ゲスト
(ka0000)
或る少女と歯車の思い出―贈物―
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/04/01 22:00
- 完成日
- 2018/04/09 23:41
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
街を見下ろす屋根の上に小さな人形が腰掛けている。
面差しの整った人形は、しかし、その所々がひび割れていて、補修された白い跡が白磁に痛々しく浮かび上がっている。
人形の唇から、嗄れた男の声が零れた。
「……皆と頑張って人形を直しました。
そして、無くしていた腕を見付けた可愛らしい少年は、きっと微笑みかけてくれるでしょう。
ところが、朝になってみると、人形は勝手に動き出して悪戯をするのです。
魔法使いから授かった不思議な力で、少女は人形の悪戯から友達みんなを守ったのです」
人形の手の中に、その小さな手よりも二周りほど大きな手をした別の人形の腕が有る。
腕は灰にくすんで、所々が濁った黒に染まっている。
手首と肘に関節を作って紐で繋いだその人形の腕には、所々不自然に穴が開いており、その幾つかには針金が突き出していたり、歯車が引っ掛かっていたりする。
人形は暫く弄んだ腕に赤いリボンを掛けて、ある家の、倉庫の前に投げ落とした。
芝生のクッションに受け留められた腕。動かぬはずのその指がぱたり、ぱたりと草を撫でた。
メグ、こと、マーガレット・ミケーリは母に頼まれたお使いの帰り、シチューのための玉葱を抱えて夕暮れの道を急いでいた。
いつも賑やかな商店街が、今日はどことなく静かで物寂しくて、余所余所しい。
胸騒ぎに、早く帰ろうと掛け出す足がふと止まる。
そこに人形が佇んでいた。
白磁の人形だった。
華やかなドレスを着て、柔らかな金の髪を肩から垂らして。
メグを見上げた顔が背筋の凍るくらいに美しく、その微笑みに魅入られた足が竦んだ。
何かに動かされる様子も無く、滑らかな動きで人形はドレスを摘まんで腰を屈める辞儀をする。
人形は可憐な少女の声色でメグに話し掛けた。
「こんにちは、あなたに素敵な贈り物を……」
「――ひっ、しゃ、しゃべっ…………」
蹈鞴を踏んで踵を返し、脚を絡ませ、躓いて転びそうになりながら、ばたばたと足音を煩く逃げ出すメグの背中を押すように、ぽん、ぽん、と何かが触れる。
速く走れ、逃げろと急かす様な緑に強く明滅する精霊の動き。
メグと精霊が走り去った商店街、雑踏に紛れた人形は、その姿を消して再び屋根の上へ。
むっつりと顔を顰めて、去っていった少女の背中とその背に貼り付く精霊を睨んだ。
虚ろに透き通る硝子玉の瞳の奥、憎悪が淀み炎の様に揺らめいていた。
●
朝、ジャン・ジェポッテの娘が洗濯物を干そうと籠を抱えて庭に出た。
ジャンが古い友人達と作っている人形。
若い頃に凍結させた、騎士風にお辞儀をする少年の人形作りの再開だといって、仲間で分けて保管していた人形の部品は、右腕と右腕に付属する歯車を残して、全て揃っている。
先日孫達と作った仮の剣と右腕を得て、人形は不安定ながらも自立し、作業場に改装された倉庫のテーブルに佇んでいる。
近く、腕は残っている左を参考に焼き上げた物を作り直し、剣も鋳物をしている方に頼むと聞いてはいるが、暫く、右腕に必要な部品が揃うまでは、あのまま飾られることだろう。
「いい加減、倉庫を元に戻して欲しいのだけどね」
晴れ渡る空にシーツを干して。さあ、今日も一日頑張りましょう。
洗濯物を干し終えた娘が、足元に目を遣ると、そこには黒い腕が落ちていた。
「……あら、これ、お父さん達の?」
汚れているのだろうか黒ずんでいて、忌避感さえ感じるが、それは人形の右腕だった。
今になって出てきたのかしら。
娘は拾い上げたそれを、倉庫の中、人形の隣へ置いておくことにした。
倉庫の戸が閉ざされると、手は動き出し、孫達の作った腕を掴んで引き剥がす。そして、球体関節の肩を人号の胴体の受け部分へ継ぎ合わせた。
老人達とハンター達の声が聞こえる。
鼻の頭と額と頬、手の縁に絆創膏を貼ったメグの声もその中に混ざっていた。
昨日、人形のお化けを見たんですよ、逃げていたら転んじゃって。
おっちょこちょいだと笑う老人達に、メグは頬を膨らませる。
さあ、今日は何から始めようか、右腕の設計図はもう一度、可愛い緑の目も、金色の髪も必要だ。歯車が剥き出しの身体も可哀想だ。
言い合いながら倉庫の扉に手を掛ける。
黒い右腕で2本の剣を掴んだ人形が、赤いマントを翻し、先頭にいたジャンの顔に迫ってきた。
街を見下ろす屋根の上に小さな人形が腰掛けている。
面差しの整った人形は、しかし、その所々がひび割れていて、補修された白い跡が白磁に痛々しく浮かび上がっている。
人形の唇から、嗄れた男の声が零れた。
「……皆と頑張って人形を直しました。
そして、無くしていた腕を見付けた可愛らしい少年は、きっと微笑みかけてくれるでしょう。
ところが、朝になってみると、人形は勝手に動き出して悪戯をするのです。
魔法使いから授かった不思議な力で、少女は人形の悪戯から友達みんなを守ったのです」
人形の手の中に、その小さな手よりも二周りほど大きな手をした別の人形の腕が有る。
腕は灰にくすんで、所々が濁った黒に染まっている。
手首と肘に関節を作って紐で繋いだその人形の腕には、所々不自然に穴が開いており、その幾つかには針金が突き出していたり、歯車が引っ掛かっていたりする。
人形は暫く弄んだ腕に赤いリボンを掛けて、ある家の、倉庫の前に投げ落とした。
芝生のクッションに受け留められた腕。動かぬはずのその指がぱたり、ぱたりと草を撫でた。
メグ、こと、マーガレット・ミケーリは母に頼まれたお使いの帰り、シチューのための玉葱を抱えて夕暮れの道を急いでいた。
いつも賑やかな商店街が、今日はどことなく静かで物寂しくて、余所余所しい。
胸騒ぎに、早く帰ろうと掛け出す足がふと止まる。
そこに人形が佇んでいた。
白磁の人形だった。
華やかなドレスを着て、柔らかな金の髪を肩から垂らして。
メグを見上げた顔が背筋の凍るくらいに美しく、その微笑みに魅入られた足が竦んだ。
何かに動かされる様子も無く、滑らかな動きで人形はドレスを摘まんで腰を屈める辞儀をする。
人形は可憐な少女の声色でメグに話し掛けた。
「こんにちは、あなたに素敵な贈り物を……」
「――ひっ、しゃ、しゃべっ…………」
蹈鞴を踏んで踵を返し、脚を絡ませ、躓いて転びそうになりながら、ばたばたと足音を煩く逃げ出すメグの背中を押すように、ぽん、ぽん、と何かが触れる。
速く走れ、逃げろと急かす様な緑に強く明滅する精霊の動き。
メグと精霊が走り去った商店街、雑踏に紛れた人形は、その姿を消して再び屋根の上へ。
むっつりと顔を顰めて、去っていった少女の背中とその背に貼り付く精霊を睨んだ。
虚ろに透き通る硝子玉の瞳の奥、憎悪が淀み炎の様に揺らめいていた。
●
朝、ジャン・ジェポッテの娘が洗濯物を干そうと籠を抱えて庭に出た。
ジャンが古い友人達と作っている人形。
若い頃に凍結させた、騎士風にお辞儀をする少年の人形作りの再開だといって、仲間で分けて保管していた人形の部品は、右腕と右腕に付属する歯車を残して、全て揃っている。
先日孫達と作った仮の剣と右腕を得て、人形は不安定ながらも自立し、作業場に改装された倉庫のテーブルに佇んでいる。
近く、腕は残っている左を参考に焼き上げた物を作り直し、剣も鋳物をしている方に頼むと聞いてはいるが、暫く、右腕に必要な部品が揃うまでは、あのまま飾られることだろう。
「いい加減、倉庫を元に戻して欲しいのだけどね」
晴れ渡る空にシーツを干して。さあ、今日も一日頑張りましょう。
洗濯物を干し終えた娘が、足元に目を遣ると、そこには黒い腕が落ちていた。
「……あら、これ、お父さん達の?」
汚れているのだろうか黒ずんでいて、忌避感さえ感じるが、それは人形の右腕だった。
今になって出てきたのかしら。
娘は拾い上げたそれを、倉庫の中、人形の隣へ置いておくことにした。
倉庫の戸が閉ざされると、手は動き出し、孫達の作った腕を掴んで引き剥がす。そして、球体関節の肩を人号の胴体の受け部分へ継ぎ合わせた。
老人達とハンター達の声が聞こえる。
鼻の頭と額と頬、手の縁に絆創膏を貼ったメグの声もその中に混ざっていた。
昨日、人形のお化けを見たんですよ、逃げていたら転んじゃって。
おっちょこちょいだと笑う老人達に、メグは頬を膨らませる。
さあ、今日は何から始めようか、右腕の設計図はもう一度、可愛い緑の目も、金色の髪も必要だ。歯車が剥き出しの身体も可哀想だ。
言い合いながら倉庫の扉に手を掛ける。
黒い右腕で2本の剣を掴んだ人形が、赤いマントを翻し、先頭にいたジャンの顔に迫ってきた。
リプレイ本文
●
老人達の闊達とした声を聞きながら、今日初めて人形作りに参加するフェリア(ka2870)はレイア・アローネ(ka4082)にこれまでのあらましを尋ねた。
怪我の癒えた身体を伸ばしながら、レイアは彼等を眺めた。
子ども達の面倒を見ていたのは大変だったぞと思い出して、くっと笑う。
動く人形を作っている。彼等と、彼等の孫達も手伝って。今日はその続きだ。
今は倉庫が作業場になっていて、と、この間までの経緯を語るレイアの朗々とした声がふつりと途切れた。
玲瓏(ka7114)の黒い双眸が扉を見詰めた。得物の柄へ手が伸びる。
ジャンの手が無造作に掛かり、その扉を開けた瞬間、マリィア・バルデス(ka5848)が前に飛び出してくる。
「下がって!」
倉庫へ向けた銃身が受け留めた軽い感触は、掌よりも小さな木の剣のそれ。
かん、と軽く乾いた音を立てて襲撃者は飛び退いた。
「え? 何?」
鳳凰院瑠美(ka4534)が戸惑い、それを見る。
「何が起こってるの?」
ハンター達の前に現れたのは、先日まで組立に勤しんでいた絡繰り人形。
白磁の滑らかな身体に真鍮の歯車をあしらった小柄なそれは、右腕だけが黒く靄を纏って、手作りの木の剣を握っている。
「ジェポッテさんを、……皆さんをお願いします」
飛び出したマキナ・バベッジ(ka4302)はマリィアを振り返り、呆然と佇むジャンを示した。
「ジャンさん達の事は任せるね!」
鳳凰院も同様にその場から離れるように飛び跳ねた人形を追う。
人形の動きに我に返ったジャンも、追いかけようと腕を伸ばす。それをマリィアが制し、メグはあたふたと友人達を宥める言葉を掛けて回る。
「この子は絶対に守りきると約束します……っ。だから、ご自身とご家族の安全を優先してください」
マキナがジャンを振り返って抑えた声で告げた。
想いに引き寄せられるかのように現れる歪虚。赤い瞳が人形を見据える。その歪な黒い右腕を。
いやな予感は当たるものだと唇を引き結んで。
「あの人形は無事に取り戻したいのだ」
万全の身体でマテリアルを巡らせて、レイアはフェリアに、頼む、と。それだけを言う。
人形の話しは途中で途切れてしまったが、彼女には十分伝わるはずだ。
レイアのマテリアルはその全身を包み、炎の燃え上がるように揺らめく幻影となり、逃走を図り始めた人形を引き留める。誘引を振り切るような動きで人形の右腕は連なる身体を振り回した。
「逃がさない所から、ですね」
フェリアの長い銀色の髪が淡い光を纏い揺蕩う。銀の翼の幻影が一対背に輝き、羽撃くように揺らいだ。
マテリアルを込めて浮かせる盾へ足を掛け、浮き上がり、そして空へ。
見下ろせば人形の歯車は、今の動きで幾つか零れて芝生の上に散らかっている。
大きな動きは取らせたくない、捕獲するためには動きを捉え、抑え込んで。
盾を傾けて庭全体を視界に入れる。俯瞰するように仲間の動きを見る。
「――させないんだからっ!」
大切な人形だ。壊すことも、逃がすことも。
鳳凰院は人形を捉えようと走りながらナイフを構える。
その青い瞳が芝の影の歯車を捉え、罅の入った胴体を見た。
扱いやすく作られた剣、その刃では腕の他も砕きかねない。
柄を握り締めて鞘へ収め、クローブの甲を、ぽふ、と叩く。気の抜けるような柔らかな音。
掌側に付けられた肉球の装飾も程よい弾力があり、人形を受け留めるクッションには十分そうだ。
これでいい。顎を引き、人形を見据え。再度脚にマテリアルを込めて地面を蹴る。得物を持たず身一つで人形を追った。
左手。浮かび上がる歯車仕掛けの時計の幻影が時を刻む。
得物を握る手に込めるマテリアルと呼応するように、その時計は静かに針を動かしていく。
マキナの撓らせた魔導機械。放たれたワイヤーは先端の錘を人形の足元へ、直進を妨げるように左右へ振れて背後から追い立てる。
人形の動きは読めないが、右腕だけは常に胴体の影に隠している。
誘い出すように右腕を狙ってワイヤーを伸ばす。
錘は触れる前に落ちたにも関わらず、人形は体ごと丸めるように腕を抱え込んでその攻撃から逃れた。
「守ろうと、している様です……」
人形が右腕を。
恐らくその右腕が、他の部位を操作して。
●
「生きてさえいれば、記憶のままに何度でも夢を追うことができるわ」
ジャンと仲間の老人達。
玲瓏とメグが避難を促している。様子を覗う家族や仲間を気に掛けながら、人形を見詰めているジャンに。銃を人形へ構えるままにマリィアが言った。
冷静な声。ジャンはゆっくりと深く頷いた。
「お人形は任せましょう。メグ様、皆様を屋内へ避難しましょう」
避難した方が仲間は人形に集中出来る。こちらの動きも、フェリアからは見えているはずだ。
玲瓏は上へ合図を送りながら、老人達に伏せる様促して人形の進路が完全に庭へ向いたタイミングでジャンの家へと進ませる。
片側を警戒しながら続いたメグが最後に家に入り、ドアを締めると全員の避難完了を玲瓏と確認した。
「では、皆様、声を掛けるまで外には出ないようお願いしますね。ハンターたちはお化け退治のプロですから」
だから任せて下さい。安心させるように玄関で座り込む老人達に告げて、玲瓏は外の様子を覗う。
掠める程度で留まる攻撃に、本来の力で攻撃出来ない動きづらさが見えた。
止められれば、或いは、と玲瓏はドアに手を掛ける。
玲瓏を呼び止めた小さな孫の不安げな声。大丈夫と自分にも言い聞かせるようにメグが応じた。
淡い緑の光を纏い、玲瓏にマテリアルの鎧を纏わせる。
これくらいしか出来ないから、子ども達が安心出来るように、玲瓏さんの言葉を伝えておきます。
人形は庭を横切って、低い生け垣を目指している。
そこを越える程度は跳べるのだろう。人形の眼前に壁が一つせり上がる。
小さな剣で突いても崩れる気配も無いそれを回り込み人形は再び庭を走る。
銀の髪を靡かせてその動きを辿り、フェリアはレイアにマテリアルを繋いだ。
「次は中央を遮ります。右へ迂回して頂くことは可能でしょうか?」
人形の進路を操り、最初の壁が消えるタイミングで次の壁を。レイアがマキナと鳳凰院へ、後方から狙うマリィアへ、人形の動きの先を伝える。
その動きに合わせる様に土の壁がせり上がった。
人形が壁に足を止めて後退、避けようと回る動きを止めるように、続けざまの銃声が鳴り響いた。
壁へ追い込むようにマリィアの放つ弾丸が人形の足を踊るように跳ねさせる。
その弾丸が貫くことこそ無いが、人形は腕を庇う様な格好で動きを止めた。胴体の影で逃げ出す機を覗うように腕が指先を揺らしている。
更に後方、その声がやっと届く所から、静かな旋律が聞こえてきた。
空気を奮わせて伝うその響きに込められたマテリアルは、腕を眠らせるように捉え、土の壁と弾丸に取り囲まれた腕の動きはやがて緩やかに。
動いた指は揃い、小さな柄を握る形に丸まって、元がそうであったと思える形に定まった。
形を合わせていない木の剣は、その手の中からするりと零れ、芝の上で1度だけ跳ねて横たわる。
動きを止めても、その腕の形は角材を繋いだ仮の物とは異なったまま。付け替えられたこの腕が原因だろう。
「是を外して壊してしまえば元通りになりそうですね」
ここからではその手が届かないけれど。すうと、息を吸い込んで、玲瓏は再び鎮魂歌を歌い上げた。
今なら、とマキナはワイヤーを構える。
「右腕さえ切り離せば、手加減の必要もなくなります……、逃がしません」
右腕が自身を庇わせようと振り回す胴体を、頭を、或いは脚や左腕。
それらを捉えて仕舞えば。
視線をマリィアへ、合わせるまでも無く装填済みの銃口は人形を狙っている。
家の外壁を掠めた弾丸が跳ね返り跳ね上がるように人形の腕へ。
歌に抗い逃れようと藻掻く脚を腕を、その身体をマキナの放ったワイヤーが絡め取る。
腕を貫いた一発、そして肘を砕かれて尚逃げようとする手の動きを妨げる様にもう一発、弾丸が土の壁にめり込んだ。
動く右腕と繋がっていた胴体は、右腕の切り離された反動で放り出される。
「鳳凰院さん……っ!」
「任せて!」
強く地面を蹴って走る、マテリアルを込め更に1歩、人形の落ちる辺りを推し測る。
中空でくるりと旋回した人形は、真っ直ぐに鳳凰院を目掛けて降ってくるが、広げる手よりも僅かに遠い。
壊すまいと無我夢中で飛び込んで、腹や肘を擦りながら掌を掲げる。
からん、と軽い音。
その手の中に感じたのは軽くはない人形の重さ。
歯車は大分減ってしまっている。
全身が傷だらけで右腕が注がれていた辺りは欠けているし、その所為か胴には大きな罅が入ってしまっている。
鳳凰院の手の中でいつ割れてしまうかも知れない状態だ。けれど。
「良かったよ。ジャンさん達の夢の結晶なんとか守れたね」
両腕で抱きかかえて仲間を振り返る。
残った右手、こちらだと誘う様にレイアがマテリアルの炎を纏い構える。
惹かれたところを狙い、マリィアの弾丸がそれを打ち砕いた。
黒い破片となった腕は高く軽く、酷く悲しい音を響かせて塵となり風に流れるように消えた。
歌い終えた玲瓏が仲間の元へ、フィリアも盾から下りてレイアの傍で人形の様子を覗っている。
「この間の子供達の世話に比べれば、人形の相手の方が気が楽だったよ」
冗談か本当か、レイアは肩を竦めて片眉を歪めた。
「壊すな、とはなかなか難題でしたね」
フィリアは人形の様子に小さな声で零す。
直すことは可能だろうが、少なからぬ時間を要しそうだ。
人形をマキナが預かり、玲瓏が鳳凰院の腕を見ている。
受け留める時に擦った肘に小さな傷が出来たらしい。
他に怪我を負った仲間はいないかと尋ねてから、白い手袋を着けた手を翳した。
マテリアルの淡い光が広がって、鳳凰院の傷を包み癒やす。
傷が消えると、鳳凰院はマキナから受け取った人形を慎重に家へ運ぶ。
皆を安心させてくるね、と罅が広がらないようにゆっくりと歩いて家の戸を叩いた。
その背を眺め、玲瓏は倉庫に庭にと移した視線を家へ、家族を宥めて待っているメグへ。彼女が零していた話しを思い出す。襲ってきたというそれ。
「お人形のお化けとも、関係があるのでしょうか……」
「ミケーリさんが話されていた人形……気になります」
マキナも頷き視線は上へ。
もしそれが元凶であれば、観察しているかも知れない。
赤い瞳は屋根の上を、隣の家を眺め、双眼鏡を取り出すとその倍率を上げながら更に高く遠くを探す。
しかし、それが何かを捉えることは無く、変わりない街と広がる空が見えるばかりだった。
このようなことがまた起こらなければ良い。玲瓏は祈るように少しだけ瞼を伏せて。
2人も家の方へ歩き出した。
●
歯車を拾いながら家に戻る。仲間を待つように半開きの扉から漏れ聞こえる声は、人形の傷を惜しみながらも、その無事とハンター達の健闘を称える物だった。
爺さん達や子ども達が喜んでいるのなら、それが何よりの報酬だと、レイアは摘まんだ歯車を掲げて笑う。
フェリアも彼等の声に、先程は途切れてしまった人形の所以を思い出した。
扉を開けると、ジャンとメグが、お疲れさまですと迎えて煎れ立てのコーヒーを差し出した。
家には安堵と温もりが満ちている。
「小さな頃の記憶は曖昧なのよ」
スツールに掛けて脚を伸ばし、マリィアがジャンを見上げた。
「貴方がこれから折に触れて、どんなに熱い夢だったか、この子達が参加してくれてどんなに嬉しかったか……」
すっと、この子達に語り続けていく。
嬉しかったんだねと祖父に笑いかけて、小さな孫達は少しだけ得意気にマリィアを見る。
いずれ、この子達の血肉となるまで。
だからこそ、今日の貴方に怪我が無くて良かった。
ジャンの目が瞠る。あの時迫った小さな剣に傷を負わされていれば、と、早くも話しに飽いて人形の罅を労る様に撫でる孫の頭をぽんと撫でた。
今日という日が、子供達にとって恐怖の1日、人形嫌いになる最初の一歩にならなくて良かった。
「貴方の想いを、感謝を、夢を、この子達に何度でも話してあげてほしい。私達も喜んで協力します」
「ああ、次はどこから取り掛かろうかな」
協力に頷き、先ずはこの大きな罅だろうかと、レイアが人形へ手を伸ばす。
「応急処置ができる部分は施しましょう……」
損傷を確認して、拾えるパーツは拾い集めて。この辺りは、今は安全のようだから。
早速次の話を始める、ハンター達に老人達も、そうだなと顎髭を撫でて身を乗り出す。
彼等の夢の果てはまだ遠く、歩みを止める暇は無い。
老人達の闊達とした声を聞きながら、今日初めて人形作りに参加するフェリア(ka2870)はレイア・アローネ(ka4082)にこれまでのあらましを尋ねた。
怪我の癒えた身体を伸ばしながら、レイアは彼等を眺めた。
子ども達の面倒を見ていたのは大変だったぞと思い出して、くっと笑う。
動く人形を作っている。彼等と、彼等の孫達も手伝って。今日はその続きだ。
今は倉庫が作業場になっていて、と、この間までの経緯を語るレイアの朗々とした声がふつりと途切れた。
玲瓏(ka7114)の黒い双眸が扉を見詰めた。得物の柄へ手が伸びる。
ジャンの手が無造作に掛かり、その扉を開けた瞬間、マリィア・バルデス(ka5848)が前に飛び出してくる。
「下がって!」
倉庫へ向けた銃身が受け留めた軽い感触は、掌よりも小さな木の剣のそれ。
かん、と軽く乾いた音を立てて襲撃者は飛び退いた。
「え? 何?」
鳳凰院瑠美(ka4534)が戸惑い、それを見る。
「何が起こってるの?」
ハンター達の前に現れたのは、先日まで組立に勤しんでいた絡繰り人形。
白磁の滑らかな身体に真鍮の歯車をあしらった小柄なそれは、右腕だけが黒く靄を纏って、手作りの木の剣を握っている。
「ジェポッテさんを、……皆さんをお願いします」
飛び出したマキナ・バベッジ(ka4302)はマリィアを振り返り、呆然と佇むジャンを示した。
「ジャンさん達の事は任せるね!」
鳳凰院も同様にその場から離れるように飛び跳ねた人形を追う。
人形の動きに我に返ったジャンも、追いかけようと腕を伸ばす。それをマリィアが制し、メグはあたふたと友人達を宥める言葉を掛けて回る。
「この子は絶対に守りきると約束します……っ。だから、ご自身とご家族の安全を優先してください」
マキナがジャンを振り返って抑えた声で告げた。
想いに引き寄せられるかのように現れる歪虚。赤い瞳が人形を見据える。その歪な黒い右腕を。
いやな予感は当たるものだと唇を引き結んで。
「あの人形は無事に取り戻したいのだ」
万全の身体でマテリアルを巡らせて、レイアはフェリアに、頼む、と。それだけを言う。
人形の話しは途中で途切れてしまったが、彼女には十分伝わるはずだ。
レイアのマテリアルはその全身を包み、炎の燃え上がるように揺らめく幻影となり、逃走を図り始めた人形を引き留める。誘引を振り切るような動きで人形の右腕は連なる身体を振り回した。
「逃がさない所から、ですね」
フェリアの長い銀色の髪が淡い光を纏い揺蕩う。銀の翼の幻影が一対背に輝き、羽撃くように揺らいだ。
マテリアルを込めて浮かせる盾へ足を掛け、浮き上がり、そして空へ。
見下ろせば人形の歯車は、今の動きで幾つか零れて芝生の上に散らかっている。
大きな動きは取らせたくない、捕獲するためには動きを捉え、抑え込んで。
盾を傾けて庭全体を視界に入れる。俯瞰するように仲間の動きを見る。
「――させないんだからっ!」
大切な人形だ。壊すことも、逃がすことも。
鳳凰院は人形を捉えようと走りながらナイフを構える。
その青い瞳が芝の影の歯車を捉え、罅の入った胴体を見た。
扱いやすく作られた剣、その刃では腕の他も砕きかねない。
柄を握り締めて鞘へ収め、クローブの甲を、ぽふ、と叩く。気の抜けるような柔らかな音。
掌側に付けられた肉球の装飾も程よい弾力があり、人形を受け留めるクッションには十分そうだ。
これでいい。顎を引き、人形を見据え。再度脚にマテリアルを込めて地面を蹴る。得物を持たず身一つで人形を追った。
左手。浮かび上がる歯車仕掛けの時計の幻影が時を刻む。
得物を握る手に込めるマテリアルと呼応するように、その時計は静かに針を動かしていく。
マキナの撓らせた魔導機械。放たれたワイヤーは先端の錘を人形の足元へ、直進を妨げるように左右へ振れて背後から追い立てる。
人形の動きは読めないが、右腕だけは常に胴体の影に隠している。
誘い出すように右腕を狙ってワイヤーを伸ばす。
錘は触れる前に落ちたにも関わらず、人形は体ごと丸めるように腕を抱え込んでその攻撃から逃れた。
「守ろうと、している様です……」
人形が右腕を。
恐らくその右腕が、他の部位を操作して。
●
「生きてさえいれば、記憶のままに何度でも夢を追うことができるわ」
ジャンと仲間の老人達。
玲瓏とメグが避難を促している。様子を覗う家族や仲間を気に掛けながら、人形を見詰めているジャンに。銃を人形へ構えるままにマリィアが言った。
冷静な声。ジャンはゆっくりと深く頷いた。
「お人形は任せましょう。メグ様、皆様を屋内へ避難しましょう」
避難した方が仲間は人形に集中出来る。こちらの動きも、フェリアからは見えているはずだ。
玲瓏は上へ合図を送りながら、老人達に伏せる様促して人形の進路が完全に庭へ向いたタイミングでジャンの家へと進ませる。
片側を警戒しながら続いたメグが最後に家に入り、ドアを締めると全員の避難完了を玲瓏と確認した。
「では、皆様、声を掛けるまで外には出ないようお願いしますね。ハンターたちはお化け退治のプロですから」
だから任せて下さい。安心させるように玄関で座り込む老人達に告げて、玲瓏は外の様子を覗う。
掠める程度で留まる攻撃に、本来の力で攻撃出来ない動きづらさが見えた。
止められれば、或いは、と玲瓏はドアに手を掛ける。
玲瓏を呼び止めた小さな孫の不安げな声。大丈夫と自分にも言い聞かせるようにメグが応じた。
淡い緑の光を纏い、玲瓏にマテリアルの鎧を纏わせる。
これくらいしか出来ないから、子ども達が安心出来るように、玲瓏さんの言葉を伝えておきます。
人形は庭を横切って、低い生け垣を目指している。
そこを越える程度は跳べるのだろう。人形の眼前に壁が一つせり上がる。
小さな剣で突いても崩れる気配も無いそれを回り込み人形は再び庭を走る。
銀の髪を靡かせてその動きを辿り、フェリアはレイアにマテリアルを繋いだ。
「次は中央を遮ります。右へ迂回して頂くことは可能でしょうか?」
人形の進路を操り、最初の壁が消えるタイミングで次の壁を。レイアがマキナと鳳凰院へ、後方から狙うマリィアへ、人形の動きの先を伝える。
その動きに合わせる様に土の壁がせり上がった。
人形が壁に足を止めて後退、避けようと回る動きを止めるように、続けざまの銃声が鳴り響いた。
壁へ追い込むようにマリィアの放つ弾丸が人形の足を踊るように跳ねさせる。
その弾丸が貫くことこそ無いが、人形は腕を庇う様な格好で動きを止めた。胴体の影で逃げ出す機を覗うように腕が指先を揺らしている。
更に後方、その声がやっと届く所から、静かな旋律が聞こえてきた。
空気を奮わせて伝うその響きに込められたマテリアルは、腕を眠らせるように捉え、土の壁と弾丸に取り囲まれた腕の動きはやがて緩やかに。
動いた指は揃い、小さな柄を握る形に丸まって、元がそうであったと思える形に定まった。
形を合わせていない木の剣は、その手の中からするりと零れ、芝の上で1度だけ跳ねて横たわる。
動きを止めても、その腕の形は角材を繋いだ仮の物とは異なったまま。付け替えられたこの腕が原因だろう。
「是を外して壊してしまえば元通りになりそうですね」
ここからではその手が届かないけれど。すうと、息を吸い込んで、玲瓏は再び鎮魂歌を歌い上げた。
今なら、とマキナはワイヤーを構える。
「右腕さえ切り離せば、手加減の必要もなくなります……、逃がしません」
右腕が自身を庇わせようと振り回す胴体を、頭を、或いは脚や左腕。
それらを捉えて仕舞えば。
視線をマリィアへ、合わせるまでも無く装填済みの銃口は人形を狙っている。
家の外壁を掠めた弾丸が跳ね返り跳ね上がるように人形の腕へ。
歌に抗い逃れようと藻掻く脚を腕を、その身体をマキナの放ったワイヤーが絡め取る。
腕を貫いた一発、そして肘を砕かれて尚逃げようとする手の動きを妨げる様にもう一発、弾丸が土の壁にめり込んだ。
動く右腕と繋がっていた胴体は、右腕の切り離された反動で放り出される。
「鳳凰院さん……っ!」
「任せて!」
強く地面を蹴って走る、マテリアルを込め更に1歩、人形の落ちる辺りを推し測る。
中空でくるりと旋回した人形は、真っ直ぐに鳳凰院を目掛けて降ってくるが、広げる手よりも僅かに遠い。
壊すまいと無我夢中で飛び込んで、腹や肘を擦りながら掌を掲げる。
からん、と軽い音。
その手の中に感じたのは軽くはない人形の重さ。
歯車は大分減ってしまっている。
全身が傷だらけで右腕が注がれていた辺りは欠けているし、その所為か胴には大きな罅が入ってしまっている。
鳳凰院の手の中でいつ割れてしまうかも知れない状態だ。けれど。
「良かったよ。ジャンさん達の夢の結晶なんとか守れたね」
両腕で抱きかかえて仲間を振り返る。
残った右手、こちらだと誘う様にレイアがマテリアルの炎を纏い構える。
惹かれたところを狙い、マリィアの弾丸がそれを打ち砕いた。
黒い破片となった腕は高く軽く、酷く悲しい音を響かせて塵となり風に流れるように消えた。
歌い終えた玲瓏が仲間の元へ、フィリアも盾から下りてレイアの傍で人形の様子を覗っている。
「この間の子供達の世話に比べれば、人形の相手の方が気が楽だったよ」
冗談か本当か、レイアは肩を竦めて片眉を歪めた。
「壊すな、とはなかなか難題でしたね」
フィリアは人形の様子に小さな声で零す。
直すことは可能だろうが、少なからぬ時間を要しそうだ。
人形をマキナが預かり、玲瓏が鳳凰院の腕を見ている。
受け留める時に擦った肘に小さな傷が出来たらしい。
他に怪我を負った仲間はいないかと尋ねてから、白い手袋を着けた手を翳した。
マテリアルの淡い光が広がって、鳳凰院の傷を包み癒やす。
傷が消えると、鳳凰院はマキナから受け取った人形を慎重に家へ運ぶ。
皆を安心させてくるね、と罅が広がらないようにゆっくりと歩いて家の戸を叩いた。
その背を眺め、玲瓏は倉庫に庭にと移した視線を家へ、家族を宥めて待っているメグへ。彼女が零していた話しを思い出す。襲ってきたというそれ。
「お人形のお化けとも、関係があるのでしょうか……」
「ミケーリさんが話されていた人形……気になります」
マキナも頷き視線は上へ。
もしそれが元凶であれば、観察しているかも知れない。
赤い瞳は屋根の上を、隣の家を眺め、双眼鏡を取り出すとその倍率を上げながら更に高く遠くを探す。
しかし、それが何かを捉えることは無く、変わりない街と広がる空が見えるばかりだった。
このようなことがまた起こらなければ良い。玲瓏は祈るように少しだけ瞼を伏せて。
2人も家の方へ歩き出した。
●
歯車を拾いながら家に戻る。仲間を待つように半開きの扉から漏れ聞こえる声は、人形の傷を惜しみながらも、その無事とハンター達の健闘を称える物だった。
爺さん達や子ども達が喜んでいるのなら、それが何よりの報酬だと、レイアは摘まんだ歯車を掲げて笑う。
フェリアも彼等の声に、先程は途切れてしまった人形の所以を思い出した。
扉を開けると、ジャンとメグが、お疲れさまですと迎えて煎れ立てのコーヒーを差し出した。
家には安堵と温もりが満ちている。
「小さな頃の記憶は曖昧なのよ」
スツールに掛けて脚を伸ばし、マリィアがジャンを見上げた。
「貴方がこれから折に触れて、どんなに熱い夢だったか、この子達が参加してくれてどんなに嬉しかったか……」
すっと、この子達に語り続けていく。
嬉しかったんだねと祖父に笑いかけて、小さな孫達は少しだけ得意気にマリィアを見る。
いずれ、この子達の血肉となるまで。
だからこそ、今日の貴方に怪我が無くて良かった。
ジャンの目が瞠る。あの時迫った小さな剣に傷を負わされていれば、と、早くも話しに飽いて人形の罅を労る様に撫でる孫の頭をぽんと撫でた。
今日という日が、子供達にとって恐怖の1日、人形嫌いになる最初の一歩にならなくて良かった。
「貴方の想いを、感謝を、夢を、この子達に何度でも話してあげてほしい。私達も喜んで協力します」
「ああ、次はどこから取り掛かろうかな」
協力に頷き、先ずはこの大きな罅だろうかと、レイアが人形へ手を伸ばす。
「応急処置ができる部分は施しましょう……」
損傷を確認して、拾えるパーツは拾い集めて。この辺りは、今は安全のようだから。
早速次の話を始める、ハンター達に老人達も、そうだなと顎髭を撫でて身を乗り出す。
彼等の夢の果てはまだ遠く、歩みを止める暇は無い。
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人形を止めよう レイア・アローネ(ka4082) 人間(クリムゾンウェスト)|24才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2018/04/01 06:30:20 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/03/30 07:45:31 |