彼たちの見解

マスター:凪池シリル

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2018/03/12 09:00
完成日
2018/03/15 06:29

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

※マスターより:うちのNPCズに興味がない方はさっさと解説まで飛ばしてもらって全く問題がないです。

 いよいよ暖かくなってきた、リゼリオの商店街。
 先月、この日付まで赤い旗が多数翻っていた通りは、その日を過ぎるなり今度は白がはためいていて。
 その切り替えの早さに、商魂たくましいよなあ、とか、すっかりリアルブルー的だよな、とかつい考える、そんな道を、伊佐美 透(kz0243)とチィ=ズヴォーの二人が歩いている。
 単なる食材の買い出しだ。この後の、どこでもたまにあるような、つるんでる男同士の雑な宅飲みのための。
 毎回チィが酒を持ってやってきて開催になって、つまみは透が作るという流れになる。
 さてどうしようか。今回もアヒージョはいいよな。手軽なのに旨い、酒の場の味方。
 バジルソースが残ってるから、つつきやすいようにショートパスタ。気が向いたらペペロンチーノ風のも。
 野菜はどうするか。なるべく作り置くことにしてるラタトゥイユとピクルスはまだあったけど、今日は温野菜で行こう。切って茹でるだけ。ゆで卵も添えて。つくづく、マヨネーズは偉大だ。
 あとは、肉。なんかの肉。これも適当な大きさに切って焼く。味付けも適当。
 こんなもん。
 考えながら一通り買い物する間、チィは何も言わない。完全に丸投げ体勢。文句も一切言わないため、逆に気軽だ。
 料理は──得意ではない。慣れているだけ。一手間一手間かけるなんてことはせず、なるべく楽に作れるものを。最初に材料を切ってしまったらあとは全部ぶち込んで適切な火加減で放置で済む、とかそういうのがいい。そんなのでも、経験値が増えれば自分では満足できるものはそこそこの数作れるようになっていく。
 そんなこんなで、考えもまとまって、買い物も済んで。
 思考と視線がフリーになると、やはり町を飾る白が目に入る。
 ……チィが本日訪ねてきたことに、今日この日付は関係がない。一切全く関係ない。度々あることが今日もあったというだけ。先月何かがあったわけでもないし──
「お前は、別に日付というか、こういうのは気にしないもんなあ」
「ん? ああ。アンの奴なんかは、こっちの風習に馴染もうっつーか気に入ってる節もありますがねぇ。手前どもはやっぱ日付まで細かく気にしてってえのはどうにも」
 視線の先から話題を察したのか、チィが答える。
 ズヴォー族は、本来そう言う気質である。はっきりと日付を決めての行事というものは基本的にはない。気ままに、有るがままにを是とする彼らは、例えば宴会なんてのは誰かがやりたいと言い出したらやるものである。
 行事というのは、季節に合わせた準備をする、という側面を持つものもあるが。そういうのも、彼らははっきりと日時を定義してはいない。誰かが風を感じたらやり始める、とそう言った風情だ。例外は、歳を数えるための新年くらいのもの。
「贈り物をするなんざあ特に。あ、これあいつに良いな、って思ったらその場で手に入れてさっと渡してえじゃねえですか。いちいち何月何日まで待って、なんざ、ただ焦れってえだけで駄目でさあ」
「──……」
「……手前ども、なんか呆れさせるような事言いましたかい?」
「……いや全く。お前は実に正しいと思うよ。正しすぎてこういう時、お前が何で俺と一緒に居たがるのか分からなくなるだけだ」
「? 言ってなかったっすけ?」
「いや聞いたよ。聞いたけどな」
 それでも気持ちってのは変わってくもんじゃないのか、とか。そもそも、こっそり殺陣の練習をしてたところを見られたことがこいつの中で何でそんなに大袈裟なことになっているのか未だにピンとこない、とかはあるが。
 まあ、いい。
 何の話だったか。
 そう。チィのいう事は限りなく正しいとは思うが……──
(俺みたいなやつには、必要なんだよな。こういうお膳立ては)
 風に揺れる白い旗を見上げながら思う。商魂たくましいとは言うが、結局、そうなるのは、商売になるだけの需要があるから。
 特に、自分みたいに行動を起こす前にごちゃごちゃと考えたがるような人間の。
 とみに、バレンタインデーからホワイトデーの流れというのは良く出来ていると思う。示された厚意に対して何時、どうやって返せばいいのか、その枠組みと猶予。実に有難い。実際自分みたいなやつが考えたんじゃなかろうか、というのは流石にうがちすぎか。
 まあ。だから。
 こういうのがあると、やっぱり、用意だけはしておくか、くらいは思うわけで。
「……すまんが、もうちょっと買い物付き合ってもらっていいか」
 そう言って、甘い香りの漂う一角、一際白の目立つ方角へと足を向ける。何か、適当な菓子の詰め合わせ。大袈裟にならない程度の大きさと包装の。そんなものを求めて。
「へえ、お供しやす」
 チィは、特に疑問を挟むことなくついてくる。
 ……しかしなんかこう、たまにやっぱり微妙な下っ端っぽさが出るの何とかならないだろうか。この一族。

リプレイ本文

 焼き菓子の焼ける甘い香り。
 道行く、ともに歩く者たちの囁く言葉。
 暖かな日差しの中、風に乗ってそれらがそっと運ばれていく。
 優しい香り。優しい音。

 きっと、そんなものに包まれて。

 ミア(ka7035)は、陽当たりのいい丘の上、大きな木の下でごろんと転がり、気持ちよく昼寝をしていた。
 すぴーすぴーと鼻提灯。涎も垂れる口元は、にへら、と幸せそうに笑っていて。

 サーカスの夢に、彼女は居た。
 くるり空中ブランコに、
 大玉に乗っておっとっと。
 戯けて、道化て、首の鈴の音シャラリと鳴らし、
 星屑流れるサーカスで。
 くるくる、くるくる踊り続けて。

 笑って、歌って
 みんなで礼!

 一緒に並んで笑うのは、
 星屑のお姫さまに
 雪椿の、“おにいちゃん”
 それから、青薔薇の――


 そんな、幸せな夢を見せるような、そんな気配に包まれた、そんな風。そんな街角は──




 戦帰りのバルト(ka6079)は、そんな空気など知ることもなくこの街へと帰還していた。
 ひどい姿だった。返り血と泥に塗れ、何日も風呂に入っていない。
 それでも、街の入口へと近づいていけば今日という日の華やかさと恋の匂いには嫌でも気がついてしまった。
 ……疲労している。空腹は、特に感じている。
 さっさと飯にありつきたかった。だが、その前に身体を清めなければ門前払いだろうか。
 いつも以上に街の空気に気後れを感じながら思考する、そんな時に──
「良く分からないけど良く分かったの!」
 ふらふらと歩きながら通り過ぎていった場所から、そんな声が聞こえた。
 直後、凄まじい勢いで脇を通り抜けていく、風──否、風を起こして走り去っていく人影。
 思わず、それがやってきた方向を振り返る。
 熊がいた。
 随分と小柄で愛らしい熊が。
 否──ハンターの知識として知っている。それが、まるごとくまさんと言われる着ぐるみであるという事は。
「……にっちゃ、凄い格好だんずね?」
 そうして、バルトと目が合うと、それは少し困ったような、しかし排斥ではなく理解を示すような声で、話しかけてきた。
「お仕事帰りだんずか? ご苦労ご苦労ず。沢山作ったんで、にっちゃにもあげるだんず」
 そうして、それは陽だまりを思わせる黄金色の、棒の刺さった小さな球体を差し出してきた。
「おらが作ったはちみつ100%の飴だんず。よかったら貰ってけれー」
 貰うような謂れはない。だが、食物を渡されて拒否する彼でもない。ついそのまま手を伸ばす。
「けんど、食べたらちゃんと歯を磨かねと虫歯になるだんず。歯磨きするだんずよ?」
 それから、そのように言われ。
「……」
 そんな忠告を受けるような見てくれではない。筈だ。
 ならばこれはやはり、そんな恰好で街をうろつくな、と遠回しに言われているのだろうか。
 普段の彼ならば、気に病むことではない。周りがどのような視線で己を見ようが、己のせいで周りが不快に思おうが。
 だが。
 飴玉一つとはいえ、施しを受けたのは事実。
 ならばその恩には報いねばなるまい。
 彼は小さく一礼すると、ぱくりと、飴を口にした。甘い。
 ……湯浴みをするくらいの気力は回復してくれたか。
 それが、望みというならば。思うと、彼は宿へと引き上げていくのだった。




 で、あれとそれはなんだったのか。
 ディーナ・フェルミ(ka5843)と杢(ka6890)である。
 バレンタインに色々な人からチョコを貰った杢は、そのお返しにと手作り飴を配り歩いていた。
 たくさん作ったので、と、渡すチャンスがあれば知り合いなどにも渡していて……その一人がディーナだったわけだ。
 何故飴? と問う彼女に、彼は今日がホワイトデーであることとその概要を説明し……。
「良く分からないけど良く分かったの、お祭りで食べる機会は逃しちゃ駄目なの!」
 とにかく、お返しに食べ物を贈るイベントと理解したんだか曲解したんだかな彼女は、目をキュピンと光らせまた屋台通りへと消えていくのであった。

 そして。
「今日は感謝のお返しをする日らしいの食べ歩きなのー」
 やはり先月と同じように屋台を総なめにしては、自分が気にいった焼肉串や甘味、ジュースを大量購入、知人に会ったらバンバン配りつつそれでもまだ大量に抱え込んで、向かうはハンターソサエティ。
 というか。
「ディーナの姐さん! 待ち構えておりやしたぁ! ……って」
 前月、普段の礼をしたはずが大量のお返しをされたアン=ズヴォーが、ならばと再び菓子を制作してディーナを待ち構えていたわけだが、彼女が抱える再びの大量の紙袋に気勢を削がれる。
「アンさんも昆虫食してきたと思うけど好きかどうか知らないの。でもそれ以前に今昆虫食の屋台が見当たらなかったのー」
「ほうほう。姐さんの故郷の味ですかい。それは興味深かったですねぃ」
 本来は、ディーナの懐かしの故郷の味をプレゼンツ計画だったらしいが、街の屋台では入手できず、あっさり瓦解していた。
 尚、アンに昆虫食の風習はないが、部族の気風として未知のことに嫌悪感は示さない。だが周りの受付嬢たちは余計なこと言うな勘弁してくれという顔はしていた。
「昆虫食が無理なら、もっと美味しいたんぱく質で良いじゃないか計画発動なの」
 で、結局この大量肉である。
「……もしかして恒例になるのかしらこれ」
 不安なのか期待なのか分からない受付嬢のつぶやきと共に、またもソサエティはかぐわしい肉の香りに満ちるのだった。




「そう言えばおばあちゃんの若い頃はバレンタインデーなんてなかったって聞きました……ハンスさんにとっては、お祭りとして入ってきたよその国の文化なんですね」
「東アジアや東南アジアの風習と聞いていますからね……私にとっては充分面白いですよ? マウジーからもチョコレートをいただきましたし。お返し、ほしいですか?」
 白、はためく街を見上げながら──
 二人、歩くのはハンス・ラインフェルト(ka6750)と穂積 智里(ka6819)だ。
 人通り賑やかな街並みを、ぴったり腕組みして歩く──智里は、ようやく慣れてきた──二人の空気は、この日に相応しく恋人同士……から、さらに一歩進んで、新婚さん、か。
 最近、ハンスの部屋で同居を始めたばかりの二人。
「バレンタインも男性がパートナーに花を贈る日でしたから……今まで私には縁がない日でしたね」
 しみじみと、ハンスは呟く。此方の風習を聞き、先月、薔薇のブーケとチョコは贈っている。
 ヴァレンティヌスの殉教日を祝うのはカトリック、プロテスタントでは最近入ってきたお祭りでしかない。勿論ホワイトデーなどない、というのがハンスの認識だ。
 違和感を覚えるかと言えば、そうでもない。彼は、腕を組んで歩きながら、どちらかと言えば面白そうに周囲を観察していた。
 そんな彼のぬくもりを感じ、幸せに浸りながら、智里は今日という日を意識する。
 ホワイトデー。3月14日。
 つい先日まで寒かった気がするのに、気がつけば、もう三月も半ば。
「凄く濃い1年だった気がします……まだ1年経ってなかったんですね……」
 今日という日の意味ではなく、日付そのものにふと思い出し、智里は呟いた。
 初めて会ったのはこの世界のイースターのお祭り会場。
 同じ故郷をルーツに持つ同士、互いが知っているイースターが同じで、エッグハントやウサギパンの話で盛り上がった──
 だからメールを出して友達になって。それから、いつの間にか。
「そう言えばもうすぐイースターですよ……貴女の知り合いも招いて祝いましょうか」
 ──彼女のつぶやきに、彼も、同じことを想っていた。そのことが嬉しくて。
 絡めた腕を、更にぎゅっと密着させる。
 ……ふいに、くるりと身体が反転した。
 ハンスが、智里を抱きしめて。そのままふわりと、髪の毛にキスを一つ。
 ああ。
 智里にとっては、やっぱりまだ、少し恥ずかしい。
 人前で。こんな。堂々と。
 だけど。異なる文化を、彼は楽しいと言ってくれた。受け入れようとして、今日も付き合ってくれた。
 自分ばかりが甘えていては、駄目ですよね?
 智里も、ぎゅう、と、彼を抱きしめ返す。
 彼の風習。彼の感性。少しずつ、理解して、慣れて、受け入れて。
 ……ずっと共に歩んでいけるよう。
 暫くそうしてから、名残惜し気に身体離して。
 そうして、智里はやっぱり、赤い顔ではあったけど。
 気にせず、また、人の行き交う通りを二人歩いていく。





 ──……まあ、そんな、甘い雰囲気の恋人たちが、今日は特に見受けられる街並みを。
「はぁ……」
 マリィア・バルデス(ka5848)は独り、歩いていた。
 寄り添う恋人たちを横目に、つい、物思いに耽る。
 ──年上の男が好き。
 望むとおり目一杯甘えさせてあげるから。
 ただ、たまに甘えさせてほしいの。
 だから、同年代や年下の男はダメ。
 自分が甘えるのに慣れすぎて、ただの1度も甘えさせてくれないもの……──。
 そんな風に思いながら。
「確かに好みど真ん中なのよねえ……」
 つい、とある人物、具体的に某中尉その人を思い浮かべていることを自覚しつつ、彼女は独り言を零していた。
 軍人時代に同室の仲間に散々ダメ男製造機とからかわれたけれど、転移くらいじゃ性癖は変わらなかったらしい。
「別れた奥さんくらいは居そうよね……」
 上司に勧められたりするから、軍人の結婚はそこそこ早い。
 それなのに危険任務に志願するのを反対されなかったのは、そういうことなのかなと、思う。

「……それにしても変な風習」
 そこまで考えてから、半ば八つ当たりのように、呟いた。
 東アジアや東南アジアの風習だと聞いているけど──独り者は今日、ほんのちょっぴり肩身が狭い。





 志鷹 恭一(ka2487)は、妻へ贈る一品を求め今日この街並みへと繰り出していた。
 回るのは主にアンティークショップ。
 食器コーナーで、デザインや口当たり、風合いを考慮しながらカップを吟味している。
 ……過去に機会が無かった所為か、“女性へ品を贈る”という行為にどうも慣れなかった。
 常に女は居た──虚無感を紛らわす為に体を重ねる関係の女なら、幾らでも。
 その様な相手では品を捧ぐ必要も無かったし、捧げたいという想いすら浮かぶはずも無かった。
 ……で、あるから。
 これならば、と思える品は見つかった。だが、本当にこれでいいのか、という疑念は、やはり拭いきれない。
 そんな折、視線を感じて恭一は振り向いた。
 大伴 鈴太郎(ka6016)が、そこにいた。偶々通りかかって、偶々自分を見かけて、だからつい見た。そんな顔で。
 妻の……生徒ともいえる、少女。苦笑気味に笑って、手招きする。
 そうすると、彼女は少し気遅れ気味にしながらも素直に近づいてきた。
「丁度良かった。これ、鈴ちゃんから見てどうだろうか」
「え!? お、オレの意見で参考になっかな……でも……」
 この品の目的が何なのかは一瞬で察したのだろう鈴は、慌てつつも、しかし恭一が手にした品をじっと見つめる。
 白い花を象ったカップとソーサーだ。
 その把手には、意匠の花に羽を休めるかのように一羽の蝶。そこに彼女の視線が止まった時、緊張気味の表情が、可愛らしさにふっと緩んで。
 ──……ああ。
「有難う。これに決めるよ」
 確信を得て、恭一は頷く。
「へ!? まだ何にも言ってねえけど……」
「良いんだ。言葉以上の解を、君から得た」
 言って、恭一は早々に、店主にこれがほしい旨を告げる。

 ──癒し人だからこそ、その心身に安寧を与えてやりたい。
 ──心を込めて選んだ器と過ごすひと時は、その傷心をそっと包む、優しい時間となってくれるだろう。
 信じ、願う。

 満足げに去っていく恭一に、まあ、キョーサンが納得してんなら、と鈴も納得しようとして。
 そうして、今日がホワイトデーであることを、少したってから彼女はようやく理解した。




「くぅぅ、義理チョコすら渡さなかった私に関係なさすぎデーですぅ……あ」
 呻きながら街を歩く──その状況で今日はカップルまみれと分かりながら何故歩く──星野 ハナ(ka5852)が彼らを見つけたのは、丁度透がとある店で、色々とこれがちょうどいいかと目的の買い物を済ませて店を出てきたところだった。
「そこな男性お腐足り(ふたり)! 食材と酒を提供するからその飯に私も混ぜるですぅ!」
 目をキランと輝かせ、ダッシュで透とチィの真後ろへ近づいたハナは、買い物袋の中身にささっと目を走らせるや目的を理解して、二人に、半ば叫ぶように呼び掛ける。
「……なんか今、発音が妙じゃなかったですかぃ?」
「気のせいだと思いますぅ」
「そうだな。気のせいだな」
 なお、透の、自分がこういうネタにされたときのスタンスは『気がつかなかったと主張できる範囲で行われた事には徹底して反応しない』である。
「透殿がそういうなら」
 そんなわけでその話はそれで終わった。
「……あれ?」
 そんなこんなで賑やかしい一行に、通りがかった鞍馬 真(ka5819)が声をかける。
 彼が今日出歩いていたのは、自作のクッキーを抱えホワイトデーのお返し行脚。
 依頼中ではない真の格好は、髪を下ろして伊達眼鏡を掛けた私服姿だった。
「あ。じゃあついでにこれ皆にも」
 そういって、真は一行にクッキーを渡して回る。……この中の全員、真に先月何かした覚えはないが。
「日頃のお返しみたいなものだから細かいことは気にしないで! 偶然出会った人にも渡せるように多目に作っておいたんだ」
 成程軽い交換会程度のノリなのかもしれない、そういう彼の手元にも、先ほど会った杢が配っていた蜂蜜飴がある。
「ん。有難う。どちらかというと日頃のお返しをすべきもこっちな気もするが」
 あまり固辞するのもおかしいか、と透は礼を言って受け取ることにした。
(……透さんは依頼中いつも思い詰めた顔をしていたから、こうやって他愛のない話ができるのはすごく新鮮な気分だね)
 言いながら真は、賑やかな街を見回して偶の休日を満喫する。
「この時期って皆幸せそうで、見ていて楽しいよね」
 何気なく言った、余裕──そう、これは自身がリア充である故の余裕──のある口ぶりに。
 ぎりぃ、とまた、ハナの口の奥で音がした気がした。
 ……どうやら、休日の真は若干口調も思考も緩めらしい。
 不味いかな……と思ったその時──神がかったタイミングで透の元に連絡が入る。
「はい……ああ、どうも」
 初月 賢四郎(ka1046)からだ。
「鍋? 皆でですか?」
 通話に向ける透の言葉に、ぴくん、とハナの耳が反応する。
『ええ。丁度良い酒と肉があったので。先の依頼でのお疲れ様会という事で皆でどうですか?』
 そう言って賢四郎は、誘うつもりの面子を何人か挙げていく。
「賢四郎さんナイスなお誘いですぅ」
 漏れ聞こえる声、その内容と自分が含まれていたことに、気を取り直したらしいハナが歓声を上げた。
 鍋ならあれとあれが必須ですね、と言いながら、買い物に行くと言って一旦一行から離脱する。
「……ええ。そのメンバーなら大伴さん以外居ますね、偶然。……と」
 その間にも賢四郎に応える透に、真が何か気付いたように視線を送った。意図を察して──
「いや、こっちから連絡してみます。はい、じゃあ後で」
 告げると透は一度通話を切って、真を見る。
「鈴君なら、さっきあっちで見たよ」
 向こうの通りを指さしながら、真。透の手元にずっとあるものには気付いていて。
「叉焼のお返しをするんだよね?」
「ああ、聞いてたのか」
 真の口調にからかいの意図はなく、透もこれは義理返しの認識なので微苦笑しながら普通に答えた。
 そうして、透もハナに続いて、一度一行の輪から離れていく。

 真から聞いた方に向かうと、特に予定もないのかまだ適当にぶらついている感じの鈴を見つけた。
 同時に鈴も気付いたのか、いつものように「トール!」と元気よく声を上げて近づいてきて……。
 そして、直前で慌てて急停止した。
「そ、そうだ! この前のアレ! ちげーンだからな!?」
 ──この前のアレ、とは。先日話の流れの中で部屋に誘ったことだろう。
 思い出して、慌てて弁解する彼女に、透は苦笑する。
「ああ。そういうのじゃないのは分かってる。分かってるけど、理解したなら今後は気を付けてくれ──女の子なんだから」
 ごく自然。当たり前のこととして言った透の言葉に、鈴はぐぅ、と締め付けられるように言葉を失って。
「で、この前のアレというと。はい。約束の三枚返し」
 固まる鈴に、透はそのまま話題を変えて、手にしたものを差し出す。もう一つの『この前のアレ』。ラーメン屋で友チョコと称して叉焼を一枚譲ってもらった礼である。
「オレ、ちゃんとチョコあげてねーし、ももも貰えねーよ!」
 あげた物が物なので、まさか貰えるとは思っていなかったらしい鈴が、狼狽して断ろうとする。
「何、こっちも大したものじゃない。貰ってくれ。……正直、俺がずっと持っているには可愛らしくて辛いものがある」
 言われて、差し出されたものを見る。
 本当に、ささやかな品である。大きめに型取られた熊型のクッキー。宣言の通り三枚入りが袋詰め。
「そ、そー言うンなら……」
 やがて鈴は躊躇いがちに、差し出された物を受け取った。
「こんなン貰ったの初めてだよ。その……ありがとな」
 例えささやかな品でも、女の子としての扱いが堪らなく嬉しい。
 浮かぶ笑みは、いつものような溌剌としたものではなく、はにかむような──もしかして、異性というものを意識したのかもしれない。少女から女性へと変わりゆく、少し大人びたような微笑みだった。

 そんなこんながありつつ。
「ケンシロー! 邪魔すンぜー!」
「はい、いらっしゃい。賢四郎じゃ長いでしょう、賢か四郎でも構いませんよ」
 その後は予定通り、賢四郎の家で、ハナ、真、鈴、透とチィが招かれての鍋会である。
 上がるなりハナは台所に突撃して、
「鍋なら白菜レタス肉団子に水餃子までは必須ですよぅ」
 言いながら、両手包丁でダダダダっと音高く肉団子用ミンチ作ったりラザニアを餃子の皮代わりに代用したりと、手際よく材料の準備を開始していた。
 やがて、準備も完了する。
「うん。本当にいいお酒だねこれ」
「……オレだけ飲めねえ……」
「はいはい。ジュースもありますよ」
 そこからは、わりあい和やかまったりに、皆で鍋をつつき合った。──わりあい。
 賢四郎には、透とハナの状況に何かあるようなら、即興の仕掛けでもと思っていたところはあるのだが。
「幸せ全力疾走は義務で権利だと思いますぅ! それを否定されると分かりますけどあったま来るんですよぅ!」
 特に彼が何かするまでもなく、ハナは透の隣で絶賛絡み酒であった。
 それならまあ、いい。こういうノリは悪魔の契約みたいなもんなんで後は本人次第というのが賢四郎の考えである。
「別に否定するつもりはないよ。むしろ君はそのままでいいと思うからああ言ったんだが」
「それじゃ駄目なんですぅ! 幸福は全市民の義務ですよぅ!」
「……落ち着けなんか怪しい宗教みたいになってるから……おーい寝るなよ? ここ初月さんの部屋だからな?」
 透はそれを、適当に相手したりあしらったりしていた。
 やがてふて寝モードに入った彼女をどうするか……協議の結果、頃合いを見計らって鈴が起こして。
 そうして、男性陣が女性陣を順に部屋に送っていく形で鍋会は解散となり。
 それなりに楽しく過ごして。美味しいご飯を堪能して。
 束の間の日常を愉しむという賢四郎の目的は、まあ達成されたのではないだろうか。




 街を外れて、草原を抜けていく一行がある。
 時音 ざくろ(ka1250)を先頭に、舞桜守 巴(ka0036)、アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746) 、八劒 颯(ka1804)、サクラ・エルフリード(ka2598)、白山 菊理(ka4305)、アルラウネ(ka4841)の一行である。
 女性陣を取りまとめる立場の巴曰く、ざくろの嫁。みんなも嫁。突っ込んだら色々な意味で負けなやつだろう、多分。
 そんな彼女は今日は珍しく、和装。
 そうして、ざくろが導く、その先は──
「チョコのお礼……みんなにこの景色を見せたくて」
 にこっと笑うざくろ、彼が両手を広げる背後には、この時期にはまだ早いと思っていた薄紅が広がっていた。
 ソメイヨシノに拘らなければ、この時期から咲く桜というのは、ある。
 愛しいみんなに、少し変わったお返しがしたい。少し赤くなりながら、皆の反応を待つ。
「お花見……もうそんな時期なんですねぇ。ちょっと前までは雪に埋もれていた気もするんですが」
 アデリシアが感慨深そうに零す。
「こんな時期から花見っていうのが驚きね。私がもともと住んでた森では考えられなかったわ」
 アルラウネが思わずという風に呟いて。
「よく花見で見るものとは少し違いますが、この時期は時期で見て楽しめる花があってよかったですね……」
 サクラも嬉しそうに言った。
 他の嫁たちの反応も、悪くない。そう、お花見──と、そこでざくろは、料理も飲物も用意して無いという落ち度に気付いてはわわわ、と表情を焦らせる。
 ──……が。
「僭越ですがお弁当を用意させていただきました」
 巴が、結構なサイズの重箱を取り出しながら言った。
「皆と協力してどんと豪華なものを作ってきました。苦手な人は良い特訓の機会だったでしょう」
 アデリシアもまた、酒と重箱を取り出しながら告げる。
「はやてにおまかせですの!」
 颯が取り出したランチボックスには、片手で食べられるような海苔巻き、サンドイッチ。
「……見た目はこうなりましたけど」
 その料理は、ドリルを愛する彼女らしく、くるくる丸められた渦巻きが印象的な、斜めカットの筒型のもので。
「ハヤテカワイイ!!」
「カワイクナイヨー!」
 のお約束のやり取りが、早速ここでも飛び交う事になる。
「み、見た目はアレですが味は大丈夫だと思います……。もしかしたら……。奇跡が起きれば……」
 続いて、そう言いながらサクラが差し出した重箱の中身は……まあ、本人の自覚の通り、お察しではあって。
 ただ、自覚があるのは褒められる点ではあるだろう。途中、花見にあいそうなお菓子も購入してあった。そちらは美味しそうだ。
 菊理が用意したのは、エビフライやハンバーグなど、男の子の好物をつめたお重。
 アルラウネはと言えば、今日は撮影係に徹することにしたらしい。レジャーシートに並べられたお重を早速、手を付ける前にと魔導スマホでカシャカシャと撮っている。お重だけを取り終わったら、皆でピースを作った手と一緒に。それから、皆と一緒に桜を背景に。
「……バレてた?」
 その、準備の良さと順応の速さに、ざくろは思わず呟いて。
 それから。
「ありがとう、大好き!」
 感激して、一人一人に飛びついて、キスして回るのだった。

 さて。レジャーシートを用意したのはアルラウネだったが、
「1枚だとこの人数じゃちょっと狭いかしらね」
 そんな懸念もあったのだが。
「詰めて座ればなんとかなるでしょう……ざくろはこっちです」
 巴が言う──そう言えば彼女の重箱は、明らかに他の子のものより大きく、気合が入っている──のを皮切りに。
「リアルブルーにはお酌とかそういうのがあるらしいですのでやってみましょう。たまさか飲むのも悪く無いでしょう」
 アデリシアもざくろの隣に陣取り、密着した姿勢から酒を注ごうとする。
「まだ肌寒い季節だし、ざくろんにぴったりくっついて暖を取ってもいいかしら」
 やがて、アルラウネ自身もそんなことを言いだして。
 要するに、皆、ぎゅうぎゅうに詰まることに不満は出なかった。
 むしろ、積極的にざくろには密着したがっていた。
 ま、女性陣の間に殺伐とした空気はないので、これはこれで良いのだろう。
「巴さんのこれ美味しいー!」
「花嫁修行の賜物ですわ、大分昔ですけれど……まあそう簡単には錆び付きませんので、どうぞどうぞ」
 そんな風に賑やかに、花見の席は盛り上がっていく。
 ドリルや魔導アーマーの整備・点検で部屋に籠ることが多いに颯は、良い気分転換にもなっているようだ。
 にぎやかな宴。
 その一場面一場面を、アルラウネの魔導スマホが切り取って、残していく。
 そうして、楽しく過ごして、程よい頃合い。
「……え?」
 アルラウネが差し出したティラミス、白鳥の湖に、何か特別な意図を感じて、ざくろは思わず声を漏らす。
 まさか。もしかして。
「せっかく招待してもらったわけですし、いいタイミングですのでざくろさんの誕生日パーティーも一緒にやるということで」
 ざくろの疑念を確信に変えるように、アデリシアが宣言する。
「ついでに誕生日……というのはあんまり好みではないので、後で本格的に祝わせてもらいますが……」
 巴が、密かにポツリというが。
「誕生日、おめでとう、だ」
 菊理が、クールな声でそう言って。
 ざくろは、びっくりして、それから……。
「お返しのつもりがお祝いされちゃったね……愛してるよ」
 少し、涙ぐみさえしながら、そう答えて。
 夫が、妻が、それぞれ計画した作戦は、こうして実を結んで……──

「む、何か暑くなってきたような……」
 明らかに酔いが回っているサクラが呟いたのは、その時だった。
「さ、さくら!? 駄目だよここ一応外だから!」
 彼女の脱衣癖を思い出したざくろが、慌てて止めに入り──
「あ、ご飯が……ざくろ、足元にお気をつけて……」
 巴がさらに、ざくろの動きから料理を守るべく彼を引っ張った、ここまでははっきりしている。
 それから、何がどうなったのか……。
 気付けばざくろは、仰向けに倒れていた。
 視界は塞がれている、というか何か柔らかいものが顔を覆っている。
 柔らかな感触は顔だけではない、あちこち……それこそ、体中から感じていた。
 両手は何か、片手ずつそれぞれに布が絡んでいるらしく、縛られているかのようにまともに動かせない──というか。
「ざくろ! 今手を動かしては駄目です!」
「ひゃんっ!? ちょ、そこっ!」
 腕だけではない。少し身動きする度に、誰かしらから非難の声が上がる。
 気付けばそんな、地獄絵図──いや、どちらかと言えば極楽絵図か──が広がっていて。
「ホワイトデーって何だっけ? って感じね……」
 アルラウネが呆れ気味に呟いて、少し早い夫婦の花見はそんなオチで終わるのだった。




「ふがっ!?」
 鼻提灯がパチンと割れて、ミアは目を覚ます。
 ふわわわわ~~~……と、大きな欠伸一つして。
「うニャぁ……なんか、いい夢見てたようニャ気がするニャス」
 暫くぼーっと空を眺めて、一つ呟く。
「ふニャ、今日ホワイトデーニャス!」
 そうして、陽が傾き始めた丘を、少し早足で降りていく。
 なにか貰えるかなあ、と思いつつ。
(なんかお胸がぽかぽかあったかいニャスし、まぁ、いいか、ニャス)
 そう心の中でつぶやく、オレンジの陽に照らされた彼女の顔は、なんとも言えない笑み。
 ぎゅっと胸に残る、その感触は何なのか……。

 焼き菓子の焼ける甘い香り。
 道行く、ともに歩く者たちの囁く言葉。
 暖かな日差しの中、風に乗ってそれらがそっと運ばれていく。
 優しい香り。優しい音。

 そんなものに包まれた、夢が終わる。

 そんなミアの一日。




 そんな、ホワイトディ。

依頼結果

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参加者一覧

  • 母親の懐
    時音 巴(ka0036
    人間(蒼)|19才|女性|疾影士
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 矛盾に向かう理知への敬意
    初月 賢四郎(ka1046
    人間(蒼)|29才|男性|機導師
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • びりびり電撃どりる!
    八劒 颯(ka1804
    人間(蒼)|15才|女性|機導師
  • 天壌無窮
    恭一(ka2487
    人間(紅)|34才|男性|闘狩人
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 黒髪の機導師
    白山 菊理(ka4305
    人間(蒼)|20才|女性|機導師
  • 甘えん坊な奥さん
    アルラウネ(ka4841
    エルフ|24才|女性|舞刀士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 友よいつまでも
    大伴 鈴太郎(ka6016
    人間(蒼)|22才|女性|格闘士

  • バルト(ka6079
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • いけ!ぷにっ子スナイパー
    杢(ka6890
    ドラグーン|6才|男性|猟撃士
  • 天鵞絨ノ風船唐綿
    ミア(ka7035
    鬼|22才|女性|格闘士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/03/08 06:13:51