• 羽冠

【羽冠】聖導士学校――醜聞の馬車

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/04/06 19:00
完成日
2018/04/12 23:12

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●暗部
 古びた街道を馬車が行く。
 すれ違う農夫が顔をしかめるほど、臭い。
 荷台には薄汚れた子供が詰め込まれ、馬車が揺れるたびにうめきが響く。
 そんな状況でも誰一人逃げようとしない。
 体は自由でも体を動かすための気力も体力もないのだ。
 絶望に擦り切れた瞳が青い空を虚ろに映す。
 どこかで、シャッターの電子音が響いた。

●今日から2年生
「今期の夏服預かってきたわ。……ちょっと無視しないでよ」
「ごめん」
 人の良さそうな少年が勝ち気な少女に頭を下げた。
「手間取らせないでよ。私も報告書まだなんだから」
 少年がぺこぺこしながらカソック3着を受け取る。
 質が軍服並なのでかなり重い。
 しかし骨が太く筋肉がそれ以上に太い腕はびくともしない。
「報告書大変だよね。小さなミスで再提出だし」
「ん? ごめんなさい。私もよく聞き取れてないや」
 教室の開きっぱなしの窓から、ゴーレムの稼働音と石を積む音が入ってくる。
 3週間前は影も形もなかった新校舎が、今では完成直前に見えた。
「1年で色々あったわよねぇ」
 少女が感慨深げに溜息をつく。
 健康的な白い肌と艶のあるブルネットからは、1年前の浮浪児を連想させる要素を見つけられない。
 1年間走って食べて戦って食べてを繰り返した結果、手足はすらりと伸び適切な場所に適度な脂肪もついた。
 今では美少女というには少し足らない程度の活発少女だ。
「ほらそこ間違ってるわよ」
「うん」
 頭を下げて書き直す少年は少女の倍ほど太い。脂肪の割合は教室で一番低い。
 今期の主席候補筆頭であり、初恋に悩む純情少年である。
「新入生どうなるのかしらね。校長先生達張り切ってたし」
「あ、あはは、去年は凄かったよね。先生方が強面過ぎて生きた心地もしなかったよ」
 覚醒者による圧迫面接は拷問に近い。
 校長達は世渡りの術を知らない子供に上下関係を教えただけ。
 それも今なら分かるが当時はただ怯えて泣いていた記憶がある。
「あんたみたいな貴族上がりはマシでしょう。当時の私なんてスケルトンっぽいガリガリよ。死ぬかと思ったわ。……ほらまた違う」
「あ、うん、ごめんね」
 微かな石鹸の匂いと自分のものとは違う体温が気になって、普段より字が乱れてしまっている。
「けどどうすればいいのかしらねー」
「えっと」
「新入生よ。私達のときは上級生が1対1で助けてくれたけど、今回新入生多いでしょ?」
「うん、1人で2人をみても足り無いから……どうしよう?」
「今気づいたの? まあいいけど、調べても考えても分からないなら分かる人に聞こうかなって」
「えーと、先生?」
「先生と近所のおっちゃん……じゃなくて元騎士や聖堂戦士のみなさんと、来てくれればハンターさん達にもね」
 顔を赤くした少年が返事をする前に、獣の唸りじみた腹の音が響いた。
 厨房の方向からは食欲をそそる肉の匂い。これは多分熟成肉のステーキだ。
 他にも焼きたて白パンや新鮮野菜がみっしり入ったスープの香りもする。
 これは特別な料理ではない。
 毎食同レベルの食事が無料で振る舞われている。
「急ぎましょ」
「うん」
 1年前まで文盲だった子も、1年前まで捨て置かれていた妾の子も、1年後の卒業に向け努力を積み重ねていた。

●意識の断絶
『聖堂教会のイコニア・カーナボンさん。聞いてたらすぐにオフィスまで来て下さい』
 転移装置から出てきた司祭が、困惑顔になりパルムと顔を見合わせた。
 大儀そうに紙袋を持ち直し、紙袋の中身を崩さないよう慎重に足を進める。紙袋からは新鮮なクリームの香りがした。
『聖堂教会の……っていた!』
「いた、じゃないですよ。こんな大騒ぎをして』
 放送をしていたのは馴染みのオフィス職員だった。
 初めて見る深刻な表情で少女司祭に詰め寄ってくる。
「これを見て下さい」
 職員が差し出したのは1枚の号外だ。
 悪徳貴族や腐敗教会などという扇情的な字句と共に、輸送される子供達の姿が印刷されている。
「捏造であるなら手を打つ準備があります」
 ハンターズソサエティーは、イコニアが属する派閥からも癒し手の派遣を受けている。
 なので、ジャーナリズムに直接圧力をかけるのは無理でも間接的圧力をかける程度のことはする。
「悪意的な修辞ですが事実です。この子達はうちの新入生です」
「え」
 職員が数歩後ずさる。
「貴方こんなことするんですか?」
「? 荒っぽいやり方ですけど適法ですよ。個人的には趣味じゃないですけど輸送は貴族側の担当ですから口出しできませんし」
 少女司祭に罪悪感は薄い。
 宣伝戦で不利な立場で立場に追いやられていることにも気づいていない。
「そ、そういえばこのひと王国の田舎出身だった」
 人権意識も高くはなく、マスメディアがもたらす巨大な光と影など理解の外だった。

●難航する浄化
 電柱じみたメイスが、闇色の巨大鳥にめり込んだ。
 消えながらブレスを吐く巨大歪虚。
 専用の盾を城壁の如く並べて防ぐ聖堂戦士団。
 今日もいつも通りに過酷な戦闘だった。
「隊長、なんとか期日通りに浄化できそうですね」
「あれだけやってたったこれだけの土地だがな」
 本格的な浄化拠点まで気づいたのに浄化出来そうなのは2キロメートル四方のみ。
「この土地に何があるのだ」
 聖堂戦士団が必要な場所は無数にある。
 そろそろ次の任地に赴かねばならない。

●丘精霊
 ぎりぎり幼児から外れた見かけの精霊が、こっそり冷蔵庫へ忍び寄る。
 そこには、残り少ないイコニアのお菓子が入っているはずだった。

●地図
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あ平平平開農川荒荒□ □=未探索地域。縦2km横2km
い荒平平学薬川川川川 平=平地。低木や放棄された畑があります。かなり安全。演習場扱い
う荒平畑畑畑畑荒□□ 学=平地。学校が建っています。工事中。緑豊か。北に向かって街道有
え□平平平平平荒荒墓 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お□荒荒荒果果未荒□ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫、パン生産設備有
か□荒荒荒荒丘未荒□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き□荒荒荒湿湿荒□□ 開=平地。開拓が進んでいます
く□□荒荒荒砦荒□□ 果=緩い丘陵。果樹園跡復活。柑橘系。休憩所有
け□□□荒荒荒荒□□ 丘=平地。丘有り。精霊在住
こ□□□□□荒□□□ 湿=湿った盆地。安全。たまに精霊が遊んでいます
さ□□□□□?□□□ 川=平地。川があります。水量は並
し□□□□□□□□□ 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
           未=浄化済みで利用されていない土地
 ?=おそらく荒野。岩が多い気も
 墓=平地。長い間放置された墓?
 砦=荒野。中心に浄化拠点。聖堂戦士の1隊が防衛と浄化を担当中。次回で立ち去る予定。次回OPで「未」に
 学校から丘へ通じる道が出来ました。微量の祝福あり

●依頼票
 臨時教師または歪虚討伐
 またはそれに関連する何か

リプレイ本文

●マッチポンプ
 物のように運ばれる虚ろな目をした子供達。
 これを映した写真が1枚あれば世論を動かすことが可能だろう。
「でもここはリアルブルーではない」
 マジックアローでゾンビ風雑魔を潰し、フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)は小さくつぶやいた。
 彼女を乗せたイェジドは苛立っている。
 無防備な子供を運んでいるのに危険にも気づかない御者も。
 雑魔に襲われる寸前だったことにも気づけない記者兼カメラマンも。
 どれにも全く好意を抱けなかった。
「安全確認終わり。ヴォルフ、やって」
 イェジド【волхв】に気合いが入る。
 気配を抑えたまま大きく息を吸い、戦いを告げる咆哮を空高く轟かせた。
 近くの叢から虫の音が消える。
 遠くに見える森からは大量の鳥が逃げ出し、効果範囲に入っていないはずの馬車馬が怯えて御者の命令を聞かなくなる。
「な、何の音だ!?」
「歪虚だぁっ」
 隠し撮りしていた記者達が行商風の装いを捨て、あるいは別の茂みから飛び出し馬車を追い越し街道沿いに逃げる。
 御者は混乱して記者達の背を眺めている。
「通りすがりのハンター。協力する」
 フィーナが術で空を飛び真上から近づいた。
 こっそり学校に向かうволхвを一瞥した後、御者を無視して荷台に近づく。
「戦う気があるなら……死にたくないなら手に取る」
 剣や銃を床に転がす。
 目は開いていても心を閉ざしているのが半数以上、腹が減って動けないのが残りの半数、残る半数の一部がよろめきながら武器に手を伸ばして困惑する。
「つかいかた、わからない」
 ナイフを持った者など自分の指を切りそうだ。
 数分後。
 フィーナにとっては聞き慣れたエンジンの音が聞こえた。
 猛スピードの魔導トラックには、荷台の子供達とほとんど歳の変わらない子供が乗っている。
 鉄製の荷台から飛び降りる。
 分厚い革鎧とメイスを装備しているのに素晴らしく安定している。
「教会の私塾所属の生徒です。歪虚の襲撃に備えて護衛を行います」
 筋肉と骨の厚みも肌と髪の艶も、御者と比べても別次元だ。
 そして何より、冷静に観察してくる瞳が知性と力を感じさせた。
 そんな彼等が目と目でフィーナと会話していることに、誰も気づけていなかった。

●はじめての学校
 麦畑では岩の巨人が手を振っている。
 広大な庭は綺麗に掃き清められ、真新しい建物は眩しいほどに清潔だ。
 手の平に何かが投げ込まれた。
 無意識に閉じた手の平を開くと、兎の形をしたチョコレートがあった。
 奪われる前にかじりつく。
 甘さとほどよい苦さ、濃厚な胡桃の脂が腹に達する前に体に吸収される気がする。
 周囲を見ると、口元をチョコで汚したお仲間が同じように飢えた目を周囲に向けていた。
 もふ、と暖かなものが足に触れる。
 ぎょっとして見下ろすと、小さな兎が何か黒いものを口に投げ入れてきた。
 これもチョコレートだ。
 人生二度目の甘さに陶然として、我に返ったときには兎は消えている。
 皆も、同じ目で兎の行方を捜していた。
「こっちでちゅよー」
 見たことの無いほど綺麗な女が、愛想良く、けれど有無を言わせず誘導する。
 目的地は綺麗なお湯が張られたお風呂だ。
 17人が入っても余裕があるほどに広い。
「着替えはあるから全部脱ぐでちゅよ。ばんざーい」
 力が強いだけでなく力の使い方が巧い。
 襤褸切れと変わらない服がするりと剥ぎ取られて1人ずつ別の籠に入れられていく。
「普段ならパラダイスでちゅけど今はそんな気分になれないでちゅね」
 北谷王子 朝騎(ka5818)が珍しく憂鬱な言葉をこぼす。
 最初に入れた女児もそうだったが、今回の男児も骨と皮ばかりだ。
 普段は男お断り。だが今回ばかりは多少の面倒を見る気になっていた。
「まずはお湯を浴びるでちゅ。全員体を洗ってあげまちゅからねー」
 お湯が流れる度に汚い水となり、大量に用意されていた液体石鹸があっという間に空になる。
 全員が湯船に入ったときには、お湯の量は半分程度になっていた。
「学校の訓練は厳しいでちゅけど生徒たちは優しいでちゅよ。きっと家族の様に仲良くなれまちゅ」
 朝騎が陽気に手を振ると、入り口で血色の良い筋肉達磨が親指を立てた。

●はじめての授業
 風呂から上がった後に渡されたのは、1年中ゴミ拾いをしても買えそうにない服だった。
 指に吸い付くように滑らかで、火照った肌が出す汗全てを吸い取ってくれる。
 腹が減った。
 甘い物を2つも食べたのに、風呂で温められた体が活性化して栄養を求めている。
 複数の腹の音が同時に鳴った。
 街で嗅いだことある、けれど一度も口に入れたことのない香りが入り口から漂ってくる。
 焼き立てのパンの香りだ。
「座ってろ」
 成人男性が3人詰め込めそうな木箱が浮かんでいる。
 いや、銀髪のエルフが軽々抱えて運んで来た。
「焦って喉に詰まらせるなよ。1人最低1個だ」
 ルナリリル・フェルフューズ(ka4108)はぴりぴりとした空気を纏っている。
 殴られると思った子供が顔を伏せて体を縮こまらせる。
 ルナリリルの目に苦痛に似た色が一瞬混じるが、それが何を意味するか新入生には分からない。
「最低1個といったぞ」
 パンを割り、芳醇な香りの白パンを子供に咥えさせる。
「飲み物はこれだ。封を切ったから飲め」
 有無を言わせず柑橘果汁10割の紙パックを配ってから演台に登る。
「最初の授業だ。生きてりゃ案外何とかなるもんだが死んだらそれまでだ、生き延びろ」
 パンを咀嚼する音が返事だった。
 あまりにも美味すぎて口と喉が止まらない。
 だから言葉が脳と胃袋に直接刻み込まれる。
「あと思考停止して命令に従うなよ? 自分で考えて動け。無能な上官の為に命を賭ける必要など無い」
 教室の入り口から見守っていた戦闘教官が大きく目を見開いた。
 ルナリリルは当然気づいているが無視をする。
 無茶苦茶をするマスコミに対してだけでなく、最悪な意味で古くさい貴族のやり方や、それを受け入れるこの学校にも怒っているのだ。
「それと偉い人が言ってたからとかいう理由で鵜呑みにするな、必要なら疑え。無論、私の言葉もな」
 2年生はなるほどなー、と考える材料にしてくれている。
 新入生は素直に、全面的に正しい物として受け取ってしまう。
 それに気づいた教官や校長がなんとか止めようと激しい目配せをしてくる。
「命令に従うだけのヤツが欲しけりゃゴーレム並べてろ。対歪虚戦で有用なのは自分で考えて動ける戦士だ。以上だ」
 ルナリリルはそう言い捨てて、歪虚退治に出かけるのだった。

●悪徳の学校
 必死で逃げてたどり着いた場所には、別種の危険が待ち構えていた。
「ヤベェとこ指摘してくれてありがとな!」
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)の力は巨大過ぎ、素人でも力の隔絶に気づけてしまう。
 そんな超高位の覚醒者が自社の号外をひらひらさせているのだ。
 載っているのはこの場所を卑しめ見下す根拠の薄い記事。
 ボルディアの笑みが、いつでも殺せるという宣言にしか見えなかった。
「俺等もああいう外ン処は全然気づかなかったからよ」
 その気になれば脊椎を抜ける手が背中に触れている。
 ひぅ、と妙に色っぽい悲鳴をあげて気絶するまでで、1分もかからなかった。
「監査役なら梃入れも仕事では?」
 記者を医務室に放り込んだ帰り道で聞き慣れた声に気づいた。
「保護者の貴族も、どう動くか分かりません。記事風評被害は……」
 ソナ(ka1352)が懇懇と諭しているのに、カソック姿の司祭は半分も理解出来ていない。
「つまり、控えめに抗議したあと裏からぷちっとすれば」
 多少の罪悪感は見えるが明らかにやる気だ。
 実行可能なコネがあるのは知っているので、ソナは強い口調で制止した。
「露見すれば派閥でなく全教会の評判に致命傷ですよ」
「そんなに?」
 ソナだけでなく、書き物をしているエステル(ka5826)も強くうなずく。
「うぅん、この件について私が理解出来ていないことは理解出来ました。……具体案、お願いできます?」
 素直に助けを求める姿は年相応のものだ。
 だが、その根っこに教会と王国への強い帰属意識を感じる。
「似ては、いるのですよね」
 ソナは丘精霊を通して見た光景を思い出す。
 この地のエルフ殺戮を主導した修道士と目の前の司祭は別物だ。
 だが立場や動きは似ている。
 歪虚に成り果てるほど濃い憎悪には、同一の存在として認識されたとしてもおかしくはない。
「どこか別の学校と交流したりするのはいかがでしょう?」
 国内政治や派閥政治に関係無い、教育機関としての立場を得るための方策を口にする。
 少女司祭は満面の笑みを浮かべ、いきなり王立学校への手紙を書き始めた。
 エステルが目を細める。
 王立学校は王国の最高学府だ。
 神学科を出れば即司教、騎士科を出れば従騎士として王国騎士団行きも射程に入り、一般科を出れば中央の官僚もあり得る名門校である。
 将来領主の補佐につく身としては是非紹介して欲しい。
「王立学校とも繋がりがあるのですか」
「薄い繋がりですけど……えっ」
 エステルを振り返った少女司祭が、体ごと向き直ってエステルの机にかぶりついた。
「これ、新聞ですか?」
 学校を卑しめた号外と似ているが内容は正反対だ。
 新入生がご馳走を食べて生気を取り戻す様や、頼りがいのある2年生や教師陣が写真や文章として記載されている。
「できればあの記者さん達を利用したかったのですけど」
 微量の悪意と大量の商業主義で誇張されてはいるが事実でもあるのだ。
「損して得をとれ、良薬口に苦し……は少し違いますか。あの記事はある意味で学校がしなくてはならない改善案そのものです」
 改善に向かう姿勢を見せることで真面目に取り組んでるという姿勢も周りにアピールできる、はずなのだが肝心の連中の心が折れている。
「あの方達ももう少し……」
「仕方ねぇと思うぞ。一般人から見たら児童虐待な立地だしよ」
 ボルディアが口を挟む。
「聞き耳立ててて悪かったな。込み入った話が終わるまで待とうかと思ったんだが」
「いえ、私も煮詰まっていましたし」
 号外風にした宣伝用資料を渡す。
 金と物と人材の集まるハンターズソサエティーから機材他を借り出した甲斐は有り、映像も印刷も貧乏な小新聞社では不可能な質だ。
「スゲェなおい。これが貴族って奴か」
「私も一応貴族なんですけど」
「へいへい」
 イコニアの頭を片手で撫でてやりながら何度も見返す。
「これ、いけるんじゃねーか?」
「卒業生、色々と支援をしてくだった方々、卒業生の就職先関係にも取材して記事として載せたいところです」
 どこまでいっても地方貴族でしかない司祭とは違い、エステルはロッソ以降の変化に対応出来ていた。
「2人がそこまで言うなら……」
 後の世に聖堂教会宣伝部門の始まりとして知られるかもしれない動きが、このときひっそりと始まった。
「ところであの記者たちの背後ですが」
 後ろからそっと報告書が差し出され、エステルは平然と受け取り目を通す。
 敵対派閥との繋がりは無し。
 敵対派閥が雑に流した情報にたまたま気づいて取材に来ただけ。
 派閥の別組織も手を貸してくれたので情報の確度は高い。
「拙いですね」
 今は王国マスメディアの草創期なのかもしれない。
 王女殿下の結婚、中央と貴族の対立、長い歴史に伴い必然的に生じる緩みや腐敗などネタは無数にある。
 これだけなら全く問題ない。
 報道により自浄能力が強くなることもあるだろう。
 問題なのは、王国民がマスメディアに初心で、嘘大げさ紛らわしい報道に引っかかる可能性大なことだ。
「手を打つなら今のうちですか」
 エステルの記事は、予定より1桁多い人間に読まれることになる。

●司祭のおかし
 夕日が差し込む廊下で、2台のロボット掃除機が激しく競り合っている。
 耳を無視すれば姉妹にも見える幼女とハンターが、レーザーよろしく掃除機の上に乗っていた。
 速度は体重に反比例する。
 弱小精霊から半歩抜け出した丘精霊ルルが、体重を消すだけでなく浮力を発生させストレートで前に出る。
「甘いでちゅ」
 朝騎は技術で攻める。
 絶妙の体重移動で速度を保ったままの進路変更に成功。
 曲がり角で大減速した精霊を一気に抜き去った。
「いい勝負だったでちゅ」
 ゴールである冷蔵庫の前で健闘をたたえ合う1人と1柱。
 うきうきと冷蔵庫の扉を開くと、目当てのものは1つもなかった。
「ひさしぶり」
 ワインの樽の影からフィーナが現れた。
 非覚醒状態なので、動きはかなり鈍く視力もよくないように見える。
 しかし精霊ルルは驚き慌てて逃げだそうとして、入り口からそっと顔を出す司祭に気づいた動きが止まった。
「ルル様、挨拶が送れて申し訳ありません」
 丘精霊はじりじり下がっていく。
 人間に積極的に関わるようになった切っ掛けはこの司祭なのだが、性格的にはとにかくあわないのだ。
 下がり続けてフィーナのお腹にぶつかる。
 背後から回された細い腕で拘束されて抵抗を諦めた。
「空っぽ? あれだけ入れていたのに」
 少女司祭が衝撃を受けている。
 精霊のつまみ食いや来賓への持て成しへの流用を考慮して、かなりたっぷり入れていたつもりだ。
「ルル様のおやつはこれ」
 記者達を恐怖のどん底に落としたイェジドがイコニアとは反対側から顔を出し、天然蜂蜜入りの瓶を入り口に置いた。
 味には癖があるがこってりと甘い。
 新入生なら目の色を変えて飛びつき奪い合いが起きるはずだ。
 が、すっかり舌が肥えてしまった幼女は司祭が運んで来たクーラーボックスに釘付けだった。
「しつけか教育、必要?」
 フィーナが暖かな気配に目を向けると、甘えと判別しづらい強さで抵抗が始まった。

●猫の領域から
 イェジドが尻尾の動きを止めた。
 左右に並んで歩く猫が気になって全力で動けないようで、困惑した目を主であるイツキ・ウィオラス(ka6512)へ向ける。
「これらお仕事だから、ね」
 屈み込んで出来る範囲で目を合わせ、穏やかな声で離れることを促す。
「珍しいですね。植物園では良く見るのですが」
 見送りに来たイコニアも困惑している。
 帰還直後は報告をしたりされたり工作をしたりで寝る間もなかったのだが、仮眠をとり美味しいものも食べたので目の隈も控えめになっていた。
「差し入れありがとうございます。お返し出来ればよかったのですが」
「ああ、それは」
 目を合わせて同じタイミングで苦笑する。
 王都で購入したお菓子は、結局全部精霊に食べられてしまった。
「がんばってください。新入生の皆さんのこともありますし」
「はい、イツキさんもご武運を。……エイルさんも」
 イェジドが胸を張って尻尾を動かす。
 イツキは青みを帯びた銀の毛を撫でてやり、イェジドと共に南西へ向かう。
「守る価値のある場所です」
 客観的に見て悪質な面は多々ある。
 だが優秀な学舎ではあるのだ。
 新入生のエールを内心で送り、イツキは意識を戦闘用のそれに切り替えた。
 イツキの南西数キロの地点で、エルバッハ・リオン(ka2434)は戸惑っていた。
 敵の数と質が低いのは予測していたのだが、雑魔すらほとんど出ないとは予想外だった。
 地図上では境界になっている場所で機体の足を止める。
 ここから先は隣領だ。
 学校の管理地域より寂れっぷりが酷く、遠くに見える村に生気が感じられない。
 視界内の生き物は昆虫と希に猫。
 猫は一度は学校で暮らしたことがあるものばかりなようで、エルバッハに気づくと一度顔を出して挨拶してくる。
「これもまさか、ですね。イコニアさんがそこまで宣伝戦に疎いのも予想外でしたが」
 ルル農業法人に開拓させれば、このあたりを支配下に置くことも不可能ではない。
 息を吐いて思考を切り替えた。
 機体に繋げたPDAを見る。
 まだ容量に余裕はある。
 調査が予定通りに進めば丁度一杯になるかもしれない。
 R7エクスシア【ウィザード】の向きを変え南進を始める。
 装甲についた小さな手形が光る。
 丘精霊ルルの手形だ。
 地上に出没するスケルトンと我が物顔に空を飛ぶ目無し烏に対抗しようと強く輝き、20秒ももたずに力を使い果たして消滅する。
 弱小精霊の限界であった。
 発砲音が連続で響く。
 100メートル近く離れている歪虚が地上でも上空でも砕けて消滅する。
「残弾表示」
 HMDに、30mmアサルトライフルの弾倉内と弾数の予備弾倉の数が表示される。
 弾数換算で3桁後半だ。
 この地に潜む敵戦力を相手にするならこれでもあまり余裕はない。
「そろそろですね」
 地平線から増援が現れる。
 スケルトンはいない。全てが目無しの烏だ。
 最低でも数十がひとまとまりになり、躱されたら地面で砕け散る軌道でウィザードに襲いかかる。
 ファイアーボールが1つ弾けた。
 骨も肉も存在そのものを焼き尽くしてこの世から消滅させる。
 ウィザードは魔砲から30mmに持ち替え対空攻撃を続行。敵第一波を無傷で跳ね返すが敵の増援は途切れない。
 乾いた地面が割れてどす黒い負のマテリアルが噴き出す。
 逃げ遅れたスケルトンを巻き込み、CAMより一回り大きな鳥型の歪虚として安定する。
「これが多数いるというのが……」
 嘴が砕けるほどに大きく開かれ、歪虚本体を焼きながら闇色のブレスが吐き出される。
 スラスターを吹かすが回避が間に合わない。
 マテリアルカーテンを展開して防御するが、負のマテリアルが装甲を達して深い箇所まで傷つけた。
「さあ、行こう。エイル!」
 銀色の光が闇鳥に真横からぶつかった。
 蒼い槍が喉から上顎まで刺し貫きブレスの発射の邪魔をする。
 闇鳥が自滅同然の動きで体をよじる。
 イツキは闇鳥ごと地面に叩き付けられる前に槍を引き抜き、エイルは飛ぶように地面を駆けて死角に回り込む。
 闇鳥の眼窩から紫の炎が噴き出す。
 無理矢理な方向変更によって地面で体を削られながら、イツキとエイルにブレスを浴びせようと嘴を開いた。
 そこにファイアーボールが連続して着弾。
 強烈な爆風全てを巨体が全て受け止め骨まで砕けるダメージを受ける。
 イツキは止めを刺さない。
 ウィザードの背後20メートルに盛り上がっていた負マテリアルに突撃。
 形を得る前に、攻撃の意思より速く槍を振るって芯を砕く。
「悪意を断つ、無為の一撃を」
 エイルが地面へ足を叩き付けて急減速。
 イツキを掠めて3体の目無し烏が飛来し地面で砕ける。
 再度のファイアボール。
 エイルを襲うはずだった面攻撃が焼き鳥にされ炎の中で薄れて消える。
『大型残り2』
「はい!」
 猛烈な加速に耐えて槍を握る。
 複数方向からの長距離ブレスをエイルは跳躍して飛び越える。
「やぁ!」
 練り上げた気合いに正マテリアルを混ぜ込み穂先から出す。
 覚醒者でも視認困難な速度で蒼い光が斜めに抜け、1と半秒後れで闇鳥の貫通箇所が弾けた。
 イツキとエイルが前衛として引きつけ、エルバッハが温存していたファイアーボールで打撃を担当する。
 この連携は非常にうまくいき、2集団6体の闇鳥を倒してもまだ余裕があった。
「ここまでにしましょう」
「はい。エルバッハさんも、ウィザードさんもお疲れ様でした」
 最低限の治療をヒールで行い帰路につく。
 未だに負のマテリアルは濃く、調査の終わりは遠かった。

●果てのない戦い
 とうとう闇のブレスがワイバーンに届いた。
 片翼を半ばまで焼かれて地面に落ちる。
「合わせろ!」
「ヒール!」
 単体では並程度のヒールでも6つ重なれば十分強い。
 復活した翼を広げて【シャルラッハ】が無事着地。
 その周囲を聖堂戦士団の盾持ちが固めて追撃の闇ブレスを防ぐ。
 一際大きな闇鳥が、唐突に上下に避けて上半分が吹っ飛んだ。
「やりやがったな!」
 血だか負マテリアルだか分からないものを浴びるというか泳ぐように走り、ボルディアが残る4体の闇鳥へ襲いかかる。
 両手で巨大斧を旋回させる。
 直径十数メートルの暴風が闇鳥の集団を文字通り削る。
 上空からはボルディアの死角に近い方向から死の急降下が繰り返されている。
 直撃すれば超高位覚醒者でも危ないはずだが、ボルディアは9割以上躱すし残りも防いで極少数当たったものも分厚い装甲で防ぎきる。
「大盤振舞だ。遠慮せず受け取れ!」
 2度目の暴風に耐える闇鳥はいなかった。
 討伐された討伐の分負マテリアルが減り、しかしこの地に染みこみ貯まり切った負マテリアルがすぐに溢れて歪虚の形をとる。
「あのハンター畜生無茶苦茶しやがる」
「こういう無茶苦茶好きだろ」
 血飛沫を浴びながらボルディアが答えると、当たり前だと笑いながら戦士団が陣形を変える。
 ワイバーンは後方に逃がし、雑魚……といっても小型の闇鳥1~2体を防いでボルディアを敵主力との戦いに集中させる。
「行くぜテメェ等ぁー! 目標は闇鳥100匹討伐だぁー!」
 笑顔の溢れる戦いは日を跨いで行われた。
 事務仕事を終わらせたエステルが駆けつけ援護砲撃を始めたとき、体力の限界を迎えて倒れる戦士が何人もいた。
「よーし、そろそろ帰るか」
 まだ行けると寝言を口にする男共を軽く蹴って転ばせる。
 これ以上戦えば注意力散漫からの戦死者が出かねないし、覚醒可能回数もそろそろ0だ。
「しっかしどうすんだこれ」
 撤収作業を始めた戦士団から離れ、歪虚汚染が残った地面に斧を突き入れ汚染を吸収してみる。
 体と魂の膨大な熱が負を消し飛ばす。
 しかし地面は広すぎる。スキルを10度使っても汚染が抑制できた土地は割合的にはほぼ0だ。
「生徒が増えた分、護衛に必要な戦力も増えますから」
「お、おぅ、机仕事担当も足りねぇみてぇだな」
 疲れた様子のエステルに気付いて戦士団へ走る。
 ボルディアにとり、脳味噌を酷使するより重量物の運搬の方が圧倒的に楽だった。
「あー、なんだ、適当に組を作ってれば少しは楽になるんじゃねぇか?」
 フェードアウトしようとする超高位の覚醒者に、白紙の起案書が押しつけられた。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 5
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MVP一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • 聖堂教会司祭
    エステルka5826
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルムka6617

重体一覧

参加者一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ワイバーン
    シャルラッハ(ka0796unit005
    ユニット|幻獣
  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユキウサギ
    バーニャ(ka1352unit001
    ユニット|幻獣
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ウィザード
    ウィザード(ka2434unit003
    ユニット|CAM
  • 竜潰
    ルナリリル・フェルフューズ(ka4108
    エルフ|16才|女性|機導師
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka5826unit004
    ユニット|ゴーレム
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    エイル
    エイル(ka6512unit001
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ヴォルフ
    волхв(ka6617unit001
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
エルバッハ・リオン(ka2434
エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2018/04/06 13:12:54
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/04/01 21:43:09
アイコン 質問卓
北谷王子 朝騎(ka5818
人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2018/04/05 08:32:46