戦場跡、踏破

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2018/04/04 19:00
完成日
2018/04/13 07:32

みんなの思い出

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オープニング

 ダフィールド侯爵家の奸計により、我が父は自領の半分を侯爵家に割譲することを余儀なくされた。
 奪われた領地は、私、レックス・D・スフィルトが領地経営を学ぶために預かっていた土地だった。私は城と仮の領地を失い、抑え切れぬ憤怒と失意を抱いて首府への帰還を余儀なくされた。
 それでも、侯爵家が我が領民たちを正当に扱うのであれば我慢が出来た。だが、連中は我が領民たちにあり得ぬ程の重税や苦役を課し、その多くを逃散させて難民の立場へ追いやった。
「……大勢の人々が封鎖された国境を彷徨い、明日を生きる糧もなく飢えて死んでいっています。そんな彼らを逃散民取締官と言う名の山賊どもが小魚の群れを襲う肉食魚の如く群れ集い、昼夜の別なく襲い掛かって阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられています」
 客員政務官として一年前に雇い入れていた王立学園時代の友人が、許せますか? と私に訊ねた。
 許せるわけがなかった。たとえ仮とは言え、彼らは私の領民たちだ。
 私はすぐに行動に移した。その為に必要な準備は友人がすっかり整えていた。私は騎士たちに声を掛けて軍を起こすと国境へと向かい、子爵領の封鎖を解いて難民たちを受け入れた。そして、彼らを襲う取締官どもを一度ならず打ち払った。
 これに仰天した父は侯爵家と事を構えることを恐れ、私から軍を取り上げた。父の帰還命令を拒否し、私は追い出される難民たちと共に領外へ出た。
 とは言え、貴族という立場を失くした自分はすぐに行き詰った。理想論のみでは生きていくこともできなかった。
「今回の難民問題──その原因が奈辺にあると思われますか?」
「決まっている。侯爵家の横暴の所為だ」
「では、その侯爵家の横暴が許されている原因は?」
「貴族という特権階級──そんなものが存在する制度自体に問題があると?」
 友人は我が意を得たりとばかりに深く頷いた。そして、自分に幾らか伝手がある、と言って、困窮する私の元に一人の商人を連れて来た。
「既得権益を叩き潰す──そんな貴方様の『革命』の意志に賛同する者です」
 商人は、大勢の難民が食えるだけの食糧を運び込んで来た。そして、軍事顧問とも言うべき者たちも数多く連れて来た。
「リアルブルーの様な国を手ずから作ろう。今日から我々は『革命軍』だ」
 その日から難民たちに対する軍事教練が始まった。ここに来れば食えるということで大勢の難民たちが集まり始めた。
 その最初の軍事行動は、難民たちを襲う逃散民取締官と言う名の山賊どもを一か所に纏めて誘引し、包囲撃滅することだった。難民たちは信じられない思いであったろう。弱者であるはずの自分たちが、いとも容易く『あの』賊らを皆殺しにできたことに──
「周辺諸国領を切り取り、我々の生きる場所を得る。侯爵家を打倒し、我々の国を作る!」
 血塗れた剣を掲げて私が宣言すると、難民たちが歓声でそれに応えた。
 その言葉通り、我々は周辺諸侯領への侵攻を開始した。まさか難民が軍事的に組織されるなど夢にも思っていなかった諸侯軍は、国境沿いに長く展開していたところを各所で分断、撃破されていった。
 その後も連携の取れぬままの諸侯軍を、難民軍は各個に撃破していった。守る者のいなくなった土地の多くが難民たちの手に陥ちた。
 事ここに至ってようやく我らを脅威と認識したのか、ようやく重い腰を上げて、侯爵軍の討伐隊が派遣された。
 連戦連勝の私たちはそれにも負ける気がしなかった。そのそも人数はこちらの方が圧倒的に多いし、我々はこの日に備えて地勢を研究し、万全の策で決戦に臨むはずだった。
 だが……
「各諸侯領に攻め入った軍の殆どが戻れない……? なぜだ。どうしてそのようなことになっている?」
「はっ。兵が指揮に従わず、攻め入った土地の食糧や財産を、その……」
「略奪に現を抜かしているというのか。革命軍を名乗る我々が……!」
「……顧問団の皆さま方がおられません! いつの間にか、ただの一人も…… この二、三日中に届くはずだった食糧も届いておりません……!」


 王都、某所──
 王国北東部・フェルダー地方の地図が置かれたテーブルの端に立つ複数の人影が、ここ数か月に亘るかの地の難民問題について語り合っていた。
「先日、旧スフィルト領内において侯爵軍と難民軍の決戦が行われました。結果は侯爵軍の圧勝です。持久戦術を取るものと思われていた難民軍がなぜか突撃を仕掛け、待ち構えていた侯爵軍の銃列と砲列に薙ぎ払われた模様です」
「難民軍は壊走し、徹底した掃討戦が行われました。大勢の難民が捕虜となり、農奴や鉱山奴隷として徴用、或いは奴隷商人に払い下げられるとのこと」
「決戦に勝利した侯爵軍は、そのまま難民軍残党の討伐と治安維持を名目に各諸侯領に進駐を果たしました。実質的な属国化ですが、難民軍の侵攻によって国力を大きく下げた諸侯に対抗する術はありません。自分たちの地位さえ保証されれば、受け入れざるを得ないでしょう」
「反乱に与しなかった領民たちには恩赦が発表されました。今後は旧子爵領も侯爵領本土と同等の税制で遇するという内容です。なんとも分かり易い飴と鞭ですが、これでフィルダー地方の騒乱は一気に終息に向かうでしょう」
 関係各所からの報告を聞いて── その場で最も高位と思われる人影が、押し黙ったままコツコツと指でテーブルを叩いた。
 政治的にゴタゴタし始めそうな昨今の情勢下、煩わしい案件の一つが解決するのは喜ばしい。だが、今回のフィルダー地方の騒動は……あまりに何もかもがダフィールド侯爵家に都合よく進み過ぎているように思える。
 ダフィールド侯爵家はマーロウ大公家に次ぐ程の、貴族派内における一大派閥の筆頭である。その侯爵家が大きなダメージもなくその勢力を伸長させるということは、王家派にとっては慶事であるとは言い難い。
「……確かに。裏で何かが動いていたのかもしれませんな」
「そう。その証拠なり証言なりがあるのなら押さえておきたい」
 上司が告げると、人影の一つが手を上げた。
「難民軍の中枢に潜り込ませていた草が一人います。難民軍の中枢は侯爵軍の騎兵突撃が直撃したらしく、その生死は不明ですが……」
 そこへ、部屋の外から早足で入って来た通信士がその人影の元に歩み寄り、その耳元に何かを告げて……彼は大きく頷いた。
「たった今、連絡が入りました。件の草ですが、無事です。難民軍の首謀者の一人の身柄を押さえてあると」
「首謀者?」
「スフィルト子爵レオンが一子、レックス」
 おおっ、と場が揺らめいた。
「無事なのか!?」
「どうにか手負いのレックスを連れて身を隠すことに成功したようです。まだ侯爵軍の警戒が緩まず、身動きが取れないようですが」
「すぐに救出する手段を講じよ。何かしらの情報が得られるかもしれん」

リプレイ本文

 戦場に取り残された記者を救出して来て欲しい── ヘルメス情報局の名で出されたその依頼を受けたハンターたちは、未だ戦火の燻る周辺諸侯領から旧スフィルト子爵領へと進入した。
 予想していたことではあるが、その戦場は地獄だった。
 抵抗する敗残兵たちには容赦なく槍が突き出され、彼らが守ろうとした女子供老人たちには一人残らず縄が打たれる──そんな光景が、今、まさに。現場から少し離れた山林に身を隠したハンターたちの目の前で繰り広げられていた。
(大きな戦の後となればこれも至極当たり前の光景だが……やはり気分のいいものじゃないな)
 木陰から様子を伺いながら、淡々と、しかし、深い皴を眉根に刻む近衛 惣助(ka0510)。その横ではユウ(ka6891)がその顔面を蒼白にしながら、ギュッと唇を噛み締める。
(人と人が協力して歪虚に立ち向かっている一方で、人と人が争い、何もかもを奪っていく……)
 ユウは龍園の出身だった。見た目も性格も大人びてはいるが、実年齢は11歳──その正義感はとてもシンプルで明快なものであり、ヒトが心の内に抱えるどろどろとした複雑な心象からは縁遠い。
 ……故に、その行動は、ユウが本人の意思で──理性で判断したものではなく。感情に突き動かされた、衝動的なものだった。
「止めて! もう酷いことをしないで!」
 思わず飛び出してしまったユウへ向けて、即座に反応した兵たちが一斉に槍の穂先を並べる。それを見た龍崎・カズマ(ka0178)は思わずポツリと呟いた。
「練度が高い。本来ならこんな残党狩りに駆り出される部隊じゃなかろうに……」
 惣助と顔を見合わせ嘆息し…… 並んで両手を上げながら、ユウに続いて前に出る。
 槍の穂先を突きつけられつつ、惣助は飄々と周囲を観察した。──しかし、ただの残党狩りにしては妙に展開している兵が多い。誰かを探してでもいるのだろうか……?
「待て」
 殺気立つ兵らを制止して、隊長らしき男がやって来た。
「……難民軍にしては装備が良い。何者か?」
 武器は隠していたんだがね、と内心で口笛を吹きながら、カズマが微笑を浮かべて答える。
「俺たちはハンターだ。依頼を受けて、任地へ赴く途中でね」
「依頼? 戦場を経由して、か……?」
「おっと、詳細は勘弁な。守秘義務ってもんがある。……もっとも、依頼人の思惑全てが現場に開示されるのは稀だろうが」
 カズマの物言いに、隊長は「違いない」とニヤリと笑った。カズマの言葉に嘘が無いと感じたのだろう。実際、『嘘は』言っていない。
 隊長は部下に仕事を続ける様に命じると、カズマと惣助に煙草を勧めた。惣助がそれを咥えて火を貰う。
「……今回は大勝だってな。あやかりたいね」
「ああ、お陰で部下たちを失わずにすんだ。……もっとも、我々の仕事はこの辺りの残党どもを掃除するまでは終わらんが」
「……随分と大掛かりなようだが、大物でもいるのかい?」
「詳しいことは聞かされておらん。『上が現場に全てを開示する』のは稀だからな」
 そう言って笑った隊長が、探るような眼を向け、続ける。
「ただ、賊軍の首魁の一人がまだ捕まっておらんとか」
「そうか。そいつは良かった。俺たちの依頼とは別件だ」
 その言葉もまた事実だった。この時点ではそうだった。惣助の態度に嘘がないことを確認した隊長は、部下から捕縛作業完了の報告を受け、腹の探り合いを切り上げる。
「……ねぇ。どうしてこんな酷いことができるの? 同じ人間同士なのに……」
 数珠つなぎに縄を打たれた難民たちを引っ立てて行く隊長の背に、どうしても聞かざるを得なかったという表情でユウが訊ねる。
「……酷いこと? こいつらがここらで何をしたか知った上でそれを聞くのか?」
 隊長は律儀に振り返り、少女の質問に答えた。
「奴らが仕掛けた戦争だ。もし、我らが敗れていれば、こうなっていたのは私の家族だったかもしれない…… 同情する気にはなれないね」
 その返答とは裏腹に複雑な表情を浮かべる隊長の姿に……ユウは二の句が継げなかった。そして、連れ去られていく難民たちを助けることも出来ず、その隊列を見送る他はなかった。

 残党狩りが完全にその場から立ち去って……、3人は安堵ではない溜息を深く深く吐き捨てると、背後の山林を振り返って「もういいぞ」と呼びかけた。
 それに応じて木々の間に潜んでいた残りのハンターたちが姿を現し、そして、同様に息を潜めて隠れていた難民たちもまたぞろぞろと……
「お陰様で私たちは捕まらずに済みました…… ありがとうございます、ありがとうございます……」
「わわ、そんなこと気にしないで! それより、怪我をしている人はいない?」
 両手を握って礼を言うリーダーらしき男にぶんぶん首を振りながら、ネフィリア・レインフォード(ka0444)は努めて明るい表情を維持しながらそう呼びかけた。
 ……元々、自分たちには礼を言ってもらう資格などありはしないのだ。今回は偶々そういう形になっただけで……本来、自分たちは彼ら難民を『助けない』。依頼の達成を妨げることになりかねないから……
(むぅ……でも、今だけは暗い顔はしないのだっ! 自分まで暗くなっていては目の前の人たちが笑えない。こういう時こそ、元気にっ、なのだっ!)
 怪我人に応急処置を施す為に、元気に難民たちの間を飛び回るネフィリア……だったのだが、いつの間にか子供たちと鬼ごっこをする担当になってたり。
 それを離れた場所から見やりながら、エアルドフリス(ka1856)は複雑な表情で呟いた。
「妙なもんだな…… 先日は難民軍の略奪から逃れる村人たちの手伝いをしたばかりなのに」
 その言葉に金目(ka6190)もまたどこかやり切れなさそうな顔をする。
 あの時、ユト村を襲った革命軍は、村人たちにとって略奪者だった。それが今は逆に彼らが追い立てられる立場にある。
(まるでコインの裏表。恨み辛みが積もる分、天災よりもたちが悪い)
 ……革命軍の騎兵を率いていたあの小隊長さんは生き延びているだろうか? ……自分はたまたま覚醒者で帝国に生を受けた。彼らはたまたま一般人でこの地に生まれた──互いに違う点なんて、その程度のことでしかない。
「人と人との争いは過去から続くことではあるし、身分の差はどこにでも存在してしまうものだけれど…… 本来なら身分の高い者こそが貧しい者たちを救うべきなのに、ここではそれとは逆の事が起きている」
 アイシュリング(ka2787)は息を吐いてその両肩を落とした。──侯爵家の圧政に、難民たちは戦うことでしか意思表明ができなかった。革命の夢は彼らが生きていく為の希望だった。
「けど、その夢は敗れてしまった── 今、難民の人たちが抱いている絶望はいかばかりのものか…… そして、そんな彼らを助けることもできない自分に、私は無力さを痛感している……」
 アイシュリングの言葉を我が事の様に、項垂れるユウ── そんな彼らを、美亜・エルミナール(ka4055)はどこかピンと来ない、きょとんとした表情で見ていた。
(ふうん? 搾取からの革命失敗で敗走のコンボなんて、ただただありふれた話なのににゃー)
 ほんっと、どこの世界でも人のやることなんて変わらない。んま、貰えるものを貰えればボクには何でもいいこっちゃ、だけど。
「ともあれ、情報を得なければ…… どうにも嫌な予感がするわ。気を引き締めていかないと、ね」
 フローレンス・レインフォード(ka0443)は重い腰を上げ、話を聞く為に難民たちの方へと向かった。
「やあ。さっきのが残党狩りかい? 酷いね、侯爵軍ってのはさ…… でも、なんでわざわざそんなことをしてるんだろう……? 誰かを探しているのかな?」
 自分でも調子が良いことを言っているな、と自覚しつつ、エアルドフリスは同情を表情に張り付け、訊ねた。
「誰か? かたっぱしだよ。大方、奴隷として売られるのだろう。末は農奴か鉱山奴隷か……」
「難民軍や侯爵軍に変わった点などはなかった……?」
「……敵はまるで司令部の場所を知っていたかのようだった。真っ先に頭を潰されて……お陰で後は散々だ」
 アイシュリングの問いには、家族を守る為に逃げて来たという兵がその質問に答えてくれた。
 司令部、という言葉にフローレンスが反応した。救出対象の記者は確か司令部付だったはずだ。
「ヘルメス情報局の記者は? そこにいた?」
「……そう言えば何人かいたな。取材を受けたこともある。でも、もし司令部にいたのなら……生き残りがいるとはとても思えない」
 ……入手できた情報は絶望的なものだった。それでも、ランデブーポイントまでは行ってみようとハンターたちは話し合った。
「侯爵軍兵に遭遇したら投降しなさい。まずは生き残ることを考えるのよ」
 別れ際、難民たちに領外へ続く道を教えて、フローレンスは最後にそう告げた。例え奴隷に落ちようと、生きてさえいれば日の目を見ることはある。
「みんな、元気で~!」
 遠ざかっていく難民たちをぶんぶんと手を振って見送るネフィリア。その横でアイシュリングがユウと難しい顔をしていた。
(一時的に助けることができたとしても、その後の彼らの人生に私たちが責任を持てるわけでもない…… 私たちには彼らは救えない。だからといって、全員を見捨てるしかないのか……)
 苦悩に満ちたアイシュリングとユウの顔を、ひょっこりと覗き込みつつ美亜が言う。
「……こんなことはいつの時代、どこの世界でも起こっていること。一々感情移入していたら疲れちゃうよ?」
「……でしょうね。今にも魂が擦り切れそうです」
「お、詩的な表現! そっちの方がずっといいね!」


 村が燃えていた。
 裏手の山から、その光景を避難した村人らと共にハンターたちが見下ろしていた。
「……戦いに敗れて逃げ込んで来た賊軍どもが、村人たちを人質に軍と交渉しようとしたんじゃ。侯爵軍の連中は殆ど聞く耳持たなかった…… 逃げ延びられたのは約半数。難民軍に捕まらなかった我らだけ……」
 村長に事情を聞かされたカズマは「見せしめ、か?」と考えた。恐らく、村を人質に取る難民軍に対しての…… そして、賊に対して抵抗をしない村々に対しての……
「なんつーか、この光景をヒトが為しているってのがなんともはや……」
「これも戦の常、だが……クソッ、歯痒いな」
 カズマに続いて吐き捨てる様に呟く惣助。ユウとアイシュリングに至ってはもはや言葉もない。
「……俺たちはいったい、何をしてるんだろうなあ……」
 事件を記録に残す為、燃える村をカメラに収めながら。己の行為を振り返り、カズマがポツリとそう零す……

 何度も心をすり減らす様な出来事に遭遇しながら、ハンターたちは遂に救出対象との合流予定地点へと到着した。
 そこは人里離れた、片面の切り立った小さな崖の山の中にある洞窟だった。その中に毛布の上に仰向けに横たわった若い男二人がいた。

「落ち武者は洞窟の中、と…… ちょいとお約束過ぎるけど、ここくらいしか隠れられる場所も無さげ、か」
 ユウの報せを受け、洞窟へと入った美亜が頭を掻きつつ呟いた。
(ただ、その洞窟の入り口が、地上からは見えにくい崖の途中にあった事が普通じゃないのよね…… 重傷を負った者が、重傷を負ったもう一人を担いでここまで崖を下りて来た? 一介の記者さんが……? うーん……)
 そう、毛布の上の二人は重傷を負っていた。そして、一人は既に死んでいた。
 それは救出対象であるはずのヘルメス情報局の記者だった。彼は死ぬ前に、自分を助けに来る者たちに遺言を残していた。そこにはレックス──傍らに横たわる人物のことを助けてやって欲しい、と記されていた。
「いやはや、妙なことになった……」
「……遺言の『レックス』ってこの半死人のことだよねえ」
 置手紙を読み終わって振り返るエアルドフリスと美亜。そのレックスであるはずのまだ息のある重傷者には、怪我人を見るなり駆け寄ったディーナ・フェルミ(ka5843)が既に診察に当たっていた。
「……このまま移動させたら死ぬかもなの。ともかくまずは治療した方が良いの」
 普段はふわぽわした表情のディーナが真剣な表情を浮かべながら、指で脈を計りつつ、手早く容態を確認する。──大きな傷は止血済み。動かせば再び開いてしまう恐れのあるものが複数あるが、まずは飛び出してしまっている折れた骨を接がねばならない。
 ディーナは救急セットから取り出した清潔な布で青年に猿轡を噛ませると、飛び出た骨を再び傷口の中に捻じ込んだ。激痛に目を覚まし、悲鳴と共に暴れ出す患者。それを両膝で押さえつけつつ、フローレンスがガーゼで開いた傷口を圧迫し。すかさず呪文の詠唱を終えたアイシュリングが『スリープ』で青年を再び眠りの世界へ誘う。
 手で骨の接合を確認したディーナが、もう一方の手を振り上げて、回復の光を纏ったその手を患者目掛けて振り下ろす。現状、最上位クラスの回復能力を誇る魔法の光にその身を包まれ、患者の全身の傷が見る見る内に塞がっていった。
「……これで良し、なの。後は患者の意識が戻るのを待つばかりなの」
 一つの戦いを終えてペタンと尻餅をついた3人に「おー!」と拍手を送りつつ。その間に美亜はレックス青年の持ち物を調べていた。
 青年の服装は農民のものだった。だが、その傍らに置かれていた剣の柄には、ただの農民が持つものにしてはらしからぬ豪華な装飾が刻まれていた。
「……この剣といい、わざわざ遺言が残されていた事といい、どっかのお偉いさんってトコかな」
 呟く美亜。もしかしたら、この依頼自体が記者救出にかこつけた、『この人物を脱出させる』依頼だったという可能性もある。
「であれば、彼だけが知る真実がきっとある。連れ帰る意義は大きいだろう」
 美亜に答えながら、エアルドフリスは記者の遺体を振り返った。
「死因は外傷性の出血死……でしょうか。ここまで辿り着いて、力尽きたものと思われます」
 検死を終え、龍園風の死者への祈りを捧げたユウがそう告げる。エアルドフリスは珍しく感傷的になっていた。……記者の救出はならなかった。ならばせめて、その最後の願いくらいは叶えたいものだ。
「うぅ……だったら情報は少しでも多い方がいいよね…… あんまりやりたくないんだけどね、これ……」
 ネフィリアが微苦笑と共にこめかみに一筋の汗を垂らす。『深淵の声』──祖霊の力で人間あるいは動物の遺体からその思念や記憶を読み取る霊闘士の奥義だ。スキル化により危険なことはなくなったが、術者の意識が対象の死の間際の感情に引っ張られてしまうことはあり、正直しんどい。
 が、覚悟を決めて死者と向き合う。
「……うん。記者さんが見ていた光景が見える。……戦場。狙い澄ましたかのように突撃して来る重装騎兵の黒い壁……」
 その混乱の中、ただの記者とは思えぬ動きでレックスを守り、戦場より逃れる二人……
 どうにかこうにかレックスを抱えてこの洞窟まで辿り着き……力尽きた記者の最後の思念は、なぜか温かなものだった。何かの義務感から解放されたかのような、晴れ晴れとしたある種の達成感と……そして、レックスに対する敬愛の……
「ネフィリア……?」
「あ……」
 姉であるフローレンスに声を掛けられ、ネフィリアは我に返った。いつの間にか両目から涙が溢れていた。
 彼女は両目をごしごし擦って、「そっか」と一言呟いた。
「記者さん、男装してるけど……女の人、だったんだね……」

 それから数時間──体力を取り戻したレックスが意識を回復した。
「おはようなの。自分の名前は言える? 貴方は誰?」
 経過観察の為にずっと傍についていたディーナが気付いて尋ねると、青年は朦朧とする意識でレックスと答えた。書置きの通りだな、と頷き合うハンターたち。やがて意識がはっきりしてきたのか、彼は確たる意志ある瞳で「……状況は?」と尋ねてきた。
 ハンターたちはこれまでの経緯と、彼が置かれた状況を報せた。
「あの記者があなたを連れて帰って欲しいって私たちに手紙を遺したの。本来、私たちが迎えに来たのはあっち。あなたと彼女の関係は?」
「彼女? 記者が……私を? ここまで……?」
 ディーナに知らされたレックスは要領を得ないようだった。『彼』は革命軍を取材に来た司令部付の記者の一人──良く革命軍の理念について語り合ったりしてはいたが、なぜここまでしてくれたのか、思い当る節はないという。
「……ふーん」
 美亜は『面通し』を終えた遺体の『死亡確認』の写真を撮ると、遺族に届ける遺品を回収した後、外に出た。
 遺体は洞窟を出て崖を上った山林の中──アイシュリングの意見に従い、残党狩りや獣に荒されないよう、目立たない場所の深い地中に埋葬された。
「『彼』の遺髪はあなたが持っていて。そして、私たちの依頼人に事情を説明して欲しいの。そうしてくれれば私たちが彼の遺言を果たす名分が立つの」
 ディーナの説明に、彼は「難民たちを見捨てて行くことは出来ない」と拒否する構えを見せたが、ハンターたちが自分たちの見て来た光景を伝えて手遅れである旨を伝えると、魂が抜けた様に呆然としてしまった。
「とにかくその服は着替えて。私たちと同じハンターに見える恰好をするのよ」
 男たちの荷物を漁って適当に服と装備を見繕ったフローレンスが、それをレックスに押し付けて半ば強引に着替えさせた。
 『介助』はディーナが行った。今のレックスは心身ともに誰かが見てやる必要がある。

 それから数時間後── 崖の山を離れた一行は、落ち武者狩りに襲われていた。
「わわわわっ!? い、いきなり問答無用!? ちょ、ちょっと落ち着くのだー!」
 獣道の様な狭い山道を行く一行を、突如、山林の陰に隠れていた農民たちが襲い掛かる。ネフィリアはわわわ、と慌てつつ、突き出された鋤を鞘に入ったままの大剣で「ひー!」と受け凌ぎ。弾いて逆にぶん殴る。
「これが噂の落ち武者狩りってやつ。……ああ、殺気立ってるね、こりゃ」
 美亜は接近して来る農民の顎をアサルトライフルのストックで殴打し、倒れる農民の後ろから新たに振るわれた鋤の穂先を鉄兜の表面に擦りつつ、それを掻い潜る様にしながら新たな敵へと一歩踏み込むと、光一つ反射させない黒いナイフを左手に引き抜き、その敵の膝の裏を掻くように刃を滑らせた。
 悲鳴を上げて倒れたそいつに蹴りを入れて敵へと転がし。それを跳び越えて来る新手へ向かって右手の突撃銃を向け、単射でその脚を狙い撃つ。
 その戦闘能力の高さに一瞬、怯んだ農民たちの足元へ、惣助が『制圧射撃』を浴びせて彼らにダンスを踊らせる。
「……先に行っておく。それ以上近づくようなら次は当てるぞ」
 その銃口と視線に睨まれながら、ジリジリと左右に展開する農民たち。そこへ、農民たちにやり過ごされた先行部隊のアイシュリングたちが戻って来て、彼女の『スリープクラウド』によってぱたぱたと半数近くが倒れ伏す。
「私たちはハンターよ。犯罪者として討伐されたくなかったら大人しく引きなさい!」
「こ、ここで引いてくれるなら何もしないのだ! それでもかかってくるなら、手加減は難しいかもなのだ!」
 言いつつ、ネフィリアは魔導大剣の鞘を投げ捨てた。何か激しい音と共にその赤黒い刀身が黒い光を発し始め……それを見た農民たちが目に見えて怯え出す。
 ダメ押しに、フローレンスは負傷した農民たちに回復の光を飛ばしてやった。それは敵の恨みを消すのと同時に、何度起き上がっても叩きのめしてやるという自信の表れだった。
「二度目はないわ。他の人たちにも伝えて頂戴。自分たちがどれだけ幸運か……それを噛み締めながら家族の元に帰りなさい」

 農民たちが退いてから半刻としない内──次に遭遇したのは、革命軍の生き残りと思しき騎兵たちだった。
「何者だ。所属と目的を言え」
 また落ち武者狩りか、と警戒する惣助。しゃがんで、とディーナに引っ張られたレックスを、エアルドフリスがさりげなく庇うように背に隠す。
「所属と目的……? それはこちらの台詞だな。見たところ、侯爵軍でも革命軍でもないようだが、こんな所でなにをしている?」
 騎兵の長と思しき者の問いに、エアルドフリスは今日一日で言い慣れてしまった答えを告げた。
「ハンターだ。ある筋の依頼で従軍記者を救出しに来た」
「従軍記者……? ならばその顔を見せてもらおう」
「顔を? なぜ……」
「もし、その記者が司令部付なら、我々の上官がどうなったかを知っているかもしれんのだ」
 そのやり取りに、それまでハンターたちに隠されていたレックスが「心配ない」と自ら姿を騎兵に晒した。
「彼らは私たち革命軍の仲間だ。……よかった、皆、無事だったのだな」
 レックスの顔を見た騎兵たちは、目を見開き、大いに驚いた。そして、一斉に膝をついてその無事を喜び、同道を申し出た。
 惣助はエアルドフリスと顔を見合わせた。どうにも怪しい──が、レックス自身が味方だという者たちの同行を拒絶する理由が無く…… 結果、警戒しつつであるが、同行を認めるしかなかった。
「いやぁ、あんた方も大変だったようだ…… 失礼したね。こちらも警戒せざるを得ん状況で……分かるだろう?」
 エアルドフリスは態度を一変させ、愛想よく彼らに語り掛けた。
 内心、気は許さずに。


 一行は旧子爵領を抜け、その南側に広がる周辺諸侯領の一つへと入った。
 やがて辿り着いたのは、森の中の川沿いの道──貴重な給水ポイントだ。一行はそこで始めて、休憩らしい休憩を取ることとなった。

「ありがとう。これは私たちが捌くわ」
「正確には私が、だけどね……」
 キャンプの設営を終えての昼食時── 兎を狩って来た騎兵に対して素直に礼を言いながら……炊事係を買って出た、というか頑として譲らなかったレインフォード姉妹が、毒や薬が仕込まれていないことを念入りに確認した後、ようやく調理に取り掛かる。
 先行偵察から帰った金目はいつの間にか大所帯になったパーティに驚いて。エアルドフリスに事情を説明されつつ、挨拶がてら騎兵の元へと向かった。
「やあ。今くらいは楽にしたらどうだね。旅は道連れというだろう」
 川から汲んだ水を提げて挨拶をするエアルドフリス。その横で騎兵隊長の顔を見た金目は「あっ」と声を上げた。
「え? 知り合い?」
「……ユト村の逃避行の時、追っ手の中にいた。聡い男だ。もっとも、彼の上官は部下の進言を取り合わない類のリーダーだったようだが」
 彼らは挨拶を交わし、こうして邂逅に至った運命の不可思議さを笑った。
「これからどうするつもりかね?」
「正直、どうしたものか…… レックス殿は再起、と言ってはいるが……」
 世間話を装いつつ訊ねるエアルドフリスに、騎兵隊長は頭を振った。口数は決して少なくないが、その言葉選びは慎重だ。
「正直、この現状はあんたたちが想定していた範囲内か?」
 ポツリと、隊長だけに聞こえる様に金目が問う。
「……最後の最後で躓くことなんて、ままある事ではあると思うよ」
 同じく、金目だけに聞こえるように── それが革命の顛末を指すのか、或いはそれ以外の何かを指すのか……

「連中の所作や足運びは正規の訓練を受けた者の動きだ。問題はどこでその訓練を受けたのか……」
 後刻── ハンターたちとレックスだけがいる場で、金目は皆にそう言った。
 あの騎兵はどういった者たちなのか──ハンターたちが詳しい説明をレックスに求める。
「……あの騎兵隊長は革命軍のスポンサーが手配してくれた軍事顧問たちの一人だ。彼はフィンチ子爵領に派遣されていたはずだから、決戦の結果を他の顧問に聞いたのだろう」
「他の……?」
 この時、ハンターたちは初めて決戦時に司令部付きの軍事顧問たちが全員いなくなっていた事実を聞かされた。
「……おかしいじゃあないか。軍事顧問ならなぜ開戦時に御曹司や兵士の傍にいない? なぜ今頃になって御曹司を探す?」
「……もしや、最初から侯爵軍の手先だったのではあるまいな?」
 エアルドフリスと惣助の言葉に、レックスはまさか、と笑った。
「ユト村の時は難民軍……こほん、革命軍が他の周辺諸侯を圧倒していた。それがただ一度の会戦で壊走するなんて…… いくら侯爵軍が強力と言えど不自然だと思うわ」
「……では、革命軍の発足から侯爵家の手の平の上だったと?」
「或いは、難民の発生の時点から」
 アイシュリングにレックスは何も答えなかった。ただ、その背には冷たい汗が滴っていた。
「ねえ、レックス。貴方の理想は素敵よ。でも、理想だけでは護れないものもあるの」
「難民に襲われた人、奴隷に落とされた人まで出て、結果は侯爵家の独り勝ち── 今回の難民問題が全て侯爵家の陰謀だった、って話が事実か、単なる噂話で終わるかは……全部、これからの貴方にかかってると思うの」
 フローレンスとディーナの言葉は、だが、今のレックスには届かない。
「そんな…… 我々の革命が…… 侯爵の吹く笛に踊らされたものに過ぎないと……?」


 翌朝。出発の刻── 騎兵たちの隊長がハンターたちに、周囲の哨戒に出掛けた騎兵が一人、戻って来ていない、という事実を報告した。
「森で迷っているのかもしれない。探しに行っても良いだろうか?」
「悪いが我々は出発しなければならない。逸れた者は置いていく」
 ……なるほど、と呟く騎兵隊長。時間に限りがあることを看破されたな、と思いつつ、ハンターたちは先へ進む。

 やがてエリダス川へと注ぐ支流の一つの川岸に辿り着くと、昼前にも関わらずハンターたちは足を止めた。
 ネフィリアが小高い丘の上へと走り、周囲の警戒を密にする。レックスの傍には体調管理係のディーナの他、さりげなく金目も傍に立っている。
「……こんな所で、大休止ですか?」
 隊長の問いに、ハンターたちは答えない。警告の声を上げながら駆け戻って来るネフィリア。むしろユウとアイシュリングが隊長に問う。
「あなたたちこそ、これから襲い掛かって来る敵の正体について知っているのではないのですか?」
「彼らはこちらの向かう先を、どうやって嗅ぎ付けて来たのかしら?」

 来た道の先からこちらを追う形でやって来たそれは、これまでとは明らかに異なる雰囲気を纏っていた。
 8体の軍用犬に、8人の犬使い── 彼らはこちらが何者かを問うこともなく、最短距離でこちらに向かって近づいて来た。
「止まってください。貴方たちの目的は何ですか?」
 素早く魔導剣を抜き構えるユウの誰何に、しかし、先方から返事はない。
 代わりに、犬使いたちは軍用犬らに繋いだ首輪のリードを解いた。そして、短く命を発した瞬間──まるで弾けるように犬たちがこちらへ向かってダッシュした。
「わんこっ!」
「ちっ、まずは犬たちの出鼻をくじくぞ!」
 それを見て叫ぶネフィリアとカズマ。犬は狼と同じく集団で狩りをする生き物だ。取り分け仲間意識が強く、指揮個体たるボスの下、統率的な行動を取る場合が多い──のだが……
「なんだ、こいつらは……ッ!?」
 その変貌にカズマは叫び、ユウは目を見開いた。
 犬使いらの統率の下、一糸乱れぬ横並びの突撃を見せていた犬たちが、ハンターたちが覚醒した瞬間、突如、その全身から闇色のオーラを噴出させたのだ。
 病的に筋肉を漲らせ、一回りも身体を巨大化させて── 連携も何もなく、まるで狂った様に叫びながら突進して来る軍用犬たち。
 アイシュリングはその突撃を見据えると、『エクステンドキャスト』でマテリアルを練り上げることに集中しつつ、頭上にまるで太陽の様に燃え盛る3つの火球を生じせしめた。
「メテオスウォーム」
 淡々とした声音で振り下ろされる聖書「クルディウス」──巨大化した火の玉が地面に落ち行く様は、まさに太陽が地上に降り落ちて来るようだった。炎の尾を曳き、3つの太陽がそれぞれ犬たちの横列に合わせて幅広く着弾し、地面に生じた巨大な火球が犬らを呑み込み……だが、その業火に包まれながらも、犬らはその燃え盛る炎の帳を突破した。
(闇色のオーラ…… ただの犬ではない?)
 二回目の詠唱は……間に合うまい。それだけ敵の足は速い。
 氷の礫の詠唱に入るアイシュリングの横で、美亜が仲間に合わせてアサルトライフルによる銃撃を開始した。
 惣助は鋭角的なデザインの銀色のライフルを構え、迫る犬たちに向けて『凍結弾』や『制圧射撃』を浴びせた。僅か数秒の足止めであるが、それは敵の突撃の足並みを乱して最初の一斉攻撃に加わる敵の手数を減らし、味方が対応できるだけの余裕を作り出す。
 横一線だった敵の突撃が櫛の歯が欠けるようにガタガタになり。ユウはその身にマテリアルを纏うと、第一戦に残った一体に向けて八方手裏剣を投擲した。犬の額に命中したそれに紐づけされていたマテリアルを手繰って敵の背後へ躍り出る。思いがけず至近に敵を得た犬が慌てて背後を振り返り──それよりも早くユウが血色の片手半魔導剣による目にも止まらぬ連撃により、光と闇、二つの軌跡で狼の身体を打撃する。
 そう、打撃だ。並の犬なら胴ごと断ち割っている斬撃を二回も受けて尚、軍用犬はそれに耐えた。改めてその脅威を認識しつつ距離を取ったユウに、周囲の犬たちが群がり、全周から襲い掛かる。カズマはその内の1体の涎塗れの口の中に、親指で蓋を飛ばした香水の瓶を素早く『アイテムスロー』で投げ入れた。ガフッ、とむせ返り、そのまま着地も失敗して地面を転がる軍用犬。残る3体の攻撃を、マテリアルで反射神経を高めたユウは全て回避し、反撃の一撃を加えて包囲下から離脱する。
 その間、残る4体はそのまま正面への突撃を継続し、こちらの前衛へと接触する。
 赤から黒へと急激に染まりゆく白目を剥いて涎を撒き散らしながら、牙を突き立てんと跳躍してくる軍用犬たち── その攻撃対象は無差別。レックスも、そして、騎兵たちも含まれる。
「このっ……犬っころがあぁぁぁ……!」
 仲間の一人の喉元に喰らいついた犬へ剣を突き立てる騎兵たち。しかし、戦闘能力の高い彼らも、ハンターたちですら手こずる犬相手では分が悪い。
 レックスに向け飛び掛かって来た個体は、立ち塞がったディーナの『ディヴァインウィル』によって防がれた。見えざる壁に激突したかのように地面へ落ちた1体を跳び越え、襲い掛かって来たもう1体もまた意志の壁に阻まれて。そこへ金目がルーンの刻まれた両刃の斧を振るい、扇状の炎で薙ぎ払う。
「肌に刃が立たないってぇんなら、擦り潰れるまで削ってやる!」
「レックス殿、無事ですか?!」
 抜き身の剣を提げたまま走って来た騎兵隊長は、しかし、ディーナの不可視の壁に阻まれた。
 守りの構えを取ってレックスと彼の間に立つ金目──ほんの僅かの間だが、二人は暫し、視線を交わす。
「前に出ます! ネフィ、援護を」
「了解、フロー姉! あああああ、こんなになってもわんこ可愛いっ! こんなに可愛いわんこを悪いことに利用する人はとっても悪い人なのだっ!」
 騎兵とレックスらに向かっていった犬らのちょうど等距離の間に入り、『ピュリフィケーション』を使うフローレンス。その瞬間、犬たちが纏った闇色のオーラが弱まり、一瞬、きょとんとした顔を覗かせた後……再び凶暴化する。
(効果があった……! ということはアレは負のマテリアル! でも、なんでまたすぐ元の状態に……?)
 わああぁぁ、という妹の叫び。ハッと我に返れば、ユウに引き付けられた以外の4体の犬が前に出たフローレンスに集中するところだった。姉を守る為に大剣を振り回し、その間に割り込むネフィリア。妹と背中合わせになる様に位置を取ったフローレンスが、『ディヴァインウィル』を張って背中を守る。
「オフェンス、任せた」
「うん!」
 そこへ放たれる矢と魔法攻撃──追いついてきた犬使いたちが犬らの支援に放った遠距離攻撃だ。その攻撃は前衛の犬たちを支援しつつも、明らかにレックスを狙うことに重点を置いていた。
「しゃがんで!」
 叫び、レックスを地面に引き倒して覆い被さるディーナ。この時、レックスたちは川べりの崖の上にあって、既にどこにも逃げ場はなかった。勝利を確信する犬使いたちの中で、しかし、違和感を抱く者がいて…… その違和感の正体が、『ハンターたちが9人しかいない』事だと気づいた直後。犬使いたちの一人が突然、悲鳴と血飛沫を上げて地面へと倒れ伏した。
 突然の出来事に、犬使いたちは驚き、混乱に陥った。血飛沫の中にその姿を浮かび上がらせたのはカズマだった。彼は『ナイトカーテン』と『影渡』を使って誰に気付かれることもなく犬らの前線を突破すると、そのまま後衛の犬使いたちの只中へと突っ込んだのだ。本来であれば集中砲火を浴びていておかしくない正面突破──だが、マテリアルのオーラで自身を覆ったカズマを敵は誰一人認識できなかった。
 クッと奥歯を噛み締める犬使いたち。2人の魔法使いを守る為に6人が弓を捨てて前に出て……
 だが、再び気配を消したカズマは再びその壁を抜け、後衛の魔術師たちをすれ違いざまに切り捨てる。
(敵の遠距離攻撃が止んだ──!)
 瞬間、ディーナは身を起こしてレックスを川べりまで引きずっていった。そして……
「レックス。生きて自分の義務を果たして」
 そう告げて、彼を崖の上から突き落とした。
 目を見開いてスローモーションで川面に落ちていったレックスは。しかし、川上から流れて来た中型船の甲板に怪我一つなく落っこちた。
 それはレックスとハンターたちをピックアップする為に雇い主が用意した船だった。「あ……」と呟く隊長をよそに、構わず行けと金目が船に手で示す。
「さて、後はここの敵を排除して生き残るだけね」
「はい。せめて、それくらいは……」
 敵後衛向けに再び『メテオスウォーム』を唱えるアイシュリングに、自らは傷一つ追うことなく自身の周りの犬たちを『撲殺』しながら、ユウ。
 苦笑を浮かべて立ち尽くす騎兵隊長をよそに戦いは進み……ネフィリアの雄叫びと共に、ハンターたちは敵を一体残らず『すり潰した』。

 犬たちに続いて闇色オーラを全力で噴出させてハンターたちに対抗した犬使いたちは、その命を全て燃やし尽くして、誰一人捕らえられることなく全滅した。
 その間に『目的を達成できなかった』騎士たちも逃げ散り……ただ一人、その場に立ち尽くしていた騎士隊長だけが、金目や惣助らに拘束されるでもなく、その場に捕らわれていた。
「……さて、ではこれから王都に──俺たちの雇い主の所まで来てもらおうか。なに、レックスにもすぐ会えるさ」

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参加者一覧

  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 爆乳爆弾
    フローレンス・レインフォード(ka0443
    エルフ|23才|女性|聖導士
  • 爆炎を超えし者
    ネフィリア・レインフォード(ka0444
    エルフ|14才|女性|霊闘士
  • 双璧の盾
    近衛 惣助(ka0510
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • 未来を想う
    アイシュリング(ka2787
    エルフ|16才|女性|魔術師
  • 能力者
    美亜・エルミナール(ka4055
    人間(蒼)|20才|女性|闘狩人
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 細工師
    金目(ka6190
    人間(紅)|26才|男性|機導師
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 救出計画【相談卓】
エアルドフリス(ka1856
人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2018/04/04 18:37:07
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/04/01 18:50:22