ゲスト
(ka0000)
グランドシナリオ【不動マギア砦籠城戦


▼【不動】グランドシナリオ「マギア砦籠城戦」▼(1/28?2/18)
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作戦4:砦脱出 リプレイ
- 神楽
(ka2032) - エヴァ・A・カルブンクルス
(ka0029) - 鬼塚 雷蔵
(ka3963) - クローディオ・シャール
(ka0030) - イスフェリア
(ka2088) - 守原 有希弥
(ka0562) - ルトガー・レイヴンルフト
(ka1847) - モニカ
(ka1736) - カール・フォルシアン
(ka3702) - ルピナス
(ka0179) - 鳴神 真吾
(ka2626) - ルーエル・ゼクシディア
(ka2473) - レム・K・モメンタム
(ka0149) - クラーク・バレンスタイン
(ka0111) - クリスティア・オルトワール
(ka0131) - ナハティガル・ハーレイ
(ka0023) - ジャック・J・グリーヴ
(ka1305) - デスドクロ・ザ・ブラックホール
(ka0013) - セレスティア
(ka2691) - 金刀比良 十六那
(ka1841) - 黒の夢
(ka0187)
砦の周囲は小さな丘や小さな森が点在している。その一つ、南方にある丘を囲むように広がる森の中、錆びた鉄扉が茂みの中に埋もれていた。時刻は夕方より少し前。太陽が傾き日の光が弱くなりつつある頃合だった。鉄扉はぎしぎしと音を立てながら、ゆっくりと外側へ開かれる。その鉄扉の中より外を窺い、始めに顔を出したのは神楽(ka2032)であった。神楽は飛び出すとぐるりと周囲の茂みを見渡し、立ち止まっては耳を澄ませる。今は戦闘の音はなく、周囲は風が木の葉を揺らす音しかしていない。
「大丈夫っす。誰も居ないっすよ」
彼の合図で残った者達も続々とその門より外に出る。ここは砦の脱出口の一つで、海岸線に一番近い位置にある。砦を守っていた者はここから脱出し、海岸線で同盟の輸送船に拾ってもらう手筈になっていた。ここが死地に残された唯一の光明である。脱出路を任された21名は48時間の攻防の最中、独自に撤退路の確保に務めていた。3班に別れ退路となるコースを入念に調べ、障害となる歪虚を一つずつ撃破している。地形の調査も終わりあとは駆け抜けるだけ。砦で戦っていた者達は経路には不案内だったが、エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)が2日かけて詳細な地図を作成している為、団体行動さえしていれば迷う心配も無かった。他に心配事と言えば、目立つ輸送船が攻撃に晒されていないか、ぐらいである。砦を守っていた戦士達は続々と地下道より地上へ出る。誰もが傷つき、負傷者がより重い負傷者に肩を貸している状態だった。しかし彼らを助け、動き出すのを待っている時間はない。退路確保を担うメンバーのうち半分は、馬を地下通路から出すとすぐさま背に跨った。鬼塚 雷蔵(ka3963)は馬を連れてこれなかったが、クローディオ・シャール(ka0030)が彼を同乗させる。
「それでは先に行っています。みなさんもお気をつけて」
手筈通りイスフェリア(ka2088)を先頭に、チームの半分が先発した。残り半数はその場に残り撤退する友軍の護衛につく。現状で戦力を分散する事には不安があったが、船の護衛と撤退ルートの確保は両立する必要がある。9騎の馬は身動きの取れない本隊を後に、一路海岸線へと向かっていく。激しい攻防は今は遠く、軍馬が土を蹴る音だけが響いていた。砦は静まりかえり、あれだけ鳴り響いていた火砲の音もない。守原 有希弥(ka0562)は視線を周囲に配しながら、訝しげに眉を寄せた。
「………静か過ぎますね」
「どうかしたか?」
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)が馬を寄せる。守原は話したものかどうか迷い、視線をさまよわせた。
士気を落とす可能性もあったが、それは話すべきことでもあった。
「一つ、危惧があります」
「どんな?」
「この戦力差です。うちらが逃げ出すかもしれないって、敵も考えてると思います」
自分に置き換えて考える、というのが歪虚にとってある話なのか。それはさておき彼らもごく普通に思考する。情報は与えないに越したことはない。だが今回、退路確保の為に周囲の歪虚を事前に一掃してしまった。退却開始までに24時間以上の間が出来ている。今になってそれが酷く拙いことのように思えてきていた。
「そんな事か。今更遅い」
ルトガーは事も無げに言い捨てる。
「動き出してしまった以上は止められん。生き残ったら次は繰り返さないようにする。俺達にできるのはそれだけだ。それに…」
ルトガーは言葉を止める。林の向こうでいくつもの銃声の音が聞こえていた。戦闘が既に始まっている。海岸の敵は一掃していたはずだが、悪い予想は当たってしまったようだ。
「想定外のことは起こるもの。目の前のことに集中するんだな」
言ってルトガーは手綱を緩め、前傾姿勢となって馬を更に早く走らせる。他の者も遅れまいと続く。林を抜けた先は既に激戦となっていた。ポルトワール海軍は途上ナナ・ナインの襲撃を受けたが、ハンター達の活躍によって事なきを得、予定の刻限よりも早く合流地点にたどり着いていた。海軍は回収予定の戦士達が到着するよりも先に、戦闘可能な海兵・ハンターで海岸を制圧。順調にスケジュールをこなしていたが、撤退の動きを予測した一部の歪虚が軍勢を引き連れて現れていた。ナナ・ナインとの交戦で十全といえない防衛部隊は、巨人の怪力に苦戦を強いられる。ハンター達はそれでも個別に戦うことが出来たが、銃撃を凌ぎきって接近する相手に海兵は総崩れとなっていた。巨人達は逃げる兵士を容赦なく棍棒や刃の潰れた剣でなぎ払っていく。
「うわぁぁぁ!」
躓いた兵士がまた1人潰された。同僚の死を目の当たりにした兵士は、恐慌に陥りながらも魔導銃の引き金を引く。4mを越える巨体は的であったが、大して痛みを感じていない。笑みを作った巨人は棍棒を振り下ろそうとして…。その振り上げた手を銃弾によって撃ち抜かれた。撃ったのは到着したモニカ(ka1736)だった。巨人が向きを変える前に続けて放たれた第2射が胸を穿ち、巨人は膝から崩れ落ちた。
「とどめだ!」
走り寄ったカール・フォルシアン(ka3702)が機杖「ピュアホワイト」を掲げる。杖の歯車がカチリと音を立てて周り、数条の光が衝撃となって放たれた。顔をえぐられた巨人は仰向けに倒れ、黒い靄となって消え去った。彼らに続き、次々とハンター達が戦列に加わっていく。鬼塚はクローディオの馬から飛び降りると、すぐさま銃撃を開始した。
「ここで良い。恩に着るぜ」
「死ぬなよ」
「それは約束できないな!」
走っていく鬼塚の背を1秒だけ目で追い、クローディオは海兵の指揮官を探した。
「ここの指揮官はどこに!?」
「私ならここだ!」
走り寄ったのは地味で目立たない雰囲気の男だった。何も無ければ見落としていたが、目つきの鋭さは兵卒のそれでなく、地獄の中で怯んだ様子もない。
「間もなくここに本隊が合流します。船の準備をしてください」
「わかりましたが、しかしそれでは…」
戦線が持たないのではないか。疑問を呈す前に、クローディオの背後から別の巨人が迫っていた。クローディオは振り向き鞭を構えるが、ルピナス(ka0179)が先んじてデリンジャーでその足を撃ち抜いた。
「心配は要らないよ。こっちは全員で帰るつもりなんだ」
巨人が動き出さないようにクローディオは鞭でその手を打ち据える。銃撃はそこかしこから飛び、防衛線は再び強固に作り変えられていた。巨人はとてつもなくタフだが遠距離武器を持っていない。火線を集中することが出来れば、十分に対抗することができた。 「モニカも、一緒に帰るの! みんなで、一緒に!」
騎馬鉄砲となったモニカは次々と巨人を撃ち抜く。絶望よ消えよ。その背中は誰よりも雄弁に語っていた。
「……すまない。船の準備を始めろ!!」
指揮官と共に海兵は下がり、係留していた船の錨を引き上げはじめる。戦闘は始まったばかり。丘を越えて巨人は更に数を増やしていた。
●
襲撃を受けたのは本隊も同様だった。掃討より24時間の余裕は敵にとっても兵力を準備するのに十分な時間にもなったが、重要性を読み違えたのか敵の戦力はそれほど大きくはない。使役された雑魔や小型の歪虚も多く、斥候部隊に毛が生えた程度だ。しかしそれゆえに、時間と共に状況が悪化することが明白であった。敵は既に本隊を呼び寄せている可能性がある。斥候部隊はそのまま足止め部隊にもなるのだろう。事前に警戒していた為に完全な奇襲を受けることは免れたものの、覚醒の限界を迎えた者や負傷で戦闘不能になった者を抱える一団には、大きな障害となった。
「ここは任せて先に行ってくれ!」
鳴神 真吾(ka2626)が隊列を守りながら大声で呼びかける。ハンター達は動ける者を残し、退路を急いだ。巨人の1体が目立つ鳴神を巨大な剣で薙ぎ払う。斬撃は質量を伴った暴風となって地面をえぐった。鳴神はバックステップで衝撃の範囲から逃れると、覚醒のスイッチになるフルフェイスヘルムを高く掲げた。
「貴様らの好きにはさせん! 変身っ!!」
叫びと共にヘルムを被ると眩い光が鳴神を覆い、青い装束となって彼を包む。マテリアルは幻影となって彼にヒーローの写し身を与えた。
「機導特査! ガイアードッ!」
再び振り下ろされた鉈をかわしざま、腰の魔導銃を抜き放つ。
「吼えろ、ペンタグラム!!」
放たれた銃弾を受けた巨人は怯み、大鉈を取り落とした。
「全てを、出しますっ!」
守原の声にあわせ、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)も巨人に駆け寄る。切りかかる男の刃が巨人の足を切り裂き、ひるんだところへ少年が身の丈に合わぬパイルバンカーを振りかぶり、巨人の足に叩きつけた。
「これが、裁きの楔!」
骨を砕いた上から更にトリガーを引く。鈍い音を立てて放たれた杭が巨人の足を完全に断裂する。動かなくなった巨人の首をレム・K・モメンタム(ka0149)が剣で叩き落とす。巨人も一斉にかかれば勝てない相手ではない。
「ここは半分で良いわ。残りは本隊の護衛について」
周りのハンター達はぎょっとして彼女を見る。この状況での殿は、逃れようの無い死地になる。
「逃げ戦の殿、燃える状況じゃないの。やってやろうじゃない」
「心配を増やすな」
クラーク・バレンスタイン(ka0111)はたしなめるように言いつつも、レムの背を守るようにポジションを取る。
「どの道数を減らさなければ逃げ切れない。必ず追う」
クラークの言葉に納得出来た者ばかりではないが、理には適っている。迷いを残す一同だったが、クリスティア・オルトワール(ka0131)は合図するように馬の向きを変えた。
「必ず追いついてきてください。約束ですよ!」
ハンター達は殿を残しその多くが海岸を目指した。ナハティガル・ハーレイ(ka0023)は呆れたようにため息を吐いた。
「約束か。重いな」
巨人自体の数は多くないが、使役する雑魔の数は馬鹿にできない。
「怖気づいた? 私は負けてやるつもりは無いよ!」
「ぬかせ」
レムの言葉を鼻で笑いながらも、その目は肉食獣のような鋭い輝きを放っていた。
「――数で劣るんなら、リーダー格の個体を狙って指揮系統を乱すのは定石…ってな!」
ナハティガルは槍で正面の巨人を指す。それでハンター達の意図は固まった。
「栄光の航路まで、立ちはだかる壁は撃ち崩すのみ。行くよ!」
「ここは、任せてください!」
ルーエルが走り出すとハンター達は、有希弥の声に合わせるように、一斉に司令塔である巨人に襲い掛かる。狭まりつつある包囲網の中で、懸命の撤退戦が始まった。
●
海岸に到着した本隊は、負傷者から順に移送を開始していた。ルトガーが懸念した水中に適応した敵は現れず、海にさえ出れば順調に進んだ。巨人達の攻勢は波があったものの、時間と共に勢いが増しつつあった。再度の攻勢に巨人が雑魔を引き連れ現れると、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は再び戦闘切って突撃した。先頭の一匹を銃で撃ちぬき、獲物を探して更に前に出る。
「かかってこいクソ歪虚ども! 俺様が1人残らず始末してやる!」
前へ前へ。仲間は彼に追随し、隊列を乱した者から片付けていく。攻撃的な物言いとは裏腹、巨人の攻撃は彼が一身に受け止めていた。平気な顔をしているが動きには精彩が無い。
「ジャックさん、前に出過ぎです! 下がってください!」
イスフェリアの叫びは悲鳴のようであった。彼女も仲間の守りに専念している為前には出れない。しかしジャックは意に介さぬように不敵な笑みを作った。
「防衛ラインを下げたら船が狙われる。これが最良の方法だ!」
「けど…」
言い募ろうとするイスフェリアの肩をクローディオが叩いた。
「誰かがやらなければならないことだ」
誰もが必死だ。自分達で出来ることをするしかない。仲間を信じて最善を尽くすしか、出来ることはないのだ。クローディオもこの戦いの中、仲間を庇って前線で大きな怪我をしており、本来なら船で運ぶところだが、残存する魔力を回復の魔術として放出するまではと海岸に残っている。イスフェリアは小さく頷き、仲間の治療を再開した。
「そうだ。もっと俺を狙ってこい!」
ジャックは変らず笑っていた。巨人の振り回す棍棒を何度も受けながら、それでも笑みを崩さない。
(貴族がシンドイ顔見せたら平民共に示しがつかねぇからな)
それが彼を奮い立たせる矜持でもあった。
「しかし、いつまでも持たないぞ!」
鬼塚が巨人の投げた岩をかわしながら悪態を付く。敵の数が少ないうちは残存の戦力でなんとかなっているがジリ貧だ。しかし目処が立たないほどではない。海岸線の移送作業は順調でひとまずはなんとかなっている。船に人を乗せながらリストを作っている神楽は、誰も置き去りにならないように声をかけながら人の間をすり抜ける。その途上、エヴァが難しい顔をして立ち尽くしていた。
「お疲れっす。あとはどれぐらい残ってるっすか?」
神楽は船に乗れてない仲間の数を聞くつもりだった。が、エヴァは緊迫した様子で地図の一箇所に丸を描き、次いで仲間達のリストを指差した。その意図を察し、神楽から血の気が引いた。
「え……まだ、残ってるっすか?」
神楽は丘の向こうを見る。撤退してきた本隊の向こう、そこではまだ戦闘が続いていた。
●
殿に残った者達は何度も巨人の攻勢を退けた。しかし巨人達は周辺の雑魔を呼び寄せ、包囲するように迫ってくる。長引く戦闘でクラーク、レム、ルーエル、それに有希弥は怪我をして身動きが取れなくなり、簡単な施術後馬に乗せて移動している。
その他の者も満身創痍といった体で、もはや戦力としては半壊。戦えるような状況ではなかった。
「まずいな」
ナハティガルは移動しながら周囲を見渡した。包囲されつつある。前方には既に敵が退路を塞ぐために布陣を完了していた。立ち止まれば戦闘になるが、前方の敵と戦っていては余計に状況が悪くなる。
「仕方ない。ここで戦おう」
「それしかないか」
ナハティガルは覚悟を決めて馬の足を止める。鳴神は彼の背後を守るように反対側についた。まだ、まともに戦えるのはこの2人だけだった。クラークはレムを庇いながらも、一矢報いんと銃を構える。鳴神がナハティガルと共に飛び出すよりも先に事態は変化した。後方から来た一団のゴブリンが飛来した炎に焼かれ消滅したのだ。
「ブハハハハハ! よくぞ耐えたぞ小僧ども!」
先程の鳴神以上の音量で名乗りを上げたのは、デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)。禍々しく毒々しく刺々しい黒い装束を翻し、腕を組んだ姿勢のまま馬に乗っている。
「怠惰の歪虚共よ、恐れおののけ! 暗黒皇帝デスドクロ・ザ・ブラックホール様とはわしのことよ!」
暗黒皇帝と書いてシュバルツカイザーと読む。半端に知性がある分、歪虚達は怯んだ。目の前のこれは脅威なのかそうでないのか、まったく測れない。そして彼の真意を測りかねているのはハンター達も同じだ。呆気に取られた鳴神は次にどう声をかけるべきかわからずに居る。デスドクロはその鳴神を大仰な動作で指差した。
「しかし小僧、貴様は根性はあるがセンスが無い!」
「なっ!?」
「喜べ! わしが貴様に撤退戦のなんたるかを教えてやる! 暗黒皇帝たるわしには万民を正しく導く責務があるからな!」
そしてまたグハハハハと大笑いを始める。このやりとりに埒が明かないとばかりに、巨人の一体が棍棒を振り上げデスドクロ目掛けて走り出した。
「ふん、たわけめ」
デスドクロはあわてず騒がず走り出した一体をエレクトリックショックで黙らせる。これだけなら一瞬のこと。麻痺だけで死ぬことはないが、周囲の茂みから次の一撃が放たれた。茂みに隠れていたセレスティア(ka2691)のホーリーライト、金刀比良 十六那(ka1841)のウィンドスラッシュが巨人に直撃する。続けて近づこうとする巨人も居たが、黒の夢(ka0187)の放つ炎が阻む。眼光鋭い黒の夢に気おされ、ゴブリン程度では前に進むことすらできない。
「ブハハハハハ! 良くやった、我が配下達よ!」
「……そうなのか?」
「違うよ…」
ナハティガルに即答しつつ、セレスティアは残った魔力をヒールに集中させる。レム達の傷は深く完治は難しいが、少なくともしばらく命をつなぎとめることは出来るだろう。黒の夢は怪我をした4人が息を吹き返したのを見て、残った2人に咎めるような視線を送った。
「2人とも諦めてたでしょ?」
ナハティガルと鳴神は身を竦ませる。身の覚えがあったからだ。
「怪我人を先に逃がそうとしただけだ」
「ああ、怪我人さえ逃げてさえくれれば俺達はなんとでも……」
死ぬ気でそれを考えていたわけではないが、切羽詰って自己犠牲を考えたのは事実でもあった。認めるほど素直でもなかったが、黒の夢が涙を貯めているのを見て、2人はそれ以上の言い訳は控えた。
(それにしても…)
金刀比良は堂々と前に出るデスドクロを見ていた。それが虚構であれ何であれ、この状況に動じない強さは彼女にはまぶしかった。誰もが恐怖の中で戦っている。彼女もそれは変らない。だからこそ鳴神が見せた勇気やデスドクロの覇気は、強く仲間達を奮い立たせた。
「どうした巨人ども。わしの666の精鋭がそんなにも恐ろしいか?」
デスドクロは遂に最後列となる。巨人達は動く気配は無い。他に伏せている仲間もおらず、状況はそこまで好転しないようにも見えるが…。
「なるほど、そういうことか」
銃を杖代わりに立ち上がろうとするクラークを、セレスティアが支えた。
「歪虚はその名前どおりの性質を持つ。あの巨人達は『怠惰』。連中の出鼻を挫き、元から少ないやる気を削いでいく作戦か」
士気を挫くのは人間相手の作戦でも重要ではあるが、こと怠惰との戦いにおいてはそれは更に大きな要素となる。特に今回、歪虚は人の殲滅を目論見はしつつも既に勝利しているような状態だ。今無理に戦わずとも、あとで殺すだけの余裕はある。自分で手を下さずとも別の者が襲撃に参加している。そうなれば手控えを始めるのも道理であった。彼らは殿の数名と別れた後、本隊の防衛をこの作戦で全て乗り切った。戦力を温存できたために、こうやって駆けつけることが出来たのである。
「ほれ小僧ども。さっさと馬に乗れ!」
デスドクロは巨人達が迷っているこの機を逃さず、鳴神を馬の後ろに引き上げる。巨人達は最初に飛び出して、最初の標的になることを恐れ動かない。伏兵により仲間が滅んだのを目の当たりにし、666という戯れ言すら無視できなかった。逃げる準備が完了すると、デスドクロは会心の笑みをもらした。 「ブハハハハハハ! 次会う時が貴様らの最後だ。心しておけ!」
デスドクロが馬を走らせると、他のハンター達もそれに続いた。巨人達は伏兵が無いものと確信できぬまま、しばらくその場で棒立ちになっている。助けられておきながらではあるが、鳴神はデスドクロと並んでいる自分に違和感を覚えていた。
(だけど、たまには悪との共闘も悪くないか)
お互い周囲から見れば傾奇者同士。嘘が本当になるまで、絶望が希望に変わるまで全身全霊で傾ききったのだ。悔いなどあろうはずもない。鳴神は馬の背で揺られながら、意識を手放した。
●
敵の攻勢が弱まった。状況は不透明だが、引っ切り無しの襲撃に間が出来ている。遠くに見える砦は巨人に足蹴にされていた。おそらくそれで一端の区切りをつけたのだろう。助かった。ジャックは誰にも見えないように大きく息を吐いた。
「けど、次が来たら終わりだぜ」
鬼塚は気負いも何もなく事実を告げた。前線に居る巨人は減ったが雑魔や小型の歪虚は残っている。こちらは満身創痍。防御の魔法も底をつきつつ、汚れと怪我の無いところがない。しかしジャックは、その逆境を笑い飛ばした。
「だからどうした? 俺様が敵に背を向けるような男とでも」
「絶対に、諦めませんよ」
「だったら気が楽だと思ったんだよ」
カールの同意に、鬼塚はまた息を吐いた。
鬼塚ももしもの時は残る腹つもりでいた。歪虚達は徐々に包囲を狭めてくる。こいつら下っ端に戦術は無い。それだけに厄介な相手だった。3人は得物を握る。その手に握力は残されていないが、抵抗せずに死ぬなど矜持が許さない。一触即発の空気が満ち始める中、背後から馬のひづめの音が響いてきた。
「ジャックさん、鬼塚さん、カールさん!」
クリスティアとエヴァだ。2人の顔に悲壮の色は無い。何があったのかと怪訝な顔をする一同に、クリスティアは笑顔で告げた。
「皆、船に乗りました。帰りましょう」
「………なんだ。俺たちが最後かよ」
苦笑いしながらジャックと鬼塚、2人は顔を見合わせた。カールはその言葉に気が抜けたのか脱力し、その場に崩れる。
ジャックは肩を竦めると、鬼塚に手を伸ばした。鬼塚はその手を取ってジャックの馬の背に乗る。
「行きましょう。エヴァさん、お願いします」
エヴァは頷くと、プランシェットを掲げる。生み出された光る紫の球体はゴブリンの群れの真ん中に放つ。球体は爆発して白い雲となった。場に居た歪虚達は何の抵抗も出来ずに全てが眠りに落ちた。
「よし、引き上げるぞ!」
ジャックが馬を走らせる。船の上では神楽が手を振っていた。最後の5人が乗船すると、船は死地を背に舵を切った。
「大丈夫っす。誰も居ないっすよ」
彼の合図で残った者達も続々とその門より外に出る。ここは砦の脱出口の一つで、海岸線に一番近い位置にある。砦を守っていた者はここから脱出し、海岸線で同盟の輸送船に拾ってもらう手筈になっていた。ここが死地に残された唯一の光明である。脱出路を任された21名は48時間の攻防の最中、独自に撤退路の確保に務めていた。3班に別れ退路となるコースを入念に調べ、障害となる歪虚を一つずつ撃破している。地形の調査も終わりあとは駆け抜けるだけ。砦で戦っていた者達は経路には不案内だったが、エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)が2日かけて詳細な地図を作成している為、団体行動さえしていれば迷う心配も無かった。他に心配事と言えば、目立つ輸送船が攻撃に晒されていないか、ぐらいである。砦を守っていた戦士達は続々と地下道より地上へ出る。誰もが傷つき、負傷者がより重い負傷者に肩を貸している状態だった。しかし彼らを助け、動き出すのを待っている時間はない。退路確保を担うメンバーのうち半分は、馬を地下通路から出すとすぐさま背に跨った。鬼塚 雷蔵(ka3963)は馬を連れてこれなかったが、クローディオ・シャール(ka0030)が彼を同乗させる。
「それでは先に行っています。みなさんもお気をつけて」
手筈通りイスフェリア(ka2088)を先頭に、チームの半分が先発した。残り半数はその場に残り撤退する友軍の護衛につく。現状で戦力を分散する事には不安があったが、船の護衛と撤退ルートの確保は両立する必要がある。9騎の馬は身動きの取れない本隊を後に、一路海岸線へと向かっていく。激しい攻防は今は遠く、軍馬が土を蹴る音だけが響いていた。砦は静まりかえり、あれだけ鳴り響いていた火砲の音もない。守原 有希弥(ka0562)は視線を周囲に配しながら、訝しげに眉を寄せた。
「………静か過ぎますね」
「どうかしたか?」
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)が馬を寄せる。守原は話したものかどうか迷い、視線をさまよわせた。
士気を落とす可能性もあったが、それは話すべきことでもあった。
「一つ、危惧があります」
「どんな?」
「この戦力差です。うちらが逃げ出すかもしれないって、敵も考えてると思います」
自分に置き換えて考える、というのが歪虚にとってある話なのか。それはさておき彼らもごく普通に思考する。情報は与えないに越したことはない。だが今回、退路確保の為に周囲の歪虚を事前に一掃してしまった。退却開始までに24時間以上の間が出来ている。今になってそれが酷く拙いことのように思えてきていた。
「そんな事か。今更遅い」
ルトガーは事も無げに言い捨てる。
「動き出してしまった以上は止められん。生き残ったら次は繰り返さないようにする。俺達にできるのはそれだけだ。それに…」
ルトガーは言葉を止める。林の向こうでいくつもの銃声の音が聞こえていた。戦闘が既に始まっている。海岸の敵は一掃していたはずだが、悪い予想は当たってしまったようだ。
「想定外のことは起こるもの。目の前のことに集中するんだな」
言ってルトガーは手綱を緩め、前傾姿勢となって馬を更に早く走らせる。他の者も遅れまいと続く。林を抜けた先は既に激戦となっていた。ポルトワール海軍は途上ナナ・ナインの襲撃を受けたが、ハンター達の活躍によって事なきを得、予定の刻限よりも早く合流地点にたどり着いていた。海軍は回収予定の戦士達が到着するよりも先に、戦闘可能な海兵・ハンターで海岸を制圧。順調にスケジュールをこなしていたが、撤退の動きを予測した一部の歪虚が軍勢を引き連れて現れていた。ナナ・ナインとの交戦で十全といえない防衛部隊は、巨人の怪力に苦戦を強いられる。ハンター達はそれでも個別に戦うことが出来たが、銃撃を凌ぎきって接近する相手に海兵は総崩れとなっていた。巨人達は逃げる兵士を容赦なく棍棒や刃の潰れた剣でなぎ払っていく。
「うわぁぁぁ!」
躓いた兵士がまた1人潰された。同僚の死を目の当たりにした兵士は、恐慌に陥りながらも魔導銃の引き金を引く。4mを越える巨体は的であったが、大して痛みを感じていない。笑みを作った巨人は棍棒を振り下ろそうとして…。その振り上げた手を銃弾によって撃ち抜かれた。撃ったのは到着したモニカ(ka1736)だった。巨人が向きを変える前に続けて放たれた第2射が胸を穿ち、巨人は膝から崩れ落ちた。
「とどめだ!」
走り寄ったカール・フォルシアン(ka3702)が機杖「ピュアホワイト」を掲げる。杖の歯車がカチリと音を立てて周り、数条の光が衝撃となって放たれた。顔をえぐられた巨人は仰向けに倒れ、黒い靄となって消え去った。彼らに続き、次々とハンター達が戦列に加わっていく。鬼塚はクローディオの馬から飛び降りると、すぐさま銃撃を開始した。
「ここで良い。恩に着るぜ」
「死ぬなよ」
「それは約束できないな!」
走っていく鬼塚の背を1秒だけ目で追い、クローディオは海兵の指揮官を探した。
「ここの指揮官はどこに!?」
「私ならここだ!」
走り寄ったのは地味で目立たない雰囲気の男だった。何も無ければ見落としていたが、目つきの鋭さは兵卒のそれでなく、地獄の中で怯んだ様子もない。
「間もなくここに本隊が合流します。船の準備をしてください」
「わかりましたが、しかしそれでは…」
戦線が持たないのではないか。疑問を呈す前に、クローディオの背後から別の巨人が迫っていた。クローディオは振り向き鞭を構えるが、ルピナス(ka0179)が先んじてデリンジャーでその足を撃ち抜いた。
「心配は要らないよ。こっちは全員で帰るつもりなんだ」
巨人が動き出さないようにクローディオは鞭でその手を打ち据える。銃撃はそこかしこから飛び、防衛線は再び強固に作り変えられていた。巨人はとてつもなくタフだが遠距離武器を持っていない。火線を集中することが出来れば、十分に対抗することができた。 「モニカも、一緒に帰るの! みんなで、一緒に!」
騎馬鉄砲となったモニカは次々と巨人を撃ち抜く。絶望よ消えよ。その背中は誰よりも雄弁に語っていた。
「……すまない。船の準備を始めろ!!」
指揮官と共に海兵は下がり、係留していた船の錨を引き上げはじめる。戦闘は始まったばかり。丘を越えて巨人は更に数を増やしていた。
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襲撃を受けたのは本隊も同様だった。掃討より24時間の余裕は敵にとっても兵力を準備するのに十分な時間にもなったが、重要性を読み違えたのか敵の戦力はそれほど大きくはない。使役された雑魔や小型の歪虚も多く、斥候部隊に毛が生えた程度だ。しかしそれゆえに、時間と共に状況が悪化することが明白であった。敵は既に本隊を呼び寄せている可能性がある。斥候部隊はそのまま足止め部隊にもなるのだろう。事前に警戒していた為に完全な奇襲を受けることは免れたものの、覚醒の限界を迎えた者や負傷で戦闘不能になった者を抱える一団には、大きな障害となった。
「ここは任せて先に行ってくれ!」
鳴神 真吾(ka2626)が隊列を守りながら大声で呼びかける。ハンター達は動ける者を残し、退路を急いだ。巨人の1体が目立つ鳴神を巨大な剣で薙ぎ払う。斬撃は質量を伴った暴風となって地面をえぐった。鳴神はバックステップで衝撃の範囲から逃れると、覚醒のスイッチになるフルフェイスヘルムを高く掲げた。
「貴様らの好きにはさせん! 変身っ!!」
叫びと共にヘルムを被ると眩い光が鳴神を覆い、青い装束となって彼を包む。マテリアルは幻影となって彼にヒーローの写し身を与えた。
「機導特査! ガイアードッ!」
再び振り下ろされた鉈をかわしざま、腰の魔導銃を抜き放つ。
「吼えろ、ペンタグラム!!」
放たれた銃弾を受けた巨人は怯み、大鉈を取り落とした。
「全てを、出しますっ!」
守原の声にあわせ、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)も巨人に駆け寄る。切りかかる男の刃が巨人の足を切り裂き、ひるんだところへ少年が身の丈に合わぬパイルバンカーを振りかぶり、巨人の足に叩きつけた。
「これが、裁きの楔!」
骨を砕いた上から更にトリガーを引く。鈍い音を立てて放たれた杭が巨人の足を完全に断裂する。動かなくなった巨人の首をレム・K・モメンタム(ka0149)が剣で叩き落とす。巨人も一斉にかかれば勝てない相手ではない。
「ここは半分で良いわ。残りは本隊の護衛について」
周りのハンター達はぎょっとして彼女を見る。この状況での殿は、逃れようの無い死地になる。
「逃げ戦の殿、燃える状況じゃないの。やってやろうじゃない」
「心配を増やすな」
クラーク・バレンスタイン(ka0111)はたしなめるように言いつつも、レムの背を守るようにポジションを取る。
「どの道数を減らさなければ逃げ切れない。必ず追う」
クラークの言葉に納得出来た者ばかりではないが、理には適っている。迷いを残す一同だったが、クリスティア・オルトワール(ka0131)は合図するように馬の向きを変えた。
「必ず追いついてきてください。約束ですよ!」
ハンター達は殿を残しその多くが海岸を目指した。ナハティガル・ハーレイ(ka0023)は呆れたようにため息を吐いた。
「約束か。重いな」
巨人自体の数は多くないが、使役する雑魔の数は馬鹿にできない。
「怖気づいた? 私は負けてやるつもりは無いよ!」
「ぬかせ」
レムの言葉を鼻で笑いながらも、その目は肉食獣のような鋭い輝きを放っていた。
「――数で劣るんなら、リーダー格の個体を狙って指揮系統を乱すのは定石…ってな!」
ナハティガルは槍で正面の巨人を指す。それでハンター達の意図は固まった。
「栄光の航路まで、立ちはだかる壁は撃ち崩すのみ。行くよ!」
「ここは、任せてください!」
ルーエルが走り出すとハンター達は、有希弥の声に合わせるように、一斉に司令塔である巨人に襲い掛かる。狭まりつつある包囲網の中で、懸命の撤退戦が始まった。
●
海岸に到着した本隊は、負傷者から順に移送を開始していた。ルトガーが懸念した水中に適応した敵は現れず、海にさえ出れば順調に進んだ。巨人達の攻勢は波があったものの、時間と共に勢いが増しつつあった。再度の攻勢に巨人が雑魔を引き連れ現れると、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は再び戦闘切って突撃した。先頭の一匹を銃で撃ちぬき、獲物を探して更に前に出る。
「かかってこいクソ歪虚ども! 俺様が1人残らず始末してやる!」
前へ前へ。仲間は彼に追随し、隊列を乱した者から片付けていく。攻撃的な物言いとは裏腹、巨人の攻撃は彼が一身に受け止めていた。平気な顔をしているが動きには精彩が無い。
「ジャックさん、前に出過ぎです! 下がってください!」
イスフェリアの叫びは悲鳴のようであった。彼女も仲間の守りに専念している為前には出れない。しかしジャックは意に介さぬように不敵な笑みを作った。
「防衛ラインを下げたら船が狙われる。これが最良の方法だ!」
「けど…」
言い募ろうとするイスフェリアの肩をクローディオが叩いた。
「誰かがやらなければならないことだ」
誰もが必死だ。自分達で出来ることをするしかない。仲間を信じて最善を尽くすしか、出来ることはないのだ。クローディオもこの戦いの中、仲間を庇って前線で大きな怪我をしており、本来なら船で運ぶところだが、残存する魔力を回復の魔術として放出するまではと海岸に残っている。イスフェリアは小さく頷き、仲間の治療を再開した。
「そうだ。もっと俺を狙ってこい!」
ジャックは変らず笑っていた。巨人の振り回す棍棒を何度も受けながら、それでも笑みを崩さない。
(貴族がシンドイ顔見せたら平民共に示しがつかねぇからな)
それが彼を奮い立たせる矜持でもあった。
「しかし、いつまでも持たないぞ!」
鬼塚が巨人の投げた岩をかわしながら悪態を付く。敵の数が少ないうちは残存の戦力でなんとかなっているがジリ貧だ。しかし目処が立たないほどではない。海岸線の移送作業は順調でひとまずはなんとかなっている。船に人を乗せながらリストを作っている神楽は、誰も置き去りにならないように声をかけながら人の間をすり抜ける。その途上、エヴァが難しい顔をして立ち尽くしていた。
「お疲れっす。あとはどれぐらい残ってるっすか?」
神楽は船に乗れてない仲間の数を聞くつもりだった。が、エヴァは緊迫した様子で地図の一箇所に丸を描き、次いで仲間達のリストを指差した。その意図を察し、神楽から血の気が引いた。
「え……まだ、残ってるっすか?」
神楽は丘の向こうを見る。撤退してきた本隊の向こう、そこではまだ戦闘が続いていた。
●
殿に残った者達は何度も巨人の攻勢を退けた。しかし巨人達は周辺の雑魔を呼び寄せ、包囲するように迫ってくる。長引く戦闘でクラーク、レム、ルーエル、それに有希弥は怪我をして身動きが取れなくなり、簡単な施術後馬に乗せて移動している。
その他の者も満身創痍といった体で、もはや戦力としては半壊。戦えるような状況ではなかった。
「まずいな」
ナハティガルは移動しながら周囲を見渡した。包囲されつつある。前方には既に敵が退路を塞ぐために布陣を完了していた。立ち止まれば戦闘になるが、前方の敵と戦っていては余計に状況が悪くなる。
「仕方ない。ここで戦おう」
「それしかないか」
ナハティガルは覚悟を決めて馬の足を止める。鳴神は彼の背後を守るように反対側についた。まだ、まともに戦えるのはこの2人だけだった。クラークはレムを庇いながらも、一矢報いんと銃を構える。鳴神がナハティガルと共に飛び出すよりも先に事態は変化した。後方から来た一団のゴブリンが飛来した炎に焼かれ消滅したのだ。
「ブハハハハハ! よくぞ耐えたぞ小僧ども!」
先程の鳴神以上の音量で名乗りを上げたのは、デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)。禍々しく毒々しく刺々しい黒い装束を翻し、腕を組んだ姿勢のまま馬に乗っている。
「怠惰の歪虚共よ、恐れおののけ! 暗黒皇帝デスドクロ・ザ・ブラックホール様とはわしのことよ!」
暗黒皇帝と書いてシュバルツカイザーと読む。半端に知性がある分、歪虚達は怯んだ。目の前のこれは脅威なのかそうでないのか、まったく測れない。そして彼の真意を測りかねているのはハンター達も同じだ。呆気に取られた鳴神は次にどう声をかけるべきかわからずに居る。デスドクロはその鳴神を大仰な動作で指差した。
「しかし小僧、貴様は根性はあるがセンスが無い!」
「なっ!?」
「喜べ! わしが貴様に撤退戦のなんたるかを教えてやる! 暗黒皇帝たるわしには万民を正しく導く責務があるからな!」
そしてまたグハハハハと大笑いを始める。このやりとりに埒が明かないとばかりに、巨人の一体が棍棒を振り上げデスドクロ目掛けて走り出した。
「ふん、たわけめ」
デスドクロはあわてず騒がず走り出した一体をエレクトリックショックで黙らせる。これだけなら一瞬のこと。麻痺だけで死ぬことはないが、周囲の茂みから次の一撃が放たれた。茂みに隠れていたセレスティア(ka2691)のホーリーライト、金刀比良 十六那(ka1841)のウィンドスラッシュが巨人に直撃する。続けて近づこうとする巨人も居たが、黒の夢(ka0187)の放つ炎が阻む。眼光鋭い黒の夢に気おされ、ゴブリン程度では前に進むことすらできない。
「ブハハハハハ! 良くやった、我が配下達よ!」
「……そうなのか?」
「違うよ…」
ナハティガルに即答しつつ、セレスティアは残った魔力をヒールに集中させる。レム達の傷は深く完治は難しいが、少なくともしばらく命をつなぎとめることは出来るだろう。黒の夢は怪我をした4人が息を吹き返したのを見て、残った2人に咎めるような視線を送った。
「2人とも諦めてたでしょ?」
ナハティガルと鳴神は身を竦ませる。身の覚えがあったからだ。
「怪我人を先に逃がそうとしただけだ」
「ああ、怪我人さえ逃げてさえくれれば俺達はなんとでも……」
死ぬ気でそれを考えていたわけではないが、切羽詰って自己犠牲を考えたのは事実でもあった。認めるほど素直でもなかったが、黒の夢が涙を貯めているのを見て、2人はそれ以上の言い訳は控えた。
(それにしても…)
金刀比良は堂々と前に出るデスドクロを見ていた。それが虚構であれ何であれ、この状況に動じない強さは彼女にはまぶしかった。誰もが恐怖の中で戦っている。彼女もそれは変らない。だからこそ鳴神が見せた勇気やデスドクロの覇気は、強く仲間達を奮い立たせた。
「どうした巨人ども。わしの666の精鋭がそんなにも恐ろしいか?」
デスドクロは遂に最後列となる。巨人達は動く気配は無い。他に伏せている仲間もおらず、状況はそこまで好転しないようにも見えるが…。
「なるほど、そういうことか」
銃を杖代わりに立ち上がろうとするクラークを、セレスティアが支えた。
「歪虚はその名前どおりの性質を持つ。あの巨人達は『怠惰』。連中の出鼻を挫き、元から少ないやる気を削いでいく作戦か」
士気を挫くのは人間相手の作戦でも重要ではあるが、こと怠惰との戦いにおいてはそれは更に大きな要素となる。特に今回、歪虚は人の殲滅を目論見はしつつも既に勝利しているような状態だ。今無理に戦わずとも、あとで殺すだけの余裕はある。自分で手を下さずとも別の者が襲撃に参加している。そうなれば手控えを始めるのも道理であった。彼らは殿の数名と別れた後、本隊の防衛をこの作戦で全て乗り切った。戦力を温存できたために、こうやって駆けつけることが出来たのである。
「ほれ小僧ども。さっさと馬に乗れ!」
デスドクロは巨人達が迷っているこの機を逃さず、鳴神を馬の後ろに引き上げる。巨人達は最初に飛び出して、最初の標的になることを恐れ動かない。伏兵により仲間が滅んだのを目の当たりにし、666という戯れ言すら無視できなかった。逃げる準備が完了すると、デスドクロは会心の笑みをもらした。 「ブハハハハハハ! 次会う時が貴様らの最後だ。心しておけ!」
デスドクロが馬を走らせると、他のハンター達もそれに続いた。巨人達は伏兵が無いものと確信できぬまま、しばらくその場で棒立ちになっている。助けられておきながらではあるが、鳴神はデスドクロと並んでいる自分に違和感を覚えていた。
(だけど、たまには悪との共闘も悪くないか)
お互い周囲から見れば傾奇者同士。嘘が本当になるまで、絶望が希望に変わるまで全身全霊で傾ききったのだ。悔いなどあろうはずもない。鳴神は馬の背で揺られながら、意識を手放した。
●
敵の攻勢が弱まった。状況は不透明だが、引っ切り無しの襲撃に間が出来ている。遠くに見える砦は巨人に足蹴にされていた。おそらくそれで一端の区切りをつけたのだろう。助かった。ジャックは誰にも見えないように大きく息を吐いた。
「けど、次が来たら終わりだぜ」
鬼塚は気負いも何もなく事実を告げた。前線に居る巨人は減ったが雑魔や小型の歪虚は残っている。こちらは満身創痍。防御の魔法も底をつきつつ、汚れと怪我の無いところがない。しかしジャックは、その逆境を笑い飛ばした。
「だからどうした? 俺様が敵に背を向けるような男とでも」
「絶対に、諦めませんよ」
「だったら気が楽だと思ったんだよ」
カールの同意に、鬼塚はまた息を吐いた。
鬼塚ももしもの時は残る腹つもりでいた。歪虚達は徐々に包囲を狭めてくる。こいつら下っ端に戦術は無い。それだけに厄介な相手だった。3人は得物を握る。その手に握力は残されていないが、抵抗せずに死ぬなど矜持が許さない。一触即発の空気が満ち始める中、背後から馬のひづめの音が響いてきた。
「ジャックさん、鬼塚さん、カールさん!」
クリスティアとエヴァだ。2人の顔に悲壮の色は無い。何があったのかと怪訝な顔をする一同に、クリスティアは笑顔で告げた。
「皆、船に乗りました。帰りましょう」
「………なんだ。俺たちが最後かよ」
苦笑いしながらジャックと鬼塚、2人は顔を見合わせた。カールはその言葉に気が抜けたのか脱力し、その場に崩れる。
ジャックは肩を竦めると、鬼塚に手を伸ばした。鬼塚はその手を取ってジャックの馬の背に乗る。
「行きましょう。エヴァさん、お願いします」
エヴァは頷くと、プランシェットを掲げる。生み出された光る紫の球体はゴブリンの群れの真ん中に放つ。球体は爆発して白い雲となった。場に居た歪虚達は何の抵抗も出来ずに全てが眠りに落ちた。
「よし、引き上げるぞ!」
ジャックが馬を走らせる。船の上では神楽が手を振っていた。最後の5人が乗船すると、船は死地を背に舵を切った。
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