K=ポラリス(ka5996)の声がして、こちらはイズの隣りに立ちマーカーの様子を確認していたようだ。
「さあてな。暗くてよく見えないが」
シオンが高度を下げて飛ぶ。
「こっちも行ってみるね。いくよ、ルビス」
それに続いて甲板から飛びたったのは七夜・真夕(ka3977)とワイバーンのルビス(ka3977unit003)。
加えて、レイア・アローネ(ka4082)と彼女のワイバーン(ka4082unit001)も偵察に飛び立ってゆく。
けれど、数分飛び回るも辺りが暗いせいか一向に姿を捉える事が出来ない。
「一体、何なのよ…」
海風が頬に痛い。三方に分かれてみたが、そう簡単には現れてはくれないらしい。
しかし、マーカーは嘘をつかない。船の方では徐々に異変が現れ始めていて、
ゴッ ゴゴッ
それに気付いたのはなんとパティのリーリー・ホル(ka5996unit001)だった。慣れない船旅もあり、ホルは船倉で休んでいた。しかしだ。突如聞こえ始めた不審な音に飛び起き慌ててパティの元に駆け寄ってきたのである。
「ちょっ、どうしタの? 何カあった?」
怯えた様子を見せるホルをパティが宥める。
そこでファリスと共に下りてみるのだが、音はするもののこれといった外傷は見られない。
「どういうことなの?」
ますます謎が深まり、それに比例して船員らの不安値が上昇する。
「こうなったら私の出番ね。じゃ、いってくるから…」
レベッカがそう言い、船のマストにロープを巻き付ける。そうして、軽く屈伸した後迷いなく海へと飛んでその先に見たものは…。
●穿つもの
まず目に入ったのはキラキラ光る無数の帯。それがイズの船の側面に集まって見えた。
しかし、よく見るとそれは帯ではなくて、気付いた時には敵と目が合っていて…。
(嘘でしょっ!)
ギラリと光った瞳、みるみる距離を詰めてくる多数の敵に慌て海上を目指したくなる。
けれど、海賊の末裔の血がそれは危険だと警鐘を鳴らす。そこで彼女は更に潜って…潜ると同時に彼女のいた場所に敵が押し寄せるの目の当たりにすれば、流石に寒気が走る。
(アッ……ぶなかった…)
心臓が驚く程の速さで鼓動している。もし、浮上を選択していたら…? 余り考えたくない。
だが、ホッとしている暇など無く、敵の攻撃は続く。
水中は我が土俵とばかりに綺麗に身を翻して、再び彼女に狙いを定め押し寄せてくる。
(こなくそぉぉ!)
そこで彼女は慌てて攻性防壁を展開し、雷撃のバリアで応戦した。
すると、敵が触れた瞬間バチバチっと電撃が走り、勢いのまま海面の方に弾き飛ばす事に成功する。
「あ、あれは!?」
それに気付いて、船から目視に捕らえたのは白銀色の魚。
体の長いそれは、海に生きる者ならば知っていて当然の危険魚の一つだ。
「ありゃ、ダツだ…」
「ダツ?」
聞き慣れない言葉にファリスが繰り返す。
「だったら、やばいわね。早く助けに行かないとっ」
イズがその言葉に焦る。
「あの、ダツって?」
「槍か矢尻かってな。口が尖ってて兎に角ヤバい奴なんでさぁ」
イズの代わりに船員が説明する。
「デモ、お船も攻撃うけてるようダカラ動いてた方がいいんダヨネ? だったらレベッカはパティに任せテ」
いつもの冷静さを欠いているイズを見て、パティがいさめる。
小刻みに震えているホルであるが、ここはこの相棒の力が必要だ。
「ホルちゃん、怖いかもダケド頑張ってくれるよネ?」
ぎゅっとホルを首元から抱きしめて彼女が言う。
ホルはピィと小さく答えて、彼女に背に乗るよう姿勢を低くする。
「ごめんネ、ありがとう」
その献身的な姿勢にお礼を言って、彼女は見据えたのはレベッカとは反対の方。
「皆サン、聞いテ。パティが長いお魚ひきつけるカラそのうちにレベッカをお願いダヨ」
パティがホルに乗り、海上に飛び出す。
「わかった! けど、まだ合図が」
合図というのはレベッカからのものだ。引き上げるのはロープを使えば可能であるが、彼女の様子も判らず突然引いてはそれこそ危ない。気になる所だが、彼女の浮上を待つ。
「皆さんは準備してて欲しいの」
そこでファリスはイズの船員達にそう呼びかけて、彼女自身はパティのサポート。波の事が心配であるが、ここはやるしかない。飛び出したパティの万が一の為にウォーターウォークをかける。パティ自身はホルにかけて、水面に着地したホルは全速力で海面を走る。
「ホル、そのちょーし」
パシャパシャと音を立てて駆ける相棒にパティが言う。けれど、この走行は気が抜けない。いつバランスを崩しスキルが切れるか判らないし、敵の数も未知数でまさに綱渡り状態といえよう。けれど、これで一部引き剥がせればレベッカの助けになる筈だ。新たな標的の登場にダツらが二手に分かれる。その間にレベッカは浮上し息継ぎタイム。上空班も位置の連絡を受けて海面すれすれを飛び回り始めているから、彼女に向かう敵はだいぶ抑えられている。
「それで海を味方につけたつもりか? 面白い、大自然の加護がどこまで持つか試してやろう」
シオンが啖呵を切り、海面近くでソウルトーチを発動する。もともとダツというのは灯りに呼び寄せられる習性を持っている為か、その術にあっさりと誘導されてくれる。
(はっ、所詮は魚か)
もう少し知能があれば戦い甲斐もあろうが、小物相手では仕方のない事。相棒の背からであるから踏ん張りは思うようにきかないが、それでも敵を見据えて銃と妖刀を器用に使い分け、迎撃体勢を取る。トビウオの様に時に勢いよく飛び出てくる厄介な敵ではあるが、一つ一つを正確に見極められればクリティカルも夢ではない。七夜の方はバレルロールでダツの攻撃を巧みにかわし、レベッカから離れ個々の撃破を狙う。
(後少し、後少しよ…)
終始ルビスから振り落されないようにしっかりと掴まるも、これはなかなかハードだ。
そうして、レベッカの周りからダツが減ったと思いきや、新たな影が彼女に忍び寄る。
それに逸早く気付いたのはレイアだった。彼女も己がオーラで引付け敵の分散に貢献していた一人であったが、不意に海の様子が変わったのを感じ取り、少し高度を上げる。すると、見えたきたのはレベッカ付近にある不穏な影…海底から徐々に上がってきているのか次第に影が大きくなっているのが判る。このまま浮上させてはいけない――そうレイアは直感し、その影目掛けて再度ソウルトーチを発動する。そして、
「早く引けっ! 何かくるぞっ!」
彼女の叫び。それを聞き、レベッカが声を上げるも構わず強引に引き上げる。
そうして、その下から現れたのは禍々しい姿の巨大魚で……一同暫し言葉を失うのであった。
●噴気の毒
「おいおい、えらいのを釣り上げたなっ」
「成程、これなら船を呑み込んでもおかしくない」
親玉というべきか。はたまたラスボスという言葉が正しいだろうか。ともかく誰もが思っていた事。それはいくらダツの口が鋭利だとて船を呑み込む事は無理だという事。だから別の敵がいると判ってはいた。だが、その相手がよもやクジラもどきだとは誰か予想しただろうか。クジラとは言っても大きさからみればまだ完全に成長はしきっていないようであるが、それでもイズの船と変わらない大きさだから侮れない。
「マーカー反応一致! きっと、そいつよ!」
イズが突然の大波に踏ん張りながら叫ぶ。
「という事はやっと本命のお出ましって事ね」
七夜がそう言い、後方から飛び来たダツの集団をグラビティフォールで黙らせる。
それぞれが引き受けていたダツは徐々に数を減らしていたが、このクジラの登場で水流に呑まれ散り散りになり猛襲は消息へと向かっている。だが、それと引き換えに出てきたこのクジラをどうにかしなければこの戦いは終わらない。
「そのまま引き付けとけよ!」
シオンが言う。言われなくともと、レイアが更に上空へと進路を取る。
クジラはそれを追う様に顔から飛び出しているから今がチャンスだ。
「ゆくぞ、これを耐えられるか?」
己がグリフォンから飛び降りて、クジラの額目掛け妖刀を振り下ろす。その妖刀は光を帯びているから、マテリアル強化がなされている事が判る。だが、クジラも負けてはいない。瞳を光らせて、回避が無理だと判ったのか身を固くする術を展開して応戦。彼女の切先とクジラの皮膚とがせめぎ合う。更に刺突一閃を発動し、更なる踏み込みを試みる。その間に船に戻ったパティとレベッカは次の策へ。
「お船が壊されたら元も子もないカラ、更に少し移動しテ」
パティが言う。
「後、この辺に浅瀬がないなら戦闘には不利だよ。だから何か浮になるものが欲しいね」
とこれはレベッカだ。濡れた服のままだが着替えている暇などない。寒さを堪えて、指示を出す。
「ッ、アッ…クッ!」
そこで動きがあって、クジラに目を移すと僅かに刃を食い込ませたもののそこで弾かれたシオンが落下中。グリフォンを呼んでいるようだが、着水後になりそうだ。けれど、落下途中でも彼女は攻撃をやめない。オートマで胴体を狙う。そのしつこさにクジラも怒りを覚えたようだった。クジラも着水してのち潜りゆくその前に最悪な反撃――潮を吹き、辺り一帯に薄紫の霧を発生させる。その霧を吸い込むと、僅かに痺れを催して…咄嗟の事に上空班の動きが鈍くなる。
「大丈夫か、相棒!」
口を塞ぎつつ、レイアがグリフォンを労わる。だが、さっきと違い明らかに羽ばたきが鈍り頻りに瞬きしたり、首を振り始めている。
(駄目だ。このまま時間を掛けたら負ける)
相棒のその異変を悟って、レイアが攻めの構えを取りサイドワインダーを敢行すべく打って出る。
「手伝うよ」
それに加勢する様に七夜も「もう少し頑張って」とルビスに声をかけ、空へ。クジラは完全に怒っているから逃げる事はないだろうが、出て来て貰わねば話にならない。
(アイスブリットで注意を…ん、アイスブリット?)
自分で言っていて何だが、何処か違和感を覚えてそう言えば何か名前を間違えている気がする。
(ここで迷惑かけられないし、普通で行こう)
そこで変化球での注意を引くのをやめて、嫌がらせに変更。重力波を数発、クジラに向かって発動。水中でどこまで効果があるかは謎であるが、居心地は良くないだろう。すると案の定、付近をうろついてから反撃の浮上を始める。そんなクジラを皆が警戒。船への攻撃がないとも限らないからパティは頑張ったホルを撫で、船自体に修祓符を張る。そこで船倉にある樽を見つけると、ファリス、レベッカと共に即席の足場作りに入る。
そうこうするうちにシオンの駄目押しオーラもあってクジラが浮上した。ただし、いきり立っているから穏やかなものではない。巨体とは思えないスピードの浮上でこちらを呑み込もうと体を最大に伸ばしジャンプしてくる。
「今よ!」
凄まじい飛沫を受けつつも七夜がクジラを引き付ける。
それを待っていたようにレイアが上昇から一転、急降下へと進路を変え奇襲に出る。
「おまえに恨みはないが、これはイズの仇だ! 覚悟しなっ」
彼女が魔剣を振り被る。そうして、特攻と言うに相応しい攻撃がクジラを襲う……筈だった。
けれど、振り下ろした先に思う程の手応えはない。というのも、
(な、何故だ。何故発動しな…アッ)
活性化したつもりのスキルであったが、うっかりし損ねていたと見える。正確な一撃を繰り出す筈だったが、急所をズレてしまっては効果は半減するというものだ。グウォォォと雄叫びを上げて、クジラが彼女を振り落す。そんな彼女を受け止めたのは復活のレベッカ。ジェットブーツを活かして跳び、出来立ての海面に浮かんだロープ付き樽の足場に着地する。
「ま、よくある事だよね。気にしないで」
彼女が苦笑する。
カッコつけた手前、レイアもこのままでは終われない。暴れつつ、イズの船に進路を取るクジラを追う。
(相手があんな大物ならファリスのあの魔法が効くかもしれないの)
今まで見ているしか出来なかったファリスだ。ここで一矢報いたい。
直進してくるクジラの影にまずは雷撃を解き放つ。直進して進むそれであるが、水中にはどこまで届いているか。けれどやらないよりはマシだ。進むクジラを止めるべく、残りの仲間も腕を揮う。樽を足場に、時折浮上してくるのを見計らい飛び乗り攻撃…それはもう地道な作業だ。
そんな攻防がどの位続いただろうか。こちらもそこそこ疲労が溜まり始め、クジラも嫌気が差してきたのかもしれない。この場を後にしようと踵を返し、水中深くへと逃げ込もうと体勢を変え始めて、一同に焦りが走る。しかし、決定的な打撃を加える手段が見当たらない。
『どうしたら?』
その問いが頭を駆け巡る中、ただ一人ファリスは諦めていなかった。
●天命
(もう少し、胴体まで体を出して貰えたら)
大技を自分は持っている。けれど、海というハンデが邪魔をして、それの行使に至れない。
もしこれを直撃させる事が出来れば、少なからずダメージの受けているあのクジラを仕留める事も出来るかもしれないのだ。
「皆さん、もう一度だけあれを引き付けて欲しいの。そして出来るだけ浮上させて欲しいの」
杖を掲げてファリスが真剣に言う。その言葉に皆も賭ける事にして、ソウルトーチを使える二人は同時に発動。少し落ち着いた相棒に跨り、クジラを呼び寄せる。その他の仲間は、それぞれに何が起こっても対応出来るよう武器を構えたまま時を待つ。
暗い海をレイアとシオンのオーラが照らし、一気に駆け空へと舞い上がる。船上に戻っていた七夜はフェアリーベルを鳴らし、ファセットソングで仲間の能力を底上げする。戦場に響く、ベルの音に何とも不思議な光景。とある国では鈴に魔除けの力があるとされているが、果たしてベルにその力はあるだろうか。
クジラが再び毒の霧を吐き出しつつ浮上した。イルカとは違うしなやかな肢体に、敵でなければ魅了されていた事だろう。しかし、今はハンター達の攻撃により傷を負っているし、何処か毒々しくも見える肌の色に禍々しささえ覚える。これまでに一番高く飛び出したクジラ…。大きく開けた口には普通のモノにはない鋭利な歯が並び、その歯がイズ達の大事な船を壊し飲み込んだ事を物語っている。
「もうこれでお終いなの!」
語気を強めて、ファリスが杖を天に翳す。
「…紅き流星よ。降り注ぎて、敵を滅ぼせ! メテオスフォ―――ムっ!!」
三つの火球が構築されると共にクジラ目掛けて降り注ぐ。
発動には時間のかかるこの技であるが、だからこそ威力は桁外れだ。
空をかけていた二人は華麗にそれを避け、クジラ型の歪虚の最期を見届ける。形はクジラであったが、死した肉体に宿っていた訳ではなかったようで、強力なその攻撃を受けると灰の様に姿を失くし海風と共に視界から消えてゆく。
「終わったの?」
イズの問いに、ファリスが小さく頷く。しかし、イズの表情は未だ硬いままであった。
犯人がクジラの形をしていた歪虚によるものだったと言う報告を済ませて、ハンター達は各々テーブルで息を吐く。なぜあれが犯人と断定できたかと言えば答えは簡単。最後までイズのマーカーが証人として残っていたからだ。クジラを倒した後、七夜が他にも船の残骸がないかと調べていた時偶然見つかった。いや、偶然というのは正確ではなく、倒した直後光るものを見取っていてすぐに拾いに行ったらそれだったとか。歪虚の中でも、そしてファリスの魔法でも壊れず奇跡的に残ったイズの船のマーカー…これはもしかすると、彼女の父の念が働いて守っていたと考えるのは都合が良過ぎるだろうか。
「父さん、これでよかったんだよね…?」
手元に残ったのはマーカーと古びた舵だけ。ぽっかりと空いてしまった心をどうする事も出来ず、イズが呟く。
そんな彼女の姿がいたたまれなくて、パティが毛布を片手に彼女の傍に腰を下ろす。
「あのネ…パティの話。少しダケ、聞いてくれる?」
イズの了承を待って彼女はぽつぽつ話し始める。
「パティはネ、お船にも『寿命』があるっテ聞いたんダヨ。イズのスプちゃんハ、お父さんの代からの頑張り屋さん。もしかしタラ、頃合いっテやつだったんじゃないカナぁっテ。歪虚に呑まれちゃうのは違うケド、海がお迎えに来たのナラ…幸せな船だったスプちゃんの最後の航海も、どうか穏やかで満ち足りたものになりますよーにっテ、送り出しテあげよーよ」
形はもう残っていないけれど、彼女はそう言うと残されたモノに浄龍樹陣を施す。
もし万が一、この遺品まで雑魔化しないように。彼女もイズの前の船には乗った事があるから、その想いは強い。
「有難う、パティ…本当に有難う」
意気消沈した様子で静かにイズが言う。
「その…なんだ。辛い時には素直に泣いてもいいと思うぞ」
そんな彼女の様子にぼそりと助言したのはレイアだ。イズがずっと気を張っていた事に気付いていたらしい。
「……そう、ですね。でももうあの晩、流し切ったから」
イズが苦笑する。
その顔がいつもの、『太陽の輝き』を帯びた笑顔に戻る時、彼女にとっての新たな航海が始まる筈だ。
その時が一日でも早く訪れる事を願いつつも、今はそっとして置くべきだと心得ているハンター達なのであった。
イズの船を呑み込んだ歪虚は一体どんな姿をしているのか?
依頼を請け負ったハンター達は限られた時間の中で情報を集めるも実態解明には至らない。
なぜなら、事件は深夜から未明にかけての事であり、被害者の大半が就寝していた事。そして、何より一夜にして行われた事であるから、気を付ける暇さえなかったのだからしようがない。だが、それでも簡単に納得できる筈がない。どの船だとて持ち主にはそれぞれの思いがあり歪虚の仕業だから諦めてと言われて、はいそうですかと諦められる訳がない。そんな船乗り達の無念を乗せて、イズの新しい船は急ぎ足で出港する。その船に同乗するハンターの中には顔見知りがちらほら。以前のイズを知る者は今のイズに危うさを感じる。
(お披露目の時はあんなに晴やかな顔をしていたのに…)
パーティーの日のイズをまだ鮮明に覚えている。
希望と自信に輝いていたイズ、それが今はどうだ?
(…イズ姉様の大切な船を壊した歪虚、絶対に許さないの)
舵を取るそんな横顔を見取りファリス(ka2853)が決意する。
今日の海はイズの心と同調する様に暗く、波も些か荒れていた。
けれど、マーカーの具合も気になって無理を承知で出てきた彼女等である。
「この波だとウォーターウォークは難しいかもしれないの」
船にいる他の仲間にその事を伝える。
ちなみにこのスキルを使えば、その名の通り水面を歩く事が可能になるのだが、それは穏やかな水面での事。荒れた海では成功率はかなり低く、相手の姿が判らないという今の状況で使うのは危険だ。
「いいよ。マーカー付近に近付いたらあたしが潜ってみるから」
レベッカ・アマデーオ(ka1963)があっさりと言う。彼女の家系は海賊らしく、泳ぎは得意らしい。ロープを命綱にしてその時を待つ。が何たって冬の海だ。いくら暖かい気候の地域だとはいえそこそこの水温であるし、暗黒海域に近付いていけば同じだとは限らない。
「まあ、せいぜい気を付けてゆくがいい。最悪私がどうにかしてやろう」
トランシーバーから不動シオン(ka5395)の声。スイッチをオンにしていたから聞こえていたのだろう。
ちなみに彼女は先行してグリフォン(ka5395unit002)に乗り、船に同行する形で空から周囲を警戒している。
「そろそろマーカーのバショだっテ。何か見えないカナ?」
そこへパティことパトリシア=K=ポラリス(ka5996)の声がして、こちらはイズの隣りに立ちマーカーの様子を確認していたようだ。
「さあてな。暗くてよく見えないが」
シオンが高度を下げて飛ぶ。
「こっちも行ってみるね。いくよ、ルビス」
それに続いて甲板から飛びたったのは七夜・真夕(ka3977)とワイバーンのルビス(ka3977unit003)。
加えて、レイア・アローネ(ka4082)と彼女のワイバーン(ka4082unit001)も偵察に飛び立ってゆく。
けれど、数分飛び回るも辺りが暗いせいか一向に姿を捉える事が出来ない。
「一体、何なのよ…」
海風が頬に痛い。三方に分かれてみたが、そう簡単には現れてはくれないらしい。
しかし、マーカーは嘘をつかない。船の方では徐々に異変が現れ始めていて、
ゴッ ゴゴッ
それに気付いたのはなんとパティのリーリー・ホル(ka5996unit001)だった。慣れない船旅もあり、ホルは船倉で休んでいた。しかしだ。突如聞こえ始めた不審な音に飛び起き慌ててパティの元に駆け寄ってきたのである。
「ちょっ、どうしタの? 何カあった?」
怯えた様子を見せるホルをパティが宥める。
そこでファリスと共に下りてみるのだが、音はするもののこれといった外傷は見られない。
「どういうことなの?」
ますます謎が深まり、それに比例して船員らの不安値が上昇する。
「こうなったら私の出番ね。じゃ、いってくるから…」
レベッカがそう言い、船のマストにロープを巻き付ける。そうして、軽く屈伸した後迷いなく海へと飛んでその先に見たものは…。
●穿つもの
まず目に入ったのはキラキラ光る無数の帯。それがイズの船の側面に集まって見えた。
しかし、よく見るとそれは帯ではなくて、気付いた時には敵と目が合っていて…。
(嘘でしょっ!)
ギラリと光った瞳、みるみる距離を詰めてくる多数の敵に慌て海上を目指したくなる。
けれど、海賊の末裔の血がそれは危険だと警鐘を鳴らす。そこで彼女は更に潜って…潜ると同時に彼女のいた場所に敵が押し寄せるの目の当たりにすれば、流石に寒気が走る。
(アッ……ぶなかった…)
心臓が驚く程の速さで鼓動している。もし、浮上を選択していたら…? 余り考えたくない。
だが、ホッとしている暇など無く、敵の攻撃は続く。
水中は我が土俵とばかりに綺麗に身を翻して、再び彼女に狙いを定め押し寄せてくる。
(こなくそぉぉ!)
そこで彼女は慌てて攻性防壁を展開し、雷撃のバリアで応戦した。
すると、敵が触れた瞬間バチバチっと電撃が走り、勢いのまま海面の方に弾き飛ばす事に成功する。
「あ、あれは!?」
それに気付いて、船から目視に捕らえたのは白銀色の魚。
体の長いそれは、海に生きる者ならば知っていて当然の危険魚の一つだ。
「ありゃ、ダツだ…」
「ダツ?」
聞き慣れない言葉にファリスが繰り返す。
「だったら、やばいわね。早く助けに行かないとっ」
イズがその言葉に焦る。
「あの、ダツって?」
「槍か矢尻かってな。口が尖ってて兎に角ヤバい奴なんでさぁ」
イズの代わりに船員が説明する。
「デモ、お船も攻撃うけてるようダカラ動いてた方がいいんダヨネ? だったらレベッカはパティに任せテ」
いつもの冷静さを欠いているイズを見て、パティがいさめる。
小刻みに震えているホルであるが、ここはこの相棒の力が必要だ。
「ホルちゃん、怖いかもダケド頑張ってくれるよネ?」
ぎゅっとホルを首元から抱きしめて彼女が言う。
ホルはピィと小さく答えて、彼女に背に乗るよう姿勢を低くする。
「ごめんネ、ありがとう」
その献身的な姿勢にお礼を言って、彼女は見据えたのはレベッカとは反対の方。
「皆サン、聞いテ。パティが長いお魚ひきつけるカラそのうちにレベッカをお願いダヨ」
パティがホルに乗り、海上に飛び出す。
「わかった! けど、まだ合図が」
合図というのはレベッカからのものだ。引き上げるのはロープを使えば可能であるが、彼女の様子も判らず突然引いてはそれこそ危ない。気になる所だが、彼女の浮上を待つ。
「皆さんは準備してて欲しいの」
そこでファリスはイズの船員達にそう呼びかけて、彼女自身はパティのサポート。波の事が心配であるが、ここはやるしかない。飛び出したパティの万が一の為にウォーターウォークをかける。パティ自身はホルにかけて、水面に着地したホルは全速力で海面を走る。
「ホル、そのちょーし」
パシャパシャと音を立てて駆ける相棒にパティが言う。けれど、この走行は気が抜けない。いつバランスを崩しスキルが切れるか判らないし、敵の数も未知数でまさに綱渡り状態といえよう。けれど、これで一部引き剥がせればレベッカの助けになる筈だ。新たな標的の登場にダツらが二手に分かれる。その間にレベッカは浮上し息継ぎタイム。上空班も位置の連絡を受けて海面すれすれを飛び回り始めているから、彼女に向かう敵はだいぶ抑えられている。
「それで海を味方につけたつもりか? 面白い、大自然の加護がどこまで持つか試してやろう」
シオンが啖呵を切り、海面近くでソウルトーチを発動する。もともとダツというのは灯りに呼び寄せられる習性を持っている為か、その術にあっさりと誘導されてくれる。
(はっ、所詮は魚か)
もう少し知能があれば戦い甲斐もあろうが、小物相手では仕方のない事。相棒の背からであるから踏ん張りは思うようにきかないが、それでも敵を見据えて銃と妖刀を器用に使い分け、迎撃体勢を取る。トビウオの様に時に勢いよく飛び出てくる厄介な敵ではあるが、一つ一つを正確に見極められればクリティカルも夢ではない。七夜の方はバレルロールでダツの攻撃を巧みにかわし、レベッカから離れ個々の撃破を狙う。
(後少し、後少しよ…)
終始ルビスから振り落されないようにしっかりと掴まるも、これはなかなかハードだ。
そうして、レベッカの周りからダツが減ったと思いきや、新たな影が彼女に忍び寄る。
それに逸早く気付いたのはレイアだった。彼女も己がオーラで引付け敵の分散に貢献していた一人であったが、不意に海の様子が変わったのを感じ取り、少し高度を上げる。すると、見えたきたのはレベッカ付近にある不穏な影…海底から徐々に上がってきているのか次第に影が大きくなっているのが判る。このまま浮上させてはいけない――そうレイアは直感し、その影目掛けて再度ソウルトーチを発動する。そして、
「早く引けっ! 何かくるぞっ!」
彼女の叫び。それを聞き、レベッカが声を上げるも構わず強引に引き上げる。
そうして、その下から現れたのは禍々しい姿の巨大魚で……一同暫し言葉を失うのであった。
●噴気の毒
「おいおい、えらいのを釣り上げたなっ」
「成程、これなら船を呑み込んでもおかしくない」
親玉というべきか。はたまたラスボスという言葉が正しいだろうか。ともかく誰もが思っていた事。それはいくらダツの口が鋭利だとて船を呑み込む事は無理だという事。だから別の敵がいると判ってはいた。だが、その相手がよもやクジラもどきだとは誰か予想しただろうか。クジラとは言っても大きさからみればまだ完全に成長はしきっていないようであるが、それでもイズの船と変わらない大きさだから侮れない。
「マーカー反応一致! きっと、そいつよ!」
イズが突然の大波に踏ん張りながら叫ぶ。
「という事はやっと本命のお出ましって事ね」
七夜がそう言い、後方から飛び来たダツの集団をグラビティフォールで黙らせる。
それぞれが引き受けていたダツは徐々に数を減らしていたが、このクジラの登場で水流に呑まれ散り散りになり猛襲は消息へと向かっている。だが、それと引き換えに出てきたこのクジラをどうにかしなければこの戦いは終わらない。
「そのまま引き付けとけよ!」
シオンが言う。言われなくともと、レイアが更に上空へと進路を取る。
クジラはそれを追う様に顔から飛び出しているから今がチャンスだ。
「ゆくぞ、これを耐えられるか?」
己がグリフォンから飛び降りて、クジラの額目掛け妖刀を振り下ろす。その妖刀は光を帯びているから、マテリアル強化がなされている事が判る。だが、クジラも負けてはいない。瞳を光らせて、回避が無理だと判ったのか身を固くする術を展開して応戦。彼女の切先とクジラの皮膚とがせめぎ合う。更に刺突一閃を発動し、更なる踏み込みを試みる。その間に船に戻ったパティとレベッカは次の策へ。
「お船が壊されたら元も子もないカラ、更に少し移動しテ」
パティが言う。
「後、この辺に浅瀬がないなら戦闘には不利だよ。だから何か浮になるものが欲しいね」
とこれはレベッカだ。濡れた服のままだが着替えている暇などない。寒さを堪えて、指示を出す。
「ッ、アッ…クッ!」
そこで動きがあって、クジラに目を移すと僅かに刃を食い込ませたもののそこで弾かれたシオンが落下中。グリフォンを呼んでいるようだが、着水後になりそうだ。けれど、落下途中でも彼女は攻撃をやめない。オートマで胴体を狙う。そのしつこさにクジラも怒りを覚えたようだった。クジラも着水してのち潜りゆくその前に最悪な反撃――潮を吹き、辺り一帯に薄紫の霧を発生させる。その霧を吸い込むと、僅かに痺れを催して…咄嗟の事に上空班の動きが鈍くなる。
「大丈夫か、相棒!」
口を塞ぎつつ、レイアがグリフォンを労わる。だが、さっきと違い明らかに羽ばたきが鈍り頻りに瞬きしたり、首を振り始めている。
(駄目だ。このまま時間を掛けたら負ける)
相棒のその異変を悟って、レイアが攻めの構えを取りサイドワインダーを敢行すべく打って出る。
「手伝うよ」
それに加勢する様に七夜も「もう少し頑張って」とルビスに声をかけ、空へ。クジラは完全に怒っているから逃げる事はないだろうが、出て来て貰わねば話にならない。
(アイスブリットで注意を…ん、アイスブリット?)
自分で言っていて何だが、何処か違和感を覚えてそう言えば何か名前を間違えている気がする。
(ここで迷惑かけられないし、普通で行こう)
そこで変化球での注意を引くのをやめて、嫌がらせに変更。重力波を数発、クジラに向かって発動。水中でどこまで効果があるかは謎であるが、居心地は良くないだろう。すると案の定、付近をうろついてから反撃の浮上を始める。そんなクジラを皆が警戒。船への攻撃がないとも限らないからパティは頑張ったホルを撫で、船自体に修祓符を張る。そこで船倉にある樽を見つけると、ファリス、レベッカと共に即席の足場作りに入る。
そうこうするうちにシオンの駄目押しオーラもあってクジラが浮上した。ただし、いきり立っているから穏やかなものではない。巨体とは思えないスピードの浮上でこちらを呑み込もうと体を最大に伸ばしジャンプしてくる。
「今よ!」
凄まじい飛沫を受けつつも七夜がクジラを引き付ける。
それを待っていたようにレイアが上昇から一転、急降下へと進路を変え奇襲に出る。
「おまえに恨みはないが、これはイズの仇だ! 覚悟しなっ」
彼女が魔剣を振り被る。そうして、特攻と言うに相応しい攻撃がクジラを襲う……筈だった。
けれど、振り下ろした先に思う程の手応えはない。というのも、
(な、何故だ。何故発動しな…アッ)
活性化したつもりのスキルであったが、うっかりし損ねていたと見える。正確な一撃を繰り出す筈だったが、急所をズレてしまっては効果は半減するというものだ。グウォォォと雄叫びを上げて、クジラが彼女を振り落す。そんな彼女を受け止めたのは復活のレベッカ。ジェットブーツを活かして跳び、出来立ての海面に浮かんだロープ付き樽の足場に着地する。
「ま、よくある事だよね。気にしないで」
彼女が苦笑する。
カッコつけた手前、レイアもこのままでは終われない。暴れつつ、イズの船に進路を取るクジラを追う。
(相手があんな大物ならファリスのあの魔法が効くかもしれないの)
今まで見ているしか出来なかったファリスだ。ここで一矢報いたい。
直進してくるクジラの影にまずは雷撃を解き放つ。直進して進むそれであるが、水中にはどこまで届いているか。けれどやらないよりはマシだ。進むクジラを止めるべく、残りの仲間も腕を揮う。樽を足場に、時折浮上してくるのを見計らい飛び乗り攻撃…それはもう地道な作業だ。
そんな攻防がどの位続いただろうか。こちらもそこそこ疲労が溜まり始め、クジラも嫌気が差してきたのかもしれない。この場を後にしようと踵を返し、水中深くへと逃げ込もうと体勢を変え始めて、一同に焦りが走る。しかし、決定的な打撃を加える手段が見当たらない。
『どうしたら?』
その問いが頭を駆け巡る中、ただ一人ファリスは諦めていなかった。
●天命
(もう少し、胴体まで体を出して貰えたら)
大技を自分は持っている。けれど、海というハンデが邪魔をして、それの行使に至れない。
もしこれを直撃させる事が出来れば、少なからずダメージの受けているあのクジラを仕留める事も出来るかもしれないのだ。
「皆さん、もう一度だけあれを引き付けて欲しいの。そして出来るだけ浮上させて欲しいの」
杖を掲げてファリスが真剣に言う。その言葉に皆も賭ける事にして、ソウルトーチを使える二人は同時に発動。少し落ち着いた相棒に跨り、クジラを呼び寄せる。その他の仲間は、それぞれに何が起こっても対応出来るよう武器を構えたまま時を待つ。
暗い海をレイアとシオンのオーラが照らし、一気に駆け空へと舞い上がる。船上に戻っていた七夜はフェアリーベルを鳴らし、ファセットソングで仲間の能力を底上げする。戦場に響く、ベルの音に何とも不思議な光景。とある国では鈴に魔除けの力があるとされているが、果たしてベルにその力はあるだろうか。
クジラが再び毒の霧を吐き出しつつ浮上した。イルカとは違うしなやかな肢体に、敵でなければ魅了されていた事だろう。しかし、今はハンター達の攻撃により傷を負っているし、何処か毒々しくも見える肌の色に禍々しささえ覚える。これまでに一番高く飛び出したクジラ…。大きく開けた口には普通のモノにはない鋭利な歯が並び、その歯がイズ達の大事な船を壊し飲み込んだ事を物語っている。
「もうこれでお終いなの!」
語気を強めて、ファリスが杖を天に翳す。
「…紅き流星よ。降り注ぎて、敵を滅ぼせ! メテオスフォ―――ムっ!!」
三つの火球が構築されると共にクジラ目掛けて降り注ぐ。
発動には時間のかかるこの技であるが、だからこそ威力は桁外れだ。
空をかけていた二人は華麗にそれを避け、クジラ型の歪虚の最期を見届ける。形はクジラであったが、死した肉体に宿っていた訳ではなかったようで、強力なその攻撃を受けると灰の様に姿を失くし海風と共に視界から消えてゆく。
「終わったの?」
イズの問いに、ファリスが小さく頷く。しかし、イズの表情は未だ硬いままであった。
犯人がクジラの形をしていた歪虚によるものだったと言う報告を済ませて、ハンター達は各々テーブルで息を吐く。なぜあれが犯人と断定できたかと言えば答えは簡単。最後までイズのマーカーが証人として残っていたからだ。クジラを倒した後、七夜が他にも船の残骸がないかと調べていた時偶然見つかった。いや、偶然というのは正確ではなく、倒した直後光るものを見取っていてすぐに拾いに行ったらそれだったとか。歪虚の中でも、そしてファリスの魔法でも壊れず奇跡的に残ったイズの船のマーカー…これはもしかすると、彼女の父の念が働いて守っていたと考えるのは都合が良過ぎるだろうか。
「父さん、これでよかったんだよね…?」
手元に残ったのはマーカーと古びた舵だけ。ぽっかりと空いてしまった心をどうする事も出来ず、イズが呟く。
そんな彼女の姿がいたたまれなくて、パティが毛布を片手に彼女の傍に腰を下ろす。
「あのネ…パティの話。少しダケ、聞いてくれる?」
イズの了承を待って彼女はぽつぽつ話し始める。
「パティはネ、お船にも『寿命』があるっテ聞いたんダヨ。イズのスプちゃんハ、お父さんの代からの頑張り屋さん。もしかしタラ、頃合いっテやつだったんじゃないカナぁっテ。歪虚に呑まれちゃうのは違うケド、海がお迎えに来たのナラ…幸せな船だったスプちゃんの最後の航海も、どうか穏やかで満ち足りたものになりますよーにっテ、送り出しテあげよーよ」
形はもう残っていないけれど、彼女はそう言うと残されたモノに浄龍樹陣を施す。
もし万が一、この遺品まで雑魔化しないように。彼女もイズの前の船には乗った事があるから、その想いは強い。
「有難う、パティ…本当に有難う」
意気消沈した様子で静かにイズが言う。
「その…なんだ。辛い時には素直に泣いてもいいと思うぞ」
そんな彼女の様子にぼそりと助言したのはレイアだ。イズがずっと気を張っていた事に気付いていたらしい。
「……そう、ですね。でももうあの晩、流し切ったから」
イズが苦笑する。
その顔がいつもの、『太陽の輝き』を帯びた笑顔に戻る時、彼女にとっての新たな航海が始まる筈だ。
その時が一日でも早く訪れる事を願いつつも、今はそっとして置くべきだと心得ているハンター達なのであった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 レベッカ・アマデーオ(ka1963) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/01/30 20:56:42 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/01/27 20:57:45 |
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イズに質問ダヨー! パトリシア=K=ポラリス(ka5996) 人間(リアルブルー)|19才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2018/01/29 09:26:35 |