ゲスト
(ka0000)
白銀のおとぎ話・3 祭祀編
マスター:樹シロカ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/03/23 12:00
- 完成日
- 2018/04/05 23:40
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
静かな部屋に、燃える薪がはぜる音が響いた。
同盟の農耕推進地域ジェオルジでは、例年ならそろそろ春の気配ただよう頃だ。
それなのに、今年は昼間でも暖炉が必要な寒さである。
この家の現在の主でもある、若き領主セスト・ジェオルジ(kz0034)の表情が今一つさえないのも無理はない。
……とはいえ、にこにこ愛敬をふりまくタイプでもないので、これは見る方の思いこみかもしれないが。
「アニタさん一家はひとまず、こちらで預かりましょう。元々僕の仕事をお願いしていたのですし、春郷祭の会場になる別館の掃除を手伝ってもらう、というのは不自然ではないでしょう」
淡々と告げられた言葉に、テーブルをはさんで対しているサイモン・小川(kz0211)は深く頭を下げた。
「助かります。領主様にはいつもご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえ、人手が欲しいのは本当ですから。それに……」
いつも冷静なセストが、さすがに言い淀む。
常に陽気で飄々としているように見えるサイモンすら、唇を引き締めたままで、言葉が出てこない。
つい数日前のこと。
ジェオルジ内にあるバチャーレ村とその周辺で、ちょっとした事件が起きた。
村に住むアニタという女性の子供・ビアンカがたったひとりで雪山に入りこみ、断崖で歪虚に襲われていたのだ。
たまたま別の用件の依頼を受けたハンター達と、村の代表であるサイモンが遭遇し、ビアンカを救助したのだが、その帰り道でにわかには信じがたい証言が飛び出した。
『おねえちゃんたちは……本当に母ちゃんのところに連れてってくれるの?』
人見知りで怖がりの7歳の女の子は、自分を救ってくれたハンターにそう尋ねた。
続きを促されて、つかえつかえ語った内容は……
『あのね。母ちゃんがよんでるって、マリナねえちゃんがね。畑のほうに歩いてたんだけど、どうしてかあそこにいたの』
マリナはバチャーレ村に移住した、元サルヴァトーレ・ロッソの乗員で、サイモンの信頼する同僚でもある。
『そのときね、ねえちゃんに手をひっぱられたらね、すごく冷たかったの……』
サイモンは事の次第をセストに全て報告した。
「僕としては信じがたいことですが、ビアンカが嘘をついているとはとても思えません」
アニタもバチャーレ村で落ち着いていられるはずもない。ひとまずは距離を置いた方がお互いのためになるというのが、サイモンとセストが出した結論だった。
「それで、マリナさんには?」
「まだ何も。ここのところ伏せっていましたので……」
サイモンは眉間に深い皺を刻む。
マリナのほうも今回の事件の少し前、歪虚に遭遇したところを救出されたばかりだ。
それ以来、自分の住居に引きこもることが多くなっていた。危うく殺されるところだったのだから、心身ともに疲労しているのは間違いない。毎日村の女性が様子を見に行っていたが、顔色が悪い以外は特に変わったところは見られなかったという。
なので、サイモンとしては信頼する同僚でもあるマリナが、ビアンカを騙して連れ出し、冬山に放置したということが信じがたいのである。
セストは考え込むように目を伏せていたが、やがて視線を上げた。
「実はその件については、僕あてに妙な報告が届いています」
「妙、ですか」
「ええ。実はマリナさんはときどき村を抜け出し、どこかへ行くことがあったようです」
「……初耳ですね」
「察してあげてください。オガワ代表を信じているからこそでしょうから」
サイモンは複雑な表情で頷く。
バチャーレ村の誰かにせよ、近隣の村人にせよ、仲間の「明らかに異常な」行動をしばらく見守ろうという気遣いはあったのだろう。それが結果的に、事態を悪化させたとしても。
「ですが僕としても、このままにはできません。マリナを尋問します」
サイモンのその言葉は、元軍属らしい表現だった。
セストはそこに、遠い宇宙へ乗り出す者達独特のコミュニティの在り方を感じとる。
「……証拠がありません。それよりも僕に考えがあります。ご協力いただけますか」
●
居間でハンター達を待っていたのは、領主のセストだった。
「寒い中、依頼を受けていただき有難うございます」
丁寧に礼を述べると、早速依頼の内容について説明する。
「この冬の寒さに、キアーラ川流域では人々が不安を感じています。そこで精霊を元気づける祭を執り行います」
地域の人にその名を知られた地精霊マニュス・ウィリディスは、現在行方不明だ。
実際に戻るかどうかはわからないにせよ、とにかく不穏な空気をはらうのが目的である。
祭そのものは、近隣の3村合同で行うことになった。
食べ物や飲み物を用意して精霊に供え、祠の傍での大宴会。歌や踊りで賑やかに騒げば、嫌な気分も吹き飛ぶだろうというわけだ。
「そこで皆様に、なにか精霊……と、村の人達が喜んでくれそうなアイデアをいただきたいのです。お願いできますか?」
そう尋ねるセストの声は穏やかだが、ハンター達を見つめるまなざしはどこか緊迫したものを感じさせた。
静かな部屋に、燃える薪がはぜる音が響いた。
同盟の農耕推進地域ジェオルジでは、例年ならそろそろ春の気配ただよう頃だ。
それなのに、今年は昼間でも暖炉が必要な寒さである。
この家の現在の主でもある、若き領主セスト・ジェオルジ(kz0034)の表情が今一つさえないのも無理はない。
……とはいえ、にこにこ愛敬をふりまくタイプでもないので、これは見る方の思いこみかもしれないが。
「アニタさん一家はひとまず、こちらで預かりましょう。元々僕の仕事をお願いしていたのですし、春郷祭の会場になる別館の掃除を手伝ってもらう、というのは不自然ではないでしょう」
淡々と告げられた言葉に、テーブルをはさんで対しているサイモン・小川(kz0211)は深く頭を下げた。
「助かります。領主様にはいつもご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえ、人手が欲しいのは本当ですから。それに……」
いつも冷静なセストが、さすがに言い淀む。
常に陽気で飄々としているように見えるサイモンすら、唇を引き締めたままで、言葉が出てこない。
つい数日前のこと。
ジェオルジ内にあるバチャーレ村とその周辺で、ちょっとした事件が起きた。
村に住むアニタという女性の子供・ビアンカがたったひとりで雪山に入りこみ、断崖で歪虚に襲われていたのだ。
たまたま別の用件の依頼を受けたハンター達と、村の代表であるサイモンが遭遇し、ビアンカを救助したのだが、その帰り道でにわかには信じがたい証言が飛び出した。
『おねえちゃんたちは……本当に母ちゃんのところに連れてってくれるの?』
人見知りで怖がりの7歳の女の子は、自分を救ってくれたハンターにそう尋ねた。
続きを促されて、つかえつかえ語った内容は……
『あのね。母ちゃんがよんでるって、マリナねえちゃんがね。畑のほうに歩いてたんだけど、どうしてかあそこにいたの』
マリナはバチャーレ村に移住した、元サルヴァトーレ・ロッソの乗員で、サイモンの信頼する同僚でもある。
『そのときね、ねえちゃんに手をひっぱられたらね、すごく冷たかったの……』
サイモンは事の次第をセストに全て報告した。
「僕としては信じがたいことですが、ビアンカが嘘をついているとはとても思えません」
アニタもバチャーレ村で落ち着いていられるはずもない。ひとまずは距離を置いた方がお互いのためになるというのが、サイモンとセストが出した結論だった。
「それで、マリナさんには?」
「まだ何も。ここのところ伏せっていましたので……」
サイモンは眉間に深い皺を刻む。
マリナのほうも今回の事件の少し前、歪虚に遭遇したところを救出されたばかりだ。
それ以来、自分の住居に引きこもることが多くなっていた。危うく殺されるところだったのだから、心身ともに疲労しているのは間違いない。毎日村の女性が様子を見に行っていたが、顔色が悪い以外は特に変わったところは見られなかったという。
なので、サイモンとしては信頼する同僚でもあるマリナが、ビアンカを騙して連れ出し、冬山に放置したということが信じがたいのである。
セストは考え込むように目を伏せていたが、やがて視線を上げた。
「実はその件については、僕あてに妙な報告が届いています」
「妙、ですか」
「ええ。実はマリナさんはときどき村を抜け出し、どこかへ行くことがあったようです」
「……初耳ですね」
「察してあげてください。オガワ代表を信じているからこそでしょうから」
サイモンは複雑な表情で頷く。
バチャーレ村の誰かにせよ、近隣の村人にせよ、仲間の「明らかに異常な」行動をしばらく見守ろうという気遣いはあったのだろう。それが結果的に、事態を悪化させたとしても。
「ですが僕としても、このままにはできません。マリナを尋問します」
サイモンのその言葉は、元軍属らしい表現だった。
セストはそこに、遠い宇宙へ乗り出す者達独特のコミュニティの在り方を感じとる。
「……証拠がありません。それよりも僕に考えがあります。ご協力いただけますか」
●
居間でハンター達を待っていたのは、領主のセストだった。
「寒い中、依頼を受けていただき有難うございます」
丁寧に礼を述べると、早速依頼の内容について説明する。
「この冬の寒さに、キアーラ川流域では人々が不安を感じています。そこで精霊を元気づける祭を執り行います」
地域の人にその名を知られた地精霊マニュス・ウィリディスは、現在行方不明だ。
実際に戻るかどうかはわからないにせよ、とにかく不穏な空気をはらうのが目的である。
祭そのものは、近隣の3村合同で行うことになった。
食べ物や飲み物を用意して精霊に供え、祠の傍での大宴会。歌や踊りで賑やかに騒げば、嫌な気分も吹き飛ぶだろうというわけだ。
「そこで皆様に、なにか精霊……と、村の人達が喜んでくれそうなアイデアをいただきたいのです。お願いできますか?」
そう尋ねるセストの声は穏やかだが、ハンター達を見つめるまなざしはどこか緊迫したものを感じさせた。
リプレイ本文
●
周囲に見える山は、みんなで白い布団を被っているようだった。
バチャーレ村の辺りではさすがに雪はほとんど消えていたが、川の流れが運んでくる風は身を切るように冷たい。
川ぞいに連なるトナリー村とムコー村の人々が、バチャーレ村の広場で賑やかに言葉を交わす。
「こっちは干し肉と、塩漬けの魚。それにキャベツの酢漬けよ」
「ヤギの乳とバター、それにチーズだ。美味いぞ!」
互いの村の自慢の品を持ち込み、どんなごちそうを作るのか相談中なのだ。
穂積 智里(ka6819)はそこに混ざって、材料をチェックしている。
「こういうお祭のときに作る、特別なお料理はありますか?」
「本当はイノシシでも狩りに行きたいんだけどねえ。この雪じゃ大変だから、干し肉で代用して野菜と煮込むのよ」
「味付けはどんなふうに? トマトですか? クリーム煮ですか?」
智里はメモを取りながら、熱心に質問する。
別の村人とは、エルバッハ・リオン(ka2434)が話し込んでいた。
「野外で大人数ですから、バーベキューや大鍋料理などがいいでしょうね。準備も面倒がありませんし」
「もう少し暖かくなったら肉も手に入り易いんだけどなあ……この気候じゃニワトリや牛を潰すのもちょっと気が引けるんだ」
トナリー村の男が不意に顔を曇らせる。
冬の厳しい寒さは、確かに辛い。
だが自然の中で生きるものにとって、もっと恐ろしいのはこの寒さが「いつまで」「どのぐらい」影響するかということだ。
ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)は傍で話を聞きながら、腕組みする。
(精霊さんが行方不明なあ……そら心配になるわ)
地精霊が姿を消した理由はわからない。
歪虚を追い散らしたことで力を使いすぎたのか、あるいはまた何か拗ねているのか。
ラィルはパッと明るい表情になると、トナリー村の男の肩をたたく。
「ま、どんな理由にせよ、みんなが精霊さんのことを思ってるんや。元気にならはるように賑やかにしよな!」
「そうですとも。それに冬の寒さが厳しければ厳しい程、春を迎えた時の喜びはまた格別なものですぞ」
アルヴィース・シマヅ(ka2830)がにこにこと笑っている。
「地精霊様も力を蓄えられて、今年のジェオルジは大豊作になるかもしれません。楽しみですな!」
こういう言葉を年寄りが言うと、ずいぶんと説得力が増す。
それもそうだ、という雰囲気になり、皆はまた祭の準備に戻った。
「さて、では祠の掃除に参りましょうか」
アルヴィースが振り向くと、そっくりの顔をしたふたりの少年、ルーキフェル・ハーツ(ka1064)とウェスペル・ハーツ(ka1065)がびしっと居住まいを正す。
「うーと一緒にがんばりますお!!」
「るーとがんばって、ぴっかぴかにしますなの!!」
柄のついたブラシや丸めた藁を手に、力強く宣言する。
ラィルは双子の頭をくしゃくしゃと撫でて笑った。
「頼りにしてるで! ああ、そうや。酒のことなんやけど」
村人たちが一斉にラィルを見る。
「お供え物だけやのうて、宴会には酒は必要やと思うで!」
満面の笑みにつられるように、村人たちも相好を崩した。
「羽目を外しすぎるのは良くないですが、まだ夜は冷えますから温まるものは必要ですよね。……羽目を外さなければ」
エルバッハはそう言って微笑んだ。が、心なしか目つきが険しい。
智里はなだめに入るように付け足す。
「お祭りでお酒が全くないのも寂しいんじゃないかと思います。ちょっとくらいなら、羽目を外すのもありなんじゃないでしょうか」
「ま、子供もおるしな。大人たちには、精霊の前ってことは忘れんようにはしてもらわんとやが。羽目を外しすぎたら、おしおきやで?」
どういうわけか、一同の中でアルヴィースが一番ほっとしているようにも見えた。
●
途中の山道にはまだ雪が残っていたが、祠の周囲は地面が見えている。
多くの村人が雪かきを頑張ったおかげだった。
自然の岩を組み上げた精霊の祠はどこか寒そうに立っていた。
祠を磨きながら、アルヴィースはルーキフェルとウェスペルのおしゃべりに耳を傾けていた。
「うんとね、マニュス様すおいちっちゃかったお! こんぐらいだお! そんでね、ピカピカ、きらきらできれいだったお……」
ルーキフェルは手で精霊の大きさを示しながら、うっとりした表情になる。
「ほほう、精霊様は小さくて、そんなにもお美しいのですな」
「そうなの、とってもきれいでぴかぴかしてるの! そしておいしいお酒やお料理とか、マニュス様に会いたい、マニュス様が大切って思う気持ちとかを力にするそうなの」
ウェスペルがそう言って、気難しげに眉を寄せる。
「それでやっとみんなに会えたのに、村の人を守って疲れちゃったなの」
「るー難しいことわからないけど、ありがとうって伝えて、今度はみんなでマニュス様を守ればいいんだお!」
「そうなの! それで、みんなが会えるって信じるのが大事なの!」
「そうですな、爺も信じますぞ。お酒がお好きならば、きっと話も弾みますぞ」
アルヴィースはにこにこ笑いながら、祠の高い場所を綺麗に拭きあげた。
そして3人は村人たちと共に、木々の間に風避けの天幕を張り巡らし、綺麗な色紙で作った飾りをあしらう。
「ちょっとお祭りっぽいですお! マニュス祭りだお!」
雪と枯れ木の光景に翻る色紙は美しく、ルーキフェルは満足そうに小鼻を膨らませた。
ひと段落ついたところで、アルヴィースが辺りを見回す。
「ふむ、雪がこれだけあるのですから、かまくらでもどうでしょうかな」
双子がパッと顔を輝かせた。
「かまくらつくりますなの! 中にろうそくを入れたらきれいですなの!」
「ふおー、力仕事はお任せですお!!」
大小様々なかまくらが出来上がった頃、ラィルがひょっこり顔を見せる。
「おー、すごいもん作ってくれたんやなあ。こりゃ明日が楽しみやな」
するとウェスペルが目ざとく、ラィルの手もとに気付く。スズランに似た白い花弁に、緑の星。スノードロップの花束が握られていたのだ。
「お花なの! きれいなの!」
「お供えやからな。酒や肉の他に、花なんかもあったら華やかかもしれんなあと思ったんや。こうしてみると、春はもうすぐやで」
雪の下で、春は確実に近付いている。
うつむくように咲く小さな花は、そう言っているようだった。
●
当日の朝も、やっぱりみんなが大騒ぎであった。
とはいえこんな日は忙しいことも楽しく、どの顔も明るい。
細い山道を大騒ぎして荷物を運び、大鍋を竈にかける。祠を囲んで敷物を広げ、それぞれが親しい者と一緒に腰を落ち着ける。
綺麗に磨かれた祠にはスノードロップが飾られ、取り分けた料理や酒瓶、その他皆が持ち込んだ様々な食べ物や飲み物が供えられている。
広場の周囲にはまだ雪が残り、大小様々のかまくらにろうそくが灯り、柔らかく辺りを照らしていた。
そこにセストが顔を出した。
「当日だけの参加ですみません」
そう言いながら、アンジェロに手伝ってもらって、まめしや焼き菓子、ワインの差し入れを運びこむ。
すると乾杯の音頭取りに祭り上げられ、困ったようにグラスを手にする羽目になった。
「今日は皆さん、楽しんでください。そうすればマニュス・ウィリディス様も気になって覗きに来られるでしょうから」
などと冗談なのか本気なのか分かりにくいことを言ってから、ふっと穏やかな微笑を浮かべる。
「スノードロップの花ことばは『希望』や『慰め』だといいます。この山にもすぐに良いことが起きるでしょう」
大きな拍手が沸き起こり、宴会が始まった。
「どうぞ。身体が温まります」
智里が腰を落ち着けたセストに、焼き立てのイモ餅とカップに入れた飲み物を渡す。
「これはなんですか?」
「バター茶です。お茶といってもスープに近い感じですね」
セストはその不思議な風味をゆっくりと確かめるように飲む。
竈で焼いたイモ餅の甘みと一緒に味わうと、不思議な懐かしさだ。
「皆さんも良かったらどうぞ。元気が出ますよ」
持参した小鍋からマグカップに移して、次々とふるまう。
アルヴィースが張り切って酒樽の前に移動する。
「さてさて、忙しくなりますぞ」
バチャーレ村特産のヒスイトウモロコシのウイスキーを注ぎ、お湯で割る。
謎めいた緑色のウイスキーも、今日ばかりは春らしく目に楽しい。
「暖かい紅茶とあわせても美味ですぞ。それとその、レモンの砂糖漬けも合いますな」
サービス精神旺盛なアルヴィースは、本当にみんなの盛り上げを頑張っている。だが一方で、自分もしっかり盃を煽っている。
もちろん、奥方衆が喜びそうなホットサングリアや、子供向けの飲み物をすすめるのも忘れてはいない。
●
こうして飲んで食べているうちに、最初は身内と固まっていた人々がばらばらになってくる。
竈の周りに陣取った奥方たちは、それぞれの村の伝統料理を交換して味わう。
子供たちはそれぞれの村ではやっている遊びを教え合い、一緒になって走り回る。
ちょっとお酒が過ぎて、村自慢に熱が入った人達には、ラィルがひっそり近づいてくすぐりの刑。
「みんな仲よくするんやで!」
それからふと思いついたように、今くすぐった男に尋ねる。
「なあ、村で歌とか歌うことってあるんか?」
「歌?」
男たちは顔を見合わせる。
「ああ、川で漁をするときや、子供が麦の芽を踏むときには歌いながらだなあ」
「どんな歌や?」
男たちは手拍子を取りながら、民謡を歌い始めた。
ルーキフェルとウェスペルは、セストと並んで座ってその歌に耳を傾ける。
「なんだか故郷のみんなを思い出すお」
ルーキフェルはホットミルクを大事に抱えながら、歌詞のわからない部分はわからないなりに、頭を振って楽しそうに歌いだした。
ウェスペルはセストにも一緒に歌うようにせがむ。
だが残念ながら、セストはかなりの音痴だった。当人が自覚しているので、なるべく声を出さずに口パクしている。
次々と各村の歌が流れる。少ししんみりした歌もあれば、ひたすら陽気な歌もあった。
「マニュス様は長生きだから、懐かしい歌を聴いたら喜んでくれるかもなの」
「そうですね。どこかで聞いていてくださるといいのですが」
祠の地精霊が聴いたことがあるとすれば、おそらく炭坑で働く鉱夫達の歌だ。
廃坑になって長いこの辺りでは、その歌はもう残っていないだろう。
だがひょっとすれば調子を変え歌詞を変え、長く伝わった歌もあるかもしれない。
「次はあんたたちの番だよ。珍しい歌はないかい?」
「では僭越ながら私が」
天幕を分けて出てきたエルバッハは、白絹に金糸と紅糸の花びらが舞い散る和装に着替えていた。
抱えているのは、黒胴に4本の弦の琵琶。
それぞれが四大精霊を現すという、魔力を秘めた琵琶である。
べぇん、べぇん、べぇん。
エルバッハが弦をかき鳴らすと、森の木々も身を震わせるようだ。
春を呼ぶ歌を高らかに歌い上げたエルバッハに、惜しみない拍手が送られる。
●
宴会もひとつの山を迎え、人々はそこここで車座になっておしゃべりに興じる。
エルバッハはまたいつもの服に着替え、子供達があまり遠くへ散らばらないよう、余興を見せていた。
「これが式符です」
人を模して切った紙を手にして念ずる。エルバッハの白い肌に赤い薔薇の花の紋様が浮かびあがり、伸びた棘を持つ枝が皮膚を走る。
すると式符は、風もないのに宙を飛び、意志を持つ者のようにふわふわと動き回る。
子供たちは夢中で式符を追いかけ、糸がついていないか確かめるように前後左右に手を振っている。
「ねえねえ、ほかには?」
エルバッハはねだられるままに術を見せ、それを覚醒者がどういう風に使っているかを説明してやる。
ラィルは杯を手に、祠を眺めていた。
「『我は人の祈りにより名と形を持った故、祈りが絶えれば形を失う』、か……」
アルヴィースが新しい飲み物を勧めながら、傍に腰を落ち着けた。
「精霊様のお言葉だそうですな」
「そうや。折角復活したのに、消えてしもたらもったいないと思ってなあ」
ラィルがアルヴィースに向き直る。
「そんでやな。今後、忘れてしまわんように、村の人たちで記録や口伝、詩、歌、壁画とか作るのもええかもしれんな」
例え下手でも構わない。
精霊を大切に思っていること、また一緒に祭を楽しみたいこと、ずっと近くにいてほしいこと、もう忘れないこと。
「そういう思いもお供えになるってことやと思うんやけどな」
アルヴィースは頷き、懐から布に包んだ物を取り出した。
「私もそう思って、こんなものを作ってみましたぞ」
それは掌に乗るほどの、木彫りの女神像だった。
ルーキフェルとウェスペルの語る印象を元に、ざっくりと形を整えてある。勿論、細かい部分は未完成だ。
「へえ。器用なもんやな」
ラィルが感心して唸る。
「ですが、仕上げは私ではないほうがよろしいかもしれませんな」
ここに祠を作った誰かの祈りが、精霊を呼んだ。
ならば精霊と結びついた者たちの子孫が、これからも祠を守っていかなければならない。
それを伝えるのはハンター達の力を借りてではなく、この付近の住人達自身がやらねばならないことだ。
そうでなければ精霊を「忘れない」ことにはならないだろう。
智里は祭の喧騒の中で、片付けを手伝うと同時に料理を少しずつ分けてもらっていた。
廃坑へ向かった皆が戻って来たときに、楽しかった祭のことを伝えたかったのだ。
空を見上げると、そろそろ太陽が傾き始めていた。
智里はひっそりと木の陰に身を寄せ、そこから見える祠に向かって祈る。
(精霊様、どうぞ力を貸してください)
そのとき、斜めに差す太陽の光が不意に強くなったように見えた。
「なんだ?」
村人たちも気づいて、辺りを見回す。
良く見れば太陽の光ではなく、祠が光っている。いや、祠の上に強い光がある。
一同がわっと声をあげた。
ルーキフェルとウェスペルが興奮して、アルヴィースの袖を引っ張る。
「しまー、精霊様ですお! ピカピカきれいですお!!」
「やっぱりまた会えたの! みんなのお願いを聞いてくれたなの!!」
祠の上の光は今や、眩いほどに強くなっている。
その光がある瞬間に地面に吸い込まれるようにして弱くなり、高さ1mほどの、光り輝く妙齢の女性の姿が残った。
「冬には力を蓄え眠る時期ゆえ、この姿になるのも一苦労じゃ」
地精霊マニュス・ウィリディスは、やや険しい表情で廃坑を指差した。
「汝らの祈りの力を得て、敵はひとまず退けた。同胞たちを先ずは出迎えてやるがよい。あ奴についてはその後じゃ。氷雪の魔物――」
精霊が口にしたのは、おとぎ話の魔物の名であった。
日が陰りつつある山に、一陣の冷たい風が吹き抜けていく。
<了>
周囲に見える山は、みんなで白い布団を被っているようだった。
バチャーレ村の辺りではさすがに雪はほとんど消えていたが、川の流れが運んでくる風は身を切るように冷たい。
川ぞいに連なるトナリー村とムコー村の人々が、バチャーレ村の広場で賑やかに言葉を交わす。
「こっちは干し肉と、塩漬けの魚。それにキャベツの酢漬けよ」
「ヤギの乳とバター、それにチーズだ。美味いぞ!」
互いの村の自慢の品を持ち込み、どんなごちそうを作るのか相談中なのだ。
穂積 智里(ka6819)はそこに混ざって、材料をチェックしている。
「こういうお祭のときに作る、特別なお料理はありますか?」
「本当はイノシシでも狩りに行きたいんだけどねえ。この雪じゃ大変だから、干し肉で代用して野菜と煮込むのよ」
「味付けはどんなふうに? トマトですか? クリーム煮ですか?」
智里はメモを取りながら、熱心に質問する。
別の村人とは、エルバッハ・リオン(ka2434)が話し込んでいた。
「野外で大人数ですから、バーベキューや大鍋料理などがいいでしょうね。準備も面倒がありませんし」
「もう少し暖かくなったら肉も手に入り易いんだけどなあ……この気候じゃニワトリや牛を潰すのもちょっと気が引けるんだ」
トナリー村の男が不意に顔を曇らせる。
冬の厳しい寒さは、確かに辛い。
だが自然の中で生きるものにとって、もっと恐ろしいのはこの寒さが「いつまで」「どのぐらい」影響するかということだ。
ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)は傍で話を聞きながら、腕組みする。
(精霊さんが行方不明なあ……そら心配になるわ)
地精霊が姿を消した理由はわからない。
歪虚を追い散らしたことで力を使いすぎたのか、あるいはまた何か拗ねているのか。
ラィルはパッと明るい表情になると、トナリー村の男の肩をたたく。
「ま、どんな理由にせよ、みんなが精霊さんのことを思ってるんや。元気にならはるように賑やかにしよな!」
「そうですとも。それに冬の寒さが厳しければ厳しい程、春を迎えた時の喜びはまた格別なものですぞ」
アルヴィース・シマヅ(ka2830)がにこにこと笑っている。
「地精霊様も力を蓄えられて、今年のジェオルジは大豊作になるかもしれません。楽しみですな!」
こういう言葉を年寄りが言うと、ずいぶんと説得力が増す。
それもそうだ、という雰囲気になり、皆はまた祭の準備に戻った。
「さて、では祠の掃除に参りましょうか」
アルヴィースが振り向くと、そっくりの顔をしたふたりの少年、ルーキフェル・ハーツ(ka1064)とウェスペル・ハーツ(ka1065)がびしっと居住まいを正す。
「うーと一緒にがんばりますお!!」
「るーとがんばって、ぴっかぴかにしますなの!!」
柄のついたブラシや丸めた藁を手に、力強く宣言する。
ラィルは双子の頭をくしゃくしゃと撫でて笑った。
「頼りにしてるで! ああ、そうや。酒のことなんやけど」
村人たちが一斉にラィルを見る。
「お供え物だけやのうて、宴会には酒は必要やと思うで!」
満面の笑みにつられるように、村人たちも相好を崩した。
「羽目を外しすぎるのは良くないですが、まだ夜は冷えますから温まるものは必要ですよね。……羽目を外さなければ」
エルバッハはそう言って微笑んだ。が、心なしか目つきが険しい。
智里はなだめに入るように付け足す。
「お祭りでお酒が全くないのも寂しいんじゃないかと思います。ちょっとくらいなら、羽目を外すのもありなんじゃないでしょうか」
「ま、子供もおるしな。大人たちには、精霊の前ってことは忘れんようにはしてもらわんとやが。羽目を外しすぎたら、おしおきやで?」
どういうわけか、一同の中でアルヴィースが一番ほっとしているようにも見えた。
●
途中の山道にはまだ雪が残っていたが、祠の周囲は地面が見えている。
多くの村人が雪かきを頑張ったおかげだった。
自然の岩を組み上げた精霊の祠はどこか寒そうに立っていた。
祠を磨きながら、アルヴィースはルーキフェルとウェスペルのおしゃべりに耳を傾けていた。
「うんとね、マニュス様すおいちっちゃかったお! こんぐらいだお! そんでね、ピカピカ、きらきらできれいだったお……」
ルーキフェルは手で精霊の大きさを示しながら、うっとりした表情になる。
「ほほう、精霊様は小さくて、そんなにもお美しいのですな」
「そうなの、とってもきれいでぴかぴかしてるの! そしておいしいお酒やお料理とか、マニュス様に会いたい、マニュス様が大切って思う気持ちとかを力にするそうなの」
ウェスペルがそう言って、気難しげに眉を寄せる。
「それでやっとみんなに会えたのに、村の人を守って疲れちゃったなの」
「るー難しいことわからないけど、ありがとうって伝えて、今度はみんなでマニュス様を守ればいいんだお!」
「そうなの! それで、みんなが会えるって信じるのが大事なの!」
「そうですな、爺も信じますぞ。お酒がお好きならば、きっと話も弾みますぞ」
アルヴィースはにこにこ笑いながら、祠の高い場所を綺麗に拭きあげた。
そして3人は村人たちと共に、木々の間に風避けの天幕を張り巡らし、綺麗な色紙で作った飾りをあしらう。
「ちょっとお祭りっぽいですお! マニュス祭りだお!」
雪と枯れ木の光景に翻る色紙は美しく、ルーキフェルは満足そうに小鼻を膨らませた。
ひと段落ついたところで、アルヴィースが辺りを見回す。
「ふむ、雪がこれだけあるのですから、かまくらでもどうでしょうかな」
双子がパッと顔を輝かせた。
「かまくらつくりますなの! 中にろうそくを入れたらきれいですなの!」
「ふおー、力仕事はお任せですお!!」
大小様々なかまくらが出来上がった頃、ラィルがひょっこり顔を見せる。
「おー、すごいもん作ってくれたんやなあ。こりゃ明日が楽しみやな」
するとウェスペルが目ざとく、ラィルの手もとに気付く。スズランに似た白い花弁に、緑の星。スノードロップの花束が握られていたのだ。
「お花なの! きれいなの!」
「お供えやからな。酒や肉の他に、花なんかもあったら華やかかもしれんなあと思ったんや。こうしてみると、春はもうすぐやで」
雪の下で、春は確実に近付いている。
うつむくように咲く小さな花は、そう言っているようだった。
●
当日の朝も、やっぱりみんなが大騒ぎであった。
とはいえこんな日は忙しいことも楽しく、どの顔も明るい。
細い山道を大騒ぎして荷物を運び、大鍋を竈にかける。祠を囲んで敷物を広げ、それぞれが親しい者と一緒に腰を落ち着ける。
綺麗に磨かれた祠にはスノードロップが飾られ、取り分けた料理や酒瓶、その他皆が持ち込んだ様々な食べ物や飲み物が供えられている。
広場の周囲にはまだ雪が残り、大小様々のかまくらにろうそくが灯り、柔らかく辺りを照らしていた。
そこにセストが顔を出した。
「当日だけの参加ですみません」
そう言いながら、アンジェロに手伝ってもらって、まめしや焼き菓子、ワインの差し入れを運びこむ。
すると乾杯の音頭取りに祭り上げられ、困ったようにグラスを手にする羽目になった。
「今日は皆さん、楽しんでください。そうすればマニュス・ウィリディス様も気になって覗きに来られるでしょうから」
などと冗談なのか本気なのか分かりにくいことを言ってから、ふっと穏やかな微笑を浮かべる。
「スノードロップの花ことばは『希望』や『慰め』だといいます。この山にもすぐに良いことが起きるでしょう」
大きな拍手が沸き起こり、宴会が始まった。
「どうぞ。身体が温まります」
智里が腰を落ち着けたセストに、焼き立てのイモ餅とカップに入れた飲み物を渡す。
「これはなんですか?」
「バター茶です。お茶といってもスープに近い感じですね」
セストはその不思議な風味をゆっくりと確かめるように飲む。
竈で焼いたイモ餅の甘みと一緒に味わうと、不思議な懐かしさだ。
「皆さんも良かったらどうぞ。元気が出ますよ」
持参した小鍋からマグカップに移して、次々とふるまう。
アルヴィースが張り切って酒樽の前に移動する。
「さてさて、忙しくなりますぞ」
バチャーレ村特産のヒスイトウモロコシのウイスキーを注ぎ、お湯で割る。
謎めいた緑色のウイスキーも、今日ばかりは春らしく目に楽しい。
「暖かい紅茶とあわせても美味ですぞ。それとその、レモンの砂糖漬けも合いますな」
サービス精神旺盛なアルヴィースは、本当にみんなの盛り上げを頑張っている。だが一方で、自分もしっかり盃を煽っている。
もちろん、奥方衆が喜びそうなホットサングリアや、子供向けの飲み物をすすめるのも忘れてはいない。
●
こうして飲んで食べているうちに、最初は身内と固まっていた人々がばらばらになってくる。
竈の周りに陣取った奥方たちは、それぞれの村の伝統料理を交換して味わう。
子供たちはそれぞれの村ではやっている遊びを教え合い、一緒になって走り回る。
ちょっとお酒が過ぎて、村自慢に熱が入った人達には、ラィルがひっそり近づいてくすぐりの刑。
「みんな仲よくするんやで!」
それからふと思いついたように、今くすぐった男に尋ねる。
「なあ、村で歌とか歌うことってあるんか?」
「歌?」
男たちは顔を見合わせる。
「ああ、川で漁をするときや、子供が麦の芽を踏むときには歌いながらだなあ」
「どんな歌や?」
男たちは手拍子を取りながら、民謡を歌い始めた。
ルーキフェルとウェスペルは、セストと並んで座ってその歌に耳を傾ける。
「なんだか故郷のみんなを思い出すお」
ルーキフェルはホットミルクを大事に抱えながら、歌詞のわからない部分はわからないなりに、頭を振って楽しそうに歌いだした。
ウェスペルはセストにも一緒に歌うようにせがむ。
だが残念ながら、セストはかなりの音痴だった。当人が自覚しているので、なるべく声を出さずに口パクしている。
次々と各村の歌が流れる。少ししんみりした歌もあれば、ひたすら陽気な歌もあった。
「マニュス様は長生きだから、懐かしい歌を聴いたら喜んでくれるかもなの」
「そうですね。どこかで聞いていてくださるといいのですが」
祠の地精霊が聴いたことがあるとすれば、おそらく炭坑で働く鉱夫達の歌だ。
廃坑になって長いこの辺りでは、その歌はもう残っていないだろう。
だがひょっとすれば調子を変え歌詞を変え、長く伝わった歌もあるかもしれない。
「次はあんたたちの番だよ。珍しい歌はないかい?」
「では僭越ながら私が」
天幕を分けて出てきたエルバッハは、白絹に金糸と紅糸の花びらが舞い散る和装に着替えていた。
抱えているのは、黒胴に4本の弦の琵琶。
それぞれが四大精霊を現すという、魔力を秘めた琵琶である。
べぇん、べぇん、べぇん。
エルバッハが弦をかき鳴らすと、森の木々も身を震わせるようだ。
春を呼ぶ歌を高らかに歌い上げたエルバッハに、惜しみない拍手が送られる。
●
宴会もひとつの山を迎え、人々はそこここで車座になっておしゃべりに興じる。
エルバッハはまたいつもの服に着替え、子供達があまり遠くへ散らばらないよう、余興を見せていた。
「これが式符です」
人を模して切った紙を手にして念ずる。エルバッハの白い肌に赤い薔薇の花の紋様が浮かびあがり、伸びた棘を持つ枝が皮膚を走る。
すると式符は、風もないのに宙を飛び、意志を持つ者のようにふわふわと動き回る。
子供たちは夢中で式符を追いかけ、糸がついていないか確かめるように前後左右に手を振っている。
「ねえねえ、ほかには?」
エルバッハはねだられるままに術を見せ、それを覚醒者がどういう風に使っているかを説明してやる。
ラィルは杯を手に、祠を眺めていた。
「『我は人の祈りにより名と形を持った故、祈りが絶えれば形を失う』、か……」
アルヴィースが新しい飲み物を勧めながら、傍に腰を落ち着けた。
「精霊様のお言葉だそうですな」
「そうや。折角復活したのに、消えてしもたらもったいないと思ってなあ」
ラィルがアルヴィースに向き直る。
「そんでやな。今後、忘れてしまわんように、村の人たちで記録や口伝、詩、歌、壁画とか作るのもええかもしれんな」
例え下手でも構わない。
精霊を大切に思っていること、また一緒に祭を楽しみたいこと、ずっと近くにいてほしいこと、もう忘れないこと。
「そういう思いもお供えになるってことやと思うんやけどな」
アルヴィースは頷き、懐から布に包んだ物を取り出した。
「私もそう思って、こんなものを作ってみましたぞ」
それは掌に乗るほどの、木彫りの女神像だった。
ルーキフェルとウェスペルの語る印象を元に、ざっくりと形を整えてある。勿論、細かい部分は未完成だ。
「へえ。器用なもんやな」
ラィルが感心して唸る。
「ですが、仕上げは私ではないほうがよろしいかもしれませんな」
ここに祠を作った誰かの祈りが、精霊を呼んだ。
ならば精霊と結びついた者たちの子孫が、これからも祠を守っていかなければならない。
それを伝えるのはハンター達の力を借りてではなく、この付近の住人達自身がやらねばならないことだ。
そうでなければ精霊を「忘れない」ことにはならないだろう。
智里は祭の喧騒の中で、片付けを手伝うと同時に料理を少しずつ分けてもらっていた。
廃坑へ向かった皆が戻って来たときに、楽しかった祭のことを伝えたかったのだ。
空を見上げると、そろそろ太陽が傾き始めていた。
智里はひっそりと木の陰に身を寄せ、そこから見える祠に向かって祈る。
(精霊様、どうぞ力を貸してください)
そのとき、斜めに差す太陽の光が不意に強くなったように見えた。
「なんだ?」
村人たちも気づいて、辺りを見回す。
良く見れば太陽の光ではなく、祠が光っている。いや、祠の上に強い光がある。
一同がわっと声をあげた。
ルーキフェルとウェスペルが興奮して、アルヴィースの袖を引っ張る。
「しまー、精霊様ですお! ピカピカきれいですお!!」
「やっぱりまた会えたの! みんなのお願いを聞いてくれたなの!!」
祠の上の光は今や、眩いほどに強くなっている。
その光がある瞬間に地面に吸い込まれるようにして弱くなり、高さ1mほどの、光り輝く妙齢の女性の姿が残った。
「冬には力を蓄え眠る時期ゆえ、この姿になるのも一苦労じゃ」
地精霊マニュス・ウィリディスは、やや険しい表情で廃坑を指差した。
「汝らの祈りの力を得て、敵はひとまず退けた。同胞たちを先ずは出迎えてやるがよい。あ奴についてはその後じゃ。氷雪の魔物――」
精霊が口にしたのは、おとぎ話の魔物の名であった。
日が陰りつつある山に、一陣の冷たい風が吹き抜けていく。
<了>
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
---|
面白かった! | 7人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
祭についての準備と相談卓 アルヴィース・シマヅ(ka2830) ドワーフ|50才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/03/22 22:38:49 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/03/20 02:49:37 |