• 黒祀

【黒祀】万難を排して勇者は来る

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2014/12/07 22:00
完成日
2014/12/18 17:48

このシナリオは3日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

【ラプト・フラジオ】と呼ばれる組織がある。
 呼ばれる、と言ってもそう呼ぶ人間は限られている。何しろその存在を知る者が少ないのに加えて、組織の特性からしておいそれとその名を口にするわけにはいかないからだ。
 ――目標を確認。現在地――。
 ――了解。引き続き監視にあたれ――。
 町の尖塔に上って単眼鏡を覗いたまま、口元の小型通信機で報告する男。単眼鏡の先には野原に『羊たち』が犇めく景色が広がっており、見ているだけで不快になりそうだ。
 男の傍には「第六商会」と書かれたエプロンが丸められて置かれている。第六商会。王国中に店舗を持ち、リゼリオなどとも交易を行う商店であるが、それは本来の姿ではない。
 王国貴族シャルシェレット家の有する諜報機関。それが、第六商会=ラプト・フラジオの正体であった。

●追撃
 ベリアル及びクラベルの一行は、先刻から続くニンゲンたちの襲撃に頭を悩ませていた。
「ええい、ニンゲンどもめ、羽虫の如きしつこさよ! 今一度私の力を見せてやらねばならぬようだな!」
「やめて。気を失った貴方の身体を島まで運ぶなんて、私はしたくないわ」
「ならばどうせよと言うのだ、私のクラベルよ」
「……私が殿軍を務めるから先に帰っていて。面倒だけれど、仕方がないわ。マテリアルの枯渇した貴方なんてただの豚羊だもの」
「メェ!?」
 クラベルはびしびしと文字通り鞭を打って主を先に行かせ、背後を振り返る。
 ニンゲンの追撃部隊はなかなかの規模で、こちらの現有戦力では迎撃に多少手間取りそうだ。傲慢の歪虚たる自分たちが負けることなどありはしないが、王都強襲で力を消耗した現状では苦しいことに変わりはない。島まで直接転移するには回復する時間がないし、さてどうするか。
 クラベルは自ら最後尾について敵先頭の騎馬を鉄針の投擲で殺しつつ、思案する。と、唐突に隣に『影』が顕現した。長身の『影』がクラベルとニンゲンの間に割って入る。
 ――これは……?

『影』との接触後、クラベルはすぐさま前方へ戻った。
 集団の速度を上げる。道の先には一つの街。面倒だ。迂回するか――いや。
 ――壁にしてしまえばいい。
 クラベルは先頭に立って街の外壁まで辿り着くや、壁上から矢を射掛けてくるニンゲンに向かって妖艶に微笑んだ。
「いい? 『ここを開け、私の前に住民を連れてきなさい。この私の役に立たせてあげるわ、木偶の貴方たちを……』」

 かくしてその街――酒造りの街デュニクスの住民のうち、不運にも歪虚を打倒せんと集まっていた善良なる者の半数ほどが、戦いに駆り出された。
 ベリアルを追撃してきた王国騎士団や聖堂戦士団、そしてハンターたちとの戦いに……。



 彼は見た。伝説となった勇者の采配を。
「これが……かの聖女の力というのか」
 騎士ブライアンは若手の中では比較的年輩の方に分類される。しかし大戦以後の任官である為、5年前のヴィオラ・フルブライトの偉業を知らない。
 だから今日この日までは聖堂戦士団の伝える彼女の武勇伝を、尾鰭のついたものと決めかかっていた。
「ブライアン殿、どうかなさいましたか」
「!? い、いえ、何でもありません」
 ヴィオラの声で我に返り、呆けていた自分に愕然とする。漸く彼は、彼女の行いを理解した。
 刻限はほんの少しばかり前。歪虚の群れの後方からデュニクスの住人らしき一団が接近してきた。挟み撃ちを期待した騎士や聖堂戦士達を他所に、ヴィオラはすぐさまこれを敵の術と看破した。ヴィオラは周囲が状況を理解するより早く、分隊単位で編成していた一部の部隊に迂回を指示。魔術により操られた住人達が接触する前に、別働隊に追撃を行わせる。直後、武器を持った住人達と本隊が接触、ヴィオラ率いる本隊は完全に足止めされた。彼女の指示がなければここまで追い詰めた歪虚の指揮官を見逃してしまうところだったろう。
「そうですか。騎士団に損害は?」
「ありません。まだ戦えます!」
「頼もしいですね」
 ヴィオラはそう言いながら騎馬の上からホーリーライトを放つ。魔力の塊は住民に紛れていた歪虚の狙い違わず打ち抜いた。ヴィオラの前方には聖堂戦士団、騎士団、及び私兵団を含む王国軍が壁となって住民を抑えていた。盾を持つ聖堂戦士が主力と成って身を張って押しとどめているが、攻撃できない人類側は押されている。
「しかしこのままではいずれ……」
 ブライアンは同じく騎馬を後ろに下げながら、周囲を見渡した。家屋の並ぶ街の大通りを挟み、住人を操る歪虚と王国の混成部隊がぶつかり合って十数分、じわじわと状況は悪くなっていくばかりで、突破口がまるで見えない。いや、本来ならどこかにあるのかもしれない。ここには騎士団の誇る白・赤・青の三つの隊から騎士が派遣され 加えて聖堂戦士団、貴族の私兵、ハンターと多種多様の戦士が揃っている。だが悲しいかな、誇らしいほどの軍勢であっても、急造なせいでそれぞれが性能を発揮できていないのだ。
「せめてこの忌々しい魔術を解呪できれば!」
 それが難しいのはブライアンにもよくわかっていた。聖導士を交えた大規模な儀式魔法ならともかく、一度にこんな大勢を、戦闘の最中に治療することはできない。このまま蹂躙されてしまうのか。そう苦い思いで拳を握り締めるブライアン。しかしヴィオラは様子が違った。
「いえ、そういう訳でもありませんよ」
 驚くブライアンにヴィオラは大通りの先を示す。そこには、うずくまり周囲を見渡している男がいる。その男はしばらくすると再び目的を思い出したかのように戦列に戻っていく。
「先程も殴られた者が一時的に正気を取り戻していました。しかしすぐに元の状態に戻った、ということはこの戦場に魔術をもう一度かけ直している者がいるはずです」
 ヴィオラは戦場のどこまでが見えているのだろうか。彼女はこの混戦の中、冷静に敵情を探り、仲間を気遣い、突破口を探し続けていた。
「あくまで可能性ですが、その者を討ちとり、術の維持に必要なマテリアルを断てば、自然と回復するかもしれません」
 ブライアンは光を見た。こうして彼女が導きの光を示したのだと。ならば迷いはない。全力で彼女を助けるまで。
「ブライアン殿、我々聖堂戦士団は徒歩の者が多く重い鎧を着ているので強襲には不向きです。騎士団で後方の敵将を強襲できませんか?」
「いえ、難しいかと。赤の隊の騎馬部隊は今日は私のみです。しかし、出来そうな者に心当たりはあります」
 ブライアンは『貴方達』を見た。聖堂戦士や騎士のように装備が画一でなく、一騎当千・万夫不当の勇猛な戦士達を。
「大役だ。出来るか?」
 そう聞かれて「いいえ」という者もいないだろう。そして代役の宛も居ない。ハンター達は苦笑しながらも、よく通る声で「応」と答えた。

リプレイ本文

 ひしめく人は歪虚の盾となって混成軍ともみ合うまま。膠着した前線を力でこじ開けることも可能だが、その選択肢を破棄する以上、少数精鋭の突破しかない。戦況を見ていたハンター達はまず一つの策を講じた。
「敵の戦力を片方に偏らせる事は出来ますか?」
 レイス(ka1541)は作戦の概要を手短に説明した。後退した部隊が出れば追撃の為に部隊は前進し、結果水が引くようにそれ以外が手薄になる。手薄になった方面ならば現状の戦力でも突破は容易。理屈の上ではそのはずだ。説明を聞いたヴィオラは戦線の状況に一度目を走らせた後、苦い顔で首を横に振った。
「難しいですね。全員が聖堂戦士団なら考えましたが、見ての通り士気は高くとも連携は上手くとれていません。隣の者と呼吸を合わせるので精一杯です。練度と装備の差が顕著ですから、意図通り動ける者と動けない者も出てくるでしょう。そうなれば……」
 そんな状態で戦線の崩壊を装うのは難しく、上手くいっても実質的な追撃を受けるとなれば多大な損害は免れない。
「すぐに実行できる策ではありません。それに実行すれば後が無い為にどうしても短期決戦になります」
 危険が大きすぎると指揮官は判断した。ならば仕方がない。ハンターとてそれだけを軸に作戦を立てたわけではない。
「わかりました。ではフルブライト殿。申し訳ないがその名声、利用させて頂く」
「御随意に。利用できるものがあるのならば、いくらでも利用すべきです。エクラの教えに反しない限りは」
 レイスが頷くと、ハンター達は一斉にその場から抜け出した。揉み合う人々の後方を抜け、路地裏へ、屋根の上へ、思い思いに散っていく。敵指揮官の位置は先程から変わらず最も後ろに固定されている。この戦場さえ変わらなければ、以後もそこに居座り続けるだろう。
 レイスは槍を携え、1人前線へと向かった。ハンター達は全員が強襲に向かうことはなく、レイスの他にイレーヌ(ka1372)とGon=Bee(ka1587)は中央の集団に残った。任務は強襲だが本隊が崩れては元も子もない。本隊を支えることで作戦の時間制限を引き伸ばす為だ。レイスは前線へと向かい、羊型歪虚により押されている箇所を救援して回る。ひらりひらりと舞うようなステップで巧みに前へ進みつつ、敵の侵入を一つ一つ潰していく。彼の行動で本隊の損害は軽減されつつあったが、そのレイス本人はわずかばかり後悔した。確かに状況は悪く、為すべき事は幾らでもある。今も必死に走り回る彼だが彼の行動は、何をしても効果は薄いように思えた。それは前線の味方を治療して回るイレーヌにせよ同じ事だった。
「流石、フルブライト殿。俺が何をする必要もないか」
 レイスは彼女の指揮能力の高さと、集めている信頼の厚さにただ感服するばかりだった。用兵は的確で一点の漏れもなく最善手を示し、自身が前に出ることで迂回攻撃に回ったハンターへの囮も果たしている。連携を取るのに四苦八苦する兵士達も、彼女の指揮の的確さに既に全幅の信頼を置いていた。必要であれば前線で仲間を鼓舞して回ろうかと考えていたが、その必要は皆無であった。ハンター達に迂回攻撃のみを指示するだけのことはあり、大通りでは彼もまた歩兵の1人以上の役割は望めない。
(だが意味はある。そしてもう遅い)
 しかし今の任務を離れ、迂回部隊に合流するのは躊躇われた。彼女の指示にはレイスの存在が計算に含まれている。その穴を埋める事も容易いだろうが、混乱が起きないわけではない。レイスは変わらずその場で槍を振るい続けた。
 一方、ゴンベェも同じく揉み合う最前列へと出ていた。彼は武器を持たず、最も手近な者に拳を打ちつけた。
(一心不乱に突っ込んできてるってことは、つまり前を倒せばドミノ倒しジャン!)
 彼の思惑通り、前列から4列目までは勢いに負けて押し倒された。続けて次に近い民間人に蹴りを加える。これは勢いがついた為に5列目まで勢いが波及した。しかしゴンベェはそこで手を止めざるをえなかった。前の人間が倒れた場所へ、前の人間を意に介さず後ろの人間が前進してくる。倒れた人間は助け起こされることもなく、後続に蹴られ踏まれるままだった。
「おいおいおいおい! 仲間を放っておくとか友達甲斐が足りないじゃん!」
 次に出てくる男を殴って倒しても同じ結果になる。この方法なら確実に前に出れるかもしれないが、確実に死人も出てしまう。これ以上続けることはできない。拳を固めたままだったゴンベェだが、イレーヌは服の襟首を掴んでゴンベェを仲間の後ろに引きずりこんだ
「邪魔です、下がってください」
 イレーヌは躓き仲間に蹴られる民間人に遠距離からヒールを放った。蹴られた男の傷があっという間に塞がれていく。男はその回復によって動きを取り戻し、四つんばいになりながらも人の壁の向こうへと逃げ切った。イレーヌは一部始終を確認し安堵するも、再びの突撃で壁となった聖堂戦士と共に後ろへ押されこまれた。転ぶイレーヌの手をレイスが取る。肩を並べて盾を並べる理由がよくわかった。
「無茶をするな」
「私だけしないというわけには行きません」
「それもそうだな」
 人の壁は厚い。この壁をどうにかすり抜けようと準備はしたものの、厚すぎてどうにかなりそうではない。この時、迂回するフワ ハヤテ(ka0004)はスリープクラウドも準備はしていたが、この状況では混乱が増すだけだろう。
「本隊の皆さんが上手くやるのを祈るしかありませんね」
 イレーヌは次のヒールを目の前の聖堂戦士にかける。
「心配はいらねえじゃん。信頼して待つのが仕事じゃん?」
「ゴンベェさん……」
 イレーヌは不覚にも感動した。仕事でころころとメンバーの変わる仲間を、ここまで理由無く信頼できるというのは稀有な才能だ。しかしこの時のゴンベェの信頼のうちには、イレーヌが思いも寄らぬ雑音が混じっていた。
(この間のジンギスカンの遺恨、絶対に忘れたりしねえじゃん?)
 食欲である。彼は一族の仲間が、見事羊肉を持ち帰ってくれると信じて疑っていなかった。ゴンベェは目の前で大量の歪虚が霧散した事を、何故か認めようとしない。本隊はすれ違った結束を生みつつも、動きのないまま推移していた。



(あれは、王国に大きな羊が攻め込んできた時の事で御座った。あの大羊めは「玉座の間で待っていればご褒美をくれる」と言ったで御座る。つまりは自分や群れの羊達の肉を差し出してジンギスカンを振る舞ってくれると! だが、アヤツは嘘を吐いたで御座る! 群れの羊達の肉を捌こうとしたら、姑息にも消えたで御座るよ……。
 ──拙者は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の羊達を除かなければならぬと決意したで御座る!)
 以上Don=Bee(ka1589)達を含むBee一族の回想である。ドン=ベェは屋根の上を疾風の如く駆けた。食べ物の恨みはすさまじく深い。それが勘違いの上に成り立っていたとしてもだ。彼女とハヤテ、ネイハム・乾風(ka2961)、Sen=Bee(ka2042)は人の壁を突破する為に屋上へと上がっていた。こちらの班は地上を迂回するもう一つの別働隊に対して支援能力に特化した編成になっている。4人は煙突や屋根の陰を通り、姿を隠しながら、着実に前に進んでいく。
「ところで……」
 煙突の陰から周辺を窺う最中、ハヤテが困った顔でドン=ベェの顔を見る。
「何だかさっきから食べ物のにおいがずっと離れないんだけど、気のせいかな?」
「よくぞ気づいてくれたでござる」
 ドン=ベェは無意味に大きな声をあげ、がっしとハヤテの手を掴んで身を寄せた。グラマラスな肢体で密着され、手を握られ、顔を近づけられる。心の弱い男なら理性を失うかもしれない状況だったが、ハヤテはまったくその気にはならなかった。先ほどから感じていた食べ物のにおいが、目の前の女性から漏れ出ているからだ。
「まずは、この匂いが何かを説明する前に、偉大な食べ物の存在を知ってもらわなければなりませぬ。その名は……」
「わかったよ。……でも、後でね」
 欠片もわかない未練に迷う演技をしながらハヤテは向こうのとおりに視線を送る。後方に鎮座する歪虚の指揮官を射程に捉えるにはもう少し進まねばならない。そこに遅れて、センベェが飛び込んでくる。
「……また勧誘していたのか」
「悪い物みたいに言わないで欲しいでござる。良い物は皆で共有せねばならぬであろう?」
 センベェはむっつりした顔で言葉を発しない。ハヤテからは「これ以上語る事は無い」と無言の重圧を加えているようにも見えた。だが実際にはセンベェは内心かなり慌てていた。
(やばい。やばいよドン=ベェ殿! ハヤテ殿から空気読んでないって思われてる。
 ハヤテ殿の目がやばい。これは変人を見る目だ!)
 と頭の中で言うべき事がぐるぐるした挙句、ようやく出た次の言葉が…
「今は時期ではない」だった。
 言ってしまってまた説明不足に後悔する。説明不足すぎるがここで言葉を足すのがみっともないように思えたのでセンベェはまた黙った。
「仕方ないでござるな。ならば先にジンギスカンの下ごしらえを始めるでござる」
 ドン=ベェはそういうと、ひらりと隣の屋根の上へと舞った。指揮官を射程に捉えるためにあと少し距離をつめる必要がある。ハヤテはセンベェに苦笑を見せ、ドン=ベェの後を追った。



 一方、Non=Bee(ka1604)・レベッカ・アマデーオ(ka1963)・リュー・グランフェスト(ka2419)の3名は路地裏を進む。ノンベエとレベッカが先行しつつあるが、リューはその場に居なかった。馬を通すことの出来る道は限られており、2人よりも更に遠回りをしている。
「大役ってほどでもないよね、実際。迂回戦術なんて一般的だし」
「そうでもないわよ。私達が失敗したらこの戦いの負けが確定するの。責任重大よ」
「げ…」
 ありふれているから価値がないわけじゃない。需要と供給の状況により価値は変動する。戦略上の負けまでは責任は負わないものの、ハンター達が失敗すればヴィオラは撤退を決定するだろう。
「でも、それで失敗しても責められる事はないわ。ヴィオラさんがいるもの」
「……そりゃ、ケツ持ち任せっぱなしに出来るのは気が楽だけどさ」
 レベッカは少し納得いっていない顔である。責任はとりたくないと思っても、押し付けるだけというのは気分の悪いものである。ただそれが軍隊の中に絶対の役割でもあった。
「見えたわ」
 ノンベエが路地の先の開かれた空間を見る。そこには指揮官の歪虚が変わらず悠々と立っていた。位置が低いため周囲の状況を把握しきれないが、まだ別働隊も攻撃を控えているらしい。出口近くの木箱の陰に身をひそめると、ノンベエの魔導短電話へ着信が入った。
「B班、配置についた。…………こちらからリューも見えている。…………そちらは?」
 センベェの声だった。所々会話が不自然に切れるが、話しているノンベエは彼の会話の間の取り方を知っている。
「問題ないわ。いつでもいけるわよ」
 会話の内容を察し、レベッカが銃のセーフティを外す。
「わかった。………リューが来たら始めよう」
 通話は途切れた。秒読みこそ共有できないものの、ピリピリした緊張感に場が満たされていく。遠くで、リューの愛馬のいななく声が聞こえた。



 羊型歪虚は虚を突かれた。回り込んだ騎兵、背中に刺さる矢と銃弾。優先順位をつけることも出来ず、次の一撃をかわすことができなかった。
「今……スリープクラウド!」
 ハヤテが放ったスリープクラウドは歪虚の指揮官を中心に広がり、取り巻き達の意識を奪った。流石に歪虚のボス級となればそれにも耐えたが、思考に靄をかけるには十分だった。一拍遅れて屋根の上から路地の合間から、銃弾と矢が放たれる。2体はネイハムの狙撃によって頭を穿たれ、痛みを感じる間もなく絶命した。
「苦しませないなんて、俺も優しいね」
 それも作戦の為に最適な判断だった。ネイハムは2射した後、反撃が集中しないように場所を移す。一時的に彼の攻撃は止むが、その場を代わりにレベッカが引き受ける。魔法の影響からいち早く逃れた者も居り、ネイハムのようにヘッドショットで一撃とはいかない。それでも足を失えば状況は大きくは変わらない。腰から下に狙いを定め、レベッカは一匹ずつ羊を無力化させていく。
「得物の調整間に合って良かった……当てやすさがダンチだわ」
 彼女の位置は路地裏で、木箱を遮蔽にとって撃ち続けている。レベッカは一度射撃を切り上げる。混乱した敵の中に、味方が突撃するのが見えたからだ。
「うおおおおおお!!」
 雄叫びをあげ馬に乗ったリューが突撃する。得物の大太刀で歪虚をすれ違いざまに切り付けた。歪虚は鉈を手にその一撃をいなして避けるが、動きが止まった瞬間を狙い鎖の鞭が歪虚の足に絡みついた。
「ベリアルちゃんほど胸板は厚くないけどまぁいいわぁ。貴方で我慢してあげる!」
 ノンベエのチェーンウィップだった。動きの止まる両者。歪虚は鎖の鞭を引き剥がそうと全力で暴れる。ノンベエ1人の力では押さえつけられるようなものでもないが、それは彼自身も先刻承知の事。動きが止まり、武器を振り回せなくなったところに、屋上よりドン=ベェとセンベェが矢を射掛けた。放たれた矢は歪虚の胸や太腿を突き刺し、黒い血が地面に流れ出す。
「これは天罰でござる!」
 更に追い討つように矢を放つ。歪虚は鉈で弾き、受け、切り払うも、徐々に勢いを減じていく。その背中目掛けて、リューが再度突撃を敢行した。
「覚悟しろよ。お前だけは絶対に許さねえからな! おりゃぁぁぁぁ!」
 大太刀を受ける力はなく、歪虚は背後からの斬撃で大きく身を抉られた。
「さあ、観念してジンギスカンにおなりなさい!」
 これ以上は姿を隠す必要もないと、前進した射手達が一斉に攻撃を開始する。銃弾と矢を幾度も身に受け、遂に歪虚は膝から崩れ落ちた。
「よし、今度こそ羊肉でジンギスカンでござる」
「……ああ、持って帰ろう」
「ジンギスカン?」
 不穏な会話を始めるBee一族に、ネイハムはうっかり突っ込みをいれてしまった。幸い一族は皆、肉を剥ぎ取ることしか考えていないために彼の発言は聞こえてなかったようだ。
「あんなの捌いて食ったら腹壊すわね、確実に……」
「いや、それよりも……」
 ネイハムはレベッカにわかるように、倒れた歪虚の死体を指差す。歪虚は倒れた順番で、いつもと同じように黒い霧となって空へと還っていった。
「あいつら、消えるよね」
「そうね」
 そして再度、Bee一族の悲嘆が始まった。



 その後、指揮官が倒れたことで根本の術が解除された事が確認された。各自の行動は素早く、魔術師達はスリープクラウドで一時的に民間人を眠らせにかかり、聖堂戦士は治療へと専念するため武装を解いた。それ以外も民間人の介抱を始め、ようやく戦場が落ち着いたことが実感できるようになった。その中で、未だに波乱の最中に居る者もいた。
「……え、肉無いじゃん?」
「ゴン殿、申し訳ないでござる」
 ゴンベェを前に、ドン=ベェは深く頭を下げる。センベェもノンベエも神妙な顔つきだ。
「また消えてしまった。すまん」
「ごめんなさいねえ。今度は急いだのだけど」
「くっそー……。こんなのってあんまりじゃん……?」
 結局食い物の恨みはまるで消えていなかった。逆恨みでも恨みは恨みである。晴らされるまでは彼らが納得することはないだろう。
「次こそは絶対に食ってやろうじゃん!」
「「おー!」」
 食べ物の恨み恐るべし。この後旨い物でも食えばどうでもよくなりそうな気配もあったが、今だけは再戦を誓って闘志の炎を燃やしていた。
「だから消えるんだって何度言えば……」
「もう放っておこうよ」
 レベッカもハヤテも呆れ果て、揃って膝をつき項垂れる一族から離れた。別働隊のほうも戦況は安定したらしく、ヴィオラは指揮を止め、全てが各部隊長にゆだねられていた。それで休むかと言えばそうでもなく、ヴィオラは1人の聖導士として民間人の治療に加わっている。イレーヌと何事か話すヴィオラは年相応の普通の女性に見えた。ネイハムは銃の手入れだけに専念し手伝うことなく、ヴィオラを視線で追っていた。
「しかし、今日の手並み、聖女様とやらは立派な聖導士だね。
 ……彼女もそうであれば……あの時、何か違ったのかな」
 ネイハムの脳裏に、死んでいった者の顔が浮かんで消えた。済んでしまった事だ。こうであれば良かったなんてIFの話は、現場の人間にはさして意味が無い。ネイハムは傷ついた兵士を見る事も気が進まず、ぼんやりとした視線で空を見上げた。

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参加者一覧

  • THE "MAGE"
    フワ ハヤテ(ka0004
    エルフ|26才|男性|魔術師
  • 白嶺の慧眼
    イレーヌ(ka1372
    ドワーフ|10才|女性|聖導士
  • 愛しい女性と共に
    レイス(ka1541
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • Beeの一族
    Gon=Bee(ka1587
    人間(紅)|35才|男性|疾影士
  • 一本UDONマイスター
    Don=Bee(ka1589
    エルフ|26才|女性|猟撃士
  • Beeの一族
    Non=Bee(ka1604
    ドワーフ|25才|男性|機導師
  • 嵐影海光
    レベッカ・アマデーオ(ka1963
    人間(紅)|20才|女性|機導師

  • Sen=Bee(ka2042
    人間(紅)|30才|男性|猟撃士
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 白狼鬼
    ネイハム・乾風(ka2961
    人間(紅)|28才|男性|猟撃士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/12/04 01:15:16
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レイス(ka1541
人間(クリムゾンウェスト)|21才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2014/12/07 21:52:36