• 幻兆

【幻兆】叡智求め、森へ

マスター:四月朔日さくら

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/03/01 19:00
完成日
2018/03/06 06:22

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 ヘレが眠りだして数日。
 リムネラはなにやら荷造りをしていた。
「……リムネラさん、本当にいくんですか?」
 補佐役のジークが、不安そうに尋ねる。リムネラはにっこりと微笑んで、頷き返した。
「幻獣の森は、聖地にも近いデスし、巫女とも縁の深い場所、デスから。ワタシが直接ナーランギに聞くのが、キットいいと思うのデス」
 ヘレが体調を崩した一番の原因に、もし心当たりがあるとすれば――それは四大精霊のイクタサ、ソサエティ総長のナディア、そして大幻獣ナーランギだろうと言うのが今の結論だった。
 そして彼らに情報を求めるため、ユニオンとしても依頼を出したのだが――ナーランギのもとには、リムネラ自身もついていくというのだ。
 ナーランギの住むのは、リムネラも言っていたとおりの「幻獣の森」。白龍と懇意にしており、森の守護者たるナーランギはそこから動くことこそないが、深い叡智をたたえた瞳を持っていて、一を聞いて十を知るような大幻獣だ。
 かの大幻獣を慕う幻獣も数多く、住処を追われた幻獣たちを保護するために今はその力の殆どを幻獣の森の維持に使っている、見た目に反して優しいところの多い大幻獣なのである。
「ナーランギは、優しい方デス。以前のチューダの失態も、最終的に酷く咎めることもセズ、そして今も人間を信じ切っているわけではないデスが、必要な時に手を貸してクダサイマス」
 リムネラはそう言って、いまだ眠っているヘレの頬をそっと撫でた。それでも気付かないくらい、ヘレは深い眠りに落ちている。
 ヘレの体調の急激な変化の原因を求めるべく、リムネラは自らその答えを求めに出かけることを決めたのだった。こういう時のリムネラは自分の意見を曲げることがあまりない。そのくらい、リムネラは今、真剣だったのだ。
「ハンターたちを勿論信じてイマス。けれど、ワタシも、いてもたってもいられなくて……!」
 リムネラの意見は酷く理解出来る。ジークはしばらく悩んだ後、判りました、と苦笑混じりに頷いた。
「その代わり、ちゃんと無事に帰ってきて下さい。約束ですよ」
「……! アリガトウ、ジーク」
 少女は年齢相応の笑みを浮かべて、頷き返したのだった。

リプレイ本文


「幻獣の森へ来るのも、久しぶりじゃのう」
 大きな酒瓶をもって先を歩く姉・星輝 Amhran(ka0724)の何処か楽しげな態度と対象的に、妹のUisca Amhran(ka0754)はきりりと顔を引き締め、慣れぬ道を歩くリムネラ(kz0018)のそばをついていた。
 リムネラの背には、幼い白龍――ヘレが眠りについたまま、負われている。状況を鑑み、大幻獣ナーランギの元へリムネラが向かうことを決めてから、リムネラなりにもヘレを連れて行きたいと思っていたのだろう、背負い籠のようなものの中でヘレはおとなしく眠っていた。
 しかしUiscaが気にかかるのは、リムネラについてもだ。
「もしもリムネラさんとヘレちゃんが同調をしているのだとしたら、あなたの不安がヘレちゃんに良くない影響を及ぼす可能性もあるかも……だから、リムネラさんも元気出して、ね?」
 Uiscaはそう言って、リムネラの手をそっと握ってやる。
「それにしても……先日の、ヘレの容態が悪くなった参拝の時から……気になっていたことはあるんです。ただの偶然の可能性もありますし、それにこしたことはないんですけれど」
 智の求道者・天央 観智(ka0896)がぽそり、と呟いた。
(あの時、リアルブルーの……とくに日本の神と、クリムゾンウェストの精霊との類似性を挙げて、その実在性の有無以外はよく似ていることを指摘したのは僕自身ですが……確かにそうは言いましたが、果たしてリアルブルーに、本当に精霊はいないのでしょうか……? 認識が違うだけで、存在はしている……?)
 考え出すととまらない。
 リムネラとヘレが体調を崩したその場にいて、今回同行しているのはエルフの姉妹と観智――だが、それぞれの立場やものの考え方の違いなどから、目的は同じ『ヘレの容体についての詳細を知る』でも、その心理やアプローチはかなり異なる。
 また、今回の同行者にはナーランギと以前顔を合わせたことのあるものもあった。その一人、夜桜 奏音(ka5754)は、ナーランギのためにちょっとした土産物も用意しているとあって少しばかりそわそわとしている。
 もともとナーランギという大幻獣は、人との交わりを密にしたがらないところがあった。ここ何年かのハンターたちの動きで少しずつ態度が軟化してはいるが、もともと幻獣の森の守護者であり、そこから動くことをよしとしない。見た目は厳つく、考え方も堅物なところのあるナーランギだが、しかしそれゆえに一部のハンターたちには慕われる、と言うこともあった。
「言われて見れば確かに、ここに来るのもずいぶん久しぶりだな……森の皆は、元気かな。無論、ナーランギ様も……聞けば応えてくれるひと、って言うか大幻獣なのは判ってるけど、割と難解だからなぁ」
 きょろきょろと周囲を見ているのはやはり以前にも幻獣の森に来たことのあるグリムバルド・グリーンウッド(ka4409)。幻獣という存在を――と言うよりも動物全体をこよなく愛する青年は、この幻獣の森に生息している幻獣たちの様子も確認したそうにしているが……まあ、それはまたあとで改めてすることもできるだろう。
 それよりもヘレのほうが心配だ。今までに無い状況でリムネラですら取り乱してしまうほどなのだから、余程のことなのだろうとは推測が出来る。
 今は眠っているだけに見えるが、何故眠っているのか、果たしてこれがいつ目覚めるのか、まったく予想だにつかないのが困りもの、と言うところだろう。
 逆に、ナーランギに初めてで会うものもここにはいた。アイラ(ka3941)や、リュー・グランフェスト(ka2419)はそのいい例だろう。
(それにしても大幻獣ナーランギ、か……一体どんな話が聞けるかね)
 リューは持参した酒をちらりと横目に見ながら、眉間に僅かにしわを寄せる。ナーランギは酒を好むと言うことで、今回の荷物の中には多くの酒が入っていた。
「リムネラは大丈夫か? 何かあればいつでも言ってくれて構わないから」
「大丈夫、デスよ。大霊堂マデは転移門を使いマシタし、それに――ヘレはモット苦しんでいるかも知れないとイウのに、軽々しく休むコトはデキません」
 リムネラは少し無理矢理そうではあったが、微笑んで見せた。笑顔が他の人に元気を与えることを、リムネラは知っている。だからこそ、今は笑顔で――リムネラはそう言う、控えめな強さも持った少女だった。
「でも、ヘレちゃんのこと、心配よね……リムネラさんも、普段は私たちみたいに荒事を生業にしているわけでもないし、無理ばかりしなくていいんだからね?」
 アイラがそう言ってぽんとリムネラの肩を叩くと、リムネラも小さく頷いた。そして照れくさそうに、
「ソレナラ、少し休憩、イイですか……?」
 どうやら軽い靴擦れを起こしているらしい。仲間たちもそんな態度に小さく微笑んで、こっくり頷いて見せた。
 森の一角に座り込み、水を飲みドライフルーツを少しばかり口にする。その合間に、靴擦れや小さな切り傷などの応急処置もする。そんな様子を眺めながら、本格的な依頼は初めてというエニル・ファヴラス(ka7148)はぼんやりとその様子を眺めていた。
 彼女はドラグーン。只人よりも龍に近い存在ではあるが、そんな彼女でも龍の病気についてはさっぱり判らない。病気や怪我はたしかに日常茶飯事としてあるが、いわゆる「龍」が鼻水をすするなんて言うのは聞いたこともない。
(そもそも本当にご病気なのかも、よく分からないし、……ねぇ?)
 彼女の勘は、意外に鋭い――のかも知れない。


 休憩を終えてからまた歩きだして小半時もした頃、彼らは無事目的の場所、即ちナーランギのもとにたどり着いた。
 ロックイーターという大きな亀に絡みつくようにいる、緑色の蛇体。見た目にも歳経た印象があるのは、ふさふさと垂れ下がった眉や真っ白いひげのせいもあるのかも知れない――が、もともと大幻獣の中でもかなりの高齢であるのは間違い無いだろう。
 先代白龍とも懇意の関係だったというのも、恐らくそう言う背景があるからだろうし、そもそもナーランギがこの幻獣の森をずっと守護してきたのだろうから、少なくともそれだけの時間を、ナーランギは生きているはずなのだ。
 もっともそのせいもあって、諦観的、悲観的な性格を持ってしまったとも言えるのかも知れないのだが。
「ナーランギ……」
 ナーランギに直接会うのは、思えばリムネラも初めてだった。リムネラは基本的にリゼリオのユニオンか、そうでなければ聖地リタ・ティトの大霊堂にいることが殆どで、ほかの世界をあまり目の当たりにしたことがなかったからだった。そして初めて旅をしたリアルブルーで、まさかの事態になってしまったわけだが。
 ナーランギは――呼びかけに応じたのだろうか。おもむろに身体を動かし、閉じていた瞼を重々しく上げて眼をそろりとうごかした。垂れ下がる眉毛の下から覗く蛇眼は人々の心の中まで見透かすかのように鋭く、そして同時に叡智の光をたたえていた。
「……聖地の巫女か。初めて見る顔だのう」
 重々しい声でナーランギが言う。その言葉にリムネラのみならずハンターたちも、ぴょこりと頭を下げた。その威圧感は、間違いなく大幻獣という単語に相応しいそれだったからだ。
「……お久しぶりです、ナーランギ様。以前お会いしたことを、覚えてらっしゃいますでしょうか?」
 そんな緊張に包まれる中、奏音がそっと口を開く。
「お前は……確か、以前にもここへ来たことがあったな。そこのエルフたちも、それにそこの青年も。巫女だけでなく、ハンターも一緒とは、これはまた珍しい」
 ナーランギはそう言って、ゆるりと頷いてみせた。名前まではさすがに覚えていないようだが、見覚えがあると言ってくれるだけでも話は早い。
「久方ぶりじゃが覚えていていただけておるのは嬉しいのう。これは土産の酒じゃ、新作も多いゆえ是非にと思うてな」
 どん、とキララが酒瓶をナーランギに見せつけるように置くと、にかっと笑ってみせる。酒好きなナーランギは一瞬目を輝かせるが、すぐにその光を鎮め、
「もらえるものはありがたく戴こう。しかし、もとよりそれのみが目的でないのだろう? 見ればわかる」
 そう言って、リムネラの背にちらりと視線を投げかけた。
「……幻獣ではないな。龍の子か」
「はい、ヘレといって――ワタシの、大切なトモダチです……。あ……、ワタシはリムネラ、いまは普段リゼリオでハンターのお手伝いをしてイル、聖地の巫女デス」
 リムネラは僅かに声を震わせながら、そう返事をし、名乗りを上げた。無理もない、リムネラとてナーランギと言葉を交わすのは初めてである。確かに大幻獣というくくりであるならチューダやテルルといった面々もいるが、それよりも遙かに年を経た、人付き合いもそれほどしない、ある意味において大幻獣の中の大幻獣とも言える存在、それがナーランギに対する印象だ。いや、幻獣というよりも、もっと別の何かに喩える方が適しているような気さえする、そのくらい見知った大幻獣たちとは雰囲気を異としていた。
「私は、エニル・ファヴラス。ドラグーンと呼ばれる種族よ。人間とも、エルフたちとも違う、青龍の加護を受けた種族。それでも、龍のご病気というのは判らないので……助けていただければと思って」
 エニルはそう言うと、ちらりと己の鱗を垣間見せる。
「……青龍も偏屈なところがある奴ではあったが……守護者を作るというのも、思えば彼奴らしい」
 それを見たナーランギはそう言って、そっと目を細める。何かを懐かしむようなその眼差しは、不思議と納得出来る気がした。
「俺も名乗らせて貰おう。俺はリュー。リュー・グランフェストだ。よろしくな、ナーランギ」
 騎士として礼を欠くのは、たとえ幻獣という存在であっても相手に敬意を表わす上ではしたない行為と考えたリューは、しぜんと身についた名乗りを上げる。
「いろいろ疑問は尽きないが、まずはほかのみんなの言うように、少し気持ちをやわらげてからだ。お互い話すことも話せなくなるだろうからな」
 そう言いながら、爽やかに笑みを浮かべる。熱血漢ではあるが、こういったときの筋道を立てるのは、決して苦手ではないのがリューという人物なのだろう。
「私も、お初にお目にかかります、ナーランギ様。私は、アイラと言います」
 アイラもにっこり笑って挨拶。そして主演の準備も行う。Uiscaとキララは既に知己であることなどもあって仰々しい挨拶は省いたが、
「先日行ったリアルブルーで、『ジンジャ』と言う宗教施設では『オミキ』というものを奉納すると聞いたんです。リアルブルーの神様は、お酒を好むそうで……これはその為の清酒です」
 リアルブルーで学んだ神へのもてなし方を、ナーランギに実践するらしい。
「……あと、これは最近、チョコを渡して想いを伝えるというイベントがあったので……ナーランギ様に、親愛をこめてお渡しします」
 そう言いながら、ナーランギの為のバレンタインチョコをしっかり用意している奏音。
「ふむ……そう言えば以前にも、この時期にチョコレートを持ってきたものがおったな。あれもついこの間と思っていたが……」
「ナーランギ様は長い時を生きているので、出逢いもつい先ほどのように感じるのかもしれませんね。私はまたお会い出来たことを光栄に思っています」
 奏音はそう言ってふわっと笑いかける。
「そういう、ものなのかもしれんのう」
 ナーランギも小さく笑って見せた。


 酒を飲み、菓子や酒の肴をつまみ――軽い酒宴にハンターたちもほんのりほろ酔い気分。
 酒の飲めないひとにはジュースや炭酸飲料が配られ、奏音は得意とする舞を一差し舞い、その場を盛り上げる。
 話題もふんだんにある。幻獣の森の外の世界のこと、このクリムゾンウェストの動向や、リアルブルーとの今の関係性、オートマトンと呼ばれる種族の存在……そんな一つひとつが、ナーランギに対しては良い話の種になる。
 ――もともとナーランギは人間と距離を置き、孤独に生きてきたこともあって、こういうもてなしにそれほど慣れているわけではない。それでも伝わってくるハンターたちの好意に、つい目を細めて見つめてしまう。歓待を受け、心も穏やかになってくる。
 初めてハンターたちが幻獣の森に入ってきた時、ナーランギは彼らを排除しようとした。それは、彼らの存在がまだ未知数過ぎたことも一因だが、今はそれに比べだいぶ状況も異なる。
 幻獣たちの信頼を得、ともに戦う関係性を作り、ほかの幻獣や大幻獣すらも受け入れてくれる懐の広さをハンターたちが持っていることを、ナーランギは知っている。
 だからこそ、ナーランギも彼らを受け入れることを否定しなくなってきてはいた……以前に比べれば、ではあるが。そして、以前よりは外の世界にも眼を向けてくれていた。
「酒も、菓子も、……人間は面白いことを考える。不思議な話だが、白龍や黒龍と言った面々がお前達の加護をすることを決めたというのも、納得がいくな」
 ナーランギはそう言って、ほうとため息をついた。
「白龍や、青龍が選んだ道があるように、誰しも己の生き方は自分で決めるもの……我はただ、それが幻獣の森と幻獣を護ることだった、と言うことなのだろうな」
 何処か懐かしげにそう言って、ちろりと酒をまたなめる。彼には彼なりの昔語りもまだありそうだが、そういうふうに過去を懐かしむその姿は、ナーランギに質問をするのに良いタイミングなのかも知れない――ハンターたちにはそう思われた。
「ナーランギさま、……私はヘレちゃんの体調が悪いのは、何かの前触れのような気がするのです……。私は以前、神霊樹を通じて過去の白龍様と話す機会を得たこともあります。だからこそ、白龍様が託してくれたものを受け継ぎ、次へと伝えていきたい……そう思っています。何か、心当たりだけでも、ありませんか?」
 Uiscaがそう言って、じっとナーランギを見つめる。キララもキララで、
「くわえてヘレが変化を示したのは、異界の神域。ワシはそこに、何かしらの可能性を感じた。可能性は無論表裏一体のものではあるが、ゆえにその原因や結果を突き止めねばなるまい?」
 そう言って、眼光鋭くナーランギを見据える。
「この幼き白の龍はまだ生きている。そして助かるようにと望む者がいる。希望を持ち、生を願い、絶望に抗うのも理と言えるだろう……だって、生きていればこうして美味い酒を飲むこともできる。滅びに酔うよりも、余程美味いものだろう?」
 リューの言葉も、じわり、と各々の胸に染みいった。
 生きていれば。
 それは、何を置いても大切なことだ。
 ――と、ナーランギは口元からふっと優しく息をついた。
「お前達はこの幼龍……ヘレと言ったか、此奴の状態を不安がっているようだが、此奴は別に死に至る病に冒されているというわけではない。むしろ、よい兆候だ。成長の前段階……と言うべきか」
「……成長……!?」
 ナーランギの言葉に、それぞれがそれぞれの反応を示す。驚きの表情を浮かべる者もいれば、やはり、としたり顔の者も。
「……デモ、」
 リムネラが不思議そうに問いかける。
「デモ、大霊堂にも、記録とかは、ナクテ……」
「それはおそらく、今までの白龍たちが既に成体だったからだろうのう。記録が残っていないのも仕方あるまい。そもそも龍がどこにどう生まれるか、それすら人間達の記録には殆ど残っていないのではないか?」
 ナーランギの言うこともまたもっともだった。
 リムネラの記憶の中にある白龍は確かに既に大きく、人間の言葉も理解するし言葉を交わすことも出来た。しかしヘレは違う。いつの間にか聖地にいて、リムネラと行動を共にするようになって……リムネラと出逢ってから、十年前後と言ったところだろうか。確かにその間、ヘレの体格などに変化は殆ど見られなかった。
「どんな動物でも、成長の前に何かしらの変化があるだろう。今の其奴――ヘレも、その状態だ。身近な動物で言えば、冬眠をしているとか、そう認識すればいいだろうか」
 或いは、蝶になる前のさなぎ。
 そんな状態のヘレを無理矢理に起こしたりすれば、逆に成長の妨げにもなるだろう――ナーランギはこうも付け加えた。
「……それでは、成長過程ゆえにこのような変調を来している、と言っていいのですね? 第三者による、故意のものではなくて」
 アイラが確認するように問いかけると、そこでナーランギは小さく目を伏せた。
「故意、と言うわけではないが……急に成長の兆しを見せるに至った原因は、先ほどお前達の言っていた、リアルブルーへ向かったこともおそらく無関係ではなかろうな。リアルブルーで、強大なマテリアルを感じたと、先ほどリムネラは言っていたと思ったが」
 酒宴で話したリアルブルーへ赴いた時のことだ。神社――即ちリアルブルーの宗教施設で、リムネラは倒れ、そしてそれからヘレも目覚めぬままになってしまった。その時にリムネラの感じた、強い何かの意志のようなもの――あれは、以前感じたことのある、大精霊のマテリアルに近くなかっただろうか?
「……それは、僕も考えていました。リアルブルーに、本当に精霊は存在しないのかと」
 観智はぽつり、と言った。それまで言葉少なだった観智が、ゆっくりと、しっかりと口を開く。
「六大龍は上位の精霊、と言うことですけれど、その眷属達は幻獣……マテリアルの影響を、大きく受けた動物……扱い、と言うのも不思議なんですよね。成り立ち、と言いますか。でも、もし僕たちが認識していなかっただけで、リアルブルーにも精霊が居たとしたら、彼らは僕たちのことをどう思っているのでしょうか? とりあえずリアルブルーにも大精霊がいることは……確定みたい、ですけれど」
「そうだな。我もほかの世界に詳しいわけではないが、この幼龍からはクリムゾンウェストのものとは少し異質なマテリアルを感じることができる。恐らくそれが、大精霊リアルブルーに、知らぬうちにコンタクトをしてしまった影響なのだろうが」
 ナーランギも、静かな声で頷いた。
「……でも、その精霊や大精霊は、人に近い視点で、異邦の友と思ってくれているのでしょうか? それとも、この世界の精霊や大精霊のように……敵……つまり捕食しようとした者の遣いと、思われるんでしょうか……? もしリアルブルーの精霊の干渉がこの結果を生み出したのなら、何かわかるかな、と」
 観智の言葉は続く。
「それは当事者にしか判らぬよ。しかし、……少なくともこの幼龍からは、悪しきものは感じられぬよ。もっとも、今までの話を聞くと、異界でも歪虚の動きがあるのは事実で、それをなんとかする為にむこうの大精霊たちも何か目論んでいるのやもしれんがな」
「……ナーランギ様」
 そこで声を上げたのはグリムバルドだった。
「もしかしたら、ナーランギ様なら、今の状態を少しでも楽にする方法を、知っているのではありませんか? つまり、今回で言うなら成長を促す方法、と言うことですけれど……もしくは、白龍についてナーランギ様より詳しい人、知りませんかね?」
 話題を遮ることにはなってしまったが、まずは聞くべきことを聞くのが優先だ。
「……蛇の道は蛇、と言うだろう。それならば、龍について詳しいのは……何かわかるか?」
 ナーランギは少しばかり考えてから、そう言葉を発した。
「え……龍、ですか? でも、龍なんて……」
 グリムバルドがそう言った途端、エニルがぱっと顔を輝かせて立ち上がった。
「……青龍様、ですね!」
 ドラグーンの彼女は、すぐに思い当たったらしい。ナーランギもその通り、とばかりにゆるりと頷く。
「北方にはまだ、青龍の勢力がある。龍園と呼ばれているのだったな? 確かにドラグーンでは判らぬかもしれんが、青龍本人……或いは、それに限りなく近しい存在に話を聞けば、何か判ることもあるかもしれん。少なくとも、こんな鄙びた生活をしている老いぼれなんぞよりも、ずっとな」
「ナーランギ様、そこで自分を卑下しないで下さい」
 Uiscaがそう言ってそっとナーランギに笑顔を贈る。それから、そう言えば……と、言葉を続けた。
「もしもそれに対する試練が必要なのだというのなら、……私たちはその試練に必ず打ち克って見せます。だって、私は白龍の巫女……ヒトを肯定し続けた白龍様に仕え、そのヒトの力を誰よりも信じている者だから」
 白龍の巫女――それは聖地の巫女全てに言える。そして、聖地で修業をした巫女の数とて多い。なのでそれを大きく振りかざすことは、実はそれほど意味の無いことではあるのだが――Uiscaはそれを強く言う。
「試練はむしろ龍園に向かってからあるであろうが……その龍園に向かうのも、きっと青龍はお前達の力を試すようにしたいに違いない。いにしえより続く巡礼路がある、それをつかって行くのが望ましかろう。お前達が青龍と話すに足る者であると伝える意味も込めてな。ハンターに悪いことはしないだろうが、そう言う心構えを見せて向かう方が良かろう」
 なるほど、言われて見るとそうかも知れない。転移門でなんの苦も無く向かうよりも、そういった試練を自分に課すほうが、恐らく相手の気持ちを動かしやすい。
「……そういえば……先代の白龍様が消える時に言っていた『イステマール』という大幻獣は、私たちにお力を貸してくれないのでしょうか?」
「イステマールは……もうおらんのかもしらん。我も久しく会っていないのでな……」
 Uiscaの問いに、ナーランギは静かに応えた。
「いまわの際だったゆえ、白龍も気付いていなかったのだろう……イステマールは、あの時すでに、どこに居るかも判らなくなっていた。同じように後を託されていたから、知っている」
「……!」
「ゆえ、人を素直に信じられなかったのだ。白龍も、イステマールもないなかで、幻獣の守護だけに生きてきた我が、今まで調子よくやってきた人の役になど立つわけがない、と」
 ナーランギはそう、静かに言う。
「それでも、お前達は我を信じ、時には我の言葉を指標としてくれた。そんなにたいそうなものではないというのに……」
 ぽつりと言ったその言葉は、何処か切なげだった。目尻に、じわりと涙が溜っていく。
「人間を拒み、幻獣の守護ばかりしてきた我を、それでも信じてくれている。……なんと言葉をかければいいか」
「ソンな……ソンなこと、言わないでクダサイ」
 ナーランギが零した涙を拭ったのは、リムネラだった。リムネラは、それまでよりも明らかに優しい、微笑みを浮かべていた。
「そうじゃぞ、ナーランギ。おぬしがおらんかったら、判らなかったことも沢山あったじゃろうし、それに何より、リム殿に笑顔を取りもどしてくれた。お礼を何度言っても足りないくらいじゃ!」
 笑顔で言うキララの言葉も、ゆっくりと仲間たちの中に染みいっていく。
「次の目標も、見つかったことだしな」
 リューが言うと、アイラも
「うん。グランフェストくんの言うとおり、私たちは次に進む先を見つけることが出来たんだもの」
 そう言ってにこっと笑う。いや――ハンターたちは皆微笑んでいた。ナーランギに感謝の意を示しながら。

「行こう――龍園へ!」



 ――龍の成長の為に眠りについているというヘレ。
 次に目覚める時、ヘレはどうなっているだろうか。
 そして――リムネラも、どうなっているだろうか。

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MVP一覧

  • 止まらぬ探求者
    天央 観智ka0896
  • 太陽猫の矛
    アイラka3941

重体一覧

参加者一覧

  • 【魔装】の監視者
    星輝 Amhran(ka0724
    エルフ|10才|女性|疾影士
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • 止まらぬ探求者
    天央 観智(ka0896
    人間(蒼)|25才|男性|魔術師
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 太陽猫の矛
    アイラ(ka3941
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッド(ka4409
    人間(蒼)|24才|男性|機導師
  • 想いと記憶を護りし旅巫女
    夜桜 奏音(ka5754
    エルフ|19才|女性|符術師

  • エニル・ファヴラス(ka7148
    ドラグーン|16才|女性|霊闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/03/01 06:53:12
アイコン 【相談卓】大幻獣をたずねて
Uisca=S=Amhran(ka0754
エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2018/02/28 23:54:00