ゲスト
(ka0000)
【陶曲】そして、永遠は物語り(下-2巻)
マスター:のどか
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
●
アンナ=リーナ・エスト(kz0108)らエスト隊の2人は前回よりポルトワール郊外の漁村に駐留し、可能な限りの情報収集――主に、重要参考人であったキアーヴェの生家と思われる村長宅の捜索に努めていた。
くたびれたソファーに腰かけるアンナの向かいには、沈んだ赴きの村長の姿。
家宅捜索へは協力的であったが、その家にキアーヴェのものと思われる物品は何一つ存在しなかった。
だからこそ、こうして彼から話を聞き出す事以外に手掛かりは掴めないと睨むほかなかったのだ。
「……どうしても、話してはくれないのでしょうか」
冷めきったティーカップを前に、アンナは一息つくように口を割った。
村長は変わらず眉間に皺を寄せたまま、静かに首を横に振る。
「倅は死んだ……船の事故で。その先のことは、我々家族は何一つ知らない。だから、話せることは何もないのだ」
娘婿だという青年がお茶を取り換えてくれると、部屋の隅で老犬と遊んでいた少女がとことこと村長の足元へ寄って来て、村長の難しい表情を心配そうにのぞき込んだ。
彼は少女の頭を優しく撫でると、そのままアンナに見向きもせず「心配ないよ」と笑いかけていた。
その時、フィオーレが部屋へと戻ってくる。
彼女は敬礼をして話し中に立ち入った非礼を詫びると、端的に報告を口にした。
「頼んでた援軍がやっと来たみたいよ~。ハンター達も一緒に来てくれたみたい。山間部の積雪でトラックが進めなくって、途中から歩いて来たんだって」
「そんなに山道の状況はひどいのか?」
「う~ん、少なくとも雪山登山に慣れるレベルでないと難しいみたいね~」
その言葉に、アンナは苦い表情を浮かべるほかなかった。
できるなら、これからの作戦の前に村民は近隣の村へと避難してもらいたかった。
しかし、道が通れないならこの村は閉鎖されているも同じだ。
万が一――危険に晒されてしまうことは、覚悟して貰う他ないだろう。
「……語れないのであれば、仕方ありません。しかし、今回で我々はご子息の手がかりであるところの歪虚を討ち果たします……それで構いませんね?」
確認するように訪ねたアンナへ、村長は野暮ったい様子で頷く。
「初めからそう言っている。村も危険に晒されている以上、一刻も早く消し去ってくれい」
疑いもなく言い放った言葉に一抹の寂しさを抱いて、彼女らは村長宅を後にした。
向かったのは村の寄合所。
前回のハンター達の調査と推理で、この事件の「型」はほぼ明るみになった。
仕掛けが分かれば、討伐作戦を練るのも可能というものである。
ここには、新たに発症した狂気患者たちが前回同様に押し込められている。
彼らの狂気を解消すれば、「読者が減った」事に対して“不定の歪虚”は必ず動く。
動いてさえしまえば、患者の少ないこの村という立地の中で――討ち取る目は必ずある。
「まずは患者たちを村の広場へ移送して、片っ端から“治療”を試みる。それにより、きっと奴はその行為を止めるために現れるはずだ。そこを討ち取る。奴が現れたら、援軍の4人は“治療”を終えた患者たちを寄合所へ移送し、そのまま村全体の人々へ戦闘の余波が届かないよう警戒を行ってくれ」
アンナの言葉に、援軍に来たハンター達ははっきりと頷く。
「戦闘自体は……正直、総力戦としか表現できない。奴が倒れるか、我々が倒れるか、だ。ハンター達も気づいた事や提案があれば、何でも言ってほしい。この機会が最大のチャンスであることは確かだ。よろしく頼む」
口にして、アンナは深く頭を下げる。
そんな彼女へ、フィオーレはどこか心配そうに寄り添った。
「だけど隊長、その……不確定要素がまだ1つ、心配だって前に」
「……私が“まだ発症していない”ことに関しては、警戒する以上のことは何もできない。発症するのかも、タイミングも、こちらで意図する事ができないのだから。以前貰った安定剤が気休めにはなるかもしれないが――最悪、私のことは捨て置いて歪虚の撃破を優先してほしい」
身構えていても仕方がないことは、アンナ自身が一番よく分かっている。
“不定の歪虚”をここで、この人数で仕留めるには、犠牲もまた覚悟のうちになければならないのだから。
「覚悟をしたうえで――それを最小限に留めるのが、我々軍人の仕事だ」
「……はい」
迷いなく言い切ったその言葉に、フィオーレも頷くことしかできなかった。
それからハンター達の意見も交えたブリーフィングを済ませ、一同はそれぞれの持ち場へと移動する。
それが長きに渡る同盟怪本動乱――その決着への確かな一歩になると信じて。
●
――彼はどこにでもいて、どこにもいない。
もとより実態はあって、だが存在はない。
それはおそらく、そういう風に生まれたというだけであって、彼自身も自分がそうあることに疑問を抱くことも無かった。
自分の生まれた意味を知っている。
自分の存在する意義も知っている。
自分が何者であるのかも、はじめから知っている。
だからこそ、ただ実直に役目を果たすだけ。
それがすべての始まりであり、すべての答えである。
たった1つの、願いのために。
そう――永遠は、物語り。
【解説】
▼目的
“不定の歪虚”の撃破
▼概要
ポルトワール沿岸の漁村に再度現れた“不定の歪虚”を撃破してください。
皆さんはエスト隊が呼んだ4名の援軍と共に現地で合流し、今回の討伐作戦にあたります。
前回のダメージが残っている今、この場が最大のチャンスです。
エスト隊の立てた作戦(流れだけですが)は以下の通りです。
ブリーフィング時の草案となっているので、ハンター達からの各種提案があれば協力的に動きます。
1.広場へ移送した狂気患者を聖導士らの抵抗スキルにより治療する
2.“不定の歪虚”が現れたら戦闘で注意を引き付け、その間に患者たちを退避
援軍4名はそのまま村人への被害の警戒へ勤める
3.周囲の安全が確認されたのち、総力戦で同歪虚の撃破を目指す
アンナ=リーナ・エスト(kz0108)らエスト隊の2人は前回よりポルトワール郊外の漁村に駐留し、可能な限りの情報収集――主に、重要参考人であったキアーヴェの生家と思われる村長宅の捜索に努めていた。
くたびれたソファーに腰かけるアンナの向かいには、沈んだ赴きの村長の姿。
家宅捜索へは協力的であったが、その家にキアーヴェのものと思われる物品は何一つ存在しなかった。
だからこそ、こうして彼から話を聞き出す事以外に手掛かりは掴めないと睨むほかなかったのだ。
「……どうしても、話してはくれないのでしょうか」
冷めきったティーカップを前に、アンナは一息つくように口を割った。
村長は変わらず眉間に皺を寄せたまま、静かに首を横に振る。
「倅は死んだ……船の事故で。その先のことは、我々家族は何一つ知らない。だから、話せることは何もないのだ」
娘婿だという青年がお茶を取り換えてくれると、部屋の隅で老犬と遊んでいた少女がとことこと村長の足元へ寄って来て、村長の難しい表情を心配そうにのぞき込んだ。
彼は少女の頭を優しく撫でると、そのままアンナに見向きもせず「心配ないよ」と笑いかけていた。
その時、フィオーレが部屋へと戻ってくる。
彼女は敬礼をして話し中に立ち入った非礼を詫びると、端的に報告を口にした。
「頼んでた援軍がやっと来たみたいよ~。ハンター達も一緒に来てくれたみたい。山間部の積雪でトラックが進めなくって、途中から歩いて来たんだって」
「そんなに山道の状況はひどいのか?」
「う~ん、少なくとも雪山登山に慣れるレベルでないと難しいみたいね~」
その言葉に、アンナは苦い表情を浮かべるほかなかった。
できるなら、これからの作戦の前に村民は近隣の村へと避難してもらいたかった。
しかし、道が通れないならこの村は閉鎖されているも同じだ。
万が一――危険に晒されてしまうことは、覚悟して貰う他ないだろう。
「……語れないのであれば、仕方ありません。しかし、今回で我々はご子息の手がかりであるところの歪虚を討ち果たします……それで構いませんね?」
確認するように訪ねたアンナへ、村長は野暮ったい様子で頷く。
「初めからそう言っている。村も危険に晒されている以上、一刻も早く消し去ってくれい」
疑いもなく言い放った言葉に一抹の寂しさを抱いて、彼女らは村長宅を後にした。
向かったのは村の寄合所。
前回のハンター達の調査と推理で、この事件の「型」はほぼ明るみになった。
仕掛けが分かれば、討伐作戦を練るのも可能というものである。
ここには、新たに発症した狂気患者たちが前回同様に押し込められている。
彼らの狂気を解消すれば、「読者が減った」事に対して“不定の歪虚”は必ず動く。
動いてさえしまえば、患者の少ないこの村という立地の中で――討ち取る目は必ずある。
「まずは患者たちを村の広場へ移送して、片っ端から“治療”を試みる。それにより、きっと奴はその行為を止めるために現れるはずだ。そこを討ち取る。奴が現れたら、援軍の4人は“治療”を終えた患者たちを寄合所へ移送し、そのまま村全体の人々へ戦闘の余波が届かないよう警戒を行ってくれ」
アンナの言葉に、援軍に来たハンター達ははっきりと頷く。
「戦闘自体は……正直、総力戦としか表現できない。奴が倒れるか、我々が倒れるか、だ。ハンター達も気づいた事や提案があれば、何でも言ってほしい。この機会が最大のチャンスであることは確かだ。よろしく頼む」
口にして、アンナは深く頭を下げる。
そんな彼女へ、フィオーレはどこか心配そうに寄り添った。
「だけど隊長、その……不確定要素がまだ1つ、心配だって前に」
「……私が“まだ発症していない”ことに関しては、警戒する以上のことは何もできない。発症するのかも、タイミングも、こちらで意図する事ができないのだから。以前貰った安定剤が気休めにはなるかもしれないが――最悪、私のことは捨て置いて歪虚の撃破を優先してほしい」
身構えていても仕方がないことは、アンナ自身が一番よく分かっている。
“不定の歪虚”をここで、この人数で仕留めるには、犠牲もまた覚悟のうちになければならないのだから。
「覚悟をしたうえで――それを最小限に留めるのが、我々軍人の仕事だ」
「……はい」
迷いなく言い切ったその言葉に、フィオーレも頷くことしかできなかった。
それからハンター達の意見も交えたブリーフィングを済ませ、一同はそれぞれの持ち場へと移動する。
それが長きに渡る同盟怪本動乱――その決着への確かな一歩になると信じて。
●
――彼はどこにでもいて、どこにもいない。
もとより実態はあって、だが存在はない。
それはおそらく、そういう風に生まれたというだけであって、彼自身も自分がそうあることに疑問を抱くことも無かった。
自分の生まれた意味を知っている。
自分の存在する意義も知っている。
自分が何者であるのかも、はじめから知っている。
だからこそ、ただ実直に役目を果たすだけ。
それがすべての始まりであり、すべての答えである。
たった1つの、願いのために。
そう――永遠は、物語り。
【解説】
▼目的
“不定の歪虚”の撃破
▼概要
ポルトワール沿岸の漁村に再度現れた“不定の歪虚”を撃破してください。
皆さんはエスト隊が呼んだ4名の援軍と共に現地で合流し、今回の討伐作戦にあたります。
前回のダメージが残っている今、この場が最大のチャンスです。
エスト隊の立てた作戦(流れだけですが)は以下の通りです。
ブリーフィング時の草案となっているので、ハンター達からの各種提案があれば協力的に動きます。
1.広場へ移送した狂気患者を聖導士らの抵抗スキルにより治療する
2.“不定の歪虚”が現れたら戦闘で注意を引き付け、その間に患者たちを退避
援軍4名はそのまま村人への被害の警戒へ勤める
3.周囲の安全が確認されたのち、総力戦で同歪虚の撃破を目指す
リプレイ本文
厚い雲が一向に晴れない空は、これからのもうひと雪を予期させるよう。
家族の了承を得たうえで一時的に眠らせた狂気患者たちを数名の兵士が広場へと運ぶ中で、シェリル・マイヤーズ(ka0509)はその指揮をとるアンナの元へと歩み寄っていた。
「これ……良かったら使って。私たちだけじゃ、全員は見られないと思うから……」
「ボクのも預けておくよ。潜伏期間だと思われる村人の目星くらいはついているだろう?」
霧島 百舌鳥(ka6287)と共に託された沢山の精神安定剤を手渡され、アンナは略帽を正す。
「すまない、ありがとう。有用に使わせて貰おう」
「あなた達も気を付けなさいよ。発症、まだなんだから」
「クリス……ああ、懸念はもっともだ。もしもの時のことは、部下にも伝えてある」
クリス・クロフォード(ka3628)と共に眺める視線の先では、いつものおっとりした調子ながらも、珍しくせっせと患者運びを手伝うフィオーレの姿があった。
「いいか、アイツがフリーになった時、狙うとしたらおそらく俺か、あんたかだ。十分に警戒してくれ」
「は、はい……頑張ります」
歩夢(ka5975)の言葉に、黒い軍服を着た聖導士の女性はいくぶん緊張した赴きで頷く。
それなりに場数を踏んでいるようには見えたが、敵将レベルと対峙する経験はそうなかったのだろう。
同盟という土地がこれまでいかに平穏な地であったのか――それを暗に物語っているようにも見えていた。
やがて患者の移送が終わって状況は整った。
「では、始めます――」
聖導士が己のマテリアルを撒き始め、それが1人1人順に患者の身体を包み込んでいく。
彼らの表情に血の気が戻っていくのが確認されると、以前もそうであったように、戦場に緑色の炎が浮かび上がっていた。
それを認めるや否や、烈火のごとく距離を詰めたのはアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)。
その剛刀を抜きざまに走らせると、緑炎の中から飛び出した炎の腕がその刃をつかみ取った。
「――また、キミ達か」
火球の中からずるりと生まれ出るように姿を現した“不定の歪虚”は、周囲を一瞥してから目の前のアルトへ視覚を移す。
「終わらせに来た、お前の物語を」
握り締めた柄に力を込めると、受け止めたその炎腕にぐいぐいと刃が斬り進んでいく。
圧されている事を理解してか彼は口角を下げて苦い表情を浮かべると、もう片方の炎腕を激しく発熱させながらアルトの眼前へと差し向けた。
その爆炎をかき消すように飛来した氷矢が白い肩を穿って、身体が反動で大きく揺れる。
「もう一撃――」
踏み込んだアルトの切っ先が、もう片方の肩へと伸びる。
息をつかせぬ連撃に、歪虚も思わず後ずさていった。
「やはり、キミは純粋なる障害だった……あの時、止めを刺しておくべきだった」
「その一度のチャンスを怠ったお前は、少なくとも戦士ではないということだ」
歪虚はニヤリと笑うと、身にまとうように炎を振りかざす。
アルトが飛び退いてその熱波を避けると、入れ替わりに歪虚の背へと百舌鳥の戦槍が突き込まれていた。
「やぁ、この間はどうもねぇ。いやぁ、新感覚だった。お陰様で酷い目に遭ったよ!」
ケラケラと笑いながら踏み出したその一歩に、歪虚の身体も力任せにぐいぐいと戦場の中心へと押し出されていく。
炎腕を背後に振り向けてその勢いを削ごうとするが、その指先をリリア・ノヴィドール(ka3056)のチャクラムが霞めて弾かれたように手を引く。
「必要な時に使うといい。少なくとも直撃の1回くらいは護ってくれるはずさ」
追撃の氷矢を練りながら、もう片方の手の杖でアースウォールを築き上げたフワ ハヤテ(ka0004)は、傍らのアンナとフィオーレへを流し目で目配せをする。
それを文字通り壁にしながら、兵士達は広場の患者を手早く戦場から遠ざけて行った。
「計られた……というわけか」
完全に囲まれた状況を俯瞰しながら、歪虚は落ち着き払って口にする。
「いい加減に決着をつけましょうってことよ。何度も痛み分けをできるほど、お互い余裕もないはずよ」
「確かに……そしてこの村、読者も限られているか――であれば、こちらも数に頼らざるを得ないな」
クリスの言葉を受けて歪虚が胸元に手を添えると、風で靡くようにぱらぱらと本のページがめくられていく。
そこからズルリ、ボトリと落ちた沢山の真っ黒な液体は粘土細工のように形作られていき、身体のあちこちに堅牢な甲羅を持った黒鉛の猟犬へと姿を変えていた。
犬たちは飼い主の指示を聞く必要もなく、統率の取れた動きで四方八方へと四散していく。
すぐさま放たれたフワのブリザードが何匹かの犬を嵐に巻き込んで足止めしたが、流石に全てをそうするには至らない。
住宅地の方へと向かう猟犬たちは、歩夢の五色の陣が焼き焦がす。
前回ならそれだけで消滅した彼らであったが、状況の関係でまだ治療を終えていない患者がいるせいか、僅かばかり余力を残した様子で陣の先へと駆け抜けていった。
「くそっ……アイツらまで強化されるのかよ!」
舌打つ歩夢だったが、続く銃声が手負いの犬の脳天を貫き、風船が割れるようにその身体がはじけ飛ぶ。
銃声の主――フィオーレは、土壁の後ろで手早く次の弾を込めながら新たな目標へと照準を合わせる。
「抜けた分は軍に任せろッ! あなた達は“不定の歪虚”を!」
「分かった……!」
飛び掛かった猟犬を切り伏せて、シェリルの姿が歪虚へと迫る。
突き出された偃月刀を彼は半身を逸らして躱そうとするが、咄嗟に翻った刃が細い脇腹を鋭く抉っていた。
歪虚は凍り付いた脚を自らの熱で融かすと、炎腕から火炎を振りまく。
シェリルはチリチリと赤髪の毛先を焦がしながら最小限の回避でそれをやり過ごし、さらに一歩、大きく懐へと踏み出す。
飛び退こうとした歪虚だったが、その背をがっしりと百舌鳥の槍の圧が離さなかった。
「物語には結末が必要だ。そして事件の結末には、犯人役の退場が必須だろう?」
「小癪な……!」
罵倒を笑顔でやり過ごす百舌鳥。
炎腕の裏拳が彼の視界に迫るが、横入ったクリスが自らの腕で弾くようにいなし、返しの一蹴をその白い背中へと強打する。
「今ッ!」
ずるりと槍の穂先から抜けた身体がよろめくと、その瞳の先に振り上げられたシェリルの刃が見えて咄嗟に腕を振り上げた。
マテリアルで質量を演出できたところで、炎の腕に元の蝋の身体ほどの硬度はありはしない。
彼女の刃は容易に炎腕を断ち切って、胸に埋まった本を一文字に切り裂いていた。
「……!?」
表紙ごと数ページ分切り裂かれた本を、歪虚は一瞬硬直したようにして見下ろす。
が、すぐに視線を戦場へ戻すと、目に見えた怒りで表情を歪ませて双肩を震わせていた。
「読者を減らすようなことはしたくない……だが、そうも言っていられないようだ……」
立ち上る炎がその身を包み込み、次の瞬間には辺り一面を津波のように熱波がうごめき、唸りをあげる。
「これは……!」
思わず身を丸めて防御の姿勢を取ったクリス達。
放たれる熱風はまるで太陽の熱を間近で浴びているかのようで、炎そのものに触れてすらいないのに衣服はチリチリと煙をあげて焼き付いていく。
そして、歪虚の身が激しい閃光を放ったかと思うと――次の瞬間には、周囲一帯をまとめて覆いつくす巨大な火柱が、文字通り分厚い曇天を貫いて戦場を焼き尽くしていた。
赤熱しながらガラス質になって煌く大地に、残火を靡かせながら立ちすくむ不定の歪虚。
取り囲むハンター達は膝を折り、焼け付いた空気に乾いた呼吸を繰り返しながらも、まだ倒れるような者はいない。
「やはり、力が満ち足りていないか」
生きてはいる、がすぐに動ける状態でもない。
彼はゆったりとした足取りで歩き出すと、肺が内側に張り付く想いのリリアを見下ろす。
瞳はないのに「冷たい」と感じるその視線を見上げて、彼女は霞んだ瞳で訴えかけた。
「以前、海にいた巨大な魚型の歪虚……あれも創作なの? それとも――」
その問いに歪虚は虚を突かれたかのように口を半開きにして、それからぐっと奥歯を噛み締める。
「それを知ったところで、君たちに何の得がある?」
「あたしたちには無いかもしれない。でも……残された人には、それを知る権利――ううん、義務はあると思うの」
歪虚の肩越しに、村長の邸宅が視界に滲む。
彼はそれ以上何も言わず、静かにその炎腕を振り上げていた。
覚悟を決めて、思わず瞳を閉じたリリア。
だが、炎腕が振り下ろされるよりもなお早く、戦場を貫いたマテリアルの光線が纏った火炎を吹き消していた。
崩れ落ちた土壁に残光が煌めく射杭機を乗せ、息絶え絶えのアンナ。
その足元には気を失ったフィオーレの姿があってなお、彼女の瞳は歪虚だけを正確に捉える。
「呼吸を整えるには――十分だ」
瞬時に呼吸を整えて、アルトが低く地を駆ける。
牽制に放った十字刃の赤い軌跡に導かれ、糸引くように歪虚の懐へと一気に距離を詰め込んだ。
駆けながら、剛刀の柄の感触を確かめる。
大丈夫――握れるならば、支障はない。
振り抜いた初太刀を、歪虚は飛びのいて回避する。
しかし着地を狙った二の太刀が、吸い込まれるように蝋の膝を打ち砕いていた。
「くっ……!」
「どんな物語にも終わりは必ず来る。永遠なんてものは……ありえない」
歪虚は身にまとった残り少ない緑炎で失った脚を構築して、大きく距離を取ろうとする。
だが、それを意地でもさせないのが百舌鳥のこの戦闘での役割である。
「解が暴かれたうえでの敗走というのは、物語の敵役としていかがなものかな?」
振り降ろされた戦斧が真っ白い背を打って、僅かにその身動きを封じられる。
「やられてばかりでは……!」
振るわれた炎脚を、百舌鳥はシールドで咄嗟に受け止める。
「耐えてくれ! 今、結界を張る……!」
歩夢が吼えて、百舌鳥の足元に彼の放った符が印を結んだ。
立ち上ったマテリアル光は、火炎の勢いを徐々に衰えさせていく。
「どんなに思いを込めても、相手がいなけりゃ無かったのと同じ……だけどよ」
「感服するからこそ……このような手段に訴えかけざるを得なかった、というのは残念なことだと思うよ」
歩夢とフワの言葉に、歪虚の表情からふっと――感情が消えた。
それは燃え盛る炎の内で心は既に冷めきっているかのような、不気味な空気を纏うものだった。
「神も人も、最後にはそういうことだ……本当に必要な時には、迂闊に手を差し伸べるようなことはしない。1人に手を差し伸べれば、万人に手を差し伸べなければならなくなる。そうでないならば、差し伸べたその手は偽善、エゴ、自己満足。ただ己の自尊心を満たすだけのポーズに過ぎない。それを知っているにも関わらず人は万人の救いを求め、一時の単なる幸運に感謝する。そんな世界を奇怪と言わずに何という? 本当は誰一人として救われてなどいないはずなのに、だ!」
一息で訴えかけて、彼は切り裂かれた胸の本へと手を添えた。
「その点では、歪虚は常に平等だ。差し伸べられる手は救いではないのかもしれない。だが誰であろうと、分け隔てなく、彼らは約束された無を与える。幸運を得られなかった人間がその手を取る事を、奇怪なる人間たちは愚かな選択だと口にできるだろうか?」
「――その本の書き手が望んだのは“永遠”なんじゃないのか?」
返す歩夢の言葉に、歪虚は虚を突かれたように彼の姿を見た。
「確かに、キミの供述と、実際にキミのやろうとしていることとは大きく矛盾しているね。さて、これはどういったことだろう?」
「それは――」
百舌鳥が追い打つように言い放つと、歪虚は目に見えてうろたえ、足元がふらついた。
炎の足がそのかりそめの質量を失ったかのように歪み、がくりと重心がぶれる。
「おじさんは……ただ、読んで貰いたかっただけ」
これまでのことを1つ1つ抓むように、シェリルが口にする。
「きっと、歩夢が最初に言ってたことがすべて……だと思う。内に溢れる想いを、物語を……誰かに伝えたかった」
物語の真理へ至った彼女の言葉の1つ1つが、歪虚の中でその存在の矛盾を際立たせていく。
それはやがて1つの疑問へと行きつくと、震える口の端から、ぽろりとこぼれ出た。
「そうであるならば――私は何者なのだ?」
不意に緑炎が勢いを増し、彼の身体を熱く激しく包み込む。
それは自らの純白の肌をも焦がし、燃え上がらせ、やがて炎の化身のような姿へと移り変わる。
「いや……些細なことか。わたしは、はじめからそういうふうにできている」
火の粉を散らすように、振るった腕から放たれた火球がハンター達を襲う。
「これ以上の戦闘は危険だ……!」
氷矢を練り上げながら、フワの放った寒波が歪虚を襲う。
あやゆるものを凍てつかせる波動は、その灼熱の身体の動きを一瞬鈍らせることしかできなかったが、その間にそれぞれが十分な距離を築くことはできていた。
真っ先に駆けたアルトの連刃が、纏う炎をものともせずに消し炭のような本体へ深く抉りこむ。
そこへ両側面からリリアの短剣と百舌鳥の戦槍が突き立てられ、歪虚は物理的にその身動きを封じられていた。
「キアーヴェさんのことは、ちゃんと村長さんに伝えるの……そうしたら、少しは救いになれるのかしら」
「息子にすら手を差し伸べられぬ者を、父と呼ぶのであればな……!」
彼の全身に熱量が膨れ上がるのを感じ、ハンター達は咄嗟に距離を取る。
だが、入れ違いに放たれたシェリルの銃弾が真正面から燻る本を打ち抜いて、集まったエネルギーは行き場を無くしたように寒空へと霧散していった。
「クリス……!」
叫んだシェリルに、付かず離れずの距離を維持し続けていたクリスが地を蹴る。
懐で身を屈めてカウンターの姿勢を取った彼の顔を見るなり、歪虚は咄嗟に振り上げた拳を押しとどめて、代わりにその手のひらに火球を練り上げた。
「本の化身みたいな見た目して……他人の伏線には鈍いのね?」
「なっ……!?」
そのまま踏みとどまる事なく、最後の一歩を踏み出したクリス。
カウンターではなく、先制のストレート。
飛び込んだ勢いのままに突き出された拳は大きく開いた身体へと打ち込まれて、本もろとも、その胸部を打ち砕いていた。
緑炎が弾け、歪虚はどさりと崩れ落ちる。
いつしか降り始めていた雪が、炭化したようなその体に音もなく降り注いでいた。
「永遠が……終わる」
「ううん、終わらない……」
シェリルの言葉に、霧散していく歪虚の最期の視線が彼女を見る。
「……わたしでも、書けるかな。本が好きな……おじさんの話」
それを聞いて、彼はふっと噴き出したように笑うと、崩れ落ちていく口で言い添えていた。
ああ――私の役目は、きっと果たされた。
家族の了承を得たうえで一時的に眠らせた狂気患者たちを数名の兵士が広場へと運ぶ中で、シェリル・マイヤーズ(ka0509)はその指揮をとるアンナの元へと歩み寄っていた。
「これ……良かったら使って。私たちだけじゃ、全員は見られないと思うから……」
「ボクのも預けておくよ。潜伏期間だと思われる村人の目星くらいはついているだろう?」
霧島 百舌鳥(ka6287)と共に託された沢山の精神安定剤を手渡され、アンナは略帽を正す。
「すまない、ありがとう。有用に使わせて貰おう」
「あなた達も気を付けなさいよ。発症、まだなんだから」
「クリス……ああ、懸念はもっともだ。もしもの時のことは、部下にも伝えてある」
クリス・クロフォード(ka3628)と共に眺める視線の先では、いつものおっとりした調子ながらも、珍しくせっせと患者運びを手伝うフィオーレの姿があった。
「いいか、アイツがフリーになった時、狙うとしたらおそらく俺か、あんたかだ。十分に警戒してくれ」
「は、はい……頑張ります」
歩夢(ka5975)の言葉に、黒い軍服を着た聖導士の女性はいくぶん緊張した赴きで頷く。
それなりに場数を踏んでいるようには見えたが、敵将レベルと対峙する経験はそうなかったのだろう。
同盟という土地がこれまでいかに平穏な地であったのか――それを暗に物語っているようにも見えていた。
やがて患者の移送が終わって状況は整った。
「では、始めます――」
聖導士が己のマテリアルを撒き始め、それが1人1人順に患者の身体を包み込んでいく。
彼らの表情に血の気が戻っていくのが確認されると、以前もそうであったように、戦場に緑色の炎が浮かび上がっていた。
それを認めるや否や、烈火のごとく距離を詰めたのはアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)。
その剛刀を抜きざまに走らせると、緑炎の中から飛び出した炎の腕がその刃をつかみ取った。
「――また、キミ達か」
火球の中からずるりと生まれ出るように姿を現した“不定の歪虚”は、周囲を一瞥してから目の前のアルトへ視覚を移す。
「終わらせに来た、お前の物語を」
握り締めた柄に力を込めると、受け止めたその炎腕にぐいぐいと刃が斬り進んでいく。
圧されている事を理解してか彼は口角を下げて苦い表情を浮かべると、もう片方の炎腕を激しく発熱させながらアルトの眼前へと差し向けた。
その爆炎をかき消すように飛来した氷矢が白い肩を穿って、身体が反動で大きく揺れる。
「もう一撃――」
踏み込んだアルトの切っ先が、もう片方の肩へと伸びる。
息をつかせぬ連撃に、歪虚も思わず後ずさていった。
「やはり、キミは純粋なる障害だった……あの時、止めを刺しておくべきだった」
「その一度のチャンスを怠ったお前は、少なくとも戦士ではないということだ」
歪虚はニヤリと笑うと、身にまとうように炎を振りかざす。
アルトが飛び退いてその熱波を避けると、入れ替わりに歪虚の背へと百舌鳥の戦槍が突き込まれていた。
「やぁ、この間はどうもねぇ。いやぁ、新感覚だった。お陰様で酷い目に遭ったよ!」
ケラケラと笑いながら踏み出したその一歩に、歪虚の身体も力任せにぐいぐいと戦場の中心へと押し出されていく。
炎腕を背後に振り向けてその勢いを削ごうとするが、その指先をリリア・ノヴィドール(ka3056)のチャクラムが霞めて弾かれたように手を引く。
「必要な時に使うといい。少なくとも直撃の1回くらいは護ってくれるはずさ」
追撃の氷矢を練りながら、もう片方の手の杖でアースウォールを築き上げたフワ ハヤテ(ka0004)は、傍らのアンナとフィオーレへを流し目で目配せをする。
それを文字通り壁にしながら、兵士達は広場の患者を手早く戦場から遠ざけて行った。
「計られた……というわけか」
完全に囲まれた状況を俯瞰しながら、歪虚は落ち着き払って口にする。
「いい加減に決着をつけましょうってことよ。何度も痛み分けをできるほど、お互い余裕もないはずよ」
「確かに……そしてこの村、読者も限られているか――であれば、こちらも数に頼らざるを得ないな」
クリスの言葉を受けて歪虚が胸元に手を添えると、風で靡くようにぱらぱらと本のページがめくられていく。
そこからズルリ、ボトリと落ちた沢山の真っ黒な液体は粘土細工のように形作られていき、身体のあちこちに堅牢な甲羅を持った黒鉛の猟犬へと姿を変えていた。
犬たちは飼い主の指示を聞く必要もなく、統率の取れた動きで四方八方へと四散していく。
すぐさま放たれたフワのブリザードが何匹かの犬を嵐に巻き込んで足止めしたが、流石に全てをそうするには至らない。
住宅地の方へと向かう猟犬たちは、歩夢の五色の陣が焼き焦がす。
前回ならそれだけで消滅した彼らであったが、状況の関係でまだ治療を終えていない患者がいるせいか、僅かばかり余力を残した様子で陣の先へと駆け抜けていった。
「くそっ……アイツらまで強化されるのかよ!」
舌打つ歩夢だったが、続く銃声が手負いの犬の脳天を貫き、風船が割れるようにその身体がはじけ飛ぶ。
銃声の主――フィオーレは、土壁の後ろで手早く次の弾を込めながら新たな目標へと照準を合わせる。
「抜けた分は軍に任せろッ! あなた達は“不定の歪虚”を!」
「分かった……!」
飛び掛かった猟犬を切り伏せて、シェリルの姿が歪虚へと迫る。
突き出された偃月刀を彼は半身を逸らして躱そうとするが、咄嗟に翻った刃が細い脇腹を鋭く抉っていた。
歪虚は凍り付いた脚を自らの熱で融かすと、炎腕から火炎を振りまく。
シェリルはチリチリと赤髪の毛先を焦がしながら最小限の回避でそれをやり過ごし、さらに一歩、大きく懐へと踏み出す。
飛び退こうとした歪虚だったが、その背をがっしりと百舌鳥の槍の圧が離さなかった。
「物語には結末が必要だ。そして事件の結末には、犯人役の退場が必須だろう?」
「小癪な……!」
罵倒を笑顔でやり過ごす百舌鳥。
炎腕の裏拳が彼の視界に迫るが、横入ったクリスが自らの腕で弾くようにいなし、返しの一蹴をその白い背中へと強打する。
「今ッ!」
ずるりと槍の穂先から抜けた身体がよろめくと、その瞳の先に振り上げられたシェリルの刃が見えて咄嗟に腕を振り上げた。
マテリアルで質量を演出できたところで、炎の腕に元の蝋の身体ほどの硬度はありはしない。
彼女の刃は容易に炎腕を断ち切って、胸に埋まった本を一文字に切り裂いていた。
「……!?」
表紙ごと数ページ分切り裂かれた本を、歪虚は一瞬硬直したようにして見下ろす。
が、すぐに視線を戦場へ戻すと、目に見えた怒りで表情を歪ませて双肩を震わせていた。
「読者を減らすようなことはしたくない……だが、そうも言っていられないようだ……」
立ち上る炎がその身を包み込み、次の瞬間には辺り一面を津波のように熱波がうごめき、唸りをあげる。
「これは……!」
思わず身を丸めて防御の姿勢を取ったクリス達。
放たれる熱風はまるで太陽の熱を間近で浴びているかのようで、炎そのものに触れてすらいないのに衣服はチリチリと煙をあげて焼き付いていく。
そして、歪虚の身が激しい閃光を放ったかと思うと――次の瞬間には、周囲一帯をまとめて覆いつくす巨大な火柱が、文字通り分厚い曇天を貫いて戦場を焼き尽くしていた。
赤熱しながらガラス質になって煌く大地に、残火を靡かせながら立ちすくむ不定の歪虚。
取り囲むハンター達は膝を折り、焼け付いた空気に乾いた呼吸を繰り返しながらも、まだ倒れるような者はいない。
「やはり、力が満ち足りていないか」
生きてはいる、がすぐに動ける状態でもない。
彼はゆったりとした足取りで歩き出すと、肺が内側に張り付く想いのリリアを見下ろす。
瞳はないのに「冷たい」と感じるその視線を見上げて、彼女は霞んだ瞳で訴えかけた。
「以前、海にいた巨大な魚型の歪虚……あれも創作なの? それとも――」
その問いに歪虚は虚を突かれたかのように口を半開きにして、それからぐっと奥歯を噛み締める。
「それを知ったところで、君たちに何の得がある?」
「あたしたちには無いかもしれない。でも……残された人には、それを知る権利――ううん、義務はあると思うの」
歪虚の肩越しに、村長の邸宅が視界に滲む。
彼はそれ以上何も言わず、静かにその炎腕を振り上げていた。
覚悟を決めて、思わず瞳を閉じたリリア。
だが、炎腕が振り下ろされるよりもなお早く、戦場を貫いたマテリアルの光線が纏った火炎を吹き消していた。
崩れ落ちた土壁に残光が煌めく射杭機を乗せ、息絶え絶えのアンナ。
その足元には気を失ったフィオーレの姿があってなお、彼女の瞳は歪虚だけを正確に捉える。
「呼吸を整えるには――十分だ」
瞬時に呼吸を整えて、アルトが低く地を駆ける。
牽制に放った十字刃の赤い軌跡に導かれ、糸引くように歪虚の懐へと一気に距離を詰め込んだ。
駆けながら、剛刀の柄の感触を確かめる。
大丈夫――握れるならば、支障はない。
振り抜いた初太刀を、歪虚は飛びのいて回避する。
しかし着地を狙った二の太刀が、吸い込まれるように蝋の膝を打ち砕いていた。
「くっ……!」
「どんな物語にも終わりは必ず来る。永遠なんてものは……ありえない」
歪虚は身にまとった残り少ない緑炎で失った脚を構築して、大きく距離を取ろうとする。
だが、それを意地でもさせないのが百舌鳥のこの戦闘での役割である。
「解が暴かれたうえでの敗走というのは、物語の敵役としていかがなものかな?」
振り降ろされた戦斧が真っ白い背を打って、僅かにその身動きを封じられる。
「やられてばかりでは……!」
振るわれた炎脚を、百舌鳥はシールドで咄嗟に受け止める。
「耐えてくれ! 今、結界を張る……!」
歩夢が吼えて、百舌鳥の足元に彼の放った符が印を結んだ。
立ち上ったマテリアル光は、火炎の勢いを徐々に衰えさせていく。
「どんなに思いを込めても、相手がいなけりゃ無かったのと同じ……だけどよ」
「感服するからこそ……このような手段に訴えかけざるを得なかった、というのは残念なことだと思うよ」
歩夢とフワの言葉に、歪虚の表情からふっと――感情が消えた。
それは燃え盛る炎の内で心は既に冷めきっているかのような、不気味な空気を纏うものだった。
「神も人も、最後にはそういうことだ……本当に必要な時には、迂闊に手を差し伸べるようなことはしない。1人に手を差し伸べれば、万人に手を差し伸べなければならなくなる。そうでないならば、差し伸べたその手は偽善、エゴ、自己満足。ただ己の自尊心を満たすだけのポーズに過ぎない。それを知っているにも関わらず人は万人の救いを求め、一時の単なる幸運に感謝する。そんな世界を奇怪と言わずに何という? 本当は誰一人として救われてなどいないはずなのに、だ!」
一息で訴えかけて、彼は切り裂かれた胸の本へと手を添えた。
「その点では、歪虚は常に平等だ。差し伸べられる手は救いではないのかもしれない。だが誰であろうと、分け隔てなく、彼らは約束された無を与える。幸運を得られなかった人間がその手を取る事を、奇怪なる人間たちは愚かな選択だと口にできるだろうか?」
「――その本の書き手が望んだのは“永遠”なんじゃないのか?」
返す歩夢の言葉に、歪虚は虚を突かれたように彼の姿を見た。
「確かに、キミの供述と、実際にキミのやろうとしていることとは大きく矛盾しているね。さて、これはどういったことだろう?」
「それは――」
百舌鳥が追い打つように言い放つと、歪虚は目に見えてうろたえ、足元がふらついた。
炎の足がそのかりそめの質量を失ったかのように歪み、がくりと重心がぶれる。
「おじさんは……ただ、読んで貰いたかっただけ」
これまでのことを1つ1つ抓むように、シェリルが口にする。
「きっと、歩夢が最初に言ってたことがすべて……だと思う。内に溢れる想いを、物語を……誰かに伝えたかった」
物語の真理へ至った彼女の言葉の1つ1つが、歪虚の中でその存在の矛盾を際立たせていく。
それはやがて1つの疑問へと行きつくと、震える口の端から、ぽろりとこぼれ出た。
「そうであるならば――私は何者なのだ?」
不意に緑炎が勢いを増し、彼の身体を熱く激しく包み込む。
それは自らの純白の肌をも焦がし、燃え上がらせ、やがて炎の化身のような姿へと移り変わる。
「いや……些細なことか。わたしは、はじめからそういうふうにできている」
火の粉を散らすように、振るった腕から放たれた火球がハンター達を襲う。
「これ以上の戦闘は危険だ……!」
氷矢を練り上げながら、フワの放った寒波が歪虚を襲う。
あやゆるものを凍てつかせる波動は、その灼熱の身体の動きを一瞬鈍らせることしかできなかったが、その間にそれぞれが十分な距離を築くことはできていた。
真っ先に駆けたアルトの連刃が、纏う炎をものともせずに消し炭のような本体へ深く抉りこむ。
そこへ両側面からリリアの短剣と百舌鳥の戦槍が突き立てられ、歪虚は物理的にその身動きを封じられていた。
「キアーヴェさんのことは、ちゃんと村長さんに伝えるの……そうしたら、少しは救いになれるのかしら」
「息子にすら手を差し伸べられぬ者を、父と呼ぶのであればな……!」
彼の全身に熱量が膨れ上がるのを感じ、ハンター達は咄嗟に距離を取る。
だが、入れ違いに放たれたシェリルの銃弾が真正面から燻る本を打ち抜いて、集まったエネルギーは行き場を無くしたように寒空へと霧散していった。
「クリス……!」
叫んだシェリルに、付かず離れずの距離を維持し続けていたクリスが地を蹴る。
懐で身を屈めてカウンターの姿勢を取った彼の顔を見るなり、歪虚は咄嗟に振り上げた拳を押しとどめて、代わりにその手のひらに火球を練り上げた。
「本の化身みたいな見た目して……他人の伏線には鈍いのね?」
「なっ……!?」
そのまま踏みとどまる事なく、最後の一歩を踏み出したクリス。
カウンターではなく、先制のストレート。
飛び込んだ勢いのままに突き出された拳は大きく開いた身体へと打ち込まれて、本もろとも、その胸部を打ち砕いていた。
緑炎が弾け、歪虚はどさりと崩れ落ちる。
いつしか降り始めていた雪が、炭化したようなその体に音もなく降り注いでいた。
「永遠が……終わる」
「ううん、終わらない……」
シェリルの言葉に、霧散していく歪虚の最期の視線が彼女を見る。
「……わたしでも、書けるかな。本が好きな……おじさんの話」
それを聞いて、彼はふっと噴き出したように笑うと、崩れ落ちていく口で言い添えていた。
ああ――私の役目は、きっと果たされた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/02/01 22:27:05 |
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相談卓 シェリル・マイヤーズ(ka0509) 人間(リアルブルー)|14才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2018/02/06 17:57:48 |