ゲスト
(ka0000)
【RH】引き裂かれた詩を
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/04/16 19:00
- 完成日
- 2018/04/22 21:20
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
※本シナリオは連動シナリオとなります。同日に出された【RH】タグの依頼との同時参加は出来ません。重複参加が認められた場合、本シナリオでの判定・描写の対象外となります。ご了承ください。
「撃て!」
分隊長の号令一声、統一地球連合宙軍の兵たちは比較的広い街路における一斉射撃を開始する。
射線が収束するその先には……──
「う……ああ、痛い、痛いよぉ!」
片腕で顔を庇うようにして、じりじりと前進する少年。
銃弾の雨の中、少年は顔を苦悶に歪める──砂嵐の中、ぶつかってくる砂粒に難儀する程度の表情に。
「ぐ……ぅ……」
兵士たちの中から、小さな呻きが上がる。
「弾幕緩めるなぁ! 近づかれたら終わりだぞ!」
銃弾の嵐の中、声が聞こえたわけでは無いのだろう、それでも乱れに気がついたのか、再びの怒号が飛ぶ。
「うああ……痛い……怖いよ……。殺す……殺さなきゃあ!」
痛みに嘆きながらそれでもにじり寄ることをやめない少年が、手にした大剣を大きく振りかぶる。その時。
「撃ち方やめ!」
号令。銃弾の雨がピタリとやむ。直後、少年の斜め後方より躍りかかる影!
気配に気づいた少年が振り返る、が、半端に振りかぶった体勢から対応するのは無理があった。
横薙ぎの一閃が、弾幕をものともしなかった少年を吹き飛ばす。
振るわれたのは少年が持つのと似たような大剣。手にする男も、成人はしているだろうが若くはある。軍服を着たその姿は、軍所属の強化人間だった。
男はそのまま、ふらつき立ち上がろうとする少年に対し男はそのまま距離を詰め、再度大剣を振りかぶる。少年は腰を着いた体勢のまま己の剣で辛うじてそれを受けて。
……少年と、男。元々の理論上の力の源は、同じとする存在だった。だが、暫く打ち合いが続くうちに訓練と経験の差が浮き彫りになっていく。
加えて。
不利を悟った少年が、一度立て直そうと距離を取る──瞬間、響く銃声。待機していた狙撃兵の一撃が、少年を叩く。一般兵のそれはたいした負傷にはならなかったが、驚かせ姿勢を崩す効果はあった。
元々の実力差に加え友軍の支援。やがて戦闘は一つの結末を迎える。
「──……こちら03分隊。報告します、只今──」
認めて、分隊長は通信機を手に、告げる。只今、何が終わったのか──何に対して。
●
「ランカスター市民の避難の完了を確認した。本作戦はこれより第二フェーズ、市街を占拠する『敵』の対応へと移行する」
本作戦を指揮する、ある一人の士官は己の管轄する歩兵各隊に対し、朗々と告げた。
「作戦開始前に諸君らに通達する。もし諸君らが現在、『アスガルド』に関する何らかの資料、写真を所持する場合──作戦行動開始前に、それらは全て、破棄すること」
ざわり、と、兵士たちからわずかな動揺が漏れた。
「個々の現場においては各分隊長の臨機の判断によって対応せよ。事前の個体特徴の把握は不要とする。
友軍強化人間との差別化の意味においても、本件の『人型のエネミー』については以降『死せる戦士(エインヘリャル)』と呼称すること。
作戦上の区別が必要な際にはナンバリングにて管理を行う。
個別の名を呼んではならない。
個体を識別しようとしてはならない。
本件において立ちはだかる障害は全て『同一の敵』と見做すこと。
──……通達する。本作戦に対し、諸君らは『アスガルド』に関する全ての記録、全ての記憶を破棄すること。
敵は一体で我ら一個小隊を全滅せしえる脅威である。対し我らは統一した行動、そのために統一した意思でもって立ち向かわねばならない。心せよ!」
言い終えると、指揮官は立ち並ぶ兵士たちに順に視線を流していく。と、その一か所で暫く視点を固定し、歩み寄ると、近づかれた兵士は僅かに顔を歪ませた後、一つの手記を差し出した。
それを皮切りに、指揮官の元へ、手帳が、レポートが、写真が、彼が通り過ぎるその度に差し出されていく。
それらを抱えたまま──指揮官は、本作戦への協力のため呼び寄せたハンターたちの元へも、歩み寄る。
「……諸君らはあくまで、外部協力者として要請に応じた傭兵であり、諸君らの行動に対し私に強制力がないことは、心得ているよ」
そう言って指揮官は、どこか優雅に、挨拶の辞儀をして見せる。
「だからこれはあくまで提案だ。もし君たちが、手放すのに困っている荷物を今抱えているのであれば、ついでに引き取ろうか」
静かな声で、彼はハンターたちに告げた。嫌味を感じさせないことが嫌味に感じるほどの。
●
「──……こちら03分隊。報告します、只今──」
認めて、分隊長は通信機を手に、告げる。只今、何が終わったのか──何に対して。
「……『死せる戦士の7番』、行動停止を確認いたしました」
そう、認めた。
倒れた死体、あれが自分たちにとって何なのかを。
あれは──敵。我々の命を奪う。市民たちを脅かす。倒さなければならない、倒すべき、敵。だから殺した。
言い聞かせる言葉が、戦場の中で、声にする度、馴染んでいく。
「殺す……殺さなきゃあ……どうして?」
──聞いては、いけない。
「痛い……怖いよぉ……皆あ……?」
──記録してはいけない。
「私が……私がやんなきゃ! 大丈夫……大丈夫だからね!」
──記憶してはいけない。
「あっはははははは! 死ね! もう皆死ねよおぉぉぉぉ!」
──全て、破棄すること。
「撃て!」
分隊長の号令一声、統一地球連合宙軍の兵たちは比較的広い街路における一斉射撃を開始する。
射線が収束するその先には……──
「う……ああ、痛い、痛いよぉ!」
片腕で顔を庇うようにして、じりじりと前進する少年。
銃弾の雨の中、少年は顔を苦悶に歪める──砂嵐の中、ぶつかってくる砂粒に難儀する程度の表情に。
「ぐ……ぅ……」
兵士たちの中から、小さな呻きが上がる。
「弾幕緩めるなぁ! 近づかれたら終わりだぞ!」
銃弾の嵐の中、声が聞こえたわけでは無いのだろう、それでも乱れに気がついたのか、再びの怒号が飛ぶ。
「うああ……痛い……怖いよ……。殺す……殺さなきゃあ!」
痛みに嘆きながらそれでもにじり寄ることをやめない少年が、手にした大剣を大きく振りかぶる。その時。
「撃ち方やめ!」
号令。銃弾の雨がピタリとやむ。直後、少年の斜め後方より躍りかかる影!
気配に気づいた少年が振り返る、が、半端に振りかぶった体勢から対応するのは無理があった。
横薙ぎの一閃が、弾幕をものともしなかった少年を吹き飛ばす。
振るわれたのは少年が持つのと似たような大剣。手にする男も、成人はしているだろうが若くはある。軍服を着たその姿は、軍所属の強化人間だった。
男はそのまま、ふらつき立ち上がろうとする少年に対し男はそのまま距離を詰め、再度大剣を振りかぶる。少年は腰を着いた体勢のまま己の剣で辛うじてそれを受けて。
……少年と、男。元々の理論上の力の源は、同じとする存在だった。だが、暫く打ち合いが続くうちに訓練と経験の差が浮き彫りになっていく。
加えて。
不利を悟った少年が、一度立て直そうと距離を取る──瞬間、響く銃声。待機していた狙撃兵の一撃が、少年を叩く。一般兵のそれはたいした負傷にはならなかったが、驚かせ姿勢を崩す効果はあった。
元々の実力差に加え友軍の支援。やがて戦闘は一つの結末を迎える。
「──……こちら03分隊。報告します、只今──」
認めて、分隊長は通信機を手に、告げる。只今、何が終わったのか──何に対して。
●
「ランカスター市民の避難の完了を確認した。本作戦はこれより第二フェーズ、市街を占拠する『敵』の対応へと移行する」
本作戦を指揮する、ある一人の士官は己の管轄する歩兵各隊に対し、朗々と告げた。
「作戦開始前に諸君らに通達する。もし諸君らが現在、『アスガルド』に関する何らかの資料、写真を所持する場合──作戦行動開始前に、それらは全て、破棄すること」
ざわり、と、兵士たちからわずかな動揺が漏れた。
「個々の現場においては各分隊長の臨機の判断によって対応せよ。事前の個体特徴の把握は不要とする。
友軍強化人間との差別化の意味においても、本件の『人型のエネミー』については以降『死せる戦士(エインヘリャル)』と呼称すること。
作戦上の区別が必要な際にはナンバリングにて管理を行う。
個別の名を呼んではならない。
個体を識別しようとしてはならない。
本件において立ちはだかる障害は全て『同一の敵』と見做すこと。
──……通達する。本作戦に対し、諸君らは『アスガルド』に関する全ての記録、全ての記憶を破棄すること。
敵は一体で我ら一個小隊を全滅せしえる脅威である。対し我らは統一した行動、そのために統一した意思でもって立ち向かわねばならない。心せよ!」
言い終えると、指揮官は立ち並ぶ兵士たちに順に視線を流していく。と、その一か所で暫く視点を固定し、歩み寄ると、近づかれた兵士は僅かに顔を歪ませた後、一つの手記を差し出した。
それを皮切りに、指揮官の元へ、手帳が、レポートが、写真が、彼が通り過ぎるその度に差し出されていく。
それらを抱えたまま──指揮官は、本作戦への協力のため呼び寄せたハンターたちの元へも、歩み寄る。
「……諸君らはあくまで、外部協力者として要請に応じた傭兵であり、諸君らの行動に対し私に強制力がないことは、心得ているよ」
そう言って指揮官は、どこか優雅に、挨拶の辞儀をして見せる。
「だからこれはあくまで提案だ。もし君たちが、手放すのに困っている荷物を今抱えているのであれば、ついでに引き取ろうか」
静かな声で、彼はハンターたちに告げた。嫌味を感じさせないことが嫌味に感じるほどの。
●
「──……こちら03分隊。報告します、只今──」
認めて、分隊長は通信機を手に、告げる。只今、何が終わったのか──何に対して。
「……『死せる戦士の7番』、行動停止を確認いたしました」
そう、認めた。
倒れた死体、あれが自分たちにとって何なのかを。
あれは──敵。我々の命を奪う。市民たちを脅かす。倒さなければならない、倒すべき、敵。だから殺した。
言い聞かせる言葉が、戦場の中で、声にする度、馴染んでいく。
「殺す……殺さなきゃあ……どうして?」
──聞いては、いけない。
「痛い……怖いよぉ……皆あ……?」
──記録してはいけない。
「私が……私がやんなきゃ! 大丈夫……大丈夫だからね!」
──記憶してはいけない。
「あっはははははは! 死ね! もう皆死ねよおぉぉぉぉ!」
──全て、破棄すること。
リプレイ本文
「……俺は持っていない。が」
士官の問いに、最初に口を開いたのはメンカル(ka5338)だった。
「――ここに来たのが俺でよかったな? 弟にそれを言っていれば、今頃お前の体に穴が開いていただろう。アレは時々、後先を考えんからな」
不自然なほどに穏やかな囁きだった。一瞬だけ浮かべた食い殺しそうなほどの目線が、煮えたぎるほどの怒りを表していたが。
「目の前のガキを殺すことしかできねぇ玉無し野郎共は、全員引きこもって靴でも磨いてろ」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)が続くように、唾を吐いて返答する。
「……上官として部下への侮辱は否定しよう。死地に乗り込みランカスター市民の避難を完了させたという成果をすでに挙げている彼らの評価としては、不当ではないかね? ──それと、」
静かな声のまま、士官は答えた。そして。
「面白いね君は。先ほど、君から物資援助の要請を受けたそうだが」
……彼女は確かに、軍に頼んでいた。捕縛用の縄と麻酔を用意を。その相手に対し、勢いに任せた言葉は不用意と言えたが……文字通り、吐いた唾は飲み込めない。
「縄については、余剰分があるかな。だが、麻酔はね。こちらの世界の化学薬品は危険も伴うものだ。民間に使ってみたい、と言われて、どうぞとほいほい扱わせていいものではないのだよ」
縄は渡してもいいが麻酔は却下。理屈で、前述の発言がなくとも結果は変わらなかったのかもしれないが、言い草に、剣呑な空気が膨れ上がる。
「……この写真は手放しません」
そこで、次に声を発したのは天王寺茜(ka4080)だった。
「どんな記憶になろうと、持っていきます」
敵対心と取られないよう慎重に、ただ、彼女は想いを告げる。
(……そうだ)
同じ気持ちを、氷雨 柊羽(ka6767)は認めていた。
(……過去も、思い出も……捨てない。捨てられる訳がない)
決意を新たにする。ここで聞く彼らの悲鳴も、アスガルドで遊んで話した記憶も、全部忘れない……と。
士官はハンターたちに視線を巡らせる。動くものは居ない。彼の『提案』に乗るものは、誰一人。
その中で。
「殺した者を忘れない。あの日の思い出を忘れない。これはボクの罪で、ボクが背負って歩く」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)の言葉と気配には、これまでと異なる決意を感じた。
やがて士官はただ静かに頷く。
「諸君らの行動に対し依頼内容以上のことは私に強制力がないことは、心得ている。その覚悟の是非も問わないよ。主観と優先順位の相違だ」
そう言って、彼はハンターたちからひらりと背を向けた。
「──諸君らの働きに、期待している」
涼やかに。皮肉なのか激励なのかどこか読みきれない、そんな態度で。
カイン・シュミート(ka6967)はこれらの一連を、顔にも出さず流していた。
反発を綺麗に流した、それすらも計算だったということは無いのだろうか。
(此方が反発した分だけ兵は個を放棄するかもな)
内心を、口にも表情にも出さないように、カインは『統一した意思』を掲げる指揮官と兵士の様子を慎重に見つめていた。
「最後に誰が得をするのやら」
思わず、それだけを呟いて。
作戦開始の号令が発せられる。
侵略されたランカスターの街を奪還すべく、ハンターたちが、兵士たちが進軍を開始する。
(命は……守るべきものだ)
それが人であるなら、なおさら。
アーク・フォーサイス(ka6568)はそう願う。
何が最善なのかは分からない。けど、諦めたくない。
己が望む結果を齎すべく考え、彼は軍からは離れ単独で行動する。
街を走り抜ける、そのどこかの脇道を通り過ぎたとき。背後から殺気が生まれた。
「きたな……みんなを狙う、わるものめっ!」
叫んで大剣を振りかぶってくる、幼い声。
脇道の影に潜んで、背後から奇襲した──つもりなのだろう。
アークから見ればその動きの何もかもが、拙い。
手にした刀で、振り下ろされる刃を払う。
隙だらけになったそこに、返す刀。肩口から血飛沫が上がる。
……出来れば、上手く意識を奪い、行動不能にさせたかった。
彼にそのための具体的な作戦があるわけでは無い。
様子見、躊躇いながらの攻撃が幾つも無駄に傷を刻んでいく。
暫くの試行の後、彼は手足を狙う作戦に変えた。……動きが鈍り始めれば、その腱を狙う事も出来る。
……やがて、相手はまともに四肢を動かせなくなり、地に伏せた。
それでも戦おうともがき、激痛にのたうちながら。
覚醒者ほどに力があれば治療すれば治るのだろうが、彼らは分からない。
「わるもの……か」
投げかけられた言葉を反芻する。彼らはハンターたちを正常に認識できなくなっている、そんな話は聞いてはいるが。
「そうだな。俺は……今の俺は、わるものだ」
それでも、アークは認めた。今の己を。己の行為の、その意味を。
こうするのが君の為なんだ、なんて絶対に言わない。
「……ごめん。生かしたいのは、俺の我儘なんだ」
少年は悲鳴を上げ動かぬ手足を震えさせ続けている。その姿を、目を背けず暫く見つめた。
全てを抱えていくために。
自分が生きている限り、彼らが消えないように。
「……孤児、か」
クラン・クィールス(ka6605)の呟きに、同行する柊羽が顔を向ける。
「……俺だって似た様なものだ、情くらい移るが。とはいえ……、さて、な」
視線に、クランは哀し気な笑みを浮かべて答えてみせた。
大丈夫、やるべきことは分かっている……と。
気丈な言葉に柊羽が答えようとして……口を開こうとする前に、弓を構えた。
飛び出すように出てきた二つの影。その一つが構えていた銃を……柊羽が放った矢が弾く。
一瞬で、身体は反応していた。弓に矢をつがえ、放つことに何ら躊躇いは無かった。
……相手が何であるか、分かっていなかったわけでは無い。
小さな姿だった。まだ幼さの残る少年と、更に小柄な少女。
二人、銃を構えてこちらへと向けている。
──うん、迷わない。向こうがこちらを狙ってくるなら……立ち向かう。
クランが子供たちに向けて距離を詰めていく。迎撃の射撃を柊羽の矢が妨害し、また、行動そのものを制圧する。
「ひぃっ!?」
距離を詰めたクランの一撃が少年の腕を裂き、少年が驚愕を浮かべる。
銃を剣に持ち替えて少年が反撃するが、上手く防具で受けたクランにはさしたる痛痒もない。
数回、剣が交差する。致命傷とならないよう、威力を抑えながら。動きを止めるよう、手足を狙って。
刃に、動きに心を込めて、威圧する。全身から気を放ち、少年を圧倒して──
「う、ああああああああ!?」
投降、あるいは逃亡を願ったその結果は、恐慌。少年は出鱈目に刃を振りかざしながら、それでも襲い掛かってくる。
「こ、この!」
そして、傍らにいた少女も。
柊羽が放った矢を、やはり同じように手足に受けながら。
怯えながら、それでも、少年を庇うようにクランにしがみつこうとして、少年もまた、その姿に剣を構えなおす。
互いを、守り合おうと、『敵』に、武器を向ける。
どこか自分たちと重なる姿に、柊羽は指先がぶれるのを感じた。
ぎゅ、と力を込め直す。
傷つけることは厭わないと決めたはずだった。
死ななければ先があるかも、と希望を持てるから。
だから、なるべく彼女も致命傷は与えないように、と戦ってきたつもりだった。
その、柊羽の目の前で。
邪魔に思ったのか、少女が己の腕に刺さった矢を引き抜いて──当然、そこから盛大に血が溢れだす。
「ひ、あっ!?」
激痛と失血に少女の身体が一気に青褪め始める。震えて膝を着く少女……。
「わああああああああ!」
手を差し伸べたいクランに、しかし怒りに我を失った少年が、そうさせてくれない。
……殺さずに動きを止めるには、やはり時間がかかった。
剣で刻まれた少年は、同じく多くの血を失っている。
二人とも、慌てて軽く処置をし、そして、回復能力を持つ仲間へと連絡するが……間に合うだろうか。
「……、……さぁ、次へ行くぞ」
それでも。
クランは、少年と少女をこのまま、ここに捨て置くしかなかった。
さらに救いの手を伸ばすには、兎に角立ち止まっている時間はない。
メンカルもまた、可能な限り子供たちの生存を目的にと走り回っていた。
「こっちは俺が見よう。固まるより別の所を探した方がいいんじゃないか?」
偶々遭遇した軍の一行にはそう告げて、角の一つを彼らから離れるように曲がっていく。
分隊長は、絶対に協力しないというその意志を感じ取ったか、部下たちに一瞥で指示を与えると素直に逆方向へと向かっていった。
安堵する。遠ざかったのを確認してから、壁を蹴り建物を駆けあがる。
……一人歩く少女の姿を、屋上から認めた。進路を予測し、気付かれない位置へと先回りして身をひそめる。
物陰に潜むメンカルに気付かぬまま少女が通り過ぎていく、その後ろ姿へ向けて、慎重に狙う位置を定め、失神を目的とした一撃──
「がはっ!?」
少女の身体が吹き飛ばされ、地を転げる。打ちつけられた少女の身体は……。
「あぐぅうう……」
苦悶に、のたうち回る。
うまく一撃で気絶とはいかなかった。
……そう、殺さない一撃をうまく与えるというのは、言うほど、容易いことではない。
それでも。
(……子供達を、『未来』を、消させないでくれ。これは本来、俺達がこの力で守らなければならないもののはずだろう……!)
拳を、意志を固め、メンカルは少女と対峙する。
その願いは……──
軍に、協調しようという者が居なかったわけでは無い。
マッシュ・アクラシス(ka0771)は率先してそれを行った一人だ。
前に立ち、現れた強化人間をためらうことなく、斬り伏せる。
と、その瞬間、別の物陰から姿が飛び出してくる!
ピタリと軍に向けて銃を向けた少年が、立て続けに銃口を引く。
──銃弾は兵士たちへと襲い掛からず、軌道を捻じ曲げられるようにマッシュへと吸い込まれていった。
「……成程。先に囮を出してからの奇襲とは。『敵』も中々に狡猾」
彼の淡々とした言葉に、強化人間ははっとしてから、新たに出現した『死せる戦士』へと向かっていく。
安堵が、兵士たちから零れるのが分かった。それは命を助けられたことにか。それとも……ハンターがあれをはっきり、『敵』と呼んだことか。
「……まあ、仕事は仕事ですからね」
先に斬り伏せていた一人に躊躇いなくとどめを刺して見せた手際に感嘆とする兵士たちに、マッシュは独りごちる。
(というより、そうとするしかなかった者に、それは違うのだと見せるのは、どうも……ね)
続く想いは、口にはしなかった。
そう。
マッシュは、兵士たちに寄り添っていた。命、だけではなく。
それに、間違いなく兵士たちは救われていただろう。
……代わり、その道行にはアスガルドの子たちの死が乗せられていくのだが。
「先行のハンターが我先にといるでしょうから、楽な進行であれば、結構ですな」
その呟きには、果たして、どんな意図が込められているのか。
『仕事に真面目な分怪我しねぇか心配』
ふと、行く前にカインに言われた言葉が浮かんできて、マッシュは苦笑を浮かべていた。
セルゲン(ka6612)もまた、軍との同行を選択したハンターの一人だ。
だが。
「ここは俺に任せてくれ。──頼む」
一人の子供が、一行の前に姿を現す。セルゲンが軍に懇願したのは、この時だった。
「我々は──……」
言いかけた分隊長の前で、セルゲンの身体が膨れ上がっていく。
「任せろと、言った」
現界せしもの。祖霊を纏った、霊闘士の一つの究極。
説得が聞いたかはともかく、敵接触直後に巨大化した姿は兵士たちを硬直させる効果はあった。
隙に、単独で子供に接近する。巨体で押しつぶすようにその身体を抑え込み……そして、暴走状態にある子供の精神を何とか回復できないか、試みる。
締め上げる指先に精神を集中し、気を送り込む。トランスキュアは……手ごたえがなかった。ならばと打ち込んだ知的黄金律もまた、効果を発揮しない。
これまでに子供たちを正気に返したという報告は無い。その試行例を一つ増やしたに、過ぎない。
得手の長柄物は持ってこなかった。籠手越しに、少年が暴れる感覚がはっきりと伝わってくる。
これでいい。この感触を、この手の下で浮かべる表情を、その詩をすべて記憶するために──
……背後で、銃声が響く。
振り向かずとも分かる。新たに表れた子供に、兵士たちが対応を始めた……。
止めたくとも、彼の身体は一つしかない。
即座に駆け付けるためには──
そして、押し倒す子供を締める腕に力を、更に込めた。
鈍い手ごたえと共に、子供の身体が小さく跳ねて、そして、動かなくなる。
そうして、軍が対峙する、新手の子供の方へと向かっていく。
兵士には殺させないつもりで割り込む。
その手に掛けさせるくらいなら自分が討つと。
(子らには何の縁もねぇ。"だから"来た)
苦戦する軍強化人間の前で、巨体が子供を吹き飛ばす。
その様は正に、昔話に出てくる鬼そのものだった。
(蒼界じゃ鬼は悪者なんだろ?)
なららしく振る舞おう。子らを害したのは鬼で、庇護者であるべき"大人"じゃない。そういう事にする為に。
その内心を見せぬようにして、暴虐を振舞い、セルゲンは兵士たちからその役割を横取りしていく。
そんな彼に、同行する兵士たちは──しかし。
それでも兵士たちは、黙って銃を収めることは、しなかった。とどめを彼に奪われ続けながら、それでもその横で、援護のつもりなのだろう攻撃を続ける。
同じくして。
「兵士共。わたくしが片っ端から制圧する、てめぇらは拘束しやがれ」
シレークス(ka0752)もまた、一つの分隊に合流すると、そう持ち掛けていた。
兵士たちは手を汚すことは無い……と、彼女はその意図を、はっきりと告げて。
本心では、兵士たちも殺したくは無い筈。その提案は大いに兵士たちを安堵させると……思っただろうか。
「戦闘において我らに手を出すなという事であれば、貴女と同行は出来ません」
決然とした。
それが、分隊長の答えだった。
「何故! 『制圧』するなら、殺すことはねぇです! わたくしなら出来るっつってんです!」
「貴女たちは我が指揮官の方針に反対のようですが、本事件が強化人間の者によるものとのことが流出し、かつ戦闘において友軍の強化人間が何の役にも立たずハンターだけで制圧を行ったとあれば、逆に他の強化人間たちにどのような判断が下されるかとはお考えですか!」
分隊長の言葉は。己を納得させようというようにも聞こえた。
兵士たちは……命令は下されたが、結局、アスガルドの資料を自分たちから差し出していたのだ。
そこに、彼らなりの理解と……覚悟があったとは思わなかったか。
そして一度固めた覚悟を、救済の気持ちとはいえ再び揺さぶることが、残酷ではないと言い切れるのか。
──それは、まさしくマッシュの懸念の通りに。
「……ここで貴女の言葉に心折れてしまっては、今後貴女が居ない時に我々は必要な引き金を引けなくなるのです」
故に。
戦闘に加えるつもりがないなら同行しない。
改めて、それが、この分隊長の「判断」だった。
兵士たちは歩み去り、彼女は独り残される。
当てが外れて、彼女はどうするか……。
拳鎚を握りしめる。
「エクラ教、流浪のシスター。シレークスが、押し通りますです」
やろうとしていたことと、やるべきことは、は変わらない。
右手に拳鎚、左手に盾。あえて聖導士の道をゆかぬ聖職者として。
独り進み、強化人間の少年たちと対峙する。
殺さず、しかし戦闘継続不能、再起不能にするつもりで、手足の骨を、顎を粉砕しようと、剛力が唸る。
エクラの聖句を口にしながら。
代ろうとした兵士たちの業は背負えなかったが、それでも。
「光よ、この子らを憐れみたまえです」
泡を吹いて悶える身体にそう告げて、彼女は進む。
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)の前で、電撃に痺れた子供が悶えている。
まともに動かない身体でのたうちながら、瞳はヒースを睨み上げていた。敵意は全く変わらず、そこにあり続けていた。
シェリル・マイヤーズ(ka0509)が、倒れたその身体に近づいていく。
試すのは、「レジスト」。治療、浄化をしようというのではなく、子ども自身の抵抗を上げればもしかして──。
暫し、待って。
「……やっぱりダメ……か……」
認めて、彼女は立ち上がった。
片手に愛刀ウスサマを握りなおし、片手で仮面を装着する。
「ありがとう……我儘に付き合ってくれて……はじめよう……」
静かに礼を告げるシェリルに、ヒースは一度目を閉じて、開く。
同時に、少年が、震える身体で、それでも立ち上った。レジストをかけたのだから、当然エレクトリックショックも解ける。
それもまた、丁度いい。
互いにしっかりと向き合い直して、ヒースはユナイテッド・ドライブ・ソードを構えなおした。
「赦せとは言わない。憎めとも言わない。ただお互いの命を賭けて、殺し合おう」
宣言。直後、動いたのは、シェリル。
瞬脚。ジグザグを刻み足を踏み鳴らしながら彼女が距離を詰めていく。
「え、あっ!?」
動きに翻弄されるように少年が視線を左右へと揺らす。
そして──ヒースの肉体もまた加速した。
まっすぐに突き出された立て続けの攻撃が、少年の身体を血に染め上げる。
そのまま、シェリルの刃が続いた。強化人間の装甲の柔らかな部分を彼女の刃が貫いて。
何が起こったのか分からない、という表情のまま、少年は膝を着き、そのまま後ろに倒れ……二度と、起き上がらなかった。
……それは、今この戦場にある少年少女の表情の中で、一番安らかなものにも、見えたけれども。
彼らとは全く別の道を、ボルディアは進んでいた。
「あ、あ……が……」
腹にめり込んだ拳に、少年が目を剥き涎を垂らして悶える。
あばらを軋ませた手ごたえがあった。
「う……ぐ、あ、……倒す……倒す……皆の、ために……」
激痛があるはずだが、それでも少年はふらふらとボルディアに襲い掛かる。
まともじゃない。分かり切っていた。それでも、彼女の目に映るのは、どう見てもやはり、無垢な少年だった。
(大人がガキを殺す……だぁ? そんなクソッタレな現実、俺ぁ認めねぇぞ)
あくまでボルディアは捕縛のみを考え行動する。
無力化のためには骨の二、三本は折るつもりだ。足を砕かれ立てなくなった少年が倒れ込むと、彼女はその身体に圧し掛かる。
(強化人間だって、脳に血液がいかなきゃ失神くらいするだろ?)
頸動脈を締めると……流石に、それはその通りだった。パタリと、少年の身体が脱力する。
そのままボルディアは、軍に借りた縄で少年を拘束した。
これだけでは、心許なさはある。以前、拘束した子供たちが、自分の身体を壊してでも逃れようと暴れた、というのは聞いている。
それでも、今出来ることをやるしかなかった。迷っている暇はない。こうする間にも別の場所では別のやり方で事態が進行している。
「……次だ! ガキ共はどっちに居る!?」
叫ぶように。未練を断ち切るように。彼女は仲間と連絡を入れ、子供を一人保護したことと、次の対象の場所を教えてもらうべく仲間と連絡を取る。
「んー、ボルディアさんは……お、そこっすね。そこなら、ええと……そっから……」
連絡を受け応えているのは神楽(ka2032)である。
彼はモフロウを飛ばし、ファミリアアイでその視界を共有することで、子供たちを捜索し、必要な者たちを必要な場所へと誘導していた。
……子供たちを「捕縛しよう」と動いている者と、そうでは無い手段も取っている者、それらと軍の者たちがかち合わないように。
例えばボルディアが、子供を殺害しようとしているものがあれば殴ってでも止めようとしているのは知っていて。
救助を望む彼女に情報を提供しつつ、別の場所で行われていることを彼は彼女に悟らせない。
そうして、どちらの事態も「つつがなく」進行させていく。
また、彼自身も。
「弱者が使い捨てられるのはよくある悲劇っす。お前達は運が無かったっす。せめて殺す俺を恨めっす」
目の前に現れた影に彼は一言、そう告げてから。
手にした刃を向け、そして……。
「化け、物……救済を阻む、敵……」
少女が、自分に向かってそう言うのを、聞き逃さない。
観察する。どう見えているのか。どう聞こえているのか。
一定の距離となったところで少女が剣を振り上げる。
来るな、とも言わなかった。戦闘に入るのは望むところだと言わんばかりに。
神楽はその一連をしっかりと記憶にとどめた。
「どう歪んでいるか解れば戻す方法も解るかもっす」
そう言いながら……今は『戻れなかった』少女は血の海に沈む。
「軍からの依頼は『制圧』ねー」
シエル・ユークレース(ka6648)の独り言は、どこか呑気だった。
「ボクとしては、彼らとは何も縁は無いんだけど、まあ可哀想だなーって思うよ」
声に誘われるように……一つの姿が現れる。
と。
「でもそれだけ」
そう言って、彼は事もなげに相手に短剣を向けた。距離を詰め、組みつくように逆手の刃を相手に突き立てていく。
(両腕と両足を動けなくすればいいのかな? 殺したくないって人が多いみたいだから、それに沿うようにはするけど……)
相手は普通の人間ではないのだから、大人しくしてくれるかは分からない。
「痛い? ごめんね?」
平然と言いながら。
組みつく。切り付ける。密着した状態で恐慌し暴れまわる相手に、シエルの身体にも時折痛みが走る。
そんな取っ組み合いに、彼の表情は──
暫く後。
動かなくなった手足を投げ出し虚ろな瞳で横たわる子供をそこにおいて、彼は次の相手を探すべく歩き始める。
そして。
未だどこか余裕を見せていた彼の足取りが、不意に硬直した。
新たに遭遇した人影。
少年だ。黒髪黒目の、ショートヘアの男の子。
(困っちゃうよね……別人だってわかってるのに)
彼の友人に、どこか似ているその姿を、守りたいと、思っているのかもしれない。
……同時に、足音に気がついた。複数の、整然とした足音。統一されたそれから、軍がこちらに近づいていると、分かる。
──守りたい?
──じゃあ、彼を連れて逃げる?
まさか。
彼は再び、手にした短剣を構える。こちらに銃を向け、放ってくる少年に構わず突っ込んでいく。
……決着は、先ほどの戦いよりも余程短く。
少年は、地に倒れていた。手足からではなく、胸から赤い染みを広げて。
「むごいな、これは……」
レイア・アローネ(ka4082)は呟く。
(私は所詮よそ者、彼らの問題に首を突っ込むべきではないのかもしれない)
それでも。
死んだ子供たちの無念には。
死なせるしかなかった者の無念も重なって見える気がして。
目の前にいる苦しんでいる者を見捨ててはおけないと。
この世界の機関が彼らを救えないというのなら、なおのこと私達の手で出来る事をしたいと、地獄のような空気の中を彼女は歩み続ける。
その身には炎のようなオーラを纏っていた。
揺らめく魂の輝きに惹きつけられるように、少年が姿を現して。
間髪入れず襲い掛かってくる少年の刃を、レイアは受け止め、弾く。構えと防具をうまく利用して、被害は容易く抑えることが出来た。
返す刃は……刃を寝かせて、剣の腹を叩きつける。
「がっ!」
何度も、少年の苦悶の叫びを聞いた。
剣を振るう腕も戦う心も痛い……。
だが、彼らの方が遥かに痛いだろう。
(私達がこの悪夢を終わらせてやる……!)
信じ振るう刃が伝えてくるのは、骨を砕く鈍い音と手ごたえ。
──今はやむを得ないと。
街のあちこちから流れる、苦痛の呻きの発生源を、そこに一つ加えて。
動かなくなった少年の位置を仲間に伝え、また歩き始める。
「貴方達の頑丈さ信じてますよぅ……五色光符陣!」
星野 ハナ(ka5852)の手から符が放たれ、目の眩む五色の光と共に少年を打つ。
ふらつきながらも少年が立ち上がろうとすると、もう一撃。
動かなくなった身体に、まだ息は……あった。
それを確認すると、ハナは……急ぎ、その服を引き裂き始める!
そうして、ドックタグその他、身分の確定にかかわりそうなものを取り除いていく。
武装解除、から手足を拘束し、更に自決防止に猿轡。
拘束された半裸の身体をシーツでくるみ、さらに上からロープで拘束すると、彼女はそれを馬上にしっかりと固定した。ここで、一度ヒールで回復。
そうして彼女は……最寄りのソサエティ支部へと翔けていった。
「呪法が切れた? 後は何をしても目覚めない感じでしたからぁ、ガッツリ荷物にしちゃえば分からないんじゃないでしょぉかぁ」
彼女の思惑は「素性不明の子供」として保護させることだった。カラースプレーを用意して髪の色も変える。
その、安全な保護先として、彼女は森山艦長とトモネに連絡を取ろうとするが……。
──取れない。今、同時に起こっていることを考えたら、この二人に、「個人の、外部からの連絡」を取り次いでもらえる余裕があるはずがなかった。
「あ、あの……」
歯噛みして立ち尽くすハナに、不審に思ったソサエティ職員が話しかける。
想定外に焦る間にも、時間は、事態はきっと次々と進行していて……。
「こうなりゃ一旦ソサエティで良いですぅ! 街で見つけた迷子の保護をしてほしいんですぅ。服もタグもない普通の怪我した子供ですぅ!」
叩きつけるように職員に言って、顔だけ出して毛布に包んだ少年の身体をロビーに横たえる。
聞き返そうとする職員を置き去りにして、彼女は再び駆けだした。
……予定通りにはいかなくても。
今、自分に出来ることをやるしか、無かった。
電撃に震えて崩れ落ちた少女を、茜は背後に回り押し倒すように組み伏せた。
「後で必ず治療するから……今はゴメンなさい!」
まともに動かない身体でもがく少女の腕を抑え。その腕に銃口を押し付けて、引き金。
「──……!」
もはや文字では描写不可能な絶叫が、少女の口から迸る。
押さえつけている茜は勿論、それから耳を塞ぐことは出来ない。
否──塞いではいけないのだ、と言い聞かせる。
『どんな記憶になろうと、持っていきます』
自分自身で言った言葉だ。それが決して……軽く言えることなどではないとは、分かっていたはずだ──!
行動不能に追い込むように、銃口を、同じように、更に両足へ。
……それは、中々に手際のいい『無力化』ではあった。
呆気なく、少女は立ち上がることも武器を握ることも不可能になる。
だが、銃が身体に開ける穴は、その影響は勿論、人体に小さいわけもない。
血の染みがあっという間に地面へと広がっていき、茜は慌てて応急処置をする。
……応急以上の処置は、出来ない。また暴れられては困るから。
だがこの状態では、いつ容態が急変しないとも思えなかった。
刀の一閃が、少年の手から銃を弾き飛ばした。
鳳凰院ひりょ(ka3744)の刀はさらにそれを、徹底的に破壊する。
そうして……痺れる手を抑えてひりょを睨み付ける少年に、ひりょは、ぴたり、刀を構え向き合った。
互い、刃を向け合って、向かい合う。
──子供たちを助けたい。
一人でも多く。
先生と慕ってくれた子供達を救いたい。
……そして、この騒動に心を痛め苦しんでいるだろう子の所へ、一人でも多く送り届けてあげたい。
今アスガルドに収容されている子たちは未だ昏睡が続いていて、救う手立てが見つかっていないのも分かっていた。
それでも、いつか……と。
少年が、咆哮を上げて踏み込んでくる。
子供たちの心を挫くことは出来ない、それもこれまでの報告で分かっている。
物理的に動けない状況にするしかないだろう。
大剣の斬撃を受けて崩し、反撃。但し斬るつもりはない。逆刃で叩く。でも、それ以外は本気。
……拘束後、暴れまわることのないようにと疲弊させてから、立ち上がれなくなるまで打撃を加える。
「恨み言は後で聞く」
それが、先生としての彼の出来る事。
彼は、立ち向かう一人一人と向き合い。疲弊させたことで拘束を確かなものにはしていた。
ただ、一人一人に時間がかかっても居た。
「死せる戦士……か……斯様な別称、あの姿の前には意味など成さぬと言うに……」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は沈痛な面持ちで市街地を眺めながら呟いていた。
「軍の者に助力を乞うは酷であろうてな。妾は妾で子等を救う為に征くとしよう」
彼女は独り征く。
「……其れが身体であれ心であれ……抱いて生きると決めた妾自身の誓いじゃてのう」
そうして歩き出した彼女の目の前で、今。
蔦にその身を絡めとられる少女がいた。
「ひっ!? あ、ああ……」
もがくその手足を、氷が覆っていく。
芽吹く種子が次々と、少女を白く染めて、体温を奪っていく。
「のう? おんしに妾の声は届かぬ……恐ろしき者としか見えぬのであろうの」
動かなくなる身体。霜が張り付き白くなっていく肌。
震えて崩れ落ちるその身体を抱きしめる。冷たい。そうしたのは、他でもない蜜鈴自身。
抱きしめ、そして拘束していく。
……かつて、同じ仕事を受けた仲間が見せてくれたやり方だ。
彼女が殺すしかなかった闘いの中で、保護を成功させた仲間の。関節を固めながら、拘束する。
それでも、その時の子供は己の身体を壊してでも拘束から逃れようとしたという。
だから……可能な限り体温を下げておく。動きを鈍らせ、その体力を奪うべく。
「子等の詩を妾は零さぬ」
その恐怖毎抱き締め受け止めながら。
その、かつて子供の一人を拘束して見せたテノール(ka5676)は。テノールこそは。
「情報を提供してほしい。代わりにこちらは戦闘力を提供しよう」
軍の一分隊にそう持ち掛け、今回は共に行動していた。
宣言通りに、現れた少年、テノールはそれに一気に距離を詰めると、こめかみを狙った一撃を打ち据える。
白虎神拳。脳を揺らす一撃に少年はあっけなく身体の制御を失う。
ギリギリの手加減、だが、加減を間違って死んだらそれはそれという割り切りも感じさせる、迷いのない攻撃、故の威力。
そうして倒れた少年を前に、テノールは。
「生け捕りの方が研究に使うサンプルになるかもしれないな」
そう言いながら、軍人にその身柄を差し出すようにどいて見せる。
殺す殺さないは正直、どうでもいい。
彼は。前回一人を救って見せた彼は、今回はそうした心構えで個の依頼に臨んでいた。
子供の命を軽く見てるつもりはないが、先日のような少数同士の戦いではない。
先日の様子から自身で壊れさせれないようにする為に、どれだけの手間がかかるか。
その手間分で友軍が死なないと誰が言えるのかという、だけ。
それを分かっているのは、分かるべきなのは、彼だけではない。
──さて、この世界の軍人の覚悟を見せてもらおう。
見つめる彼の前で、前に出ようとした軍強化人間を制して、分隊長が前に出る。
「……彼らは、ランカスター市街を『侵略』した。市民の生活を脅かした。追い立てられた市民は今、仮設テントで明日をも知れぬ日々に怯えている。……我々は、示さねばならない! これ以上の侵略を赦さないと! 何に代えても、彼らを守るのは我々だと!」
叫ぶ。祈るように。テノールに傍に控えていてもらい、分隊長は少年の身体を蹴って裏返す。
……その背に、心臓の位置に向けて、体重をかけて、銃剣を、突き立てた。
そうして示された、軍人の『覚悟』の形に。
感心と失望と、果たして、どちらが大きかったのだろうか。
……『完璧な正解』なんて何処にもなかった。
少年たちを正気に戻す方法はない。
只無力化しようとすれば時間がかかる。
手早く無力化する方法は紙一重で殺しかねない。
殺すのを……心から「正しい」と思うものは居ない。
正解はない。あるのはただ、それぞれの意志、信念のみ。
ただ己が望むもの、願うものを信じて、それぞれのやり方を選択し、貫こうと──
するのに。
世界は、なおも問いかける。
決断をしたはずの意志。揺るがさぬと決めた手段にも。
問いかける。
さあ。
何を願い何を想い何を信じ何を守り何を為すのか。
尚も願い尚も想い尚も信じ尚も守り尚も為すというのか。
メアリ・ロイド(ka6633)は、蓄音石を手に小さく溜息をついていた。
子供にだけ聞こえるという高周波音を録音したそれ。
強化人間の中で、子供だけが操られたと聞き、もしかして音で操られているのではないか、と。
マスキング現象を狙って用意したこれは……何の効果も、なさなかった。
それでも。それならばと、彼女は歩く。
対峙した少年。その顔を見て、名前を思い出す。事前に資料は熟読してきた。
電撃に倒れた身体に、そっと寄り添って、英語圏の子守歌を口ずさんで。呼びかけるその歌詞に、その子の名を。
「誰……? 何処……?」
反応はあった。だがそれだけ。メアリへの攻撃意思は消えなかった。
再び、電撃を中心に少年を追い込み、拘束して。
仲間に連絡して、保護を頼んで……。
大丈夫。まだやれる。さあ、次の子を助けないと。
そうして歩み始めた彼女がその後に遭遇したのは。
──軍とともに歩く、門垣 源一郎(ka6320)、だった。
まだ遠間。そこで、メアリを認めたのだろう源一郎の、その表情は、いつもの鉄面皮からピクリとも動かない。
彼の全身から、まざまざと一つの意思をはっきりと感じた。
『彼女の為そうとしていることを、手伝えない』
と。
……抜身になったままの、彼の剣。そこからは既に、血が滴っていて。彼が、共に歩む彼らと、何を為してきたのか、はっきりと分かる。
……そう、彼は為した。それも、分かった。
共に歩む一人は軍の強化人間だろう、負傷したその存在が、源一郎にはっきりと信頼と感謝を預けている。
守った。彼は。確実に一つの命を、救った。
彼女たちがやろうとしていることは?
こうやって必死で「回収」したところで、子供たちが助かる見込みなんて、無いのに──
そんな彼女に、源一郎は、一瞥もせず、歩調も変えず。
軍人たちの、その先頭を行くように、淡々と近づき、そして……すれ違っていく。
さあ。
何を想う。
「救える可能性があるなら諦めねぇよ」
掌を握りしめ、震える唇で、呟く。
あの子らは死せる戦士じゃない。
名前と顔を知った上で、背負いたい。
(後始末か。俺には似合いの仕事だな……)
内心そう呟いたのは。
心が動いてしまったという事でもある。
源一郎にも分かっていた。ハンター達の助けたいという気持ちも、痛いほど。
しかし軍の人間にも家族や伴侶が居ると思うと……手伝うことは難しい。
故に彼は軍と共に行動し、その被害軽減を念頭に行動すると決めた。
……ハンターが現地の軍人に恨まれないように、目標に専念できるように、という意味も込めて。
守るべき最後の一線を守るのを己が役目と心得、実行してきた。
──そう、実行した。
軍を奇襲しようとした少年を斬った。
辛くは……あった。だがその辛さを決して表には出さない。
刃を向ける以上、そのまま恨まれるべきだと思ったから。
それが。
彼女とすれ違い、誰も自分の顔を見ないと思ったその瞬間、僅かに目を伏せたような感覚が──あった。
(良くない傾向だ)
彼は自覚して自戒すると、それきり表情を動かすことは無かった。
「ハンターさん?」
街角のどこかで、少女の声がした。
「この声……あの時のハンターさんが居るの? 何処に?」
それは、この街で聞く初めての、明るい子供の声だった。
通りの角から、少女が姿を現す。
──半身を血に染め上げて。
「ハンターさん! 何処ですか!? 私頑張りました! 頑張って、悪い敵をやっつけたんですよ!」
歓喜の声。
掲げた大剣に、あちこちこびりついたままの、何かの欠片。
少女の立つ、その向こう側に、
積み重なる
いくつかの、
赤黒い何かを──
──分かっては、居たはずだ。
子供たちを保護しようとすれば。軍から離れ、一人一人に時間をかけようとすれば。こうなるリスクは、時間と共に生じていくことに。
軍の安全を考慮しようとしたものもいた。だがその数は戦闘地域を、全ての分隊をカバーするには及ばない。
「ハンターさん、来てくれないの? もっともっと頑張らないと? 化け物、たくさん倒して、化け物……」
少女が、虚ろな目を周囲へと巡らせる。
「闘う。戦うの? やだ。怖い。痛いよ。でも闘う。闘わなきゃ。どうして? 怖い。戦う……」
「──その思考から解放されたいか」
問う声は。
少女の背後。兵士たちの血に染まった道の向こう側から、聞こえてきた。
スファギ(ka6888)。彼の手には初め、盾だけがあった。
「うわああああああ」
絶叫を上げて、少女がスファギに飛び掛かる。
少女の斬撃をスファギは盾で受け止めると、そのまま盾で殴り返す。
盾で。
止める。殴る。
弾く。押す。
潰す。
「闘う、闘わなきゃ……」
少女の呟きが。
「殺す!」
それに変わった時。
(さあ──『お前達を救えるのなら』悦んで、悪になろう)
スファギの手には剣の柄が握られていた。
そこに、かつて歪虚と対峙していた時のような笑みはなかった。
莫邪宝剣。マテリアルが込められていくと、そこに刃が形成されていく。
そして。
「……愚問だな、どの口が誰の為の救いとほざく」
倒れた少女の身体から、血濡れた刃を引き抜いた。
「保身、偽善、償い……出来れば助けたいとは何だ。真に生かしたいなら救ってみせろ。我が身に命を奪う傷を、業を背負いたくないだけではないと言ってみせろ」
呟く。動かなくなった少女を見下ろし、見つめながら。
「──中途半端な希望を抱かせる方が余程残酷だ」
言い捨て、彼はその場を立ち去っていく。
志鷹 都(ka1140)の元には。
傷ついた、幾人もの少年少女が集まり始めていた。
要請を受けて駆けつけては、止血を優先に、必要があればヒールをかけて、医術で処置をしていく。
集まり始めていた。
骨を折られ、身動きも取れず呻く子供たちが。
極度に消耗し、ぐったりとしたまま動かぬ子供たちが。
望むところ。
彼女は、息を吐く。
そう、望みはただ一つ。望まぬ殺しを強いられた、子等の嘆きを受け止めてあげること。
──嘗て、血濡られた愛しい人の手を取った時のように。
「ごぷっ……!」
必死で己を叱咤する彼女の傍で、少年の一人が血の泡を吹いて痙攣する。
あまりに危険な状態……そう判断した彼女はとっさにフルリカバリーを彼にかける。
苦しむ彼を慰撫するように、その身体を優しく抱きしめて──
そして、苦痛が軽減された少年に、この光景はどう映るのか。
何人もの仲間が倒れていた。
生きているか死んでいるか分からないほど青褪めて倒れていた。
目を剥くほどの苦痛に身を捩っていた。
嬲るようにそんな姿が集められ、並べられて。
そして、自分の身体を、おぞましい、生暖かい感触の腕が包んでいる。
何か自分とは相容れない根源を覚えるその感触。
「ぎゃああああああああああ!?」
少年が、絶叫した。
本気の絶望。本気の恐怖。
「誰だよ……僕の仲間をこんな目に合わせたのはどいつだよ! 殺してやる、殺してやるぅぅぅぅ!」
都の身体が、突き飛ばされる。
少年が、暴走する。滅茶苦茶に暴れまわり、
「駄目っ!」
叫ぶ。正気を失った彼は、倒れる仲間たちを巻き込むという事が見えていない!
急ぎ対応せねばならなかった。急ぎ……。急ぐ、には……。
決断は、早くしなければならなかった。そのために、一度目を閉じて、開いて。
開いた視界の先で、少年は動きを止めていた。
その胸から刃を生やして。
少年の身体が、ゆっくりと前に倒れていき。
「……恨んでくれて、良いですよ」
その向こうから、淡々とした表情の鞍馬 真(ka5819)が姿を現す。
都は……声も出せず、ただ、ゆっくりと首を振るしかできなかった。
「大丈夫ですか。丁度、もう一人、連れてきたところだったんです」
真が後ろを振り返る。そこには、活人剣でギリギリまで生命力を奪われつつも生かされた一つの姿。
……そのことが、彼が、殺す目的で行動しているというわけでは無いことを何よりも示している。
都は気丈な顔を取り戻して、頷いた。
「……我ながら、随分と傲慢になったものだ」
再び一人になって、自嘲の呟きを、真は零す。
自分の身も満足に守れない私が、他人の生死を左右する立場になるなんて……と。
殺したい訳じゃない。
けど、彼女が殺して、後悔して苦しむくらいだったら、自分がやるべきだった。
彼女が行動を起こす前に間に合ったことは……少なくとも、マシではあったはずだ。
──あの少年は、彼も持つアスガルドの写真に写っているのだろうか。
……後できちんと確認しよう、と思った。
渡すつもりはなかったし、これからも破棄はしない。
殺すことになった、その記憶と共に生きていく。
どんな記憶だとしても、忘れるのはもう嫌だ──
「なんで、なんでだよぉおおお!」
少年の絶叫が響く。
その腕に、血塗れの少女を抱きかかえて。
「なんで、か」
ヒースが一歩、前に出ながら、静かに言った。
「お前が刃を持ったから。その銃を、ボクに向けて構えて、そして下ろさなかったから」
嘆きに状況を忘れ自失する少年に。
「──急ぎ、治療を請えば助かるかもしれない。そうして欲しければ、降伏しろ」
ヒースは呼びかけて、少年は。
少女の身体を投げ捨てるように放り出し、ヒースに飛び掛かる。
「そうか。そうだろう。そして、だからだ」
これで何度目の確認だろうか。
「お前は、お前たちは、ボクの敵だ」
これまでと何も、変わらない、そう──
「お前を守れなかったあの日から何も変わらない。それでもボクは止まれないんだ」
無意識に、リボンに触れていた。
忘れていた贈り主の顔が、脳裏に浮かび上がる。
喪失していた記憶の奔流の中で、それでもヒースは踏み出し、少年を斬り伏せる。
「ヒー兄……」
シェリルは、一切の揺るぎを見せない兄のような存在を、目を逸らさず見ていた。
彼女は想う。
理不尽に嘆いた時はとうに過ぎて……ただ受け入れ、背負う覚悟を刃に載せてきた。
全てを無にする事も、確かに救いなのだろう。
人も歪虚も、大精霊もきっと変わらない。
(違うとしたら、死の後を背負うか否か……かな……)
そう、彼女が一人ごちたその時。
彼女の刀、ウスサマが、音を立てて折れた。
「……ウスサマ……泣いてるの?」
あまりに澄んだ、その音。
いや、私が泣きたいからなのか。
全ての戦いが終わった後、シェリルは、子供の墓の代わりにその刀の柄を刺し。破片の一部を、持ち帰る。
世界は、問いかける。
あなたは、答えを叫ぶ。
輪郭のない希望。
哀しみの決意。
それらは交わらず、それ自体は何も為せず、人はただ審判を待つだけなのか。
「何時か引き裂かれ棄てられた詩を拾い集める馬鹿が出た時に渡す為に、お前がいた証とお前の最期の想いは俺が預かっておくっすよ」
神楽はそう言って、殺した少年少女たちの遺髪を切り取り名前が解る物と遺品を回収する。
そして……深淵の声で、その最後の声も預かろうとした。
聞こえる、怯え。闘わなければ自分たちに自由はない、仲間の未来を切り開くために戦わなければという強迫観念。胸が潰されるほどの恐怖のその先に……どの子も、最後に思い浮かべる光景は。想いは。
「また……あの日みたいに楽しく……っすか。そんなに、あのたったの一日が、思い出深いんすか……」
命の灯が消えようとするのを感じながら。
少年は、歌声を聞いていた。子守歌。優しい歌声。
ああ、怖がらなくてよかったんだ。
再び己を包むその腕の感触に、不意に、少年は理解する。どうして嫌だったんだろう。この、感触、は……。
見えなくなった目で。感じながら、思い出す。楽しかった一日と、それから、もっとさらに、古い記憶。
「……おかあさん」
少年の最後の呟きに。
「おやすみ」
都は呟く。届かないはずの子守歌と共に。
そして。
「……貴方のやり方は、あまりに効率が悪いとは思いませんか」
一人の軍人が、トリプルJ(ka6653)に問いかける。
彼がやっていたことは、ハナと近い。子供を発見したら軍人から遠ざけるように誘導し、気絶させ、適切な、最も近い施設に保護を頼む。
違いは軍の位置を意識していたことか。しかし、ゆえに不自然な動きは軍に捕捉される。
「貴方がこの場を離れている間、我々は『エインヘリャル』を一体、始末しました」
「……分かってる。あんたらにだって守るべき家族がいる。守るべき者のために好悪に関わらず切り捨てなきゃならんことはあるだろ」
好きで子供を撃ちたがる奴ぁいねぇよ、と。声には出さず続けて。
「次に貴方がここに戻ってきたときに見るのは、我々の死体かもしれませんね」
「……それも、分かってる」
軍人のその言葉の意味もまた、トリプルJは認めた。
「全てを救えるなんて思っちゃいねえ。天秤にかけたって言われりゃあ、そうなんだろう。それでも……俺がやるべきは、『余剰の』俺たちがやるべきは、『ただの迷子』の保護だと思った。俺が救えるのが、たった一人でも。俺達が1人で1人救えりゃ25人だ、充分じゃねぇか」
認めた。
軍が、そうするしかなかったという事ともに。
自分は、こうするしかできなかったのだと。
「……私が申しあげたいのは、我々の目を気にしなくていいのであれば、もう少し効率よく動けないですか、という事です」
「!? いや、あんたらは命令が……」
「命令されました。『個々の現場においては各分隊長の臨機の判断によって対応せよ』、と」
「それは……子供たちのことを、一旦全部忘れろって意味だろ……」
「確かに。それも厳命されました。個別の名を呼んではならない、個体を識別しようとしてはならない、と。しかし、それだけです」
……え?
半ば混乱しながら、士官の言葉を思い出す。そこに。
「『エインヘリャルは必ず殺せ』とは、命じられていません」
「……。いやいや待て待て!? そんなのあるか……意図的なら分かり辛過ぎるだろうが!? 通じない命令に意味があるかよ!?」
「九割がた、表面通り『情けを抱かず殺せ』という意図の命令だとは思います。ただ……『エインヘリャル』って、どういう意味かご存知ですか?」
「……死せる戦士、だろ」
「言葉の意味としては。出典は北欧神話です。勇敢に戦い死んだ戦士の魂のことで、エインヘリャルとなることはむしろ名誉とされます」
「……せめて、死後に名誉をってか」
「……伝承の概略では。死した戦士の魂は、戦乙女によって神の国に導かれると──北欧神話における神の国、即ち『アスガルド』にです」
何故。殺すことになるその時、そう呼べと、厳命したのか。
「協力しませんか」
それをトリプルJが躊躇ったのは、作戦後、彼らが処罰を受けると思ったから、だが。
「……そうだな。頼む」
思い直す。認めあう気持ちがあれば、通じることも……ある。
他の戦況と合わせて、敵がランカスターから退いていく、との報告が齎された。
状況終了が告げられて……そして、ハンターたちが『保護』し、なおも生存する少年少女たちは、少なくない。
「保護した子供たちはアスガルドに収容できませんか」
ひりょが、進言する。
「……これだけの人数となると、収容するにしてもアスガルド一か所、とはいかないかな。強化人間を扱う各施設に打診し、収容後は各々の施設の判断、という事になる」
収容先にはアスガルド、ラズモネも含まれるだろう。しかし、それ以外がどうするか、保証は出来ない。それが、軍の答え。
「強化人間を実用するならばこそ、廃棄して終わりなど進歩に繋がりません。治療・改良のための症例に役立てるべきです」
茜が、意見を述べる。……あえて心情は伏せ、利益のためにと理屈をつけて。
「保護のリスク、それに伴う予算は誰が負うのかな? 君たちは、目覚めたあれらが再び暴れだすという危険性を忘れていないか。その監視を続けることになるのが誰か。そのリスクに見合う、確実なリターンがあると言うのか」
ずっとそばに居て監視を続ける、それはハンターたちにはできないのだ。反論は……。
「『リスクを恐れて助かるかもしれない命を見殺しにするのか』」
浮かびかけて、言えなかった言葉は、士官が口にした。
「そんなことを言った兵士がかつて居たよ。2012年の火星戦役だ」
そして、急に始まった話にきょとん、とする。その間に士官は話し続ける。
推進力を失って立ち往生する一隻の艦があった。予断のならない状況で多数の艦隊は動かせない、しかし少数で動いて交戦になれば死は確実。その状況で、救助を訴える兵士がいた。言葉だけじゃない、実行可能な数の志願兵を引き連れて。熱意に押される形で、一人の士官が作戦決行を許可し──
「──全員死んだよ! 潜んでいたVOIDに、救助しようとした艦もろとも打ち砕かれるのを、許可した上官はモニターでただ呆然と見ているしかできなかった! 全ての命に重きを置けば、才能と責任感ある若者から死ぬ羽目になる! ……情に流され、釣り合わないことに命を掛けさせては……いけなかった」
士官はそうして、不意に声を荒げてから……茜とひりょの二人へと視線を向ける。
「あるのかね。暴れるかもしれない強化人間、その監視をする職員軍人のリスクに見合う確実な見返りが」
言葉は、出ない。真っ直ぐに向けられる視線を、ただ真っ直ぐに受け止めるしか。
それでも、ここで視線を伏せることだけは、出来なかった。それは、少年たちが助かる可能性に目をつむってしまう事だと思った。
……今は光明が見えなくても、きっと。
助けようとした皆の想いが、そうして今掬い上げられている命が、無駄になっていいとは、どうしても思えないのだ。
「作戦責任者、依頼主として、本作戦を総括する」
一つ息を吐いてから、士官は告げた。
「本作戦におけるハンターの働きは評価に値するものである。遺憾ながら本隊に被害はあったが、それは、我々が事前に、ハンターたちがある程度単独行動を行うことを見越して想定していた損害を、はるかに下回るものであった。ハンターが全てこちらの意向に従う形であれば被害は軽減されたとの見方もあるが、彼らの助力無くしては壊滅以外の結果は有り得なかっただろうことを鑑みると、これは許容の範囲の損害と考えるべきである」
淡々と述べられる言葉には、だからどうした、という空気は当然、漂っていた。
兵士は死んだ。子供たちも死んだ。救った子供たちの行く末については、もうハンターたちの手は届かない。
数値で評価されようとも、この事実は、消えない。記憶を残そうとするものには。
「──故に私は、ハンターたちに『強化人間を救おうとしても無駄だ』と思い知らせるより、そのモチベーションを保たせたままにしておく方が、今後の戦局において有益と判断するものであることを申し添える」
士官の言葉を。
傍らに立つ書記官が、記録していた。
尽くした結果は。
己の心を信じ貫いた結果は。
すべて無駄には、帰さない。
「……全員が全員、夢みたいなことを言っていて為せた結果ではないよ。冷徹に判断を下すことは、それを実行できる者は……それでも、必要なんだ……」
最後、士官は、それでも己に言い聞かせるように呟いた。
世界は問う。
これからも、幾度も。
見つめた心を、描いた解を、何度も揺さぶってくるだろう。
さあ、それでも、あなたは、答えを叫び続けるのか。
どこかへと、響けと。
士官の問いに、最初に口を開いたのはメンカル(ka5338)だった。
「――ここに来たのが俺でよかったな? 弟にそれを言っていれば、今頃お前の体に穴が開いていただろう。アレは時々、後先を考えんからな」
不自然なほどに穏やかな囁きだった。一瞬だけ浮かべた食い殺しそうなほどの目線が、煮えたぎるほどの怒りを表していたが。
「目の前のガキを殺すことしかできねぇ玉無し野郎共は、全員引きこもって靴でも磨いてろ」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)が続くように、唾を吐いて返答する。
「……上官として部下への侮辱は否定しよう。死地に乗り込みランカスター市民の避難を完了させたという成果をすでに挙げている彼らの評価としては、不当ではないかね? ──それと、」
静かな声のまま、士官は答えた。そして。
「面白いね君は。先ほど、君から物資援助の要請を受けたそうだが」
……彼女は確かに、軍に頼んでいた。捕縛用の縄と麻酔を用意を。その相手に対し、勢いに任せた言葉は不用意と言えたが……文字通り、吐いた唾は飲み込めない。
「縄については、余剰分があるかな。だが、麻酔はね。こちらの世界の化学薬品は危険も伴うものだ。民間に使ってみたい、と言われて、どうぞとほいほい扱わせていいものではないのだよ」
縄は渡してもいいが麻酔は却下。理屈で、前述の発言がなくとも結果は変わらなかったのかもしれないが、言い草に、剣呑な空気が膨れ上がる。
「……この写真は手放しません」
そこで、次に声を発したのは天王寺茜(ka4080)だった。
「どんな記憶になろうと、持っていきます」
敵対心と取られないよう慎重に、ただ、彼女は想いを告げる。
(……そうだ)
同じ気持ちを、氷雨 柊羽(ka6767)は認めていた。
(……過去も、思い出も……捨てない。捨てられる訳がない)
決意を新たにする。ここで聞く彼らの悲鳴も、アスガルドで遊んで話した記憶も、全部忘れない……と。
士官はハンターたちに視線を巡らせる。動くものは居ない。彼の『提案』に乗るものは、誰一人。
その中で。
「殺した者を忘れない。あの日の思い出を忘れない。これはボクの罪で、ボクが背負って歩く」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)の言葉と気配には、これまでと異なる決意を感じた。
やがて士官はただ静かに頷く。
「諸君らの行動に対し依頼内容以上のことは私に強制力がないことは、心得ている。その覚悟の是非も問わないよ。主観と優先順位の相違だ」
そう言って、彼はハンターたちからひらりと背を向けた。
「──諸君らの働きに、期待している」
涼やかに。皮肉なのか激励なのかどこか読みきれない、そんな態度で。
カイン・シュミート(ka6967)はこれらの一連を、顔にも出さず流していた。
反発を綺麗に流した、それすらも計算だったということは無いのだろうか。
(此方が反発した分だけ兵は個を放棄するかもな)
内心を、口にも表情にも出さないように、カインは『統一した意思』を掲げる指揮官と兵士の様子を慎重に見つめていた。
「最後に誰が得をするのやら」
思わず、それだけを呟いて。
作戦開始の号令が発せられる。
侵略されたランカスターの街を奪還すべく、ハンターたちが、兵士たちが進軍を開始する。
(命は……守るべきものだ)
それが人であるなら、なおさら。
アーク・フォーサイス(ka6568)はそう願う。
何が最善なのかは分からない。けど、諦めたくない。
己が望む結果を齎すべく考え、彼は軍からは離れ単独で行動する。
街を走り抜ける、そのどこかの脇道を通り過ぎたとき。背後から殺気が生まれた。
「きたな……みんなを狙う、わるものめっ!」
叫んで大剣を振りかぶってくる、幼い声。
脇道の影に潜んで、背後から奇襲した──つもりなのだろう。
アークから見ればその動きの何もかもが、拙い。
手にした刀で、振り下ろされる刃を払う。
隙だらけになったそこに、返す刀。肩口から血飛沫が上がる。
……出来れば、上手く意識を奪い、行動不能にさせたかった。
彼にそのための具体的な作戦があるわけでは無い。
様子見、躊躇いながらの攻撃が幾つも無駄に傷を刻んでいく。
暫くの試行の後、彼は手足を狙う作戦に変えた。……動きが鈍り始めれば、その腱を狙う事も出来る。
……やがて、相手はまともに四肢を動かせなくなり、地に伏せた。
それでも戦おうともがき、激痛にのたうちながら。
覚醒者ほどに力があれば治療すれば治るのだろうが、彼らは分からない。
「わるもの……か」
投げかけられた言葉を反芻する。彼らはハンターたちを正常に認識できなくなっている、そんな話は聞いてはいるが。
「そうだな。俺は……今の俺は、わるものだ」
それでも、アークは認めた。今の己を。己の行為の、その意味を。
こうするのが君の為なんだ、なんて絶対に言わない。
「……ごめん。生かしたいのは、俺の我儘なんだ」
少年は悲鳴を上げ動かぬ手足を震えさせ続けている。その姿を、目を背けず暫く見つめた。
全てを抱えていくために。
自分が生きている限り、彼らが消えないように。
「……孤児、か」
クラン・クィールス(ka6605)の呟きに、同行する柊羽が顔を向ける。
「……俺だって似た様なものだ、情くらい移るが。とはいえ……、さて、な」
視線に、クランは哀し気な笑みを浮かべて答えてみせた。
大丈夫、やるべきことは分かっている……と。
気丈な言葉に柊羽が答えようとして……口を開こうとする前に、弓を構えた。
飛び出すように出てきた二つの影。その一つが構えていた銃を……柊羽が放った矢が弾く。
一瞬で、身体は反応していた。弓に矢をつがえ、放つことに何ら躊躇いは無かった。
……相手が何であるか、分かっていなかったわけでは無い。
小さな姿だった。まだ幼さの残る少年と、更に小柄な少女。
二人、銃を構えてこちらへと向けている。
──うん、迷わない。向こうがこちらを狙ってくるなら……立ち向かう。
クランが子供たちに向けて距離を詰めていく。迎撃の射撃を柊羽の矢が妨害し、また、行動そのものを制圧する。
「ひぃっ!?」
距離を詰めたクランの一撃が少年の腕を裂き、少年が驚愕を浮かべる。
銃を剣に持ち替えて少年が反撃するが、上手く防具で受けたクランにはさしたる痛痒もない。
数回、剣が交差する。致命傷とならないよう、威力を抑えながら。動きを止めるよう、手足を狙って。
刃に、動きに心を込めて、威圧する。全身から気を放ち、少年を圧倒して──
「う、ああああああああ!?」
投降、あるいは逃亡を願ったその結果は、恐慌。少年は出鱈目に刃を振りかざしながら、それでも襲い掛かってくる。
「こ、この!」
そして、傍らにいた少女も。
柊羽が放った矢を、やはり同じように手足に受けながら。
怯えながら、それでも、少年を庇うようにクランにしがみつこうとして、少年もまた、その姿に剣を構えなおす。
互いを、守り合おうと、『敵』に、武器を向ける。
どこか自分たちと重なる姿に、柊羽は指先がぶれるのを感じた。
ぎゅ、と力を込め直す。
傷つけることは厭わないと決めたはずだった。
死ななければ先があるかも、と希望を持てるから。
だから、なるべく彼女も致命傷は与えないように、と戦ってきたつもりだった。
その、柊羽の目の前で。
邪魔に思ったのか、少女が己の腕に刺さった矢を引き抜いて──当然、そこから盛大に血が溢れだす。
「ひ、あっ!?」
激痛と失血に少女の身体が一気に青褪め始める。震えて膝を着く少女……。
「わああああああああ!」
手を差し伸べたいクランに、しかし怒りに我を失った少年が、そうさせてくれない。
……殺さずに動きを止めるには、やはり時間がかかった。
剣で刻まれた少年は、同じく多くの血を失っている。
二人とも、慌てて軽く処置をし、そして、回復能力を持つ仲間へと連絡するが……間に合うだろうか。
「……、……さぁ、次へ行くぞ」
それでも。
クランは、少年と少女をこのまま、ここに捨て置くしかなかった。
さらに救いの手を伸ばすには、兎に角立ち止まっている時間はない。
メンカルもまた、可能な限り子供たちの生存を目的にと走り回っていた。
「こっちは俺が見よう。固まるより別の所を探した方がいいんじゃないか?」
偶々遭遇した軍の一行にはそう告げて、角の一つを彼らから離れるように曲がっていく。
分隊長は、絶対に協力しないというその意志を感じ取ったか、部下たちに一瞥で指示を与えると素直に逆方向へと向かっていった。
安堵する。遠ざかったのを確認してから、壁を蹴り建物を駆けあがる。
……一人歩く少女の姿を、屋上から認めた。進路を予測し、気付かれない位置へと先回りして身をひそめる。
物陰に潜むメンカルに気付かぬまま少女が通り過ぎていく、その後ろ姿へ向けて、慎重に狙う位置を定め、失神を目的とした一撃──
「がはっ!?」
少女の身体が吹き飛ばされ、地を転げる。打ちつけられた少女の身体は……。
「あぐぅうう……」
苦悶に、のたうち回る。
うまく一撃で気絶とはいかなかった。
……そう、殺さない一撃をうまく与えるというのは、言うほど、容易いことではない。
それでも。
(……子供達を、『未来』を、消させないでくれ。これは本来、俺達がこの力で守らなければならないもののはずだろう……!)
拳を、意志を固め、メンカルは少女と対峙する。
その願いは……──
軍に、協調しようという者が居なかったわけでは無い。
マッシュ・アクラシス(ka0771)は率先してそれを行った一人だ。
前に立ち、現れた強化人間をためらうことなく、斬り伏せる。
と、その瞬間、別の物陰から姿が飛び出してくる!
ピタリと軍に向けて銃を向けた少年が、立て続けに銃口を引く。
──銃弾は兵士たちへと襲い掛からず、軌道を捻じ曲げられるようにマッシュへと吸い込まれていった。
「……成程。先に囮を出してからの奇襲とは。『敵』も中々に狡猾」
彼の淡々とした言葉に、強化人間ははっとしてから、新たに出現した『死せる戦士』へと向かっていく。
安堵が、兵士たちから零れるのが分かった。それは命を助けられたことにか。それとも……ハンターがあれをはっきり、『敵』と呼んだことか。
「……まあ、仕事は仕事ですからね」
先に斬り伏せていた一人に躊躇いなくとどめを刺して見せた手際に感嘆とする兵士たちに、マッシュは独りごちる。
(というより、そうとするしかなかった者に、それは違うのだと見せるのは、どうも……ね)
続く想いは、口にはしなかった。
そう。
マッシュは、兵士たちに寄り添っていた。命、だけではなく。
それに、間違いなく兵士たちは救われていただろう。
……代わり、その道行にはアスガルドの子たちの死が乗せられていくのだが。
「先行のハンターが我先にといるでしょうから、楽な進行であれば、結構ですな」
その呟きには、果たして、どんな意図が込められているのか。
『仕事に真面目な分怪我しねぇか心配』
ふと、行く前にカインに言われた言葉が浮かんできて、マッシュは苦笑を浮かべていた。
セルゲン(ka6612)もまた、軍との同行を選択したハンターの一人だ。
だが。
「ここは俺に任せてくれ。──頼む」
一人の子供が、一行の前に姿を現す。セルゲンが軍に懇願したのは、この時だった。
「我々は──……」
言いかけた分隊長の前で、セルゲンの身体が膨れ上がっていく。
「任せろと、言った」
現界せしもの。祖霊を纏った、霊闘士の一つの究極。
説得が聞いたかはともかく、敵接触直後に巨大化した姿は兵士たちを硬直させる効果はあった。
隙に、単独で子供に接近する。巨体で押しつぶすようにその身体を抑え込み……そして、暴走状態にある子供の精神を何とか回復できないか、試みる。
締め上げる指先に精神を集中し、気を送り込む。トランスキュアは……手ごたえがなかった。ならばと打ち込んだ知的黄金律もまた、効果を発揮しない。
これまでに子供たちを正気に返したという報告は無い。その試行例を一つ増やしたに、過ぎない。
得手の長柄物は持ってこなかった。籠手越しに、少年が暴れる感覚がはっきりと伝わってくる。
これでいい。この感触を、この手の下で浮かべる表情を、その詩をすべて記憶するために──
……背後で、銃声が響く。
振り向かずとも分かる。新たに表れた子供に、兵士たちが対応を始めた……。
止めたくとも、彼の身体は一つしかない。
即座に駆け付けるためには──
そして、押し倒す子供を締める腕に力を、更に込めた。
鈍い手ごたえと共に、子供の身体が小さく跳ねて、そして、動かなくなる。
そうして、軍が対峙する、新手の子供の方へと向かっていく。
兵士には殺させないつもりで割り込む。
その手に掛けさせるくらいなら自分が討つと。
(子らには何の縁もねぇ。"だから"来た)
苦戦する軍強化人間の前で、巨体が子供を吹き飛ばす。
その様は正に、昔話に出てくる鬼そのものだった。
(蒼界じゃ鬼は悪者なんだろ?)
なららしく振る舞おう。子らを害したのは鬼で、庇護者であるべき"大人"じゃない。そういう事にする為に。
その内心を見せぬようにして、暴虐を振舞い、セルゲンは兵士たちからその役割を横取りしていく。
そんな彼に、同行する兵士たちは──しかし。
それでも兵士たちは、黙って銃を収めることは、しなかった。とどめを彼に奪われ続けながら、それでもその横で、援護のつもりなのだろう攻撃を続ける。
同じくして。
「兵士共。わたくしが片っ端から制圧する、てめぇらは拘束しやがれ」
シレークス(ka0752)もまた、一つの分隊に合流すると、そう持ち掛けていた。
兵士たちは手を汚すことは無い……と、彼女はその意図を、はっきりと告げて。
本心では、兵士たちも殺したくは無い筈。その提案は大いに兵士たちを安堵させると……思っただろうか。
「戦闘において我らに手を出すなという事であれば、貴女と同行は出来ません」
決然とした。
それが、分隊長の答えだった。
「何故! 『制圧』するなら、殺すことはねぇです! わたくしなら出来るっつってんです!」
「貴女たちは我が指揮官の方針に反対のようですが、本事件が強化人間の者によるものとのことが流出し、かつ戦闘において友軍の強化人間が何の役にも立たずハンターだけで制圧を行ったとあれば、逆に他の強化人間たちにどのような判断が下されるかとはお考えですか!」
分隊長の言葉は。己を納得させようというようにも聞こえた。
兵士たちは……命令は下されたが、結局、アスガルドの資料を自分たちから差し出していたのだ。
そこに、彼らなりの理解と……覚悟があったとは思わなかったか。
そして一度固めた覚悟を、救済の気持ちとはいえ再び揺さぶることが、残酷ではないと言い切れるのか。
──それは、まさしくマッシュの懸念の通りに。
「……ここで貴女の言葉に心折れてしまっては、今後貴女が居ない時に我々は必要な引き金を引けなくなるのです」
故に。
戦闘に加えるつもりがないなら同行しない。
改めて、それが、この分隊長の「判断」だった。
兵士たちは歩み去り、彼女は独り残される。
当てが外れて、彼女はどうするか……。
拳鎚を握りしめる。
「エクラ教、流浪のシスター。シレークスが、押し通りますです」
やろうとしていたことと、やるべきことは、は変わらない。
右手に拳鎚、左手に盾。あえて聖導士の道をゆかぬ聖職者として。
独り進み、強化人間の少年たちと対峙する。
殺さず、しかし戦闘継続不能、再起不能にするつもりで、手足の骨を、顎を粉砕しようと、剛力が唸る。
エクラの聖句を口にしながら。
代ろうとした兵士たちの業は背負えなかったが、それでも。
「光よ、この子らを憐れみたまえです」
泡を吹いて悶える身体にそう告げて、彼女は進む。
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)の前で、電撃に痺れた子供が悶えている。
まともに動かない身体でのたうちながら、瞳はヒースを睨み上げていた。敵意は全く変わらず、そこにあり続けていた。
シェリル・マイヤーズ(ka0509)が、倒れたその身体に近づいていく。
試すのは、「レジスト」。治療、浄化をしようというのではなく、子ども自身の抵抗を上げればもしかして──。
暫し、待って。
「……やっぱりダメ……か……」
認めて、彼女は立ち上がった。
片手に愛刀ウスサマを握りなおし、片手で仮面を装着する。
「ありがとう……我儘に付き合ってくれて……はじめよう……」
静かに礼を告げるシェリルに、ヒースは一度目を閉じて、開く。
同時に、少年が、震える身体で、それでも立ち上った。レジストをかけたのだから、当然エレクトリックショックも解ける。
それもまた、丁度いい。
互いにしっかりと向き合い直して、ヒースはユナイテッド・ドライブ・ソードを構えなおした。
「赦せとは言わない。憎めとも言わない。ただお互いの命を賭けて、殺し合おう」
宣言。直後、動いたのは、シェリル。
瞬脚。ジグザグを刻み足を踏み鳴らしながら彼女が距離を詰めていく。
「え、あっ!?」
動きに翻弄されるように少年が視線を左右へと揺らす。
そして──ヒースの肉体もまた加速した。
まっすぐに突き出された立て続けの攻撃が、少年の身体を血に染め上げる。
そのまま、シェリルの刃が続いた。強化人間の装甲の柔らかな部分を彼女の刃が貫いて。
何が起こったのか分からない、という表情のまま、少年は膝を着き、そのまま後ろに倒れ……二度と、起き上がらなかった。
……それは、今この戦場にある少年少女の表情の中で、一番安らかなものにも、見えたけれども。
彼らとは全く別の道を、ボルディアは進んでいた。
「あ、あ……が……」
腹にめり込んだ拳に、少年が目を剥き涎を垂らして悶える。
あばらを軋ませた手ごたえがあった。
「う……ぐ、あ、……倒す……倒す……皆の、ために……」
激痛があるはずだが、それでも少年はふらふらとボルディアに襲い掛かる。
まともじゃない。分かり切っていた。それでも、彼女の目に映るのは、どう見てもやはり、無垢な少年だった。
(大人がガキを殺す……だぁ? そんなクソッタレな現実、俺ぁ認めねぇぞ)
あくまでボルディアは捕縛のみを考え行動する。
無力化のためには骨の二、三本は折るつもりだ。足を砕かれ立てなくなった少年が倒れ込むと、彼女はその身体に圧し掛かる。
(強化人間だって、脳に血液がいかなきゃ失神くらいするだろ?)
頸動脈を締めると……流石に、それはその通りだった。パタリと、少年の身体が脱力する。
そのままボルディアは、軍に借りた縄で少年を拘束した。
これだけでは、心許なさはある。以前、拘束した子供たちが、自分の身体を壊してでも逃れようと暴れた、というのは聞いている。
それでも、今出来ることをやるしかなかった。迷っている暇はない。こうする間にも別の場所では別のやり方で事態が進行している。
「……次だ! ガキ共はどっちに居る!?」
叫ぶように。未練を断ち切るように。彼女は仲間と連絡を入れ、子供を一人保護したことと、次の対象の場所を教えてもらうべく仲間と連絡を取る。
「んー、ボルディアさんは……お、そこっすね。そこなら、ええと……そっから……」
連絡を受け応えているのは神楽(ka2032)である。
彼はモフロウを飛ばし、ファミリアアイでその視界を共有することで、子供たちを捜索し、必要な者たちを必要な場所へと誘導していた。
……子供たちを「捕縛しよう」と動いている者と、そうでは無い手段も取っている者、それらと軍の者たちがかち合わないように。
例えばボルディアが、子供を殺害しようとしているものがあれば殴ってでも止めようとしているのは知っていて。
救助を望む彼女に情報を提供しつつ、別の場所で行われていることを彼は彼女に悟らせない。
そうして、どちらの事態も「つつがなく」進行させていく。
また、彼自身も。
「弱者が使い捨てられるのはよくある悲劇っす。お前達は運が無かったっす。せめて殺す俺を恨めっす」
目の前に現れた影に彼は一言、そう告げてから。
手にした刃を向け、そして……。
「化け、物……救済を阻む、敵……」
少女が、自分に向かってそう言うのを、聞き逃さない。
観察する。どう見えているのか。どう聞こえているのか。
一定の距離となったところで少女が剣を振り上げる。
来るな、とも言わなかった。戦闘に入るのは望むところだと言わんばかりに。
神楽はその一連をしっかりと記憶にとどめた。
「どう歪んでいるか解れば戻す方法も解るかもっす」
そう言いながら……今は『戻れなかった』少女は血の海に沈む。
「軍からの依頼は『制圧』ねー」
シエル・ユークレース(ka6648)の独り言は、どこか呑気だった。
「ボクとしては、彼らとは何も縁は無いんだけど、まあ可哀想だなーって思うよ」
声に誘われるように……一つの姿が現れる。
と。
「でもそれだけ」
そう言って、彼は事もなげに相手に短剣を向けた。距離を詰め、組みつくように逆手の刃を相手に突き立てていく。
(両腕と両足を動けなくすればいいのかな? 殺したくないって人が多いみたいだから、それに沿うようにはするけど……)
相手は普通の人間ではないのだから、大人しくしてくれるかは分からない。
「痛い? ごめんね?」
平然と言いながら。
組みつく。切り付ける。密着した状態で恐慌し暴れまわる相手に、シエルの身体にも時折痛みが走る。
そんな取っ組み合いに、彼の表情は──
暫く後。
動かなくなった手足を投げ出し虚ろな瞳で横たわる子供をそこにおいて、彼は次の相手を探すべく歩き始める。
そして。
未だどこか余裕を見せていた彼の足取りが、不意に硬直した。
新たに遭遇した人影。
少年だ。黒髪黒目の、ショートヘアの男の子。
(困っちゃうよね……別人だってわかってるのに)
彼の友人に、どこか似ているその姿を、守りたいと、思っているのかもしれない。
……同時に、足音に気がついた。複数の、整然とした足音。統一されたそれから、軍がこちらに近づいていると、分かる。
──守りたい?
──じゃあ、彼を連れて逃げる?
まさか。
彼は再び、手にした短剣を構える。こちらに銃を向け、放ってくる少年に構わず突っ込んでいく。
……決着は、先ほどの戦いよりも余程短く。
少年は、地に倒れていた。手足からではなく、胸から赤い染みを広げて。
「むごいな、これは……」
レイア・アローネ(ka4082)は呟く。
(私は所詮よそ者、彼らの問題に首を突っ込むべきではないのかもしれない)
それでも。
死んだ子供たちの無念には。
死なせるしかなかった者の無念も重なって見える気がして。
目の前にいる苦しんでいる者を見捨ててはおけないと。
この世界の機関が彼らを救えないというのなら、なおのこと私達の手で出来る事をしたいと、地獄のような空気の中を彼女は歩み続ける。
その身には炎のようなオーラを纏っていた。
揺らめく魂の輝きに惹きつけられるように、少年が姿を現して。
間髪入れず襲い掛かってくる少年の刃を、レイアは受け止め、弾く。構えと防具をうまく利用して、被害は容易く抑えることが出来た。
返す刃は……刃を寝かせて、剣の腹を叩きつける。
「がっ!」
何度も、少年の苦悶の叫びを聞いた。
剣を振るう腕も戦う心も痛い……。
だが、彼らの方が遥かに痛いだろう。
(私達がこの悪夢を終わらせてやる……!)
信じ振るう刃が伝えてくるのは、骨を砕く鈍い音と手ごたえ。
──今はやむを得ないと。
街のあちこちから流れる、苦痛の呻きの発生源を、そこに一つ加えて。
動かなくなった少年の位置を仲間に伝え、また歩き始める。
「貴方達の頑丈さ信じてますよぅ……五色光符陣!」
星野 ハナ(ka5852)の手から符が放たれ、目の眩む五色の光と共に少年を打つ。
ふらつきながらも少年が立ち上がろうとすると、もう一撃。
動かなくなった身体に、まだ息は……あった。
それを確認すると、ハナは……急ぎ、その服を引き裂き始める!
そうして、ドックタグその他、身分の確定にかかわりそうなものを取り除いていく。
武装解除、から手足を拘束し、更に自決防止に猿轡。
拘束された半裸の身体をシーツでくるみ、さらに上からロープで拘束すると、彼女はそれを馬上にしっかりと固定した。ここで、一度ヒールで回復。
そうして彼女は……最寄りのソサエティ支部へと翔けていった。
「呪法が切れた? 後は何をしても目覚めない感じでしたからぁ、ガッツリ荷物にしちゃえば分からないんじゃないでしょぉかぁ」
彼女の思惑は「素性不明の子供」として保護させることだった。カラースプレーを用意して髪の色も変える。
その、安全な保護先として、彼女は森山艦長とトモネに連絡を取ろうとするが……。
──取れない。今、同時に起こっていることを考えたら、この二人に、「個人の、外部からの連絡」を取り次いでもらえる余裕があるはずがなかった。
「あ、あの……」
歯噛みして立ち尽くすハナに、不審に思ったソサエティ職員が話しかける。
想定外に焦る間にも、時間は、事態はきっと次々と進行していて……。
「こうなりゃ一旦ソサエティで良いですぅ! 街で見つけた迷子の保護をしてほしいんですぅ。服もタグもない普通の怪我した子供ですぅ!」
叩きつけるように職員に言って、顔だけ出して毛布に包んだ少年の身体をロビーに横たえる。
聞き返そうとする職員を置き去りにして、彼女は再び駆けだした。
……予定通りにはいかなくても。
今、自分に出来ることをやるしか、無かった。
電撃に震えて崩れ落ちた少女を、茜は背後に回り押し倒すように組み伏せた。
「後で必ず治療するから……今はゴメンなさい!」
まともに動かない身体でもがく少女の腕を抑え。その腕に銃口を押し付けて、引き金。
「──……!」
もはや文字では描写不可能な絶叫が、少女の口から迸る。
押さえつけている茜は勿論、それから耳を塞ぐことは出来ない。
否──塞いではいけないのだ、と言い聞かせる。
『どんな記憶になろうと、持っていきます』
自分自身で言った言葉だ。それが決して……軽く言えることなどではないとは、分かっていたはずだ──!
行動不能に追い込むように、銃口を、同じように、更に両足へ。
……それは、中々に手際のいい『無力化』ではあった。
呆気なく、少女は立ち上がることも武器を握ることも不可能になる。
だが、銃が身体に開ける穴は、その影響は勿論、人体に小さいわけもない。
血の染みがあっという間に地面へと広がっていき、茜は慌てて応急処置をする。
……応急以上の処置は、出来ない。また暴れられては困るから。
だがこの状態では、いつ容態が急変しないとも思えなかった。
刀の一閃が、少年の手から銃を弾き飛ばした。
鳳凰院ひりょ(ka3744)の刀はさらにそれを、徹底的に破壊する。
そうして……痺れる手を抑えてひりょを睨み付ける少年に、ひりょは、ぴたり、刀を構え向き合った。
互い、刃を向け合って、向かい合う。
──子供たちを助けたい。
一人でも多く。
先生と慕ってくれた子供達を救いたい。
……そして、この騒動に心を痛め苦しんでいるだろう子の所へ、一人でも多く送り届けてあげたい。
今アスガルドに収容されている子たちは未だ昏睡が続いていて、救う手立てが見つかっていないのも分かっていた。
それでも、いつか……と。
少年が、咆哮を上げて踏み込んでくる。
子供たちの心を挫くことは出来ない、それもこれまでの報告で分かっている。
物理的に動けない状況にするしかないだろう。
大剣の斬撃を受けて崩し、反撃。但し斬るつもりはない。逆刃で叩く。でも、それ以外は本気。
……拘束後、暴れまわることのないようにと疲弊させてから、立ち上がれなくなるまで打撃を加える。
「恨み言は後で聞く」
それが、先生としての彼の出来る事。
彼は、立ち向かう一人一人と向き合い。疲弊させたことで拘束を確かなものにはしていた。
ただ、一人一人に時間がかかっても居た。
「死せる戦士……か……斯様な別称、あの姿の前には意味など成さぬと言うに……」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は沈痛な面持ちで市街地を眺めながら呟いていた。
「軍の者に助力を乞うは酷であろうてな。妾は妾で子等を救う為に征くとしよう」
彼女は独り征く。
「……其れが身体であれ心であれ……抱いて生きると決めた妾自身の誓いじゃてのう」
そうして歩き出した彼女の目の前で、今。
蔦にその身を絡めとられる少女がいた。
「ひっ!? あ、ああ……」
もがくその手足を、氷が覆っていく。
芽吹く種子が次々と、少女を白く染めて、体温を奪っていく。
「のう? おんしに妾の声は届かぬ……恐ろしき者としか見えぬのであろうの」
動かなくなる身体。霜が張り付き白くなっていく肌。
震えて崩れ落ちるその身体を抱きしめる。冷たい。そうしたのは、他でもない蜜鈴自身。
抱きしめ、そして拘束していく。
……かつて、同じ仕事を受けた仲間が見せてくれたやり方だ。
彼女が殺すしかなかった闘いの中で、保護を成功させた仲間の。関節を固めながら、拘束する。
それでも、その時の子供は己の身体を壊してでも拘束から逃れようとしたという。
だから……可能な限り体温を下げておく。動きを鈍らせ、その体力を奪うべく。
「子等の詩を妾は零さぬ」
その恐怖毎抱き締め受け止めながら。
その、かつて子供の一人を拘束して見せたテノール(ka5676)は。テノールこそは。
「情報を提供してほしい。代わりにこちらは戦闘力を提供しよう」
軍の一分隊にそう持ち掛け、今回は共に行動していた。
宣言通りに、現れた少年、テノールはそれに一気に距離を詰めると、こめかみを狙った一撃を打ち据える。
白虎神拳。脳を揺らす一撃に少年はあっけなく身体の制御を失う。
ギリギリの手加減、だが、加減を間違って死んだらそれはそれという割り切りも感じさせる、迷いのない攻撃、故の威力。
そうして倒れた少年を前に、テノールは。
「生け捕りの方が研究に使うサンプルになるかもしれないな」
そう言いながら、軍人にその身柄を差し出すようにどいて見せる。
殺す殺さないは正直、どうでもいい。
彼は。前回一人を救って見せた彼は、今回はそうした心構えで個の依頼に臨んでいた。
子供の命を軽く見てるつもりはないが、先日のような少数同士の戦いではない。
先日の様子から自身で壊れさせれないようにする為に、どれだけの手間がかかるか。
その手間分で友軍が死なないと誰が言えるのかという、だけ。
それを分かっているのは、分かるべきなのは、彼だけではない。
──さて、この世界の軍人の覚悟を見せてもらおう。
見つめる彼の前で、前に出ようとした軍強化人間を制して、分隊長が前に出る。
「……彼らは、ランカスター市街を『侵略』した。市民の生活を脅かした。追い立てられた市民は今、仮設テントで明日をも知れぬ日々に怯えている。……我々は、示さねばならない! これ以上の侵略を赦さないと! 何に代えても、彼らを守るのは我々だと!」
叫ぶ。祈るように。テノールに傍に控えていてもらい、分隊長は少年の身体を蹴って裏返す。
……その背に、心臓の位置に向けて、体重をかけて、銃剣を、突き立てた。
そうして示された、軍人の『覚悟』の形に。
感心と失望と、果たして、どちらが大きかったのだろうか。
……『完璧な正解』なんて何処にもなかった。
少年たちを正気に戻す方法はない。
只無力化しようとすれば時間がかかる。
手早く無力化する方法は紙一重で殺しかねない。
殺すのを……心から「正しい」と思うものは居ない。
正解はない。あるのはただ、それぞれの意志、信念のみ。
ただ己が望むもの、願うものを信じて、それぞれのやり方を選択し、貫こうと──
するのに。
世界は、なおも問いかける。
決断をしたはずの意志。揺るがさぬと決めた手段にも。
問いかける。
さあ。
何を願い何を想い何を信じ何を守り何を為すのか。
尚も願い尚も想い尚も信じ尚も守り尚も為すというのか。
メアリ・ロイド(ka6633)は、蓄音石を手に小さく溜息をついていた。
子供にだけ聞こえるという高周波音を録音したそれ。
強化人間の中で、子供だけが操られたと聞き、もしかして音で操られているのではないか、と。
マスキング現象を狙って用意したこれは……何の効果も、なさなかった。
それでも。それならばと、彼女は歩く。
対峙した少年。その顔を見て、名前を思い出す。事前に資料は熟読してきた。
電撃に倒れた身体に、そっと寄り添って、英語圏の子守歌を口ずさんで。呼びかけるその歌詞に、その子の名を。
「誰……? 何処……?」
反応はあった。だがそれだけ。メアリへの攻撃意思は消えなかった。
再び、電撃を中心に少年を追い込み、拘束して。
仲間に連絡して、保護を頼んで……。
大丈夫。まだやれる。さあ、次の子を助けないと。
そうして歩み始めた彼女がその後に遭遇したのは。
──軍とともに歩く、門垣 源一郎(ka6320)、だった。
まだ遠間。そこで、メアリを認めたのだろう源一郎の、その表情は、いつもの鉄面皮からピクリとも動かない。
彼の全身から、まざまざと一つの意思をはっきりと感じた。
『彼女の為そうとしていることを、手伝えない』
と。
……抜身になったままの、彼の剣。そこからは既に、血が滴っていて。彼が、共に歩む彼らと、何を為してきたのか、はっきりと分かる。
……そう、彼は為した。それも、分かった。
共に歩む一人は軍の強化人間だろう、負傷したその存在が、源一郎にはっきりと信頼と感謝を預けている。
守った。彼は。確実に一つの命を、救った。
彼女たちがやろうとしていることは?
こうやって必死で「回収」したところで、子供たちが助かる見込みなんて、無いのに──
そんな彼女に、源一郎は、一瞥もせず、歩調も変えず。
軍人たちの、その先頭を行くように、淡々と近づき、そして……すれ違っていく。
さあ。
何を想う。
「救える可能性があるなら諦めねぇよ」
掌を握りしめ、震える唇で、呟く。
あの子らは死せる戦士じゃない。
名前と顔を知った上で、背負いたい。
(後始末か。俺には似合いの仕事だな……)
内心そう呟いたのは。
心が動いてしまったという事でもある。
源一郎にも分かっていた。ハンター達の助けたいという気持ちも、痛いほど。
しかし軍の人間にも家族や伴侶が居ると思うと……手伝うことは難しい。
故に彼は軍と共に行動し、その被害軽減を念頭に行動すると決めた。
……ハンターが現地の軍人に恨まれないように、目標に専念できるように、という意味も込めて。
守るべき最後の一線を守るのを己が役目と心得、実行してきた。
──そう、実行した。
軍を奇襲しようとした少年を斬った。
辛くは……あった。だがその辛さを決して表には出さない。
刃を向ける以上、そのまま恨まれるべきだと思ったから。
それが。
彼女とすれ違い、誰も自分の顔を見ないと思ったその瞬間、僅かに目を伏せたような感覚が──あった。
(良くない傾向だ)
彼は自覚して自戒すると、それきり表情を動かすことは無かった。
「ハンターさん?」
街角のどこかで、少女の声がした。
「この声……あの時のハンターさんが居るの? 何処に?」
それは、この街で聞く初めての、明るい子供の声だった。
通りの角から、少女が姿を現す。
──半身を血に染め上げて。
「ハンターさん! 何処ですか!? 私頑張りました! 頑張って、悪い敵をやっつけたんですよ!」
歓喜の声。
掲げた大剣に、あちこちこびりついたままの、何かの欠片。
少女の立つ、その向こう側に、
積み重なる
いくつかの、
赤黒い何かを──
──分かっては、居たはずだ。
子供たちを保護しようとすれば。軍から離れ、一人一人に時間をかけようとすれば。こうなるリスクは、時間と共に生じていくことに。
軍の安全を考慮しようとしたものもいた。だがその数は戦闘地域を、全ての分隊をカバーするには及ばない。
「ハンターさん、来てくれないの? もっともっと頑張らないと? 化け物、たくさん倒して、化け物……」
少女が、虚ろな目を周囲へと巡らせる。
「闘う。戦うの? やだ。怖い。痛いよ。でも闘う。闘わなきゃ。どうして? 怖い。戦う……」
「──その思考から解放されたいか」
問う声は。
少女の背後。兵士たちの血に染まった道の向こう側から、聞こえてきた。
スファギ(ka6888)。彼の手には初め、盾だけがあった。
「うわああああああ」
絶叫を上げて、少女がスファギに飛び掛かる。
少女の斬撃をスファギは盾で受け止めると、そのまま盾で殴り返す。
盾で。
止める。殴る。
弾く。押す。
潰す。
「闘う、闘わなきゃ……」
少女の呟きが。
「殺す!」
それに変わった時。
(さあ──『お前達を救えるのなら』悦んで、悪になろう)
スファギの手には剣の柄が握られていた。
そこに、かつて歪虚と対峙していた時のような笑みはなかった。
莫邪宝剣。マテリアルが込められていくと、そこに刃が形成されていく。
そして。
「……愚問だな、どの口が誰の為の救いとほざく」
倒れた少女の身体から、血濡れた刃を引き抜いた。
「保身、偽善、償い……出来れば助けたいとは何だ。真に生かしたいなら救ってみせろ。我が身に命を奪う傷を、業を背負いたくないだけではないと言ってみせろ」
呟く。動かなくなった少女を見下ろし、見つめながら。
「──中途半端な希望を抱かせる方が余程残酷だ」
言い捨て、彼はその場を立ち去っていく。
志鷹 都(ka1140)の元には。
傷ついた、幾人もの少年少女が集まり始めていた。
要請を受けて駆けつけては、止血を優先に、必要があればヒールをかけて、医術で処置をしていく。
集まり始めていた。
骨を折られ、身動きも取れず呻く子供たちが。
極度に消耗し、ぐったりとしたまま動かぬ子供たちが。
望むところ。
彼女は、息を吐く。
そう、望みはただ一つ。望まぬ殺しを強いられた、子等の嘆きを受け止めてあげること。
──嘗て、血濡られた愛しい人の手を取った時のように。
「ごぷっ……!」
必死で己を叱咤する彼女の傍で、少年の一人が血の泡を吹いて痙攣する。
あまりに危険な状態……そう判断した彼女はとっさにフルリカバリーを彼にかける。
苦しむ彼を慰撫するように、その身体を優しく抱きしめて──
そして、苦痛が軽減された少年に、この光景はどう映るのか。
何人もの仲間が倒れていた。
生きているか死んでいるか分からないほど青褪めて倒れていた。
目を剥くほどの苦痛に身を捩っていた。
嬲るようにそんな姿が集められ、並べられて。
そして、自分の身体を、おぞましい、生暖かい感触の腕が包んでいる。
何か自分とは相容れない根源を覚えるその感触。
「ぎゃああああああああああ!?」
少年が、絶叫した。
本気の絶望。本気の恐怖。
「誰だよ……僕の仲間をこんな目に合わせたのはどいつだよ! 殺してやる、殺してやるぅぅぅぅ!」
都の身体が、突き飛ばされる。
少年が、暴走する。滅茶苦茶に暴れまわり、
「駄目っ!」
叫ぶ。正気を失った彼は、倒れる仲間たちを巻き込むという事が見えていない!
急ぎ対応せねばならなかった。急ぎ……。急ぐ、には……。
決断は、早くしなければならなかった。そのために、一度目を閉じて、開いて。
開いた視界の先で、少年は動きを止めていた。
その胸から刃を生やして。
少年の身体が、ゆっくりと前に倒れていき。
「……恨んでくれて、良いですよ」
その向こうから、淡々とした表情の鞍馬 真(ka5819)が姿を現す。
都は……声も出せず、ただ、ゆっくりと首を振るしかできなかった。
「大丈夫ですか。丁度、もう一人、連れてきたところだったんです」
真が後ろを振り返る。そこには、活人剣でギリギリまで生命力を奪われつつも生かされた一つの姿。
……そのことが、彼が、殺す目的で行動しているというわけでは無いことを何よりも示している。
都は気丈な顔を取り戻して、頷いた。
「……我ながら、随分と傲慢になったものだ」
再び一人になって、自嘲の呟きを、真は零す。
自分の身も満足に守れない私が、他人の生死を左右する立場になるなんて……と。
殺したい訳じゃない。
けど、彼女が殺して、後悔して苦しむくらいだったら、自分がやるべきだった。
彼女が行動を起こす前に間に合ったことは……少なくとも、マシではあったはずだ。
──あの少年は、彼も持つアスガルドの写真に写っているのだろうか。
……後できちんと確認しよう、と思った。
渡すつもりはなかったし、これからも破棄はしない。
殺すことになった、その記憶と共に生きていく。
どんな記憶だとしても、忘れるのはもう嫌だ──
「なんで、なんでだよぉおおお!」
少年の絶叫が響く。
その腕に、血塗れの少女を抱きかかえて。
「なんで、か」
ヒースが一歩、前に出ながら、静かに言った。
「お前が刃を持ったから。その銃を、ボクに向けて構えて、そして下ろさなかったから」
嘆きに状況を忘れ自失する少年に。
「──急ぎ、治療を請えば助かるかもしれない。そうして欲しければ、降伏しろ」
ヒースは呼びかけて、少年は。
少女の身体を投げ捨てるように放り出し、ヒースに飛び掛かる。
「そうか。そうだろう。そして、だからだ」
これで何度目の確認だろうか。
「お前は、お前たちは、ボクの敵だ」
これまでと何も、変わらない、そう──
「お前を守れなかったあの日から何も変わらない。それでもボクは止まれないんだ」
無意識に、リボンに触れていた。
忘れていた贈り主の顔が、脳裏に浮かび上がる。
喪失していた記憶の奔流の中で、それでもヒースは踏み出し、少年を斬り伏せる。
「ヒー兄……」
シェリルは、一切の揺るぎを見せない兄のような存在を、目を逸らさず見ていた。
彼女は想う。
理不尽に嘆いた時はとうに過ぎて……ただ受け入れ、背負う覚悟を刃に載せてきた。
全てを無にする事も、確かに救いなのだろう。
人も歪虚も、大精霊もきっと変わらない。
(違うとしたら、死の後を背負うか否か……かな……)
そう、彼女が一人ごちたその時。
彼女の刀、ウスサマが、音を立てて折れた。
「……ウスサマ……泣いてるの?」
あまりに澄んだ、その音。
いや、私が泣きたいからなのか。
全ての戦いが終わった後、シェリルは、子供の墓の代わりにその刀の柄を刺し。破片の一部を、持ち帰る。
世界は、問いかける。
あなたは、答えを叫ぶ。
輪郭のない希望。
哀しみの決意。
それらは交わらず、それ自体は何も為せず、人はただ審判を待つだけなのか。
「何時か引き裂かれ棄てられた詩を拾い集める馬鹿が出た時に渡す為に、お前がいた証とお前の最期の想いは俺が預かっておくっすよ」
神楽はそう言って、殺した少年少女たちの遺髪を切り取り名前が解る物と遺品を回収する。
そして……深淵の声で、その最後の声も預かろうとした。
聞こえる、怯え。闘わなければ自分たちに自由はない、仲間の未来を切り開くために戦わなければという強迫観念。胸が潰されるほどの恐怖のその先に……どの子も、最後に思い浮かべる光景は。想いは。
「また……あの日みたいに楽しく……っすか。そんなに、あのたったの一日が、思い出深いんすか……」
命の灯が消えようとするのを感じながら。
少年は、歌声を聞いていた。子守歌。優しい歌声。
ああ、怖がらなくてよかったんだ。
再び己を包むその腕の感触に、不意に、少年は理解する。どうして嫌だったんだろう。この、感触、は……。
見えなくなった目で。感じながら、思い出す。楽しかった一日と、それから、もっとさらに、古い記憶。
「……おかあさん」
少年の最後の呟きに。
「おやすみ」
都は呟く。届かないはずの子守歌と共に。
そして。
「……貴方のやり方は、あまりに効率が悪いとは思いませんか」
一人の軍人が、トリプルJ(ka6653)に問いかける。
彼がやっていたことは、ハナと近い。子供を発見したら軍人から遠ざけるように誘導し、気絶させ、適切な、最も近い施設に保護を頼む。
違いは軍の位置を意識していたことか。しかし、ゆえに不自然な動きは軍に捕捉される。
「貴方がこの場を離れている間、我々は『エインヘリャル』を一体、始末しました」
「……分かってる。あんたらにだって守るべき家族がいる。守るべき者のために好悪に関わらず切り捨てなきゃならんことはあるだろ」
好きで子供を撃ちたがる奴ぁいねぇよ、と。声には出さず続けて。
「次に貴方がここに戻ってきたときに見るのは、我々の死体かもしれませんね」
「……それも、分かってる」
軍人のその言葉の意味もまた、トリプルJは認めた。
「全てを救えるなんて思っちゃいねえ。天秤にかけたって言われりゃあ、そうなんだろう。それでも……俺がやるべきは、『余剰の』俺たちがやるべきは、『ただの迷子』の保護だと思った。俺が救えるのが、たった一人でも。俺達が1人で1人救えりゃ25人だ、充分じゃねぇか」
認めた。
軍が、そうするしかなかったという事ともに。
自分は、こうするしかできなかったのだと。
「……私が申しあげたいのは、我々の目を気にしなくていいのであれば、もう少し効率よく動けないですか、という事です」
「!? いや、あんたらは命令が……」
「命令されました。『個々の現場においては各分隊長の臨機の判断によって対応せよ』、と」
「それは……子供たちのことを、一旦全部忘れろって意味だろ……」
「確かに。それも厳命されました。個別の名を呼んではならない、個体を識別しようとしてはならない、と。しかし、それだけです」
……え?
半ば混乱しながら、士官の言葉を思い出す。そこに。
「『エインヘリャルは必ず殺せ』とは、命じられていません」
「……。いやいや待て待て!? そんなのあるか……意図的なら分かり辛過ぎるだろうが!? 通じない命令に意味があるかよ!?」
「九割がた、表面通り『情けを抱かず殺せ』という意図の命令だとは思います。ただ……『エインヘリャル』って、どういう意味かご存知ですか?」
「……死せる戦士、だろ」
「言葉の意味としては。出典は北欧神話です。勇敢に戦い死んだ戦士の魂のことで、エインヘリャルとなることはむしろ名誉とされます」
「……せめて、死後に名誉をってか」
「……伝承の概略では。死した戦士の魂は、戦乙女によって神の国に導かれると──北欧神話における神の国、即ち『アスガルド』にです」
何故。殺すことになるその時、そう呼べと、厳命したのか。
「協力しませんか」
それをトリプルJが躊躇ったのは、作戦後、彼らが処罰を受けると思ったから、だが。
「……そうだな。頼む」
思い直す。認めあう気持ちがあれば、通じることも……ある。
他の戦況と合わせて、敵がランカスターから退いていく、との報告が齎された。
状況終了が告げられて……そして、ハンターたちが『保護』し、なおも生存する少年少女たちは、少なくない。
「保護した子供たちはアスガルドに収容できませんか」
ひりょが、進言する。
「……これだけの人数となると、収容するにしてもアスガルド一か所、とはいかないかな。強化人間を扱う各施設に打診し、収容後は各々の施設の判断、という事になる」
収容先にはアスガルド、ラズモネも含まれるだろう。しかし、それ以外がどうするか、保証は出来ない。それが、軍の答え。
「強化人間を実用するならばこそ、廃棄して終わりなど進歩に繋がりません。治療・改良のための症例に役立てるべきです」
茜が、意見を述べる。……あえて心情は伏せ、利益のためにと理屈をつけて。
「保護のリスク、それに伴う予算は誰が負うのかな? 君たちは、目覚めたあれらが再び暴れだすという危険性を忘れていないか。その監視を続けることになるのが誰か。そのリスクに見合う、確実なリターンがあると言うのか」
ずっとそばに居て監視を続ける、それはハンターたちにはできないのだ。反論は……。
「『リスクを恐れて助かるかもしれない命を見殺しにするのか』」
浮かびかけて、言えなかった言葉は、士官が口にした。
「そんなことを言った兵士がかつて居たよ。2012年の火星戦役だ」
そして、急に始まった話にきょとん、とする。その間に士官は話し続ける。
推進力を失って立ち往生する一隻の艦があった。予断のならない状況で多数の艦隊は動かせない、しかし少数で動いて交戦になれば死は確実。その状況で、救助を訴える兵士がいた。言葉だけじゃない、実行可能な数の志願兵を引き連れて。熱意に押される形で、一人の士官が作戦決行を許可し──
「──全員死んだよ! 潜んでいたVOIDに、救助しようとした艦もろとも打ち砕かれるのを、許可した上官はモニターでただ呆然と見ているしかできなかった! 全ての命に重きを置けば、才能と責任感ある若者から死ぬ羽目になる! ……情に流され、釣り合わないことに命を掛けさせては……いけなかった」
士官はそうして、不意に声を荒げてから……茜とひりょの二人へと視線を向ける。
「あるのかね。暴れるかもしれない強化人間、その監視をする職員軍人のリスクに見合う確実な見返りが」
言葉は、出ない。真っ直ぐに向けられる視線を、ただ真っ直ぐに受け止めるしか。
それでも、ここで視線を伏せることだけは、出来なかった。それは、少年たちが助かる可能性に目をつむってしまう事だと思った。
……今は光明が見えなくても、きっと。
助けようとした皆の想いが、そうして今掬い上げられている命が、無駄になっていいとは、どうしても思えないのだ。
「作戦責任者、依頼主として、本作戦を総括する」
一つ息を吐いてから、士官は告げた。
「本作戦におけるハンターの働きは評価に値するものである。遺憾ながら本隊に被害はあったが、それは、我々が事前に、ハンターたちがある程度単独行動を行うことを見越して想定していた損害を、はるかに下回るものであった。ハンターが全てこちらの意向に従う形であれば被害は軽減されたとの見方もあるが、彼らの助力無くしては壊滅以外の結果は有り得なかっただろうことを鑑みると、これは許容の範囲の損害と考えるべきである」
淡々と述べられる言葉には、だからどうした、という空気は当然、漂っていた。
兵士は死んだ。子供たちも死んだ。救った子供たちの行く末については、もうハンターたちの手は届かない。
数値で評価されようとも、この事実は、消えない。記憶を残そうとするものには。
「──故に私は、ハンターたちに『強化人間を救おうとしても無駄だ』と思い知らせるより、そのモチベーションを保たせたままにしておく方が、今後の戦局において有益と判断するものであることを申し添える」
士官の言葉を。
傍らに立つ書記官が、記録していた。
尽くした結果は。
己の心を信じ貫いた結果は。
すべて無駄には、帰さない。
「……全員が全員、夢みたいなことを言っていて為せた結果ではないよ。冷徹に判断を下すことは、それを実行できる者は……それでも、必要なんだ……」
最後、士官は、それでも己に言い聞かせるように呟いた。
世界は問う。
これからも、幾度も。
見つめた心を、描いた解を、何度も揺さぶってくるだろう。
さあ、それでも、あなたは、答えを叫び続けるのか。
どこかへと、響けと。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 天王寺茜(ka4080) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/04/16 06:51:40 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/04/14 12:30:25 |