ゲスト
(ka0000)
グランドシナリオ【不動】マギア砦籠城戦


▼【不動】グランドシナリオ「マギア砦籠城戦」▼(1/28?2/18)
|
|||
---|---|---|---|
作戦3:敵指揮官襲撃 リプレイ
- Charlotte・V・K
(ka0468) - ヴィルヘルミナ・ウランゲル
(kz0021) - シュターク・シュタークスン
(kz0075) - 慈姑 ぽえむ
(ka3243) - 水城もなか
(ka3532) - ヴァイス
(ka0364) - 草薙 桃李
(ka3665) - 刻崎 藤乃
(ka3829) - オウカ・レンヴォルト
(ka0301) - ヤクシー
- ガエル・ソト
- アーサー・ホーガン
(ka0471) - エリー・ローウェル
(ka2576) - ヒース・R・ウォーカー
(ka0145) - リュー・グランフェスト
(ka2419) - 神代 誠一
(ka2086) - J
(ka3142) - ウィンス・デイランダール
(ka0039) - リカルド=イージス=バルデラマ
(ka0356) - 白藤
(ka3768) - 朱華
(ka0841) - 椿姫・T・ノーチェ
(ka1225) - アリオーシュ・アルセイデス
(ka3164) - メイ=ロザリンド
(ka3394)
●
作戦は既に三日目の朝を迎えていた。砦の防衛は上手くいっているらしく、未だに怠惰の軍勢は攻め倦ねているようだ。
遠く砦を望むジグウ連山に潜伏した帝国軍とハンターの混成部隊は、眼下に怠惰の指揮官と見られるヤクシー、そして災厄の十三魔の一体であるガエル・ソトを側面から観測できる崖上に陣取ることに成功していた。
巨人達の警戒は薄い。少数精鋭とはいえ、一つの部隊が間近に迫っていることにも気づいていないようだ。それも、怠惰の怠惰たる所以なのだろうか。
「うーむ、中々いい感じだが……よし、もう少し髪をウネウネさせよう」 「うっはっは、似てる似てる。こりゃ、あたしでも間違えそうだ」
「ふふ、君はもう少し、私に興味を持ち給え。ちょっと悲しくなるぞ」
そんな緊迫した状況の中、黄金の鎧を纏った帝国皇帝ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)と、巨躯を誇る帝国軍第二師団長シュターク・シュタークスン(kz0075)の声は楽しげだ。ヴィルヘルミナの影武者を買って出たCharlotte・V・K(ka0468)による扮装のディテールに余念が無い。
鎧や外套を塗装し、髪を染めウネウネさせ……戦場で出来ることなど限られているが、ヴィルヘルミナの手伝いもあってか遠目から誤魔化せる程度の出来は確保できた。
「私の代わりを務めようというのだ。存分に、奴らを欺いてやるといい」
最後に、ヴィルヘルミナはにやりと微笑んでCharlotteの肩を叩いた。
●
砦を攻める怠惰の軍勢。その中核にダメージを与えることで、士気を削ぎ足並みを崩す。
後に控える撤退戦の成否を左右する、重要な作戦だ。
強大な敵は二体。それを前に、ハンター達は部隊を二つに分けることにした。
囮と強襲。
皇帝に扮したCharlotteを餌に敵を引きつけ、出来た隙間に半ば捨て身の攻撃を叩き込む。そして短時間で敵の指揮官に打撃を与えるだけ与え、一息に離脱するのだ。
時間との勝負にして、最も危険な場所へと自ら飛び込んでいく無謀に近い作戦だった。
「……必ずや、この作戦を成功させよう」
敵に知性がある以上、狙われるのは最も重要な人物――すなわち、帝国皇帝に他ならない。そんな皇帝が最も前線に出向いているというのもおかしな話だが、奇襲という優位性に加えてそこに人類側の大将の一人が存在するとなれば、攪乱としてはこれ以上無い効果をもたらすだろう。
だが、その効果の代償として、皇帝の身は当然危険に晒されることになる。
その為の影武者だ。
Charlotteは大きな重圧の中、赤い髪を風に靡かせる。金色の鎧を纏い、仲間達の前に立つ。威風堂々と、様々な決意に敬意を表し、力強い瞳で眼下の軍勢を睨み付ける。 「私じゃ頼りないかもだけど……邪魔はしないわ。だから、守らせてね!」
凜々しく前を見つめるCharlotteの横に立ち、慈姑 ぽえむ(ka3243)は同じく前を見る。彼女を苛んでいた緊張は、自ら死地へと飛び込まんとするヴィルヘルミナやCharlotteへの憧れに掻き消されていた。
「皇帝陛下が前線に立つというのは、何だか好感が持てますね」
「ま、だからこそ多くの奴らが騎士皇を慕うんだろうな。国のトップが最前線……無茶なのは間違いねえが」
少し離れた場所で外套を頭の先から被っているヴィルヘルミナを横目に、水城もなか(ka3532)は感心の声を上げ、ヴァイス(ka0364)はため息混じりに失笑した。
「これを合図に全員撤退。そこだけは間違えないようにね」
草薙 桃李(ka3665)は共に潜伏する第二師団より、銅鑼を借り受けた。
無理な深追いをしないための措置だ。いくら作戦が成功しても、そこに犠牲者が出てしまえば完全な成功とは言えない。
「さて、ジャイアントキリングと洒落こみましょう!」
「……ああ、往くとしよう、か」
刻崎 藤乃(ka3829)は鼻息荒く、今か今かと七色の刃を落ち着きなく構えている。オウカ・レンヴォルト(ka0301)は静かにヴィルヘルミナとCharlotteの合間に立ち、手にした拳銃の調子を確かめた。
準備は整った。ハンター達はもとより、少数精鋭の帝国軍人達も、号令を待ちわびている。
「勇敢なる戦士達よ」
静かに、しかし力強いヴィルヘルミナの声が響く。
「我ら人類の恐ろしさを、あの無粋なる者共に見せつけてやろう。ただし、死ぬことは私が許さん。皆生きて帰り、自らの武勇伝を、自らの言葉で語り継ごうではないか」
マギア砦を巡る死闘の一つが、静かに幕を開けた。
●
傾斜を駆け下りる一同は、怠惰軍の側面を突く。
歩くことすら面倒そうに地面に腰を下ろした巨人達が、また面倒そうにゆっくりと顔を上げた。
「全軍! 突撃ぃっ!」
Charlotteの声がジグウ連山に木霊する。その声と、連続する無数の足音と馬蹄の鳴らす地響きの合唱を耳にした巨人は、慌てて戦闘体勢に入った。
しかし、その狼狽こそが奇襲に嵌っている証だ。
崖を下りながら放たれた無数の銃撃が、巨人達を襲う。敵は遠距離攻撃を持っていない。一方的な攻撃に、足並みは乱れる。
「落ち着きなバカ共!」
いち早く体勢を立て直したのは、一際目立つ大鎌を携えた女巨人――ヤクシーだ。その一喝に、周りの巨人がびくりと肩を震わせる。
「ほう、金の鎧とは。音に聞く帝国皇帝のお出ましというわけか」
ヤクシーの隣に立っているのは、ガエルとその配下のゾンビ達だ。ガエルは目聡くCharlotteの姿を見つけると、尊大な笑みを浮かべる。
「英雄たるもの、挑戦は受けねばなるまいな。あれは私に任せよ――全軍、戦闘準備っ!」
ガエルとその配下達が、一斉に腰の軍刀を引き抜く。
「ああ、やってくれるってなら任せるよ。しかし、奇襲ってのはまた面倒だねえ」
ヤクシーもまた、大鎌を振り上げた。その動作だけで風が逆巻く。
その圧倒的な迫力の前にも、ハンター達は一つも怯むことはない。最前線、Charlotte含む囮部隊が巨人とぶつかる。
戦いはまだ、始まったばかりだ。
●
囮部隊の役割は、ヤクシーへの強襲を成功させるための時間稼ぎ。そして、襲い来る怠惰の軍勢とガエル・ソトの部隊から、ヴィルヘルミナを守ることだ。
「皆、気を引き締めろ! 人類に勝利を!」
後方からのCharlotteの声と共に、ハンター達は武器を構える。彼女の側では、外套を被ったヴィルヘルミナが合わせの隙間から不自然にならぬよう剣を覗かせていた。
「デカイだけじゃ、俺らは倒せねえぞ!」
囮を狙い振り下ろされた斧を、アーサー・ホーガン(ka0471)は受け流す。腕を伝う衝撃は尋常なものではない。しかしアーサーは腕の痺れを無理矢理に無視し、攻撃の隙を狙って手裏剣を投げ放つ。
手裏剣は巨人の指を裂き、巨大な悲鳴を上げさせた。
更にその隙を突いて、オウカともなかの銃撃が加えられる。
「皮が厚かろうと……ここならどう、だ?」
「巨人が相手なら、まだいいのですけど……」
銃弾は巨人の目や口に撃ち込まれていく。
「ジャイアント! キリング! ですわ!」
重ねて藤乃もグレイブを振るう。
とはいえ巨人も、そのまま黙ってはいない。顔を襲う攻撃を手の平で遮りながら、空いた腕を振り回す。
「……させない。皆、守ってみせる!」
適当に繰り出された一撃ながら、そのリーチは辺りを軽く薙ぎ払う。その腕を、エリー・ローウェル(ka2576)は大剣の腹で受け止めた。
堅守を使っても意識を持って行かれそうな衝撃が襲う。
しかし次の瞬間に、巨人は膝を着いていた。
「護るよりも斬る方が得意なんでねぇ」
側面に回っていたヒース・R・ウォーカー(ka0145)の斬撃が、骨のような鎧の隙間を縫って巨人の体を斬り裂いていたのだ。
地響きと悲鳴を伴い、巨人が体勢を大きく崩す。ヒースはそのままとどめを刺そうと、巨人の首元に刃を向けて――
「中々やるではないか。――だが、英雄には程遠い」
飛来し炸裂した漆黒の矢によって、弾き飛ばされていた。
「死角を突いたとて倒しきれぬとは情けない。近頃のリアルブルーには、腑抜けしかおらぬと見える」
「……ふん、お前だってボクを殺せてないじゃないか」
地面を転がったヒースが、皮肉げな笑みを浮かべる。
「ひ、ヒースさん!」
慌ててぽえむがヒールを施す。
「ほう、この手を俗人の血で汚せと? まさに滑稽な意見だ。私の手を汚させたければ、それに足る品格というものを身につけ給えよ」
「何言ってんのか分かんねえよ、自称英雄!」
「全くですわ。……でも、皇帝陛下を狙うというのならば、お相手せざるを得ませんわね?」
そこに盾を構えて叫ぶのは、リュー・グランフェスト(ka2419)だ。神代 誠一(ka2086)ら強襲部隊の動向を見て、駆けつけていた。
藤乃とリューが、Charlotteを護るように立つ。
「……哀れむに値する知性だ」
ガエルはこれ見よがしにため息をつく。そして勢いよくその腕を振り上げれば、背後に控えていた軍服を纏った十体余りのゾンビ達が、一斉に前に出た。更にはその後ろに、数体の巨人まで控えている。
「しかし私も英雄として、貴様らにチャンスを与えよう。――命を以て、英雄の一端でも理解できると良いな」
ガエルが上げた手を振り下ろした。
「ちっ、数が多い……!」
横一列に整然と並んだゾンビは、こちらを包囲しようと統制のとれた動きで半円を描き――示し合わせた動きで軍刀を手に突撃を繰り出す。
「……同じ連合に属する軍人として、あなたを軽蔑します」
迫るゾンビを拳銃で牽制しながら、もなかはガエルを睨む。
「軽蔑とは……自らが上に立っていると錯覚する、それも俗人の特権であるな」
それを受け、ガエルは失笑する。その目は、檻の向こうの猿を見るが如く。
「問答は、無駄みたいだねぇ。なら、立ち塞がる敵全てを、この手で斬る」
ゾンビの動きは鋭い。しかし、捉えられないほどでは無い。
ハンター達はゾンビと斬り結ぶ。振り下ろされる軍刀を避け、受け流し、時に鍔迫り合いになりながら、数を削っていく。
「こんなゾンビなんざ率いて、英雄が聞いて呆れるぜ。お前を誰が認めてんだよ、人殺し」
燃える刃でゾンビの銅を薙ぎ、リューはガエルに言葉を浴びせる。
「万を殺せば英雄、とでも言うか?」
「さて、私に貴様と会話する義理も無いのだが……万を殺せば、ふむ、それもまた一つだろうな」
その答えに、リューは鼻を鳴らした。
「底が浅ぇよ」
「貴様こそ、誰かに認められた者が英雄だ、とでも言うつもりか?」
――そこで、ガエルの姿が視界より消えた。
「……っ! 全員、周囲を警戒――」
Charlotteが声を上げ――気づく。ガエルは、Charlotteの目の前に立っていた。
認識の隙間を突いた、素早い動き。知覚が遅れ、一瞬、姿を見失う。
「否!」
ガエルは見下すように目を細め、高らかに声を上げる。
「い、いつの間に……! ち、近寄らないで!」
咄嗟に、ぽえむはガエルを盾で殴り飛ばそうとする。だがガエルはぽえむに目も向けず――軍刀の一刀で以て叩き切った。鮮血が舞い、ぽえむは崩れ落ちる。
「英雄とは、自らの行動によって!」
「……きゃぁ!」
次いで壁になったエリーもまた、撫でるような一撃で大きく吹き飛ぶ。
「そうは、させん……!」
強烈な電撃を纏ったオウカの刀が振るわれるも、
「意図的に!」
刃を軽く掴み取られ、逆に致命的な反撃を食らってしまう。
反対から背後から、同時にヒース、藤乃が斬り掛かるも、ついでの如くガエルの軍刀は翻り――あっさりと、二人は血の海に沈んだ。
「生み堕とされるものだ」
そして、ガエルの手がCharlotteの首元へと伸びる。
「ぐぁっ……!」
強大な膂力が、片腕で彼女を宙に吊り下げた。
「ふむ。帝国皇帝というのは、これほど弱いのか?」
苦し紛れにCharlotteの放った銃弾も、ガエルには通用しない。みしりと、頸椎が嫌な音を立てる。
「いや、これは……く、ふははは!」
「離しやがれ!」
マテリアルを込め、アーサーが大きく武器を振り回す。
ズドン、と重い音が響いた。
だが、ガエルは微動だにしない。お返しにと振るわれたガエルの刀が、アーサーの腹部に深く突き刺さった。
「まさか私が一杯食わされるとはな! 身を挺すとは、中々に英雄的な行動ではないか!」
「が、ふ……っ」
大きく楽しげな笑い声を響かせ、ガエルはCharlotteを人形か何かのように放り投げる。
「――おめでとう。貴様らは、英雄たる私の礎となることが決まった。英雄にはなれずとも、英霊とはなれようぞ」
大量の負のマテリアルが、ガエルから迸った。ヴィルヘルミナを背に、リューともなかは背筋を震わせ、瀕死の者は朦朧とした意識の中で死を覚悟する。
しかし次の瞬間、
「バレるまで隠れていてくれ、という約束だったな」
外套を脱ぎ捨てたヴィルヘルミナの一撃が、ガエルにたたらを踏ませた。
「……そこにいたか、英雄を騙そうとは小賢しい」
一転して、ガエルの表情は険しくなる。
両者の間に緊迫した空気が流れ――離れた場所で、銅鑼の音が大きく轟いた。
●
少し時間を遡り――強襲部隊は、巨人達の厚い壁に阻まれていた。
二十体以上の巨人がヤクシーを囲んでいる。砦を襲った怠惰の中でも、特に大きな巨人達だ。指揮官を守る精鋭といったところだろう。
足下を抜けようにも、その瞬間に幾つもの攻撃が飛んでくる。迂闊に飛び込めない状態だった。
「……ガエルが、囮に食いついたようです」
「うっし、あたしの出番だな」
無線で情報を得たJ(ka3142)の言葉に、シュタークは膨大なオーラを纏う。
ガエルとヤクシーを完全に分断した今こそ、最大のチャンスだ。
「タイミングは短いぞ、準備はいいな?」
「ふん、上等だ」
「……勝てる気はしないが、死に物狂いで行かせてもらおう」
ウィンス・デイランダール(ka0039)、リカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)を筆頭に、全員が強く頷く。
それを見届け、シュタークは地面を蹴った。強烈な蹴り足は地面を砕き、砲弾のように巨躯が撃ち出される。
一瞬にして、シュタークは巨人の一体へと肉薄する。そして翻った大剣に無数の斬撃を浴びせられた巨人は悲鳴を上げ、仲間を巻き込んで転倒し、場に漂っていた拮抗を崩していく。
「今だ!」
ヴァイスが叫ぶ。なだれ込むように、ハンター達は慌てふためく巨人達の足下に飛び込んでいった。
巨人達の注意が逸れたのは一瞬だ。つまり、復帰も早い。 気付いた巨人の攻撃が、ハンター達を襲う。巨大な斧が、剣が、ハンマーが――精鋭らしく金属製の良質な武器を持った個体だらけだ。まともに攻撃を受ければ、只では済まないだろう。
「きりきり働きぃよ死神ぃ!」
「全く……誰が死神ですか誰が……」
それ故に、後衛からの援護が不可欠だ。鹿東 悠(ka0725)へと煽り文句を放りながら、白藤(ka3768)は攻撃を行おうとする巨人に向けて、ひたすら威嚇射撃を繰り返す。
悠はそんな白藤の言葉に溜息を漏らしながら、しかし彼女のおかげで辛うじて攻撃を受け流していく。
「巨人、か……流石に、大きいな」
朱華(ka0841)もまた、攪乱を試みていた。足を止めず回避に専念し、すれ違いざまに装甲の隙間を刀でなぞっていく。
巨人はその体の大きさからか、朱華の姿をなかなか捉えられない。
「火線を集中させます!」
Jは前衛から十メートル離れ、射撃位置を確保する。そして進路上に現れた巨人に向けて、的確に射撃を浴びせかける。
巨人といえど人型である以上、感覚器などの急所は上半身に集中している。スケールの違いがあるとはいえ、見ない攻撃を嫌がるのは道理だ。
後衛にて支援を行うハンター達のおかげで、前衛は多少のダメージは蓄積されるものの比較的楽に巨人の壁を突破することに成功する。
――しかし、その後に待つ相手のことを考えると、とても楽観できるものではない。
「……全く、いつになったらあの砦を陥落できるんだろうねぇ」
目の前に迫ったハンター達を睥睨して、ヤクシーが向き直る。
巨体も相まって、途轍もない威圧感だ。ヤクシーが身じろぎするだけで、大気すらおののくような錯覚を受ける。
「面倒だ、まとめて叩き潰してやる。ま、あたいの前に立った自分を恨みな」
ヤクシーが、俄に腰を落とした。
「……神代さん」
「……ええ、行きましょう」
椿姫・T・ノーチェ(ka1225)と誠一は、少ない言葉と視線だけで互いの意図を察しいち早く動き出した。
「あれに固執して、背後の巨人を忘れないように! 傷を負った者は、すぐに声を掛けてくれ!」
アリオーシュ・アルセイデス(ka3164)は借り受けた軍馬を駆り、全員に声を掛けた。
「神代さん……貴方の刃と意思が、皆の希望となりますように」
そして、アリオ―シュはヤクシーに向かう誠一の剣に光を宿す。
「おかえりとただいまを言う為に……私は戦いますっ」
覚醒した時だけは、彼女は自分の声で気持ちを伝えることが出来る。メイ=ロザリンド(ka3394)は喉を震わせ、迎撃体勢に入ったヤクシーに光の弾を放った。
「小賢しいねえ、小さい奴らは!」
無数の銃撃に加え、飛来した光球がその巨体の側で炸裂する。撒き散らされた光に、ヤクシーはほんの僅か、目を伏せた。
「今だ……っ!」
メイを守るように前に出て、桃李の銃撃がヤクシーの足を撃つ。骨のような鎧に隙間は多い。幾度も攻撃を仕掛ければ、隙間を縫うことは難しくなかった。
同じく銃を構えたJが狙うのは、ヤクシーを守る巨人達だ。折角の好機を邪魔される訳にはいかない。近づこうとする巨人に向けて攻撃し、ヤクシーの孤立化を狙う。朱華もまた巨人達の足下を駆け抜けながら、その注意を散らすべく刀を振るう。
……だが、巨人の数はこちらよりも多く、確実に手数は足りていない。初撃の優位が失われれば、たちまち袋叩きにされるだろう。
だからこそ、ヴァイスは不敵な笑みを浮かべ、敢えてヤクシーの前に躍り出た。
「悪いが、あんたには死のダンスを踊ってもらうぜ……Shall We Dance?」
両手で構えた鋸が、凶悪な音を上げる。
「あん? しゃる?」
ヴァイスの言葉に、ヤクシーが怪訝な表情を浮かべる。そしてそれは、ほんの一瞬であろうと隙に他ならない。
「少しでも、皆の力に……!」
メイの放った光球が再び炸裂し、ヤクシーの視界を遮る。
「……っ、同じ手を!」
こちらの動く気配を察したのか、横薙ぎに大鎌が振るわれた。凶音を伴うその一撃は、触れればいとも容易く命を刈り取る。
しかし、それも直撃を受ければの話だ。
ウィンス、リカルド、誠一は、咄嗟に地面を転がって鎌を回避する。頭上を過ぎる暴風に意識を揺さぶられながら、それでもハンター達はヤクシーへと殺到した。
ヤクシーの背後へ、三人が飛び込んでいく。慌ててそれに気付いた周りの巨人達が武器を振り上げる。
「彼らの邪魔は、させませんよ!」
「椿姫も、あんま無茶せんといてな。ほーれ死神、出番やで!」
それを妨害するのは、後衛を勤めるハンター達だ。的確な射撃は、巨人の攻撃を狂わせる。
「だから、誰が死神ですか……」
「何、死神なんて格好いいじゃねえか。羨ましいぜ」
悠とヴァイスは、通り過ぎた鎌の軌跡を追うように、ヤクシーの懐へと飛び込んでいた。
「折角の美人、見え易くしてもらいましょうか!」
ヤクシーの軸足、その膝頭の外側に向けて、力の限り踏み込んで、振り上げた大斧を力の限り振り下ろす。単純だが強烈な一撃だ。ズドン、と重い衝撃が、ヤクシーを揺さぶる。
「おまけだ、食らっとけ!」
ヴァイスの鋸も、がりがりと嫌な音を立ててヤクシーの骨のような鎧ごと足を切り裂く。
「がぁっ!」
ヤクシーが吠える。瞳はぎょろりと二人を見据え――ごっ、と風を切って軸足の反対から恐ろしい速度で蹴りが放たれた。
「いいねぇ、狙いどお――」
ヴァイスはそれを躱そうとしない。敢えて動かず、最後まで迫る足先を見据えていた。
ヤクシーの意識は、完全に前を向いた。取り巻きの巨人も、多くが支援によって抑えられている。
「通りすがりの虫けらだ。踏みつぶしてみな」
ウィンスの一振りは、ヤクシーのアキレス腱付近を切り裂く。
「膝と足首だ、満足に鎌は振れねえだろうよ」
次いでリカルドの刀も、同じくアキレス腱に突き立てられた。
「次から、次へと……っ!」
軸足を一方的に狙われ、振り向こうとしたヤクシーが体勢を崩す。
そして、それこそが、対ヤクシー戦において、皆が狙っていたことだった。真正面から戦って、倒せるなどとは思っていない。
「侮り、過ぎですよ!」
誠一は、完全にヤクシーの背後へと回った。巨人の攻撃も、このひとときだけは途切れている。
光の宿る刃を手に、誠一は思いきり地面を蹴った。
全ての布石は実を結び――小さな刃は、一矢となる。
防御の薄い膝の裏を、誠一の剣は大きく切り裂いた。
がくんと、ヤクシーの体が傾ぐ。巨人達のざわめきが一層大きくなった。
「よし、これで――」
誰かが、ほっと明るい声を上げた時だった。
全員が、違和感に気付く。周囲を見渡す。取り巻きの巨人達が、じりじりと後ずさりを始めている。
「……ああ。このままだと、あたいは死ぬなぁ。くく、そうか、死ぬのかぁ」
片足の下に血の海を作りながら、ヤクシーの声が嫌に不気味に響き渡る。
「くく、ふくくく……」
「……っ、た、退却! 全員、撤退!」
背筋を上る悪寒に、桃李は咄嗟に銅鑼を叩いていた。幾重にも重なる重低音が、遠く山にまで響く。
撤退の合図だ。ハンター達は、急いで巨人達の包囲網の穴を探し。
「……死ぬわきゃ、ねえだろうがぁっ!」
大鎌が、ヤクシーの周囲全てをまとめて吹き飛ばしていた。
音など置き去りにして、衝撃波にまで昇華した斬撃が、辺りを薙ぎ払う。仲間であるはずの巨人達ですら、その対象外ではない。
「虫けらがっ、虫けら共がっ! 調子に乗ってんじゃねえぞこらぁっ!」
鬼の形相へと変貌したヤクシーの強大な咆哮が、冗談ではなく大気を揺らす。
「撤退! 撤退だ!」
銅鑼が狂ったように鳴り響く。動けるハンター達は軍馬の元へと駈け寄ろうとする。
「逃がすとでも、思ってんのかぁっ!」
膝がおかしな方向へ曲がろうと、ヤクシーは片足で地面を蹴る。振り下ろされた大鎌は隕石の如く、地表はめくれ上がりクレーターを穿つ。
「行け! 此処は引くべきだ!」
「負傷者の回収を! 早く!」
朱華やJが殿となり、負傷者を抱えたハンター達はひたすらヤクシーから距離をとる。しかし銃弾如きでは、怒り狂うヤクシーを少しも止めることは出来ない。
「一人残らず、すり潰してやんよぉ!」
「……く!」
朱華は咄嗟に、Jを庇っていた。攻めを捨て、守りに全てを集中し。しかしそれでも、大鎌は彼の意識を奪い取るに充分だった。
「くっはっはっは! くそ下らねえ仲間意識ってやつか! いくら庇っても、ぜぇんぶ、ぶち壊してやるけどなぁ!」
愉快そうに大きく表情を歪め、なおもヤクシーは止まらない。逃げるハンター達に向けて、大きく鎌を振り上げる。
「おいおい、やべえことになってんじゃねえの!」
「良くやった、君達は人類の誇りだよ!」
駆けつけたシュタークとヴィルヘルミナの二人がかりで、振り下ろされた刃は止められていた。ぎりぎりと三つの刃が交差し、異音を奏でる。
「私達で時間を稼ぐ! 早くここから離れるんだ!」
「虫けらが、いくら増えたところで!」
ハンター達は礼を言う暇もなく、唇を噛んで二人に背を向けた。
瀕死の重傷を負った者は少なくない。最早一刻も早く安全な場所へと向かうしか、選択肢は残されていなかった。
●
「ガエル! 何で止めたっ!」
怒りのままに振り下ろされたヤクシーの拳を、ガエルは冷静にひらりと躱す。
「何、逃げる背に刃を向けるなど、英雄のすることではないからな。それに、気になることもある」
「くそが! 相変わらず意味の分からないことを……!」
怠惰の軍勢は、撤退するハンター達を追おうとしなかった。その理由の一つが、ガエルの感じた違和感だ。
「……追い詰められた鼠が、捨て身で牙を剥かない理由か」
ふて腐れて座り込むヤクシーに背を向けて、ガエルは遠く砦の方角に目を向ける。
砦における人類の駆逐は、揺るぎない事象のはずだった。
作戦は既に三日目の朝を迎えていた。砦の防衛は上手くいっているらしく、未だに怠惰の軍勢は攻め倦ねているようだ。
遠く砦を望むジグウ連山に潜伏した帝国軍とハンターの混成部隊は、眼下に怠惰の指揮官と見られるヤクシー、そして災厄の十三魔の一体であるガエル・ソトを側面から観測できる崖上に陣取ることに成功していた。
巨人達の警戒は薄い。少数精鋭とはいえ、一つの部隊が間近に迫っていることにも気づいていないようだ。それも、怠惰の怠惰たる所以なのだろうか。
「うーむ、中々いい感じだが……よし、もう少し髪をウネウネさせよう」 「うっはっは、似てる似てる。こりゃ、あたしでも間違えそうだ」
「ふふ、君はもう少し、私に興味を持ち給え。ちょっと悲しくなるぞ」
そんな緊迫した状況の中、黄金の鎧を纏った帝国皇帝ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)と、巨躯を誇る帝国軍第二師団長シュターク・シュタークスン(kz0075)の声は楽しげだ。ヴィルヘルミナの影武者を買って出たCharlotte・V・K(ka0468)による扮装のディテールに余念が無い。
鎧や外套を塗装し、髪を染めウネウネさせ……戦場で出来ることなど限られているが、ヴィルヘルミナの手伝いもあってか遠目から誤魔化せる程度の出来は確保できた。
「私の代わりを務めようというのだ。存分に、奴らを欺いてやるといい」
最後に、ヴィルヘルミナはにやりと微笑んでCharlotteの肩を叩いた。
●
砦を攻める怠惰の軍勢。その中核にダメージを与えることで、士気を削ぎ足並みを崩す。
後に控える撤退戦の成否を左右する、重要な作戦だ。
強大な敵は二体。それを前に、ハンター達は部隊を二つに分けることにした。
囮と強襲。
皇帝に扮したCharlotteを餌に敵を引きつけ、出来た隙間に半ば捨て身の攻撃を叩き込む。そして短時間で敵の指揮官に打撃を与えるだけ与え、一息に離脱するのだ。
時間との勝負にして、最も危険な場所へと自ら飛び込んでいく無謀に近い作戦だった。
「……必ずや、この作戦を成功させよう」
敵に知性がある以上、狙われるのは最も重要な人物――すなわち、帝国皇帝に他ならない。そんな皇帝が最も前線に出向いているというのもおかしな話だが、奇襲という優位性に加えてそこに人類側の大将の一人が存在するとなれば、攪乱としてはこれ以上無い効果をもたらすだろう。
だが、その効果の代償として、皇帝の身は当然危険に晒されることになる。
その為の影武者だ。
Charlotteは大きな重圧の中、赤い髪を風に靡かせる。金色の鎧を纏い、仲間達の前に立つ。威風堂々と、様々な決意に敬意を表し、力強い瞳で眼下の軍勢を睨み付ける。 「私じゃ頼りないかもだけど……邪魔はしないわ。だから、守らせてね!」
凜々しく前を見つめるCharlotteの横に立ち、慈姑 ぽえむ(ka3243)は同じく前を見る。彼女を苛んでいた緊張は、自ら死地へと飛び込まんとするヴィルヘルミナやCharlotteへの憧れに掻き消されていた。
「皇帝陛下が前線に立つというのは、何だか好感が持てますね」
「ま、だからこそ多くの奴らが騎士皇を慕うんだろうな。国のトップが最前線……無茶なのは間違いねえが」
少し離れた場所で外套を頭の先から被っているヴィルヘルミナを横目に、水城もなか(ka3532)は感心の声を上げ、ヴァイス(ka0364)はため息混じりに失笑した。
「これを合図に全員撤退。そこだけは間違えないようにね」
草薙 桃李(ka3665)は共に潜伏する第二師団より、銅鑼を借り受けた。
無理な深追いをしないための措置だ。いくら作戦が成功しても、そこに犠牲者が出てしまえば完全な成功とは言えない。
「さて、ジャイアントキリングと洒落こみましょう!」
「……ああ、往くとしよう、か」
刻崎 藤乃(ka3829)は鼻息荒く、今か今かと七色の刃を落ち着きなく構えている。オウカ・レンヴォルト(ka0301)は静かにヴィルヘルミナとCharlotteの合間に立ち、手にした拳銃の調子を確かめた。
準備は整った。ハンター達はもとより、少数精鋭の帝国軍人達も、号令を待ちわびている。
「勇敢なる戦士達よ」
静かに、しかし力強いヴィルヘルミナの声が響く。
「我ら人類の恐ろしさを、あの無粋なる者共に見せつけてやろう。ただし、死ぬことは私が許さん。皆生きて帰り、自らの武勇伝を、自らの言葉で語り継ごうではないか」
マギア砦を巡る死闘の一つが、静かに幕を開けた。
●
傾斜を駆け下りる一同は、怠惰軍の側面を突く。
歩くことすら面倒そうに地面に腰を下ろした巨人達が、また面倒そうにゆっくりと顔を上げた。
「全軍! 突撃ぃっ!」
Charlotteの声がジグウ連山に木霊する。その声と、連続する無数の足音と馬蹄の鳴らす地響きの合唱を耳にした巨人は、慌てて戦闘体勢に入った。
しかし、その狼狽こそが奇襲に嵌っている証だ。
崖を下りながら放たれた無数の銃撃が、巨人達を襲う。敵は遠距離攻撃を持っていない。一方的な攻撃に、足並みは乱れる。
「落ち着きなバカ共!」
いち早く体勢を立て直したのは、一際目立つ大鎌を携えた女巨人――ヤクシーだ。その一喝に、周りの巨人がびくりと肩を震わせる。
「ほう、金の鎧とは。音に聞く帝国皇帝のお出ましというわけか」
ヤクシーの隣に立っているのは、ガエルとその配下のゾンビ達だ。ガエルは目聡くCharlotteの姿を見つけると、尊大な笑みを浮かべる。
「英雄たるもの、挑戦は受けねばなるまいな。あれは私に任せよ――全軍、戦闘準備っ!」
ガエルとその配下達が、一斉に腰の軍刀を引き抜く。
「ああ、やってくれるってなら任せるよ。しかし、奇襲ってのはまた面倒だねえ」
ヤクシーもまた、大鎌を振り上げた。その動作だけで風が逆巻く。
その圧倒的な迫力の前にも、ハンター達は一つも怯むことはない。最前線、Charlotte含む囮部隊が巨人とぶつかる。
戦いはまだ、始まったばかりだ。
●
囮部隊の役割は、ヤクシーへの強襲を成功させるための時間稼ぎ。そして、襲い来る怠惰の軍勢とガエル・ソトの部隊から、ヴィルヘルミナを守ることだ。
「皆、気を引き締めろ! 人類に勝利を!」
後方からのCharlotteの声と共に、ハンター達は武器を構える。彼女の側では、外套を被ったヴィルヘルミナが合わせの隙間から不自然にならぬよう剣を覗かせていた。
「デカイだけじゃ、俺らは倒せねえぞ!」
囮を狙い振り下ろされた斧を、アーサー・ホーガン(ka0471)は受け流す。腕を伝う衝撃は尋常なものではない。しかしアーサーは腕の痺れを無理矢理に無視し、攻撃の隙を狙って手裏剣を投げ放つ。
手裏剣は巨人の指を裂き、巨大な悲鳴を上げさせた。
更にその隙を突いて、オウカともなかの銃撃が加えられる。
「皮が厚かろうと……ここならどう、だ?」
「巨人が相手なら、まだいいのですけど……」
銃弾は巨人の目や口に撃ち込まれていく。
「ジャイアント! キリング! ですわ!」
重ねて藤乃もグレイブを振るう。
とはいえ巨人も、そのまま黙ってはいない。顔を襲う攻撃を手の平で遮りながら、空いた腕を振り回す。
「……させない。皆、守ってみせる!」
適当に繰り出された一撃ながら、そのリーチは辺りを軽く薙ぎ払う。その腕を、エリー・ローウェル(ka2576)は大剣の腹で受け止めた。
堅守を使っても意識を持って行かれそうな衝撃が襲う。
しかし次の瞬間に、巨人は膝を着いていた。
「護るよりも斬る方が得意なんでねぇ」
側面に回っていたヒース・R・ウォーカー(ka0145)の斬撃が、骨のような鎧の隙間を縫って巨人の体を斬り裂いていたのだ。
地響きと悲鳴を伴い、巨人が体勢を大きく崩す。ヒースはそのままとどめを刺そうと、巨人の首元に刃を向けて――
「中々やるではないか。――だが、英雄には程遠い」
飛来し炸裂した漆黒の矢によって、弾き飛ばされていた。
「死角を突いたとて倒しきれぬとは情けない。近頃のリアルブルーには、腑抜けしかおらぬと見える」
「……ふん、お前だってボクを殺せてないじゃないか」
地面を転がったヒースが、皮肉げな笑みを浮かべる。
「ひ、ヒースさん!」
慌ててぽえむがヒールを施す。
「ほう、この手を俗人の血で汚せと? まさに滑稽な意見だ。私の手を汚させたければ、それに足る品格というものを身につけ給えよ」
「何言ってんのか分かんねえよ、自称英雄!」
「全くですわ。……でも、皇帝陛下を狙うというのならば、お相手せざるを得ませんわね?」
そこに盾を構えて叫ぶのは、リュー・グランフェスト(ka2419)だ。神代 誠一(ka2086)ら強襲部隊の動向を見て、駆けつけていた。
藤乃とリューが、Charlotteを護るように立つ。
「……哀れむに値する知性だ」
ガエルはこれ見よがしにため息をつく。そして勢いよくその腕を振り上げれば、背後に控えていた軍服を纏った十体余りのゾンビ達が、一斉に前に出た。更にはその後ろに、数体の巨人まで控えている。
「しかし私も英雄として、貴様らにチャンスを与えよう。――命を以て、英雄の一端でも理解できると良いな」
ガエルが上げた手を振り下ろした。
「ちっ、数が多い……!」
横一列に整然と並んだゾンビは、こちらを包囲しようと統制のとれた動きで半円を描き――示し合わせた動きで軍刀を手に突撃を繰り出す。
「……同じ連合に属する軍人として、あなたを軽蔑します」
迫るゾンビを拳銃で牽制しながら、もなかはガエルを睨む。
「軽蔑とは……自らが上に立っていると錯覚する、それも俗人の特権であるな」
それを受け、ガエルは失笑する。その目は、檻の向こうの猿を見るが如く。
「問答は、無駄みたいだねぇ。なら、立ち塞がる敵全てを、この手で斬る」
ゾンビの動きは鋭い。しかし、捉えられないほどでは無い。
ハンター達はゾンビと斬り結ぶ。振り下ろされる軍刀を避け、受け流し、時に鍔迫り合いになりながら、数を削っていく。
「こんなゾンビなんざ率いて、英雄が聞いて呆れるぜ。お前を誰が認めてんだよ、人殺し」
燃える刃でゾンビの銅を薙ぎ、リューはガエルに言葉を浴びせる。
「万を殺せば英雄、とでも言うか?」
「さて、私に貴様と会話する義理も無いのだが……万を殺せば、ふむ、それもまた一つだろうな」
その答えに、リューは鼻を鳴らした。
「底が浅ぇよ」
「貴様こそ、誰かに認められた者が英雄だ、とでも言うつもりか?」
――そこで、ガエルの姿が視界より消えた。
「……っ! 全員、周囲を警戒――」
Charlotteが声を上げ――気づく。ガエルは、Charlotteの目の前に立っていた。
認識の隙間を突いた、素早い動き。知覚が遅れ、一瞬、姿を見失う。
「否!」
ガエルは見下すように目を細め、高らかに声を上げる。
「い、いつの間に……! ち、近寄らないで!」
咄嗟に、ぽえむはガエルを盾で殴り飛ばそうとする。だがガエルはぽえむに目も向けず――軍刀の一刀で以て叩き切った。鮮血が舞い、ぽえむは崩れ落ちる。
「英雄とは、自らの行動によって!」
「……きゃぁ!」
次いで壁になったエリーもまた、撫でるような一撃で大きく吹き飛ぶ。
「そうは、させん……!」
強烈な電撃を纏ったオウカの刀が振るわれるも、
「意図的に!」
刃を軽く掴み取られ、逆に致命的な反撃を食らってしまう。
反対から背後から、同時にヒース、藤乃が斬り掛かるも、ついでの如くガエルの軍刀は翻り――あっさりと、二人は血の海に沈んだ。
「生み堕とされるものだ」
そして、ガエルの手がCharlotteの首元へと伸びる。
「ぐぁっ……!」
強大な膂力が、片腕で彼女を宙に吊り下げた。
「ふむ。帝国皇帝というのは、これほど弱いのか?」
苦し紛れにCharlotteの放った銃弾も、ガエルには通用しない。みしりと、頸椎が嫌な音を立てる。
「いや、これは……く、ふははは!」
「離しやがれ!」
マテリアルを込め、アーサーが大きく武器を振り回す。
ズドン、と重い音が響いた。
だが、ガエルは微動だにしない。お返しにと振るわれたガエルの刀が、アーサーの腹部に深く突き刺さった。
「まさか私が一杯食わされるとはな! 身を挺すとは、中々に英雄的な行動ではないか!」
「が、ふ……っ」
大きく楽しげな笑い声を響かせ、ガエルはCharlotteを人形か何かのように放り投げる。
「――おめでとう。貴様らは、英雄たる私の礎となることが決まった。英雄にはなれずとも、英霊とはなれようぞ」
大量の負のマテリアルが、ガエルから迸った。ヴィルヘルミナを背に、リューともなかは背筋を震わせ、瀕死の者は朦朧とした意識の中で死を覚悟する。
しかし次の瞬間、
「バレるまで隠れていてくれ、という約束だったな」
外套を脱ぎ捨てたヴィルヘルミナの一撃が、ガエルにたたらを踏ませた。
「……そこにいたか、英雄を騙そうとは小賢しい」
一転して、ガエルの表情は険しくなる。
両者の間に緊迫した空気が流れ――離れた場所で、銅鑼の音が大きく轟いた。
●
少し時間を遡り――強襲部隊は、巨人達の厚い壁に阻まれていた。
二十体以上の巨人がヤクシーを囲んでいる。砦を襲った怠惰の中でも、特に大きな巨人達だ。指揮官を守る精鋭といったところだろう。
足下を抜けようにも、その瞬間に幾つもの攻撃が飛んでくる。迂闊に飛び込めない状態だった。
「……ガエルが、囮に食いついたようです」
「うっし、あたしの出番だな」
無線で情報を得たJ(ka3142)の言葉に、シュタークは膨大なオーラを纏う。
ガエルとヤクシーを完全に分断した今こそ、最大のチャンスだ。
「タイミングは短いぞ、準備はいいな?」
「ふん、上等だ」
「……勝てる気はしないが、死に物狂いで行かせてもらおう」
ウィンス・デイランダール(ka0039)、リカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)を筆頭に、全員が強く頷く。
それを見届け、シュタークは地面を蹴った。強烈な蹴り足は地面を砕き、砲弾のように巨躯が撃ち出される。
一瞬にして、シュタークは巨人の一体へと肉薄する。そして翻った大剣に無数の斬撃を浴びせられた巨人は悲鳴を上げ、仲間を巻き込んで転倒し、場に漂っていた拮抗を崩していく。
「今だ!」
ヴァイスが叫ぶ。なだれ込むように、ハンター達は慌てふためく巨人達の足下に飛び込んでいった。
巨人達の注意が逸れたのは一瞬だ。つまり、復帰も早い。 気付いた巨人の攻撃が、ハンター達を襲う。巨大な斧が、剣が、ハンマーが――精鋭らしく金属製の良質な武器を持った個体だらけだ。まともに攻撃を受ければ、只では済まないだろう。
「きりきり働きぃよ死神ぃ!」
「全く……誰が死神ですか誰が……」
それ故に、後衛からの援護が不可欠だ。鹿東 悠(ka0725)へと煽り文句を放りながら、白藤(ka3768)は攻撃を行おうとする巨人に向けて、ひたすら威嚇射撃を繰り返す。
悠はそんな白藤の言葉に溜息を漏らしながら、しかし彼女のおかげで辛うじて攻撃を受け流していく。
「巨人、か……流石に、大きいな」
朱華(ka0841)もまた、攪乱を試みていた。足を止めず回避に専念し、すれ違いざまに装甲の隙間を刀でなぞっていく。
巨人はその体の大きさからか、朱華の姿をなかなか捉えられない。
「火線を集中させます!」
Jは前衛から十メートル離れ、射撃位置を確保する。そして進路上に現れた巨人に向けて、的確に射撃を浴びせかける。
巨人といえど人型である以上、感覚器などの急所は上半身に集中している。スケールの違いがあるとはいえ、見ない攻撃を嫌がるのは道理だ。
後衛にて支援を行うハンター達のおかげで、前衛は多少のダメージは蓄積されるものの比較的楽に巨人の壁を突破することに成功する。
――しかし、その後に待つ相手のことを考えると、とても楽観できるものではない。
「……全く、いつになったらあの砦を陥落できるんだろうねぇ」
目の前に迫ったハンター達を睥睨して、ヤクシーが向き直る。
巨体も相まって、途轍もない威圧感だ。ヤクシーが身じろぎするだけで、大気すらおののくような錯覚を受ける。
「面倒だ、まとめて叩き潰してやる。ま、あたいの前に立った自分を恨みな」
ヤクシーが、俄に腰を落とした。
「……神代さん」
「……ええ、行きましょう」
椿姫・T・ノーチェ(ka1225)と誠一は、少ない言葉と視線だけで互いの意図を察しいち早く動き出した。
「あれに固執して、背後の巨人を忘れないように! 傷を負った者は、すぐに声を掛けてくれ!」
アリオーシュ・アルセイデス(ka3164)は借り受けた軍馬を駆り、全員に声を掛けた。
「神代さん……貴方の刃と意思が、皆の希望となりますように」
そして、アリオ―シュはヤクシーに向かう誠一の剣に光を宿す。
「おかえりとただいまを言う為に……私は戦いますっ」
覚醒した時だけは、彼女は自分の声で気持ちを伝えることが出来る。メイ=ロザリンド(ka3394)は喉を震わせ、迎撃体勢に入ったヤクシーに光の弾を放った。
「小賢しいねえ、小さい奴らは!」
無数の銃撃に加え、飛来した光球がその巨体の側で炸裂する。撒き散らされた光に、ヤクシーはほんの僅か、目を伏せた。
「今だ……っ!」
メイを守るように前に出て、桃李の銃撃がヤクシーの足を撃つ。骨のような鎧に隙間は多い。幾度も攻撃を仕掛ければ、隙間を縫うことは難しくなかった。
同じく銃を構えたJが狙うのは、ヤクシーを守る巨人達だ。折角の好機を邪魔される訳にはいかない。近づこうとする巨人に向けて攻撃し、ヤクシーの孤立化を狙う。朱華もまた巨人達の足下を駆け抜けながら、その注意を散らすべく刀を振るう。
……だが、巨人の数はこちらよりも多く、確実に手数は足りていない。初撃の優位が失われれば、たちまち袋叩きにされるだろう。
だからこそ、ヴァイスは不敵な笑みを浮かべ、敢えてヤクシーの前に躍り出た。
「悪いが、あんたには死のダンスを踊ってもらうぜ……Shall We Dance?」
両手で構えた鋸が、凶悪な音を上げる。
「あん? しゃる?」
ヴァイスの言葉に、ヤクシーが怪訝な表情を浮かべる。そしてそれは、ほんの一瞬であろうと隙に他ならない。
「少しでも、皆の力に……!」
メイの放った光球が再び炸裂し、ヤクシーの視界を遮る。
「……っ、同じ手を!」
こちらの動く気配を察したのか、横薙ぎに大鎌が振るわれた。凶音を伴うその一撃は、触れればいとも容易く命を刈り取る。
しかし、それも直撃を受ければの話だ。
ウィンス、リカルド、誠一は、咄嗟に地面を転がって鎌を回避する。頭上を過ぎる暴風に意識を揺さぶられながら、それでもハンター達はヤクシーへと殺到した。
ヤクシーの背後へ、三人が飛び込んでいく。慌ててそれに気付いた周りの巨人達が武器を振り上げる。
「彼らの邪魔は、させませんよ!」
「椿姫も、あんま無茶せんといてな。ほーれ死神、出番やで!」
それを妨害するのは、後衛を勤めるハンター達だ。的確な射撃は、巨人の攻撃を狂わせる。
「だから、誰が死神ですか……」
「何、死神なんて格好いいじゃねえか。羨ましいぜ」
悠とヴァイスは、通り過ぎた鎌の軌跡を追うように、ヤクシーの懐へと飛び込んでいた。
「折角の美人、見え易くしてもらいましょうか!」
ヤクシーの軸足、その膝頭の外側に向けて、力の限り踏み込んで、振り上げた大斧を力の限り振り下ろす。単純だが強烈な一撃だ。ズドン、と重い衝撃が、ヤクシーを揺さぶる。
「おまけだ、食らっとけ!」
ヴァイスの鋸も、がりがりと嫌な音を立ててヤクシーの骨のような鎧ごと足を切り裂く。
「がぁっ!」
ヤクシーが吠える。瞳はぎょろりと二人を見据え――ごっ、と風を切って軸足の反対から恐ろしい速度で蹴りが放たれた。
「いいねぇ、狙いどお――」
ヴァイスはそれを躱そうとしない。敢えて動かず、最後まで迫る足先を見据えていた。
ヤクシーの意識は、完全に前を向いた。取り巻きの巨人も、多くが支援によって抑えられている。
「通りすがりの虫けらだ。踏みつぶしてみな」
ウィンスの一振りは、ヤクシーのアキレス腱付近を切り裂く。
「膝と足首だ、満足に鎌は振れねえだろうよ」
次いでリカルドの刀も、同じくアキレス腱に突き立てられた。
「次から、次へと……っ!」
軸足を一方的に狙われ、振り向こうとしたヤクシーが体勢を崩す。
そして、それこそが、対ヤクシー戦において、皆が狙っていたことだった。真正面から戦って、倒せるなどとは思っていない。
「侮り、過ぎですよ!」
誠一は、完全にヤクシーの背後へと回った。巨人の攻撃も、このひとときだけは途切れている。
光の宿る刃を手に、誠一は思いきり地面を蹴った。
全ての布石は実を結び――小さな刃は、一矢となる。
防御の薄い膝の裏を、誠一の剣は大きく切り裂いた。
がくんと、ヤクシーの体が傾ぐ。巨人達のざわめきが一層大きくなった。
「よし、これで――」
誰かが、ほっと明るい声を上げた時だった。
全員が、違和感に気付く。周囲を見渡す。取り巻きの巨人達が、じりじりと後ずさりを始めている。
「……ああ。このままだと、あたいは死ぬなぁ。くく、そうか、死ぬのかぁ」
片足の下に血の海を作りながら、ヤクシーの声が嫌に不気味に響き渡る。
「くく、ふくくく……」
「……っ、た、退却! 全員、撤退!」
背筋を上る悪寒に、桃李は咄嗟に銅鑼を叩いていた。幾重にも重なる重低音が、遠く山にまで響く。
撤退の合図だ。ハンター達は、急いで巨人達の包囲網の穴を探し。
「……死ぬわきゃ、ねえだろうがぁっ!」
大鎌が、ヤクシーの周囲全てをまとめて吹き飛ばしていた。
音など置き去りにして、衝撃波にまで昇華した斬撃が、辺りを薙ぎ払う。仲間であるはずの巨人達ですら、その対象外ではない。
「虫けらがっ、虫けら共がっ! 調子に乗ってんじゃねえぞこらぁっ!」
鬼の形相へと変貌したヤクシーの強大な咆哮が、冗談ではなく大気を揺らす。
「撤退! 撤退だ!」
銅鑼が狂ったように鳴り響く。動けるハンター達は軍馬の元へと駈け寄ろうとする。
「逃がすとでも、思ってんのかぁっ!」
膝がおかしな方向へ曲がろうと、ヤクシーは片足で地面を蹴る。振り下ろされた大鎌は隕石の如く、地表はめくれ上がりクレーターを穿つ。
「行け! 此処は引くべきだ!」
「負傷者の回収を! 早く!」
朱華やJが殿となり、負傷者を抱えたハンター達はひたすらヤクシーから距離をとる。しかし銃弾如きでは、怒り狂うヤクシーを少しも止めることは出来ない。
「一人残らず、すり潰してやんよぉ!」
「……く!」
朱華は咄嗟に、Jを庇っていた。攻めを捨て、守りに全てを集中し。しかしそれでも、大鎌は彼の意識を奪い取るに充分だった。
「くっはっはっは! くそ下らねえ仲間意識ってやつか! いくら庇っても、ぜぇんぶ、ぶち壊してやるけどなぁ!」
愉快そうに大きく表情を歪め、なおもヤクシーは止まらない。逃げるハンター達に向けて、大きく鎌を振り上げる。
「おいおい、やべえことになってんじゃねえの!」
「良くやった、君達は人類の誇りだよ!」
駆けつけたシュタークとヴィルヘルミナの二人がかりで、振り下ろされた刃は止められていた。ぎりぎりと三つの刃が交差し、異音を奏でる。
「私達で時間を稼ぐ! 早くここから離れるんだ!」
「虫けらが、いくら増えたところで!」
ハンター達は礼を言う暇もなく、唇を噛んで二人に背を向けた。
瀕死の重傷を負った者は少なくない。最早一刻も早く安全な場所へと向かうしか、選択肢は残されていなかった。
●
「ガエル! 何で止めたっ!」
怒りのままに振り下ろされたヤクシーの拳を、ガエルは冷静にひらりと躱す。
「何、逃げる背に刃を向けるなど、英雄のすることではないからな。それに、気になることもある」
「くそが! 相変わらず意味の分からないことを……!」
怠惰の軍勢は、撤退するハンター達を追おうとしなかった。その理由の一つが、ガエルの感じた違和感だ。
「……追い詰められた鼠が、捨て身で牙を剥かない理由か」
ふて腐れて座り込むヤクシーに背を向けて、ガエルは遠く砦の方角に目を向ける。
砦における人類の駆逐は、揺るぎない事象のはずだった。
リプレイ拍手
T谷 | 1人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!