ゲスト
(ka0000)
切迫 ──ユト村の逃避行──
マスター:柏木雄馬

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/02/13 07:30
- 完成日
- 2018/02/21 18:35
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
自らを『革命軍』と称した彼ら上層部の人間に、理想と志があったであろうことは疑いない。
ダフィールド侯爵家によるスフィルト子爵領併合(正確には領土半分の割譲)に端を発した難民問題は、支配者たる貴族の横暴と被支配者たる領民のトラジディーを改めて世に示したものであったし、その不合理さを目の当たりにすれば、貴族制の──引いては王政の──打倒、そして、『自分たちの国を作る』という彼らの主張は、それが余りに理想主義的で、端的で、非現実的であったとしても…… その当時、彼らが置かれた状況からすれば『彼らの正義』には違いなかった。
だが、その理想に燃える『革命軍』の末端に属する兵たちは、あくまでも難民であり……暴徒であった。
●『切迫』
フィンチ子爵領もまた、ダフィールド侯爵領に隣接する諸侯領の一つであった。
難民の発生源でありながら、難民問題に対する諸侯の抗議に対してのらりくらりと何の対策も打たない侯爵家に業を煮やし、最初に国境(くにざかい)を封鎖したのがこのフィンチ家であり、難民たちが暴徒化する端緒となった地でもある。
本来であれば難民は国境を封鎖する軍に対する力を持たない。しかし、その場にいた難民たちは団結した。同じように足止めを受けていた同じような境遇の者たちを糾合し、侯爵領の取締官らを返り討ちにして武器を奪い、国境を封鎖するフィンチ子爵家の私兵に対し、突破ではなく突撃を──即ち、戦をしでかした。
フィンチ家の国境封鎖部隊は敗北した。元々、難民の方が数は多かったし、部隊の方には油断もあった。国境沿いに展開していた私兵たちは各所で分断され、各個撃破されていった。その後を、武器を持たない難民たちが、兵たちの武器を奪って子爵領へとなだれ込んだ。
情報通信網どころか無線すら無い土地である。子爵家の当主が事態を把握するまでに二日掛かった。しかも、正確な状況は把握できてはいなかった。故に、子爵家は兵力の逐次投入という下策でそれに応じてしまった。子爵軍は難民軍によって撃破され…… 首府近郊を覗く子爵領のほぼ全土において、そこに住む無辜の民が難民軍の『侵略』の前に無防備に取り残された。
「村を……捨てる……!?」
フィンチ子爵領、ユト村。集会場──
あらゆる作業の手を止めて緊急に集まるよう指示をされた村人たちは、挨拶もそこそこに本題に入った村長の言葉に絶句した。
「冗談、だよな?」
「冗談ではない」
「正気か、村長?!」
「正気じゃよ。残念ながら……」
淡々としたその声音に村長の本気を感じて、村人たちは顔面を蒼白にした。そして、烈火の如く感情を爆発させた。
「なんで、なんで村を捨てなきゃなんねぇ!?」
「落ち着け、皆の衆。説明は彼がする」
村長の呼び声と共に、複数の兵士が集会場に入って来た。ある者は兜も無く、ある者は包帯で腕を釣り…… その鎧は皆、傷だらけ。中には鞘が空の者もいる。恐らくは剣を打ち捨てて逃げて来た──敗残兵なのであろう。
「子爵軍は敗北した。数日中の内にここにも難民軍が押し寄せて来るだろう。すぐに家に帰って家族に伝えてくれ。そして一刻も早く荷を纏めて脱出の準備を整えるんだ」
髭面の隊長が、ある種の使命感を感じさせる声音で告げた。
「戦……?」
村人たちはどこか遠い世界の話でもされたかのように呆けた顔をした。この辺りではもう何十年も人同士の争いは起きてはいなかった。戦と言えば歪虚相手のものであり、それもリベルタースという遠い地の事…… この村で危険と言えば獣くらいのもので、それも村まで下りて来ることなんて滅多になかった。
「来るのか? こんな辺鄙な所に…… 子爵様の住む首府なんてまるで反対側じゃないか」
「来る。連中の目的は戦に勝つことじゃない。土地を奪うことだからだ」
「でもよ、軍ってことはすぐにいなくなるんだろ? その間だけ山に逃げてやり過ごせば……」
「否。連中は軍と名乗っちゃいるが、その本質は難民だ。お前たちと同じ農民だ。連中は自分たちが生きる為に、村を、畑を、即ち生きる手段を奪いに来るんだ。奴らは永遠に立ち去らない。村に残っていたら奴らは君らから全てを奪う。奴らにとって君たちはただの邪魔者だ。生命だって奪われる」
髭の隊長の告げた言葉に、村人たちは水を打ったようになった。ただ平和に生きて来た彼らにとって、それは余りにも現実離れした話であった。
「私たちはプロボータ村にいた。そこで起こった出来事を私はもう二度と見たくない……! ……道中は我々が護衛につく。だから、一刻も早く逃げる準備を整えてくれ」
「でも、逃げるったって、どこへ……」
村人たちは騒めいた。村を捨てると簡単に言ってくれるが、事はそう簡単にはいかない。
答えたのは村長だった。
「南へ行く。オレームの山を越えれば難民軍も追っては来れまい」
「オレームの山だって!?」
その言葉を聞いた瞬間、村人たちは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。事情の分からぬ兵隊たちが戸惑いの視線を交わし、髭面の隊長が何で騒いでいるのか、尋ねた。
「オレームの山ってえのはなぁ、この辺りの村人たちは絶対に近づかない危険な場所なんだ。牛や馬だって喰っちまうような危険な肉食の獣どもがうろうろしている上に、どこかに遺跡でも埋まっているのか、時々、魔法生物や雑魔まで出やがるんだ」
そこを通って行こうというのか── 村人たちの内、血気盛んな若者が村長の襟首を掴み上げる。
「他に逃げる道はない。たとえ犠牲者が出ることになってもな。なに、心配はいらぬ。ここにいる兵隊さんたちが護衛についてくださると……」
「難民に負ける兵隊なんざ当てになんざ……! あ……」
瞬間、いたたまれない空気が場に満ちた。若者と兵たちが視線を合わせ……互いが気まずそうにそれを逸らす。
そんな中、天然気味の村娘がなぜ沈黙が場に下りたのか分からずきょとんと首を傾げ……空気も読まずにポンと手を叩き、にっこり笑ってこう言った。
「そうだ! 先日、オレーム山に入っていったハンターさんたち…… そう、アークエルスの何とかって学者さんたちに雇われて来た人たち! あの人たちに守って貰えばいいんじゃない?」
無邪気な天然娘の提案にその場の空気はますますいたたまれないものになったが、反対意見は出なかった。……溺れる者が掴むという藁くらいの希望であったが。
「よし、では皆の衆。家に帰って家族に説明し、出発の準備を始めるのじゃ。倉を開けよ。冬越し用に蓄えていた食糧を全て運び出せ。種籾(春巻き小麦)は一粒たりとも忘れてはいかんぞ。鶏も養蜂箱も残して行くな。新天地で使う農具もじゃ。農耕用の牛馬は全て車を曳かせて、何もかもそれに乗せていけ。食べられる果実は青くても全て狩っていくのじゃ!」
ダフィールド侯爵家によるスフィルト子爵領併合(正確には領土半分の割譲)に端を発した難民問題は、支配者たる貴族の横暴と被支配者たる領民のトラジディーを改めて世に示したものであったし、その不合理さを目の当たりにすれば、貴族制の──引いては王政の──打倒、そして、『自分たちの国を作る』という彼らの主張は、それが余りに理想主義的で、端的で、非現実的であったとしても…… その当時、彼らが置かれた状況からすれば『彼らの正義』には違いなかった。
だが、その理想に燃える『革命軍』の末端に属する兵たちは、あくまでも難民であり……暴徒であった。
●『切迫』
フィンチ子爵領もまた、ダフィールド侯爵領に隣接する諸侯領の一つであった。
難民の発生源でありながら、難民問題に対する諸侯の抗議に対してのらりくらりと何の対策も打たない侯爵家に業を煮やし、最初に国境(くにざかい)を封鎖したのがこのフィンチ家であり、難民たちが暴徒化する端緒となった地でもある。
本来であれば難民は国境を封鎖する軍に対する力を持たない。しかし、その場にいた難民たちは団結した。同じように足止めを受けていた同じような境遇の者たちを糾合し、侯爵領の取締官らを返り討ちにして武器を奪い、国境を封鎖するフィンチ子爵家の私兵に対し、突破ではなく突撃を──即ち、戦をしでかした。
フィンチ家の国境封鎖部隊は敗北した。元々、難民の方が数は多かったし、部隊の方には油断もあった。国境沿いに展開していた私兵たちは各所で分断され、各個撃破されていった。その後を、武器を持たない難民たちが、兵たちの武器を奪って子爵領へとなだれ込んだ。
情報通信網どころか無線すら無い土地である。子爵家の当主が事態を把握するまでに二日掛かった。しかも、正確な状況は把握できてはいなかった。故に、子爵家は兵力の逐次投入という下策でそれに応じてしまった。子爵軍は難民軍によって撃破され…… 首府近郊を覗く子爵領のほぼ全土において、そこに住む無辜の民が難民軍の『侵略』の前に無防備に取り残された。
「村を……捨てる……!?」
フィンチ子爵領、ユト村。集会場──
あらゆる作業の手を止めて緊急に集まるよう指示をされた村人たちは、挨拶もそこそこに本題に入った村長の言葉に絶句した。
「冗談、だよな?」
「冗談ではない」
「正気か、村長?!」
「正気じゃよ。残念ながら……」
淡々としたその声音に村長の本気を感じて、村人たちは顔面を蒼白にした。そして、烈火の如く感情を爆発させた。
「なんで、なんで村を捨てなきゃなんねぇ!?」
「落ち着け、皆の衆。説明は彼がする」
村長の呼び声と共に、複数の兵士が集会場に入って来た。ある者は兜も無く、ある者は包帯で腕を釣り…… その鎧は皆、傷だらけ。中には鞘が空の者もいる。恐らくは剣を打ち捨てて逃げて来た──敗残兵なのであろう。
「子爵軍は敗北した。数日中の内にここにも難民軍が押し寄せて来るだろう。すぐに家に帰って家族に伝えてくれ。そして一刻も早く荷を纏めて脱出の準備を整えるんだ」
髭面の隊長が、ある種の使命感を感じさせる声音で告げた。
「戦……?」
村人たちはどこか遠い世界の話でもされたかのように呆けた顔をした。この辺りではもう何十年も人同士の争いは起きてはいなかった。戦と言えば歪虚相手のものであり、それもリベルタースという遠い地の事…… この村で危険と言えば獣くらいのもので、それも村まで下りて来ることなんて滅多になかった。
「来るのか? こんな辺鄙な所に…… 子爵様の住む首府なんてまるで反対側じゃないか」
「来る。連中の目的は戦に勝つことじゃない。土地を奪うことだからだ」
「でもよ、軍ってことはすぐにいなくなるんだろ? その間だけ山に逃げてやり過ごせば……」
「否。連中は軍と名乗っちゃいるが、その本質は難民だ。お前たちと同じ農民だ。連中は自分たちが生きる為に、村を、畑を、即ち生きる手段を奪いに来るんだ。奴らは永遠に立ち去らない。村に残っていたら奴らは君らから全てを奪う。奴らにとって君たちはただの邪魔者だ。生命だって奪われる」
髭の隊長の告げた言葉に、村人たちは水を打ったようになった。ただ平和に生きて来た彼らにとって、それは余りにも現実離れした話であった。
「私たちはプロボータ村にいた。そこで起こった出来事を私はもう二度と見たくない……! ……道中は我々が護衛につく。だから、一刻も早く逃げる準備を整えてくれ」
「でも、逃げるったって、どこへ……」
村人たちは騒めいた。村を捨てると簡単に言ってくれるが、事はそう簡単にはいかない。
答えたのは村長だった。
「南へ行く。オレームの山を越えれば難民軍も追っては来れまい」
「オレームの山だって!?」
その言葉を聞いた瞬間、村人たちは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。事情の分からぬ兵隊たちが戸惑いの視線を交わし、髭面の隊長が何で騒いでいるのか、尋ねた。
「オレームの山ってえのはなぁ、この辺りの村人たちは絶対に近づかない危険な場所なんだ。牛や馬だって喰っちまうような危険な肉食の獣どもがうろうろしている上に、どこかに遺跡でも埋まっているのか、時々、魔法生物や雑魔まで出やがるんだ」
そこを通って行こうというのか── 村人たちの内、血気盛んな若者が村長の襟首を掴み上げる。
「他に逃げる道はない。たとえ犠牲者が出ることになってもな。なに、心配はいらぬ。ここにいる兵隊さんたちが護衛についてくださると……」
「難民に負ける兵隊なんざ当てになんざ……! あ……」
瞬間、いたたまれない空気が場に満ちた。若者と兵たちが視線を合わせ……互いが気まずそうにそれを逸らす。
そんな中、天然気味の村娘がなぜ沈黙が場に下りたのか分からずきょとんと首を傾げ……空気も読まずにポンと手を叩き、にっこり笑ってこう言った。
「そうだ! 先日、オレーム山に入っていったハンターさんたち…… そう、アークエルスの何とかって学者さんたちに雇われて来た人たち! あの人たちに守って貰えばいいんじゃない?」
無邪気な天然娘の提案にその場の空気はますますいたたまれないものになったが、反対意見は出なかった。……溺れる者が掴むという藁くらいの希望であったが。
「よし、では皆の衆。家に帰って家族に説明し、出発の準備を始めるのじゃ。倉を開けよ。冬越し用に蓄えていた食糧を全て運び出せ。種籾(春巻き小麦)は一粒たりとも忘れてはいかんぞ。鶏も養蜂箱も残して行くな。新天地で使う農具もじゃ。農耕用の牛馬は全て車を曳かせて、何もかもそれに乗せていけ。食べられる果実は青くても全て狩っていくのじゃ!」
リプレイ本文
アークエルスの遺跡考古学者らの護衛任務を無事終えて、ユト村に帰還すべくオレーム山の街道を下っていたハンターたちは、前方より来る異変に気付いて怪訝そうに足を止めた。
緩やかな斜面の道を上り来る無数の馬車牛車手押し車と人の列── その隊列の中、こちらに気付いた旅装束の村娘が、「おーい!」と手を振りながら笑顔でこちらに駆けて来る。
「おや! こりゃあ行きに世話になったユト村のお嬢さんじゃあないか! また逢えるとは縁があるに違いない! ……しかし、これはどういう有様だね。まるで村ごと夜逃げみたいな」
村娘は人気があるのだろう。村の若い衆たちにジト目を向けられながら、どこ吹く風で軽~く訊ねるエアルドフリス(ka1856)。天然の村娘はあっけらかんと自分たちが置かれた事情を話した。
「……私たちが山に行っている間に、随分と状況が変わったようね」
「元は難民とは言え、そこまでやればもう盗賊と変わりないな」
村娘の明るさに戸惑いながら、その深刻な内容に厳しい表情で眉を顰める鍛島 霧絵(ka3074)と久瀬 ひふみ(ka6573)。
(難民が賊となって村を襲い、その村人もまた難民となる、か…… 双方ともに生きる為に出来ることをしているだけなのだろうけど……)
どこか気怠げな表情を変えぬまま、手で頭を押さえて、金目(ka6190)。……ただ、村を捨てるという決断は勇気のいるものだったはずだ。それを支援したくは思う。
「支配者の横暴と無責任のために、領民が故郷を捨てる…… 理不尽なことね。せめて無事に山を越えられるよう、力を尽くしましょう」
アイシュリング(ka2787)が淡々と、だが、常より力強く自分の意思を表明する。ハンターたちは驚いた。それは先の護衛依頼中にも殆ど見かけたことの無いものだった。
(確かに由々しき事態だとは思うけど……)
マリアンナ・バウアール(ka4007)は、まず村長と教授たちにオレーム山の地形や植生、予想されうる脅威などについて訊ねた。──自分たちにはこの辺りの土地勘がまるでない。依頼が達成できそうかどうか、判断するのはその後だ。
「この時期のオレーム山は、枯れ木が山を賑わしている感じゃな。道は山や谷の間を抜けるような感じできつい斜面は殆どなく、馬車や荷車でも移動し易い」
「この辺りを走る石畳の道は古代王国時代のもので、今の時代のものと比べてもよっぽど上質だ。道中には旅人の為の水場も整備されていて、水の補給に困ることもないだろう」
ただし、遺跡の近辺の水場には手を付けない方が無難だろう──問われた村長と教授が口をそろえた。どんな魔法公害があるか分かったものではないからだ。
「魔法公害…… ってことは、雑魔や魔法生物が出現する可能性もあるってことですね」
「気楽なフィールドワークと思ってたら……やれやれですよぉ」
マリアンナの指摘に、ソフィア =リリィホルム(ka2383)がおどけて肩を竦めて見せた。見た目は明朗快活な健康的ドワーフ少女──しかし、その内心では半眼で盛大に舌を打っている。
(楽して稼げると思っていりゃあ…… つっても、見殺しにすんのも目覚めが悪ィからな……)
ハンターたちの総意は纏まった。返事を固唾を飲んで待ち受ける村人たちに、霧絵は若干ぎこちない笑顔で告げた。
「皆が揃って避難できるよう、頑張らせてもらうわね」
●
改めて避難の為の準備が始まった。
マリアンナは村人たちの中から若く屈強な者たちを選抜すると、長柄の武器の代わりとなりそうな鋤や鍬を渡し、いざという時に村人たちを守る『最後の砦』として隊列外縁部に配置させた。
「まあ、そんな事態にならないよう警護しますけど、一応ね」
そう言ってウィンクして見せるマリアンナに、猛り、或いは怯えながら喊声を上げる若者たち。そんな彼らにくるりと背を向けると、マリアンナはそれ以外の女子供には隊列の中程に──ハンターたちがいつでも駆けつけられる位置に纏まっておくよう指示を出した。彼女たちには武器を持たないよう、徹底して言い含めておいた。パニックに陥った素人ほど怖いものはないからだ。
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は、村へ続く道の上に設置する障害物を作っていた。
全長250cmを超える巨大な長柄の斧を軽々と振るい、周囲に生えた枯れ木を切り倒して何本かをロープで纏め、マテリアルの力を全身に巡らせながら肩へと担ぎ上げ、道の真ん中に下ろして道を塞ぐバリゲードとする。
「まだまだこんなもんじゃねーぞ! 難民軍を防ぐにはもっともっと積み上げねーと!」
手伝いに来た兵士たちに作業を指示するボルディア。だが、内心はその快活な表情に反して暗い。
(チッ、クソが…… なんで人間同士で殺しあわなきゃならねぇんだよ……)
「まずはこの明らかに過剰な荷物よね」
村人たちが持ち出して来た山盛りの荷を見上げて、フローレンス・レインフォード(ka0443)は腰に手を当て、溜め息を吐いた。
「荷物は必要最小限に。余分な物はここで捨てていって。これは『引っ越し』ではないの。まずはそれを理解して頂戴」
その物言いにざわつく村人たち。好意的とは言い難い視線が幾つもフローレンスに突き刺さる。
反発は想定内だった。フローレンス自身、妹共々故郷を出奔せざるを得なかった過去があり、彼らの気持ちは痛いほどよく分かる。
だが、それでも言わないわけにはいかなかった。荷物が文字通りの重荷となって追いつかれるような事になれば、それこそ目も当てられない。
「あなたたちは、自分たちがどれだけ危機的な状況にいるのか、まだ理解をしてないの?」
フローレンスは魔導拡声器で一喝した。村人たちは押し黙ったが、反発はより大きくなったようだった。
そんな村人たちを手で制し、村長が前に出た。彼らの気持ちを代弁する為だった。
「お若いの。わしらはこれから故郷を捨てて、知らぬ土地に移り住まねばならん。先祖代々受け継ぎ、土を弄り続けて来た畑を捨てて、また新たに痩せた土地を一から開墾していかねばならん。そして、その間もわしらは喰っていかねばならん」
村長の言葉に村人たちの間から幾つも賛同の声が上がった。農具を捨ててしまったら、再び買えるかも分からない。余分が無ければ売って金にすることもできない。新しい土地でまともに収穫できるようになるまで何年かかるか分からない。或いはまた土地を捨てねばならなくなるかもしれない。
「……根無し草にわしら農民の気持ちは分からん」
ポツリと農民の一人が言う。エアルドフリスがそれを聞いて、慌てて両者の間に入った。このままでは感情的に拗れてしまう。そう判断してのことだった。
「……頼むよ。難民軍に追いつかれたら酷いことになる。それが分かっているからこそ、先祖伝来の土地を捨ててこうして逃げて来たんだろ? ……移動速度を上げる為にも、荷物を減らすことは避け得ない。生き延びる為に」
「……私たちは依頼を引き受けた。引き受けた以上、無責任なことはできないし、言えない」
エアルドフリスに続いて、フローレンスが静かに頭を下げた。
「私たちはハンターだけど、全知全能でもなければ万能無敵なわけでもない。今日を生きて明日を掴む為には、全てを望むことはできないの。……私たちは貴方たちを守り切りたい。この両の手を、想いをどうか届けさせて」
フローレンスの言葉に、農民たちは文句を止めた。そして、渋々だが荷を減らす指示を受け入れた。
ハンターたちはまず、村人たちが積み込んだ荷物の内、かさばり、後々再飼育がし易いと思われる鶏の籠と養蜂箱を出来うる限り減らさせた。冬越し用の食糧と種籾には手を付けず、果実の山はその場で食べさせ、食べきらない分は廃棄させた。
農具も必要最小限を残して全て廃棄させた。服とか食器とか家具等も、余分な物は皆捨てさせた。
農耕用の牛馬に関しては、農民たちが断固拒否をした。牛馬は荒れ地を開墾するには欠かせぬ労働力であり……非常食でもある。
そうして空いた馬車や荷車の荷台には、体力の無さそうな者たちを優先的に割り振った。
「……ご老人や病人、身体の不自由な方、小さい子供たちは馬車や牛車に乗せること。家族や親族、若い人たちは介添えをお願い」
どこかぽや~とした雰囲気のある佇まい(農民談)で淡々と呼びかけながら、アイシュリングが馬車と一緒に村人たちの間を回る。
「あの…… 油をお持ちであれば分けていただけますか? それと、要らない布と桶もあると助かるのですが」
金髪碧眼に和装の着流しという珍しい恰好をしたハンス・ラインフェルト(ka6750)が、荷物の整理を続ける村人たちに声を掛けた。
何が楽しいのかにこにこ笑うハンスに若干、引きながら、村人たちは皆で出し合い、瓶一個分というそこそこ大量の油を用意した。
「いったい何に使うつもりだね?」
「……いえ、奴らを足止めする為に、使えるものは全て使ってしまおうかと」
変わらぬ笑みで答えるハンスにゾクリとする何かを感じて、村人たちは押し黙る。
では、と瓶を担いで歩み去るハンス。最後に、あ、と何かに気付いて、振り返ってこう訊ねた。
「ところで村の肥置き場ってどの辺りにありますかね?」
●
「報酬、用意して待っててくださいよっ!」
馬上から村人たちに手を振り、出発したソフィアを初め、金目、ハンスの3人のハンターたちは、迫る難民軍の様子を探るべく、ユト村へと辿り着いた。
村に近づいた辺りで馬から降り、近場の丘の稜線の陰から村の様子を確認する。
難民軍はまだ村に到着していないようだった。馬を走らせて来た分、こちらが先着できたのかもしれない。
「……さて、それではどうしましょうか」
双眼鏡を下げ、金目が方針を相談すべく振り返る。
ハンスは無言で持って来た油の瓶を撫でた。ソフィアは五色の発煙筒を両手の指に挟んでニカッと笑い、金目はああ、とその意図を理解する。
「火と煙で混乱を誘う、か。なるほど……」
3人はすぐにそれぞれ別のルートで村の中へと侵入すると、難民軍を足止めする為の工作を開始した。建物は石造りだった為、茅葺の屋根や残された家具に油を沁み込ませた。
更にハンスはそうした家の中に食べ物(果実)の箱を置いて、誘導する罠まで仕掛けた。その上、肥溜めから汲み取った糞尿を村の井戸という井戸にぶち込んだ。
「……そこまでやるんですか?」
「難民軍? ただの野盗でしょう? 私は野盗を人だと思ったことはありません。奴らには乾いていただきましょう」
策を徹底するハンスに何も言えず、周囲の警戒に戻る金目。その双眼鏡が北の道から立ち上る土煙を捉え、彼は屋根の上に身を伏せた。
(来たか……!)
金目はすぐに屋根の上から飛び降りると、魔導スマホをコールしてソフィアとハンスにそれを報せた。
すぐに外が騒がしくなり、戦勝のどんちゃん騒ぎと共に難民軍が村への侵入を始めた。すぐに村に散って略奪を始める兵士たち──既に村がもぬけの殻だと気付くのに、それほど時間は掛かるまい。
ギリギリまで罠を仕掛けていたソフィアが、作業を終えて家を出て…… 瞬間、何かとぶつかって、家の中へと押し戻された。
出会い頭にぶつかった相手は難民軍の兵士だった。兵士は人が残っていたことに驚きながらも、すぐに下卑た表情を浮かべた。
「女だ……!」
その声にビクッと身体を震わせ、後ずさるソフィア。左右に視線を振って逃げ場のないことを確認し、怯えた瞳で兵を見上げる。脂ぎった視線でソフィアの身体を舐めるように近づいてきた男に腕を掴まれ、少女は「やっ」と悲鳴を上げて──直後、股間を蹴り上げられた男がより大きな悲鳴を上げて跳び上がった。
「フン。わたしとナニしようなんざ50年はえーよ」
芝居を止め、股間を押さえて蒼白になった男の右腕を取り、捻りながらの逆一本で肘の関節を破壊しつつ、背中から地面へと叩きつけ。悶絶する男を忌々し気に見下ろしながら、その脚へ踵を落として容赦なく骨を踏み砕く。
溜飲を下げたソフィアが家の外に出ると、ちょうど頭上をハンスの火矢が飛び過ぎて行くところだった。
村の南の外れの家屋の屋根上に陣取ったハンスは、村内に次々と自作の火矢を放っていた。着火の指輪で火矢に火を点け、和弓に番えて引き絞り、油を仕掛けた家の屋根を狙って、放つ。
瞬く間に炎が立ち上がり、もうもうと黒煙が上り始める。ハンスは難民兵たちが果物を貪っている家々にも容赦なく火を点けていった。ソフィアに骨を折られた男の悲鳴に兵が集まって来たところに火矢を放ち、わらわらと逃げ散る様と揺らめく炎に、口の端に愉悦の微笑が浮かぶ……
「罠だ! 火を放たれた! 食糧倉庫が燃えているぞ! すぐに消せ!」
「敵だ! 伏兵だ! いったん村の外へ逃げろ!」
家々の裏手を駆け抜けながら、ソフィアは難民兵たちの混乱を助長するべく叫んで回りつつ、罠を仕掛けていない家々にも次々と発煙筒を投げ込んだ。
金目もまた発煙筒を投げ込みながらソフィアと合流。ハンスの所へと離脱する。
(できれば、相手の移動手段は潰しておきたかったところだけど仕方がない。これ以上は敵の『数』に呑まれる)
金目は屋根上のハンスにも撤収を促すと、丘の上へと戻って馬に飛び乗った。
目敏くそれに気づく者がいた。その騎兵小隊の隊長は自身の部下たちに命令を発すると、騎乗してハンターたちを追い始めた。
3人のハンターたちはバリゲードに辿り着いた。3人が通過すると、ボルディアが最後の丸太で入り口を塞いだ。
追いかけて来た騎兵たちは、バリゲードのずっと手前で馬を停止させた。崖(上)と崖(下)の間の道は積み上げられた丸太で封鎖されていた。歩兵であれば乗り越えられない量ではないが、馬や車輪での移動は撤去しない限り無理だろう。
「お前たちは何者だ?!」
「ユト村の人々に雇われたハンターですよ」
よっこいしょ、とバリゲードの上に立った金目が敢えてこちらの正体を告げると、相手は予想通りざわついた。
「この道の先には肉食獣のうろつく山がある。歪虚や魔法生物の蠢く遺跡もある。……正直、軍隊にでも追われていない限り、一般人が通るのはおススメしないな。そこを通り抜ける為に僕たちは雇われた」
金目は更に自分たち以外の脅威を告げて、難民軍の翻意を促した。このまま帰ってくれれば楽なんだけどなぁ…… と心の底からそう思う。同時に、そうもいかないだろうなぁ、と達観をしてもいる。
「君たちは土地を得た。春になればその恵みを得ることが出来るだろう。ユト村の皆が汗を流して拓いた、何物にも代えがたい土地だ。だが、もしあなた方がこれ以上、彼らから何かを奪おうというのなら…… その時は僕らも容赦はしない」
騎兵小隊長と金目の視線が暫し交差して……騎兵たちが戻っていく。
金目はやれやれと肩を竦めた。……冷静な隊長さんだ。やだなぁ。次はきっと大勢で押し寄せて来るよ……
●
その頃、出発したユト村の一行はオレーム山の北麓に到達していた。
「大休止ー! 大休止ー! 皆、急いで昼ご飯を食べてしまってくださーい!」
馬上で護衛についていた霧絵が、隊列の前から後ろへ、報せながら駆けていく。
応じて、人々の歩みが止まった。
子供や老人たちを乗せた馬車と共に歩いてきたアイシュリングが、馬にそっと近づいて「ご苦労様」と首を撫でる。
「やっと休憩か……」
ホッと息を吐きながら、食事の準備を進める村人たち。その内容は、すっかり硬くなったパンに、チーズと干し肉の一欠片。出発前に拾い集めた木の実に、砂糖不使用のビスケット──
「せめて卵や蜂蜜があれば……」
見回りの途中、そこかしこで村人たちからの恨みがましい視線に晒されて、すっかり嫌われてしまったわね、とフローレンスが寂し気に苦笑する。
霧絵は見回りの途中で、一人の老婆に気付いて声を掛けた。健脚なのか荷馬車に乗らず、しかも背負った荷物は山の様で……
「だ、大丈夫ですか?」
「そう思うなら少しはその馬に乗せておくれよ!」
「いえ、この馬はいざという時、どこにでも駆けつけられるように軽荷にしておかないと……」
すったもんだあった末、霧絵は長い昔話に付き合わされた。
夫はずっと昔に流行り病でポックリ逝ってしまったこと。子供はいなかったこと。今ではやかましいばあさんとして厄介者扱いされていること……
アイシュリングが馬車の荷台で老人たちとお茶を飲んでいる時。バリゲードを作り終えたボルディアとエアルドフリスが、接敵の情報と共に戻って来た。
金目、ソフィア、ハンスの3人は引き続き遅滞戦闘の為に残っている──村人たちに聞かれぬよう短電話でそう知らされたアイシュリングは、バリゲード組の2人と共に帰って来た髭面の隊長に静々と歩み寄り、こう訊ねた。
「……どこかでこちらの進路を偽装することはできないかしら? 例えば、こちらの目的が山越えではなく、山中に潜むことだと錯誤させるような足跡を残すとか」
隊長はうーんと頭を捻った。足跡を残したとして、それを信憑性のあるレベルにまでもっていけるかどうか……
「これだけの規模の集団の足跡を偽装するとなるとなぁ」
「やっぱり時間が足りない?」
「ああ。誘導が目的であれば、すぐに引き返されちゃ意味がないだろ? そこそこ深く山中に入って、大勢の足跡を残すとなると……」
アイシュリングは小首を傾げた。数秒経ってから、考えている仕草か、と隊長は気が付いた。
「……少数で、そんなに深く山に入らなくても良いかもしれない。分断、とまでは言わずとも、ちょっと混乱させることができれば……」
子供たちがボルディアを見ている。大勢で集まって、ジッと見ている。
その手には、ポケットから取り出したチョコレート──いつでもカロリーを摂取できるよう、いつも何枚かは常備している。
「……食うか?」
尋ねた瞬間、子供たちの表情がパアッ……! と輝いた。
あっという間にその数は増え、全員に分ける為に1欠片ずつ割ってやった。
久方ぶりに見かける笑顔だった。……大人たちの様子から、子供たちも只事ではない事態だということを理解しているのだろう……
できれば夜までに山を越えたい。でも、無理をさせるわけにもいかない── 昼の大休止を告げる声を聞いた時、ひふみは葛藤の只中にあった。
助けたい。皆を無事に安全な地へ送り届けたい。その為には急ぎたい。でも、それは叶わない──!
知恵熱が出るほど考え込んだひふみが出した結論は、私が皆を守ればいいんだ! という残念なものだった。
村人たちには指一本触れさせない── 覚醒し、犬耳尻尾をピンと立てて常に『超聴覚』で周囲を警戒し始めるひふみ。
「気を張り詰めすぎじゃない? そんなんじゃ最後までもたないよ!」
突然、背後から声を掛けられ、ひふみはぴゃっ! と跳び上がった。振り返ると、同い年くらいの女の子が立っていた。
「ななななぜ私が気を張っていると?」
「おんなじだから」
少女はひふみの頭の上を──犬耳を指さした。そして、少女の傍らには飼い犬と思しき犬がいた。
それが縁で、ひふみと少女は一緒にお弁当を食べた。そして、色んな話をした。
自分もずっと住んでいた場所から突然、この世界に飛ばされてしまった。それでも、なんとかここまでやって来れた。……この村の人たちもそうあってほしい。
「山を越えるまでは私たちがあなたたちを必ず守る。だからもう少しだけ頑張って欲しい」
にこにこと笑顔で頷く少女に、どこか照れ臭そうに、ひふみ。
その耳が、ブ……と微かな異音を捉えた。何か空気が震えるような……そう、扇風機か何かが回っているような音が、どこからともなく、遠くから……
ひふみは再び覚醒すると犬耳をひょこっと立てた。そして『超聴覚』でその正体を探ろうとした。
音源は複数だった。まだ距離はあるものの、多方向からこちらに向かってその距離を詰めつつある。
「『音』が近づいてくる。警戒を」
ひふみは少女に隊列に戻るよう声を掛けると、滅竜槍の穂鞘を外し、隊列の前に出た。
老婆の話し相手(マシンガントークの主に聞き役)になっていた霧絵もまた馬上に跳び戻り、高所から『直感視』で周囲を見渡した。
……枯れススキの原、ギリギリの所に、複数の蜻蛉が飛んでいるのが見えた。……蜻蛉? 蜻蛉か? 見る限りかなりの距離があるのに、この大きさ。実体は2mくらいはあるんじゃないか? それが2体、3体とホバリングしながらこちらをジッと指向している。
「大型の蜻蛉を確認した。数は不明。左右から接近して来る。襲撃の可能性が大」
棹桿を引いて装弾しながら、自動小銃を構えて、霧絵。
「『巨大ヤンマ』だ……!」
蜻蛉と聞いたエアルドフリスが叫んだ。村長から予め聞いていた情報によれば、それはホバリングも可能な機動性の高い飛行敵。その性質は肉食で獰猛。狩り易い獲物を狙って襲う習性がある。
「敵襲だ! 休憩中止! 襲撃に備えろ!」
警告を発するエアルドフリス。大休止中の遭遇に村人たちが慌てて立ち上がる。
「そんな! モフロウで空から見た時には何もいなかったのに……!」
視覚共有して事前に空から進路を先行偵察していたマリアンナが慌ててモフロウを引き返させた。……恐らく獲物が近場に侵入してきた時だけ動き出すタイプの敵なのだろう。草の中に止まっていたなら見逃しても無理はない。
マリアンナは改めて空から戦場を見下ろした。そして敵勢を確認した。
「数は12! 左右から6体ずつ接近してきます!」
頭上からの視覚を維持したまま、報告するマリアンナ。
一定距離まで近づいた蜻蛉たちが加速した。射程に入った瞬間、霧絵が指切りの三点射で迎撃したが、蜻蛉はその銃撃を素早いジグザグ機動で回避した。
紅蓮のオーラを噴き上げながら、村人たちの壁となるべく前へと飛び出し『マッスルトーチ』を焚くボルディア。しかし、虫には彼女が持つ筋肉美も艶やかさも(その破壊力も)理解できない。
「我均衡を以て均衡を破らんと欲す。理に叛く代償の甘受を誓約せん――灰燼に帰せ!」
不可視の雨に打たれながら『蒼炎獄』を放つエアルドフリス。放たれた蒼い炎は4体の蜻蛉たちを球状に取り囲み、直後、内側に向かって雨の如く降り注いだ炎の矢が2体の蜻蛉を直撃して粉々に吹き飛ばす。
だが、残る2体はその炎の豪雨を突破した。球状の炎に空いた穴から飛び出し、列に迫る。
霧絵はふぅ、と息を吐くと、集中して狙い澄ました。そして、2匹が直線状に並んだ瞬間、引き金を引き絞り、『ハンドバレット』──発射した弾丸をマテリアルで操り、まるで漫画みたいな変則的な軌道で鋭角的に飛ばしながら、2体を計2回ずつ正確に貫き、撃ち落とす。
「走って! 一気にここを突破する! 慌てる必要はないから、足の遅い人たちのことを気にかけてあげて!」
背後の村人たちに呼びかける霧絵。大荷物の老婆がマリアンナによって馬車の荷台に引っ張り上げられるのを見てホッとして。迫る蜻蛉に振り返ってフルオートの『制圧射撃』で動きを止めつつ、他の2体に火を点けた魔導焙烙玉を投擲して吹き飛ばし。弾切れの突撃銃を捨ててリボルバーを引き抜くと、隊列に近接してきた蜻蛉に向けて立て続けに発砲する……
ハンターたちの迎撃網を抜けて隊列に達する蜻蛉たち。ボルディアとひふみが振るった長柄の斧と滅竜槍を、蜻蛉らしい左右の素早い飛行で回避し、防衛線を突破する。
「逃がすかよ……ッ!」
背後へ抜けた蜻蛉たちを振り返り、ボルディアが大きく腕を振るう。赤熱した腕から放たれた幾条もの炎の鎖が逃げる蜻蛉を檻となって取り囲み。村人たちを守るべく追い縋って再び敵の前へと立ったひふみが滅竜槍に黒き炎を纏わせ、炎爪の如き一撃を大上段から振り下ろし、炎の檻に捕らわれた蜻蛉を真っ二つに断つ。
再びのエアルドフリスの爆炎── 今度は3体中1体が消し飛んだ。
残る4体は村人たちの隊列の中に突っ込んだ。若者たちがそれを阻みに掛かり、その内2体が彼らが突き出す穂先を掻い潜って襲い掛かり、大顎に噛まれて2人が血飛沫を上げた。
「っ! 10秒、耐えてください!」
モフロウの視覚共有を切って馬車から飛び降りるマリアンナ。間に合わないか、と冷徹な思考が脳裏に過る中、怪我人たちの中に飛び込んだフローレンスの範囲回復が若者たちの傷を即座に癒していく。
マリアンナは地を蹴り、野生の力を纏った素早い動きで蜻蛉をクルリとワイヤーウィップで囲い、次の瞬間、その首を切り落とした。
残りは3体──それらは、アイシュリングが守る馬車に向かって一斉に集っていく。
「わしらの事は置いていけ! 足手纏いにはなりとうない!」
「そうしますか?」
狙われた荷台の老人の叫びに、マリアンナは真顔で訊ね返した。彼女は辺境の中でも特に生きていくのが過酷な地域の出身だった。彼らは死生観とでもいうのか、死というものに対する距離感がまるで違った。弱き者から犠牲になっていくのが当たり前の地獄に生きて来た彼女にとって、それは酷薄というより当然の生命倫理感だった。
「まさか」
答えたのは急ぎ戻って来たフローレンスだった。
「でも、敵は集中してくれた方が守り易いかもしれない」
アイシュリングもそれに続いた。
2人は馬車の荷台の左右に立つと、『ディヴァインウィル』の結界でトンボたちの侵入を阻んだ。悲鳴を上げる老人たちの頭上で、駆けつけたマリアンナとボルディアが蜻蛉を真っ二つにする。
残る一体はアイシュリングが『スリープクラウド』で眠らせたところをひふみによって突き殺された。
巨大ヤンマの襲撃はどうにか犠牲を出さずに乗り越えられた。
●
「これを本当に短時間で組み上げたというのか?」
道に積み上げられた丸太のバリゲードを見上げて、辿り着いた難民軍は呆気に取られて息を吐いた。
これでは報告にあった通り、馬や車では進めない。難民軍は徒歩で乗り越え、前進することにした。食糧を積んだ馬車を奪った時のことを考え、1個小隊程を残して撤去に当たらせる。
「お気をつけて」
その場に残る騎兵小隊長の言葉を、歩兵大隊長は取り合わなかった。既に勝利は確信しており、略奪の事しか頭にない。
斥候を出すこともなく、難民軍は道を進んだ。
暫く行くと、路上に一本の木が倒れていた。
「なんだ? バリゲードを作ろうとして諦めたのか?」
難民軍は無造作に近づいた。次の瞬間、木の陰に潜んでいたハンスの狙撃を受け、先鋒の部隊は慌てて後ろに逃げ出した。
敵が射程内からいなくなると、ハンスは素早く後方へと後退した。
難民軍が先へ進むと同じように木が倒れており……時間を掛けて慎重に近づいていくと誰もいなかったりした。それが何度か繰り返された後、再び狙撃で犠牲者が出た。怒りに燃えて突撃すると、横合いの斜面の上からソフィアと金目の奇襲を受けた。馬で駆け下りながらの『デルタレイ』による一撃離脱──金目が放つ3条の光とソフィアが3つの光球から放つ数十の複雑怪奇な細光線。それは目標に集束するように四方から敵を襲い、敵方に6人の負傷者を出して風の様に走り去る……
「何をしておるか! 敵は小勢。犠牲者が出ても構わん。数に頼って圧し潰せ!」
大隊長の命を受けた先鋒隊が、ハンターたちのゲリラ的襲撃に対して物量で以って応じ始めた。
一斉に放たれる弓矢の豪雨── それを全て躱す術はハンターと言えども持ち合わせていない。
手傷を負い、初めて襲撃を為し得ずに撤退していくハンターたち。意気上がった歩兵たちは追い詰めるべくその後を追う。
斜面に3つの足跡があった。馬を捨てて山へ逃げ込んだのか、と歩兵たちはそちらに向かった。
先鋒隊の二個小隊ほどが山に入ったところで、その場に残っていた歩兵たちに反対側の斜面からハンターたちは奇襲を掛けた。
オレーム山北麓に達したところでは、巨大ヤンマに襲われた。
おまけに水場はハンスの指示を受けた金目によってすっかり破壊されていた。
●
オレーム山、南麓付近。古き遺跡の廃墟が残る枯れ山に通る道──
視覚共有を行った虎猫に遺跡の壁の上に飛び乗らせて。マリアンナはその視界の奥、遠くに煌々と燃え盛る牛の姿を捉えた。
「燃える、牛?」
「そう。燃える牛。自然界の生物ではあり得ませんね」
であれば、歪虚か魔法生物か── 斥候の為、先行させた虎猫が捉えた新たな敵に、ハンターたちは眉をひそめた。
「幸い、先に発見できた敵だ。自分たちだけで先行して討伐すべきじゃないか?」
エアルドフリスが皆に自身の意見を言った。かなりの大型獣らしいから、突進を止められない可能性もある。村人たちと行くのは危険だ。
「でも、全員で行くのも危険よ? さっきの蜻蛉みたいなのが襲ってきたら、兵や若者たちでは対処できない」
フローレンスの懸念はもっともだった。でも、強敵が相手だけに戦力を分散させるのも躊躇われた。
「……撃破しなければ先へは通れないのでしょう? ならば戦力は集中させないと」
話し合いの結果、フローレンス一人を村人たちの護衛に残して、残る全員で『赤い雄牛』に当たることになった。
「マリアンナ。雄牛の所まで俺たちを誘導してくれるか?」
「視覚共有中ですからねぇ……おぶって行ってくれるなら!」
そいつは喜んで、と前に出ようとするエアルドフリスを溜め息交じりの拳骨で封じ、ボルディアが背負って先へと進む。
マリアンナの誘導に従って先に進むと、虎猫の視界の中の燃え盛る雄牛が反応した。そのままハンターたちがいる方へ駆け出し、加速を掛ける赤い雄牛。どうやらハンターたちの大きな正のマテリアルに反応しているらしい。
「戦闘準備」
後衛に立つエアルドフリスとアイシュリングの魔術師コンビ。霧絵もまた突撃銃を構えて周囲をグルリと警戒する。
前衛はひふみとボルディア。そして、「来ます!」と叫んで視覚共有を解除したマリアンナがワイヤーウィップを手に前に出る。
「BMOOOOoooow……!」
周囲に陽炎を揺らめかせ、黄昏時の廃墟の壁を赤く染めつつ姿を現す『赤い雄牛』。同時に、壁の上に腕で保持した銃を乗せた霧絵がフルオートで『制圧射撃』を実施する。
連射音と共に放たれた銃弾の豪雨を、だが、ものともせずに押し通る雄牛の突進。ひふみとマリアンナと共にアイシュリングがその側方へと回り込みに掛かり、中央にはボルディアを先頭に霧絵とエアルドフリスが残る。
「均衡の裡に理よ路を変えよ。天から降りて地を奔り天に還るもの、恩恵と等しき災禍を齎せ!」
可視化した見えざる雨滴が魔術師の前面で集まり水の球となり、詠唱と共にそれを礫として撃ち放つ。直撃し、苦痛の叫びを上げる雄牛。予想通り水属性の攻撃は奴に効く。
その隙を逃さず距離を詰める前衛組。馬耳尻尾にポニーテールを風になびかせ素早く槍を繰り出すひふみ。敵左側面から突き出された竜の鱗すら貫く鋭鋒は敵の肉を切り裂きつつ、しかし、硬い肋骨に弾かれ、逸らされる。
反対側の敵右方からは炎に照らされた異国装束のマリアンナ。敵の炎を背景に宙を踊った漆黒のワイヤーが敵前肢の肉を裂くが分厚い筋肉に阻まれる。
放たれる反撃の火炎弾。白熱化した四つの炎弾が周囲を真昼の如く染め上げて──その悉くをハンターたちは避け切った。
更に敵の後ろに回り込むアイシュリング。ボルディアはそちらに敵の目が向かぬよう、真正面から突っ込んだ。常人には振るどころか持つのも難しい巨大な斧──それを敵にも負けぬ紅蓮の炎に身を包んだボルディアが、まるで同時と見まがう一連の速度で振り下ろし、そして振り上げる。
1回目の攻撃は雄牛の肩甲骨を砕いた。続けて跳ね上げた一撃は雄牛の角を1本、砕いた。それでも雄牛は倒れなかった。ゼロ距離からの突進を、女戦士は斧の柄で以って受け止めた。踏ん張った靴底が大地を削り、彼女は20m以上も押し込まれた。それでも彼女は敵の正面から避けず、怪力で無理矢理踏ん張った。
「一撃がくっそ重ぇなあ、ええ、おい! あの連撃にも耐え切るとかよ!」
雄牛の炎が肌を焼く。ボルディアは笑っていた。戦いって奴はこうでなけりゃ。やっぱり俺にはこういうシンプルなドツキ合いが性に合っている。
「エアルドフリス! このまま俺ごと氷を撃てェ!」
「! 凍えちまうぞ!? そうなったらこの後の戦闘に影響が……!」
「んなしょんべんみたいな冷気、今の俺様に効くかぁ!」
(屈辱! だけど……!)
エアルドフリスは呪文の詠唱と共に前方に手を振ると、敵を中心にした地面に樹枝六花な魔法陣を浮かび上がらせた。そして、その上部の空間に無数の氷晶の針が嵐となって吹き荒れる。
魔法は強かに獣へダメージを与えた。ボルディアは凍えなかった。雄牛もまた同様に。
霧絵が口笛を吹き、手信号で合図を出した。牛の両翼に位置するひふみとマリアンナが応じて、スペースを空ける。
『クイックリロード』で素早く弾倉を交換した霧絵が再び『制圧射撃』を放った。再度の銃弾の豪雨に晒された雄牛の動きが一瞬、停止した。
「いい加減に……沈め……ッ!」
背中でクルリと回した槍を上段から振り下ろし、『龍喰らう黒狼』を放つひふみ。炎爪の如き一撃に背骨を痛打されながら、しかし、雄牛はまだ倒れない……!
「援護します」
敵の背後を取ったアイシュリングが、敵の縦軸を射抜くように『ライトニングボルト』を使用した。上り始めた月光を背に放たれる魔力の雷(イカヅチ)。属性の不利を補って尚、多段攻撃が雄牛を貫く。
「均衡の裡に理よ路を変えよ……」
エアルドフリスが詠唱を開始した。応じたボルディアが斧の柄で雄牛の顎を持ち上げ始めた。マリアンナもまたワイヤーを角に巻き付け、思いっきり後ろに引き倒した。
雄牛の上体が上がり、2本足で立つ格好となった。魔術師の呪文が完成した。
「生命識る円環の智者、汝が牙もて氷毒を巡らせよ!」
エアルドフリスの周囲にのみ降る雨が空中で凍結し、氷の蛇となって放たれた。
その一撃は雄牛の『急所』を貫き、腹を穿って凍結させた。
●
一行はオレーム山の難所を越えた。難民軍は彼らに追いつくこともなく、村一つを焼いただけで何も得ることなく、さんざんハンターたちに嬲られただけで正規の任務へと戻っていった。
ユト村の人々はハンターたちに溢れんばかりの感謝の意を伝えるとフィンチ子爵領を離れて新天地を目指し旅立った。
彼らの戦いは、これからが本番だった。
緩やかな斜面の道を上り来る無数の馬車牛車手押し車と人の列── その隊列の中、こちらに気付いた旅装束の村娘が、「おーい!」と手を振りながら笑顔でこちらに駆けて来る。
「おや! こりゃあ行きに世話になったユト村のお嬢さんじゃあないか! また逢えるとは縁があるに違いない! ……しかし、これはどういう有様だね。まるで村ごと夜逃げみたいな」
村娘は人気があるのだろう。村の若い衆たちにジト目を向けられながら、どこ吹く風で軽~く訊ねるエアルドフリス(ka1856)。天然の村娘はあっけらかんと自分たちが置かれた事情を話した。
「……私たちが山に行っている間に、随分と状況が変わったようね」
「元は難民とは言え、そこまでやればもう盗賊と変わりないな」
村娘の明るさに戸惑いながら、その深刻な内容に厳しい表情で眉を顰める鍛島 霧絵(ka3074)と久瀬 ひふみ(ka6573)。
(難民が賊となって村を襲い、その村人もまた難民となる、か…… 双方ともに生きる為に出来ることをしているだけなのだろうけど……)
どこか気怠げな表情を変えぬまま、手で頭を押さえて、金目(ka6190)。……ただ、村を捨てるという決断は勇気のいるものだったはずだ。それを支援したくは思う。
「支配者の横暴と無責任のために、領民が故郷を捨てる…… 理不尽なことね。せめて無事に山を越えられるよう、力を尽くしましょう」
アイシュリング(ka2787)が淡々と、だが、常より力強く自分の意思を表明する。ハンターたちは驚いた。それは先の護衛依頼中にも殆ど見かけたことの無いものだった。
(確かに由々しき事態だとは思うけど……)
マリアンナ・バウアール(ka4007)は、まず村長と教授たちにオレーム山の地形や植生、予想されうる脅威などについて訊ねた。──自分たちにはこの辺りの土地勘がまるでない。依頼が達成できそうかどうか、判断するのはその後だ。
「この時期のオレーム山は、枯れ木が山を賑わしている感じゃな。道は山や谷の間を抜けるような感じできつい斜面は殆どなく、馬車や荷車でも移動し易い」
「この辺りを走る石畳の道は古代王国時代のもので、今の時代のものと比べてもよっぽど上質だ。道中には旅人の為の水場も整備されていて、水の補給に困ることもないだろう」
ただし、遺跡の近辺の水場には手を付けない方が無難だろう──問われた村長と教授が口をそろえた。どんな魔法公害があるか分かったものではないからだ。
「魔法公害…… ってことは、雑魔や魔法生物が出現する可能性もあるってことですね」
「気楽なフィールドワークと思ってたら……やれやれですよぉ」
マリアンナの指摘に、ソフィア =リリィホルム(ka2383)がおどけて肩を竦めて見せた。見た目は明朗快活な健康的ドワーフ少女──しかし、その内心では半眼で盛大に舌を打っている。
(楽して稼げると思っていりゃあ…… つっても、見殺しにすんのも目覚めが悪ィからな……)
ハンターたちの総意は纏まった。返事を固唾を飲んで待ち受ける村人たちに、霧絵は若干ぎこちない笑顔で告げた。
「皆が揃って避難できるよう、頑張らせてもらうわね」
●
改めて避難の為の準備が始まった。
マリアンナは村人たちの中から若く屈強な者たちを選抜すると、長柄の武器の代わりとなりそうな鋤や鍬を渡し、いざという時に村人たちを守る『最後の砦』として隊列外縁部に配置させた。
「まあ、そんな事態にならないよう警護しますけど、一応ね」
そう言ってウィンクして見せるマリアンナに、猛り、或いは怯えながら喊声を上げる若者たち。そんな彼らにくるりと背を向けると、マリアンナはそれ以外の女子供には隊列の中程に──ハンターたちがいつでも駆けつけられる位置に纏まっておくよう指示を出した。彼女たちには武器を持たないよう、徹底して言い含めておいた。パニックに陥った素人ほど怖いものはないからだ。
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は、村へ続く道の上に設置する障害物を作っていた。
全長250cmを超える巨大な長柄の斧を軽々と振るい、周囲に生えた枯れ木を切り倒して何本かをロープで纏め、マテリアルの力を全身に巡らせながら肩へと担ぎ上げ、道の真ん中に下ろして道を塞ぐバリゲードとする。
「まだまだこんなもんじゃねーぞ! 難民軍を防ぐにはもっともっと積み上げねーと!」
手伝いに来た兵士たちに作業を指示するボルディア。だが、内心はその快活な表情に反して暗い。
(チッ、クソが…… なんで人間同士で殺しあわなきゃならねぇんだよ……)
「まずはこの明らかに過剰な荷物よね」
村人たちが持ち出して来た山盛りの荷を見上げて、フローレンス・レインフォード(ka0443)は腰に手を当て、溜め息を吐いた。
「荷物は必要最小限に。余分な物はここで捨てていって。これは『引っ越し』ではないの。まずはそれを理解して頂戴」
その物言いにざわつく村人たち。好意的とは言い難い視線が幾つもフローレンスに突き刺さる。
反発は想定内だった。フローレンス自身、妹共々故郷を出奔せざるを得なかった過去があり、彼らの気持ちは痛いほどよく分かる。
だが、それでも言わないわけにはいかなかった。荷物が文字通りの重荷となって追いつかれるような事になれば、それこそ目も当てられない。
「あなたたちは、自分たちがどれだけ危機的な状況にいるのか、まだ理解をしてないの?」
フローレンスは魔導拡声器で一喝した。村人たちは押し黙ったが、反発はより大きくなったようだった。
そんな村人たちを手で制し、村長が前に出た。彼らの気持ちを代弁する為だった。
「お若いの。わしらはこれから故郷を捨てて、知らぬ土地に移り住まねばならん。先祖代々受け継ぎ、土を弄り続けて来た畑を捨てて、また新たに痩せた土地を一から開墾していかねばならん。そして、その間もわしらは喰っていかねばならん」
村長の言葉に村人たちの間から幾つも賛同の声が上がった。農具を捨ててしまったら、再び買えるかも分からない。余分が無ければ売って金にすることもできない。新しい土地でまともに収穫できるようになるまで何年かかるか分からない。或いはまた土地を捨てねばならなくなるかもしれない。
「……根無し草にわしら農民の気持ちは分からん」
ポツリと農民の一人が言う。エアルドフリスがそれを聞いて、慌てて両者の間に入った。このままでは感情的に拗れてしまう。そう判断してのことだった。
「……頼むよ。難民軍に追いつかれたら酷いことになる。それが分かっているからこそ、先祖伝来の土地を捨ててこうして逃げて来たんだろ? ……移動速度を上げる為にも、荷物を減らすことは避け得ない。生き延びる為に」
「……私たちは依頼を引き受けた。引き受けた以上、無責任なことはできないし、言えない」
エアルドフリスに続いて、フローレンスが静かに頭を下げた。
「私たちはハンターだけど、全知全能でもなければ万能無敵なわけでもない。今日を生きて明日を掴む為には、全てを望むことはできないの。……私たちは貴方たちを守り切りたい。この両の手を、想いをどうか届けさせて」
フローレンスの言葉に、農民たちは文句を止めた。そして、渋々だが荷を減らす指示を受け入れた。
ハンターたちはまず、村人たちが積み込んだ荷物の内、かさばり、後々再飼育がし易いと思われる鶏の籠と養蜂箱を出来うる限り減らさせた。冬越し用の食糧と種籾には手を付けず、果実の山はその場で食べさせ、食べきらない分は廃棄させた。
農具も必要最小限を残して全て廃棄させた。服とか食器とか家具等も、余分な物は皆捨てさせた。
農耕用の牛馬に関しては、農民たちが断固拒否をした。牛馬は荒れ地を開墾するには欠かせぬ労働力であり……非常食でもある。
そうして空いた馬車や荷車の荷台には、体力の無さそうな者たちを優先的に割り振った。
「……ご老人や病人、身体の不自由な方、小さい子供たちは馬車や牛車に乗せること。家族や親族、若い人たちは介添えをお願い」
どこかぽや~とした雰囲気のある佇まい(農民談)で淡々と呼びかけながら、アイシュリングが馬車と一緒に村人たちの間を回る。
「あの…… 油をお持ちであれば分けていただけますか? それと、要らない布と桶もあると助かるのですが」
金髪碧眼に和装の着流しという珍しい恰好をしたハンス・ラインフェルト(ka6750)が、荷物の整理を続ける村人たちに声を掛けた。
何が楽しいのかにこにこ笑うハンスに若干、引きながら、村人たちは皆で出し合い、瓶一個分というそこそこ大量の油を用意した。
「いったい何に使うつもりだね?」
「……いえ、奴らを足止めする為に、使えるものは全て使ってしまおうかと」
変わらぬ笑みで答えるハンスにゾクリとする何かを感じて、村人たちは押し黙る。
では、と瓶を担いで歩み去るハンス。最後に、あ、と何かに気付いて、振り返ってこう訊ねた。
「ところで村の肥置き場ってどの辺りにありますかね?」
●
「報酬、用意して待っててくださいよっ!」
馬上から村人たちに手を振り、出発したソフィアを初め、金目、ハンスの3人のハンターたちは、迫る難民軍の様子を探るべく、ユト村へと辿り着いた。
村に近づいた辺りで馬から降り、近場の丘の稜線の陰から村の様子を確認する。
難民軍はまだ村に到着していないようだった。馬を走らせて来た分、こちらが先着できたのかもしれない。
「……さて、それではどうしましょうか」
双眼鏡を下げ、金目が方針を相談すべく振り返る。
ハンスは無言で持って来た油の瓶を撫でた。ソフィアは五色の発煙筒を両手の指に挟んでニカッと笑い、金目はああ、とその意図を理解する。
「火と煙で混乱を誘う、か。なるほど……」
3人はすぐにそれぞれ別のルートで村の中へと侵入すると、難民軍を足止めする為の工作を開始した。建物は石造りだった為、茅葺の屋根や残された家具に油を沁み込ませた。
更にハンスはそうした家の中に食べ物(果実)の箱を置いて、誘導する罠まで仕掛けた。その上、肥溜めから汲み取った糞尿を村の井戸という井戸にぶち込んだ。
「……そこまでやるんですか?」
「難民軍? ただの野盗でしょう? 私は野盗を人だと思ったことはありません。奴らには乾いていただきましょう」
策を徹底するハンスに何も言えず、周囲の警戒に戻る金目。その双眼鏡が北の道から立ち上る土煙を捉え、彼は屋根の上に身を伏せた。
(来たか……!)
金目はすぐに屋根の上から飛び降りると、魔導スマホをコールしてソフィアとハンスにそれを報せた。
すぐに外が騒がしくなり、戦勝のどんちゃん騒ぎと共に難民軍が村への侵入を始めた。すぐに村に散って略奪を始める兵士たち──既に村がもぬけの殻だと気付くのに、それほど時間は掛かるまい。
ギリギリまで罠を仕掛けていたソフィアが、作業を終えて家を出て…… 瞬間、何かとぶつかって、家の中へと押し戻された。
出会い頭にぶつかった相手は難民軍の兵士だった。兵士は人が残っていたことに驚きながらも、すぐに下卑た表情を浮かべた。
「女だ……!」
その声にビクッと身体を震わせ、後ずさるソフィア。左右に視線を振って逃げ場のないことを確認し、怯えた瞳で兵を見上げる。脂ぎった視線でソフィアの身体を舐めるように近づいてきた男に腕を掴まれ、少女は「やっ」と悲鳴を上げて──直後、股間を蹴り上げられた男がより大きな悲鳴を上げて跳び上がった。
「フン。わたしとナニしようなんざ50年はえーよ」
芝居を止め、股間を押さえて蒼白になった男の右腕を取り、捻りながらの逆一本で肘の関節を破壊しつつ、背中から地面へと叩きつけ。悶絶する男を忌々し気に見下ろしながら、その脚へ踵を落として容赦なく骨を踏み砕く。
溜飲を下げたソフィアが家の外に出ると、ちょうど頭上をハンスの火矢が飛び過ぎて行くところだった。
村の南の外れの家屋の屋根上に陣取ったハンスは、村内に次々と自作の火矢を放っていた。着火の指輪で火矢に火を点け、和弓に番えて引き絞り、油を仕掛けた家の屋根を狙って、放つ。
瞬く間に炎が立ち上がり、もうもうと黒煙が上り始める。ハンスは難民兵たちが果物を貪っている家々にも容赦なく火を点けていった。ソフィアに骨を折られた男の悲鳴に兵が集まって来たところに火矢を放ち、わらわらと逃げ散る様と揺らめく炎に、口の端に愉悦の微笑が浮かぶ……
「罠だ! 火を放たれた! 食糧倉庫が燃えているぞ! すぐに消せ!」
「敵だ! 伏兵だ! いったん村の外へ逃げろ!」
家々の裏手を駆け抜けながら、ソフィアは難民兵たちの混乱を助長するべく叫んで回りつつ、罠を仕掛けていない家々にも次々と発煙筒を投げ込んだ。
金目もまた発煙筒を投げ込みながらソフィアと合流。ハンスの所へと離脱する。
(できれば、相手の移動手段は潰しておきたかったところだけど仕方がない。これ以上は敵の『数』に呑まれる)
金目は屋根上のハンスにも撤収を促すと、丘の上へと戻って馬に飛び乗った。
目敏くそれに気づく者がいた。その騎兵小隊の隊長は自身の部下たちに命令を発すると、騎乗してハンターたちを追い始めた。
3人のハンターたちはバリゲードに辿り着いた。3人が通過すると、ボルディアが最後の丸太で入り口を塞いだ。
追いかけて来た騎兵たちは、バリゲードのずっと手前で馬を停止させた。崖(上)と崖(下)の間の道は積み上げられた丸太で封鎖されていた。歩兵であれば乗り越えられない量ではないが、馬や車輪での移動は撤去しない限り無理だろう。
「お前たちは何者だ?!」
「ユト村の人々に雇われたハンターですよ」
よっこいしょ、とバリゲードの上に立った金目が敢えてこちらの正体を告げると、相手は予想通りざわついた。
「この道の先には肉食獣のうろつく山がある。歪虚や魔法生物の蠢く遺跡もある。……正直、軍隊にでも追われていない限り、一般人が通るのはおススメしないな。そこを通り抜ける為に僕たちは雇われた」
金目は更に自分たち以外の脅威を告げて、難民軍の翻意を促した。このまま帰ってくれれば楽なんだけどなぁ…… と心の底からそう思う。同時に、そうもいかないだろうなぁ、と達観をしてもいる。
「君たちは土地を得た。春になればその恵みを得ることが出来るだろう。ユト村の皆が汗を流して拓いた、何物にも代えがたい土地だ。だが、もしあなた方がこれ以上、彼らから何かを奪おうというのなら…… その時は僕らも容赦はしない」
騎兵小隊長と金目の視線が暫し交差して……騎兵たちが戻っていく。
金目はやれやれと肩を竦めた。……冷静な隊長さんだ。やだなぁ。次はきっと大勢で押し寄せて来るよ……
●
その頃、出発したユト村の一行はオレーム山の北麓に到達していた。
「大休止ー! 大休止ー! 皆、急いで昼ご飯を食べてしまってくださーい!」
馬上で護衛についていた霧絵が、隊列の前から後ろへ、報せながら駆けていく。
応じて、人々の歩みが止まった。
子供や老人たちを乗せた馬車と共に歩いてきたアイシュリングが、馬にそっと近づいて「ご苦労様」と首を撫でる。
「やっと休憩か……」
ホッと息を吐きながら、食事の準備を進める村人たち。その内容は、すっかり硬くなったパンに、チーズと干し肉の一欠片。出発前に拾い集めた木の実に、砂糖不使用のビスケット──
「せめて卵や蜂蜜があれば……」
見回りの途中、そこかしこで村人たちからの恨みがましい視線に晒されて、すっかり嫌われてしまったわね、とフローレンスが寂し気に苦笑する。
霧絵は見回りの途中で、一人の老婆に気付いて声を掛けた。健脚なのか荷馬車に乗らず、しかも背負った荷物は山の様で……
「だ、大丈夫ですか?」
「そう思うなら少しはその馬に乗せておくれよ!」
「いえ、この馬はいざという時、どこにでも駆けつけられるように軽荷にしておかないと……」
すったもんだあった末、霧絵は長い昔話に付き合わされた。
夫はずっと昔に流行り病でポックリ逝ってしまったこと。子供はいなかったこと。今ではやかましいばあさんとして厄介者扱いされていること……
アイシュリングが馬車の荷台で老人たちとお茶を飲んでいる時。バリゲードを作り終えたボルディアとエアルドフリスが、接敵の情報と共に戻って来た。
金目、ソフィア、ハンスの3人は引き続き遅滞戦闘の為に残っている──村人たちに聞かれぬよう短電話でそう知らされたアイシュリングは、バリゲード組の2人と共に帰って来た髭面の隊長に静々と歩み寄り、こう訊ねた。
「……どこかでこちらの進路を偽装することはできないかしら? 例えば、こちらの目的が山越えではなく、山中に潜むことだと錯誤させるような足跡を残すとか」
隊長はうーんと頭を捻った。足跡を残したとして、それを信憑性のあるレベルにまでもっていけるかどうか……
「これだけの規模の集団の足跡を偽装するとなるとなぁ」
「やっぱり時間が足りない?」
「ああ。誘導が目的であれば、すぐに引き返されちゃ意味がないだろ? そこそこ深く山中に入って、大勢の足跡を残すとなると……」
アイシュリングは小首を傾げた。数秒経ってから、考えている仕草か、と隊長は気が付いた。
「……少数で、そんなに深く山に入らなくても良いかもしれない。分断、とまでは言わずとも、ちょっと混乱させることができれば……」
子供たちがボルディアを見ている。大勢で集まって、ジッと見ている。
その手には、ポケットから取り出したチョコレート──いつでもカロリーを摂取できるよう、いつも何枚かは常備している。
「……食うか?」
尋ねた瞬間、子供たちの表情がパアッ……! と輝いた。
あっという間にその数は増え、全員に分ける為に1欠片ずつ割ってやった。
久方ぶりに見かける笑顔だった。……大人たちの様子から、子供たちも只事ではない事態だということを理解しているのだろう……
できれば夜までに山を越えたい。でも、無理をさせるわけにもいかない── 昼の大休止を告げる声を聞いた時、ひふみは葛藤の只中にあった。
助けたい。皆を無事に安全な地へ送り届けたい。その為には急ぎたい。でも、それは叶わない──!
知恵熱が出るほど考え込んだひふみが出した結論は、私が皆を守ればいいんだ! という残念なものだった。
村人たちには指一本触れさせない── 覚醒し、犬耳尻尾をピンと立てて常に『超聴覚』で周囲を警戒し始めるひふみ。
「気を張り詰めすぎじゃない? そんなんじゃ最後までもたないよ!」
突然、背後から声を掛けられ、ひふみはぴゃっ! と跳び上がった。振り返ると、同い年くらいの女の子が立っていた。
「ななななぜ私が気を張っていると?」
「おんなじだから」
少女はひふみの頭の上を──犬耳を指さした。そして、少女の傍らには飼い犬と思しき犬がいた。
それが縁で、ひふみと少女は一緒にお弁当を食べた。そして、色んな話をした。
自分もずっと住んでいた場所から突然、この世界に飛ばされてしまった。それでも、なんとかここまでやって来れた。……この村の人たちもそうあってほしい。
「山を越えるまでは私たちがあなたたちを必ず守る。だからもう少しだけ頑張って欲しい」
にこにこと笑顔で頷く少女に、どこか照れ臭そうに、ひふみ。
その耳が、ブ……と微かな異音を捉えた。何か空気が震えるような……そう、扇風機か何かが回っているような音が、どこからともなく、遠くから……
ひふみは再び覚醒すると犬耳をひょこっと立てた。そして『超聴覚』でその正体を探ろうとした。
音源は複数だった。まだ距離はあるものの、多方向からこちらに向かってその距離を詰めつつある。
「『音』が近づいてくる。警戒を」
ひふみは少女に隊列に戻るよう声を掛けると、滅竜槍の穂鞘を外し、隊列の前に出た。
老婆の話し相手(マシンガントークの主に聞き役)になっていた霧絵もまた馬上に跳び戻り、高所から『直感視』で周囲を見渡した。
……枯れススキの原、ギリギリの所に、複数の蜻蛉が飛んでいるのが見えた。……蜻蛉? 蜻蛉か? 見る限りかなりの距離があるのに、この大きさ。実体は2mくらいはあるんじゃないか? それが2体、3体とホバリングしながらこちらをジッと指向している。
「大型の蜻蛉を確認した。数は不明。左右から接近して来る。襲撃の可能性が大」
棹桿を引いて装弾しながら、自動小銃を構えて、霧絵。
「『巨大ヤンマ』だ……!」
蜻蛉と聞いたエアルドフリスが叫んだ。村長から予め聞いていた情報によれば、それはホバリングも可能な機動性の高い飛行敵。その性質は肉食で獰猛。狩り易い獲物を狙って襲う習性がある。
「敵襲だ! 休憩中止! 襲撃に備えろ!」
警告を発するエアルドフリス。大休止中の遭遇に村人たちが慌てて立ち上がる。
「そんな! モフロウで空から見た時には何もいなかったのに……!」
視覚共有して事前に空から進路を先行偵察していたマリアンナが慌ててモフロウを引き返させた。……恐らく獲物が近場に侵入してきた時だけ動き出すタイプの敵なのだろう。草の中に止まっていたなら見逃しても無理はない。
マリアンナは改めて空から戦場を見下ろした。そして敵勢を確認した。
「数は12! 左右から6体ずつ接近してきます!」
頭上からの視覚を維持したまま、報告するマリアンナ。
一定距離まで近づいた蜻蛉たちが加速した。射程に入った瞬間、霧絵が指切りの三点射で迎撃したが、蜻蛉はその銃撃を素早いジグザグ機動で回避した。
紅蓮のオーラを噴き上げながら、村人たちの壁となるべく前へと飛び出し『マッスルトーチ』を焚くボルディア。しかし、虫には彼女が持つ筋肉美も艶やかさも(その破壊力も)理解できない。
「我均衡を以て均衡を破らんと欲す。理に叛く代償の甘受を誓約せん――灰燼に帰せ!」
不可視の雨に打たれながら『蒼炎獄』を放つエアルドフリス。放たれた蒼い炎は4体の蜻蛉たちを球状に取り囲み、直後、内側に向かって雨の如く降り注いだ炎の矢が2体の蜻蛉を直撃して粉々に吹き飛ばす。
だが、残る2体はその炎の豪雨を突破した。球状の炎に空いた穴から飛び出し、列に迫る。
霧絵はふぅ、と息を吐くと、集中して狙い澄ました。そして、2匹が直線状に並んだ瞬間、引き金を引き絞り、『ハンドバレット』──発射した弾丸をマテリアルで操り、まるで漫画みたいな変則的な軌道で鋭角的に飛ばしながら、2体を計2回ずつ正確に貫き、撃ち落とす。
「走って! 一気にここを突破する! 慌てる必要はないから、足の遅い人たちのことを気にかけてあげて!」
背後の村人たちに呼びかける霧絵。大荷物の老婆がマリアンナによって馬車の荷台に引っ張り上げられるのを見てホッとして。迫る蜻蛉に振り返ってフルオートの『制圧射撃』で動きを止めつつ、他の2体に火を点けた魔導焙烙玉を投擲して吹き飛ばし。弾切れの突撃銃を捨ててリボルバーを引き抜くと、隊列に近接してきた蜻蛉に向けて立て続けに発砲する……
ハンターたちの迎撃網を抜けて隊列に達する蜻蛉たち。ボルディアとひふみが振るった長柄の斧と滅竜槍を、蜻蛉らしい左右の素早い飛行で回避し、防衛線を突破する。
「逃がすかよ……ッ!」
背後へ抜けた蜻蛉たちを振り返り、ボルディアが大きく腕を振るう。赤熱した腕から放たれた幾条もの炎の鎖が逃げる蜻蛉を檻となって取り囲み。村人たちを守るべく追い縋って再び敵の前へと立ったひふみが滅竜槍に黒き炎を纏わせ、炎爪の如き一撃を大上段から振り下ろし、炎の檻に捕らわれた蜻蛉を真っ二つに断つ。
再びのエアルドフリスの爆炎── 今度は3体中1体が消し飛んだ。
残る4体は村人たちの隊列の中に突っ込んだ。若者たちがそれを阻みに掛かり、その内2体が彼らが突き出す穂先を掻い潜って襲い掛かり、大顎に噛まれて2人が血飛沫を上げた。
「っ! 10秒、耐えてください!」
モフロウの視覚共有を切って馬車から飛び降りるマリアンナ。間に合わないか、と冷徹な思考が脳裏に過る中、怪我人たちの中に飛び込んだフローレンスの範囲回復が若者たちの傷を即座に癒していく。
マリアンナは地を蹴り、野生の力を纏った素早い動きで蜻蛉をクルリとワイヤーウィップで囲い、次の瞬間、その首を切り落とした。
残りは3体──それらは、アイシュリングが守る馬車に向かって一斉に集っていく。
「わしらの事は置いていけ! 足手纏いにはなりとうない!」
「そうしますか?」
狙われた荷台の老人の叫びに、マリアンナは真顔で訊ね返した。彼女は辺境の中でも特に生きていくのが過酷な地域の出身だった。彼らは死生観とでもいうのか、死というものに対する距離感がまるで違った。弱き者から犠牲になっていくのが当たり前の地獄に生きて来た彼女にとって、それは酷薄というより当然の生命倫理感だった。
「まさか」
答えたのは急ぎ戻って来たフローレンスだった。
「でも、敵は集中してくれた方が守り易いかもしれない」
アイシュリングもそれに続いた。
2人は馬車の荷台の左右に立つと、『ディヴァインウィル』の結界でトンボたちの侵入を阻んだ。悲鳴を上げる老人たちの頭上で、駆けつけたマリアンナとボルディアが蜻蛉を真っ二つにする。
残る一体はアイシュリングが『スリープクラウド』で眠らせたところをひふみによって突き殺された。
巨大ヤンマの襲撃はどうにか犠牲を出さずに乗り越えられた。
●
「これを本当に短時間で組み上げたというのか?」
道に積み上げられた丸太のバリゲードを見上げて、辿り着いた難民軍は呆気に取られて息を吐いた。
これでは報告にあった通り、馬や車では進めない。難民軍は徒歩で乗り越え、前進することにした。食糧を積んだ馬車を奪った時のことを考え、1個小隊程を残して撤去に当たらせる。
「お気をつけて」
その場に残る騎兵小隊長の言葉を、歩兵大隊長は取り合わなかった。既に勝利は確信しており、略奪の事しか頭にない。
斥候を出すこともなく、難民軍は道を進んだ。
暫く行くと、路上に一本の木が倒れていた。
「なんだ? バリゲードを作ろうとして諦めたのか?」
難民軍は無造作に近づいた。次の瞬間、木の陰に潜んでいたハンスの狙撃を受け、先鋒の部隊は慌てて後ろに逃げ出した。
敵が射程内からいなくなると、ハンスは素早く後方へと後退した。
難民軍が先へ進むと同じように木が倒れており……時間を掛けて慎重に近づいていくと誰もいなかったりした。それが何度か繰り返された後、再び狙撃で犠牲者が出た。怒りに燃えて突撃すると、横合いの斜面の上からソフィアと金目の奇襲を受けた。馬で駆け下りながらの『デルタレイ』による一撃離脱──金目が放つ3条の光とソフィアが3つの光球から放つ数十の複雑怪奇な細光線。それは目標に集束するように四方から敵を襲い、敵方に6人の負傷者を出して風の様に走り去る……
「何をしておるか! 敵は小勢。犠牲者が出ても構わん。数に頼って圧し潰せ!」
大隊長の命を受けた先鋒隊が、ハンターたちのゲリラ的襲撃に対して物量で以って応じ始めた。
一斉に放たれる弓矢の豪雨── それを全て躱す術はハンターと言えども持ち合わせていない。
手傷を負い、初めて襲撃を為し得ずに撤退していくハンターたち。意気上がった歩兵たちは追い詰めるべくその後を追う。
斜面に3つの足跡があった。馬を捨てて山へ逃げ込んだのか、と歩兵たちはそちらに向かった。
先鋒隊の二個小隊ほどが山に入ったところで、その場に残っていた歩兵たちに反対側の斜面からハンターたちは奇襲を掛けた。
オレーム山北麓に達したところでは、巨大ヤンマに襲われた。
おまけに水場はハンスの指示を受けた金目によってすっかり破壊されていた。
●
オレーム山、南麓付近。古き遺跡の廃墟が残る枯れ山に通る道──
視覚共有を行った虎猫に遺跡の壁の上に飛び乗らせて。マリアンナはその視界の奥、遠くに煌々と燃え盛る牛の姿を捉えた。
「燃える、牛?」
「そう。燃える牛。自然界の生物ではあり得ませんね」
であれば、歪虚か魔法生物か── 斥候の為、先行させた虎猫が捉えた新たな敵に、ハンターたちは眉をひそめた。
「幸い、先に発見できた敵だ。自分たちだけで先行して討伐すべきじゃないか?」
エアルドフリスが皆に自身の意見を言った。かなりの大型獣らしいから、突進を止められない可能性もある。村人たちと行くのは危険だ。
「でも、全員で行くのも危険よ? さっきの蜻蛉みたいなのが襲ってきたら、兵や若者たちでは対処できない」
フローレンスの懸念はもっともだった。でも、強敵が相手だけに戦力を分散させるのも躊躇われた。
「……撃破しなければ先へは通れないのでしょう? ならば戦力は集中させないと」
話し合いの結果、フローレンス一人を村人たちの護衛に残して、残る全員で『赤い雄牛』に当たることになった。
「マリアンナ。雄牛の所まで俺たちを誘導してくれるか?」
「視覚共有中ですからねぇ……おぶって行ってくれるなら!」
そいつは喜んで、と前に出ようとするエアルドフリスを溜め息交じりの拳骨で封じ、ボルディアが背負って先へと進む。
マリアンナの誘導に従って先に進むと、虎猫の視界の中の燃え盛る雄牛が反応した。そのままハンターたちがいる方へ駆け出し、加速を掛ける赤い雄牛。どうやらハンターたちの大きな正のマテリアルに反応しているらしい。
「戦闘準備」
後衛に立つエアルドフリスとアイシュリングの魔術師コンビ。霧絵もまた突撃銃を構えて周囲をグルリと警戒する。
前衛はひふみとボルディア。そして、「来ます!」と叫んで視覚共有を解除したマリアンナがワイヤーウィップを手に前に出る。
「BMOOOOoooow……!」
周囲に陽炎を揺らめかせ、黄昏時の廃墟の壁を赤く染めつつ姿を現す『赤い雄牛』。同時に、壁の上に腕で保持した銃を乗せた霧絵がフルオートで『制圧射撃』を実施する。
連射音と共に放たれた銃弾の豪雨を、だが、ものともせずに押し通る雄牛の突進。ひふみとマリアンナと共にアイシュリングがその側方へと回り込みに掛かり、中央にはボルディアを先頭に霧絵とエアルドフリスが残る。
「均衡の裡に理よ路を変えよ。天から降りて地を奔り天に還るもの、恩恵と等しき災禍を齎せ!」
可視化した見えざる雨滴が魔術師の前面で集まり水の球となり、詠唱と共にそれを礫として撃ち放つ。直撃し、苦痛の叫びを上げる雄牛。予想通り水属性の攻撃は奴に効く。
その隙を逃さず距離を詰める前衛組。馬耳尻尾にポニーテールを風になびかせ素早く槍を繰り出すひふみ。敵左側面から突き出された竜の鱗すら貫く鋭鋒は敵の肉を切り裂きつつ、しかし、硬い肋骨に弾かれ、逸らされる。
反対側の敵右方からは炎に照らされた異国装束のマリアンナ。敵の炎を背景に宙を踊った漆黒のワイヤーが敵前肢の肉を裂くが分厚い筋肉に阻まれる。
放たれる反撃の火炎弾。白熱化した四つの炎弾が周囲を真昼の如く染め上げて──その悉くをハンターたちは避け切った。
更に敵の後ろに回り込むアイシュリング。ボルディアはそちらに敵の目が向かぬよう、真正面から突っ込んだ。常人には振るどころか持つのも難しい巨大な斧──それを敵にも負けぬ紅蓮の炎に身を包んだボルディアが、まるで同時と見まがう一連の速度で振り下ろし、そして振り上げる。
1回目の攻撃は雄牛の肩甲骨を砕いた。続けて跳ね上げた一撃は雄牛の角を1本、砕いた。それでも雄牛は倒れなかった。ゼロ距離からの突進を、女戦士は斧の柄で以って受け止めた。踏ん張った靴底が大地を削り、彼女は20m以上も押し込まれた。それでも彼女は敵の正面から避けず、怪力で無理矢理踏ん張った。
「一撃がくっそ重ぇなあ、ええ、おい! あの連撃にも耐え切るとかよ!」
雄牛の炎が肌を焼く。ボルディアは笑っていた。戦いって奴はこうでなけりゃ。やっぱり俺にはこういうシンプルなドツキ合いが性に合っている。
「エアルドフリス! このまま俺ごと氷を撃てェ!」
「! 凍えちまうぞ!? そうなったらこの後の戦闘に影響が……!」
「んなしょんべんみたいな冷気、今の俺様に効くかぁ!」
(屈辱! だけど……!)
エアルドフリスは呪文の詠唱と共に前方に手を振ると、敵を中心にした地面に樹枝六花な魔法陣を浮かび上がらせた。そして、その上部の空間に無数の氷晶の針が嵐となって吹き荒れる。
魔法は強かに獣へダメージを与えた。ボルディアは凍えなかった。雄牛もまた同様に。
霧絵が口笛を吹き、手信号で合図を出した。牛の両翼に位置するひふみとマリアンナが応じて、スペースを空ける。
『クイックリロード』で素早く弾倉を交換した霧絵が再び『制圧射撃』を放った。再度の銃弾の豪雨に晒された雄牛の動きが一瞬、停止した。
「いい加減に……沈め……ッ!」
背中でクルリと回した槍を上段から振り下ろし、『龍喰らう黒狼』を放つひふみ。炎爪の如き一撃に背骨を痛打されながら、しかし、雄牛はまだ倒れない……!
「援護します」
敵の背後を取ったアイシュリングが、敵の縦軸を射抜くように『ライトニングボルト』を使用した。上り始めた月光を背に放たれる魔力の雷(イカヅチ)。属性の不利を補って尚、多段攻撃が雄牛を貫く。
「均衡の裡に理よ路を変えよ……」
エアルドフリスが詠唱を開始した。応じたボルディアが斧の柄で雄牛の顎を持ち上げ始めた。マリアンナもまたワイヤーを角に巻き付け、思いっきり後ろに引き倒した。
雄牛の上体が上がり、2本足で立つ格好となった。魔術師の呪文が完成した。
「生命識る円環の智者、汝が牙もて氷毒を巡らせよ!」
エアルドフリスの周囲にのみ降る雨が空中で凍結し、氷の蛇となって放たれた。
その一撃は雄牛の『急所』を貫き、腹を穿って凍結させた。
●
一行はオレーム山の難所を越えた。難民軍は彼らに追いつくこともなく、村一つを焼いただけで何も得ることなく、さんざんハンターたちに嬲られただけで正規の任務へと戻っていった。
ユト村の人々はハンターたちに溢れんばかりの感謝の意を伝えるとフィンチ子爵領を離れて新天地を目指し旅立った。
彼らの戦いは、これからが本番だった。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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面白かった! | 14人 |
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 マリアンナ・バウアール(ka4007) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2018/02/13 04:45:54 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/02/11 10:47:57 |