ゲスト
(ka0000)
【陶曲】未来への船出
マスター:のどか

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/02/26 19:00
- 完成日
- 2018/03/13 00:44
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
舞台の建設が進むヴァリオス中心広場でエヴァルド・ブラマンデ(kz0076)とロメオ・ガッディ(kz0031)は、その工事の様子をひと心地ついた様子で眺めていた。
「まぁ、なんとか形には纏まりましたな」
刈り揃えられたアゴ髭を撫でながら目を細めるロメオに、エヴァルドは静かに頷き返す。
「ええ、無事に当日を迎えられそうというのは何よりもありがたいことです」
冬の寒風が吹き抜けて思わず腕を抱いたロメオと裏腹に堂々とした姿の彼は、その艶やかな髪を風になびかせる。
「ポルトワール側の首尾はいかがなものです?」
「ああ、若い連中に頼んで進めさせてありますよ。なぁに、やることは漁獲祭なんかと変わりはしません。後進を育てることも指導者の務め――と言いながら、たまにはこうして誰かの尻について人を動かすことを覚えんと、この先いく年、身が持たなさそうで」
「気苦労、お察しします」
「ははは、あなたも今にそうなりますよ!」
苦笑するエヴァルドを、ロメオは自虐交じりに豪快に笑い飛ばした。
今回、同盟諸都市でとあるイベントが開催されることになった。
内容は『寄せ書きで帆を作ろう』というもの。
大きな布を各都市に配り、それぞれで開催する大小さまざまなイベントの中で、市民や観光客たちに寄せ書きを書いてもらおう――という内容だ。
最終的にはそれぞれで出来上がった「寄せ書き」を縫い合わせ、大きな『帆』を作り上げる。
同盟という大船のメインマストに張り掲げるような、未来と希望へのメッセージを込めた、一大イベントだった。
同盟内で相次ぐ歪虚の動乱は、人々を、そして国家そのものを疲弊させているのに間違いは無い。
一時なりを治めたかと思えば、忘れたころに再び生活を脅かす。
こちらの動揺を観て嘲笑うかのように神出鬼没の敵の動きは、まるで統率なんて取れていないようにも見えるが、だからこそ常に隣り合わせに在る恐怖として人々の心に擦り込まれつつあった。
各地で発見された謎の『腕』のこともある。
まだ見ぬ何かがこの地で蠢いているのではないか。
いや――それともとっくにこの国は歪虚の手の内にあるのではないか。
日に日に積もっていく汚水のような心配は、いつ心という器から溢れ出すかも分からない。
「同盟は商売人の国だ。いがみ合うのなんざ、歪虚に逆撫でされなくったって日常茶飯事だ。だけど、そう仕向けられる――ってのは、やはり気持ちのいいもんじゃない。商売人のいがみ合いには、それぞれの信念――利益の獲得ってヤツがある。店のため、自分のため、家族のため、理由は何だって構いやしない。それがあるからこそ競い合い、たまに――いや、しょっちゅうか――もめごとが起こったりもする。それに比べたら歪虚の奴らが仕向けたいがみ合いは、損ばかりで利益なんてありゃしない。よくよく考えりゃ、疑心暗鬼になる必要なんざ初めからなかったんですがね」
長々と垂れたロメオの言葉は、暗に自分のことを気遣っているのだろうと傍らのエヴァルドはすぐに理解する。
そもそも互いに評議会の都市代表同士というだけで、それほど付き合いのある相手ではない。
それでも、どうも演技が下手というか……隠し事のできない人間なんだろうな、というのはこのひと月ほどだけでよく分かっていた。
だからこそ、ポルトワールなんていう明暗がハッキリ分かれた都市をまとめ上げるにはうってつけの人材なのだろう。
信用は何よりも街の、人の柱――知っていても裏に裏を重ねて来た自分の生き方とは正反対のその姿は、どこかまぶしいようにも見える。
しかしながら自分自身もそう在りたいかと言えば、そうではない。
ヴァリオスでそんな生き方をすれば、骨の髄まで綺麗にしゃぶられるのがオチだ。
ポルトワールにはポルトワールの、ヴァリオスにはヴァリオスの流儀というものがある。
「おっと、そろそろポルトワールに戻らにゃ日が暮れてしまう。私はこの辺で失礼しましょう。お互い、無事に成功を祈っております」
「ええ、よろしくお願いします」
握手を交わして、ロメオは遠方へ控えさせた馬車へと乗り込んでいく。
その姿を見送って、エヴァルドは再び作業中の舞台を見上げる。
そして大きく1つ深呼吸をすると、スタッフの打ち合わせのためにオフィスの担当職員を待たせる事務所へと足を運ぶのであった。
「まぁ、なんとか形には纏まりましたな」
刈り揃えられたアゴ髭を撫でながら目を細めるロメオに、エヴァルドは静かに頷き返す。
「ええ、無事に当日を迎えられそうというのは何よりもありがたいことです」
冬の寒風が吹き抜けて思わず腕を抱いたロメオと裏腹に堂々とした姿の彼は、その艶やかな髪を風になびかせる。
「ポルトワール側の首尾はいかがなものです?」
「ああ、若い連中に頼んで進めさせてありますよ。なぁに、やることは漁獲祭なんかと変わりはしません。後進を育てることも指導者の務め――と言いながら、たまにはこうして誰かの尻について人を動かすことを覚えんと、この先いく年、身が持たなさそうで」
「気苦労、お察しします」
「ははは、あなたも今にそうなりますよ!」
苦笑するエヴァルドを、ロメオは自虐交じりに豪快に笑い飛ばした。
今回、同盟諸都市でとあるイベントが開催されることになった。
内容は『寄せ書きで帆を作ろう』というもの。
大きな布を各都市に配り、それぞれで開催する大小さまざまなイベントの中で、市民や観光客たちに寄せ書きを書いてもらおう――という内容だ。
最終的にはそれぞれで出来上がった「寄せ書き」を縫い合わせ、大きな『帆』を作り上げる。
同盟という大船のメインマストに張り掲げるような、未来と希望へのメッセージを込めた、一大イベントだった。
同盟内で相次ぐ歪虚の動乱は、人々を、そして国家そのものを疲弊させているのに間違いは無い。
一時なりを治めたかと思えば、忘れたころに再び生活を脅かす。
こちらの動揺を観て嘲笑うかのように神出鬼没の敵の動きは、まるで統率なんて取れていないようにも見えるが、だからこそ常に隣り合わせに在る恐怖として人々の心に擦り込まれつつあった。
各地で発見された謎の『腕』のこともある。
まだ見ぬ何かがこの地で蠢いているのではないか。
いや――それともとっくにこの国は歪虚の手の内にあるのではないか。
日に日に積もっていく汚水のような心配は、いつ心という器から溢れ出すかも分からない。
「同盟は商売人の国だ。いがみ合うのなんざ、歪虚に逆撫でされなくったって日常茶飯事だ。だけど、そう仕向けられる――ってのは、やはり気持ちのいいもんじゃない。商売人のいがみ合いには、それぞれの信念――利益の獲得ってヤツがある。店のため、自分のため、家族のため、理由は何だって構いやしない。それがあるからこそ競い合い、たまに――いや、しょっちゅうか――もめごとが起こったりもする。それに比べたら歪虚の奴らが仕向けたいがみ合いは、損ばかりで利益なんてありゃしない。よくよく考えりゃ、疑心暗鬼になる必要なんざ初めからなかったんですがね」
長々と垂れたロメオの言葉は、暗に自分のことを気遣っているのだろうと傍らのエヴァルドはすぐに理解する。
そもそも互いに評議会の都市代表同士というだけで、それほど付き合いのある相手ではない。
それでも、どうも演技が下手というか……隠し事のできない人間なんだろうな、というのはこのひと月ほどだけでよく分かっていた。
だからこそ、ポルトワールなんていう明暗がハッキリ分かれた都市をまとめ上げるにはうってつけの人材なのだろう。
信用は何よりも街の、人の柱――知っていても裏に裏を重ねて来た自分の生き方とは正反対のその姿は、どこかまぶしいようにも見える。
しかしながら自分自身もそう在りたいかと言えば、そうではない。
ヴァリオスでそんな生き方をすれば、骨の髄まで綺麗にしゃぶられるのがオチだ。
ポルトワールにはポルトワールの、ヴァリオスにはヴァリオスの流儀というものがある。
「おっと、そろそろポルトワールに戻らにゃ日が暮れてしまう。私はこの辺で失礼しましょう。お互い、無事に成功を祈っております」
「ええ、よろしくお願いします」
握手を交わして、ロメオは遠方へ控えさせた馬車へと乗り込んでいく。
その姿を見送って、エヴァルドは再び作業中の舞台を見上げる。
そして大きく1つ深呼吸をすると、スタッフの打ち合わせのためにオフィスの担当職員を待たせる事務所へと足を運ぶのであった。
リプレイ本文
●
春の風が吹き始めたヴァリオスは大勢の人影で溢れていた。
中でも人通りが多い商店街の一角で、店主へ頭を下げながら店の外へと出て来たイルム=ローレ・エーレ(ka5113)は、手にしたチラシを玄関脇の壁に丁寧に張り付ける。
それからくるりと通りを振り返ると、大きく諸手を広げて見せた。
「さあ、友たちよ! 未来に向けて帆を掲げよう! 苦難の果てにこそ希望がある。今こそ共に希望を目指し、航海に出ようじゃないか!」
舞台上の俳優さながらに通りの良い声と身振りで注目を集めた彼女は、何事かと集まって来た通行人らへ壁に張ったものと同じチラシを配っていく。
「中心街の広場で笑いあり感動ありのステージイベントだ! ぜひ、ご足労を!」
神代 誠一(ka2086)もまた同じように街へ出て、どこか懐かしい風景に表情を緩めた。
「変わらないな……いや、きっと変わらないように頑張っているんだろうな」
街並みの裏に見える人々の想いを噛みしめながら通りを行くと、不意に彼を呼び止める声がする。
「おや……兄ちゃん、久しい顔だねぇ!」
見ると、馴染みだった店の店主が変わらない笑顔で手を振っているのが見えた。
「おじさん! どーも、お久しぶりです」
店の中では昼の開店前から居座る常連客たちが、すでにしこたま楽しんでいる様子が目に入った。
変わらぬ様子に思わず苦笑しながら、店先をくぐる誠一。
人がいれば、どんな状態だって街の色はきっと変わらないのかもしれない。
会場の方では既にチラシ片手に、またはたまたま通りがかって興味を持った人々が特設ステージの前にわらわらと集まって来ていた。
「お客さんがいっぱいですね!」
「ええ、ここまでの首尾は上々と言って良いでしょう」
舞台の影から客席を覗くアシェ-ル(ka2983)へ、エヴァルド・ブラマンデ(kz0076)は堂々とした笑みを浮かべながら頷く。
「同盟の皆さんは魔法慣れしていそうですが、精いっぱい頑張ります!」
「そんな事はありませんよ。我々一般人からすれば、まだまだ日常生活から遠いもの。期待しています」
「はいっ!」
エヴァルドの言葉に意気込むように返事をして、彼女も持ち場へと駆けて行く。
「ブラマンデちゃんも色々やること一杯だろうけど……とにかく、笑顔笑顔、ニャスよ♪」
「ええ……そうですね。どんな時も眉間に皺だけ寄せないよう、それだけは長年気を付けているつもりなのですが」
苦笑するエヴァルドに、ミア(ka7035)は自分の眉間をグリグリとほぐすように押して見せる。
「疲れも苦労も楽しんじゃえば、全部まとめて笑顔になれるニャス。それでもダメなら笑える舞台を見たら良いニャスよ♪」
言いながら着ぐるみの頭部ですっぽりと頭を覆った彼女に、エヴァルドもぽかんと見つめて、それから浅く噴き出したように笑みを浮かべてみせた。
一方、道元 ガンジ(ka6005)は彼女達とは違う、客席傍らの長机から会場の様子を見渡してその声を張り上げていた。
「来場の思い出に、寄せ書きをお願いします!」
元気いっぱいに呼び込む彼だったが、立ち上がって集まるのは身動きの取りやすい個人客が多く、おしゃべりをして待っていられるようなグループはなかなか動く気配がない。
どこか面白くなさそうにそんな状況を眺めていると、何かを思いついたように3段重ねのアイスを頬張る少年に声を掛ける。
「キミ、良かったら寄せ書き書いて行かない? 書いてくれたら、お礼にこのコインをプレゼントしてるんだ!」
言いながらまるで宝物を見せびらかすようにコインを向けると、少年は目を輝かせて傍らの両親の袖を引っ張った。
「え、寄せ書きだって? どれどれ――」
子供に釣られるようにして、彼らもその重い腰を上げる。
ガンジは小さくガッツポーズを作りながら笑みを浮かべると、すぐにペンを用意して彼らへと手渡すのだった。
「開演です、お願いします」
舞台袖で声を掛ける夜桜 奏音(ka5754)に、トップバッターの大道芸人がピエロのメイクで頷いて、ドタドタと危なっかしい足取りの演技でステージへと登っていく。
「戦闘とは違うとなると、少し緊張するものですね」
程よい緊張感を保つ奏音の耳には、ピエロの芸で大笑いするお客さんの声がこだまするように響いていた。
●
晴天に恵まれたポルトワール。
港のマーケットの様子を腕組しながら眺めたロメオ・ガッディ(kz0031)は、満足気半分、気疲れ半分の悩まし気な笑顔を浮かべて会場を回っていた。
ハンター達がそれぞれに連ねる店舗も他の商人たちと同じように市場に並び、威勢のいい呼び込みの声があちこちから響き渡る。
「どうも、調子はいかがですか?」
「おう、代表さん! まだまだ始まったばかり、これからだぜ」
店先に現れたロメオに、小物店をしているジャック・エルギン(ka1522)は意気揚々と力こぶを作って見せた。
「ちなみに、今日のイチオシは?」
「ブローチなんかお勧めだぜ。ちょっとやそっとの潮風じゃサビはしねぇ、丁寧な加工がウリだ」
ロメオは実際に手を取って出来を確かめるように眺めまわして、表面を優しく撫でてみる。
材質、作り共に申し分ない。
この商品がこの値段なら、赤字覚悟の大特価だろう。
「これはいいものだ。1つ取っておいて貰えませんかね? 財布を持ち歩いてなかったもので」
「取り置きだな、毎度あり!」
バチンと手を打って笑みを浮かべるジャック。
「売約商談なら、こっちも見て行ってくれませんか?」
不意に声を掛けられてロメオが振り向くと、隣の露店で革細工を売るクレア・マクミラン(ka7132)が品定めするような上目線で彼のことを見上げていた。
「いや、実を言うと俺も気になってたんだ。その加工、北方のだろ?」
「よかったら、ご一緒にどうぞ」
同じく皮商品も扱うお店として、先ほどからしきりに気にしている様子だったジャックを彼女は快く迎え入れる。
「入用のものがあればこの場でもお作りしますよ。手が掛かるものは本当に売約だけで後日、となりますが」
「そういやこの間、小銭入れが穴開いたんだった」
アゴ髭を撫でるロメオに、クレアはそれならばと店先の商品をいくつか手に取ってみせる。
「こちらとか、袋状の臓皮を使っていて縫い目がないんです。革自体も丁寧になめしましたし、そうそう破れることはありませんよ」
「ほほぅ、なるほどな」
熱心に聞き入るジャックの背中から、そんな様子を眺めてロメオは思わず苦笑する。
それはどこか、懐かしい光景のようにも思えた。
「他のお店の紹介――は、あなた方はいらないですね」
「ええ。とても貴重な話を聞けましたよ。その革巾着、1つ取り置きお願いします」
その言葉にクレオは静かに頭を下げると、ロメオもまた礼を返すのだった。
そんな彼らの背にした雑踏を、テクテクと歩いてゆく2人組の姿がある。
高瀬 未悠(ka3199)に手を引かれて歩く、見るからに怪しいネコの着ぐるみ。
その後ろを追いかける少年達が、着ぐるみの足やお尻に執拗にちょっかいをかける。
「リク……大丈夫?」
着ぐるみの口元から恐る恐る中へ声を掛ける彼女に、中の人ことキヅカ・リク(ka0038)は首を縦に振る。
「ぷえー……にゃ、にゃうう(大丈夫……これは着ぐるみの運命なんだ)」
謎言語で答えたそれは未悠に微塵も伝わることはなかったが、それとなく汲み取ると、彼女は笑顔でビラ配りを始める。
隙を見ては跳び蹴りを放つ少年達に、リクも負けじと手にした風船で手懐けようと応戦。
涙ぐましい我慢と努力が、彼らの仕事への使命感を支えていた。
「さぁさぁ、本日限定のスペシャルスイーツ『鯛パフェ』だよ~!」
濛々と香ばしい煙に包まれながらも、額の汗を袖で拭うジュード・エアハート(ka0410)の溌剌とした声が通りに響く。
特注の焼き型から出て来た魚型の生地に、クリームや果物をたっぷり。
クレープ風でとても美味しそうだが、焼き加減や焦げの程度によってはお腹いっぱいで悶絶しているお魚にも見えなくもない。
「ふむ……なかなか強烈な外見だね」
たまたまそういう魚と目が合って、エアルドフリス(ka1856)は苦い表情でやや引きつった笑顔を浮かべて見せた。
とはいえ目を引くのはもちろんのことで、客足は上々である。
「鯛パフェ、10個ばかしお願いできるかな」
「は~い、毎度っ……ってあれ、こんにちわ!」
店先に現れたエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)にジュードは驚いたように目を丸くする。
「ヴァリオスの方は大丈夫ですか? あっ、エアさんも盛り付け手伝って!」
「忙しくなる前に差し入れを調達していこうかと思ってね。こっちは自分用」
言いながらエラが揺らした紙カップからは、湯気と共にほんのりとアルコールとスパイスが香る。
「じゃあみんなのために張り切って――って、エアさん何それ!?」
ぱぱっと自分の担当分の包装を終えたジュードが振り向くと、そこには……なんだろう。
あれは……いや、やっぱりよく分からない、名状しがたいクリーム塗れの何かが鎮座していた。
「自分なりに知恵を絞ったのだが……」
首をかしげるエアと共に、何故がチョコレートでグリグリ強調された鯛の目玉が、熱でドロリと溶けて涙線を描く。
「とりあえずエアさんは呼び込みでもしてて……ね?」
「あ……うむ」
笑顔棒読みの凄みに気圧されて、エアルドフリスは逃げるように通りへ駆け出すのを余儀なくされていた。
●
ところ変わってヴァリオス。
厳かに舞台へ登壇した奏音は、ステージの中央で正座すると、持ち上げた一本の巻物を一思いに投げ開く。
そこに描かれのは、見事な水墨画の大自然。
息を飲んだ観客たちの前で彼女はゆっくりとした所作で立ち上がると、掛け軸を羽衣のようにはためかせながら、独特の足運びで自らも枯山水の水紋の如く、ゆらりとステージ上を漂う。
やがて掛け軸を通して高められたマテリアルが舞台上を淡い光で包み込んでいくと、彼女が見得を切った瞬間にその背に見事な水墨画の幻影が浮かび上がるのだった。
「……ふぅ、お疲れ様です」
歓声を浴びながら舞台袖へと降り立った奏音は、火照って汗ばんだ表情で入れ違いのアリア・セリウス(ka6424)に小さく頭を下げる。
アリアもそれに合わせて白いドレスの裾をちょんと持ち上げてお辞儀をすると、にこやかな笑みを湛えながらステージへと舞い降りた。
彼女はカナデにもそうしたように客席へ向かってふわりとお辞儀をすると、手にしたヴァイオリンをそっと肩口に沿える。
手にした弓と弦が奏でるのは、しんしんと音もなく降り積もる雪のような、穏やかな冬景色。
舞台裏からアシェールが放つ氷雪の魔法が、ステージの情感に花を添える。
知る知らずに関わらず、事件は起こり、大地も人の心も荒んでいく。
しかし、それに囚われ続けていてはそれこそ歪虚の思うつぼだ。
永遠はなく、明日はある。
冬が過ぎて、春が来るように――曲調を一転、陽の温かみに満ちた旋律と共に曲は締めくくられる。
彼女がもう一度、静かに腰を折るようにお辞儀をすると、喝采の拍手がその頭上に降り注いでいた。
「やってるやってる。盛況なようだね」
「ししょー、お疲れ様ダヨ♪」
ふらりと関係者口から現れたエラの姿を見つけて、舞台の準備をしていたパトリシア=K=ポラリス(ka5996)はピョンと傍へと駆け寄った。
「見習い君もお疲れ様。はい、これ皆に差し入れ」
言いながら手にした紙袋をガサリと持ち上げると、ふんわりとクレープの甘い香りが周囲に漂う。
「ありがとうダヨ~♪ お芝居終わったらの楽しみネ!」
「私は客席の方で応援しているよ、頑張って」
「イエス! この国に貰った元気を、今度はパティが返すんダヨ~」
ぶんぶん手を振りながら、意気揚々とステージへ登っていくパトリシア。
「うん、素敵な笑顔だね」
口にしながら、その姿をパシャリとカメラに収めるイルム。
隣で頷くエラもまた、どこかパトリシアの背中から目が離せないでいた。
●
お昼時が近づいて、ここから忙しくなってくるのがポルトワールのメシものブースだ。
「グルメエリアのマップだよ~! これを持っていくと、サービスしてくれるお店もあるよ~!」
シュッとしたドレスに身を包んでビラ配りにいそしむイヴ(ka6763)。
その周囲ではお腹を空かせた狼たちが、屋台の看板に五感を研ぎ澄ませる。
「おう、いらっしゃい。何にする?」
「『紅犬ラーメン』をひとつ、なの」
ラーメン紅犬。
グラグラ煮えたぎる寸胴から魚介出汁の香りを漂わせるボルディア・コンフラムス(ka0796)の暖簾の下で、ディーナ・フェルミ(ka5843)がグッと握りこぶしを作りながら息を荒げる。
カウンターにドンと置かれた腕の中のスープは浮いた辛味で真っ赤な波を作り、それに埋もれるように麺や薬味が島を作っていた。
「……はうっ! からい!」
一口スープを啜った瞬間に涙目で飛び上がったディーナの姿に、ボルディアは思わず豪快に笑ってみせた。
「それがウチの売りだからな!」
駆け巡る刺激に体中の毛穴という毛穴が悲鳴をあげる。
しかし、少女は一歩も引かずに麺を啜り込んだ。
「辛い……辛いけど、それを支えているのはしっかりと煮込まれた魚や貝の出汁。この辛さはボクサーのパンチじゃない、むしろ親身に背中を温めてくれるセコンドが飛ばす喝のようなの」
「……ほう?」
口走ったディーナの言葉に、ボルディアもどこか目の色を変えて耳を傾ける。
「舌が刺激に慣れてくるにつれて次第に分かっていく素材の旨味……まさしく厳しさの中に隠しきれない確かな愛……これは……至高の……一杯っ!」
ゴクリと最後の一滴までを飲み干して、ドンと空の器を置く。
その顔には、大粒の汗が滝のように流れていた。
「良い食いっぷりだったぜ、お粗末!」
ボルディアの投げたタオルがふわりとディーナの頭に乗って、彼女は顔の汗を丁寧にふき取る。
どこかやり切った様子の彼女の表情は、ひと汗かいてとても清々しいものだった。
「いらっしゃいませ、青空カフェへようこそ」
丸テーブルと椅子が並ぶスペースで、エプロン姿のアユイ(ka7133)の案内でお客が席に通される。
「オーダー入りました。コーヒーが2つとチラシ特典のお菓子セットを……ふぅ」
「お疲れ、少し休むか?」
カウンター越しに鳳凰院ひりょ(ka3744)が差し出したのは注文よりも多い3杯分のコーヒーとお菓子。
うち2セットをテーブルへと運んでから、アユイは一息ついてカウンター内の椅子に腰かけた。
「すみません。体力的には問題ないのですが、どうも気疲れが……」
「初めての接客ならそういうものさ」
申し訳なさそうにエプロンの結びを緩める彼に、ひりょは気さくに笑いかける。
「習うより慣れろは兄さんの言葉なんだっけ? だったら、自分で納得がいくようにやってみるしかない」
「はい……そうですね」
暖かいコーヒーを啜りながら、考え込むように押し黙るアユイ。
「お疲れ様~! 調子どう?」
「お疲れ。ありがたいことに、チラシ効果もあって良い調子さ。そっちは?」
ふらりとお店にやって来たイヴに、ひりょがそっとお茶を差し出す。
彼女は一言お礼を言ってそれを受け取ると、かるーく飲み干してうんと背伸びをした。
「とりあえず準備してた分は配り終わったところ。追加を刷って貰ってて、それまで休憩ってところだね」
「なら、ゆっくりしてってくれ。食事の提供がない分、今の時間は他のお店より休まるはずだよ」
「そうさせてもらうよ。う~ん、いい加減ドレスの締め付けが苦しくなってきたな」
サッシュベルトをコンコンと弾くイヴ。
ひりょは苦笑しながら、リフレッシュできそうな銘柄の茶缶をカウンターへ準備するのだった。
東方風蒸しパンを出す鳳城 錬介(ka6053)の屋台も、昼の書き入れ時に大賑わいだった。
食べ歩きがメインの商品のため、グルメエリアよりも雑貨エリアに近い場所に構えたその立地は、ちょっと摘まむ程度で十分な客を掴むのに最適な場所どりだった。
「1つ……いただけますか?」
「はい! 肉餡、豆餡、ポルトワール風ピッツァ味、他にもカレーに明太子――どれにしましょう?」
「じゃあ……ノーマルのものを」
注文を受けて湯気立つ商品を紙包に封じる錬介は、お客の天央 観智(ka0896)が持つ「黄色い小筆」を見て物珍しそうに首をかしげる。
「それって、マーケットの商品ですか?」
その問いと視線に観智も何の事を指しているのか察して、おっとりとした笑顔で頷いた。
「ええ……幸せの黄色い筆、だそうですよ。リアルブルー発祥のゲン担ぎ、みたいなものでしょうね」
「へぇ、そういえば他のお客さんも持ってたかも――はい、お待たせしました!」
受け取った観智は熱々の包みを一瞬取り落としそうになるが、なんとか持ちこたえてホッとした様子で去って行く。
その様子を向かいの峠の茶屋ならぬ「東方エトファリカ茶屋」の店内から目で追って、その店主・星野 ハナ(ka5852)は「やられた~」と額をぺしゃり。
「幸せの黄色いハンカチならぬ黄色い筆、その手がありましたかぁ!」
「すみませ~ん、注文お願いします!」
「あっ、はぁ~い! ただ今!」
赤い長椅子で待つお客さんに呼ばれると、表情を一転明るく戻してトテトテと歩み寄る。
「えっと、煎茶2つに三食団子と……この焼き酒粕ってなんですか?」
「お酒を造った時の粕を固めた物を、焼いてお砂糖を振ったお菓子ですよぅ」
「じゃあそれを1つ、なの」
「ひやぁっ!?」
あらぬ方向からの声に飛び上がるハナ。
彼女の後ろには、両手に屋台グルメの数々が詰まった宝袋をぶら下げたディーナの逞しく頼もしい姿があった。
「あ……じゃあ、私たちもそれで」
「はっ、はぁい。焼き粕2つ、お待ちくださいませぇ!」
その迫力(?)に気圧されたように注文を重ねたお客に頭を下げて、ハナは飛ぶように調理場の方へと駆け込んでいた。
後に残るのは、得意気なディーナの笑顔だった。
●
「怪獣と女の子のミュージカルショー中ですよ~! お子様連れは是非前の方へどうぞ!」
ガンジの客案内が続くヴァリオスの会場では、ハンター達の劇公演の真っ最中である。
「ふははは、どの子にしようかニャア……かわいい子供はみんな大好きなんだニャス!」
“怪獣ミアゴン”の衣装を身にまとったミアが、あからさまなダミ声で客席を闊歩する。
そして子供を見つけては捕まえて抱きしめたり、高い高いしたり――はた目にはただあやしているようにしか見えないが、それでもワーキャーと子供達の笑い声や叫び声(中にはガチ泣きも)が響いていた。
「た、大変だ! こ、子供達が……! 誰か……誰か居ないのか!?」
舞台の端で、ナレーションの誠一が緊迫した声を発しながら辺りをキョロキョロと見渡す。
すると、ひらひらとした令嬢の服を身にまとったパトリシアが、裾を持ち上げながらパタパタとステージに現れる。
「見つけたんダヨ! 今日こそは観念してもらうネ!」
「ぐふふ、現れたなパティお嬢様。でも、そう簡単にやられるミアゴンではないニャスよ?」
「虫さん、鳥さん、花の妖精さん……みんなの力を合わせるネ! パティとダンスバトルで勝負ヨ!」
不敵な笑い声をあげながらミアゴンがステージ上へのそりのそりと登っていくと、パティは符で作り上げた花蝶鳥の幻影たちと頷き合って、ダンスのステップを踏みながらポーズを決めた。
「受けて立つニャス!」
合図を受けて舞台袖からアリアが激しい旋律を掻き鳴らすと、クルクルクルクルと2人はダンスを踊り始める。
可愛らしい踊りのパティと、コミカルに踊るミアゴンとの対照的なダンスは、時に両者近づいて殺陣のようにシャドーファイトを交えつつ、付かず離れず繰り広げられる。
「えっと、次は炎じゃなくって雷撃ですねっ」
アシェールの特殊演出も、物語のクライマックスだけに力が入る。
器用に魔法を使い分けながら、迫力と臨場感が舞台の上を彩っていく。
「こんなに的確な行使、魔術師協会からスカウト来たらどうしよう~」
その表情はどこか夢見がちだったが、魔法の腕は確かなものだ。
ステージでは徐々にミアゴンがパティのペースに巻き込まれて、調子を失っていく様子が演じられる。
やがてパティがその手を取ったことで、舞踏会さながらのペアダンスを披露していた。
「負けたニャス……一緒に踊るのがこんなに楽しいものだったなんて!」
「今度からは独り占めしないで、みんなと一緒に楽しむんだヨ♪」
「お友達になったミアゴンは、パティお嬢様たちと毎日笑顔で暮らしましたとさ――」
誠一の言葉で締めくくられて舞台上の3人が頭を下げると、会場を埋め尽くす拍手とお捻りがステージをいっぱいに溢れていた。
●
「喧嘩するなら飲み比べで勝負でもしなさいよ。それなら売り上げ的にも大歓迎よ」
べろんべろんに酔っぱらって罵り合う2人組の首根っこを掴みながら、マリィア・バルデス(ka5848)の凛とした声がブースに響く。
そう広くはない簡易なテーブルで囲まれたそのスペースは、彼女が営業する持ち込み酒場だった。
持ち込みOKのスタイルは、さながら青空カフェの大人版。
いい具合に住み分けもできて客を食い合う事もない。
有無を言わさぬ彼女の物言いに男達がへこへこ頭を下げると、マリィアはその手を放して、代わりにエールのジョッキをテーブルへと据え置いた。
「にゃ……?(トラブルですか?)」
「……猫?」
突然店先に現れた着ぐるみ(リク)に大きく首をかしげると、相方の未悠が慌てて間に割って入った。
「ごめんなさい、私たち会場警備も兼ねていて」
「そう、騒がせちゃったわね。でも大丈夫」
「そうですか、ならよか――ッ?」
不意に弾かれたように辺りを見渡した未悠に、マリィアはキョトンと目を見張る。
「にゃう……?(もしかして、迷子……?)」
リクが思わずチラシ入れ代わりに引いている木ソリに力を込めるが、未悠はそれを制するとふらりとどこかへ足が向く。
「ぷ、ぷえー?(未悠ちゃん!?)」
思わず声を掛けるが、もちろん彼女には伝わっていない!
が、彼女の向かう先の屋台を見て、リクは全てを理解した。
「ちょっとエアさん、どうして女の人ばかり呼び込んでいるのかな?」
「なっ……そんなつもりは決して……いや、本当だ!」
進路上の店先では表情に影を落としながら笑むジュードと、冷汗タラタラのエアルドフリス。
「しかも何このチラシ、お魚がリアルすぎっ! 画伯かっ!」
「そ、それは誉め言葉と受け取ってよいのだろうか……?」
何やら喧嘩してるのかイチャついているのか分からない店員たちだったが、もちろん未悠の意識が向くのはその薔薇色の桃源郷ではなく――
「ぷえー!(ダメだよ未悠ちゃん、仕事仕事!)」
「ええぇぇぇ……」
リクに腕を掴まれて、涙目のままずるずると引きずられていく。
ところが、その姿を見るや否や先ほどの悪ガキたちが血相を変えて色めき立った。
「あっ、ばけネコがおねえさんをおそってる!」
「ほんしょうをあらわしたな! みんなかかれっ!」
「にゃ?(へ?)」
目を丸くしたリクの頭上に、太陽光を遮って飛び掛かる未来の勇者たちの影が差していた。
「えっとぉ……幸せの黄色い筆って、ここで売ってるんですかぁ?」
時刻は夕方。
会場の客足もだいぶ落ち着いたころになってきて、ハナは噂の筆屋を訪れていた。
「おう、よく来たな。俺様の店だぜ」
道端のアクセサリーショップのように小ぢんまりとして小奇麗な露店。
そこに並んだ「黄色い筆」を前にして、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)はギラリとその瞳を輝かせる。
完全に、お客をロックオンした目だ。
「リアルブルーには幸せの黄色いハンカチなんて文化があるらしい」
「昔、お母さんとテレビで見た事ある気がしますぅ」
「まさしくそれだ! それにあやかったのがこの、幸せの黄色い筆。もちろんゲン担ぎだけじゃねぇ。コスト内で書き味にも拘った実用品。これで願いを書けば、きっと叶うってもんだ」
うんうん頷くハナに、ジャックは次々言葉を畳みかける。
その勢いに彼女は思わず一歩後ずさったが、逆にジャックが距離を詰めて、そうしてとうとう話を聞かされているうちに――
「――買ってしまいましたぁ」
いつの間にか、黄色い筆を片手に佇んでいる姿をハナは自ら俯瞰していた。
でも、言われた通り確かに書き味も良い。
持ち歩くには少々派手なことを除けば、一級品であることは間違いないのだろう。
せっかくだからとそのままやって来た寄せ書き会場で、さらさらと帆布に筆を走らせる。
――平和。
――もっと広い世界へ行ってみたい。
「いいんじゃねぇか、同じ船に乗ってるって感じがしてよ」
不意に声を掛けられて顔を上げると、雑貨屋のジャックもまた帆の様子を見に足を運んでいた。
「だったら俺は――」
――どんな嵐が来ようとも、この帆を破らせはしねえ。
「船を、この街と人を護るのが俺らの役目ってな」
「僕たちだけじゃない。ぜひ……この街そのものにも、強くなってもらいたいなと思っています」
その言葉に頷いた観智は、自らが先ほど書き記した寄せ書きへと目を移す。
――人の支えとなる、強い同盟に。
――美味しいものは正義なの。世界中が美味しい物で満たされるの希望なの。
「あれ……隣のは、僕のじゃありませんね」
「あれは私……もぐもぐ」
イカ焼きを頬張りながら、ディーナがひょこりと手をあげる。
心なしか、ずっと食べてるはずなのにさっきより袋が増えているような気がする。
「わたしも、そんな世界がいいな……どれ、2人で書けば勝率上がるんじゃないかな」
それに便乗してさらさらと傍に書き添えるイヴ。
――おなかすいた!
「って、それだとずっと腹空きっぱなしになるぞ!?」
「おっと、つい今の心境が……」
ジャックのツッコミに、イヴは慌てて言葉を書き加える。
――そう気軽に言える世界でいたい。
締まりがあるのかないのか分からないが、それでもなんだか確信を付いたような一文に見ていた人々は思わず笑いをこぼすのだった。
●
「燃え尽きた……真っ白に」
イベント終了後、本部テントの隅の椅子にはゲッソリとやせ細ったリクの姿があった。
「お疲れ様。リクにゃん、大人気だったわね」
未悠に差し出された飲み物を震える手で受け取ると、一息に飲み干す。
そうして多少身体に力が戻って来ると、傍らに置いてあった紙包みを彼女へ差し出した。
「これ、ちゃんと甘い物我慢したご褒美」
未悠が受け取った包みを開けると、中に入っていたのは食べ損ねた『鯛パフェ』だ。
それを見た未悠は驚いたように目を丸くして、それからぱぁっと表情を綻ばせた。
「お酒は足りてるかしら?」
「未成年は、俺のお茶かコーヒーにしときなよ」
「ウチの甘酒なら飲めますよぅ」
本部テントはいつしかそのまま打ち上げ会場になり、カフェやバーを営業していた者達の飲み物が振る舞われ、余らせた材料で作った料理を突き合っていた。
「そういえば、最後の方は随分こなれてたみたいだな」
「あっ、ありがとうございます」
食事モードのためにドレスの紐が緩められ、やや煽情的な恰好になったイヴにアユイは思わずどぎまぎしながら視線を逸らす。
「足りていないものを探すよりも、持っているものでどれだけお客さんを楽しませられるか――僕なりに、習うより慣れろをやってみたつもりです」
どこか充実した心意気で語る彼に、ひりょは笑いながら自分のグラスを傾けた。
「俺も、今日は一緒にお店ができて楽しかったよ」
「はいっ!」
何よりも笑顔を作るため――それがあれば皆も、この街も、きっと順風満帆な船出が待っている。
その願いがこもった帆をどこかまぶしそうに見つめながら、マリィアはポツリと呟いた。
「あの帆を見ている限り、ちょっとやそっとじゃ挫けるような国には思えないわね」
びっしりと書かれた帆に託された願いは、それだけ人々が未来を諦めていないということの現れだ。
「貴方もいかがですか?」
良かったら、とペンを差し出したロメオを笑顔で制して彼女は首を横に振る。
「既に書かせて貰ったわ。そしてそれは、今、叶ってる」
口にして、沢山の文字に埋もれる自分の一文をその視線で追っていた。
――いつでも美味しい酒が飲める人生を。
●
「お疲れ様! いい写真が沢山撮れたよ!」
エヴァルドが用意してくれたヴァリオス商工会の打ち上げ会場で、イルムが1日中撮り続けていた写真の数々をテーブルの上に広げてみせる。
「劇の様子も良く取れているね。見習い君も良い笑顔だ」
「うわっ、これ子供に服に落書きされた時の!?」
写真を見比べるエラの横で、仕事中の珍事態を激写されたガンジが戸惑ったように声を荒げた。
「イルムちゃんも宣伝ありがとうニャス~。写真は記念に貰ってもいいニャスか?」
ミアの言葉にイルムが「もちろん」と頷いて見せると、不意にエヴァルドが注目を集めるように小さく咳払いをする。
「皆さんのおかげで沢山の寄せ書きが集まりました、ありがとうございました。最後になりますが、よければ皆さんもどうですか?」
彼が手にするのは人数分のペンだった。
「いざ言われると、迷ってしまいますね……何て書きましょう?」
「う~ん、そうだなぁ」
照れくさそうに苦笑する奏音の横で、誠一がペンを取ってさらりと布に書き記した。
――歩く。
「決して歩みを止めないように、ね。俺も、この街も――」
春の風が吹き始めたヴァリオスは大勢の人影で溢れていた。
中でも人通りが多い商店街の一角で、店主へ頭を下げながら店の外へと出て来たイルム=ローレ・エーレ(ka5113)は、手にしたチラシを玄関脇の壁に丁寧に張り付ける。
それからくるりと通りを振り返ると、大きく諸手を広げて見せた。
「さあ、友たちよ! 未来に向けて帆を掲げよう! 苦難の果てにこそ希望がある。今こそ共に希望を目指し、航海に出ようじゃないか!」
舞台上の俳優さながらに通りの良い声と身振りで注目を集めた彼女は、何事かと集まって来た通行人らへ壁に張ったものと同じチラシを配っていく。
「中心街の広場で笑いあり感動ありのステージイベントだ! ぜひ、ご足労を!」
神代 誠一(ka2086)もまた同じように街へ出て、どこか懐かしい風景に表情を緩めた。
「変わらないな……いや、きっと変わらないように頑張っているんだろうな」
街並みの裏に見える人々の想いを噛みしめながら通りを行くと、不意に彼を呼び止める声がする。
「おや……兄ちゃん、久しい顔だねぇ!」
見ると、馴染みだった店の店主が変わらない笑顔で手を振っているのが見えた。
「おじさん! どーも、お久しぶりです」
店の中では昼の開店前から居座る常連客たちが、すでにしこたま楽しんでいる様子が目に入った。
変わらぬ様子に思わず苦笑しながら、店先をくぐる誠一。
人がいれば、どんな状態だって街の色はきっと変わらないのかもしれない。
会場の方では既にチラシ片手に、またはたまたま通りがかって興味を持った人々が特設ステージの前にわらわらと集まって来ていた。
「お客さんがいっぱいですね!」
「ええ、ここまでの首尾は上々と言って良いでしょう」
舞台の影から客席を覗くアシェ-ル(ka2983)へ、エヴァルド・ブラマンデ(kz0076)は堂々とした笑みを浮かべながら頷く。
「同盟の皆さんは魔法慣れしていそうですが、精いっぱい頑張ります!」
「そんな事はありませんよ。我々一般人からすれば、まだまだ日常生活から遠いもの。期待しています」
「はいっ!」
エヴァルドの言葉に意気込むように返事をして、彼女も持ち場へと駆けて行く。
「ブラマンデちゃんも色々やること一杯だろうけど……とにかく、笑顔笑顔、ニャスよ♪」
「ええ……そうですね。どんな時も眉間に皺だけ寄せないよう、それだけは長年気を付けているつもりなのですが」
苦笑するエヴァルドに、ミア(ka7035)は自分の眉間をグリグリとほぐすように押して見せる。
「疲れも苦労も楽しんじゃえば、全部まとめて笑顔になれるニャス。それでもダメなら笑える舞台を見たら良いニャスよ♪」
言いながら着ぐるみの頭部ですっぽりと頭を覆った彼女に、エヴァルドもぽかんと見つめて、それから浅く噴き出したように笑みを浮かべてみせた。
一方、道元 ガンジ(ka6005)は彼女達とは違う、客席傍らの長机から会場の様子を見渡してその声を張り上げていた。
「来場の思い出に、寄せ書きをお願いします!」
元気いっぱいに呼び込む彼だったが、立ち上がって集まるのは身動きの取りやすい個人客が多く、おしゃべりをして待っていられるようなグループはなかなか動く気配がない。
どこか面白くなさそうにそんな状況を眺めていると、何かを思いついたように3段重ねのアイスを頬張る少年に声を掛ける。
「キミ、良かったら寄せ書き書いて行かない? 書いてくれたら、お礼にこのコインをプレゼントしてるんだ!」
言いながらまるで宝物を見せびらかすようにコインを向けると、少年は目を輝かせて傍らの両親の袖を引っ張った。
「え、寄せ書きだって? どれどれ――」
子供に釣られるようにして、彼らもその重い腰を上げる。
ガンジは小さくガッツポーズを作りながら笑みを浮かべると、すぐにペンを用意して彼らへと手渡すのだった。
「開演です、お願いします」
舞台袖で声を掛ける夜桜 奏音(ka5754)に、トップバッターの大道芸人がピエロのメイクで頷いて、ドタドタと危なっかしい足取りの演技でステージへと登っていく。
「戦闘とは違うとなると、少し緊張するものですね」
程よい緊張感を保つ奏音の耳には、ピエロの芸で大笑いするお客さんの声がこだまするように響いていた。
●
晴天に恵まれたポルトワール。
港のマーケットの様子を腕組しながら眺めたロメオ・ガッディ(kz0031)は、満足気半分、気疲れ半分の悩まし気な笑顔を浮かべて会場を回っていた。
ハンター達がそれぞれに連ねる店舗も他の商人たちと同じように市場に並び、威勢のいい呼び込みの声があちこちから響き渡る。
「どうも、調子はいかがですか?」
「おう、代表さん! まだまだ始まったばかり、これからだぜ」
店先に現れたロメオに、小物店をしているジャック・エルギン(ka1522)は意気揚々と力こぶを作って見せた。
「ちなみに、今日のイチオシは?」
「ブローチなんかお勧めだぜ。ちょっとやそっとの潮風じゃサビはしねぇ、丁寧な加工がウリだ」
ロメオは実際に手を取って出来を確かめるように眺めまわして、表面を優しく撫でてみる。
材質、作り共に申し分ない。
この商品がこの値段なら、赤字覚悟の大特価だろう。
「これはいいものだ。1つ取っておいて貰えませんかね? 財布を持ち歩いてなかったもので」
「取り置きだな、毎度あり!」
バチンと手を打って笑みを浮かべるジャック。
「売約商談なら、こっちも見て行ってくれませんか?」
不意に声を掛けられてロメオが振り向くと、隣の露店で革細工を売るクレア・マクミラン(ka7132)が品定めするような上目線で彼のことを見上げていた。
「いや、実を言うと俺も気になってたんだ。その加工、北方のだろ?」
「よかったら、ご一緒にどうぞ」
同じく皮商品も扱うお店として、先ほどからしきりに気にしている様子だったジャックを彼女は快く迎え入れる。
「入用のものがあればこの場でもお作りしますよ。手が掛かるものは本当に売約だけで後日、となりますが」
「そういやこの間、小銭入れが穴開いたんだった」
アゴ髭を撫でるロメオに、クレアはそれならばと店先の商品をいくつか手に取ってみせる。
「こちらとか、袋状の臓皮を使っていて縫い目がないんです。革自体も丁寧になめしましたし、そうそう破れることはありませんよ」
「ほほぅ、なるほどな」
熱心に聞き入るジャックの背中から、そんな様子を眺めてロメオは思わず苦笑する。
それはどこか、懐かしい光景のようにも思えた。
「他のお店の紹介――は、あなた方はいらないですね」
「ええ。とても貴重な話を聞けましたよ。その革巾着、1つ取り置きお願いします」
その言葉にクレオは静かに頭を下げると、ロメオもまた礼を返すのだった。
そんな彼らの背にした雑踏を、テクテクと歩いてゆく2人組の姿がある。
高瀬 未悠(ka3199)に手を引かれて歩く、見るからに怪しいネコの着ぐるみ。
その後ろを追いかける少年達が、着ぐるみの足やお尻に執拗にちょっかいをかける。
「リク……大丈夫?」
着ぐるみの口元から恐る恐る中へ声を掛ける彼女に、中の人ことキヅカ・リク(ka0038)は首を縦に振る。
「ぷえー……にゃ、にゃうう(大丈夫……これは着ぐるみの運命なんだ)」
謎言語で答えたそれは未悠に微塵も伝わることはなかったが、それとなく汲み取ると、彼女は笑顔でビラ配りを始める。
隙を見ては跳び蹴りを放つ少年達に、リクも負けじと手にした風船で手懐けようと応戦。
涙ぐましい我慢と努力が、彼らの仕事への使命感を支えていた。
「さぁさぁ、本日限定のスペシャルスイーツ『鯛パフェ』だよ~!」
濛々と香ばしい煙に包まれながらも、額の汗を袖で拭うジュード・エアハート(ka0410)の溌剌とした声が通りに響く。
特注の焼き型から出て来た魚型の生地に、クリームや果物をたっぷり。
クレープ風でとても美味しそうだが、焼き加減や焦げの程度によってはお腹いっぱいで悶絶しているお魚にも見えなくもない。
「ふむ……なかなか強烈な外見だね」
たまたまそういう魚と目が合って、エアルドフリス(ka1856)は苦い表情でやや引きつった笑顔を浮かべて見せた。
とはいえ目を引くのはもちろんのことで、客足は上々である。
「鯛パフェ、10個ばかしお願いできるかな」
「は~い、毎度っ……ってあれ、こんにちわ!」
店先に現れたエラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)にジュードは驚いたように目を丸くする。
「ヴァリオスの方は大丈夫ですか? あっ、エアさんも盛り付け手伝って!」
「忙しくなる前に差し入れを調達していこうかと思ってね。こっちは自分用」
言いながらエラが揺らした紙カップからは、湯気と共にほんのりとアルコールとスパイスが香る。
「じゃあみんなのために張り切って――って、エアさん何それ!?」
ぱぱっと自分の担当分の包装を終えたジュードが振り向くと、そこには……なんだろう。
あれは……いや、やっぱりよく分からない、名状しがたいクリーム塗れの何かが鎮座していた。
「自分なりに知恵を絞ったのだが……」
首をかしげるエアと共に、何故がチョコレートでグリグリ強調された鯛の目玉が、熱でドロリと溶けて涙線を描く。
「とりあえずエアさんは呼び込みでもしてて……ね?」
「あ……うむ」
笑顔棒読みの凄みに気圧されて、エアルドフリスは逃げるように通りへ駆け出すのを余儀なくされていた。
●
ところ変わってヴァリオス。
厳かに舞台へ登壇した奏音は、ステージの中央で正座すると、持ち上げた一本の巻物を一思いに投げ開く。
そこに描かれのは、見事な水墨画の大自然。
息を飲んだ観客たちの前で彼女はゆっくりとした所作で立ち上がると、掛け軸を羽衣のようにはためかせながら、独特の足運びで自らも枯山水の水紋の如く、ゆらりとステージ上を漂う。
やがて掛け軸を通して高められたマテリアルが舞台上を淡い光で包み込んでいくと、彼女が見得を切った瞬間にその背に見事な水墨画の幻影が浮かび上がるのだった。
「……ふぅ、お疲れ様です」
歓声を浴びながら舞台袖へと降り立った奏音は、火照って汗ばんだ表情で入れ違いのアリア・セリウス(ka6424)に小さく頭を下げる。
アリアもそれに合わせて白いドレスの裾をちょんと持ち上げてお辞儀をすると、にこやかな笑みを湛えながらステージへと舞い降りた。
彼女はカナデにもそうしたように客席へ向かってふわりとお辞儀をすると、手にしたヴァイオリンをそっと肩口に沿える。
手にした弓と弦が奏でるのは、しんしんと音もなく降り積もる雪のような、穏やかな冬景色。
舞台裏からアシェールが放つ氷雪の魔法が、ステージの情感に花を添える。
知る知らずに関わらず、事件は起こり、大地も人の心も荒んでいく。
しかし、それに囚われ続けていてはそれこそ歪虚の思うつぼだ。
永遠はなく、明日はある。
冬が過ぎて、春が来るように――曲調を一転、陽の温かみに満ちた旋律と共に曲は締めくくられる。
彼女がもう一度、静かに腰を折るようにお辞儀をすると、喝采の拍手がその頭上に降り注いでいた。
「やってるやってる。盛況なようだね」
「ししょー、お疲れ様ダヨ♪」
ふらりと関係者口から現れたエラの姿を見つけて、舞台の準備をしていたパトリシア=K=ポラリス(ka5996)はピョンと傍へと駆け寄った。
「見習い君もお疲れ様。はい、これ皆に差し入れ」
言いながら手にした紙袋をガサリと持ち上げると、ふんわりとクレープの甘い香りが周囲に漂う。
「ありがとうダヨ~♪ お芝居終わったらの楽しみネ!」
「私は客席の方で応援しているよ、頑張って」
「イエス! この国に貰った元気を、今度はパティが返すんダヨ~」
ぶんぶん手を振りながら、意気揚々とステージへ登っていくパトリシア。
「うん、素敵な笑顔だね」
口にしながら、その姿をパシャリとカメラに収めるイルム。
隣で頷くエラもまた、どこかパトリシアの背中から目が離せないでいた。
●
お昼時が近づいて、ここから忙しくなってくるのがポルトワールのメシものブースだ。
「グルメエリアのマップだよ~! これを持っていくと、サービスしてくれるお店もあるよ~!」
シュッとしたドレスに身を包んでビラ配りにいそしむイヴ(ka6763)。
その周囲ではお腹を空かせた狼たちが、屋台の看板に五感を研ぎ澄ませる。
「おう、いらっしゃい。何にする?」
「『紅犬ラーメン』をひとつ、なの」
ラーメン紅犬。
グラグラ煮えたぎる寸胴から魚介出汁の香りを漂わせるボルディア・コンフラムス(ka0796)の暖簾の下で、ディーナ・フェルミ(ka5843)がグッと握りこぶしを作りながら息を荒げる。
カウンターにドンと置かれた腕の中のスープは浮いた辛味で真っ赤な波を作り、それに埋もれるように麺や薬味が島を作っていた。
「……はうっ! からい!」
一口スープを啜った瞬間に涙目で飛び上がったディーナの姿に、ボルディアは思わず豪快に笑ってみせた。
「それがウチの売りだからな!」
駆け巡る刺激に体中の毛穴という毛穴が悲鳴をあげる。
しかし、少女は一歩も引かずに麺を啜り込んだ。
「辛い……辛いけど、それを支えているのはしっかりと煮込まれた魚や貝の出汁。この辛さはボクサーのパンチじゃない、むしろ親身に背中を温めてくれるセコンドが飛ばす喝のようなの」
「……ほう?」
口走ったディーナの言葉に、ボルディアもどこか目の色を変えて耳を傾ける。
「舌が刺激に慣れてくるにつれて次第に分かっていく素材の旨味……まさしく厳しさの中に隠しきれない確かな愛……これは……至高の……一杯っ!」
ゴクリと最後の一滴までを飲み干して、ドンと空の器を置く。
その顔には、大粒の汗が滝のように流れていた。
「良い食いっぷりだったぜ、お粗末!」
ボルディアの投げたタオルがふわりとディーナの頭に乗って、彼女は顔の汗を丁寧にふき取る。
どこかやり切った様子の彼女の表情は、ひと汗かいてとても清々しいものだった。
「いらっしゃいませ、青空カフェへようこそ」
丸テーブルと椅子が並ぶスペースで、エプロン姿のアユイ(ka7133)の案内でお客が席に通される。
「オーダー入りました。コーヒーが2つとチラシ特典のお菓子セットを……ふぅ」
「お疲れ、少し休むか?」
カウンター越しに鳳凰院ひりょ(ka3744)が差し出したのは注文よりも多い3杯分のコーヒーとお菓子。
うち2セットをテーブルへと運んでから、アユイは一息ついてカウンター内の椅子に腰かけた。
「すみません。体力的には問題ないのですが、どうも気疲れが……」
「初めての接客ならそういうものさ」
申し訳なさそうにエプロンの結びを緩める彼に、ひりょは気さくに笑いかける。
「習うより慣れろは兄さんの言葉なんだっけ? だったら、自分で納得がいくようにやってみるしかない」
「はい……そうですね」
暖かいコーヒーを啜りながら、考え込むように押し黙るアユイ。
「お疲れ様~! 調子どう?」
「お疲れ。ありがたいことに、チラシ効果もあって良い調子さ。そっちは?」
ふらりとお店にやって来たイヴに、ひりょがそっとお茶を差し出す。
彼女は一言お礼を言ってそれを受け取ると、かるーく飲み干してうんと背伸びをした。
「とりあえず準備してた分は配り終わったところ。追加を刷って貰ってて、それまで休憩ってところだね」
「なら、ゆっくりしてってくれ。食事の提供がない分、今の時間は他のお店より休まるはずだよ」
「そうさせてもらうよ。う~ん、いい加減ドレスの締め付けが苦しくなってきたな」
サッシュベルトをコンコンと弾くイヴ。
ひりょは苦笑しながら、リフレッシュできそうな銘柄の茶缶をカウンターへ準備するのだった。
東方風蒸しパンを出す鳳城 錬介(ka6053)の屋台も、昼の書き入れ時に大賑わいだった。
食べ歩きがメインの商品のため、グルメエリアよりも雑貨エリアに近い場所に構えたその立地は、ちょっと摘まむ程度で十分な客を掴むのに最適な場所どりだった。
「1つ……いただけますか?」
「はい! 肉餡、豆餡、ポルトワール風ピッツァ味、他にもカレーに明太子――どれにしましょう?」
「じゃあ……ノーマルのものを」
注文を受けて湯気立つ商品を紙包に封じる錬介は、お客の天央 観智(ka0896)が持つ「黄色い小筆」を見て物珍しそうに首をかしげる。
「それって、マーケットの商品ですか?」
その問いと視線に観智も何の事を指しているのか察して、おっとりとした笑顔で頷いた。
「ええ……幸せの黄色い筆、だそうですよ。リアルブルー発祥のゲン担ぎ、みたいなものでしょうね」
「へぇ、そういえば他のお客さんも持ってたかも――はい、お待たせしました!」
受け取った観智は熱々の包みを一瞬取り落としそうになるが、なんとか持ちこたえてホッとした様子で去って行く。
その様子を向かいの峠の茶屋ならぬ「東方エトファリカ茶屋」の店内から目で追って、その店主・星野 ハナ(ka5852)は「やられた~」と額をぺしゃり。
「幸せの黄色いハンカチならぬ黄色い筆、その手がありましたかぁ!」
「すみませ~ん、注文お願いします!」
「あっ、はぁ~い! ただ今!」
赤い長椅子で待つお客さんに呼ばれると、表情を一転明るく戻してトテトテと歩み寄る。
「えっと、煎茶2つに三食団子と……この焼き酒粕ってなんですか?」
「お酒を造った時の粕を固めた物を、焼いてお砂糖を振ったお菓子ですよぅ」
「じゃあそれを1つ、なの」
「ひやぁっ!?」
あらぬ方向からの声に飛び上がるハナ。
彼女の後ろには、両手に屋台グルメの数々が詰まった宝袋をぶら下げたディーナの逞しく頼もしい姿があった。
「あ……じゃあ、私たちもそれで」
「はっ、はぁい。焼き粕2つ、お待ちくださいませぇ!」
その迫力(?)に気圧されたように注文を重ねたお客に頭を下げて、ハナは飛ぶように調理場の方へと駆け込んでいた。
後に残るのは、得意気なディーナの笑顔だった。
●
「怪獣と女の子のミュージカルショー中ですよ~! お子様連れは是非前の方へどうぞ!」
ガンジの客案内が続くヴァリオスの会場では、ハンター達の劇公演の真っ最中である。
「ふははは、どの子にしようかニャア……かわいい子供はみんな大好きなんだニャス!」
“怪獣ミアゴン”の衣装を身にまとったミアが、あからさまなダミ声で客席を闊歩する。
そして子供を見つけては捕まえて抱きしめたり、高い高いしたり――はた目にはただあやしているようにしか見えないが、それでもワーキャーと子供達の笑い声や叫び声(中にはガチ泣きも)が響いていた。
「た、大変だ! こ、子供達が……! 誰か……誰か居ないのか!?」
舞台の端で、ナレーションの誠一が緊迫した声を発しながら辺りをキョロキョロと見渡す。
すると、ひらひらとした令嬢の服を身にまとったパトリシアが、裾を持ち上げながらパタパタとステージに現れる。
「見つけたんダヨ! 今日こそは観念してもらうネ!」
「ぐふふ、現れたなパティお嬢様。でも、そう簡単にやられるミアゴンではないニャスよ?」
「虫さん、鳥さん、花の妖精さん……みんなの力を合わせるネ! パティとダンスバトルで勝負ヨ!」
不敵な笑い声をあげながらミアゴンがステージ上へのそりのそりと登っていくと、パティは符で作り上げた花蝶鳥の幻影たちと頷き合って、ダンスのステップを踏みながらポーズを決めた。
「受けて立つニャス!」
合図を受けて舞台袖からアリアが激しい旋律を掻き鳴らすと、クルクルクルクルと2人はダンスを踊り始める。
可愛らしい踊りのパティと、コミカルに踊るミアゴンとの対照的なダンスは、時に両者近づいて殺陣のようにシャドーファイトを交えつつ、付かず離れず繰り広げられる。
「えっと、次は炎じゃなくって雷撃ですねっ」
アシェールの特殊演出も、物語のクライマックスだけに力が入る。
器用に魔法を使い分けながら、迫力と臨場感が舞台の上を彩っていく。
「こんなに的確な行使、魔術師協会からスカウト来たらどうしよう~」
その表情はどこか夢見がちだったが、魔法の腕は確かなものだ。
ステージでは徐々にミアゴンがパティのペースに巻き込まれて、調子を失っていく様子が演じられる。
やがてパティがその手を取ったことで、舞踏会さながらのペアダンスを披露していた。
「負けたニャス……一緒に踊るのがこんなに楽しいものだったなんて!」
「今度からは独り占めしないで、みんなと一緒に楽しむんだヨ♪」
「お友達になったミアゴンは、パティお嬢様たちと毎日笑顔で暮らしましたとさ――」
誠一の言葉で締めくくられて舞台上の3人が頭を下げると、会場を埋め尽くす拍手とお捻りがステージをいっぱいに溢れていた。
●
「喧嘩するなら飲み比べで勝負でもしなさいよ。それなら売り上げ的にも大歓迎よ」
べろんべろんに酔っぱらって罵り合う2人組の首根っこを掴みながら、マリィア・バルデス(ka5848)の凛とした声がブースに響く。
そう広くはない簡易なテーブルで囲まれたそのスペースは、彼女が営業する持ち込み酒場だった。
持ち込みOKのスタイルは、さながら青空カフェの大人版。
いい具合に住み分けもできて客を食い合う事もない。
有無を言わさぬ彼女の物言いに男達がへこへこ頭を下げると、マリィアはその手を放して、代わりにエールのジョッキをテーブルへと据え置いた。
「にゃ……?(トラブルですか?)」
「……猫?」
突然店先に現れた着ぐるみ(リク)に大きく首をかしげると、相方の未悠が慌てて間に割って入った。
「ごめんなさい、私たち会場警備も兼ねていて」
「そう、騒がせちゃったわね。でも大丈夫」
「そうですか、ならよか――ッ?」
不意に弾かれたように辺りを見渡した未悠に、マリィアはキョトンと目を見張る。
「にゃう……?(もしかして、迷子……?)」
リクが思わずチラシ入れ代わりに引いている木ソリに力を込めるが、未悠はそれを制するとふらりとどこかへ足が向く。
「ぷ、ぷえー?(未悠ちゃん!?)」
思わず声を掛けるが、もちろん彼女には伝わっていない!
が、彼女の向かう先の屋台を見て、リクは全てを理解した。
「ちょっとエアさん、どうして女の人ばかり呼び込んでいるのかな?」
「なっ……そんなつもりは決して……いや、本当だ!」
進路上の店先では表情に影を落としながら笑むジュードと、冷汗タラタラのエアルドフリス。
「しかも何このチラシ、お魚がリアルすぎっ! 画伯かっ!」
「そ、それは誉め言葉と受け取ってよいのだろうか……?」
何やら喧嘩してるのかイチャついているのか分からない店員たちだったが、もちろん未悠の意識が向くのはその薔薇色の桃源郷ではなく――
「ぷえー!(ダメだよ未悠ちゃん、仕事仕事!)」
「ええぇぇぇ……」
リクに腕を掴まれて、涙目のままずるずると引きずられていく。
ところが、その姿を見るや否や先ほどの悪ガキたちが血相を変えて色めき立った。
「あっ、ばけネコがおねえさんをおそってる!」
「ほんしょうをあらわしたな! みんなかかれっ!」
「にゃ?(へ?)」
目を丸くしたリクの頭上に、太陽光を遮って飛び掛かる未来の勇者たちの影が差していた。
「えっとぉ……幸せの黄色い筆って、ここで売ってるんですかぁ?」
時刻は夕方。
会場の客足もだいぶ落ち着いたころになってきて、ハナは噂の筆屋を訪れていた。
「おう、よく来たな。俺様の店だぜ」
道端のアクセサリーショップのように小ぢんまりとして小奇麗な露店。
そこに並んだ「黄色い筆」を前にして、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)はギラリとその瞳を輝かせる。
完全に、お客をロックオンした目だ。
「リアルブルーには幸せの黄色いハンカチなんて文化があるらしい」
「昔、お母さんとテレビで見た事ある気がしますぅ」
「まさしくそれだ! それにあやかったのがこの、幸せの黄色い筆。もちろんゲン担ぎだけじゃねぇ。コスト内で書き味にも拘った実用品。これで願いを書けば、きっと叶うってもんだ」
うんうん頷くハナに、ジャックは次々言葉を畳みかける。
その勢いに彼女は思わず一歩後ずさったが、逆にジャックが距離を詰めて、そうしてとうとう話を聞かされているうちに――
「――買ってしまいましたぁ」
いつの間にか、黄色い筆を片手に佇んでいる姿をハナは自ら俯瞰していた。
でも、言われた通り確かに書き味も良い。
持ち歩くには少々派手なことを除けば、一級品であることは間違いないのだろう。
せっかくだからとそのままやって来た寄せ書き会場で、さらさらと帆布に筆を走らせる。
――平和。
――もっと広い世界へ行ってみたい。
「いいんじゃねぇか、同じ船に乗ってるって感じがしてよ」
不意に声を掛けられて顔を上げると、雑貨屋のジャックもまた帆の様子を見に足を運んでいた。
「だったら俺は――」
――どんな嵐が来ようとも、この帆を破らせはしねえ。
「船を、この街と人を護るのが俺らの役目ってな」
「僕たちだけじゃない。ぜひ……この街そのものにも、強くなってもらいたいなと思っています」
その言葉に頷いた観智は、自らが先ほど書き記した寄せ書きへと目を移す。
――人の支えとなる、強い同盟に。
――美味しいものは正義なの。世界中が美味しい物で満たされるの希望なの。
「あれ……隣のは、僕のじゃありませんね」
「あれは私……もぐもぐ」
イカ焼きを頬張りながら、ディーナがひょこりと手をあげる。
心なしか、ずっと食べてるはずなのにさっきより袋が増えているような気がする。
「わたしも、そんな世界がいいな……どれ、2人で書けば勝率上がるんじゃないかな」
それに便乗してさらさらと傍に書き添えるイヴ。
――おなかすいた!
「って、それだとずっと腹空きっぱなしになるぞ!?」
「おっと、つい今の心境が……」
ジャックのツッコミに、イヴは慌てて言葉を書き加える。
――そう気軽に言える世界でいたい。
締まりがあるのかないのか分からないが、それでもなんだか確信を付いたような一文に見ていた人々は思わず笑いをこぼすのだった。
●
「燃え尽きた……真っ白に」
イベント終了後、本部テントの隅の椅子にはゲッソリとやせ細ったリクの姿があった。
「お疲れ様。リクにゃん、大人気だったわね」
未悠に差し出された飲み物を震える手で受け取ると、一息に飲み干す。
そうして多少身体に力が戻って来ると、傍らに置いてあった紙包みを彼女へ差し出した。
「これ、ちゃんと甘い物我慢したご褒美」
未悠が受け取った包みを開けると、中に入っていたのは食べ損ねた『鯛パフェ』だ。
それを見た未悠は驚いたように目を丸くして、それからぱぁっと表情を綻ばせた。
「お酒は足りてるかしら?」
「未成年は、俺のお茶かコーヒーにしときなよ」
「ウチの甘酒なら飲めますよぅ」
本部テントはいつしかそのまま打ち上げ会場になり、カフェやバーを営業していた者達の飲み物が振る舞われ、余らせた材料で作った料理を突き合っていた。
「そういえば、最後の方は随分こなれてたみたいだな」
「あっ、ありがとうございます」
食事モードのためにドレスの紐が緩められ、やや煽情的な恰好になったイヴにアユイは思わずどぎまぎしながら視線を逸らす。
「足りていないものを探すよりも、持っているものでどれだけお客さんを楽しませられるか――僕なりに、習うより慣れろをやってみたつもりです」
どこか充実した心意気で語る彼に、ひりょは笑いながら自分のグラスを傾けた。
「俺も、今日は一緒にお店ができて楽しかったよ」
「はいっ!」
何よりも笑顔を作るため――それがあれば皆も、この街も、きっと順風満帆な船出が待っている。
その願いがこもった帆をどこかまぶしそうに見つめながら、マリィアはポツリと呟いた。
「あの帆を見ている限り、ちょっとやそっとじゃ挫けるような国には思えないわね」
びっしりと書かれた帆に託された願いは、それだけ人々が未来を諦めていないということの現れだ。
「貴方もいかがですか?」
良かったら、とペンを差し出したロメオを笑顔で制して彼女は首を横に振る。
「既に書かせて貰ったわ。そしてそれは、今、叶ってる」
口にして、沢山の文字に埋もれる自分の一文をその視線で追っていた。
――いつでも美味しい酒が飲める人生を。
●
「お疲れ様! いい写真が沢山撮れたよ!」
エヴァルドが用意してくれたヴァリオス商工会の打ち上げ会場で、イルムが1日中撮り続けていた写真の数々をテーブルの上に広げてみせる。
「劇の様子も良く取れているね。見習い君も良い笑顔だ」
「うわっ、これ子供に服に落書きされた時の!?」
写真を見比べるエラの横で、仕事中の珍事態を激写されたガンジが戸惑ったように声を荒げた。
「イルムちゃんも宣伝ありがとうニャス~。写真は記念に貰ってもいいニャスか?」
ミアの言葉にイルムが「もちろん」と頷いて見せると、不意にエヴァルドが注目を集めるように小さく咳払いをする。
「皆さんのおかげで沢山の寄せ書きが集まりました、ありがとうございました。最後になりますが、よければ皆さんもどうですか?」
彼が手にするのは人数分のペンだった。
「いざ言われると、迷ってしまいますね……何て書きましょう?」
「う~ん、そうだなぁ」
照れくさそうに苦笑する奏音の横で、誠一がペンを取ってさらりと布に書き記した。
――歩く。
「決して歩みを止めないように、ね。俺も、この街も――」
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『未来への船出』相談卓 ジャック・エルギン(ka1522) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2018/02/26 17:50:50 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/02/26 16:00:40 |