今宵、ガーベラの栞を差し込んで

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
少なめ
相談期間
5日
締切
2018/02/06 22:00
完成日
2018/03/01 22:56

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 仇敵メフィストの討伐に成功し、内政に専念する形となったグラズヘイム王国。王国派と貴族派の争いが水面下でうごめく中、その影響は騎士団にも及びつつあった。連日シャトール侯爵ブランジュ・コルベールが騎士団の詰め所を訪れ、上位の騎士達一人一人に叛意を促していたのだ。そして魔の手は赤の隊の暫定責任者であるジェフリー・ブラックバーン(gz0092)にまで及ぼうとしていた。
「ーーこの伯爵の次女は大層学識があってな。地元では変わり者扱いされてはおるが父君の内務に口出ししては成果をあげておる。この肖像画の通り器量もーー」
 そんな気がしただけだった。訪問したシャトール侯が陽気に縁談の話を始めるに至り、待ち構えていたジェフリーは秒単位で脱力する一方だった。
「何のつもりですか?」
「何とは。よく聞いてくれた。これも調略の一環だぞ」
 誰に聞かれているかもわからないのに大声で喋るシャトール侯。眩暈がしそうな気すらしてくるが、問いただすべき事は問いたださなければならない。
「そうは申されても、この婚姻は貴族派に益がないでしょう」
 ジェフリーは渡された家系図の当主の名前を指さす。紹介された女性の父である伯爵は王国派だ。本人は調略と言っているがこれでは調略とは言えない。この事は事前にもわかっていた。王国派の息子には貴族派の娘を、貴族派の息子には王国派の娘を。ジェフリーのような中立を表明する者には近い位の相手を王国派貴族派問わず紹介していた。つまるところ貴族派の為と言い張るにはバランスが良すぎるのだ。シャトール侯が個人的に信望を集める結果にはなっているが貴族派の本意には見えなかった。
 指摘されたシャトール侯は縁談相手の肖像画を机の上に寝かせると、咳ばらいをしてからようやく声を潜めた。
「うむ。まあなんだ、この国は人を失い過ぎた。直に徴兵に携わっておったからわかる」
 軍人且つ領主らしい視点だった。ジェフリーもその点は同意する。赤の隊に限らず王国は多くの人材を失った。速成された兵士が今どれほどの人数居るのか考えたくもない。
「難しい話はわしにはわからん。わしが貴族派におるのは王女本人の能力を疑っておるだけのこと。いずれ、かの王女の器は嫌でも衆目に晒されるだろう。それはそれとして、政治がどう変わってもお前達は国の刃でなければならん。王国の主力を政争に巻き込んでは王国の未来そのものが危うくなる」
 ジェフリーが思い浮かべたのは、シャルシェレット卿の一件だ。勝つためには手段を選べないところまで来ているという危機感。それをまずもって理解できない者達もいるのだ。
「結果がどうなるのであれ、横の繋がりが広くなれば立場を翻すのも容易になろう。これはその為の準備でもある。考えておいてくれ」
 恐らくそれを貴族派への言い訳にしているのだろう。政争に勝った暁には速やかに騎士団が指揮下に入るであろうと。逆もまた有りうるとは気づかぬ振りをして。話を理解してもジェフリーはこの話に乗るかどうか決めることができず、その日はシャトール侯に返事をすることが出来なかった。



 しかし物事には限度がある。以後、連日のように縁談を持ちこんでくるシャトール侯の相手にいい加減疲れ果て、ジェフリーは手の及ばない町中の酒場へと逃走した。この店は騎士団の平騎士達御用達で、料理がそこそこ安くて旨くて量が多いと評判の店だ。その店の奥まった位置にある表からは見えない机を一つ貸し切り、ジェフリーは昼からワインを呷っていた。
 シャトール侯から逃げたのはジェフリーの側にも問題があった。問題の無いシャトール侯の行動は黙認せざるを得ないとして、ジェフリー本人の選択の余地である。今回の問題、ジェフリーは方針を決める基準が一切ない。彼にとって貴族に縁を作るのであれば王国派・貴族派・中立のどの貴族と繋がっても益はある。どの派閥を選んでもいい。婚姻の時期にしても年齢は言うに及ばず、階級の低い貴族ながら非常に高い権限を持つ現状は彼自身の『売り』時ともいえる。本来なら婚姻は家同士の問題であるから父ローレンスや当主である兄ハロルドに相談してみたはいいが、ここでも「好きに選べ」と言われている。よくよく考えれば騎士になる貴族など、死んでも良くて且つ養うのに困る次男坊三男坊がほとんどだ。最初から家の家系に計算に入っていなかったのだ。
 選択肢が多く、絶対の基準が無い。彼にとっては初めての状況であった。王国の弱小貴族の次男である彼にとっては、有って無いがごとき選択肢や、絶対に曲げられない基準に従うのが常であった。
「今更俺にどうしろと」
 アルコールの薄い安酒では酩酊には遠い。その癖思考はぼやける一方で、今考えなくてもいい話ばかりが頭に入ってくる。
 王国騎士団の再編をどうするのか? 新しい隊長は? 再編までに必要な任務は? 徴兵の手順は? 騎士候補の教育は? 雪崩れるように人材を失い、何をするにも人手が足りていない。ギリギリで日々の業務は維持しているが限界だ。そもそもダンテを失った赤の隊は隊長を選任しなおしたところで、以前の赤の隊には決して戻らない。
「ダンテ隊長に息子でもいれば、丁度良い年齢だったろうにな」
 それこそ今の自分が言ってはいけないセリフなのだが、そんな事すらも今のジェフリーには制御が効かなかった。ダンテが結婚に至らなかった理由は不明だが、同じ立場なら自分も同じようにしたかもしれない。赤の隊は死亡率が高い。未亡人を作る可能性も高いのなら、結婚は内務につくか騎士を辞めてからでいい。
 彼がこのように正体を無くしているのは珍しく、たまたま居合わせた顔見知りの騎士やハンター達、果ては給仕をする酒場の娘までが心配して声をかけてくる始末だった。
 朦朧とした頭でも流石にまずいと理解したのか、ジェフリーはさっさと元の言い訳に戻るように話題を誘導した。
「縁談話から逃げて来たんだよ。この忙しい時に付き合ってられなくてね」
 事実であるが全てではない。とはいえ喫緊の課題でもある。今ぐらいしか考える時間も無いだろう。
「見合いをするかどうかから決めかねて。あんた達はどう思う? あんた達の時はどうだった?」
 参考にさせてくれ。というのは半分口から出まかせ、半分本気であった。将来を考えるのが上の立場の者の仕事。どうにかして厄介な話を切り抜けたいという気持ちもある。ジェフリーに促され、ハンター達はぽつりぽつりと自分の経験や考えを語り始めていた。

リプレイ本文

 昼を過ぎた頃から徐々に店内から客が減り始めるが、ジェフリー・ブラックバーン(gz0093)は構わず酒を煽りながら時に本を読み、時に書き物をし、時に物思いに耽る。常連と言うほど通い詰めるわけでもないが、仮にも「偉い人」である彼はそこそこに顔が知れている。知り合いでもなければ声もかけないし、知り合いならば様子を見て声をかける事も憚った。そして通り過ぎる大勢の中には、彼を気に掛ける者もいた。
 ワインの入った木製のジョッキを片手に軽く酔いの回った頭で本を読み進めていると、ジェフリーの占拠するテーブルにどんと大皿が配された。男一人がお腹一杯になりそうなやきそばだ。こんなメニューがこの店には無かったような気がする。
「どうぞ。当店のスペシャルなやきそばですよ~」
 頼んでない。そう言おうと視線を上げるとウェイトレスは見知った顔の女性だった。エプロンドレス姿のアシェ-ル(ka2983)が底抜けに明るい笑顔をふりまいている。
「ジェフリーさん、お久しぶりです~」
「驚いた。久しぶりだな。あれはいつ以来だったか」
 酩酊した頭でもすぐに記憶が戻ってくる。あれは赤の隊で懇親会を催した時以来だ。あの時の話題はーー。
「ええ、ええ! 熱く語り合ったあの夜以来ですね!」
「熱く?」
「そうです!」
 心当たりがない。ジェフリーは眉間を指で押さえる。何をどう考えても彼には心当たりがない。それもそのはずであの時は酔ったアシェールがするいかがわしい妄想に、ジェフリーが燃料とも言える情報を請われるままに与えていたというのが正確なところだ。いまだにあの会話がなんであったのかジェフリーは全く理解していない。
「また今度、語りあかしましょうね! 私、あの二人の続きが知りたいんです!」
「???」
 もはや何を言ってるかジェフリーにはさっぱりわからない。彼女の感じている濃密な薔薇の香りに気づいても不幸しかないわけだが。
 そうこうして騒いでいると気づいていなかった者達にまでジェフリーの存在が明らかになった。鳳城 錬介(ka6053) とノエル・ウォースパイト(ka6291)は物珍しさもあって席を移動してきた。中身の見えない話に困惑していたジェフリーはこれを助けと思った。
「ジェフリーさんが酔うほど酒を飲んでいるのは珍しいですね」
「飲まないとやっていられなくてな」
 ジェフリーは空になったジョッキにワインを再び注ぎ入れ、愚痴交じりのつもりで身に降りかかった自身の苦労を語った。縁談話は本人にとっては避けたい事柄であったが、二人の反応はその逆であった。
「縁談のお話、大変結構ではありませんか。国の未来を担う方であれば尚のこと」
「そうですね。迷っているならしてみるのも良いと思います」
 ニコニコ笑顔の二人にジェフリーは困惑する。世間的には二人のような考え方が主流なのだろうかと。それとも政略の付きまとう貴族の縁談を軽く考えているのか。ジェフリーが返答に窮していると鳳城は別に困惑する理由があるものと考えた。
「それともどなたか、恋焦がれる女性がいるのですか?」
 問われジェフリーは考え込む。若い女性に縁の無い生活ではないが、果たして自分にそのような感情があったのかどうか。これ以上はプライベートな話題になると考えたのか、鳳城はジェフリーの答えを待たなかった。
「もし居るなら遠慮は無用で動いたほうが良いですよ」
「それは実体験から来る話か?」
「え、うーん。そうですね、……俺の後悔の話です」
 鳳城は視線を自身の手元に落とし、遠くを見るかのように目を細めた。
「俺も好きな人がいました。 彼女は生真面目で優しく、勇敢な女性でした。しかし凛々しい姿よりは慌てたり恥じらったりする姿の方が強く印象に残る、かわいい人でした」
 鳳城の語る内容は彼自身の憧憬が強く含まれているにも関わらず、紡ぐ言葉は随分と重く苦い。その言葉の調子をジェフリーはよく知っている。そして結末も容易に予想がついた。
「忙しく任務をこなす彼女を少しでも支えたくて修練にも力が入りましたね。でも当時はそれ以上特に何かをする事はありませんでした。
お友達からお願いしますとも言いませんでしたね。何せ戦況が戦況で、おまけにただの若造ですのでもう少し落ち着いてから、立派になってからと考えていたのです。時間も機会も幾らでもあると思っていました……遠く離れた戦場で、彼女が亡くなるまでは」
 鳳城が口を湿らせるためにワインを口に含む。空になったグラスにジェフリーがワインを注いだ。
「……こんな事を言うと「自分もいつ死ぬか分からないから止めよう」と思うかもしれませんが、いつ死ぬか分からないからこそ、一つでも多く幸せを。そして『後でやらなかった事を後悔するよりは細かい事など考えずに突撃した方が大分ましである』という事です」
 黙って聞いていたジェフリーは何か思うところがあったらしく難しい顔をしている。
「それは、俺の部下たちに言ってほしい話だったな。自由恋愛に走る者は多いのでね」
「貴方はそうではないと?」
「女性に興味が無いわけではないが差しあたって執着した相手は居ないな。だが君の話でわかった。強くなる理由は人それぞれだが、俺は家族の立場の為にも弱いことは許されなかった。強くなって武勲をあげる以外に家族に貢献する方法がなかった。女性に心を向ける余裕がなかったのだな」
 女性を好きになるよりも随分重く冷たい話だ。損耗率の高い赤の隊ではあるが、外征は国のためである。死んでも名誉の戦死として家名の足しになる。それは今も続いているということだ。
 話題は暗くなる一方であったがノエルがそれを戒めるように次の話題に進めた。
「ジェフリーさん。ならばなおさら、妻を娶ったほうがよろしいかと」
 ノエルの言葉は声量こそ大きく無いものの、知識と経験からくる自信でずしりと重い。彼女出した結論も、女性としての強い自負に溢れていた。
「これからこの国が歩む道の険しさに思いを馳せれば、己の身の上が二の次になるのは頷けます。しかし、生まれ育った家族とはまた別に、守りたいと思える家庭を築くということは、男性にとって心境に大きな変化をもたらすものだと思うのです。騎士が戦うのは、人々の営みを守るため。それならば、その営みを身をもって知っていた方が、日々の励みになりましょう」
 励みという意味ではこれは誰もがうなづくところだろう。世界平和・国家安寧などと大きすぎる題目では人は動けない。そう出来る稀有な人材も稀にいるが、そうでない人が世の中の過半であろうと思う。ジェフリーも自身が自覚する通り国家の為に選んだ道ではなく、どうすれば貴族社会の中で自分の家の立場を良くすることが出来るかと悩んだ末の事だ。
「…これらの言葉は母の受け売りですけれど。お役に立てば幸いです」
「これ以上守る物を増やせと?」
 溜息を吐くように、弱々しく抗議するかのような口調でジェフリーは言う。結婚も考えるべき年齢ではあるが、自身を縛る鎖を増やしては意味がない。
「国や家系を背負うのと愛する家族を守るのでは意味が変わります。目の前の相手が愛しいほどに、国や家への愛着も増すというものです。差し当たり、お見合いそのものを経験せずに敬遠なさるのは、とても勿体ないと思いますね。みすみすこのような機会を逃せば、次があるかどうかも分かりませんし。巡り合わせの良し悪しは、いざ顔を合わせて言葉を交わさない限り判断できないものです。いっそ激務の息抜きと思って、一度気軽にお受けになっては如何です?」
「息抜きのつもりで居られるならそうするが、相手の居る話だから躊躇われるな」
「それは見合いをする家同士で事前に協議すれば良いことです」
 ジェフリーは苦笑いしながら言葉をひっこめた。自覚の有無はともかく、逃げている事実にお互いが無為気に反応している。
「アシェール。君はどうだ? 騎士の話に興味があるなら独身の騎士を紹介するが」
 ジェフリーは好意半分、話題からの逃走半分でアシェールに向き直った。彼女の興味を理解していなかったが、その申し出自体は悪い話ではなかった。文武どちらにも才ある者しか騎士にはなれない。平民出の騎士であればジェフリーの被った苦労とも無縁でいられる。
「今のお話聞いてる感じ、面倒くさそうなのでお断りします!」
「おっと。それは失敗だったな」
 直球の返事にジェフリーは苦笑で返した。
「それに私、将来はスメラギ様の後宮に入って悠々自適な生活がしたいです!」
 ジェフリーにはピンとこない話ではあったが、ハンター達はスメラギの顔や人となりを知る機会もあるため、アシェールの話と希望にもなんとなくの予想はついた。彼も彼で抱える物は大きいのだが、年齢相応の純真な善性も持つと聞く。鳳城は東方に訪れた事も多く、アシェールがそう希望する理由も容易に理解できた。
「なるほど。あの方なら後宮の女性であっても平等に接していただけそうですね」
「ですよね! どうせ縁談ならばっちり良縁狙っていきましょう! ジェフリーさんも大貴族の令嬢と結婚して悠々自適にリタイヤするのです」
「大貴族と言われてもな」
「誰か新しい隊長が決まれば、きっと、見向きもされなくなりますよ!。だから今のうちにほら、貴族の……シャルシェレット……じゃなくて、似た感じの!」
 わかってない事を重々承知で聞いている話だが、王国の現状を知る人達はその背筋を一瞬強張らせた。シャルシェレット家に妙齢の女性がいるかどうかは不明だが、へクス某氏を兄と呼んだり、あるいは兄と呼ばれる関係というのは気が休まらないだろう。話題の渦中の人ともなれば猶更だ。
「スメラギの件はともかく、しがらみの無い外国の異性というのは魅力的だな」
 今考えている縁談にまつわる面倒事の大半を気にしなくてよくなるだろう。あるいは次男坊という自由な身分を盾にして外国の家に婿として入るのもそれはそれで夢がある。ハンターの語る将来像には夢があると同時に、機会さえあれば叶えることができる。玉の輿は流石に厳しいだろうと思いながらも、ジェフリーはアシェールの半ば与太話となりつつある未来予想図を笑いながら聞いていた。



 日が落ちれば客の顔ぶれも変わっていく。意味もなく時間を潰し続けるジェフリーのような客は少数で、ほとんどの客が夕方までには入れ替わった。彼の目の前に座る顔ぶれもまた変わっていた。クローディオ・シャール(ka0030) 、ボルディア・コンフラムス(ka0796) 、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)の3人だ。夜ともなれば酒を飲んで騒ぐ者も多い中、この席も負けず劣らず賑やかな席となった。訂正、猛烈に騒がしいのはボルディアだけである。

「ダッハハハハ! お前結婚すんの!? お前俺を笑い死にさせる気かよアッハハハ!」
 ジェフリーの縁談話の概要を聞き終わった直後、ボルディアは耐えられないとばかりに酒場全体に響く声で笑い始めた。あまりの声量で驚いた他の席の客の視線まで集めてしまっている。
「勇猛果敢な赤の隊の鬼の副長も、恋の勝負にゃお手上げってか!? いやなんつーか、期待裏切らねえなお前はよぉ!」
「お、お前。貴族の縁談話でそこまで笑うとか、場合によっては手打ちになっても文句言えないからな」
 怒り半分呆れ半分でジェフリーは忠告はするが、ボルディアの笑いは収まりそうにない。実際にはそんなつもりもないジェフリーだからこそボルディアも大笑いしているが、人となりまでは知らない大半の客は貴族が3人も相席するその机からすぐに視線を外している。
「それに恋と限ったわけではないぞ。貴族ならの政略の意図がどうしても入る場合がーー」
「親からどっちでも良いって言われたんだろ。そんなことよりよお、貴族様はどうやってやりとりするんだよ。折角なんだし教えてくれよ」
 これでまた人の行いを見て笑いものにする気ではないのか。そういう予想も無いでもないがジェフリーは真面目に答えることにした。
「まずそもそも貴族の女性が頻繁に外に出るわけにはいかない。男性側も長男であれば日々務めがある」
「そんなもんなのか?」
 ボルディアは今一つイメージが掴めず残る二人の貴族に目を向ける。二人は特に会話に口を挟まなかったが、ジェフリーの話が大筋その通りであると肯定するように首を小さく縦に振った。
「俺やクローディオみたいなーーー。ああ、いや違うな。ハンターやってる貴族なんてのは大体は例外だ。貴族は領主の仕事がある。物心がつけばそこからは朝から晩まで勉強漬けだ」
「なんだよ、お前らもそうだったのか? そうは見えねえぞ」
 疑念丸出しでボルディアはジャックの顔を覗き込む。どちらかと言えば目の前の男は外見の華やかさ以上に泥臭いイメージだ。ジャックはその問いかけには頭を振る。
「俺の家は他所程じゃねえよ。100年続く名門様じゃねえからな。クローディオはどうだった?」
「私も違う。家柄に相応しい教養を身に着けるように教育はされたが、次期当主程ではない」
「んだよ、参考になんねえな」
 ボルディアはむくれるがそこは仕方がない。忙しい者達はハンターなどしていない。このような酒場にも来ないだろう。ジェフリーは咳ばらいをして話を元の筋へと戻していく。
「ともかく忙しいものだ。だから縁談が固まってから婚礼まではだいたいは手紙のやり取りになる」
「ほーん。つまり恋文ってやつか。実際になんて書いたりするんだよ。俺宛のつもりで何て書くのかやってみてくれねえ?」
「はあ?」
「後学のためってやつだよ」
 他人事と言い聞かせつつ、ジェフリーは定型的に女性を褒め称える台詞を紡ぐ。『日々どのように貴方を想い焦がれているか』『川縁に咲くコスモスを手に取り、爽やかな香りを感じるたびに貴方を思い出します』等々。慣れないまでも彼は最低限の教養も持つ人間である。なんとか古典や劇を思い返しつつ言葉をひねり出すが、そうやって悩みぬいて出す言葉の悉くが前線で戦う騎士達の泥臭さと結びつかない。少しは我慢していたボルディアだが、最後は耐えきれずに「ブホォ」と大きな音を立てて口から笑いを漏らしてしまった。
「くくく。アッハハハハ、駄目だ堪えられねぇ!」
「おま…、人が真面目に喋っているのに言うに事欠いて」
 それにしても笑い過ぎである。男であれば喧嘩になってもおかしくない。いや、相手が女でも知ったことか。これはもうストレス解消に乱闘騒ぎを起こすしかない。酔った頭で物騒なことを検討し始めるジェフリーだが、ボルディアが笑い過ぎてひっくり返って頭を打ち、床で転げながらむせていたので留飲を下げた。溜息で彼女の無礼を見逃し、話の通じる方に話題を振った。
「お前達の時はどうした? 子供の側に決定権が降りてくるかどうかの話だが」
「私か。私にもそのような話が舞い込むことはあるが、全て断りを入れている。先程少し触れたが私は家督を継ぐ身ではないからな」
 クローディオは自身が庶子であることを何でもないような口調で明かした。一口に庶子と言われてもあくまで婚外子というだけで付随する物は多様だ。二人目の夫人を良しとしない環境であればそれだけを理由に差別をされる場合もある。家族が庶子を差別しないとしても、周囲が庶子を差別する場合もある。彼がどの種の苦労をしたのか、あるいはしてこなかったのかは、外見からはわからない。それを悟らせない程度に彼は教養のある貴族としてふるまっていた。
「生涯の伴侶とは、今の私にとっては実に縁遠い話だ。死地に身を投じ続ける私が、一人の女性の人生を幸福に導くなど……」
 クローディオの結論はジェフリーと同じ物だった。多くの死とその死によって引き起こされた悲哀を間近に見たがために、自身の身でもって同じことになるのではないかという恐れを常に考えてしまう。
「いつ命を落とすとも知れぬ身だ。生半可な想いで妻を娶ることはできない」
 そう答えながらもクローディオの表情はジェフリーのように陰鬱な気配を見せていない。ハンターの最中に居ないジェフリーは、彼のその顔つきが意外に思えていた。
「独り身ではあるが、今の私には唯一無二の友がいる。そしてかけがえのない相棒がいる。黒の隊という身を置くべき場所も得た。かつての私には持ち得なかったこれらが、今の私の先行きを照らしている。人生を共に歩む伴侶はいないが、私にはこれで充分だ」
 言葉に偽りなくクローディオはその環境に満足しているようだった。結婚して子供を作り、家系を継いでいくことだけが人生ではない。その答えはジェフリーにとっても受け入れやすい答えの一つであった。クローディオにとって黒の隊は新しい居場所となったように、ジェフリーにとっての赤の隊が貴族社会から抜け出した後の居場所となった。同時に彼の言葉をジェフリーは眩しいと感じてしまった。ジェフリー自身は騎士としてこれ以上を望むのが難しい程度に地位を得た。同じ騎士の父以上に出世しただろう。だがそこには喜びがない。最初からなかったのか、あるいは失ったのかすらもわからない。なればこそ彼は本来誰もが持つはずの自分なりの選択をすることができなかった。持たざる自分を痛感するほどに、彼らハンター達が言いようもなく眩しいものに見えてくる。
 2人の話を聞いていたジャックは、突如として木製のジョッキを持つ手を机に下す。ドンと重たい音が響き、物思いに入りかけていた二人の意識を引き戻した。
「お前ら甘すぎるぜ! 相手の心配する前に相手を作るのが先だろうがよお!」
「……それもそうだな」
 意表を突かれたクローディオがぼんやりした声で返事をする。ジェフリーもそうだがクローディオも真面目が過ぎて浮いた話が消し飛んでいる。浮いた話が無いという意味ならジャックも同様で「甘すぎるぜ!」などと啖呵を切れる立場でもなかったはずだ。そのはずなのにジャックは妙に自信満々である。
「恋愛の事で困ってんなら、この恋愛マスターたる俺様に任せとけや」
 大きく出るジャックに自然と視線が集まる。
「いいか。まずは兎角経験値を積むこった」
「経験とは言うが、具体的にはどうすればいい?」
「恋愛経験値を積むのに最適なのは……ぎゃるげえだ」
「ぎゃるげえ」
 渾身の答えを出したジャックに対して、すっとジェフリーの目から光が消えていく(ような気がした)。
「ぎゃるげえは良いぜ、見合いイベントがあるげえむもあるしな。時にゃ相手の親父さんがチャブダイ返しなんつースゴ技を使ってくる事も…。何だったら俺様オススメを貸してやってもいいからな! アレなら今から持ってくるか!?」
 ジェフリーは古い価値観と知識しか持たない人間ではあったが、リアルブルーから来た文化に触れる機会は多い。
その半端な知識がジャックの(クリムゾンウェスト基準で言う)奇行と、彼が連呼する名前、彼の持つ珍奇な持ち物を結び付けた。
「その、ぎゃるげえとやらは、遠慮しておこう」
「あ? どうした急に?」
「なんでも、ない」
「そうか?」
 ジェフリーは普段とは違う抑揚の声でやんわり拒否しつつ目を背ける。女性の絵の描かれた抱き枕を「ぎゃるげえ」と誤解しているだけだが、それを説明する機会はジャックにはなく、ジェフリーには違いを理解するほどの機械の知識がなかった。
「真面目な話すんならよ」
 ジャックは姿勢を正す。つられてジェフリーもワインの入ったジョッキを置き、姿勢を改めた。
「それはあんたの問題で、決断するのも決断のケツ持つのもあんた自身だろ? 十分ご承知だろうが一応言っとくぜ」
 そこを間違えたことはない。間違えそうに見えるほど弱っているのなら、それは受け入れるべき忠告であった。ジェフリーは素直に頷く。
「それとな、あんたがどんな決断してもよ、間違う事はねぇって俺様は信頼してるぜ。何せあんたはあの赤猿の部下だったんだからよ!」
 なんとも気恥ずかしいが嬉しい評価だった。表が出た感情を誤魔化すようにジェフリーは苦笑する。
「気持ちはうれしいが、部下の前で隊長を赤猿呼ばわりは勘弁してほしいな」
「赤猿で十分だろうがよ」
 ジャックのそれは戦場で行方不明となった人間に対する態度ではなかったが、本来それは赤の隊の持つ強さでもあった。仲間の死を悼みはすれど、必要とあらば踏み越える心の強さ。気配りが出来ないような振りをしながら、彼はいつも他人行儀の枠内で相手を気遣う素振りを見せる。
「というわけでさっさとどうするか決めろ。今決めちまえ」
「それとこれとは別問題だ」
「んだよ、ここまで言ってもらってそれかよ。結婚するしねぇで悩んでるくらいならさっさとしちまえ」
 口を挟んだのは話題に戻り損ねていたボルディアだ。笑いすぎて疲れたかのような気配が残っていた。
「女はお前が心配するほど弱い生き物じゃねぇよ。未亡人にしたくねぇならテメェが死ななきゃいいだけの話だ。女の一人くらいテメェで幸せにしてみやがれ!」
 それもまた正論である。死ぬ前提の人生設計など出来はしない。死ぬのが心配なら葬式の準備だけしておけば良い。仮に死んでしまったとしても、残された者達は自力で幸せになる。物事は単純明快だ。
「女は弱い生き物ではないか。君が言うと説得力がすごいな」
 それらの感慨と共にジェフリーはそう評した。
「なんだよ、ジェフリーはこういう女を捨てたような筋肉達磨が好みだったのか?」
「確かに弱い生き物には見えない。だが貴族に嫁ぐには少々粗野ではないだろうか」
「待て。今の流れで何がどうしてそうなった」
 ジャックはニヤニヤと笑っている。クローディオは素知らぬ顔でワインを呷る。
「だっておまえ、これが女に見えるんだろ?」
「生物学的には女だろ」
「や、やめろよ。お前、俺のことそんな目で見てたのか?」
「おいこら、わざとらしくどもるな酔っ払いめ」
 真面目な話をしていたはずだが、だいたいワインが悪い。安くて薄いなりに一気に飲めてしまうのが何より悪い。4人はそのまま体力の続く限り、酒を飲みながらバカな話に興じて夜を過ごした。



 翌日、何事もなかったかのようにジェフリーは仕事に戻った。降って湧いた縁談話は断ったようだが、騎士団内の人事が確定するまで後回しにしたというのが正確なところらしい。ハンター達の前向きさに当てられたのだろうと思われるが、内心の深いところは本人しか知らぬことである。

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参加者一覧

  • フューネラルナイト
    クローディオ・シャール(ka0030
    人間(紅)|30才|男性|聖導士
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • 東方帝の正室
    アシェ-ル(ka2983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士
  • 紅風舞踏
    ノエル・ウォースパイト(ka6291
    人間(紅)|20才|女性|舞刀士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/02/06 20:28:48