ゲスト
(ka0000)
【星籤】イカロスを超えろ!
マスター:樹シロカ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/01/30 22:00
- 完成日
- 2018/02/12 00:59
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
同盟の港湾都市ポルトワールを出港した海軍の艦艇は、快調に海原を進んでいた。
甲板に出たメリンダ・ドナーティ(kz0041)は、空を見上げてほうと息をつく。
「せめていいお天気になって良かった……」
雲ひとつない青空は、色ガラスの天井のように澄み切っていた。
それだけに、吹きつける風の冷たさが身にしみる。
「こんな依頼を受けてくださって、本当にありがとうございます」
メリンダは甲板に並んだハンター達にむかって、深々と頭を下げた。
彼らの傍には、「プロト・イカロス」と呼ばれる装備品の改良型がある。
リアルブルーで開発された、人間が生身で空を飛ぶことができる夢の道具であった。
基本コンセプトはCAMの飛行用パーツと変わらない。化石燃料用のエンジンを背中に背負うのである。
リアルブルーの崑崙基地でハンター達が参加した実験を経て、メリンダはそれを借り受けて戻ってきた。
クリムゾンウェストで実用に耐えるよう改良するためである。
今日はその改良型の実験のために、ハンター達が集められたのだ。
●
先の崑崙基地での実験のすぐ後。
リアルブルーから戻ったメリンダを、同盟軍の首脳部は大喜びで出迎えた。
むろん、正確にはメリンダの持ち帰った装備品を、であるが。
ハンター達が身体を張って確認した不具合については、既に報告書にまとめてある。
・装着方法の問題。ベルト固定式は汎用性に優れるが、装着する者の負荷は無視できない。装着にも手間取る。
・姿勢制御の問題。ジェットブーツ等の併用が最も現実的であるが、装備コストの問題が残る。
・総重量の問題。
これらに加え、実際に使用するのはおそらく戦場である。
コントローラーを操作しながらでは武器を使うのは不可能だろう。
――そしてメリンダは、「プロト・イカロス」を覚醒者専用の装備品として開発すべきと結論付けた。
この点で、お偉方は納得しつつも落胆した。汎用兵装としては期待できなくなったためだ。
だがとにかく改良は行われた。
化石燃料用のジェットエンジンは、魔導エンジンに。
名前の由来となった「翼のような」アフターバーナーは、制御用アームが増えたため4枚羽となった。
装着用ベルトはフマーレの職人たちによって留具が改良され、着脱がワンタッチで行えるように。ベルト幅が広くなり、本数が大幅に減らされたので、着用のストレスも軽減されている。
いわば「突撃兵器」である以上、着脱が早くなったことはかなりの進歩だ。
一応の改良が済んだ頃、メリンダは情報部のマヌエル・フィンツィ少佐と出くわした。
「ドナーティ中尉は、あの装備品を自分で使いたいとは思わなかったのですか」
何を考えているのかわからない相手の言葉に、メリンダは言葉を選んで返答する。
「空を飛べるのは素敵ですけれど。どうにか飛べたとしても、私では着地で大怪我してしまいますわね。少佐ならともかく」
フィンツィ少佐は覚醒者である。
「……貴方は賢明です」
少佐は僅かに口元を緩めた。
「え?」
「適材適所ということです。不向きな人員を、徒に戦場で消耗するべきではないでしょう」
メリンダは黙り込むしかなかった。
軍に属しながらも、明らかに「不向きな人員」に入っているのだから。
「ところで、当日は私もテストを見学してよろしいですか?」
「ええ、勿論ですわ」
どのみち私の「許可」など要らないのだし。などと、内心では若干ひねくれるメリンダであった。
●
とにもかくにも、一応は完成品と呼べるものが出来上がった。
だがテストしようにも、クリムゾンウェストでは重力を調整することはできない。
そこで陸地よりはましだろうと、テストは海で行われることになった。
……酷寒の、冬の海で。
「本当に、すみません!!」
メリンダはアルコール度数の高い酒や熱い紅茶を持ち込み、艦の厨房では熱々のシチューが用意されている。
装備の軽量化に限界がある以上、あとは覚醒者が操る方法を探るしかない。
それができないなら「プロト・イカロス」はこのまま封印されるだろう。
ハンター達はそれぞれの役割を確認し、海を眺めた。
……そして気付く。不穏な影が船を目指して突き進んでくることに――。
同盟の港湾都市ポルトワールを出港した海軍の艦艇は、快調に海原を進んでいた。
甲板に出たメリンダ・ドナーティ(kz0041)は、空を見上げてほうと息をつく。
「せめていいお天気になって良かった……」
雲ひとつない青空は、色ガラスの天井のように澄み切っていた。
それだけに、吹きつける風の冷たさが身にしみる。
「こんな依頼を受けてくださって、本当にありがとうございます」
メリンダは甲板に並んだハンター達にむかって、深々と頭を下げた。
彼らの傍には、「プロト・イカロス」と呼ばれる装備品の改良型がある。
リアルブルーで開発された、人間が生身で空を飛ぶことができる夢の道具であった。
基本コンセプトはCAMの飛行用パーツと変わらない。化石燃料用のエンジンを背中に背負うのである。
リアルブルーの崑崙基地でハンター達が参加した実験を経て、メリンダはそれを借り受けて戻ってきた。
クリムゾンウェストで実用に耐えるよう改良するためである。
今日はその改良型の実験のために、ハンター達が集められたのだ。
●
先の崑崙基地での実験のすぐ後。
リアルブルーから戻ったメリンダを、同盟軍の首脳部は大喜びで出迎えた。
むろん、正確にはメリンダの持ち帰った装備品を、であるが。
ハンター達が身体を張って確認した不具合については、既に報告書にまとめてある。
・装着方法の問題。ベルト固定式は汎用性に優れるが、装着する者の負荷は無視できない。装着にも手間取る。
・姿勢制御の問題。ジェットブーツ等の併用が最も現実的であるが、装備コストの問題が残る。
・総重量の問題。
これらに加え、実際に使用するのはおそらく戦場である。
コントローラーを操作しながらでは武器を使うのは不可能だろう。
――そしてメリンダは、「プロト・イカロス」を覚醒者専用の装備品として開発すべきと結論付けた。
この点で、お偉方は納得しつつも落胆した。汎用兵装としては期待できなくなったためだ。
だがとにかく改良は行われた。
化石燃料用のジェットエンジンは、魔導エンジンに。
名前の由来となった「翼のような」アフターバーナーは、制御用アームが増えたため4枚羽となった。
装着用ベルトはフマーレの職人たちによって留具が改良され、着脱がワンタッチで行えるように。ベルト幅が広くなり、本数が大幅に減らされたので、着用のストレスも軽減されている。
いわば「突撃兵器」である以上、着脱が早くなったことはかなりの進歩だ。
一応の改良が済んだ頃、メリンダは情報部のマヌエル・フィンツィ少佐と出くわした。
「ドナーティ中尉は、あの装備品を自分で使いたいとは思わなかったのですか」
何を考えているのかわからない相手の言葉に、メリンダは言葉を選んで返答する。
「空を飛べるのは素敵ですけれど。どうにか飛べたとしても、私では着地で大怪我してしまいますわね。少佐ならともかく」
フィンツィ少佐は覚醒者である。
「……貴方は賢明です」
少佐は僅かに口元を緩めた。
「え?」
「適材適所ということです。不向きな人員を、徒に戦場で消耗するべきではないでしょう」
メリンダは黙り込むしかなかった。
軍に属しながらも、明らかに「不向きな人員」に入っているのだから。
「ところで、当日は私もテストを見学してよろしいですか?」
「ええ、勿論ですわ」
どのみち私の「許可」など要らないのだし。などと、内心では若干ひねくれるメリンダであった。
●
とにもかくにも、一応は完成品と呼べるものが出来上がった。
だがテストしようにも、クリムゾンウェストでは重力を調整することはできない。
そこで陸地よりはましだろうと、テストは海で行われることになった。
……酷寒の、冬の海で。
「本当に、すみません!!」
メリンダはアルコール度数の高い酒や熱い紅茶を持ち込み、艦の厨房では熱々のシチューが用意されている。
装備の軽量化に限界がある以上、あとは覚醒者が操る方法を探るしかない。
それができないなら「プロト・イカロス」はこのまま封印されるだろう。
ハンター達はそれぞれの役割を確認し、海を眺めた。
……そして気付く。不穏な影が船を目指して突き進んでくることに――。
リプレイ本文
●
港に停泊した海軍の艦艇の甲板に立つ一同の頬を、潮風が撫でていく。
……というより、殴りつけていく。
「そなたらはハンターをなんだと思っているのじゃ」
ミグ・ロマイヤー(ka0665)は襟元に顔をうずめ、じろりと同盟軍の面々を見据えた。
「頼りになる協力者ですよ」
答えたのは、黒髪に黒眼の30代半ばとみえる中肉中背の男。
軍属の経歴を持つミグと瀬崎・統夜(ka5046)は、その男に『特殊』な任務に就く者特有の気配を感じ取った。
だが統夜はその感情を表に出すことなく、挨拶をかわす。
「瀬崎・統夜だ。宜しく頼む」
「フィンツィ少佐です。貴方には前回もご協力いただいたと聞いております」
「ああ。イカロスがどうなるのか、興味は尽きないからな」
メリンダも寒風の中、やはり営業スマイルを崩さない。
かつて2月の海にハンターを叩きこんだ張本人でもあり、申し訳ないと思う気持ちはあれど、良くも悪くもハンター達の能力を疑わないのだ。――それがハンターにとって嬉しいかどうかは、また別の問題だが。
当時も身体を張ったシバ・ミラージュ(ka2094)が、メリンダの傍らでそっと横顔を覗き込む。
「メリンダさんって本当に海に縁がありますよね……」
「そうかもしれません。海軍はわが同盟軍の誇りですから」
だからこそ、未知の技術にも貪欲だ。今回、メリンダが借り受けた『異界の訳のわからない機械』を調査し、資金の用途に煩い評議会を説き伏せてまで改良と実験の場を提供したのも、海軍が『役に立つかもしれない』と判断したからだ。
そう思わせるようにメリンダが説得した訳だが、それは失敗すれば責任を負うということ。
シバにはメリンダ自身が『未知の戦力』をどう考えているのかはわからない。
だが『イカロス』の成功がメリンダの手柄となるのは間違いないと思う。そのために力を貸す覚悟だ。
ミグは肩をすくめ、どこまでも続く海原の眺めに目を細める。
港でこの風だ、あの水平線のかなたにポツンと浮かぶ船は、どれほどの寒風にさらされることか。
「この冬の海で飛行試験だと? まったく、正気の沙汰とは思えんのじゃー」
「まあ、こっちでテストをしようと思ったらしょうがないよね?」
シェラリンデ(ka3332)が淡々と事実を指摘する。
不完全な飛行機械である以上、陸地での実験はリスクが高すぎる。
海ならば高度を上げすぎず、着水角度をきちんとコントロールすれば、それほどダメージを受けずに済むというのは納得だ。
「とにかく、改良品を確認させてもらえるかな」
専用のラックに据え付けられた、「プロト・イカロス(改)」とでも呼ぶべき装備品に手を触れる。
ベースは以前リアルブルーで見たものと変わらないが、持ち上げられる重量になっているのと、アームが収納式になっているのが大きな特徴だ。
シェラリンデは新しくなったベルトや金具もチェックする。
「以前のものよりスムーズになってるね」
雨月彩萌(ka3925)にとっては初めて見る装備品だ。
「このような形で、新技術開発に携われるのは幸運です」
新たに作られた技術が、この世界をどのように変えていくのか。
その行く末が良きものとなるよう、彩萌は願う。未来は当然、「彩萌にとって」良きものでなくてはならない。
人類の完全な勝利へ導くかもしれない技術。今回はそれを間近で見る事が出来る、貴重な機会だ。
そのとき、潮風のにおいに混じって、不思議な香りが甲板を流れて行った。
「? なんでしょう、これは?」
メリンダが目をしばたたき、辺りを見回す。
星野 ハナ(ka5852)が大きな鍋を抱えて、乗り込んできたのだ。
「すみませぇん、これも温めておいてほしいですぅ」
ハナは嗅いだ事のない臭いに顔を見合わせる炊事係の前で、蓋をあけて中身を見せた。
「粕汁ですぅ。身体があったまりますよぅ」
にっこり笑って味見用の一杯を差し出す。味噌汁の味噌の代わりに酒粕を入れた、ハナの故郷では一般的な汁物である。
一応は食料は用意してある、と説明する炊事係の前で、ハナは小首を傾げた。
「だってぇ、しっかり準備しとかないと、軍の人が用意してくれたものをグデちゃんが隠れてぜーんぶ食べきっちゃう未来がひしひしとぉ……」
その言葉に入口を見れば、グデちゃんと名付けられたユグディラは、扉の陰からじいっとハナを見つめ続けている。
ハナはしゃがみ込み、グデちゃんの頭を撫でて念を押した。
「グデちゃん、分かってると思いますけどぉ、これは終了後にみんなで食べてあったまるようですからねぇ? ひとりで食べちゃ駄目ですよぅ?」
それからお菓子の入った大きな袋を目の前に置いた。
「こっちのお菓子なら食べていいですからぁ。あとぉ、怪我人出たり戦闘になったらちゃんと働いて下さいねぇ?」
ハナの言いつけを分かっているのか、グデちゃんは嬉しそうにお菓子の袋を抱える。
そうしている間に準備が整い、艦は静かに出港した。
●
ハンター達は相談の上、「プロト・イカロス」試験の担当と、支援担当に分かれていた。
飛行の準備を整えたウーナ(ka1439)が、同じく試験担当のメンバーに声をかける。
「いきなりだけど、発進タイミングを少しずらしていいかな?」
先に着水した誰かから付近の様子について連絡を受けた後、近接航空支援のような形で適当な目標を空中から狙撃する……そのような使い方を試してみたい、と説明する。
準備を整えて屈伸運動をしていたディーナ・フェルミ(ka5843)が、先行を申し出た。
「私ならウォーターウォークがあるから、もし失敗して沈んでも心配ないの」
開発担当の海軍兵が、ディーナが取り外したパーツを恐る恐る指差す。
「あの、パラシュートが……」
「要らないの。本番に使わないものはなるべくつけるべきじゃないと思うの」
とはいえ、まだ飛行スキルは存在しない。ディーナは沈む前提で飛ぶつもりだった。
危険だといい募る兵を、メリンダが制した。
「ディーナさんの納得できる形でお願いします」
その様子を、連れてきたユグディラが大きな瞳で見つめていた。
ディーナはふわふわの毛を撫でながら、優しく言い聞かせる。
「私が戻る前に誰かが怪我したら、お昼寝曲を演奏するの。……それから」
こつんと額をくっつけ、ささやき声で付け加えた。
「ないとは思うけど。敵が出てきて、仲間が大怪我したら、挽歌で時間を稼ぐの……分かった?」
同盟の海域は、海賊や歪虚の危険に満ちている。万が一がないとは言い切れないのだ。
じっと自分を見つめるユグディラに手を振り、ディーナは発着台へと登って行く。
甲板には、ミグのガルガリン「バウ・スラスター」と彩萌のR7エクスシア「アイリスMk-2」、ウーナのオファニム「Re:AZ-L」、そして統夜の魔導型デュミナス「黒騎士」が居並ぶ。
機動兵器によって甲板には簡易式の発着台が据え付けられた。「プロト・イカロス」を装着したハンターは、その上から飛び立つのだ。
ディーナの姿をみとめ、統夜は漆黒の愛機を発着台の傍につけた。
「出るぞ、黒騎士。共に見届けよう」
どこまで「プロト・イカロス」が改良されたか興味はあったが、今回は回収と、万一の際の支援担当が必要だ。
ミグは「バウ・スラスター」の操縦席で頷く。
「それに加えて、外部から飛行ユニットの挙動を観察することで分かることもあろうしの」
(そうだとも。決して、凍てつく冬の海が嫌という理由で、こちらを選んだ訳ではないのじゃ!)
そもそも今回、「バウ・スラスター」を持ち込んだ理由が理由である。
「ふふふ……1基100万ちかくする補助ブースターを4基も贅沢に搭載したのじゃ。この飛行能力、驚くがよいぞ」
得意満面のドヤ顔が、明滅する計器の光を受けて凄みを帯びていた。
「という訳で、この『バウ・スラスター』を目印に飛ぶがよい!」
着水予定地点の付近に先に乗り付け、いざというときの浮島として利用させるつもりだ。
ディーナが「プロト・イカロス」を起動させる。
本体から4本のアームが伸びて光を帯び、魔導エンジンのアフターバーナーは虹色の翼のように見えた。
ディーナが発着台の床を蹴ると、身体は海面上を真っ直ぐに滑空していく。
「CAMの力も幻獣の力も借りずに、空を飛べるの……すごいことなの」
頬に当たる風の冷たさすら心地よい。
だが飛行時間はほんのわずかだ。
ディーナは海面に平行する形で滑空し、自らに「プロテクション」を使う。そして着水寸前に「プロト・イカロス」も保護し、飛行機のように着水すると、そのまま海中に沈んで行った。
「ディーナさん!?」
双眼鏡で見ていたメリンダが思わず声を上げる。
が、「ウォーターウォーク」を使ったディーナが海面上に再び姿を現し、メリンダも安堵のため息を漏らした。
「成程、面白い方法ですね」
フィンツィも双眼鏡を使いながら、ディーナを見守る。
ディーナは水上に立ち上がると、ベルトの金具が問題なく作動することを確認すると、こちらへ向かって歩き出した。
飛ぶ距離は、「ウォーターウォーク」が切れないうちに歩いて戻ることのできる範囲と言う訳だ。
「壊れなければ、また使えるの。外さなければ、回収も必要ないの」
甲板に戻ったディーナは、何事もなかったかのようにそう言った。
「……でも寒いの」
「すぐに身体を拭いて!」
メリンダがバスタオルを大急ぎでディーナに巻きつけた。
ハナはウェア「エティマシア」を着こんで、装備を確かめる。宇宙空間対応のウェアなら、保温対策もバッチリだ。
「ところでイカロスの飛行限界って計算上では何秒ですぅ? R7のフライトシステムは50秒だと思いましたけどぉ?」
「そうですね……概ねそのぐらいになりますね」
メリンダがファイルを繰り、仕様を確認する。月面でプロトタイプの飛行時間が、仕様書ではフライトシステムに準じた性能となっている。今回は軽量化された上でパラシュートを併用するので、同じぐらいは可能だろう、という計算だ。――あくまでも計算上は、だが。
「わかりましたぁ。じゃあ頑張ってきますぅ」
ハナが元気よく飛び出した。
まずは急旋回を計る。だが「プロト・イカロス」は独立したユニットではなく、推進力のあるグライダーのような装備品だ。
ハナの身体は、傾いたまま海面へ近付いて行く。
彩萌は愛機を駆り、ハナを追って飛ぶ。
「身体をひねれば多少は傾くようですが、軽量化を優先した推進力では、再浮上や姿勢制御は難しいということですね」
ハナの着水を確認すると、「アイリスMk-2」のブースターを駆使して接近、ブースターが巻き上げる波にハナが呑み込まれないよう注意しながら回収する。
「乗り心地は悪いでしょうが、我慢してください」
「大丈夫ですよぅ。それよりもこの装備品の使い勝手が悪いですぅ」
まだまだ改良の余地あり。ハナはそう報告するつもりだ。
そのとき、先刻までハナがいた辺りの波が大きくうねった。
ミグのドヤ顔が一瞬で引き締まる。
「む、なんじゃあれは」
モニターに映る海面下に、大きな影がよぎる。同盟兵の緊張を帯びた声が同時に飛び込んできた。
『緊急事態発生。10時の方向より歪虚2体が本艦へ向けて接近中。各員、戦闘配備につけ!』
●
歪虚接近の報は、ハンター達にも即座に伝えられた。メリンダの鋭い声が響く。
「飛行実験は中止します」
だがこんなことはハンターにとって日常茶飯事だ。
シェラリンデが海面を見据えながら、軽く片手を上げてメリンダの言葉を遮った。
「数も2体で間違いないようだし、予定通り対処できると思うよ。海軍さん達は万一に備えて、準備を整えておいてもらえるかな」
むしろウーナなどは目を輝かせている。
「うってつけのが出たっ!」
どうせ装備を整えてきたのだから、実戦のほうが性能も確認できて好都合という訳だ。
シバはウーナに頷いて見せると、発着台を素早く上がって行く。
「僕が偵察に出ます。メリンダさん、何かあれば必殺のウインドミル投法で救命具を投げて下さいね」
「投げ方の指定があるんですか! ていうか、救命具をそんなに飛ばせません!!」
メリンダが即座に突っ込むが、こういうときのシバは軽口で緊張をほぐしていることが多い。
下手に頑張れとか、気をつけろとか言うよりも、彼のノリにあわせた方がいいのだ。……たぶん。
先にシバが飛び立ち、シェラリンデが続く。
シバは低い位置を滑空しながら、間近で敵の姿を確認した。
「サメに似ていますが、歪虚で間違いないと思います。数は2体」
接近速度や動きをわかる範囲で叫ぶと、更に高い場所を飛ぶシェラリンデが中継し、トランシーバーで連絡する。
「敵が複数なら、シバさんひとりじゃ危険だね。回収の手続きだけよろしくお願いするよ」
シバが着水する位置を確認し、シェラリンデも着水の姿勢を取る。
歪虚は海中をかなりのスピードで接近してきたかと思うと、1体が海面に躍り上がり、シバめがけて飛びかかって来た。
「皆さんが来るまではなんとか持ち堪えてみます」
素早く「プロト・イカロス」を外す。以前に比べればパージは随分とスムーズだ。パラシュートがくたりと海面に倒れる間に、シバは「ウォーターウォーク」で海面上に立つ。
「本物のサメのように電流に敏感であれば……」
シバは迫るサメ型歪虚の鼻面めがけて、ライトニングボルトを叩きつける。
的が大きいのと、相手が真っ直ぐシバめがけてやってきたのもあって、鼻先が焦げるほどの電流が襲いかかった。
歪虚は体をくねらせて、海中に飛び込む。
「おっ……と!」
歪虚が暴れることで生じた大波が、シバの足元で盛り上がった。「ウォーターウォーク」は水上に立つスキルのため、術者も波の動きにあわせて位置を変えざるを得ない。
更にもう1体が、シバを挟撃すべく近付く。だが先の1体は、シェラリンデが抑えていた。
(仲間のところには行かせないよ)
着水後、海中に潜ったシェラリンデは、チャンスを窺っていた。
シバとパラシュートに意識が向いていた、先行する歪虚の尾びれの付け根を狙って、紫色に輝く刀身を突き立てる。
が、相手のほうが水中での活動に向いている。巨大な尾びれが翻り、シェラリンデの身体を強打した。
(……っ!!)
ひとまず距離を取り、海面に顔を出すと、待ちかねたように声がかかる
『見事な働きじゃ。一度休むがよいぞ』
ミグのガルガリンが、手を差し伸べてくれていた。
「わかった。無理はしないよ」
シェラリンデは大きく息を吐き、身体の痛みを感じさせない動きでガルガリンの手に乗り込んだ。
その上を、ウーナが飛んでいく。
「結構いい感じになったね。まだまだ頑張りたいけど……!」
以前よりはかなり改善されている。
「まずは今の結果をだそっか。魅せるよ、フライト!」
滑空しながら、敵を確認。長大な銃身を持つリボルバーを構え、空中から歪虚を狙う。
「移動攻撃はあたしの流派の十八番だよ。『青竜紅刃流・走射』!」
攻撃力を重視した『水中用特殊弾』の弾幕が海水を派手に跳ね上げる。
猛攻は見事に功を奏し、サメ型歪虚の1体が、海中に赤い筋を引いていた。シェラリンデの刺突で動きが鈍っていたところを攻撃されては、さすがの歪虚も回避できなかったようだ。
「魅せ用の装備が役に立ったね!」
クイックリロードで次弾を装填しつつ、着水。「ウォーターウォーク」で海面に立つ。
「うわっ!? とと、ずいぶんと足場が悪いね」
「気をつけてください、歪虚の動きと僕達の攻撃で、海が荒れるんです」
その間にも、傷ついて尚こちらを狙って近づく歪虚。
シバが盾を構え、ウーナが狙いを定める。
そのとき、激しく波しぶきが立ちあがった。まさしく雨のような銃撃に、歪虚の背びれが千切れて飛んだ。
「もう暫く耐えてくれよ」
統夜は海上で戦う生身の仲間に、そう念じる。
彼の駆る「黒騎士」の四連装カノン砲が紫電を帯びている。
2体の動きを確認しながら、充分な距離を取っての猛攻。1体の接近を阻止するも、波は大きくうねる。
「これ以上はさすがに危険だな」
統夜は兵装を収め、「黒騎士」の掌を足場としてシバとウーナに差し出した。
『乗ってくれ。離脱する』
「だめ。まだ敵が1体残ってる!」
ウーナは敵を殲滅するまで引くつもりはなかったのだが。
「すみません。助かります」
「え? ちょっと!?」
傍らのシバがくたくたと膝をついてしまったのだ。敵との最初の交錯で、牙を食らっていたらしい。
「……ま、目的は一応果たしたかな。ほら、掴まって」
ウーナはシバを抱えて、機械の固い腕に身体を預けた。
残るは一体。
ディーナとハナが再び「プロト・イカロス」で飛び、着水と同時に攻撃に移る。ディーナはハナに「ウォーターウォーク」をかけた。
「10分間だけなの。あまり遠くまでいかないほうがいいの」
ハナは頷くと、すぐに「五色光符陣」を発動。一度に多くの符を使う大技だが、うまくかかれば敵の動きは鈍るはずだ。
「フカヒレ置いてけですぅ」
ハナの笑顔の中で、目だけが笑っていない。
動きの鈍った歪虚に向けて、ディーナが繰りだす雷撃がさく裂する。
「どんどん攻撃するの。深く潜られたら追いかけられないの」
これが聞こえたという訳ではないだろうが、歪虚は攻撃から逃れようと身を翻した。
彩萌がそれを待ち構えていた。
「異常が近づくのは不愉快極まりないので、阻止させてもらいます。撃ち抜きなさい、アイリス!」
海中をマテリアルによって練り上げられた銃弾が突き進む。
彩萌はその彼方にいる、否定すべき存在を厳しい目で見据える。
(異常を殲滅する為なら、わたしはなんだってやります!)
愛機を海水に浸けることも厭わない。忌まわしい存在の破片に汚れることも――。
「終わったようですね」
そう言って、フィンツィが双眼鏡を下ろす。メリンダは険しい目を海原に向けていた。
「負傷者もいるようです。迎える準備をします」
「報告は小官がまとめておきましょう」
必要な結果にしか用はない。それが彼の立場では、正しいことなのかもしれない。
(やっぱり私は向いていないのかしら)
メリンダは強く頭を振ると、踵を返した。
●
負傷者を出したものの、全員が帰還できた。
彩萌はメリンダに、映像記録などをまとめて手渡す。
戦闘中、彼女の瞳に燃えていた執念の輝きは、既に静かで涼やかな光に戻っている。
「わたしは異邦人ですが、今はこの世界を居場所と捉えています。この技術が完成する事でこの世界がどう変わるか、見届けたいと思っています」
「有難うございます」
メリンダが心からの笑みを浮かべた。
「でも、完成しなくても、世界が変わらなくても、皆さんが力を尽くしてくださったことは事実です。この世界の人間として、ね」
彩萌がこの世界を受け止められるかどうか。受け止められるものに変えていけるかどうか。それはまだわからない。
ただ分かっていることは――。
彩萌が軽く肩をすくめた。
「ひとまずは海水に浸かった『アイリス』の整備をどうするかですね」
「それは軍で補償しましょう」
影のように現れたフィンツィが請け合った。
「ハンターの皆さんとの友好の証、と受け取っていただければ幸いです」
メリンダは廊下で、着替えを済ませてきたシェラリンデとすれ違った。
「お疲れ様でした。皆さんのお陰で実装が見えてきました」
そう笑顔で声をかけながらも、傷を確認するような目をする。
「さすがに、体が冷えて大変だったけれど。大事にもならなくて良かったかな」
通り過ぎようとして、シェラリンデは足を止めた。
「できないことを気に病むよりも、できることをやればいい」
「え?」
メリンダが振り返った。
シェラリンデは、実験前の着替えの際に、フィンツィとメリンダの会話を小耳にはさんでいたのだ。
「今回のように世界を超えて飛行ユニットを実現できたのはメリンダさんのおかげだよ。折衝に有能な人物を、戦闘で消費してはいけないということだと思う」
「……有難うございます」
メリンダはただそれだけを言葉にした。
ユグディラのリュートが、癒しの旋律を奏でる。
暖かな船室で毛布にくるまり、シチューや紅茶をすするうちに、冷えきった身体にも活力が戻ってくる。
ウーナが紅茶をすすりながら熱く語りだした。
「ぶっちゃけ、着地後にパージして使い捨て……っていう運用が好きくないんだよね」
統夜が部屋に入ってきて会話に加わる。
「使い捨てという訳ではないんだがな。全て回収完了だ」
今回はパラシュートという目印を使ったからではあるが。
「だって全身鎧なら着たまま戦えるんじゃない?」
「まだその技術に到達していないのだろう」
10年、あるいは20年もたてば、あるいは。だが今の技術で使えるラインを探るのが、今回の任務だ。
ハナが粕汁をすすりながら、考え込む。
「その、イカロスだと墜落前提っぽいですしぃ、戦羽でも天空でも呼びやすくて分かりやすい名前にしたらいかがですぅ?」
ウーナが身を乗り出す。
「その名前ね、あたしもどうかと思うんだよね。『ダイダロス』をつけるのはどうかな。縁起もいいでしょ」
イカロスは注意を聞き入れず墜落したが、一方で父のダイダロスは無事に生還し、大成したといわれる。
彩萌もイカロスは不吉だと考える。
「頂に座す鳥、フレスベルグという名を推します。落ちるよりも空に居座する位の気持ちの方が縁起もいいと思うので」
「良い名だな。あとは……4枚羽根から、セラフィムというのはどうだ? 天使、というには少し無骨かもしれないが、な」
統夜は微かに口元に笑みを浮かべた。
それぞれの空への思いを語り合うのは、これはこれで楽しい時間だった。
ディーナはユグディラを撫でてやりながら、小首を傾げる。
「戦場じゃ長い名前なんて使わないの。そのままヒューマンウィング、人の翼、で良いと思うの。きっとHWとか翼とか呼ばれるようになると思うの」
意見はメリンダが書きとめている。
「いずれにせよ『プロト・イカロス』はリアルブルーでの仮称ですから。皆様の名称案は、伝えておきますね」
――鳥のように空を飛びたい。
いにしえからの願いに、人はほんの少し近付いたのかもしれない。
<了>
港に停泊した海軍の艦艇の甲板に立つ一同の頬を、潮風が撫でていく。
……というより、殴りつけていく。
「そなたらはハンターをなんだと思っているのじゃ」
ミグ・ロマイヤー(ka0665)は襟元に顔をうずめ、じろりと同盟軍の面々を見据えた。
「頼りになる協力者ですよ」
答えたのは、黒髪に黒眼の30代半ばとみえる中肉中背の男。
軍属の経歴を持つミグと瀬崎・統夜(ka5046)は、その男に『特殊』な任務に就く者特有の気配を感じ取った。
だが統夜はその感情を表に出すことなく、挨拶をかわす。
「瀬崎・統夜だ。宜しく頼む」
「フィンツィ少佐です。貴方には前回もご協力いただいたと聞いております」
「ああ。イカロスがどうなるのか、興味は尽きないからな」
メリンダも寒風の中、やはり営業スマイルを崩さない。
かつて2月の海にハンターを叩きこんだ張本人でもあり、申し訳ないと思う気持ちはあれど、良くも悪くもハンター達の能力を疑わないのだ。――それがハンターにとって嬉しいかどうかは、また別の問題だが。
当時も身体を張ったシバ・ミラージュ(ka2094)が、メリンダの傍らでそっと横顔を覗き込む。
「メリンダさんって本当に海に縁がありますよね……」
「そうかもしれません。海軍はわが同盟軍の誇りですから」
だからこそ、未知の技術にも貪欲だ。今回、メリンダが借り受けた『異界の訳のわからない機械』を調査し、資金の用途に煩い評議会を説き伏せてまで改良と実験の場を提供したのも、海軍が『役に立つかもしれない』と判断したからだ。
そう思わせるようにメリンダが説得した訳だが、それは失敗すれば責任を負うということ。
シバにはメリンダ自身が『未知の戦力』をどう考えているのかはわからない。
だが『イカロス』の成功がメリンダの手柄となるのは間違いないと思う。そのために力を貸す覚悟だ。
ミグは肩をすくめ、どこまでも続く海原の眺めに目を細める。
港でこの風だ、あの水平線のかなたにポツンと浮かぶ船は、どれほどの寒風にさらされることか。
「この冬の海で飛行試験だと? まったく、正気の沙汰とは思えんのじゃー」
「まあ、こっちでテストをしようと思ったらしょうがないよね?」
シェラリンデ(ka3332)が淡々と事実を指摘する。
不完全な飛行機械である以上、陸地での実験はリスクが高すぎる。
海ならば高度を上げすぎず、着水角度をきちんとコントロールすれば、それほどダメージを受けずに済むというのは納得だ。
「とにかく、改良品を確認させてもらえるかな」
専用のラックに据え付けられた、「プロト・イカロス(改)」とでも呼ぶべき装備品に手を触れる。
ベースは以前リアルブルーで見たものと変わらないが、持ち上げられる重量になっているのと、アームが収納式になっているのが大きな特徴だ。
シェラリンデは新しくなったベルトや金具もチェックする。
「以前のものよりスムーズになってるね」
雨月彩萌(ka3925)にとっては初めて見る装備品だ。
「このような形で、新技術開発に携われるのは幸運です」
新たに作られた技術が、この世界をどのように変えていくのか。
その行く末が良きものとなるよう、彩萌は願う。未来は当然、「彩萌にとって」良きものでなくてはならない。
人類の完全な勝利へ導くかもしれない技術。今回はそれを間近で見る事が出来る、貴重な機会だ。
そのとき、潮風のにおいに混じって、不思議な香りが甲板を流れて行った。
「? なんでしょう、これは?」
メリンダが目をしばたたき、辺りを見回す。
星野 ハナ(ka5852)が大きな鍋を抱えて、乗り込んできたのだ。
「すみませぇん、これも温めておいてほしいですぅ」
ハナは嗅いだ事のない臭いに顔を見合わせる炊事係の前で、蓋をあけて中身を見せた。
「粕汁ですぅ。身体があったまりますよぅ」
にっこり笑って味見用の一杯を差し出す。味噌汁の味噌の代わりに酒粕を入れた、ハナの故郷では一般的な汁物である。
一応は食料は用意してある、と説明する炊事係の前で、ハナは小首を傾げた。
「だってぇ、しっかり準備しとかないと、軍の人が用意してくれたものをグデちゃんが隠れてぜーんぶ食べきっちゃう未来がひしひしとぉ……」
その言葉に入口を見れば、グデちゃんと名付けられたユグディラは、扉の陰からじいっとハナを見つめ続けている。
ハナはしゃがみ込み、グデちゃんの頭を撫でて念を押した。
「グデちゃん、分かってると思いますけどぉ、これは終了後にみんなで食べてあったまるようですからねぇ? ひとりで食べちゃ駄目ですよぅ?」
それからお菓子の入った大きな袋を目の前に置いた。
「こっちのお菓子なら食べていいですからぁ。あとぉ、怪我人出たり戦闘になったらちゃんと働いて下さいねぇ?」
ハナの言いつけを分かっているのか、グデちゃんは嬉しそうにお菓子の袋を抱える。
そうしている間に準備が整い、艦は静かに出港した。
●
ハンター達は相談の上、「プロト・イカロス」試験の担当と、支援担当に分かれていた。
飛行の準備を整えたウーナ(ka1439)が、同じく試験担当のメンバーに声をかける。
「いきなりだけど、発進タイミングを少しずらしていいかな?」
先に着水した誰かから付近の様子について連絡を受けた後、近接航空支援のような形で適当な目標を空中から狙撃する……そのような使い方を試してみたい、と説明する。
準備を整えて屈伸運動をしていたディーナ・フェルミ(ka5843)が、先行を申し出た。
「私ならウォーターウォークがあるから、もし失敗して沈んでも心配ないの」
開発担当の海軍兵が、ディーナが取り外したパーツを恐る恐る指差す。
「あの、パラシュートが……」
「要らないの。本番に使わないものはなるべくつけるべきじゃないと思うの」
とはいえ、まだ飛行スキルは存在しない。ディーナは沈む前提で飛ぶつもりだった。
危険だといい募る兵を、メリンダが制した。
「ディーナさんの納得できる形でお願いします」
その様子を、連れてきたユグディラが大きな瞳で見つめていた。
ディーナはふわふわの毛を撫でながら、優しく言い聞かせる。
「私が戻る前に誰かが怪我したら、お昼寝曲を演奏するの。……それから」
こつんと額をくっつけ、ささやき声で付け加えた。
「ないとは思うけど。敵が出てきて、仲間が大怪我したら、挽歌で時間を稼ぐの……分かった?」
同盟の海域は、海賊や歪虚の危険に満ちている。万が一がないとは言い切れないのだ。
じっと自分を見つめるユグディラに手を振り、ディーナは発着台へと登って行く。
甲板には、ミグのガルガリン「バウ・スラスター」と彩萌のR7エクスシア「アイリスMk-2」、ウーナのオファニム「Re:AZ-L」、そして統夜の魔導型デュミナス「黒騎士」が居並ぶ。
機動兵器によって甲板には簡易式の発着台が据え付けられた。「プロト・イカロス」を装着したハンターは、その上から飛び立つのだ。
ディーナの姿をみとめ、統夜は漆黒の愛機を発着台の傍につけた。
「出るぞ、黒騎士。共に見届けよう」
どこまで「プロト・イカロス」が改良されたか興味はあったが、今回は回収と、万一の際の支援担当が必要だ。
ミグは「バウ・スラスター」の操縦席で頷く。
「それに加えて、外部から飛行ユニットの挙動を観察することで分かることもあろうしの」
(そうだとも。決して、凍てつく冬の海が嫌という理由で、こちらを選んだ訳ではないのじゃ!)
そもそも今回、「バウ・スラスター」を持ち込んだ理由が理由である。
「ふふふ……1基100万ちかくする補助ブースターを4基も贅沢に搭載したのじゃ。この飛行能力、驚くがよいぞ」
得意満面のドヤ顔が、明滅する計器の光を受けて凄みを帯びていた。
「という訳で、この『バウ・スラスター』を目印に飛ぶがよい!」
着水予定地点の付近に先に乗り付け、いざというときの浮島として利用させるつもりだ。
ディーナが「プロト・イカロス」を起動させる。
本体から4本のアームが伸びて光を帯び、魔導エンジンのアフターバーナーは虹色の翼のように見えた。
ディーナが発着台の床を蹴ると、身体は海面上を真っ直ぐに滑空していく。
「CAMの力も幻獣の力も借りずに、空を飛べるの……すごいことなの」
頬に当たる風の冷たさすら心地よい。
だが飛行時間はほんのわずかだ。
ディーナは海面に平行する形で滑空し、自らに「プロテクション」を使う。そして着水寸前に「プロト・イカロス」も保護し、飛行機のように着水すると、そのまま海中に沈んで行った。
「ディーナさん!?」
双眼鏡で見ていたメリンダが思わず声を上げる。
が、「ウォーターウォーク」を使ったディーナが海面上に再び姿を現し、メリンダも安堵のため息を漏らした。
「成程、面白い方法ですね」
フィンツィも双眼鏡を使いながら、ディーナを見守る。
ディーナは水上に立ち上がると、ベルトの金具が問題なく作動することを確認すると、こちらへ向かって歩き出した。
飛ぶ距離は、「ウォーターウォーク」が切れないうちに歩いて戻ることのできる範囲と言う訳だ。
「壊れなければ、また使えるの。外さなければ、回収も必要ないの」
甲板に戻ったディーナは、何事もなかったかのようにそう言った。
「……でも寒いの」
「すぐに身体を拭いて!」
メリンダがバスタオルを大急ぎでディーナに巻きつけた。
ハナはウェア「エティマシア」を着こんで、装備を確かめる。宇宙空間対応のウェアなら、保温対策もバッチリだ。
「ところでイカロスの飛行限界って計算上では何秒ですぅ? R7のフライトシステムは50秒だと思いましたけどぉ?」
「そうですね……概ねそのぐらいになりますね」
メリンダがファイルを繰り、仕様を確認する。月面でプロトタイプの飛行時間が、仕様書ではフライトシステムに準じた性能となっている。今回は軽量化された上でパラシュートを併用するので、同じぐらいは可能だろう、という計算だ。――あくまでも計算上は、だが。
「わかりましたぁ。じゃあ頑張ってきますぅ」
ハナが元気よく飛び出した。
まずは急旋回を計る。だが「プロト・イカロス」は独立したユニットではなく、推進力のあるグライダーのような装備品だ。
ハナの身体は、傾いたまま海面へ近付いて行く。
彩萌は愛機を駆り、ハナを追って飛ぶ。
「身体をひねれば多少は傾くようですが、軽量化を優先した推進力では、再浮上や姿勢制御は難しいということですね」
ハナの着水を確認すると、「アイリスMk-2」のブースターを駆使して接近、ブースターが巻き上げる波にハナが呑み込まれないよう注意しながら回収する。
「乗り心地は悪いでしょうが、我慢してください」
「大丈夫ですよぅ。それよりもこの装備品の使い勝手が悪いですぅ」
まだまだ改良の余地あり。ハナはそう報告するつもりだ。
そのとき、先刻までハナがいた辺りの波が大きくうねった。
ミグのドヤ顔が一瞬で引き締まる。
「む、なんじゃあれは」
モニターに映る海面下に、大きな影がよぎる。同盟兵の緊張を帯びた声が同時に飛び込んできた。
『緊急事態発生。10時の方向より歪虚2体が本艦へ向けて接近中。各員、戦闘配備につけ!』
●
歪虚接近の報は、ハンター達にも即座に伝えられた。メリンダの鋭い声が響く。
「飛行実験は中止します」
だがこんなことはハンターにとって日常茶飯事だ。
シェラリンデが海面を見据えながら、軽く片手を上げてメリンダの言葉を遮った。
「数も2体で間違いないようだし、予定通り対処できると思うよ。海軍さん達は万一に備えて、準備を整えておいてもらえるかな」
むしろウーナなどは目を輝かせている。
「うってつけのが出たっ!」
どうせ装備を整えてきたのだから、実戦のほうが性能も確認できて好都合という訳だ。
シバはウーナに頷いて見せると、発着台を素早く上がって行く。
「僕が偵察に出ます。メリンダさん、何かあれば必殺のウインドミル投法で救命具を投げて下さいね」
「投げ方の指定があるんですか! ていうか、救命具をそんなに飛ばせません!!」
メリンダが即座に突っ込むが、こういうときのシバは軽口で緊張をほぐしていることが多い。
下手に頑張れとか、気をつけろとか言うよりも、彼のノリにあわせた方がいいのだ。……たぶん。
先にシバが飛び立ち、シェラリンデが続く。
シバは低い位置を滑空しながら、間近で敵の姿を確認した。
「サメに似ていますが、歪虚で間違いないと思います。数は2体」
接近速度や動きをわかる範囲で叫ぶと、更に高い場所を飛ぶシェラリンデが中継し、トランシーバーで連絡する。
「敵が複数なら、シバさんひとりじゃ危険だね。回収の手続きだけよろしくお願いするよ」
シバが着水する位置を確認し、シェラリンデも着水の姿勢を取る。
歪虚は海中をかなりのスピードで接近してきたかと思うと、1体が海面に躍り上がり、シバめがけて飛びかかって来た。
「皆さんが来るまではなんとか持ち堪えてみます」
素早く「プロト・イカロス」を外す。以前に比べればパージは随分とスムーズだ。パラシュートがくたりと海面に倒れる間に、シバは「ウォーターウォーク」で海面上に立つ。
「本物のサメのように電流に敏感であれば……」
シバは迫るサメ型歪虚の鼻面めがけて、ライトニングボルトを叩きつける。
的が大きいのと、相手が真っ直ぐシバめがけてやってきたのもあって、鼻先が焦げるほどの電流が襲いかかった。
歪虚は体をくねらせて、海中に飛び込む。
「おっ……と!」
歪虚が暴れることで生じた大波が、シバの足元で盛り上がった。「ウォーターウォーク」は水上に立つスキルのため、術者も波の動きにあわせて位置を変えざるを得ない。
更にもう1体が、シバを挟撃すべく近付く。だが先の1体は、シェラリンデが抑えていた。
(仲間のところには行かせないよ)
着水後、海中に潜ったシェラリンデは、チャンスを窺っていた。
シバとパラシュートに意識が向いていた、先行する歪虚の尾びれの付け根を狙って、紫色に輝く刀身を突き立てる。
が、相手のほうが水中での活動に向いている。巨大な尾びれが翻り、シェラリンデの身体を強打した。
(……っ!!)
ひとまず距離を取り、海面に顔を出すと、待ちかねたように声がかかる
『見事な働きじゃ。一度休むがよいぞ』
ミグのガルガリンが、手を差し伸べてくれていた。
「わかった。無理はしないよ」
シェラリンデは大きく息を吐き、身体の痛みを感じさせない動きでガルガリンの手に乗り込んだ。
その上を、ウーナが飛んでいく。
「結構いい感じになったね。まだまだ頑張りたいけど……!」
以前よりはかなり改善されている。
「まずは今の結果をだそっか。魅せるよ、フライト!」
滑空しながら、敵を確認。長大な銃身を持つリボルバーを構え、空中から歪虚を狙う。
「移動攻撃はあたしの流派の十八番だよ。『青竜紅刃流・走射』!」
攻撃力を重視した『水中用特殊弾』の弾幕が海水を派手に跳ね上げる。
猛攻は見事に功を奏し、サメ型歪虚の1体が、海中に赤い筋を引いていた。シェラリンデの刺突で動きが鈍っていたところを攻撃されては、さすがの歪虚も回避できなかったようだ。
「魅せ用の装備が役に立ったね!」
クイックリロードで次弾を装填しつつ、着水。「ウォーターウォーク」で海面に立つ。
「うわっ!? とと、ずいぶんと足場が悪いね」
「気をつけてください、歪虚の動きと僕達の攻撃で、海が荒れるんです」
その間にも、傷ついて尚こちらを狙って近づく歪虚。
シバが盾を構え、ウーナが狙いを定める。
そのとき、激しく波しぶきが立ちあがった。まさしく雨のような銃撃に、歪虚の背びれが千切れて飛んだ。
「もう暫く耐えてくれよ」
統夜は海上で戦う生身の仲間に、そう念じる。
彼の駆る「黒騎士」の四連装カノン砲が紫電を帯びている。
2体の動きを確認しながら、充分な距離を取っての猛攻。1体の接近を阻止するも、波は大きくうねる。
「これ以上はさすがに危険だな」
統夜は兵装を収め、「黒騎士」の掌を足場としてシバとウーナに差し出した。
『乗ってくれ。離脱する』
「だめ。まだ敵が1体残ってる!」
ウーナは敵を殲滅するまで引くつもりはなかったのだが。
「すみません。助かります」
「え? ちょっと!?」
傍らのシバがくたくたと膝をついてしまったのだ。敵との最初の交錯で、牙を食らっていたらしい。
「……ま、目的は一応果たしたかな。ほら、掴まって」
ウーナはシバを抱えて、機械の固い腕に身体を預けた。
残るは一体。
ディーナとハナが再び「プロト・イカロス」で飛び、着水と同時に攻撃に移る。ディーナはハナに「ウォーターウォーク」をかけた。
「10分間だけなの。あまり遠くまでいかないほうがいいの」
ハナは頷くと、すぐに「五色光符陣」を発動。一度に多くの符を使う大技だが、うまくかかれば敵の動きは鈍るはずだ。
「フカヒレ置いてけですぅ」
ハナの笑顔の中で、目だけが笑っていない。
動きの鈍った歪虚に向けて、ディーナが繰りだす雷撃がさく裂する。
「どんどん攻撃するの。深く潜られたら追いかけられないの」
これが聞こえたという訳ではないだろうが、歪虚は攻撃から逃れようと身を翻した。
彩萌がそれを待ち構えていた。
「異常が近づくのは不愉快極まりないので、阻止させてもらいます。撃ち抜きなさい、アイリス!」
海中をマテリアルによって練り上げられた銃弾が突き進む。
彩萌はその彼方にいる、否定すべき存在を厳しい目で見据える。
(異常を殲滅する為なら、わたしはなんだってやります!)
愛機を海水に浸けることも厭わない。忌まわしい存在の破片に汚れることも――。
「終わったようですね」
そう言って、フィンツィが双眼鏡を下ろす。メリンダは険しい目を海原に向けていた。
「負傷者もいるようです。迎える準備をします」
「報告は小官がまとめておきましょう」
必要な結果にしか用はない。それが彼の立場では、正しいことなのかもしれない。
(やっぱり私は向いていないのかしら)
メリンダは強く頭を振ると、踵を返した。
●
負傷者を出したものの、全員が帰還できた。
彩萌はメリンダに、映像記録などをまとめて手渡す。
戦闘中、彼女の瞳に燃えていた執念の輝きは、既に静かで涼やかな光に戻っている。
「わたしは異邦人ですが、今はこの世界を居場所と捉えています。この技術が完成する事でこの世界がどう変わるか、見届けたいと思っています」
「有難うございます」
メリンダが心からの笑みを浮かべた。
「でも、完成しなくても、世界が変わらなくても、皆さんが力を尽くしてくださったことは事実です。この世界の人間として、ね」
彩萌がこの世界を受け止められるかどうか。受け止められるものに変えていけるかどうか。それはまだわからない。
ただ分かっていることは――。
彩萌が軽く肩をすくめた。
「ひとまずは海水に浸かった『アイリス』の整備をどうするかですね」
「それは軍で補償しましょう」
影のように現れたフィンツィが請け合った。
「ハンターの皆さんとの友好の証、と受け取っていただければ幸いです」
メリンダは廊下で、着替えを済ませてきたシェラリンデとすれ違った。
「お疲れ様でした。皆さんのお陰で実装が見えてきました」
そう笑顔で声をかけながらも、傷を確認するような目をする。
「さすがに、体が冷えて大変だったけれど。大事にもならなくて良かったかな」
通り過ぎようとして、シェラリンデは足を止めた。
「できないことを気に病むよりも、できることをやればいい」
「え?」
メリンダが振り返った。
シェラリンデは、実験前の着替えの際に、フィンツィとメリンダの会話を小耳にはさんでいたのだ。
「今回のように世界を超えて飛行ユニットを実現できたのはメリンダさんのおかげだよ。折衝に有能な人物を、戦闘で消費してはいけないということだと思う」
「……有難うございます」
メリンダはただそれだけを言葉にした。
ユグディラのリュートが、癒しの旋律を奏でる。
暖かな船室で毛布にくるまり、シチューや紅茶をすするうちに、冷えきった身体にも活力が戻ってくる。
ウーナが紅茶をすすりながら熱く語りだした。
「ぶっちゃけ、着地後にパージして使い捨て……っていう運用が好きくないんだよね」
統夜が部屋に入ってきて会話に加わる。
「使い捨てという訳ではないんだがな。全て回収完了だ」
今回はパラシュートという目印を使ったからではあるが。
「だって全身鎧なら着たまま戦えるんじゃない?」
「まだその技術に到達していないのだろう」
10年、あるいは20年もたてば、あるいは。だが今の技術で使えるラインを探るのが、今回の任務だ。
ハナが粕汁をすすりながら、考え込む。
「その、イカロスだと墜落前提っぽいですしぃ、戦羽でも天空でも呼びやすくて分かりやすい名前にしたらいかがですぅ?」
ウーナが身を乗り出す。
「その名前ね、あたしもどうかと思うんだよね。『ダイダロス』をつけるのはどうかな。縁起もいいでしょ」
イカロスは注意を聞き入れず墜落したが、一方で父のダイダロスは無事に生還し、大成したといわれる。
彩萌もイカロスは不吉だと考える。
「頂に座す鳥、フレスベルグという名を推します。落ちるよりも空に居座する位の気持ちの方が縁起もいいと思うので」
「良い名だな。あとは……4枚羽根から、セラフィムというのはどうだ? 天使、というには少し無骨かもしれないが、な」
統夜は微かに口元に笑みを浮かべた。
それぞれの空への思いを語り合うのは、これはこれで楽しい時間だった。
ディーナはユグディラを撫でてやりながら、小首を傾げる。
「戦場じゃ長い名前なんて使わないの。そのままヒューマンウィング、人の翼、で良いと思うの。きっとHWとか翼とか呼ばれるようになると思うの」
意見はメリンダが書きとめている。
「いずれにせよ『プロト・イカロス』はリアルブルーでの仮称ですから。皆様の名称案は、伝えておきますね」
――鳥のように空を飛びたい。
いにしえからの願いに、人はほんの少し近付いたのかもしれない。
<了>
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
---|
面白かった! | 4人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
作戦相談所 雨月彩萌(ka3925) 人間(リアルブルー)|20才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/01/30 21:17:59 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/01/30 00:13:43 |