ゲスト
(ka0000)
【羽冠】N・D・K ―X氏の退屈―
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/04/16 19:00
- 完成日
- 2018/04/24 09:37
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
オーラン・クロスの相貌は、苦い悔恨と陰鬱に満ちていた。さあさあと雨が降り注ぐ中、傘もささずに、とある館を眺めている。
彼が眺めているのは、シャルシェレット別邸。雨の中に佇むその館は、聖ヴェレニウス大聖堂もかくやというばかりの清冽な気配を滲ませていた。
マテリアルに関わるもの――教会関係者、覚醒者、あるいは精霊や、歪虚ですらも――全てにとって、その過剰具合がひと目でわかる清浄さであった。並の歪虚や雑魔であれば、立ち入ろうものなら忽ち消失してしまうほどの。
二度目となる異端審問の超重要参考人ヘクス・シャルシェレットの王都における住まいには教会が抱える高位術師が交代で詰め、負のマテリアルに汚染され、多臓器不全を来たし衰弱・昏睡したヘクスの浄化と治療にあたっている。
集中治療の現場がこの館に移されたのはつい一月前のことである。日増しに高まる不平不満から切り離す意味もあったが、いつ死ぬとも知れず、経緯次第では死後に歪虚に転化する可能性すら言及されるほどの汚染に対する、予防措置でもあった。『聖堂教会を挙げて治療をしているにも関わらず』といった風聞と、この上でもなお歪虚と化した場合の被害を考慮しての。
場所が変わったとはいえ、多額の金と人的資源を要することには代わりはなかった。オーランが行ったのは、その浄化術を――些か及ばぬところはあるものの――"法術陣"として生成することであった。それを果たしたあとは、法術陣の調整・改善を行いながら、マテリアル供給源となる覚醒者と、法術陣を弄る際には別な術者による浄化術維持が必要となるため、それが可能な術師とのスケジュール管理をすることが専らの仕事となっている。
技術屋としては、かつてより高位かつ難解な術式を管理できるようになったことは喜ばしい。しかし、私人としては、現状は痛ましかった。
各所に見られる、物々しい見張り。僧兵、騎兵、騎士に民草――その中には、熟達の密偵も混じっているのだろう。それが、ここ数日で格段に増えている。
――やっぱり、漏れているんだろうな。
人の口に戸は立てられぬ、というべきか。ただでさえ、館内部にも教会関係者や、貴族からの息が掛かった騎士といった第三者が立ち入ることができる環境だ。ゆえに、この状況は必然だった。
ヘクス・シャルシェレットの意識が戻った。
オーランは深く、息をつく。全てを吐き出そうとしても、胸の苦さは晴れはしなかった。
集中治療を継続する必要はあるとはいえ、いずれ、ヘクスの審問が始まるだろう。政情のきな臭さも、オーランの予想を裏付けている。
王女派にとっての急所であるヘクスを、貴族派が逃がすわけもない。
●
意識が戻った3日後には異端審問が再開された。身体的には数ヶ月の臥床と汚染による衰弱でやせ細ったヘクスであったが、思考と記憶には支障が見られなかったためである。
浄化術を維持し続けるという莫大な予算を工面する都合から、ヘクスを大聖堂まで移動させることも出来ず、特例としてシャルシェレット邸で審問が行われることとなった。
今や矮小な蛇と化したベリアル――ベリアルは歪虚ではあるが、この案件については参考人としての扱いとなっている――からの証言が、事態を『複雑化』している。"自身を利用した憎きニンゲン"に対する意趣返しのためか、ベリアルが嬉々として供述した内容は多岐に渡っている。
その中でも重要なものは、いつ、ヘクスが接触してきたのか。いつ、どのような情報をヘクスがもたらしたのか。
命乞いだけはしっかり行いながらも、ヘクスを貶めるためならばと傲慢かつ不遜に舌を回すベリアルは、教会側に重要極まる情報をもたらしていた。これらが真実ならば、ヘクスが目を覚まし次第、有罪をもって審問を終えられる――と、関係者が息巻くほどに。
しかしながら、事態が"複雑化"したのは、ベリアルの証言に対して綿密な検証を行ったためであった。なにせ、ベリアルは歪虚である。歪虚の言を真に受けるほど、教会も短絡的ではない。
その結果、明らかになったのは――ヘクス・シャルシェレットが流していた情報の多くが、"虚報"であったこと。
少なくとも、ベリアルが知っている"事実"は、実態とは大小様々な差異があった。さらには、その虚実を検証すれば、ヘクスがベリアル傘下の軍――クラベルを含む――や、ベリアル自身の動勢に深く介入していたことは、明らかで(かくして、ドヤ顔をさらしていたベリアルは用済みとなり、ヴィオラ共々イスルダ島の調査につれていかれることとなった)。ベリアルの言によればヘクスがメフィストとも通じていたことは明らかであったが、メフィスト自身が結果としては戦局としての勝利を得ながらも、"無知"や"誤認"によって幾度となく窮地に陥り、最終的に消滅したこともまた、事実であった。
歪虚に通じていた、という点は異端極まる事実であるが、人類の裏切り者という指摘については、議論が分かれるところ。
その点についての審問は、今もなお続けられている最中である。
●
――ということをオーランが知ったのは、これらの内容が新聞の記事に載ったからである。機関によって、論調や内容に少しばかりの偏向はあるものの、その骨子は概ね一致している。それを誰が漏らしたかは不明、だが……少なくとも、"この男"ということはないだろう。
「死にたい……」
「この館から出たら一晩を待たずに死ねるんじゃないかな?」
「歩けるようになったら、前向きに考えたいね。けど、その前にあの蛇だけは始末しなくちゃ」
別邸の執務室に据え置かれた机に俯せに伏したヘクスの嘆きに、オーランは苦笑した。軽口が聞けて嬉しかったこともあるが、眼前のヘクスが心底苦しんでいるように見えて、胸がすく思いもあった。
「そういえば、礼を言ってなかったね。ありがとう、オーラン。いやあ、君の研究を支援しててよかった! お陰で破産しないで済んだよ」
「……あんまり大きな声で言わないで欲しいな。僕まで異端を疑われる」
「そうだねえ。昔みたいにいきなり火炙りはないだろうけど、ベリアルやメフィストと懇ろなのはバレちゃったみたいだし、ね」
「…………」
無言で肩をすくめるオーランに、ヘクスは口の端を吊り上げた。
「ま、これからもよろしく。僕は"一生、この館から出られないかもしれない"し、ね」
「暫くの間、休養することをお勧めする。さて。それじゃあ、僕はこれで」
オーランはゆっくりと立ち上がり、いう。
「僕はいつでも貴方と会話ができるからね。……あまり、客人を待たせるのも良くない」
「お気遣い、どうも」
オーラン・クロスの相貌は、苦い悔恨と陰鬱に満ちていた。さあさあと雨が降り注ぐ中、傘もささずに、とある館を眺めている。
彼が眺めているのは、シャルシェレット別邸。雨の中に佇むその館は、聖ヴェレニウス大聖堂もかくやというばかりの清冽な気配を滲ませていた。
マテリアルに関わるもの――教会関係者、覚醒者、あるいは精霊や、歪虚ですらも――全てにとって、その過剰具合がひと目でわかる清浄さであった。並の歪虚や雑魔であれば、立ち入ろうものなら忽ち消失してしまうほどの。
二度目となる異端審問の超重要参考人ヘクス・シャルシェレットの王都における住まいには教会が抱える高位術師が交代で詰め、負のマテリアルに汚染され、多臓器不全を来たし衰弱・昏睡したヘクスの浄化と治療にあたっている。
集中治療の現場がこの館に移されたのはつい一月前のことである。日増しに高まる不平不満から切り離す意味もあったが、いつ死ぬとも知れず、経緯次第では死後に歪虚に転化する可能性すら言及されるほどの汚染に対する、予防措置でもあった。『聖堂教会を挙げて治療をしているにも関わらず』といった風聞と、この上でもなお歪虚と化した場合の被害を考慮しての。
場所が変わったとはいえ、多額の金と人的資源を要することには代わりはなかった。オーランが行ったのは、その浄化術を――些か及ばぬところはあるものの――"法術陣"として生成することであった。それを果たしたあとは、法術陣の調整・改善を行いながら、マテリアル供給源となる覚醒者と、法術陣を弄る際には別な術者による浄化術維持が必要となるため、それが可能な術師とのスケジュール管理をすることが専らの仕事となっている。
技術屋としては、かつてより高位かつ難解な術式を管理できるようになったことは喜ばしい。しかし、私人としては、現状は痛ましかった。
各所に見られる、物々しい見張り。僧兵、騎兵、騎士に民草――その中には、熟達の密偵も混じっているのだろう。それが、ここ数日で格段に増えている。
――やっぱり、漏れているんだろうな。
人の口に戸は立てられぬ、というべきか。ただでさえ、館内部にも教会関係者や、貴族からの息が掛かった騎士といった第三者が立ち入ることができる環境だ。ゆえに、この状況は必然だった。
ヘクス・シャルシェレットの意識が戻った。
オーランは深く、息をつく。全てを吐き出そうとしても、胸の苦さは晴れはしなかった。
集中治療を継続する必要はあるとはいえ、いずれ、ヘクスの審問が始まるだろう。政情のきな臭さも、オーランの予想を裏付けている。
王女派にとっての急所であるヘクスを、貴族派が逃がすわけもない。
●
意識が戻った3日後には異端審問が再開された。身体的には数ヶ月の臥床と汚染による衰弱でやせ細ったヘクスであったが、思考と記憶には支障が見られなかったためである。
浄化術を維持し続けるという莫大な予算を工面する都合から、ヘクスを大聖堂まで移動させることも出来ず、特例としてシャルシェレット邸で審問が行われることとなった。
今や矮小な蛇と化したベリアル――ベリアルは歪虚ではあるが、この案件については参考人としての扱いとなっている――からの証言が、事態を『複雑化』している。"自身を利用した憎きニンゲン"に対する意趣返しのためか、ベリアルが嬉々として供述した内容は多岐に渡っている。
その中でも重要なものは、いつ、ヘクスが接触してきたのか。いつ、どのような情報をヘクスがもたらしたのか。
命乞いだけはしっかり行いながらも、ヘクスを貶めるためならばと傲慢かつ不遜に舌を回すベリアルは、教会側に重要極まる情報をもたらしていた。これらが真実ならば、ヘクスが目を覚まし次第、有罪をもって審問を終えられる――と、関係者が息巻くほどに。
しかしながら、事態が"複雑化"したのは、ベリアルの証言に対して綿密な検証を行ったためであった。なにせ、ベリアルは歪虚である。歪虚の言を真に受けるほど、教会も短絡的ではない。
その結果、明らかになったのは――ヘクス・シャルシェレットが流していた情報の多くが、"虚報"であったこと。
少なくとも、ベリアルが知っている"事実"は、実態とは大小様々な差異があった。さらには、その虚実を検証すれば、ヘクスがベリアル傘下の軍――クラベルを含む――や、ベリアル自身の動勢に深く介入していたことは、明らかで(かくして、ドヤ顔をさらしていたベリアルは用済みとなり、ヴィオラ共々イスルダ島の調査につれていかれることとなった)。ベリアルの言によればヘクスがメフィストとも通じていたことは明らかであったが、メフィスト自身が結果としては戦局としての勝利を得ながらも、"無知"や"誤認"によって幾度となく窮地に陥り、最終的に消滅したこともまた、事実であった。
歪虚に通じていた、という点は異端極まる事実であるが、人類の裏切り者という指摘については、議論が分かれるところ。
その点についての審問は、今もなお続けられている最中である。
●
――ということをオーランが知ったのは、これらの内容が新聞の記事に載ったからである。機関によって、論調や内容に少しばかりの偏向はあるものの、その骨子は概ね一致している。それを誰が漏らしたかは不明、だが……少なくとも、"この男"ということはないだろう。
「死にたい……」
「この館から出たら一晩を待たずに死ねるんじゃないかな?」
「歩けるようになったら、前向きに考えたいね。けど、その前にあの蛇だけは始末しなくちゃ」
別邸の執務室に据え置かれた机に俯せに伏したヘクスの嘆きに、オーランは苦笑した。軽口が聞けて嬉しかったこともあるが、眼前のヘクスが心底苦しんでいるように見えて、胸がすく思いもあった。
「そういえば、礼を言ってなかったね。ありがとう、オーラン。いやあ、君の研究を支援しててよかった! お陰で破産しないで済んだよ」
「……あんまり大きな声で言わないで欲しいな。僕まで異端を疑われる」
「そうだねえ。昔みたいにいきなり火炙りはないだろうけど、ベリアルやメフィストと懇ろなのはバレちゃったみたいだし、ね」
「…………」
無言で肩をすくめるオーランに、ヘクスは口の端を吊り上げた。
「ま、これからもよろしく。僕は"一生、この館から出られないかもしれない"し、ね」
「暫くの間、休養することをお勧めする。さて。それじゃあ、僕はこれで」
オーランはゆっくりと立ち上がり、いう。
「僕はいつでも貴方と会話ができるからね。……あまり、客人を待たせるのも良くない」
「お気遣い、どうも」
リプレイ本文
●
運搬した品を術師や兵士が検めている。クローディオ・シャール(ka0030)が眺めていると、汚染されたものを持ち込むのを避けるためだと術士から説明があった。兵士のほうは、かなり念入りに荷を探っている。
それだけで、ヘクスが厳格な管理と”監視”の下にいると、理解できた。
彼自身のチェックの際、某人のポートフォリオが発見されたが、「友人だ」との弁に検査の後、そっと返されることとなった。
―・―
「”エクラ”に感謝しないとね」
無事を祝うべく添えた言葉に、ヘクスは笑みと共にそう返した。ソファに浅く腰掛けたクローディオは続ける。
「……貴方を守って傷付いた者達に、いつか感謝の言葉でも投げ掛けてはどうでしょうか」
「機会が巡ってくれば、ね。この有様じゃこちらから伺うのも難しい……もちろん、君にも感謝しているよ、黒の騎士、クローディオ」
そこで、クローディオは薄く笑みを浮かべることが出来た。体調は兎も角、為人は乱れてはいない。良かった、と。素直にそう思えた。
「……"隊長"も、この事実を知ればお喜びになるでしょう」
―・―
「王女殿下の婚姻騒動についてはご存知でしょうか?」
「大公殿の令孫、だね」
「……ご存知でしたか」
「もちろん。素直な少年だ」
「以前から大公家と王家の親密さをアピールするかのような動きは見受けられていましたが……」
「とはいえ、実態として王家と貴族は割れていたからねえ」
クローディオ自身から核心には触れないように留意しながら、視線で問う。ヘクスは意を汲んでか、へらり、と笑った。
「王位に適う少年たりえるか、というなら微妙かな。”王”としてなら、あの娘のほうが遥かに適任だ。けれど」
肩をすくめての言葉を、クローディオは注意深く読み取る。
”けれど。
――マーロウ大公なら”
「……ままならないものですね。仇敵を打倒しても、次は……いや」
暗澹たる気持ちにはなったが、深堀りは無用か。話題を切り替えることにする。
「そういえば、卿は自転車には乗られますか?」
「自転車かい? ああ――」
軽く、勧めるだけのつもりだったのだが。
「実は、刻令自転車っていうのを考えていてね」
「!」
結局、小一時間盛り上がってしまった。
●
マッシュ・アクラシス(ka0771)は荷を検める者達の手並みが、要人警護や諜報に携わる人間のそれのように見受けられたため、要らぬ言動は慎むよう留意することとした。
案内の道すがら。
「……やはり、ヘクス様とはお会いしたほうがよいのですかね?」
運搬事態は終わったのだから、という肚であった。
「ええ。酷く退屈しておられますので」
勿論、成果は上がらなかった。
―・―
一点、気になることがあった。
動作に倦怠や労苦が見える一方で、飄然とした様子に変化がないことだ。相反するそれらが、マッシュの胸中に奇妙な感慨を抱かせる。
これまでの行動と結果からは推察するに、徹底して王国の利益のために動いた人物の筈だ。だとすれば、王国の現況を前にして、動かぬ身体は歯がゆくはないのか――と、ここまで考えて胸中で頭を振る。
踏み込むつもりは、ない。
だから。
「首尾は如何ですか?」
「まあ、ぼちぼちだねえ……」
―・―
と、踏み込まないように、した筈なのだが。
「いやあ。この縁談、システィーナは断れない……という見込みなんだろうな。確かに、結束のためには必要な流れだ。ベリアルにしたってメフィストにしたって、王国の足並みがもっと揃っていたら機を逃さずに済んだかもしれない。そして、”次はそういうわけにはいかない”しね」
「……」
「あの老人の判断が気になるなあ。あの子の中の”王”がこの縁談を必要なものと判断した上で拒まない、という評価だったのか、”優しい王女”だから拒めない、というものだったのか……」
「…………」
「それに、面白いよね、"マッシュくん"! 今回のこれは、王家と貴族――という騒動”だけじゃない”。王国の各地で騒動が起きているように」
耳を塞いでしまいたいが、それも出来なかった。なにせ、面と向かって語られている。マッシュの中の常識(りせい)が拒んだ。
「”大衆”が、絡んでくるとなると、ねえ」
いやはや。言葉少なな様子から、見透かされたのだろう。その結果が、これだ。喜悦の表情はマッシュの困惑にむけられている。
だから。
「……首尾は如何ですか?」
「だいぶ満足!」
……それは良かった、と。それも飲み込んだ。
忍耐も、仕事のうちなのだ。
●
「来てやったがてめェ金の為だかんなクソ勘違いすんzy!!?」
ソファに座り込んだジャック・J・グリーヴ(ka1305)の言葉は、ヘクスの傍らの美麗系黒髪侍女の鋭い視線に射抜かれて途切れた。
(ァハイ、ゴメンナサイ)
言い訳の言葉もうまく出てこない。ヘクスはそれを眺めて大笑すると、侍女を下げさせる。抵抗したが、ヘクスが「いいから」と追い出した。
「護衛も兼ねてんじゃねえのか」
「問題ないさ」
二人きりは、それはそれで緊張するジャックであった。ヘクスには『疑義』がある。しかし。
――まあ、無理か。元気にヘラヘラ笑ってたらぶん殴ろうと思ってたが……。
「そいや、酒を持ってきたぜ、バーカ」
「もっと気の利いたものはなかったの?」
「うるせぇ」
元気になったら飲めよってことだよバーカ。
「ンなことより、聞きてぇことがある」
―・―
「……随分前の飲み会、あん時のグリーヴ君呼びは何だったんだよ?」
「いきなりそれ?」
ぷは、と愉快げに吹き出したヘクスに、思わず顔が熱くなる。
「ちゃんと、守ったろ?」
「……なら分かりやすく言えよ、紛らわしいなクソ!」
―・―
「号外新聞のネタ出しは……てめぇじゃないよな。誰が落としたネタだ?」
「んー……利害関係を考えたら?」
「……」
そう言われると、商売人でもあるジャックは、口をつぐむ他ない――が。
「まあ、ヒントくらいならいいか。あの一件で、大衆コントロールに先手を打たれた大公派も対応を迫られることになった。けど、王家にとっても徒に騒動になっている……となれば、利得で測れないのが今回の件、となる。となると、これは」
――義、ってところかな?
と、悪戯げに結んだ。
―・―
「……ちなみに、お前何で古の塔動かせた?」
「ヒ・ミ・ツ♪」
「おい!」
「ふふ、"ちゃんとした貴族"には、秘密があるのさ」
皮肉混じりだが、誤魔化されるつもりもない。なにせ今後に関わることだ。
「……あそこの主と関係がある、とか、ねえよな」
「さて、ね。けど何にしたって、僕はもう無理さ」
掲げた右手の、鈍い仕草に言葉を呑む。それが意味するところは……と、そこで、ヘクスの右手が翻った。
「残念だけど、時間だ。次の子が待ってる」
「……そうかよ」
何のための依頼だったのか、という謎は残るが、”これ”を回復の証として示せるとは、到底思えなかった。
ジャックは最後にこう言った。
「――またな」
呻くように、そう零したのだった。
●
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)が受けたチェックの際、土産の菓子の類も取り上げられてしまったが、「後日、お食べになられるかと」と、案内の侍女が告げた。口にするものにも、浄化が必要らしい。
物々しさに予感を覚えつつ、執務室の扉が開くのを待っていると。
「やっと、可愛い子が!」
「まだそれを言いおるか……」
いつかぶん殴ってやると揺らいでいた火が、燃え上がりかけた瞬間であった。
―・―
――笑顔。笑顔じゃ、我……。
「やー。むさ苦しかったんだよねえ」
「その食えない性格までは治らんかったかぁ」
思わず棒読みになってしまう、が。
「ふふ。ずいぶん素直になったって言われるけどねえ」
「……そやつの目は節穴じゃなあ」
冗句の応酬は心地よく、彼自身の復調の兆しにも感じられた。こうなると、会話も滑らかになる。
「手土産に帝国土産の菓子と……王国産の紅茶と、スコーンを預けておる」
「へえ?」
「そなたにとっては食べ慣れたものかもしれんが……そなたが身を削って守ろうとした"もの"じゃ。おかげで……今は平和じゃ。味わって食べるがよい」
言葉に、ヘクスの頬が緩む。
「女子力高いなあ……」
「それ以上言うようなら、いかに病身でも殴るぞ?」
「……」
ヘクスが視線を動かすと、給仕をしていた侍女も頷いていた。
「……」
―・―
「しかし、無茶をしおってからに……そなたあの戦いで全力出し切って終わっても良い、などと思っておったのではないか?」
「んー……」
視線が、天井へと動く。何かを言おうとして、
「この有様だけど、終わるつもりはなかったよ」
こう落ち着いた、と。そう感じる仕草だった。
「してやられたとは思ったし、バレても非難されるのは自分だけで良い、という姿勢が気に入らぬがな」
だから、ヴィルマは紅茶で口元を湿らせた後、苦笑とともに告げる。
「我はそなたのやったこと、別段非難はせんよ」
恨みがましい視線に、戯けた笑みが返る。必要なことをやりきる類の人物が、批判に落ち込む筈もない。けれど、だからこそ、敢えて言い切るのだ。
「誰に疑われようと、我や一緒に戦ったハンター達は、ヘクス・シャルシェレットの王国を愛する心は本物じゃと確信しておるからのぅ」
「……期待を裏切らないように、頑張らなくちゃいけないね」
ヴィルマが飲み交わす相手は、決して多くない。楽しい酒というのなら、なおのこと。
だから最後に、ヴィルマはこう言った。
「元気になったら飲みに行くのを楽しみにしておるのじゃ」
●
「どうも、お邪魔します」
侍女の案内でオーランの作業部屋を訪れた日紫喜 嘉雅都(ka4222)は、足の踏み場もない程に資料が積み上がった部屋で没頭していたオーランは、
「僕に用……だってね。さあ、どうぞ」
と言って立ち上がると、資料のひと山をずらす。現れたのは、木製の椅子だ。
「伺いたいのは、陣とユグディラの女王の件について、です」
「あまり踏み込んだ話はできないけど……」
片手を挙げたオーランの瞳には戸惑いと、神職者らしい誠実さが見える。その上で、線引きが示された。機密に関わるのならば現状を知ることは難しいと了解し、続ける。
「では、端的に。陣のマテリアル不足は、トマーゾ教授に相談し、リアルブルーからのマテリアルの輸入……という形では対応できないでしょうか?」
「……直感的には、難しいだろうね。既存構造から逸脱しているように思う。無形のマテリアルを直接注ぐ術は、現状では無いからね」
「そう、ですか」
かの女王の消滅を見逃すことは出来ない。その上での提案であったが……。
「……君は、優しいんだな」
「そうですかね」
嘉雅都の肩に手を置いたオーランの言葉を、上手く処理出来なかった。執着の理由は――と、考えが及んだところで。
「最善を尽くすよ」
と、オーランの言葉が、結びとなった。
―・―
「ああ! 微妙に腹立つなあ!」
嘉雅都が持ち込んだゲーム機は好評だったらしい。操作性に若干ストレスが貯まっているようだが、それは嘉雅都が与り知るところではない。
「ヘクスさんが歪虚化したら、ヴィオラさんに撲殺されそうですね」
「色々恨みを買ってるしなあ……メンタル極弱なんだよね聖女様は……ああ! 死んだ!」
ぽぅぃ、と投げられたゲーム機を受け取った嘉雅都は、GAME OVERの字が踊る画面を無感動に眺めながら、呟く。
「マーロウ公の真意って、どこにあるんでしょうね」
「ん?」
「実権を握るだけ、と言うのはしっくり来ないんですよ。手段に過ぎないのなら、目的は……と」
「強欲なだけの御仁じゃないしね。そうだな……」
――知っているのかもしれないなあ。
至極、微かな声で、そう言った。
その件については、それ以上掘り下げることはなかったが、最後に、こんなやりとりがあった。
「上手くいくかは微妙ですが、"教授"に協力を依頼したらどうですかね? オートマトン、ご存知ですよね」
「……提案は嬉しいけど、多分無理かな」
苦笑をしつつ肩を竦めるヘクス。
「なにせ今、覚醒できなくなってるからね」
●
オートマトンであるフィロ(ka6966)のチェックには多大な時間を要した。果実の手土産も相まって、たっぷりと時間をつかった後で、奥へと通される。
彼女の目からみても整備が行き届いている環境は、記憶が明らかではないフィロにとってどこか、懐かしさをよぶ。
――此処にいるのは、誰かの"主人"であるのだ。
―・―
「初めまして、ヘクス様……貴方がヘクス様として表に立たれた方ですか?」
「ふふ、変わった挨拶だね。そう、ヘクス・シャルシェレットだ」
折り目正しく礼をした後、フィロはゆっくりと腰掛けた。細い見かけ以上の沈みっぷりだが、背筋はしゃんと伸ばされたまま。
「クリムゾンウエスト究極のトリックスターにして最高の智恵者と噂されるヘクス様がどのような方なのか、見学に参りました」
「はは……それ、どこかの雑誌で見たのかい?」
面と向かって、それも真顔での言葉にヘクスの顔が少しばかり、引き攣った。
「……まあいいや。ちなみに、影武者ならいないよ。僕がヘクス、さ」
「貴族で当主で、王女派で商会主でもある貴方に、全く影武者が居ない方が私は驚きますが?」
「やー、何故ならもう、使い潰しちゃったからね!」
「……なるほど」
それは、ヘクス自身が病身である現状と矛盾はしない。しかし、代わりがいない影武者を使い潰すのは愚策だろう。
あるいは。
そうせざるを得ないほどに、摩耗したということか。
「……独りで立つ方と、他人の下に立つ方には明確に性格に違いがでます。それが軍師的に策を巡らせる方であってもです」
「ふむ?」
「貴方御自身からは、計画を遂行するために身を削る歯車的滅私は感じられても、ただ独りで立つ方独自の……覇気のようなものが感じられません。二人以上で回している時のような、他が居るという安堵を感じてしまうのです」
「僕が、安堵……ねえ。あー、なるほど、"見学"っていうのはそういうことか」
話の行方を見守っていたヘクスの理解が、少女の出自と現状に追いついた。
「じゃあ、訂正しとこう。影武者がいたのは事実だけど、君が言うような"安堵"なんかあった事はないよ」
その時の感覚を、フィロは上手く言語化出来なかった。
「あったのは――"僕"以外には出来やしない、という『傲慢』さ、お嬢さん」
……確かにそれは、覇気とは違う何かだった。
●
寝台に横たわりながら、ヘクスは愉快げに身を伸ばした。疲労はある。けれど、存分に楽しめた。
特に。
――今回運び込んだ『生活物資など』の中身について尋ねたい。
あのクローディオの問いは、大変心地良かった。
「退屈しのぎにペット用の首輪でも……とね」
その時と同じ言葉を、呟いて。首元を撫でたヘクスはそっと、瞳を閉じたのだった。
運搬した品を術師や兵士が検めている。クローディオ・シャール(ka0030)が眺めていると、汚染されたものを持ち込むのを避けるためだと術士から説明があった。兵士のほうは、かなり念入りに荷を探っている。
それだけで、ヘクスが厳格な管理と”監視”の下にいると、理解できた。
彼自身のチェックの際、某人のポートフォリオが発見されたが、「友人だ」との弁に検査の後、そっと返されることとなった。
―・―
「”エクラ”に感謝しないとね」
無事を祝うべく添えた言葉に、ヘクスは笑みと共にそう返した。ソファに浅く腰掛けたクローディオは続ける。
「……貴方を守って傷付いた者達に、いつか感謝の言葉でも投げ掛けてはどうでしょうか」
「機会が巡ってくれば、ね。この有様じゃこちらから伺うのも難しい……もちろん、君にも感謝しているよ、黒の騎士、クローディオ」
そこで、クローディオは薄く笑みを浮かべることが出来た。体調は兎も角、為人は乱れてはいない。良かった、と。素直にそう思えた。
「……"隊長"も、この事実を知ればお喜びになるでしょう」
―・―
「王女殿下の婚姻騒動についてはご存知でしょうか?」
「大公殿の令孫、だね」
「……ご存知でしたか」
「もちろん。素直な少年だ」
「以前から大公家と王家の親密さをアピールするかのような動きは見受けられていましたが……」
「とはいえ、実態として王家と貴族は割れていたからねえ」
クローディオ自身から核心には触れないように留意しながら、視線で問う。ヘクスは意を汲んでか、へらり、と笑った。
「王位に適う少年たりえるか、というなら微妙かな。”王”としてなら、あの娘のほうが遥かに適任だ。けれど」
肩をすくめての言葉を、クローディオは注意深く読み取る。
”けれど。
――マーロウ大公なら”
「……ままならないものですね。仇敵を打倒しても、次は……いや」
暗澹たる気持ちにはなったが、深堀りは無用か。話題を切り替えることにする。
「そういえば、卿は自転車には乗られますか?」
「自転車かい? ああ――」
軽く、勧めるだけのつもりだったのだが。
「実は、刻令自転車っていうのを考えていてね」
「!」
結局、小一時間盛り上がってしまった。
●
マッシュ・アクラシス(ka0771)は荷を検める者達の手並みが、要人警護や諜報に携わる人間のそれのように見受けられたため、要らぬ言動は慎むよう留意することとした。
案内の道すがら。
「……やはり、ヘクス様とはお会いしたほうがよいのですかね?」
運搬事態は終わったのだから、という肚であった。
「ええ。酷く退屈しておられますので」
勿論、成果は上がらなかった。
―・―
一点、気になることがあった。
動作に倦怠や労苦が見える一方で、飄然とした様子に変化がないことだ。相反するそれらが、マッシュの胸中に奇妙な感慨を抱かせる。
これまでの行動と結果からは推察するに、徹底して王国の利益のために動いた人物の筈だ。だとすれば、王国の現況を前にして、動かぬ身体は歯がゆくはないのか――と、ここまで考えて胸中で頭を振る。
踏み込むつもりは、ない。
だから。
「首尾は如何ですか?」
「まあ、ぼちぼちだねえ……」
―・―
と、踏み込まないように、した筈なのだが。
「いやあ。この縁談、システィーナは断れない……という見込みなんだろうな。確かに、結束のためには必要な流れだ。ベリアルにしたってメフィストにしたって、王国の足並みがもっと揃っていたら機を逃さずに済んだかもしれない。そして、”次はそういうわけにはいかない”しね」
「……」
「あの老人の判断が気になるなあ。あの子の中の”王”がこの縁談を必要なものと判断した上で拒まない、という評価だったのか、”優しい王女”だから拒めない、というものだったのか……」
「…………」
「それに、面白いよね、"マッシュくん"! 今回のこれは、王家と貴族――という騒動”だけじゃない”。王国の各地で騒動が起きているように」
耳を塞いでしまいたいが、それも出来なかった。なにせ、面と向かって語られている。マッシュの中の常識(りせい)が拒んだ。
「”大衆”が、絡んでくるとなると、ねえ」
いやはや。言葉少なな様子から、見透かされたのだろう。その結果が、これだ。喜悦の表情はマッシュの困惑にむけられている。
だから。
「……首尾は如何ですか?」
「だいぶ満足!」
……それは良かった、と。それも飲み込んだ。
忍耐も、仕事のうちなのだ。
●
「来てやったがてめェ金の為だかんなクソ勘違いすんzy!!?」
ソファに座り込んだジャック・J・グリーヴ(ka1305)の言葉は、ヘクスの傍らの美麗系黒髪侍女の鋭い視線に射抜かれて途切れた。
(ァハイ、ゴメンナサイ)
言い訳の言葉もうまく出てこない。ヘクスはそれを眺めて大笑すると、侍女を下げさせる。抵抗したが、ヘクスが「いいから」と追い出した。
「護衛も兼ねてんじゃねえのか」
「問題ないさ」
二人きりは、それはそれで緊張するジャックであった。ヘクスには『疑義』がある。しかし。
――まあ、無理か。元気にヘラヘラ笑ってたらぶん殴ろうと思ってたが……。
「そいや、酒を持ってきたぜ、バーカ」
「もっと気の利いたものはなかったの?」
「うるせぇ」
元気になったら飲めよってことだよバーカ。
「ンなことより、聞きてぇことがある」
―・―
「……随分前の飲み会、あん時のグリーヴ君呼びは何だったんだよ?」
「いきなりそれ?」
ぷは、と愉快げに吹き出したヘクスに、思わず顔が熱くなる。
「ちゃんと、守ったろ?」
「……なら分かりやすく言えよ、紛らわしいなクソ!」
―・―
「号外新聞のネタ出しは……てめぇじゃないよな。誰が落としたネタだ?」
「んー……利害関係を考えたら?」
「……」
そう言われると、商売人でもあるジャックは、口をつぐむ他ない――が。
「まあ、ヒントくらいならいいか。あの一件で、大衆コントロールに先手を打たれた大公派も対応を迫られることになった。けど、王家にとっても徒に騒動になっている……となれば、利得で測れないのが今回の件、となる。となると、これは」
――義、ってところかな?
と、悪戯げに結んだ。
―・―
「……ちなみに、お前何で古の塔動かせた?」
「ヒ・ミ・ツ♪」
「おい!」
「ふふ、"ちゃんとした貴族"には、秘密があるのさ」
皮肉混じりだが、誤魔化されるつもりもない。なにせ今後に関わることだ。
「……あそこの主と関係がある、とか、ねえよな」
「さて、ね。けど何にしたって、僕はもう無理さ」
掲げた右手の、鈍い仕草に言葉を呑む。それが意味するところは……と、そこで、ヘクスの右手が翻った。
「残念だけど、時間だ。次の子が待ってる」
「……そうかよ」
何のための依頼だったのか、という謎は残るが、”これ”を回復の証として示せるとは、到底思えなかった。
ジャックは最後にこう言った。
「――またな」
呻くように、そう零したのだった。
●
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)が受けたチェックの際、土産の菓子の類も取り上げられてしまったが、「後日、お食べになられるかと」と、案内の侍女が告げた。口にするものにも、浄化が必要らしい。
物々しさに予感を覚えつつ、執務室の扉が開くのを待っていると。
「やっと、可愛い子が!」
「まだそれを言いおるか……」
いつかぶん殴ってやると揺らいでいた火が、燃え上がりかけた瞬間であった。
―・―
――笑顔。笑顔じゃ、我……。
「やー。むさ苦しかったんだよねえ」
「その食えない性格までは治らんかったかぁ」
思わず棒読みになってしまう、が。
「ふふ。ずいぶん素直になったって言われるけどねえ」
「……そやつの目は節穴じゃなあ」
冗句の応酬は心地よく、彼自身の復調の兆しにも感じられた。こうなると、会話も滑らかになる。
「手土産に帝国土産の菓子と……王国産の紅茶と、スコーンを預けておる」
「へえ?」
「そなたにとっては食べ慣れたものかもしれんが……そなたが身を削って守ろうとした"もの"じゃ。おかげで……今は平和じゃ。味わって食べるがよい」
言葉に、ヘクスの頬が緩む。
「女子力高いなあ……」
「それ以上言うようなら、いかに病身でも殴るぞ?」
「……」
ヘクスが視線を動かすと、給仕をしていた侍女も頷いていた。
「……」
―・―
「しかし、無茶をしおってからに……そなたあの戦いで全力出し切って終わっても良い、などと思っておったのではないか?」
「んー……」
視線が、天井へと動く。何かを言おうとして、
「この有様だけど、終わるつもりはなかったよ」
こう落ち着いた、と。そう感じる仕草だった。
「してやられたとは思ったし、バレても非難されるのは自分だけで良い、という姿勢が気に入らぬがな」
だから、ヴィルマは紅茶で口元を湿らせた後、苦笑とともに告げる。
「我はそなたのやったこと、別段非難はせんよ」
恨みがましい視線に、戯けた笑みが返る。必要なことをやりきる類の人物が、批判に落ち込む筈もない。けれど、だからこそ、敢えて言い切るのだ。
「誰に疑われようと、我や一緒に戦ったハンター達は、ヘクス・シャルシェレットの王国を愛する心は本物じゃと確信しておるからのぅ」
「……期待を裏切らないように、頑張らなくちゃいけないね」
ヴィルマが飲み交わす相手は、決して多くない。楽しい酒というのなら、なおのこと。
だから最後に、ヴィルマはこう言った。
「元気になったら飲みに行くのを楽しみにしておるのじゃ」
●
「どうも、お邪魔します」
侍女の案内でオーランの作業部屋を訪れた日紫喜 嘉雅都(ka4222)は、足の踏み場もない程に資料が積み上がった部屋で没頭していたオーランは、
「僕に用……だってね。さあ、どうぞ」
と言って立ち上がると、資料のひと山をずらす。現れたのは、木製の椅子だ。
「伺いたいのは、陣とユグディラの女王の件について、です」
「あまり踏み込んだ話はできないけど……」
片手を挙げたオーランの瞳には戸惑いと、神職者らしい誠実さが見える。その上で、線引きが示された。機密に関わるのならば現状を知ることは難しいと了解し、続ける。
「では、端的に。陣のマテリアル不足は、トマーゾ教授に相談し、リアルブルーからのマテリアルの輸入……という形では対応できないでしょうか?」
「……直感的には、難しいだろうね。既存構造から逸脱しているように思う。無形のマテリアルを直接注ぐ術は、現状では無いからね」
「そう、ですか」
かの女王の消滅を見逃すことは出来ない。その上での提案であったが……。
「……君は、優しいんだな」
「そうですかね」
嘉雅都の肩に手を置いたオーランの言葉を、上手く処理出来なかった。執着の理由は――と、考えが及んだところで。
「最善を尽くすよ」
と、オーランの言葉が、結びとなった。
―・―
「ああ! 微妙に腹立つなあ!」
嘉雅都が持ち込んだゲーム機は好評だったらしい。操作性に若干ストレスが貯まっているようだが、それは嘉雅都が与り知るところではない。
「ヘクスさんが歪虚化したら、ヴィオラさんに撲殺されそうですね」
「色々恨みを買ってるしなあ……メンタル極弱なんだよね聖女様は……ああ! 死んだ!」
ぽぅぃ、と投げられたゲーム機を受け取った嘉雅都は、GAME OVERの字が踊る画面を無感動に眺めながら、呟く。
「マーロウ公の真意って、どこにあるんでしょうね」
「ん?」
「実権を握るだけ、と言うのはしっくり来ないんですよ。手段に過ぎないのなら、目的は……と」
「強欲なだけの御仁じゃないしね。そうだな……」
――知っているのかもしれないなあ。
至極、微かな声で、そう言った。
その件については、それ以上掘り下げることはなかったが、最後に、こんなやりとりがあった。
「上手くいくかは微妙ですが、"教授"に協力を依頼したらどうですかね? オートマトン、ご存知ですよね」
「……提案は嬉しいけど、多分無理かな」
苦笑をしつつ肩を竦めるヘクス。
「なにせ今、覚醒できなくなってるからね」
●
オートマトンであるフィロ(ka6966)のチェックには多大な時間を要した。果実の手土産も相まって、たっぷりと時間をつかった後で、奥へと通される。
彼女の目からみても整備が行き届いている環境は、記憶が明らかではないフィロにとってどこか、懐かしさをよぶ。
――此処にいるのは、誰かの"主人"であるのだ。
―・―
「初めまして、ヘクス様……貴方がヘクス様として表に立たれた方ですか?」
「ふふ、変わった挨拶だね。そう、ヘクス・シャルシェレットだ」
折り目正しく礼をした後、フィロはゆっくりと腰掛けた。細い見かけ以上の沈みっぷりだが、背筋はしゃんと伸ばされたまま。
「クリムゾンウエスト究極のトリックスターにして最高の智恵者と噂されるヘクス様がどのような方なのか、見学に参りました」
「はは……それ、どこかの雑誌で見たのかい?」
面と向かって、それも真顔での言葉にヘクスの顔が少しばかり、引き攣った。
「……まあいいや。ちなみに、影武者ならいないよ。僕がヘクス、さ」
「貴族で当主で、王女派で商会主でもある貴方に、全く影武者が居ない方が私は驚きますが?」
「やー、何故ならもう、使い潰しちゃったからね!」
「……なるほど」
それは、ヘクス自身が病身である現状と矛盾はしない。しかし、代わりがいない影武者を使い潰すのは愚策だろう。
あるいは。
そうせざるを得ないほどに、摩耗したということか。
「……独りで立つ方と、他人の下に立つ方には明確に性格に違いがでます。それが軍師的に策を巡らせる方であってもです」
「ふむ?」
「貴方御自身からは、計画を遂行するために身を削る歯車的滅私は感じられても、ただ独りで立つ方独自の……覇気のようなものが感じられません。二人以上で回している時のような、他が居るという安堵を感じてしまうのです」
「僕が、安堵……ねえ。あー、なるほど、"見学"っていうのはそういうことか」
話の行方を見守っていたヘクスの理解が、少女の出自と現状に追いついた。
「じゃあ、訂正しとこう。影武者がいたのは事実だけど、君が言うような"安堵"なんかあった事はないよ」
その時の感覚を、フィロは上手く言語化出来なかった。
「あったのは――"僕"以外には出来やしない、という『傲慢』さ、お嬢さん」
……確かにそれは、覇気とは違う何かだった。
●
寝台に横たわりながら、ヘクスは愉快げに身を伸ばした。疲労はある。けれど、存分に楽しめた。
特に。
――今回運び込んだ『生活物資など』の中身について尋ねたい。
あのクローディオの問いは、大変心地良かった。
「退屈しのぎにペット用の首輪でも……とね」
その時と同じ言葉を、呟いて。首元を撫でたヘクスはそっと、瞳を閉じたのだった。
依頼結果
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相談卓だぜ! ジャック・J・グリーヴ(ka1305) 人間(クリムゾンウェスト)|24才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2018/04/16 18:51:02 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/04/16 11:15:33 |