ゲスト
(ka0000)
【AP】複製都市
マスター:KINUTA

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 8日
- 締切
- 2018/04/08 19:00
- 完成日
- 2018/04/16 23:26
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●プロローグ
環境汚染とそれに伴う労働環境の悪化に対応するため人類は、異世界人をベースにした人造人間を造ることにした。
人類をベースにしなかった理由は2つ。
1つは人道倫理上の問題があるということ。
もう1つは異世界人の方が強健であるということ。
異世界人といえど人間だ。人体実験の対象とするのはいかがなものかという意見もないわけではなかったが、『そもそもこれは人体実験ではない。彼らに気づかれぬよう体の一部――髪や爪を拝借し、それを基に実験を行うだけのこと。相手に痛みも精神的負担も与えてはいない』というのが大多数の世論だった。
それを受け各国政府は、心置きなくこの事業に投資した。
科学者たちは競いあって試行錯誤を繰り返し、ついに労働専門の人造人間――デザインクローンを完成させた。
汚染環境に適応出来る強健な身体と柔順な性質を兼ね備えた理想的な労働者だ。男女とも不妊体にしてあるので、勝手に増殖し面倒をかけることもない。人数が欲しいときにはクローニングですぐ増やせる。育成の手間もかからない。
人類は彼らに労働の一切を任せた。そして自分たちは、人工的に作られた清浄な環境の中へ閉じこもってしまった。
●デザインクローンの生活
雨が降っている。
雨樋の水がごぼごぼ音を立て、道端の暗渠に流れ込んで行く。
ビルディングの谷間には多数の水溜りが出来、まばらなネオンを反射させている。
その中をレインコートとレインブーツで身を包んだ人々が歩いて行く。
わざわざ濡れて行こうなどという料簡を起こすものはいない。この雨が強酸性であり汚染されたものであることを皆知っているからだ。
雨は草木を枯らし、ビルディングの塗装をはげ落ちさせ、鉄骨を蝕む。
すでに地上は住むに値する場所でなくなっている。都市機能は地下へ地下へと深く潜って行くばかり。
まっとうな人間たちはみなそちらへ引っ込んで行ってしまった。
こうやって地上をうろついているのはまっとうでない人間たち、デザインクローンだけである。
カランカランと扉の鈴が鳴った。
喫茶『ジェオルジ』の店長であるマリーが顔を上げる。
「いらっしゃい。まだ雨が降ってるの?」
飛び込むように入ってきたカチャは雫のしたたるレインコートを脱ぎながら、ええ、と答える。
「もー、ずっと降ってるんですよ。いい加減に止んで欲しいんですけどね」
「そうよねー。湿気るし水が壁に染みてくるし。そういえば、東部でどこかのダムが決壊したとか言ってたわよ」
と言いながらマリーは背後の棚から、消し炭のようなものを取り出した。
悪環境の中逞しくかつ不気味に繁殖している藻類や菌類を煎じたものだ。それをポットに入れ沸き立たせ、出来た黒い液体をカップに注ぐ。
見た目に反し豊饒な香りが醸し出された。汚染に耐性のあるデザインクローン以外が飲んでも大丈夫なのかどうかは、何とも言えないが。
カウンター席に着いたカチャはそれに口をつけ、飲み干す。
「もう老朽化してましたからね。どこもそうですけど。どのインフラも耐用年数過ぎてますからね。だましだまし使っているだけで……本当は全面改修すべきなんでしょうけど、予算が回ってこなくて」
「そこよね。下の人間達は何してるのかしら。私たちに全部押し付けてさ。もう丸1年もずっとこの状態が続いてるじゃない。それなのにガバメントも、何も言わないのかしら」
ガバメントというのは、デザインクローンの自治政府――人類がデザインクローンを直に指導監督する手間を惜しんだ結果生まれた機関である。
デザインクローンのうち直接人類と接触出来るのは、そこに所属するものだけだ。
カランカランと扉の鈴が鳴った。新しいお客である。
「ごっつい雨やな。かなわんで」
スペットである。
彼がガバメントに勤めていることを知っているマリーは、今し方カチャとしていた話の矛先を向ける。
「あ、いらっしゃいスペット。ちょうどいいわ、聞きたいことがあるんだけどさ、最近のガバメントどうなの。ちゃんと下に話出来てるの。ずーっと予算が取れてないみたいなんだけど」
スペットは一瞬口ごもった。
それから、そうしたことを恥じるかのように強い口調で言った。
「そんなん言われても、俺は知らへんで。事務所でペーパー作ってるだけやし。直接交渉してんのはマゴイなんやから、マゴイに聞いたってや」
「聞いたってやって、あの人もここんとこ公の場に姿を見せないじゃないの。一体どこにいるのよ」
「知らんがな、俺は」
そこに新しい客。
「よく降りますねー。あ、こんにちは、カチャさん」
カチャである。
デザインクローンだけの社会では、こういうこともよく起きがちだ。デザインクローンが単体で作られることは、まずないからである。
「こちらこそこんにちは、カチャさん」
●誰も知らない
地下と地上を結ぶ換気ダクトをどこまでも降りて行く。
壁面にさまざまのパイプやコードが絡み合う通路に出る。
そこを進んで行くと、巨大な鋼鉄の扉。
これが地上の世界と地下の世界を結ぶ唯一の窓口だ。
扉の下部にはモニターつきの小さな操作盤がついている。マゴイは幾度となくそれを押し、話しかける。
「……もしもし……もしもし……こちらはガバメントです……もしもし……」
しかし返事はなかった。モニターは真っ暗なまま。
通電していないのだ。
これは今に始まったことではない。1年前からずっと続いている。
明らかに異変が起きている。あるいは起きた可能性が高い。
だが、一体何が起どうなっているのか確かめることは不可能だった。何故なら扉は外側からは開けられないようになっているから。
1年も地上との連絡を絶っているなんて不自然過ぎる。
このモニターに電力が供給されていないということは、そのほかの場所も同様である可能性が高い。
清浄な地下世界を成り立たせるためには膨大なエネルギーが必要であり、そのエネルギーはほとんど地上から来ているのだ。それがもし絶たれたとなると。
……マゴイはその先にある結論を認めるのが怖かった。
「……もしもし……もしもし……」
この社会は人類が存在していることを前提にして動いている。それが崩れてしまったら、一体どうなってしまうのか見当もつかない。
「……もしもし……もしもし……」
人類はデザインクローンを監督指導し、導いてくれなければならないのだ。
なのにまさか、自分たちを置いていなくなってしまうなど――そんなことは――そんなことは――けして――そんなことは――。
環境汚染とそれに伴う労働環境の悪化に対応するため人類は、異世界人をベースにした人造人間を造ることにした。
人類をベースにしなかった理由は2つ。
1つは人道倫理上の問題があるということ。
もう1つは異世界人の方が強健であるということ。
異世界人といえど人間だ。人体実験の対象とするのはいかがなものかという意見もないわけではなかったが、『そもそもこれは人体実験ではない。彼らに気づかれぬよう体の一部――髪や爪を拝借し、それを基に実験を行うだけのこと。相手に痛みも精神的負担も与えてはいない』というのが大多数の世論だった。
それを受け各国政府は、心置きなくこの事業に投資した。
科学者たちは競いあって試行錯誤を繰り返し、ついに労働専門の人造人間――デザインクローンを完成させた。
汚染環境に適応出来る強健な身体と柔順な性質を兼ね備えた理想的な労働者だ。男女とも不妊体にしてあるので、勝手に増殖し面倒をかけることもない。人数が欲しいときにはクローニングですぐ増やせる。育成の手間もかからない。
人類は彼らに労働の一切を任せた。そして自分たちは、人工的に作られた清浄な環境の中へ閉じこもってしまった。
●デザインクローンの生活
雨が降っている。
雨樋の水がごぼごぼ音を立て、道端の暗渠に流れ込んで行く。
ビルディングの谷間には多数の水溜りが出来、まばらなネオンを反射させている。
その中をレインコートとレインブーツで身を包んだ人々が歩いて行く。
わざわざ濡れて行こうなどという料簡を起こすものはいない。この雨が強酸性であり汚染されたものであることを皆知っているからだ。
雨は草木を枯らし、ビルディングの塗装をはげ落ちさせ、鉄骨を蝕む。
すでに地上は住むに値する場所でなくなっている。都市機能は地下へ地下へと深く潜って行くばかり。
まっとうな人間たちはみなそちらへ引っ込んで行ってしまった。
こうやって地上をうろついているのはまっとうでない人間たち、デザインクローンだけである。
カランカランと扉の鈴が鳴った。
喫茶『ジェオルジ』の店長であるマリーが顔を上げる。
「いらっしゃい。まだ雨が降ってるの?」
飛び込むように入ってきたカチャは雫のしたたるレインコートを脱ぎながら、ええ、と答える。
「もー、ずっと降ってるんですよ。いい加減に止んで欲しいんですけどね」
「そうよねー。湿気るし水が壁に染みてくるし。そういえば、東部でどこかのダムが決壊したとか言ってたわよ」
と言いながらマリーは背後の棚から、消し炭のようなものを取り出した。
悪環境の中逞しくかつ不気味に繁殖している藻類や菌類を煎じたものだ。それをポットに入れ沸き立たせ、出来た黒い液体をカップに注ぐ。
見た目に反し豊饒な香りが醸し出された。汚染に耐性のあるデザインクローン以外が飲んでも大丈夫なのかどうかは、何とも言えないが。
カウンター席に着いたカチャはそれに口をつけ、飲み干す。
「もう老朽化してましたからね。どこもそうですけど。どのインフラも耐用年数過ぎてますからね。だましだまし使っているだけで……本当は全面改修すべきなんでしょうけど、予算が回ってこなくて」
「そこよね。下の人間達は何してるのかしら。私たちに全部押し付けてさ。もう丸1年もずっとこの状態が続いてるじゃない。それなのにガバメントも、何も言わないのかしら」
ガバメントというのは、デザインクローンの自治政府――人類がデザインクローンを直に指導監督する手間を惜しんだ結果生まれた機関である。
デザインクローンのうち直接人類と接触出来るのは、そこに所属するものだけだ。
カランカランと扉の鈴が鳴った。新しいお客である。
「ごっつい雨やな。かなわんで」
スペットである。
彼がガバメントに勤めていることを知っているマリーは、今し方カチャとしていた話の矛先を向ける。
「あ、いらっしゃいスペット。ちょうどいいわ、聞きたいことがあるんだけどさ、最近のガバメントどうなの。ちゃんと下に話出来てるの。ずーっと予算が取れてないみたいなんだけど」
スペットは一瞬口ごもった。
それから、そうしたことを恥じるかのように強い口調で言った。
「そんなん言われても、俺は知らへんで。事務所でペーパー作ってるだけやし。直接交渉してんのはマゴイなんやから、マゴイに聞いたってや」
「聞いたってやって、あの人もここんとこ公の場に姿を見せないじゃないの。一体どこにいるのよ」
「知らんがな、俺は」
そこに新しい客。
「よく降りますねー。あ、こんにちは、カチャさん」
カチャである。
デザインクローンだけの社会では、こういうこともよく起きがちだ。デザインクローンが単体で作られることは、まずないからである。
「こちらこそこんにちは、カチャさん」
●誰も知らない
地下と地上を結ぶ換気ダクトをどこまでも降りて行く。
壁面にさまざまのパイプやコードが絡み合う通路に出る。
そこを進んで行くと、巨大な鋼鉄の扉。
これが地上の世界と地下の世界を結ぶ唯一の窓口だ。
扉の下部にはモニターつきの小さな操作盤がついている。マゴイは幾度となくそれを押し、話しかける。
「……もしもし……もしもし……こちらはガバメントです……もしもし……」
しかし返事はなかった。モニターは真っ暗なまま。
通電していないのだ。
これは今に始まったことではない。1年前からずっと続いている。
明らかに異変が起きている。あるいは起きた可能性が高い。
だが、一体何が起どうなっているのか確かめることは不可能だった。何故なら扉は外側からは開けられないようになっているから。
1年も地上との連絡を絶っているなんて不自然過ぎる。
このモニターに電力が供給されていないということは、そのほかの場所も同様である可能性が高い。
清浄な地下世界を成り立たせるためには膨大なエネルギーが必要であり、そのエネルギーはほとんど地上から来ているのだ。それがもし絶たれたとなると。
……マゴイはその先にある結論を認めるのが怖かった。
「……もしもし……もしもし……」
この社会は人類が存在していることを前提にして動いている。それが崩れてしまったら、一体どうなってしまうのか見当もつかない。
「……もしもし……もしもし……」
人類はデザインクローンを監督指導し、導いてくれなければならないのだ。
なのにまさか、自分たちを置いていなくなってしまうなど――そんなことは――そんなことは――けして――そんなことは――。
リプレイ本文
●重大な瑕疵
リナリス・リーカノア(ka5126)は、ママ役のカチャからお尻を叩かれていた。原因は、見事な世界地図を描いたシーツだ。
「だから寝る前にジュース飲んじゃ駄目って言ったじゃないですかっ」
「わーん、ごめんなさいママー! でもカチャがちょっとだけなら大丈夫って言ったんだもん! ママのビールもこっそり飲んでたよ!」
「……カチャ?」
「だ、だってあれ消費期限が間近だったしあいったああ!」
リナリスのチクリにより自分も尻を叩かれるはめになる恋人カチャ。
そこにあくびしながら入ってくる、カチューシャの猫耳と猫尻尾つきの紐パンを身につけたペット役のカチャ。
「おはよー」
「あっカチャー、おなかなでなでさせてー♪」
「もー、カチャもカチャもリナリスも遊んでないで服を着なさい! 仕事に遅れるでしょ!」
「ままー、おっぱーい」
「吸って誤魔化さない!」
擬似家族とのドタバタを経て、リナリスは出勤する――人類用の無汚染穀物を生産する穀物工場の1つへと。
リナリスの仕事は、そこの管理人。
管理人室に来てまず最初に確認するのは、工員の出席記録。
「ハンスさんは今日も来てる。智里さんは……今日も来てないと。早く出勤出来るようになってくれるといいんだけど」
一人ごちていたところ、恋人のカチャが入ってくる――彼女もこの穀物工場で働いているのだ。
「リナリスさん」
「どうしたのカチャ、尋常じゃない量の汗かいてるよ?」
「いえ、半年前から頼んでた汚染計測器のメンテナンスなんですけどね……今日やっと技師のリューさんが来られまして……さっき終わったんですよ……で、改めて土壌計測してみたんですけど……」
カチャが示した計測結果のペーパーを見たリナリスも、ぶわりと汗を吹き出させる。
そこには、人間の許容範囲をはるかに越える汚染値が弾き出されていた。
●インフラ整備局の面々
連日の雨。外に出ているクローンたちは皆その身を、すっぽりレインコートで包んでいる。
「はいよ! どんどん持って来い!」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)はステラ・レッドキャップ(ka5434)たちがリレー方式で運んでくる土のうを積み上げていた。
目の前には連日の雨で膨れ上がった黒い川。橋桁近くまで水位が上がってきている。
ここでくい止めておかなければ、町の低地部分が軒並み浸水してしまう。
「そういやステラ、お前の仲間、東部のダムにいたんだって?」
「あー。何人か流れちまってな」
「そうか。同型が減ると寂しいもんだな」
「まあな。でもオレたちの職務が職務だからしょうがねえ。それより新人が補充されねえことの方が困るぜ」
対岸ではGacrux(ka2726)部隊も、せっせと土のうを積んでいる。
「それいけ」「やれいけ」「えいさ」「ほいさ」
見事に息がぴったりだ。
「そろそろ予備資材が切れるっつぅの。地下やガバメントは何やってんだよ」
毒づきながらトリプルJ(ka6653)は、水道管の破損箇所に補修テープを巻いて行く。本当は全部取り替えるべきなのだと思いながら。
補強が終わったのを見計らい青霧 ノゾミ(ka4377)は、閉めていた元栓を、用心しながら開いていく。
腰に下げている通信機が鳴った。修復作業に勤しむ仲間からの連絡だ。
『すまん、R-12地区の下水管も破裂した。すぐ来てくれ』
Jは忌々しげに雨空を見上げた。完全防水を施した道具箱を手に立ち上がる。
「本格的に壊れちまったら、予備資材だけじゃどうにもならんぜ。一気に町の機能が落ちて、餓死する羽目になるぞ、俺ら」
ノゾミは手にした上下水道マップを見た。どこもここも、要インフラ補修箇所を示すバツ印だらけ。
そこにまた1つ赤鉛筆でバツを加える。今報告のあったR-12地区。
「……ダメだ、これじゃもうすぐ決壊してしまう。補修するにも資材が必要だが、その供給もないだろ?」
「ああ、ねえな。馬鹿にしてやがるぜ全くよお」
「上が当てに出来ないなら――」
●雨降る日の市民たち
レーヴェ・W・マルバス(ka0276)が経営する道具屋。
レインコートと傘が並ぶ店の奥で、エアルドフリス(ka1856)が、青い顔をしているジュード・エアハート(ka0410)の頭を、タオルで拭いてやっていた。
彼いわく、道端で行き倒れていたのを拾ったそう。
「こんな雨の強い日に傘だけで歩いたら気分が悪くなって当たり前だ。普段地下に近いところで仕事をしているというなら、尚更耐性が出来ていないだろうしな――なんなら家まで送って行こうか?」
「え、そんな、悪いですから」
「気にするな」
『ジュード』と見れば口説くのが『エアルドフリス』の習性であるらしい。
(この者たち、大概ペアを組んでおるしな……医者とナースとか、司書と職員とか……)
思いながら店主レーヴェが口を挟む。
「のうジュード。おぬし何をしておったのじゃ? ガバメントでも高い地位におる職員がわざわざこんな日に外回りとは」
「……通電状況とインフラの調査をしてたんです。この1年ずっと、予算執行が出来ていない状態ですから」
「……前から思っておったのじゃが、おぬしらもしかして人間と連絡が取れていないのではないか?」
その質問にジュードは言葉を濁した。
「いえ……それは……」
「人間に何かあったのか?」
そこでエアルドフリスが口を挟む。仮に人間がいなくなったとして、と前置きして。
「実のところ我々に大きな影響があるかね? 生産物を地下に送る必要がなくなる程度だろう」
彼らの話を小耳に挟んだディーナ・フェルミ(ka5843)は今買い込んだレインコートを羽織り、ぱたぱた出て行く。
「んー、それじゃそのうち人類確認のための地下探索とかもあるのかなあ……それならオヤツ買いだめしなきゃなの」
彼女の仕事は、衛生兵兼任のソルジャーだ。
大衆食堂兼酒場。
「お姉ちゃん、腰折れマグロ5皿」
「はーい、分かりましたー」
注文を受け店内を走り回るのはマルカ・アニチキン(ka2542)たち。とにかく数が多い彼女らは接客業界に広く分布し、活躍している。
カウンターの隅で営業をしているのは、占い師星野 ハナ(ka5852)。レイオス・アクアウォーカー(ka1990)たちを前に、タロットカードを広げている。
「――いえ絶滅したかもしれないけどぉ、多分彼らも遺伝子情報残してると思いますからぁ。彼らも完全な絶滅は逃れてる筈ですぅ」
「そうか! つまりチャンスが来たってことだ! ヤツらを助けて恩を売りつける。行くぞオレ達!」
「「おー!」」
レイオスはこぞってラーメン屋を経営している。だがそれは世を忍ぶ仮の姿。実は皆『無血革命によるデザインクローンの人権獲得を目指す連合』の主要構成員だ(ちなみにリーダーは『九竜麺々』1号店のレイオス店長)。
新人新聞記者の天竜寺 詩(ka0396)とスペットが店に入って来た。
「ねぇねぇ、本当は何か知ってるんでしょ?」
「ほんまに知らんがな、俺ペーペーやし」
さらに続けて清掃員のディヤー・A・バトロス(ka5743)、ディヤー・B(以下同文)ディヤー・C(以下同文)が入ってくる。
「「「お、スペット殿がおる! 遊んでくれー」」」
「何やお前ら、くっつくなや重いわ!」
「スペット殿はおごり予算を組んでくれるべきではないかと思うが、Bの意見を求める」「それにはガバメントの許可が要るのではないかということでCに意見を求める」「ガバメントは許可を人間に求めなければならないがマゴイ殿が何度会いに行っても丸1年反応無しのつぶてじゃそうでAに意見を求める」「人間は実はもうおらんようになっとるのではとゆー……」
「やめんか! こんな所でおガバごとすんなや!」
「なんだか水の出が悪いですねー」
シャワーを浴びたGacruxはタオルで頭を拭きながら、休憩室に戻る。そこには残り11人の彼がいた。
せんべいの盛られた大皿を前に仲良く談話。
「最近、新しいクローンが作られていませんよね」
「新入りはまだですか」
「指令が無いらしいですよ」
「困りますね。災害は増える一方なのに」
「もうつまむ物がありませんよ」
「買いに行きますか」
仲良くダースセットになって食料品店に向かうGacrux。
するとそこではディーナが、山積みにしたお菓子を食べているところであった。
店員のマルカが目を白黒させている。
「お客様、せめて食べるならお持ち帰りになってから……」
「砂糖は脳の大事な栄養素なの考えるのには甘味大事なの~」
●歌姫の憂鬱
録音室の中で、歌手のアリア・セリウス(ka6424)はギターの言をつま弾き歌っていた。
「たとえ私が消え去るときが来ても、大丈夫、この想いは消えずに継がれて――」
不意に口を閉じギターを置く。落ちつかなげに録音室を歩き回る。
『受け継ぐ』と言うテーマを元に歌を作ろうとしているがうまくいかない。それらしきことを口ずさんでみても感じるのは違和感だけ。
自分たちは誰から何を引き継ぐというのだろう。誰に何を引き継がせるのというだろう。
一般知識はプラントで生を受けた時点で既に備わっている。目覚めてすぐ社会生活を営めるように。
だがそれ以外の記憶は完全な空白だ。加えて新しい世代はこの1年、ひとりも生まれていない。
……正体の分からない苛立ちがアリアの心をかき乱す。彼女はピアノに向かい、がむしゃらに鍵盤を叩く。
●カウントダウン
「何故地下との通信モニタが切れているんだ? 納得が行く説明を求める」
「……この写真はどうやって撮ってきたんです? AAクラス以下の職員がC-6階層以下に足を踏み入れるのは法律違反です。あなたは処罰対象となりますよ」
「へえ、そうだったかな。じゃあ好きにしたらいいさ」
と言って鞍馬 真(ka5819)は手を挙げる。
彼と相対していたジュードは嘆息と一緒に肩の力を抜く。彼が持ち込んできた写真を手持ちのファイルケースにしまう。
「分かりました。この件についての回答は、明後日までに必ず行います」
「……妙に物分かりがいいな」
肩透かしを食らった顔をする彼にジュードは、苦笑を浮かべる。
「あなただけではないんですよ、この事態の説明を求めている職員は」
「その通り」
と言う声が背後から聞こえた。
振り向いてみればそこにメイム(ka2290)がいた。
「あたしの他にも何人かいるよ。この問題を気にしてる人。市民から情報開示請求のメールも寄せられてるし」
リナリスは土壌汚染について取りまとめた資料と報告書を携え、マゴイに面会していた。
「……というわけで人間向け食料生産工場の7割が当プラント同様、土壌汚染されていました……誠に申し訳ありませんっ! その……電力不足のため各機械のメンテナンスがどうしても追いつきませんでして……」
汚染されていたのが自分のところだけでなくて本当によかったと彼女は思っていた。
もし自分のところだけがそうなら、確実に処分対象となるからだ。最悪廃棄されるかもしれない。人類を危機に陥れたかどで。
しかしほとんど全部が同じことをしていたとなれば、おのずと責任も分散される。
(まさか工場関係者を全員取り除くわけにはいかないもんね。新しいクローンも作れないみたいだし。とにかく今の生活を失うのだけは避けなきゃ!)
そんな胸算用をはじく彼女を前にマゴイは、半ば放心していた。
「……半年前から……食料汚染が……?」
その時期から汚染食料が内部に搬入されていたとなれば、人類が気づかないわけがない。
なのに今に至るまでただの一言もないとするなら、それは――。
●雨の止んだ後で
だらだら降り続いていた雨がようやく止んだ。
インフラ整備局の働きにより、町を流れる川の堤防は決壊を免れた。
しかし、引き続き警戒しなければいけないことに変わりはない。出来ているのは応急処置だけなのだ。
「というわけで、ガバメントに突撃取材をしようかと」
「そう。いいんじゃない? うちも予算が回ってこなくて気にはなってたしね」
婦人警官の天竜寺 舞(ka0377)は、今さっき知り合ったばかりの詩とガバメントに向かっていた。
パトロール中急に呼び止められ取材協力を求められたのだ。断ってもいいのだがそうしなかったのは、何だか他人の気がしなかったから。実際顔がとてもよく似ている。同型というわけでもないのに。
しかしガバメントについてみれば、早くも騒ぎが起きていた。
保安官のウーナ(ka1439)率いる一団と整備局のJ率いる一団がロビー内で、警備員たちと押し問答している。
ウーナは本来こういった騒ぎを押さえるほうの立場にあるのだが、ガバメントの決済遅延による業務停滞が我慢ならないところまできているとあっては、そうそう職務に忠実でもいられない。
「資材が足りねぇってんだろ! 直せっていうなら予算と資材寄こせや! 本格的に壊れたら直しようがねえ! もう備品も亡くなる! 今しかねぇんだよ! ガバメントは、俺らを殺す気かぁ!?」
「留置場だって有限だし、さっさと処分決めて……人類と連絡がつかないってなに? サボりの言い訳?」
「通せよ! 話してぇんだよ! 1年間も予算が降りねえっておかしいだろどう考えても! 責任者出せ責任者!」
Gacruxの集団も現れた。
「「「すいませーん、夜勤手当の申請書はどこですかー。12枚いるんですがー」」」
騒然としているのを幸いに詩は、こっそりガバメント内部に侵入しようとした。
生活課の窓口で受付をしていたマルカがそれを見とがめ、注意する。
「あ、駄目ですよ。こちらから先は職員以外立ち入り禁止です」
舞はその前に立ち警察手帳を開き、はったりをかます。
「マゴイ女史に何か起こったかもしれませんので捜査します。例えガバメントといえど邪魔すると公務執行妨害で逮捕しますよ」
「え、ええ!? た、逮捕?」
職員マルカがたじろいだ隙に詩の背を押す。「後は上手くやんな」と声をかけて。
丁度陳情に来ていたレーヴェと機械技師のリュー・グランフェスト(ka2419)はその様子を目に留め、こっそり自分たちも後を追った。
詳しい事情を知りたい気持ちは、彼らも同じだったのだ。
●認めなくてはならない
地下奥深く。人類とクローンを結び隔てる扉がある場所。
「……あなた、何故ここに……ここはAAランク以下の職員は入ってはいけない決まり……」
ルベーノ・バルバライン(ka6752)はマゴイの咎め立てを聞き流し、手にしていた書類の束を丸めて渡す。
「先日お前を尾行した。よって、大体のことは分かっている。地下探索と食糧増産を含めた地上部復興計画を奏上するぞ、マゴイ」
マゴイは目を見開き渡された書類を取り落とす。
ルベーノはしゃがんでそれを拾い集め、再度彼女に渡した。
「非常時に人類がシェルターに籠ったなら、基本的な民間シェルターの隔離期間は1年だ……今動かねば、我々は人類を失うぞ?」
「……扉を開けることは出来ないわ……」
「何故だ」
「……通電していない状態で扉を開けては、こちら側の汚染を人間の清浄な空間に持ち込んでしまう……人間を害してしまう……」
人間に忠実であろうとするあまり自縄自縛に陥っている。そう察したルベーノは更なる説得をしようと口を開きかけた。
そこに足音。
長い廊下の暗がりから顔を出したのは、ジュードと、メイムだ。
「……マゴイさん、ルベーノさんが言うとおり行動を開始すべきです。法はもちろん大事です。けれども現実問題としてこのままの状態を続けて行くことは不可能なんです。インラは崩壊寸前だし電力も足りてませんし」
「現段階で詳細な確認は不可能だよ。手遅れになる前にクローンで自立できる様に立て直そう」
「……そんなことは人間から許可されない……」
「……いや、その人間がいなくなっているかもだからどうしようかっていう話なんだけど」
そこに慌ただしい足音。詩、リュー、レーヴェだ。
詩は早速マゴイのもとへ走りつき、話術を駆使して話しかける。
「マゴイさん、本当に1年前から連絡が絶たれているならきちんとした形で発表すべきだよ。このままじゃ皆が不安になるだけだ」
レーヴェは巨大な扉を見上げながら言った。
「地下に籠るには莫大なエネルギーが必要。それが地下から断たれている。その状態で1年だ。確認できる手段はないが事実上、人間は全滅した。そういう事だろう。ならば、地下世界の維持に使われていたリソースを地上で使ってもいいのではないか?」
マゴイは何度も首を振った。
「……地上で作られている電力は、第一義的に人類の生活を維持するためのもの……それを私たちが勝手に流用することは……混乱を招く……」
再び詩が口を開く。
「もう既に混乱は起きてるんだよ、マゴイ。特にインフラ関係。このままじゃ地上はクローンさえも住めない場所になっちゃうよ」
続けてリューが言う。
「人類があって成り立ってるってのはわかる。でも、事態が変わったなら対応するべきだろ。だって、俺たちはまだここに生きてるんだ」
沈黙。
長い長い間を空けた後マゴイが、精一杯の譲歩を口にした。
「……会計枠外の臨時特別予算を組みましょう……それと……人類と連絡が取れなくなっていることを公式に通達……詳細はまだ不明ということで……」
詩はいち早く場を離れる。
ロビーに戻りその場にいた人々に、今聞いたことを洗いざらい話した。
ウーナは目を丸くする。
「人類が……いない?……それじゃ……仕方ないね。かえろっか」
舞もまた署に戻って行く。これから起きるかもしれないパニックに備えた体制作りを上申すべく。
●コピー・ラブ
郊外の集合住宅。
ハンス・ラインフェルト(ka6750)が帰ってきた物音を耳にした穂積 智里(ka6819)は軽く足を引きずりながら玄関に向かった。
「マウジー、わざわざ起きてこなくても」
「大丈夫ですよ、大分よくなりましたから。この前の診察のときお医者のエアルドフリスさん、回復は順調ですよって言ってくれましたし」
彼と彼女は同じ工場に勤めるワーカーである。
もともと付き合っていたが、とある事故に巻き込まれた智里がしばらく休業せざるを得なくなったのを機に同棲を始めた次第。
自由に動き回れない身の上の智里は現在日がな一日、ネットサーフィンばかりしている。見るのはアリアのPV、動画、そしてニュースサイト。
「ハンスさん……あの噂、聞いてますか?」
「ああ、聞いていますよ。人類が滅亡したかもしれない、でしたか?」
「本当だったら……私達、どうしたらいいんでしょう」
見上げてくる瞳が宿す不安を、ハンスは優しくいなす。
「マウジーは怪我人なんですよ? そんなことより、しっかり休養して怪我を治す方が大事でしょう?」
「だって……ネットくらいしか、今できることないですから」
音楽スタジオ職員エルバッハ・リオン(ka2434)はラッピングされた菓子を両手一杯に抱え、控え室に入った。
「お疲れさまですアリアさん。ファンの方から差し入れですよ」
アリアは腑抜けた声で返事してきた。
「――ありがとう、そこに置いといて」
ここのところずっとスタジオに泊まり込みをしているので疲れているのだろう、とリオンは見る。
テレビがつきっぱなしだ。ニュースキャスターのハナが喋っている。
『先程、緊急臨時特別予算が満場一致で承認されました。なお人類の動向についてガバメント広報は、現在調査中なので、結果が出るまで詳しいコメントは差し控えるとの見解を発表しています。』
リオンは扉を閉め出て行く。
彼女は思った。もし本当に人類がいなくなったならば、私たちはもう彼らのために働く必要はない。彼らが課した規範に従う必要はない。これからは自分のやりたいことをやっていいのだ、と。
「前からカチャさんを私の物にしたかったんですよね」
呟くそこに、明るい声。
「あ、リオンさん。ちょうどよかった。今新しくお花が届いたんですよ。アリアさんにお渡ししていただけますか?」
運送配達員の制服を着たカチャが花束を抱え歩いてくる。
リオンはそれを受け取り、微笑んだ。
「カチャさん、この後予定がなければ、一緒にご飯を食べませんか」
「あ、いいですよー。一緒に食べましょ」
「……ひゃっ? ハンスさ……」
ハンスは腕の中に閉じ込めた智里の柔肌に、キスマークをつけていく。耳たぶ、首、肩。鎖骨を甘噛み。体をまさぐる手。
「私のマウジーは、私のことだけ考えていればいいんです……全部忘れさせてあげますよ…」
強くなっていく愛撫。
智里はのしかかってくる重みを夢見心地に受け入れた。体の奥深くにまで。
「ん……私が、ハンスさんだけ見てられるように……あ……」
アリアはテレビに向かって、答えのない問いかけをする。
「クローンには子供が出来ない……それは損失なのかしら? 私たちには分からない。子供を産むのはどんな気持ちのもの? 子供として産まれてくるのはどんな気持ち? 私たちには分からない――」
●そして誰もいなくなっていた
人類安否確認の地下探索をするため、ガバメント職員、並びに多数の土木関係、技術関係者が各方面から呼び集められていた。
しかし工事は一向にはかどっていなかった。
マゴイがこの段に至っても、クローンとして与えられた決まりを破ることを躊躇していたのだ。
「……この場合人間から……救援の連絡が来るのを待つのが正解……デザインクローン法によれば私たちは自主的な行動を謹むべきであるけど……」
腕組みし壁に寄りかかるステラは、呆れ顔で言った。
「そういうことを考える段階じゃねえんじゃねえの?」
その横からメイムが執り成した。
「まー、もうちょっと待ったげてよ。理論武装してからでないと動けない人なんだよ、マゴイは」
ディーナ、ディヤーABC、並びにGacruxたちは暇なのでおやつをつまみ、どこからか持ち込んだ人生ゲームをやり始める。
「あ、私ソルジャーとして2階級特進したのー」
「俺たちはマンション購入しましたよ」×12
「「「うぬぬ、何故ワシらいつまでたってもアパート住まいの清掃職員なのじゃ!」」」
レイオスたちは勝手にカメラを回し、地上への中継を始める。
「ラーメン九龍麺麺の出前千件記念の特別サービス。革命軍『ラーメン九龍麺麺』による無血革命をお届けにまいりました!」
そこでボルディアが動いた。
彼女は難しいことを一切考えない性格だ。
「つーかよぉ、そんな気になるならこの扉ブチ破ればいいじゃねぇか」
言うなり特大のバールを大きく振りかぶり、思い切り扉にぶつける。何度も。
「何をするの!」
血相を変えたマゴイがもたもた止めに入ろうとする。
その時扉が内側に向かって開いた。
中に入れば、燐光を放つカビがびっしり空間を覆っていた。
ジュードは口元を押さえ、舞う胞子を手で払う。
(このカビ……地上でも見る奴だ。汚染に適応した菌類が繁殖しているということは、この中もすでに……)
進んでほどなく、先が見えないほど広大な地底湖にぶつかる。
リューは暗闇に目を凝らした。
「排水システムに故障が置きたってわけか」
ディーナが眉根を寄せる。
「アクアランクを持って来なきゃ進めないの」
Jはしゃがんで冷たい水に手を浸ける。
「こりゃ……駄目だな。シェルターあったって水没してるだろ」
マゴイが壁に寄りかかりずるずるくずおれて行く。それに気づいたルベーノは、肩を支えてやった。
「……人間が……いなくなってしまった……みんな……」
ボルディアは使えそうな配管を勝手にべきべき引きはがし始める。
Gacruxたちは一様に、同じ角度で首を傾げた。
「人間がいなくなったってことは、その役割を俺たちが引き継ぐってことですかね」×12
それはしていいことなのだろうかとステラは悩む。
(というより可能なのか? クローンはあくまでもクローンであって、本当の人間じゃねえし……)
ディヤーたちはけらけら笑いながら話し合う。
「人間がいなくなること、ワシらに関係あるかの」「さあのう」「ワシはただ真似遊びするだけじゃて」
彼らは言葉ではなく感覚で知っている。クローンにとって「真実の自分」など、存在しないのだということを。
●さよならの後始末
人類滅亡のニュースはまたたくまに世界中を駆け巡った。
クローンたちはこれまでにない事態を前にしてうろたえたが、徐々にインフラが改善されてきたこともあり、ひとまず混乱らしい混乱は起きなかった。
ガバメントでは職員だけでなく部外者も集めての、新社会建設会議が始まっている。
「これまで僕らがずっとインフラを支えてきたんだ。自信を持つべきだよ。ガバメントが動くしかない」
とノゾミ。
「まずは生活領域を再整備することが急務じゃと思うぞ。地下に向けていた送電回路を編成し直さなくては。それと、プラントを動かして人手を増やさねば。人間がおらんで、我々で決めねばの」
とレーヴェ。
「……決めることがあり過ぎる……人間……人間帰ってきて……」
「泣くなマゴイ。もう諦めろ」
とルベーノ。
マゴイはまだ人類喪失の衝撃から立ち直り切れていないらしいと、ジュードは見る。
リューは嘆息して左右を見回した。
「判断をマゴイ1人には任せるのはどうかな。もっと大勢が参加して相談出来るように、ガバメントの形態を変えることを考えるべきじゃないか」
「それならいい案があるよ!」
という声とともに会議室の扉が開いた。
メイムが金髪の優男を引きずりながら入ってくる。
「1人で判断に迷うなら決定権だけ持った職を新しく作ればいい。マリーさんが恋人ごっこしてるこいつにやらせよ。あたしさ、これから社会をどうしたらいいのかあれこれ調べてたんだよ。そしたらエバーグリーンっていう異世界にさ、うちの社会事情にすごくマッチする国があったの突き止めたんだ。ユニオンって言うの♪」
そこでルベーノが眉間を狭める。
「その国については俺も調べたことがある……しかしどうだろうな。俺はあまりいい社会体制とは思えなかったが」
マゴイはちょっと顔を上げ、メイムに聞いた。
「……そこの彼は……普段何の仕事をしているの……?」
「何も。日がな一日縫ぐるみの猫抱いてグダグダしてるだけ」
「……使えない……何一つ使えない……」
「いやいや、ものは考えようだよ。勤労意欲ないけど独占欲も薄い方。だから公平な判断するよきっと」
真は内心楽しんでいた。これから前例のないことばかりが起きるだろうと。隣の席のウーナに聞く。
「きみはクローンの自立に賛成?」
「そうだねー、治安の害にならないなら賛成してもいいかなって感じ」
●クローンは人を模倣する
メイド喫茶の前で、エアルドフリス2体が対峙している。
「このジュードは俺が先に声をかけたんだぞ」
「ハ、無粋だな。俺とも思えん。選ばれる自信がないのかね」
「失敬な。口の減らん男だ」
「大体お前この間、ガバメント職員のジュードを手に入れたじゃないか。このジュードを取るというならあのジュードを俺によこせ」
「ふざけるな」
間にいるメイド姿のジュードは呆れ顔。
「ケンカしないでくれる? とどのつまりどっちもエアさんなんだからさ」
そんな喫茶店の向かいには『九竜麺々』1号店。
カウンターは今日も賑わっている。
「よかったよねーカチャ。あたしたちが出荷した食料に手をつける前に人類滅んでて」
「うーん、喜んでいいんですかねそれ。いえ、処分されずにすんだのはありがたいんですけど」
ラーメンをすするリナリスと恋人カチャ。
詩はレイオス店長と会話をしている。
「レイオスさん、これからどうするの?」
「そうだなあ。こと志とは違ったけど、なし崩しに人権会得出来たわけだから……これから革命の第二段階に移ろうと思う」
「というと?」
「一般クローンによる政治参加要求運動を始めるんだ! オレたちのことはオレ達自身で決めたいからな!」
意気を上げるそこに舞がやってきた。警察手帳を広げ、レイオスに言う。
「すいません、ちょっとお話よろしいですか?」
「あ、なんです?」
「最近この近くに住んでいたカチャの1人が行方不明になっているらしくて。で、聞き込みしているんだけど……どこかで見ていない?」
「ほら、また逃げようとする。駄目じゃないですか」
リオンは手にしたリードを強く引く。
「~~~」
首輪に喉を締めつけられたカチャは、声にならない声を上げ咳き込んだ。
手足につけられている枷の鎖が触れ合いガチャガチャ音を立てる。
怯えた瞳の奥に陶酔が垣間見えているのを、リオンは見逃さない。妖艶かつ歪んだ笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。他にも同じクローンがいるからといって、あなたを壊すようなまねはしませんから」
ああ、誰かを独占するというのは、支配するというのは、なんて楽しいことなのだろう。身のうちが震えるほど甘美な感覚だ。
「さあ、続けましょうか。『私の』カチャさん」
人類滅亡を知ったマルカたちは、これまで自分たちが既成の社会規範に則り漫然と生きてきたことを反省した。そのうちの何人かは新たな道を模索し始めた。
この家政婦マルカもそう。本業のほかに『便利屋』なる副業を始めた。
持ち込まれた最初の依頼は行方不明者の捜索。
副業占い師のハナが依頼主。そして、当座のバディ。助っ人にディーナ。
「ここですか?」
「はい。占いによるとぉ。とにかくカチャさんを早く見つけませんとぉ。私たちの地区のyamazon配送が滞ってしまいますぅ」
「探偵小説みたいでわくわくなのー」
市街の崩れかかった廃棄区画に彼女らは乗り込んでいく。汚染された大気により赤く染まった月の下――。
リナリス・リーカノア(ka5126)は、ママ役のカチャからお尻を叩かれていた。原因は、見事な世界地図を描いたシーツだ。
「だから寝る前にジュース飲んじゃ駄目って言ったじゃないですかっ」
「わーん、ごめんなさいママー! でもカチャがちょっとだけなら大丈夫って言ったんだもん! ママのビールもこっそり飲んでたよ!」
「……カチャ?」
「だ、だってあれ消費期限が間近だったしあいったああ!」
リナリスのチクリにより自分も尻を叩かれるはめになる恋人カチャ。
そこにあくびしながら入ってくる、カチューシャの猫耳と猫尻尾つきの紐パンを身につけたペット役のカチャ。
「おはよー」
「あっカチャー、おなかなでなでさせてー♪」
「もー、カチャもカチャもリナリスも遊んでないで服を着なさい! 仕事に遅れるでしょ!」
「ままー、おっぱーい」
「吸って誤魔化さない!」
擬似家族とのドタバタを経て、リナリスは出勤する――人類用の無汚染穀物を生産する穀物工場の1つへと。
リナリスの仕事は、そこの管理人。
管理人室に来てまず最初に確認するのは、工員の出席記録。
「ハンスさんは今日も来てる。智里さんは……今日も来てないと。早く出勤出来るようになってくれるといいんだけど」
一人ごちていたところ、恋人のカチャが入ってくる――彼女もこの穀物工場で働いているのだ。
「リナリスさん」
「どうしたのカチャ、尋常じゃない量の汗かいてるよ?」
「いえ、半年前から頼んでた汚染計測器のメンテナンスなんですけどね……今日やっと技師のリューさんが来られまして……さっき終わったんですよ……で、改めて土壌計測してみたんですけど……」
カチャが示した計測結果のペーパーを見たリナリスも、ぶわりと汗を吹き出させる。
そこには、人間の許容範囲をはるかに越える汚染値が弾き出されていた。
●インフラ整備局の面々
連日の雨。外に出ているクローンたちは皆その身を、すっぽりレインコートで包んでいる。
「はいよ! どんどん持って来い!」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)はステラ・レッドキャップ(ka5434)たちがリレー方式で運んでくる土のうを積み上げていた。
目の前には連日の雨で膨れ上がった黒い川。橋桁近くまで水位が上がってきている。
ここでくい止めておかなければ、町の低地部分が軒並み浸水してしまう。
「そういやステラ、お前の仲間、東部のダムにいたんだって?」
「あー。何人か流れちまってな」
「そうか。同型が減ると寂しいもんだな」
「まあな。でもオレたちの職務が職務だからしょうがねえ。それより新人が補充されねえことの方が困るぜ」
対岸ではGacrux(ka2726)部隊も、せっせと土のうを積んでいる。
「それいけ」「やれいけ」「えいさ」「ほいさ」
見事に息がぴったりだ。
「そろそろ予備資材が切れるっつぅの。地下やガバメントは何やってんだよ」
毒づきながらトリプルJ(ka6653)は、水道管の破損箇所に補修テープを巻いて行く。本当は全部取り替えるべきなのだと思いながら。
補強が終わったのを見計らい青霧 ノゾミ(ka4377)は、閉めていた元栓を、用心しながら開いていく。
腰に下げている通信機が鳴った。修復作業に勤しむ仲間からの連絡だ。
『すまん、R-12地区の下水管も破裂した。すぐ来てくれ』
Jは忌々しげに雨空を見上げた。完全防水を施した道具箱を手に立ち上がる。
「本格的に壊れちまったら、予備資材だけじゃどうにもならんぜ。一気に町の機能が落ちて、餓死する羽目になるぞ、俺ら」
ノゾミは手にした上下水道マップを見た。どこもここも、要インフラ補修箇所を示すバツ印だらけ。
そこにまた1つ赤鉛筆でバツを加える。今報告のあったR-12地区。
「……ダメだ、これじゃもうすぐ決壊してしまう。補修するにも資材が必要だが、その供給もないだろ?」
「ああ、ねえな。馬鹿にしてやがるぜ全くよお」
「上が当てに出来ないなら――」
●雨降る日の市民たち
レーヴェ・W・マルバス(ka0276)が経営する道具屋。
レインコートと傘が並ぶ店の奥で、エアルドフリス(ka1856)が、青い顔をしているジュード・エアハート(ka0410)の頭を、タオルで拭いてやっていた。
彼いわく、道端で行き倒れていたのを拾ったそう。
「こんな雨の強い日に傘だけで歩いたら気分が悪くなって当たり前だ。普段地下に近いところで仕事をしているというなら、尚更耐性が出来ていないだろうしな――なんなら家まで送って行こうか?」
「え、そんな、悪いですから」
「気にするな」
『ジュード』と見れば口説くのが『エアルドフリス』の習性であるらしい。
(この者たち、大概ペアを組んでおるしな……医者とナースとか、司書と職員とか……)
思いながら店主レーヴェが口を挟む。
「のうジュード。おぬし何をしておったのじゃ? ガバメントでも高い地位におる職員がわざわざこんな日に外回りとは」
「……通電状況とインフラの調査をしてたんです。この1年ずっと、予算執行が出来ていない状態ですから」
「……前から思っておったのじゃが、おぬしらもしかして人間と連絡が取れていないのではないか?」
その質問にジュードは言葉を濁した。
「いえ……それは……」
「人間に何かあったのか?」
そこでエアルドフリスが口を挟む。仮に人間がいなくなったとして、と前置きして。
「実のところ我々に大きな影響があるかね? 生産物を地下に送る必要がなくなる程度だろう」
彼らの話を小耳に挟んだディーナ・フェルミ(ka5843)は今買い込んだレインコートを羽織り、ぱたぱた出て行く。
「んー、それじゃそのうち人類確認のための地下探索とかもあるのかなあ……それならオヤツ買いだめしなきゃなの」
彼女の仕事は、衛生兵兼任のソルジャーだ。
大衆食堂兼酒場。
「お姉ちゃん、腰折れマグロ5皿」
「はーい、分かりましたー」
注文を受け店内を走り回るのはマルカ・アニチキン(ka2542)たち。とにかく数が多い彼女らは接客業界に広く分布し、活躍している。
カウンターの隅で営業をしているのは、占い師星野 ハナ(ka5852)。レイオス・アクアウォーカー(ka1990)たちを前に、タロットカードを広げている。
「――いえ絶滅したかもしれないけどぉ、多分彼らも遺伝子情報残してると思いますからぁ。彼らも完全な絶滅は逃れてる筈ですぅ」
「そうか! つまりチャンスが来たってことだ! ヤツらを助けて恩を売りつける。行くぞオレ達!」
「「おー!」」
レイオスはこぞってラーメン屋を経営している。だがそれは世を忍ぶ仮の姿。実は皆『無血革命によるデザインクローンの人権獲得を目指す連合』の主要構成員だ(ちなみにリーダーは『九竜麺々』1号店のレイオス店長)。
新人新聞記者の天竜寺 詩(ka0396)とスペットが店に入って来た。
「ねぇねぇ、本当は何か知ってるんでしょ?」
「ほんまに知らんがな、俺ペーペーやし」
さらに続けて清掃員のディヤー・A・バトロス(ka5743)、ディヤー・B(以下同文)ディヤー・C(以下同文)が入ってくる。
「「「お、スペット殿がおる! 遊んでくれー」」」
「何やお前ら、くっつくなや重いわ!」
「スペット殿はおごり予算を組んでくれるべきではないかと思うが、Bの意見を求める」「それにはガバメントの許可が要るのではないかということでCに意見を求める」「ガバメントは許可を人間に求めなければならないがマゴイ殿が何度会いに行っても丸1年反応無しのつぶてじゃそうでAに意見を求める」「人間は実はもうおらんようになっとるのではとゆー……」
「やめんか! こんな所でおガバごとすんなや!」
「なんだか水の出が悪いですねー」
シャワーを浴びたGacruxはタオルで頭を拭きながら、休憩室に戻る。そこには残り11人の彼がいた。
せんべいの盛られた大皿を前に仲良く談話。
「最近、新しいクローンが作られていませんよね」
「新入りはまだですか」
「指令が無いらしいですよ」
「困りますね。災害は増える一方なのに」
「もうつまむ物がありませんよ」
「買いに行きますか」
仲良くダースセットになって食料品店に向かうGacrux。
するとそこではディーナが、山積みにしたお菓子を食べているところであった。
店員のマルカが目を白黒させている。
「お客様、せめて食べるならお持ち帰りになってから……」
「砂糖は脳の大事な栄養素なの考えるのには甘味大事なの~」
●歌姫の憂鬱
録音室の中で、歌手のアリア・セリウス(ka6424)はギターの言をつま弾き歌っていた。
「たとえ私が消え去るときが来ても、大丈夫、この想いは消えずに継がれて――」
不意に口を閉じギターを置く。落ちつかなげに録音室を歩き回る。
『受け継ぐ』と言うテーマを元に歌を作ろうとしているがうまくいかない。それらしきことを口ずさんでみても感じるのは違和感だけ。
自分たちは誰から何を引き継ぐというのだろう。誰に何を引き継がせるのというだろう。
一般知識はプラントで生を受けた時点で既に備わっている。目覚めてすぐ社会生活を営めるように。
だがそれ以外の記憶は完全な空白だ。加えて新しい世代はこの1年、ひとりも生まれていない。
……正体の分からない苛立ちがアリアの心をかき乱す。彼女はピアノに向かい、がむしゃらに鍵盤を叩く。
●カウントダウン
「何故地下との通信モニタが切れているんだ? 納得が行く説明を求める」
「……この写真はどうやって撮ってきたんです? AAクラス以下の職員がC-6階層以下に足を踏み入れるのは法律違反です。あなたは処罰対象となりますよ」
「へえ、そうだったかな。じゃあ好きにしたらいいさ」
と言って鞍馬 真(ka5819)は手を挙げる。
彼と相対していたジュードは嘆息と一緒に肩の力を抜く。彼が持ち込んできた写真を手持ちのファイルケースにしまう。
「分かりました。この件についての回答は、明後日までに必ず行います」
「……妙に物分かりがいいな」
肩透かしを食らった顔をする彼にジュードは、苦笑を浮かべる。
「あなただけではないんですよ、この事態の説明を求めている職員は」
「その通り」
と言う声が背後から聞こえた。
振り向いてみればそこにメイム(ka2290)がいた。
「あたしの他にも何人かいるよ。この問題を気にしてる人。市民から情報開示請求のメールも寄せられてるし」
リナリスは土壌汚染について取りまとめた資料と報告書を携え、マゴイに面会していた。
「……というわけで人間向け食料生産工場の7割が当プラント同様、土壌汚染されていました……誠に申し訳ありませんっ! その……電力不足のため各機械のメンテナンスがどうしても追いつきませんでして……」
汚染されていたのが自分のところだけでなくて本当によかったと彼女は思っていた。
もし自分のところだけがそうなら、確実に処分対象となるからだ。最悪廃棄されるかもしれない。人類を危機に陥れたかどで。
しかしほとんど全部が同じことをしていたとなれば、おのずと責任も分散される。
(まさか工場関係者を全員取り除くわけにはいかないもんね。新しいクローンも作れないみたいだし。とにかく今の生活を失うのだけは避けなきゃ!)
そんな胸算用をはじく彼女を前にマゴイは、半ば放心していた。
「……半年前から……食料汚染が……?」
その時期から汚染食料が内部に搬入されていたとなれば、人類が気づかないわけがない。
なのに今に至るまでただの一言もないとするなら、それは――。
●雨の止んだ後で
だらだら降り続いていた雨がようやく止んだ。
インフラ整備局の働きにより、町を流れる川の堤防は決壊を免れた。
しかし、引き続き警戒しなければいけないことに変わりはない。出来ているのは応急処置だけなのだ。
「というわけで、ガバメントに突撃取材をしようかと」
「そう。いいんじゃない? うちも予算が回ってこなくて気にはなってたしね」
婦人警官の天竜寺 舞(ka0377)は、今さっき知り合ったばかりの詩とガバメントに向かっていた。
パトロール中急に呼び止められ取材協力を求められたのだ。断ってもいいのだがそうしなかったのは、何だか他人の気がしなかったから。実際顔がとてもよく似ている。同型というわけでもないのに。
しかしガバメントについてみれば、早くも騒ぎが起きていた。
保安官のウーナ(ka1439)率いる一団と整備局のJ率いる一団がロビー内で、警備員たちと押し問答している。
ウーナは本来こういった騒ぎを押さえるほうの立場にあるのだが、ガバメントの決済遅延による業務停滞が我慢ならないところまできているとあっては、そうそう職務に忠実でもいられない。
「資材が足りねぇってんだろ! 直せっていうなら予算と資材寄こせや! 本格的に壊れたら直しようがねえ! もう備品も亡くなる! 今しかねぇんだよ! ガバメントは、俺らを殺す気かぁ!?」
「留置場だって有限だし、さっさと処分決めて……人類と連絡がつかないってなに? サボりの言い訳?」
「通せよ! 話してぇんだよ! 1年間も予算が降りねえっておかしいだろどう考えても! 責任者出せ責任者!」
Gacruxの集団も現れた。
「「「すいませーん、夜勤手当の申請書はどこですかー。12枚いるんですがー」」」
騒然としているのを幸いに詩は、こっそりガバメント内部に侵入しようとした。
生活課の窓口で受付をしていたマルカがそれを見とがめ、注意する。
「あ、駄目ですよ。こちらから先は職員以外立ち入り禁止です」
舞はその前に立ち警察手帳を開き、はったりをかます。
「マゴイ女史に何か起こったかもしれませんので捜査します。例えガバメントといえど邪魔すると公務執行妨害で逮捕しますよ」
「え、ええ!? た、逮捕?」
職員マルカがたじろいだ隙に詩の背を押す。「後は上手くやんな」と声をかけて。
丁度陳情に来ていたレーヴェと機械技師のリュー・グランフェスト(ka2419)はその様子を目に留め、こっそり自分たちも後を追った。
詳しい事情を知りたい気持ちは、彼らも同じだったのだ。
●認めなくてはならない
地下奥深く。人類とクローンを結び隔てる扉がある場所。
「……あなた、何故ここに……ここはAAランク以下の職員は入ってはいけない決まり……」
ルベーノ・バルバライン(ka6752)はマゴイの咎め立てを聞き流し、手にしていた書類の束を丸めて渡す。
「先日お前を尾行した。よって、大体のことは分かっている。地下探索と食糧増産を含めた地上部復興計画を奏上するぞ、マゴイ」
マゴイは目を見開き渡された書類を取り落とす。
ルベーノはしゃがんでそれを拾い集め、再度彼女に渡した。
「非常時に人類がシェルターに籠ったなら、基本的な民間シェルターの隔離期間は1年だ……今動かねば、我々は人類を失うぞ?」
「……扉を開けることは出来ないわ……」
「何故だ」
「……通電していない状態で扉を開けては、こちら側の汚染を人間の清浄な空間に持ち込んでしまう……人間を害してしまう……」
人間に忠実であろうとするあまり自縄自縛に陥っている。そう察したルベーノは更なる説得をしようと口を開きかけた。
そこに足音。
長い廊下の暗がりから顔を出したのは、ジュードと、メイムだ。
「……マゴイさん、ルベーノさんが言うとおり行動を開始すべきです。法はもちろん大事です。けれども現実問題としてこのままの状態を続けて行くことは不可能なんです。インラは崩壊寸前だし電力も足りてませんし」
「現段階で詳細な確認は不可能だよ。手遅れになる前にクローンで自立できる様に立て直そう」
「……そんなことは人間から許可されない……」
「……いや、その人間がいなくなっているかもだからどうしようかっていう話なんだけど」
そこに慌ただしい足音。詩、リュー、レーヴェだ。
詩は早速マゴイのもとへ走りつき、話術を駆使して話しかける。
「マゴイさん、本当に1年前から連絡が絶たれているならきちんとした形で発表すべきだよ。このままじゃ皆が不安になるだけだ」
レーヴェは巨大な扉を見上げながら言った。
「地下に籠るには莫大なエネルギーが必要。それが地下から断たれている。その状態で1年だ。確認できる手段はないが事実上、人間は全滅した。そういう事だろう。ならば、地下世界の維持に使われていたリソースを地上で使ってもいいのではないか?」
マゴイは何度も首を振った。
「……地上で作られている電力は、第一義的に人類の生活を維持するためのもの……それを私たちが勝手に流用することは……混乱を招く……」
再び詩が口を開く。
「もう既に混乱は起きてるんだよ、マゴイ。特にインフラ関係。このままじゃ地上はクローンさえも住めない場所になっちゃうよ」
続けてリューが言う。
「人類があって成り立ってるってのはわかる。でも、事態が変わったなら対応するべきだろ。だって、俺たちはまだここに生きてるんだ」
沈黙。
長い長い間を空けた後マゴイが、精一杯の譲歩を口にした。
「……会計枠外の臨時特別予算を組みましょう……それと……人類と連絡が取れなくなっていることを公式に通達……詳細はまだ不明ということで……」
詩はいち早く場を離れる。
ロビーに戻りその場にいた人々に、今聞いたことを洗いざらい話した。
ウーナは目を丸くする。
「人類が……いない?……それじゃ……仕方ないね。かえろっか」
舞もまた署に戻って行く。これから起きるかもしれないパニックに備えた体制作りを上申すべく。
●コピー・ラブ
郊外の集合住宅。
ハンス・ラインフェルト(ka6750)が帰ってきた物音を耳にした穂積 智里(ka6819)は軽く足を引きずりながら玄関に向かった。
「マウジー、わざわざ起きてこなくても」
「大丈夫ですよ、大分よくなりましたから。この前の診察のときお医者のエアルドフリスさん、回復は順調ですよって言ってくれましたし」
彼と彼女は同じ工場に勤めるワーカーである。
もともと付き合っていたが、とある事故に巻き込まれた智里がしばらく休業せざるを得なくなったのを機に同棲を始めた次第。
自由に動き回れない身の上の智里は現在日がな一日、ネットサーフィンばかりしている。見るのはアリアのPV、動画、そしてニュースサイト。
「ハンスさん……あの噂、聞いてますか?」
「ああ、聞いていますよ。人類が滅亡したかもしれない、でしたか?」
「本当だったら……私達、どうしたらいいんでしょう」
見上げてくる瞳が宿す不安を、ハンスは優しくいなす。
「マウジーは怪我人なんですよ? そんなことより、しっかり休養して怪我を治す方が大事でしょう?」
「だって……ネットくらいしか、今できることないですから」
音楽スタジオ職員エルバッハ・リオン(ka2434)はラッピングされた菓子を両手一杯に抱え、控え室に入った。
「お疲れさまですアリアさん。ファンの方から差し入れですよ」
アリアは腑抜けた声で返事してきた。
「――ありがとう、そこに置いといて」
ここのところずっとスタジオに泊まり込みをしているので疲れているのだろう、とリオンは見る。
テレビがつきっぱなしだ。ニュースキャスターのハナが喋っている。
『先程、緊急臨時特別予算が満場一致で承認されました。なお人類の動向についてガバメント広報は、現在調査中なので、結果が出るまで詳しいコメントは差し控えるとの見解を発表しています。』
リオンは扉を閉め出て行く。
彼女は思った。もし本当に人類がいなくなったならば、私たちはもう彼らのために働く必要はない。彼らが課した規範に従う必要はない。これからは自分のやりたいことをやっていいのだ、と。
「前からカチャさんを私の物にしたかったんですよね」
呟くそこに、明るい声。
「あ、リオンさん。ちょうどよかった。今新しくお花が届いたんですよ。アリアさんにお渡ししていただけますか?」
運送配達員の制服を着たカチャが花束を抱え歩いてくる。
リオンはそれを受け取り、微笑んだ。
「カチャさん、この後予定がなければ、一緒にご飯を食べませんか」
「あ、いいですよー。一緒に食べましょ」
「……ひゃっ? ハンスさ……」
ハンスは腕の中に閉じ込めた智里の柔肌に、キスマークをつけていく。耳たぶ、首、肩。鎖骨を甘噛み。体をまさぐる手。
「私のマウジーは、私のことだけ考えていればいいんです……全部忘れさせてあげますよ…」
強くなっていく愛撫。
智里はのしかかってくる重みを夢見心地に受け入れた。体の奥深くにまで。
「ん……私が、ハンスさんだけ見てられるように……あ……」
アリアはテレビに向かって、答えのない問いかけをする。
「クローンには子供が出来ない……それは損失なのかしら? 私たちには分からない。子供を産むのはどんな気持ちのもの? 子供として産まれてくるのはどんな気持ち? 私たちには分からない――」
●そして誰もいなくなっていた
人類安否確認の地下探索をするため、ガバメント職員、並びに多数の土木関係、技術関係者が各方面から呼び集められていた。
しかし工事は一向にはかどっていなかった。
マゴイがこの段に至っても、クローンとして与えられた決まりを破ることを躊躇していたのだ。
「……この場合人間から……救援の連絡が来るのを待つのが正解……デザインクローン法によれば私たちは自主的な行動を謹むべきであるけど……」
腕組みし壁に寄りかかるステラは、呆れ顔で言った。
「そういうことを考える段階じゃねえんじゃねえの?」
その横からメイムが執り成した。
「まー、もうちょっと待ったげてよ。理論武装してからでないと動けない人なんだよ、マゴイは」
ディーナ、ディヤーABC、並びにGacruxたちは暇なのでおやつをつまみ、どこからか持ち込んだ人生ゲームをやり始める。
「あ、私ソルジャーとして2階級特進したのー」
「俺たちはマンション購入しましたよ」×12
「「「うぬぬ、何故ワシらいつまでたってもアパート住まいの清掃職員なのじゃ!」」」
レイオスたちは勝手にカメラを回し、地上への中継を始める。
「ラーメン九龍麺麺の出前千件記念の特別サービス。革命軍『ラーメン九龍麺麺』による無血革命をお届けにまいりました!」
そこでボルディアが動いた。
彼女は難しいことを一切考えない性格だ。
「つーかよぉ、そんな気になるならこの扉ブチ破ればいいじゃねぇか」
言うなり特大のバールを大きく振りかぶり、思い切り扉にぶつける。何度も。
「何をするの!」
血相を変えたマゴイがもたもた止めに入ろうとする。
その時扉が内側に向かって開いた。
中に入れば、燐光を放つカビがびっしり空間を覆っていた。
ジュードは口元を押さえ、舞う胞子を手で払う。
(このカビ……地上でも見る奴だ。汚染に適応した菌類が繁殖しているということは、この中もすでに……)
進んでほどなく、先が見えないほど広大な地底湖にぶつかる。
リューは暗闇に目を凝らした。
「排水システムに故障が置きたってわけか」
ディーナが眉根を寄せる。
「アクアランクを持って来なきゃ進めないの」
Jはしゃがんで冷たい水に手を浸ける。
「こりゃ……駄目だな。シェルターあったって水没してるだろ」
マゴイが壁に寄りかかりずるずるくずおれて行く。それに気づいたルベーノは、肩を支えてやった。
「……人間が……いなくなってしまった……みんな……」
ボルディアは使えそうな配管を勝手にべきべき引きはがし始める。
Gacruxたちは一様に、同じ角度で首を傾げた。
「人間がいなくなったってことは、その役割を俺たちが引き継ぐってことですかね」×12
それはしていいことなのだろうかとステラは悩む。
(というより可能なのか? クローンはあくまでもクローンであって、本当の人間じゃねえし……)
ディヤーたちはけらけら笑いながら話し合う。
「人間がいなくなること、ワシらに関係あるかの」「さあのう」「ワシはただ真似遊びするだけじゃて」
彼らは言葉ではなく感覚で知っている。クローンにとって「真実の自分」など、存在しないのだということを。
●さよならの後始末
人類滅亡のニュースはまたたくまに世界中を駆け巡った。
クローンたちはこれまでにない事態を前にしてうろたえたが、徐々にインフラが改善されてきたこともあり、ひとまず混乱らしい混乱は起きなかった。
ガバメントでは職員だけでなく部外者も集めての、新社会建設会議が始まっている。
「これまで僕らがずっとインフラを支えてきたんだ。自信を持つべきだよ。ガバメントが動くしかない」
とノゾミ。
「まずは生活領域を再整備することが急務じゃと思うぞ。地下に向けていた送電回路を編成し直さなくては。それと、プラントを動かして人手を増やさねば。人間がおらんで、我々で決めねばの」
とレーヴェ。
「……決めることがあり過ぎる……人間……人間帰ってきて……」
「泣くなマゴイ。もう諦めろ」
とルベーノ。
マゴイはまだ人類喪失の衝撃から立ち直り切れていないらしいと、ジュードは見る。
リューは嘆息して左右を見回した。
「判断をマゴイ1人には任せるのはどうかな。もっと大勢が参加して相談出来るように、ガバメントの形態を変えることを考えるべきじゃないか」
「それならいい案があるよ!」
という声とともに会議室の扉が開いた。
メイムが金髪の優男を引きずりながら入ってくる。
「1人で判断に迷うなら決定権だけ持った職を新しく作ればいい。マリーさんが恋人ごっこしてるこいつにやらせよ。あたしさ、これから社会をどうしたらいいのかあれこれ調べてたんだよ。そしたらエバーグリーンっていう異世界にさ、うちの社会事情にすごくマッチする国があったの突き止めたんだ。ユニオンって言うの♪」
そこでルベーノが眉間を狭める。
「その国については俺も調べたことがある……しかしどうだろうな。俺はあまりいい社会体制とは思えなかったが」
マゴイはちょっと顔を上げ、メイムに聞いた。
「……そこの彼は……普段何の仕事をしているの……?」
「何も。日がな一日縫ぐるみの猫抱いてグダグダしてるだけ」
「……使えない……何一つ使えない……」
「いやいや、ものは考えようだよ。勤労意欲ないけど独占欲も薄い方。だから公平な判断するよきっと」
真は内心楽しんでいた。これから前例のないことばかりが起きるだろうと。隣の席のウーナに聞く。
「きみはクローンの自立に賛成?」
「そうだねー、治安の害にならないなら賛成してもいいかなって感じ」
●クローンは人を模倣する
メイド喫茶の前で、エアルドフリス2体が対峙している。
「このジュードは俺が先に声をかけたんだぞ」
「ハ、無粋だな。俺とも思えん。選ばれる自信がないのかね」
「失敬な。口の減らん男だ」
「大体お前この間、ガバメント職員のジュードを手に入れたじゃないか。このジュードを取るというならあのジュードを俺によこせ」
「ふざけるな」
間にいるメイド姿のジュードは呆れ顔。
「ケンカしないでくれる? とどのつまりどっちもエアさんなんだからさ」
そんな喫茶店の向かいには『九竜麺々』1号店。
カウンターは今日も賑わっている。
「よかったよねーカチャ。あたしたちが出荷した食料に手をつける前に人類滅んでて」
「うーん、喜んでいいんですかねそれ。いえ、処分されずにすんだのはありがたいんですけど」
ラーメンをすするリナリスと恋人カチャ。
詩はレイオス店長と会話をしている。
「レイオスさん、これからどうするの?」
「そうだなあ。こと志とは違ったけど、なし崩しに人権会得出来たわけだから……これから革命の第二段階に移ろうと思う」
「というと?」
「一般クローンによる政治参加要求運動を始めるんだ! オレたちのことはオレ達自身で決めたいからな!」
意気を上げるそこに舞がやってきた。警察手帳を広げ、レイオスに言う。
「すいません、ちょっとお話よろしいですか?」
「あ、なんです?」
「最近この近くに住んでいたカチャの1人が行方不明になっているらしくて。で、聞き込みしているんだけど……どこかで見ていない?」
「ほら、また逃げようとする。駄目じゃないですか」
リオンは手にしたリードを強く引く。
「~~~」
首輪に喉を締めつけられたカチャは、声にならない声を上げ咳き込んだ。
手足につけられている枷の鎖が触れ合いガチャガチャ音を立てる。
怯えた瞳の奥に陶酔が垣間見えているのを、リオンは見逃さない。妖艶かつ歪んだ笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。他にも同じクローンがいるからといって、あなたを壊すようなまねはしませんから」
ああ、誰かを独占するというのは、支配するというのは、なんて楽しいことなのだろう。身のうちが震えるほど甘美な感覚だ。
「さあ、続けましょうか。『私の』カチャさん」
人類滅亡を知ったマルカたちは、これまで自分たちが既成の社会規範に則り漫然と生きてきたことを反省した。そのうちの何人かは新たな道を模索し始めた。
この家政婦マルカもそう。本業のほかに『便利屋』なる副業を始めた。
持ち込まれた最初の依頼は行方不明者の捜索。
副業占い師のハナが依頼主。そして、当座のバディ。助っ人にディーナ。
「ここですか?」
「はい。占いによるとぉ。とにかくカチャさんを早く見つけませんとぉ。私たちの地区のyamazon配送が滞ってしまいますぅ」
「探偵小説みたいでわくわくなのー」
市街の崩れかかった廃棄区画に彼女らは乗り込んでいく。汚染された大気により赤く染まった月の下――。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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面白かった! | 26人 |
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【相談卓】 メイム(ka2290) エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2018/04/08 10:16:30 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/04/08 00:19:34 |