ゲスト
(ka0000)
のんびり、とある町で
マスター:狐野径

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/03/19 22:00
- 完成日
- 2018/03/27 17:55
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●夢
イノア・クリシスは夢を見た。
幼いころあった領主の屋敷の庭となっていた丘で兄と遊ぶ夢。まだ五歳くらいだったはずだ。
「イノア、ゆっくりでいいよ?」
「いやっ! わたし、もっと早いもん!」
丘の上まで競争と言いながら、何度も行ったり来たりする。子どもの頃の年齢差は大きい。十歳くらいの兄にかなうわけがなかった。
最後は兄がわざと負けてくれた。それがまた悔しくて仕方がなくて、頬を膨らませる。兄は困ったように笑いながら、丘の上の木の下で見守ってくれていた。
その木の下はここの町が良く見えるのだ。
川を行き来する船、人の営みを感じられる町。
兄の大好きな場所だったという。
兄がアレと出会ったのもそこであり、兄が殺されたのも、歪虚と契約したのもそこである。いや、確証はないが、たぶん、アレがいて、兄がいたという事実からそうだろうと言われている。
兄はもういない。
夢の中でとっちめようとして、ハンターに止められたような気もする。
イノアはベッドから下りた。
「そろそろ兄の誕生日が近いですね……とはいえ、死者には命日とも言いますけれど……」
むしろ思い出したくもない。
「そもそも、歪虚に成っているので、どこが命日なのか……ハンターに倒された日が命日でしょうか?」
わからない、と苦笑する。
今日も一日が始まる。
何もないことを祈りながら。
●精霊は考える
このクリシスが治める町と隣の領主の町の間に川があり、その川に住む精霊リオ(仮)は首をかしげる。
なんとなく名前が確定していない気もする。それはそれでもいいのかなと思うけれど、なんとなく不安定な気もした。
気のせいか、別の名前で呼ばれてもよいような気がしてしまう。
「うー」
社の近くで腕を組み考える。眉間にしわを寄せ、考える。
「精霊さん、どうかしたかい?」
近所に住む老婆が尋ねてくる。ここの掃除をしてくれる人でリオ(仮)が慣れている人だ。
この人は「精霊さん」と呼んでくる。ここには精霊が一人しかいないからそれで構わない。たとえば丘の上に精霊がいた場合はどうなるのかと思ったりする。
「うー。ねー、リオ?」
「わしはリョーウじゃよ?」
「……あー、わしはリオ?」
違う違うと老婆は首を横に振り、胸に手をやり「リョーウ」と言う。
リオ(仮)は間違いに気づいた。
「わし、リオ?」
自分の胸に手を当てて言ってみた。
「んー、精霊さんはリオという名前と言うことかね?」
「んー? つけてくれた」
「なら、それでよいのかの?」
「んー」
いいとも思う。たぶん、ハンターにも認知されていると思われる。
「イノア、きく」
「領主様に聞くのかい?」
「うん」
リオ(仮)はそこに行ってくれる人を待つことにした。下水を伝っていけなくはないが、できれば行きたくないと思うのだった。
それから二時間後、ようやく適度な人材を見つけ、イノアの代理が来るのがそれから二時間後。要件が伝わったのは、なお一時間たってからだった。
●せっかくなので
イノアは精霊の名前を確定していないことを知った。
「本人としては固定でも揺れてもいいということですね……」
精霊本人の意向は揺れている。そもそも、自分に名前があったのかすらわからない。覚えていないというより、なかったのではないだろうか?
「それならば、広く意見を募ることも可能ですね。丘の上をどうするかも決まっていませんし、せっかくならピクニックも面白いですわね」
イノアは微笑む。以前、ライブラリで演算で出されたもしもの世界では兄とイノアは丘の上でピクニックごっこをしていたという。
「この先、この丘に家を建てるかもしれませんし、それこそ、防壁を立てることもあるかもしれません。森にしてしまうかもしれません……それならば、今は楽しんでもらった方がいいですね」
イノアは町の人に通達を出すともにハンターに依頼を出すことにした。
イノア・クリシスは夢を見た。
幼いころあった領主の屋敷の庭となっていた丘で兄と遊ぶ夢。まだ五歳くらいだったはずだ。
「イノア、ゆっくりでいいよ?」
「いやっ! わたし、もっと早いもん!」
丘の上まで競争と言いながら、何度も行ったり来たりする。子どもの頃の年齢差は大きい。十歳くらいの兄にかなうわけがなかった。
最後は兄がわざと負けてくれた。それがまた悔しくて仕方がなくて、頬を膨らませる。兄は困ったように笑いながら、丘の上の木の下で見守ってくれていた。
その木の下はここの町が良く見えるのだ。
川を行き来する船、人の営みを感じられる町。
兄の大好きな場所だったという。
兄がアレと出会ったのもそこであり、兄が殺されたのも、歪虚と契約したのもそこである。いや、確証はないが、たぶん、アレがいて、兄がいたという事実からそうだろうと言われている。
兄はもういない。
夢の中でとっちめようとして、ハンターに止められたような気もする。
イノアはベッドから下りた。
「そろそろ兄の誕生日が近いですね……とはいえ、死者には命日とも言いますけれど……」
むしろ思い出したくもない。
「そもそも、歪虚に成っているので、どこが命日なのか……ハンターに倒された日が命日でしょうか?」
わからない、と苦笑する。
今日も一日が始まる。
何もないことを祈りながら。
●精霊は考える
このクリシスが治める町と隣の領主の町の間に川があり、その川に住む精霊リオ(仮)は首をかしげる。
なんとなく名前が確定していない気もする。それはそれでもいいのかなと思うけれど、なんとなく不安定な気もした。
気のせいか、別の名前で呼ばれてもよいような気がしてしまう。
「うー」
社の近くで腕を組み考える。眉間にしわを寄せ、考える。
「精霊さん、どうかしたかい?」
近所に住む老婆が尋ねてくる。ここの掃除をしてくれる人でリオ(仮)が慣れている人だ。
この人は「精霊さん」と呼んでくる。ここには精霊が一人しかいないからそれで構わない。たとえば丘の上に精霊がいた場合はどうなるのかと思ったりする。
「うー。ねー、リオ?」
「わしはリョーウじゃよ?」
「……あー、わしはリオ?」
違う違うと老婆は首を横に振り、胸に手をやり「リョーウ」と言う。
リオ(仮)は間違いに気づいた。
「わし、リオ?」
自分の胸に手を当てて言ってみた。
「んー、精霊さんはリオという名前と言うことかね?」
「んー? つけてくれた」
「なら、それでよいのかの?」
「んー」
いいとも思う。たぶん、ハンターにも認知されていると思われる。
「イノア、きく」
「領主様に聞くのかい?」
「うん」
リオ(仮)はそこに行ってくれる人を待つことにした。下水を伝っていけなくはないが、できれば行きたくないと思うのだった。
それから二時間後、ようやく適度な人材を見つけ、イノアの代理が来るのがそれから二時間後。要件が伝わったのは、なお一時間たってからだった。
●せっかくなので
イノアは精霊の名前を確定していないことを知った。
「本人としては固定でも揺れてもいいということですね……」
精霊本人の意向は揺れている。そもそも、自分に名前があったのかすらわからない。覚えていないというより、なかったのではないだろうか?
「それならば、広く意見を募ることも可能ですね。丘の上をどうするかも決まっていませんし、せっかくならピクニックも面白いですわね」
イノアは微笑む。以前、ライブラリで演算で出されたもしもの世界では兄とイノアは丘の上でピクニックごっこをしていたという。
「この先、この丘に家を建てるかもしれませんし、それこそ、防壁を立てることもあるかもしれません。森にしてしまうかもしれません……それならば、今は楽しんでもらった方がいいですね」
イノアは町の人に通達を出すともにハンターに依頼を出すことにした。
リプレイ本文
●店開き
「ぐふふ、自分の先見の明に脱帽ですぅ」
星野 ハナ(ka5852)は丘でのピクニックにあわせ店をやれば、文化交流も独り勝ちできると考えた。そして、荷馬車を借りて丘の中腹と町の中心部を何度か行き来して準備をする。
ミオレスカ(ka3496)は「春の精霊祭り、いいですね」とほほ笑む。この件は別に精霊の名前ではなく、このピクニックについての名前も考えている。町に到着後、見て回る前に精霊に会いに行く。
「リオさんのままで良いと思います」
「なのー」
「今回のような行事も名前があると良いと思います。春の精霊祭りなんてどうでしょうか?」
「なのー」
精霊は機嫌よくうなずいている。
ミオレスカは丘に向かう途中で、教会を覗く。礼拝堂の一部は壊れていたがすでに修復されている。中から子どもたちの歌声が響いていた。
ハンス・ラインフェルト(ka6750)と穂積 智里(ka6819)は最近拠点としている東方からのんびり過ごせるイベントがあると聞いてやってきた。
「それにしてもマウジー……」
ハンスは智里を気遣う。普段も気遣わないわけではないが、今は心底気遣う気持ちで一杯である。
「大丈夫です……せっかく、来てみたかったのです。ハンスさんと思い出を作りたいです」
ハンスに寄り掛かるようにいる智里、直前の依頼でひどいけがを負っていた。休むべきという案もあるが、のんびりするならどこでもいいというのもあった。
「ここまで来たのですから、そうですね、精霊にでも会いに行ってみましょう」
「はい。音楽が好きなんですよね?」
智里は支えてくれるハンスを見上げた。
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)はかつてにも過去にもここに来たことはあった。
ライブラリでピクニックをしていたイノア・クリシスと兄ニコラスの様子を知っている。ライブラリではそこでは邪魔が入り戦場となったが、警備等を考えても実際遊んでいたこともあるだろうと想像できる。
「それにしても、落ち着いたよな……」
町の様子を見て表情は自然と緩んだ。
●精霊の社
名付け親(仮)のピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ka4804)は依頼を見て「ええええ」と思わず大きな声が出る。
「リオちゃん、まだ名前定着していないのっ」
早速、川に住む主への土産もかねて高熱量食糧「ピッカーズ」を引っ提げ、出かけてきた。
社の近くに来ると、精霊が出迎えてあいさつする。
「リオちゃんが他の名前がいいというなら仕方がないけれど」
「うーん」
「煮え切らない」
「わるくないよ」
「名前が定着しない理由は……そうだ! 丘の上に社作れるか頼んでくる」
ピッカーズを社に奉納し、イノアの元に走ったのだった。
フューリト・クローバー(ka7146)はのんびりと過ごすためにここにやってきた。名前が決まっていないということを聞き、精霊の元に顔を出す。
川の側にいる、見慣れぬ種族を発見する。人間のようで全部水な人物。
「お、おおう」
変わっているけれど悪意も感じられないため、あれがここの水の精霊だと判断できる。
「こんにちは」
「こーにちー」
挨拶が返ってきた。
「名前決まっていないって聞いたよ」
こくんとうなずく精霊。
「リオでいいんじゃない? だって呼びやすいし」
その理由を彼女は続ける。書きやすい読みやすい、それが一番大事だと。
フューリトが立ち去るとき、精霊に穏やかそうな笑みを浮かべていた。
マリィア・バルデス(ka5848)は大きな樽を持って町にやってきた。
「精霊さまの名前を決めてピクニック。そういえば、最近、ここにユグディラも見つかったと聞いたのよね」
どうやら幻獣が好きらしい。町に来て視界の片隅でサッと横切った物を見て「まさか」と思ったが、今日のメーンの用事ではないので見送る。
「精霊さまよね。ピクニックに名前……」
名前をどう判断するかは精霊自身だと彼女は考えていた。
レオン・フォーレルトゥン(ka6673)は依頼を見て、この町の状況に興味を持った。魔法公害があり、そこから復興したということ。その背後に歪虚がおり、現在まで尾を引いていたという。
町を見みると、問題があったような雰囲気は微塵にも感じさせない。帝国に居を構える彼としては、今後の何かの役に立つかもしれないと話を聞きたいと思ってきたのだったが――。
「レオ兄! 早速、丘に行こう! レオ兄が楽しそうな依頼をこっそり受けようとしていたし……それは私たちと春のひと時を楽しんで遊ぼうってことだよね!」
妹のニーナ・フォーレルトゥン(ka6657)は満面の笑みで兄レオンを見る。荷物には草地を下るためのソリもある。
「その前に精霊の名前を決めるんだな……え? ニーナが誘ってくれたけど、これってレオ兄が見つけた依頼だったんだ」
ヴァージル・シャーマン(ka6585)は意外だと思った。しかし、彼が憧れる兄貴分レオンのことだから遊ぶだけの話ではないと一応考える。
「さ、行こう」
ニーナがレオンの腕を取ってぐんぐん丘の方に行こうとする。
「精霊の名前も決めるの手伝……って、待って!」
ヴァージルが慌ててついて行く。
レオンは自分の行動をするために、ヴァージルは依頼を遂行するためにどうすべきか首をひねった。
●執務室
ディーナ・フェルミ(ka5843)は依頼を見て、参加するというハンターの動向、これまで自身が体験したことから、一つの進言をするためにやってきたのだ。
「これは、イノアさまに町おこしでお祭りしましょうと進言するチャンス到来なのー」
鼻息荒く領主の屋敷に向かう。
「どんど焼きの時、精霊さまにかこつけて、クリシス領でもお祭りすればいいのにと思ったことを思い出したの」
目はキラキラさせてずんずん進んだのだった。
ルベーノ・バルバライン(ka6752)はイノアの執務室に赴く。まじめな彼女のことだから、イベントを企画してもこもっているのではないかと予想していた。
「ご領主様自身のお達しだ、もちろん行くのだろう?」
仕事をしていたわけでもないが、イノアは質問されて困る。
「少しくらいはイノアとして楽しむ時間があってもよかろう?」
ルベーノは来る途中に買った、春物の女性用帽子をイノアの頭に載せた。
「似合ってる」
「……あ、ありがとうございます」
イノアは町を見回るため出かけることにしたのだった。
●名前
ハンスと智里は社の側にいる精霊に出迎えられる。
「なのー?」
首をかしげて問われる。
「非常に何かをはしょりましたね……」
ハンスは苦笑するが、精霊の視線の先や、その表情から推測はできた。智里を心配そうに見ているのだ。
初対面の智里は精霊の姿に驚くが、水の精霊だとすぐに理解できた。
「初めまして。精霊さまのお名前決めるお祭りだと聞きました」
「まつりー? お、おー」
精霊自身が驚いている。
「はい、精霊さまの祭りならお社にお参りしたいです……そして、ここまで来ました」
精霊はこくこくとうなずき、社を指さす。そこには半分消えているピッカーズがあった。
「お掃除は行き届いていますね……さ、マウジー」
ハンスは智里の腰に手を添え、支えとなる。花と菓子を備えると手を合わせた。
合わせるのはいいが、そばでご神体と言うか、ここの主がじっと見ている。見られているほうはなんだか気恥ずかしい。
「面白いですか?」
ハンスが問うと、精霊は首を傾げた。
「好きなものを奉納するほうがいいのですよね。なら、音楽が好きと伺いましたから……」
「マウジー……無理は……」
「していません。お祭りですもの。一曲だけ」
智里は日本で春に馴染みな童謡や唱歌を歌う。それに合わせてハンスが横笛を吹く。一曲のつもりがハンスが吹くため二曲目に突入した。
「ハンスさん……」
「ああ、マウジーすみません。つい、あなたが愛らしくて」
「もー」
二人のやりとりを見て精霊がふっと表情を緩める。
ハンスは横笛をきれいに拭うと社に置いた。
「今度は町の人に吹いていただくのはどうでしょう? あなたと町の人をつなぐ一助になれば幸いです」
精霊はうなずき、二人の頭を撫でた。
ルベーノとイノアが到着する。社には半分消えたピッカーズと横笛が置いてある。川には悠々と泳ぐ魚と主がいる。
「精霊に名前が決まっていないとあってな……俺からは『ニア』という名をささげようと思う」
精霊はきょとんとし、イノアが意味を問う。
「お前の兄ニコラスのことをすべて忘れることを惜しんでいるのではないかと思ったのでな」
「うーん」
「ニコラスには姿を見せたのだろう? 彼の行動に怒りを覚えたのも事実だろう。でも、すぐに思い出の品は捨てなかった。だから……ニコラスが治めるはずだった土地、それを現在はイノアが守っている。イノアとともにあってほしいと願い、ニコラスとイノアから一文字ずつ取って『ニア』はどうかと。この地を末永く見守ってほしい」
不満そうな顔をしていた精霊は微笑むとルベーノの頭を撫でた。
「え?」
「ふむ!」
撫でられたルベーノが目を丸くする。
「まさか、撫でられるとはな……気に入ってくれたということか?」
「うーん、いっこ」
「え?」
「リオはさこ」
精霊が何を言っているか理解するのに時間がかかったが、ルベーノは出遅れたと頭を掻いた。
「ああああ、イノア様見つけたのーー」
執務室の方からディーナがやってきた。
「イノアさま、どうせなら精霊さまにかこつけて、これから毎年お祭りしましょうなの。町興しなの! 精霊さまの名づけの記念を祭りにして、春の精霊祭でもイースターでも場所的にはありだと思うの!」
ディーナが丘を指さす。
「イースターなら、エッグハントで景品出したり、卵の柄を競ったりしたら、町の人も楽しめると思うの。卵でも羊でもウサギでも十字パンでも屋台を出すようにしたらもっとお客さん来そうなの! 丘には何もないからできるの!」
丘活用法だ。
「どう?」
機関銃のようにしゃべったディーナの言葉を、イノアは理解しようと整理する。
「ありがとうございます」
「いえいえなの」
「確かに町の活性化はいいですね……以前、父が村おこしをしたことがありました」
「そうなの、そうなの! 私も行ったの。まずは行ってみるの、丘に!」
背中を押されてイノアが移動し始めた。
●丘の上でこんにちは
フューリトは精霊の社を後にしてから、丘に引き寄せられる。
「ここは手入れが適度にされている、素晴らしい草地なのだ」
屋敷があったというだけあり、道があり上りやすい。その周囲は適度に土と草がある。
「新緑にはまだ早いけど、ちょうどいいフカフカ具合い」
一旦、頂上まで登り、丘を見下ろす。ぬくぬくとした太陽の光と、そよそよとちょっと冷たい風が吹く。
「これは、昼寝中に日陰になるとくしゃみは逃れられないね」
木の陰になりにくく、ぬくもりが長続きし、草がフカフカしているところを探すとフューリトは横になった。
「ああ、気持ちいい。なんとかなるさ、それもじんせいーいいこと……ば……」
そして、眠りの中に落ちた。
「いらっしゃいませー。東方風のお茶はいかがですかー」
ハナは笑顔で呼び込みをする。そこには大きな長いすに緋毛氈を敷いたスペースがあった。さらに大きな傘を立てかけて日差しを避けるようにしてある。
「一品でも注文いただければ、ここでのご飲食、持ち込みはかまいません」
ハナは品書きを提示する。
煎茶、糀の甘酒、花見団子として三色団子、お汁粉にぜんざい、草餅がある。ただし、この地域の一般人では珍しいものばかりだろう。
「三色団子は桜に、春霞に新緑を表しているとも言われています。それに、紅白は祝いを表し、草餅は健康長寿の縁起物でもありますー。青空の下、ここでぜひともご賞味くださいー」
一つ二つ説を滑らかに述べる。笑顔の呼び込みのかいもあり、人の視線が茶屋に来る。まだ、ちょっと丘登りが優先され気味だけれども、徐々に注文する人も増えているようだった。
●よいせ、よいせ
レオンは別行動をとるための言葉を探していたが、結局ストレートなのが一番だと気づいた。
「俺は調べたいことがあるんだ。昼に丘でいいだろうか?」
ニーナは「仕事と私たちと遊ぶのどっちが大事なの」と言う。
「仕事ではないよ。一つの結末へたどり着いたとだからな、少し見ておきたかったんだよ。ということで、ヴォ―ジルと二人でひとまず行ってきてくれ」
終わりの言葉を聞いた瞬間、ニーナは少し落ち着きをなくす。レオンは微笑むと、一旦別れた。
レオンは魔法公害や一連の事件を聞くにはどこがいいか考えた。まず、教会に向かった。
精霊は悩んでいた。皆親切であるし、名前なんて関係ない気にもなる。誰かに相談するにもしていいものかというところから悩む。
そこに、ヴァージルとニーナがやってきた。
「ここは閑散としているな」
「ねー、丘行こう!」
「待て、依頼の内容半分忘れていないか」
精霊は二人がハンターでもあると気づいて、じっと見つめる。
「名前は決まりそう?」
ニーナが問う。
「うー、リーオでいーの? でも、ニーアもこう……おもい、あるの」
「どっちも可愛いよね。迷うのは仕方がないよ」
ニーナはの言葉に精霊は「そか」と悩み顔になった。
マリィアは社にやってきた。
「お名前、まだ決まっていなかったのね」
精霊はうなずくようなうなずかないような微妙な動きをする。
「名前を自分で選べる機会はあんまりないもの。精霊さまが納得するお名前を選べるように祈ってるわ」
精霊は近くにいるニーナとヴァージルを見た。
「ところで、イノア様たちが丘の、屋敷跡でピクニックをされるのだけど、貴女は行けそうかしら? 大きな樽に水を一杯入れたらそれに入っていくことはできそう?」
「うーん」
試したことはない。ただ、水が通っているところならば行くことが可能なのはわかっている。しかし、樽の中だと、どうなるのだろうか分からない部分も多い。
「もう、何も残っていないらしいけれど、ニコラスの暮らした場所だもの、貴女も一度は見に行きたいんじゃないかと思ったのよ」
精霊は「うーん」とうなる。そして、丘を見上げると「行く」と言った。
「ならこの樽に水を入れましょう」
「丘には俺たちも行くし、手伝うよ?」
ヴァージルはニーナをちらっと見た。
「そうだね。一緒に行こう。名前、決めるきっかけになるかもしれないし」
樽に精霊は移動した。自分で水も運び入れる為、それは早かった。あとは台車か荷馬車に載せて移動するだけになった。
見上げた丘の上ではピアレーチェは精霊の依り代となりうるものを作ろうとしていた。川の側の社と似たようなものを作ることを考えている。
途中でイノアを見つけ許可は得て、材料とともに上がった。
「日曜大工の腕の見せ所だよ」
精霊がこの地に住むことを知ってもらうことは、世界を大事にすることにつながるとも考えた。
教会の司祭はミオレスカの訪問と申し出を快く受けた。
「春の精霊祭りはパンがいいですね。春の花をあしらって香りをつけて、砂糖たっぷりの菓子パンをふるまってもいいでしょうか?」
という内容に歌の練習に来ていた子らも歓声を上げ、早めに切り上げて一緒に作ることになった。
「そういえば……プエル……いえ、ニコラスさんのお墓ってあるんですよね」
司祭は場所を教えてくれた。
「パンができたら、一つお供えに行って来ようと思います」
春だからパンだと思って作っているパンは、菓子好きだった歪虚プエル(kz0127)を思い起こさせるものでもあった。
「たまたまです。そもそも、ニコラスさんも好きだったのでしょう」
ミオレスカは教会で暫く子らと過ごした。
丘に来ると、町の人もいる。しかし、イノアは一瞬足がすくんだ。
「イノア様、怖い?」
「良い思い出もあるだろう?」
ディーナとルベーノは声をかける。
「おーい」
レイオスはイノアを見つけ走ってきた。挨拶を交わすと、レイオスの肩から力が抜ける。
「肝心なところで居合わせなかったからな……大事に至らなくて良かった。イノアに怪我がなくて、町も被害が大きくなくて良かった」
レイオスはプエルが起こした事件に居合わせることが多かった。
「いえ、心配をしてくださってありがとうございます」
「いや……まあ……ゆっくり見てみたかったから、ここを」
レイオスは丘を見上げる。
「そうそう……王国で新設された騎士に、俺はなったんだ。あいつに対する抑止とか、オレを狙うように仕向け、イノアたちを護るつもりだったんだけどな」
「……でも……それだけのための力ではないです」
レイオスは苦笑する。
「本当、ライブラリでニコラス見ているからいいけど、歪虚のあいつしか見ていなかったら、イノアときょうだいだってわからないな。騎士として……これからはもこの土地と王国を護っていくぜ」
「よろしくお願いします。もちろん、私たちがしなくてはいけないこともあるのです」
「それはそれで頼りにしてるぜ」
レイオスはイノアたちと別れるとハナの茶屋経由で丘の散策を楽しむことにした。
●穏やかな時
何とか丘の頂上まで精霊はやってきた。
ピアレーチェは金づちで手を打ちかけた。
「びっくりしたよ。こういうこともありなんだね。待ってね、お社作るから」
せっせと木を組み立てて作っていく。
「気分が悪いとかあったら言うのよ」
マリィアは精霊に念を押した。
「じゃ、これでおしまいだね。レオ兄はどこかなー」
「あの茶屋の当たりにいるかな」
「ソリをして遊ぶぞー」
「えっ! 本気だったのかその荷物!」
ニーナは荷物からソリを取り出してまたがった。中腹までこれで降りる気らしい。
ヴァージルは精霊に「何かあったら協力するから」と告げるとニーナを追いかけた。
茶屋でディーナは一服しながら、春の精霊祭りにもっといいアイデアはないかと考える。
「走り回るだけでも楽しいと思うの」
イノアも座って眺めていたが、背後の声で振り返る。
「ここが領主の屋敷の跡なんだね」
「そうですよ。丘の上の木がプエルのお気に入りらしいです」
イノアの後ろでレオンとミオレスカが足を止めて話をしていたのだ。教会でレオンの応対をしていた司祭が、ミオレスカも最後に立ち会っている旨を伝えたのだった。その結果、墓参りとここまで一緒に来た。
「不幸から立ち直れるのは人間の強さ。領主の力とそれを支えようとした民衆の力なんだ」
「そうですね。今の領主さんですよ」
ミオレスカがぺこりと頭を下げるのに続き、レオンも挨拶をする。
「領主様、魔法公害の話、歪虚の話……今の町の様子、勉強になりました」
「そうですか……生かせるなら」
「はい。辛かったのは感じます。ただ、今はこうして話を出来ることには感謝したいです」
イノアは少し寂しそうだが微笑んだ。
「ニコラスさんのお墓に行ってきました。プエルだったとしても、ニコラスさんはここで眠っているはずですよね?」
イノアはミオレスカの言葉に一瞬驚いた顔をしたが「ありがとうございます」と告げる。
「お礼を言われることはしていません。縁がありましたから、せっかくなのでご挨拶はしたかったのです」
ミオレスカは首を横に振る。
「あー、レオ兄! 昼ご飯に何か食べよう」
「ニーナ……そうだな」
レオンは会釈をすると、ニーナたちの方に向かった。
「レオ兄、この年でソリ滑りはありなのか!」
ヴァージルは拒否してもらいたくて言うが、曖昧に笑うレオン。それに対しニーナがお墨付きをもらったように笑う。
「いらっしゃいませー。お品書きはこちらですぅ」
間髪入れずハナがニーナを手招きをしたのだった。
一方、「イノアはソリで遊んだりは……」とルベーノが言うと「しません!」とイノアがきっぱりと答えていた。
丘の上は風が吹く。
日陰でハンスと智里は肩を寄せ合い、景色を眺める。
「結局、精霊もこちらに来たんですね」
「樽で来るってすごいです」
樽から上半身を出し、精霊は町を見ているようだった。その表情は特に動かない。
マリィアはにぎわう丘を見て微笑む。走り回る子供もいる。ただ、領主の屋敷跡ということもあるためか、両親が怒って止めようとしている。
「走りたくなるわよね」
思わずつぶやく。
隣ではガンガンゴンゴン、社が作られていく。
精霊の依り代になればいいと作るもの。
「で、そういう機能あるの?」
精霊は言い出しづらい顔になった。
「でも、存在はアピールできるわよね」
マリィアにうなずいた。
丘に上がってきたミオレスカは顔見知りと挨拶をする。
「気持ちがいいところですね」
町が見渡せるとまで行かないが、町と川が見える。ニコラスがここを気に入っていたのは、開放感があるもあるだろうが、いずれ父親の跡を継ぐことを考える決心を固める為もあったのだろうか。
「少しだけ……歌わせてもらいます」
辺境由来でちょっと違うかもしれませんが断って、一曲歌う。
精霊はそれを聞きながら、見たことがない世界を考えた。
「わあああ」
「きゃああ、あはははは」
ソリ遊びをしているニーナと巻き込まれたヴァージルの姿が中腹にあった。ただ、途中で、寝ている間に草に埋まっていたフューリトが轢かれていた。
「ぐはっ」
「ちょ、大丈夫かい、君」
「けがはないかい」
慌てるヴァージルとレオン。
起こされたフューリトは「痛かったけど、無事」と答えているようだった。昼寝の時間もそろそろ終わりだった。
●結局は
「これで終わりですぅ」
夕方になりハナは店じまいを始める。
「ごちそうさまのー。イノア様はおうちに帰るの?」
ディーナに問われ、イノアは「精霊の名前の件があるので」と川まで行く。
「イノアさん、イベントの名前は春の精霊祭りはいかがでしょう? それと、精霊の名前はリオさんで良いです」
ミオレスカが告げる。
「我々はこの辺で先に帰ります」
「精霊さまのお名前が何になっても、きっと皆さん良いといいますよ」
ハンスと智里がオフィスに近いところで別れた。
「ふわああ、気持ちよく寝たけれどちょっと痛かったり……僕は最後まで付き合うよ」
フューリトはついていく。精霊が悩んでいるのを見て「僕もリトって呼ばれるし。愛称は短い方がいい」とつぶやいた。
精霊はピクニックの帰り運んでくれるハンターたちを見てどうしようと思う。みんなが考えてくれるのが嬉しかった。それに「リオ」でほぼ定着しているのは事実。
「精霊さん、決まったのかな?」
「悩むだけ悩めばいいんじゃない?」
「君が願う名前でもいいだろう?」
ヴァージル、ニーナとレオンに言われ、精霊は悩む。
ニコラスはなんてつけてくれったけ、と思う。
「決める機会なんてそうそうないからね」
「あと少しで川につくぞ」
マリィアに台車を引くレイオスが指摘する。
川の近くで精霊は自分で戻っていく。
「決まりましたか? 後日にしますか?」
イノアが問う。人間が決めてしまうことは簡単だ。
「リオ」
精霊がにっこりとほほ笑む。
「仕方がないか」
「よかったー」
ルベーノが苦笑し、ピアレーチェが万歳をする。
「なのー名前はリオ、あだ名がニアと精霊さん!」
精霊は笑った。
「わしはここの土地にずっといる。人間、後から来た。名前は便利。みんないい子。だから、リオでニアでも精霊でもよしなの」
しゃべり方がスムーズになる。
「自分という存在が不安定でしゃべるのが苦手だったのか? 独りでもあったから言葉はいらなかった……のもあるか」
レイオスは精霊の言葉の不安定さの原因を考えていた。意思疎通しやすくなるのだろうか、これからは。
「よろーしくなのー」
リオは笑った。
「ぐふふ、自分の先見の明に脱帽ですぅ」
星野 ハナ(ka5852)は丘でのピクニックにあわせ店をやれば、文化交流も独り勝ちできると考えた。そして、荷馬車を借りて丘の中腹と町の中心部を何度か行き来して準備をする。
ミオレスカ(ka3496)は「春の精霊祭り、いいですね」とほほ笑む。この件は別に精霊の名前ではなく、このピクニックについての名前も考えている。町に到着後、見て回る前に精霊に会いに行く。
「リオさんのままで良いと思います」
「なのー」
「今回のような行事も名前があると良いと思います。春の精霊祭りなんてどうでしょうか?」
「なのー」
精霊は機嫌よくうなずいている。
ミオレスカは丘に向かう途中で、教会を覗く。礼拝堂の一部は壊れていたがすでに修復されている。中から子どもたちの歌声が響いていた。
ハンス・ラインフェルト(ka6750)と穂積 智里(ka6819)は最近拠点としている東方からのんびり過ごせるイベントがあると聞いてやってきた。
「それにしてもマウジー……」
ハンスは智里を気遣う。普段も気遣わないわけではないが、今は心底気遣う気持ちで一杯である。
「大丈夫です……せっかく、来てみたかったのです。ハンスさんと思い出を作りたいです」
ハンスに寄り掛かるようにいる智里、直前の依頼でひどいけがを負っていた。休むべきという案もあるが、のんびりするならどこでもいいというのもあった。
「ここまで来たのですから、そうですね、精霊にでも会いに行ってみましょう」
「はい。音楽が好きなんですよね?」
智里は支えてくれるハンスを見上げた。
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)はかつてにも過去にもここに来たことはあった。
ライブラリでピクニックをしていたイノア・クリシスと兄ニコラスの様子を知っている。ライブラリではそこでは邪魔が入り戦場となったが、警備等を考えても実際遊んでいたこともあるだろうと想像できる。
「それにしても、落ち着いたよな……」
町の様子を見て表情は自然と緩んだ。
●精霊の社
名付け親(仮)のピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ka4804)は依頼を見て「ええええ」と思わず大きな声が出る。
「リオちゃん、まだ名前定着していないのっ」
早速、川に住む主への土産もかねて高熱量食糧「ピッカーズ」を引っ提げ、出かけてきた。
社の近くに来ると、精霊が出迎えてあいさつする。
「リオちゃんが他の名前がいいというなら仕方がないけれど」
「うーん」
「煮え切らない」
「わるくないよ」
「名前が定着しない理由は……そうだ! 丘の上に社作れるか頼んでくる」
ピッカーズを社に奉納し、イノアの元に走ったのだった。
フューリト・クローバー(ka7146)はのんびりと過ごすためにここにやってきた。名前が決まっていないということを聞き、精霊の元に顔を出す。
川の側にいる、見慣れぬ種族を発見する。人間のようで全部水な人物。
「お、おおう」
変わっているけれど悪意も感じられないため、あれがここの水の精霊だと判断できる。
「こんにちは」
「こーにちー」
挨拶が返ってきた。
「名前決まっていないって聞いたよ」
こくんとうなずく精霊。
「リオでいいんじゃない? だって呼びやすいし」
その理由を彼女は続ける。書きやすい読みやすい、それが一番大事だと。
フューリトが立ち去るとき、精霊に穏やかそうな笑みを浮かべていた。
マリィア・バルデス(ka5848)は大きな樽を持って町にやってきた。
「精霊さまの名前を決めてピクニック。そういえば、最近、ここにユグディラも見つかったと聞いたのよね」
どうやら幻獣が好きらしい。町に来て視界の片隅でサッと横切った物を見て「まさか」と思ったが、今日のメーンの用事ではないので見送る。
「精霊さまよね。ピクニックに名前……」
名前をどう判断するかは精霊自身だと彼女は考えていた。
レオン・フォーレルトゥン(ka6673)は依頼を見て、この町の状況に興味を持った。魔法公害があり、そこから復興したということ。その背後に歪虚がおり、現在まで尾を引いていたという。
町を見みると、問題があったような雰囲気は微塵にも感じさせない。帝国に居を構える彼としては、今後の何かの役に立つかもしれないと話を聞きたいと思ってきたのだったが――。
「レオ兄! 早速、丘に行こう! レオ兄が楽しそうな依頼をこっそり受けようとしていたし……それは私たちと春のひと時を楽しんで遊ぼうってことだよね!」
妹のニーナ・フォーレルトゥン(ka6657)は満面の笑みで兄レオンを見る。荷物には草地を下るためのソリもある。
「その前に精霊の名前を決めるんだな……え? ニーナが誘ってくれたけど、これってレオ兄が見つけた依頼だったんだ」
ヴァージル・シャーマン(ka6585)は意外だと思った。しかし、彼が憧れる兄貴分レオンのことだから遊ぶだけの話ではないと一応考える。
「さ、行こう」
ニーナがレオンの腕を取ってぐんぐん丘の方に行こうとする。
「精霊の名前も決めるの手伝……って、待って!」
ヴァージルが慌ててついて行く。
レオンは自分の行動をするために、ヴァージルは依頼を遂行するためにどうすべきか首をひねった。
●執務室
ディーナ・フェルミ(ka5843)は依頼を見て、参加するというハンターの動向、これまで自身が体験したことから、一つの進言をするためにやってきたのだ。
「これは、イノアさまに町おこしでお祭りしましょうと進言するチャンス到来なのー」
鼻息荒く領主の屋敷に向かう。
「どんど焼きの時、精霊さまにかこつけて、クリシス領でもお祭りすればいいのにと思ったことを思い出したの」
目はキラキラさせてずんずん進んだのだった。
ルベーノ・バルバライン(ka6752)はイノアの執務室に赴く。まじめな彼女のことだから、イベントを企画してもこもっているのではないかと予想していた。
「ご領主様自身のお達しだ、もちろん行くのだろう?」
仕事をしていたわけでもないが、イノアは質問されて困る。
「少しくらいはイノアとして楽しむ時間があってもよかろう?」
ルベーノは来る途中に買った、春物の女性用帽子をイノアの頭に載せた。
「似合ってる」
「……あ、ありがとうございます」
イノアは町を見回るため出かけることにしたのだった。
●名前
ハンスと智里は社の側にいる精霊に出迎えられる。
「なのー?」
首をかしげて問われる。
「非常に何かをはしょりましたね……」
ハンスは苦笑するが、精霊の視線の先や、その表情から推測はできた。智里を心配そうに見ているのだ。
初対面の智里は精霊の姿に驚くが、水の精霊だとすぐに理解できた。
「初めまして。精霊さまのお名前決めるお祭りだと聞きました」
「まつりー? お、おー」
精霊自身が驚いている。
「はい、精霊さまの祭りならお社にお参りしたいです……そして、ここまで来ました」
精霊はこくこくとうなずき、社を指さす。そこには半分消えているピッカーズがあった。
「お掃除は行き届いていますね……さ、マウジー」
ハンスは智里の腰に手を添え、支えとなる。花と菓子を備えると手を合わせた。
合わせるのはいいが、そばでご神体と言うか、ここの主がじっと見ている。見られているほうはなんだか気恥ずかしい。
「面白いですか?」
ハンスが問うと、精霊は首を傾げた。
「好きなものを奉納するほうがいいのですよね。なら、音楽が好きと伺いましたから……」
「マウジー……無理は……」
「していません。お祭りですもの。一曲だけ」
智里は日本で春に馴染みな童謡や唱歌を歌う。それに合わせてハンスが横笛を吹く。一曲のつもりがハンスが吹くため二曲目に突入した。
「ハンスさん……」
「ああ、マウジーすみません。つい、あなたが愛らしくて」
「もー」
二人のやりとりを見て精霊がふっと表情を緩める。
ハンスは横笛をきれいに拭うと社に置いた。
「今度は町の人に吹いていただくのはどうでしょう? あなたと町の人をつなぐ一助になれば幸いです」
精霊はうなずき、二人の頭を撫でた。
ルベーノとイノアが到着する。社には半分消えたピッカーズと横笛が置いてある。川には悠々と泳ぐ魚と主がいる。
「精霊に名前が決まっていないとあってな……俺からは『ニア』という名をささげようと思う」
精霊はきょとんとし、イノアが意味を問う。
「お前の兄ニコラスのことをすべて忘れることを惜しんでいるのではないかと思ったのでな」
「うーん」
「ニコラスには姿を見せたのだろう? 彼の行動に怒りを覚えたのも事実だろう。でも、すぐに思い出の品は捨てなかった。だから……ニコラスが治めるはずだった土地、それを現在はイノアが守っている。イノアとともにあってほしいと願い、ニコラスとイノアから一文字ずつ取って『ニア』はどうかと。この地を末永く見守ってほしい」
不満そうな顔をしていた精霊は微笑むとルベーノの頭を撫でた。
「え?」
「ふむ!」
撫でられたルベーノが目を丸くする。
「まさか、撫でられるとはな……気に入ってくれたということか?」
「うーん、いっこ」
「え?」
「リオはさこ」
精霊が何を言っているか理解するのに時間がかかったが、ルベーノは出遅れたと頭を掻いた。
「ああああ、イノア様見つけたのーー」
執務室の方からディーナがやってきた。
「イノアさま、どうせなら精霊さまにかこつけて、これから毎年お祭りしましょうなの。町興しなの! 精霊さまの名づけの記念を祭りにして、春の精霊祭でもイースターでも場所的にはありだと思うの!」
ディーナが丘を指さす。
「イースターなら、エッグハントで景品出したり、卵の柄を競ったりしたら、町の人も楽しめると思うの。卵でも羊でもウサギでも十字パンでも屋台を出すようにしたらもっとお客さん来そうなの! 丘には何もないからできるの!」
丘活用法だ。
「どう?」
機関銃のようにしゃべったディーナの言葉を、イノアは理解しようと整理する。
「ありがとうございます」
「いえいえなの」
「確かに町の活性化はいいですね……以前、父が村おこしをしたことがありました」
「そうなの、そうなの! 私も行ったの。まずは行ってみるの、丘に!」
背中を押されてイノアが移動し始めた。
●丘の上でこんにちは
フューリトは精霊の社を後にしてから、丘に引き寄せられる。
「ここは手入れが適度にされている、素晴らしい草地なのだ」
屋敷があったというだけあり、道があり上りやすい。その周囲は適度に土と草がある。
「新緑にはまだ早いけど、ちょうどいいフカフカ具合い」
一旦、頂上まで登り、丘を見下ろす。ぬくぬくとした太陽の光と、そよそよとちょっと冷たい風が吹く。
「これは、昼寝中に日陰になるとくしゃみは逃れられないね」
木の陰になりにくく、ぬくもりが長続きし、草がフカフカしているところを探すとフューリトは横になった。
「ああ、気持ちいい。なんとかなるさ、それもじんせいーいいこと……ば……」
そして、眠りの中に落ちた。
「いらっしゃいませー。東方風のお茶はいかがですかー」
ハナは笑顔で呼び込みをする。そこには大きな長いすに緋毛氈を敷いたスペースがあった。さらに大きな傘を立てかけて日差しを避けるようにしてある。
「一品でも注文いただければ、ここでのご飲食、持ち込みはかまいません」
ハナは品書きを提示する。
煎茶、糀の甘酒、花見団子として三色団子、お汁粉にぜんざい、草餅がある。ただし、この地域の一般人では珍しいものばかりだろう。
「三色団子は桜に、春霞に新緑を表しているとも言われています。それに、紅白は祝いを表し、草餅は健康長寿の縁起物でもありますー。青空の下、ここでぜひともご賞味くださいー」
一つ二つ説を滑らかに述べる。笑顔の呼び込みのかいもあり、人の視線が茶屋に来る。まだ、ちょっと丘登りが優先され気味だけれども、徐々に注文する人も増えているようだった。
●よいせ、よいせ
レオンは別行動をとるための言葉を探していたが、結局ストレートなのが一番だと気づいた。
「俺は調べたいことがあるんだ。昼に丘でいいだろうか?」
ニーナは「仕事と私たちと遊ぶのどっちが大事なの」と言う。
「仕事ではないよ。一つの結末へたどり着いたとだからな、少し見ておきたかったんだよ。ということで、ヴォ―ジルと二人でひとまず行ってきてくれ」
終わりの言葉を聞いた瞬間、ニーナは少し落ち着きをなくす。レオンは微笑むと、一旦別れた。
レオンは魔法公害や一連の事件を聞くにはどこがいいか考えた。まず、教会に向かった。
精霊は悩んでいた。皆親切であるし、名前なんて関係ない気にもなる。誰かに相談するにもしていいものかというところから悩む。
そこに、ヴァージルとニーナがやってきた。
「ここは閑散としているな」
「ねー、丘行こう!」
「待て、依頼の内容半分忘れていないか」
精霊は二人がハンターでもあると気づいて、じっと見つめる。
「名前は決まりそう?」
ニーナが問う。
「うー、リーオでいーの? でも、ニーアもこう……おもい、あるの」
「どっちも可愛いよね。迷うのは仕方がないよ」
ニーナはの言葉に精霊は「そか」と悩み顔になった。
マリィアは社にやってきた。
「お名前、まだ決まっていなかったのね」
精霊はうなずくようなうなずかないような微妙な動きをする。
「名前を自分で選べる機会はあんまりないもの。精霊さまが納得するお名前を選べるように祈ってるわ」
精霊は近くにいるニーナとヴァージルを見た。
「ところで、イノア様たちが丘の、屋敷跡でピクニックをされるのだけど、貴女は行けそうかしら? 大きな樽に水を一杯入れたらそれに入っていくことはできそう?」
「うーん」
試したことはない。ただ、水が通っているところならば行くことが可能なのはわかっている。しかし、樽の中だと、どうなるのだろうか分からない部分も多い。
「もう、何も残っていないらしいけれど、ニコラスの暮らした場所だもの、貴女も一度は見に行きたいんじゃないかと思ったのよ」
精霊は「うーん」とうなる。そして、丘を見上げると「行く」と言った。
「ならこの樽に水を入れましょう」
「丘には俺たちも行くし、手伝うよ?」
ヴァージルはニーナをちらっと見た。
「そうだね。一緒に行こう。名前、決めるきっかけになるかもしれないし」
樽に精霊は移動した。自分で水も運び入れる為、それは早かった。あとは台車か荷馬車に載せて移動するだけになった。
見上げた丘の上ではピアレーチェは精霊の依り代となりうるものを作ろうとしていた。川の側の社と似たようなものを作ることを考えている。
途中でイノアを見つけ許可は得て、材料とともに上がった。
「日曜大工の腕の見せ所だよ」
精霊がこの地に住むことを知ってもらうことは、世界を大事にすることにつながるとも考えた。
教会の司祭はミオレスカの訪問と申し出を快く受けた。
「春の精霊祭りはパンがいいですね。春の花をあしらって香りをつけて、砂糖たっぷりの菓子パンをふるまってもいいでしょうか?」
という内容に歌の練習に来ていた子らも歓声を上げ、早めに切り上げて一緒に作ることになった。
「そういえば……プエル……いえ、ニコラスさんのお墓ってあるんですよね」
司祭は場所を教えてくれた。
「パンができたら、一つお供えに行って来ようと思います」
春だからパンだと思って作っているパンは、菓子好きだった歪虚プエル(kz0127)を思い起こさせるものでもあった。
「たまたまです。そもそも、ニコラスさんも好きだったのでしょう」
ミオレスカは教会で暫く子らと過ごした。
丘に来ると、町の人もいる。しかし、イノアは一瞬足がすくんだ。
「イノア様、怖い?」
「良い思い出もあるだろう?」
ディーナとルベーノは声をかける。
「おーい」
レイオスはイノアを見つけ走ってきた。挨拶を交わすと、レイオスの肩から力が抜ける。
「肝心なところで居合わせなかったからな……大事に至らなくて良かった。イノアに怪我がなくて、町も被害が大きくなくて良かった」
レイオスはプエルが起こした事件に居合わせることが多かった。
「いえ、心配をしてくださってありがとうございます」
「いや……まあ……ゆっくり見てみたかったから、ここを」
レイオスは丘を見上げる。
「そうそう……王国で新設された騎士に、俺はなったんだ。あいつに対する抑止とか、オレを狙うように仕向け、イノアたちを護るつもりだったんだけどな」
「……でも……それだけのための力ではないです」
レイオスは苦笑する。
「本当、ライブラリでニコラス見ているからいいけど、歪虚のあいつしか見ていなかったら、イノアときょうだいだってわからないな。騎士として……これからはもこの土地と王国を護っていくぜ」
「よろしくお願いします。もちろん、私たちがしなくてはいけないこともあるのです」
「それはそれで頼りにしてるぜ」
レイオスはイノアたちと別れるとハナの茶屋経由で丘の散策を楽しむことにした。
●穏やかな時
何とか丘の頂上まで精霊はやってきた。
ピアレーチェは金づちで手を打ちかけた。
「びっくりしたよ。こういうこともありなんだね。待ってね、お社作るから」
せっせと木を組み立てて作っていく。
「気分が悪いとかあったら言うのよ」
マリィアは精霊に念を押した。
「じゃ、これでおしまいだね。レオ兄はどこかなー」
「あの茶屋の当たりにいるかな」
「ソリをして遊ぶぞー」
「えっ! 本気だったのかその荷物!」
ニーナは荷物からソリを取り出してまたがった。中腹までこれで降りる気らしい。
ヴァージルは精霊に「何かあったら協力するから」と告げるとニーナを追いかけた。
茶屋でディーナは一服しながら、春の精霊祭りにもっといいアイデアはないかと考える。
「走り回るだけでも楽しいと思うの」
イノアも座って眺めていたが、背後の声で振り返る。
「ここが領主の屋敷の跡なんだね」
「そうですよ。丘の上の木がプエルのお気に入りらしいです」
イノアの後ろでレオンとミオレスカが足を止めて話をしていたのだ。教会でレオンの応対をしていた司祭が、ミオレスカも最後に立ち会っている旨を伝えたのだった。その結果、墓参りとここまで一緒に来た。
「不幸から立ち直れるのは人間の強さ。領主の力とそれを支えようとした民衆の力なんだ」
「そうですね。今の領主さんですよ」
ミオレスカがぺこりと頭を下げるのに続き、レオンも挨拶をする。
「領主様、魔法公害の話、歪虚の話……今の町の様子、勉強になりました」
「そうですか……生かせるなら」
「はい。辛かったのは感じます。ただ、今はこうして話を出来ることには感謝したいです」
イノアは少し寂しそうだが微笑んだ。
「ニコラスさんのお墓に行ってきました。プエルだったとしても、ニコラスさんはここで眠っているはずですよね?」
イノアはミオレスカの言葉に一瞬驚いた顔をしたが「ありがとうございます」と告げる。
「お礼を言われることはしていません。縁がありましたから、せっかくなのでご挨拶はしたかったのです」
ミオレスカは首を横に振る。
「あー、レオ兄! 昼ご飯に何か食べよう」
「ニーナ……そうだな」
レオンは会釈をすると、ニーナたちの方に向かった。
「レオ兄、この年でソリ滑りはありなのか!」
ヴァージルは拒否してもらいたくて言うが、曖昧に笑うレオン。それに対しニーナがお墨付きをもらったように笑う。
「いらっしゃいませー。お品書きはこちらですぅ」
間髪入れずハナがニーナを手招きをしたのだった。
一方、「イノアはソリで遊んだりは……」とルベーノが言うと「しません!」とイノアがきっぱりと答えていた。
丘の上は風が吹く。
日陰でハンスと智里は肩を寄せ合い、景色を眺める。
「結局、精霊もこちらに来たんですね」
「樽で来るってすごいです」
樽から上半身を出し、精霊は町を見ているようだった。その表情は特に動かない。
マリィアはにぎわう丘を見て微笑む。走り回る子供もいる。ただ、領主の屋敷跡ということもあるためか、両親が怒って止めようとしている。
「走りたくなるわよね」
思わずつぶやく。
隣ではガンガンゴンゴン、社が作られていく。
精霊の依り代になればいいと作るもの。
「で、そういう機能あるの?」
精霊は言い出しづらい顔になった。
「でも、存在はアピールできるわよね」
マリィアにうなずいた。
丘に上がってきたミオレスカは顔見知りと挨拶をする。
「気持ちがいいところですね」
町が見渡せるとまで行かないが、町と川が見える。ニコラスがここを気に入っていたのは、開放感があるもあるだろうが、いずれ父親の跡を継ぐことを考える決心を固める為もあったのだろうか。
「少しだけ……歌わせてもらいます」
辺境由来でちょっと違うかもしれませんが断って、一曲歌う。
精霊はそれを聞きながら、見たことがない世界を考えた。
「わあああ」
「きゃああ、あはははは」
ソリ遊びをしているニーナと巻き込まれたヴァージルの姿が中腹にあった。ただ、途中で、寝ている間に草に埋まっていたフューリトが轢かれていた。
「ぐはっ」
「ちょ、大丈夫かい、君」
「けがはないかい」
慌てるヴァージルとレオン。
起こされたフューリトは「痛かったけど、無事」と答えているようだった。昼寝の時間もそろそろ終わりだった。
●結局は
「これで終わりですぅ」
夕方になりハナは店じまいを始める。
「ごちそうさまのー。イノア様はおうちに帰るの?」
ディーナに問われ、イノアは「精霊の名前の件があるので」と川まで行く。
「イノアさん、イベントの名前は春の精霊祭りはいかがでしょう? それと、精霊の名前はリオさんで良いです」
ミオレスカが告げる。
「我々はこの辺で先に帰ります」
「精霊さまのお名前が何になっても、きっと皆さん良いといいますよ」
ハンスと智里がオフィスに近いところで別れた。
「ふわああ、気持ちよく寝たけれどちょっと痛かったり……僕は最後まで付き合うよ」
フューリトはついていく。精霊が悩んでいるのを見て「僕もリトって呼ばれるし。愛称は短い方がいい」とつぶやいた。
精霊はピクニックの帰り運んでくれるハンターたちを見てどうしようと思う。みんなが考えてくれるのが嬉しかった。それに「リオ」でほぼ定着しているのは事実。
「精霊さん、決まったのかな?」
「悩むだけ悩めばいいんじゃない?」
「君が願う名前でもいいだろう?」
ヴァージル、ニーナとレオンに言われ、精霊は悩む。
ニコラスはなんてつけてくれったけ、と思う。
「決める機会なんてそうそうないからね」
「あと少しで川につくぞ」
マリィアに台車を引くレイオスが指摘する。
川の近くで精霊は自分で戻っていく。
「決まりましたか? 後日にしますか?」
イノアが問う。人間が決めてしまうことは簡単だ。
「リオ」
精霊がにっこりとほほ笑む。
「仕方がないか」
「よかったー」
ルベーノが苦笑し、ピアレーチェが万歳をする。
「なのー名前はリオ、あだ名がニアと精霊さん!」
精霊は笑った。
「わしはここの土地にずっといる。人間、後から来た。名前は便利。みんないい子。だから、リオでニアでも精霊でもよしなの」
しゃべり方がスムーズになる。
「自分という存在が不安定でしゃべるのが苦手だったのか? 独りでもあったから言葉はいらなかった……のもあるか」
レイオスは精霊の言葉の不安定さの原因を考えていた。意思疎通しやすくなるのだろうか、これからは。
「よろーしくなのー」
リオは笑った。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/03/19 21:57:27 |
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春の精霊祭りでいいんじゃね? 星野 ハナ(ka5852) 人間(リアルブルー)|24才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2018/03/18 23:30:52 |