ゲスト
(ka0000)
空の青
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/12/13 07:30
- 完成日
- 2014/12/19 11:17
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
リアルブルーから来たというその客人は、不思議な土産物を持参していた。
自らを元『工業デザイナー』と名乗った上で差し出したのは、小さな金属の筒。
筒の滑らかな側面を彩る不思議な絵に、家族総出で魅入ったものだ。
擬人化された、青い毛並のシマリスらしき生き物が、
見たことのない青い乗り物(客人はそれを『飛行機』と呼んだ)にまたがり、
手を振りながら青い空を飛んでいく絵。
目を見張るほど青く鮮やかに煌めくその筒は、
『チッピー・ブルーのスカイソーダ』と呼ばれる飲料の缶詰だった。
一人前のデザイナーとして、初めて任された仕事の成果。
大喜びで商品サンプルを持ち帰る途中に、クリムゾンウェストへ飛ばされてしまった――
そんな身の上話をしながら、客人は缶の爪を開け、中身をガラスのコップに注いで配った。
異界からもたらされた、驚くべき青さと甘さを持つ炭酸飲料の味に誰もが言葉をなくした。
それはまさに一夜の魔法だった。
●
さる旧帝国貴族の長子・トロップマン伯爵は、
医師から余命1年を宣告されて以来、グラズヘイム王国領の片田舎にある小さな屋敷に籠りきりだった。
財産は大して残っておらず、家族もない。もはやこの世に未練はない。死ぬには良い頃合い。
1日の大半を何をするともなくぼんやりと過ごし、気の向いた折には両親が帝国領から持ち帰った雑多な遺品や、
いずれ自分自身の遺品となる所蔵品を整理し、始末するだけの生活が続いた。
余命宣告から半年ほど経ったある日。
整理中の荷物の中から不意に、木箱に収められた小さな玩具が見つかった。
それはソフトグライダーとか呼ばれる、リアルブルー製の手投げ式飛行機で、
子供の頃、別荘に父が招いた転移者の男からもらったものだった。
すっかり忘れていた。確か缶入り飲料のオマケについていたとかで、飲料ひと箱と一緒に男が置いていった。
始めの内は西方世界にふたつとない珍しい玩具に夢中になったものの、
あの後すぐに革命が起こって家族ともども国を追われ、
ろくに遊ぶ機会もなくなってしまったが、未だにちゃんと残っていたとは。
青く塗られた飛行機の翼に描かれた、笑顔で手を振るシマリスの絵。
そう、チッピー・ブルーとかいう名前のシマリスで、職業は飛行士――
伯爵は飛行機を右手に持って庭へ出た。
庭師に暇を出してから何か月も経ち、辺り一面雑草だらけだ。
思い出せるかぎりの手つきで投げ上げた飛行機は、
晴れ渡った冬空をバックに宙返りして、それから草叢へ落ちた。
●
その夜、伯爵は眠れなかった。
飛行機と共に受け取った、リアルブルー製の缶飲料ひと箱。どこにいった?
両親の遺品にも、自分の所蔵品にもそれらしいものはなかったし、
あるいは国外脱出の際に金に替えてしまったのかも知れないが、もし帝国領内に残してきたとしたら。
冷たい寝床の中で、何度も寝返りを打ちながら思い返す。
客人が別荘を訪れた数日後、革命の知らせに家族ともども大慌てで父の領地へ戻った筈だ。
あのとき、大きな荷物は別荘に残してきたような憶えがある。
飲料の箱も別荘のどこかに隠しておいたのではないか。
客人のその後は分からない。地球への未練を捨てて新しい仕事を探す、
その為の口添えを父へ頼みに、彼は訪れた。革命騒ぎで連絡も絶え、今頃どうしていることやら。
しかし客人が生きていようといまいと『チッピー・ブルーのスカイソーダ』はリアルブルーの産物であり、
この西方世界に存在するのはあのひと箱きり。
だから、別荘まで取りに行かなければ『スカイソーダ』は絶対に手に入らない。
ああ、余命幾ばくもない今頃になって、こんな未練を思い出すとは。
そうだ、何としてもあの『スカイソーダ』をもう1度味わいたい。
夢も恋も知らず、故郷を遠く離れて何ひとつ残さず終わろうとする我が生涯の中で、
たったひとつ鮮烈に輝く少年時代の青い光。
何としても取り戻したい。
●
「……オフィスが派遣した調査員によれば、
当時の管理人はトロップマン家からの給金が途絶えたことで別荘を放棄、
その際に持ち運びが容易な銀器や装飾品を盗んだことは認めましたが、
例の物品に関しては全く知らない様子とのこと。
また、革命直後からゴブリンの群れが周辺に出没し始めたとのことで、
ひときわ人里離れた場所にある問題の別荘は、
近隣の別荘地で当時相次いだ盗難目的の侵入を免れている可能性があります。
よって『チッピー・ブルーのスカイソーダ』は現在も邸内に残存しているものと考え、
今回の捜索・回収依頼が作成されました。
別荘に通じる山道は今では使う者もなく、整備がされていません。
周辺地域では過去、何度かゴブリンの小規模な討伐が行われていますが、
地元自警団の規模に対して群れは少数で、大きな被害をもらたす恐れもなかった為、
山中、別荘周辺に存在するであろう彼らのねぐらは放置されたままです。
トロップマン家の別荘がゴブリンに侵入され、ねぐらに使われているということもあり得ます。
『スカイソーダ』を収めた段ボール箱は、そのままで屋内のどこかに安置されているものと思われます。
発見次第段ボールごと、あるいは別の入れ物に移し替えるなどして、安全な場所まで運び出して下さい。
整備されていない山道、朽ちた建物、そしてゴブリンと、
現場には物品の安全な回収を妨げる危険が数多く存在しています。
物品本体が損傷してしまわぬよう、くれぐれもご注意をお願いします」
リアルブルーから来たというその客人は、不思議な土産物を持参していた。
自らを元『工業デザイナー』と名乗った上で差し出したのは、小さな金属の筒。
筒の滑らかな側面を彩る不思議な絵に、家族総出で魅入ったものだ。
擬人化された、青い毛並のシマリスらしき生き物が、
見たことのない青い乗り物(客人はそれを『飛行機』と呼んだ)にまたがり、
手を振りながら青い空を飛んでいく絵。
目を見張るほど青く鮮やかに煌めくその筒は、
『チッピー・ブルーのスカイソーダ』と呼ばれる飲料の缶詰だった。
一人前のデザイナーとして、初めて任された仕事の成果。
大喜びで商品サンプルを持ち帰る途中に、クリムゾンウェストへ飛ばされてしまった――
そんな身の上話をしながら、客人は缶の爪を開け、中身をガラスのコップに注いで配った。
異界からもたらされた、驚くべき青さと甘さを持つ炭酸飲料の味に誰もが言葉をなくした。
それはまさに一夜の魔法だった。
●
さる旧帝国貴族の長子・トロップマン伯爵は、
医師から余命1年を宣告されて以来、グラズヘイム王国領の片田舎にある小さな屋敷に籠りきりだった。
財産は大して残っておらず、家族もない。もはやこの世に未練はない。死ぬには良い頃合い。
1日の大半を何をするともなくぼんやりと過ごし、気の向いた折には両親が帝国領から持ち帰った雑多な遺品や、
いずれ自分自身の遺品となる所蔵品を整理し、始末するだけの生活が続いた。
余命宣告から半年ほど経ったある日。
整理中の荷物の中から不意に、木箱に収められた小さな玩具が見つかった。
それはソフトグライダーとか呼ばれる、リアルブルー製の手投げ式飛行機で、
子供の頃、別荘に父が招いた転移者の男からもらったものだった。
すっかり忘れていた。確か缶入り飲料のオマケについていたとかで、飲料ひと箱と一緒に男が置いていった。
始めの内は西方世界にふたつとない珍しい玩具に夢中になったものの、
あの後すぐに革命が起こって家族ともども国を追われ、
ろくに遊ぶ機会もなくなってしまったが、未だにちゃんと残っていたとは。
青く塗られた飛行機の翼に描かれた、笑顔で手を振るシマリスの絵。
そう、チッピー・ブルーとかいう名前のシマリスで、職業は飛行士――
伯爵は飛行機を右手に持って庭へ出た。
庭師に暇を出してから何か月も経ち、辺り一面雑草だらけだ。
思い出せるかぎりの手つきで投げ上げた飛行機は、
晴れ渡った冬空をバックに宙返りして、それから草叢へ落ちた。
●
その夜、伯爵は眠れなかった。
飛行機と共に受け取った、リアルブルー製の缶飲料ひと箱。どこにいった?
両親の遺品にも、自分の所蔵品にもそれらしいものはなかったし、
あるいは国外脱出の際に金に替えてしまったのかも知れないが、もし帝国領内に残してきたとしたら。
冷たい寝床の中で、何度も寝返りを打ちながら思い返す。
客人が別荘を訪れた数日後、革命の知らせに家族ともども大慌てで父の領地へ戻った筈だ。
あのとき、大きな荷物は別荘に残してきたような憶えがある。
飲料の箱も別荘のどこかに隠しておいたのではないか。
客人のその後は分からない。地球への未練を捨てて新しい仕事を探す、
その為の口添えを父へ頼みに、彼は訪れた。革命騒ぎで連絡も絶え、今頃どうしていることやら。
しかし客人が生きていようといまいと『チッピー・ブルーのスカイソーダ』はリアルブルーの産物であり、
この西方世界に存在するのはあのひと箱きり。
だから、別荘まで取りに行かなければ『スカイソーダ』は絶対に手に入らない。
ああ、余命幾ばくもない今頃になって、こんな未練を思い出すとは。
そうだ、何としてもあの『スカイソーダ』をもう1度味わいたい。
夢も恋も知らず、故郷を遠く離れて何ひとつ残さず終わろうとする我が生涯の中で、
たったひとつ鮮烈に輝く少年時代の青い光。
何としても取り戻したい。
●
「……オフィスが派遣した調査員によれば、
当時の管理人はトロップマン家からの給金が途絶えたことで別荘を放棄、
その際に持ち運びが容易な銀器や装飾品を盗んだことは認めましたが、
例の物品に関しては全く知らない様子とのこと。
また、革命直後からゴブリンの群れが周辺に出没し始めたとのことで、
ひときわ人里離れた場所にある問題の別荘は、
近隣の別荘地で当時相次いだ盗難目的の侵入を免れている可能性があります。
よって『チッピー・ブルーのスカイソーダ』は現在も邸内に残存しているものと考え、
今回の捜索・回収依頼が作成されました。
別荘に通じる山道は今では使う者もなく、整備がされていません。
周辺地域では過去、何度かゴブリンの小規模な討伐が行われていますが、
地元自警団の規模に対して群れは少数で、大きな被害をもらたす恐れもなかった為、
山中、別荘周辺に存在するであろう彼らのねぐらは放置されたままです。
トロップマン家の別荘がゴブリンに侵入され、ねぐらに使われているということもあり得ます。
『スカイソーダ』を収めた段ボール箱は、そのままで屋内のどこかに安置されているものと思われます。
発見次第段ボールごと、あるいは別の入れ物に移し替えるなどして、安全な場所まで運び出して下さい。
整備されていない山道、朽ちた建物、そしてゴブリンと、
現場には物品の安全な回収を妨げる危険が数多く存在しています。
物品本体が損傷してしまわぬよう、くれぐれもご注意をお願いします」
リプレイ本文
●
鬱蒼と草木の茂るかつての山道を、藤林みほ(ka2804)の先導で辿っていく。
別荘周辺はゴブリンの溜まり場と聞く。みほは忍者の心得を胸に、油断なく目を配った。まだ敵の気配は薄いが、
(道の先が明るい。木立が途切れている、あの辺りが別荘でござるな)
背後の仲間へ身振りで合図すると、フラヴィ・ボー(ka0698)が隣に立って囁く。
「見張りの配置を確かめてくる。可能であれば、奇襲を」
みほが頷くと、フラヴィは慎重に道の先へ這い進んだ。
山中に放棄された大きな建物、ゴブリンには恰好のねぐらだ。必ず何匹かがたむろしている。
予想は当たって、石造りの別荘の前庭にゴブリンがうろついているのが見えた。
見張りか、それとも暇を持て余して表を歩いているだけなのか。
露払いをしておきたい。フラヴィは建物の窓や屋根に他の見張りがいないことを確かめ、後退した。
「庭に5匹。他に見張りらしき者はいないから、上手く片づければ進入が楽になるな。
いっそ他所へ誘き出せればいいんだが……」
フラヴィが言うと、ミィナ・アレグトーリア(ka0317)は待ってましたとばかりにタオルを取り出し、
「これがあるのん!」
小瓶の中身をタオルに垂らす。彼女の隣に立っていたエリオット・ウェスト(ka3219)が顔の前を手で扇ぎ、
「製菓用の香料かい。ずいぶん甘ったるい匂いだね」
「誘き寄せならこれくらいがちょうどいいのん! 食いしん坊さんはきっと釣られると思うのん!」
自信ありげに、風上の木へタオルを引っかけるミィナ。他の面々も茂みに身を隠した。
誘き寄せは成功した。がさがさと音を立て、5匹のゴブリンが姿を現す。
フラヴィの機導砲が口火を切る。次いでエリオットの機導砲、みほの手裏剣が飛び、ゴブリンたちを打ち据えた。
敵は苦し紛れに突撃しようとするも、
「――魔力! これが魔力よ!」
喜屋武・D・トーマス(ka3424)。鍛え上げられた筋力による渾身の身振りと共に、マジックアローを放った。
吹き飛ばされる先頭のゴブリン。怯んだ次鋒へ、
「失礼」
前衛のレイ・T・ベッドフォード(ka2398)が斧を叩き込む。
残り1匹が襲いかかるのも容易く受け流し、射撃部隊の前へ放り出す。トーマスが、
「むんっ」
とどめの魔法を撃つ。一瞬で5匹が片づいた。隠れていた木立から顔を出しぐっと親指を立てるミィナへ、
笑顔のトーマス、無表情のままのレイも親指を立てて応えてみせた。エリオットは敵の死体へ屈み込み、
「若い、健康なゴブリンだ。持って帰って解剖の検体に使いたいとこだけど」
「先を急ぐでござるよ!」
「屋敷の中にまだ他が残ってるかも知れない。油断は禁物だ」
みほとフラヴィを先頭に、一同、再び別荘を目指す。
●
前庭にはもう敵もおらず、すんなりと玄関へ辿り着いてしまう。不用心なだけか、あるいは――
(誘い込む気か)
フラヴィは小盾を構え、周囲の警戒に余念がない。
いざとなればミィナやエリオットら後衛を庇うつもりだ。奇襲で一網打尽にされてはかなわない。
レイが玄関扉に手をかける。
「お邪魔します――と、鍵がかかっていますね」
「お任せあれ」
みほが名乗り出る。フラヴィも鍵開けの道具を持っているが、玄関から敵が飛び出してきた場合に備えたい。
ここは接近戦が得手のふたりへ矢面を任せた。
開錠に成功し、中央棟の屋内へ。玄関ホールの床はひどく汚れている。ゴブリンの足跡もいっぱいだ。
フラヴィが道中拾った枝を杖代わりに足下の安全を確かめつつ、ライトで薄暗い室内を照らして回る。
2階へと続く階段。正面奥に大扉。左右には、東西両棟へ通じる廊下が口を開けている。
エリオットが両手に1丁ずつデリンジャーを構えて、
「正面はダイニングかな。キッチンもきっとその辺りだよね」
「飲み物を探すなら、まずはそれ用の貯蔵庫を当たるべきなんかなぁ。とにかく一通り調べるのん!」
ミィナがランタンを掲げつつ、大扉へ向かう。残された3人にレイが言った。
「我々で厨房を当たります。玄関周りはお願いしても」
「オッケーよ。と言っても、それらしいものはないわねぇ」
トーマスが見回す。と、頭上で足音と共に天井が軋み、はらはらと埃が降ってくる。
「2階に敵か。先に向かうべきでござろうか」
みほが抜刀するも、フラヴィは東西両棟に続く廊下を見て、
「……いや、3人がキッチンを調べてからだ」
今、玄関ホールから離れてしまうと、東西から敵が来た際に奥の3人が退路を断たれかねない。
彼らがキッチン周りを探し終えるまで、残って警戒を続けるべきだ。
「外で倒した5匹、エリオットちゃんが『若い』って言ってたし、
年嵩で経験豊富なゴブリンは、隠れたままこちらの出方をうかがってるのかしら」
そんなトーマスの呟きにフラヴィは、
「地元自警団が何度か討伐をしたらしいし、その生き残りなら用心深くもなるさ」
●
埃まみれのダイニングを調べ終わった途端。ゴブリン3匹が、厨房の扉を開けて飛び出した。
侵入者たちが次は厨房へ来るものと見て、先手を打ったつもりか。
だが飛び出した先が悪かった。扉の前で控えていたレイがすかさず斧を振るう。
「……屋敷を使うのは結構ですが、せめて掃除くらいは!」
脱力した姿勢から一挙の戦闘態勢へ。建物に傷をつけまいと、最少の動きで応戦する。
敵の切り込み隊長は、初撃の斬り上げで顎から上を飛ばされた。
ミィナの魔法・ウィンドガストによる支援もあり、レイの動作には一切の淀みがない。
2匹目は、エリオットがデリンジャーで仕留めた。
3匹目――テーブルの下を這い、西側の廊下へ逃げる。もう1発撃つも命中せず、
「追うかい?」
「逃げるなら放っておいてあげるのん。厨房にまだ隠れてないか、そっちのが気になるんよ」
「さぁ、爆ぜなさい!」
トーマスがゴブリンの腕にナイフを突き立てる。玄関ホール、こちらは2匹。
やおら階段を下りてきた。ダイニングの騒ぎに触発されたのだろう。
フラヴィが、階段半ばに立つ別のゴブリンを機導砲で倒す。
トーマスが相手していた1匹は、身をひるがえして腕からナイフを外した。
一瞬遅れて刀身から発動したウィンドスラッシュも命中せず、トーマスは反撃を受けてしまう。
みほが割って入ってゴブリンを斬り伏せ、
「大丈夫でござるかっ」
「大丈夫……だけど、いったいわねもう!」
トーマスが、剥き出しの腕に刺さったままの錆びたペティナイフを抜く。
発達した筋量のお蔭で骨には達していないが、それなりの手当てが必要そうだ。
そんなとき、みほのトランシーバーからミィナの声。
『あったのん! 「スカイソーダ」!』
●
ミィナの勘は的中した。
エリオットとふたりで厨房の床を探っていたところ、地下室へ通じる揚げ板が見つかった。
「カーヴ(ワイン蔵)だね。食べ物の匂いがしないからゴブリンも放っておいたんだろう」
梯子を下りたエリオットが、石棚に並ぶボトルを眺めて言う。
カーヴの一番奥の床には黴の生えた段ボール箱。開けようとして、ミィナとレイは思わずむせた。
「すっごい黴なのん……」
「この有様で、中身は無事なのでしょうか?」
無事だった。缶には点々と錆が浮いているが、中身が漏れ出した様子はない。
「これがチッピーなん? 絵本に出てきそうですごく可愛いのん!」
「どれどれ、見つかったってホント?」
連絡を受け、片腕を押さえたトーマスと、他のふたりも下りてきた。
ミィナがトーマスに応急手当を施す間、レイが段ボールを調べて、
「箱はかなり脆くなっています。このまま持ち出すのは危険でしょうね。
缶を何本かずつロープで括っておきますから、手分けして運びましょう」
「トーマス、傷の具合は?」
フラヴィが尋ねると、彼は浮かない顔でかぶりを振り、
「魔法は問題なく使えるけど、格闘となるとちょっとキツイかも。ごめんなさい」
目的のものが見つかった以上、長居は無用。ぐずぐずして敵に飛び込まれたら缶が駄目になるかも知れない。
しかしまだ何匹残っているやら。缶が早く見つかり過ぎて困るとは。
「3人で缶を持ち、残りがそれを守るでござる。
近づく敵は拙者とレイ殿が倒すとして、もうひと方、手を空けておいて頂けるか」
トーマス、エリオット、ミィナがそれぞれ缶を運び、フラヴィが彼らを守ることになった。
支度が済むと、斧を構えたレイが真っ先に厨房へ上がる。
「行きましょう。依頼主の思い出の一品、無事持ち帰って差し上げたいところです」
●
待ち伏せ。先頭のレイが庭へ出たなり、ゴブリンの生き残りたちが襲いかかる。
玄関ホールの階段からも3匹が現れ、一行は挟み撃ちにされた。
「押し通ります!」
レイが突貫する。隊列中央のミィナがすかさずウィンドガストを飛ばし、彼の動きを助けた。
殿についたみほは、後方から迫る敵へ自ら踏み込んだ。
階段のゴブリンの1匹が、担いだ椅子を力任せに放り投げる。
「危ない!」
椅子がエリオットに命中しかかったところへ、フラヴィが小盾を掲げて受け止めた。
ミィナがマジックアローで応射し、椅子を投げた1匹を倒す。
残り2匹をみほに任せて庭へ出たところ、今度は左右から投石を受けた。
フラヴィも仲間を庇いきれない。何人かの荷物に石が当たって、嫌な音を立てる。
「この……いい加減にしなさい!」
トーマスのマジックアロー、そしてエリオットとフラヴィの機導砲が、ゴブリンの隠れた茂みへ撃ち込まれる。
投石は止んだ。しかし山道入口では、群れのボスらしき大柄な1匹が、長槍を手に道を塞いでいた。
(むぅっ)
みほは上段の構えから、ゴブリンの肩口へ刀を打ち込んだ。
このまま刃を引けば首を裂いて殺せるが、そのすぐ後ろにナイフを持った2匹目が控えている。
引く動作の一瞬で回り込まれ、敵のほうから間合いを詰められると対処が難しい。
刺し違える覚悟があれば構わないが、まだこれから帰り道があるのだ。無傷で勝ちたい。
無傷で勝つには――押して、切る。
刀を敵の首に食い込ませたまま、前へ踏み出す。ずっ、と刃が滑り、動脈を切り裂いた。
回り込みかけていたもう1匹とすれ違う。手首を返して刀を戻し、振り向きざまに斬りつけた。
長槍のゴブリンが片手突きを繰り出す。当座の相手は線の細い男ひとり、武器のリーチでも勝っている――
と、油断したのが運の尽き。レイは身をひるがえして難なく攻撃をかわすと、
バレエのステップのような優雅な足取りで、しかし一瞬で間合いを詰める。
バトンのように手中で斧を回転させると、勢いもそのままに振り下ろし、ゴブリンの顔面を叩き割る。
血だらけの斧を抜き、
「続いて下さい!」
みほも屋内から脱出した。これ以上敵が現れない内に山を下りてしまいたい。
『スカイソーダ』の缶を大事に抱え、ハンターたちは元来た道を戻っていった。
●
トロップマン伯爵。まだ20代らしいが、病あるいは長年の苦労のせいか、老人のような身ごなしだった。
『チッピー・ブルーのスカイソーダ』回収に成功した一行は、直接依頼主を訪問することにした。
西方世界では現品限りの貴重品、最後までしっかり運びたいという責任感――
あるいは好奇心が故だったかも知れない。とにかく、伯爵は持ち帰られた『スカイソーダ』にひどく喜び、
「ひとまず飲んでみよう」
帝国の別荘に比べると手狭な伯爵の屋敷、その応接間のテーブルに缶が並べられた。
ゴブリンの投石で2本が駄目になってしまったが、伯爵は今あるだけで満足なようだった。
1本を手に取り懐かしげに眺めると、おもむろにプルタブを開けた。炭酸がしゅっ、と音を立てる。
期待と共に中身をグラスへ注ぐも、色が少々黒ずんでいた。
ハンターたちが顔を見合わせる。流石にこれは――と止めかけたところ、伯爵は構わずグラスに口をつけた。
「へ、平気かしら」
トーマスの心配もよそに、伯爵は神妙な顔で『スカイソーダ』を舐め続け、
「そう、こんな味だったよ。あまり飲み過ぎなければ平気じゃないかな」
レイは感心した様子で、
「流石はリアルブルーの食品、長持ちするものですね」
「いや、地球でも10年以上昔の缶ジュースは普通飲まないでござる……な?」
みほがフラヴィとエリオットに向いて言うが、ふたりとも肩をすくめるだけだった。
万が一『スカイソーダ』が飲めなくなっていたときの為、
みほは材料の炭酸水を探し、ミィナはでき合いの飲料を持ち寄り、
エリオットは1から調合して似たようなものが作れないかと、それぞれ準備はしていた。しかし、
「すっごく甘いのん! 色も明かりに透かせばまだ綺麗なのん!」
「あら、思ったよりまともな味ねぇ」
「不思議な味です。これが思い出の味、というものでしょうか」
勇気を出して試飲したミィナとトーマス、レイを前に、微笑む伯爵。みほはそれを見て、
(ここで代わりのものを……というのは野暮でござるな。
思い出に、古きよきものに替えはなし。拙者も守るものを守っていかねばならんか)
「何かで重心を変えると、まっすぐ飛びますよ。わざと曲がって飛ぶようにするなら――」
フラヴィが言った。庭に出て、伯爵のソフトグライダーを見物する一行。
飛行機好きのフラヴィと科学に造詣深いエリオットが少しばかり手を加え、玩具はぐっとよく飛ぶようになった。
伯爵はしばし童心に帰り、夢中になってグライダーを何度も飛ばす。少し寒いが、いい天気だった。
チッピーの絵が入った青い飛行機も、投げたなり本当に空の彼方へ飛んでいってしまいそうな心地だ。
グライダーを拾いに向かう折、伯爵は呟く。
「私の人生はもうこれきりだ。ささやかな思い出にすがるだけで、誰に何を遺すこともない。
それでも、君たちのお蔭で今は幸せだ。ありがとう」
フラヴィは返す言葉もなく、ただ空を仰ぐ。
伯爵が拾った先からもう一度グライダーを飛ばすと、見物していたミィナが、
「うちにも飛ばさせて欲しいのん!」
(何も遺さない、か。それはどうかな)
エリオットは、白衣のポケットからそっとメモを取り出した。
缶のラベルから書き写した『スカイソーダ』の成分表。依頼前に取り寄せた材料では足らない。
味を再現するには、また新しくレシピを作らなけれならない。そも、この世界で全て揃えられるか分からないが、
(あるいはこれを、貴方のお蔭で未来へ遺せるかもね)
不意に、ミィナの投げたグライダーが頭上を通り過ぎる。さっと手を伸ばして捕まえた。
「レトロな玩具って風情があっていいわねぇ。エリオットちゃん、次、私よ!」
子供っぽくはしゃぐトーマス。レイも無表情ながらじっとグライダーを目で追い、遊んでみたげだ。
エリオットが遠くに立つふたりのほうへグライダーを投げると、それは冬晴れの空に綺麗な弧を描いて飛んだ。
鬱蒼と草木の茂るかつての山道を、藤林みほ(ka2804)の先導で辿っていく。
別荘周辺はゴブリンの溜まり場と聞く。みほは忍者の心得を胸に、油断なく目を配った。まだ敵の気配は薄いが、
(道の先が明るい。木立が途切れている、あの辺りが別荘でござるな)
背後の仲間へ身振りで合図すると、フラヴィ・ボー(ka0698)が隣に立って囁く。
「見張りの配置を確かめてくる。可能であれば、奇襲を」
みほが頷くと、フラヴィは慎重に道の先へ這い進んだ。
山中に放棄された大きな建物、ゴブリンには恰好のねぐらだ。必ず何匹かがたむろしている。
予想は当たって、石造りの別荘の前庭にゴブリンがうろついているのが見えた。
見張りか、それとも暇を持て余して表を歩いているだけなのか。
露払いをしておきたい。フラヴィは建物の窓や屋根に他の見張りがいないことを確かめ、後退した。
「庭に5匹。他に見張りらしき者はいないから、上手く片づければ進入が楽になるな。
いっそ他所へ誘き出せればいいんだが……」
フラヴィが言うと、ミィナ・アレグトーリア(ka0317)は待ってましたとばかりにタオルを取り出し、
「これがあるのん!」
小瓶の中身をタオルに垂らす。彼女の隣に立っていたエリオット・ウェスト(ka3219)が顔の前を手で扇ぎ、
「製菓用の香料かい。ずいぶん甘ったるい匂いだね」
「誘き寄せならこれくらいがちょうどいいのん! 食いしん坊さんはきっと釣られると思うのん!」
自信ありげに、風上の木へタオルを引っかけるミィナ。他の面々も茂みに身を隠した。
誘き寄せは成功した。がさがさと音を立て、5匹のゴブリンが姿を現す。
フラヴィの機導砲が口火を切る。次いでエリオットの機導砲、みほの手裏剣が飛び、ゴブリンたちを打ち据えた。
敵は苦し紛れに突撃しようとするも、
「――魔力! これが魔力よ!」
喜屋武・D・トーマス(ka3424)。鍛え上げられた筋力による渾身の身振りと共に、マジックアローを放った。
吹き飛ばされる先頭のゴブリン。怯んだ次鋒へ、
「失礼」
前衛のレイ・T・ベッドフォード(ka2398)が斧を叩き込む。
残り1匹が襲いかかるのも容易く受け流し、射撃部隊の前へ放り出す。トーマスが、
「むんっ」
とどめの魔法を撃つ。一瞬で5匹が片づいた。隠れていた木立から顔を出しぐっと親指を立てるミィナへ、
笑顔のトーマス、無表情のままのレイも親指を立てて応えてみせた。エリオットは敵の死体へ屈み込み、
「若い、健康なゴブリンだ。持って帰って解剖の検体に使いたいとこだけど」
「先を急ぐでござるよ!」
「屋敷の中にまだ他が残ってるかも知れない。油断は禁物だ」
みほとフラヴィを先頭に、一同、再び別荘を目指す。
●
前庭にはもう敵もおらず、すんなりと玄関へ辿り着いてしまう。不用心なだけか、あるいは――
(誘い込む気か)
フラヴィは小盾を構え、周囲の警戒に余念がない。
いざとなればミィナやエリオットら後衛を庇うつもりだ。奇襲で一網打尽にされてはかなわない。
レイが玄関扉に手をかける。
「お邪魔します――と、鍵がかかっていますね」
「お任せあれ」
みほが名乗り出る。フラヴィも鍵開けの道具を持っているが、玄関から敵が飛び出してきた場合に備えたい。
ここは接近戦が得手のふたりへ矢面を任せた。
開錠に成功し、中央棟の屋内へ。玄関ホールの床はひどく汚れている。ゴブリンの足跡もいっぱいだ。
フラヴィが道中拾った枝を杖代わりに足下の安全を確かめつつ、ライトで薄暗い室内を照らして回る。
2階へと続く階段。正面奥に大扉。左右には、東西両棟へ通じる廊下が口を開けている。
エリオットが両手に1丁ずつデリンジャーを構えて、
「正面はダイニングかな。キッチンもきっとその辺りだよね」
「飲み物を探すなら、まずはそれ用の貯蔵庫を当たるべきなんかなぁ。とにかく一通り調べるのん!」
ミィナがランタンを掲げつつ、大扉へ向かう。残された3人にレイが言った。
「我々で厨房を当たります。玄関周りはお願いしても」
「オッケーよ。と言っても、それらしいものはないわねぇ」
トーマスが見回す。と、頭上で足音と共に天井が軋み、はらはらと埃が降ってくる。
「2階に敵か。先に向かうべきでござろうか」
みほが抜刀するも、フラヴィは東西両棟に続く廊下を見て、
「……いや、3人がキッチンを調べてからだ」
今、玄関ホールから離れてしまうと、東西から敵が来た際に奥の3人が退路を断たれかねない。
彼らがキッチン周りを探し終えるまで、残って警戒を続けるべきだ。
「外で倒した5匹、エリオットちゃんが『若い』って言ってたし、
年嵩で経験豊富なゴブリンは、隠れたままこちらの出方をうかがってるのかしら」
そんなトーマスの呟きにフラヴィは、
「地元自警団が何度か討伐をしたらしいし、その生き残りなら用心深くもなるさ」
●
埃まみれのダイニングを調べ終わった途端。ゴブリン3匹が、厨房の扉を開けて飛び出した。
侵入者たちが次は厨房へ来るものと見て、先手を打ったつもりか。
だが飛び出した先が悪かった。扉の前で控えていたレイがすかさず斧を振るう。
「……屋敷を使うのは結構ですが、せめて掃除くらいは!」
脱力した姿勢から一挙の戦闘態勢へ。建物に傷をつけまいと、最少の動きで応戦する。
敵の切り込み隊長は、初撃の斬り上げで顎から上を飛ばされた。
ミィナの魔法・ウィンドガストによる支援もあり、レイの動作には一切の淀みがない。
2匹目は、エリオットがデリンジャーで仕留めた。
3匹目――テーブルの下を這い、西側の廊下へ逃げる。もう1発撃つも命中せず、
「追うかい?」
「逃げるなら放っておいてあげるのん。厨房にまだ隠れてないか、そっちのが気になるんよ」
「さぁ、爆ぜなさい!」
トーマスがゴブリンの腕にナイフを突き立てる。玄関ホール、こちらは2匹。
やおら階段を下りてきた。ダイニングの騒ぎに触発されたのだろう。
フラヴィが、階段半ばに立つ別のゴブリンを機導砲で倒す。
トーマスが相手していた1匹は、身をひるがえして腕からナイフを外した。
一瞬遅れて刀身から発動したウィンドスラッシュも命中せず、トーマスは反撃を受けてしまう。
みほが割って入ってゴブリンを斬り伏せ、
「大丈夫でござるかっ」
「大丈夫……だけど、いったいわねもう!」
トーマスが、剥き出しの腕に刺さったままの錆びたペティナイフを抜く。
発達した筋量のお蔭で骨には達していないが、それなりの手当てが必要そうだ。
そんなとき、みほのトランシーバーからミィナの声。
『あったのん! 「スカイソーダ」!』
●
ミィナの勘は的中した。
エリオットとふたりで厨房の床を探っていたところ、地下室へ通じる揚げ板が見つかった。
「カーヴ(ワイン蔵)だね。食べ物の匂いがしないからゴブリンも放っておいたんだろう」
梯子を下りたエリオットが、石棚に並ぶボトルを眺めて言う。
カーヴの一番奥の床には黴の生えた段ボール箱。開けようとして、ミィナとレイは思わずむせた。
「すっごい黴なのん……」
「この有様で、中身は無事なのでしょうか?」
無事だった。缶には点々と錆が浮いているが、中身が漏れ出した様子はない。
「これがチッピーなん? 絵本に出てきそうですごく可愛いのん!」
「どれどれ、見つかったってホント?」
連絡を受け、片腕を押さえたトーマスと、他のふたりも下りてきた。
ミィナがトーマスに応急手当を施す間、レイが段ボールを調べて、
「箱はかなり脆くなっています。このまま持ち出すのは危険でしょうね。
缶を何本かずつロープで括っておきますから、手分けして運びましょう」
「トーマス、傷の具合は?」
フラヴィが尋ねると、彼は浮かない顔でかぶりを振り、
「魔法は問題なく使えるけど、格闘となるとちょっとキツイかも。ごめんなさい」
目的のものが見つかった以上、長居は無用。ぐずぐずして敵に飛び込まれたら缶が駄目になるかも知れない。
しかしまだ何匹残っているやら。缶が早く見つかり過ぎて困るとは。
「3人で缶を持ち、残りがそれを守るでござる。
近づく敵は拙者とレイ殿が倒すとして、もうひと方、手を空けておいて頂けるか」
トーマス、エリオット、ミィナがそれぞれ缶を運び、フラヴィが彼らを守ることになった。
支度が済むと、斧を構えたレイが真っ先に厨房へ上がる。
「行きましょう。依頼主の思い出の一品、無事持ち帰って差し上げたいところです」
●
待ち伏せ。先頭のレイが庭へ出たなり、ゴブリンの生き残りたちが襲いかかる。
玄関ホールの階段からも3匹が現れ、一行は挟み撃ちにされた。
「押し通ります!」
レイが突貫する。隊列中央のミィナがすかさずウィンドガストを飛ばし、彼の動きを助けた。
殿についたみほは、後方から迫る敵へ自ら踏み込んだ。
階段のゴブリンの1匹が、担いだ椅子を力任せに放り投げる。
「危ない!」
椅子がエリオットに命中しかかったところへ、フラヴィが小盾を掲げて受け止めた。
ミィナがマジックアローで応射し、椅子を投げた1匹を倒す。
残り2匹をみほに任せて庭へ出たところ、今度は左右から投石を受けた。
フラヴィも仲間を庇いきれない。何人かの荷物に石が当たって、嫌な音を立てる。
「この……いい加減にしなさい!」
トーマスのマジックアロー、そしてエリオットとフラヴィの機導砲が、ゴブリンの隠れた茂みへ撃ち込まれる。
投石は止んだ。しかし山道入口では、群れのボスらしき大柄な1匹が、長槍を手に道を塞いでいた。
(むぅっ)
みほは上段の構えから、ゴブリンの肩口へ刀を打ち込んだ。
このまま刃を引けば首を裂いて殺せるが、そのすぐ後ろにナイフを持った2匹目が控えている。
引く動作の一瞬で回り込まれ、敵のほうから間合いを詰められると対処が難しい。
刺し違える覚悟があれば構わないが、まだこれから帰り道があるのだ。無傷で勝ちたい。
無傷で勝つには――押して、切る。
刀を敵の首に食い込ませたまま、前へ踏み出す。ずっ、と刃が滑り、動脈を切り裂いた。
回り込みかけていたもう1匹とすれ違う。手首を返して刀を戻し、振り向きざまに斬りつけた。
長槍のゴブリンが片手突きを繰り出す。当座の相手は線の細い男ひとり、武器のリーチでも勝っている――
と、油断したのが運の尽き。レイは身をひるがえして難なく攻撃をかわすと、
バレエのステップのような優雅な足取りで、しかし一瞬で間合いを詰める。
バトンのように手中で斧を回転させると、勢いもそのままに振り下ろし、ゴブリンの顔面を叩き割る。
血だらけの斧を抜き、
「続いて下さい!」
みほも屋内から脱出した。これ以上敵が現れない内に山を下りてしまいたい。
『スカイソーダ』の缶を大事に抱え、ハンターたちは元来た道を戻っていった。
●
トロップマン伯爵。まだ20代らしいが、病あるいは長年の苦労のせいか、老人のような身ごなしだった。
『チッピー・ブルーのスカイソーダ』回収に成功した一行は、直接依頼主を訪問することにした。
西方世界では現品限りの貴重品、最後までしっかり運びたいという責任感――
あるいは好奇心が故だったかも知れない。とにかく、伯爵は持ち帰られた『スカイソーダ』にひどく喜び、
「ひとまず飲んでみよう」
帝国の別荘に比べると手狭な伯爵の屋敷、その応接間のテーブルに缶が並べられた。
ゴブリンの投石で2本が駄目になってしまったが、伯爵は今あるだけで満足なようだった。
1本を手に取り懐かしげに眺めると、おもむろにプルタブを開けた。炭酸がしゅっ、と音を立てる。
期待と共に中身をグラスへ注ぐも、色が少々黒ずんでいた。
ハンターたちが顔を見合わせる。流石にこれは――と止めかけたところ、伯爵は構わずグラスに口をつけた。
「へ、平気かしら」
トーマスの心配もよそに、伯爵は神妙な顔で『スカイソーダ』を舐め続け、
「そう、こんな味だったよ。あまり飲み過ぎなければ平気じゃないかな」
レイは感心した様子で、
「流石はリアルブルーの食品、長持ちするものですね」
「いや、地球でも10年以上昔の缶ジュースは普通飲まないでござる……な?」
みほがフラヴィとエリオットに向いて言うが、ふたりとも肩をすくめるだけだった。
万が一『スカイソーダ』が飲めなくなっていたときの為、
みほは材料の炭酸水を探し、ミィナはでき合いの飲料を持ち寄り、
エリオットは1から調合して似たようなものが作れないかと、それぞれ準備はしていた。しかし、
「すっごく甘いのん! 色も明かりに透かせばまだ綺麗なのん!」
「あら、思ったよりまともな味ねぇ」
「不思議な味です。これが思い出の味、というものでしょうか」
勇気を出して試飲したミィナとトーマス、レイを前に、微笑む伯爵。みほはそれを見て、
(ここで代わりのものを……というのは野暮でござるな。
思い出に、古きよきものに替えはなし。拙者も守るものを守っていかねばならんか)
「何かで重心を変えると、まっすぐ飛びますよ。わざと曲がって飛ぶようにするなら――」
フラヴィが言った。庭に出て、伯爵のソフトグライダーを見物する一行。
飛行機好きのフラヴィと科学に造詣深いエリオットが少しばかり手を加え、玩具はぐっとよく飛ぶようになった。
伯爵はしばし童心に帰り、夢中になってグライダーを何度も飛ばす。少し寒いが、いい天気だった。
チッピーの絵が入った青い飛行機も、投げたなり本当に空の彼方へ飛んでいってしまいそうな心地だ。
グライダーを拾いに向かう折、伯爵は呟く。
「私の人生はもうこれきりだ。ささやかな思い出にすがるだけで、誰に何を遺すこともない。
それでも、君たちのお蔭で今は幸せだ。ありがとう」
フラヴィは返す言葉もなく、ただ空を仰ぐ。
伯爵が拾った先からもう一度グライダーを飛ばすと、見物していたミィナが、
「うちにも飛ばさせて欲しいのん!」
(何も遺さない、か。それはどうかな)
エリオットは、白衣のポケットからそっとメモを取り出した。
缶のラベルから書き写した『スカイソーダ』の成分表。依頼前に取り寄せた材料では足らない。
味を再現するには、また新しくレシピを作らなけれならない。そも、この世界で全て揃えられるか分からないが、
(あるいはこれを、貴方のお蔭で未来へ遺せるかもね)
不意に、ミィナの投げたグライダーが頭上を通り過ぎる。さっと手を伸ばして捕まえた。
「レトロな玩具って風情があっていいわねぇ。エリオットちゃん、次、私よ!」
子供っぽくはしゃぐトーマス。レイも無表情ながらじっとグライダーを目で追い、遊んでみたげだ。
エリオットが遠くに立つふたりのほうへグライダーを投げると、それは冬晴れの空に綺麗な弧を描いて飛んだ。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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- 幸せの魔法
ミィナ・アレグトーリア(ka0317)
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相談卓 喜屋武・D・トーマス(ka3424) 人間(リアルブルー)|28才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2014/12/12 22:35:25 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/12/07 23:38:32 |