ゲスト
(ka0000)
ハニートーストは命がけ
マスター:サトー

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/12/15 15:00
- 完成日
- 2014/12/18 20:29
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ゾンネンシュトラール帝国と辺境との境にある山の麓、針葉樹の生い茂った山肌の近くに、一軒の小ぢんまりとした民家があった。
「イリーナ! ちょっと町まで行ってくるが、何かいるものはあるか?」
中年期も終わりにかかろうかという年頃の、無精髭をまばらに生やした男が野太い声を張る。
台所の方から聞こえてきたのは、イリーナと呼ばれた男の妻のもの。
「丁度良かったわ、アキム」
声に遅れて姿を見せたのは、夫――アキムと同年代と見られる初老の女性。
日に焼け、シミやそばかすだらけの頬に、歳相応の印が幾筋か刻み込まれている。日の下で生きてきたことを端的に教えてくれる顔は、夫の尋ねに純朴そうな笑みを浮かべていた。
「小麦粉とドライフルーツが切れそうだったの」
そう言って、妻――イリーナは笑う。その笑顔はアキムの日々の原動力だ。
朴訥で社交性があるとは決して言えない不器用な男――アキムが惹かれたのは、何よりもこの優しげな笑みだった。
このような辺鄙な所に住んでいるのも、大抵のことは自給自足で済ませているのも、町の人間からすれば慎ましいと言われる生活を送っているのも、イリーナが祖母の遺した家を腐らせるわけにはいかないと、アキムに頭を下げたからだ。とうの昔に廃村となった不便な土地とはいえ、断れるわけがなかった。
「小麦粉とドライフルーツだな。夕方には戻る」
時刻は昼過ぎ。
馬で駆ければ、往復二時間もかからない。
「いってらっしゃい、あなた。気を付けて」
「ああ、行ってくる」
家を出たアキムは、馬に乗る前に裏手の山側にある養蜂場を見に行った。
養蜂場と言えば聞こえはいいが、実際は巣箱はたったの一つしかない。
イリーナが祖母から受け継いだ、長年愛用している巣箱だ。
それにより生計を立てているわけではなく、単なるイリーナの趣味のようなものだったから一つもあれば十分だったが、随分ぼろくなってきてしまっているので、そろそろ新しいものを作らねばならないかもしれない。
民家の裏手は、草木の生い茂る静かな空間だ。
人の気配の無いここら一帯は、常に平穏によって守られている。
イリーナの大好きな蜂蜜を供給してくれる巣箱も、山肌近くの木々の下で、直射日光を避けて涼んでいる。
アキムは鬱陶しい雑草を踏み分け、裏手を突き進む。
町から離れた郊外に居を構える家において、力仕事を一手に引き受けてきたアキムの体つきは見事なものだ。鍛えた格闘家の肉体にいくらか脂肪を上乗せしたようなもので、少しだぶつきつつある腹の下にも、見かけからは想像もできないほどの筋肉が隠されている。
とても初老の男性とは思えない。
力強い足取りで草木をなぎ倒していくと、目当ての巣箱がかすかに見えてくる。
そこで――アキムの足は止まった。
「なんだありゃ……」
巣箱の周りには何千となる通常のミツバチ、その上空、峻厳な崖となっているむき出しの山肌の上に、異様なほど巨大なミツバチが数匹飛んでいた。
「なんてこと……」
アキムからもたらされた報告に、イリーナは口元に手を当てて言葉を失った。
――雑魔。
名前や話だけは聞いたことはあったが、実際に自分の目の前に現れるのは初めての事だった。
「くそっ……」
今にも崩れ落ちそうなイリーナを支え、アキムは悔しそうに唇を噛んだ。
一匹だけなら何とかなったかもしれない。
武器など持ったことないアキムであったが、自慢の肉体を限界まで酷使すればどうにか――。
もっと若ければ、あるいは――。
だが、そんな妄想は何の意味ももたない。現実として、雑魔は一匹では無いのだから。
このまま放置すれば、養蜂の要である花畑は枯れ、蜜を求めるミツバチらも犠牲に。そうなれば、この家も……。
それは、イリーナの頭にも浮かんでいたことだった。
――この家は放棄しなくてはならない。
折角、祖母から譲り受けたこの貧相な家を、夫とともに少しずつ改造してきたというのに。
折角、祖母との想い出が詰まったこの哀れな家を、夫とともに、ゆっくりと快適な空間にしてきたというのに。
それも全て、もう、おしまいだ。
イリーナの顔を絶望が彩る。それを見て、アキムはイリーナの両肩を掴んで揺さぶった。
「諦めるのはまだ早い! ハンターに依頼しよう。ハンターなら、ハンターならきっと――」
「でも、そんなお金、私たちには……」
「探すさ! 今すぐ町に行って探してきてやる。少ない報酬でも引き受けてくれる人を!」
言って、アキムはイリーナにしっかりと戸締りをするように言いつけて、今度こそ家を出た。
今までの人生で最も早く馬をかけ、アキムは町を目指す。
あの家を手放さずに済むように――。
妻の笑顔を絶やすまいと――。
●ハンターオフィスにて
「――というわけです」
職員が依頼主の男性から聞いた話を要約して説明する。
「対象となる雑魔は外部からやってきたようですね。付近に雑魔の発生源らしきものは見当たらないとのことです」
職員は、書類をめくりながら淡々と説明を続ける。
「雑魔が位置するのは、巣箱の上空辺り、崖の上にある花畑が住処となっています。この花畑の蜜が養蜂にとっても要となっているようですので、退治が遅れれば、花畑は枯れてしまい、養蜂は絶望的となるでしょう。また、花畑に近づいたミツバチが雑魔に殺されていることも、今後の養蜂に影響が出るかもしれませんね。それともう一つ――」
職員は眼鏡を外し、ふぅと小さく息を吐いて、首を左右に振った。
「依頼主が雑魔退治に何としても参加したいと言い出しています。足手まといになるのは必定ですが、自分の手で解決したいということなんですかね……」
よく分かりませんが、と職員は眼鏡をかけ直し、ハンターたちを見つめた。
「大変だとは思いますが、一度引き受けた以上、最後までよろしくお願いしますよ?」
「イリーナ! ちょっと町まで行ってくるが、何かいるものはあるか?」
中年期も終わりにかかろうかという年頃の、無精髭をまばらに生やした男が野太い声を張る。
台所の方から聞こえてきたのは、イリーナと呼ばれた男の妻のもの。
「丁度良かったわ、アキム」
声に遅れて姿を見せたのは、夫――アキムと同年代と見られる初老の女性。
日に焼け、シミやそばかすだらけの頬に、歳相応の印が幾筋か刻み込まれている。日の下で生きてきたことを端的に教えてくれる顔は、夫の尋ねに純朴そうな笑みを浮かべていた。
「小麦粉とドライフルーツが切れそうだったの」
そう言って、妻――イリーナは笑う。その笑顔はアキムの日々の原動力だ。
朴訥で社交性があるとは決して言えない不器用な男――アキムが惹かれたのは、何よりもこの優しげな笑みだった。
このような辺鄙な所に住んでいるのも、大抵のことは自給自足で済ませているのも、町の人間からすれば慎ましいと言われる生活を送っているのも、イリーナが祖母の遺した家を腐らせるわけにはいかないと、アキムに頭を下げたからだ。とうの昔に廃村となった不便な土地とはいえ、断れるわけがなかった。
「小麦粉とドライフルーツだな。夕方には戻る」
時刻は昼過ぎ。
馬で駆ければ、往復二時間もかからない。
「いってらっしゃい、あなた。気を付けて」
「ああ、行ってくる」
家を出たアキムは、馬に乗る前に裏手の山側にある養蜂場を見に行った。
養蜂場と言えば聞こえはいいが、実際は巣箱はたったの一つしかない。
イリーナが祖母から受け継いだ、長年愛用している巣箱だ。
それにより生計を立てているわけではなく、単なるイリーナの趣味のようなものだったから一つもあれば十分だったが、随分ぼろくなってきてしまっているので、そろそろ新しいものを作らねばならないかもしれない。
民家の裏手は、草木の生い茂る静かな空間だ。
人の気配の無いここら一帯は、常に平穏によって守られている。
イリーナの大好きな蜂蜜を供給してくれる巣箱も、山肌近くの木々の下で、直射日光を避けて涼んでいる。
アキムは鬱陶しい雑草を踏み分け、裏手を突き進む。
町から離れた郊外に居を構える家において、力仕事を一手に引き受けてきたアキムの体つきは見事なものだ。鍛えた格闘家の肉体にいくらか脂肪を上乗せしたようなもので、少しだぶつきつつある腹の下にも、見かけからは想像もできないほどの筋肉が隠されている。
とても初老の男性とは思えない。
力強い足取りで草木をなぎ倒していくと、目当ての巣箱がかすかに見えてくる。
そこで――アキムの足は止まった。
「なんだありゃ……」
巣箱の周りには何千となる通常のミツバチ、その上空、峻厳な崖となっているむき出しの山肌の上に、異様なほど巨大なミツバチが数匹飛んでいた。
「なんてこと……」
アキムからもたらされた報告に、イリーナは口元に手を当てて言葉を失った。
――雑魔。
名前や話だけは聞いたことはあったが、実際に自分の目の前に現れるのは初めての事だった。
「くそっ……」
今にも崩れ落ちそうなイリーナを支え、アキムは悔しそうに唇を噛んだ。
一匹だけなら何とかなったかもしれない。
武器など持ったことないアキムであったが、自慢の肉体を限界まで酷使すればどうにか――。
もっと若ければ、あるいは――。
だが、そんな妄想は何の意味ももたない。現実として、雑魔は一匹では無いのだから。
このまま放置すれば、養蜂の要である花畑は枯れ、蜜を求めるミツバチらも犠牲に。そうなれば、この家も……。
それは、イリーナの頭にも浮かんでいたことだった。
――この家は放棄しなくてはならない。
折角、祖母から譲り受けたこの貧相な家を、夫とともに少しずつ改造してきたというのに。
折角、祖母との想い出が詰まったこの哀れな家を、夫とともに、ゆっくりと快適な空間にしてきたというのに。
それも全て、もう、おしまいだ。
イリーナの顔を絶望が彩る。それを見て、アキムはイリーナの両肩を掴んで揺さぶった。
「諦めるのはまだ早い! ハンターに依頼しよう。ハンターなら、ハンターならきっと――」
「でも、そんなお金、私たちには……」
「探すさ! 今すぐ町に行って探してきてやる。少ない報酬でも引き受けてくれる人を!」
言って、アキムはイリーナにしっかりと戸締りをするように言いつけて、今度こそ家を出た。
今までの人生で最も早く馬をかけ、アキムは町を目指す。
あの家を手放さずに済むように――。
妻の笑顔を絶やすまいと――。
●ハンターオフィスにて
「――というわけです」
職員が依頼主の男性から聞いた話を要約して説明する。
「対象となる雑魔は外部からやってきたようですね。付近に雑魔の発生源らしきものは見当たらないとのことです」
職員は、書類をめくりながら淡々と説明を続ける。
「雑魔が位置するのは、巣箱の上空辺り、崖の上にある花畑が住処となっています。この花畑の蜜が養蜂にとっても要となっているようですので、退治が遅れれば、花畑は枯れてしまい、養蜂は絶望的となるでしょう。また、花畑に近づいたミツバチが雑魔に殺されていることも、今後の養蜂に影響が出るかもしれませんね。それともう一つ――」
職員は眼鏡を外し、ふぅと小さく息を吐いて、首を左右に振った。
「依頼主が雑魔退治に何としても参加したいと言い出しています。足手まといになるのは必定ですが、自分の手で解決したいということなんですかね……」
よく分かりませんが、と職員は眼鏡をかけ直し、ハンターたちを見つめた。
「大変だとは思いますが、一度引き受けた以上、最後までよろしくお願いしますよ?」
リプレイ本文
「あ、あの、アキムさん。もう一度周囲の状況を教えてください……」
巣箱のある裏手の広場にて揃った一同。マルカ・アニチキン(ka2542)は透き通るような白い肌を陽射しから守るように袖の長い服を着込み、来たる戦闘の為にアキムに確認する。
説明をするアキムの傍らでイリーナが不安そうにしているのを見て、リュイ=ユウエル(ka3652)は気づかわしげな目を向けた。
「大丈夫です。皆様お強いですから」
リュイの言葉に幾らか不安を和らげつつも、イリーナの顔は明るくない。
「ただ、申し訳なくて……」
聞けば、イリーナは報酬を十分に払えないことを気にしているようだった。
「そんなこと気にしてないよ」
沈むイリーナにそう声を投げたのは、レホス・エテルノ・リベルター(ka0498)。
転移によって離れ離れになった家族の絵が脳裏にちらつく。皆は元気にしているだろうか。何か困ってはいないだろうか。アキムとイリーナの姿に、そんな家族の姿が重なって見えたのかもしれない。
「困っている人を助けるのは、ハンターとして、ううん、人として当然でしょ?
ここはお二人にとって大切な場所なんだよね。だったらボクらにまっかせてよ!」
「ありがとうございます」
温かい言葉を貰ったイリーナは、涙の滲んだ瞳を隠すように深く頭を下げた。
●
「さてさてー。では、レッツ雑魔殲滅! 張り切っていこー!」
コリーヌ・エヴァンズ(ka0828)が元気よく右手を天に伸ばす。早く体を動かしたくてたまらないといったように、地を踏む足取りも小気味良い。案内役のアキムを追い越してしまいそうなのはご愛嬌か。
「コリーヌ、少しは落ち着いたらどうだ」
呆れ顔のイレーヌ(ka1372)が抱えているのは、アキムから融通してもらった木材だ。
通常の蜂は木の焦げた臭いを嫌う。雑魔相手に通用するかは不明だが、試しても損は無いと考えたからだ。
木材を抱える為に成熟した大人の女性姿になっているイレーヌの姿も、今のアキムには目に入っていない。マルカの勧めで替えた白シャツに土が跳ねたのにも気づかぬほどに。
「蜂大丈夫なの?」
張り切るコリーヌを、イレーヌの隣で十色 エニア(ka0370)が楽しそうに見ている。
「芋虫系以外なら!」と答えるコリーヌに、「わたしはちょっと苦手かな~」とエニアは漏らす。ハチミツは好きなんだけどね、と付け加えると、甘いものに目が無いイレーヌは同士を見るように眼を光らせた。
リュイは迂回路を登り始めた頃から気を滾らせ、清廉とした銀髪の毛先が淡い紫に染まるにつれて闘気を満たしていく。
程なくして着いた花畑は、ある意味壮観と言えた。
「……な、なんか多すぎるんだよー?」というコリーヌの戸惑いも無理はない。
雪の近づいてきた冬場にあって、猶咲き誇る多種多様な花々、その上空を覆いつくさんばかりに飛び回る雑魔の群れ。
その光景に皆が気合を入れる中、とりわけリュイは手に力が入る。愛する故郷が同じ目にあったらと、その情景が胸をよぎれば致し方ない。
「できるだけ花が傷まぬよう、心がけた方が良いかと思いますわ」
「そうですね。私も注意したいです……!」とマルカは闘志を表立たせて、応じる。
「しっかり準備してから行くんだよー」というコリーヌの進言を受けて、敵に気づかれる前に配置を完了させると、エニアは自身にウィンドガストをかけ、コリーヌにはマルカが行った。
それと同時に、地を駆けるものを使用したコリーヌが駆け出す。エニアもそれに続く。
群がりくる雑魔の群れに臆せず、コリーヌは華麗なステップで囲まれないように躱し、手近な蜂を片っ端から力一杯殴りつけていく。
「こーなったら、徹底的に粉砕するんだよー!」
同じく前衛を担当するエニアが鞭を大きくしならせて、一匹でも多く巻き込まんと振るった。
「広範囲に攻撃できる魔法、修得したいな~」と軽口を叩ける程度には、余裕がありそうだ。
「あ、そうだ」とエニアは蜂が集まってきたのを見計らって、スリープクラウドを試みる。範囲内にいた蜂二十匹ほどが瞬く間にぽとぽとと地に落ちた。エニアは不敵な笑みを浮かべる。一時的とはいえ、これで大分楽になるだろう。
「集中攻撃に気を付けてね!」と二人を援護するように、後方からレホスは魔導銃を放ち、「私も……!」と、マルカは水球にて群がろうとする蜂を撃ち落とす。
コリーヌは仲間の射線を遮らぬよう回り込み、巣箱への被害を懸念して、崖の淵、上空辺りにいる蜂も誘導するように動き回った。増幅した回避能力のお陰で致命的なダメージを負うこともなく、俊敏な身のこなしで前線を攪乱する。
だが、数の差は如何ともしがたい。こちらはアキムを除けば六人。対して相手は百近く。雑魔の一部が前衛の二人を越えて、後方へと躍りかかった。
機導剣と棍で対応するレホスとマルカを尻目に、十数匹が更に背後に抜ける。
アキムの護衛として控えていたイレーヌとリュイの前へ――。
「来たか」と待ち構えていたイレーヌが光弾を浴びせ、数を削る。
「させませんわ!」
力を漲らせたリュイはロッドを振り回し、アキムへ近づけさせまいと懸命に蜂を叩き落とす。
アキムは手にした鋤をぎゅっと握りしめ、気迫を以て立ち向かおうとするが、いざその時が来たら身体は思うように動いてくれなかった。竦む足が情けなく、向かい来る蜂に腕は縫い付けられたよう。
迫る蜂は、しかし、急に動きを止め、後衛と護衛の間でぶんぶんと飛び回る。
イレーヌはにやりと口元を歪ませた。アキムの背後で燃やしていた木の煙を、雑魔が嫌ったのだ。これを見越して、マルカの提案通り風上に陣取っていたのが功を奏した。
と、イレーヌは咄嗟に鉄扇を振るう。
キンと甲高い音がして、蜂が一匹虚空に消え失せる。イレーヌの足元には、毒針が一本。それも間もなく消失した。
「冷や冷やさせる」
イレーヌの呟きも終わらぬ内に、更に毒針が撃ち込まれた。それを盾を持たないリュイが身を挺して防ぐ。
「イリーナ様を悲しませるわけにはいきません」
僅かに顔を歪ませたリュイは、アキムを更に後方に下がらせた。
「あわわわ、気持ち悪いぬ!?」
優れた身のこなしにて回避していたコリーヌに蜂が群がる。慌てて地面を転げまわって振り落しにかかる一方で、毒針を誘発させては回避に心を砕いていたエニアもまた、群がった蜂に苦戦していた。
「後は任せた!」と自身にスリープクラウドをかけたエニアが、蜂の集団とともに眠りにおちる。その際、倒れたエニアの下敷きになった蜂が一匹、瀕死だったこともあり、そのまま消失した。鎧に付着した青黒い体液は知らぬが仏か。
レホスが長いブロンドの髪を陽の下に翻らせて、エニアを起こしに駆ける。どっしりと構えたマルカが魔法でレホスに襲いかかろうとする蜂を退けた。
「ぁ、うん……これ、怖いわ」と視界を埋め尽くした蜂球の恐怖を語る起き抜けのエニア。レホスとともに蜂が起きる前にと、一匹ずつ潰していく。
自身の傷を癒したコリーヌが再び攻撃に転じ、マルカは今度はコリーヌの援護に努めた。
そして、ようやく――、残す蜂は一匹となった。
「アキムさん」
皆の声にアキムが一歩前に出る。眼前には、翼をもがれ、尻を潰され、地を這う瀕死の雑魔。
最後はアキムに、と皆がお膳立てしてくれたのだ。
「あ、ああ……」
緊張した面持ちでアキムは頷く。自らの手で、と意気込んだは良いものの、やはり自分には武器を持って戦うような真似はできないらしい。けれど――。
自分を見守る六人の視線、彼女達の想いが勇気をくれる。
様々な補助を受け、アキムは手に力をこめ――、鋤を大地に突き立てた。
「巣箱は大丈夫かなー?」とコリーヌは崖の上から巣箱の無事を確認する。
少し荒れてしまった花畑を修復しようと試みるマルカとその手伝いをするリュイ。
もう蜂の雑魔は全ていなくなったのろうか。もし、巣でもあったりしたら……、とマルカは眉を曇らせる。そんな心配を吹き飛ばすように、レホスは声を張り上げた。
「大丈夫! ボクに手伝えることがあったら、いつでも声をかけてね。報酬なんか必要ないから!」とアキムに気兼ねなく言う。
アキムの想いにいたく共感したレホスは、随分と夫妻を気に入ったようだった。
リュイのヒールによる手当てを終え、念のため一行は周辺を見回った後、もう何も無いのを確認して、帰路についた。
足音を聞きつけたのか、家から飛び出してきたイリーナに、リュイは微笑みかけ、
「アキム様も、花畑もご無事ですよ」と、イリーナの背に手を回した。睦まじいお二人なら今後もきっと、と励ましの言葉に、イリーナは目尻を拭いて応えた。
その陰で、アキムから借りた手ぬぐいで、汚れた装備を拭うコリーヌとエニアの姿があった。
●
「あはははは」
町はずれの一軒の民家に、笑い声が響き渡る。
手狭な室内に、今はパンパンに人が詰まっている。こんなことはこの家が建てられてから初めてのことだろう。
「この人はまったく」と呆れるのはイリーナだ。部屋の隅では、アキムが赤面して縮こまっていた。
話の発端は、イリーナの覚醒姿。ちょっと露出の高い成人姿に、帰り道になってようやく気が付いたというのだ。それからというもの、朴訥で不器用なアキムは、それから目を逸らすように身を小さくしていた。もう五十を過ぎているのだが。
「余りお気に召さなかったようだな、残念だ」と、今は元の姿に戻っているイレーヌがからかうように言う。
「こんな若い女の子達に囲まれて、照れているのよ」とイレーヌが付け加えると、エニアはこっそりと笑みを深めた。どうやら自分も女だと思われているようだが、敢えて訂正はしなかった。それは無粋というものだ。断じて面白がってではない。
「そ、そろそろじゃないか」
アキムが逃げるように台所の方に消えると、一段と笑い声が強まった。
アキムは竃から出来立ての食パンを取り出す。
「あの、何かお手伝いできることありますか……?」
覚醒時とは打って変わっておどおどとした様子のマルカが申し出る。
「じゃあ、そこのお皿とスプーンを」
「はい……っ!」
二人が用意した品を運ぶと、食卓では、レホスが二人の馴れ初めをイリーナに訊いていた。
「な、そ、それは止めてくれ!」
慌てたアキムが取り落しそうになった皿をリュイが何とか支える。
「いえね、この人がどうしてもって――」
「や、やめろーー!」
恥ずかしがるアキムがイリーナの口を必死に抑えようとするも、レホスとコリーヌが左右から腕を取り押さえる。皿は既に全てリュイが引き継いでいた。マルカは、どうしたらいいのか分からずあたふたしながらも、イレーヌと共に止めずに場を見守り続ける。
「さっ、続きをどうぞ」
エニアが楽しそうに促すと、イリーナは今日一番の笑みを浮かべていた。
「た、食べてくれ……」
アキムは疲れ果てたように呟いた。六人の前には、色とりどりのドライフルーツが盛られ、アイスクリームをのせ、並々と蜂蜜が流れている食パンが一切れずつ。焼きたてのパンの香りが香ばしく立ち込めている。
「いただきます」と、六人は一斉に口に入れた。
がっしりと噛みごたえのある食パンは、バターでも使っているのか、表面はサクサクとしていて仄かに甘みを感じさせる。お手製の蜂蜜は甘く濃厚で、しかししつこくなく。甘さ控えめのアイスクリームがさっぱりと蜂蜜を洗い流し、飾り付けられた果実の酸味が口内を爽やかに仕上げる。
「美味しい……」
マルカの誰に言うでもない呟きに、皆は心の中で賛同する。手も口も止まらないからだ。
強い酸味の苦手なリュイはこっそりとエニアに少し果実を分け、コリーヌはマルカにナンパを仕掛け、イレーヌはアキムからビールを渡され上機嫌に飲んでいた。
「今度は、お仕事とは関係なしに、アキムさんとイリーナさんのおうちに遊びに来てもいい?
もちろん、お二人さえ良ければ、だけど。色々お話できたらいいなって思ってさ」
レホスの橙色の瞳が子犬のように二人を窺う。
「もちろん!」とイリーナが答えると、レホスは「代わりにボクは、リアルブルーの話をするよ!」と笑った。
歓談が進み、食パンが次第に小さくなっていく。女三人集まれば姦しいというが、それが六人、いや七人集まれば、どうなるかは言うまでもない。
と、不意に、透き通るような綺麗な歌声がどこからか聞こえてきた。音の出所はイレーヌだ。
ビールを飲んで上機嫌になったのか、木製のジョッキを掲げて快活に何かの歌を口ずさむ。故郷の歌か、それともただ即興で作ったものか、分かるのはイレーヌだけだ。
エニアがそれに乗っかると、イレーヌはエニアを引き寄せて肩を組んでビールを勧める。
アキムとイリーナが手拍子を始めると、他の四人も合わせるように手を叩いた。
暫しの間、その民家からは囃し立てるような喝采と拍手と笑い声が絶えることはなかった。
●
「とても、美味しかったです……っ」
マルカの桃色の髪が揺れる。そろそろ別れの時だ。
「あなたたちのお陰で、この家を手放さずに済んだわ。本当にありがとう。
貧相な家だけど、私たちには大切な、心の拠り所だから。感謝しているわ。
もっと報いることができたら良かったのだけれど……」
まだ報酬の少なさを気にしていたイリーナに、コリーヌは「アキムさんと奥さんが喜んでくれる事、それが何よりの報酬なんだよー」と気にしないように言った。
別れを惜しむレホスはイリーナと抱き合い、少し酔ったアキムを余裕そうなイレーヌがにやつく。エニアはハニートーストの味がまだ忘れられないのか、ごくりと喉を鳴らしている。
「ここは素敵な場所ですね」
リュイは周囲を見渡し、陶然としたように目を瞑る。
故郷に似た自然豊かな木々の香りを吸い込めば、心が洗われるようだった。
二拍して目を開くと、
「これからもずっと甘い香りと二人の笑顔に包まれる優しい土地であります事を」と穏やかな微笑みを湛えて、二人のために精霊とイリーナの祖母の御霊の加護がありますようにと祈った。
「ありがとう」
イリーナは微笑む。それは我が子を見守る母のような慈愛に満ちた瞳。
「みなさんのこれからに、幸多からんことを――」
巣箱のある裏手の広場にて揃った一同。マルカ・アニチキン(ka2542)は透き通るような白い肌を陽射しから守るように袖の長い服を着込み、来たる戦闘の為にアキムに確認する。
説明をするアキムの傍らでイリーナが不安そうにしているのを見て、リュイ=ユウエル(ka3652)は気づかわしげな目を向けた。
「大丈夫です。皆様お強いですから」
リュイの言葉に幾らか不安を和らげつつも、イリーナの顔は明るくない。
「ただ、申し訳なくて……」
聞けば、イリーナは報酬を十分に払えないことを気にしているようだった。
「そんなこと気にしてないよ」
沈むイリーナにそう声を投げたのは、レホス・エテルノ・リベルター(ka0498)。
転移によって離れ離れになった家族の絵が脳裏にちらつく。皆は元気にしているだろうか。何か困ってはいないだろうか。アキムとイリーナの姿に、そんな家族の姿が重なって見えたのかもしれない。
「困っている人を助けるのは、ハンターとして、ううん、人として当然でしょ?
ここはお二人にとって大切な場所なんだよね。だったらボクらにまっかせてよ!」
「ありがとうございます」
温かい言葉を貰ったイリーナは、涙の滲んだ瞳を隠すように深く頭を下げた。
●
「さてさてー。では、レッツ雑魔殲滅! 張り切っていこー!」
コリーヌ・エヴァンズ(ka0828)が元気よく右手を天に伸ばす。早く体を動かしたくてたまらないといったように、地を踏む足取りも小気味良い。案内役のアキムを追い越してしまいそうなのはご愛嬌か。
「コリーヌ、少しは落ち着いたらどうだ」
呆れ顔のイレーヌ(ka1372)が抱えているのは、アキムから融通してもらった木材だ。
通常の蜂は木の焦げた臭いを嫌う。雑魔相手に通用するかは不明だが、試しても損は無いと考えたからだ。
木材を抱える為に成熟した大人の女性姿になっているイレーヌの姿も、今のアキムには目に入っていない。マルカの勧めで替えた白シャツに土が跳ねたのにも気づかぬほどに。
「蜂大丈夫なの?」
張り切るコリーヌを、イレーヌの隣で十色 エニア(ka0370)が楽しそうに見ている。
「芋虫系以外なら!」と答えるコリーヌに、「わたしはちょっと苦手かな~」とエニアは漏らす。ハチミツは好きなんだけどね、と付け加えると、甘いものに目が無いイレーヌは同士を見るように眼を光らせた。
リュイは迂回路を登り始めた頃から気を滾らせ、清廉とした銀髪の毛先が淡い紫に染まるにつれて闘気を満たしていく。
程なくして着いた花畑は、ある意味壮観と言えた。
「……な、なんか多すぎるんだよー?」というコリーヌの戸惑いも無理はない。
雪の近づいてきた冬場にあって、猶咲き誇る多種多様な花々、その上空を覆いつくさんばかりに飛び回る雑魔の群れ。
その光景に皆が気合を入れる中、とりわけリュイは手に力が入る。愛する故郷が同じ目にあったらと、その情景が胸をよぎれば致し方ない。
「できるだけ花が傷まぬよう、心がけた方が良いかと思いますわ」
「そうですね。私も注意したいです……!」とマルカは闘志を表立たせて、応じる。
「しっかり準備してから行くんだよー」というコリーヌの進言を受けて、敵に気づかれる前に配置を完了させると、エニアは自身にウィンドガストをかけ、コリーヌにはマルカが行った。
それと同時に、地を駆けるものを使用したコリーヌが駆け出す。エニアもそれに続く。
群がりくる雑魔の群れに臆せず、コリーヌは華麗なステップで囲まれないように躱し、手近な蜂を片っ端から力一杯殴りつけていく。
「こーなったら、徹底的に粉砕するんだよー!」
同じく前衛を担当するエニアが鞭を大きくしならせて、一匹でも多く巻き込まんと振るった。
「広範囲に攻撃できる魔法、修得したいな~」と軽口を叩ける程度には、余裕がありそうだ。
「あ、そうだ」とエニアは蜂が集まってきたのを見計らって、スリープクラウドを試みる。範囲内にいた蜂二十匹ほどが瞬く間にぽとぽとと地に落ちた。エニアは不敵な笑みを浮かべる。一時的とはいえ、これで大分楽になるだろう。
「集中攻撃に気を付けてね!」と二人を援護するように、後方からレホスは魔導銃を放ち、「私も……!」と、マルカは水球にて群がろうとする蜂を撃ち落とす。
コリーヌは仲間の射線を遮らぬよう回り込み、巣箱への被害を懸念して、崖の淵、上空辺りにいる蜂も誘導するように動き回った。増幅した回避能力のお陰で致命的なダメージを負うこともなく、俊敏な身のこなしで前線を攪乱する。
だが、数の差は如何ともしがたい。こちらはアキムを除けば六人。対して相手は百近く。雑魔の一部が前衛の二人を越えて、後方へと躍りかかった。
機導剣と棍で対応するレホスとマルカを尻目に、十数匹が更に背後に抜ける。
アキムの護衛として控えていたイレーヌとリュイの前へ――。
「来たか」と待ち構えていたイレーヌが光弾を浴びせ、数を削る。
「させませんわ!」
力を漲らせたリュイはロッドを振り回し、アキムへ近づけさせまいと懸命に蜂を叩き落とす。
アキムは手にした鋤をぎゅっと握りしめ、気迫を以て立ち向かおうとするが、いざその時が来たら身体は思うように動いてくれなかった。竦む足が情けなく、向かい来る蜂に腕は縫い付けられたよう。
迫る蜂は、しかし、急に動きを止め、後衛と護衛の間でぶんぶんと飛び回る。
イレーヌはにやりと口元を歪ませた。アキムの背後で燃やしていた木の煙を、雑魔が嫌ったのだ。これを見越して、マルカの提案通り風上に陣取っていたのが功を奏した。
と、イレーヌは咄嗟に鉄扇を振るう。
キンと甲高い音がして、蜂が一匹虚空に消え失せる。イレーヌの足元には、毒針が一本。それも間もなく消失した。
「冷や冷やさせる」
イレーヌの呟きも終わらぬ内に、更に毒針が撃ち込まれた。それを盾を持たないリュイが身を挺して防ぐ。
「イリーナ様を悲しませるわけにはいきません」
僅かに顔を歪ませたリュイは、アキムを更に後方に下がらせた。
「あわわわ、気持ち悪いぬ!?」
優れた身のこなしにて回避していたコリーヌに蜂が群がる。慌てて地面を転げまわって振り落しにかかる一方で、毒針を誘発させては回避に心を砕いていたエニアもまた、群がった蜂に苦戦していた。
「後は任せた!」と自身にスリープクラウドをかけたエニアが、蜂の集団とともに眠りにおちる。その際、倒れたエニアの下敷きになった蜂が一匹、瀕死だったこともあり、そのまま消失した。鎧に付着した青黒い体液は知らぬが仏か。
レホスが長いブロンドの髪を陽の下に翻らせて、エニアを起こしに駆ける。どっしりと構えたマルカが魔法でレホスに襲いかかろうとする蜂を退けた。
「ぁ、うん……これ、怖いわ」と視界を埋め尽くした蜂球の恐怖を語る起き抜けのエニア。レホスとともに蜂が起きる前にと、一匹ずつ潰していく。
自身の傷を癒したコリーヌが再び攻撃に転じ、マルカは今度はコリーヌの援護に努めた。
そして、ようやく――、残す蜂は一匹となった。
「アキムさん」
皆の声にアキムが一歩前に出る。眼前には、翼をもがれ、尻を潰され、地を這う瀕死の雑魔。
最後はアキムに、と皆がお膳立てしてくれたのだ。
「あ、ああ……」
緊張した面持ちでアキムは頷く。自らの手で、と意気込んだは良いものの、やはり自分には武器を持って戦うような真似はできないらしい。けれど――。
自分を見守る六人の視線、彼女達の想いが勇気をくれる。
様々な補助を受け、アキムは手に力をこめ――、鋤を大地に突き立てた。
「巣箱は大丈夫かなー?」とコリーヌは崖の上から巣箱の無事を確認する。
少し荒れてしまった花畑を修復しようと試みるマルカとその手伝いをするリュイ。
もう蜂の雑魔は全ていなくなったのろうか。もし、巣でもあったりしたら……、とマルカは眉を曇らせる。そんな心配を吹き飛ばすように、レホスは声を張り上げた。
「大丈夫! ボクに手伝えることがあったら、いつでも声をかけてね。報酬なんか必要ないから!」とアキムに気兼ねなく言う。
アキムの想いにいたく共感したレホスは、随分と夫妻を気に入ったようだった。
リュイのヒールによる手当てを終え、念のため一行は周辺を見回った後、もう何も無いのを確認して、帰路についた。
足音を聞きつけたのか、家から飛び出してきたイリーナに、リュイは微笑みかけ、
「アキム様も、花畑もご無事ですよ」と、イリーナの背に手を回した。睦まじいお二人なら今後もきっと、と励ましの言葉に、イリーナは目尻を拭いて応えた。
その陰で、アキムから借りた手ぬぐいで、汚れた装備を拭うコリーヌとエニアの姿があった。
●
「あはははは」
町はずれの一軒の民家に、笑い声が響き渡る。
手狭な室内に、今はパンパンに人が詰まっている。こんなことはこの家が建てられてから初めてのことだろう。
「この人はまったく」と呆れるのはイリーナだ。部屋の隅では、アキムが赤面して縮こまっていた。
話の発端は、イリーナの覚醒姿。ちょっと露出の高い成人姿に、帰り道になってようやく気が付いたというのだ。それからというもの、朴訥で不器用なアキムは、それから目を逸らすように身を小さくしていた。もう五十を過ぎているのだが。
「余りお気に召さなかったようだな、残念だ」と、今は元の姿に戻っているイレーヌがからかうように言う。
「こんな若い女の子達に囲まれて、照れているのよ」とイレーヌが付け加えると、エニアはこっそりと笑みを深めた。どうやら自分も女だと思われているようだが、敢えて訂正はしなかった。それは無粋というものだ。断じて面白がってではない。
「そ、そろそろじゃないか」
アキムが逃げるように台所の方に消えると、一段と笑い声が強まった。
アキムは竃から出来立ての食パンを取り出す。
「あの、何かお手伝いできることありますか……?」
覚醒時とは打って変わっておどおどとした様子のマルカが申し出る。
「じゃあ、そこのお皿とスプーンを」
「はい……っ!」
二人が用意した品を運ぶと、食卓では、レホスが二人の馴れ初めをイリーナに訊いていた。
「な、そ、それは止めてくれ!」
慌てたアキムが取り落しそうになった皿をリュイが何とか支える。
「いえね、この人がどうしてもって――」
「や、やめろーー!」
恥ずかしがるアキムがイリーナの口を必死に抑えようとするも、レホスとコリーヌが左右から腕を取り押さえる。皿は既に全てリュイが引き継いでいた。マルカは、どうしたらいいのか分からずあたふたしながらも、イレーヌと共に止めずに場を見守り続ける。
「さっ、続きをどうぞ」
エニアが楽しそうに促すと、イリーナは今日一番の笑みを浮かべていた。
「た、食べてくれ……」
アキムは疲れ果てたように呟いた。六人の前には、色とりどりのドライフルーツが盛られ、アイスクリームをのせ、並々と蜂蜜が流れている食パンが一切れずつ。焼きたてのパンの香りが香ばしく立ち込めている。
「いただきます」と、六人は一斉に口に入れた。
がっしりと噛みごたえのある食パンは、バターでも使っているのか、表面はサクサクとしていて仄かに甘みを感じさせる。お手製の蜂蜜は甘く濃厚で、しかししつこくなく。甘さ控えめのアイスクリームがさっぱりと蜂蜜を洗い流し、飾り付けられた果実の酸味が口内を爽やかに仕上げる。
「美味しい……」
マルカの誰に言うでもない呟きに、皆は心の中で賛同する。手も口も止まらないからだ。
強い酸味の苦手なリュイはこっそりとエニアに少し果実を分け、コリーヌはマルカにナンパを仕掛け、イレーヌはアキムからビールを渡され上機嫌に飲んでいた。
「今度は、お仕事とは関係なしに、アキムさんとイリーナさんのおうちに遊びに来てもいい?
もちろん、お二人さえ良ければ、だけど。色々お話できたらいいなって思ってさ」
レホスの橙色の瞳が子犬のように二人を窺う。
「もちろん!」とイリーナが答えると、レホスは「代わりにボクは、リアルブルーの話をするよ!」と笑った。
歓談が進み、食パンが次第に小さくなっていく。女三人集まれば姦しいというが、それが六人、いや七人集まれば、どうなるかは言うまでもない。
と、不意に、透き通るような綺麗な歌声がどこからか聞こえてきた。音の出所はイレーヌだ。
ビールを飲んで上機嫌になったのか、木製のジョッキを掲げて快活に何かの歌を口ずさむ。故郷の歌か、それともただ即興で作ったものか、分かるのはイレーヌだけだ。
エニアがそれに乗っかると、イレーヌはエニアを引き寄せて肩を組んでビールを勧める。
アキムとイリーナが手拍子を始めると、他の四人も合わせるように手を叩いた。
暫しの間、その民家からは囃し立てるような喝采と拍手と笑い声が絶えることはなかった。
●
「とても、美味しかったです……っ」
マルカの桃色の髪が揺れる。そろそろ別れの時だ。
「あなたたちのお陰で、この家を手放さずに済んだわ。本当にありがとう。
貧相な家だけど、私たちには大切な、心の拠り所だから。感謝しているわ。
もっと報いることができたら良かったのだけれど……」
まだ報酬の少なさを気にしていたイリーナに、コリーヌは「アキムさんと奥さんが喜んでくれる事、それが何よりの報酬なんだよー」と気にしないように言った。
別れを惜しむレホスはイリーナと抱き合い、少し酔ったアキムを余裕そうなイレーヌがにやつく。エニアはハニートーストの味がまだ忘れられないのか、ごくりと喉を鳴らしている。
「ここは素敵な場所ですね」
リュイは周囲を見渡し、陶然としたように目を瞑る。
故郷に似た自然豊かな木々の香りを吸い込めば、心が洗われるようだった。
二拍して目を開くと、
「これからもずっと甘い香りと二人の笑顔に包まれる優しい土地であります事を」と穏やかな微笑みを湛えて、二人のために精霊とイリーナの祖母の御霊の加護がありますようにと祈った。
「ありがとう」
イリーナは微笑む。それは我が子を見守る母のような慈愛に満ちた瞳。
「みなさんのこれからに、幸多からんことを――」
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相談卓 コリーヌ・エヴァンズ(ka0828) エルフ|17才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2014/12/15 00:29:43 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/12/10 00:34:49 |