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(ka0000)
グランドシナリオ【不動】マギア砦籠城戦


▼【不動】グランドシナリオ「マギア砦籠城戦」▼(1/28?2/18)
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作戦2:マギア砦防衛 リプレイ
- シガレット=ウナギパイ
(ka2884) - 櫻井 悠貴
(ka0872) - Jyu=Bee
(ka1681) - 三日月 壱
(ka0244) - リーリア・バックフィード
(ka0873) - ヴィルマ・ネーベル
(ka2549) - ガルドブルム
- リンカ・エルネージュ
(ka1840) - リリティア・オルベール
(ka3054) - 桜庭 あかり
(ka0326) - エヴァンス・カルヴィ
(ka0639) - エリシャ・カンナヴィ
(ka0140) - ヴァルナ=エリゴス
(ka2651) - 久延毘 大二郎
(ka1771) - アルファス
(ka3312) - 紫月・海斗
(ka0788) - 八島 陽
(ka1442) - ユーリ・ヴァレンティヌス
(ka0239) - 星輝 Amhran
(ka0724) - アルビルダ=ティーチ
(ka0026) - Uisca Amhran
(ka0754) - 近衛 惣助
(ka0510) - レイオス・アクアウォーカー
(ka1990) - マッシュ・アクラシス
(ka0771) - 鹿島 雲雀
(ka3706) - ジル・ティフォージュ
(ka3873) - ユージーン・L・ローランド
(ka1810) - 走り 由良
(ka3268) - ユナイテル・キングスコート
(ka3458) - イチカ・ウルヴァナ
(ka4012) - エイル・メヌエット
(ka2807) - カルロ・カルカ
(ka1608)
●巨人粉砕
トロルの群れが朝日を浴びていた。
全高4メートル越えの体は無数の傷で覆われ、しかし既に自己治癒済み。傷のあるオーガはトロルの後ろを悠々と歩いている。
マギア砦の防壁で、シガレット=ウナギパイ(ka2884)が火の付いた煙草をくわえ敵勢を見下ろしている。
「怠惰誘引チームの連中、いい仕事してやがる」
火を消さずに煙草を放る。
巨人達がばらばらに走り始める。隊列どころかまとまりもなく、しかし数と重さと速度は砦ごと潰せそうなほど凄まじい。
煙草の火が防壁前の地面に落ちる。巨人の顔に野蛮な嘲笑が浮かぶ。
「こっちでも歓迎してやる。受け取れ」
シガレットは巨人群全てをあわせたより凶悪な笑みを浮かべ、拳銃を引き抜き高らかに宣言した。
予め地面に仕掛けられていた瓶入り火薬が火を吹く。爆発のエネルギーは割れた瓶とその外側の金属片にエネルギーを伝え、無数の礫が複数方向から歪虚前衛に襲いかかる。
トロルが膝から下を吹き飛ばされて無残に転がる。
下腹の肉をえぐり取られたオーガが両手で己の内臓を抑えようとして事切れる。
爆風を回避した巨人も無傷ではすまない。体の片面に多数の礫がめり込み、痛みが邪魔して本来の力が出せなくなる。
地獄絵図を前にしても櫻井 悠貴(ka0872)表情は崩れない。
冷静に魔導銃の狙いをつけて、6メートル級の巨人めがけて引き金を引いた。
攻撃を行ったのは悠貴だけではない。悠貴の銃弾が巨人の頬を砕き、同時に着弾した鉛玉が脇から背中に抜け、砦の端から飛来した矢が目に突き立つ。
一斉の攻撃に、前線指揮官であり、ロッソ漂着以前なら1体で防壁を崩せたかもしれないサイクロプスが、ほとんど何もできずに倒れて死んだ。
「なるべく、消耗を少なくなるように戦いましょう!」
これほどのことを為してこの台詞である。
歪虚達は憎悪に匹敵する恐怖を心に刻まれてしまい動きが鈍る。
前衛のトロルが盾となり比較的傷の浅かったオーガ達がじりじりと後退する。後退し続ける足が、地面の×印に触れてしまった。
「これぞエルフ新陰流兵法術ってね。じゃ、吹っ飛びなさい!!」
爆音とオーガの絶叫が重なる。Jyu=Bee(ka1681)は歓声をあげながら次の矢を放つ。
防壁の左右と砦内からも20を超える凶悪な矢弾が集中し、最も前にいた巨人を前線指揮官同様の末路をたどらせた。
が、巨人は未だ十と数体生き残っている。
歪虚達は横に列をつくり、最初とは比較にならない慎重さで前進を再開した。
数体討たれても半数は防壁を乗り越える。巨人達は考えの浅い頭でそう考えていた。
「敵前衛全てキルゾーン入り!」
三日月 壱(ka0244)が魔導銃で防戦しつつトランシーバーに吼える。
砦の各所から、大砲を動かす重々しい音が同時に聞こえ、途絶え、空気の壁を破る爆音が一斉に壁の外側へ押し寄せた。
マギア砦に配置された砲の射程は1キロに達する。
それが十数メートルから数十メートルの距離で発射したのだ。人間の数倍大きかろうが硬かろうが、低級の歪虚が耐え切れるわけがない。
体の破片が宙に舞う。体の一部を欠いた巨人が駄々っ子のように得物を振り回して自軍の被害を広げる。
「大砲は一旦後退! 来る!」
三日月は歪虚の悲鳴に負けない声でトランシーバー越しに指示を出す。
大砲は威力はあるとはいえただの鉄の塊でしか無く、当たらなかった巨人は戦闘力を保ってる。そのうちの半分は心を砕かれ呆然としているが、残る半分、具体的には3体が狂乱して防壁に向かって全力で駆け出した。
魔導銃を向けトロルの大口から喉奥を破壊する。シガレット達の銃撃も集中して数秒で削りきりこの世から退場させる。
次の一体は防壁に接触する瞬間まで減速せず、己の頭を破城槌として防壁にぶつけようとした。
Jyu=Beeが破城槌接触予定地に滑り込む。オートMURAMASAが唸り、オーガの太い首が消し飛び頭が明後日の方へ飛んでいった。
「そしてこれがエルフ新陰流……」
彼女の両手は関節の抜けと骨折が重なり酷いことになってしまっていた。
「負傷者はすぐに後退して!」
リーリア・バックフィード(ka0873)が容赦なく叱咤する。
消えゆく2体目を踏みつぶして3体目が自慢から跳躍する。
「通しません!」
シュテルンシュピースを巨人の喉元へめり込ませた。
当たった瞬間、リーリアの腕から足に巨人の重さと速さが伝わり、白い肌からは血が噴き出し足先が防壁にめり込んだ。
巨人の瞳に安堵に限りなく近い感情が浮かぶ。ようやく歪虚の知る戦いに引きずり込めた。安堵し、楽観し、そして首の半壊と引き替えにリーリアの槍から逃れ、防壁の上に着地した。
三日月は4体目以降を魔導銃で牽制中だ。そこへ襲いかかる3体目の拳を避けきれずに打撃を受け、血を吐きながらバランスを崩す。
巨人が牙を剥きだし倒れた三日月に噛みつこうとして、1本の矢を避けきれずに頸骨を砕かれ防壁の外へ転がり落ちた。
「長い、戦いになりますね……」
悠貴が弓を構えたまま防壁から見下ろす。
全てを決めるはずの初撃を逆に砕かれた歪虚が、体勢を整えるため後退を始めていた。
●十三魔
巨人はすっかり腰が引けていた。
既に火薬の罠も8割方使用済みでハンター側には最初ほどの戦力はないのに、巨人は存在しない凶悪罠を警戒し防壁を越えることすらできない。
「来たか」
ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は水色の瞳を空と陸の境に向けていた。
下界のことなど興味なさげに等速で、ドラゴンが緩やかな角度で高度を下げている。
「っ、いかん」
ドラゴンはハンター用の銃ではまず届かない距離にある丘に着陸し、防壁上の戦いをつまらなさそうに一瞥してから、丘全体を揺らす勢いで大気を吸い込んだ。
十三魔の周囲に陽炎が生じている。本気ブレスの万分の1以下の熱が漏れ、水分を蒸発させ大気を歪めているのだ。
「手隙の者はガルドブルムに向かえ!」
銅鑼をならす。1人でも多くの仲間に気づいてもらうためだ。
リンカ・エルネージュ(ka1840)が大砲にとりつきドラゴンに筒を向ける。
初めてガルドブルムがハンター個人を見、大砲に視線を移動させる。
つまならそうに鼻を鳴らしたように見えたのは、多分気のせいではない。
リンカが砲撃、ドラゴンはブレスの準備を継続したまま右の翼を一度だけ揺らした。無傷のトロルを何体も血煙に変えた砲弾が無造作にはたき落とされ地面に転がる。
ヴィルマが火矢を放つ。会心の出来なのにドラゴンは防ぐ気配も見せず、矢は鱗を割ることもできずに転がり落ちる。
『ガルドブルムは?』
通信機越しに聞こえた声に、仲間がつくった地図を思い出し座標を答えた。
それから数十秒。ドラゴンの周囲が乾ききり、城壁ごと燃やし尽くす熱線が解放される寸前に、通用門から出た【外敵】がガルドブルムの近くまで迫っていた。
「巨人に英雄に竜ですか……望むところですよ!!」
リリティア・オルベール(ka3054)の手にあるのは、全長2メートルを軽く超える超大型刀「天墜」。斬龍刀の名に恥じない威力を持つ逸品だ。
「お兄ちゃん、説得、できそう?」
桜庭 あかり(ka0326)が、同じく全力疾走中のエヴァンス・カルヴィ(ka0639)を見上げる。
「ブレスを防いで、ガルドブルムに話を聞く気にさせて、その後に説得だな」
器用に肩をすくめる。
それって無理ゲー、と言わないだけの優しさがあかりにはあった。
リリティアが限界まで速度を上げる。マテリアルが活性化し、瞳は真紅に、背には溢れたマテリアルが黒翼の形をとっている。
「ガルドブルム!」
ブレス発車寸前の、ハンターを見もしないドラゴンの脚に天墜を振り下ろす。
ガルドブルムは無意識に姿勢を微修正。このままではどんな名剣で竜鱗で受け流されてしまう。
リリティアは刃の向きをガルドブルムにあわせて修正し、力と速度が逃げない向きで斬龍刀を振り切った。
鱗も筋肉を切り裂いて、炎のごとき血が刃を染める。
ドラゴンの視線がリリティアを向く。
2撃目はガルドブルムによって防がれるが、この時点でリリティアは目的を達成していた。
「全部使って」
エリシャ・カンナヴィ(ka0140)が、両手に持った発煙筒全てに着火する。
桜庭 あかりもエリシャに倣う。
ガルドブルムの死角で大規模な煙がうまれ、リリティアに気をとられたドラゴンを飲み込んだ。
「リンカ、ヴィルマ! 火力支援用意! 準備でき次第撃て!」
十三魔の至近、体が触れ合っただけでも自重の差から即死しかねない場所で、エヴァンスが通信機越しに指示を出す。
『了解』
空気が急上昇する。
ドラゴンの頭があるはずの場所で、煙の奥からでも分かる輝きがうまれる。
輝きが最高潮に達するより数瞬前に、砦から飛来した砲弾3つがドラゴンの胸と肩にぶつかり金属質の爆音が響いた。
輝きが大きくずれる。
熱線が仰角十数度で伸びていき、砦の上端をかすめて空の上に消えていった。
『ったく、お前らよ』
ガルドブルムが口を開く。
『本気を出すのが遅ェんだよ、馬鹿野郎』
字面とは逆に喜びの感情が強くこもっている。
リリティアがトランシーバー越しに交渉班を呼ぶ。後は少しでも注意を引き続けるために斬龍刀を突き込む。
ドラゴンの体が理想的な動きで反転する。躱す動きと上から押しつぶす動きが一体になっていた。
「コンビネーションを組め!」
エヴァンスが前に出る。
刀で竜指に切れ目を入れ、リリティアが直撃を回避するのと引き替えに、男は腕から肋骨まで多数の骨を砕かれ、口から赤い血を吐いた。
「鬼さん」
あかりがドラゴンの背を駆け上がる。
極限の集中がマテリアルの量と質を増やす。狼耳と狐尻尾が物質以上の存在感をもってあかりの体で輝いている。
「こっちだよっ」
手作りの発煙筒に火をつけ、ドラゴンの耳鼻口へ放り込む。
うっかり火薬を入れすぎた筒が奥で弾け、ガルドブルムの意思に反して赤と透明が入り混じった体液が流れ出した。
『ハッ』
五感の過半数を奪われたのに笑っている。
高速で回転しハンター4人を挽肉に変えるつもりで尻尾を振るい、命中の感触がないのに気付いてますます機嫌をよくする。
エヴァンスは煙と隠密の技を用い、リリティアに肩を貸してドラゴンから離れる。
ドラゴンはブレスを諦め己の足で砦へ向かう。
「頼んだぜ」
足音でかき消されて聞こえなかったはずなのに、あかりとエリシャが無言でうなずいていた。
あかりがわざと大きな足音を立てて走る。囮だ。
ドラゴンの進路が少しだけずれ、ずれた直後に瓶爆弾をくらう。
竜爪がかすったあかりが吹き飛ばされる。あかりの小さな体をエリシャが受け止め、走る。
「名前負けね」
呼吸が乱れる。
「十三魔と呼ばれているのに」
ガルドブルムの速度は馬以上。威力と耐久力は比較するのが間違っている。
「ハンター1人殺せないのかしら」
冷静に挑発する。焦る気持ちを押し殺して状況を確認する。
通用門に向かえば確実に追いつかれて潰されると判断。斜め上に向かって縄付きスピアを撃ち出す。リンカとヴィルマが掴みとり、危なげなくエリシャ達を引き上げた。
「待避!」
エリシャ以下全員が内側に向かって飛び降りる。
巨体が宙に浮かぶ。巨人を全て防ぎ止めていた壁の上に、重さを感じさせない動きで着地した。
『おいおい、これで終わりか? こんなもんじゃねェだろお前らはよ』
もしそうならハンターもろとも砦を焼くつもりだ。
エリシャは、クルセイダーの治療を受けながらくすりと笑う。
「出番ですよ! 皆さん!!」
10人以上のハンターが、ドラゴンを完全に包囲した。
●刃の説得
「早い再会になりましたね。本日はどのようなご用件でしょう?」
客を出迎える女当主の如く、礼儀正しく卑屈さのない態度でヴァルナ=エリゴス(ka2651)が相対する。
竜の双眸が分かっているだろうと細められ、ヴァルナは言葉で確認するのが礼儀でしょうと口元だけで微笑む。
竜翼と大剣「テンペスト」が同時に動き出す。翼は薄いのにひたすら重く、大剣は主の技によって勢いを受け流し、双方膨大な火花を散らしながら上下に離れた。
久延毘 大二郎(ka1771)がファイアエンチャントを使う。アルファス(ka3312)がドラゴンの斜め後ろから極太矢を放つ。大量の火薬加えているため狙いは甘くなり速度も遅く、尻尾で打ち落とされ城壁の上に転がった。
そして爆発する。
石材が粉砕されて礫となり竜を背後から襲う。が、礫は鱗の上を滑ってろくにダメージを与えられない。
「表面に損傷無し。衝撃波が通った様子無し」
大二郎は焦りも恐れもしない。
「作戦その2ですか」
アルファスがやれやれと弓から拳銃に持ち替え即座に射撃。
逢瀬を邪魔された形になったのに、ドラゴンは今にも笑い出しそうなほど上機嫌だ。
「戦いに来たなら怠惰に水を差されますよ」
ヴァルナが竜爪を叩いて防ぐ。防がなければ後衛数人を切り裂くはずの軌道が上にずれる。竜鱗に着弾して小さな火花が散る。これも予想通り鱗を凹ませることすらできない。
「本命の作戦を始めるとしよう」
狂気に限りなく近い色を浮かべ、大二郎がアルファスを伴い前進する。
ファイアエンチャント。アルファスが今度は機械刀で、ドラゴンの治りかけの胸を剣先で撃ち抜いた。
上から影が迫る。覚醒者1人をペースト状にするような威力で竜腕が降ってくる。
「これなら効くようだね」
大二郎は楽しげに笑ってアルファスから預かった火薬筒を投擲。たったの数メートルの距離で炎の矢を打ち込んだ。
巨腕と、爆薬と、炎が1つになって爆発する。
大二郎が城壁上に叩きつけられて鮮血を吐き出す。
アルファスも無傷とはいかず、傷だらけになりながらガルドブルムの胸に刺したままの状態をなんとか保つ。
「大人しく」
オートMURAMASAを通して大電流をぶつける。
強靱な竜鱗に守られた肉が大きく震え、ガルドブルムの動きが急速に鈍る。
「してください」
MURAMASAを抜く。残った火薬筒をねじ込みその場に伏せきる前に筒が弾けた。アルファスもただではすまないがガルドブルムはそれ以上に傷を負う。竜鱗と肉が砕けて赤黒い霧が防壁を濡らす。
「怠惰の援護ならお引取り願います。今回もサービスで退いて頂けませんでしょうか? 怠惰を薙ぎ払って頂くのでも構いませんが」
ヴァルナは全身があげる悲鳴を気合いで押さえつけ、優雅な動きでテンペストを胸の穴に突き込む。
手応えはあった。4メートル級歪虚でも確実に即死する威力があったのに、ドラゴンはその生命力だけで耐えきりエレクトリックショックの影響からも短時間で抜け出した。
『これでこそよ』
竜の筋肉が引き締まり血が止まる。
ガルドブルムはヴァルナ達が奮戦した分だけヴァルナの言葉を検討し、もう少し戦ってから決めることにした。なお、このドラゴンの頭に手加減の文字は存在しない。
すり足で後退。ヴァルナとの距離を竜爪の間合いまで離し、巨体を予備動作無しで一転させ周囲のハンター全員に攻撃した。
回転は止まらない。このままでは骨まですりつぶされる。
「おいこらガルドの旦那!」
ライフル弾がドラゴンの胸に当たる。刃と火薬で弱った胸肉を撃ち抜き重要部位にまで食い込む。
「バトルマニアの癖にあの去り方をして、この状況で出てくんじゃねぇ。テンション微妙になったじゃねぇか!」
紫月・海斗(ka0788)がリロード。挨拶代わりに突き出された竜爪を転がるようにして回避。
「ま、先刻からの様子見てるに仕方なく出て来たってトコだろうがよ」
重装甲に空いた穴を容赦なく狙い打つ。
『おう……全く世知辛いもんだ、人生ってなァ』
巨体を熟練ハンター並みの精度で操り健在な竜鱗で防ぐ。
『おかげでこんな所まで来るハメになっちまってよ……』
到着直後の倦怠はとうに消えている。内臓が傷つき、逆流した血で自身の牙を赤黒く染め、楽しげに笑って竜翼で海斗の首を狙う。
「ちと無駄話に付き合ってくれ」
海斗が防ぐ。急所は外したが左肩が変形して左腕が垂れ下がる。
「そうだな、アンタの鱗の一つでもくれねぇか。必ず旦那を殺せると思える戦力を用意して挑む約束の証みてぇなもんだ。この前の戦闘でホラじゃねぇって事は示しただろ」
『今、この場で討ってくれねェのか?』
両者にやりとする。
竜殺しの力と意思がない人間の言葉はガルドブルムに届かない。
ガルドブルムは己の戦死確率が0ではないからこの場にとどまり続けている。0になったら羽虫を潰すのと同じ流れで焼き滅ぼすつもりだ。
光が伸びて竜の胸を打つ。今度は抵抗したが2度3度と食らえばいつかは抵抗を抜かれる。そのタイミングで大砲を使われたら腕の一本飛ばされてもおかしくない。
「きみはこの砦を怠惰にくれてやるのか?」
八島 陽(ka1442)が、いつでも雷を放てる構えで竜と向かい合う。
トロルやオーガはガルドブルムの攻撃に巻き込まれるのを恐れてわざわざ遠くの壁に向かっている。
ここにいるのは陽達ハンターとガルドブルムのみだ。
「それともきみの物として滅ぼしたいかい?」
同じ滅びるなら己が滅ぼす事で我が物としたがる可能性があると推測し、敵の思考を誘導するための言葉を突きつけた。
「砦防衛に協力して欲しい。耐えきれなければオレたちは途中で逃げるけどね」
『砦も奪う。デカブツも奪う。お前らに面白ェのがいるならそいつも奪う』
防壁の上をすり足で進む。大砲の弾が竜の影を通過。遠くのオーガまで届いて腰から下を破壊する。
『ところが、よ。お前らがここに入ってるときた』
細身のエルフ少女が死角から駆け寄る。覚醒し、最も体力のある20代の肉体を一時的に得、艶やかな金髪を靡かせ刺突に特化した細剣をドラゴンの胸に突き刺す。
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は肌で空気の流れを、鼻で竜の負傷具合を、耳で敵味方の動きを把握した上で、視覚からより多くの情報を引き出し決断する。
「怠惰の軍勢と十三魔……まさに前門の虎、後門の狼と言った所でしょうか」
ユナイテッド・ドライブ・ソードを短剣状に形状変更。ほとんど這いつくばる高さまで頭を下げる。
直前までユーリの腹があった空間を、ガルドブルムから伸びる極細ブレスが貫く。減衰せずに遠くのトロルを焼いて消し炭にする。
『砦を滅ぼせばお前らが滅ぶ』
重い竜腕の振り下ろしに膝をつきつつも、怪我をおして移動しつつ陽はエレクトリックショック。敵は軽く羽ばたいて分厚い鱗で防ぐ。
ユーリはガルドブルムの回避行動を読み切り、回避直後の隙とも言えぬ隙を捉えて再度胸に剣を突き立てた。
柄を両手で握り、捻って組織を破壊し空気を流し、反撃が来る前に短剣に戻して後ろへ飛ぶ。
『追い出せばすぐ逃げる。困ったもんだ』
竜頭を突き出しユーリをはね飛ばす。
ユーリは空中で姿勢を変えて、砦の壁で受け身をとって、半回転して床に着地する。震える体を気力で動かし弓に装備変更。血を流しながら攻撃を続けた。
「面倒な性格だ」
魔導銃から雷が伸び、すぐ近くの竜の胸中を這い回る。
唐突に強風が吹く。
これまでの傲岸不遜さが嘘のように、ガルドブルムが余裕の無い動作で飛び立ち十数メートル外の地面に着地する。
「ガルドや久しいのぅ? 戦の匂いに誘われたか?」
軽い足音が防壁の端に近づく。
「しかし情けない。手弱女を恐れて逃げるとは、恥ずかしくないのか?」
『2度も頭を踏まれる方が恥ずかしいだろうよ』
重量が数桁違う星輝 Amhran(ka0724)を見下ろす。敵意はなく怒りもなく、限りなく賞賛に近い感情をのせ竜爪を繰り出す。
当たれば即死。それを理解した上で紙一重でかわす。
「ちと厄介な状況での。まずは妹から話を聞いて欲しいのじゃ」
可愛らしい声が銃撃と砲撃の音に負けずにドラゴンの耳に届く。
「なに、今回は本当に裏など有りはせぬ。お主の安全を保証する証にワシを所謂人質として一時預けようではないか?」
得物を持たず、十三魔の間近まで歩み寄った。
『残念だねェ。騙し討ちなら大歓迎なんだがな』
竜爪の軌道が変わる。
星輝個人を狙うのは同じだが、星輝が躱しても後ろや横のハンターに届く動きに変化している。
星輝を気にせずハンター全員を削り倒すつもりだ。極少数を除くハンターは、これで決裂と判断していた。
「私は空賊、アルビルダ=ティーチ!」
当たれば即死の爪を飛び越え、細身の女性がドラゴンに迫る。
アルビルダ=ティーチ(ka0026)のジャケットはあちこち破れ、若い肌には爪やブレスの影響で打撲傷や火傷が多数。
「私は貴方の、友達になりたい!」
ガルドブルムが興味を惹かれたのは言葉ではない。
己が魂に突き動かされる瞳が気になったのだ。
「初めから団に加わってなんて贅沢は言わない。まずはお友達から始めましょ」
当たれば腰ごと両断される翼を跳ねて回避。
「私は弱いわ。貴方にきっと見合わない」
威力を低めて範囲を増やしたブレスが防壁の一画を覆う。
全身に炎の熱気を感じても少女はへこたれない。
「それでも、貴方の手を取りたいって気持ちは何より強い! 闘争を望むなら、幾らでも用意してあげる! 強者も必ず見繕ってあげる! だから、ガルドブルム」
避け損ね、肉が削がれ、血が流れ出す。
「貴方の空へ、私を連れて行って」
ドラゴンの動きが止まる。
降り注ぐ弾雨を無視。アルビルダの両の瞳を覗き込み、笑った。
『ッはは!』
哄笑する。
砲弾が腹に当たっても気にもせず、口から少量の血と炎が漏れても笑い続ける。防壁の外側を炎が舐め、融けた石が硝子状に固まった。
『悪くねェ、悪くないねェ、その強欲! 嬢ちゃん、アンタの中にあるそいつを貫き続ければ、考えてやってもいい。強欲に身を焦がし、強欲に喰らい尽くされるまでいってみな。そうなりゃ俺ァ嬢ちゃんを歓迎しよう』
高位歪虚に相応しい威を纏い、契約を一方的に宣言した。
アルビルダが崩れ落ちる。気力ではなく体力が尽きて気絶したのだ。
ガルドブルムが改めて周囲を見渡すと、重傷者と重傷者を運ぶハンターが大部分で、少数の生き残りだけが防壁の上へ立っていた。
このまま攻めれば勝てはする。しかしその場合ハンターは壊滅し、ガルドブルムに再戦する者が激減するかもしれない。
「お互い万全とはいえないので、互いの傷が癒えたら再戦しませんか?」
絶妙の機を捉えUisca Amhran(ka0754)が呼びかけた。
少し早ければ気分を害し、少しでも遅ければ多少減っても構わないと判断してドラゴンが蹂躙劇を初めていたはずだ。が、このタイミングなら通常の交渉になる。
さらに、Uiscaが頭蓋骨に似た形状のランタンを投げる。ドラゴンは思わず受け取ってしまった。
「貴重なアイテムなので、再戦の暁には必ず返してくださいね」
ガルドブルムが大きな息を吐く。ランタンを無視して戦るのは格好が悪すぎる。戦る気は、完全に鎮火されてしまった。
「ここで私達の内の誰かが倒れる事があれば、後の戦いがつまらなくなるかも、ですね」
Uiscaはわざとらしく、別所の防壁で奮闘中の巨人群に目を向けた。
『お前』
手の平の上で転がされている。既に敗北ではなく大敗北だ。
『負け分は支払ってやる』
無事な竜鱗を毟って投げ渡す。翼に力を込める。0から高速まで一瞬で加速し、ドラゴンはあっという間に見えなくなった。
●少数対巨人群
ガルドブルムの襲撃に、巨人達は協力もしなければ撤退もしなかった。
工夫もなく、ただの人間と比べれば強すぎる力で以て防壁を襲い壊し、あるいは乗り越えようとする。
銃声が連続する。
近衛 惣助(ka0510)が構えたアサルトライフルから連続して弾が吐き出されている。
強化の結果、対人を越え対猛獣以上の威力を持つに至った弾がトロルの顔面を耕す。
トロルは朝方とは違い倒れない。
ドラゴンの対応に戦力を振り向けたため、一度に殺し尽くすための火力を確保できないのだ。
「十三魔は仲間に任せる、俺達の仕事は巨人の排除だ」
防壁に手をかけようとしたオーガへ牽制射撃を行い足止めする。
足止めとはいっても効果は短時間。だが短時間でも大砲の向きを微修正して撃つだけなら十分だ。
ハンターと比べると狙いは甘く、足の片方を吹き飛ばすに留まった。
「ナイスショット!」
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が兵士達を賞賛しながら手製の火炎瓶を投げ、這って逃げることしかできないオーガを炎で包んであの世へ送った。
「連中、連携がとれていないらしいな」
レイオスが一瞬だけ空に視線を向ける。災厄の十三魔の一人、ガエル・ソトあたりが来れば防衛側の人数が足りずに撤退せざるを得ない。なのに援軍が来る気配どころ新たな前線指揮官が来る気配すらない。
壁の下の巨人が動く。レイオスはすべるように大砲の側へ寄り、巨人が投擲した丸太をドリルで受けて打ち壊した。
兵士はレイオスの背を見て冷静さを取り戻し、非覚醒者にしては正確な狙いで投擲後丸腰のオーガを撃った。
悲鳴と骨が折れる音が同時に聞こえ、レイオスが親指を立てる。
「その名通りの怠惰であれば、世話の掛からないものですがね」
防壁付近の攻防を、マッシュ・アクラシス(ka0771)がやや後方から見下ろしていた。
「そこのあなた。弾薬箱を右のハンターに運んでください。帝国兵の君は砦に負傷者を運びなさい」
小役人風の指示を出して兵士を動かす。
最前線に立つハンターには劣るが数は力だ。帝国出身の自称元小役人は、限られた戦力を将軍の如く有効に扱っていた。
「時間一杯、伸ばせるでしょうか。はてさて」
聞こえないようにつぶやく。
防壁を乗り越える直前に巨人に矢を馳走して時間を稼ぐ。
ガルドブルム対応の人員が抜けた分味方の戦力が薄い。大砲の再装填の隙をつき、1体のトロルが長大な助走の末防壁を飛び越えた。
「鹿島さん、右から2番目にトロルが1体到着」
短伝話越しに情報を提供する。
レッドコメットに矢を番え即放つ。
頭を狙った矢が背中に刺さる。遠くの見張り台からも矢が飛来して首の近くに刺さり、しかし巨人は凄まじい体力で耐えて砦の内側に入り込もうとした。
「ヴィオラ、5メートル級のトロルが一体いったぞ」
見張り台の上鹿島 雲雀(ka3706)がトランシーバーを通してクルセイダーに指示していた。
トロルがこじ開けようとした扉が内側から開く。
クルセイダーが現れメイスで殴る。数倍の身長差と数十倍の重量差があるのにトロルが浮き上がり、地面に落ちる前に連打を浴びて止めを刺された。
ヴィオラ・フルブライト(kz0007)。グラムヘイズ王国と聖堂教会の切り札である。
「あっちは任せて、問題はこっちだな」
ガルドブルムの方は拮抗しているようだ。だが他の方面は少ない戦力で巨人に当たらざるを得ず、雑魔に取り付かれた箇所が2つ、いや3つもある。
雲雀はヴィオラに3つの座標を伝え、後方に移送が必要な負傷者の数と位置を伝え、さらにヴィオラと最前線の援護のため弾幕を張る。
「それなりの質量があれば構わん、敵の頭でも撃ち返せ!」
ジル・ティフォージュ(ka3873)が短剣装備のトロルと切り結びつつ兵士に命令する。
頭はないが壊れた石材は大量に転がっている。大砲担当兵以外はジルを信じて直径十数センチの瓦礫を拾い、一斉にトロルの顔めがけて投げつけた。
トロルがぎょっとして目を閉じ、ジルの急接近にも気付けなくなる。
次の瞬間、グロムソードがまぶたと眼球を貫通する。
「怠惰らしくそこに留まるが良い」
両手で柄を保持し全力で押し込んだ。刃の先が脳をかき回し、巨人が全身を痙攣させ仰向けに倒れた。
ジルは防壁の縁で踏みとどまり、巨人群の新手が接近に気づく。
「ユージーン、行け!」
ユージーン・L・ローランド(ka1810)が防壁から離れて内側に飛び降りた。
オーガの怒声とジルが苦痛に耐える音が聞こえる。
「情に流される訳には行かないのです」
奥歯が砕けてもおかしくなかった。
「止まってください」
ユージンがヴィオラの前に立ちふさがる。ヴィオラの瞳に灯る光は力強くも暖かく、ユージーンも制止などせず共に戦いたい。
「貴女が倒れたら、王国と王女の事を両方ともきちんと心配出来る方がいなくなってしまいます」
彼は言葉を選んでいる。
ヴィオラはこの場にいるハンターの誰より強い。強いが単独で戦況を傾けるほど強くはなく、しかも戦死時の悪影響が巨大すぎる。
「戦いは今日だけでは終わりません。待つのも重要です」
2人の頭上を大きな影が通過する。去っていくガルドブルムの影だった。
「他の十三魔が現れるかもしれません。スキルも覚醒も無駄遣いできませんから」
「ええ」
ヴィオラは悔しさを内心に押し込め、負傷者を連れて砦の守備に戻るのだった。
●3日目
濃い血の臭いが漂っていた。
ハンターは敵増援に備えて覚醒せずに戦い続け、各国の兵士も血塗れの包帯をまき、または傷が治っても血が足りない状態で防壁を守り続けている。
走り 由良(ka3268)は最も高い見張り台に籠もり、押し寄せる敵を見つめていた。
「僕に出来ること、やらないと」
敵群に気づいたことを気づかれないよう、下にいるハンターと兵士に小声で伝える。
「無傷のオーガが1隊、駆け足で接近中。次のローテの人を呼んできてください」
傷だらけの兵士が砦の中へ駆け込んだ。
由良は、ロングソードを鞘から抜いてそのときに備える。
「何としても後15時間保たせる! 旗を掲げて下さい!」
ユナイテル・キングスコート(ka3458)が預かり物の同盟旗を掲げる。
血と土にまみれた帝国軍人が帝国旗を雄々しく天に突き出す。
王国騎士が負けじと王国旗を掲げ、辺境の強者達が日に焼けた旗を誇らしく立てた。
風が吹いているのに旗は揺れもしない。オーガ隊の動きが鈍る。人類の鋭鋒に当たるのを同属に押し付け合い、速度が駆け足から早歩きにまで落ち衝撃力を失った。
ユナイテルは額に浮かんだ冷や汗をぬぐう。
旗持ちの元気は8割方やせ我慢だ。あのまま防壁にとりつかれたら、半数が乗り越えたかもしれない。
「右の戦力は足りています。左に、はい5人全員で向かってください」
ユナイテルはシガレット謹製の地図を手に味方増援を割り振る。
見た目はちびっ子だが、中身と行動は見事な騎士振りだった。
先頭が壁をよじ登る。由良がだらしない腹を切って打ち落とす。
「おっちゃん達出番やで!」 イチカ・ウルヴァナ(ka4012)が高らかに呼びかけ、手製の、大型野生動物に使うとしても大きすぎるボーラを巨人群に投げつけた。
辺境の強者達も投擲。深夜故狙いをつけづらく3分の1近くが明後日の方向に飛び、残る3分の2がイチカのボーラ同様オーガに絡まり動きを制限する。
オーガの怒号が大気を震わせる。
筋肉が怒張し、ひとかたまりとなって防壁に正面から激突した。
「ええ根性や。歓迎したるっ」
イチカの大太刀がオーガの頭をかち割る。ユナイテルの宝剣が兵士を掴んだ巨人の手首を切り飛ばす。
怒号が悲鳴に変わる。大砲が一斉に吼え、悲鳴が弱々しい断末魔に変わった。
「お代わりかい」
大太刀を担いでイチカが鼻を鳴らす。
サイクロプスの1組、しかも分厚い金属鎧と鉄棒で固めた6メートル級が接近中だ。
「ここは抑えます」
ヴィオラが王国兵を伴い防壁状の守りにつく。決して突出はせず、けれど歪虚が来れば確実に滅する、堅実な構えであった。
「任せたで、ねえちゃん!」
イチカは陽気に声をかけ、数人の兵士を強引に引っ張り砦の奥へ向かう。イチカやハンターはまだましだが、他の連中はスキルは品切れ覚醒も後数分でお仕舞いだ。一刻も早く守護結界で回復する必要があった。
その守護結界の間近では別のクルセイダーがデスマーチ中だった。
「黄色って? どういう意味でしたっけ?」
「ヒールゥ!」
ルカ(ka0962)は怯えを飲み下す。
白墨で、エイル・メヌエット(ka2807)が定めたトリアージ要項を壁に刻みつけた。
「状況が……状況です……。耐えて……ヒールは最小限……医薬品は夕方までもてばいいです……」
クルセイダーが絶句する。簡易寝台に寝かされた重傷者の苦鳴が皆の心を削る。
「ご助言、感謝します」
王国出身者らしいクルセイダーが、ルカに深々と頭を下げ、目の前の重傷者に1度だけヒールを使い包帯をまいた。
ルカは自分の担当を終わらせると、未だ激しい戦闘が行われる防壁へ向かった。
途中、ここ数日ですっかり見慣れた顔に遭遇し、思わず立ち止まってしまった。
ヴィオラが会釈する。治療を受けた直後のようで、装備は外され服の下から包帯が見えている。
「食え」
素焼きの椀がヴィオラに突きつけられた。
フードを深めに被ったカルロ・カルカ(ka1608)の仕業だ。顔が半ば隠れているので非常に怪しく見える。
が、ヴィオラは神妙に両手で受け取り、音を立てずに透明な汁を口に含んだ。
冷えた肌が中から暖まる。頬が淡い桜色に染まり、歪虚にとっての悪魔ではなく柔和な美女に見えた。
「腹が減っては……だろ、ちゃんと戦いたいなら食って行きな」
カルロはお玉を使って一口大の肉をヴィオラの椀に入れる。
「ほら」
ルカにも突きつける。2人のクルセイダーは自然に顔を見合わせ、淡く笑った。
「有り難うございます。すごく、美味しいです」
カルロは当たり前のことを言うなという雰囲気でひとつうなずき、瓶の水を術で浄化し複数の水筒に分け、柔らかく似た肉を持ち運びに適した堅いパンに包んで2人だけでなく治療が済んだハンターにも渡す。
「俺は俺なりの支援をする、手は一切抜くつもりはねぇ」
皆、無言で礼をカルロに礼をした。
数人の男女が走って来る。担架で運ばれてきたのは5体満足なのが不思議なほどのダメージを負った少年だ。
「ゆっくりと下ろして。熱湯の準備を」
エイルが指示を出す。
カルロが浄化済みのお湯を用意。ヴィオラが迷い無くヒールを使おうとして、エイルに1回のみ使うよう厳命される。
この少年のためにもヒールは無駄遣いできない。予定時間まで歪虚を引きつけ、少年を含む負傷者を連れて砦から逃げ、さらに船に乗って後方にたどりついてようやく無事に家に帰せる。
エイルは少年の状態を注意深く診る。呼吸が浅く肌が冷たい。作戦が予定通りに進めば助かるだろう。が、皆この少年ほどではないが疲労が深刻だ。
誰かが持ち込んだ目覚まし時計が鳴り出した。
「ヴィオラさん、士気の鼓舞をお願いします」
王国を代表するクルセイダーが同意し、メイスを手に立ち上がる。
「皆、よくやってくれました!」
桁外れのマテリアルを乗せ声が広がる。
「軽傷者は重傷者に肩を貸すように。傷の浅い者は最前列で敵陣突破か、最後尾での殿軍かを選びなさい!」
非覚醒状態の覚醒者がこの日最後の覚醒を行う。ルカのローテーションは予想以上に有効で、全員覚醒したまま撤退に移れそうだ。
砦の門が開く。
ルカの拳銃が火を噴き、ヒールを使い終えたクルセイダーが吶喊してメイスで殴り潰す。
「これより撤退に移る!」
防壁場のハンターが内側へ飛び降り仲間の元へ向かう。
歪虚はこれまでの苦戦により警戒心を捨てきれず、絶好の機会を無駄にして罠を警戒する。
ハンター達は門前の薄い陣を突破し、予定通りの進路で船が待つ場所へ向かう。
歪虚が砦を占拠したとき、生き物は鼠一匹残っていなかった。
トロルの群れが朝日を浴びていた。
全高4メートル越えの体は無数の傷で覆われ、しかし既に自己治癒済み。傷のあるオーガはトロルの後ろを悠々と歩いている。
マギア砦の防壁で、シガレット=ウナギパイ(ka2884)が火の付いた煙草をくわえ敵勢を見下ろしている。
「怠惰誘引チームの連中、いい仕事してやがる」
火を消さずに煙草を放る。
巨人達がばらばらに走り始める。隊列どころかまとまりもなく、しかし数と重さと速度は砦ごと潰せそうなほど凄まじい。
煙草の火が防壁前の地面に落ちる。巨人の顔に野蛮な嘲笑が浮かぶ。
「こっちでも歓迎してやる。受け取れ」
シガレットは巨人群全てをあわせたより凶悪な笑みを浮かべ、拳銃を引き抜き高らかに宣言した。
予め地面に仕掛けられていた瓶入り火薬が火を吹く。爆発のエネルギーは割れた瓶とその外側の金属片にエネルギーを伝え、無数の礫が複数方向から歪虚前衛に襲いかかる。
トロルが膝から下を吹き飛ばされて無残に転がる。
下腹の肉をえぐり取られたオーガが両手で己の内臓を抑えようとして事切れる。
爆風を回避した巨人も無傷ではすまない。体の片面に多数の礫がめり込み、痛みが邪魔して本来の力が出せなくなる。
地獄絵図を前にしても櫻井 悠貴(ka0872)表情は崩れない。
冷静に魔導銃の狙いをつけて、6メートル級の巨人めがけて引き金を引いた。
攻撃を行ったのは悠貴だけではない。悠貴の銃弾が巨人の頬を砕き、同時に着弾した鉛玉が脇から背中に抜け、砦の端から飛来した矢が目に突き立つ。
一斉の攻撃に、前線指揮官であり、ロッソ漂着以前なら1体で防壁を崩せたかもしれないサイクロプスが、ほとんど何もできずに倒れて死んだ。
「なるべく、消耗を少なくなるように戦いましょう!」
これほどのことを為してこの台詞である。
歪虚達は憎悪に匹敵する恐怖を心に刻まれてしまい動きが鈍る。
前衛のトロルが盾となり比較的傷の浅かったオーガ達がじりじりと後退する。後退し続ける足が、地面の×印に触れてしまった。
「これぞエルフ新陰流兵法術ってね。じゃ、吹っ飛びなさい!!」
爆音とオーガの絶叫が重なる。Jyu=Bee(ka1681)は歓声をあげながら次の矢を放つ。
防壁の左右と砦内からも20を超える凶悪な矢弾が集中し、最も前にいた巨人を前線指揮官同様の末路をたどらせた。
が、巨人は未だ十と数体生き残っている。
歪虚達は横に列をつくり、最初とは比較にならない慎重さで前進を再開した。
数体討たれても半数は防壁を乗り越える。巨人達は考えの浅い頭でそう考えていた。
「敵前衛全てキルゾーン入り!」
三日月 壱(ka0244)が魔導銃で防戦しつつトランシーバーに吼える。
砦の各所から、大砲を動かす重々しい音が同時に聞こえ、途絶え、空気の壁を破る爆音が一斉に壁の外側へ押し寄せた。
マギア砦に配置された砲の射程は1キロに達する。
それが十数メートルから数十メートルの距離で発射したのだ。人間の数倍大きかろうが硬かろうが、低級の歪虚が耐え切れるわけがない。
体の破片が宙に舞う。体の一部を欠いた巨人が駄々っ子のように得物を振り回して自軍の被害を広げる。
「大砲は一旦後退! 来る!」
三日月は歪虚の悲鳴に負けない声でトランシーバー越しに指示を出す。
大砲は威力はあるとはいえただの鉄の塊でしか無く、当たらなかった巨人は戦闘力を保ってる。そのうちの半分は心を砕かれ呆然としているが、残る半分、具体的には3体が狂乱して防壁に向かって全力で駆け出した。
魔導銃を向けトロルの大口から喉奥を破壊する。シガレット達の銃撃も集中して数秒で削りきりこの世から退場させる。
次の一体は防壁に接触する瞬間まで減速せず、己の頭を破城槌として防壁にぶつけようとした。
Jyu=Beeが破城槌接触予定地に滑り込む。オートMURAMASAが唸り、オーガの太い首が消し飛び頭が明後日の方へ飛んでいった。
「そしてこれがエルフ新陰流……」
彼女の両手は関節の抜けと骨折が重なり酷いことになってしまっていた。
「負傷者はすぐに後退して!」
リーリア・バックフィード(ka0873)が容赦なく叱咤する。
消えゆく2体目を踏みつぶして3体目が自慢から跳躍する。
「通しません!」
シュテルンシュピースを巨人の喉元へめり込ませた。
当たった瞬間、リーリアの腕から足に巨人の重さと速さが伝わり、白い肌からは血が噴き出し足先が防壁にめり込んだ。
巨人の瞳に安堵に限りなく近い感情が浮かぶ。ようやく歪虚の知る戦いに引きずり込めた。安堵し、楽観し、そして首の半壊と引き替えにリーリアの槍から逃れ、防壁の上に着地した。
三日月は4体目以降を魔導銃で牽制中だ。そこへ襲いかかる3体目の拳を避けきれずに打撃を受け、血を吐きながらバランスを崩す。
巨人が牙を剥きだし倒れた三日月に噛みつこうとして、1本の矢を避けきれずに頸骨を砕かれ防壁の外へ転がり落ちた。
「長い、戦いになりますね……」
悠貴が弓を構えたまま防壁から見下ろす。
全てを決めるはずの初撃を逆に砕かれた歪虚が、体勢を整えるため後退を始めていた。
●十三魔
巨人はすっかり腰が引けていた。
既に火薬の罠も8割方使用済みでハンター側には最初ほどの戦力はないのに、巨人は存在しない凶悪罠を警戒し防壁を越えることすらできない。
「来たか」
ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は水色の瞳を空と陸の境に向けていた。
下界のことなど興味なさげに等速で、ドラゴンが緩やかな角度で高度を下げている。
「っ、いかん」
ドラゴンはハンター用の銃ではまず届かない距離にある丘に着陸し、防壁上の戦いをつまらなさそうに一瞥してから、丘全体を揺らす勢いで大気を吸い込んだ。
十三魔の周囲に陽炎が生じている。本気ブレスの万分の1以下の熱が漏れ、水分を蒸発させ大気を歪めているのだ。
「手隙の者はガルドブルムに向かえ!」
銅鑼をならす。1人でも多くの仲間に気づいてもらうためだ。
リンカ・エルネージュ(ka1840)が大砲にとりつきドラゴンに筒を向ける。
初めてガルドブルムがハンター個人を見、大砲に視線を移動させる。
つまならそうに鼻を鳴らしたように見えたのは、多分気のせいではない。
リンカが砲撃、ドラゴンはブレスの準備を継続したまま右の翼を一度だけ揺らした。無傷のトロルを何体も血煙に変えた砲弾が無造作にはたき落とされ地面に転がる。
ヴィルマが火矢を放つ。会心の出来なのにドラゴンは防ぐ気配も見せず、矢は鱗を割ることもできずに転がり落ちる。
『ガルドブルムは?』
通信機越しに聞こえた声に、仲間がつくった地図を思い出し座標を答えた。
それから数十秒。ドラゴンの周囲が乾ききり、城壁ごと燃やし尽くす熱線が解放される寸前に、通用門から出た【外敵】がガルドブルムの近くまで迫っていた。
「巨人に英雄に竜ですか……望むところですよ!!」
リリティア・オルベール(ka3054)の手にあるのは、全長2メートルを軽く超える超大型刀「天墜」。斬龍刀の名に恥じない威力を持つ逸品だ。
「お兄ちゃん、説得、できそう?」
桜庭 あかり(ka0326)が、同じく全力疾走中のエヴァンス・カルヴィ(ka0639)を見上げる。
「ブレスを防いで、ガルドブルムに話を聞く気にさせて、その後に説得だな」
器用に肩をすくめる。
それって無理ゲー、と言わないだけの優しさがあかりにはあった。
リリティアが限界まで速度を上げる。マテリアルが活性化し、瞳は真紅に、背には溢れたマテリアルが黒翼の形をとっている。
「ガルドブルム!」
ブレス発車寸前の、ハンターを見もしないドラゴンの脚に天墜を振り下ろす。
ガルドブルムは無意識に姿勢を微修正。このままではどんな名剣で竜鱗で受け流されてしまう。
リリティアは刃の向きをガルドブルムにあわせて修正し、力と速度が逃げない向きで斬龍刀を振り切った。
鱗も筋肉を切り裂いて、炎のごとき血が刃を染める。
ドラゴンの視線がリリティアを向く。
2撃目はガルドブルムによって防がれるが、この時点でリリティアは目的を達成していた。
「全部使って」
エリシャ・カンナヴィ(ka0140)が、両手に持った発煙筒全てに着火する。
桜庭 あかりもエリシャに倣う。
ガルドブルムの死角で大規模な煙がうまれ、リリティアに気をとられたドラゴンを飲み込んだ。
「リンカ、ヴィルマ! 火力支援用意! 準備でき次第撃て!」
十三魔の至近、体が触れ合っただけでも自重の差から即死しかねない場所で、エヴァンスが通信機越しに指示を出す。
『了解』
空気が急上昇する。
ドラゴンの頭があるはずの場所で、煙の奥からでも分かる輝きがうまれる。
輝きが最高潮に達するより数瞬前に、砦から飛来した砲弾3つがドラゴンの胸と肩にぶつかり金属質の爆音が響いた。
輝きが大きくずれる。
熱線が仰角十数度で伸びていき、砦の上端をかすめて空の上に消えていった。
『ったく、お前らよ』
ガルドブルムが口を開く。
『本気を出すのが遅ェんだよ、馬鹿野郎』
字面とは逆に喜びの感情が強くこもっている。
リリティアがトランシーバー越しに交渉班を呼ぶ。後は少しでも注意を引き続けるために斬龍刀を突き込む。
ドラゴンの体が理想的な動きで反転する。躱す動きと上から押しつぶす動きが一体になっていた。
「コンビネーションを組め!」
エヴァンスが前に出る。
刀で竜指に切れ目を入れ、リリティアが直撃を回避するのと引き替えに、男は腕から肋骨まで多数の骨を砕かれ、口から赤い血を吐いた。
「鬼さん」
あかりがドラゴンの背を駆け上がる。
極限の集中がマテリアルの量と質を増やす。狼耳と狐尻尾が物質以上の存在感をもってあかりの体で輝いている。
「こっちだよっ」
手作りの発煙筒に火をつけ、ドラゴンの耳鼻口へ放り込む。
うっかり火薬を入れすぎた筒が奥で弾け、ガルドブルムの意思に反して赤と透明が入り混じった体液が流れ出した。
『ハッ』
五感の過半数を奪われたのに笑っている。
高速で回転しハンター4人を挽肉に変えるつもりで尻尾を振るい、命中の感触がないのに気付いてますます機嫌をよくする。
エヴァンスは煙と隠密の技を用い、リリティアに肩を貸してドラゴンから離れる。
ドラゴンはブレスを諦め己の足で砦へ向かう。
「頼んだぜ」
足音でかき消されて聞こえなかったはずなのに、あかりとエリシャが無言でうなずいていた。
あかりがわざと大きな足音を立てて走る。囮だ。
ドラゴンの進路が少しだけずれ、ずれた直後に瓶爆弾をくらう。
竜爪がかすったあかりが吹き飛ばされる。あかりの小さな体をエリシャが受け止め、走る。
「名前負けね」
呼吸が乱れる。
「十三魔と呼ばれているのに」
ガルドブルムの速度は馬以上。威力と耐久力は比較するのが間違っている。
「ハンター1人殺せないのかしら」
冷静に挑発する。焦る気持ちを押し殺して状況を確認する。
通用門に向かえば確実に追いつかれて潰されると判断。斜め上に向かって縄付きスピアを撃ち出す。リンカとヴィルマが掴みとり、危なげなくエリシャ達を引き上げた。
「待避!」
エリシャ以下全員が内側に向かって飛び降りる。
巨体が宙に浮かぶ。巨人を全て防ぎ止めていた壁の上に、重さを感じさせない動きで着地した。
『おいおい、これで終わりか? こんなもんじゃねェだろお前らはよ』
もしそうならハンターもろとも砦を焼くつもりだ。
エリシャは、クルセイダーの治療を受けながらくすりと笑う。
「出番ですよ! 皆さん!!」
10人以上のハンターが、ドラゴンを完全に包囲した。
●刃の説得
「早い再会になりましたね。本日はどのようなご用件でしょう?」
客を出迎える女当主の如く、礼儀正しく卑屈さのない態度でヴァルナ=エリゴス(ka2651)が相対する。
竜の双眸が分かっているだろうと細められ、ヴァルナは言葉で確認するのが礼儀でしょうと口元だけで微笑む。
竜翼と大剣「テンペスト」が同時に動き出す。翼は薄いのにひたすら重く、大剣は主の技によって勢いを受け流し、双方膨大な火花を散らしながら上下に離れた。
久延毘 大二郎(ka1771)がファイアエンチャントを使う。アルファス(ka3312)がドラゴンの斜め後ろから極太矢を放つ。大量の火薬加えているため狙いは甘くなり速度も遅く、尻尾で打ち落とされ城壁の上に転がった。
そして爆発する。
石材が粉砕されて礫となり竜を背後から襲う。が、礫は鱗の上を滑ってろくにダメージを与えられない。
「表面に損傷無し。衝撃波が通った様子無し」
大二郎は焦りも恐れもしない。
「作戦その2ですか」
アルファスがやれやれと弓から拳銃に持ち替え即座に射撃。
逢瀬を邪魔された形になったのに、ドラゴンは今にも笑い出しそうなほど上機嫌だ。
「戦いに来たなら怠惰に水を差されますよ」
ヴァルナが竜爪を叩いて防ぐ。防がなければ後衛数人を切り裂くはずの軌道が上にずれる。竜鱗に着弾して小さな火花が散る。これも予想通り鱗を凹ませることすらできない。
「本命の作戦を始めるとしよう」
狂気に限りなく近い色を浮かべ、大二郎がアルファスを伴い前進する。
ファイアエンチャント。アルファスが今度は機械刀で、ドラゴンの治りかけの胸を剣先で撃ち抜いた。
上から影が迫る。覚醒者1人をペースト状にするような威力で竜腕が降ってくる。
「これなら効くようだね」
大二郎は楽しげに笑ってアルファスから預かった火薬筒を投擲。たったの数メートルの距離で炎の矢を打ち込んだ。
巨腕と、爆薬と、炎が1つになって爆発する。
大二郎が城壁上に叩きつけられて鮮血を吐き出す。
アルファスも無傷とはいかず、傷だらけになりながらガルドブルムの胸に刺したままの状態をなんとか保つ。
「大人しく」
オートMURAMASAを通して大電流をぶつける。
強靱な竜鱗に守られた肉が大きく震え、ガルドブルムの動きが急速に鈍る。
「してください」
MURAMASAを抜く。残った火薬筒をねじ込みその場に伏せきる前に筒が弾けた。アルファスもただではすまないがガルドブルムはそれ以上に傷を負う。竜鱗と肉が砕けて赤黒い霧が防壁を濡らす。
「怠惰の援護ならお引取り願います。今回もサービスで退いて頂けませんでしょうか? 怠惰を薙ぎ払って頂くのでも構いませんが」
ヴァルナは全身があげる悲鳴を気合いで押さえつけ、優雅な動きでテンペストを胸の穴に突き込む。
手応えはあった。4メートル級歪虚でも確実に即死する威力があったのに、ドラゴンはその生命力だけで耐えきりエレクトリックショックの影響からも短時間で抜け出した。
『これでこそよ』
竜の筋肉が引き締まり血が止まる。
ガルドブルムはヴァルナ達が奮戦した分だけヴァルナの言葉を検討し、もう少し戦ってから決めることにした。なお、このドラゴンの頭に手加減の文字は存在しない。
すり足で後退。ヴァルナとの距離を竜爪の間合いまで離し、巨体を予備動作無しで一転させ周囲のハンター全員に攻撃した。
回転は止まらない。このままでは骨まですりつぶされる。
「おいこらガルドの旦那!」
ライフル弾がドラゴンの胸に当たる。刃と火薬で弱った胸肉を撃ち抜き重要部位にまで食い込む。
「バトルマニアの癖にあの去り方をして、この状況で出てくんじゃねぇ。テンション微妙になったじゃねぇか!」
紫月・海斗(ka0788)がリロード。挨拶代わりに突き出された竜爪を転がるようにして回避。
「ま、先刻からの様子見てるに仕方なく出て来たってトコだろうがよ」
重装甲に空いた穴を容赦なく狙い打つ。
『おう……全く世知辛いもんだ、人生ってなァ』
巨体を熟練ハンター並みの精度で操り健在な竜鱗で防ぐ。
『おかげでこんな所まで来るハメになっちまってよ……』
到着直後の倦怠はとうに消えている。内臓が傷つき、逆流した血で自身の牙を赤黒く染め、楽しげに笑って竜翼で海斗の首を狙う。
「ちと無駄話に付き合ってくれ」
海斗が防ぐ。急所は外したが左肩が変形して左腕が垂れ下がる。
「そうだな、アンタの鱗の一つでもくれねぇか。必ず旦那を殺せると思える戦力を用意して挑む約束の証みてぇなもんだ。この前の戦闘でホラじゃねぇって事は示しただろ」
『今、この場で討ってくれねェのか?』
両者にやりとする。
竜殺しの力と意思がない人間の言葉はガルドブルムに届かない。
ガルドブルムは己の戦死確率が0ではないからこの場にとどまり続けている。0になったら羽虫を潰すのと同じ流れで焼き滅ぼすつもりだ。
光が伸びて竜の胸を打つ。今度は抵抗したが2度3度と食らえばいつかは抵抗を抜かれる。そのタイミングで大砲を使われたら腕の一本飛ばされてもおかしくない。
「きみはこの砦を怠惰にくれてやるのか?」
八島 陽(ka1442)が、いつでも雷を放てる構えで竜と向かい合う。
トロルやオーガはガルドブルムの攻撃に巻き込まれるのを恐れてわざわざ遠くの壁に向かっている。
ここにいるのは陽達ハンターとガルドブルムのみだ。
「それともきみの物として滅ぼしたいかい?」
同じ滅びるなら己が滅ぼす事で我が物としたがる可能性があると推測し、敵の思考を誘導するための言葉を突きつけた。
「砦防衛に協力して欲しい。耐えきれなければオレたちは途中で逃げるけどね」
『砦も奪う。デカブツも奪う。お前らに面白ェのがいるならそいつも奪う』
防壁の上をすり足で進む。大砲の弾が竜の影を通過。遠くのオーガまで届いて腰から下を破壊する。
『ところが、よ。お前らがここに入ってるときた』
細身のエルフ少女が死角から駆け寄る。覚醒し、最も体力のある20代の肉体を一時的に得、艶やかな金髪を靡かせ刺突に特化した細剣をドラゴンの胸に突き刺す。
ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は肌で空気の流れを、鼻で竜の負傷具合を、耳で敵味方の動きを把握した上で、視覚からより多くの情報を引き出し決断する。
「怠惰の軍勢と十三魔……まさに前門の虎、後門の狼と言った所でしょうか」
ユナイテッド・ドライブ・ソードを短剣状に形状変更。ほとんど這いつくばる高さまで頭を下げる。
直前までユーリの腹があった空間を、ガルドブルムから伸びる極細ブレスが貫く。減衰せずに遠くのトロルを焼いて消し炭にする。
『砦を滅ぼせばお前らが滅ぶ』
重い竜腕の振り下ろしに膝をつきつつも、怪我をおして移動しつつ陽はエレクトリックショック。敵は軽く羽ばたいて分厚い鱗で防ぐ。
ユーリはガルドブルムの回避行動を読み切り、回避直後の隙とも言えぬ隙を捉えて再度胸に剣を突き立てた。
柄を両手で握り、捻って組織を破壊し空気を流し、反撃が来る前に短剣に戻して後ろへ飛ぶ。
『追い出せばすぐ逃げる。困ったもんだ』
竜頭を突き出しユーリをはね飛ばす。
ユーリは空中で姿勢を変えて、砦の壁で受け身をとって、半回転して床に着地する。震える体を気力で動かし弓に装備変更。血を流しながら攻撃を続けた。
「面倒な性格だ」
魔導銃から雷が伸び、すぐ近くの竜の胸中を這い回る。
唐突に強風が吹く。
これまでの傲岸不遜さが嘘のように、ガルドブルムが余裕の無い動作で飛び立ち十数メートル外の地面に着地する。
「ガルドや久しいのぅ? 戦の匂いに誘われたか?」
軽い足音が防壁の端に近づく。
「しかし情けない。手弱女を恐れて逃げるとは、恥ずかしくないのか?」
『2度も頭を踏まれる方が恥ずかしいだろうよ』
重量が数桁違う星輝 Amhran(ka0724)を見下ろす。敵意はなく怒りもなく、限りなく賞賛に近い感情をのせ竜爪を繰り出す。
当たれば即死。それを理解した上で紙一重でかわす。
「ちと厄介な状況での。まずは妹から話を聞いて欲しいのじゃ」
可愛らしい声が銃撃と砲撃の音に負けずにドラゴンの耳に届く。
「なに、今回は本当に裏など有りはせぬ。お主の安全を保証する証にワシを所謂人質として一時預けようではないか?」
得物を持たず、十三魔の間近まで歩み寄った。
『残念だねェ。騙し討ちなら大歓迎なんだがな』
竜爪の軌道が変わる。
星輝個人を狙うのは同じだが、星輝が躱しても後ろや横のハンターに届く動きに変化している。
星輝を気にせずハンター全員を削り倒すつもりだ。極少数を除くハンターは、これで決裂と判断していた。
「私は空賊、アルビルダ=ティーチ!」
当たれば即死の爪を飛び越え、細身の女性がドラゴンに迫る。
アルビルダ=ティーチ(ka0026)のジャケットはあちこち破れ、若い肌には爪やブレスの影響で打撲傷や火傷が多数。
「私は貴方の、友達になりたい!」
ガルドブルムが興味を惹かれたのは言葉ではない。
己が魂に突き動かされる瞳が気になったのだ。
「初めから団に加わってなんて贅沢は言わない。まずはお友達から始めましょ」
当たれば腰ごと両断される翼を跳ねて回避。
「私は弱いわ。貴方にきっと見合わない」
威力を低めて範囲を増やしたブレスが防壁の一画を覆う。
全身に炎の熱気を感じても少女はへこたれない。
「それでも、貴方の手を取りたいって気持ちは何より強い! 闘争を望むなら、幾らでも用意してあげる! 強者も必ず見繕ってあげる! だから、ガルドブルム」
避け損ね、肉が削がれ、血が流れ出す。
「貴方の空へ、私を連れて行って」
ドラゴンの動きが止まる。
降り注ぐ弾雨を無視。アルビルダの両の瞳を覗き込み、笑った。
『ッはは!』
哄笑する。
砲弾が腹に当たっても気にもせず、口から少量の血と炎が漏れても笑い続ける。防壁の外側を炎が舐め、融けた石が硝子状に固まった。
『悪くねェ、悪くないねェ、その強欲! 嬢ちゃん、アンタの中にあるそいつを貫き続ければ、考えてやってもいい。強欲に身を焦がし、強欲に喰らい尽くされるまでいってみな。そうなりゃ俺ァ嬢ちゃんを歓迎しよう』
高位歪虚に相応しい威を纏い、契約を一方的に宣言した。
アルビルダが崩れ落ちる。気力ではなく体力が尽きて気絶したのだ。
ガルドブルムが改めて周囲を見渡すと、重傷者と重傷者を運ぶハンターが大部分で、少数の生き残りだけが防壁の上へ立っていた。
このまま攻めれば勝てはする。しかしその場合ハンターは壊滅し、ガルドブルムに再戦する者が激減するかもしれない。
「お互い万全とはいえないので、互いの傷が癒えたら再戦しませんか?」
絶妙の機を捉えUisca Amhran(ka0754)が呼びかけた。
少し早ければ気分を害し、少しでも遅ければ多少減っても構わないと判断してドラゴンが蹂躙劇を初めていたはずだ。が、このタイミングなら通常の交渉になる。
さらに、Uiscaが頭蓋骨に似た形状のランタンを投げる。ドラゴンは思わず受け取ってしまった。
「貴重なアイテムなので、再戦の暁には必ず返してくださいね」
ガルドブルムが大きな息を吐く。ランタンを無視して戦るのは格好が悪すぎる。戦る気は、完全に鎮火されてしまった。
「ここで私達の内の誰かが倒れる事があれば、後の戦いがつまらなくなるかも、ですね」
Uiscaはわざとらしく、別所の防壁で奮闘中の巨人群に目を向けた。
『お前』
手の平の上で転がされている。既に敗北ではなく大敗北だ。
『負け分は支払ってやる』
無事な竜鱗を毟って投げ渡す。翼に力を込める。0から高速まで一瞬で加速し、ドラゴンはあっという間に見えなくなった。
●少数対巨人群
ガルドブルムの襲撃に、巨人達は協力もしなければ撤退もしなかった。
工夫もなく、ただの人間と比べれば強すぎる力で以て防壁を襲い壊し、あるいは乗り越えようとする。
銃声が連続する。
近衛 惣助(ka0510)が構えたアサルトライフルから連続して弾が吐き出されている。
強化の結果、対人を越え対猛獣以上の威力を持つに至った弾がトロルの顔面を耕す。
トロルは朝方とは違い倒れない。
ドラゴンの対応に戦力を振り向けたため、一度に殺し尽くすための火力を確保できないのだ。
「十三魔は仲間に任せる、俺達の仕事は巨人の排除だ」
防壁に手をかけようとしたオーガへ牽制射撃を行い足止めする。
足止めとはいっても効果は短時間。だが短時間でも大砲の向きを微修正して撃つだけなら十分だ。
ハンターと比べると狙いは甘く、足の片方を吹き飛ばすに留まった。
「ナイスショット!」
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が兵士達を賞賛しながら手製の火炎瓶を投げ、這って逃げることしかできないオーガを炎で包んであの世へ送った。
「連中、連携がとれていないらしいな」
レイオスが一瞬だけ空に視線を向ける。災厄の十三魔の一人、ガエル・ソトあたりが来れば防衛側の人数が足りずに撤退せざるを得ない。なのに援軍が来る気配どころ新たな前線指揮官が来る気配すらない。
壁の下の巨人が動く。レイオスはすべるように大砲の側へ寄り、巨人が投擲した丸太をドリルで受けて打ち壊した。
兵士はレイオスの背を見て冷静さを取り戻し、非覚醒者にしては正確な狙いで投擲後丸腰のオーガを撃った。
悲鳴と骨が折れる音が同時に聞こえ、レイオスが親指を立てる。
「その名通りの怠惰であれば、世話の掛からないものですがね」
防壁付近の攻防を、マッシュ・アクラシス(ka0771)がやや後方から見下ろしていた。
「そこのあなた。弾薬箱を右のハンターに運んでください。帝国兵の君は砦に負傷者を運びなさい」
小役人風の指示を出して兵士を動かす。
最前線に立つハンターには劣るが数は力だ。帝国出身の自称元小役人は、限られた戦力を将軍の如く有効に扱っていた。
「時間一杯、伸ばせるでしょうか。はてさて」
聞こえないようにつぶやく。
防壁を乗り越える直前に巨人に矢を馳走して時間を稼ぐ。
ガルドブルム対応の人員が抜けた分味方の戦力が薄い。大砲の再装填の隙をつき、1体のトロルが長大な助走の末防壁を飛び越えた。
「鹿島さん、右から2番目にトロルが1体到着」
短伝話越しに情報を提供する。
レッドコメットに矢を番え即放つ。
頭を狙った矢が背中に刺さる。遠くの見張り台からも矢が飛来して首の近くに刺さり、しかし巨人は凄まじい体力で耐えて砦の内側に入り込もうとした。
「ヴィオラ、5メートル級のトロルが一体いったぞ」
見張り台の上鹿島 雲雀(ka3706)がトランシーバーを通してクルセイダーに指示していた。
トロルがこじ開けようとした扉が内側から開く。
クルセイダーが現れメイスで殴る。数倍の身長差と数十倍の重量差があるのにトロルが浮き上がり、地面に落ちる前に連打を浴びて止めを刺された。
ヴィオラ・フルブライト(kz0007)。グラムヘイズ王国と聖堂教会の切り札である。
「あっちは任せて、問題はこっちだな」
ガルドブルムの方は拮抗しているようだ。だが他の方面は少ない戦力で巨人に当たらざるを得ず、雑魔に取り付かれた箇所が2つ、いや3つもある。
雲雀はヴィオラに3つの座標を伝え、後方に移送が必要な負傷者の数と位置を伝え、さらにヴィオラと最前線の援護のため弾幕を張る。
「それなりの質量があれば構わん、敵の頭でも撃ち返せ!」
ジル・ティフォージュ(ka3873)が短剣装備のトロルと切り結びつつ兵士に命令する。
頭はないが壊れた石材は大量に転がっている。大砲担当兵以外はジルを信じて直径十数センチの瓦礫を拾い、一斉にトロルの顔めがけて投げつけた。
トロルがぎょっとして目を閉じ、ジルの急接近にも気付けなくなる。
次の瞬間、グロムソードがまぶたと眼球を貫通する。
「怠惰らしくそこに留まるが良い」
両手で柄を保持し全力で押し込んだ。刃の先が脳をかき回し、巨人が全身を痙攣させ仰向けに倒れた。
ジルは防壁の縁で踏みとどまり、巨人群の新手が接近に気づく。
「ユージーン、行け!」
ユージーン・L・ローランド(ka1810)が防壁から離れて内側に飛び降りた。
オーガの怒声とジルが苦痛に耐える音が聞こえる。
「情に流される訳には行かないのです」
奥歯が砕けてもおかしくなかった。
「止まってください」
ユージンがヴィオラの前に立ちふさがる。ヴィオラの瞳に灯る光は力強くも暖かく、ユージーンも制止などせず共に戦いたい。
「貴女が倒れたら、王国と王女の事を両方ともきちんと心配出来る方がいなくなってしまいます」
彼は言葉を選んでいる。
ヴィオラはこの場にいるハンターの誰より強い。強いが単独で戦況を傾けるほど強くはなく、しかも戦死時の悪影響が巨大すぎる。
「戦いは今日だけでは終わりません。待つのも重要です」
2人の頭上を大きな影が通過する。去っていくガルドブルムの影だった。
「他の十三魔が現れるかもしれません。スキルも覚醒も無駄遣いできませんから」
「ええ」
ヴィオラは悔しさを内心に押し込め、負傷者を連れて砦の守備に戻るのだった。
●3日目
濃い血の臭いが漂っていた。
ハンターは敵増援に備えて覚醒せずに戦い続け、各国の兵士も血塗れの包帯をまき、または傷が治っても血が足りない状態で防壁を守り続けている。
走り 由良(ka3268)は最も高い見張り台に籠もり、押し寄せる敵を見つめていた。
「僕に出来ること、やらないと」
敵群に気づいたことを気づかれないよう、下にいるハンターと兵士に小声で伝える。
「無傷のオーガが1隊、駆け足で接近中。次のローテの人を呼んできてください」
傷だらけの兵士が砦の中へ駆け込んだ。
由良は、ロングソードを鞘から抜いてそのときに備える。
「何としても後15時間保たせる! 旗を掲げて下さい!」
ユナイテル・キングスコート(ka3458)が預かり物の同盟旗を掲げる。
血と土にまみれた帝国軍人が帝国旗を雄々しく天に突き出す。
王国騎士が負けじと王国旗を掲げ、辺境の強者達が日に焼けた旗を誇らしく立てた。
風が吹いているのに旗は揺れもしない。オーガ隊の動きが鈍る。人類の鋭鋒に当たるのを同属に押し付け合い、速度が駆け足から早歩きにまで落ち衝撃力を失った。
ユナイテルは額に浮かんだ冷や汗をぬぐう。
旗持ちの元気は8割方やせ我慢だ。あのまま防壁にとりつかれたら、半数が乗り越えたかもしれない。
「右の戦力は足りています。左に、はい5人全員で向かってください」
ユナイテルはシガレット謹製の地図を手に味方増援を割り振る。
見た目はちびっ子だが、中身と行動は見事な騎士振りだった。
先頭が壁をよじ登る。由良がだらしない腹を切って打ち落とす。
「おっちゃん達出番やで!」 イチカ・ウルヴァナ(ka4012)が高らかに呼びかけ、手製の、大型野生動物に使うとしても大きすぎるボーラを巨人群に投げつけた。
辺境の強者達も投擲。深夜故狙いをつけづらく3分の1近くが明後日の方向に飛び、残る3分の2がイチカのボーラ同様オーガに絡まり動きを制限する。
オーガの怒号が大気を震わせる。
筋肉が怒張し、ひとかたまりとなって防壁に正面から激突した。
「ええ根性や。歓迎したるっ」
イチカの大太刀がオーガの頭をかち割る。ユナイテルの宝剣が兵士を掴んだ巨人の手首を切り飛ばす。
怒号が悲鳴に変わる。大砲が一斉に吼え、悲鳴が弱々しい断末魔に変わった。
「お代わりかい」
大太刀を担いでイチカが鼻を鳴らす。
サイクロプスの1組、しかも分厚い金属鎧と鉄棒で固めた6メートル級が接近中だ。
「ここは抑えます」
ヴィオラが王国兵を伴い防壁状の守りにつく。決して突出はせず、けれど歪虚が来れば確実に滅する、堅実な構えであった。
「任せたで、ねえちゃん!」
イチカは陽気に声をかけ、数人の兵士を強引に引っ張り砦の奥へ向かう。イチカやハンターはまだましだが、他の連中はスキルは品切れ覚醒も後数分でお仕舞いだ。一刻も早く守護結界で回復する必要があった。
その守護結界の間近では別のクルセイダーがデスマーチ中だった。
「黄色って? どういう意味でしたっけ?」
「ヒールゥ!」
ルカ(ka0962)は怯えを飲み下す。
白墨で、エイル・メヌエット(ka2807)が定めたトリアージ要項を壁に刻みつけた。
「状況が……状況です……。耐えて……ヒールは最小限……医薬品は夕方までもてばいいです……」
クルセイダーが絶句する。簡易寝台に寝かされた重傷者の苦鳴が皆の心を削る。
「ご助言、感謝します」
王国出身者らしいクルセイダーが、ルカに深々と頭を下げ、目の前の重傷者に1度だけヒールを使い包帯をまいた。
ルカは自分の担当を終わらせると、未だ激しい戦闘が行われる防壁へ向かった。
途中、ここ数日ですっかり見慣れた顔に遭遇し、思わず立ち止まってしまった。
ヴィオラが会釈する。治療を受けた直後のようで、装備は外され服の下から包帯が見えている。
「食え」
素焼きの椀がヴィオラに突きつけられた。
フードを深めに被ったカルロ・カルカ(ka1608)の仕業だ。顔が半ば隠れているので非常に怪しく見える。
が、ヴィオラは神妙に両手で受け取り、音を立てずに透明な汁を口に含んだ。
冷えた肌が中から暖まる。頬が淡い桜色に染まり、歪虚にとっての悪魔ではなく柔和な美女に見えた。
「腹が減っては……だろ、ちゃんと戦いたいなら食って行きな」
カルロはお玉を使って一口大の肉をヴィオラの椀に入れる。
「ほら」
ルカにも突きつける。2人のクルセイダーは自然に顔を見合わせ、淡く笑った。
「有り難うございます。すごく、美味しいです」
カルロは当たり前のことを言うなという雰囲気でひとつうなずき、瓶の水を術で浄化し複数の水筒に分け、柔らかく似た肉を持ち運びに適した堅いパンに包んで2人だけでなく治療が済んだハンターにも渡す。
「俺は俺なりの支援をする、手は一切抜くつもりはねぇ」
皆、無言で礼をカルロに礼をした。
数人の男女が走って来る。担架で運ばれてきたのは5体満足なのが不思議なほどのダメージを負った少年だ。
「ゆっくりと下ろして。熱湯の準備を」
エイルが指示を出す。
カルロが浄化済みのお湯を用意。ヴィオラが迷い無くヒールを使おうとして、エイルに1回のみ使うよう厳命される。
この少年のためにもヒールは無駄遣いできない。予定時間まで歪虚を引きつけ、少年を含む負傷者を連れて砦から逃げ、さらに船に乗って後方にたどりついてようやく無事に家に帰せる。
エイルは少年の状態を注意深く診る。呼吸が浅く肌が冷たい。作戦が予定通りに進めば助かるだろう。が、皆この少年ほどではないが疲労が深刻だ。
誰かが持ち込んだ目覚まし時計が鳴り出した。
「ヴィオラさん、士気の鼓舞をお願いします」
王国を代表するクルセイダーが同意し、メイスを手に立ち上がる。
「皆、よくやってくれました!」
桁外れのマテリアルを乗せ声が広がる。
「軽傷者は重傷者に肩を貸すように。傷の浅い者は最前列で敵陣突破か、最後尾での殿軍かを選びなさい!」
非覚醒状態の覚醒者がこの日最後の覚醒を行う。ルカのローテーションは予想以上に有効で、全員覚醒したまま撤退に移れそうだ。
砦の門が開く。
ルカの拳銃が火を噴き、ヒールを使い終えたクルセイダーが吶喊してメイスで殴り潰す。
「これより撤退に移る!」
防壁場のハンターが内側へ飛び降り仲間の元へ向かう。
歪虚はこれまでの苦戦により警戒心を捨てきれず、絶好の機会を無駄にして罠を警戒する。
ハンター達は門前の薄い陣を突破し、予定通りの進路で船が待つ場所へ向かう。
歪虚が砦を占拠したとき、生き物は鼠一匹残っていなかった。
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