ゲスト
(ka0000)
歪みの水に沈む船
マスター:三田村 薫

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/02/02 15:00
- 完成日
- 2018/02/07 00:51
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●水辺にて
大きな河から枝分かれしてできた小さな川が行き止まってできる小さな池。大人は子どもたちに言う。近づいたらいけないよ。落ちたら溺れてしまうからね、と。そうは言っても、子どもにだって池に行きたい理由はある。
この日、12歳のブルーノと8歳のルチアの兄妹は、兄が作った小型の船を浮かべるために池にやって来た。洗面台やお風呂だけでは物足りなかったのだ。
「ママには内緒」
「わたしたちだけの秘密ね!」
そう言って、手を繋いでやって来たふたりは、ブルーノの自信作を池に浮かべて遊んでいた。彼がひっそりと夜更かしをして作っていたその船は、大きさを比較するものさえなければ、本物の船であるかのように堂々と水面を滑っていく。
「お兄ちゃんすごいわ! 本当のお船みたい」
「ありがとう。いつか本当の船を作りたいんだ」
妹の賛辞を、兄は素直に受け取った。照れて頭を掻く兄の表情が、ふと強ばる。妹も同じものを見て、兄にしがみついた。
池の中から、白く、骨張った手が水を滴らせながら現れた。その手は、ブルーノが何週間もかけて作った力作の船を、まるでゴミでも片付けるかのようにわしづかみにして水の中に沈めていく。
「お兄ちゃんの船が!」
「だめだルチア! ヴォイドに違いない! ママたちにしらせないと!」
もう、内緒だと言っている場合ではなかった。池に駆け寄ろうとする妹を押しとどめながら、それでも船が惜しくて池を見たブルーノは悲鳴を上げた。
落ちくぼんだ眼窩の、色の白い人によく似たものが、池から顔を出していたのだ。池の表面には、その下になにかが泳いでいるかのように水が動いている。
(雑魔が何体かいる!)
ブルーノは妹の手を引いて一目散に逃げ出した。
●ハンターオフィスにて
「本物の船であれば、大惨事だった」
オフィスでハンターたちに事件のあらましを説明した職員はため息を吐いた。
「いや、そうは言っても力作だったらしいから、ブルーノくんにとっては間違いなく大惨事だろうね。今のところ、雑魔はその1体しか確認されていない。だが油断はしないでくれ」
職員は紙に書かれた雑魔の絵をハンターたちに見えるように掲げた。ブルーノとルチアが描いた雑魔のイラストだ。
「こいつがその雑魔だ。おもちゃとは言え船一隻沈める凶悪な奴だよ。くれぐれも気をつけて」
大きな河から枝分かれしてできた小さな川が行き止まってできる小さな池。大人は子どもたちに言う。近づいたらいけないよ。落ちたら溺れてしまうからね、と。そうは言っても、子どもにだって池に行きたい理由はある。
この日、12歳のブルーノと8歳のルチアの兄妹は、兄が作った小型の船を浮かべるために池にやって来た。洗面台やお風呂だけでは物足りなかったのだ。
「ママには内緒」
「わたしたちだけの秘密ね!」
そう言って、手を繋いでやって来たふたりは、ブルーノの自信作を池に浮かべて遊んでいた。彼がひっそりと夜更かしをして作っていたその船は、大きさを比較するものさえなければ、本物の船であるかのように堂々と水面を滑っていく。
「お兄ちゃんすごいわ! 本当のお船みたい」
「ありがとう。いつか本当の船を作りたいんだ」
妹の賛辞を、兄は素直に受け取った。照れて頭を掻く兄の表情が、ふと強ばる。妹も同じものを見て、兄にしがみついた。
池の中から、白く、骨張った手が水を滴らせながら現れた。その手は、ブルーノが何週間もかけて作った力作の船を、まるでゴミでも片付けるかのようにわしづかみにして水の中に沈めていく。
「お兄ちゃんの船が!」
「だめだルチア! ヴォイドに違いない! ママたちにしらせないと!」
もう、内緒だと言っている場合ではなかった。池に駆け寄ろうとする妹を押しとどめながら、それでも船が惜しくて池を見たブルーノは悲鳴を上げた。
落ちくぼんだ眼窩の、色の白い人によく似たものが、池から顔を出していたのだ。池の表面には、その下になにかが泳いでいるかのように水が動いている。
(雑魔が何体かいる!)
ブルーノは妹の手を引いて一目散に逃げ出した。
●ハンターオフィスにて
「本物の船であれば、大惨事だった」
オフィスでハンターたちに事件のあらましを説明した職員はため息を吐いた。
「いや、そうは言っても力作だったらしいから、ブルーノくんにとっては間違いなく大惨事だろうね。今のところ、雑魔はその1体しか確認されていない。だが油断はしないでくれ」
職員は紙に書かれた雑魔の絵をハンターたちに見えるように掲げた。ブルーノとルチアが描いた雑魔のイラストだ。
「こいつがその雑魔だ。おもちゃとは言え船一隻沈める凶悪な奴だよ。くれぐれも気をつけて」
リプレイ本文
●取られた船の行き先は
「やっぱりお船取られちゃったら悲しいですよね……取り返してあげられないかなって」
依頼内容を眺めながら、羊谷 めい(ka0669)が首を傾げる。
「破壊されてしまっている可能性もあるが、無事の可能性もある。俺としては無事に返してやりたい」
鳳凰院ひりょ(ka3744)もそれに同意した。二人の声を聞きながら、アルスレーテ・フュラー(ka6148)が顎に手を当てて唸りながら思案する。
「うーん、そうよね。雑魔が持ってるなら、うっかり壊さないようにしないと」
「壊れたら壊れたで返してあげないといけないわね。それより大事なのはその後よ」
マリィア・バルデス(ka5848)が意見を述べると、三人は、なんだろう、と言いたげに彼女を見た。
「ブルーノとルチアが誇れる結末にしないと。船より自分や妹さんの安全を優先したのだから。ちゃんと船がどうなったか教えてあげて、その上でどうしたいかよ」
「そうよね。意地張って取り返そうとしなかったから、ちゃんとハンターに依頼も来たわけだし。いいわ。船を持ってる雑魔がいたら、船を壊さないように狙う」
「そうです。咄嗟の判断でお二人とも無事だったのですから。足止めは任せてください」
「素早いのがいるらしいが、足止めができるならそこまで手こずらないかもしれないな。俺も注意を引きつけたりできると思う」
全員の意見が出揃い、方針が決まったことを見て取ったマリィアが手を叩く。乾いた音は空気に一区切りをつけた。
「では行きましょう」
●手分け
問題の池にたどり着いた。四人分の気配を、水の中のものたちは察知したらしい。水面が揺らぐ。
「来た」
マリィアが連れてきた二頭の犬に目配せをする。犬たちは主人の合図を待ってしっぽを立てていた。揺らぐ水面から、ざぶんと音を立てて薄紅色の頭が顔を出す。
「やっぱり、ちょっと気持ち悪いですね。暗いところで出会いたくない感じ」
めいが小さな声で呟くと、ひりょが苦笑した。しかし、その後に二つ続いた水音に表情を引き締める。
「反応はほぼ同時なんだな」
彼の言うとおり、薄紅色の雑魔に続いて、白色、水色のそれらが顔を出す。まず最初に薄紅が這い出し、続いて白色、水色と続いた。水色は池の縁に上がるとそこから動こうとはしなかった。
「前衛行きますね」
めいが三人を見上げる。マリィアが頷いた。
「任せた。援護する。α、γ、池に近付きすぎず吠えて歪虚の注意を引け……行けっ」
その合図で、犬たちは一斉に駆け出した。池から少し離れたところで、低い声で吠え立てる。
「ソウルトーチを使う! 船を持ってる奴を探すんだ!」
しかし、そう言い放ったマリィアも、仲間の報告を待つまでもなかった。白色の雑魔が歩く度に、その右手に持ってある船は嫌でも目に入った。全員がそれに気付いていた。詳しい状態はわからないが、無傷でないことは確かだ。めいが悲しげに表情をゆがめ、ひりょもやや表情が険しい。
「ひどい」
「無傷で、と言うわけにはいかなくなったな」
「OK。あいつは私が引き受ける」
アルスレーテには混戦でもある程度狙いをつけて攻撃できる技能がある。おもちゃの船を壊さないように攻撃することが可能だ。
「頼んだ、アルスレーテ」
薄紅の雑魔は犬たちに気がついたようだった。その犬たちが戻ろうとするマリィアにも。それは雄叫びを上げると、マリィアに向かって飛びかかった。彼女は黄金拳銃を構えると、ハウンドバレットを使って迎撃する。不規則な弾道を描く一撃が、雑魔の脚を撃ち抜いた。
「ひりょさん、マリィアさん、その雑魔はお任せしていいですか」
めいが二人を見ると、ひりょとマリィアは顔を見合わせて、頷いた。
「わかった。こっちは任せてくれ」
「ああ、そっちを頼む。ひりょ、援護する」
「ありがとうございます。アルスレーテさん、一緒に白い雑魔を」
「わかった。行くわよ」
●薄紅の咆吼
白色雑魔に向かって行く、めいとアルスレーテの背中を見送って、マリィアは雄叫びを上げる雑魔に弾丸を叩き込む。前に出たひりょに振り上げられた腕を、妨害射撃で撃ち抜いた。クイックリロードで再装填を行ない、相手に攻撃させない。連射される弾の勢いに、雑魔は圧倒されたようだ。
「今だ、ひりょ」
止んだ銃声と入れ替わりに響いた、軍人然としたマリィアの合図に、ひりょは名刀「虹」を構えて斬りかかった。虹色の刀身が、日差しを受けて煌めく。さながら低い位置を虹が奔ったようだった。脚を斬られて、雑魔が金切り声を上げた。
「この声……嫌だな」
ひりょは顔をしかめると、一旦間合いを取った。マリィアが再び黄金拳銃の引き金を引いた。間髪入れずにリロード。断続的な銃声と悲鳴。犬は警戒するように身を低くしている。
「聞き惚れるものではないな」
射撃の合間に、マリィアもそれに応えた。蜂の巣にされた雑魔は、呻いてこちらに掛かってこようとする素振りは見せるものの、上手く動けないでいるようだ。
「ひりょ、とどめだ」
「ああ」
ひりょは頷く。マリィアは油断なく拳銃を構えて不測の事態に備えている。しかし、そんな事態は起こらなかった。
再び虹が架かる。後にはさらさらとくずれて行く雑魔の姿があった。
●白の落日
「あいつ、船持ってるのよね」
「はい。なので、あまり派手な攻撃はできません」
「船さえ持ってなければぶん殴るんだけどね。うっかり船壊しちゃまずいか。足止めできる?」
「わかりました。任せてください」
めいが頷くと、二人は相手の間合いに入る。マリィアのソウルトーチに気を引かれていた相手は、その前に別の人間がやって来たのを察知して体勢を低くした。めいが息を吸い込む。彼女はレクイエムを歌い上げた。この世ならざる魂を鎮める歌を。燐光が、彼女の周りで賑やかすように舞った。そうしてそれは雑魔の動きを阻害する。こちらに狙いを定めて、距離を詰めようとした雑魔は苦しげな声を上げてその場にとどまった。
アルスレーテは鉄扇を閉じて打ちかかる。青く色が変わった瞳が狙うのは、頭。鈍い音が鳴り響いた。まともな生き物なら死んでいただろう。そしてその勢いは頭にとどまらない。殴られた衝撃で手からおもちゃの船が飛ぶ。
「落としたわよ。これで遠慮無くいけるわね」
「ありがとうございます。アルスレーテさん下がってください」
めいの合図に、アルスレーテは後ろに飛びすさった。頭部へのダメージでふらついている雑魔に、プルガトリオの無数の刃が突き刺さった。その手はもがいて船を掴もうとするけれど、もう届かない。やがて動かなくなると、指先から塵のようにくずれて行った。
●水加減はいかが?
「さて」
四人は合流すると、ブルーノの船を回収した。喜んだのも束の間。雑魔はあと一体残っている。まるで温泉に浸かるかのように頭だけ出している水色の歪虚が。すぐそばで仲間がボコボコにされた気配を察知しているのか、出てこようとしない。不利そうなら水に入るとは聞いていたが、不利どころか、出た瞬間殺されることまで察知しているのだろう。
「水に入る分にはいいのよ。下にウェットスーツ着てるし」
「ああ。問題ない。水中用の弾倉を用意してある」
「わたしも、水の上を歩く魔法がありますから」
女性三人が水に入ることを検討している。ひりょはやや気まずそうにそれを聞いていた。彼も水中で使用できる銃を持っているが、女性が水に入るようなことになって、目のやり場に困る事態になるのは、唯一の男として肩身が狭い。できれば出てきてほしい。そう思いながらちらちらと池の方を見る。すると、口を半開きにしたままこちらに顔を向けている雑魔が、すすす、と音もなく泳いで来るのが見えた。
「おや?」
ひりょがよく見ようとして体を伸ばす。すると、今度はさささ、と後ろに下がって行った。
「どうしましたか?」
めいが首を傾げてひりょを見上げると、彼は思いついたように三人に顔を寄せた。
「俺が囮になる。めいたちは寄ってきたのを叩いてほしい」
ソウルトーチで注意を引き、じっとしたまま雑魔が寄ってくるのを待つ。だが、それだけだとこちらから攻撃を仕掛ける時に逃げられる可能性がある。そこで、ワイヤードクローだ。これを打ち込んで引きずり上げ、そこを全員で叩く、という作戦だ。
「いいだろう。仮に水中戦になったとしても、私たち全員にその準備がある」
「そういうことだ。無事に引き上げられれば、めいのジャッジメントで釘付けにできる」
「わかりました。任せてください」
●青の上陸
ソウルトーチを使ったひりょは、水辺でワイヤードクローを構えたままじっと待った。その後ろでは、めいがジャッジメント発動のタイミングを待っている。アルスレーテとマリィアも、各々武器を構えて待機だ。マリィアの犬たちも、主の傍らに伏せている。
燃えるマテリアルと、覚醒状態で発生した、ひりょのオーラが雑魔の気を引いた。生き物らしいが、動かないぞ。そう感じたかも知れない。すすす、とこちらに向かって泳いで来る。ひりょは辛抱強くタイミングを計った。雑魔はやがて、岸まで泳ぎ着く。じっとひりょの様子を窺っているが、ひりょが動かないのを悟ると水音を立てて這い上がってきた。水を滴らせながら、全身を陸に上げる。ぶるぶると身震いをして水滴を落とした、その隙をひりょは待っていた。
鉤爪を発射する。背中に命中した。突然の攻撃に、雑魔は混乱したような金切り声を上げる。ひりょは顔をしかめた。しかし、これくらいで怯んでいられない。ワイヤーを巻き上げる。抵抗は思ったよりされなかったが、暴れる動きがリールを重くした。
「今だ!」
鉤爪を引き抜こうとして、雑魔はもがいて、暴れた。その上から、光の杭が現れて、もがく雑魔の腹を貫いて地面に縫い付ける。マリィアが撃った。頭を貫通し、一時的に悲鳴が止む。
「行くわよ」
アルスレーテが走り出して、一瞬で距離を詰める。縮地移動による接近からの打撃だ。鉄扇が、一閃する。災いの娘が猛威を振るった。
それがとどめになった。最後の雑魔は消え去り、ひりょが撃った鉤爪は、捕まえておく獲物の消滅でその場に転がった。
●少年少女に告げること
「どうにかなったな」
ひりょがワイヤードクローを回収して息を吐くと、めいとマリィアもため息を吐いた。ひりょも、二人のため息の原因を見て同じような表情になる。
船を取り返したは良いが、やはり乱雑に扱われたせいか、マストは折れ、船底は割れている。
「原型はとどめていますけど……」
ばっきりと折れたマストがもの悲しさを誘った。めいも悲しそうな顔をしている。
「どの道、彼には伝えないといけないわ」
「泣きわめいたりはしないと思うわよ。私より大人なんじゃないかってくらいだし」
眉間にしわを寄せるマリィアに、アルスレーテが言葉を添える。
「そうね。行ってはいけないと言われていた池に来てしまっていたことを素直に話して、妹さんを、村を守った子だもの。けれどその分報われて欲しかったわね」
「まずは……伝えましょう」
めいが言うと、マリィアは頷いた。
●戻った船のその後は
マストの折れた船を、マリィアが大事に抱えている。四人が村に帰ると、ブルーノとルチアが駆け寄ってきた。
「お帰りなさい、ハンターさん……あ……」
ブルーノはマリィアが持っている船を見て、目を見開く。そしてその表情がふっとほころんだ。
「もう、返って来ないと思ったよ……ありがとう、ハンターさん」
「お兄ちゃんの船! 取り返してくれてありがとう!」
ルチアは兄よりも喜んでいるように見えた。めいがそれを見て嬉しそうに笑う。
「よかったです。壊れてしまったことは悲しいけれど」
「あのね、ブルーノ」
マリィアがしゃがんで、少年と目線を合わせた。
「内緒で池に行ったことは確かに誉められないわね。でも、そのあとのブルーノ、貴方は素晴らしかった。貴方は妹が池に行くのを引き留めた。池に行ってしまったことをちゃんと大人に報告できた。誰の命も失わずに歪虚退治ができたのは、ブルーノ、貴方と貴方の素晴らしい船のおかげよ。ありがとう、ブルーノ」
「ハンターさん……僕、怒られると思ったよ」
「池に行ってしまったことは、お父さんやお母さんには怒られてしまうかもしれないわね」
くすりと笑うと、今度はルチアに。
「ルチア、貴女のお兄ちゃんはすごいことをしたの。貴女の命も、村のみんなの命も救ったの。貴女はお兄ちゃんを誇りに思っていい」
「お兄ちゃんすごい! ハンターさんに褒められたよ!」
妹に飛び跳ねながら賞賛されて、ブルーノはやや照れたようにそっぽを向いた。マリィアは再び、彼を見る。
「ブルーノ、貴方の勇敢な船をどうしようか? 作り直す? それともお墓を作ってあげる?」
「作り直すよ。また材料から集めないといけないけど」
「いいわ。私にも手伝わせて」
「いいの?」
驚いた様に自分を見つめるブルーノに、マリィアは微笑んで、頷いて見せた。
「やっぱり、意地張ったりしないでちゃんと人に頼れるのよね、ブルーノくんは」
その様子を見て、アルスレーテが言うと、ブルーノはきょとんとしてからまた照れたように笑う。
「その前に、はい、これをどうぞ」
今すぐにでもマリィアを連れて行こうとしたブルーノに、めいが小さなお菓子の包みを差し出した。ブルーノは目を瞬かせて、包みとめいの顔を交互に見る。
「これは?」
「チョコレートですよ。ルチアちゃんにもあります」
めいがにこにこしながら言うと、ルチアが目を輝かせた。兄よりも感情表現が豊かなようだ。
「チョコくれるのぉ!」
「はい。怖い思いした後のリフレッシュです!」
「ありがとー!」
「船を取り返してもらって、チョコまでもらえるなんて……」
その様子を、ひりょは穏やかな表情で見る。元々、人の笑顔が好きな性格をしている。誰かの笑顔のために働くのは嫌いではない。こうして誰も怪我をせず、依頼を果たしたことに彼は安堵した。
空を見上げる。わずかな雲が浮かんでいるそこは青く、穏やかに凪いでいた。彼は仲間たちに呼びかけた。
「チョコレートがあるなら、紅茶も飲まないか? 持ってきてるんだ」
「やっぱりお船取られちゃったら悲しいですよね……取り返してあげられないかなって」
依頼内容を眺めながら、羊谷 めい(ka0669)が首を傾げる。
「破壊されてしまっている可能性もあるが、無事の可能性もある。俺としては無事に返してやりたい」
鳳凰院ひりょ(ka3744)もそれに同意した。二人の声を聞きながら、アルスレーテ・フュラー(ka6148)が顎に手を当てて唸りながら思案する。
「うーん、そうよね。雑魔が持ってるなら、うっかり壊さないようにしないと」
「壊れたら壊れたで返してあげないといけないわね。それより大事なのはその後よ」
マリィア・バルデス(ka5848)が意見を述べると、三人は、なんだろう、と言いたげに彼女を見た。
「ブルーノとルチアが誇れる結末にしないと。船より自分や妹さんの安全を優先したのだから。ちゃんと船がどうなったか教えてあげて、その上でどうしたいかよ」
「そうよね。意地張って取り返そうとしなかったから、ちゃんとハンターに依頼も来たわけだし。いいわ。船を持ってる雑魔がいたら、船を壊さないように狙う」
「そうです。咄嗟の判断でお二人とも無事だったのですから。足止めは任せてください」
「素早いのがいるらしいが、足止めができるならそこまで手こずらないかもしれないな。俺も注意を引きつけたりできると思う」
全員の意見が出揃い、方針が決まったことを見て取ったマリィアが手を叩く。乾いた音は空気に一区切りをつけた。
「では行きましょう」
●手分け
問題の池にたどり着いた。四人分の気配を、水の中のものたちは察知したらしい。水面が揺らぐ。
「来た」
マリィアが連れてきた二頭の犬に目配せをする。犬たちは主人の合図を待ってしっぽを立てていた。揺らぐ水面から、ざぶんと音を立てて薄紅色の頭が顔を出す。
「やっぱり、ちょっと気持ち悪いですね。暗いところで出会いたくない感じ」
めいが小さな声で呟くと、ひりょが苦笑した。しかし、その後に二つ続いた水音に表情を引き締める。
「反応はほぼ同時なんだな」
彼の言うとおり、薄紅色の雑魔に続いて、白色、水色のそれらが顔を出す。まず最初に薄紅が這い出し、続いて白色、水色と続いた。水色は池の縁に上がるとそこから動こうとはしなかった。
「前衛行きますね」
めいが三人を見上げる。マリィアが頷いた。
「任せた。援護する。α、γ、池に近付きすぎず吠えて歪虚の注意を引け……行けっ」
その合図で、犬たちは一斉に駆け出した。池から少し離れたところで、低い声で吠え立てる。
「ソウルトーチを使う! 船を持ってる奴を探すんだ!」
しかし、そう言い放ったマリィアも、仲間の報告を待つまでもなかった。白色の雑魔が歩く度に、その右手に持ってある船は嫌でも目に入った。全員がそれに気付いていた。詳しい状態はわからないが、無傷でないことは確かだ。めいが悲しげに表情をゆがめ、ひりょもやや表情が険しい。
「ひどい」
「無傷で、と言うわけにはいかなくなったな」
「OK。あいつは私が引き受ける」
アルスレーテには混戦でもある程度狙いをつけて攻撃できる技能がある。おもちゃの船を壊さないように攻撃することが可能だ。
「頼んだ、アルスレーテ」
薄紅の雑魔は犬たちに気がついたようだった。その犬たちが戻ろうとするマリィアにも。それは雄叫びを上げると、マリィアに向かって飛びかかった。彼女は黄金拳銃を構えると、ハウンドバレットを使って迎撃する。不規則な弾道を描く一撃が、雑魔の脚を撃ち抜いた。
「ひりょさん、マリィアさん、その雑魔はお任せしていいですか」
めいが二人を見ると、ひりょとマリィアは顔を見合わせて、頷いた。
「わかった。こっちは任せてくれ」
「ああ、そっちを頼む。ひりょ、援護する」
「ありがとうございます。アルスレーテさん、一緒に白い雑魔を」
「わかった。行くわよ」
●薄紅の咆吼
白色雑魔に向かって行く、めいとアルスレーテの背中を見送って、マリィアは雄叫びを上げる雑魔に弾丸を叩き込む。前に出たひりょに振り上げられた腕を、妨害射撃で撃ち抜いた。クイックリロードで再装填を行ない、相手に攻撃させない。連射される弾の勢いに、雑魔は圧倒されたようだ。
「今だ、ひりょ」
止んだ銃声と入れ替わりに響いた、軍人然としたマリィアの合図に、ひりょは名刀「虹」を構えて斬りかかった。虹色の刀身が、日差しを受けて煌めく。さながら低い位置を虹が奔ったようだった。脚を斬られて、雑魔が金切り声を上げた。
「この声……嫌だな」
ひりょは顔をしかめると、一旦間合いを取った。マリィアが再び黄金拳銃の引き金を引いた。間髪入れずにリロード。断続的な銃声と悲鳴。犬は警戒するように身を低くしている。
「聞き惚れるものではないな」
射撃の合間に、マリィアもそれに応えた。蜂の巣にされた雑魔は、呻いてこちらに掛かってこようとする素振りは見せるものの、上手く動けないでいるようだ。
「ひりょ、とどめだ」
「ああ」
ひりょは頷く。マリィアは油断なく拳銃を構えて不測の事態に備えている。しかし、そんな事態は起こらなかった。
再び虹が架かる。後にはさらさらとくずれて行く雑魔の姿があった。
●白の落日
「あいつ、船持ってるのよね」
「はい。なので、あまり派手な攻撃はできません」
「船さえ持ってなければぶん殴るんだけどね。うっかり船壊しちゃまずいか。足止めできる?」
「わかりました。任せてください」
めいが頷くと、二人は相手の間合いに入る。マリィアのソウルトーチに気を引かれていた相手は、その前に別の人間がやって来たのを察知して体勢を低くした。めいが息を吸い込む。彼女はレクイエムを歌い上げた。この世ならざる魂を鎮める歌を。燐光が、彼女の周りで賑やかすように舞った。そうしてそれは雑魔の動きを阻害する。こちらに狙いを定めて、距離を詰めようとした雑魔は苦しげな声を上げてその場にとどまった。
アルスレーテは鉄扇を閉じて打ちかかる。青く色が変わった瞳が狙うのは、頭。鈍い音が鳴り響いた。まともな生き物なら死んでいただろう。そしてその勢いは頭にとどまらない。殴られた衝撃で手からおもちゃの船が飛ぶ。
「落としたわよ。これで遠慮無くいけるわね」
「ありがとうございます。アルスレーテさん下がってください」
めいの合図に、アルスレーテは後ろに飛びすさった。頭部へのダメージでふらついている雑魔に、プルガトリオの無数の刃が突き刺さった。その手はもがいて船を掴もうとするけれど、もう届かない。やがて動かなくなると、指先から塵のようにくずれて行った。
●水加減はいかが?
「さて」
四人は合流すると、ブルーノの船を回収した。喜んだのも束の間。雑魔はあと一体残っている。まるで温泉に浸かるかのように頭だけ出している水色の歪虚が。すぐそばで仲間がボコボコにされた気配を察知しているのか、出てこようとしない。不利そうなら水に入るとは聞いていたが、不利どころか、出た瞬間殺されることまで察知しているのだろう。
「水に入る分にはいいのよ。下にウェットスーツ着てるし」
「ああ。問題ない。水中用の弾倉を用意してある」
「わたしも、水の上を歩く魔法がありますから」
女性三人が水に入ることを検討している。ひりょはやや気まずそうにそれを聞いていた。彼も水中で使用できる銃を持っているが、女性が水に入るようなことになって、目のやり場に困る事態になるのは、唯一の男として肩身が狭い。できれば出てきてほしい。そう思いながらちらちらと池の方を見る。すると、口を半開きにしたままこちらに顔を向けている雑魔が、すすす、と音もなく泳いで来るのが見えた。
「おや?」
ひりょがよく見ようとして体を伸ばす。すると、今度はさささ、と後ろに下がって行った。
「どうしましたか?」
めいが首を傾げてひりょを見上げると、彼は思いついたように三人に顔を寄せた。
「俺が囮になる。めいたちは寄ってきたのを叩いてほしい」
ソウルトーチで注意を引き、じっとしたまま雑魔が寄ってくるのを待つ。だが、それだけだとこちらから攻撃を仕掛ける時に逃げられる可能性がある。そこで、ワイヤードクローだ。これを打ち込んで引きずり上げ、そこを全員で叩く、という作戦だ。
「いいだろう。仮に水中戦になったとしても、私たち全員にその準備がある」
「そういうことだ。無事に引き上げられれば、めいのジャッジメントで釘付けにできる」
「わかりました。任せてください」
●青の上陸
ソウルトーチを使ったひりょは、水辺でワイヤードクローを構えたままじっと待った。その後ろでは、めいがジャッジメント発動のタイミングを待っている。アルスレーテとマリィアも、各々武器を構えて待機だ。マリィアの犬たちも、主の傍らに伏せている。
燃えるマテリアルと、覚醒状態で発生した、ひりょのオーラが雑魔の気を引いた。生き物らしいが、動かないぞ。そう感じたかも知れない。すすす、とこちらに向かって泳いで来る。ひりょは辛抱強くタイミングを計った。雑魔はやがて、岸まで泳ぎ着く。じっとひりょの様子を窺っているが、ひりょが動かないのを悟ると水音を立てて這い上がってきた。水を滴らせながら、全身を陸に上げる。ぶるぶると身震いをして水滴を落とした、その隙をひりょは待っていた。
鉤爪を発射する。背中に命中した。突然の攻撃に、雑魔は混乱したような金切り声を上げる。ひりょは顔をしかめた。しかし、これくらいで怯んでいられない。ワイヤーを巻き上げる。抵抗は思ったよりされなかったが、暴れる動きがリールを重くした。
「今だ!」
鉤爪を引き抜こうとして、雑魔はもがいて、暴れた。その上から、光の杭が現れて、もがく雑魔の腹を貫いて地面に縫い付ける。マリィアが撃った。頭を貫通し、一時的に悲鳴が止む。
「行くわよ」
アルスレーテが走り出して、一瞬で距離を詰める。縮地移動による接近からの打撃だ。鉄扇が、一閃する。災いの娘が猛威を振るった。
それがとどめになった。最後の雑魔は消え去り、ひりょが撃った鉤爪は、捕まえておく獲物の消滅でその場に転がった。
●少年少女に告げること
「どうにかなったな」
ひりょがワイヤードクローを回収して息を吐くと、めいとマリィアもため息を吐いた。ひりょも、二人のため息の原因を見て同じような表情になる。
船を取り返したは良いが、やはり乱雑に扱われたせいか、マストは折れ、船底は割れている。
「原型はとどめていますけど……」
ばっきりと折れたマストがもの悲しさを誘った。めいも悲しそうな顔をしている。
「どの道、彼には伝えないといけないわ」
「泣きわめいたりはしないと思うわよ。私より大人なんじゃないかってくらいだし」
眉間にしわを寄せるマリィアに、アルスレーテが言葉を添える。
「そうね。行ってはいけないと言われていた池に来てしまっていたことを素直に話して、妹さんを、村を守った子だもの。けれどその分報われて欲しかったわね」
「まずは……伝えましょう」
めいが言うと、マリィアは頷いた。
●戻った船のその後は
マストの折れた船を、マリィアが大事に抱えている。四人が村に帰ると、ブルーノとルチアが駆け寄ってきた。
「お帰りなさい、ハンターさん……あ……」
ブルーノはマリィアが持っている船を見て、目を見開く。そしてその表情がふっとほころんだ。
「もう、返って来ないと思ったよ……ありがとう、ハンターさん」
「お兄ちゃんの船! 取り返してくれてありがとう!」
ルチアは兄よりも喜んでいるように見えた。めいがそれを見て嬉しそうに笑う。
「よかったです。壊れてしまったことは悲しいけれど」
「あのね、ブルーノ」
マリィアがしゃがんで、少年と目線を合わせた。
「内緒で池に行ったことは確かに誉められないわね。でも、そのあとのブルーノ、貴方は素晴らしかった。貴方は妹が池に行くのを引き留めた。池に行ってしまったことをちゃんと大人に報告できた。誰の命も失わずに歪虚退治ができたのは、ブルーノ、貴方と貴方の素晴らしい船のおかげよ。ありがとう、ブルーノ」
「ハンターさん……僕、怒られると思ったよ」
「池に行ってしまったことは、お父さんやお母さんには怒られてしまうかもしれないわね」
くすりと笑うと、今度はルチアに。
「ルチア、貴女のお兄ちゃんはすごいことをしたの。貴女の命も、村のみんなの命も救ったの。貴女はお兄ちゃんを誇りに思っていい」
「お兄ちゃんすごい! ハンターさんに褒められたよ!」
妹に飛び跳ねながら賞賛されて、ブルーノはやや照れたようにそっぽを向いた。マリィアは再び、彼を見る。
「ブルーノ、貴方の勇敢な船をどうしようか? 作り直す? それともお墓を作ってあげる?」
「作り直すよ。また材料から集めないといけないけど」
「いいわ。私にも手伝わせて」
「いいの?」
驚いた様に自分を見つめるブルーノに、マリィアは微笑んで、頷いて見せた。
「やっぱり、意地張ったりしないでちゃんと人に頼れるのよね、ブルーノくんは」
その様子を見て、アルスレーテが言うと、ブルーノはきょとんとしてからまた照れたように笑う。
「その前に、はい、これをどうぞ」
今すぐにでもマリィアを連れて行こうとしたブルーノに、めいが小さなお菓子の包みを差し出した。ブルーノは目を瞬かせて、包みとめいの顔を交互に見る。
「これは?」
「チョコレートですよ。ルチアちゃんにもあります」
めいがにこにこしながら言うと、ルチアが目を輝かせた。兄よりも感情表現が豊かなようだ。
「チョコくれるのぉ!」
「はい。怖い思いした後のリフレッシュです!」
「ありがとー!」
「船を取り返してもらって、チョコまでもらえるなんて……」
その様子を、ひりょは穏やかな表情で見る。元々、人の笑顔が好きな性格をしている。誰かの笑顔のために働くのは嫌いではない。こうして誰も怪我をせず、依頼を果たしたことに彼は安堵した。
空を見上げる。わずかな雲が浮かんでいるそこは青く、穏やかに凪いでいた。彼は仲間たちに呼びかけた。
「チョコレートがあるなら、紅茶も飲まないか? 持ってきてるんだ」
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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面白かった! | 18人 |
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/01/29 19:13:32 |
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相談卓 羊谷 めい(ka0669) 人間(リアルブルー)|15才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2018/01/30 07:02:16 |