ゲスト
(ka0000)
ツミビトならざる貴兄の幻影
マスター:文ノ字律丸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/02/22 15:00
- 完成日
- 2018/02/25 09:36
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
――お兄様は優れたお人でした。精神に優れ、肉体に優れ、そしてハンターとしても優秀なお人でした。私はそんなお兄様をずっとお慕い申し上げておりました。
「貴様はもはやウラジーミルの家にはふさわしくないのだ」
少女が、叔父夫婦にそんな罵声を浴びせられたのは、とある晩餐の最中。
ウラジーミル家前当主ヴォコバン後妻の娘として寵愛を受けていた少女だったが、ヴォコバンが事故により急逝すると、彼女が一族から向けられる視線は180度変わってしまった。
理由は、遺産だった。
ヴォコバンは遺言により、ほとんどの遺産を少女が受け取るようにと綴っていたため、少女がウラジーミル家にいられると、面白くないと考える輩がいたのだ。
その筆頭が叔父夫婦だった。
リアルブルーのように法治が常識となっているならいざ知らず、ここはクリムゾンウェスト。法があるにせよ、それは徹底的ではなく抜け道も多かった。
少女にとって体裁の悪いことに、彼女の母親である娼婦上がりの女は他に男を作って、1年以上も前にどこかへ蒸発してしまった後だった。
もはや、少女はどこぞとも知らぬ野に解き放たれ野垂れ死にするか、自ら娼館に行って生きる活路を見いだすかの二択しか、選ぶことができなかった。
そんな少女を救ったのは、彼女の腹違いの兄だった。
「待ってください。この子はまだ10歳なんですよ! お願いします、この子にそんな過酷な運命を背負わせるなんて……」
「まだ10歳ではない、もう10歳だ。そいつは子供とはいえ、女だぞ。股を開けばいかようにも生きられよう」
「あ、あんたって人は……ッ!」
「わかったわかった、慈悲をくれてやろう。北方に前当主の隠れ館があったはずだ。あれをくれてやるから、貴様も一緒について行ってやれ。ほら、10歳の子供に辺境は辛いだろ? なあ、お兄様よぉ」
「欲に目がくらんだ化け物め……」
「化け物……? 俺を歪虚と罵るか? 俺は、ウラジーミル家次期当主だぞ! さあ、早く荷物を纏めてこの屋敷から出て行け!! 目障りな奴が二人も減って、俺は大満足だ!!」
少女は幼いながらも、自分のせいで兄が窮地に追い込まれているのがわかった。
「……お兄様」
心配して、兄の袖口を引っ張る。
「大丈夫だよ、アリス。お前は兄さんが守るからな」
そして、少女と、その兄はウラジーミルの屋敷から追い出された。
わずかな路銀と、館のさび付いた鍵を手に。
二人は、北方のなだらかな丘にある小さな館で暮らし始めた。
辺鄙な土地で、人との交流もわずかしかない。
それでも、少女は不幸に思わなかった。悲しくはなかった。
このまま時が止まってしまえばいいのにと、いつも思っていた。
愛する兄を見つめながら。
そんな安寧の時間が二年も続き――。
「アリス、二、三日、家を空けるが大丈夫だね?」
「お兄様、アリスはもう十二ですわ。心配されることもありません」
「そうだったね。もう、立派なレディだ」
「はい。お兄様」
「じゃあ、行ってくるよ」
兄は妹の唇に接吻をする。
妹はそのとろけるような熱に、目を潤ませた。
あの日から、兄は帰ってこなかった。
代わりに届いたのは、兄が歪虚との戦いに敗れ亡くなったというハンターズソサエティからの事後報告。
だが、少女はいつまでも兄を待ち続けた。
兄は死んでなんかいない。
いつか帰ってくる。
そして――その願いが届いた。
「あら、お兄様!! 遅かったですわ!! わたくし、死んでしまうかと思った」
「焦らすのがお好きですのね、まったく、いつまでも子供みたい」
「うふふ、そんなことを言って、わたくしをからかっているのですね」
「さあ、夕餉にいたしましょう」
「お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様――――ああ、お兄様」
「……え、お兄様? やり残したことがある? そうですわね、あの愚蒙な豚共を生かしておくことはできませんわ。ええ、やりましょう。お手伝いしますわ」
「お兄様、久しぶりに、キスして……」
●ハンターオフィス
その日届いた事件性の依頼を受付嬢が読み始めた。
「ウラジミール家当主ミリア・ウラジミールとその妻バナジが殺害されました。犯人は二人。実行犯が歪虚であるということ。そのため、我々が動くことになりました」
ハンターの一人が挙手し、犯人の所在を質問した。
受付嬢はこともなげに頷き、返答をする。
「犯人のアジトは北方北部。幻獣の森にほど近いエリアに建つ、館です。それから犯人の詳細なのですが――」
受付嬢は資料を読んで、唇を噛むように黙した。
「……歪虚の一体は元ハンターのハンス・ウラジーミル。そして、協力者はその妹のアリス・ウラジーミル。妹の方はまだ人間らしい、とのこと」
世もないとばかりに暗く落ち込む声で、受付嬢はハンター達に宣言する。
「目的は、堕落者ハンス・ウラジーミルの討伐。ならびに、アリス・ウラジーミルの救出。これは、ハンターズソサエティの沽券に関わる事態です。くれぐれも失念しないように」
「貴様はもはやウラジーミルの家にはふさわしくないのだ」
少女が、叔父夫婦にそんな罵声を浴びせられたのは、とある晩餐の最中。
ウラジーミル家前当主ヴォコバン後妻の娘として寵愛を受けていた少女だったが、ヴォコバンが事故により急逝すると、彼女が一族から向けられる視線は180度変わってしまった。
理由は、遺産だった。
ヴォコバンは遺言により、ほとんどの遺産を少女が受け取るようにと綴っていたため、少女がウラジーミル家にいられると、面白くないと考える輩がいたのだ。
その筆頭が叔父夫婦だった。
リアルブルーのように法治が常識となっているならいざ知らず、ここはクリムゾンウェスト。法があるにせよ、それは徹底的ではなく抜け道も多かった。
少女にとって体裁の悪いことに、彼女の母親である娼婦上がりの女は他に男を作って、1年以上も前にどこかへ蒸発してしまった後だった。
もはや、少女はどこぞとも知らぬ野に解き放たれ野垂れ死にするか、自ら娼館に行って生きる活路を見いだすかの二択しか、選ぶことができなかった。
そんな少女を救ったのは、彼女の腹違いの兄だった。
「待ってください。この子はまだ10歳なんですよ! お願いします、この子にそんな過酷な運命を背負わせるなんて……」
「まだ10歳ではない、もう10歳だ。そいつは子供とはいえ、女だぞ。股を開けばいかようにも生きられよう」
「あ、あんたって人は……ッ!」
「わかったわかった、慈悲をくれてやろう。北方に前当主の隠れ館があったはずだ。あれをくれてやるから、貴様も一緒について行ってやれ。ほら、10歳の子供に辺境は辛いだろ? なあ、お兄様よぉ」
「欲に目がくらんだ化け物め……」
「化け物……? 俺を歪虚と罵るか? 俺は、ウラジーミル家次期当主だぞ! さあ、早く荷物を纏めてこの屋敷から出て行け!! 目障りな奴が二人も減って、俺は大満足だ!!」
少女は幼いながらも、自分のせいで兄が窮地に追い込まれているのがわかった。
「……お兄様」
心配して、兄の袖口を引っ張る。
「大丈夫だよ、アリス。お前は兄さんが守るからな」
そして、少女と、その兄はウラジーミルの屋敷から追い出された。
わずかな路銀と、館のさび付いた鍵を手に。
二人は、北方のなだらかな丘にある小さな館で暮らし始めた。
辺鄙な土地で、人との交流もわずかしかない。
それでも、少女は不幸に思わなかった。悲しくはなかった。
このまま時が止まってしまえばいいのにと、いつも思っていた。
愛する兄を見つめながら。
そんな安寧の時間が二年も続き――。
「アリス、二、三日、家を空けるが大丈夫だね?」
「お兄様、アリスはもう十二ですわ。心配されることもありません」
「そうだったね。もう、立派なレディだ」
「はい。お兄様」
「じゃあ、行ってくるよ」
兄は妹の唇に接吻をする。
妹はそのとろけるような熱に、目を潤ませた。
あの日から、兄は帰ってこなかった。
代わりに届いたのは、兄が歪虚との戦いに敗れ亡くなったというハンターズソサエティからの事後報告。
だが、少女はいつまでも兄を待ち続けた。
兄は死んでなんかいない。
いつか帰ってくる。
そして――その願いが届いた。
「あら、お兄様!! 遅かったですわ!! わたくし、死んでしまうかと思った」
「焦らすのがお好きですのね、まったく、いつまでも子供みたい」
「うふふ、そんなことを言って、わたくしをからかっているのですね」
「さあ、夕餉にいたしましょう」
「お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様――――ああ、お兄様」
「……え、お兄様? やり残したことがある? そうですわね、あの愚蒙な豚共を生かしておくことはできませんわ。ええ、やりましょう。お手伝いしますわ」
「お兄様、久しぶりに、キスして……」
●ハンターオフィス
その日届いた事件性の依頼を受付嬢が読み始めた。
「ウラジミール家当主ミリア・ウラジミールとその妻バナジが殺害されました。犯人は二人。実行犯が歪虚であるということ。そのため、我々が動くことになりました」
ハンターの一人が挙手し、犯人の所在を質問した。
受付嬢はこともなげに頷き、返答をする。
「犯人のアジトは北方北部。幻獣の森にほど近いエリアに建つ、館です。それから犯人の詳細なのですが――」
受付嬢は資料を読んで、唇を噛むように黙した。
「……歪虚の一体は元ハンターのハンス・ウラジーミル。そして、協力者はその妹のアリス・ウラジーミル。妹の方はまだ人間らしい、とのこと」
世もないとばかりに暗く落ち込む声で、受付嬢はハンター達に宣言する。
「目的は、堕落者ハンス・ウラジーミルの討伐。ならびに、アリス・ウラジーミルの救出。これは、ハンターズソサエティの沽券に関わる事態です。くれぐれも失念しないように」
リプレイ本文
ツミビト本文
●Te amo
暗く減衰した色の屋敷、が見えた。
「12歳か、むごい仕事やで……」
自分が一人になったのはもう少し幼かっただろうか、と胸元の蝶の入れ墨をそっと撫でた白藤(ka3768)は辛い顔をする。
(死んだ兄を想う妹……わたしには理解しがたいですね)
雨月彩萌(ka3925)はそんなことを呟く。
親愛も愛情も行き過ぎれば毒という異常になるだけ。
「わたしの正常を証明する為に、殲滅します」
彩萌の呟きに、コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は静かに口を開く。
「歪虚に与する者に明日は無い。たとえそいつが人間だったとしてもな」
その少女と自分を重ね合わせ、歯がゆく思う。
過酷な運命だ……が、同情する余地はない。歪虚と共にあるのならば。
その兄を葬ることですら自分は躊躇しないだろうと、確信していた。
「やれやれ、救われないな……」
ヴィント・アッシェヴェルデン(ka6346)は張り詰めた息をそっと吐く。
救われなさ過ぎて嗤えやしない。呆れるしかない。
直感視によって周囲を警戒しつつ、口の中で転がるキャンディの甘みを、行き所のなく蟠る心のよりどころとする。
ヴィリー・シュトラウス(ka6706)は、その兄のことを思惟する。
歪虚化を受け入れているのか。その上で妹を護ろうとしているのか。その気持ちだけが残り滓のように残存しているのか。
(彼は、今をどう認識しているんだろう?)
――ニンゲンも。歪虚もきらい。けど。約束だから。
濡羽 香墨(ka6760)は黒い瞳を濁らせずに思う。
彼女は黙して、その時を待った。
作戦通り、館の入り口に近づいていったのは、アルスレーテ・フュラー(ka6148)。
彼女の行動理念は端的で、給金のためであった。
だから、彼女達の心理を知ろうとは思わない。
いや、知りたくないという気持ちが強かった。
(……ほんと、私だって妹がいる身。堕落者とはいえ妹から兄を、肉親を奪うなんて、背景知ったらやりづらくなるに決まってるっての)
彼女は入り口に発煙筒を投げ込む。
煙が充満し、そこで多田野一数(ka7110)が地面を揺らす大きな音を立てた。
何事か、と館の住人達は二人揃って、外に出てくる。
●Ave ARIS……
ハンター達は一様に深い悲しみに襲われた。
赤いドレスの少女と、醜悪の化身となったその兄は睦まじく手を握っていたのだから。
ヴィレーは二人が出てきたタイミングで、堕落者ハンスに向かって光の杭を放った。
その攻撃は正確にハンスに命中しその場に釘付けにし。
「お兄様?」
目を丸くするアリスを、白藤が抱きかかえて遠ざけたのだ。
「なにをなさるんですの?! お兄様。お兄様!!」
白藤は本心で兄を想う彼女に、心が痛くなった。
「離して!」
「離さんよ。救うにはこうするしかないんやから」
本当にそうなのか、白藤自体、葛藤する。
だが、賽はもう投げられてしまったのだ。
アルスレーテは、抱きかかえられたアリスに声を発した。
「……人を殺せば、歪虚じゃなくたって立派な犯罪者よ。それくらいは理解しておきなさい」
なおも言葉を続ける。
「生きて償いなさい、人として――」
その瞬間、“彼”が吠えた。
「グゥゥゥゥゥガァァァァァァアアアアア!!」
ハンスはアリスを追いかけようとする。
そこに立ちはだかったハンター達。
縮地瞬動を使い、一気に距離を詰めたアルステーレは、ハンスに一撃をぶち込む。
その拳はやりきれなさを払うものでもあった。
しかし、さすがに優秀な元ハンターのハンスは倒れ伏し起き上がりざま、アルステーレの太ももを狙って刃を振るう――。
その攻撃は速く、避けるのは困難だった。
危うく仰け反り致命傷を防いだが、アルステーレが受けた傷は浅い物ではなかった。
マテリアルを充填。凝縮――凝縮凝縮。
ライフルを構えたコーネリアは指をトリガーにかけて、氷の弾丸を放った。
空気を裂いて飛んだその弾丸は、ハンスの眉間に命中する。直後、飛散した冷気が周囲に広がり、彼を凍らせていく。
ハンスの異常さ、異様さを目の当たりにし、彩萌はぎりりと奥歯を噛む。
機杖を構えた後、範囲の中に味方が以内のを確認してから炎のマテリアルを放射した。
「灰は灰に、塵は塵に。異常は速やかに消え去りなさい」
ハンスは氷結から解き放たれ、彩萌に近づいた。
彩萌は機導剣に持ち直し、電撃を纏わせた障壁を築いた。
「異常が、わたしに触れるな!」
その壁に触れたハンスは吹き飛んでいく。
「妹を守る、それが君の望みであろうとも生者を歪虚側につかせるわけにはいかない」
聖盾を強く押し込んで、立ち上がるハンスをさらにアリスから遠ざけた。
「哀しむ結果となってもそれは避けられないことだ。このまま歪虚として自分を失いきってしまう前に、あなたを慕う妹さんに未来を残してやってくれ! 言葉を発せなくても、異形に堕ちながらも僅かにでも残った兄の面影を!」
――それが救いだろう?
ハンスは遠くに転がっていく。
そこに光の柱をぶつけて、再度拘束した。
香墨は聖槍を掲げて、仲間を光で覆った。
その光は『正義』そのもの――
仲間達は鼓舞されて、恐れを消した。
続けて、香墨はあえてアリスの目の前まで移動した。
彼女はハンスの攻撃を一心に受けようと考えたのだ。
ハンスは妹に近づく香墨を敵愾心と共に睨む。
香墨は振り返る。アリスを見つめた。
「……あれはもう。ニンゲンじゃない」
香墨は断じる。
「お兄様はお兄様です。人間です。私の愛する人です!」
アリスは暴れながら、狂ったように叫ぶ。
「生きてると思うなら。話してみたら?」
「お兄様はお話ししています、今も」
アリスは本気でハンスが生きていると思っている。思い込んでいる。
だから、彼女には彼の声が聞こえた。
香墨はそんな人間に対して、哀れだという感情が芽生えた。
アリスへの説得は難航している。
そう感じたヴィントは、限界までマテリアルを溜め込んだ。
深紅の銃身を持つそのリボルバーは、冷気を帯びた弾丸を、ハンスのみに撃ち込む。
それは彼を再び凍り付かせていく。
やがて、その身は氷の棺で弔われた死人のように凍った。
「あなたたちは一体なんですの? どうしてお兄様を虐めるんですの?」
それに答えたのは、一数。
「俺達はハンターだ」
「ハンター? それが、お兄様をなぜ?」
「君のお兄さんは堕落者だ。堕落者とは歪虚にされた人間で元には戻れない。妹の君は襲われなくても他の人は近付くだけで襲われるんだ。これ以上犠牲が出る前に討たねばならない」
話し合うことでわかりあえればいいと希望を抱いて、一数は説明する。
アリスは唇を噛みしめながら黙り込んだ。
「君が兄を愛するように俺達にも大切な人はいる。見逃せば次の犠牲者は俺達の大切な人かもしれないんだ。だから見逃すことはできない」
「……私にはお兄様だけです。他の人なんて関係ない」
やはりわかりあえないか、と一数は説得を諦める。
「ならばしかたがない。本当は君の言葉で、ハンスを止めて欲しかったが……」
一数はダガーを取り出し、首だけを振り向かせる。
「俺は、死んでも君を守ろうとしたお兄さんの意思を尊敬する。君が堕落者になった兄に囚われ破滅する事をハンスさんは望むのか?」
アリスは無言だ。
一つ息をついてから、一数はハンスのもとに駆けつけ、武器を水平に構えると刺突の構えで突き抜け、貫く――
ハンスを押しとどめていた氷結は彼の内なる怒りが溶かした。
しかし、彼は包囲されてアリスのもとに行けない。
猛り狂ったハンスは呶鳴声を上げ。
猪突猛進に一数を突き飛ばして、アリスの元に近づこうとしたが、そこには香墨が立ちはだかっていた。
「……お前の敵は。私。私だけ狙えばいい」
ハンスは香墨に鋭利な刃で斬りかかろうとした。
香墨は盾を構えている。その刃は弾かれてしまうだろう。
だが、その瞬間――、
「お兄様、助けて!」
妹の声にハンスは反応し、体を大きく震わせた。
強烈に振るわれた刃は香墨の体には届かなかったが、その衝撃はいつも簡単に香墨は吹き飛ばした。
ハンスの手がアリスに伸びる。アリスも手を伸ばした。
即座に反応した白藤はその足下に銃弾を放つ。
「ハンス、このままやと妹も巻き込むんやで!?」
白藤は、妹を思う兄の気持ちに呼びかけたが、化け物になったハンスは止まらない。
ほぼ同時に、明鏡止水によって駆けつけてきたアルスレーテが勢いに乗って、一撃。さらに魔導拳銃に持ちかえたコーネリアの銃撃が彼の左腕にめり込む。
その攻撃群が、ハンスの爛れた皮膚をブチブチと破り、肉を刮いだ。
どどめ色の気味悪い液体を垂れ流しながらも、ハンスは怒ったように表情筋を漲らせていた。アリスを返せと言っているようだ、とハンター達は思う。
「お兄様、お兄様!」
暴れるアリスを白藤は必死に抑え、他ハンター達も彼女が戦線に出てきたら対処できるように気を張る。
「よく聞け。奴はもうお前の兄などではない、他ならぬ歪虚だ。これ以上奴を庇うのは兄貴に対する冒涜だぞ?さもなくばお前も同じ目に遭うだけだ」
コーネリアは拳銃でハンスを釘付けにしながらアリスに言い聞かせ。
彩萌は冷たい一言を浴びせる。
「あなたがいくら願おうとあなたの兄は既に死に、その事実は変わりません。堕落者という異常に囚われている限り、あなたの兄に安らぎはありませんよ」
しかし、それは紛れもない真実だった。
揺るがない、たった一つの非情な現実だった。
アリスは泣くのを我慢するように、苦しい顔をする。
そんなアリスの心に感応するように、ハンスが叫声を発する。
素早い――二重にも三重にも残像を置き去りにした――二連撃。
死に物狂いの痛撃。通り魔的な狂撃。
それは、ヴィリーを襲った。
「くっ……そ、速すぎるッ!」
聖盾は吹き飛ばされ、腕が引き裂かれる。
「ぐあああぁぁあっッ!!」
二の腕から大量の血を垂れ流しながらも、ポーションを飲んで回復する。
ハンスが次に狙ったのは、彩萌。
「過剰な愛が致命的な毒なんですよ」
しかし、彩萌の張った障壁がまたも彼の攻撃を阻んだ。
「愛が毒……? 私のお兄様に対する、この無償の愛が? はは、馬鹿げている。馬鹿げている。馬鹿げている――」
アリスは壊れたように言葉を繰り返す。
しかし、彼女は壊れていないのは明らかだった。
なぜなら、その目にはうっすらと涙が浮かんでいたのだ。
彼女はわかりつつあったのだ。
いや、目を背けたことを直視しようとしていた。
アリスへの被弾を警戒していた香墨が、一度彼女の前から離れる。
向かったのは、さきほどの二連撃で深手を負っているヴィリーの元だ。
「……まだ。たおれちゃだめ」
精霊への祈りによって、ヴィリーは傷を大きく癒やした。
「すまない」
「……約束があるから。勝手に死なれると。こまる。それだけ」
香墨はそう言って、またアリスの前で盾を構え直した。
ハンスは度重なるハンター達の攻撃で、満身創痍になっていた。
ふらつきながら、やっと立っている状態だ。
「ハンスさん。貴方は墜落者になったんだ。貴方の妹は囚われている、貴方に。それでいいのか? なあ、何か言ってくれ」
一数の言葉に、ハンスは何も答えない。
もはやそれが答えだった。
「俺はあの子に救われて欲しいと思う」
その思いと共に、一数は剣撃を二度繰り出した。
それが切っ掛けになる――
「無駄な抵抗はやめて降伏しろ。そして妹の前で土下座をしろ。それが済んだらじっくりあの世に送ってやる!」
ハンスは人間のものではない瞳を虚ろに輝かせるだけだ。
それを見て、コーネリアは引き金を引く。
銃声の後、ぶぢり、と粘りけのある水の音がした。
香墨が口ずさんだのは“鎮魂歌”――
ただし、奏でた旋律は歪虚への呪詛だった。
ハンスは自らを亡霊だとでもいうように、ぴくりも動かなくなる。
「いや……いやよ……やめて……わ、たしからお兄様を奪わないで――」
死霊を祓うと曰くのある魔剣――カールスナウト。
ヴィリーは祈りと共にその剣を翻らせ、堕落者の胸に突き刺した。
剣が抜かれると、ハンスはその場に倒れる。誰が見ても動く気配は無かった。
白藤の手から這い出したアリスは、彼の亡骸の袂に膝をつき、その唇へキスをする。
いつもならば、微笑んでくれるはずの彼はもういない。
もういなかったのだ、ずっと前から……。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」
アリスは雄叫び、彼だったものの手が変形した刃を取り、それを自らの首へ。
銃声が鳴り響き。
気を取られたアリスの手から、その凶器を取り除く。
「お兄さんが必死に守りたかったもんや、それをあんたが、捨てたらあかん!」
「……死なせて」
「絶対に死なさへん!」
白藤の目を、ハンター達の目を見たアリスの体から力が抜けていく。
その糸の切れた人形のような体を白藤は抱きしめた。
●sequitur eventus
アリスは殺人の実行犯として処罰されることになった。
しかし、歪虚の絡んでいた事件であり、さらにその特殊性も考慮されて、特赦になるだろう。
ハンター達は、その報告を受け、別れ際の彼女を思い出していた。
白藤は、抱きしめた時の彼女の温もりを思い出していた。
「あの子はやっぱり人間だったんや。きっと大丈夫。いつか報われる」
「お前は兄貴を奪った歪虚が憎いか?」
そう声をかけたのは、コーネリアだった。
「私は妹を奪った歪虚が憎い。だから撃ち滅ぼす。だがお前は私じゃない。自分の道は、自分で決めろ。何をすべきか、答えはお前の中だけにある」
アリスは少し前を向いていたような気がした。
ヴィントはそれでも、あの事件は異常だったと思った。
「お前の愛は余程歪なんだな。愛する者を唆し、破滅へと誘う……」
それにアリスは反応をしなかった。
「愛する者を喪ったお前はどうする? 後を追って命を絶つか? ハンスがあまりにも哀れで滑稽だな」
これにも反応しなかった。
「……お前みたいな奴に死(すくい)を与えてやる程、お人好しでもなければ落ちぶれても無い。要は、お前はその程度の存在でしかないという事だ」
アリスは、ほんの少し頷いていたように見えた。
ヴィリーは彼の亡骸を埋め、墓標を作り、供養したことを思い出す。
館の周りに咲く綺麗な花々を摘んで献花をし、祈りを捧げると、アリスは突然泣き出してしまった。
その死を悼む姿勢で、彼女が兄の死を本当に受け入れたことを悟った。
………………
…………
……
やがて、一人の少女がハンターズオフィスを訪れた。
かつて自分を救ってくれたハンター達へ、挨拶をする。
「今日からよろしくお願いしますわ」
彼女は力強く微笑んだのだった。
●Te amo
暗く減衰した色の屋敷、が見えた。
「12歳か、むごい仕事やで……」
自分が一人になったのはもう少し幼かっただろうか、と胸元の蝶の入れ墨をそっと撫でた白藤(ka3768)は辛い顔をする。
(死んだ兄を想う妹……わたしには理解しがたいですね)
雨月彩萌(ka3925)はそんなことを呟く。
親愛も愛情も行き過ぎれば毒という異常になるだけ。
「わたしの正常を証明する為に、殲滅します」
彩萌の呟きに、コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は静かに口を開く。
「歪虚に与する者に明日は無い。たとえそいつが人間だったとしてもな」
その少女と自分を重ね合わせ、歯がゆく思う。
過酷な運命だ……が、同情する余地はない。歪虚と共にあるのならば。
その兄を葬ることですら自分は躊躇しないだろうと、確信していた。
「やれやれ、救われないな……」
ヴィント・アッシェヴェルデン(ka6346)は張り詰めた息をそっと吐く。
救われなさ過ぎて嗤えやしない。呆れるしかない。
直感視によって周囲を警戒しつつ、口の中で転がるキャンディの甘みを、行き所のなく蟠る心のよりどころとする。
ヴィリー・シュトラウス(ka6706)は、その兄のことを思惟する。
歪虚化を受け入れているのか。その上で妹を護ろうとしているのか。その気持ちだけが残り滓のように残存しているのか。
(彼は、今をどう認識しているんだろう?)
――ニンゲンも。歪虚もきらい。けど。約束だから。
濡羽 香墨(ka6760)は黒い瞳を濁らせずに思う。
彼女は黙して、その時を待った。
作戦通り、館の入り口に近づいていったのは、アルスレーテ・フュラー(ka6148)。
彼女の行動理念は端的で、給金のためであった。
だから、彼女達の心理を知ろうとは思わない。
いや、知りたくないという気持ちが強かった。
(……ほんと、私だって妹がいる身。堕落者とはいえ妹から兄を、肉親を奪うなんて、背景知ったらやりづらくなるに決まってるっての)
彼女は入り口に発煙筒を投げ込む。
煙が充満し、そこで多田野一数(ka7110)が地面を揺らす大きな音を立てた。
何事か、と館の住人達は二人揃って、外に出てくる。
●Ave ARIS……
ハンター達は一様に深い悲しみに襲われた。
赤いドレスの少女と、醜悪の化身となったその兄は睦まじく手を握っていたのだから。
ヴィレーは二人が出てきたタイミングで、堕落者ハンスに向かって光の杭を放った。
その攻撃は正確にハンスに命中しその場に釘付けにし。
「お兄様?」
目を丸くするアリスを、白藤が抱きかかえて遠ざけたのだ。
「なにをなさるんですの?! お兄様。お兄様!!」
白藤は本心で兄を想う彼女に、心が痛くなった。
「離して!」
「離さんよ。救うにはこうするしかないんやから」
本当にそうなのか、白藤自体、葛藤する。
だが、賽はもう投げられてしまったのだ。
アルスレーテは、抱きかかえられたアリスに声を発した。
「……人を殺せば、歪虚じゃなくたって立派な犯罪者よ。それくらいは理解しておきなさい」
なおも言葉を続ける。
「生きて償いなさい、人として――」
その瞬間、“彼”が吠えた。
「グゥゥゥゥゥガァァァァァァアアアアア!!」
ハンスはアリスを追いかけようとする。
そこに立ちはだかったハンター達。
縮地瞬動を使い、一気に距離を詰めたアルステーレは、ハンスに一撃をぶち込む。
その拳はやりきれなさを払うものでもあった。
しかし、さすがに優秀な元ハンターのハンスは倒れ伏し起き上がりざま、アルステーレの太ももを狙って刃を振るう――。
その攻撃は速く、避けるのは困難だった。
危うく仰け反り致命傷を防いだが、アルステーレが受けた傷は浅い物ではなかった。
マテリアルを充填。凝縮――凝縮凝縮。
ライフルを構えたコーネリアは指をトリガーにかけて、氷の弾丸を放った。
空気を裂いて飛んだその弾丸は、ハンスの眉間に命中する。直後、飛散した冷気が周囲に広がり、彼を凍らせていく。
ハンスの異常さ、異様さを目の当たりにし、彩萌はぎりりと奥歯を噛む。
機杖を構えた後、範囲の中に味方が以内のを確認してから炎のマテリアルを放射した。
「灰は灰に、塵は塵に。異常は速やかに消え去りなさい」
ハンスは氷結から解き放たれ、彩萌に近づいた。
彩萌は機導剣に持ち直し、電撃を纏わせた障壁を築いた。
「異常が、わたしに触れるな!」
その壁に触れたハンスは吹き飛んでいく。
「妹を守る、それが君の望みであろうとも生者を歪虚側につかせるわけにはいかない」
聖盾を強く押し込んで、立ち上がるハンスをさらにアリスから遠ざけた。
「哀しむ結果となってもそれは避けられないことだ。このまま歪虚として自分を失いきってしまう前に、あなたを慕う妹さんに未来を残してやってくれ! 言葉を発せなくても、異形に堕ちながらも僅かにでも残った兄の面影を!」
――それが救いだろう?
ハンスは遠くに転がっていく。
そこに光の柱をぶつけて、再度拘束した。
香墨は聖槍を掲げて、仲間を光で覆った。
その光は『正義』そのもの――
仲間達は鼓舞されて、恐れを消した。
続けて、香墨はあえてアリスの目の前まで移動した。
彼女はハンスの攻撃を一心に受けようと考えたのだ。
ハンスは妹に近づく香墨を敵愾心と共に睨む。
香墨は振り返る。アリスを見つめた。
「……あれはもう。ニンゲンじゃない」
香墨は断じる。
「お兄様はお兄様です。人間です。私の愛する人です!」
アリスは暴れながら、狂ったように叫ぶ。
「生きてると思うなら。話してみたら?」
「お兄様はお話ししています、今も」
アリスは本気でハンスが生きていると思っている。思い込んでいる。
だから、彼女には彼の声が聞こえた。
香墨はそんな人間に対して、哀れだという感情が芽生えた。
アリスへの説得は難航している。
そう感じたヴィントは、限界までマテリアルを溜め込んだ。
深紅の銃身を持つそのリボルバーは、冷気を帯びた弾丸を、ハンスのみに撃ち込む。
それは彼を再び凍り付かせていく。
やがて、その身は氷の棺で弔われた死人のように凍った。
「あなたたちは一体なんですの? どうしてお兄様を虐めるんですの?」
それに答えたのは、一数。
「俺達はハンターだ」
「ハンター? それが、お兄様をなぜ?」
「君のお兄さんは堕落者だ。堕落者とは歪虚にされた人間で元には戻れない。妹の君は襲われなくても他の人は近付くだけで襲われるんだ。これ以上犠牲が出る前に討たねばならない」
話し合うことでわかりあえればいいと希望を抱いて、一数は説明する。
アリスは唇を噛みしめながら黙り込んだ。
「君が兄を愛するように俺達にも大切な人はいる。見逃せば次の犠牲者は俺達の大切な人かもしれないんだ。だから見逃すことはできない」
「……私にはお兄様だけです。他の人なんて関係ない」
やはりわかりあえないか、と一数は説得を諦める。
「ならばしかたがない。本当は君の言葉で、ハンスを止めて欲しかったが……」
一数はダガーを取り出し、首だけを振り向かせる。
「俺は、死んでも君を守ろうとしたお兄さんの意思を尊敬する。君が堕落者になった兄に囚われ破滅する事をハンスさんは望むのか?」
アリスは無言だ。
一つ息をついてから、一数はハンスのもとに駆けつけ、武器を水平に構えると刺突の構えで突き抜け、貫く――
ハンスを押しとどめていた氷結は彼の内なる怒りが溶かした。
しかし、彼は包囲されてアリスのもとに行けない。
猛り狂ったハンスは呶鳴声を上げ。
猪突猛進に一数を突き飛ばして、アリスの元に近づこうとしたが、そこには香墨が立ちはだかっていた。
「……お前の敵は。私。私だけ狙えばいい」
ハンスは香墨に鋭利な刃で斬りかかろうとした。
香墨は盾を構えている。その刃は弾かれてしまうだろう。
だが、その瞬間――、
「お兄様、助けて!」
妹の声にハンスは反応し、体を大きく震わせた。
強烈に振るわれた刃は香墨の体には届かなかったが、その衝撃はいつも簡単に香墨は吹き飛ばした。
ハンスの手がアリスに伸びる。アリスも手を伸ばした。
即座に反応した白藤はその足下に銃弾を放つ。
「ハンス、このままやと妹も巻き込むんやで!?」
白藤は、妹を思う兄の気持ちに呼びかけたが、化け物になったハンスは止まらない。
ほぼ同時に、明鏡止水によって駆けつけてきたアルスレーテが勢いに乗って、一撃。さらに魔導拳銃に持ちかえたコーネリアの銃撃が彼の左腕にめり込む。
その攻撃群が、ハンスの爛れた皮膚をブチブチと破り、肉を刮いだ。
どどめ色の気味悪い液体を垂れ流しながらも、ハンスは怒ったように表情筋を漲らせていた。アリスを返せと言っているようだ、とハンター達は思う。
「お兄様、お兄様!」
暴れるアリスを白藤は必死に抑え、他ハンター達も彼女が戦線に出てきたら対処できるように気を張る。
「よく聞け。奴はもうお前の兄などではない、他ならぬ歪虚だ。これ以上奴を庇うのは兄貴に対する冒涜だぞ?さもなくばお前も同じ目に遭うだけだ」
コーネリアは拳銃でハンスを釘付けにしながらアリスに言い聞かせ。
彩萌は冷たい一言を浴びせる。
「あなたがいくら願おうとあなたの兄は既に死に、その事実は変わりません。堕落者という異常に囚われている限り、あなたの兄に安らぎはありませんよ」
しかし、それは紛れもない真実だった。
揺るがない、たった一つの非情な現実だった。
アリスは泣くのを我慢するように、苦しい顔をする。
そんなアリスの心に感応するように、ハンスが叫声を発する。
素早い――二重にも三重にも残像を置き去りにした――二連撃。
死に物狂いの痛撃。通り魔的な狂撃。
それは、ヴィリーを襲った。
「くっ……そ、速すぎるッ!」
聖盾は吹き飛ばされ、腕が引き裂かれる。
「ぐあああぁぁあっッ!!」
二の腕から大量の血を垂れ流しながらも、ポーションを飲んで回復する。
ハンスが次に狙ったのは、彩萌。
「過剰な愛が致命的な毒なんですよ」
しかし、彩萌の張った障壁がまたも彼の攻撃を阻んだ。
「愛が毒……? 私のお兄様に対する、この無償の愛が? はは、馬鹿げている。馬鹿げている。馬鹿げている――」
アリスは壊れたように言葉を繰り返す。
しかし、彼女は壊れていないのは明らかだった。
なぜなら、その目にはうっすらと涙が浮かんでいたのだ。
彼女はわかりつつあったのだ。
いや、目を背けたことを直視しようとしていた。
アリスへの被弾を警戒していた香墨が、一度彼女の前から離れる。
向かったのは、さきほどの二連撃で深手を負っているヴィリーの元だ。
「……まだ。たおれちゃだめ」
精霊への祈りによって、ヴィリーは傷を大きく癒やした。
「すまない」
「……約束があるから。勝手に死なれると。こまる。それだけ」
香墨はそう言って、またアリスの前で盾を構え直した。
ハンスは度重なるハンター達の攻撃で、満身創痍になっていた。
ふらつきながら、やっと立っている状態だ。
「ハンスさん。貴方は墜落者になったんだ。貴方の妹は囚われている、貴方に。それでいいのか? なあ、何か言ってくれ」
一数の言葉に、ハンスは何も答えない。
もはやそれが答えだった。
「俺はあの子に救われて欲しいと思う」
その思いと共に、一数は剣撃を二度繰り出した。
それが切っ掛けになる――
「無駄な抵抗はやめて降伏しろ。そして妹の前で土下座をしろ。それが済んだらじっくりあの世に送ってやる!」
ハンスは人間のものではない瞳を虚ろに輝かせるだけだ。
それを見て、コーネリアは引き金を引く。
銃声の後、ぶぢり、と粘りけのある水の音がした。
香墨が口ずさんだのは“鎮魂歌”――
ただし、奏でた旋律は歪虚への呪詛だった。
ハンスは自らを亡霊だとでもいうように、ぴくりも動かなくなる。
「いや……いやよ……やめて……わ、たしからお兄様を奪わないで――」
死霊を祓うと曰くのある魔剣――カールスナウト。
ヴィリーは祈りと共にその剣を翻らせ、堕落者の胸に突き刺した。
剣が抜かれると、ハンスはその場に倒れる。誰が見ても動く気配は無かった。
白藤の手から這い出したアリスは、彼の亡骸の袂に膝をつき、その唇へキスをする。
いつもならば、微笑んでくれるはずの彼はもういない。
もういなかったのだ、ずっと前から……。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」
アリスは雄叫び、彼だったものの手が変形した刃を取り、それを自らの首へ。
銃声が鳴り響き。
気を取られたアリスの手から、その凶器を取り除く。
「お兄さんが必死に守りたかったもんや、それをあんたが、捨てたらあかん!」
「……死なせて」
「絶対に死なさへん!」
白藤の目を、ハンター達の目を見たアリスの体から力が抜けていく。
その糸の切れた人形のような体を白藤は抱きしめた。
●sequitur eventus
アリスは殺人の実行犯として処罰されることになった。
しかし、歪虚の絡んでいた事件であり、さらにその特殊性も考慮されて、特赦になるだろう。
ハンター達は、その報告を受け、別れ際の彼女を思い出していた。
白藤は、抱きしめた時の彼女の温もりを思い出していた。
「あの子はやっぱり人間だったんや。きっと大丈夫。いつか報われる」
「お前は兄貴を奪った歪虚が憎いか?」
そう声をかけたのは、コーネリアだった。
「私は妹を奪った歪虚が憎い。だから撃ち滅ぼす。だがお前は私じゃない。自分の道は、自分で決めろ。何をすべきか、答えはお前の中だけにある」
アリスは少し前を向いていたような気がした。
ヴィントはそれでも、あの事件は異常だったと思った。
「お前の愛は余程歪なんだな。愛する者を唆し、破滅へと誘う……」
それにアリスは反応をしなかった。
「愛する者を喪ったお前はどうする? 後を追って命を絶つか? ハンスがあまりにも哀れで滑稽だな」
これにも反応しなかった。
「……お前みたいな奴に死(すくい)を与えてやる程、お人好しでもなければ落ちぶれても無い。要は、お前はその程度の存在でしかないという事だ」
アリスは、ほんの少し頷いていたように見えた。
ヴィリーは彼の亡骸を埋め、墓標を作り、供養したことを思い出す。
館の周りに咲く綺麗な花々を摘んで献花をし、祈りを捧げると、アリスは突然泣き出してしまった。
その死を悼む姿勢で、彼女が兄の死を本当に受け入れたことを悟った。
………………
…………
……
やがて、一人の少女がハンターズオフィスを訪れた。
かつて自分を救ってくれたハンター達へ、挨拶をする。
「今日からよろしくお願いしますわ」
彼女は力強く微笑んだのだった。
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【相談卓】悪夢の再会 コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561) 人間(リアルブルー)|25才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2018/02/22 13:40:42 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/02/21 09:29:39 |